零番目の魔法使い


3 :多樹 :2013/06/16(日) 17:52:49 ID:kDx7kkQHYn

1−1

 ギリアルド王国は周囲を強国に囲まれているために幾度となく侵略の危機にさらされ、それらを魔道技術によって撃退してきた歴史を持つ。そのため、魔術先進国と言われながらも国内には他国の科学技術の取り込みも目立ち、外国からの観光客を驚かせることも珍しくはない。中でも最もレイが感心させられたのは自動車だった。蒸気の国より持ち込まれた新技術で、蒸気エンジンとよばれる動力機関を搭載することによって重い鉄の塊を高速度で走らせることができる。その速度は荷台を引く馬車を軽く凌駕し、速い物では魔女の箒にも匹敵するという。まだ高価なために主要都市以外では珍しいものだが、少しずつ着実にギリアルド王国内での普及を高めている。
「・・・・」
だが、まさか魔道学院がいち早く自動車を導入しているとは思ってはいなかった。複雑な気持ちで巨大な自動車を見上げるレイに、スレイが不思議そうに首をかしげて見せる。
「どうかしました?」
「いえ、べつに」
大型四輪駆動自動車、通称区間走行バスとよばれているそれは通常の4人乗りの自動車に比べると奥行きがあり、車高も高い。総乗員数18人と王都でも見かけられない代物である。学生はこれによってのみ市内へ行くことができ、学生以外の者もこのバスによって学院を訪れることができる。
「これは一日に何本ぐらいでてるんですか?」
バス内には10人前後の学生が乗っており、皆楽しげに隣の学生と喋りこんでいる。そのうち半数近くは男子学生であり、彼らはこのバスに乗れなければ帰ってくることができない。空を飛行するための箒魔法は女性にしか使うことができないからだ。
「学院からは6本、アーカスからは3本です」
アーカスから学院へ向かう便が少ないのは利用者が少ないからだろう。だが箒魔法を使える女子学生と違って男子学生はその3本を逃すと戻ってくることができずにアーカスで一夜を明かさねばならない。そう考えれば少ないような気もしないでもない。
「基本的に学生は街へ向かうことは珍しいので十分です。それに万が一を想定して私たちは箒を持ち歩く習慣があるので大丈夫です」
そういうスレイも傍らに白い柄の箒を立て掛けているが、その万が一の時はレイは歩いて帰って来いという意味だろうか。
男性が箒魔法を使えないことに関しては諸説あるが、一番有力なのは風を司る精霊シルフの長が男性嫌いで男には力を貸さないというものだ。阿呆らしく聞こえるが魔法にはたびたびある話である。事実風使いが女性に圧倒的に多いこともその説の背中を押している。
魔術は文字や天体などの目に映るものの力を利用して行うが、魔法は精霊や空間などおよそ人の目には映らないものの力を利用する。
それ故に知識さえあれば比較的使いやすい魔術と違い、精霊との対話など素質によって左右されやすい面のある魔法は使える者を減らし続けている。
「スレイさんはどの系譜なんですか?」
座っているだけで景色が変わり続けることを奇妙に思いながらレイが尋ねた。魔道士ならば誰もが自分の中に魔力とよばれる体内エネルギーを持つ。だがそのエネルギーは人によって異なる性質をもち、大きく分ければ六つ。火、水、風、土、雷、木、それらを基本の六系譜と呼び、魔道士たちはその中でも自分の得意な系譜の魔道士となる。
「火と水です」
攻撃的な火の系譜と調和の水の系譜。中でも水は再生を司るために医療機関に従ずる者が多いのが特徴的だ。
「じゃあ将来は治癒士志望ですか?それとも火の系譜を活かした方向に?」
「いえ、私はセージ志望です」
興味をなさそうにしていたノアールがレイの隣で小さく首をかしげた。たしかに協会所属のレイやノアールにとってはセージという職種はあまり聞きなれない物であり、ノアールが知らなくても無理はない。セージは教会側ではワイズマンと呼ばれ、呪術指導を専門とするものたちのことだ。アルバート公もセージの一人であり、彼のように学院で働くものもいれば、軍や王宮につかえて兵たちの練度を磨くものもいる。
「やっぱりアルバート公の影響ですか?」
バスが停車して学生たちが一人、また一人と降りていく。
「もちろんそれもありますが、小さいころからの夢なんです」
降りた場所は街の入り口のようだった。活気があふれており、たくさんの人の気配を感じる。早速はぐれそうになったノアールの手をつなぎながらレイは満足そうにうなづいてみせた。
「夢ですか、いいですね」
だが、それは何よりも厳しい荊の道である。
口にこそしていないがスレイもそのことは自覚しているだろうし、ノアールですらそのことに気づいているだろう。
世界から魔道士の数は減り続けている。
現状として魔道学院は各国に一つ、魔道士を管理する魔道士協会は各地方に一つずつ、国内に存在する拠点の総数は20にも満たない言われている。だがそれは魔道の需要が経ているわけではなく、むしろ魔法を簡易化した魔道具の製造技術の向上、魔術の新形態化、出現の増加し続ける悪魔の対処などその需要は高まり続けている。しかしそれに供給が追い付かずに国軍の中には魔道学院の学生にも劣る練度の魔道兵も目立つ。これまでよりもさらに魔法や魔術は必要とされるだろう。
だが、ワイズマンもセージも失業が目立つ職だ。
「・・・・もちろん現状はわかってるつもりです。魔道士の素質をもつ人間が減ってきているんですよね」
学院の新入生も減ってきてます。と笑う彼女にレイはただうなづくことしかできない。
かつて精霊は誰のそばにもいた。だが次第にそのつながりは薄れ、今では魔道士のみにしか見ることも感じることもできなくなった。今の子供たちの中には精霊をただのおとぎ話としか思わない子供もいる。どれだけ簡単な魔術式も使えない者もいる。
闇は以前よりも薄まり、人間の中から魔力が根本的に失われつつさえあった。
「そう遠くない未来には魔道士制度は崩壊すると協会は考えています」
かつて12の系譜があった魔力は今や6つに減り、魔道士協会と対をなすように存在する女神信仰もその力を弱めている。誰の目にも、神様の時代が終わりを迎えようとしているのは明らかだった。
大陸の外では魔道士を迫害する魔女狩り運動が起きたことも報告されている。
「だからこそ、私はこの力を後世に残す努力をしたいんです。この魔術先進国のギリアルドだからこそできることがあるはずですから」
となりでほほ笑むスレイから、若さゆえの力強さを確かに感じた。
レイの次の世代の彼女たちがこの終わりかけの世界をきっと支えてくれるだろう。
「そうですね。そういえば、この街にもワイズマンがいましたね」
呟きに反応したのは手をつながれて歩くノアールだった。小さく、だがたしかに強張ったのをレイは見逃さない。
「ワイズマン・・・ということは教会の方ですか」
「えぇ。お会いしたことはありますか?マクレインという男なのですか」
スレイが静かに首を振った。
「いえ、私たちは決まりによって協会支部には近づきませんので」
学院の校則の厳しさはレイも事前に聞かされている。学生たちは学外で起きた問題に対して学院外の力を借りることを厳しく禁じられている。協会はそれを学院側が禁止魔法を教えていることを隠ぺいするための処置だととらえているが、事実のほどはわからない。
「そうですか。でも火事の詳しい状況も知りたいですし、どこか別の場所で待ち合わせますか?」
「いえ、ご一緒させていただきます」
だがその規則を知っているからこそマクレインの話をしたのだが、その程度で煙にまけるほど甘い監視ではないらしい。
「あぁ、そうですか。ノアール、協会はどっちだい?」
一瞬ためらうが、それでも確かに空いていた手で細い路地を指差した。相変わらず無表情のままだがどことなく嫌そうな顔をしているのは気のせいではないだろう。
ノアールはマクレインのことが嫌いなのだ。いや、はっきり言えばレイだって好きではない。そのことを感じ取ったのかどうかはわからないが、歩き始めてしばらくしてからスレイがノアールに尋ねた。
「マクレインさんってどんな人?」
しばらくは答えを返さないノアールだったが、答えを辛抱強く待ち続けるスレイに観念したように言葉を紡ぎだした。だがそれでも絞り出したのはたった一言。
「変態」
気まずそうにスレイがあいまいに笑った。おおむね正しいのだが、それだけではあまりにも言葉が足りないだろう。しかたなくレイがその言葉の後を引き取った。
「マクレインは業界内でも有名な好色家なんです。絵画、骨董、ひいては少年、少女、人体、彼の琴線に触れた者はなんであろうと収集されます。魔道士としての実績がうまく隠していますが、黒いうわさは絶えません」
視界の隅でまだ会ったことのない人物にスレイが言葉を失っているのがわかった。
「そんな人に会いに行くんですか?」
もちろんできることならばレイだって会いたくはないが、彼の収集する対象には情報も含まれる。珍しい事象や事件は必ずと言っていいほど彼は詳細を知っているのだ。
「えぇ、まぁ。それよりもスレイさん、杖を出していつでも魔法を使えるようにしてください」
技術都市として名をあげ、人口も街の規模も有数の大都市と言って過言ではないアーカスだが、その治安は悪い。表の通りは学院の意向によって厳しい取り締まりがされているが、少しでも裏へはいれば薬物や不法占拠、不法投棄、通常の規格では考えられない魔道具の販売、素行の悪さから協会から仕事をもらえなかった王国魔道士崩れのごろつき、肉体的な鍛錬におとる魔道士たちを狙う人さらいなど、表向きでは考えられないほどの無法地帯となっている。そんな場所では、学院の世間知らずな魔道士見習いなどはすばらしい鴨に見えることだろう。
「・・・・8人いるね」
ノアールの呟きにスレイが慌てて周囲を見渡すが、彼女の目には物陰に隠れる影の一つもとらえられないだろう。ノアールもレイも若く見えても新米の魔道士ではなく、場数も修羅場もそれなりに踏みくぐってきた。だが、そんなレイたちが実際に囲まれるまでその存在に気づけず、感知もできなかったということは、相手が気配を絶つことに慣れ過ぎている。一番近くにいる敵までも数メートルというところで、遠距離攻撃を可能とする魔道士が相手ならば致命的ともいえる距離だが、射撃などの攻撃のくる気配ではない。ならば相手は人さらいを主とする盗賊崩れということか。
「ノアールはスレイさんを連れて最短距離で協会まで」
魔道士にとって人さらいというのはもっとも警戒すべき存在と言える。細やかな陣や式、条件、呪文など、知識の獲得に半生をかける魔術師や杖や本などの補助具に頼って力を使う魔法使いたちは、基本的に肉体的な能力は一般人にも劣る。そのくせ膨大な魔力を制御するために着用する魔道服も、補助具として用いる杖も、よほど力があるものに至っては眼球や手指といった肉体の一部でさえも金銭的にはかなり高価な価値を持ついわばために盗賊や荒くれ者からすれば、魔道士たちは杖などの補助具さえ奪ってしまえば男も女も抵抗する力を持たない金の成る木と言えるだろう。
「・・・・レイは?」
「あとから追いつくよ」
だがもちろん、そのための対抗策を魔道士側が用意しなかったわけではない。
レイの呟きを掻き消す勢いで風が路地を駆け抜けた。それも自然な風ではなく、レイの右手を起点に巻き起こった突風だ。レイの手のひらの中で二枚の金貨がこすれる音を立て、路地内に緊張が走った。学院で魔法を習うクランも、そんな魔道士たちを相手にすることを専門とした姿を見せない敵も、魔道士が道具を取り出したということの意味をよく知っているための緊張だ。
魔道士がこの局面で取り出すものなど、杖や本をはじめとした補助具のほかにはあり得ないのだから。
もちろん用いる補助具によって魔法の系統はある程度は決まる。杖ならば呪文を基礎とした詠唱魔法やそれに近い種類の魔術、本ならばそこに文字や図を描けるといった利点を活かした召還魔法やルーン魔術。だが、コインの形をした補助具などクランでさえも見たことがないはずである。
「わかった、行こう」
ノアールがクランの手を引いて小走りにレイから離れていく。クランも一瞬ためらう素振りを見せたが、すぐに自分の意志で路地を走り出した。学院からの監視が離れていくことに小さく息をつくが、完全に自由になったわけではない。頭上、建物の屋上に見慣れない黒い鳥が群れを成して止まっているのが見えた。恐らくはクランの補佐として用意された監視用の魔法をかけられた鳥たちなのだろう。
見ているのはアルバート公か、それともほかの魔道士たちか。
どちらにせよ、魔道士が自身の手の内をみせるのはあまり喜ばしいことではない。いかなる魔法も魔術もそこには種があり、仕掛けがある。手品と根本は同じなのだ。
仕掛けがばれれば対抗策を立てられ、種がばれればそれを封じられる。
だが、それを理解した上でレイは親指でコインを頭上めがけて強くはじいた。宙に放たれたコインは慣性のままに空へとあがり、やがて重力に引き付けられるように落下を始める。だれもがそう予想した。しかしコインは回転しながら空へと上がり、落下する寸前に空にあらわれた巨大な手に掴まれた。
「さぁ、バルバトス。力を貸しておくれ」
やがて腕に続いて身体が現れる。それは緑の狩人のような姿をした初老の男だった。ただし大きさが並みではない。レイと比較してもおよさ5倍。手のひらの大きさだけでもレイより大きいその巨体に、隠れたままの敵がざわめいた。その反応にレイはある事実に気づき、周囲を見渡した。
相変わらず敵の所在はわからないが、ただ隠れているだけではない。これは魔法だ。
恐らくは光を屈折させる類の魔法で、バルバトスの出現によって場の魔力が乱れたために向こうの魔法にも乱れが見える。だが、魔法を使うということはやはりただのチンピラではないらしい。
魔力がざわめいたためか危機を感じたためか鳥たちも一様に場を離れている。敵の正体を確かめるのは今が好機だった。
「バルバトス、この場にある魔術、魔法の効果をすべて解除。続けて隠れているものたちを引きづり出せ」
巨人が言葉に従って何かを引くように腕をひく。応じるようにして、何もない空間から、物陰から、地面から。歳の若い男たちがひっぱりだされた。
男たちが自身を引く正体不明の力に悲鳴にも声を上げる。そのうちのひとりに向けて、レイはカウンターの要領で拳を叩きつけた。拳から伝わる肉を叩く音ととも骨を砕いた感触に顔をしかめる。
無論レイの右手にかかる反動の衝撃も尋常ではないが、それを押しこらえて、振りぬいた形の右手に握り占めていたコインを指ではじいた。コインは空中で宙に消え、次の瞬間にはレイの体は敵集団から離れた場所に存在していた。まるでそこにいた瞬間と移動する行動を抜け落としたかのような光景に、男たちがざわめき、しかし一人が倒されたことによって一斉に迎撃のために武器を構えた。
剣、槍、銃といったあからさまな武装の者も、木材など一見すれば武器には見えない者もいる。すぐに跳びかかってこないのは正体不明の魔法と巨人を恐れてのことか。
「バルバトス」
レイの呟きに皆が一様に構えを取った。レイの魔法はコインをはじく動作と巨人への呼びかけを起点としたものだという経験にもとづく判断だ。すぐに後ろや前へ飛べるような身を低くした回避の姿勢。
その反応に敵の練度を知ったレイは彼らを心の中で称賛し、しかし、彼らはその練度ゆえにレイの動作に対応できなかった。
「ご苦労だった」
巨人が暴風を伴って姿を消す。その暴風に男たちが目を細めた一瞬の隙をついて、レイが駆け出したのである。あわてて何人かがレイを追いかけるために駆け出し、道に残されていたコインを踏みしめた。
「あ」
光が一瞬路地を照らしだし、爆砕の花が咲いた。




 


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