戦と死の神の忘れ形見 改


1 :副島王姫 :2007/10/22(月) 20:50:57 ID:oJrGY3oG

The Child Of The Late Vildesia
戦と死の神――ヴィルデジア――の 忘れ形見

 プロローグ

 ただ――空間がある。
 闇の中。いや、闇すらない。ただ、昏い空間。
 その中に、彼はいた。
 真紅の長い髪が、ただ、自らの力の余波で靡く。
 動かなかった。
 何もない。――いや、なくなった。
 彼が、なくした。全て。
 十五の王。最後の世界。その全てを、消した。悉く。
 残ったのは、彼だけ。
 虚無のみが漂うその空間。しかし、何かが彼に触れた。
 慌てて振り返ると、空間を漂っていたのであろう。セピアの石の使われた耳飾が1組、氷の球に封じられ、浮かんでいた。
「――……ジア」
 掠れた呟きが、洩れる。
「――ヴィルデジアぁあッ!!」
 いつの間にか叫び、力を放っていた。耳飾を手に。
 紅い光が収束し、耳飾に宿る。
 いつしか、セピアのそれは、対照色に変わっていた。そして――
 封じられていた姿が、蘇る。
 蒼と呼べる範疇に入った、ふわふわとした髪。蒼い瞳。蒼と白を基調にした衣装。
 虚ろに、自分の存在すら理解できていない彼女を、ただ彼は抱き締めた。
 ――慈主神。そして後継者。彼は、その名を彼女に与えた。
 その時――全ては始まった。


2 :副島王姫 :2007/10/22(月) 22:14:11 ID:oJrGY3oG


 第1章 ――雨の都――

 ――撒いた、か……。
 我は、安堵の息を洩らした。まったく、あやつときたら……。
 今回ばかりは、一人で来たかった。あやつの主観が入っては、面白くない。仮令その気が無くとも、側にいるだけで思考が入るのだから仕方ないではないか。あやつは知っているのだ。先を知らされては面白みに欠ける。その為に我はこれまで父上に何も訊かなかったのだから。
 ――さて。我は眼下に意識を移した。
 溶岩が、広がる。
 ただ一面に広がるそれは、しかし、一定の場所で違う様相を見せていた。
 結界。そう呼ばれている。
 我としてはそう遠い感覚ではないのだが、人の子の身では、遥かな昔。氷王が暴走し、その力を喪った。そうして崩れたのは、力の均衡。氷王を含む十五神王総てに言えたが、取り分け、彼と対にあった炎王の力は暴走した。結果、この世界である。
 ――ヘグルマンタス。そう呼ばれる世界。
 戦と死の神(ヴィルデジア)最期の地。そして――死に絶える場所。
 運命は、確実に迫っていたが、まだ遠い。今は、結界期の終わりの方が、身近だろう。
 結界期。そう呼ばれた時代。ヘグルマンタスの歴史においては一時。だが、そこに生きる者にとっては、その時代。炎王の力を抑えられず、世界が灼熱に飲まれた時代。
 結界期は、終わろうとしていた。人の子に知られることもなく。
 迫っていたのは――氷王の復活。

 辺境の小結界・ニーバッツ。そこに彼女はいた。
 少し癖のある、ふわふわとした栗色の髪と、茶色の瞳。年のころは十九。まだ自己の確定もなっていない、見た目のままの年齢の少女である。
 このヘグルマンタスでは、見かけの姿と実際の年齢は、基本的に一致しない。唯一例外があるとすれば、自己の確定のなっていない若い世代である。
 ここの人間たちは、個人差もあるが、ある程度の年齢まで成長すると、そこから半不老不死になる。殺せば死ぬし、病や事故で死ぬこともあるが。
 彼女は、世界でも珍しい『子供』だ。間もなく自己の確定が訪れるかもしれないが。
 彼女がいる部屋は、不自然にまで片付けられていた。加えて、彼女の足元には大きめの鞄。この家を――いや、この結界を出るのだ。これからは、兄の友人の住む結界に住まうことになる。
 兄の友人とは、何度も会ったことがあった。名前はリガス。短めの黒い髪とがっしりとした体格の好青年である。幼い頃から兄に連れられて遊び相手をしてもらったこともあったのだが……まさかそれが、大国ロスオイトの宰相だったとは気がつかなかった。幼い頃の記憶だが、不機嫌な時は髪を引っ張ったり殴ったり(まあ、子供の行為だから程度は知れているが)したこともあった。
 今更、どんな顔で会えばいいのか。彼女の思考はそれでいっぱいだった。
 いよいよ、その時が来る。部屋のドアをノックする音と、兄の声。
「スクーヴァル、準備はいいか?」
「あ、うん。……で、リガス……様は?」
「ロスオイトで待っている。どうしたんだ?」
 恥ずかしさから――だろう。彼女は俯き、耳まで真っ赤にしている。
「だって、まさか宰相様だったなんて……。お兄ちゃん、どうして教えてくれなかったの?」
「教えただろう」
 兄は、平然と言う。
「最初に会った時と、お前がリガスになついた時。あいつの髪を引っ張ったりしていた時にも」
「そんな小さな頃なんて……理解できるわけないじゃない」
「まあ、向こうも怒ってはいないから安心しろ。ほら、行くぞ」
 言うと、兄は、彼女を含んで転移した。

 雨の都、ロスオイト。水王ミオルズカリナの加護で知られる土地である。
 水王と氷王を混同する者もいるかもしれないが、あれらは別の神。水王は文字通り水の王。氷王は、便宜上氷の王と呼ばれるが,言ってしまえば冷気の王だ。ただ、冷たいだけ。そして、氷の状態だろうと、水蒸気の状態だろうと、水は水。
 そういうわけで、ここロスオイトは雨が多かった。世界有数の大きな結界である。
 そして、全ての結界にいえることだが、暑い。気温は年間変化せず、三十度過ぎ。言ってしまえば、蒸し暑い。
 微生物に適した環境な為、木材は腐り易く、石造りの建物が並んでいた。ただ、雨が降り続ける。一日置きぐらいの間隔だ。
 今日も、雨が降り続いていた。王宮と言えど、例外なく。

 外の雨を横目に、彼女は荷物を解いていた。流れた汗が、なかなか乾かない。ニーバッツでは、空気が乾いていたから良かったのだが。
 苔の生えた石で作られた部屋。家具も、石造りが主だ。木製は長持ちしないらしい。
 やがて彼女は、慣れない蒸した感触に溜息をつき、栗色の髪をかき上げた。
 と、その時、ノックの音。扉だけは、重くなるからなのか、木製だった。
「どうですか? スクーヴァル」
「……リガスお兄ちゃん……」
 入ってきたのは、黒髪黒目。端正な顔つきをした、体格の良い男。このロスオイトの宰相・リガスである。見た目では分からないが、このロスオイト建国の王、オーレムの頃からその地位にあり、実質この国を取り仕切ってきた。常に、国王を立ててはいるが、今の王はまだ幼く、彼がこの国を治めているといっても過言ではないだろう。
「なるべく、湿っていない部屋を選んだつもりなんですが……」
「だ、大丈夫です! 不都合なんて全然……」
「今更、他人行儀にならないで下さい。気持ち悪いですよ」
 最後の一言に、むくれたような顔になる。それを見て、
「はい、それくらいで」
 笑顔で言う。彼女は、戸惑ったように表情を崩した。
「後で、ステアルラと一緒に会いましょう」
 そう言い残して、去っていく。彼女はその後ろ姿を見送り、嘆息した。
 何故、兄はこのロスオイトに移住を決めたのか。ニーバッツでも不自由はしていなかったし、ただ懇意にしていたリガスと会い易くする為なら、もっと早くに決めていても良かった筈だ。彼女が生まれて十九年。そのずっと以前から、兄はリガスと知り合いだったのであるし。
 ――最近、冷たいな……。
 そう思うが、相談する相手もいない。強いて挙げればリガスなのだが、彼は彼女の馴染み以前に兄の親友だ。聞きづらかった。
 周りは大人ばかりで、年の近い友人も居ない。……まあ、ろくに子供がいないのだから当然なのだが。そもそも、兄と呼んでいるが、同じ両親から生まれたとは限らないのだ。もしかすると、親がそう呼ばれたくなくて、兄と呼ばせているだけなのかも知れない。血の繋がりなど無いのかも知れない。それほど、このヘグルマンタスでの関係とは、不明瞭なものだ。今更問い詰める気にもならないが。
 彼女は、また嘆息し、窓の外を見やった。雨が、降り続いていた。

 一週間後。彼女は、一人王宮の廊下を歩いていた。
 その視線は落ち、表情は憂鬱だ。ついさっき、兄の部屋を訪れ、ろくに相手にされなかったのである。忙しいと言われた。
 最近……何を考えてるんだろう……。
 はっきり言って、兄が相手にしてくれなければ、この王宮では一人だ。リガスも居るには居るが、宰相という立場上、滅多に会えるものでもない。また溜息をつく。だからであろうか。
「お嬢さん、どうしました?」
 そんな声に、振り向いてしまった。
 一見して、派手な男だった。スカーレットの逆立った髪、サルファー・イエローの右目、コバルトブルーの左目、丈も裾も縫製も出鱈目な衣服。彼は、スクーヴァルに馴れ馴れしく近づき、その肩を抱くと、
「落ち込まれているようですね。貴女の様な方を悲しませるとは、どこの誰です? 私めでよろしければご相談に……」
「は、離して!」
 やっとのことでそう言い、男の手を振り解く。距離を取って、
「何なんですか? いきなり」
 警戒を顕に問う。
「セシトイオとお呼び下さい」
 礼などしながら言うが、今更紳士的には映るはずも無い。スクーヴァルは、じりじりと退がり、
「この王宮の人、ですか?」
「いえいえ、ただの部外者です。ちょっと他の用でお邪魔したら、哀しそうな貴女が見えたもので」
「じゃあ、その用事のところへ行って下さい」
「おお、冷たい。そんなにされると、ますます貴女に惹かれてしまう」
「…………」
 危機感を感じたか、彼女は駆け出した。そのまま、僅かな記憶を頼りに兵の詰所に向かう。彼女が兵士とともに戻ってきたときには、不審者――セシトイオはもう居なかった。


3 :副島王姫 :2007/10/23(火) 00:37:12 ID:oJrGY3oG

 ――どぐわっ!
 力の奔流。それを受け流し、後ろに飛び退る。だが、足元には次の衝撃。
 何とか躱すが、顔面に向かっていた光弾には対処できなかった。まともに喰らって倒れる。
 夜空から星と月を除いたような空間――とでも、言うべきだろうか。ただ何も無い空間で、二人が向かい合っていた。
「何すんだよ!?」
 本気になって、怒鳴る。
「お前が真面目にやらないからだ」
 さも当然と言わんばかりの、冷静で感情の無い男の声。
「俺は言った。ロスオイトに向かい、そこに居るムィアイーグと接触して来い、と。しかも、痕跡を残さずに。
 お前は、誰に会って来た?」
「スクーヴァルちゃん」
 脊椎反射で答えた様に言うセシトイオ。(もっとも、この連中に脊椎は無いが)
「兵士が出てきたなぁ……」
 もう一度、光弾を放つ。十個に分裂し、異なる軌道で目標を襲う。それらを全て、打ち落とすセシトイオ。
「……シスラクト……なんか俺様に恨みでも?」
「だから、お前が役割を果たさないからだ。真面目にやれ」
 雪よりも白い髪に、銀の双眸、モノトーンの衣服。セシトイオに比べるまでも無く、落ち着いた男だ。やや、筋肉質と言えるだろう。
「……で、次は真面目に行ってくれるか?」
「いや、でも、スクーヴァルちゃん、放っとくのか? それはそれで……」
「そっちは対処済みだ。彼女の死期も分かっている。
 ……で、真面目にやってくれるのか?」
 処刑宣告のように、言い放つ。逆らえば、今彼が構成している物質消滅の力が、セシトイオに襲い掛かるだろう。
「無理です。セシトイオ様には」
 と、女――いや、少女か――の声。見ると、赤い髪を三ツ編にし神官服を纏った、十三前後の少女が立っていた。手には短いロッド。
 彼女は、その容姿に似合わない、落ち着き払った声で続ける。
「対立属性のよしみです。私が参ります」
「レグア……どーでもいいけど、お前、何なんだよその格好」
 セシトイオの呟きに、レグアは、
「この姿なら、入り込めますから」
 言って、消える。
 溜息をつくセシトイオ。その頭に、シスラクトの拳が落ちた。
「少しは反省しろ」
「はいはい」
 言って、消える。
 空間には、シスラクトだけが残った。……皆、この時も変わらないか。

「スクーヴァル、ちょっといいですか?」
 二日後、リガスが訪ねて来た。彼女は、これまでの寂しさもあってか、
「リガスお兄ちゃん、どうしたの」
 嬉しそうに駆け寄る。リガスは、書類を見せ、
「これは間違いないですね」
 何気ないように、訊いてくる。
 彼女はそれに目を通し、
「うん。……でも、お兄ちゃんは忙しいでしょ? こんな小さな報告も受けるの?」
 彼女の問いに、リガスは、少し困ったような顔で、
「普通は人に任せるんですが、あなたの名前があったもので。
 ……で、本当に不審者はセシトイオと?」
「うん」
「……分かりました。ちょっと来て下さい」
 疑問に思いつつも、リガスの後を歩くスクーヴァル。ややあって、奥まった壁にぶつかった。
「……行き止まり?」
「機密室ですよ。込み入った話をしますから。ちょっと待っててください。ロックを外します」
 言い、壁に手を当て、
「認証。オーレム補佐・リガス」
 何かが動くような音。
「転移で入りますから」
 言うと、彼はスクーヴァルを巻き込んで転移した。

 ――湿ってない。
 それが、第一印象だった。周りの壁は石造りだが苔は無く、並んでいるテーブルや椅子も木製。乾いた空気が肌に心地良かった。どこに光源があるのかは分からない。
 既に、二人居た。一人は、淡い金髪(プラチナブロンド)とマラカイトの双眸の男。体つきが良く、いわゆるラフな服装をしている。もう一人は、赤い髪を三ツ編にした、神官服の少女――無論、見た目のままの少女ではなく、ただ単に自己の確定が早く訪れたというだけなのだが。
「その子がスクーヴァル?」
 赤い瞳を無邪気に輝かせ、訊いてくる。手には、短いロッド――ヘグルマンタス最大の宗教・護王教団の最高権力者の証である――を持っている。
「あたしはアルシオ。よろしくね」
「スクーヴァルよ。こちらこそ」
「オレはケイディス。よろしくな」
 アルシオに挨拶を返すと、プラチナブロンドの男が言ってくる。彼にも挨拶を返すと、
「さて――本題に入りましょう」
 真面目な声で、リガスが言った。
「スクーヴァル。あなたが出会った、セシトイオという人物の特徴と、あなたが感じた印象を、ケイディスに話して下さい。主観が入って構いませんから」
 言われ、戸惑いがちに話し始めるスクーヴァル。彼女に質問しながら話を聞き、暫く考え込んでいたが、
「多分……間違いねぇと思う」
 誰にとも無く言った。
 場の空気が変わる。
「え? 何?」
 一人、取り残されるスクーヴァル。
「ええと……十五神王は知ってますよね?」
「うん」
 世界を守護しているという、十五人の神――それが、十五神王。御伽噺から神話まで、その話題には事欠かない。
「セシトイオというのは、光王です」
「……え?」
 一瞬、結びつかなかった。光王――十五神王の一人、光を司る神。
「あれが……神様?」
「残念ながら」
「だって、神話の光王様は……」
「伝承というものは、捻じ曲げられてますから。ご愁傷様です」
 にっこりと言うリガス。ややあって、スクーヴァルは別の疑問に辿りついた。
「何でそんなことが分かるの?」
 もっともな問いである。リガスは、ケイディスを指し示すと、
「彼を詳しく紹介しますね。彼は――もう聞いたでしょうがケイディス。各地の結界を作っています」
 その一言に、スクーヴァルは驚愕の表情を浮べる。
「じゃあ……結界王?」
 結界王――頭に『氷の』が付くこともあるが、要するに、このヘグルマンタスに点在する結界全ての創造主である。つまりは、溶岩を居住空間にする為の結界を作っている。噂によると恐ろしいほど長い時を生き、世界の全てを知っているとされているが……。
「何でも知ってる、って訳じゃねぇよ。期待を裏切って悪りィけど」
 スクーヴァルの考えを見透かしたように、ケイディスが言う。
「実は、昔の記憶がねぇんだ。ま、ここ二、三十万年なら大丈夫だけどな」
 それでも途方も無い数字に、スクーヴァルが唖然としていると、
「ちなみに、アルシオは護王教団の大神官です。よくエスケープしますけど」
 アルシオが、悪戯っぽく微笑む。
「……で、話を戻しますが、ケイディスは色々知っていまして。十五神王の個人名も、彼が知っていたんですよ。でも、それ以上ははっきりしません。しかし、知らないわけではないんです。
 私が思うに、忘れかけているのではないかと。だから、さっきあなたにセシトイオの話をしてもらったんです。それによって、ケイディスの記憶が刺激されないかと。……上手くいったようですね」
「問題は、何で光王がロスオイトの王宮に出たか、ってとこね……」
 難しそうに、アルシオが呟く。……大した役者ぶりだな。レグア。
「用事があるって言ってたけど」
 既に報告済みなのだが、繰り返すスクーヴァル。
「話を聞く限り、信用できません」
 きっぱりと言うリガス。
「というか、神がナンパをするとは……」
「あれ、やっぱりそうなの?」
「いや、あいつならする。あのセクハラ神王なら」
 セシトイオに関する記憶が充実してきたケイディスが言う。
「スクーヴァル、次にあいつに会ったら迷わず逃げろよ。兵士でもリガスでも呼べ」
 それが賢明だと、我も思う。あの色魔、女と見れば……いや、止めておこう。
 結局、何の結論も出ないまま時間が過ぎ、解散となった。スクーヴァルには、念のため、十五神王の個人名のリストが渡された。一度接触があった以上、またないとは限らなかったからである。
 そして、その日の夜――珍しく、ステアルラが妹の部屋を訪れた。


4 :副島王姫 :2007/10/24(水) 14:29:28 ID:oJrGY3oG


「お兄ちゃん!」
 彼が部屋に入ってくるなり、スクーヴァルは駆け寄った。
「どうしたの?」
「……光王に会ったと聞いた」
 深刻な顔で切り出すステアルラ。
「何があったんだ?」
「変な人だった。絡まれただけだから」
 心配しないでと言うが、兄にその様子はない。
「何か言っていたか?」
「う〜ん、ナンパっぽいことは言われたけど……」
「分かった。これから十五神王が現れたら、真っ先に俺に言え」
「……う、うん」
 深刻な表情のまま、部屋を出るステアルラ。
 ――ちゃんと、心配してくれたんだ。
 心中で安堵の声を洩らすスクーヴァル。だが、彼女は気づいていない。
 「不審な人物」でなく、「十五神王」が現れたら。そう言われたことに。
 不審者と会った日でなく、光王と会ったと知れた日にやって来たということに。
 兄の思惑。それすら疑いもしていなかった。


5 :副島王姫 :2007/10/26(金) 18:53:46 ID:oJrGY3oG


第2章 ――氷王神殿――

「……アルシオ……?」
 ある日。彼女は目を止めた。
 ロスオイトの王宮の自室。窓から下を見下ろして。
「アルシオ?」
 聞こえるように大きな声で呼ぶと、彼女は反応した。そのまま、辺りを警戒しながら転移してくる。
「スクーヴァル、元気?」
「何やってたの?」
 取り繕ったような笑顔で言うアルシオに、もっともな疑問をぶつけるスクーヴァル。彼女は、気配を絶って中庭でコソコソと隠れていたのだ。
「えへへ……」
 と、そこで、きょろきょろと辺りを見渡して、
「ちょうどいいわ。匿って」
 笑顔で言ってくる。
「……え? 何? 何があったの?」
「いいから。多分ここならバレないわ。まだ足がついてない場所だから」
「……えっと……」
 困ったように呟いて、スクーヴァルは思い出した。
「もしかして……逃げてきた?」
 ジト目で、問う。
 確か、リガスは彼女が「エスケープする」と言っていた。彼女は護王教団の大神官だ。その意味は考えるまでも無い。
「……えへへ……いいじゃない。神官長もいるし」
 少し頭痛を感じてから、スクーヴァルは部屋から出た。アルシオの腕を引っ張って。
「ちょっと、スクーヴァル! 見逃して!」
「ダメ!」
 言いつつ、近くに兵士を見つけ、声をかける。……すぐにリガスがやって来た。
「リガスお兄ちゃん……忙しいでしょ?」
 心配そうに問うと、沈痛な面持ちで、
「アルシオもよく仕事を増やしてくれるんですよ。日常茶飯事です」
 言い、アルシオを掴んで転移する。暫くして、戻ってきた。一人で。
「これで暫くは大丈夫でしょう。神官長に引き渡して来ましたから。またこんなことがあったらお願いします。
 ……ところで、慣れましたか?」
 最後の言葉に、彼女は少々表情を暗くし、
「ちょっと、蒸し暑くて……」
「そうですか……仕方ありませんね。
 少しなら、ニーバッツに帰れるようにしましょうか?」
「え? いいの?」
「ええ、構いませんよ。ちゃんと帰ってきて下さいね。ステアルラも心配しますし」
 少し明るくした表情を、また暗く――いや、今度は哀しくする。
「……どうしました?」
「何でも……」
「そんな顔じゃありませんよ」
 言い、手近な部屋に彼女を引っ張り込み、
「さあ、言ってください」
 椅子に座らせて問う。
「…………」
「スクーヴァル?」
「何でも……ないから。本当に」
「………………仕方ありませんね」
 嘆息混じりに言うと、スクーヴァルの額に手を当てるリガス。……こいつ……エゲツのないことをする。
「さあ、話してください。何を悩んでいるんです?」
「お兄ちゃんが冷たいの。最近特に……」
「ステアルラが、ですか?」
「うん……」
 すらすらと話し始めたスクーヴァル。……もう分かると思うが、魔力で自白を強制したのである。普通、できてもしない。尊厳というか……そういうものに少しでも配慮があるのなら。はっきり言って、尋問とかで使うのもためらわれる筈なのだが……。こいつ、結構恐いな。
「分かりました。できるだけステアルラにも話してみましょう。
 さあ、もういいですよ」
 言い、魔力から開放するリガス。無論、スクーヴァルは何故話してしまったのか分かっていない。……この術を知っていたら、怒っただろう。我でも怒る。
「……リガスお兄ちゃん……」
「どうしました?」
 戸口で振り返るスクーヴァルに、にっこりと笑顔で言うリガス。……恐い笑顔だな?
「……何でもない……」
 言い、退出する彼女を見送る。……だから、その笑顔は恐い。
 ……我の頭に、プラチナブロンドの、仲間内で一番えげつない男の笑顔がちらついた。……まあ、一番恐ろしい笑顔はシトゥノだが。


6 :副島王姫 :2007/10/26(金) 20:02:53 ID:oJrGY3oG

 ――この感じは……!
 戻るなり、彼は駆け出した。ただ、白い壁と床と天井に囲まれた空間。そこに居るのは彼だけ。
 転移し、唖然とする。
 悲痛に、顔をしかめた。
 目の前に倒れているのは、この前知り合ったばかりの娘。……形を保っているだけ幸運か。
 どうしようもない。そう思って、せめて遺体を還してやろうと、手を伸ばして触れる。そこで、違和感。
「……生きてる……?」
 慌てて彼女を抱えると、転移した。

 ――?
 気がついて、辺りを見渡す。
 ただ、白い空間。壁も床も天井も真っ白。迷路のようになっているのか、道が続いている。
 ふらふらと歩くが、誰も居ない。何も居ない。ただ、白い道のみ。
 栗色の髪を掻き揚げる。これだけが、視界に入る中で色をつけていた。
 確か……ニーバッツに行こうとして……。
 ゆっくりと、思い出す。
 ――そうか。転移に失敗したんだ。
 ごく稀に、そういうこともある。もともとそういう素質(?)があるということが条件なのだが。どうやら、ニーバッツに転移しようとして違う場所に紛れ込んでしまったらしい。
 ――天性の方向音痴。それが、この事象を起こす条件。……どうしてこう個性的な奴が多いのだ。
 無論、こんな稀有なことをする奴がまともに道を進める筈は無い。……おい、そこはさっき通ったぞ。……いや、そこは逆……。戻ってるぞ、それ……。
「……どうなさいました?」
 見かねたように、声が聞こえた。
 振り返れば、繊細な、という言葉が真っ先に出てきそうな青年が立っていた。直前まで、何の気配もなかったのだが。
 彼女は転移で現れたのだと思ったらしい。ほっとしたように笑顔を浮かべ、
「あの……道に迷っちゃって……ここ、どこですか?」
 目の前の青年に問う。
 プラチナブロンドの長い――床についてもなお続く髪。その先端は、グラデーションを経て瑠璃色に変化している。淡い青の、薄い布を幾重にも重ねられて作られたローブとマント。マラカイトの双眸。
 身の丈を超える装飾性の高い錫杖を持ち、静かに佇んでいたが、
「氷王神殿です。早くお戻り下さい。皆が心配なさいますよ」
 笑顔で言う。
「……えっと、帰り道が分からなくて……」
 言われ、彼は少し考えた。
「ああ、迷い込まれたのですね」
 言い、錫杖を持っていないほうの手を翳した。光が生まれ、収束する。
 一瞬の後には、彼が持っている錫杖を短くしたような杖があった。
「これを持って、行きたい場所、会いたい人を思い浮かべて下さい。あとは、これが導いてくれます」
「え? でも、なんだか大事なものみたい……」
「いいですよ。貴女なら。
 それに、……延々道に迷われたいのですか?」
 優しい笑顔で言う彼に、彼女は押し負け、杖を受け取る。
「あの……わたしは、スクーヴァル。あなたは?」
「ムィアイーグ、です。
 さあ、今は私がお送りしましょう。お帰り下さい」
 ――ムィアイーグ。その名に彼女が反応するより早く、彼は彼女をロスオイトに送り返していた。

「……ん……」
「起きたか!?」
 意識が戻り、呻くなり聞こえた大声に驚く。いつの間にか肩を掴まれ揺さぶられていた。
「大丈夫か? 意識は? 気分はどうだ?」
「ケイディス……そんなに揺さぶったら、いいものも悪くなりますよ」
 冷静に突っ込むリガス。ややあって、ケイディスは安堵したように、
「……良かった……」
 呟き、近くの椅子に倒れこむ。
「……え〜と、何……?」
 混乱しつつ、一人事態が分かっていないスクーヴァルが呟く。
 見回すと、すぐ側に医者らしき女、ケイディス、リガス、アルシオ、そして部屋の隅にステアルラ。ロスオイトの自室のようだ。
「どういう過程か分かりませんが……氷王神殿に迷い込んだんですよ」
 安堵した声で、リガスが言う。
「……あ……」
 混乱した記憶の中から、先程の青年の言葉を思い出す。
「オレも死んだと思ったんだけどよ……生きてたから、慌ててこっちに連れて来たんだ」
「あ、ありがとう……」
「普通、人間が入ったら死ぬぞ。あまりにも冷えててな、身体が消滅しちまう。……まあ、オレやリガスやアルシオみてえに、無事なのも居るんだけどよ……殆ど死ぬ。だから、お前が生きてられたのは奇跡だな」
 ある世界では、絶対零度――そう呼ばれる。だが、その世界での常識を覆し、それを遥かに下回る冷気なのだ。あの氷王神殿の空気は。
 このヘグルマンタスで唯一、結界なしで氷が存在し、氷と雪のみで構成される神殿。それが、氷王神殿。氷王の力が眠るとか色々と言われているが、自説を証明した者は居ない。
「ま、生きてて良かった! んじゃ、後は兄妹水入らずだな」
 ケイディスが言って、立つ。
 だが、それで雰囲気が変わった。
「……どうした?」
 スクーヴァルは沈み、リガスは悩み、ステアルラは興味なさそうな顔をしている。
「……あ! 待って! ケイディス!」
 避けるように他に思考を走らせて、肝心なことを思い出した。急いでケイディスを引き止める。
「氷王神殿で、会ったの! ムィアイーグに!」
 途端、一同の顔が険しくなった。ステアルラでさえも。
 ただ一人、医者がついていけていないようだった。……逃げる機会がなかったのだろう。多分。


7 :副島王姫 :2007/10/28(日) 23:44:09 ID:oJrGY3oG


「氷王ムィアイーグ……」
 スクーヴァルの話を聞きながら、ぶつぶつと呟くケイディス。機密室である。さっきの面々から、医者とステアルラが外れている。
「……う〜ん……」
 かなり経って、
「……ダメだ。思い出せねぇ」
 根を上げるように言った。
「……違うという感覚は?」
「ねぇ。……思い出せねぇ」
「……プラチナブロンドにマラカイトの眼……」
 アルシオが、ケイディスをしげしげと見ながら呟く。
「スクーヴァル、似ていますか?」
 リガスに問われ、首を傾げながら、
「繊細な人だったわ。おとなしそうで……そういう雰囲気」
「つまり、ガサツで乱暴なケイディスには似ても似つかないってこと?」
「……そこまで言ってないもん」
 頬を膨らませるスクーヴァル。……いや、言っていると思うが……。
 しかし、繊細? おとなしい? ……まあ、第一印象ならば、だな……。
「多分、身長は同じぐらいだと思うけど……」
「他に情報はありませんか?」
「……あ!」
 スクーヴァルが両手を広げると、その間に杖が現れる。
「これは……?」
「もらったの。道に迷わないようにって」
「……ふーん……」
 言いながら、ケイディスがそれを取る。その瞬間――
 そこは、機密室ではなくなっていた。

「……ここは……?」
 夜空から星と月を除いたような、何も無い空間。――虚。その一言が相応しい。
「……護宮(ごきゅう)……だ。多分」
 ケイディスが、呟く。スクーヴァルに杖を返しながら。
「十五神王の空間……護王シスラクトの領域だ」
 最初は自信なさげだった言葉が、次第に確信を帯びてくる。
「……来た」
 ケイディスが指し示した方向から、雪よりも白い竜が現れる。
 一点の穢れも無い純白の肌に、銀の双眸。流線型のフォルム。それは、四人の前に降りると、姿を変えた。
 白い髪に銀の瞳。がっしりとした体躯を、モノトーンの衣服に包んでいる。先程の竜の姿のイメージと比較すると、少々いかついか。
 彼――シスラクトは、ケイディスに歩み寄ると、
「……ここまで来たということは、ムィアイーグと接触したんだな?」
 事務的な口調で言う。
「……いや、接触したのはスクーヴァルだ」
 ケイディスが彼女を指しながら言うと、その手の中の杖を受け取り、
「――ラズガルズ」
「……え?」
「これの名称。そして発動の鍵となる言葉だ。それを使えばロスオイトに戻れる。
 現状では、俺からこれ以上言うことはない」
 彼女の手にラズガルズを戻しながら言うと、即座に竜の姿に戻り、飛び去った。
「ちょっと待て!」
 ケイディスは、一応叫んだが。
「……あいつらしいか。
 戻ろうぜ。……っと!」
 突然、何かを思い出したかのように、
「スクーヴァル、ちょっと聞きたい」
 彼女を真剣に見つめた。
「……え? 何?」
「お前の兄貴だ」
「……お兄ちゃん……どうしたの?」
 リガスも真面目な面持ちで側に来る。
「どういう兄貴なんだ?」
「優しいよ?」
「……そういう風には見えなかったぜ」
 スクーヴァルは、表情を暗くし、
「そりゃ……最近は……でも! 本当に優しいんだから!」
「オレは、お前を抱えてロスオイトに行った。その時は、あれが兄貴だとは思えなかったぞ? お前を見ても、何も言わねぇ。表情すら変えねぇ。お前が起きたときは側に居たけどな、ほんの少し前に来ただけだぞ? 偶然だ。分かるか?」
「……でも、お兄ちゃんは……お兄ちゃんは……」
「スクーヴァル」
 リガスが、彼女の肩を叩く。
「私の目から見ても、異常ですよ。……あなたに聞くまで気がつかなかったのは申し訳ありませんが」
「そんな……だって……」
「とにかく、あの兄貴と話さなくちゃな。戻ろうぜ」
「……う、うん……」
 戸惑いながら、ラズガルズを発動させるスクーヴァル。三人の姿が消え――後には護宮と、そこに忘れ去られたアルシオが残った。

「……一つ、はっきりさせたい事がある」
 ロスオイトに帰るなり、三人はステアルラの部屋を訪れた。(自室に戻っていたのだ。妹が消えたというのに)
「……何だ?」
「お前は、スクーヴァルの何なんだ?」
 さっぱりとした声のステアルラに、ケイディスが詰め寄る。
「兄だ。知らないわけではないだろう?」
「自覚があるかって訊いてんだ」
「自覚?」
 ステアルラは、首を傾げ、
「必要ない」
「……てめぇ……!」
「ステアルラ、本当にどうしたんですか?」
 二人を引き離したのは、リガス。そうしなければ、ケイディスは彼を殴っていただろう。
「前は、本当にスクーヴァルを大切にしていたのに……」
「ああ、大事だ。今もな」
「……だから、そうは見えねぇんだよ」
「お前たちが納得できないんなら、好きにしたらどうだ?」
 その言葉に、スクーヴァルが身体を震わせる。
「……分かった。スクーヴァルはオレが引き取る。……文句ねぇな?」
「ああ。だが、死なせるなよ。大事な妹だ」
「お兄ちゃん!?」
 スクーヴァルが声を上げるが、構う様子はない、
「お兄ちゃん! どうして! どうして?」
「スクーヴァル、行きましょう。
 ……あれは、もうステアルラではありませんよ」
 リガスが、彼女の肩を掴んで歩き始める。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
「スクーヴァル! あいつにそんな価値はねぇ! 行くぞ!」
「……お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
 ステアルラが妹の声に振り向くことは、終になかった。
 ……レグア。完全に忘れ去られているから、バレないうちに戻っとけ。


8 :副島王姫 :2007/10/29(月) 03:47:41 ID:oJrGY3oG


 第3章 ――ニーバッツ――

「…………」
 石で造られた王宮。一つの扉の前に、彼女は佇んでいた。
 ノックすることも、立ち去ることもしない。
「やっぱここか」
 声がして、振り向いた。
「……ケイディス……」
「ここにはもう来るな。何度も言っただろ?」
 言って、彼女の手を引いて歩き出す。
 彼女――スクーヴァルは、未練がちに兄の部屋の扉を振り返りながら、彼に引かれるままに歩いた。

 ノックの音に、顔を上げる。促すと、扉が開き――
「……ステアルラ。どうしたんです?」
 執務室で、書類から目を離さずに言う。口調は冷たい。スクーヴァルが氷王神殿に引き取られてから、今日で十四日目だった。
「スクーヴァルはどこだ?」
「……今更、惜しくなったんですか?」
 リガスは嘆息し、
「多分氷王神殿ですよ。会いたいなら、話をしますけど? 謝りますか?」
 耐性のある者なら氷王神殿でも死なない。スクーヴァルは偶然とはいえ生き残ったため、その環境に対応できた。しかし、ステアルラはそうはいかない。
 ケイディスが、彼が反省するなら彼女をロスオイトに帰してもいいと言っていたことは事実であるし、リガスはそう言った。
「……別にいい」
「ステアルラ!」
 リガスが立って言うが、彼は興味なさげに退出しただけだった。しかし――
「スクーヴァルなら、ニーバッツだぜ」
 開いた扉の向こうから、声がする。
「会いに行くか?」
 呆れを隠しもしない、ケイディスの声。
「……いや、いい」
 それにすら反応を見せず、ステアルラは去って行った。
「……何だ、ありゃあ」
 疲れた声でケイディスが洩らす。リガスは、その後を追った。

「スクーヴァル、久しぶり」
 見知った声に、彼女は振り向く。
「久しぶり。元気?」
「ああ。ステアルラは?」
「えっと……相変わらず」
 乾いた空気。平屋の粘土塗りの家が立ち並ぶ。――辺境の小結界・ニーバッツ。彼女の故郷だ。
「どうしたの? 急に」
「う〜んと……懐かしくなっちゃって。本当は、もうちょっと早く帰ってくる予定だったんだけど……」
「そう? 後でルセルのところに行く? 結構寂しがってたから」
「あ、うん。でも、先に家を見てくる」
「そう、じゃ、後で」
「うん。後でね」
 言い、慣れた道を通って懐かしい家に入る。それほど時間が経っていないからなのか、荷物がなくなっている以外は記憶のままだ。
 と、兄の部屋だった場所に入り、
「……お兄ちゃん……何で……?」
 ぽつりと、ひとり呟いた。

 ――氷王神殿なら厄介だったが、ニーバッツなら話は別。
 彼は、急いで自室に戻り、結界を張った。
 すぐに、目の前に槍が現れる。装飾性が高く、びっしりと文字らしきものが掘り込まれていた。
 部屋の中で、それを振り回す。壁・床・天井。あらゆるものが障害にならない。
 やがて――狙いを定め、一点を突いた。
 ――器の出来具合……まずは……。
「ステアルラ? どうしたんですか?」
 扉を叩く音。だが、もう遅い。既に、『覚醒』は終えた。
 後は――結果を見るのみ。

「……え?」
 異変。それに気づき、戸惑った。
 周囲に光が舞っている。――いや、これは、自分の身体から溢れている。
「何……これ……」
 慌てて外に出て身体をはたくが、それで光が落ちるわけでもない。そうするうちに、
「あ! スクーヴァル!」
 金髪の男が駆け寄ってくる。
 瞬間――彼女は、本能的に察知した。
「ルセル! 逃げて!!」
 何故か。分からなかった。だが――
 ――どくん。
 変化は、確実に起こっていた。彼女の光が、強くなり、収束し始める。
 ――どくん。
「…………あ……いや……」
 ――どくん。
 彼女の意思とは関係なく、ただ強くなる光。
「いや……やだ……やめて……」
 ――どくん。
「いやあぁあぁあああぁぁあッつ!!」
 それが、自分の叫びだと気づくまでに、数秒かかった。
 自分の声で正気に返れば、すでに遅い。
 光が、辺りを凪いでいた。
 縦横無尽に迸る、幾条ものそれらは、大地を、空をただ切り裂く。そして――
 音も無く。
 結界が、消えた。
 茜に染まる空。赫く染まる大地。
 総て――呑まれてゆく。
「――ルセル!?」
 思い出して振り返るが、そこに人はいない。
 家も木も。大地すらなかった。
 あったのは――溶岩。
 赫い赫い、海。
 そこに、彼女はひとり立っていた。
 何も――ない。無くなった。
「……あ……ああ……」
 呆然と、ただ呟く。頭を押さえつけて。
「あああああっ!!」
「スクーヴァル!? どうしたんだ?」
 結界が消えたのを察知したのだろう。ケイディスだった。
「まさか……そんな……」
「わたしが……わたしが……」
 力なく呟くと、スクーヴァルは力を抜いた。
 そのまま。溶岩に堕ちて行く。
「おい! 何を……!」
 慌ててケイディスが下降し、受け止める。
「わたしなの! わたしがやったの!」
 ケイディスの腕の中で、彼女はただ叫び続けた。
 ――声の限りに。心の限りに。

 扉を、破った。
 すぐに部屋に飛び込み、見たものは――
 見慣れぬ槍を持ち、満足げに佇む友人だった。
「……ステアルラ。なにがあったんですか?」
「話すと思うか?」
「……思いません。……ですが」
 リガスは目を細めた。ただ、冷酷に。
「話していただきます」

 氷王神殿の壁は白い。これは、氷王神殿を構成する氷に、雪がこびりついているためだ。
 ただ真っ白な空間。耐性はあると言っても、この寒さは身にしみる。
 だが、そんなことを気にしている場合ではない。目的地――居住区に向かった。
 最近まではケイディス一人だったが、今はスクーヴァルも居る。この二人が同時にいるなら、好都合この上ない。
「スクーヴァル! ケイディス!」
 勢いをつけて、扉を開く。二人の姿があったことに安堵するが、すぐに気づく。
「……スクーヴァル……」
 最近作られたばかりの部屋のベッドで、彼女はただ横たわっていた。涙の跡。
「……遅かったん……ですね……」
「リガス……何か知ってるのか?」
 いつになく真摯な声で尋ねられ、彼は頷き、
「……場所を変えましょう。意識がなくても耳が聞こえる場合があるそうですから」
 彼女を一人置いていくことを躊躇するケイディスを、無理矢理連れ出し、
「結論から言います。ステアルラを殺さなくては。
 ……そうでなければ、スクーヴァルが死にます」

 ――どうして?
 ――どうして?
 ――……消えてしまいたい。
 ――わたしが……わたしが……。
 ――みんな……みんな……わたしが……。
 ただ、固く閉じ、否定する。それしか彼女にはできなかった。
 ――消えればいい。みんな……みんな……わたしが……。
《……スクーヴァル》
 突然の、声。
 顔を上げると、知った顔だった。
《……ムィアイーグ……》
《スクーヴァル。泣かないで下さい》
 繊細な、優しい笑顔。だが、彼女はそれをすぐに拒絶する。
《……スクーヴァル。聞いてください》
 そっと、後ろから抱き締められる。
《真実を知らなくてはなりません。さあ、顔を上げてください》
 彼女の嗚咽だけが、響いていた。

「スクーヴァル……」
 話を終え、二人は彼女の部屋に戻った。
「……貴方が……?」
 リガスが洩らした呟きに、ケイディスが首を傾げる。
「氷王……ムィアイーグ……」
「……何がだ?」
 ケイディスの声に、リガスは振り向き、
「彼、ムィアイーグでしょう?」
 部屋の一点――スクーヴァルの枕元を指して言う。
「……何が? 誰もいねぇぞ」
 それに、リガスが何か言うより早く、ムィアイーグの姿は消えてしまった。
「スクーヴァル!」
 そんなことに構っている余裕はないのか、ケイディスが側に寄った。
「……眠っていますね……」
「眠らせたんだ。オレが。……こうでもしねぇと、自分を……」
 黙って、彼女の額に手を当てた。
「……どうした?」
「彼女の精神に入り込んで、落ち着かせます」
「ちょっと待て!」
 リガスの胸倉を、ケイディスが掴む。
「それがどういうことか、分かってんのか!?」
 精神への侵入。つまり、全てを観る事だ。――記憶、――経験。――想い。――全て。
 それこそ、誰にも知られたくないこともあるだろう。知られただけで、死にたくなるようなこともあるだろう。
「分かっています。じゃあ、貴方は……
 一生! 彼女を眠らせておくつもりですか?」
 弾かれたように、ケイディスが身を引く。その隙を逃さず、彼女に触れ、
「……ごめんなさい、スクーヴァル。もっと早くに気づいていれば……」
 ――沈黙。
「……どうだ?」
 ややあって、洩れた問いに、溜息をつきながら、
「……既に、ムィアイーグが処置してくれていたみたいです」
 疲れた微笑を浮べながら、言う。
「次は、ステアルラですね」
 どちらからともなく、転移した。

 ――まあ、決着はあっさりついた。もともと、キオは強い部類ではないし、ケイディスがいたのだから。
 止めに振り下ろした大剣。それは、止められた。
「……ケイディス?」
「氷王神殿に連れて行く。スクーヴァルに詫びさせねぇと……」
「そんな場合ですか? 『覚醒』は終わってるんです! 顔を合わせたら、間違いなく彼女を……!」
「オレが、させねぇ。……行くぞ」
 キオを結界に封印し、有無を言わさず、ケイディスは転移した。

「スクーヴァル……スクーヴァル……」
 揺り起こす。やがて、目を覚ました。
「……ケイディス……
 ……!」
 怯えたように、目を見開く。
「………………
 ……おにい……ちゃん……」
「どこまで知ってますか? スクーヴァル」
「……ムィアイーグに……聞いたの……全部……」
「なら、早い」
 ケイディスは、結界ごとキオを床に叩きつけ、
「……謝れ」
 その直後、殺す。
 ――それを、隠しもせずに宣告する。
「…………」
 だが――
 勝手が違うこともある。ケイディスがキオの力を封じたのとは別の系統の力なら――或いは、結界を気にせずに力を奮えただろう。
 ケイディスには及びもつかない力。しかしそれは、彼女を殺すには充分だった。
 そして、光が収束し――
 がっ!
 空中から現れた槍が、それを弾いた。
 装飾性が高く、びっしりと文字らしきものが掘り込まれた槍。それを手にしていたのは、長い銀髪に黒の双眸の男。
「……お兄ちゃん……?」
 スクーヴァルに優しい微笑を向ける、彼女の兄、ステアルラその人だった。
「……な……」
 何か言うより早く。
「ここまでだ。この野郎が」
 縫製の出鱈目な裾のズボンから伸びた足が、キオを踏み付ける。
「……光王……セシトイオ……」
「ヤローはどうでもいいけどな。可愛いコを泣かせるのは容赦しねーよ」
「……どいてくれ」
 ステアルラに言われ、渋々と言うように引き下がるセシトイオ。
「……これが、俺の意思だ」
 言い、槍を突き立てる。硝子が割れるような音。
 そしてそこは、氷王神殿ではなくなった。

 護宮に、似ている。それが第一印象。
 ただ、違ったのは、門があるということ。門だけ。
 古めかしい遺跡から門だけを切り取ってきたような……そんな感じだ。
 いたのは、ステアルラ、ケイディス、スクーヴァルの三人。
 やがて、門の奥から人影が現れる。
「……おや? セシトイオはどうしたんだい?」
「来なかったみたいだ。リガスも」
「そうかい。ま、入りな」
 露草色の髪をポニー・テールにし、丈の短い上着と大きなスリットの入ったタイトスカートという服装の彼女は、門のほうへ歩きながら、
「スクーヴァルは知らないね。冥王ティラムだよ。……もう会わないだろうけど」
 言い、門の前で立ち止まると、
「ほら、さっさと来な」
 勝手に門に入ってしまう。
 後に続いて入る。すると、門の中が現れた。
「冥宮って言ってね」
 迷路のような道を歩きながら、ティラムが言う。
「死した魂が通過していくところさ」
 すぐに、広い空間に出る。一同は、そこで止まった。
「……お兄ちゃん……なの?」
 ぽつりと、スクーヴァルが呟く。
「……ああ」
 ステアルラは、哀しげな笑顔で、
「俺はキオではない。キオに造られ捨てられた、お前の兄としての感情だ」

 ――創世神話は語る。
 ――かつて、一つの大きな存在が、二人の兄妹神に分離したと。
 ――兄は、法と裁きの神。ヴィルデシア。
 ――妹は、戦と死の神。ヴィルデジア。
 ――二神は反発し、対立し、争った。
 ――やがて戦いに終わりが訪れ――法と裁きの神が主なる神となった。
 ――敗れた戦と死の神は、邪神に落ち、追われる身となった。
 ――そう、神話は語った。

「邪神と呼ばれ、追われる身となった戦と死の神は、最後にこの地に辿り着いた。そして、自らの全てを使い、この世界――ヘグルマンタスを作った。
 自らの力を分け与えた十五神王に、この世界の守護を命じ、消え去ったと言われている。
 主なる神の立場から言えば、この世界とそれを護る十五神王は、最後に残った敵。滅ぼさねばならない存在。故に、幾度も討伐隊が送り込まれたが――戦と死の神の力を受け継いだ十五神王は、主なる神が生み出した十神王よりも強く……第一仕神か第二仕神、あるいは主なる神自らがやって来なくては倒せない存在となっていた。ところが、戦時はともかく、主なる神の下に安定した世界では、この三神が動くのはよほどのことがない限りありえない。そこで、十神王は何とか、十五神王の護りを破る方法を考えていたが――やがて、光王が一つの手段を思いついた。
 それが、『破壊の巫女(エレス)』計画。
 内容そのものは難しくない。ヘグルマンタスに光王――光王といってもこの世界の光王ではない。主なる神の側の、光王。主なる神も戦と死の神も似たような神だからな。とにかく光王の器となる巫女を侵入させ、ヘグルマンタスの中で儀式を行い、巫女に光王を憑依させ、内側からヘグルマンタスを壊す。実際は、巫女はこの世界で作ることにして儀式を行うための神官送り込まれた。そして、その神官がステアルラと呼ばれていたキオ――つまり、俺だ」
 ――知っていた。ケイディスはリガスから、スクーヴァルはムィアイーグから、同じ話を聞かされていた。
「だが、道具としてしか見做していないようでは、お前に信用されるのには無理があった。だから、俺が作られた。奴がニーバッツからの移住を決めた頃に、邪魔と判断されて棄てられたが」
 巫女を覚醒させた後に、神官の手で殺す――それが、巫女に光王を憑依させる手段。……さぞや、邪魔だっただろう。
「……ケイディス。一つ聞きたい」
 真直ぐに彼を見据え、問う。
「スクーヴァルを、どう思っている?」
「……どうって……」
 ケイディスは、頬を掻きながら、
「……今まで、人を好きになったことなんてねぇから、はっきりとは分からねぇ。
 ……でも、守りたい。何があっても。それで……一緒に居たい」
 その答えに満足したように、今度は妹の前に行く。彼女の両肩に手を置くと、
「……ケイディスを頼れ。大丈夫。俺やリガスよりも頼りになる。そして……
 きっとお前を、幸せにしてくれる」
 それだけ言うと、ティラムに向き直り。
「冥神王(めいしんおう)。特別な計らいに礼を申し上げる」
「こらこら、光王は『光王』で、あたしが『冥神王』かい?
 敬意は自分のご主人様に払いな」
「……どうでもいいんだ。もう」
「そうかい。じゃ、行くよ」
 最後に二人を振り返り、笑顔を向けると、ステアルラの姿は光の球になった。それはそのまま、ティラムの掌に納まる。
「さあ、用は済んだから帰りな。こいつはあたしが責任を持って預かるよ」
 その声を最後に、空間が繋がる。気がつくと、氷王神殿のスクーヴァルの部屋だった。
「……ス……」
「スクーヴァルちゃん!」
 リガスが何か言うより早く。
 セシトイオが、スクーヴァルに抱きついた。
「何しやがる!」
 間髪、殴り倒すケイディス。スクーヴァルはリガスが保護した。
 ……まったく、少々干渉しすぎではないか? ……まあ、良い。それだけ、今のあやつらに余裕があったということにしておこう。
 ……我も、人のことは言えぬが、な。


9 :副島王姫 :2007/10/29(月) 05:49:44 ID:oJrGY3oG


 第4章 ――ヘグルマンタス――

「……ふう」
 溜息混じりに、窓の外を見下ろす。外からは、聖祭の賑やかな声が響いてくる。
 もう一度紙に向かって、最後にサインを入れた。そして、ロッドをその上に置く。
「……もう、わたしの力は必要ありませんね。……頑張って」
 呟き、転移した。
 暫くして、いつものような騒ぎになる。

「アルシオが消えた?」
 ロスオイト。リガスの執務室にて。
 スクーヴァルとケイディスは、沈痛な面持ちのリガスから悩みの原因を聞いていた。
「……いつものことじゃない」
「神官長、泣いてるだろ」
 事も無げに言う二人。リガスは、
「……違うんです」
 そう呻く。
「神官長宛てに、後は任せるという書置きが。それに、ロッドも置いてあったようで……」
 二人は、顔を見合わせ、
「お腹すいたら戻ってくるんじゃない?」
「だな」
「…………」
 今、護王教団は『聖祭』の最中である。護王の月 前・護王の日から後・護王の日の間行われる護王教団最大のイベントで、当然、大神官であるアルシオは、祭が全て見渡せる場所で祈りを捧げていなければならないのだが……今そこでは神官長が泣きながら祈っている。
「そういえば、どうしてアルシオは大神官なの? 信心薄いのに」
「薄いんじゃありません!」
 珍しく叫び、リガスが立つ。
「……無いんです。薄いんじゃなくて」
「……そう……」
「先代の大神官の遺言だったんだぜ」
 ケイディスが、遠い昔の話をする。
「親友同士だったんだ。先代は何度も、アルシオに後を頼んだんだけどよ、断られてな。……んで、遺言に残したんだ。
 まあ、あいつも、友達裏切るのは気が引けたんだろ」
「……いつの話?」
「……五万年ほど前だったかな……。オレは時間の感覚薄いからな」
「とにかく、アルシオがどこかに居たら、連絡してください。直接護王教団に連行してもいいですから」
「はーい」
「できたらな」
 言って、二人が出て行く。その後ろ姿に微笑み、
 ――大丈夫みたいですよ……。
 胸中で、呟いた。冥王の領域に消えた、友に。
 ニーバッツ壊滅から、既に三ヶ月が過ぎていた。

「……ご迷惑をおかけしました」
 ――護宮。淡い金色の竜――尾は瑠璃色だ――が、目の前の白い竜に言う。
「やっと終わるな。結界期が。
 ……ケイディスに接触は?」
「いえ、まだです」
「急げ。クライグにも限界がある」
「ええ」
 金色の竜が消え、白い竜が残る。ややあって、
「シースぅラクっトッ!」
 全身をラヴェンダーの鱗に覆われ、練色の髪を生やした龍が現れた。長い胴で陽気に絡みつくと、
「あそぼっ! オーリスとホズティスも!」
「オーリス! ホズティス! ミオルズガリナを調子付かせるな!」
 白い竜は、逃げるように翼を広げ、飛び去る。
「待ってよぉ!」
 ラヴェンダーの龍が、後を追った。

「…………?」
 氷王神殿の自室にて。彼は、突如変わった雰囲気に気を取られた。
「…………」
「どうしたの?」
「あ、何でもねぇ……」
 キオが消えた以上、無理に氷王神殿に住む必要はないのだが。スクーヴァルは、未だにここにいた。おそらく、耐性が強いのだろう、けろりとしている。
 目の前で起きた違和感。初めてではなかった。ここ最近、何度かある。
 それは、頻度を増してきている。
 ――嫌な、予感がした。
 そして――黒い氷王神殿。
 そうとしか表現できない場所で、ムィアイーグが溜息をついた。もう一度、ケイディスに手を伸ばしながら。

 ――終わり。です。
 ふと、そんな声がした。
 見やれば、目の前に女が立っている。長いベージュの髪。赤い瞳。きっちりした印象の白い衣服に身を包み、背の高い帽子を被っている。
「……アルシオ?」
 彼は、呟いていた。彼女の本当の名でなく、知った方の名を。
 女は、少々驚きを見せたが、
「わたしが誰か、お分かりになりませんか?」
 静かに、問う。
「……ああ」
 少し思考を巡らせ、合点がいったように呼びなおした。
「……レグア、だな? 闇王レグア」
「はい。おなつかしゅうございます」
「……で、オレに何の用だ?」
 和んだ雰囲気の中、話が続く。
「……終わり。です。
 お分かりですね」
「……ああ……」
 頷き、レグアが差し出した手を取る。しかし――
 彼の頭に、栗色の髪の娘の姿が浮かんだ。
 ――スクーヴァル?
 彼女は、生きていけるだろうか。兄を亡くし、故郷の壊滅を目の当たりにして。
 リガスが居る。しかし……彼女を託されたのは……
 そこで、停まった。
 レグアの姿が、消え失せる。
 一人残った彼は、不思議そうに辺りを見ていた。

「スクーヴァルがいねぇ!」
 リガスの執務室に駆け込み、ケイディスは叫んでいた。
 手には――ラズガルズ。
 リガスは、ただ驚く。
「……氷王神殿から……いなくなったんですか?」
 頷く。
 ――有り得ないことだった。彼女は、ラズガルズなしではまともに転移できない。それを置いてどこかに行くことはない。
 加えて、ニーバッツも今はない。氷王神殿、ニーバッツ、ロスオイト。これら以外に、彼女が行きそうな場所はあるだろうか。
「……分かりました。ロスオイト中を探しましょう。
 貴方は、氷王神殿を」
 会話が終わるなり、二人は行動する。そして――
 ――護宮。そこに、声が響く。
「……まったく……予想外だった。まさか、こんなことで……」
「止めてください! だからと言って……!」
「クライグが限界に近いことは、分かっているだろう?」
 冷静な声。……それでいて、冷淡。
「止めてください! 彼女は何もしていません!」
 悲痛な声にも、冷淡な方が応じる様子はない。
「世界と一人の命。秤にかける気か?」
「それでも……彼女を死なせたくない」
「勝手にしろ。未覚醒なお前に何かできるなら、な」
「……――!!」
 一人残った彼は、ただ、嗚咽した。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 ただ、そう繰り返しながら。

「……居た!」
 物陰から、彼らは彼女を見つめた。
 ――報告が入ったのだ。赤い髪の少女を見つけたと。
 ケイディスの話で、彼女が闇王レグアであると分かっている。とすれば、十五神王からの何らかのメッセージの可能性が高い。……勿論、彼女の行方不明に十五神王が関わっているとは言い難かったが、この際可能性は何にでも縋りたかった。
 スクーヴァルが消息を絶って四ヵ月。あれから、十五神王はまったく姿を見せていなかった。ケイディスが感じていた違和感も、消えた。そして、ラズガルズ。元々彼女にしか扱えないものだったのか、何をしても反応しない。
「…………」
 こちらを知ってか知らずか、転移する。
「追うぞ!」
 二人が追って転移した先――黒い、氷王神殿。
 そこに、雪より白い髪の男と、意識のないスクーヴァルが居た。

「スクーヴァル!!」
「……来たか」
 相変わらず事務的な口調で、シスラクトが言う。
 ケイディスと、リガスを順に見て。
「一人予定に無いのがいるが……まあいい。見ていろ」
 スクーヴァルを高く持ち上げ、放る。瞬間、誰かが後ろからケイディスを抑えた。
「……ごめんよ。こうするしかないんだ」
 ――ティラム。このような再開をしようとは。
 ケイディスが、何か言うより早く。
 シスラクトが、光弾を放った。それは、いとも簡単に――
「スクーヴァル!!」
 宙を舞う彼女の、胸を貫いた。

「スクーヴァル? スクーヴァル!!」
 ティラムの手を振り解き、彼は、血にまみれた彼女の身体を抱いていた。
「スクーヴァルッ!!」
「……ケイ……ディ……ス……?」
「スクーヴァル!」
 リガスは、近寄り、見下ろす。
 ――顔を、背けたかった。明白だ。
 無言で、ケイディスに何かを押し付ける。
 ――耳飾だ。ただし、婚礼用の。
 普通のピアスやイヤリングと違うのは、それが一度つけたら一生外れないということ。女性の婚姻の証。生涯を象徴するもの。
 彼女の髪と目を映した様な、セピアの石。
「――……!」
 意味を悟り、ケイディスは、彼女にそれをつけた。
 彼女の血にまみれた手で。震える手で。
「……あい……し……て…… ……
 ……ケ…… ……  ……ス……
 …………――――」
 彼女の、彼の顔に向けていた手が、落ちる。
 慌てて掴むが、既に。力は無かった。
「……………………――!!
 ――スクーヴァルーーー!!」
 叫びが、響く。
 ただ、響く。
 真っ黒な氷王神殿。その冷気に苛まれながら、リガスはシスラクトを睨みつけた。
 そうすることしか、できなかった。
 やがて――気づく。
 叫び声が、すすり泣きに変わっていることに、
 振り返れば、そこには、一人しか居なかった。
 末端が瑠璃色のプラチナブロンドの髪。血に染まった、淡い青のローブとマント。涙を流し続ける、マラカイトの双眸。
 セピアの石が使われた、血にまみれた耳飾を握り締め、泣いていた。
「……氷王……ムィアイーグ……」
 記憶を頼りに、彼はそう呟いた。


 エピローグ ―― winter,again ――

 白い、風景が広がる。
 十度目の冬。ただ、その事実を噛み締める。
 あの日――彼は一人、氷王神殿――黒から白へと戻った氷王神殿から開放された。
 そして――冬の訪れを知る。溶岩は大地となり、結界は消滅した。とめどなく冷えた世界は、やがて春の暖かさに包まれ――季節は巡った。
 氷王神殿は、どこにもない。本当に存在していたのか――
 結界期が終わり、広がった大地。それが、今彼が居る場所だった。ただ、雪のみが見える。
 ――ケイディス。貴方は――氷王の化身だったのですか?
 誰も聞かぬ問いを、胸中で続ける。
 ――貴方は、貴方に迎えが来損なったと言った。それは、彼女が居たから……
 ――貴方を存在させた、彼女が邪魔だったのですか?
 応える者は、居る筈もない。
 ただ、雪が――白く、埋め尽くしていた。


「…………」
 我は、黙って見下ろしていた。
 無性な、やるせなさを抱いて。
 ――分かっている。シスラクトがああしなければ、クライグの力が本当に暴走していた。それは分かる。――と、
「貴様……何者だ?」
 この声……神威……まあ、わざわざ確認するまでもない。
「ゆっくりと、こちらを向け」
「十年ぶりだな。シスラクトよ」
 無論、冗談である。我がこのシスラクトと出会うのは、これが初めてだ。……というか、見つけられるとは思わなかったのだが。油断した。
「……! スクーヴァル!?」
「違うであろう。色が蒼い。
 汝ほどの者がそれ程動揺するとは……さては、良心でも傷めていたか?」
「貴様、何者だ?」
「教えて欲しいか?」
「言わねば、殺す」
「できるなら、な」
 シスラクトが、動いた。無数の光弾が生まれ、迫ってくる。
 我は、避けない。避ける必要もない。
 全て、消滅させた。
「……な……!」
「本気で来るが良い。中途半端で死にたくなければ、だが」
 シスラクトが吼え、力を解放する。それが収束する寸前――
「駄目ですよ。スクーバル」
 ……げ。来た。
 空間が歪み、そこから末端が瑠璃色のプラチナブロンドの男が現れる。
「さあ、戻りましょう」
「……分かった」
 言い、我は踵を反す。
「……待て!」
「待てぬ」
 追い縋るシスラクトを少し振り返り、言った。
「分かるであろう? こやつを怒らせるとどうなるか。それは避けたい」
 我が抜けるまで背後を見ていたムィアイーグが、ふと、我の前に出てくる。
「……スクーバル……」
 穏やかな、しかし非難がましい目。
「大丈夫だ。接触したのはあれが初めてだ」
「そういう問題ではないでしょう」
 また、長い説教が始まった。
 ムィアイーグの言葉を聞き流しながら、我はもう一度、ヘグルマンタスに注意を向けた。
 ただ、正常なようだ。
 ――それならば、それでいいか。
「スクーバル、聞いていらっしゃいませんね」
「聞いておるよ」
「なら、最後に私がなんと申し上げたか、仰ってください」
 我は、無言で進んだ。
 後ろに、ムィアイーグの説教を聞き流しながら。
 ――そういうものだ。世界とは。個人など見返りもせず、延々と流転する。

 これより遥か先――父上がこの地を訪れる時。それが、全ての終わり。全ての始まり。
 ヴィルデシアとヴィルデジア。それが――全ての、源だった。


 ―― Fin ――


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甘辛流小説家ギルドGAIA
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