鴉と黒猫(仮題)


1 :一八十 :2009/12/09(水) 21:40:35 ID:ocsFuDVe

 今月から会報で連載する小説です。
 会報だけだと淋しいので,ここでも掲載します。
 感想などお願いします。


2 :一八十 :2009/12/09(水) 21:42:20 ID:ocsFuDVeLe

第一幕『鴉』


   1.

 その建物は、ある総合病院の付属施設であるが、本館の規模に比べるとかなり小さく清
潔感のあまり感じられない様子だった。塗装されていないコンクリート造りの外壁には鉄
格子のはまった窓が付いており、入り口の鉄扉も合わせると刑務所のような物々しさがあ
った。
 その建物の前に一人の黒い男が立っている。
「…………」
 見たところ二〇歳前後といった感じのやせた青年である。決して肌の色は黒くないのだ
が、スラックスやベスト、靴やネクタイに至るまで身に付けているほとんどのものが黒い
為に黒という印象を強く受けてしまう。これで黒いサングラスを掛けていれば完全にアメ
リカの都市伝説である。ただ、表情自体は柔和で精神的に黒いところなど全くない感じの
する、そんな青年だった。
 彼は、眼鏡を軽く押し上げると少し顔を上げて建物の入り口を眺めている。
「……小さいとはいえ、女一人閉じ込めておくには随分と大げさだな――」
 彼は口の中で囁くと建物に向かって歩いていった。
 建物の中に入ると、入り口正面に受付があってそこで自分の名前を書くようになってい
る。彼は、つかつかと受付に向かって歩いていくと、記帳用のボードに工藤克也≠ニい
う名前を書いた。ボードを差し出すと、受付の女に身分証明書の提出を求められたので、
財布の中から工藤克也*シ義の運転免許証を取り出し渡す。女は、免許証の写真と彼の
顔を何回か見比べた後に、首から提げるタイプの入館許可証を渡してきた。
「今、担当の者を呼びますので」
 女はそう言うと、手元に置いてある電話機から内線で電話を掛ける。彼は、何の気はな
しに記帳用のボードに目をやった。そして――
「この名前の書いていない人は一体どういう方なんですか?」
 受話器を置いたばかりの女に、彼はいきなり問いかけた。記帳用のボードに名前を書か
ずに時間だけ、書いているところが何箇所かある。毎週何度か、しかも同じ時間帯に来て
いるのでおそらく同一人物なのだろうが、顔パスで入ることが出来るというのは通常はあ
りえない筈である。
 女は、一瞬表情を曇らせて「この時間帯は私の担当ではありませんので」と答えた。彼
は、ふむ、と一息つくといきなり腰を曲げて女の顔を真正面から覗き込んだ。女は彼の突
然の動きに驚いて身を引こうとするが、その時異変が起こった。――身を引くことが出来
ない。目を逸らそうともするが、それすら出来ない。目の前の青年の黒い瞳の奥に視線が
吸い込まれていく。そして、頭の中がぐるぐると回り始めて、そのまま意識まで吸い込ま
れそうになって――
「あぁ、失礼」
 そこで彼がにっこりと笑いかけてきたので、女ははっと我に返ったようになる。気が付
くと彼は状態を起こして女を上から見下ろしていた。
「あ……」
「どうやら嘘は言っていないみたいですね。目を見てわかった。すいませんね。職業柄、
人を疑うことが多いので」
 そう言って彼は軽くウインクをする。
「は、はぁ……」
 女が神妙な表情をしているとエレベーターが下りてきて中から初老の男が出てきた。そ
れを見ると彼は、もう一度にっこり笑って、
「どうやら、迎えが来たみたいですね」と女に言って、男の方を向いて軽く手を上げる。
男は、それに深々とお辞儀をして応えた。
「工藤さんですね。お待ちしておりました」
 彼は、男の誘導に従ってエレベーターに乗り込んだ。その後ろでは受付の女が不思議そ
うな顔で二人を見送っている。
(――なんであの傲慢オヤジがあの若い男の人にはヘコヘコしているんだろう?)
 勿論、それには相応の理由があるのだが、彼女にはそれを知る由はない。

 彼がエレベーターに乗り込むと、初老の男が行き先階のボタンを押して扉を閉めた。男
が何やら話しかけてくるが、彼にとっては最早どうでも良く、ただ適当に頷きながら聞き
流している。
(――しかし)
 エレベーターのランプが上昇していくのを見ながら、彼は心の中でここに来るに至った
経緯を思い出していた。

   *

 鴉は、五年前より以前の記憶がない。記憶がないというと乱暴な言い方ではあるが、説
明するとこういうことになる。誰でも赤ん坊の頃の記憶はなく、せいぜい思い出せるとし
ても三歳とかそれくらいの頃からだろう。彼にとっては、その三歳というのが十六歳なの
である。気が付くと彼は、工藤克也≠ニいう本名と鴉という通称を与えられ、時に高校
に通い、時に仕事をしたりしていた。とはいえ、彼の本名は工藤克也≠ナはなく、また
年齢すらも本当に十六歳であるかどうかはわからない。全て彼の属するある機関によって
与えられた情報であるのだ。
 彼自身は、それに対して大して気にした風もなく、機関からくる任務を忠実にこなして
生きてきた。何となくではあるのだが、彼にとってそれが生きていく方法であり、それに
逆らった瞬間に自分はどうにかなってしまうのではないか、というある種脅迫めいた感情
がある為だ。
 そんな彼の現在の任務は「存在を怪しまれないように待機」であったのだが、一週間程
前に機関の一員から呼び出しがあった。

「……来ない」
 鴉は、待ち合わせの場所で苛々しながら時計を見た。約束の時間をもう三十分以上過ぎ
ているが、相手は一向に来る気配を見せない。
「まさか……、どこかに隠れているんじゃないだろうな」
 彼は、周りを見渡してみるがやはり相手の姿は見えなかった。思わず舌打ちしそうにな
るのを無理やり抑える。こんなところで舌打ちなんてしたら、ガラの悪い奴と思われかね
ない。
 彼のいる場所は、とあるショッピング・モールの喫茶店である。妙に少女趣味のその店
を相手は待ち合わせ場所に指定してきた。平日の昼前のこの時間帯には大して客もいない
が、それでも授業をさぼって遊びに来ている女子学生や買い物途中の主婦などがチラホラ
と店内に座っている。その客たちは明らかに一人で浮いている彼を見てヒソヒソと話して
いる。
 それをはっきりと認識できるが故に、彼はイラついていた。加えてこれが機関に関係の
ない普通の相手ならば帰ることも出来るのだが、今回はそうは行かない。相手は機関の中
でも《最強》と一目置かれている存在で、自分などでは太刀打ち出来るどころか、戦闘状
態の相手には正対することすら出来ないだろう。相手が来ないからと言って勝手に帰れば、
確実に殺される。このある種の拷問に彼の心はすっかり疲弊していた。
(――勘弁してくれよ)
 彼がそう思っていると、唐突に後ろから声を掛けられた。
「おや。随分と早かったじゃないか」
 随分と甲高い声である。彼が振り返ると、十歳くらいの子供が後ろに立っていた。つな
ぎのような服を着た子供だ。大き目のハンチングキャップを目深に被り、顔のパーツで見
えるのは口元だけである。髪の長さも中途半端で性別すらはっきりしない。
「逆ですよ。随分と遅かったですね。ジ・エンド」
 鴉はこの子供に対して敬語で応える。そう、この子供こそ彼の待ち合わせの相手で、機
関の中でも最強と名高い存在なのであった。
「そうかな?」
 ジ・エンドが鴉の時計を指差した。彼がその時計を見ると、時間が――
「……な?」
 ――戻っていた。彼がこの店に到着したばかりの時間。先ほどから三十分ほど前の時間
まで時間が、少なくとも時計の指し示す時間が戻っていた。鴉は開いた口がふさがらない。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。僕の能力を見るのは初めてじゃないだろう?」
 ジ・エンドは鴉の様子を見ながらニヤニヤと口元を歪ませている。確かに鴉は能力を見
たことはあった。だが、その時に見せられた能力は触れることなく相手を切り刻む能力だ
った筈で、時間を戻すなんて能力ではなかった筈だ。鴉は相手の未知の能力に戦慄する。
こんな相手が自分を呼び出して何をしようというのか、あるいは、自分は機関にとって不
要な存在として今目の前に座っている、そのまんまの名前の奴に「終わらせられる」とい
うのか。
 鴉が、最大限の抵抗が出来るように身構えているとジ・エンドが、ふいに指を一本突き
出してきた。その指の先にはカウンターがあって、制服姿の店員が眠そうな顔で欠伸をし
ている。ジ・エンドはその店員のすぐ横にあるガラス棚に指先を調節し、くるっと指を回
すようにして振った途端――
 棚が動き出した。それはゆっくりと前にそして下に移動する。まるで下りエスカレー
ターにでも乗っているかのようにゆっくりと移動して、ガシャガシャガシャンという破滅
的な音と共に落ちた。棚の中に入っていたグラスが粉々に割れ、棚のガラスも完全に割れ
ている。直ぐ横に立っていた店員は何が起こったのか全く理解できずに、足元に散らかっ
たガラスの破片を見て呆然としている。
 鴉はジ・エンドを振り返る。その口元からは先ほどまでのニヤニヤ笑いは消えていて、
不機嫌に横一文字に結ばれていた。帽子の影から抉るような視線が鴉に向けられている。
「お前には、今僕が何をしたのか説明できるか?」
 ふいにジ・エンドが刺すように冷たい声で聞いてきた。鴉は慌てて首を横に振る。何が
起きたのかは見えたのだが、なぜそうなったのか、はまったく理解できなかった。
「思い上がるな。その程度の存在が、僕に殺してもらえる訳がない」
「……申し訳ありませんでした」
 鴉は、深々と頭を下げて謝る。相手は嘘を吐いてはいない。ただ事実だけを淡々と述べ
ている。チリチリと焼け付くような殺気が背中に張り付いている。それだけで、逆らおう
などという気が削がれた。――それだけ鴉と相手の間にはレベルの差があるのだ。
「さて、と。それじゃあ用件だ」
 ジ・エンドが、ふっと殺気を解いた。ニュートラルな状態に戻って話しかけてくる。鴉
は、はぁっ、と息を吐いた。それを見た相手の口元がわずかに緩む。
「『吸血事件』は知っているね?」
「……まぁ、一応」
 相手が聞いてきたのは、最近この街で起こっているある連続殺人事件の俗称であった。
『吸血事件』と呼ばれるそれは、街の各所で女性が殺され、さらにその体から血液を全て
抜き去られるというものだ。
「B級ホラー映画のような話だが、思うところがあるから、それの調査を君に振りたい」
 さらりと言ったので、一瞬鴉には相手の言ったことの意味がはっきりとは掴めなかった。
だが、すぐに気が付く。
「――ちょ、ちょっと待ってくださいよ。今、何て言いました……?」
 鴉は混乱しないように、慎重に言葉を辿る。
「思うところがある≠ゥら、俺に振る=c…?」
「うん」
 ジ・エンドは簡単に頷いた。
「そ……それはつまり――」
 鴉は顔を真っ青にしながら震えた声で言う。
「――任務放棄じゃないですか!」
 言われてもジ・エンドはニヤニヤしながら、
「その通り」
 と極めて落ち着いて答えた。
 確かにこの《最強》には任務放棄による懲罰など恐ろしくもなんともないんだろう。だ
が、鴉はごく普通の調査要員で機関による懲罰などを受ければ即座に殺されてしまう。に
も関わらず、相手は――
「このまま僕が調査を続けても良いんだけどね、ちょっとある可能性に気付いたんだ。僕
はそっちの方に興味を惹かれてね。今までの調査を君に引き継いで僕は僕の調査をしたい。
 ――どうせ、今は暇なんだろう?」
 と、平然ととんでもないことをペラペラと喋り始めた。鴉はいても立ってもいられなく
なる。万が一、こんな話を機関の一員に聞かれたとしたら、一巻の終わりである。
「言っている意味がわかりかねますが、俺に振る≠チてことは、俺もあなたの違反行為
の道連れになるってことですよね」
「まあ、そうだね――ただ、今までの調査でわかったことだけど、今回の事件は機関の中
でもかなり大きな意味を持っているらしくてね、無事に調査を完了できれば、今回の件は
共同作戦ということになって、君の評価もかなり上がるだろう」
 それは、そうだろう。でなければ、わざわざ《最強》に調査が振られることなどありえ
ない。だが、それならば――
「なぜ、俺なんです?」
 鴉は、相手をじっと見ながら聞いた。嘘を言われても直ぐにわかるようにする為だ。し
かし、その質問にジ・エンドは意外なことを、正直に、言った。それは、
「君には、可能性がある。僕と対等に渡り合えるだけの可能性がね」
「……は?」
 鴉は相手の言っていることが今度こそ完全に理解できなかった。だが、相手は鴉の呆け
た顔を無視して席からさっと立ち上がって店を出て行こうとする。
「あ、あの。ジ・エンド――」
「先ずは、ここに行ってみるといい」
 そう言って、相手はいつの間にか置いたのかテーブルの上においてある地図を指差した。
「断らない方が身の為だよ。今の君では僕と渡り合うことなど出来ないだろう?」
 指を軽く振る。
 すると、今度は鴉の背後のテーブルがガタンッ、という音と共にひっくり返った。
「――!」
 慌てて振り返った鴉は、そのテーブルの足がまるで鏡のように綺麗な切断面をさらして
いるのを見た。
「今度は、何なんですか!」
 泣きそうな顔の店員が飛んできた。さっきカウンターで欠伸をしていた店員だ。
「な、何もしていない。そのテーブルが勝手に――」
 と言いかけて、鴉ははっとなって振り向いた。
 ジ・エンドの姿は既に、影も形もなくなっていた。


3 :一八十 :2009/12/17(木) 22:33:26 ID:ocsFuDVeLe

   2.

 ジ・エンドに指し示された場所は、ある総合病院だった。
 どうして殺人事件の調査に病院なのか、と思って調査していると、一つの興味深い事実
にぶつかった。それは――
「今回の事件の被害者は全て五年前の『集団神隠し』の関係者であり、その関係者の一人
がその病院に今も入院している」ということだった。
(――まぁ、っていわれても俺はその事件のことは知らないんだけどなぁ)
 丁度、鴉の記憶がないあたりの話で今回調査してみてやっと大枠がわかったという感じ
である。
(――しかし、一夜にして千人近い人間が消えるってのも凄い話だよな)
 その事件では、ある一人の人物を中心にして同時に千人近い女子学生が失踪した。そし
て、その場にいなかった、あるいはいても失踪しなかった数人の女性が現在、全身を血抜
きにして殺されている。
(――どっちにしてもやばい話ではあるな。とはいえ、これを調査しないことには、あの
怖い人に殺されちまうな)
 鴉は、あの日に《最強》に見せ付けられた力の差を痛感して身震いする。その結果とし
て訪れたのが、この胡散臭い病院施設なのであった。

 エレベーターが止まり、男が「どうぞ」と言ってくる。鴉はそれに「ああ」と答え、
「ここから先は一人でいい」と男に伝えた。男は、「了解しました」と言ってエレベー
ターを閉じようとする。そこに――
「そういえば、時間だけ書いて名前を書いていない奴がいるが、知ってるか?」
 と聞く。男は、慌ててエレベーターの開けるボタンを押して聞き返してきた。鴉がもう
一度同じ質問をすると、男は「…………」と考えた後、
「その人物かどうかはわかりませんが、よく若い男が訪れています」と答えた。
「若い男というのは何歳くらいだ?」
「十七、八といった感じですね。ただ、あまりよく見ていないので何とも言えません。そ
の人物もエレベーターを降りると、『ここまでで良い』と言って行ってしまうので」
「……そうか、わかった。もういいぞ」
 鴉が言うと男はドアを閉めてそのまま降りていく、それを見送ってから「ふむ」と一声
発して、振り向いた。
 鴉の能力は、相手の隙を見ることである。肉体的な隙だけでなく、精神的な隙を見るこ
とが出来るので、相手が嘘を吐いているかどうかを見分けることが容易い。嘘を吐くと必
要以上に隙がなくなるか、必要以上に隙ができるからだ。そして、男の言葉に嘘はなかっ
た。やや身構えて隙が減ったものの、自然な範囲で嘘ではない。
 それは同時に、その無記名の男を自力で調査しなくてはならないということなのだ。

「……さて、どの部屋かな」
 エレベーターホールを出ると、病室がいくつもある。その内使われているのは一つの部
屋なのだが、道が入り組んでいて非常にわかりにくい。ナースステーションも閉じていて
頼りになるものは何もなかった。
(――やはり、案内させるべきだったか)
 鴉は男を先に返したこと後悔した。
(――あまり末端に詳細を知られたくないから帰したのだが……裏目に出たかな)
 途方に暮れて歩き回っているが、外からの見た目以上に広くまったく目的の部屋を見つ
けることが出来ない。すでに全ての部屋を見たはずなのだが――
「あら。黒猫以外が来るなんて珍しいわね」
 突然声を掛けられて、鴉ははっと振り向いた。そこに立っていたのは一人の少女。セー
ラー服を着た少女が鴉を見上げている。彼女はにっこりと微笑んで「何の用かしら?」と
尋ねてきた。
 鴉は目の前の少女が自分の探していた相手だとすぐに理解したが、強い違和感を覚えた。
しかし、その違和感の出所に気付かず曖昧にうなづく。
「君が成瀬京さんかい?」
「そうよ。あなたは?」
 少女は、うっすらと微笑みながら聞いてくる。その表情の陰に微かな警戒が見えた。
「工藤克也。探偵のようなものだ」
 特に何も考えずに任務に就いたために、気の利いた返しが思い浮かばなかった。明らか
に怪しすぎる返答をして、言った後に今のは無かったな、と思う。
「へぇ。で、その探偵さんが何の用かしら?」
 彼女の警戒はますます強くなっていく。
「少し君に聞きたいことがあってね」
 鴉は適当なことを言う。今回この少女に会う目的は、聞き出すことではなく注意を与え
ることである。彼女と同じ境遇の女性たちが殺されているという事実を伝えることが主な
目的なのだ。だが、彼女から感じる違和感がそれ以上のことを鴉にさせようとする。直感
ではあるが、この少女は他の被害者の女性たちとは違う何か≠ェあるような気がするの
だ。少女はより警戒を強めて聞き返してくる。
「……聞きたいことって?」
「五年前のことを少し。『集団神隠し』は知っているね?」
「……えぇ」
 彼女の目つきが変わった。『集団神隠し』を逃れた存在である彼女は、その時のことを
何か知っている筈だった。他の被害者たちがその生き残りであることを考えると今、ここ
で聞き出すことは今後の調査に役立つと思って聞いたのだが……。
(――これは……敵意か?)
 妙にトゲトゲした感情が彼女の奥底からちらほらと見えてくる。恐怖が再び沸き起こる
のはよくあることなのだが、敵意が出てくるというのはつまり――
「――ザ・ラセレーター」
「……それが犯人の名前だね」
 少女が唐突に言ったのは聞きなれない単語だったが、鴉にはそれが『集団神隠し事件』
の犯人の名前であると推測できた。少女は、首を縦に振る。そしてうわ言のように何かを
呟き始める。
「……アレは、化け物だった。私たちは……を守ろうとしたけれど、アレは……あっとい
う間に魔女の前にたどり着いて……そして……そして……」
 そこまで言って、少女は悲鳴を上げた。鴉は慌ててその肩を抱く。
「おい! 大丈夫か」
 肩を揺さぶるが、効き目はない。
(――クソっ! ナースステーションも機能してないし。どうしろって言うんだ!)
 鴉は周りを見渡す。ナースコールのようなものがあれば、おそらく下の受付につながっ
ている筈だと判断した。しかし、そんなものはどこにも見当たらない。
「おい! しっかりしろ」
 取りあえず鴉は少女を近くの病室のベッドまで運んで行く。そこに横たわらせると、少
女は少し落ち着いた。
「大丈夫か?」
 少女は、荒い息を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸を始めた。胸が大きく上下に動
いている。そしてそのまま眠りにつく。
「すまない。無遠慮な質問をしてしまったようだ」
 鴉は眠っている少女に謝り部屋を去ろうとする。これ以上の長居は無用だった。情報と
しては予想以上の収穫であったし、急いで確認したいことも出来た。故に、今すぐここか
ら離脱しようとして――
「――待ちなさい」
 背後から突然声を掛けられた。低い、しかしはっきりとした声だった。はっと振り向く
と、眠った筈の少女が起き上がっていた。だが、その様子が明らかに先ほどまでとは違う。
(隙が――まったくない。こいつ……人間か?)
 人間ならば必ずある筈の隙がまったく存在しない。感情もただ平坦で他に何も感じ取れ
ない。
(――何だ? 何が起きたんだ?)
 鴉はその変貌ぶりに動揺する。その肩に少女の手が掛けられた。そこを支点に一気に距
離を詰められる。少女の顔が鴉の顔のすぐそばまで近づいた。
「な、何を――?」
 唇が触れそうな距離になったが、鴉は抵抗することが出来ない。恐ろしい力で肩を押さ
えられている。と、その力が急に抜け、鴉は一気に後ろに突き飛ばされた。
「――人違いね。しかしそれにしてもよく似ている」
 鴉は突き飛ばされて尻もちをついた状態で、少女を見上げた。その眼はなにか遠いもの
を見ているようで、最早、鴉の姿を捕えてはいなかった。

(――何だったんだ。一体?)
 少女が再び眠りについたので、鴉は今度こそ病室から出た。その直後に携帯電話に着信
が入る。
「――はい」
「調査はどんな感じかな?」
 電話の相手はジ・エンドだった。
「いくつか気になる情報が手に入りましたよ」
「へぇ。それじゃあこれから会おうか。僕の方も君に伝えなきゃならないことがある」
 口調が妙に楽しげなのが気になったが、どうせ逆らうことは出来ないので、鴉は素直に
頷いた。待ち合わせの時間と場所を指定されて、電話は切れた。
(――本当は家に帰って寝たいんだけどなぁ)
 心の中でぼやきながら、鴉は目的地に向かった。


4 :一八十 :2009/12/29(火) 23:00:23 ID:ocsFucueuc


   3.

「あの……、ジ・エンド?」
 待ち合わせ場所に行くと、今度は先にジ・エンドが着いていた。しかし、ジ・エンドは
鴉が到着しても中々話をしようとせずに、目の前のオムライスを突っついていた。埒が明
かないので、鴉も適当にハンバーグ定食を頼む。
(――普段は見た目通り子供なんだよなぁ)
 黙々とオムライスを突いているジ・エンドを見ながら鴉は心の中で呟いた。間違っても
声に出すなんてことは出来ない。もし、声に出して相手の気分を損ねた瞬間、本当にジ・
エンドである。
 やがて、鴉の頼んだハンバーグ定食が運ばれてきたが、もともと腹が減っていた訳でも
ないので食べずにいると、ジ・エンドが鴉の顔をじっと見てくる――
「それ……、食べないのかい?」
「……よろしければ、どうぞ」
「ありがとう」
 そう言うと、ジ・エンドは笑顔でハンバーグ定食に手をつけ始めた。鴉は心の中で溜息
をつく。
(――まさか、用事ってのは飯をおごれってことだったのか?)
 鴉はいささか不安になって、ジ・エンドの顔を眺める。相変わらず幸せそうにハンバー
グを突っついている。その心の中は隙だらけだが、奥のほうにチラチラと好奇心に近い感
情が見え隠れしている。
(――なんだ? この《最強》をして好奇心を持たせる事象があるのか? それで、こん
なに楽しそうな顔をしているというのか?)
 鴉は、嫌な予感に身を震わせる。もしも、彼の予感が正しければ、近々《最強》とそれ
に匹敵する存在の戦いが繰り広げられる。それに巻き込まれるのだけはごめんだった。
 ――気がつくと、ジ・エンドがハンバーグ定食を食べ終わって、こちらの顔をじろじろ
と見ている。
「――それで、情報というのはなんだい?」
「……は、はい。『集団神隠し』についてです」
 そう言うと、相手はへぇ、と言って続きを話すように促してきた。
「『集団神隠し』には、ザ・ラセレーターという存在が関与しているようです。当時、そ
の場にいた少女から話を聞いたところ、その存在が現場のほとんどの人間を殺害したと言
っていました。今回の事件もザ・ラセレーターが関与しているのではないか、と」
 ジ・エンドの目がギラリと光った。好奇心が隠されることなく現われている。コップを
持つ手がぶるぶると震えている。――尋常ではない。
「あ、あの……ジ・エンド?」
「やはり……そうか。これは……彼の仕業なのか……。ということは、彼は死んでいなか
ったということなのか……。素晴らしい、素晴らしすぎる……。戒、早く僕の前に姿を現
すんだ!」
(――な、何だ?)
 目の前の相手の異常な興奮の仕方に鴉は面喰っていた。だが、気になることもある。
「ジ・エンド――、あなたはザ・ラセレーターについてご存じなんですか? 出来れば今
後の調査に役立てたいのでお話を聞かせていただけないでしょうか?」
 そう聞くと、ジ・エンドは心底不思議そうな表情をした。しかし、すぐに納得したよう
な表情になる。
「あぁ、そうか。君は彼と入れ違いで機関に所属したんだったね。そうだな――」
 その次に続いた言葉は、驚くべきものだった。
「――《最強》だよ」
「は?」
 機関の中でも《最強》と称されるジ・エンドをして最強と呼ばしめるとは、一体どれだ
けの存在なのか。鴉は唖然とする。――想像を絶する、というのが全く正しい表現だった。
だが、ここで鴉はもう一つのことに気がつく。相手は、「やはり……そうか」と言った。
ということは、ジ・エンドの方も何らかの情報を持っているということだ。
「ジ・エンド? 伝えなきゃならないことというのは何です?」
「……? ああ! そういえばそうだった――」
 ジ・エンドは本当に忘れていたようだ、素っ頓狂な表情をしてから言葉を続ける。
「――新しい被害者が出たんだ。その現場を見に行こうと思ってね」
「いってらっしゃい」
「君も来るんだよ」
 かくして鴉は、ジ・エンドに無理やり殺人事件の現場に連れていかれることになった。

 そこは、人通りの決して少なくない公園の一角だった。例によって死体は全身の血液が
抜かれていた為に正確な死亡推定時間を出すことが出来ず、周辺の住民の話から犯行時間
を類推することしか出来なかった。
「――それでも、殺すにはあまりにも早い時間だな」
 目撃談から類推される犯行時刻は午後四時。犯行の途中に目撃されてもおかしくないで
あろう時間に犯人は堂々と女性を殺し、かつその血をすべて抜いたのである。
「大胆というべきか、あるいは、物凄い自信家なのか」
「自信家……ですか?」
(――なんだ。現場に来てから妙に冷静じゃないか。もっと興奮するものかと思ったが)
 鴉は、ジ・エンドの平静の様子が逆に不安だった。心を見ても好奇心の類がまったく感
じられない。あたかも、この現場はザ・ラセレーターのものではないというような態度だ。
「そう。見つかっても、目撃者をなかったことに出来るという自信だ。もっとも、これく
らいの実力者なら簡単にできるだろうけどね」
「……そうですか」
 鴉は身震いする。なんでこんな得体の知れない調査を俺がしなきゃならないのか、改め
て嫌になってきた。
「まぁ、手口は戒に似ているが……やはり、違うか」
「あの、先ほどから言っている戒、というのは一体?」
 鴉は、すっかり現場から興味をなくしたジ・エンドに気になることを聞いてみた。
「ザ・ラセレーターの本名だよ。彼だけだ。機関で唯一、本名を残されたのは」
 ジ・エンドは遠い眼をして言う。失望が心の中にはっきりと浮かんでいた。鴉は、俄か
にザ・ラセレーターという存在に興味が湧いた。
「ザ・ラセレーターはなぜ、機関を抜けたのですか?」
 だから、そんなことを聞いた。
「――抜けたのではない、消えたんだ。あの『集団神隠し』の時に」
「? しかし、ザ・ラセレーターは加害者の筈ですよね。そして、実際に目的は果たして
いる。何故、彼が消える必要があったのです?」
 鴉は、頭の中が混乱してきた。病院の少女の話でも、確かにザ・ラセレーターが神隠し
の原因であって当人が消える必要はなかった筈だ。では何故。鴉は病院の少女の言葉を正
確に思い出す――
(待てよ! 彼女は妙なことを言っていなかったか? 確か、魔女がとかなんとか)
「ジ・エンド! 少し気になることが出来ました。自分は調査に戻りたいのですが」
 鴉は、ジ・エンドに向かって許可を求める。ジ・エンドは、ゆっくりと鴉の方に首を向
ける――。
 その顔を見て鴉は凍りついた。不気味な表情だった。口元が左右に吊りあがっている。
笑顔といえばそうなのだろうが、しかし、眼はまったく笑っていない。心は、興奮と歓喜
で湧き上がっていた。
「――いや、まだだ。まだこの場からは離れることは許さない」
 ジ・エンドの宣告は鴉に向けて発せられてはいなかった。ジ・エンドの眼は完全に違う
何かを見ている。
 刹那――、鴉の全身を強い衝撃が襲った。鴉は慌てて後ろに跳んで回避する。しかし、
全身に細かな切り傷が入るのを避けることが出来ない。
「ジ・エンド! 何を――」
 鴉が、ジ・エンドに抗議しようとした時、それは現れた。衝撃を最も強く受けてへし折
れた樹木の蔭から跳び出してきた――男、それもまだ若い少年だった。
「いいね! 僕の一撃をかわすとは!」
 ジ・エンドは満足げに頷いてさらに攻撃を加える。相手の少年は、構わずにジ・エンド
に接近する。少年の背後で地面が爆ぜている。ということは、つまり――
(――見えているのか! ジ・エンドの攻撃が)
 鴉は、前回ジ・エンドの攻撃を見たときのことを思い出す。ジ・エンドの攻撃はなにか
刃物状の物体を打ち出しているわけではない。その証拠に射線上の他の物体に影響は出な
いからだ。確実に狙ったところを狙ったように攻撃している。言ってしまえば空間そのも
のを攻撃しているのだ。――相手の少年は、それを回避している。
 それにジ・エンドも満足げに攻撃を連打している。当たらないことに対する恐怖はまる
でないようだ。ただ、強い敵と巡り合えたことへの歓びのみがジ・エンドの精神を支配し
ている。
(――く、狂ってやがる!)
 鴉は、一刻も早くその場から逃げ出したかった、しかし、何かがそれを許さない。鴉の
体が彼の意志に反してまったく動かすことが出来なくなっていた。
 少年とジ・エンドの距離が詰まってきた。鴉の位置からでも少年の姿がはっきりと見え
る。何の変哲もない学生服を着た少年だ。黒い髪で黒い学生服。靴も黒く、中に覗くシャ
ツ以外は全身黒い。その俊敏な動きと色からは、黒猫を連想させる。
 距離が近くなることで、ジ・エンドの攻撃も密になってきたのか、少年の動きも前進だ
けではなく、左右、後方への跳躍が加わってきた。しかし、確実に距離は縮まっている。
少年は学生服のポケットからナイフを取り出して、決定的なチャンスを狙い始めた。
 それに気がついたジ・エンドの目が鋭くなる。攻撃はさらに密になり、より荒々しくな
っていく。
(――なんだ? あの《最強》が追い詰められているだ、と?)
 荒々しい攻撃はそれだけ隙が大きい。少年は一気に接近しナイフを突き出した。そのラ
インは、鴉が見えているジ・エンドの隙の位置とぴったり合っている。鴉は、相手の攻撃
の正確さに驚愕しながら、逃げる準備をする。ジ・エンドを追い詰めるような相手に自分
が勝てる筈はない。両足に力を入れていつでも離脱できるように構える。だが――
 少年のナイフがジ・エンドの体に触れる直前、少年の体が弾け飛んだ。あたかも、高速
で飛んできたボールが壁にぶつかったかのように、少年の体はきりもみしながら後方に跳
んでいく。ジ・エンドはそこに攻撃を何発か撃ち込むと踵を返した。少年の体から血が噴
き出す。確実に致命傷になっているだろう。地面に落ちて、しばらく痙攣していたがすぐ
に動かなくなる。
「ふん。期待外れか」
 ジ・エンドは心底面白くなさそうに吐き捨てた。そして、鴉の方を見て――
「今日はこれくらいにしよう」
 とだけ言ってさっさと公園から出て行った。


5 :一八十 :2010/01/03(日) 21:53:40 ID:ocsFucueuc


   4.

 鴉は、もう一度少女のいる病棟に戻ってきた。少女の言っていた魔女という存在につい
て聞き出す為だ。機関の資料室に行けばそれなりに情報は手に入るのだろうが、鴉にはそ
の権限がなく、『神隠し』の生き残りはもう、この少女しかいない。
「……うまく話してくれるといいんだが」
 そうひとりごちながら建物の中に入る。正面の受付に記帳しようとしたが、誰もいない。
(――変だな?)
 受付の呼び鈴を押しても誰も出てこない。それどころか、人の気配がまるでない。鴉は
身を乗り出して受付の奥を覗き込むがやはり誰もいない。
(――やむないか)
 鴉は、そのままエレベーターに乗って彼女のいるだろう部屋に向かうことにした。エレ
ベーターが開くと中から、むっと変な臭いがした。
(これは――血の臭いか?)
 注意してみると壁や床の至る所に血液が付着している。まるで、全身を負傷した人間が
体を引きずりながら歩いているかのような跡だ。
(――なんだ! 何が起きたというのだ?)
 エレベーターが目的の階で止まる。ドアが開きエレベーターホールへと繋がる。
 そこは――比喩ではなく血の海だった。
 病棟の床中に血液が溢れている。あたかも千人単位の人間の血液をすべてぶちまけたよ
うなそんな状態が広がっていた。
「あら。早かったわね」
 立ちすくむ鴉に声が掛けられた。その声は知っている。彼が会おうとしていた少女の声
だ。だが、何かが決定的に違う。声に明らかな恍惚感が含まれている。鴉は恐る恐る振り
返る――
「でも、まだ駄目よ。あなたはまだ、ただの黒い鴉に過ぎない」
 突然、真横から強い衝撃を受けて、鴉は弾き飛ばされた。エレベーターホールの窓をぶ
ち破り、鉄格子も外しながら外に投げ出される。
(――! 何だと)
 鴉は落下態勢を無理やりに作りながら自分を弾き飛ばした相手を目で捉える。その相手
は、先ほどジ・エンドに殺された筈の少年だった。そして、その横にはあの少女が一糸ま
とわぬ姿で立っていた――。








   幕間.

「殺さなくて良かったのか?」
 黒い少年は横に立つ少女に聞いた。少女は、一糸まとわぬ姿だった。その頭から足の先
まではどっぷりと血が滴っている。その血液の一部は彼女の皮膚から体内へとじわじわと
浸透していた。
「急いては駄目よ。戒はまだ眠っているのだから」
「……そうか」
 少年は、顔を伏せる。横に立つ少女の眼は遠くを見ていた。まるで遠くに行ってしまっ
た恋人を思っているかのような眼だ。
「ふふっ。嫉妬かしら?」
「……いや。――俺には、彼女しかいない」
 少年は頭を左右に振る。その眼には強い意志が宿っている。
「そうね。でも、もうすぐ全てが終わる。その時は思う存分、仇をとるといいわ――」
 少女はふふっ、と笑って眼を閉じる。
「あと少しの辛抱よ。――黒猫」


6 :一八十 :2010/01/06(水) 21:28:07 ID:ocsFucueuc

第二幕『黒猫』


   1.

 鴉は、夢を見ている――

 ――雨が降っている。
 黒い男が歩いていた。黒い髪に黒いベストと黒いスラックス。持っている傘までも黒い。
 そこは、港の倉庫街だった。同じような形をした倉庫がいくつも並んでいる。
 その内の一つの前に辿り着いたとき、男は足を止めた。倉庫のシャッターの落書きを一
瞥し、そこに耳を近づける。中からはかすかに、だが確かに人の気配がある。
「――ここか」
 男はそう呟くと傘をその辺の道路に放り投げ、代わりにコートの内側のポケットからナ
イフを取り出した。刃の部分が異様に長い肉厚なナイフだ。柄のところにはボタンのよう
な突起が付いている。男は、眼鏡を外しナイフを構える。そして、そのボタンを押した。
 ――キィン
 金属が擦れたような音が響き、金属製のシャッターが両断された。中にいた千人近くの
女子校生たちが一度に男の方に振り向く。彼女たちの向こう――倉庫の奥には一人の少女
がコンテナの上に座っている。その少女は男の姿を見るとこう言った。
「待ちくたびれたわよ。戒」
「――そうか」
 気のない返事にも動じず少女は言葉を続ける。
「私の能力は知っているんでしょう? 待たせてくれたのはハンデのつもりかしら?」
「…………」
「いくらザ・ラセレーターでも、一度に千人を相手にするのは辛いんじゃないかしら?」
 少女の周りの女子校生たちが、彼女を取り囲むように立っている。その何れの眼も鴉の
姿を捉えている。
「…………」
「ふふふ。流石の《最強》もだんまりかしら? 勿論、この娘たちは私の能力による強化
を受けている。さぁ。どこまでもつかしら?」
 言い終わるか言い終わらないかの内に、少女は指を鳴らした。その途端――
 ――女子校生たちが一斉に武器を構えた。どこから取り出したのか、様々な武器を持っ
ている。ナイフ、刀、斧などの刃物に加えて、拳銃などの銃火器の類までを取り出した。
その様子を少女はにやにやと眺めている。彼女たちは、少女によって強化を受けているた
め、単純な体力も生命力も常人の比ではない。いくら、《機関最強》と銘打たれるこの男
であっても単身生身であるならば、いくらでも勝機はある、と彼女は考えていた。
 そこに、冷やかな声が掛けられる――
「――今回の任務を確認。任務、『魔女の討伐』。優先度Sの任務の為、妨害する全てを
排除可。目の前の存在の全てを妨害と認識。能力《ソウル・スパイク》を発動――」

   *

 目が覚めた。
「――――」
 白い天井が目に入る。窓からの陽光を受けて、ぼんやりと照り返している。
「――――」
 右に目を移すと、白い室内が見えた。あまり高級でないワンルームマンションの一室で
あろう。自分の位置から玄関までが一望できる。そこで鴉は自分がベッドに横たわってい
ることを悟る。
(――今のはなんだったんだ?)
 鴉は、今見た夢を反芻する。過去の任務を夢で辿ることはよくあるのだが、今のは――。
(いや、そんなことよりここはどこなんだ? 確か窓から落ちて気絶していた筈だが)
 鴉は身を起こそうとするが、うまく力が入らない。体の腕と脚の感覚がなんだか鈍い。
目覚めているというのに、全身からもぼんやりとした感じが抜けない。
(……麻酔薬か。ということは機関に保護されたのか)
 鴉は少し安心する。機関の保護を受けているならばある程度の治療を受けている筈だ。
あの程度のダメージならば早々に復帰することができるだろう。
「――目が覚めた、か」
 男の声に鴉ははっとして振り向いた。鴉のベッドの左側に椅子があって、そこに男が座
っていた。なんだか妙に影の薄い男だった。男を見てもその気配が希薄すぎて捉えきれな
い。なんていうか、幽霊みたいな感じのする男だ。ただ、その手に持っている一冊の手帳
からはおどろおどろしい雰囲気を感じる。
「あ、あぁ。あんたが助けてくれたのか?」
「……助けたという表現はある一面からすると正しいのかもしれないが、この状況を適切
に表現できている訳ではない」
 鴉は、男の要領を得ない発言に絶句する。
(――なんだ? 何を言いたいんだ? こいつは)
 鴉は訝しげに男の顔を覗き込む。ついでに能力を発動するが、特に異状はない。ただこ
の男の前にいると妙な感覚が付き纏う。違和感というべきそれは、まるで病院で少女と会
っていた時のような――
(ん? 待てよ)
「おい。あのガキ共はどうなった?」
 あの病院にいた二人はあきらかに異能者だ。ならば、当然機関の監視対象になる訳で、
少年の方はあれだけの能力があれば危険因子として排除されていてもおかしくはない。そ
して、その排除にあたるのは恐らく当初任務についていたジ・エンドになるだろう。そう
思ったところに――
「彼らは――魔女と黒猫は逃走している」
「なんだと。機関による排除はなかったのか?」
 慌てて鴉は聞き返した。
「――ジ・エンドが任務を放棄した。どうやらアレは、誰かに任務を無断で譲渡していた
らしい。その結果、魔女が復活した。これは、……重大な反逆行為だ」
 鴉の背中を冷汗が伝う。目の前のコイツはどこまで知っているのか、と不安になった。
もし、その譲渡した相手が自分であるということが知られれば、コッチの身にも危害が加
わる可能性がある。
(――なんてことをしてくれたんだ。あの人は!)
 鴉は内心で毒づく。冷汗は背中だけでなく全身に流れる。相手に悟られないように掌を
ベッドのシーツで拭いた。
「――新しい任務だ」
 そこに男が冷やかな声で告げた。どこからか封筒を取り出し、それを破って中身を取り
出す。そこには白い紙が一枚入っていて、手書きで文字が書かれている。その文面を見て
鴉は目を丸くし、先ほどの男の要領を得ない発言の真意を理解した――。


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