ティードリオス 〜我が君にこの愛を〜 改


1 :副島王姫 :2007/10/14(日) 15:09:56 ID:oJrGY3oG

「あ、……ああ、ティオか……」
 ――王城。王族専用の軍服に身を包み現れた弟に、彼は怯えたように口を開く。今、彼が来たのを知ったかのようだ。既に、彼専用のラインハルトが9機の親衛機と共に到着したという報告は入っている筈なのだが。
「あ……だから……その……」
 弟――ティードリオスは、嘆息し、
「しっかりして下さい。兄上。兄上が私をお呼びになったのでしょう?」
「……あ……そうだったな……その……」
「兄上」
 また溜息混じりにティードリオスが言うが、兄は相変わらずだ。
「殿下。私めがお話しいたします」
 側にいた将軍が、おそれながらという風に進み出た。

「オー・ディセイ・ラインハルト!」
 ティードリオスの声に反応して、光が浮かぶ。
 すぐさま、発進させる。格納庫の壁はぶち破った。
 後に続く、コーレック三機デューレック四機。これが、今のティードリオスの力全てだ。無人となったコーレック二機が残る。
「兄上にあんな度胸があるとは……迷彩モード! 陣形D3でポイントQ7へ!
 今は生き残ることを考えろ!」
『イレ・ルーヴュ・テオ!』
 七つの声と同時に、辺りにいたレック七機が空に消える。青と水色に輝いていたラインハルトも、掻き消えた。その直後、幾条もの光線が辺りを凪ぐ。
「……ちっ!」
 コックピットの中で、ティードリオスは舌打ちする。今ので、コーレック二機が被弾した。一機は迷彩から通常に戻る。
「おい! 何を……!」
『イレ・ルーヴュ・テオ。……御武運を』
 慌てて回線を繋ぐが、その一言が最後だった。迷彩が維持できなくなったコーレックが、逆方向に向かい、停止する。
「…………!
 ……行くぞ!」
 六機が去った直後、コーレックは敵レック機と相打った。


1――王太子動乱

 帝国歴4596年。およそ200年前に最後の王の杖の崩壊と引き換えにオーヴェルト帝国より独立した新生フェルキンド王国。その国で、内乱が起きた。
 無能と揶揄された王太子。それに代わって国を支えてきた第1王女ミルドレイン。
 自らが政治を執れない状況を不満に思ったか、王太子は突如、第1王女の廃嫡を求めて行動を起こした。無論、王女の信望は厚かったが、一度は準王命である王太子の命の下、軍は動いた。
 王女は一度は王城を追われ、王太子への協力を拒んだ第2王子も、王太子の軍に追われる身となった。
 フェルキンドは、独自に開発した、人型装甲兵器・ヴィーセンタによってその地位を確立した新興の軍事大国。嘗ては大国オーヴェルトの属国であったが、ヴィーセンタの台頭以来、その見解は改められた。ヴィーセンタは、現在のところフェルキンドの専売特許であり、その事実は今や別のことを示していた。
 ――王太子の王軍と、王女の正規軍。
 この内乱は、世界最強の兵器の、ぶつかり合いだど。
 ヴィーセンタ同士の騒乱。それは、フェルキンドの歴史は勿論、世界でも初の事態だった。

「……くっ……」
 衝撃が去って、ティードリオスはコックピットの中で呻いた。友軍の信号を見ると、さっき着陸したデューレックはロストしている。他には、近くに下りた、最後のデューレック。王太子のレック合計48機に追われた結果だ。――ヴィーセンタ同士の戦闘が、ここまでだとは。
 通常モードに戻し、密閉状態を解除する。
「殿下! ご無事ですか?」
 最後の1機――デューレックから下りてきた女が、叫んでくる。ティードリオスは少し目を瞬かせた。若い。
 長い栗色の髪を三ツ編にしている。臙脂の軍服に肩のライン――騎士か。
「……お前は?」
「申し遅れました。第5騎士団所属、洸流(こうりゅう)・ホーレスト。……子爵です」
「爵位を? 年は?」
「21です。ルーヴュ・テオ」
「……同い年か……」
 親愛なる王――神聖語では王と王族を区別しない――と、敬礼しながら言った彼女に、ぽつりと洩らす。
「……は? 失礼ですが、殿下は20歳では?」
「あ、いや、こっちの話だ。
 それより、ホーレスト子爵、お前はラインハルトに乗れ」
「……は?」
 彼女は、黒い目を瞬かせ、
「……ハ、ハルトに……でありますか?」
 戸惑いがちに、言う。
「事態が事態だ。追っ手が来る前に、急げ」
「し、しかし殿下は……」
「お前のデューレックに乗る」
「できません! 殿下をレックなどに……」
「このままでは2人とも死ぬ!」
 一喝すると、彼女は黙った。
「――イレ・ルーヴュ・テオ」
 ――思い切りがいい。
 再び敬礼した彼女に、そう感じながら、ティードリオスは彼女をコックピットに座らせた。すぐに声紋と網膜を登録させ、使用言語を切り替える。
「共通語で動く筈だ」
 言い残し、彼女が乗っていたデューレックに乗り込む。被弾なし。オールグリーン。
「オー・ディ……」
 言いかけ、神聖語でなくてもいいと気づき、言い直す。
「デューレック、起動」
 第7期――量産型では最強でフェルキンドの主力――のレックの中でも最上級のデューレックである。第8期のハルトに比べると劣るが、悪くはない。
 ややあって、
『殿下。敵影3。デューレックです』
 スペックの高いラインハルトの方が、先に捉えたようだ。ティードリオスが王太子の提案を拒んだ時点で敵軍として登録されており、もはや嘗ての友軍への識別信号も通信回線存在しない。演習でしか経験がなかったが、味方であったヴィーセンタが敵となった。
 3機とは言え、デューレック。王族の親衛隊クラスだ。油断はできない。
「切り抜けるぞ。姉上と合流する」
『イレ・ルーヴュ・テオ』
 青い機体と紫の機体が、森の中に消えた。

「殿下! 前に出ないで下さい!」
 洸流は叫びながら光砲<ガルトセルン>を撃つ。後ろにいたティードリオスが、右から敵に突撃したのだ。
『お前のオートにさせてもらった。』
「は?」
 思わず、素っ頓狂な声を上げた。
「殿下、危険です! マニュアルに……!」
『お前の方が動きがいいからな。悪いが、援護を頼む』
 自分の動きを転写したオートなので、確かに予測はできるが……。
 ――仕方ない。
 意を決して、彼女はGMRを構えた。デューレック用の接近用武器――要するに剣だが――OMRに比べると、かなり違うが基本は同じだ。
 焦っていた。これに乗っているのが自分だと気づかれてはならない。敵は、飽くまでラインハルトを――ティードリオスを狙っているのだ。自分は陥ちても、ティードリオスは――あのデューレックだけは守らなくては。
 ――45機。
 ――46機。
 王城脱出の時から、屠ってきた敵の数を数える。ラインハルトに乗り込んでから、6時間以上が経っていた。断続的に敵ヴィーセンタ――中の上のコーレックが大多数だが――と戦闘し、心身ともに疲労していた。
 と、反応。ラインハルトは指揮官用なので、状況把握が簡単だった。
「殿下! ベリエットが方位1098に!」
『ディーンハルトの反応はあるか?』
「お待ちください。今――」
 答える最中に、回線に反応。
『ティオ……何だお前はっ!』
 王族専用の回線で入ってきた映像と声。ラインハルトと同じく、指揮官専用に作られたコックピットを背景に、金髪の女が映る。紛れもなく、第1王女ミルドレインだった。
「第5騎士団所属、洸流・ホーレスト子爵であります。
 ティードリオス殿下は無事です。自分のデューレックに」
『何故、ラインハルトに乗っている?』
 王族専用の軍服が良く似合う、ミルドレインが厳しく言う。
『私の指示です。姉上』
 ミルドレインと同じような服装の、細い体つきに、後ろで束ねた長い黒髪、端正な顔立ちの男が回線に割って入る。ティードリオスである。
『彼女の方が優秀でしたので、私の独断で任せました。責任は私に』
『……分かった。片付けるから避けていろ』
 戦線から逃れると同時に、光条が宙を凪ぎ、相次いで爆発。空母ベリエットの大砲と、重戦闘用ヴィーセンタ・ディーンハルトの光砲<ガルトセルン>である。
『何とかなったな……。ご苦労だった』
「イレ・ルーヴュ・テオ」
 王太子の追っ手が全て消えたのを確認し、ティードリオスが言った言葉に、洸流は短く答えた。

 ――はぁ。
 彼女は、溜息をついた。騎士の正装を身に纏って。
 質問会がようやく終わった。あれから5日が過ぎていた。査問会にならず、事実確認の確認だけで終わったのは、ティードリオスが庇ってくれたおかげだろう。状況が状況とはいえ、王族専用機のハイトに乗ったのだから仕方がない。
 王城ではない。そこから西に位置する、離宮の一つである。ここが、城を追われたミルドレイン一派の拠点となっている。
 王太子が起こした今回の騒乱については、国王は外交上の手配をしただけで静観を決め込んでいる。国は、王太子の地位に従う者達と、王女の信望に集まる者達とに分かれた。
 だが、不安はなかった。あの王太子の無能さは、遠目にしか見ていない彼女もよく知っている。何ゆえ、王太子は自らの足元を崩すような真似をしたのか。王女がいなければ自らの地位を支えるものなどないということを、身をもって知るだろうに。
 まあ、友人たちに言わせれば、自分は幸運なのだろう。爵位を持っているとはいえ、下級貴族であるし、一騎士でしかない。もっと言ってしまえば、下級騎士だ。ヴィーセンタ操縦の腕を見込まれてこの年で王族の警護に抜擢され、結果的に襲撃から生還した。王子を守り抜いたため、勤めも果たしたと言っていいだろう。ラインハルトに乗ったことは、公の記録に残ったし、ミーディスあたりならそれを羨ましがるかもしれない。
 事態が事態だったとは言え、王族と直接話せたし。滅多にあることではない。
「洸流(こうりゅう)」
 去ろうとした彼女は、急に名を呼ばれ足を止めた。
「で、殿下!」
 慌てて跪く。もう会うこともないと思っていたのだが。
「来てくれ」
 王族の衣装を纏った彼は、言って歩き出す。洸流は、首を傾げたくなったが後に続いた。
「すまなかった。面倒に巻き込んで」
「い、いえ。もったいない。自分こそ、殿下に弁護していただいて……」
「……私のせいだからな」
 会話をするうちに、扉の前に着く。元々、彼女が立ち入れるような場所ではないので、どこかも分からない。
 扉の向こうを見て、驚愕した。豊かな金髪に意志の強い翠の瞳。ティードリオスによく似た、整った顔立ち。紛れもなく、第1王女ミルドレインだった。
 何故――何故、自分如きが? このような所に? 一瞬混乱したが、すぐに現実に戻る。
 肩を叩かれたのだ。
「緊張するな。入って」
 ティードリオスに言われるままに入ると、すぐに近衛兵が退出した。残ったのは、王女と王子と白衣を着た2人、そして彼女。
 白衣の1人が、彼女にファイルを渡した。一応、視線で尋ねてから開く。
 目を見開く。最初に飛び込んできたのは、杖と翼の意匠の紋章――王家のものだ――を刻まれた、開発中らしいヴィーセンタの写真だ。
「第9期ヴィーセンタ……名前もまだ決まっていない」
 ミルドレインが口を開く。
「ティオが中心になって開発していたものだ。兄上は知らない。陛下もな」
 伏せておいて良かったと、ぽつりと洩らす。
 スペックの項には、とんでもない数値が書いてある。これが実用化されているとすれば――。
「これを使えば、この騒ぎも収まる。
 だが――搭乗者がいない」
「まさか……自分を?」
「無理にとは言わない」
 やっと洩らした言葉に、ティードリオスが答えた。
「開発した本人が言うのもなんだが……かなり無茶をした。操作に搭乗者の神経伝達を反映させるため、障害が出る可能性もある」
「それに……これを持ち出さずとも、おそらく勝てる」
 ティードリオスの言葉を引き継いで、ミルドレインが言う。
「不安が大きいなら、今のことを忘れ――」
「いえ、志願いたします」
 ファイルを閉じ、彼女はきっぱりと言った。
「――そうか。
 では、頼む。洸流・ホーレスト子爵」
「イレ・ルーヴュ・テオ」
 白衣の片方が、ぱちぱちと手を叩いた。

 仮設の宿舎に帰ることは許されなかった。彼女自身、機密情報の扱いとなったのだ。
 離宮の一室を与えられ、荷物――と言っても大したものはないのだが――を解いていると、ノックの音。
 扉を開き――跪いた。
「いや、楽にしてくれ」
「はい。殿下」
 間近で見ると、かなり背が高い。5日前も会っていたが、その時はそんな余裕はなかった。今までつけていなかったのか分からないが、ロケットを首から下げていた。王族の衣装ではあるが、略式のものだ。
「つくづく、すまないな。
 ――家族に連絡は?」
「あ――いえ、兄弟はおりませんし、父も母も、テューバッタ将軍と共に……」
「……そうか。すまない。
 それで、若い身空で爵位を……」
「……はい」
 王子の顔が、優しげに、哀しげになる。義兄となる筈だった人物のことを、思い出しているのだろう。
 ややあって、
「……まさか、あの兄にこれだけの度胸があろうとは」
 窓から月を見上げながら、呟く。
「考えているかもしれないとは思っていたが……実行するだけの勇胆さがあるとは思わなかった。私も姉上も。……まったく、誤算だ」
 彼女が黙っていると、
「明日、第9期の開発部に行くが――悪いが、場所はまだ教えられない……その前に、もう一度ラインハルトに乗ってくれるか?」
 キーを出しながら、言ってくる。
「大丈夫だ。手続きは踏んだ」
「し、しかし、何故?」
 戸惑いがちに彼女が尋ねると、少し哀しげな笑みで、
「あれには、ラインハルトのマニュアルが基礎として採用されている。
 ……ところで、神聖言語はどのくらい?」
「……会話程度でしたら」
「頼もしい」
 言いながら、彼が改めて差し出してくる、ラインハルトのキーを受け取り、思考が繋がる。
「……まさか……元々第9期には……」
「ああ」
 先程王子が浮べた哀しい笑みの正体が、ようやく分かったような気がした。
「私が乗るはずだった」
 もう一度月を見上げてから、袖をめくる。
 古い――銃創。
「まったく……守られてばかりだ」
 何と言えばいいのか分からなかった。思考を巡らせ、やっと言葉を紡ぎ出す。
「ま、守られるのは、悪いことではないと、思います。
 守られる方が、辛いことも……」
「……ああ。そうだな」
 王子の目を見て、自分が大したことを言えなったことに気づく。目を伏せ、
「……申し訳ありません」
「いや、いい。
 時間が空いたら、格納庫に来てくれ」
「はい、ティードリオス殿下」
「……ティオでいい」
 王子のその言葉に驚いて顔を上げたが、扉が閉まるところだった。
 ラインハルトのキーを握り締め、洸流はその場にへたり込んだ。

 操縦桿は、ない。
 思考伝達の為に頭部につけたチップが、代わりとなる。
『一応、ディーンハルトとラインハルトも出るが……機体に王家の紋章がある為、私や姉上が乗っていると思われるかもしれない』
 コックピットの中に座り、ティードリオスの声を聞く。最優先で回線が開いていた。
『紋章を塗りつぶすという案もあったんだが……反乱者やテロリストの行動だと反論されてな。勘弁してくれ。
 ……まったく、身内の始末を部下に任せなければならんとは……情けない。これだから王家というものは……』
 自嘲するような言い方に、洸流は何か言いかけたが、止めた。
『昨日の演習の通り、基本的に神聖言語で思考してくれ。共通語でもいいが……反応が遅い。それから……』
 ティードリオスは、戸惑いがちに、
『あんな兄でも、もう一度会って話がしたい。……できれば……』
「イレ・ルーヴュ・テオ」
 洸流の言葉に、彼は微笑み、
『ティーヴ・オレーン』
 ――感謝する。ありがとう。または、――愛を込めて。そういう意味の神聖言語だった。

 ――オー・ディセイ・ユーベット
 名もなきもの、という意味。イメージできればいいのだからこれで充分だ。
即座に、光が奔る。――起動完了。
『全軍、出撃!』
 ミルドレインの号令。空母ベリエットが動き始める。洸流も、そしてティードリオスもミルドレインも、格納庫で待機している。ヴィーセンタの格納庫は5つあるが、ここは最深部のものだ。
10分後、ハッチが開く。ミルドレインの声と共に、外に出た。
 モニターに、オレンジと黄色に輝く機体が映る。杖と翼の紋章。
 ――憧れていた。不敗の美姫・ミルドレイン。まさか、肩を並べて戦うことになろうとは。
 王城が、間近だった。作戦通り、高圧粒子砲<ゴルトセルン>を構え、発射する。出力、20パーセント。
 さほどの衝撃もなかったが、威力はあったらしい。王城のバリアを突き破って大穴が開いた。
 唐突なことにも怯まず、敵ヴィーセンタが迫ってくる。
 それを、GMRを振りかざし、オレンジの機体が切り裂く。
『行け』
 青い機体が銃を撃つ中、ティードリオスの声に頷き、王城に突っ込む。
 簡単だった。敵ヴィーセンタもいたが、流石に城の中では殆どが歩兵だ。与えられた見取り図の通りに、玉座の間へ向かう。壁を壊しながら。
 幸いと言うか、国王はいなかった。いたのは――王太子。
 密閉状態を解除し、コックピットから降りた。
「騎士団所属、洸流・ホーレスト子爵です。王太子殿下、御投降下さい。生かして捕らえよとの御命令です」
 王太子に銃剣を向けるが、既に錯乱状態らしい。銃を乱射してきた。――まあ、これだけ無茶苦茶な実力差を見せつけられれば、錯乱もしたくなるだろう。それを合図に、動けた兵士も撃ってくる。
 彼女は、動じなかった。考えるだけでいい。それだけで、第9期の磁場が発生し、彼女を守った。
「……御投降下さい」
 弾の尽きた銃を振り回す王太子に、もう一度言った。


2――遠き心

『神聖語で人型を意味するヴィーセンタ、その開発は200年前の王の杖の喪失を機に始まりました』
 テレビのアナウンスが、流れる。
『第1期は、歩行して銃を撃つという程度のものでしたが、世代を重ねるごとに進化を遂げ……』
 くすんだ緑の機体が映し出される。幾分アームが短い。王立歴史博物館所蔵、槇公(てんこう)と、字幕。
『第4期・槇公で、初めての実践投入となりました。以後、このフェルキンドの武力は世界の知るところとなり、オーヴェルトも小国との見解を改めました。このフェルキンドが外交上友好を保っているのは、一度虐げられた痛みを知っているからであり、……』
「…………」
 黙って眺めるうちに、次々と映像が切り替わる。
『そして、第7期、通称レック。迷彩も進化し、機動力と攻撃力で革新を遂げ、以降、我がフェルキンドの主力として知られています。王族専用の第8期、ハイトは、主にミルドレイン殿下のディーンハルトとティードリオス殿下のライ……』
 チャンネルを変えるが、また見覚えのある映像が映った。
 鮮やかな緑を基本にした、杖と翼の紋章が刻まれたヴィーセンタが、王城のバリアを破ったところだ。
『……の紋章がありますが、情報によるとミルドレイン殿下、及びティードリオス殿下は乗っていらっしゃらなかったようです。ディーンハルトとライトハルトも出ていますし、確実でしょう。一部ソースによりますと、無人機で遠隔操作されていたとの……』
『……もそも、耐衝撃性、スピードとも尋常じゃありません。人が乗っていたら、きっと圧死していますよ、ええ』
『……初のヴィーセンタ同士の戦闘と言われましたが、この未確認新型は、はっきり言って、まさに、子猫と虎……』
 チャンネルを次々と切り替えてからテレビを切り、枕にうつ伏せになる。目を閉じるが――
 インターホンの音に、起き上がった。下着の上からシャツを着ただけの服装なので、モニターをオフにして繋ぐ。
『洸流、いるんでしょ?』
「……ちょっと待って」
 疲れた溜息をついて、着替える。
 出ると、友人4人がいた。いずれも、騎士団の同僚だ。女性2名、男性2名。
「帰ってきたならそういってくれれば……」
「ごめん、疲れてたから」
「いつ帰ってきたの?」
「昨夜」
 まとめていない栗色の髪を、かきあげながら欠伸をする。
 と、女友達の一人が、意地の悪い笑みを浮かべ、
「――で、どうだったの? ラインハルトは」
「……え?」
 大体、予想していた問いだが、洸流はとぼけた。
「乗ったんだろ?」
「な、何のこと……」
「とぼけるなよ! ティードリオス殿下の部隊で、生き残ったのはお前だけじゃないか!
 青き流星ラインハルトを駆り、王子を守ったナイト! お前だろ?」
「…………」
 興奮気味に言う男友達に、頭痛を感じながら、
「……入って。立ち話もなんだから」
 憂鬱に、そう言った。

 騎士団の寮の部屋で、家具は殆ど備え付けだ。持ち込んだものと言えば、パソコンぐらいか。
 少々狭いが、テーブルに4人を座らせ、適当に冷蔵庫に入っていたジュースを並べる。
「……で、何が訊きたいわけ?」
 ぶっきらぼうに言うと、金髪の男――ミーディスが、
「もちろん、ラインハルトだよ! 乗ったんだろ?」
「ええ。散々絞られたわよ。後から」
 だから帰れなかったんだと、呟く。
 ここまでは、公的記録に残っている。2度目のラインハルト搭乗以降は、機密だが。
「言っとくけど、ラインハルト内部のことやスペックは、言えないわよ」
 がっかりしたようにミーディスが項垂れた――かと思えば、女友達――夜月とコレックが、楽しそうに、
「それより、ティードリオス殿下に直接お会いしたんでしょ?」
「お若いし、ハンサムだし、かっこいいし〜。恋人いないし。ちょっと、詳しく話してよ〜」
 黙って、嘆息する。
「あんたら、もっと真面目に……」
「仕事は仕事、オフはオフ」
「ね? どんな方だった?」
 また嘆息し、
「……良い方よ。それだけ。
 もう帰んなさい。私寝るから」
「あ、じゃあさ、写真だけ!」
 ミーディスが言う。
「……は?」
「写真撮らせてくれ! え〜と、ジャケットだけでいい、上半身だけ! かっこよく決めてくれ」
「……何で?」
「あ、ずるい」
 カメラ――それも、かなり本格的なものが出てくる。
「メディアに売るつもりよ」
「……何で?」
 訝しげに問うた洸流に、コレックが、
「さっき、こいつが言ったでしょ? 青き流星ラインハルトを駆り、王子を守ったナイトって。……いや、あの王家の未確認新型もニュースになってるけど、あんたも結構なものなのよ」
 どうやら、第9期に彼女が乗っていたとは夢にも思わないらしい。当然だし、その方がありがたいが。
「撮らせてくれないなら、今までのプライベートショットを持っていくわよ」
 夜月はミーディスの味方らしい。嘆息し、
「……分かった。1枚だけよ」
 言い、軍服のジャケットを羽織る。髪はポニーテールにした。
「ちょっと、それ……!」
 今まで黙っていた最後の一人――フォーセットが声を上げる。彼女の騎士章を指している。
 真新しく、騎士の証の他に、杖と翼が彫り込まれていた。
「せ、聖騎士……!」
「叙勲は後片付けが終わってからよ」
「こ、国王陛下から?」
 コレットの言葉に、首を横に振り、
「ティオ殿下から」
 4人は騒いだ。
「ティ……ティオ殿下? ティオ殿下?」
「何だ、その呼び方は?」
「ちょっと、どういう関係よ? そんなに? そんなに?」
「う、嘘だ、うそだー!」
 事実、彼女を最初にラインハルトに乗せたのも、第9期の搭乗者に推したのも、そして聖騎士叙勲を決めたのもティードリオスだ。感謝してもしきれない。
 と、フォーセットが出て行った。
「……?
 ほら、あんたらもさっさと写真撮って帰って。眠いんだから」
「え、え〜と、叙勲の話は?」
「調べてみれば? もう王室から発表されてるわよ」
 だから、言ったのだが。ティードリオスの名の下だということも、少し調べれば分かる。
「……はい。分かりました」
 3人は、素直に頷いた。

「う……嘘だ! 嘘だ……!」
 写真が散らばる。
 ただ、床を叩く。
 ――洸流が、聖騎士? それも、第2王子ティードリオスの?
「うそだ……洸流……」
 脱色した、白い髪を掻き毟る。
 ただでさえ、爵位を持っているのに。
 家柄としては、彼の方が上だった。彼は、フォーセット伯爵家の一員だ。だが、継承位は低く、継ぐことはまずない。ならば、持っていないと同じこと。
「……嘘だ……」
 ふと、写真の1枚が目に入る。デューレックの肩で微笑む洸流。
 ――そうだ。彼女はデューレックに乗っていた。当時は肩ほどだった栗色の髪。無邪気に輝く黒い瞳。騎士叙勲の後の、初めての写真。その時から、彼女は最上級のデューレックに……。
 彼の、搭乗機はグレックだ。王族の警護すらできない、下級騎士。スクワイア以下。その時点で、既に遠かったのかもしれない。
 いやいやっ! 慌てて首を振る。遠くなんかない、遠くなんかない。彼女は……洸流は……。
 彼は、王族に近づいたことすらない。元々、伯爵家と言ってもおかざりだったし、唯一あるのは、ミルドレイン王女直々の極秘メールだ。ただし――誰かの悪戯。来る心当たりなどないし、第一、命令書の宛名が「リリア・フォーセット」となっている。聞いたこともない。フォーセット伯爵家第5子となっているが、第5子は彼だ。悪戯と分かっているが、削除することも、人に見せることもできず保存してある。
 そんな女々しさも、今の状況に至る一つなのかもしれない。
「洸流……洸流……」
 早くしないと。早くしないと、あの王子に……。
 今ならまだ、今ならまだ……遠くに行ってしまう前に……。
 ……でも、でも!
 インターホンが鳴ったが、彼はそれに気づかなかった。
 当然、ドアの前で、栗色の髪が風に揺れていたことにも。

「洸流! 洸流!」
 彼は、一人叫んでいた。
 一日。意を決して女子寮を訪れた彼を待っていたのは、無人の部屋だった。留守ではない。表札は消され、荷物――パソコンぐらいだが――もない。
「そんな……洸流!」
「あれ? サルトじゃない」
 声に振り向けば、コレット。通りがかり、といった様子だ。
「洸流……洸流は!?」
「何言ってんの? 配置換えになったじゃない。王城に。
 もしかして、何も聞いてない?」
「そんな……僕には何も……」
「忙しかったからね。それより、もう中継始まってるわよ。うちで見る?」
「……え? 何の……?」
 絶望に打ちひしがれながらついていくと、テレビに、王城の一間だろう。立派なホールが映っていた。
「あ……洸流……?」
 騎士の正装とは違った衣装に身を包んだ洸流が、跪いていた。彼女の剣を受け取り、儀式を行うのは――
 崇拝の対象が、畏怖してきた相手が。初めて、憎く思えた。
 澄ました、整った顔も、優しげな翠の瞳も、何もかも気に入らない。
 彼――サルト・フォーセットは、臣下にあるまじき視線で、テレビに映った王子を睨めつけていた。

「これで9人目の聖騎士か……おめでとう」
 言われ、洸流は微笑んだ。
「自分の力ではありません。……全て殿下の」
「そんなに、距離を置かないでくれ」
 一瞬、戸惑ったが、
「はい。ティオ殿下」
 もう一度、笑顔を浮べる。
「第9期は、メディアの報道規制は上手く行ったが、噂は流れた」
 歩き出しながらティオが言った言葉に、洸流は頷く。事実、第9期に関して流れたのは、作戦決行時の映像と、事実無根な憶測だけである。巷では無人機との説が強い。
「早急に、完成させなければならない」
「分かっています。ルーヴュ・テオ」
 第9期の研究所は、城の地下に移されていた。ティオに続いて、マントを翻して歩く。
「我が忠誠は、全て殿下に」

「今のところ、問題はないな……」
 地下の訓練場。ヴィーセンタ用の広い空間の隅。白衣の男の後ろから、データを覗き込みながら、ティオが呟く。
「予定通り、演習に入る。準備はいいか?」
『イレ・ルーヴュ・テオ』
 インカムから返事を聞き、自らラインハルトに乗り込むティオ。
 第9期のスペックから言って、第7期のレック程度では話にならないことは知っていたし、元々自分が乗るつもりで開発した機体だ。押し付けてしまったとはいえ、責任はできる限り取る事にしていた。
 姉ほどの技量があればいいが……そんなことを考えながら、演習用の剣を構える。
 ラインハルトやディーンハルトは、指揮官機だ。士気を高めるため、わざわざ迷彩に入らず的になることもあるが、今回はその必要はない。遠慮なく、迷彩に入って斬りつけた。
 がしっ! ティオは顔を引きつらせた。
 迷彩状態にも拘らず、的確にラインハルトのアームを掴んだのだ。試作段階でティオが乗ったときでも、これ程良い反応はしなかった。
「よし、行くぞ!」
 内蔵の兵器を開放しながら、叫ぶ。彼女の返事を待つが、
『……あ……』
 聞こえたのは、そんな声だった。
「どうした?」
『きゃ――ああぁあっ!!』
「洸流!?」
 第9期の動きが、止まった。回線から、嫌な音が響く。
「洸流! 洸流!」
 がくり。安全装置が働いたらしい。第9期が頽れる。
「洸流! 返事をしろ! 洸流!!」
 インカムを着けたまま、ティオは慌ててコックピットから出た。

「…………」
 ただ、キーを叩く音だけが響く。
 身体的には異常はない。いつ目を覚ましてもおかしくないそうだ。――逆に言えば、いつまでも目覚めないことも、ある。
 自分のミスだ。
 彼は、そう確信していた。やはり、他人を――彼女を乗せるべきではなかった。
 略式の王族の衣装を身に纏い、修正データ案をまとめていた。王城の、病室。側では、彼女が無言で横たわっている。
 別に、ここでする必要もなかったのだが、ここにいてはいけないということでもなかった。なら、彼女の側にいたかった。
 ふと、彼女に目をやる。――自分が、引き起こした結果だ。
 彼女の枕元には、彼女宛に届いた手紙が溜まっている。差出人の名前はないが、筆跡からして、一人、熱心に手紙を送り続けている者がいるようだ。家族はいないと聞いたが……友人か。
 胸のロケットを開いた。中には、悠然と微笑む、黒髪の女性。年は、洸流と同じほどか。
 何かを問うように、写真を見つめる。そうするうちに、
「……う……」
「洸流!」
 呻き声に、慌てて駆け寄った。
「洸流! すまない! 大丈夫か?」
「……殿下……」
 彼女の声に、安堵の息を洩らし、
「洸流……すまなかった……」
 彼女の頭を抱き締めて、言う。
「……第9期は……」
「調整中だ」
 彼女の視線がはっきりしてきた。やがて、その向かう先に気づく。
「……ああ、これか」
 ロケットが、開きっぱなしになっていた。
「あ、いえ、申し訳ありません」
「いや、いい。
 ……初恋の相手だ。人妻だったがな」
 言いながら、首から鎖を外し、見せる。
「……? これ……」
 洸流が、怪訝な顔をする。ティオは、苦笑いを浮かべ、
「気づいたか。監視カメラだ。
 写真を頼む間もなく、消えてしまったからな」
 無言で、時間が流れた。ややあって、ティオは、決心し、唇を動かす。
「洸流……もう第9期には乗らなくていい。いや、乗らないでくれ。
 ……お前を失いたくない」
「……殿下?」
 彼女の両肩を掴み、翠の双眸で真直ぐに黒い瞳を見つめる。優しげな光よりも、強い意志を宿して。
「……頼む」
 暫く、ティオを見つめた後、洸流は、しかし首を横に振った。
「私は、殿下に仕えます。この身でできることなら、何でもします。
 ……この命に代えても。
 それが、私の誇り。殿下、あなたに忠誠を」
 彼女は立ち、跪くと、ティオの手を取って口付けた。
「イレ・ヴェル・オレーン・フォル・ルーヴュ・テオ」
 ――我が王にこの愛を。相変わらす流暢な神聖語に、ティオはただ沈黙した。

「洸流……洸流……どうして……」
 返事は、来ない。電話も、メールも、手紙も。
 会いに行きたかったが、相手は王城の中だ。一騎士の彼には、入ることも敵わない。
「畜生……ちくしょう……洸流……」
 栗色の髪を編みながら、彼女が微笑む写真――隠し撮りしたものだが――を、見つめる。
 ディスプレイには、もう何通目になるかも忘れた、メールの下書きがある。
「……洸流……」
 ふと、彼の目に、別の名前が入った。ディスプレイの隅。
 ――リリア・フォーセット。

「お待たせしました。確かに、ミルドレイン王女のご命令と確認できました。こちらへ」
 貴族の正装に身を包んだ彼は、王城の門をくぐった。

 改装の終わった謁見の間。聖騎士の正装に身を包んだ彼女は、王族の椅子の隣に立っていた。
 本来、王が座る椅子には、ミルドレインが座っている。その補佐に座った、ティオの隣だ。
 ただ、人が流れ、やがて、
「フォーセット伯爵家の第5子。ミルドレイン殿下のお呼び出しにて参上しました」
 読み上げた近衛兵の声に、ミルドレインが怪訝な顔をする。洸流も、知った名前に眉をひそめた。
 入ってきたのは、やはり知った顔。
「――待て」
 ミルドレインが言うが、彼は停まらない。それどころか、儀礼用に身に着けていた銃を抜く。
 すぐに、洸流は銃剣を構えた。装飾性の高いものだが、殺傷力は充分にある。近衛兵も、それに倣った。
「銃を下ろせ」
「あ……ああ……洸流……」
 洸流の落ち着いた声に、彼は、震えながら銃を構え、
「戻ってきて……戻ってきてよ……僕のところに……」
 焦点の定まらない目で、彼女を見る。
「ねえ……洸流……」
 一瞬、疑問を表に出した、その瞬間。
 彼の目が、ティオを捕らえた。ヒステリックに睨めつける。
「ティードリオス! お前が……お前が洸流を取るから……!」
 引き金を、引く。
 その一瞬、先に洸流の銃が鳴った。彼の銃が宙に舞う。
「洸流! 洸流!」
「……私は、ティオ殿下の聖騎士。それ以外ではない」
 彼が何を言いたいのか、大体察した洸流が言うと、彼は身を震わせ――次の瞬間。
「コウリュウーー!!」
 もう一度、銃声が響いた。

「……まったく、お前には苦労ばかりかける。
 すまないな」
 ティオの自室で。彼はそう切り出した。
「いえ……正直驚きました。あんな風に思われていたとは」
「せめて、私が撃つべきだった」
「お気になさらず」
「私が……お前を……。そう思ったのか。彼は」
 溜息混じりに、言う。やがて、
「……洸流。正直に言おう。私は……」
 と、彼女を抱き寄せ、顔を寄せる。
 しかし、ティオは目を瞬かせた。彼女が、手を入れて遮ったのだ。
「……洸流?」
 接吻を拒まれた。その事実を、ただ認識する。
 彼女は、申し訳なさそうに微笑むと、
「私は殿下の騎士です。それが私の誇り。
 邪魔はさせません。仮令――
 殿下、あなたでも」
 言い、跪く。
 いつか、病室でしたように、彼の手を取ると、
「イレ・ヴェル・オレーン・フォル・ルーヴュ・テオ」
 言って、口づける。
「……ああ」
 そうだった。オレーン。
 その言葉の第1義は感謝。第2義は愛。そして――第5義は、忠誠。
 彼女を立たせ、
「……もし、私が……私を愛せと、お前に命じたら……お前はどうする?」
「……我が忠誠のままに」
 言える筈はない。分かっていた。微笑み、敬礼した彼女も、それを知っていたのか。
「……待つよ。私は」
 夕刻の光が差し込む中、ティオが洩らした言葉の後に、沈黙が落ちた。
「イレ・ルーヴュ・テオ」
 洸流がその一言を残して退出する。
 ――イレ……ルーヴュ・テオ。
 その言葉を、ただティードリオスは噛み締めた。
 何かを求めるように、ロケットを開いて見つめながら。


2 :副島王姫 :2007/10/14(日) 20:37:47 ID:oJrGY3oG


3――イミテーション・ヴィーセンタ

「…………」
 不快そうな目をこすり、身体を起こした。
「…………」
 暫く迷ったが、電灯のスイッチを入れる。
 一瞬、目がくらむが、すぐに慣れた。後には、白々しく映し出された、四角い部屋。
「…………」
 彼女は、ベッドから降りた。頭を横に振って眠気を覚まし、ヘッドフォンのプラグを挿してからパソコンのスイッチを入れる。起動中にヘッドフォンをつけると、やや大きい音量で起動のメロディが流れた。
 ぼやけた頭にはやや響くが、この音量で無いと音楽を再生したときに満足できない。愛用のディスクの音源が小さめなのだ。起動後、すぐにミュージックプレイヤーをダブルクリックし、プレイリストの曲を再生する。タイトルは――「無題」。
 内容は、一曲だけ。それを、延々と繰り返す。
 別に、この曲に執着するつもりもなく、実はライブラリには150曲以上入れてある。それぞれ10曲ほどの、別のプレイリストもいくつかある。
 しかし、何故かいつもこの曲を聴いていた。歌詞は知っているのだが、聴き取り難く、注意して聴かないと何を言っているのか分からない。勢いのある曲と唄で、盛り上がるだけ盛り上がるといった感じだ。歌手の歌唱力によるところが大きいだろう。
 曲が終わり、また前奏が始まる。
 壁には、アナログの掛け時計と文字だけのカレンダーしかない。そして、家具は備え付けのものばかりで、持ち込んだものといえばパソコンだけだ。まさに、必要最低限。
 友人には殺風景とよく言われたが、改める気も起こらない。今回の部屋は、まだ誰も入れていないのだが、多分誰が見ても変わらないだろう。写真すらない。
 味気の無い時計は、およそ午前2時20分を指している。デジタルの電波時計の方が正確なのだが、あれは仕事のときだけで充分だ。どうせ、起床の時間のアラームはそちらから聞こえてくるし。
 暫くして、ヘッドフォンを置いて冷蔵庫まで行き、中から適当にジュースを出す。供給されている中で、一番小さな缶だ。酒は入っていない。勤務の性質上相応しくないと思うし、何より彼女は下戸だった。
 飲み干してパソコンの前まで戻ると、ヘッドフォンから音が洩れている。それを被り、曲の頭まで戻した。
 もう一度前奏から曲を聴きながら、インターネットを検索する。
 別に、調べたいことがあるとか、そういうことではない。他にやることがないのだ。
 ただ無作為に、情報を閲覧していく。時計を見ると、40分が過ぎていた。
「…………」
 栗色の髪を掻き、彼女はインターネットをたたみ、次いでミュージックプレイヤーもたたむ。パソコンをシャットダウンすると、ベッドに戻って明かりを消した。
「…………」
 ややあって、また電灯が点く。午前3時35分。
 眠そうに目をこすり――彼女は諦めた。寝巻きから部屋着に着替え、またパソコンに向かいあう。
 また、ヘッドフォンを被って同じプレイリストを再生し始めた。
 そのまま時間が過ぎ――午前5時半。アラームがヘッドフォンごしに聞こえる。
 黙ってそれを止めると、冷蔵庫から今度は果物を取り出した。オレンジを切って皿に入れると、それをテーブルに持っていって食べる。食べ終わると皮を排水口に捨て、排水口のネットを外して取替え、使用済みのものを水を切るために脇に置いた。そして、手を洗うと、正装に着替え、部屋を出た。
 窓からは、カーテン越しに、朝の光が射し込んでいた。

「昨夜は、遅くまですまなかったな」
「いえ、殿下」
「……寝たか?」
「はい」
 朝の挨拶に、そんな言葉を交わし、仕事が始まる。
 とは言っても、彼女は別にすることはない。ただ、雑務を始めるティオの側に控えているだけ。国王から任じられた聖騎士ではない。彼の名の下に任じられた、彼の聖騎士ということは、王室の習慣上、身辺警護を任されるということだった。聖騎士の正装を身に纏い、ただ彼の側に立つ。それが彼女の役割だ。聖騎士章と、腰に纏った銃剣が、彼女の象徴。彼女の誇り。
 もともと、彼女は、ヴィーセンタの操縦と射撃の腕には自信はあるが、それ以外はからきしだ。仮令ティオに手伝いを頼まれても、何もできない。……まあ、神聖言語も好きなことは好きだが。挨拶程度しか役に立たない。幼い頃から――いや、生まれた時から訓練と教育を受けてきたティオたちとは違う。
 時々会話はするが、雑談程度。それ以外は沈黙だ。周囲の警戒は怠らず、しかしそれ以上は彼女の役割ではない。
「――そういえば」
 ティオが、やや重く口を開く。
「最後の言葉は、『洸流』だったそうだ」
「……そうですか」
 別に何の感慨も沸かなかった。彼を撃って捕らえたときに、覚悟していた。
「……私を憎むか?」
「いえ、滅相もない」
 彼女が神聖言語で、それが我が使命ならば、と言い、それでこの会話は終わった。
 ティオは、彼女の話す神聖言語が苦手だった。
 無論、意味は分かる。会話もできる。寧ろ、よく使うためには、ある程度普段から用いた方がいい。
 だが、壁を感じるのだ。
 彼女の心なのだろうか? そんな疑問が浮かぶ。しかし、それを問い詰めるには、何と言ったらいいのか分からない。問い詰めていいのかすらも、分からない。
 彼女の、いやに流暢な神聖言語は、彼を思いとどまらせた。
 ただ――2人の時間は流れていく。


3 :副島王姫 :2007/10/15(月) 17:17:52 ID:oJrGY3oG

「――第9期はどうなっている?」
 ティオと洸流。その二人がミルドレインの執務室に入るなり、彼女はそう切り出した。既に人払いは終わっている。
 前置きも無く、緊迫した表情。
「間もなく、再調整プログラムが完成します」
「急いでくれ。明後日には動かせるか?」
「……どうかなさいましたか?」
 ミルドレインの剣幕に押されながらも、ティオが尋ねる。彼女は、美しい顔を歪ませると、
「先の兄上の騒ぎで、コーレックが1機、行方不明になっている」
 2人とも、息を呑んだ。
「残骸に不自然な箇所があったので調べさせていた。まさかとは思ったんだが……」
 言いながら、ファイルとディスクを二人に渡す。
「他国に流れた可能性も否めない。その時は……機密の保持を最優先とする。
 ――第9期の準備を」
「了解しました」
「イレ・ルーヴュ・テオ」
 挨拶を交わすと、いつもの雑務を部下に任せ、2人はすぐに地下に向かった。
 ――ガレーネル・テューバッタ。
 フェルキンド王国とファイクリッド王家に殉じた、その名を思い出しながら。

 ヴィーセンタは、国外に派遣されない。
 それは、その特性から出た結果だった。他国を凌駕し、フェルキンドの地位を確立した兵器。その独自性は卓越し、構造・基礎理論全てが国家機密だ。仮令、残骸でも、立派な情報流出源となる。
 機密が洩れればどうなるか――独立から間もない小国を軍事大国に成した兵器だ。考えるまでもない。
 12年前、ヴィーセンタの機密が漏洩しかけたことがあった。当時最新鋭だった軍艦が奪取されかかったのだ。その時は、その軍艦自身と、乗員全員、搭載されていた開発中のものを含む、全ヴィーセンタの徹底した自爆という結果で機密は守られた。
 今も、その自爆を決行した将軍の英断は称えられている。
 ガレーネル・テューバッタ。将軍にして、第1王女ミルドレインの聖騎士。そして、彼女と将来を誓っていた。当時8歳だったティオも、その面影はよく覚えている。優しく、強く、深く――理想だと思った。強く憧れた。
 だが……義兄はもういない。国民の愛惜と、ミルドレインの哀傷を残して、逝った。
「……どうだ? 異常はないか?」
『大丈夫です。殿下』
 答えたのは、彼の聖騎士。再調整プログラム投入後――いや、事故後初めての起動となる。
 もともと、プログラムは完成していたのだ。だが、ためらいがあった。彼女を乗せたくなかった。だから、何度も修正ばかり繰り返していた。
 しかし――そうも言っていられなくなった。義兄が何故、命をかけて守った機密か。愛するものを遺してまで、貫いた忠誠か。
 今は無き、ファイクリッドの名。そこに由来するフェルキンド。
 彼は、その名を継ぎ、その名に守られ、その名を行使する者なのだ。
 責任が――あった。何よりも重い責任が。
「よし、本格的調整に入る」
『イレ・ルーヴュ・テオ』
 ――生まれながらの責務から逃げますか?
 以前、そう言われた。当時の彼は、姉に甘え、甘やかされ、本当にどうしようもなかった。王族として生まれたことを疎ましくすら思っていた。
 首から下げたロケットを、開く。
 彼に、自らの全てを教えてくれた。過ちの全てを見せてくれた。責任の重大性を教えてくれた。
 そして多分――『彼』の轍を踏むなと。
 ロケットを閉じ、ラインハルトに乗り込んだ。
 今は、使命と忠誠のまま動く彼女をありがたく思おう。
 何を犠牲にしてでも、守るべきものがあるのだから。――彼女を喪う事になろうとも。
 ――フェーン・ルード・オム・ファイクリッド。
 全ては――ファイクリッドの名の下に。


4 :副島王姫 :2007/10/17(水) 18:01:09 ID:oJrGY3oG

 事態は、最悪の結果となった。
 ミルドレインの執念が、行方不明のコーレックが海を隔てた島国――嗣庚(しこう)共同共栄体に流れたことを突き止めたのである。
 嗣庚は、かつて王家が治めていたが、200年前の杖の喪失と同時に王家は力を失い、歴史の闇へ消えた。以降は選挙によって選ばれた人民政府が、国政を執っている。無論、今回コーレックを奪取したのも、その人民政府なのだろうが……まさか、公に聞いて答えるわけもなし、何より、表沙汰にできることではない。ミルドレインは出撃せず、軍艦が一隻のみ、派遣された。未登録の軍艦――搭載ヴィーセンタは、最新鋭2機のみであった。
 その命は――目標の殲滅。

「姉上の内偵では、コーレックは首都には行っていない」
 軍艦オーヴェルユの内部。第9期ヴィーセンタのバックアップ用に作られた軍艦で、先の王太子の騒乱には間に合わなかったものだ。迷彩も、第9期に準じたものが採用されており、これが発動している状態では、第8期以降の技術がないと、レーダーでも目視でも確認できない。他にぶつからないようにさえ配慮すれば、どうとでもなった。速度が制限されるのが、難点だが。
「従って、コーレックが流れたと見られる研究機関をまず叩き、そこから調査をする。
 既に、コーレックが流れて1ヶ月だ。模造機が完成している可能性もある。……まあ、コーレックを完全にコピーして量産していたとしても、第9期なら問題ないと思うが。
 施設の殲滅は行うが、調査ができる程度に原型を留めるよう配慮してくれ」
 作戦開始まであと6時間。最終調整と最終確認だった。
 そこまで言って、彼は、いつもならとっくに返ってきている筈の返事がないことに気がついた。
「……洸流?」
「…………
 ……あ、はい。殿下」
「どうした?」
「……何でもありません」
 眉をひそめた。テンポも遅い、反応も鈍い。
「どうしたんだ? 言え」
「何でも……」
「そうは見えない」
 言い、第9期に歩み寄ると、問答無用で緊急開放用のキーを差し込んだ。すぐに、コックピットが開く。
「申し訳ありません
 ……ただの、睡眠不足です」
 虚ろな様子で、彼女はそう呟いた。

「まったく……昨夜は何時間寝たんだ?」
「……この2日で4時間……」
「昨夜を訊いているんだ」
「……30分です」
 ぼんやりとした彼女を仮眠室に引っ張っていき、彼はベッドの脇に座った。
「体調管理はしろ。……今は休め」
「……はい。申し訳ありません」
 軍服のジャケットを脱いだ状態で横になった彼女を見つめ、嘆息する。ややあって、
「……寝ろ」
 十分後、疲れたような声で言った。まだ眠っていない。
「……すみません」
 答え、そのまま目を閉じる洸流。
 しかし、昨夜30分というのもあんまりだが、その前が3時間30分というのも問題だ。慢性的なものだろうか? 以前に医療記録を調べたときは、何もなかったが……。
 と、目を閉じた彼女の表情が何度か動く。すぐに気づいた。音だ。
 外から何らかの音が聞こえる度に、顔を歪めている。
 加えて、空調は利いているのだが、うっすらと、汗。
 頬に触れると、冷たかった。首筋も、額も。
「……洸流?」
「……はい」
 まだ眠っていなかった。彼は、迷わず医者を呼んだ。

 身体的には異常は見られず、問診の結果、軽い睡眠障害ということだった。今は睡眠導入剤で眠っている彼女を前に、嘆息する。
 時計を見る。――あと3時間半。
 握った彼女の手は、細く――冷たかった。

『殿下、お願いですからお止め下さい!』
 インカム越しに声が響く。第9期研究者のものだ。ここには、彼の他にはこの2名しかいない。
『殿下が先頭に立つなど……!』
「洸流は出せない。なら、ラインハルトに乗るよりも確実だろう」
『そうじゃありません! ラインハルトだろうが第9期だろうが、殿下が出るのがいけないと申し上げているんです!』
 ティードリオスは、第9期のコックピットにいた。もともと彼が乗るはずだったものだ。彼も搭乗者として登録してある。
 黒い長髪を解き、チップを装着していた。起動結果は、洸流ほどではないが、ラインハルト以上のものだ。
『殿下! 殿下は第2王位継承者ですよ!?』
 王太子の失墜によって、王位継承権が繰り上げられた。直系の王位継承者は、ミルドレインと彼だけだ。傍系なら何人かいるが、彼らが王位を継ぐとなれば、大問題になるだろう。
『殿下の身に、もしものことがあったら!』
「作戦は遂行せねば。それなら、ラインハルトよりもこちらの方が確実で安全だ」
『それはそうですが!』
 と、通信回線が開いた。金髪の女が苦い顔で、こちらを見ている。
『ティオ……鼓擢(こてき)に聞いた』
 もう一人の研究者である。声がしないと思ったら、連絡を取っていたか。
『こちらから、新たに部隊を派遣する。今回の作戦は延期だ』
 隠密行動とは言え、少数精鋭に絞りすぎたと、嘆息する。
「いえ、姉上。最優先事項です」
『洸流のことで……取り乱したか? 4年前に戻ったようだぞ?』
 やや呆れ気味の姉の声に、彼は目を見張った。
『冷静になれ。洸流の話を聞いたが……心配はないだろう。
 それに、仮令今を見送ろうと、半日遅らせれば彼女も出撃できる。違うか?」
「…………」
 黙ったその時。
『殿下!』
 声が、また響く。
「……洸流!?」
 モニターに映ったのは、紛れも無く洸流。軍服のジャケットを肩に掛け、駆け込んできたところだ。
 遅れて、鼓擢。どうやら、呼びに行っていたらしい。
『殿下。私なら大丈夫です』
 真直ぐに、見つめる瞳。
『こんなの、殿下らしくありません』
 ――ふぅ。
 静かに嘆息し、密閉状態を解除した。
 チップを外して彼女に渡すと、
「……すまない」
 そう言って、退出した。作戦決行まで、あと2時間半だった。

 ――嗣庚共同共栄体、葉零(ばれい)島。
 ――午前3時30分
「時間だ。作戦を開始する」
『イレ・ルーヴュ・テオ』
 葉零島――嗣庚共同共栄体の小さな島で、内偵の結果、その全てが嗣庚の研究機関であることが分かっている。秘密裏なせいか、時間のせいか――いや、時間だけならそういうことはないだろうが、今は闇に閉ざされている。
 葉零島の施設からは分かる筈もないが、近くにヴィーセンタが2機、浮いていた。迷彩状態でなかったら、フェルキンドの王家の紋章が確認できただろう。
 仮令、コーレックのコピーに成功していたとしても、第8期と第9期。問題はない。
 と、破壊しようと思っていた施設から、信号が出始めた。
『救難信号です。……間違いなく友軍のものですが……どうなさいますか?』
 ティードリオスは眉をひそめる。隠密行動ゆえ、通常とは違う回線を使用しているので、友軍とはいえ、繋がらないのだが……。
「様子を見る。警戒を怠るな」
 オーヴェルユにそう指示する。――と、次の瞬間。
「洸流!?」
 突如、第9期の信号がロストした。回線を開くが、答えはない。
呼びかけるうち、施設の方に変化があった。隔壁が開き――中から、見慣れた影。
「……奪取されたコーレックに間違いないか?」
『はい。恐らく』
 ――おかしい。この状況で出てくるとは。彼らがやって来たことを知ったかのようだし、そもそも、何故迷彩にも入っていないのか。無用心、油断、自信……いや、違う。
 思い出した。やっと。
 ――知っている。この感覚。
「洸流! 構わん! 破壊しろ!」
 彼は、叫んでいた。
 そして――第9期の、高圧粒子砲<ゴルトセルン>が、辺りを凪いだ。
 葉零島は、消滅した。

 顔に、緊張が走る。
 突如として、側にいたラインハルトの信号が消滅した。オーヴェルユの反応もない。
 そして――施設の隔壁が開く。現れたのは――
 明るい中なら青と認識された機体。翼と杖の紋章。この識別信号。
 何より――回線から流れ込んだ、見知った顔。声。
『洸流。ここで死んでもらえないか?』
 普段からは想像もつかない、冷たい顔、声。
『洸流?』
 その時――
『洸流! 構わん! 破壊しろ!』
「イレ・ルーヴュ・テオ!」
 即座に、彼女はゴルドセルンを撃っていた。出力最大で。

 ――どうして、こんなことを?
 オーヴェルユの司令室で、彼は、葉零島のあった場所の映像と、一連の映像を見ていた。
 第9期の記録である。主に、通信記録。
 信号がロストしてすぐに、彼女にコーレックから通信が送られていた。記録では、どういうわけか、栗色の髪の少年――12かそこらの、幼い子供――が、コックピットに座っていた。
 当の洸流が意識不明で、ゴルドセルンで島そのものが消滅したため、事の真偽を確かめる術はないが。
 しかし――何が起こったかは分からなくても、何をすべきかは分かっていた。
 いや、何が起こったか。それにさえ、僅かに心当たりがあった。
 彼でなければ、分からなかっただろう。少なくとも、この時代では。
 胸のロケットを開き、嘆息した。


5 :副島王姫 :2007/10/19(金) 17:22:35 ID:oJrGY3oG


閑話休題――王女の陰謀、王子の純情

 フェルキンドの歴史は、約1500年前に遡る。
 以前は、ファイクリッドという国があった。しかし、その国は、当時の大国オーヴェルトに滅ぼされた。代わりに生まれたのが、フェルキンド・オーヴェルト公国。その名の通り、オーヴェルトの属国である。オーヴェルトが、占領という不満を煽る行為を避ける為に作った、傀儡の国。同じく傀儡の王、リュシオス王の下に作られたその国は、今から約200年前、最後の王家の杖の喪失と引き換えに、オーヴェルトより独立した。
 その国の名は、新生フェルキンド王国。独立は叶っても、嘗ての王国――ファイクリッドの名は戻らなかった。唯一、王家がその名を引き継ぐのみで。
 フェルキンドの王族は、時折自らを、ファイクリッド王族と呼ぶ。嘗ての名を欲してか、嘗ての栄光を顧みてか、嘗ての屈辱を忘れるためか――それは、はっきりとはされていない。

 フェルキンド王城。未だ、先の騒乱で空いた大穴の修復が終わらないその城の一室で、彼はキーを叩いていた。服装は、彼が着ることの多い王族の略装。歴史のデータベースを主に見ているようだ。他に人はいない。王族と、一部の者しか立ち入りを許されていない資料室だ。警護担当は部屋の外で待たせてある。もう数時間になるが。
 と、扉が開く。入ってきたのは、女性にしては長身の、軍服を纏った金髪の美女。
「姉上……」
 彼が顔を上げると、彼女は微笑み、
「報告もそこそこに調べ物か。……で、大事な話とは?」
「憶測ですが……コーレックを盗んだのは、嗣庚(しこう)ではありません。いえ、正確に言えば、嗣庚共同共栄体人民政府ではありません」
「どういうことだ?」
 言いながら、弟が書き留めていたメモを見る。
「……まさか……」
「ええ。あの感覚は覚えています。まず間違いないかと」
 言いながら、キーを叩き、問題の映像の一つを表示させる。コックピットに座った、栗色の髪の少年。
「姉上。彼に対抗するため、覚醒させたいのです。
 私の――杖を」

「――分かった。いいだろう
 陛下には私から申し上げておく」
 ミルドレインは、溜息混じりにそう言うと、時計を見やってから急に表情を変え、
「ところで、洸流はどうなっている? 見舞いに行ったか?」
 10歳年下の弟の頭に手を置き、明るく言う。
「検査ですよ? しかも、今日と明日だけ」
 洸流は、帰還後すぐに1週間の休暇を取り――というか、無理矢理取らせたのだが――最初の2日間で検査入院となっていた。健康上の問題ということもあったが、何より、作戦終了後、意識を取り戻した彼女が作成した報告書の信憑性を確かめるものでもあった。彼もそうは思わないが、彼女の精神に異常がないと確認しなければならない。
「行ってやれ。喜ぶぞ。私も行こう」
 姉の笑顔に嫌な予感を覚えたが、彼はそれに従うことにした。

「……で、どうなんだ? 上手く行っているのか?」
「何がです?」
「とぼけるな。……まったく、このごろは相談もしてくれなくなったな。
 惨敗だそうだが?」
「……よくご存知で」
 疲れた声で呻く弟。王城内の病院である。と、姉は一つの部屋の前で足を止めた。
「ここだな」
 言いながら、時計を見る。
「……何故、ご存知なんですか? ただの検査室ですよ」
 時計を見つめる姉に問うが、答えはない。検査内容を知っているにしても、まさか何時どの部屋にいるかなど分からないだろう。
「姉上。用事があるのなら行かれたらどうですか?」
「……そろそろいいか」
 意味ありげな呟きを洩らすミルドレイン。ティオが眉をひそめるが、
「急用を思い出したので私は行く。洸流によろしくな
 ――遠慮することはない。ぶつかって行け」
 何故か、とてつもなく悪戯っぽい笑顔でそう言い、姉は去る。
「……姉上?」
 歩み去るミルドレインを見送り、嘆息し、とても嫌な予感を覚えつつ検査室の扉を開けた。

 ――あの姉……!
 瞬間、ティオは毒づいた。
 嵌められたということは、すぐに分かった。
 検査がどういうものだったのかは、分からない。ただ、目の前にある事実は――
 彼女が、一糸纏わぬ姿だったということだ。他に人はいない。検査用の器具とベッドがあるだけ。
「……殿下」
 すぐに踵を反そうかとも思ったが、先に声を掛けられた。
 自分の顔が熱くなるのを感じつつ、彼は迷わずマントを外し、彼女にかけると、
「すまない、邪魔した。忘れてくれ」
 言って、立ち去ろうとする。
「……殿下。どうしてここに?」
 ――姉の策略で。
 そう言いかけたが、なんとなく、言えば負けのような気がした。
 自分の動悸が、聞こえる。
 何度も言ったことだ。今更、何を……。向こうだって、知っている。
 血が頭に昇るのと同時に、段々と自分自身が分からなくなり――
「……洸流!」
 勢いあまって、彼は彼女を抱き締めていた。
 そのまま、検査用のベッドに縺れ込むと、唇を重ね、
「洸流……洸流」
 ただ、それだけ呟く。
 彼女に覆い被さって。
「……イレ・ルーヴュ・テオ」
 暫くして、何の抵抗も見せず、彼女が呟いた。
 その言葉に、ティオの中で何かが切れる。
「……どうして……そうなんだ……」
 彼女の腕を押さえる手に、力が入る。手が震える。
「こんなことをされて、悔しくないのか!? 怖くないのか!?」
 叩きつけるように、叫んでいた。
「私の為!? それだけで、全てを投げ出せるのか!? 友まで撃って!!
 お前はそれで満足か!? お前に、大切なものはないのか!?」
 押さえつけられたままの彼女。反応はない。
「私は、お前の何なんだッ!?」
 そこまで叫び終わると、彼は我に返った。
「……すまない」
 彼女の身体をマントで覆い直すと、すぐに検査室の出入り口に向かい、
「私を……見てくれ。……頼む」
 そう、ぽつりと呟いて、出た。
 彼には――それが、精一杯だった。

 翌日。いや、もう午前をまわったので翌々日になる。夜中、彼は人気のない廊下を歩いていた。王城内の居住区。普段なら、彼が、まず来るところではない。
 ――ここか。
 部屋の番号を見て、心中で呟き、インターホンの音を最小にして押した。これなら、眠っていれば気づかないだろう。
 しかし――少々間を置いて、扉が開く。彼女は――
「……殿下……?」
 一呼吸置いて、そう呟いた。
「ああ。昨日はすまなかった」
 言い、サングラスを外すティードリオス。勿論、光への対策ではなく、人目を避けるためのものである。加えて、今の彼は私服――王族の服装ではないし、黒い長髪も流れるに任せている。一瞬、洸流が分からなかったのも無理はないだろう。
「……何故……このようなところに……」
「それより、だ」
 呆気に取られたような彼女を、ジト目で見て、
「何故、起きている?」
 簡潔に問う。
 そう。それが彼が来た理由。眠っているならいいと思っていたのだが……まさか起きていたとは。時刻は、午前2時過ぎ。
「少しも懲りていないようだな」
「あ……申し訳ありません。眠れなくて……」
「薬は? 飲んだのか?」
「……いえ……」
 彼は呆れ気味に嘆息し、
「この休暇中に管理を取り戻してくれ。
 ……薬を飲んで寝ろ」
「……はい」
 言って、中に入る洸流。
「悪いが、眠るまで見張らせてもらう」
 信用のない台詞を吐き、彼女に続いて部屋に入り――ティードリオスは反応に困った。
「洸流……これだけか?」
「……はい?」
「いや……何となく……殺風景すぎないか?」
 それが、第1印象。備え付けの家具とパソコン以外は何もない。写真とか、そういうものも一切ない。カーテンやシーツも、標準的な無地の地味なものだ。……多分、支給品のリストの一番上にあったものだろう。
「よく言われます」
 あっさりと言う彼女。そう言われてしまっては何も言えず、仕方なく元の話題に戻った。
「……薬を飲め」
 言われる通りに薬を飲む彼女を横目に、起動中のパソコンが目に入る。
「……電源を落としていいか?」
「あ、はい」
 開いているのは、インターネットとミュージックプレイヤーのみ。まずは、インターネットを閉じるべく、ポインタを動かした。と、ブックマークのファイルの上を通過した時に、一覧が開いた。
「……洸流……」
「……何か?」
「その……見る気はなかったんだが……ブックマークのリストを開いてしまった。
 それで、訊きたいんだが……これだけか?」
「……え?」
 リストにあったのは。1つ。総合情報検索サイト。最も有名なものだ。
 2つ。音楽ダウンロードサイト。これも大手。
 3つ。研究機関レベルの神聖言語学習用サイト。どうやら、会話程度という彼女の言葉は謙遜だったらしい。
 4つ。騎士団の支給品一覧・申し込みサイト。おそらく、王城に配置換えになってからは使っていないのだろう。
 5つ。王城仕官の支給品一覧・申し込みサイト。
 ――以上。他はない。何もない。
 何だか、音楽サイトが唯一の救いのような気がした。
「……もういい、すまなかった」
 反応がいまいちの彼女に、眩暈を覚えながら、彼はインターネットを閉じた。
 次いで、ミュージックプレイヤーを閉じる。収録曲が一曲だけなのも気になったが、この際突っ込む気になれなかった。
「ところで、一つ確認したいが……お前の身内は、本当にもう誰も?」
「……はい。遠い親戚なら、いるにはいますが……」
「父方の親類は?」
 何気ない風を装った彼の問いに、洸流は、少し考えて、
「いえ、父方は特に……。遠い親戚も母方で……」
「そうか。ところで、この際だから言っておく」
 意を決し、彼は、横たわる洸流の顔を覗き込んだ。
「私は、お前を愛している」
 反応は、ない。
「だが、私は王族だ。生まれながらの責務がある。それを放棄するつもりはない。だから――
 私の身も、そしてお前さえも、切り捨てなければならない。そう判断することも、ある。
 ……お前を……犠牲にすることも厭わない。
 だが……私は、お前に惹かれている。……それだけだ」
 言葉の後に落ちたのは、沈黙。彼女が眠るのを見届けてから、部屋を出た。
「……おやすみ」
 眠った彼女に、そう言い残して。
 何事もなかったかのように自室に戻ったが、翌日、彼の前夜の行動がメディアに洩れていた。リーク元は――姉だった。
 ティードリオスは、無論、迷わず姉の部屋に怒鳴り込んだ。
 のらりくらりと、愉しそうな姉に、殺意すら抱いたが……何が変わるでもなかった。


6 :副島王姫 :2007/10/20(土) 15:23:33 ID:oJrGY3oG


4――嗣庚の姉弟

 帝国歴4584年、7月25日。
 突如鳴った電話を、彼女は慌てて取った。
『……洸流……元気にしているか?』
「お父さん、久しぶり。お母さんは?」
『洸流……よく聞け』
 父の声が深刻なことに、今更気づく。
『志を継いでくれ。私たちは終わっても、未来に希望はある。
 王家と、国と、人々の為に。……分かるね?』
「お父さん? 何? どうしたの?」
 だが、答えはなかった。代わって、母の声。
『洸流……赤ちゃんね、男の子だったわ。
 あなたの弟……悠夾(ゆうきょう)よ。忘れないでいてあげて』
「お母さん?」
 電話は、切れた。
 軍艦デルハウスト自爆の報が入ったのは、それから間もなくのことだった。

「早速だが……これは間違いないな?」
 復職するなり、ティードリオスの自室で、そう切り出された。
 机の上にあるのは、1週間前の葉零島(ばれいじま)での報告書。ティードリオスだけではなく、ミルドレインもいる。
「現れたのがラインハルトで、それを討つ為に、高圧粒子砲<ゴルトセルン>を撃った、と」
「はい」
「確かに、あれぐらいでなければ、ラインハルトは破壊できないが……葉零島が消滅したのは知っているな?」
「はい。ニュースで」
 5キロ四方というサイズの島・葉零島が突如消滅したのは、有名なニュースだった。周囲の島を巻き込み、海底には巨大なクレーターができているという。生態系も荒れ放題。火山性の島なら何か起きていたかもしれない。
 彼女はこれ以上は知らされていなく、休職中だったため、聞く術も持っていなかった。
「……やはり、私が何かやったんですか?」
「これを見てくれ」
 言われるままに、2つのディスプレイを見た。正式な記録に残る、第9期の映像。もう片方では、同時進行で、ラインハルトの外界モニター記録が映し出されていた。
 第9期とラインハルトの音信が途絶え、それから――
「あ……あ……まさか……」
 洸流が、信じられないという風に、洩らす。
 映像記録。栗色の、長い髪の少年。
「……ゆう……きょう……?」
 次いで、ゴルドセルンが島を凪いだ。当然、コーレックも消滅する。そう、ラインハルトの記録にはあった。
「悠夾!?」
 愕然と、ただ叫ぶ。
「悠夾! ……そんな! 悠夾!!」
「落ち着け」
 ティオが、取り乱す彼女の肩を抱く。
「……コーレックは……消滅を?」
「ああ」
 掠れた声で、すがるように言う彼女。
「私が……コーレックを……悠夾が! 悠夾が乗って!
 私は! 悠夾を! 悠夾を!!
 私が……私が……」
「落ち着け! 洸流! 悠夾とは誰だ? この少年か?」
 完全に錯乱してしまった彼女を、ティードリオスが何とか宥めようとする。
「悠夾……悠夾……」
 涙声になり、膝をつき、ただ項垂れる。ティードリオスは、そんな彼女を抱き締めるしかなかった。

「悠夾は……私の弟です」
 椅子に座り、コーヒーマグを両手で持ち、落ち着きを取り戻した洸流が語り始める。
「弟? しかし家族は……」
「はい。いません。
 悠夾は……生まれる前に死んだんです。母の胎内で。
 デルハウスト自爆の直前に、両親から電話があって……その時、初めて知りました。母が妊娠していたことは知っていたのですが……男の子だった、悠夾と名づける、と」
 くすり、と、哀しげな微笑みを浮べる。
「……遺言でした」
「……で、あのコーレックの少年が、その悠夾だと?」
 何かを思い出しているようなミルドレインの言葉に頷き、
「そんな気がするんです。勘だけですけど。
 あれは……悠夾です。そんなこと、有り得ないのは分かっていますが」
「……そういうこともない」
 ティードリオスが洩らした呟きに、不思議そうに顔を上げる。
「洸流……悪いが、お前の自宅を調べさせてもらえないか?」
「……この前ご覧の通り、何もありませんが?」
「いや、実家だ。屋敷は無人だそうだが……残ってはいるんだろう?」
「はい。それは勿論、構いませんが……」
「そうか。ありがとう。それから……弟のことは、深く考えるな」
 そう言って、彼女の肩を叩いたが、無論、そんな簡単なことではないことは分かっていた。
「……あの時撃てと命じたのは、私だ」
 それ以外。何と言えばいいのか、分からなかった。
 そして、後日行われたホーレスト子爵邸の捜索で、蛇と槍が意匠化された紋章の刻まれた、古ぼけたレリーフが発見された。誰に知られることもなく、物置の隅に放置されていたものであったが、ティードリオスの憶測を裏付けるには、充分だった。

「ティオ♪ 借りるぞ」
 唐突に弟の自室に押しかけそう言って、ミルドレインは有無を言わさず洸流を連れて来た。
 4月。既に、弟と洸流が出会って3ヶ月が過ぎていた。
「……で、ティオをどう思っている?」
 自室に引っ張り込み人払いをし、ソファに座らせてそう迫った。
「……敬愛しております」
「そうではない」
 上機嫌な声で、問う。
「1人の女として、どう思っているか訊いている」
「お慕いしております」
 迷わず答えた洸流。
「つまりは、添い遂げる覚悟はあると、それでいいな?」
 にっこり笑顔で言うと、彼女は顔を曇らせ、
「でも、殿下は王族です」
「良いではないか。王族でも」
 彼女の両肩に手を置き、溜息混じりに言う。
「生まれは変えられん。
 ティオも、それで苦しんでいる。……知っているであろう?」
「はい。何度か……言われました。分かっています。それを責める気はありません。
 それでも……」
「ん? 何だ?」
「私のことを好きとは言いますが、いつもあの人のロケットを……」
「ああ」
 むくれたような洸流に、合点がいったように、笑うミルドレイン。
「それは、本人に問い詰めてやれ。……まあ、確かに、気分のいいものではないな」
 言うと、奥の部屋に入るミルドレイン。ややあって、布の塊を持ってきた。
「ふむ……これがいいか」
 持ってきたうちの1着を取ると、丈を見て、
「よしよし、詰めればいいな。こっちへ来てこれを着てくれ」
 強引にそれを着せて、サイズを合わせ始める。
「殿下……これは?」
 洸流の問いに、哀しげな笑顔を浮かべ、
「私が18の頃に着ていたものだ。当時は……まあ、華やいでいたからな」
 言いながら、器用に針で縫っていく。
「次は髪か……」
 言って、愉しそうに彼女の髪を解いていじりはじめた。

「ティオ、待たせた♪」
 約2時間後。戻ってきた誘拐犯の愉快な声に顔を上げ、ティードリオスは言葉を失った。
「今日は仕事はいい。そうだな……前庭あたりを2人で歩いて来い」
「あ、姉上?」
「ほらほら、お前も少しは洒落た格好に着替えろ。外で待っているぞ」
 言うなり、洸流を連行し扉を閉めた姉に、胸中で呟く。
 ――ついに、実力行使に出たか……。
 検査室の一件のみならず、以前もそういう行動がなかったとは言えないが。
 ともあれ、姉の権力で命令にされてはたまらないので、素直に従うことにした。
 ――玩具にされている気も、しないでもなかったが。

「……こ、洸流……」
「はい?」
 姉にお膳立てされるままに王城の前庭にいた。計らいなのか、他に人影はない。普段なら、割と多くの人がいるのだが。
 彼女に、ちらりと目をやる。
 見覚えのある姉のドレス。淡い黄のそれは、よく似合っていた。栗色の髪も、今は軽くカールし、春の風に踊っている。
 ――綺麗だ。
 そう言いたかったが、言葉が出ない。代わりに、
「よくサイズが合ったな……」
「丈は合わせていただいたんですが……胸がガバガバです」
 苦笑交じりに彼女が言った言葉が裏目に出たのか、また視線を逸らすティードリオス。
「ミルドレイン殿下は、美人でスタイルも良くて……羨ましいです」
 ティードリオスは、王族の服装ではなかった。洒落てはいるが、私服だ。……まあ、洸流のも私服と分類されるのだが。ただ、ロケットだけはそのまま。
 風がまた吹き、ティードリオスの髪と洸流の髪、そしてドレスの裾が流れた。
 王城の壁を背景に、丁寧に刈り取られた芝生と、植えられた樹木、そして、石畳で舗装された道。春の陽射しと、鳥の囀る声の中、ティードリオスは意を決して口を開いた。
「洸流……訊きたいことがある」
「……何でしょう?」
 ずっと、訊きたかった。しかし出せなかった問い。
「お前は……私が王族だから側にいるのか? もし、私が王族でなかったら……お前はどうするんだ?」
「その時は……」
 彼とは打って変わって。洸流の言葉に迷いはなかった。
「対等の男女として、接します。
 ――愛していますから」
 また、風が吹く。
 ティードリオスは、苦笑を洩らして彼女を抱き締めた。
「私は、確かに王族だ。それは、否定できない。
 だが……お前を愛する。一人の男として」
 両手で、彼女の頬を包み込む。
「……それで、いいか」
「ええ、ティオ」
 春に陽射しに伸びた、2人の長い影が、重なった。
 それを見届けたミルドレインは、今は無粋な真似はすまいと、黙ってモニターを切った。
 婚約の正式な発表の申し入れ、挙式を7月25日にし、先日完成した第9期の公表を同日に行いたいという進言。それらを2人が持ってきたのは、その日の夕刻のことだった。

「……くっ……!」
 黒い塊が、霧散する。
 王城の地下、広い空間。嘗ては第9期ヴィーセンタ専用の演習場だった。開発が一段落した今では、第9期弐号機の基礎理論が完成するまで、用途のない空間となっていた。
 息を切らせ、膝をつく。
「ティオ!」
「洸流……まだ近づくな」
 呼吸を荒げながら、言う。再び立ち上がって、意識を集中させた。
 衣服の裾が、束ねた黒髪の先が、生じた風圧に靡く。
 また、黒い空間が生まれた。だが、彼の手の先には歪みが生じるだけで、具体的な形は浮かばない。やがて、空間も消失した。
 ――思うようには、いかない。
「ティオ!」
 今度こそ駆け寄ってくる婚約者の声を聞きながら、彼の意識は闇に堕ちた。

「……う……」
 呻いて身を起こすと、慣れた光景だった。
 いや、正確には、違う部屋だ。2週間前に、2人で暮らすために部屋を変えた。だが、以前の部屋と大して雰囲気は変わらない。……これは、彼の趣味が出たというのではなく、ただ単に洸流の希望が一切なかったというだけなのだが。
「……洸流……」
 覗き込んでいる顔を見る。
「……無茶しないで」
「……すまない」
 そう言って、身を起こした。窓の外は、もう暗い。数時間眠っていたらしい。
 ロケットが、胸元で揺れた。
「……どうした?」
 機嫌が悪い。それは一目で分かった。だが、怒らせるようなことをしただろうか? 確かに、彼女の目の前で無理はしたが……必要なことは、彼女も知っている。
 長い沈黙の末、彼女は黙って、彼が首から下げたロケットを掴んだ。
「これ、いつまで下げてるの?」
 不機嫌そのものの顔。
「ああ、違うんだ」
 彼は、苦笑を洩らし、
「好きというのとは、違う。確かに、初恋だったが……今は、尊敬と、感謝と。そんなところだ」
 言って、ロケットを開く。
「彼女はリリア。……1500年前の、フェルキンド王家の祖先だ」

「リリア? ……リリア・フォーセット?」
 訝しげな顔をする洸流。ティードリオスは頷き、
「それは、4年前にこの城に乱入した際に、彼女が作った偽名だ。戸籍が必要になって、ハッキングして作ったらしい。……姉上でも見破れなかったからな。それが残って、彼が利用したわけだが。
 彼女と出会ったのは、4年前。私が……当時は、俺と言っていたな。16歳の時だ。あの時は、酷かった。責任放棄もいいところだ。王族としての自分を受け入れず、姉上にも反目して……。身分を隠して、一般の学校に通っていた。王族としての最低限の行動は外せなくて、出席率は散々だったがな。よく、クラスメートにどやされたものだ。1人、真面目な女生徒がいて、いつも叱られた。はやし立てる悪友もいたな」
 やけに哀しげなその表情が、洸流の心に留まる。
「皆……死んでしまった。私のせいで」
 以前見た、腕の銃創。また、それ見つめながら、
「私は、姉上の弱点だった。当時の私は弱く……それでいて、それを自覚していなかった。……まあ、今も強いかと問われれば、答えに窮するが。
 私を、姉上への見せしめに処刑しようとしたテロリストがいてな。彼らは、私をおびき出すために、嘗てのクラスメートを殺した。私は、助けられると思って向かったが……結局、皆を無駄死にさせた上に、自分の命も落とすところだった。……リリアが助けてくれなければ、私は死んでいた。
 説教されたよ。責務から逃げるな、と。
 私は……リリアの夫に、瓜二つらしい。だから彼女が私を助けてくれたのか、それは分からない。だが、彼女の夫は……リュシオス王。名前は聞いたことがあるか? あの売国奴のリュシオス王だ。きっと、王族としての自分を受け入れない私に、危機感を覚えたのだろうな。彼が、どのように誤ったかを教えてくれた。
 今となっては、彼の轍を踏むなと、そう言われた様な気がする。それから、彼女は去り――私が、王族としての自分を受け入れるようになったわけだ」
 パチンと音を立てて、ロケットを閉じる。
「約束する。これは、もう少し私が成長したら、必ず手放す。
 ……それまで、待ってくれないか?」
「……分かった」
 洸流は、ロケットを握る彼の手に、自分の手を重ねた。

 4月が終わり、5月が過ぎ――6月、ティードリオスの誕生日が訪れ、彼は洸流と同い年になった。……8月になれば、また年が開くのだが。そして、7月。
 全ては順調に進み、滞りなく25日――俗に、「英断の日」と呼ばれる、命日が訪れた。

「……では、大事になる前に戻ってくれ」
 ミルドレインが言う。ヴィーセンタの格納庫。夜明けも間もない時間である。
 彼女は、いつもの軍服でなく、王族の礼装を纏っていた。最愛の弟の結婚式があるのだから、当然なのだが。しかし、彼女の目の前に立つ弟と義妹は、軍服姿だ。洸流について述べるなら、聖騎士の服装のまま。
 はっきり言って、こんな場合ではない。現に今も、衣装合わせをはじめ、様々な場所に主役の2人がいないので、ちょっとした騒ぎになっている。このまま見つからなければ、大混乱となるだろう。だが、姉はそれを気に留めた様子はない。
「生きて戻れ」
 そう言うと、ヴィーセンタに乗り込む2人を見送る。格納庫の扉が開き、迷彩状態の2機――姿が消えているのでその目で見たわけではないが――が去ったのを見て、事態を誤魔化すべく格納庫を出た。

 迷彩状態に入ると、それより上の技術がないと、姿を確認できない。第8期ラインハルト、本日公表予定の第9期。それらが迷彩に入れば、ミルドレインのディーンハルトを別とすれば、感知できるものはなかった。
『……来た。予定通りに頼む』
「イレ・ルーヴュ・テオ」
 洸流は、今日で最後となる言葉を口にする。
 妃となれば、今までの地位は消失する。王族配偶者としての名のみが残り、聖騎士の名は過去となる。彼の聖騎士として、ホーレスト子爵として、今日が最後の日だった。
 やがて、ティードリオスが示した地点に、歪みが生じる。
 すぐに意識を集中させて、磁場を発生させた。現れた、少年の人影を取り込み、高速で移動する。
 海岸が見えた。一般用ではない。有名な練兵場である。今日は、圧力をかけて空けさせた。
 ずしゃあっ!
 轟音と共に、第9期が、そして、その磁場が海岸に落ちる。
 2機は、迷彩状態から抜け出した。
 洸流は、密閉状態を解除し、
「悠夾(ゆうきょう)! 降伏して!」
 磁場に捉えられた人物――長い栗色の髪の少年に、言う。
「あなたを殺したくない」
 全兵装を、彼に向けながら。
 一方、少年の方は、それをものともしない様子で、
「できないよ。お姉ちゃんには」
 言って、手を軽く振る。第9期の磁場が、消滅した。浅瀬の上に、浮かぶ人影。
 潮風に煽られ、身長ほどある栗色の髪が靡いた。幼い体躯を、黒を基調とした服装に包んでいる。マントが、風に揺れた。
 琥珀色の瞳で、姉を見つめ、
「ボク、お姉ちゃん、大好きだよ。お姉ちゃんも、でしょ?」
 無邪気に、言う。
「悠夾……お願いだから、言うことを聞いて」
「ダ〜メ」
 言うなり、彼はまた手を振った。悲鳴が上がる。
『洸流!』
 上空に浮いていた、ラインハルトのコックピットが開く。
「貴様、洸流に手を出すな!」
「大丈夫だよ。ちょっと思考力を奪っただけ。
 だって、あのヴィーセンタは厄介だから。
 ところで、お兄ちゃん。撃って来ないの? わざわざ出てくるって、どういう判断?」
「……お前には、ラインハルトの攻撃は通用しない」
「へ〜え。分かってるんだ」
 小馬鹿にしたように、言う悠夾。一方、ティードリオスは動じず、
「いくつか、はっきりさせたいことがある」
 冷静に、言い放った。
「お前の目的は何だ?」
「……知ってるんじゃない? ボクが、今日お城に行くのも分かってたみたいだし。
 言ってごらんよ。どこまで合ってるか教えてあげる」
 ティードリオスは、無言で懐から取り出したレリーフを投げた。それを受け取り、悠夾が面白そうな顔をする。
「へえ……まだ残ってたんだ。どこにあったの?」
「洸流の……お前の実家だ。間違いないな?」
「大正解」
 悠夾は、小さな肩を聳やかし、
「いかにも。ボクは、嗣庚(しこう)王家の末裔さ。
 でも、分からないな。どうしてここまで? 確かに、あのヴィーセンタを嗣庚に持っていったけど……それだけじゃないでしょ?」
「王家の杖を行使できるのは、王家の血を引く者だけ。嗣庚というヒントは、お前がくれた。……余裕を見せすぎたんじゃないか?」
 その一言に、悠夾の表情が引きつった。
「何故、杖のことを……」
「感覚が、酷く似ていた。……いや、同じだった。私が見た、王家の杖と」
「話が掴めないな。200年前に滅びた杖を、どうしてお兄ちゃんが知ってるの?」
「私は、2人分の記憶を持っている」
 唐突に切り替わった話に、悠夾が眉をひそめる。だが、それに構わず続けるティードリオス。
「4年前に、ある人物の記憶を受け継いだ。彼女が死ぬまで、21年間の記憶を。
 彼女の名は、リリア。1500年前の、フェルキンド王族の祖先だ」
「リリア? 聞いたことないよ?」
「別の名も、ある」
 ティードリオスは、嘆息混じりに、その名を口にした。
「リーリアント」
 悠夾の顔が、変わった。
「そうか……あの女か……。
 成る程、それで杖のことを知っているんだね。生まれる前に死んだボクが、生きていることにも納得したわけだ」
「……知り合いか?」
「直接は知らないよ。ただ、ボクたちみたいにハザマで生きる人間は珍しいから」
「ハザマ?」
「知らなくていいよ。お兄ちゃんは」
 言い、悠夾が翳した手の先に、黒いワンズが浮かぶ。
「死んで。お兄ちゃんを殺して、この国を滅ぼして、ボクはお姉ちゃんとハザマで生きる」
「……やはり、そういうことか。
 お前の……洸流の両親は、王家と、この国の為に死んだ。お前自身も、だ。
 命を奪った、フェルキンドが気に入らないということか。
 そして、因縁の日に、お前の大好きな姉が私と結ばれる。さぞや、腹が立っただろう」
「うるさい!」
 力が、発する。
 一見、それはティードリオスに収束するかに見えた。だが、霧散する。
「――?」
「強き杖は他の杖を呼び起こし、強き杖の崩壊は他の杖を滅ぼす」
 浮上しているラインハルトの前に発生した力。それを操りながら、ティードリオスは言葉を紡ぐ。
「知らないのか?」
 彼の手元に、白に金の装飾のワンズが浮かんでいた。
 今度こそ、余裕を無くした表情で、悠夾は、
「リーリアントの杖に触発された、ってとこ? ……ふん」
 より、力を収束させながら、叫ぶ。
「だから、何だ!? ボクの杖はお前程度のものじゃない! お前の杖は、弱くて、未熟だ!
 本気を出せば――」
 と、音が響く。
 大したことは、なかった。それで、状況が変わる筈も無い。
 ただ、銃声が響いた。それだけ。
 弾は当たらず、彼の力に阻まれ、彼の足元の浅瀬に落ちた。
 だが――
「おねえ……ちゃん……?」
 信じられないという風に、悠夾は振り返った。
 波打ち際で半分身を起こし、自分に向かって銃剣を構える姉の姿を。
「お姉ちゃんが……ボクを……まさか……そんな……」
 ――充分な、隙だった。
 確かに、彼の杖は、目覚めて間もなく、力も弱い。どういう理屈かは分からないが、死んだ筈の命を保つ、悠夾の杖には敵わない。
 迷わず、ロケットの鎖を引きちぎり、投げた。
 少年の間近に迫ったとき、
「リリア! 力を貸してくれ!」
 叫ぶ。
 瞬間、黒い空間が発生し、辺りを飲み込んだ。
 悲鳴すら上がらず、闇が留まる。
 だが――充分ではない。発動は、いつもより上手く行ったが……完全ではない。
 次の瞬間、爆音が響く。
 見上げれば、コントロールを取り戻した第9期が、兵装を開放していた。
 容赦ない攻撃が、海岸に集中する。
「――フェーン・ルード・オム・ファイクリッド!!」
 ラインハルトを上昇させ、叫んでいた。
 今度こそ、杖が発動する。完全に。
 ――物体消失。それが、ティードリオスの杖の能力だった。
 真空化した中心を補うため、辺りの空気が、海水が、轟音と共に流れ込む。
 その光景を、2機のヴィーセンタが見下ろす。ややあって、
「騒ぎを聞きつけたメディアが来る。迷彩に入ってくれ」
『イレ・ルーヴュ・テオ』
 2機のいる空間を、強くなり始めた朝日が透過した。
 今ならまだ、そこまで大きな騒ぎにはなっていないだろう。どちらからともなく、王城に向かって飛び始めた。
「洸流……大丈夫か?」
『大丈夫じゃ……ありません』
 返ってきた彼女の声は、泣いていた。
『悠夾……せっかく……せっかく……』
「……また、お前に撃たせてしまったな」
 今度は、かけがえのない弟を。
『……あなたの方が、大事だもの』
「……ありがとう。すまない」
 手が触れられるなら、抱き締めていただろう。自然と、何も無い胸を手が掴んだ。
 ――いいだろう? リリア。
 後ろの映像に目をやりながら、そっと胸中で呟く。
 ――私は、彼女と生きていける。リュシオス王と死に別れた、貴女の分まで。
 開きっぱなしだった格納庫から入ると、ミルドレインが待ち構えたように出迎えた。

 白い墓標に、花を添える。
 3日後。やっと時間を取った2人は、王城から抜け出していた。無論、公的なスケジュールを組んで、だが。
 ホーレスト子爵家の、墓。新しいものは、洸流の父と母。そして――その横の、小さな墓標。
 遺体の無い3つの墓の前で、2人は無言で立っていた。やがて、どちらからともなく、その場を立ち去る。
 第9期壱号機は、悠夾と名づけられた。圧倒するスペックは、ただ人々を驚かせ――同時に、第9期全体に付けられた名も、話題を呼んだ。
 通称――ファイクリッド。ミルドレインが送ったその名は、フェルキンド王家の悲願とも言えた。

 そして、帝国歴4661年。賢王と呼ばれた伯母・ミルドレインの後を継いで即位した、ガレーネル。伯父と呼ばれる筈だった人物の名を与えられた、その王の即位したその年が、ファイクリッド歴元年となった。

 ――Fin――


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.