零番目の魔法使い


1 :多樹 :2013/03/16(土) 18:27:09 ID:kDx7kkQH

 それは、勇者でも、お姫様でも、皇子でもなく、たった一人の魔法使いの御伽噺。

序章
 ギリアルドは国土面積こそ小さいが、左右を挟む両の大国に負けぬ技術力を誇る大国だ。機械兵器、航空機、自動人形、それらは魔法の介入によって更なる発展を遂げて今では世界各地で使用されている。そのギリアルドの中でも有数の大都市である技術都市アーカスは特に魔道技術の優れた街だ。そんなアーカスを見下ろすように建つ古城が存在する。周囲を霧の深い森に囲まれたその古城の名は王立アルバート魔道学院。王国唯一無二の魔術を教えるための学校施設だが、その巨大な古城の鉄の扉を見上げながら、青年は小さくため息をついた。
黒いコートに黒い髪に黒い瞳、黒で統一した色調の服装で、歳はまだ二十歳を越えたばかりというところ。
「どうかした?」
そんな彼をいぶかしげに見上げる者がいた。金色の髪をショートにそろえた少女とも少年ともつかない14、15歳ほどの子供。白色の袖口の広がった道士服を着用しており、サイズが大きいのかどこかぶかぶかした印象を受ける。レイはそんな子供の頭に手を置いて軽く なでると、ゆっくりと歩き出した。
「大丈夫だよノワール。ただ少しだけ気が滅入るだけ」
優しい口調で言葉をつむぎ、鉄の扉に軽く触れた。冷たい感触にわずかに身体を震わせて、だがしかし落ち着いた声で宣言する。
「開門」
扉がゆっくりと開かれ、その先にいた数人の侍女服に身を包んだ女性たちに思わず圧倒された。一糸乱れぬ動きで女性たちが同時に一礼してみせる。
「ようこそいらっしゃいました。魔道士協会の方ですね?」
レイも彼女たちへ軽く会釈を返し、懐から出した証書を手渡した。
「はい、私はレイ・アーバン。こっちは助手のノワールです」
ノワールが小さく頭をさげる。
「アーバン様とノワール様ですね。主人の下へご案内いたします」
二人の女性がレイとノワールに案内するために歩き出し、それにレイとノワールが続く。
豪華な装飾品の並んだ廊下を進みながら、レイは半分呆れたような口調で呟きをもらした。
「さすがはアルバート学院ですね。すごいコレクションです」
その言葉を聞いて、侍女の二人が困ったような笑みを見せる。それは壁に並んだ有名な画家の絵画や彫刻品のような芸術品をさしての言葉ではないことが分かったからこその笑みだ。それらは一見すると全て本物のようにも見えるが、レイのような職業の者が見ればそれらが魔術的な意味を加えられたレプリカだと人目でわかる。おそらくは足止めを目的とした罠だろう。
「やはりプロの方から見ればすぐにばれてしまいますか」
絵のどれもが獣の姿を描いたものであり、ある一定の順番で額縁の色が並んでいた。レイ自身芸術の心得などはないが、それでも本当に価値のあるものにまさか魔術の式を肉眼では見えないとはいえ魔力を用いて記したりはしないだろう。
「えぇ、まぁ。・・・ノワール?」
不意にレイが後ろを見れば少し離れたところでノワールが立ち止まって一枚の絵画を見上げていた。あわててレイがノワールのところへ歩み寄れば、ノワールが感情のないで表情で一枚の絵画を指差した。ノワールに感情の色がないのはいつものことだが、絵画に興味を持つことは珍しい。
「どうした?」
尋ねると一枚の絵画を指差した。竜の姿を描いたものらしく、なんとも恐ろしい竜が描かれている。だが、特になんてことはないただの絵だ。少なくてもレイが見るぶんには魔術的意味すらない装飾品にしか見えなかった。ノワールが指差さなければダミー用の絵ぐらいにしか思わなかっただろう。
「あれ本物」
「・・・本物?」
本物の絵画だということだろうか。確かにその竜の絵には魔力で式は描かれていない。
一瞬そんな風にも考えたが、
「あれ、本物の竜」
ノワールの小さな声で呟かれた一言を聞いてゾッという血の下がる音が聞こえた。
驚いて絵を見ると、竜の目がわずかにだが確かに動いた。慌ててノワールの手を握って少し早いペースで歩きだす。ほかにもいくつかダミー用だと思われる絵画があるが、それら全て「本物」なのだろうか。寒気すらする考えを頭を振って打ち消して、改めて自分がどこにいるかを思い直した。王国が国税を使ってまで支援している魔道士を養成するための学院。レイに見破れる程度の罠はダミーでしかないということだ。おそらく前を行く二人もただの侍女ではないのだろう。そのことを思い、レイは再度心の中でため息をつく。全てはレイの下に届けられた黒い羊皮紙のせいだった。

 大陸条約第23条、全ての魔道士は国家、もしくは協会に所属する。
それは魔道士のルールと言うべきものであり、魔術を使用できる人間を管理するための規則であり、魔術を犯罪に使われることを避けるための処置だった。王国に所属する魔道士は王国魔道士と称されて議会での発言権を得るほかに騎士と同等の諸権限を持つことができる。だがそれだけの特権を与えられる代わりに、戦争などの有事となれば果敢な軍人や騎士たちよりも前に出てその手を汚す役目を負わされた。対して協会に所属する魔道士は通常特別な権限は与えられないが、魔道士協会から魔道士としての仕事を選んで請けることができる。レイが所属するのは後者のほうだ。確かに王国魔道士に比べれば気楽な立場には違いないが、協会の魔道士は協会から依頼された任務を断ることができない。梟、道行く旅人、近所の婦人、行きつけの酒屋、自宅の郵便受け、ありとあらゆる方法でその命令は本人の下へ届けられ、強制的に承認させられる。指令を無視した協会魔道士が教会本部に呼び出され、異端審問にかけられた挙句に行方不明になったという話は魔道士たちの間に伝えられ続けてきた笑えない冗談だ。もはや見習いを脅かすときにしか口にはしてこなかったような話でさえあったが、日差しの暖かな昼下がりに、刀剣をぶら下げた魔道士の集団に囲まれたときはその話の信憑性ががぜん高まった。占い好きのパン屋の女店主にいいことが起こると促されて買わされたパンの包みが手から零れ落ちて地面に落ちる音をレイはこのさき一生忘れないだろう。
「レイ・アーバン様、教会本部よりの通達をお知らせに参りました」
メッセンジャーというより殺し屋のような目をした男にそういわれて涙目になりかけたレイに黒い羊皮紙が手渡された。印刷機が普及しているこのご時世にわざわざ羊皮紙で書くのは魔道士としてのこだわりか、はたまた直筆によって呪いをかけるためか。そんなことをなかば真剣に考えながら受け取った羊皮紙に記されていた命令を、その時のレイには断るすべも勇気もなかった。
技術都市アーカスの不審火の調査および学院の視察。
レイの住んでいた街とアーカスはそれなりの距離があったにも関わらずにその事件は新聞に掲載された。不審火といえば聞こえは可愛いが、実際は街全体がなぞの業火に焼かれるという恐ろしいものだ。すぐさま学院の職員や生徒たちによる消火活動によって火はすぐに鎮火し死傷者も最低限度で済んだということらしいが、同時に学院の視察もしろということは協会は学院を疑っているらしい。レイとしてはそんな物騒な案件にはかかわりたくもないところだが、拒否権がない以上受けざるを得ない。家の中で羊皮紙を眺めながらパンを無表情にかじるノワールと自分の旅支度を整えながらレイは心底嫌そうなため息をついた。


2 :多樹 :2013/03/17(日) 16:24:49 ID:kDx7kkQHom

「どうぞこちらでお待ちください」
そういって侍女が案内したのは広い応接間のような部屋だった。正直レイとしては今すぐにお暇したい気持ちでいっぱいだったが、学院の院長でもあるアルバート公の許可もなしに学院の視察など出来るはずもない。恐々とした思いでソファーに腰掛けるレイをよそに、ノワールが暖炉で音をたててい
る炎を興味深そうに眺めていた。
「ノワール、頼むからあまりうろちょろしないでくれ」
ここでノワールが調度品の一つでも壊せばまたレイの胃痛は悪化するだろう。いや、それ以前に無事に学院を出れるかどうかも怪しかった。
魔導士の力量はその名前に比例する。強いものほど高名で、その点でいえば魔典の名を冠すグロリア・フォン・アルバートといえば知らぬ者などいないほどだ。修めた術はまさしく星の数で、彼の手にかかればレイなどあっという間に塵にされかねない。何度目かもわからないため息を吐くレイの肩をノワールが叩いた。同情されているのかともおもったが、
「悪魔の気配がある」
ぽつりと呟かれた言葉に、漏らしかけた溜息が吸い込まれる。思わず心臓が高鳴るのを感じた。
「この部屋にか?」
ノワールが小さく首を横に振る。そのことにささやかな安堵を得るが、同時にそれはこの学院にある秘密の影をより濃く浮き上がらせた。悪魔の召喚は第一級の禁止事項。それが魔導士を育てるここで行われているとなれば、それこそ今回のような調査ではなく協会による制圧にまでつながりかねない。
「お待たせして申し訳ない」
不意にかけられた温かみのある声にレイが姿勢を正す。声の主は短く刈りそろえられた白髪の男性、アルバート公その人だ。その両脇にはそれぞれ黒いマントに身をまとった男性と女性が立っている。
「いえ、お忙しいのにお呼びだてしてしまい申し訳ありませんアルバート公。私は魔導士協会所属の魔導士レイ・アーバンです。よろしくお願いします」
名乗り、頭を下げたレイはアルバート公が自分の事を不思議なものを見るような目で見ていることに気づいた。まさか自分の挨拶がおかしかったのかと不安になるレイに、アルバート公がゆったりとした動作で首を横に振る。
「失礼。ずいぶんと若い監査官だと思いましてね」
少し気まずそうに笑いながら好きでやってる訳じゃないとレイは内心で叫びをあげた。だが実際レイの歳で視察や調査の依頼が回ってくるのは珍しいことで、本来ならばもっと実績のある者に回される仕事である。特にアーカスや学院のような魔道技術と深い関わりがある場所の視察は大きな事件につながりやすく、その傾向がことさら顕著に表された。
「ははは、人手不足なんですよ」
学院としてもレイほどの若い魔導士に会うのは珍しかったが、裏を返せばそれは信用に足るだけのものがレイにあるということになる。アルバート公もそう判断したからの早めに本題に入った。
「ご謙遜を。私は王立魔道学院6代目学院長グロリア・フォン・アルバートです。先日の火事の件だと伺いましたが?」
もちろんレイとしても早めの本題はありがたいのだが、どうしても気になる点に目を向けてしまった。アルバート公がその視線を読み取って言葉を続ける。
「・・・あぁ、後ろの二人は今回の件における関連者ですので大丈夫ですよ。」
促されて後ろに控えていた二人が軽く頭を下げるのを見て、レイはひそかに息をついた。協会の命令にはいづれも守秘義務があるため、関係者以外の者には任務内容を明かすことはできない。ましてや協会の直接命令ともあればなおさらだろう。
「ブレイブ・ハートです」
短く刈りそろえられた金髪の青年が毅然とした顔で頭を下げた。精悍な顔つきと青い眼が印象的な青年で、腰に下げられた剣が彼の存在感を高めている。
「……スレイ・エイファーです」
対するは長い茶髪と青い眼の女性だ。彼女もブレイブ同様に整った顔立ちだが、ブレイブよりも冷たい印象を与えてくるのは鋭い眼のせいか。二人とも18歳程度というところで、おそらくは学生だろう。
「・・・・では、調査内容なんですが先日起きた火事についての調査を行います。市街地の査察と、学院内での聞き取り調査を主立って行わせてもらいます。その間数日間の学院内への出入りする許可が欲しいのですがよろしいでしょうか」
魔導士は言葉を扱う者が多いために、明確な表現を嫌う。交わした言葉は約束となり、約束は契約となる。本来2日もいれば十分だったが、それを伝えれば2日以上の滞在が出来なくなる可能性さえあった。
「構いませんよ。部屋を用意させるのでそちらを使いなさい。学生たちにも危害を加えない限り好きに接していただいて構いません」
そういって差し出されたアルバート公の右手をしっかりとレイは握りしめた。
「ありがとうございます」
「良い調査結果をお待ちしています。では、失礼」
アルバート公が踵を返して部屋を退室し、ブレイブが後に続く。その気配が完全に去ってややしばらくしてから、レイ・アーバンは大きく息を吐いた。
「…それで、君は?」
尋ねた相手は唯一部屋に残ったスレイだ。
「私は学院とアーカス市内の案内役を務めさせていただきます」
その言葉を聞きながら手の平を確認すれば汗で湿っていた。アルバート公に威圧されたのだ。50代後半と高齢にも関わらず引き締められた体躯に、身に纏う魔力の量、どちらをとってもアルバート公はレイ よりもはるかに上で、世界にはあんな怪物がごまんといるのだと思うと気が滅入る。そのうえ、レイも完全には信用されてはいないらしい。
「いや、大丈夫です。最初は市外調査するので」
愛想笑いを浮かべて断るレイ、をに対して、スレイは怒り気味にも見える仏頂面を崩さない。だがたとえ仏頂面でも絵になるのだから美人とは得である。
「いえ、最近は市内も治安がよくない区域も多いので」
「いやいや、一応私も護身術ぐらいは心得があるので…」
スレイの目的はもちろん道案内ではない。レイの監視、それこそが彼女の本当の目的だろう。それはつまり、協会が学院を疑っているように、学院もまた協会を疑っていることの何よりもの証拠だ。やはり学院もあの火事を魔導士の仕業と考えているらしい。
とはいえ調査官の監視自体はそれほど珍しいことではなく、機密を抱えている場所ならば
必ずのように行うことだ。だから問題は監視がつくということはではない。
「何か私がいてはまずいのですか?」
「…い、いいえ、何も」
問題は、レイが女性が苦手ということのみである。


3 :多樹 :2013/06/16(日) 17:52:49 ID:kDx7kkQHYn

1−1

 ギリアルド王国は周囲を強国に囲まれているために幾度となく侵略の危機にさらされ、それらを魔道技術によって撃退してきた歴史を持つ。そのため、魔術先進国と言われながらも国内には他国の科学技術の取り込みも目立ち、外国からの観光客を驚かせることも珍しくはない。中でも最もレイが感心させられたのは自動車だった。蒸気の国より持ち込まれた新技術で、蒸気エンジンとよばれる動力機関を搭載することによって重い鉄の塊を高速度で走らせることができる。その速度は荷台を引く馬車を軽く凌駕し、速い物では魔女の箒にも匹敵するという。まだ高価なために主要都市以外では珍しいものだが、少しずつ着実にギリアルド王国内での普及を高めている。
「・・・・」
だが、まさか魔道学院がいち早く自動車を導入しているとは思ってはいなかった。複雑な気持ちで巨大な自動車を見上げるレイに、スレイが不思議そうに首をかしげて見せる。
「どうかしました?」
「いえ、べつに」
大型四輪駆動自動車、通称区間走行バスとよばれているそれは通常の4人乗りの自動車に比べると奥行きがあり、車高も高い。総乗員数18人と王都でも見かけられない代物である。学生はこれによってのみ市内へ行くことができ、学生以外の者もこのバスによって学院を訪れることができる。
「これは一日に何本ぐらいでてるんですか?」
バス内には10人前後の学生が乗っており、皆楽しげに隣の学生と喋りこんでいる。そのうち半数近くは男子学生であり、彼らはこのバスに乗れなければ帰ってくることができない。空を飛行するための箒魔法は女性にしか使うことができないからだ。
「学院からは6本、アーカスからは3本です」
アーカスから学院へ向かう便が少ないのは利用者が少ないからだろう。だが箒魔法を使える女子学生と違って男子学生はその3本を逃すと戻ってくることができずにアーカスで一夜を明かさねばならない。そう考えれば少ないような気もしないでもない。
「基本的に学生は街へ向かうことは珍しいので十分です。それに万が一を想定して私たちは箒を持ち歩く習慣があるので大丈夫です」
そういうスレイも傍らに白い柄の箒を立て掛けているが、その万が一の時はレイは歩いて帰って来いという意味だろうか。
男性が箒魔法を使えないことに関しては諸説あるが、一番有力なのは風を司る精霊シルフの長が男性嫌いで男には力を貸さないというものだ。阿呆らしく聞こえるが魔法にはたびたびある話である。事実風使いが女性に圧倒的に多いこともその説の背中を押している。
魔術は文字や天体などの目に映るものの力を利用して行うが、魔法は精霊や空間などおよそ人の目には映らないものの力を利用する。
それ故に知識さえあれば比較的使いやすい魔術と違い、精霊との対話など素質によって左右されやすい面のある魔法は使える者を減らし続けている。
「スレイさんはどの系譜なんですか?」
座っているだけで景色が変わり続けることを奇妙に思いながらレイが尋ねた。魔道士ならば誰もが自分の中に魔力とよばれる体内エネルギーを持つ。だがそのエネルギーは人によって異なる性質をもち、大きく分ければ六つ。火、水、風、土、雷、木、それらを基本の六系譜と呼び、魔道士たちはその中でも自分の得意な系譜の魔道士となる。
「火と水です」
攻撃的な火の系譜と調和の水の系譜。中でも水は再生を司るために医療機関に従ずる者が多いのが特徴的だ。
「じゃあ将来は治癒士志望ですか?それとも火の系譜を活かした方向に?」
「いえ、私はセージ志望です」
興味をなさそうにしていたノアールがレイの隣で小さく首をかしげた。たしかに協会所属のレイやノアールにとってはセージという職種はあまり聞きなれない物であり、ノアールが知らなくても無理はない。セージは教会側ではワイズマンと呼ばれ、呪術指導を専門とするものたちのことだ。アルバート公もセージの一人であり、彼のように学院で働くものもいれば、軍や王宮につかえて兵たちの練度を磨くものもいる。
「やっぱりアルバート公の影響ですか?」
バスが停車して学生たちが一人、また一人と降りていく。
「もちろんそれもありますが、小さいころからの夢なんです」
降りた場所は街の入り口のようだった。活気があふれており、たくさんの人の気配を感じる。早速はぐれそうになったノアールの手をつなぎながらレイは満足そうにうなづいてみせた。
「夢ですか、いいですね」
だが、それは何よりも厳しい荊の道である。
口にこそしていないがスレイもそのことは自覚しているだろうし、ノアールですらそのことに気づいているだろう。
世界から魔道士の数は減り続けている。
現状として魔道学院は各国に一つ、魔道士を管理する魔道士協会は各地方に一つずつ、国内に存在する拠点の総数は20にも満たない言われている。だがそれは魔道の需要が経ているわけではなく、むしろ魔法を簡易化した魔道具の製造技術の向上、魔術の新形態化、出現の増加し続ける悪魔の対処などその需要は高まり続けている。しかしそれに供給が追い付かずに国軍の中には魔道学院の学生にも劣る練度の魔道兵も目立つ。これまでよりもさらに魔法や魔術は必要とされるだろう。
だが、ワイズマンもセージも失業が目立つ職だ。
「・・・・もちろん現状はわかってるつもりです。魔道士の素質をもつ人間が減ってきているんですよね」
学院の新入生も減ってきてます。と笑う彼女にレイはただうなづくことしかできない。
かつて精霊は誰のそばにもいた。だが次第にそのつながりは薄れ、今では魔道士のみにしか見ることも感じることもできなくなった。今の子供たちの中には精霊をただのおとぎ話としか思わない子供もいる。どれだけ簡単な魔術式も使えない者もいる。
闇は以前よりも薄まり、人間の中から魔力が根本的に失われつつさえあった。
「そう遠くない未来には魔道士制度は崩壊すると協会は考えています」
かつて12の系譜があった魔力は今や6つに減り、魔道士協会と対をなすように存在する女神信仰もその力を弱めている。誰の目にも、神様の時代が終わりを迎えようとしているのは明らかだった。
大陸の外では魔道士を迫害する魔女狩り運動が起きたことも報告されている。
「だからこそ、私はこの力を後世に残す努力をしたいんです。この魔術先進国のギリアルドだからこそできることがあるはずですから」
となりでほほ笑むスレイから、若さゆえの力強さを確かに感じた。
レイの次の世代の彼女たちがこの終わりかけの世界をきっと支えてくれるだろう。
「そうですね。そういえば、この街にもワイズマンがいましたね」
呟きに反応したのは手をつながれて歩くノアールだった。小さく、だがたしかに強張ったのをレイは見逃さない。
「ワイズマン・・・ということは教会の方ですか」
「えぇ。お会いしたことはありますか?マクレインという男なのですか」
スレイが静かに首を振った。
「いえ、私たちは決まりによって協会支部には近づきませんので」
学院の校則の厳しさはレイも事前に聞かされている。学生たちは学外で起きた問題に対して学院外の力を借りることを厳しく禁じられている。協会はそれを学院側が禁止魔法を教えていることを隠ぺいするための処置だととらえているが、事実のほどはわからない。
「そうですか。でも火事の詳しい状況も知りたいですし、どこか別の場所で待ち合わせますか?」
「いえ、ご一緒させていただきます」
だがその規則を知っているからこそマクレインの話をしたのだが、その程度で煙にまけるほど甘い監視ではないらしい。
「あぁ、そうですか。ノアール、協会はどっちだい?」
一瞬ためらうが、それでも確かに空いていた手で細い路地を指差した。相変わらず無表情のままだがどことなく嫌そうな顔をしているのは気のせいではないだろう。
ノアールはマクレインのことが嫌いなのだ。いや、はっきり言えばレイだって好きではない。そのことを感じ取ったのかどうかはわからないが、歩き始めてしばらくしてからスレイがノアールに尋ねた。
「マクレインさんってどんな人?」
しばらくは答えを返さないノアールだったが、答えを辛抱強く待ち続けるスレイに観念したように言葉を紡ぎだした。だがそれでも絞り出したのはたった一言。
「変態」
気まずそうにスレイがあいまいに笑った。おおむね正しいのだが、それだけではあまりにも言葉が足りないだろう。しかたなくレイがその言葉の後を引き取った。
「マクレインは業界内でも有名な好色家なんです。絵画、骨董、ひいては少年、少女、人体、彼の琴線に触れた者はなんであろうと収集されます。魔道士としての実績がうまく隠していますが、黒いうわさは絶えません」
視界の隅でまだ会ったことのない人物にスレイが言葉を失っているのがわかった。
「そんな人に会いに行くんですか?」
もちろんできることならばレイだって会いたくはないが、彼の収集する対象には情報も含まれる。珍しい事象や事件は必ずと言っていいほど彼は詳細を知っているのだ。
「えぇ、まぁ。それよりもスレイさん、杖を出していつでも魔法を使えるようにしてください」
技術都市として名をあげ、人口も街の規模も有数の大都市と言って過言ではないアーカスだが、その治安は悪い。表の通りは学院の意向によって厳しい取り締まりがされているが、少しでも裏へはいれば薬物や不法占拠、不法投棄、通常の規格では考えられない魔道具の販売、素行の悪さから協会から仕事をもらえなかった王国魔道士崩れのごろつき、肉体的な鍛錬におとる魔道士たちを狙う人さらいなど、表向きでは考えられないほどの無法地帯となっている。そんな場所では、学院の世間知らずな魔道士見習いなどはすばらしい鴨に見えることだろう。
「・・・・8人いるね」
ノアールの呟きにスレイが慌てて周囲を見渡すが、彼女の目には物陰に隠れる影の一つもとらえられないだろう。ノアールもレイも若く見えても新米の魔道士ではなく、場数も修羅場もそれなりに踏みくぐってきた。だが、そんなレイたちが実際に囲まれるまでその存在に気づけず、感知もできなかったということは、相手が気配を絶つことに慣れ過ぎている。一番近くにいる敵までも数メートルというところで、遠距離攻撃を可能とする魔道士が相手ならば致命的ともいえる距離だが、射撃などの攻撃のくる気配ではない。ならば相手は人さらいを主とする盗賊崩れということか。
「ノアールはスレイさんを連れて最短距離で協会まで」
魔道士にとって人さらいというのはもっとも警戒すべき存在と言える。細やかな陣や式、条件、呪文など、知識の獲得に半生をかける魔術師や杖や本などの補助具に頼って力を使う魔法使いたちは、基本的に肉体的な能力は一般人にも劣る。そのくせ膨大な魔力を制御するために着用する魔道服も、補助具として用いる杖も、よほど力があるものに至っては眼球や手指といった肉体の一部でさえも金銭的にはかなり高価な価値を持ついわばために盗賊や荒くれ者からすれば、魔道士たちは杖などの補助具さえ奪ってしまえば男も女も抵抗する力を持たない金の成る木と言えるだろう。
「・・・・レイは?」
「あとから追いつくよ」
だがもちろん、そのための対抗策を魔道士側が用意しなかったわけではない。
レイの呟きを掻き消す勢いで風が路地を駆け抜けた。それも自然な風ではなく、レイの右手を起点に巻き起こった突風だ。レイの手のひらの中で二枚の金貨がこすれる音を立て、路地内に緊張が走った。学院で魔法を習うクランも、そんな魔道士たちを相手にすることを専門とした姿を見せない敵も、魔道士が道具を取り出したということの意味をよく知っているための緊張だ。
魔道士がこの局面で取り出すものなど、杖や本をはじめとした補助具のほかにはあり得ないのだから。
もちろん用いる補助具によって魔法の系統はある程度は決まる。杖ならば呪文を基礎とした詠唱魔法やそれに近い種類の魔術、本ならばそこに文字や図を描けるといった利点を活かした召還魔法やルーン魔術。だが、コインの形をした補助具などクランでさえも見たことがないはずである。
「わかった、行こう」
ノアールがクランの手を引いて小走りにレイから離れていく。クランも一瞬ためらう素振りを見せたが、すぐに自分の意志で路地を走り出した。学院からの監視が離れていくことに小さく息をつくが、完全に自由になったわけではない。頭上、建物の屋上に見慣れない黒い鳥が群れを成して止まっているのが見えた。恐らくはクランの補佐として用意された監視用の魔法をかけられた鳥たちなのだろう。
見ているのはアルバート公か、それともほかの魔道士たちか。
どちらにせよ、魔道士が自身の手の内をみせるのはあまり喜ばしいことではない。いかなる魔法も魔術もそこには種があり、仕掛けがある。手品と根本は同じなのだ。
仕掛けがばれれば対抗策を立てられ、種がばれればそれを封じられる。
だが、それを理解した上でレイは親指でコインを頭上めがけて強くはじいた。宙に放たれたコインは慣性のままに空へとあがり、やがて重力に引き付けられるように落下を始める。だれもがそう予想した。しかしコインは回転しながら空へと上がり、落下する寸前に空にあらわれた巨大な手に掴まれた。
「さぁ、バルバトス。力を貸しておくれ」
やがて腕に続いて身体が現れる。それは緑の狩人のような姿をした初老の男だった。ただし大きさが並みではない。レイと比較してもおよさ5倍。手のひらの大きさだけでもレイより大きいその巨体に、隠れたままの敵がざわめいた。その反応にレイはある事実に気づき、周囲を見渡した。
相変わらず敵の所在はわからないが、ただ隠れているだけではない。これは魔法だ。
恐らくは光を屈折させる類の魔法で、バルバトスの出現によって場の魔力が乱れたために向こうの魔法にも乱れが見える。だが、魔法を使うということはやはりただのチンピラではないらしい。
魔力がざわめいたためか危機を感じたためか鳥たちも一様に場を離れている。敵の正体を確かめるのは今が好機だった。
「バルバトス、この場にある魔術、魔法の効果をすべて解除。続けて隠れているものたちを引きづり出せ」
巨人が言葉に従って何かを引くように腕をひく。応じるようにして、何もない空間から、物陰から、地面から。歳の若い男たちがひっぱりだされた。
男たちが自身を引く正体不明の力に悲鳴にも声を上げる。そのうちのひとりに向けて、レイはカウンターの要領で拳を叩きつけた。拳から伝わる肉を叩く音ととも骨を砕いた感触に顔をしかめる。
無論レイの右手にかかる反動の衝撃も尋常ではないが、それを押しこらえて、振りぬいた形の右手に握り占めていたコインを指ではじいた。コインは空中で宙に消え、次の瞬間にはレイの体は敵集団から離れた場所に存在していた。まるでそこにいた瞬間と移動する行動を抜け落としたかのような光景に、男たちがざわめき、しかし一人が倒されたことによって一斉に迎撃のために武器を構えた。
剣、槍、銃といったあからさまな武装の者も、木材など一見すれば武器には見えない者もいる。すぐに跳びかかってこないのは正体不明の魔法と巨人を恐れてのことか。
「バルバトス」
レイの呟きに皆が一様に構えを取った。レイの魔法はコインをはじく動作と巨人への呼びかけを起点としたものだという経験にもとづく判断だ。すぐに後ろや前へ飛べるような身を低くした回避の姿勢。
その反応に敵の練度を知ったレイは彼らを心の中で称賛し、しかし、彼らはその練度ゆえにレイの動作に対応できなかった。
「ご苦労だった」
巨人が暴風を伴って姿を消す。その暴風に男たちが目を細めた一瞬の隙をついて、レイが駆け出したのである。あわてて何人かがレイを追いかけるために駆け出し、道に残されていたコインを踏みしめた。
「あ」
光が一瞬路地を照らしだし、爆砕の花が咲いた。




 


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