零番目の魔法使い


1 :多樹 :2013/03/16(土) 18:27:09 ID:kDx7kkQH

 それは、勇者でも、お姫様でも、皇子でもなく、たった一人の魔法使いの御伽噺。

序章
 ギリアルドは国土面積こそ小さいが、左右を挟む両の大国に負けぬ技術力を誇る大国だ。機械兵器、航空機、自動人形、それらは魔法の介入によって更なる発展を遂げて今では世界各地で使用されている。そのギリアルドの中でも有数の大都市である技術都市アーカスは特に魔道技術の優れた街だ。そんなアーカスを見下ろすように建つ古城が存在する。周囲を霧の深い森に囲まれたその古城の名は王立アルバート魔道学院。王国唯一無二の魔術を教えるための学校施設だが、その巨大な古城の鉄の扉を見上げながら、青年は小さくため息をついた。
黒いコートに黒い髪に黒い瞳、黒で統一した色調の服装で、歳はまだ二十歳を越えたばかりというところ。
「どうかした?」
そんな彼をいぶかしげに見上げる者がいた。金色の髪をショートにそろえた少女とも少年ともつかない14、15歳ほどの子供。白色の袖口の広がった道士服を着用しており、サイズが大きいのかどこかぶかぶかした印象を受ける。レイはそんな子供の頭に手を置いて軽く なでると、ゆっくりと歩き出した。
「大丈夫だよノワール。ただ少しだけ気が滅入るだけ」
優しい口調で言葉をつむぎ、鉄の扉に軽く触れた。冷たい感触にわずかに身体を震わせて、だがしかし落ち着いた声で宣言する。
「開門」
扉がゆっくりと開かれ、その先にいた数人の侍女服に身を包んだ女性たちに思わず圧倒された。一糸乱れぬ動きで女性たちが同時に一礼してみせる。
「ようこそいらっしゃいました。魔道士協会の方ですね?」
レイも彼女たちへ軽く会釈を返し、懐から出した証書を手渡した。
「はい、私はレイ・アーバン。こっちは助手のノワールです」
ノワールが小さく頭をさげる。
「アーバン様とノワール様ですね。主人の下へご案内いたします」
二人の女性がレイとノワールに案内するために歩き出し、それにレイとノワールが続く。
豪華な装飾品の並んだ廊下を進みながら、レイは半分呆れたような口調で呟きをもらした。
「さすがはアルバート学院ですね。すごいコレクションです」
その言葉を聞いて、侍女の二人が困ったような笑みを見せる。それは壁に並んだ有名な画家の絵画や彫刻品のような芸術品をさしての言葉ではないことが分かったからこその笑みだ。それらは一見すると全て本物のようにも見えるが、レイのような職業の者が見ればそれらが魔術的な意味を加えられたレプリカだと人目でわかる。おそらくは足止めを目的とした罠だろう。
「やはりプロの方から見ればすぐにばれてしまいますか」
絵のどれもが獣の姿を描いたものであり、ある一定の順番で額縁の色が並んでいた。レイ自身芸術の心得などはないが、それでも本当に価値のあるものにまさか魔術の式を肉眼では見えないとはいえ魔力を用いて記したりはしないだろう。
「えぇ、まぁ。・・・ノワール?」
不意にレイが後ろを見れば少し離れたところでノワールが立ち止まって一枚の絵画を見上げていた。あわててレイがノワールのところへ歩み寄れば、ノワールが感情のないで表情で一枚の絵画を指差した。ノワールに感情の色がないのはいつものことだが、絵画に興味を持つことは珍しい。
「どうした?」
尋ねると一枚の絵画を指差した。竜の姿を描いたものらしく、なんとも恐ろしい竜が描かれている。だが、特になんてことはないただの絵だ。少なくてもレイが見るぶんには魔術的意味すらない装飾品にしか見えなかった。ノワールが指差さなければダミー用の絵ぐらいにしか思わなかっただろう。
「あれ本物」
「・・・本物?」
本物の絵画だということだろうか。確かにその竜の絵には魔力で式は描かれていない。
一瞬そんな風にも考えたが、
「あれ、本物の竜」
ノワールの小さな声で呟かれた一言を聞いてゾッという血の下がる音が聞こえた。
驚いて絵を見ると、竜の目がわずかにだが確かに動いた。慌ててノワールの手を握って少し早いペースで歩きだす。ほかにもいくつかダミー用だと思われる絵画があるが、それら全て「本物」なのだろうか。寒気すらする考えを頭を振って打ち消して、改めて自分がどこにいるかを思い直した。王国が国税を使ってまで支援している魔道士を養成するための学院。レイに見破れる程度の罠はダミーでしかないということだ。おそらく前を行く二人もただの侍女ではないのだろう。そのことを思い、レイは再度心の中でため息をつく。全てはレイの下に届けられた黒い羊皮紙のせいだった。

 大陸条約第23条、全ての魔道士は国家、もしくは協会に所属する。
それは魔道士のルールと言うべきものであり、魔術を使用できる人間を管理するための規則であり、魔術を犯罪に使われることを避けるための処置だった。王国に所属する魔道士は王国魔道士と称されて議会での発言権を得るほかに騎士と同等の諸権限を持つことができる。だがそれだけの特権を与えられる代わりに、戦争などの有事となれば果敢な軍人や騎士たちよりも前に出てその手を汚す役目を負わされた。対して協会に所属する魔道士は通常特別な権限は与えられないが、魔道士協会から魔道士としての仕事を選んで請けることができる。レイが所属するのは後者のほうだ。確かに王国魔道士に比べれば気楽な立場には違いないが、協会の魔道士は協会から依頼された任務を断ることができない。梟、道行く旅人、近所の婦人、行きつけの酒屋、自宅の郵便受け、ありとあらゆる方法でその命令は本人の下へ届けられ、強制的に承認させられる。指令を無視した協会魔道士が教会本部に呼び出され、異端審問にかけられた挙句に行方不明になったという話は魔道士たちの間に伝えられ続けてきた笑えない冗談だ。もはや見習いを脅かすときにしか口にはしてこなかったような話でさえあったが、日差しの暖かな昼下がりに、刀剣をぶら下げた魔道士の集団に囲まれたときはその話の信憑性ががぜん高まった。占い好きのパン屋の女店主にいいことが起こると促されて買わされたパンの包みが手から零れ落ちて地面に落ちる音をレイはこのさき一生忘れないだろう。
「レイ・アーバン様、教会本部よりの通達をお知らせに参りました」
メッセンジャーというより殺し屋のような目をした男にそういわれて涙目になりかけたレイに黒い羊皮紙が手渡された。印刷機が普及しているこのご時世にわざわざ羊皮紙で書くのは魔道士としてのこだわりか、はたまた直筆によって呪いをかけるためか。そんなことをなかば真剣に考えながら受け取った羊皮紙に記されていた命令を、その時のレイには断るすべも勇気もなかった。
技術都市アーカスの不審火の調査および学院の視察。
レイの住んでいた街とアーカスはそれなりの距離があったにも関わらずにその事件は新聞に掲載された。不審火といえば聞こえは可愛いが、実際は街全体がなぞの業火に焼かれるという恐ろしいものだ。すぐさま学院の職員や生徒たちによる消火活動によって火はすぐに鎮火し死傷者も最低限度で済んだということらしいが、同時に学院の視察もしろということは協会は学院を疑っているらしい。レイとしてはそんな物騒な案件にはかかわりたくもないところだが、拒否権がない以上受けざるを得ない。家の中で羊皮紙を眺めながらパンを無表情にかじるノワールと自分の旅支度を整えながらレイは心底嫌そうなため息をついた。


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