零番目の魔法使い


2 :多樹 :2013/03/17(日) 16:24:49 ID:kDx7kkQHom

「どうぞこちらでお待ちください」
そういって侍女が案内したのは広い応接間のような部屋だった。正直レイとしては今すぐにお暇したい気持ちでいっぱいだったが、学院の院長でもあるアルバート公の許可もなしに学院の視察など出来るはずもない。恐々とした思いでソファーに腰掛けるレイをよそに、ノワールが暖炉で音をたててい
る炎を興味深そうに眺めていた。
「ノワール、頼むからあまりうろちょろしないでくれ」
ここでノワールが調度品の一つでも壊せばまたレイの胃痛は悪化するだろう。いや、それ以前に無事に学院を出れるかどうかも怪しかった。
魔導士の力量はその名前に比例する。強いものほど高名で、その点でいえば魔典の名を冠すグロリア・フォン・アルバートといえば知らぬ者などいないほどだ。修めた術はまさしく星の数で、彼の手にかかればレイなどあっという間に塵にされかねない。何度目かもわからないため息を吐くレイの肩をノワールが叩いた。同情されているのかともおもったが、
「悪魔の気配がある」
ぽつりと呟かれた言葉に、漏らしかけた溜息が吸い込まれる。思わず心臓が高鳴るのを感じた。
「この部屋にか?」
ノワールが小さく首を横に振る。そのことにささやかな安堵を得るが、同時にそれはこの学院にある秘密の影をより濃く浮き上がらせた。悪魔の召喚は第一級の禁止事項。それが魔導士を育てるここで行われているとなれば、それこそ今回のような調査ではなく協会による制圧にまでつながりかねない。
「お待たせして申し訳ない」
不意にかけられた温かみのある声にレイが姿勢を正す。声の主は短く刈りそろえられた白髪の男性、アルバート公その人だ。その両脇にはそれぞれ黒いマントに身をまとった男性と女性が立っている。
「いえ、お忙しいのにお呼びだてしてしまい申し訳ありませんアルバート公。私は魔導士協会所属の魔導士レイ・アーバンです。よろしくお願いします」
名乗り、頭を下げたレイはアルバート公が自分の事を不思議なものを見るような目で見ていることに気づいた。まさか自分の挨拶がおかしかったのかと不安になるレイに、アルバート公がゆったりとした動作で首を横に振る。
「失礼。ずいぶんと若い監査官だと思いましてね」
少し気まずそうに笑いながら好きでやってる訳じゃないとレイは内心で叫びをあげた。だが実際レイの歳で視察や調査の依頼が回ってくるのは珍しいことで、本来ならばもっと実績のある者に回される仕事である。特にアーカスや学院のような魔道技術と深い関わりがある場所の視察は大きな事件につながりやすく、その傾向がことさら顕著に表された。
「ははは、人手不足なんですよ」
学院としてもレイほどの若い魔導士に会うのは珍しかったが、裏を返せばそれは信用に足るだけのものがレイにあるということになる。アルバート公もそう判断したからの早めに本題に入った。
「ご謙遜を。私は王立魔道学院6代目学院長グロリア・フォン・アルバートです。先日の火事の件だと伺いましたが?」
もちろんレイとしても早めの本題はありがたいのだが、どうしても気になる点に目を向けてしまった。アルバート公がその視線を読み取って言葉を続ける。
「・・・あぁ、後ろの二人は今回の件における関連者ですので大丈夫ですよ。」
促されて後ろに控えていた二人が軽く頭を下げるのを見て、レイはひそかに息をついた。協会の命令にはいづれも守秘義務があるため、関係者以外の者には任務内容を明かすことはできない。ましてや協会の直接命令ともあればなおさらだろう。
「ブレイブ・ハートです」
短く刈りそろえられた金髪の青年が毅然とした顔で頭を下げた。精悍な顔つきと青い眼が印象的な青年で、腰に下げられた剣が彼の存在感を高めている。
「……スレイ・エイファーです」
対するは長い茶髪と青い眼の女性だ。彼女もブレイブ同様に整った顔立ちだが、ブレイブよりも冷たい印象を与えてくるのは鋭い眼のせいか。二人とも18歳程度というところで、おそらくは学生だろう。
「・・・・では、調査内容なんですが先日起きた火事についての調査を行います。市街地の査察と、学院内での聞き取り調査を主立って行わせてもらいます。その間数日間の学院内への出入りする許可が欲しいのですがよろしいでしょうか」
魔導士は言葉を扱う者が多いために、明確な表現を嫌う。交わした言葉は約束となり、約束は契約となる。本来2日もいれば十分だったが、それを伝えれば2日以上の滞在が出来なくなる可能性さえあった。
「構いませんよ。部屋を用意させるのでそちらを使いなさい。学生たちにも危害を加えない限り好きに接していただいて構いません」
そういって差し出されたアルバート公の右手をしっかりとレイは握りしめた。
「ありがとうございます」
「良い調査結果をお待ちしています。では、失礼」
アルバート公が踵を返して部屋を退室し、ブレイブが後に続く。その気配が完全に去ってややしばらくしてから、レイ・アーバンは大きく息を吐いた。
「…それで、君は?」
尋ねた相手は唯一部屋に残ったスレイだ。
「私は学院とアーカス市内の案内役を務めさせていただきます」
その言葉を聞きながら手の平を確認すれば汗で湿っていた。アルバート公に威圧されたのだ。50代後半と高齢にも関わらず引き締められた体躯に、身に纏う魔力の量、どちらをとってもアルバート公はレイ よりもはるかに上で、世界にはあんな怪物がごまんといるのだと思うと気が滅入る。そのうえ、レイも完全には信用されてはいないらしい。
「いや、大丈夫です。最初は市外調査するので」
愛想笑いを浮かべて断るレイ、をに対して、スレイは怒り気味にも見える仏頂面を崩さない。だがたとえ仏頂面でも絵になるのだから美人とは得である。
「いえ、最近は市内も治安がよくない区域も多いので」
「いやいや、一応私も護身術ぐらいは心得があるので…」
スレイの目的はもちろん道案内ではない。レイの監視、それこそが彼女の本当の目的だろう。それはつまり、協会が学院を疑っているように、学院もまた協会を疑っていることの何よりもの証拠だ。やはり学院もあの火事を魔導士の仕業と考えているらしい。
とはいえ調査官の監視自体はそれほど珍しいことではなく、機密を抱えている場所ならば
必ずのように行うことだ。だから問題は監視がつくということはではない。
「何か私がいてはまずいのですか?」
「…い、いいえ、何も」
問題は、レイが女性が苦手ということのみである。


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