今日もまた白い雲が流れる


1 :夕咲 紅 :2007/08/17(金) 06:56:08 ID:WmknkmLA


 もう直ぐ高校生活最後の夏休みを迎えようと言う頃、いまだに進路に悩む一人の女子生徒がいた。
 二条 咲姫(にじょう さき)。一見しただけならば、彼女は普通の女子高生に過ぎない。しかし、彼女には普通の人にはない特別なチカラ≠ェあった。それは5秒前に戻る≠アと。
 自身への負担を考慮し、一日に一度だけと自ら決めたそのチカラ≠ヘ、決して使い勝手の良い能力ではない。たったの5秒。それも一日に一度だけ。本当の意味で役立てるなら、その使い所は深く考える必要がある。それでも、彼女は特に考えない。その時、自分の力が必要だと判断した瞬間には5秒前に戻る様にしている。何せたったの5秒だ。悩んでいてはその5秒など一瞬で過ぎ去ってしまう。

 そんな、ちょっとした魔法の様な超能力の様なチカラ≠使いながらも、普通の人と同じ様に暮らす咲姫。その生活は、例え周囲の環境が変わろうとも、自身の歩む道程の風景は変わらずに過ぎて行くのだと思っていた。

 自分のチカラ≠知る、謎の女性と出会うまでは……



 特別なチカラ≠持つ、だけど普通の少女が送るひと夏の思い出――

 少女が見上げた夏の空を、今日もまた白い雲が流れる――


10 :夕咲 紅 :2007/10/10(水) 22:44:18 ID:WmknkmLA

-8-

 気がつけば、夏ももう直ぐ終わる。
 思い返せば、今年の夏は色々なことがあった。
 あたしのチカラ≠フこと。
 進路のこと。
 橘君のこと。
 今までのあたしとは違う生き方、違う考え方をする様になり、周りに見える風景も少しだけ変わった。
 あれから、あたしは一切チカラ≠使っていない。今のところは使う機会もないし、何よりも使うことが怖くなったということもある。
 残暑にはまだ少し早い、二学期の初め。放課後になると、あたしは学校の図書室で受験勉強に励んでいる。その隣りには、教師役として橘君がいる。
「まさか、本当にそんな流れになるなんてね」
 とは美紗の言葉。
 厳密に言えば、あたしと橘君は美紗の考えている様な関係ではない。あたしが彼に抱いている想いは、それに近いけど違うモノ。彼があたしにどんな感情を持っているかは分からない。多分、今は同じ悩みを抱える友達って感じの関係。それは苦ではないし、少なくとも今はそれ以上を求めてもいない。心地よい関係だと言える。
 ミーンミーンと、窓の外からはセミたちの声が聞こえてくる。夏休み前よりも明らかに数が減り、その鳴き声も心なしか弱々しくなった様に思える。それでも、彼らは自分たちの存在を感じる為に、精一杯生きる為に鳴く。そんな彼らの姿さえ、少し前のあたしには眩しく見えたんじゃないかと思う。目標もなく、ただ生きる為だけに生きてきたあたしだったけど、今は違う。あたしのチカラ≠知る女性と会って、橘君と話す様になって、あたしにも明確な目標が出来た。
「超能力の研究、ねぇ……」
 日本の大学に、そういったことを専攻している大学はないらしい。それでも、科学的な見解からそれらに近づくことが出来るかもしれない。あたしが出した答えは、そんなものだ。
「後は、そういう関係のサークルに入るか……なければ、自分で作るつもり」
 あたしたちのチカラ≠知ること。それがあたしの目標。なぜこんなチカラ≠持っているのか、どんな理屈でチカラ≠ェ働くのか。その全てを明らかにする。そうすることで、あたしたちと同じ様な苦しみを持って生まれてくる子たちを救えるかもしれない。何よりも、あたし自身が安心することが出来る。
 ただ怯えているだけじゃいけない。自分から、自分自身の持つチカラ≠ノ歩み寄らなければ。ただチカラ≠ノ翻弄されるだけの人生なんて価値がない。あたしたちだって、人並みに幸せになる権利を持っているんだから。
「今日はもう帰ろうか」
 一通りの勉強を終えた頃、橘君がそんな言葉を発した。外を見れば、ほんのりと少しだけ空が赤みがかっていた。
「そうね」
 あたしは彼の言葉に頷き、荷物を片付け始める。それに倣ってというわけじゃないけど、橘君も荷物をまとめ始めた。
 二人とも大した時間をかけるでもなく片付け終え、一緒に図書室を後にする。
 特に会話もないまま、あたしたちは校門まで辿り着いた。
「二条さん、どっち?」
 それは帰る方向のことだろう。「あっち」と校門を出て左の方角を指差した。
「じゃあ、逆方向だね」
 少しだけ哀しそうな表情を浮かべて、橘君がそんな風に言った。そんな表情をするなんて意外だったけど、それ以上にあたしも残念に思ってることに驚いた。そんな気持ちを隠す様にあたしは言葉を紡ぐ。
「そういえば、一緒に帰るのって初めてだったね」
 だからこそ、お互いの帰る道を知らなかったわけだけど。
「そうだね。大体、僕に用事があって先に帰ってたからね」
 勉強を見てもらってるあたしとしては、彼が途中で帰ったところで文句は言えない。と言うか、本当に十分過ぎる程力を貸して貰ってる。学年1位の成績は伊達じゃない。
「忙しいみたいなのに、いつもつき合わせてごめんね」
「気にしないでいいよ。好きでやってることだから」
 好きでやってるって……それは、どういう風に解釈すればいいのかな? でも、それを尋ねる勇気はない。
「じゃあ、ありがとう」
「どういたしまして」
 どうやら、あたしの回答に不満はなかった様だ。橘君は、笑顔でそんな言葉を返してきた。
「それじゃあ、また明日」
「うん。また明日」
 手を振りながら踵を返し、そのままあたしの帰路とは反対方向に歩いていく橘君。あたしはそんな橘君の背中を見送り、その姿が見えなくなってから深く溜息を吐いた。
 目標は出来た。だけど、相変わらず悩みは尽きない。
 現状で満足しているあたしと、今以上を求めるあたしがいる。それでも生きていく。一ヵ月前のあたしとは違う。だけど等身大のあたしで。二条 咲姫という人生を歩んで行く。
 ――ふと、空を見上げた。
 吸い込まれそうな程に広大な空。赤く染まりつつある、哀しみを帯びた空。
 まるでその空は、あたしの心を映しているかの様だ。ただただ広く、広大な心の中を哀しみが広がっている。それでも、ほんの少しの希望が流れる様に――


 今日もまた、夏の空を白い雲が流れていく。


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