ボクは兄貴。


1 :ハナ :2007/09/23(日) 11:20:55 ID:nmz3oAQ7

俺の名前は津崎康介。高二。
俺にとって最大にショックなことが起きた。

季節は、北風が冷たい冬のこと。

「康ちゃんおはよっ」
「うわ、夏帆っ!お前なんちゅー格好してんだ!風ひくぞ!」
「ええー?別に大丈夫だよ」
「だめだっ」

寒がりの俺は、シャツ一枚でいる夏帆の姿に驚いて上着をかぶせた。

「大丈夫だよー」
「だめだって!」

俺が強い口調で言ったあと、夏帆は唇を尖らせて言った。

「康ちゃんて、お兄ちゃんみたい」
「…は?」
「前から思ってたんだよね」

お兄ちゃんみたい……お兄ちゃん。
………ふざけんなあっ!!

「夏帆のこと好きだったのにいーっ!!」

「…本人に言えよ」

俺は屋上で怒鳴った。
これは悲しい。だって俺は夏帆のことが…うぅ。
同じクラスの草野夏帆は、俺の好きな人。だけどついさっき、失恋した。

「おい康介、いつまでも悲しんでんじゃねえよ」
「うるせー!お前にはわかんないだろぅ……」
「…お前マジムカつく」

最近彼女にフラれたという俺の親しい友・雅人は、俺をめちゃめちゃ睨んだ。こええよ。

「お前さ、かほのこと心配しすぎなんだよ。もっと自由にしれやれよな」
「だって…」
「そんなんじゃそのうち“お父さんみたい”とか言われるぞ」
「お、おと…!?」

お父さんはやばい…絶対いやだ。
俺はどうすればいいんだろうか。
夏帆が好きだったからこそ心配してたのに…。

「まさとぉ〜俺、どうすれば…」
「知るか、自分でなんとかしな」
「ひでえーっ」

お兄ちゃんみたい。
好きな人に言われた言葉。
アニキに見られた俺の波乱の恋が、始まろうとしていた。


2 :ハナ :2007/09/25(火) 17:41:29 ID:nmz3oAQ7

オレの作戦!

「あ、お兄ちゃんだっ」
「かっ…夏帆!!」

コイツは何てことを…!さらっと言うなっ!
俺は一番痛いことを簡単に言われた。誰だって、好きな人にお兄ちゃんと言われたら嫌だろう…。

「お兄ちゃんってゆーな!お兄ちゃんって!」
「えへへ♪わかったよ、康兄ちゃんっ」

全然わかってねえ……
あぁ、俺はこれからどうなるんだろ…。

「ね、康ちゃん、もうすぐ修学旅行だねっ」
「ああ…北海道だっけ?」
「うん、北海道っ」

俺達の高校の修学旅行は北海道だ。
海外とかにしてくれればいいのに…と心の中で何度も呟いた。
でも、夏帆は行きたいらしい。

「北海道楽しみだね〜!」
「海外旅行のがいーよ」
「なんで?冬の北海道はキレーだと思うよ!」
「そーかあ?」

夏帆の方を見た。
なんかスゴイ膨れてる。やばい…。
怒るか?泣くか?

「…康ちゃんのっ」
「えっ…」
「…バカあ〜っ」

うわ、泣きながら怒った。器用なヤツ……って、そうじゃねえだろ!
女泣かす男って…あぁ、もう誰か助けて。クラスのヤツに睨まれてるし。

「おい、そこの兄貴」
「雅人っ!てめー兄貴ってゆーな!」
「いいじゃん、兄貴ってなんかかっこよくて……康介?」

かっこいい?…言われてみれば、アニキって響きもなんかいいような…。
もしかして、夏帆はカッコイイから兄貴って言ったのか?
(※注・違います。)

「…ふふふっ、雅人!」
「なに?」
「これからは兄貴の時代だっ!俺は兄貴でいいんだっ!はははっ」
「…あたま大丈夫?」

何とでも言うがいい!俺はアニキだ!

……こうして俺は、なぜか開き直った。


―昼休み。

「康介、お前、かほと一緒のグループ?」
「へ?何の話?」
「修旅だよ」

雅人に唐突にたずねられた俺は、あることに気付いた。
北海道修学旅行で、3日目と4日目に自由行動が設けられている。
そのとき男女合同のグループになれるのだ。
そこに、夏帆を誘えば…!

「…雅人」
「ん?」
「俺は夏帆を誘う!お前は誰か誘っとけ!」
「えー、マジで?」
「マジだっ!」

修学旅行は俺たち高校生にとって、一番心が高鳴るイベントだっ!
夏帆と同じグループになって、そしていい雰囲気を作って、お兄ちゃんから脱出して、そして…愛の告───…

「康ちゃん、あたし松山くんたちと同じグループになるからっ」
「………ハイ?」

松山くんとは、同じクラスの松山健二だ。
名前もそうだが、顔も松山ケ○イチに似ている。
そんな紹介は置いといて……今、俺はすごくショックを受けている。

「だって康ちゃん、海外のがいーって言うし…そんな人と同じグループでもつまんないもんっ」

俺はまたさらにショックを受けた。

「松山くんは北海道楽しみだねって言ってくれたしぃー…」

……松山、ぶっ飛ばす!
俺の、俺の青春を返せえーっ!!

…しかし、夏帆はなんて単純な奴だろう。
俺は聞いたぞ。松山が海外に行きたかったと言っていたのを。
あいつも狙っているのだろうか。どっちにしろムカつく野郎だ。

「そういうことだから!康ちゃんは誰と行くの?」
「…雅人と誰か」
「誰かってだれよ?」
「…わかんない」

俺は夏帆と行くつもりだったから、今さら誰か誘う気にはなれない。
はー…現実って、キビしーんだなぁ。

「…そう。じゃあ、決まったら教えてね」

俺は返事の代わりに頷いた。あぁ、ヤバイ。
マジでショックかも。…悲しー。泣ける。泣くもんか…。

「フラれたな」
「うっ…雅人!いつから…」
「最初から全部聞いちゃった。カワイソーに」
「……かわいそーって言うなあああっ」
「心配すんな。可愛い子誘ってやるから」

可愛い子?フッ、甘いな雅人…。
俺は……夏帆以上の女はいないと見ている。だめだね。

「可愛い子じゃ俺を慰められないぜっ!雅人!」
「じゃあ慰めない。自分で立ち直りな」
「嘘です、ごめんなさい」
「もう知らない」
「まさとお〜!」

神様、俺の修学旅行……どうなるんだよ!!


3 :ハナ :2007/09/26(水) 16:58:37 ID:nmz3oAQ7

修学旅行前日!

2月…早くも修学旅行を明日に控えた今日、俺は乗り気じゃなかった。
朝、雅人に会ってそう言ったら怒られた。

「そんな顔してんじゃねえよ。お前だけの修学旅行じゃねえんだからよ」
「だ、だって…!」
「言いわけすんな」

雅人はなんか厳しい奴で、笑顔より怒った顔のが似合う気がする。
本人には怖くて言えないけど。

「康介、俺二人ほど誘っといたから」
「え?」
「グループの女の子。お前誘ってねえだろ」
「あー…忘れてたぁ」
「嘘つけ、誘う気なかったくせに」
「うっ……」

雅人のため息が聞こえて、何も言えなくなった。
確かに誘う気がなかったのもあるけど、俺は、あんまり夏帆以外の女子と喋ったことがなくて、どうせ誘えなかったと思う。
…と雅人に言ったら、険しい顔をされた。

「お前さ、自分の立場わかってる?」
「立場…?」
「…お前ね、かほのことしか見てないみたいだからわかんないだろうけど…結構モテてんだよ?」
「…は?モテる?」
「そうだよ、お前のこと狙ってるヤツはいっぱいいんだぞ?」
「……うそォ!?」

雅人はまたため息をついた。
俺がモテるなんて信じられない。これっていいことなのか?悪いことなのか?

「声かけたら即オッケーだったし。まったくお前はうらやましいね」
「……なんか複雑だ」
「はあ!?てめー文句言ってんじゃねえよ」
「……夏帆以外の子と行動するなんて」
「あのさ、お前ら付き合ってないんだから別に複雑になることは………」
「……それを言うなァ」

それは一番痛い言葉だよ、雅人…。自覚してんだから。
なんだかんだ言っても、どうせ俺は兄貴扱いだ。
もう、どーでもいいよ。

「…康介さ、夏帆以外の子も見てあげれば?」
「……うーん」
「まあ、ムリか?」

夏帆以外の子…か。まあ、悪くないかも。
盛り上がんなかったら雅人にも悪いし、修学旅行中は夏帆のことは忘れよう。
忘れるというか…話すだけにする。いつまでも引きずらない。
俺はそう決意した。

「…雅人、誰誘ったんだ?」
「ん?えっと…春野と………美佳」
「あぁ、春野奈波と……え!?みか!?お前元カノをっ……」
「声デカイ!!…いーだろ、別に」
「……お前、尊敬するし」

美佳は、雅人が最近フラれた元カノだ。
しかし、すごいと思う。元カノを誘う勇気なんて俺にはないもん。

「…いいよな、可能性あって」
「お前だって、まだ可能性あるだろ」
「ないさ、どうせ俺は兄貴だしっ」
「そんなひねくれんなよ」
「…ごめん」

珍しく雅人は俺を慰めている。
俺、夏帆のこと忘れて楽しめるかな……と、心で弱気なことを考えてしまう。

修学旅行の前日…俺は決意を固めて、この日は夏帆と話さなかった。


4 :ハナ :2007/09/28(金) 17:02:47 ID:nmz3oAQ7

修学旅行!パートわん★

今日は北海道修学旅行の1日目!いよいよ、高校生活最大のイベントがやってきた。
ただ今、なんと飛行機の中。みんなすっごいはしゃいでいる。
俺は昨日よく眠れず、そして飛行機酔い(?)をしてしまって、横たわっていた。

「おーい康介、大丈夫か?」

雅人が優しく声をかけてくれる。

「…なんかお前優しくない?」
「まあ、修学旅行くらいは優しくしてやるよ」

なるほど、修学旅行は人を変えるのか。おそるべし…。
それにしても周りの男たちはずいぶんうるさいな。テンション上がりまくりだ。

「あの、康介くん?」

ふと、俺の名前を呼ぶ高い声が聞こえた。
起き上がって、声がした方を見た。

「ごめんね?大丈夫?」
「…あ、春野か」

そこにいたのは春野奈波だった。彼女はうちの学年でも結構可愛いと評判だ。
色白で、ぱっちりとした目が印象的な春野を初めてよく見て、この子と一緒に歩くのかと緊張してきた。

「今日はよろしくね。あと、雅人くんも」
「うん、よろしくな」
「よろしく」

俺と雅人が言ったあと、春野はニコッと笑ってじゃあと言い去っていった。
昨日よりもっと複雑な気分になった。
よりによって、春野となんて…。

「やべえ…気持ち悪い」
「大丈夫か?」
「…雅人、お前春野なんか誘うなよ」
「え?」

楽しいはずの修学旅行は、気分の悪いまま終わるのか…。

「…あれ、康ちゃん?」

………ん!?この声は、聞き覚えがあるこの声は…!

「どうしたの?」
「……か、夏帆!!」

俺は飛び上がった。
目の前に夏帆がいる。うわー、ヤバイ、どうしよう…!
テンパってもどうしようもないのに、吐き気も忘れて夏帆をチラチラ見ていた。

「…康ちゃん?」
「えっ…あ…」

声がうまく出ない。ちくしょー!
夏帆、やっぱり可愛い…春野より可愛い…。
変なこと考えながら、俺は夏帆を見ていた。何か言いたいのに、言葉が出てこない。

「かほ、松山たちとグループ一緒なんだって?」

言葉を発したのは雅人だった。俺をフォローしてくれたようだ。

「うん。雅人くん達は?」
「俺らはね、春野と美佳だよ」
「…奈波と一緒なんだ、康ちゃん」
「え!あっ……うん…」

心なしか、夏帆の顔が少し淋しげに見えた。気のせいだろうか。
雅人がぼーっとしている俺の背中を突いた。
そうだ。早く何か言わなきゃ。

「あっ…夏…帆っ」
「なに?」
「えっ…と、あの……」

うわっ、口が回んない!サイアク、やばいぞ!

「康ちゃん?」
「あ…の……修学旅行……楽しんで……なっ!」
「……うん、康ちゃんもね!」
「…おう!もちろん!」

俺達は手を振って別れた。なんか、やっぱり複雑だ。
一番言いたくないことを言ってしまった。楽しんで……なんて…。

「…康介、よく言ったな。お前偉いかも」
「……おぅ」

夏帆が行ってしまって、忘れていた吐き気が戻ってきた。
悲しさを紛らわすためにそのまま身体を寝かせて、現地に着くまでずっと寝たふりをしていた。


「うわあ、田舎だな…」

北海道は本当に何もなかった。でも、何もないのにすごくキレイなところだと思えた。

宿泊のホテルに着いて、修学旅行が始まったことに改めて気付いた。
やはり、周りのみんなはざわざわしている。

「康介、どう?気分は」
「うん、大丈夫」

とか言いつつまだ胸のあたりが気持ち悪い。
今すぐ布団を敷いて眠りたい気分だ。でも、今からいろいろと行われるらしい。儀式みたいのが。

「康ちゃん…大丈夫?」
「夏帆っ!」

また俺の前に現れた夏帆。本当は一緒にいたいけど、今はいたくない。悲しくなるから。

「うぅ…気持ちわりぃ…」

俺はあることに気付いた。
もしかして、マジで具合悪いのかも。身体が熱い気がする。
そう考えているうちにクラクラしてきて、目の前が暗くなった。
身体がどんどん熱くなって、溶けてしまいそうだ……………



「……ちゃん、康ちゃん!」

はっとして目を開けた。するとそこには夏帆がいた。
俺はまた驚いて跳び起きた。

「夏帆!?なんで……」
「康ちゃん、急に倒れるんだもん。びっくりだよ」
「え…?」

あたりをよく見ると、和室の中にいることがわかった。
俺は倒れて、そのまま運ばれたらしい。

「…あっ、みんなは!?」
「研修行ったよ」
「夏帆は……」
「あたしは康ちゃんのこと見てますって言ったから」

えぇ……!?嘘だろ…。夏帆は…北海道を楽しみにしてて…なのに…俺のために……。
夏帆は笑っているけど、ムリしてるってわかる。
なんか…ものすごくいけないことをしてしまった。

「…ごめんっ!!俺のせいで…」
「いいよ別に!康ちゃんのこと見てるって言ったのあたしだし」
「でも……夏帆は行けよ!今からでも遅くないから!!」
「大丈夫だよっ!」
「俺、もう熱ないから…………!!」

…俺の心臓が一瞬止まった気がする。
夏帆が俺の額に手をあてて、嘘つき、と怒っている。ありえない…。
恥ずかしくて、俺の顔は情けないほど赤くなった。

「熱あるじゃん。それに顔真っ赤だし!」
「いや……顔は……」

顔は夏帆が俺の額に触ったりするからだ。なんか、やっぱり複雑だ。
俺にとってはラッキーだけど、夏帆にとっては……と考えると、ラッキーとは言えない。

「……ごめん、夏帆」
「いいの!あたしは康ちゃんといるから!早く寝てなよっ」
「えっ……」

康ちゃんといるから……そんなこと言われたら、意識しちゃうじゃんか。
俺は無理やり夏帆に身体を倒されたけど、のんきに眠れるはずもなくて、また寝たふりをしていた。

修学旅行初日…なんでかわからないけど、夏帆と過ごすことができた。


5 :ハナ :2007/10/01(月) 16:21:13 ID:nmz3oAQ7

修学旅行!パートつぅ★

翌日、すっかり気分もよくなって熱も下がった。
夏帆にお礼をしなければならない。

「夏帆!」
「康ちゃん!大丈夫?」
「うん、夏帆のおかげで良くなった」
「そっかあ!よかったね!」

良かった…のかな。もう少し風邪ひいとけば、また夏帆が……なんて、ありえねえよな。
夏帆の顔を見てると、なんだか落ち着かない。
この場にいていいのか悪いのか、ヘンな気分になる。

「康ちゃん、今日はクラスごとの見学だよね」
「お、そうだな……」

クラスごと……って、夏帆と一緒じゃねえか!
おいおい、忘れようったって、そうはさせないみたいだな。頼むよ。
逆に春野のこと全然忘れてるし…困ったもんだ。
俺には他のやつなんて、そうそうムリだと思う。


「なんだかんだ言ってさ、お前かほとばっか喋ってるじゃん」

朝食後、雅人が唐突に言ってきた。
あまりに突然だったもんで、飲んでいた水を噴き出しそうになった。

「…べつに話そうとしてるわけじゃないんだよ!……なんか、わかんねーけど、いつの間にか夏帆がいて……」
「ふーん。いつの間にかいるんだ」
「マジだって!」

これは確かだ。俺は本当に決意して夏帆以外の子を見ようって決めたんだ。
でも、夏帆を忘れるどころか一緒にいてしまう。ヘンだよな。

「結局さー…」
「ん?」
「お前らってそういう運命なんじゃねーの?」
「……そういう運命?って……」

つまり、一緒にいる運命ってことか?マジで?そうだったらいいけど…。

「康介」
「…なに?」
「お前そんなに悩んでんなら、かほのこと奪うくらいのことしてみろよ」
「え?どういうこと?」
「そのくらい自分で考えろ。ノーミソあんだからよ」

雅人はそう言って立ち上がり、いきなり部屋を出ていってしまった。
なんだよ、言いたいこと言っていっちまうなんてヒデーなあ…。
奪うくらいのことしてみろって…夏帆は誰とも付き合ってないし………あっ、もしかして…。

「津崎、なに?」
「…松山に話があんだ」

俺は首を傾げて目の前に立つ松山を真剣に見て、呼吸を整えた。

「あのさ……夏帆の、ことなんだけど…」
「…あぁ、草野ね」
「え…?」

待ってましたとばかりに松山は笑っている。なんだ、もしかして俺の気持ちはバレバレだったのか?
…だよな。だって、いっつも夏帆と喋ってたし。

「松山、明日の自由行動……夏帆を俺にくれよ」
「…は?くれって、草野は物じゃないんだけど。てゆーか、そんなの今さらじゃね?」
「今さらかもしんねえけど、俺は………もうムリだ」

我慢なんてムリだ。悩んでんのなんか、性に合わない。
あえてそこは言わずに、話を切り出した。松山は呆れた顔をしているけど…引き下がるつもりはない。なんと言われようが、俺は、夏帆といたい。

「バカじゃん。俺だってムリだよ、せっかくのチャンスなのに」
「…でもっ」
「やだよ、ふざけんな。お前には春野がいるじゃねえか。譲んないから」
「……松山っ!」

…行ってしまった。確かに譲ってもらえるわけないけど、でも、俺はどうしても夏帆と歩きたい。
春野じゃなくて、夏帆と……思い出を作りたいから…。
クラス見学のときは、夏帆のそばに近寄らなかった。俺って頭悪いから、朝っぱらに松山に勝負しかけちまってなんか近付くのが怖かった。
松山は俺の勝負にのったのか、夏帆と話したりしていた。俺、とんでもないことしたかも。

「康介」
「わっ、雅人!」
「なにアレ。お前まさかマジで奪いにいったの?」
「奪いにってゆーか…松山に譲れって言った」
「…お前、ウケる」
「なんでっ!?」

雅人はこれまた珍しく笑っている。こういうのが好きなのか?ヘンなヤツだなぁ…。
そんなこと思ってる場合じゃなくて、あんまり躊躇してると松山に先手を打たれそうだ。でも、俺は出ていけない。状況が悪化しそうで…どうしよう。
……あぁー!!また悩んでるじゃんオレ!!

「…康介くん?」
「へ?」

女の子らしい透き通った声がして振り向くと、そこには春野がいた。なんか、グッドタイミングじゃねえ?

「春野……なに?」
「あっ…べつに用はないんだけど、美佳が…雅人くんといるから…」
「え?あ、そういえば雅人いないね……」

俺が悩んでる間に美佳のとこ行ったのか。なるほど。………え?なんで?

「知らないの?雅人くんと美佳、付き合ってるんだよ」
「………はあああ!?」

俺は驚いて大声をあげた。周りにいた誰もが俺を見たことも気付かないで、俺は迷いなく美佳といる雅人を見た。

「雅人っ!てめえ、ふざけっ………イテッ!」
「ふざけてんのは誰だ!津崎!今は何の時間だと思ってるんだっ」

担任にグーで殴られた。アタマを。マジ痛いよ、ついてねえ…。周りのみんな笑ってるし……あっ…夏帆、こっち見てる。もしかして、春野といるとこ見られた!?
思考停止だ。最悪だね。

見学終わって、先生達に囲まれてこってり絞られた。囲まれたからリンチされると思った。マジ怖かったよ…。

その日の夜、俺はずーっと自由行動のことについて悩んでいた。


6 :ハナ :2007/10/09(火) 18:46:44 ID:nmz3oAQ7

修学旅行!パートすりぃ★その1

…まずい、眠れなかった。
自由行動のことが頭に引っ掛かって、朝まで全然寝られなかった。修学旅行中に寝られない俺って…なんなんだろう。
寝てないのに眠くなくて意外と身体は軽い。これはきっと、緊張のせいだ。俺はまた、ある決意を固めたから……。

「…康介?」
「あ、雅人…おはよ」
「はよー…起きんの早いね」
「あ…まあ、ねえ…」

コイツ…のんびり寝やがって。
雅人には昨日、美佳とのことを詳しく聞き出した。そのせいで先生らに絞られたんだから、教えろと。
なんだかんだ言って、美佳は雅人に未練があったらしい。だからもう一度やり直そう、だって。この野郎、上手くやりやがったな。

「夏帆はどーすんの」
「へっ!?」
「いちいち反応すんなよ、うっとうしいな」
「なっ…!幸せなテメーには言われたくないセリフだな」
「悔しかったら松山に勝ってこーい」
「…勝つよ」

おっ、と言った雅人は、あくびを止めて挑むような笑い顔で俺を見た。

「よし、男に二言はねえよな?その言葉、よーく覚えておけよ」
「えっ……ちょっ、待った!今のナシ!冗談!」
「そういうのなし。つまんないから」

マジすか!?おいおいっ!
俺は緊張しまくって、食事も喉を通らなかった。

「このあと、班別行動を行います。各自必要な荷物のみを持って、班ごとにタクシーに乗って出発してください」

学年委員長が指示を出して、全員が一斉に動き始めた。いよいよだ。


荷物を持った俺は、ロビーをトボトボと歩いていた。夏帆はどこにいるんだろう。俺はどうすりゃいーんだ…。
そう思っていると、誰かが俺のシャツを掴んだ。

「……康ちゃん」
「…夏帆っ」

誰もいないロビーの真ん中で、夏帆が俺のシャツを掴んで離さない。妙な静けさが、鼓動を速くさせた。
言葉を出すまでに時間がかかった。

「…夏帆、なに?」
「……康ちゃん」
「…ん?」
「……あのっ」
「草野」

誰もいないはずのロビーに響いた声は、松山だった。こいつ、いいときにきやがって…。邪魔なヤツだ。
松山はニッコリと笑っていて、視線が夏帆から動かない。

「行こうよ、みんな急いでる」
「…松山くん」

松山の存在が、俺の声を潰す。なかなか言葉が出ない。このままでいいのか、俺…。よくないだろう。
──奪うくらいのことしてみろよ……雅人はそう言った。その通りだ。
怖がるな、後のことなんてどうでもいい。とにかく今やらなければ、もうチャンスはないぞ。

…………行け、オレ!!

夏帆の手をとり、走った。松山が夏帆を呼ぶ声も無視して、無我夢中で走って、夏帆の手が握り返してきたのを感じながら外へ出て、そのまま雅人達が乗っていたタクシーに飛びのった。

「康介」

雅人が俺を呼んで、横をむいた。

「やるじゃん」

笑っている雅人に大きく頷いて、それから夏帆の手をまだ握っていたことに気付いたから恥ずかしくなった。
夏帆は俺を見ることもなく窓の外をずっと見ていて、俺はチラチラと見て夏帆の隣にいることを感じていた。

「あー、着いたあー」

旭山動物園という、北海道の有名な観光地にやってきた。雅人と美佳が楽しそうに話していて、俺達はずっと無言だった。

「こっからは別行動ね。集合は適当に電話して」
「……おぅ」

雅人と美佳が笑いながら歩いていく。俺がぼーっとしていると、隣にいた夏帆が俺のシャツを掴んだ。
夏帆を見ると、俯いて頬を少し赤らめている。俺はそんな夏帆を見て胸が苦しくなった。こんな顔されていいのか…。

「……行こっか」
「…うん」

今度は目を合わせてくれた。夏帆がとなりにいるんだ。俺のとなりに。

「なに見る?」
「うーん…あたしよくわかんないんだよね」
「…俺もだ。まあ適当に行くか。あっ、喉かわいてない?大丈夫、か?」
「……ふふっ」
「…え?なに?」

夏帆は笑った。なんか照れ臭い。

「康ちゃん、お兄ちゃんみたい」
「…あぁ」

お兄ちゃん…。そうだ。俺はアニキだ。何を期待してたんだろう。夏帆と行動することで何かが変わるなんて、思うだけ無駄だ。

「康ちゃん、いこ!」
「えっ…あ、待てよ!夏帆っ…」

夏帆は振り向いて笑った。まあいいや…あいつが笑ってくれれば。

たくさんの水槽がならぶところにきたのは何年ぶりだろう。俺たちはそこを順番にみていった。夏帆は小学生みたいにはしゃいで、すごいとか、きれいだねと言って俺に笑いかけてくれる。俺は水槽の中にいるものより、夏帆を見ている方が多かった。

「ねえ、あそこ見て!なんか並んでるよ」
「おっ、行ってみる?」
「うんっ」

俺達は行列に近付いた。どうやらでっかい水槽にアザラシがいて、それを見ているらしい。

「人いっぱいだね…」
「うん」

そこにはたくさんの人がいた。

「……康ちゃん」
「なに?」
「……どうしてあたしを連れてきたの?」
「あっ、えっと…」
「あたしが……本当は康ちゃんと歩きたかったこと、わかったの?」
「え…?」

それはどういう意味だ?俺と歩きたかった…?なんで?
夏帆は…俺のこと兄貴だと思ってるんだろ?…俺が兄貴だから?そんなわけないよな…?

「…わっ!」
「あっ、夏帆!」

急に、夏帆が誰かとぶつかった。俺の元に夏帆が倒れてくる…うわ、どうする?受け止めるしか………。
夏帆は俺の腕にすっぽり収まった。俺の心臓は今までで一番速く動いている。

「…ごめん、康ちゃん」

俺は今、夏帆のことを抱きしめている。

「……康ちゃん?」

それならいっそ、このまま放したくない…。頭より先に体が動いた。ぎゅっと強く抱きしめて、身を縮めて、夏帆がいることを感じていた。夏帆が望んでいなくてもいい。
これは神様がくれたチャンスだ……。
そう思っているうちに、どんどん眠くなってきた。昨日寝られなかったせいだ。


「…康ちゃん?」
「……夏…帆…?」

頭がさえたとき、夏帆は俺の腕の中にいなかった。茫然とした様子で俺を見てくる。
嫌だったかな…いきなり強く抱きしめて…。

「あ…ごめん…」
「……別に」

ちょっと待てよ…ここは人がいっぱいだ。なのに俺は、夏帆の気持ち考えないで恥ずかしいことしちまったのか!?
そりゃびっくりするよ。あーあ…嫌われたかも。

「康ちゃん…」
「は、はいっ!」
「人いっぱいだから、手つないでいい?」
「え…?」
「はぐれちゃったらヤだもん…。ねっ?」
「…え、あっ、うん!」

夏帆はニコッと笑って俺の手を握った。その瞬間カーッとなって身体中熱くなるのを感じた。
よかった、暗いところだから見られない。

俺は言葉を交わす余裕がなく、夏帆の話に頷いてばかりだった。


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