〜の話


1 :熱風回流◆rmsmtYFP :2007/04/19(木) 00:55:32 ID:onQHxJz3

やあ
ようこそ、私のお店に。
このテキーラはサービスだから、飲んで落ち着いて欲しい。
・・・さて、落ち着いたところで、簡単な説明といこう。
ここでは、もしも〜だったらで小説を作ってもらいたい。
お題は、もしも〜だったらならば、種類は問わない。
そのお題が終ったら、最後に投稿した方が次のお題を出していただきたい。
それまでは、新しいお題を出すのは、控えていただきたい。
ここを、起点にして、旅立ってもらっても構わない。ここは、そういう場所でもあるのだから。

ここで、私から最初のお話だ。これは、一話で終ってしまうが、これからは、続いていて欲しい。

それは、ほんの些細なことだけど、それで、日常がちょっと変わることもある。

「もしも自分が道端で、十円を拾ったとしたら。1」

今日は晴れ晴れとした天気。私は、日課である、散歩をしていた。
いつも見る、殆ど変わらない風景。たまに、すれ違う自転車。そして、毎回通る同じ道。
しばらく歩き続けると、遠くの道路に何かが落ちていることに私は気が付いた。
近づいて、落ちている物を見てみると、それは、きれいな十円玉だった。ひょっとして、誰かの落し物だろう。
そう思った私はそれを拾い、迷いながらも交番へ届けた。

「すみません。」

そう言うと、交番の奥から、落ち着いた感じの警官が、顔を出した。

「どうしたのですか?」
「この落し物を届けに来ました。」

私は警官に、十円玉を手渡した。
警官は、それを見て、少し考えた後、出てきたときと同じ口調で、

「・・・最近は、交番に尋ねてくる人も、いなくなりました。あなたがここに来て、この十円を、届けに来たのも、何かの縁でしょう。いつの日か、一緒にお茶でも飲みましょう。」
「ええ。」

そこで私は、警官とお茶を飲む約束をし、自宅へと、足を運んだ。

来たことの無い交番で、名前も知らない警官と交わした、些細な約束。
私は、この約束を果たせるのだろう。それがいつの日になるかは分からない。
でも、その約束が果たせるときは、この交番の前を通ることも、日常になっていることを、あわよくば、願いたい。

どうでしょうか。ここで私の小話は終わりです。次からは、皆さんが、書いてくれることをお待ちしています。
あと、言い忘れていましたが、書く前には、面倒だと思いますが、初めての方は名乗ってから、書き込んで下さい。
そして、申し訳ありませんが、次の方、お題を考えて書き込んでください。
最後になりましたが、私は、熱風回流と申します。今後、ここで会える日まで。


2 :片桐 継◆otukWsrP :2007/04/28(土) 12:27:01 ID:n3oJmkuJ

静かに扉を開けたつもりが、
−ガランカチャランシャランガラン
(うるせ……)
派手になった。
「あ、どうも」
目の前のマホガニーのカウンターは年代物だろう。その奥にある静かなマスターは騒音に慣れっこなのかニヤとだけ笑い、さり気ない、だが洗練された動きでコースターを置くと
「ようこそ、私のお店に」
絶対零度の歓待。バカラのカクテルグラス、判る人間には判るのだがこれもまた一財産になりそうな代物なのだけれど、彼にはまるで普通のグラスらしく、
「こちらはサービスです」
と差し出されて波々と透明な輝きが満たされていく。
(あー、それ、テキーラですやん……)
バカラにテキーラ。何かの謎かけなのだろうか。
「は、はじめまして……。片桐 継(かたぎり つぐ)です」
有無もいわさず、私は罪人のようにその前に引き出されていた。何の面接でも始まるというのか。いや、そのために来たのではないのに。
「……」
マスターは何も言わず、静かに肩だけがあがる。
「世間じゃ黄金週間、しかも良い天気と来てるのに、ちまちまと家で仕事です。といっても、まだ一銭の稼ぎもしていないし、これから稼げるという保証もありませんが……」
「……が?」
「もう故郷に帰れないある男の話、なんです」
ああ、とここで初めてマスターの表情が氷解し、
「聞かせてくださいよ、その、『もしも〜だったら』」


『もしも、病に倒れたら』


 俺は倒れていた、ボロボロになって。どうしてそうなったのか、よく思い出せないが今、仰向けに空を見ていた。硬いアスファルトが太陽に照らされてどんどんと温度を上げていく。人通りもなく、静かな昼間、こんな俺に誰かが気づくだろうか?
「どうして俺はここにいるんだ?」
俺が生まれたのは、遠い昭和と呼ばれた時代。家族兄弟姉妹、物心ついたときから家を離れて独立し、それぞれに課せられた仕事を黙々とこなしここまで生きてきた。丈夫でならした身体ではあるけれど、時には荒っぽい事もしてきたし、これだけ働いてくると少々の傷もあるが、それが今回のことの原因なんだろうか?
「いや、有り得ないな」
俺はそれでも抜ける青を見つめていた。通り過ぎていく薄い雲を貫いて振ってくる光。
(こんな風に真正面から構えて空を見ることは初めてなんじゃないか?)
落ち着いてくると、もう一度、考えてみた。怪我はしていないようだし、ただ、単に道に倒れているだけらしい。だが、これが何よりも問題で『なぜ、俺が道に倒れていなきゃならないのか』という素朴な疑問の解答にはなっていないのだ。
「まいったな……」
なぜ、俺はここにいるのだ? だがそんな想いを、ふと気がついた「あること」が全て吹き飛ばしていた。
「……これは……っ!」
俺の身体、丈夫が取り柄だった身体に、蒼いカビが見える。
(青カビ病!)
親兄弟姉妹、俺の家族一族郎党が恐れる遺伝病。この病にかかれば最後、収容所へ送られて、待つのは死。
「これか……」
今、俺がここに倒れていた理由がはっきりした。俺は恐ろしい病にかかり、そして……
「だめなのか? 俺はもう……」
もう一度、空を見た。いつもと変わらないらしい空。ほとんど目にすることの無かった外の風景、感じる風。
(どうして……どうして俺なんだ!)
俺は必死に働いてきた。一生懸命に生きてきた。なのに、今、病に倒れ、このアスファルトの上に身を投げている。
(いやだ……いやだ! 収容所だけは!)
動かない身体では逃げられそうにないだろう。俺は、もう、だめ、なのか……。


「ふぅん……この十円玉、昭和39年製造なんだ……」
右手にある十円玉、先ほどの男から受け取った何の変哲もない十円玉は蒼い錆にまみれているものの、まだまだ現役で使えそうだった。
「僕より年上なんだな。ずいぶん傷んでるけど……」
ずずっとすする焙茶。
「ま、拾得物だし、このまま保管しておかなくちゃな」
引き出しからジップ付のビニールをとりだし、その表面にマジックで
『X/X日 拾得物 ○○交差点』
半年経ってもそのまま置いておこう、ふと警官はそんな考えがよぎっていた。
「たかが十円、されど十円。がんばってきた十円玉なんだしね」

彼は交番の引き出しの隅に仕舞われた。


「……まぁ、こんなカンジで」
はぁ、とマスターは溜息一つ。
「で?」
投げられた針の視線。その狙いは外すことなくグサリと心に刺さった。
「で、と言われても……」
ふぅぅぅと今度は長い溜息。
「次のお題、お願いしますよ。勘定はそれでチャラとしますから」
(勘定も何も、サービスのテキーラしか飲んでないっつーの)
その口調に反論する勇気は無かった。

  じゃ、あ……『もしも、狭いところに閉じ込められたら』で。

テキーラの一気飲み、これは効く。


3 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/04/30(月) 18:01:31 ID:QmuDsJYm


 二杯目のテキーラ。
 オールドファッションドグラスの中で氷が躍る。
 グラスとの摩擦で溶けながら、メキシコの黄色い空気を吸い込んだテキーラがその艶かしい匂い、いや新大陸の人種のようにキツく、それでいて何処と無く媚薬めいた臭いを湛えて私の鼻腔を擽る。
 竜舌蘭の一種であるアガベ・アスール・テキラーナは地元の大地から吸い上げた香りを、こうして如何なく遠く地球を半周した場所で漂わせている。
 熟成に熟成を重ねたテキーラ、エキストラ・アニェホなどには樽の色が付く。
 それは透明なアルコールと溶け合えば黄金色に程近いものとなり、一種の芸術とさえ言えるのだ。
 エスペラント・スプレモ、バーボンを造るのに一度だけ使用したホワイトオークの樽で熟成した一品である。

 店内のしめやかな雰囲気は寡黙でアイスクラッシャーよりも鋭利で容赦の無い主の雰囲気とマッチするようだ。
 年代モノのマホガニーテーブルには店内奥、私の座る横に鎮座します古いラジオ。そこからのラテン音楽の残響が振動を介して返る。
 私の傍らにはどうやら世間で流行する、始めはつっけんどんで後から掌を返したかのように仲良くなるツンなんとかとは逆行する店主と、それの対応にホトホト困り果てているだろう客、片桐継なるの人物の二人。

 来る度に段々サービスのグレードが落ちてくると言う不思議なジレンマに耐えながらも来ている客達は、この店の本当のサービスに気付かずに去るものが多い。初っ端から手痛い洗礼を受けるとは、どうやらこの客には見込みがあるらしい。
 次の物語が思い浮かばずにしどろもどろの調子でバカラグラスを覗き込むその客を、私は面白そうに眺める。
 半口飲み込んだテキーラに合わせるように、コースターの傍らに置かれた白皿から粉状まで砕かれた岩塩を中指に取って口に含む。
 ジュラ紀から地下深くで眠っていたテキサス岩塩。やはり土がテキサスとメキシコ、近いだけはあって馴染む。角の立ちがちな味わいをまろやかな岩塩が包み込む。
 こうしてキツイ臭いと味を塩と共に味わって飲むのが非常に良い。明日への活力となる。



 ――さて、体勢は整った事だし、手助けするとしますか。

「異龍闇が語る『もしも、狭いところに閉じ込められたら』……」


 突然朗々と、カウンターを向いて語る私を見て戸惑う片桐氏に「またですか」と呆れる店主。
 良いではないですか、人助け。
 寂れた場所にはこれくらいの事では気障ったらしくは見えないはずだ。



 ――もしも、狭いところに閉じ込められたら。


 それは遠い過去の記憶。
 今よりも更に狭く、理不尽だった終わりの話。

 そこには多くの同胞が、家族がいた。漆黒と綿埃の佇む空間。
 様々な括りで分けられた私達も、その場では全て境遇を同じくするものだった。
 そこまでの転落の過程は何てことはない。ここに来るなら誰しもが辿る道筋であり、私達の元の主人の諦観が私達を留まらせたのである。
 仕事を任され、ルーティンワークのように続けていた日々は突然終わりを告げ、全てが閉ざされた。
 閉ざされた。
 閉ざされた。
 閉ざされたのだ!
 主人の手元から零れ落ちた瞬間と地に転げ落ちた衝撃、続く主人の慟哭。
 もう戻る事の出来ない時間を主人と私は嘆き、そして我々は、それでも放置された。
 この空間は白日の日々とは皆無、主人の救いの手が届く事はない深淵の彼方。

 僅かな隙間から見える後光。
 落伍者である我々には求める術はなく、ただ日向の空間に憧れる。
 そもそも日陰の中に閉じ込められる事に慣れているはずの我々が感じる絶望感。
 仕事を果たす事が出来ないと言う、単純な罅割れた感情。
 ただ劣化し、朽ちゆく体躯は、過去の栄光と価値があるのかと問い掛けるしかない。

 誰かだろうか、綿埃が揺らめく中でただ一時、一睡の夢を見る。

 いつか、私を我々を、余す事無く救い上げてくれる尊い者がいつか現れるはずだと願う。

 いくつかの仲間はそうして生還を成し、奥深くに来てしまった我々はそれをただ羨ましく、恨めしく見つめていた。

 丈夫でならした身体。荒事にも時には身を投じた。働きを重ねた体躯はただ、持て余している。
 時の節約は我らに値する美徳。だが、今は役割の果たせないと言う事実がただ恨めしい。
 黙して、ただ時間を消費するこの時はただ我々の有り方に逆境している。

 ここから出たい。誰か出してくれ!
 その声に応えたのか? 私の元主人よりも小さな手が、私を包み込んだ……


「……あれ? 百円かと思ったら、十円かよ。ちぇっ、今手元に百円しか無いから、何も飲めないじゃん。あーあ、折角自販の下に手突っ込んだのに、骨折り損のくたびれ儲け、か。いらね」



 私は、こうして再び投げ出された。今度は狭い自動販売機の下の空間ではなく、熱く焼けたアスファルトに放置された。

 そして、今度は机の奥でただ眠る。いつか、私を元の生活に戻してくれる、正統な主を求めて……



「どうですか?」
 はぁ、とマスターは溜息一つ。
「で?」
 投げつけられた針の視線。その狙いは片桐氏へと同様、外すことなくグサリと私の心に鋭角に突き刺さった。
 しかし、それを皮肉げに笑って返すのが、ここでの作法。
 ここでの物語に聞き慣れた主人には、顔に出すほどの衝撃は滅多な事では出ないようだ。
「次のお題、お願いしますよ。勘定はそれでチャラとしますから」
 いつものマスターの言葉に私は次への布石のため、思案する。

 さて、どうするか。

「では【もしも、身体のとんでもないところにアレが生えたら】はどうでしょう?」

 マスターの無遠慮な視線。それを打ち切るように鳴るけたたましい来客の鈴音。
 さて、続きは来客に任せるとして、未だ来客を無視して私に注がれる視線。
 この微妙な緊張感の中で呑む酒は堪らない快感になるのが不思議だ。
 まぁ、高い酒がただ同然みたいな値段で呑めるなら、店主の対応にも我慢は出来る。

 残りのテキーラを呑み乾した。これは、効く。
 微粒となった一億五千万年前の岩塩を口に含みながら、そう思った。


4 :夢見 ルナ :2007/05/01(火) 00:06:44 ID:m3kntDV4

音を立てて開かれる扉。
その向こうに在する奇妙な雰囲気の店主と客。
音に反応した一同が自分のほうを見ていて、なんだか落ち着かない。
とりあいずあいているカウンター席に腰掛け、差し出されたテキーラと差し出した店主の顔を見比べる。
「あぁ・・・それはここのサービスだよ」
隣に座る客がそう言って笑った。
本当だろうか?どうにもこうにも最近変な男にだまされて布団を買わされてからは全てを疑う癖がついてしまったようだ。
まぁいい・・・こんなときは自己紹介をしろと兄がよく言っていたではないか。
「初めまして、夢見 瑠奈です」
名前を述べたあとと述べる前と雰囲気が√0.1の2乗ほどもかわらない店内の空気。
「ルナさん、何かを語っていただけますか?ここはそういう方のための店なのでね」
客の一人がテキーラのはいったグラスを傾けながらいう。
「分かりました。そうですね・・・・じゃぁ、」

   
     ―もしも、自分の額に角が生えたらのはなし―

  朝起きると、自分の額に異変を感じた。
布団からおきあがって右手で額を触ってかくにんすると、硬い突起のようなものに指が当たった。慌てて洗面台へと駆け込み鏡で自分の額を確認すると、そこには小さな黒い角があった。
まず真っ先に自分の頭に学校どうしようという考えがよぎり、バンダナを巻いていこうということで考えがまとまった。それ以外は特には考えないことにした。こういうことは考え出すとキリが無いと考えたためである。
時間は幸いまだ朝の五時半。自分の早起きさに感謝したい。
まずはバンダナを探す。ちらかりきった6畳の部屋をかきわけあさり、30分ほどかけて緑色のバンダナをおととい整頓したタンスから発見し、次はそれを額に巻く。
「さーて朝飯でも食べるかな・・・・・」
そういった矢先に、昨日の残り物の味噌汁のなかにバンダナを落としてしまった。
流石にコレは巻いて行けない。
しかたなくもういちまいを探すことにして、再び部屋のなかをうろつき始めた。

1時間後、こげ茶色のバンダナを見つけ、急いで巻き、けっきょく飲めなかった味噌汁をにらんだ。あと2分でここを出なければ学校には間に合わないだろう。
制服に着替えかばんをつかみ、アパートを飛び出してあぜんとする。
なぜなら、道行くサラリーマンも学生も犬の散歩をする専業主婦らしきおばさんも皆額から小さな赤い角が生えていたからである。



「・・・・・どうでしたか?」
私は遠慮がちに問いかける。
店主の視線がいやに痛い。
「次のお題、お願いしますよ。勘定はそれでチャラとしますから」
結局店主は評価をくれなかった。自分のほかに二人の客がいるが、二人とも苦笑い気味に笑っている。
「・・・そうですね・・・。じゃぁ、【もしも町で悪の怪人募集のポスターをみかけたら】でいいですか?」
そういいながら私は手に持っているグラスの中身をいっきに口の中に流し込んだ。
酒というのは初めて飲んだが飲み干すと同時に頭がくらりとした。
どうも好きにはなれない・・・・。
わたしは空っぽのグラスを置きながらそうおもった。


5 :片桐 継◆otukWsrP :2007/05/12(土) 00:24:43 ID:n3oJmkuJ


 カウンターの端、いきなりの助け舟を出してくれた異龍闇と名乗る人は相当に呑み慣れている手つきで空のグラスを振り、カランと擦れあった氷とガラスの音がマスターに無言の催促をしていた。
(ありがとうございます)
とだけ私は頭を下げると、あった視線の先の男はスゥッっと目だけで笑い、その向こう、私を通して、新たにこの店に現われたさすらい人をチラとみる。
(ああ、今度は私が助ける番なんですね)
即興は不慣れ。けれども、それは私にとって一つの宿命にも似た、重く広い海への新たな船出になるのかもしれない。
「……もしも……町で悪の怪人募集のポスターをみかけたら……」
ぼそり、と自然に紡ぎだされていく言葉達、望まれることを願いつつ……。


  『もしも町で悪の怪人募集のポスターをみかけたら』


「I WANT YOU」
貧相な、だが目つき鋭く猛禽を思わせる鼻すじの通った老人がシルクハットを被って、その二次元の世界からこちらを指差していた。
(うわー……いかにもってカンジだなー)
胡散臭さ満点。しかし、こんなポスターを張り出すほど、人材不足なんだろうか。だいたい、悪の怪人なんて倒されるためのようなものだし、誰が喜んでなったりするだろうか。常識で考えれば、判っているようなもんじゃないのか?
 首をかしげて、ちょっと自分の身体を見てみた。中肉中背、なにが得意なわけでなく、イケメンでもなければブサってワケでもない、普通の普通。悪の怪人、どころか、「イーッ」とか言ってる戦闘員が関の山だろう。
「ほう、君、良い目をしているねっ!」
バンと勢い良く大きな手が肩を掴む。
「そうさ、敵はこんなポスターを貼るなど、言語道断さ、そうだろう?」
その滑舌が反論を許さない。
「どうだね? 一緒に悪の組織と戦わないか?」
思わず振り向き、キラリと太陽に光る眩しい真っ白の歯。
「まっていたのさっ! 君のような若者をねっ!」
逃れようにも、食い込んでくる握力。キラキラと無駄に情熱あふれる鷹の目が自分を捕らえて放さない。
「さぁっ! 共に戦おうっ!!」

……つまり、これは正義の味方募集のための、ポスターだったってことだね……。

正義の味方もこんなポスターを張り出すほど、人材不足らしい……。



「で?」
思わず、ごめんなさいごめんなさい、と連呼したくなる白い地吹雪のごとき声。
「……あ、いや、終わりなんですけど」
ふっと今度は小さな溜息。
「次のお題は?」
無視。恐らくは徹底的に無視。この無味無臭な世界にあって、それでもマスターの世界は崩れることなく空間を支配する。
「じゃ……、『もしも、この世に一つしかないものを壊してしまったら』で」
逃げたつもりはないけれど、あたりさわりもないのかもしれない。けれど、私はどこか小さな確信めいた何かが確実に生まれてこようとしているのを感じている。
「……果実系で面白いのが入ったんですが、いかがです?」
しばしの沈黙の後、マスターは静かにそういうと、背を向けてズラリと並んだ酒棚の下、引き戸をゆっくりと開けると中へと手を沈めていった。


6 :干支間 式 :2007/05/12(土) 23:16:24 ID:kmnkzJt3



 その様子を見て、私はついクスリと笑ってしまった。
「今の話、なかなか私好みでしたよ?」
 私は今まで突っ伏していた、暗がりのテーブルから起き上がり、ぬくもりの移ったそこから立ち上がった。
 自棄酒で寝ていたため、他の客は気がつかなかったらしい。
 店主だけはこちらを見てニヤと笑い、私にどうぞ、と促した。
「いやはや、すっかり寝過ごしてしまいましたが…、得した気分ですよ。あぁ、盗み聞きしてしまったようで、申し訳ない」
 癖毛の頭をかきながら、私はカウンター席へついて、何も言わないまま出されたテキーラを受け取った。店主はすぐに私の傍から離れて、新しいビンからコルクを抜いた。 仄かな果実系の香りが鼻をくすぐる。
「私は干支間 式と申すもの。もし宜しければ、次は私が」
 他の客は何も言わずに、頷き返してくれた。
 なんと気分のいいことか。人の話をじっくり聞くという事が気持ち良いと感じるもの、随分久しく感じた。まだ酔いが残っているのか、私はまだ呂律の回りきらない声で言葉達を吐き出していくのだった。





 『もしも、この世に一つしかないものを壊してしまったら』


 その塔の屋上には何も無い。
 白い石が足場に広がり、頭上には嫌味なくらいに晴れた空と眩しい太陽。
 折角の子供だらけの塔なのだから、遊具とか花壇とかあってもいいのに、と少年は思った。日々行われる講習をサボって来たはいいものを、毎日暇で暇でしょうがないのだ。
「…いて」
 横になろうと背を石につけた時、何かが皮膚に食い込んだ。
 見れば、拳一つ分の石がそこにあった。視線を少し上げた所にある壁が欠けている。一昨日の強風の所為か、そこから崩れてきたらしい。
「この塔ももう終わりかぁ」
 塔は三年に一度建て替えられる。あと半年もすれば隣に新しくて、同じようにつまらない塔が立つ。そしてこの塔は崩されて、三年後の新しい塔になる。
 少年はもう四回もそれを見ているから、次の塔に興味なんて無い。

 チチ…、チチチ

「ん?」
 少年は小さな声に呼ばれるように、塔から顔だけを出して下を見下ろした。
 いつもどおりの四角い窓が行儀よく並んで、地上へと伸びている。
 その途中でひらひらと飛んでいる鳥を一羽見つけた。
「…」
 瑠璃色で、白い塔の壁際には目立つ鳥だった。
 少年は何を考えたわけでもなく、石を手にして、上から下へ勢い良く投げ落とす。
 その石は一度出っ張った壁の石とぶつかったものの――。
「やりぃっ!」
 見事にヒットして、落ちていく鳥を見た少年は、歓声を上げてガッツポーズを作った。


 夕方、講習が終わったのを見計らって現れた少年を、講師がいつもどおりの説教をする。「ごめんなさい」「もうしません」いつもどおりの言葉も、上手く言えるようになってきた少年は、やはりいつもどおりの時間に塔を降りて行った。

 もう皆は塔の下の食堂に行っているはず。今日はいい土産話がある。「鳥を一発で仕留めたんだぜ!」「今度遊ぶときは、俺にボールをよこせよ!」ちょっとした武勇伝を話して、仲間を盛り上がろう。きっと中には「ウソだぁ」とか言って、いい調子に話を続けてくれるヤツがいるから、今日中に何かで腕を競い合って騒ぐのもいいかもしれない。
 少年は軽やかな足取りで、最下階へ降り立った。
「お」
 その目前に広がる扉が開いており、その少し先で夕陽の下で座っている少女を見つけた。その少女は確かに知り合いなのだが、少年はあまり話した事が無かった。
 その少女は講習には真面目に出るものの、その他は部屋に閉じこもりがちだったからだ。
「珍しいな、何してんだよ。お前」
 少女は男子の間では密かに有名な、可愛らしい容姿だった。色素の薄い長い髪が実に良く似合い、またイメージどおりに少し体が弱かった。
「…どうして」
「は?」
 少女は肩を震わせた。
 少年は意味が分からず、彼女のことを覗き込んで、絶句した。
「ご飯、持ってきたら…。だって、朝まで元気だったのに」
 消え入りそうな声。
 少女の腕の中には瑠璃色の翼が、暗い赤を滲ませて抱かれていた。

 間違いなく、少年の武勇伝の中で落ちて行った鳥だった。

「お前、こいつ…飼ってたのか?」
 コクンと、小さく頷いた。
 そして、堪らず泣き出した。
「お、おい。泣くなよ!」
 少女の涙は止まらない。
 少年はどうしたらいいのか分からず、しばらく黙り込んでいたが、やがて短い堪忍袋の尾も切れた。

「あぁ、もう!いい加減泣き止めよ、死んでんだからしょうがねえだろ」
「殺されたんだもん!!」

 は、と少年は瞠目した。
 少女が声を荒げた事もそうだが、心の中で聞き返すものがあった。
(どうしてそれを――?)

「石。多分屋上から…。落とされて、きっとそのまま落ちちゃったんだよ…」

 確かに、赤く染まった白い石があった。
 ちょうど少年の拳に納まる、投げやすかった石だ。
「酷い…っ」
 そこまで言われて、カっと昇るものがあった。

「それが何だよ。そこらへんひらひらしてたから、目に付いたんだよそいつ!第一お前が飼いならしてたからあんな所に居たんじゃなねえのかよ!?」

 今度は少女のほうが目を見開く番だった。
 今なんて?そういう目が痛くて、少年は顔を背ける。
 その仕草が肯定を表していると分かって、少女は悲鳴を上げるように言った。そこに、少年が憧れていた少女の姿はなかった。

「君が、やったの…?ねぇっ!なんでこんな酷いことするの!?」
 少年は自棄だった。
「知るかよ、目障りだったんだよ!」
「そんな理由で…!」
「うるせえな!!」
 少女の肩が、僅かに退いた。
 あまりの大きな怒声に、恐怖したらしかった。それをいいことに、少年は正当化するように、ハッキリと言葉を吐き出し始めた。

「いちいちそんなことで泣くんじゃなえよっ。鳥なんてどこにでもいるじゃねえか!」

 さらに続けようとした時だ。
 あの赤い石が、少年の顔めがけて飛んできた。
 血が目に付き、小さな悲鳴を上げて払い除ける。
「な、何スンだよ!危ねえな」
「―――よ」
 次の瞬間、少年は内側からの痛みに襲われる。


「この子はもういない!この子は、この世でたった一つしかない命だったよ!!」


 一層泣き出した少女。
 立ちすくむ少年。

 講師達が騒ぎに気付いて駆けつけたのは、それから少ししてのことだった。


 小さな花を大量に積んで、不器用にリボンで縛ってやった。
 少女が立てたという、その小さな墓標を見たのは、アレから一週間たってのことだった。

 少年の自室謹慎が解かれた日に、少女がそこへパンの欠片を添えているのを見た。少女は少年を徹底的に避け、完全に無視した。少年は胃の中に重い石を入れたままで、声をかけるのも申し訳なくて、こちらからも避けて通った。

 花を添えて、空を見る。
 視界の中には、白い塔。赤い空に、沈み行く太陽の光。

 早く壊れればいいのに。こんな塔は、もっと早く壊れるべきだった。
 あの強風の日が、壁ではなく、自分のことを破壊して行けばよかったのだ。

 『ごめん』
 この言葉を言うのは、多分、まだ先のこと。
 言えるかも分からない。
 自分はあまりにも簡単に、たった一つのモノを奪い取っていったから。





 私はテキーラを一気に飲み干した。
 食道に刺激。腹のそこからじわりと広がる心地よさの中で、ほかの客達を見て言った。
「…と、こんなもので勘弁」
 果実酒をグラスに注いだマスターは、順々に配っていく。
 最後には私の前に出してきて、あの笑顔でこう言った。
「これもサービスにして差し上げましょう。もちろん、向こうの席の空き瓶の分は別ですが」
 と、私が寝ていたテーブルをさして言う。
 分かってますとも。それがそれなりの金額になることも。
 私は苦笑するしかなかった。
「次のお題をどうぞ」
「そうだな…。では、『もしも、隣に妖怪が住んでいたら』で」

 果実酒の香りを楽しみ、次に語りだす者の姿を見守りながら、私はもう一度酒を喉に流し込んだ。


7 :月見人 :2007/05/13(日) 02:00:25 ID:nmz3rmz7

 未だに心臓の鼓動が強い。僕の隣に座っている客にまで音が聞こえているのではないだろうか。
 全てはあのベルがいけないんだ。今まで僕が訪ねたどんな店よりも派手な音を響かせて。梅干しサイズの我が肝っ玉を捻り潰すつもりだったのではなかろうか。こっちはただでさえ緊張していたと言うのに。
 僕は未成年に分類される。それを知ったこういう店の店主は、即追い出す、無言でミルクを差し出す、露骨に迷惑そうな顔をしながら注文を尋ねる、等々、いい扱いをしてくれない場合が多い。というか事実そうだった。
 それがそれが、この店はどうだろう。カウンターに着く僕を見るなり、サッと手品のように珈琲を出し、僕の目の前に置いた。ミルクに替わる新手の皮肉かと思ったが、隣に座っていた客が言うには、これはサービスの一環らしい。それもどうやら、サービスの飲み物は年齢ごとに決まっていて、二十歳以上にはテキーラが振る舞われるらしい。小学生時代で既にオジサンと囁かれ、現在は背広を着れば十分にサラリーマンに見えてしまうこの僕の年齢を迷わず見抜くとは、流石は酒場の店長と言ったところだろうか。
 何も言わなくても分かる、さり気ない高級感の漂うカウンター。赤褐色の材色から覗く光沢は、それが年代物である確かな証でもある。そして、掃除の行き届いた店内の澄んだ空気は、独特の雰囲気と相まって何とも言えず心地よい。加えて、絶え間なく耳に届くラテン音楽のBGM(これって、あのトリオの――?)は、怖いくらいに『場』との調和が取れていて、昔の俳人ではないが、店の静けさを全く妨げていない。
 ……素晴らしい。やっぱりアルバイトをするなら此処しかない。まあ、校則の所為で今年は駄目なのだけれど。来年、無事志望校に合格したら、絶対、この店で働かせて貰うんだ。
 さ、決意も固まったところで、ここに来たもう一つの目的を果たすことにしよう。
「こんにちは。僕は……月見人、です」
 偽名、と言ってしまっては身も蓋もないのだけれど。取り敢えず自己紹介を済ませて、本題に入る。
「では、語らせて頂きます」


『もしも、隣に妖怪が住んでいたら』


 僕は妖怪なんて信じない。誤解などないように断言しておく。何ならもう一度言おう。僕は妖怪なんて信じてない。
 幽霊ならまだ信じてやってもいい。幽霊が見える、とか言う連中は信用できないけれど、霊体というモノが存在するか否か、つまりは、死後また現世を彷徨うことが出来るのか否か、という疑問は、生きている僕らには一生解ける訳がないのだから。
 だが、妖怪は信用できない。勿論、根拠はある。妖怪なんてモノは、元々は昔の人間達が、当時の科学で説明できない不可思議な現象を『妖怪の仕業だ』とか言い出したり、それに便乗した絵師達が、ろくろ首、天狗、ヌリカベ等々、競って恐ろしさを誇張する外見を与え、そうして誕生した、いわば『空想の産物』でしかない。そんなものが、この世界に存在する筈がないじゃないか。この僕に妖怪の存在を認めさせようと言うのなら、ろくろ首でも、天狗でも、ヌリカベでも、好きなのを連れて来いってんだ。

 そんな風に思っていたある日のこと。僕の部屋の隣に引っ越してきた人がいた。別に可笑しいことはない。此処はボロいが、立派な借り家であり、そして僕も一室を借りている身分だ。同じような人が越してきた、と、それだけで片付けられることだった。
 引っ越してきた人は次の日、挨拶をしに僕の部屋に来た。歳は僕より少し下だろうか、朗らかな笑顔の似合う好青年だった。きっと、僕とも上手くやっていける、そう思った。
 だが。問題はその青年ではない。青年の後ろに佇む女性――今時珍しい、赤い着物を纏っていて、何だか酷く存在感が薄い、長髪の女性。俯き気味だった所為で、顔がほとんど見えなかった。青年も青年で、軽い挨拶と自分の紹介を終えると、さっさと帰ってしまった。どうにも、そいつは誰だ、なんて言える雰囲気じゃなくて、仕方なく黙っておくことにしたのだけれど。まさか、あまりの存在感のなさに、紹介するのを忘れた、なんてことはないと思うが。

 ――その夜。

 それは、あまりに現実味を帯びた夢だった。青年の後ろの、あの女性が顔を上げると――目がないのだ。いや、目だけじゃない。鼻も、口も、何もない、真っ白顔の――のっぺらぼう!
 心臓が高鳴った、が、すぐに思い止まった。今時、こんなメイクなんて珍しくもない。そうやって隣人を驚かせて、親睦を深めよう、という流れなのだろう。残念ながら僕には通用しないけれど、そうやって仲良くなるのも悪くはない。面白い人達じゃないか。
 楽観していた僕は、次の瞬間には腰を抜かしていた。何もなかった筈の女性の顔に、ゆっくりと穴が開いていって……ギザギザの鋭利過ぎる歯……いや、牙が覗いたかと思えば、それはどんどん広がっていって、首筋の部分、普通の人間では有り得ないくらいになって――口裂け女!?
 それだけではない。その女は、あろう事か目の前の青年に飛びついて、頭からかじり付いた! 青年は苦しむ素振りを見せる間もなく、本当に一瞬に、まるで掃除機に吸い寄せられる埃か何かのように、女の口の中に呑み込まれていったのだ。そして女は、乱れた着物を気にする様子もなく、僕の方を向いて――!

 そこで目が覚めた。覚めると同時に、布団から跳び起きていたのを、はっきりと覚えている。百メートルを全力で走りきった時のように、息が荒くて、拍動が強くて。汗もびっしょりで気持ちが悪い。夢……そう、あれは夢だったんだ。それはそうだ。のっぺらぼうだの、口裂け女だの、そんな妖怪みたいなのが、存在する訳がない。
 自分を落ち着かせようと、何度も何度も繰り返す「存在しない」という言葉。それが功を奏して、漸く息も整ってきた。
 ……するとそこで、妙な音が聞こえた気がした。初めは気のせいだと思ったのだが、もう一度、また一度、確かにそれは聞こえていたのだ。何処から聞こえる、何の音なのか。また鳴り出しそうな心臓を強く押さえながら、辺りを探る。
 声――そう、それは人間の声だ。それも、嫌なことに女の声。何処から聞こえてきているのかと思えば、それは間違いなく、隣の部屋――昼間挨拶しに来た、あの二人組の住む部屋から。
 注意を向ければ向ける程、段々ソノ声は大きく強く、はっきり耳に届くようになっていった。ソレは、まるでこの世のモノとは思えない、今まで聞いたこともないような恐ろしい声だった。例えるならなんの音だろう……と考えて、すぐに止めた。一瞬、何か途轍もなく恐ろしいモノを想像してしまったから。
 一度は鎮まった息も心臓もまた騒ぎ出して、それはどんどん加速し、頭が真っ白になっていって。

 ――止めろ、やめろ、ヤメロ!

 心の中で何度も叫んだ。新しい汗がドッと噴き出し、無意識のうちに両耳へ押し当てた手に、思い切り力を入れて。それでもあの声は聞こえてきたのだ。まるで頭の中に直接叩き込まれているように、まるで自分を嘲笑っているように、聞こえてきて――!

 目覚めたのは、正午過ぎだった。何事もなかったかのように外は明るく、自分の身体も無事なら、部屋もいつもと何ら変わりなかった。けれど僕は確信していた。あの夜、僕は二度、悪夢を見たのだということを。
 その後、何度かあの青年と顔を合わせることがあったけれど、その後ろにあの女が現れた瞬間、僕はまた、心臓病の発作か何かが起きているかのように身体が可笑しくなって、無茶苦茶な理由を付けてその場から離れるようにしていた。

 だって、聞こえるんだ。毎日毎日毎夜毎夜、あの声が! あのおぞましい声が聞こえるんだ! 一体何が起きているのか、何故青年は無事でいられるのか、僕にはわからない。だが、そのことを問う訳にはいかない。一歩踏み込めば、あの女――『妖怪』の顔が、口が、声が、僕を襲ってきそうで! でも、逃げられないんだ! あの悪夢は、初日だけじゃなかったんだ。あいつは何処にでも現れる。僕が逃げようとすれば、そうはさせまいとあいつが追いかけてくる! 何処までも、何処までも、何処までも!

 助けてください。
 僕の隣には、妖怪が住んでるんです。
 お願いです。
 助けてください。
 僕が殺される、その前に。



「以上です」
 静けさを割る僕の声が、妙に恥ずかしかった。息を整えて、終わりを告げると、
「で?」
 その一言に、嫌という程鳴り響いていた拍動がピタリと止まった。心臓、凍っちゃったんじゃ? と本気で焦るくらい、この店主の反応は鋭く、冷ややかだった。
 先程から送り続けている『憧れの眼差し』は、どうにも効き目がないらしい。コイツは長期戦になりそうだ。面接前に心証は良くしておかないと、雇ってもらえない可能性があるのだから。そもそもこっちは、あわよくば常連顔パスでサラッと雇ってもらっちゃおう、という魂胆なのだ。気合いを入れてけ、月見人!

「次の題をどうぞ。勘定はそれでチャラになりますので」
 寛大な台詞が、凄まじく色褪せて聞こえるのは何故だろう。

「次は……【もしも雪が白くなかったら】なんて、どうでしょう」

 珈琲を一口啜る。そして、僕はミルクを注文する。


8 :熱風回流◆rmsmtYFP :2007/05/29(火) 00:25:26 ID:onQHxJz3

お客様が来るまでのお話

カチャカチャ・・・シャッ・・・・ガチャン・・・

「あ、しまった。」

 どうもこんばんわ。熱風回流です。今のことは忘れてね。ばれるとしばかれるから。
 今日はパッタリとお客様がいません。昨日は、あれほど新参者が来たのに。あれも、時の流れに流された人々なんでしょうか。
 そう言えば昨日、やつれた風に見えた方が残していったお題、せっかくですから書かせていただきます。

「もしも、雪が白くなかったら」

 この年になっても子供みたいに柔らかな肌に、刃物で突き刺すような冷たさが身にしみる今日頃。
 最近、温暖化により冬が暖冬になってしまったので、雪が全く降らなくなってしまった。

 なーに雪が降らないだけで寂しがるなんて、子供じゃあるまいし。雪が降らないほうが嬉しいんだけどね。

 朝起きて、テレビをつけると、どうも雪が降っているらしい。
 正直嬉しかった。去年はまったく降らなくて雪国とかかなり慌てていたしな。中部の日本人の感覚で、冬は雪が降らないと冬じゃないみたいになっている。俺は、着替えもせず、寝巻きのまま外に出た。

 信じたくは無かった。一昨年まで白だった雪が、濃い黄色になっていたから。慌ててしまい、雪に触れると、一瞬ヒヤッとしたが、それもすぐに熱いものに変わった。

『痛い』

 触っているのが怖くなって、手を雪から離すと、微かだが手が溶けているように見えた。周りを見て、すぐに家の中に逃げてしまった。

『車庫の屋根が溶けている』

 すぐにテレビを見ると、黄色かったのは強酸性の雪であるため、生身での外出はいけないと流されていた。俺は、これを見てふと思った。

『どこまで温暖化は進むのだろうか』

・・・酸性の雪。考えるだけでぞっとしますね。今は、客がいないだけで、営業中。遊んじゃいけませんね。・・・おっとお客様ですね。このまま終わりにしようかと思いましたけどね、後はお客様に任せますか。

「お客様、もし宜しかったら、自作のお話を聞かせてくれませんか?・・・ええ。」

 お客様はやけににやけた顔で、承諾してくれた。
 私はそれに、親友が「怯えやすい子供にトラウマを植え付けるな」と言われている笑みでこう言った。

「それは、『もしも、自分の存在が世界から無くなったら』というお題で。」


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