バンパイヤっ子とケーキ屋 3


1 :仔空 :2008/07/13(日) 16:19:00 ID:m3knVcPn











 そのとき。















 そのとき彼らは微笑み。
 そのとき彼らの手のひらは合わさった。
 その一瞬の出来事。
 その一瞬の空気の変化。気の迷い。時間の流れ。
 すべてに始まりはあり、終りがある。
 彼らの微笑みは、始まりだったのだろうか。























 それとも、終りを告げていたのであろうか――――――――。


2 :仔空 :2008/07/14(月) 21:12:47 ID:m3knVkWH


T−1

 痛い………。体中が。何で?
――――おい、死んでいるのか??――――
――――いや、生きていると思います……。――――。
 死んでいる………?誰が。まあ、生きているに越したことは無いだろう。
――――それにしても………珍しい服、着ているね………。――――
――――よせ、血まみれじゃねぇか。――――
 血まみれ……?………………もしかして、俺のことか……?
――――じゃあ、この額についている紙切れはなんでしょう?――――
――――知らねぇよ。……妙な文字だな………。異国……の文字、か……?――――
 一体、この周りにはどれくらいの人がいるんだろう………。さっきから、聞こえてくる人の声からすると、2,3人は居るみたいだが……。
 俺は、うっすらと目を開けてみることにした。
「おおっ。やっぱり、生きている!!」
 そう言っているのは、茶髪で蒼眼の青年。
「あの。大丈夫ですか??………すごい怪我ですけど。」
 そう言うのは、プラチナ色の髪に薄い緑色の瞳をした俺と同じぐらいの年をした男の子だった。
「それにしても……君の、その額についている紙切れ、なに??」
 そう言っていたのは、金髪で紫眼の若い男性。………ちなみに黒縁眼鏡男子だ。
「えっと………。」
 とりあえず、額についていると言う紙切れをとることにした。
 御札だった。
「あ、はは………。」
 俺は、3人に笑ってみせ、御札を細かく切り裂いた。
 まるで、0点のテストを見られたかのように。

 3人は不思議そうな表情を見せたが、その顔はどれも整っていて………。
 つまりは、3人とも、結構なイケメンだったりするのだ。
「とりあえず、俺たちの知り合いの医者に連れて行こう!」
 金髪の男性(だぶん、この人がこの中で一番の年長だと思う)が俺の腕を取りながら、言った。
「ああ、ルアのところへ行くしか無いな。」
 茶髪の青年はニコリと笑うと俺の背中を軽く叩いた。
「ルア………?」
 俺が聞き返すと、今度はプラチナ色の髪の少年が俺に説明してくれる。
「この街でたった1人の医者の娘です。名前はルア・スティウィア………偽名ですけど。」
「偽名なの!?」
「おお、ナイス突っ込みだな。」
 茶髪の青年が笑った。
「本名は分からないんだ。ただ、ルアっていう名前だけは彼女の本当の名前らしい。」
「え?だって、お父さんは居るんでしょ?」
「養子なんです。」
「養子?」
「そう。実の親子じゃない。」
「へぇ。」
 立ち上がってみると、茶髪の青年が一番背の高いことに気がついた。次に金髪の男性。その次に一応俺。一番小さいのは、俺と同い年ぐらいの男の子だった。160センチメートル………いや、150センチメートルあるかも怪しい。俺も人のことを言えるほど身長に自信は無いのだから、あまり声を大きくしては言えないのだが。
 俺は、痛む体を何とか足で支えた。とりあえず、そのルアさん(?)のところへ行くのが一番のようだ。


3 :仔空 :2008/07/18(金) 19:37:24 ID:o3teQitk


T−2

「そういえば、君、名前は?」
 金髪の男性が俺に聞いた。
「名前は自分から――――ッ。」
 口にしてから、自分の口をあわてて抑える。初対面の人(それも恩人)にそんな失礼なこと、言っちゃいけない。
「ん?何か言いました?」
「い、いや。何も。俺の名前は――――。」
 さて、どうしよう。俺の名前は杉村 葵だ。だけど、どう聞いても……ここら辺では姓を後につけるらしいが……スギムラってどうだろ?
「何だ?名乗れないのか?」

「い、いや!!名乗りますッ。俺の名前は………杉村 葵です!」

 あー。どうしよう。思わず普通に名乗っちゃったよ。このままじゃ、杉村っていう名前だよー。
「え、えっと………!!アオイ・スギムラって言います!!」
「直したとしても、ちょっと変。」
 グサッときた。
「元から、変わった名前だからな。」
 グッサグサ。
「はは。訂正しても………って感じですね。」
 一番哀れな始末じゃないか。しかも、笑っているし!!
「とりあえず、スギムラ君。偽名作っておこう!」
 妙にハイテンションだな……というより、貴方の名前は?
「スギムラ……スギムラ………どうする?」
 あ、本当に考えてくれている………。
「もう、スギムラでよくないですか?」
 一番やる気無いな!!一番若いだろ!?君!!
 悩んでいる3人(後1人はやる気が感じられない)を見て、俺は言った。
「スギムラでいいですよ。それが、俺の名前ですから。」
「そう?」
「そうか?」
「そうですよね?」
 もしかして、飽きちゃったのかな?!
「はい。俺は、ここでも杉村 葵で生きていきますから。」
「そうだね。やっぱり、そのほうがいいかも。」
「会ってまだそんなに時間がたっていないのに、なんだか懐かしい感じすら思うな。」
「不思議ですね。それにしても…………。」

 「やっぱり、順番は変だ!!」

 ………じゃあ、それは直しておこう。


4 :仔空 :2008/07/22(火) 16:59:24 ID:nmz3m4P4


T−3

「まあ、アオイ君って呼ぶから、いいけど。あ、そうそう。俺の名前は、ユオウ・フェルミシア。」
 みんな、ユオって呼んでいるけどね。というのは、金髪の男性。年は19歳らしい。
「俺の名前は、トウヤ・ディフィルイアだ。自由に呼んでくれ。俺はアオイと呼ぶ。」
 トウヤと名乗るのは、茶髪の青年。年は17歳と教えてくれた。
「俺も、アオイって呼ばせてもらいます。年は、14歳です。」
 14歳で敬語を話すとは、素晴らしい少年じゃないか。
「で、名前は?」
「え、えっと…………。」
 俺が聞きかえすと、彼は言葉を濁した。
「ほら、早く言えばいいのに。」
 ユオさんがニヤニヤしながら、プラチナ髪の少年をつつく。
「ほら、アオイが待ってる。」
 トウヤさんも同じように、ニヤニヤしている。
「どうかした?」
 何も知らない俺は、彼に詰め寄った。
「………ッ。ァィ…………。」
 小さい声で言うから、よく聞こえなかった。
「ゴメン、聞こえないんだけど……。」
 そして、俺の後に続くようにユオさんとトウヤさんも口を開く。
「そうそう。聞こえなぁ。」
「ちゃんと、いい発音で言ってあげろよ?」
 変わらず2人はニヤニヤしている。
「はぁ………。わかりましたよ。」
 両手を挙げた後、彼は顔を少し赤らめ、早口に言った。
「アイリ・プリシェリーヌ。2度は言いませんよ。」
 可愛い名前だな、とは決して口には出しちゃいけない。俺は、それを瞬時に悟った。
「ああ、よろしく。ユオさん、トウヤさん、それとアイリさん。」
「はは。さん、付けなんてやめない?それに、敬語も嫌だなー。」
「え、だって…………。」
 俺は、アイリさんを指差す。(人を指差してはいけないというが、人差し指という言葉を思い出してほしい。)
「これは、癖です。あと、さん、付けされると本当に女の子みたいになるので、やめてください。」
 確かに、それは切実な願いだろう。
「それに。さっきも言っただろ?なんだか、懐かしい感じもするって。」
「きっと俺たちは、はじめまして、じゃ無いんだよ。」
「なんだか、アオイとはいろいろと仲良くできそうです。」

 友達が増えるっていうことは、こんなにうれしいことだったんだ、と俺はそのとき気づいた。
 何のことも無い日常を過ごしていた俺には、友達も普通にいた。とりあえず、クラス全員と仲良くして、特に親友なんて要らないと思っていた。
 でも、この3人とは違う。
 今までと違う仲が俺の周りに出来たみたいだった。
 それをなんとなく、自然な感じに受け止められたことも、なんだかうれしく思えたりした。


5 :仔空 :2008/07/23(水) 22:51:15 ID:nmz3m4P4


T−4

 ところで、いまさらだが…………。
「ここって一体どこなんだ………?」
 俺の言葉に3人は振り向いた。
「ああ、手遅れだったか………。」
「俺は、生きている!!」
 手遅れとか、縁起でもないでしょう!?
「クソっ。俺たちが遅かったばかりに…………。」
「だから、生きているから!!」
 本気で悲しむなぁ!!
「とりあえず、治療所に急ぎましょう。」
「1人だけまともに答えているみたいだけど、小声で無理かも……とか言うのは、やめてくれ!!」
 アイリは正論でありながらもとんでもないことを言ったりする。と2人は言っていたけれど、それは本当だ。地味に痛い。

「ここが、治療所。………ルアあ、お客さんだよー。」
「お客じゃなくて、患者。」
「医者呼んでくれー。コイツちょっと頭おかしいからー。」
「そんな大声で言うのは、やめてください。」
「とりあえず、俺とその愉快な仲間たちが来ましたー。」
「患者も愉快な仲間に入れるのは、やめてください。まったくもって、愉快じゃないぞ。」
 とりあえず、1人ずつに適切であろうコメントを与えておく。
「おい、誰だ?人様の家の前で暇なコントをやっているのは。迷惑だ。」
 木で出来たドアの向こうから出てきたのは、この世のものとは思えないほどの美少女だったが、俺はそんなことよりも、強く思ったことがあった。
「れ、い……………?」
「は?」
 その美少女はレイ=アイチュラにそっくり――――いや、瓜二つだったのである。
 俺の言葉に目の前の4人は自らの目を見開いた。
「ちょ、レイってレイ=アイチュラ?」
「そうだけどって、何でトウヤが知っているの?」
「トウヤだけじゃない。俺たちみんな、レイ様のことは知っているよ。」
「レイ……様………?」
 おぉ、ここで「様」が付きましたか。
「えっと、レイって………そんな、偉いの?」
「あまり、呼び捨てにしないほうがいいと思います。」
 アイリが俺に指摘した。
「偉いも何も…………この国の姫さ。」
「へぇ、姫…………。
…………はい!?姫だって!?」
「何で、アオイは姫様を知っているの?」
「何で、って………そのぉ………。」
 俺は言葉を濁した。
「えっと、つまりはぁ友達?まあ、顔なじみだったわけだ。」
「へぇ。そうだったんだ。」
「そうそう。」
「んなわけあるか。」
  ユオが納得したのに対し、トウヤが冷たく言い放った。
「そうです。ここを知らないはずのアオイが姫を知っているわけがありません。それに姫は、お城から一歩も外へ出るわけには行きませんから。」
「え…………?」
 レイが、城から一歩も出ていない………だって?じゃあ、俺と会っていたレイは……誰だ?
「それに、姫は城に居る人間以外の人間及び国の民と接触することはない。」
「だから、俺たちは姫の顔、知らないんだよねー。」
「あの、………ルアに似ているんですか?」
 おい、嘘だろ………本当にレイって国のお姫様なわけ?え、何?俺って、一国の姫と付き合ってたってこと………?
 う、何でだろう………いろんなことが一度におきすぎて………頭、クラクラする…………。


6 :仔空 :2008/07/26(土) 10:45:34 ID:mmVcoGkk


T−5

「大丈夫か?スギムラくん。」
 目を覚ますと、そこには絶世の美少女がいるわけで。
「は、はいっ。」
 なぜだろう、レイにそっくりなその人に俺は敬語を使っていたりする。
「なんだ。敬語など使って。気味が悪い。」
 その人は膨れっ面をし、俺はその表情もレイにそっくりだと思っていたり。
「あと、じろじろ見るのはやめてくれないか。」
「あ、ごめん。」
 その言葉でやっと、自分が彼女から視線を放していないことに気がついた。
 それと、自分が白いシーツのひかれたベッドの上にいることにも。
「あたしの名前はルア・スティウィアだ。ユオ達から聞いたと思うけど、これは偽名だからな。」
 この人はレイより髪が短い。黒髪が肩につくかつかないかのところでカットされていて、レイが持っていた藍色の瞳を、この人は持っていない。ルビーのような赤色だ。
 口調も違うし。それと………。

 ……………あの、何か怒っておられますか………?

「俺、何かしたかな?」
「何のことだ。」
「だって、怒っているだろ?」
「怒ってなんか、いないぞ。」
 このままだとこの話題を延々としていそうなので、俺は話題を変えることにする。
「えっと、ユオとトウヤ、それとアイリは?」
「帰った。」
 なんというか……無表情だなぁ………。
「そう。………えっと、俺、どうすればいいのかな?」
「寝るなり、なんなりしているといい。」
「あ、はい。」
 あー、会話終わったー。どうするよ?これから。
「じゃあ、あたしは下にいるからな。何かあったら、呼んでくれ。」
 ここは2階?と聞く前に彼女は俺の前から姿を消した。
「あ、あの………。」
 手を伸ばすと、見慣れない服を着ていることに気づく。
 ここへ来る前、俺の住んでいる町というか、国でも見慣れている普通のパジャマだった。そういえば、ここって西洋風な町並みだったよな………。石畳で舗装してあったし。そんな都会じゃないのかも知れない。名前だって、日本人の名前じゃないよな………。イギリスとか?ヨーロッパ系かも。うん。そんな感じだ。じゃあ、なんだろう。

 俺は、どうやってここへ来たんだろう。

 よくよく考えてみれば、おかしなことはたくさんある。
 ひとつ、俺がいたところは日本の田舎町の森だ。確か………鬼と闘って、それでそのまま………気を失った。
 それと、俺はレイという女の子と付き合っていたわけだが、なぜだかここではそのレイ(推定)が姫だという。じゃあ、俺と一緒にいたレイは誰なんだ?
「ああ!!もうッ。わかんねーッ!!」
 俺はイライラと混乱が自分の中にあるのに不安を感じたのか、大声で叫んだ。

「いったい、何時だと思っているんだ!?」
 階下まで聞こえたのか、すぐにルアさんが飛んできた。
「あ、ごめん……って、今何時?」
「そうか。ずっと寝ていたからな。現在、午前1時。真夜中だ。」
「あー。俺、だいぶ寝てた?」
「うん。面白いことに、笑いながら。」
 笑いながら、ってどんなのよ?
「本当に、スギムラくんは面白い。

――――レイは本当に、いい人に出会ったのだな。」

「え…………?」
 今、レイって言わなかったか?この人。
「あたしはレイ=アイチュラを知っている。
 この国で数少ない者だけが知る、彼女の秘密も、だ。

たとえば――――――彼女が、バンパイヤってこととか、な。」

「――――ッ。」
 俺は息をのんだ。
 そして、また何か疑問を頭に浮かべられたような気分になった。


7 :仔空 :2008/07/29(火) 18:20:21 ID:ommLumLc


U−1

「葵……。」
 うちは、窓の向こうから、月を眺めた。
 この月と同じでないにしても、葵のいる場所にも、月が出ているはずや。
「元気にしとるかな………?」
 そうやって、真夜中に窓の向こうを眺めて――はたから見れば、ボーッとしている人のように見えるであろう――うちは、愛しい人のことを想っていた。

「レイ様?」

 だから、いきなりドアをノックされて、名前を呼ばれたときは驚いた。
「どうぞ。」
 そんなことを微塵も感じさせないように、うちは言った。
「失礼します。」
 大きな扉の向こうから部屋に入ってきたのは、国の指定のグレーの軍服に身を包んだ若い護衛兵だった。
「どうかしましたか?」
 うちは、彼の手に抱かれている真っ赤な薔薇の花束を見ながらいった。
 護衛兵はうちに向かって敬礼をすると、興奮気味に言った。
「姫様へ隣国の皇子であるチェオーク様から薔薇の花束が届きましたので、お届けにまいりました!」
 元気がいいことで。
 うちは、護衛兵と薔薇の花束を交互に見た後、言った。
「じゃあ、その花を城にある花瓶に生けておいてください。それと、お礼の手紙を書いておいてください。」
 それだけ言うと、また窓の向こうに見える、月を眺める。
「し、しかし…………。」
 若い護衛兵は迷ったようだった。きっと、純情な彼にとってうちの手紙を代わり書くことは偽造罪に当たるとでも思ったのだろう。……この国にそんな法律はないのだけれど。
「では、花を生けておくだけでいいです。お礼の手紙は考えておきます。」
「はッ!了解承知いたしました!!」
 言葉の使い方間違ってへんか?
 護衛兵を見送った後、それと入れ違いに、うちの部屋に入ってきたもう一人の人物に話しかける。
「兵の言語指導、どうなっているのかしら?」
 その人物は、さっきの護衛兵と同じグレーの軍服に身を包み、胸に司令官の印をつけている。
「さあ。どうでしょう?忠実に姫にしたがっていると思いますが?」
 少しごまかしたように話すのが彼の癖だ。
「それより、あちらの世界が恋しいのですか?」
「さあ……?でも、いいえといえば、それはウソになるわ。」
 彼のまねをしようとごまかしてみるが、どうにもうまくいかない。
「そうですか。…………あちらの世界ではなく、あちらの世界にいる――恋人が恋しいのでは?」
 昔から、この人は人の心を読むのが上手だ。
「どうしてわたしに恋人がいたということをあなたが知っているのかしら?」
「いた――過去形、ですか。」
「質問に答えて。」

「杉村 葵。」

「――――ッ。」
 その言葉に――名前にうちは、言葉を失った。
 聞きたくなかった。その人の名前を。
 誰よりも愛した、その人の名前を。
 とても大切な――――今でも大切な、うちだけの――――。
 うちの思い出の中だけの――――人。


8 :仔空 :2008/08/08(金) 16:15:26 ID:nmz3m4PL


U−2

「はくしゅーッ。」
 俺のクシャミにルアさんは目を見開いた。
「なにか。」
「………変なクシャミだ。」
 返す言葉が見つからなかったので、俺はルアさんを無表情で見た。
「そんなことより………。」
 変と言われたことを、そんなことで片付けられた。
「スギムラくんのポケット?にこれが入っていた。」
「俺の……?」
「そう。あの来ていた服。一応洗っておいたけれど……とれるだろうか?」
 血、ね。
「取れなくてもいいんだ。他にもああいうの、持っているから。」
「趣味?」
「まさか。」
 俺はルアさんの手から出されたものを見た。
「……て、チョコ!?」
 うぅ……。匂わないはずなのに、甘い匂いがする……。
 それも、ハート型だ。まさか、兄貴がつくったんじゃ……!?
 俺は背中に悪寒を感じた。
 身震いする俺をまたまた冷たい目で見ながら、ルアさんは言った。
「その、チョコって何だ?」
 驚きの真実だ。まさか、チョコレートを知らずに今まで生活してきたとは。
「えっと、チョコレートって言って………まあ、お菓子だよ。」
 俺は簡単に説明した。
「お菓子……?」
「そう。洋菓子。」
「ヨウガシ?……なんだ、これには、あんことか入っているのか?」
「あんこは……入っていないな……。」
 俺は苦笑した。チョコとあんこの組み合わせ……。はは…。
「じゃあ、初めて見た。これって何でできているんだ?」
「ああ、豆だよ。」
「豆!?」
「カカオって言うんだ。……食べてみる?」
 俺は正直、口にしたくないから。
「食べれるのか?」
「うん。食べれるよ。甘いと思う。」
 俺は金色のアルミ箔をはがし、チョコレートをルアさんに見せた。
「焦げているようにしか見えないのだが……?」
「いいや。これがこのお菓子の色だよ。」
「……うそだ。お菓子がこんな色をしているはずがないじゃないか!!」
「え、じゃあ、ルアさんが知っているお菓子って何色なの?」
 彼女は少しの間、顎に手を持っていき考えていたようだが、思い出したように口から言葉を発した。
「鮮やかな色。透き通るようなお菓子もあるし、やさしい色使いのお菓子もある。そして、やわらかい。甘い。」
 和菓子のことだろうか。
「この国では、そのお菓子のことをなんて言うんだ?」
「フェアリ。」
 フェアリ………。
「そのフェアリってお菓子、今見れるかな?」
「今は無理だ。うちには無い。」
「お店に売っているとか?」
「まあ、そんなところだな。」
 俺たちは相変わらず淡々とした会話をつづけているのだが、ついに俺は本題に入ることにした。
「それで、さ。ずっと聞きたかったんだけど………。ここって、どこなの?」
 気味悪がられるかと思ったが、チョコを加えたルアさんの口から出てきた言葉はそんなもんじゃなかった。

「やっと聞いてくれたか。」
 予想外です。
「もしかして、待っていたのか?俺が君に聞くことを。」
「ああ。スギムラくんが疑問をそのままにしている人間だとは思えなかったからな。」
 どうやら、この人もレイと同じぐらいすごい人みたいだ。
「あ、そういえば、ルアさんって人間なのか……?」
「さあ、どうだろう?」
「レイとの関係は……?顔が似ているから、姉妹とかなのか?」
「まあ。そうかもしれないな。」
 さっきから、ルアさんはごまかしたような話し方をする。
「何か、隠しているだろ。俺に。」
「どうして?」
「レイとのこと、聞かれたくなかったのか?何か……嫌なこととかあったとか……。だとしたら、ごめん。俺、何も考えずに色々聞いちゃったから……。」
 俺は両手を合わせた向こう側にいる彼女の表情を見ようと、ゆっくりと目を開けた。
 彼女は笑っていた。
「スギムラくんは、誰にでもそう接しているのか?レイがヤキモチを焼いてしまうぞ?」
 そのあとも、クスクスと笑っていた。
「…………。」
 黙りこくってしまった俺を眼尻に涙を浮かべてみるルアさんは、しばらく1人で笑っていた。
「…ははッ、すまない………ッ。ひ、ひとつ、ずつ、説明する……。」
 自分で落ち着かせてくれたので、俺は仕事が減ったわけだが、ここからは真剣に聞かなければならない。
「まず、あたしとレイの関係だが……。」
 押し黙ったルアさんの言葉に真剣に耳を傾ける。その時に自然と顔を近づけてしまうのは、なぜだろう?
「ただの、双子の姉妹だ。」
 あっさりー。……って、双子の姉妹??
「姉妹なの!?」
「ああ、そうだ。」
「…っじゃあ、ルアさんも姫って!?こ、ここ、こと!!」
「落ちつけ。」
「だ、だだだだ、だって!!」
「だから、落ちつけと言っているだろう。」
 あまりにも呆れているルアさんの表情で俺はとりあえず、冷静になってみる。
 彼女は口を開くと言った。
「あたしの名前は、ルア・スティオーツ=アイチュラ。……元、王族の者だ。」
「元……?」
「ああ。

 レイが地球で葵と出会ったのと同じ。あたしも、かつて、地球に行ったことがあるんだ。」

「地球……。」
「その時、あたしは犯してしまった。レイとは違い浅はかな、考えしかなかった、あたしは…………簡単にこの世界を裏切ったんだ。」
「裏切っ――――た。」
 彼女はなんの迷いもないような表情を俺に見せた。
 凛とした声とともに。
 自分の気持ちと世界への旅立ちを語りながら――――――。


9 :仔空 :2008/08/16(土) 21:25:15 ID:o3teQitJ


U―3

 この国の名はフェルミシエル王国。初代国王の名がフェルミシエルだったところから取っているらしい。首都の名はルシーレ。ここはその首都から少し離れたくらいにあるこの国で2番目に大きな都市。名はレオーツ。でも、街とは離れているから。どちらかといえば首都よりなんだ。ここは。
 当時14歳になったばかりのあたしは、レイとともに異世界へ旅立った。レイは日本を選んだが、あたしはそれとは違う国を選んだ。そこは、日本よりも小さい、海に囲まれた島国だったが、人々は毎日の生活を十分楽しんでいた。
 そこの生活があまりにも楽しくて、あたしにとっては何よりの、しあわせだった。
 勉強も、友情も。何もかも。そして、自由。それこそが、あたしの何よりの財産になった。だが、時間は刻々と迫ってきていたのだ。

「それを、知っていて、何でルアさんは………。」
「忘れてしまっていたんだ。自分の誕生日を。」
 あたしは、スギムラくんの言葉を遮り、言った。

「………。」
 あたしは、彼に微笑みを向けたが、彼の表情は無いままだった。
「だから、あたしはこの国を裏切ったことになった。国だけじゃないな。この世界のすべてを。」
「それで……、どうなったんだ…?」
 彼は一言ずつ、言葉を選ぶように、あたしに聞いた。
「それで、世界もあたしを裏切った。それだけだ。」
「それだけって………。」

「あたしの存在は、この世界から消えた。」

 彼は、目を見開いた。あたしは相変わらず微笑んでいたのだけれど、彼はあたしの表情など見ていなかったのかもしれない。
 それでも彼は、`あたしを‘見ていてくれていた……。
 そんな気がした。


10 :仔空 :2008/08/26(火) 22:19:55 ID:m3knVkWJ


U―4

 世界が、ルアさんを裏切った………。
 その言葉が俺の頭から、離れない。
「ただ、存在を消されただけだよ。」
 彼女は平気な顔をしていたが、俺はそれどころじゃなかった。
「そ、存在を消されたって……。どうして、ルアさんはそんなに平気な表情をしていられるんだ?」
「慣れたから、かな。」
「………。」
「慣れたんだよ。あたしは、ルア・スティウィアとして生きているし、その存在は消えることはない。それに……。」
 俺は、彼女の言葉を黙って聞いていた。
「今は、この国にいても自由、だからな。」
 
 そう言って彼女はまた笑った。

「そんなに……自由が、ほしい……?」
「ああ。自由は気持ちがいいし。縛られることもないからな。あたしにとって、王族というのは、狭い囲いのようなものだったから。」
「じゃあ、その囲いの中に……今、レイはいるってこと……だよな?」
「……そうなる。しかし、それはレイが決めたことだ。レイは……自由よりも、自分の運命を選んだ。」
「………そんなの……運命、じゃない………。」
 俺は、運命という言葉を簡単に口にした。
 本当は、できないはずなのに。口になんて、してはいけないのに。
「運命は………レイを……苦しめたりなんか、しない……。」
 もしかして、俺。泣いているのか?
「………だって、ルアさんは……その運命をっ……、自分で変えた、はずだっ……。それは……ルアさんだけのことじゃない。レイだってっ、できる。きっと。」
「だけど、レイは変えなかった。運命を。……未来を。」
「………。」
 なんで。俺、今……最低なこと、考えている。



 レイは、俺よりこの世界を選んだ。…………なんて。



「お城への道筋を教えよう。ここからは近い。この家へ来たときと反対の道を歩いて行けば、20分もしないうちにつく。………行くか、どうかはスギムラくんが決ればいい。」
 ルアさんは、俺をやさしく見てくれた。
「怪我は、もう大丈夫かな?」

「………ああ。」
 俺は、ルアさんが用意してくれたシャツに腕を通し、新しいきれいな服――お城へ行くのにふさわしいであろう服装をした。

「行ってきます。」
「今夜は雨が降るかもしれないぞ?」
 明日にしたら、どうだ?というルアさんの言葉を背中で受け、俺はドアノブに手をかけた。
「思い立ったが吉日。……忘れる前に行動したいんだ。」
「そうか。………気をつけて、行ってきなさい。」

 扉を開く音が夜の空気に触れた。


11 :仔空 :2008/08/31(日) 00:06:11 ID:PmQHQ4VA


U―5

 あなたを忘れない。
 きっとどこへ行っても。どこへ消えても。
 あなたを心のどこかで待っている自分がいるから。
 心の中の自分が消えない限り。
 あなたを忘れることはない。
 たとえ狂ってしまっても、あなたの名前を呼び続ける。
 呼び続けたい。あなたの、その名を。
 そして、聞きたい。
 一瞬だけの、あなたのその声を。

 このうたを聞くと、いつも自分と照らし合わせてしまう。そして、自分はそこまでして彼を求めたいと思っていないことに気づいてしまう。
 苦しめたくないから。縛りたくないから。
 それが、想うという気持ちだと思っていたから。だけど………。
 我慢って、必要なのかな。それが、本当に君へ表せる気持ちなのかな。
 苦しい時も、悲しい時も。うれしい時も、幸せな時も。
 いつも君はうちの近くにいてくれた。悩んでいた時も、迷った時も。やさしくそばで支えてくれた。
 うちは、想っているよ。今でも。離れてしまって、もう会うことはないであろう君のことを。
 うちは………葵と出会えたことが、うちの運命やって、信じている。
 ふと窓に目を向けると、雨が降っていた。うちの心の中のように。真っ暗な闇の中で静かに降っているそれを見ると、余計に彼に会いたいと思ってしまった。だから、うちはカーテンを閉める。
 葵。叫びたいよ。君の名前を。
 だけど、君はここにいない。だから、うちは、君の声を聞くことはできない。………これからは、1人で頑張らなくちゃいけないんだ。
 だから、見守っていて。こんな雨の日でも、ずっとうちのことを………。
 
ずっと、………たとえ、うちが変えなかった運命のせいで、君のことを忘れてしまっても…………。


12 :仔空 :2008/09/06(土) 18:53:03 ID:o3teQisA


V−1

 俺は走った。
 ルアさんの言ったとおり、シャワーのように降ってきた雨の中を。
「くそっ。」
 視界が悪い。
 せっかく、ルアさんが用意してくれた服も雨でぐっしょり濡れている。
「レイ………。」
 それでも大切な人のことを思うと、いてもたってもいられなくなった。

‘お城についたら、まず一番高い塔を探す。すると、ベランダが見える。その奥が、レイの部屋だ。’

 ルアさんの言葉を何度も頭の中で繰り返す。そして、たどりついた先に目の前に見えたのは、黒くて大きな門だった。
「大きいなー……。」
 まずは、この門を通りこさなければならないということだろうか……?
 俺は、鬼退治の修行のおかげでまあ、常人よりは少し高いくらいの身体能力を持っている。木から木へ飛び移ることや、崖を登ることなど、いろいろやらされてきたわけ。………この門だって、きっと乗り越えられるはずだ。
 レイに会うためには、ここを越えなくては。
 俺は、近くに背の高い木を見つけると、30メートルほど離れ、助走をつけるようにその木に向かって走る。

 タッタッタ………。

 跳んで、木に飛び移る!!そして、そのまま勢いに乗って、門へとんだ。
 着地!!
 少しぐらついたが、なんとかバランスを保ち、一息ついた。そして、とりあえずまわりに警備員(?)がいないか確認。この雨じゃ、視界も悪くて大変だろうなー。なんて、今はいないほうがいいんだけれど。
 ………1番高い塔、高い塔………。
 あった。暗闇の中でそびえ立つ、その塔のベランダを探す。
 視界が悪くて、よく確認できないが……どうやら運が悪いらしく、そのあたりに手頃な木などのはしごはなかった。
「さて……。」
 ここから(現在地は門)ベランダまでは結構距離がある。どうやってあそこまでいくか………。
 孫悟空みたく、金の雲を出すことはできないし。アラジンみたく、魔法の絨毯に乗ることもできない。泣いたらタケコプターを出してくれる真っ青なネコ型ロボットはここにはいない。……そして、こんな状況でも冗談が言える自分が怖い。

 さて、どうしようか。

 地上からそのベランダまで、結構な高さがある。地道に、レンガに足をかけて上ったとしても、この雨じゃあ、いつ滑り落ちてこの世とバイバイになるかわからない。
 ああ、一瞬だけでいいから、空を飛ぶ力があったら……などと、現実離れした考えしか頭にない、俺。
 とりあえず、門から身を落とす。雨を含んだ芝がグショリと嫌な音を出した。
 まだやまない雨が体にあたり、痛い。それでも、俺はレイの元へ行こうとしている。そのために、今。俺は塔のまわりをうろうろしているのだが。
「つかまれそうなところなんて……ないよ、なあ……。」
 と思っていたところに。
 階段?があった。
 ただ、石が並んでいるだけの不格好な階段。でも、これを上って行けば、確実にレイの部屋のベランダへといける。
 運が良かった、ってことだろうか。それとも………。

 レイがどこかで祈っていたのかも知れない、なんて、その時俺は考えていたりした。


13 :仔空 :2008/09/15(月) 14:19:57 ID:nmz3m4Pk


V−2

 たどりついたそこは、真っ暗な闇だった。カーテンを閉めているにしても、向こう側の明かりが一切感じられない。
「レイ………。」
 そっと窓に手をかけた。
 カタリ、と小さな音がした。



「誰か……いるの……?」
 うちは、窓の外から聞こえた音に反応した。
 まさか……幽霊!?
 ん、なわけないか………。
 怖くなったので、部屋の明かりをつけた。薄いカーテンを通して外と部屋の中との光の違いがはっきりとした。そして、うっすらとわかる誰かの気配。
 誰か……いる……。
 恐怖が全身を駆け巡る。だ、だだ、だ、大丈夫や、て。うん。大ジョブ。だって、うちはバンパイヤやで!?そ、そそ、そんなん言うたら、らら、ゆ、ゆゆ、ゆ、幽霊か、かて、お、おるわ。うん。

 って。おったら余計に怖いし!!

 がくがくに震える膝を根性で静止させ、うちは、そっとカーテンに手をかけた。



 サーっとカーテンが視界から消えた。すると、妙に青ざめた顔のレイに会った。
 そして、彼女は驚いた表情を見せると、次にその藍色の瞳に涙をため始めた。
俺が手をかけているところにレイがそっと自分の手を添えた。
 温かさは伝わってこなかった。冷たさも。それは窓のせいなのか、俺もレイも同じ体温だからなのかはわからない。
 ただ、俺達は少しだけ微笑みあった。
「レイ…。」



 葵…。うちが葵と同じところに手をおいても、葵の手の温かさは伝わらなかった。窓のせい?それとも、葵がうちと同じ冷たい手をしているから?
 葵の口元で白い息が窓にあたり、そして、ゆっくりと消えた。
 ああ、うちの名前を呼んでくれたんやね。
 聞こえなくてもわかるよ。
ずっとうちが叫ぶようにあなたの名前を呼び続けたら。
 一瞬だけの声が聞けた。それだけで……。
 それだけで、うちは……嬉しい。



 レイの瞳から頬へ涙が流れた。
 でも、ずっと泣いていたんだってわかる。
 だって、涙の痕が残っていたから。今、涙を流す前からついていた痕。
 レイ…。こんなに離れたのは初めてじゃないか?そして、初めて気づいた。俺の中で、レイはとっても大切な存在だってこと。
 だから、この扉を………あけて……。



 この薄い扉をあけて、葵に会うことができたら……。
 うちはどうなってしまうのかな。自分でもわからない。もしかしたら……その場で動けなくなってしまうかも知れない。
 それでもいい。葵。会いたかった……。



 扉を開けたレイが俺に抱きつくのと、俺がレイを抱きしめるのは、ほぼ同時だった。


14 :仔空 :2008/09/27(土) 20:39:49 ID:nmz3m4Pc

V−3

 葵の髪から、着ている服から水が垂れて、床に円を作っていく。うちの服にも葵の冷たいそれがしみこんでいく。
「葵……会いたかったよ…ぉ…。」
「うん……。」
「うち、ず、ずっと…葵の、こと……。」
「うん……。」
「葵のこと、想ってて……でも、葵は…あっちの世界におるって……。」
「ああ、…ん?世界?」
「せやで。ここは、葵のおった世界とは違う、異世界や。」
「異、世界………?」
 葵は目を見開いた。まさか、ここがどこかって知らんと?
「異世界って、その…じゃあ、ここは地球じゃないわけ?」
「せやで。」
 しばらくして、葵はようやく何かに気づいたようやった。
「ああ。でも、レイがこの国の御姫様だということのほうが驚いたかも。」
 葵は笑顔で答えた。
「…………な、何を……だ、誰から聞いた…ん…。」
「レイの姉妹。」
「………ッ!?」
 葵は笑顔のまま。うちは…驚きを隠せないで、ただ立ちすくんでいた。



「レイの姉妹。」
 葵の言葉が頭から離れない。
 今、うちらは向かい合うようにテーブルについている。うちは、葵にお茶を淹れた。外は雨で、その中を進んできた葵は、ずいぶん冷えているようだったから。
「部屋の温度は一定に保たれてる。せやから、そんな寒いってことはないと思うけど。…どうしてもって言うなら、お風呂を貸すで。」
「レイ。」
「あ、それと。長旅やったし、疲れてるからベッドの方がええかな。」
「レイ。」
「あ、えっと、それともうちにする?」
 なんて、ふざけた笑顔で葵に聞いてみた。葵が真剣な表情をしている。
 まあ、声でなんとなくわかってはいたけれど。
「…葵が何を真剣に聞きたいのか…うちにはわからない。…だって、…だって。」
 だって、うちには…。
「うちには、葵に秘密にしていること、たくさん、ある、から……。」
 ごめん。葵。
「だから、葵が…何を…。」
 葵はいきなりテーブルに乗り出すと、うつむいていたうちを抱きしめた。
「そんな顔を見るために異世界まで来たんじゃない。」 
 離れて見える、少し不機嫌そうな葵の顔。
「俺はたぶん……。レイを笑顔にさせに来たんだ、と思う。…もし、そうじゃなくても、俺はレイの笑顔が見たい。そんな…そんな泣きそうな顔、俺の知っているレイの表情じゃない。俺が一番きれいだと思うレイじゃない。」
「葵…。」
「レイに秘密があったとしても、それを俺に言ってなかったとしても、そんなの……今の俺には関係ないよ。秘密は教えないから、秘密なんだろ。俺は…そんな無理にレイが秘密にしようと守っているものを壊したくない。レイの笑顔を壊したくない。」
「……。」
「レイが窓の扉を開いてくれたとき、すごく嬉しかった。レイに近づく最後の壁だったから。あけてくれなかったら、どうしようかと思ったよ。」
「どうしようと思った?」
「あー、泣いてすがったかも。」
「はは。それ、ちょっと見たいかも。」
 うちは笑った。
 
 うん…。この世界に来て、初めて。


15 :仔空 :2008/10/18(土) 15:47:36 ID:m3knVkxF


V−4

 俺はレイに話した。気がついたら、この世界に来ていたこと。ユオ達に助けられた時のこと。ルアさんのこと……。
「そっかー。ルアに会うたんや。」
「レイは…ルアさんのこと忘れてない、のか。」
「当たり前や。うちにとっては、たった1人の大切な妹やもん。」
 そうか。やっぱり双子なだけにお互いを大切に思っているわけだ。
「妹思いの……いや、…えっと、レイがお姉ちゃん?」
「せや?」
「……うそ。」
「何で、嘘つかなあかんのや。」
 いや、雰囲気的にルアさんの方が大人びて見えた…なんて、レイに言ったら。俺は元の世界に戻れなくなると思う。
「まあ、ルアの方がちょーっと大人びてるからなー。」
 自覚あるのかよ。
「うちの大切な妹。この世界はルアの存在を消したけど、うちは絶対ルアのことは忘れへん。うちの自慢の妹、かわいいやろ?」
「まあ。みた感じはレイにそっくり。」
 少し顔を赤くしたレイに笑顔を返した。…って、俺なんて恥ずかしいこと言ってんだ。たとえ、それが本当だとしても……!!
 そして、テーブルの上にいたままなのを思い出す。
 行儀悪いなー。いそいそとイスに戻る俺。格好わるい。
「じゃあ、今。葵はルアのところにおるんやな?」
「まあ。そうなると思うけど…。」
「なら安心や。…葵。今まで隠しててごめん。うちは、レイ・スキャルテリー=アイチュラ。この国の王位第一継承者です。一応。」
 一応って。何!?
「こんな厄介なことに葵を巻き込みたくなくてずっと隠していたけど。余計に葵に迷惑かけてしまって…ごめん。それで…最後に1つだけ伝えたいことがあるねん。」
 最後って、別れるみたいじゃないか。

「葵。…うちのこと…覚えていて。ずっと、ずっと。うちは…葵のこと、大好きや。ずっと。いつまでも……きっと…。」
 レイは一瞬さみしそうな顔をした。
 俺の背中を押すと、彼女はベランダへ俺を向かわせた。
「運命を……恨んだりせえへん、よ……。だから…ずっと、葵のことを想わせて……。」
 俺が後ろを振り向くと、レイは笑顔で手を振っていた。俺も手を振り返す。











 これが最後。

 これがレイと俺との最後の約束。
 レイが俺を覚えているという最後の証拠。

 あの時、その言葉をもう少しでも深く考えていたら。
 もう少しでも、意味深だと感ずいていたら。

…俺たちの運命は違う方へと歩んでいたのだろうか……。


16 :仔空 :2008/11/01(土) 15:26:02 ID:xmoJmHmm


V−5

 この世界にも太陽はあって、それはもう結構高い位置にいたりする。
 いや、朝帰りってわけじゃないだろ。うん。って、誰に詫びるんだ、俺は。
 ドアをノックし、帰ってきたことを伝える。
 すると、勢いよくドアはあき、中から人が俺を出迎えてくれた。

「おかえりー!!あおいくん☆」

 俺は勢いよくドアを閉めた。
 いや。そう、見ていないさ。うん。幻覚だー。そう!雨に打たれて風邪ひいたかな?
 おお。幻聴も聞こえる。…ドアの向こうで「痛いー。」と。
 あー、なかなかできない体験ができたー。ははは。

 本当。現実って厳しい……。

「ったくー。葵はいつからそんな乱暴な子になっちゃったの。お兄ちゃんはそんな子に育てた覚えはありません!!」
「あんたに育てられた覚えはありません。」
「うぅ…。ルアちゃんー。弟が兄をいじめているよー?家庭内精神的暴力だー!!」
「え、あ。はは。」
 ルアさんに矛先が向いたので、とりあえず俺はこの忌々しい‘兄貴’を観察することにする。
「あー。でも、本当にレイちゃんに似ているよねー。え?双子?あ、やっぱりー。俺もそうじゃないかと思っていたんだよねー。ははは!」
「はあ。」
「そういえばさ、葵どう?迷惑かけていない?大丈夫?まったく、お世話になったおうちにお礼も言わないで外出ていっちゃってさー。その上、のこのこ帰ってきたかと思えば朝帰りだよー?ちょっとは殴って目え覚まさせてあげてよ☆」
「はあ。」
 どうやら、もうそろそろこのよく回る口を止めさせないといけないようだ…。
「で、何しにきたの?あんた。」
「あんたって。お兄ちゃんに向かってあんたとはなんだー!!」
「じゃあ、兄貴でいいからさ。答えてよ。」
「じゃあって……。しかも兄貴なんて…え。乱暴で野蛮な子になっちゃったなー、葵―。」
 イライラで強く握られている右拳を左手で抑える。
「もう、お兄ちゃんなんて呼んでくれないのかー。さみしいなー。」
「俺は一度だって、そういう風に呼んだことはない。」
「あはは。仲がいいんだな。」
「どこが!?」
「そうなんだよー。よくわかっているね☆ルアちゃん♪」
 気持ち悪!!
「ルアさああああん!?なんで、こんなやつを家に入れちゃったのおおお!」
「こんな、やつって…あおいくーん。」
「いや、外で死んでいたから。」
「え、死、死んで…た…?」
「いやー、気を失っちゃってーぇ。そこを、ルアちゃんが助けてくれたんだよねー!!」
 のんきな兄貴だ。
「死んでない、よ。それは。」
「いや、でも、死にかけていた。…能力の使いすぎだ。」
「能力の?」
 俺が首をかしげると、兄貴は得意げに言った。

「だってー、葵をこの世界に送り出したのは、いいけどさー。心配じゃん?俺のかわいー一人弟が。こんな見知らぬ世界でー。一人なんてー。」

 一人弟とは言わない……じゃなくて。
「兄貴が俺をこの世界に!?」
「そだよ☆」
 兄貴はルアさんに出されたであろうお茶を一度口にすると、俺に言った。
「だって、そうしなかったら葵。俺の胸倉つかんで、レイはー!?って駄々こねるじゃん。」
「……駄々、は……こねない!!」
「くはっ。」
 ルアさんが噴き出したときに、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。
 きれいなピンポーンだった。

「誰。そいつ。」

 ドアを開けてすぐに、不機嫌な声がした。
「あ、またお客さんが増えてるよ?」
「まさか、また人を拾ったなんて、言いませんよね?ルア?」
 あの3人だった。
「誰ってのには、答えてあげようかと思ったけど、そいつって言われたやつには教える筋合いないね。」
「……っ。」
「じゃあ、俺には教えてくれるんだー。誰?あんた。」
 お。ユオが不機嫌だ。
「俺のこと、あんたって言っていいのは、この世に存在しない。ここにいる実の弟でも、俺のことをお兄ちゃんって呼ぶんだぜ?」
 俺の肩と首に腕をまわし、俺と自分をくっつける。
「だから、俺は………。」

「お兄ちゃん!?」

 俺の言葉は3人の声でかき消された。…どういう意味で、その言葉を言ったんだろう…。


17 :仔空 :2008/11/08(土) 21:20:33 ID:PmQHQ4V7


W−1

 どうやらそれは、俺が兄貴をお兄ちゃんと呼ぶことについて、驚いているらしかった。
「俺は、呼んでないから。」
 そんな言葉も俺の独り言になってしまう。
「だ〜か〜ら!誰なんだ?お前。」
 トウヤが険悪な形相で兄貴に問う。
「貴様にお前呼ばわりされる筋合いはない!!」
「へー、今いっちゃったね?貴様っだと!?」
 相手を馬鹿にしたような笑みをトウヤに向ける兄貴とそれを表から受け取ったトウヤ。
 俺は、この兄貴の人を馬鹿にした笑みが昔から一番嫌いだ。
「あの、すみません。…2人とも。落ちついてください。俺の名前はアイリ・プリシェリーヌって言います。あなたの名前を教えてくれますか。」
 アイリって、すごいんだ。あの、兄貴に向かっても敬語を使うなんて。それに、あれほど嫌がっていた名前を自ら名乗るなんて。
「…っ、なんて、いい子だ〜〜〜〜!」
 兄貴は感動したらしく、泣きながらアイリに抱きつく。
「うっ。く、苦しい……。」
 かわいそうなアイリの言葉も聞かず、兄貴は続ける。
「それに、なんてかわいい名前!!君みたいな妹が欲しかったよー。」
 何かが切れた音がした。
 …ユオとトウヤもヤバいって顔をしている。…俺も、やばいと思う。
 苦しさからなのか、腹が立っているからなのか。
 アイリが赤い顔で小刻みに震えている。
「一度だけ言います。俺の名前は女の子でも、そうそうない女の子らしい名前です。……ですが、俺は、自分を、一度、だって、女、だと、思った、ことは、あり、ま、せん!!」
 ドゴッといった。おもに兄貴の左頬から。
「以後、俺のことをそういったときは今以上のことになるということを、忘れないでください。」
 …こんな冷たいアイリの目は、初めて見た。
 俺は、昨日会ったばかりなのだが。
「な、殴られ……!?」
 呆然としている兄貴をその場に放っておいて、俺はトウヤ達に兄貴を説明する。
「ここにいるのは、俺の実の兄貴で、杉村 鋼。まあ、ここ風に言うなら、コウ・スギムラだけど。年は20すぎ。放浪としていて、どこにいるのかわからないような敵等な男。以上。」
「アオイの……。」
「お兄さん、なんだ。」
「まあ、見ればわかるような気もしますけれど。」
「くくっ。似ているからな……!」
 ちなみに言えば、なぜルアさんがまだ笑っているのかは、俺にはわからない。
「何が面白いんだ?ルアさん。」
「いやっ、その…っ。スギムラくんに兄上がいたとは、思わなくてな…っくく。まさか、お兄ちゃん、だ、なんて……!!」
「そんな、呼び方していないっていっただろ!?」
「それにしても、アイリを怒らすとは、恐ろしい男だぜ。」
「俺も、こんな葵よりも小さい男の子に殴られるとは思っていなかったよ。」
「まだ、完全じゃないからな。」
 ルアさんが笑いをやめていった。
「完全……って?」
「い、いや。その……怪我が…ぁはは。」
 ごまかすように兄貴は言った。




「お、そうだ。ルア。姫が倒れた。」




 それは、いきなりすぎた。

 兄貴がごまかして笑っていた時に、トウヤが思い出したように言ったのだ。
「姫…が…?」
「まあ、お城でももう対処していると思うし、一応、ルアに言っておいた方がいいかなーって、思ったんだよねー。」
「姫の血液型は、B型ですよ。輸血、用意しておいてください。だそうです。」
「れ、レイが…。レイが、倒れ、倒れ、た……?」
「葵くーん?」
「れ、レイ…が。」
「葵、落ちつけ。」
「ど、どどど?どうすれば、いい?ルアさん!?俺、何かできるかな?!」
「おい、落ちつくんだ、アオイ。」
「どうしたのさ、アオイ?」
「パニックに陥っているようですね。何か、あったんですか?」
 みんなの声なんか聞こえなかった。

「俺、お城に行ってくる。」

「何言っているんですか。城には、そう簡単には入れませんよ?」
「そうだ。厳重な警護、罠。何しろ、今は姫が倒れたって言うんだから、いつもよりは神経めぐらせてるだろうな。」
「それに、なんでアオイがお城に行かなくちゃいけないの?」

 みんなの声なんか、聞こえていなかった。
 俺は、勢いよくドアから外へ出て、お城への道をまた駆けていた。
 自己新記録並の速さで。


18 :仔空 :2008/11/22(土) 15:24:09 ID:xmoJmHmm


W−2

 まったく。葵は。
「はあ。わが弟ながら呆れてものも言えないなあ。」
 俺は、覚めてしまったお茶をもう一度口にした。
「本当に、あんたとアオイは兄弟なのか?似ていなさすぎる。」
 茶髪の男が俺に言った。
「そうだよ。年はちょっと離れているけどね。間にもう一人女の子がいるんだ。」
「それにしても、アオイが血相変えて飛び出すなんて…。何かあったとしか思えません。…ルア?何か知っているんじゃありませんか?」
 さっき自己紹介してくれた…確か、アイリって言ったっけ。
「それに、お兄さん。確かコウさんでしたか。あなたも何か知っているんじゃありませんか?」
 この子、賢いのかな。
「いいや。何も。俺はさっきここに来たばかりだからなあ。」
 言ってみて、これを言ってよかったのか迷った。
 でも、もう…取り消しは聞かないんだー…。
「さっきって、じゃあ、全然ここのこと知らないんだ。」
 金髪の男が俺に言った。ちなみに、黒ぶち眼鏡。
「ああ。まあね。ところで、もうそろそろ君たちの名前、知りたいんだけど。ダメかな?」
 俺はさっきと違う接し方で彼らに聞いた。
「ああ。なんだ。さっきとずいぶん違うじゃねえか。」
 口悪いなー、この茶髪。
「一応、大人なんでね?」
 もう一度、笑ってみた。
「そーですか。俺の名前トウヤ・ディフィルイア。年は…17。」
「ずいぶん、大人っぽいんだね。あー、背が高いせい?…あ、でも俺の方が3センチは高いかなー。でも、育ち盛りだもん。これからだよ。」
「ずいぶんと、まわる口だな?」
 彼はそういいながらも…眉間にしわを寄せながらも笑った。
 大人っぽさは、どうやら、身長のおかげだけではないようだ。
「えっと、俺はユオウ・フェルミシア。年は19歳。よろしくー。」
 金髪黒ぶち眼鏡クンが言った。
「そのメガネって、本物?伊達?」
「本物だよ。俺、こう見えて視力0.2も無いんだ。」
 こう見えてって、どう見えて?
「そう。それで、君たち3人は仲がいいのかな?年、そんなに近くないみたいだけど。」
「家が近いんです。」
「それだけ?」
「はい。」
「それで、ルアちゃんとは?」
「俺たちがルアと出会ったんだ。ルアが来て、初めて、な。」
「そうそう。俺たちってなんか、そういう力?あるんだよね!」
「そんな、嬉しい力でもないですけれどね…。」
 そうか。葵を拾ったのも、この人たちだったんだ。
「そういうの、わかるんだ?場所とか、決まっているのかな?」
「いいえ。勘です。それか、会う前の日に3人の中の誰か、もしく3人みんなが、夢を視るんです。」
 正夢ってこと、かな。
「でも、あんたの時は誰もわからなかった。」
「そういえば、何でだろう?」
「何か、違う……?」
「まあ、そこは深く考えない方がいい。いずれわかるさ。」
 俺はそう言うと、もう一度、冷めたお茶を口にした。


19 :仔空 :2008/12/03(水) 21:55:26 ID:mmVcoGkL


W−3

「……それで、姫の容態は……?」
「……大丈夫です。軽い貧血のようなものでしたから……。」
「……そうですか。では、マリイア。姫のそばに必要なものを……。」
「………はい………。」
 ベランダの窓の向こうから、そんな声が聞こえた。
 貧血、かあ……。

 部屋の中が静かになった。

 カタリと窓に手をかければ、それはゆっくりと動いた。
「え……?」

 部屋の中は静かで、大きなベッドにレイがいるのがわかった。

「すぅ……すぅ……。」
 規則正しい寝息だけが聞こえた。

 ベッドを見ると、横には輸血の点滴があって、その赤い管はレイにつながっていた。

 ゆっくりと、俺は、レイの、頬に触れた。

 冷たかった。

「……レイ……。」

 返事があるとは思っていなかったが、それでも目を開けないレイを見て、俺は……どうしていいのか、わからなかったのかも知れない。

 なぜだか、わからないけれど。そうしなければこのままレイが目を覚まさないんじゃないかって思って……。



 俺はレイに口付けて。冷たいレイの唇に俺の体温が伝わったのがわかった。



 そっと、レイから離れようとした。

 だけど、レイの、その瞳が、藍色の瞳が俺を見ていた。

 ゆっくりと開かれたレイの瞳が俺を見ていた。
「レイ………。」

 ガバッ

「なっ、レイ!?」
 首に腕を、って、すごい力!!?

 レイの腕から、血液の管が外れる。
 床には丸い赤がポタポタと模様を作られている。

「ん…っ、ん、ん〜〜〜〜!?」

 チクリと下唇に刺激が走った。
 レイ?何を……?それより。今、俺の首に力をかけて動けなくしている上に仕舞いには俺に馬乗りになっているのは本当に、俺の知っているレイ……?
 レイ=アイチュラ………?

 息が、苦しい……。
 でも、それより、なんだか意識が……。
 頭に酸素がいきわたっていないような感覚……。
 これ、前にも……。
 俺、確かこの後…………。

 そうして、俺は貧血によって意識を手放すという人生2度目の体験をした。


20 :仔空 :2008/12/16(火) 23:25:15 ID:o3teQitL

W−4

 暑い………。
 意識を取り戻したとき、俺は見知らぬ浴室へ足を運んでいた。

 白い湯気が視界を悪くする。頬から汗が滴り落ちるというのは、こういうことを言うんだーなんて、のんきなことを言っている場合じゃない!!
「どこだよ、ここ?」
 独り言にしかならないさみしい一言。
 とりあえず、出口を探す。

 後ろを振り向けばあった。
 だが、目の前にあったのは出口だけではなかった。

 湿気に耐えている、一枚の紙。

「脱出禁止」

 脱出って…ここ、どこなんだろう……。



「姫?気分はどうですか?」
 今日もグレーの軍服に身を包んだシェルはわたしにそう言いました。
「ええ。気分は良くなったわ。」
 遠くを見つめるように、わたしはベランダに近づきます。
 だけども、神経はさっきから浴室にずっと向けられているのです。



 それにしても……。
 さっきのレイは本当に俺の知っているレイだったのか……?

 藍色の瞳は冷たくて、俺を俺として見ていないようだった。

 俺を、杉村 葵として見ていないようだった。

 俺を……ただ、自分が生きるために必要な道具であるかのように……観ているだけのようだった………。



「点滴はどうしました?」
「マリイアが。」
「そうですか。………ところで、姫。」
 気づいた……でしょうか………。
「浴室から人の気配がするのですが。」
 さすが、軍人といえばそうなのですが。けれども……。
「そう?」
 今は気付かせてはいけません。
「はい。誰か、客人でも呼んでいるのですか?」
「え?ええ。まあ。」
 あいまいに濁してしまいました。
「そうですか。……変ですね。姫の客人は知らされていないのですが。」
 やっぱり、この人は何か探っていたのですね。
「わたしにも、個人的な秘め事があってもいいのでは?女の子にそういうことは、マナー違反じゃないかしら?」
「そうですか。それは、失礼しました。しかし……。」
 彼は、ドアに向かって歩き、ドアノブに手をかけたところで浴室をもう一度見ました。
「姫に危険が及ぶようでしたら、俺は全力で姫を守ります。」
 彼は、視線を前へ戻し、ドアノブをまわしました。
「…たとえそれが、姫の秘め事であっても。」
 彼は一礼すると、部屋をでていきました。



「…さて…。」
 わたしは、浴室のドアを見ました。

「彼の目は、もう覚めたかしら?」


21 :仔空 :2008/12/19(金) 21:55:40 ID:xmoJmHmH


W−5

 ガチャリと音がして、目の前の扉が開かれた。
 視界が悪かったのが一気に良くなる。
「おはよう……と言うのは、きれいごとすぎますね。」
 目の前にいるレイは、俺に`敬語‘を使った。
「すみません。いきなりで驚いたでしょう?わたしの名前はレイ・スキャルテリー=アイチュラといいます。あなたの名前は?」
 知っているレイの名前。この国での名前。
「俺、の……名前は……。」
 言えなかった。どうしていいかわからなくて。
 レイの中で、俺は……。




 全然知らない人になっていたんだ。




「えっと……アオイって言います。」
「姓は?」
「セイ?ああ、それは……その……。」
 俺が言葉を濁していると、彼女は言った。
「おっしゃりたくないのなら、聞きません。わたしのことはご自由にお呼びください。あの…アオイさんとお呼びしてもよろしいですか……?」
「え、ああ。はい。」
 生返事しかできなかった。
 呼び捨てにしては、いけないような気がした。だから俺はこういった。
「あの、俺、もう…これで、失礼、します……。」
 敬語を使って。さよならを言って。

 俺は、ベランダに出た。
 あたりはもう夕暮れに近くて、暗闇が空の5分の3は占めていた。

「あの……っ!」

 背中を向けたほうから、レイの声がした。
「……。」
「あの、また…っ…来てくださいますか?…今日のお礼と…お詫びを……したい、ので。」
 少し顔を赤くして、レイは言った。
「……、機会があれば。」
 俺はそれだけ言って、レイの前から消えた。
 後から思えば、少し冷たかったかも知れない、と思った。だけど、その時の俺にはそんな余裕はなくて。レイが、俺を全然知らない人のように接して、……王族のように、それに誇りを持っているように、口を開いて。
 ……ただ、それだけを拒むかのように俺は外へ出た……。


22 :仔空 :2008/12/21(日) 18:59:14 ID:m3knVkWk

X−1

「ずっとあーなんだ。兄上、どうにかしてくれないか。」
「兄上っていうか、お兄ちゃんって呼んでくれると嬉しいーって言うかぁ…。」
 遠くでそんな声がする。
 でも、いいや。無視しよう。
「ではお兄ちゃん。スギムラくんが帰ってきてからあの調子だ。お兄ちゃんの力ではどうにかならないのか?」
「んー、いいね〜。お兄ちゃん。いい響き♪葵は、もちろん。琴ちゃんだって、俺のことお兄ちゃんなんて呼んでくれないんだー。葵は兄貴だし、琴ちゃんなんか、鋼だよ?呼び捨てだよ?ねえ、どう思うルアちゃん。」
「お兄ちゃん、それは話が少しずれているようだが…。」
 もう、突っ込みとか、どうでもいい。
「なあ兄貴。」
 帰ってきてからただいま以外の言葉を初めて口にした。
「ん?なーに♪」
「どうやったら、元へ帰れるの?日本に。」

「え?」

 2人の声が重なった。
「元へって、葵。それは…日本に帰っちゃうの?レイちゃんは?どうした、喧嘩でもしたの??」
 喧嘩ならまだましだ。
「まさか…スギムラくん。レイは……。」
 ルアさんが何かに思いついたように言った。







「そう。俺のこと、知らないみたいなんだ。レイは。」







「……。」

 2人は黙ってしまった。
 俺も黙ったから部屋には沈黙が流れた。

「思い出せないということはない。」
 唐突にルアさんが言葉を紡いだ。
「何かの拍子に思い出すかもしれないし、自然と生活の中から記憶を取り戻すこともある。だけれど、時間の問題だ。レイはもう少しで16歳になる。この国の成人は17歳だ。1年間の間で、レイがスギムラくんのことを思い出せるか…その保障は残念だが、ない。」
「どうして、その1年間しかないの?」
 兄貴がルアさんに聞いた。
「また新たな旅に出るか、結婚するからだ。」
「け、けっこ、こん??」
 にわとりか、俺は。
「どちらにしろ、レイは前の世界の記憶を消される。その地で学んだことを忘れなかったとしても、人間関係、自分の人格はすべて消される。」
「誰が、消すんだ……?」
「国だよ。この国はそんなことを平気でする。あたしの存在を消すのもそれと同じ。自分を消すか、自分が消されるか。どちらかだ。」
「おかしいんだな。」
「ねえ。それってルアちゃんとレイちゃんのお父さん、お母さんがするわけ?」
 兄貴の声が少し低くなった。
「両親かはわからない。目が覚めたら忘れてるか消されているんだ。国という世界か、もしくは神様がかってにやっていて、それをあたしたちはただ見ているだけなのかもしれない。」
「そんな話…聞いたことない。」
「だけど、今までそうだった。……だから、あたしたちは運命を信じる。」
「運命……。」
「だが、あたしたちには運命を変える権利がある。あたしは運命を変えた。レイは変えなかったが、まだ時間はある。」
 少しの沈黙の後、兄貴が口を開いた。

「………今思ったんだけど。葵。簡単なことだ。」

兄貴は持っていたティーカップをテーブルに置いて言った。
「もう一度、レイちゃんを振り向かせればいいんだよ。」
「さすが、お兄ちゃん。」
 ルアさんがすかさず相槌を打つ。
「そんなこと……できるのか??」
「できるさ。できないって思って始めるより、できるって思って始めたほうが確率が高い。」
「がんばれ、スギムラくん。あたしはレイのためにもスギムラくんにがんばってほしい。」
 ルアさんがそう言ったあと、兄貴は立ち上がった。
「さてと。葵がやるべきことが決まったみたいだし、俺はそろそろ戻らせてもらおうかな。」
 兄貴はニコリと笑うとルアさんに言った。
「そそっかしい弟ですが、これからもよろしく。お茶、おいしかったよ。」
そう言うと、兄貴はドアの向こうへ消えた。


23 :仔空 :2008/12/27(土) 23:49:53 ID:m3knV4Q3

X−2

「なんだかんだ言って、スギムラくんのお兄ちゃんはいい人だな。」
「そうか………も。」
「そそっかしいと言ってもお兄ちゃんも変わらないな。」
 ルアさんが優しく笑った。
「ルアさん。」
 俺が彼女に向き直ると、彼女は口を開いた。
「ルア、でいい。これからは家族だ。ここは君の家でもある。さあ、仕事を探そうか。ただで住めるほど、ここは裕福じゃないから。」
 彼女は立ち上がると、コートを羽織った。
「出かけるぞ。」



「で、お城で何をするんだ…?」
「ここでは、この国のすべてがわかるはずだ。スギムラくんの仕事を探す。」
「はーい。」
「……スギムラくんの特技は?」
 ルアの問に一瞬だけ言葉を選ぶ。
 だけど、答えは変わらなかった。

「お菓子作り。」

 俺は声を低くして答えた。
「お菓子……?」
「そ。」
「もしかして、この前見せてくれた、チョコ?だったか。のことか?」
「まあね。あれよりすごいものも作れたりするけど?」
 ちょっとレベルを上げてみた。
「本当か!?」
 目をきらきらさせて聞くルア。
「あ、ああ。まあ。」
 大丈夫だ。この世界の人たちが見ているのは俺たちの世界でいう和菓子。ケーキは食べたことも見たこともないはずだ。
「これはいける。」
 ぐっと拳を握った彼女を見て、俺は自分の言葉をもう一度頭の中で繰り返した。

 ………うん。大丈夫なはずだ。

「えっと、料理長をお願いします。」

 お城にも受付ってあるんだ……。

「はい。わかりました。」
 人工的な声で答えた受付嬢はボタンを押した。
 10分後。俺達の右手の方から誰かが来た。
 というより、ぶっ飛んできた。

「はーい、料理長だけどー!君らが自分をよんだのー!?」

 なんか、すんごいチャラく見える人が来た。その人が着地?したところは砂埃が待っていて、俺とルアは少しむせた。
「あ、はい。ルア・スティウィアといいます。こちらの彼が就職先を探しているので、料理長に話を聞いていただきたくて……。」
「んー?まあ、そんなに硬くならなくていいからさー。とりあえず、厨房来る?」
「はい!」
 俺じゃなくて、ルアが大きく返事をした。

「料理長!えっと、そちらのかわいい子が?」
 厨房に入ってすぐ、彼に声をかけた男がいた。
 俺とあまり年も変わらないような、小男。髪は赤くて、目は黒い。
「残念。トーマ。こっちのイケメンだ。」
「メンズー?」
 メンズー?って。俺は洋服じゃないから。
「こっちは、トーマ・シュリーマン。年は15歳で若いけど、うちの料理、前菜担当のリーダーだ。」
「どーもー。トーマです♪」
 トーマは、ルアの方にというより!俺に背を向けて自己紹介した。
「えっと、ルア・スティウィアで、す。」
「ルアちゃん!?かわいい名前だねー♪」
 苦笑いをしているルアと満開の笑顔のトーマ。
「えっと、あのー。」
 とりあえず、控え目に声をかけた。
「ぁ゙ん?」
 うわー、すごく睨まれた。
「なんだ、お前。いたのか。」
 居て悪かったな!!こいつ、嫌いだ。
「おいー、トーマ。新入りかも?はこっちの男の子だっていっただろー?」
「へーい。でも、料理長!前菜には入れないでね?」
 顔が引きつる……。
「まあいい。君は何が得意なんだ?」
「お菓子…デザート?作りです。」
「お菓子……?」
「っぷ……!」
「……笑ったな?」
 俺はトーマを見た。
「っ!だって、お前見たいな若い男に…お菓子だなんて!フェアリはそう簡単には作れねえよ!!」
「俺が作るのはフェアリじゃない。」
 俺は静かに言った。
「……?」
「今から、見せてやるよ。俺の作る、とっておきのデザートを。」
 料理長に材料を借りさせてもらい、この世界で初めての、ケーキ作りの始まりだ!


24 :仔空 :2008/12/29(月) 22:40:30 ID:nmz3m4Pm

X−3

 シャカシャカ……。
「……っ。」
 シャカシャカシャカ……。
「す、ごい……。」
 シャカシャカ……。
「これが……人間の技……。」
 3人の驚きの声が耳に届く。

 今、俺の作っているのは、簡単な苺のショートケーキ。だけど、この世界の人はケーキすら見たことがないはずだ。生地も焼いてあるし、あとは生クリームと苺をデコレーションするだけ。
「きれい……。」
 ルアの口から言葉が漏れた。
「これ……食えるの?」
「甘い匂いがする……。」
「食えるよ?これは生地にも苺が入っているし、間にもはさんであるから、特別苺をふんだんに使ってあるんだ。……どうぞ。」
 ケーキを切り分け、それぞれの皿にのせる。
「……うまい。」
「おいしい…!」
「こんなの初めてだ……。」
 俺はこのとき、ここでもケーキは使えると確信した。

「料理長―?なんか、甘い匂いがするんだけど。何。またフェアリ作って、失敗した?」
 透き通るような女性の声がした。
「ミッシェル!ちょうどいいところへ来たー!!今、珍しいお菓子を食べていたところなんだー!」
 料理長は大声で叫ぶと、女性に手まねきをした。
「お菓子?あれ。見覚えのないものだね。誰が作ったの?」
 ミッシェルさんは、俺達4人の顔を順番に見た。
「彼だよ。」
 料理長が静かに言った。
「俺達の新しい、仲間。」

 そうして、俺はお城で料理人――厳密には、菓子職人――として働くことになった。

「俺はこの城の料理長。年は27歳。独身。」
 決まった。とでもいいたそうな彼は料理長。なぜか本名は教えてくれない。
「独身かどうかはいいとして……。あたし、一応ここで副料理長やってます。ミシェル・エレナ―テ。気がるにミッシェルって呼んでね?」
 ミッシェルさんは気さくな人で緑色のストレートな髪と同じ色の瞳をもった美人だ。
「そんで、俺がトーマ・シュリーマン。年は15。」
 相変わらず嫌な言い方をするこいつは俺と同い年らしい。
「これでまたレパートリーが増えたなー。やった。」
 ガッツポーズをする料理長に俺は聞く。
「今まで、デザート作る人っていなかったんですか?」
 すると、みんな黙ってしまった。
 俺、何か聞いちゃいけないことを聞いたか……!?
「なんか、料理に合わない気がして……。」
 ミッシェルさんがポツリといった。
「それに、姫もフェアリは苦手みたいなんだよな。」
「だから今まではフルーツジュースとかそういう簡単な割とあっさりした物しか扱えなかった。……だけど、今の俺達にはもうその悩みはない!」
 料理長が俺に向かってビシリと指をさす。
「君がいるからだ!!」

「……ところで、あなたの名前はなんて言うの?」



「えっと…………

アオイ・スギムラ

……です。」



 俺は新たな道を歩む。
 大切な人にもう一度思いを伝えるため。
 大切な人にもう一度出会うため。
 大切な人に……もう一度……笑顔を見せるため。


25 :仔空 :2009/01/04(日) 01:21:12 ID:o3teQisD

X−4

 アオイ……。
 初めて出会ったとき、わたしは自分の犯してしまったことを知りました。

「ま、さか……そんな。」

 自分の眠っているベッドの上に横たわっている人。
 綺麗な黒髪。でも、それと一緒に見える肌は白すぎました。

「あなたは………。」
 いいえ、違います。わたしが犯してしまったんです。
 きっと、わたしはこの人の生き血を………。
 その時わたしは思い出しました。
 昔、祖母から聞いた話です。

「人は温かい所に居ればまた血のめぐりがよくなるものなの。」

 信じました。わたしは急いで彼を自分の浴室へ運びます。自分よりも体が大きい彼を運ぶのは大変でしたが死なれては困るので、急いで湯船の張ったお風呂が準備してある自室の浴室に運びました。
「目を覚ましてくれるといいのですが……。」
 自分ができる最低限のことをして、一息つく……と言うことはできませんでした。
 シェルが来たのです。

「姫。御気分はどうですか。」
「だいぶ、楽になりました。」
「そうですか。それは良かったです。」
 そう言って彼はお茶を淹れてくれました。
「どうぞ。…ところで。」

 ……それからは、シェルと会話をしながら、浴室に気づかれまいと神経を使い…結局はバレテしまったのですが、‘客人’が見知らぬ男性だと知られることは阻止できました。
「ふう。」
 目が覚めていることを願い、わたしは浴室に足を進めました。

「おはよう…と言うのは、きれいごとすぎますよね。」
 癖である偉そうな口調を途中でやめ、やさしく言ってみようと試みた結果。なんだかぎくしゃくしてしまいました…。
 その時わかったことは、彼が予想以上に驚いた表情をしたこと。

 そして。

 彼のわたしを見る瞳に緊張してしまったこと。








「あの、また…っ…来てくださいますか?…今日のお礼と…お詫びを……したい、ので。」

 別れを告げなければいけないときに、わたしはそう告げていました。

「……、機会があれば。」

 彼はそう言いました。


 なんとしてでも、機会を作らなくては……!!
 そのとき、わたしは咄嗟にそう思いました。


26 :仔空 :2009/01/05(月) 22:05:22 ID:o3teQisD

X−5

「アオイ!!これ、どうなっているんだ!?」
「あー!!それは、もう触らないで!!」
「あー君。これ、新作?」
「あ、はい!!…って料理長!勝手に食べないでください!?それと、あー君、て。なんなんですか!!」

 彼が来て。厨房は変わった。

「トーマ!これ、前菜に役立てばと思ったんだけど…。」
「ん?ああ、なるほどなー。おっけー!使ってみる!!」
 トーマが自分と同じ年ぐらいの男の子と仲良さそうに話しているのを初めて見た。

「料理長。これ、新しく作ってみたんですけど。」
「どれどれ…。おいしそうだねー。一口頂戴♪」
 これほどまでに、仕事に精を出した料理長を久しぶりに見た。

 そして、あたし。ミシェル・エレナ―テもその1人。

「あの…スギムラくん。今度…その、ケーキの作り方を教えてほしいんだけど…。」

 自分で言うのもなんだが、あたしはプライドが高い。人に教えてなど、頼んだことは数えるくらいしかないし、相手はいつも自分の倍以上の年月を生きてきた人ばかりだった。
 だけど、スギムラくんは違う。
「いいですよ。コツをつかめばいろんなものが、作れるようになると思いますし。」
 彼はにこやかに言った。
「…ありがとう!!」
 きっとあたしは頬を赤らめた。
 恥ずかしいのと、緊張したのと。
 少しだけ、ほんの少しだけ彼の微笑みに心臓が激しく動いただけ。
 そう。それだけ…。

「いつにします?仕事終わりにしますか?休日…は…えっと、あるんですか??」
 彼はどこか抜けているよう。トーマと同い年にしては天然が過ぎるようだけど…。

 だけど、これだけは確実に言える。

「あるわよ。定休日ぐらい。ね?料理長??」
「え…!?あ、う、うん!!」
「そうなんですか……?」
「そうよ。」




 彼はあたしたちと全然違う次元に生きているのだってこと。




……。
「俺、ここに来てまだ間もないんで、全然わかんないんです。ミッシェルさんが暇なとき言ってください。俺はいつでもいいんで。」
「うん。わかったわ。」

 彼がいつ、どうやって、なんのために、ここに来たのかわからない。

 だけど、なんとなくわかる。彼には、何かを変える力があるんじゃないかと。



 ………なんてね?


27 :仔空 :2009/01/12(月) 17:58:48 ID:o3teQitL

Y−1

「ひぃめ♪遊びに来たで★」
「その声は……。」
 わたしは、その声に少しだけ表情を曇らし、音の発信源が居るはずのベランダへ顔を向けます。
「じゃーん!俺サマが帰ってきましたで♪」
「シュンマ……。」

 シュンマ・ハセガワ。

 染めた茶髪と黒眼をもった20歳。シェルの部下となり城の護衛をする男。

 そして、彼は……異世界からの訪問者なのです。



「姫―?元気やったかー?てか、俺がおらんで、寂しぃなかったー??」
「……大丈夫です。」
 全然!と言いそうなのを無理に飲み込み、わたしはそう言いました。
「なんやー、冷たいなぁ…。あ、姫?髪また伸びたんちゃう?」
 彼は、すっとわたしの髪に手を差し込み、なでます。
「そう、ですか?」
「まあともかく……。」
 わたしの髪を話のクッションにするこの男はこの国で最強と言われているシェルと並ぶほどの実力者です。
 わたしはそれを信じることが出来ませんが…。
「厨房に新入りがはいったんやって?」
「そうなのですか?」
「あら。知らへんの。えっと…確か…名前は……。」
 彼は天に向けていたとぼけた顔をわたしの方へ向け、口元だけを微笑みに変え言いました。

「アオイ・スギムラ。」

「あ、おい……?」
 思わず出たその名前は、つい最近わたしが生き血を吸ってしまったがために気を失ってしまった……アオイさんと同じ名前。

「俺が思うに、や。姫ちゃん?たぶん、そいつ……。」
 たぶん、なんなのでしょう…。



「俺と同じ。異世界人やで?」



「……!?」
 思わず、言葉を失ってしまいました。

「姫ちゃん。どないする?そいつは俺と同じ異世界人やで?そんなやつが作った飯、食えるんかいな?」
「シェルは、なんと?」
「シェルぽん?えっと、やなー…。実は、帰ってきてから一回も口聞いてないねん。」
 頬をかきながら彼はごもごもと言いました。
「なぜ?」
「なぜって……まあ、あいつ。俺のこと嫌いやし。絶対!」
 それは、勝手に名前に「ぽん」だとか「りん」だとかをつけるからでは?
「あいつには、俺の愛情が届かへんの。まあとにかくや。そのアオイ・スギムラのこと、考えといた方がええで?」
 言われなくても…。というより、まだわたしの想うアオイさんとそのアオイ・スギムラが同一人物かわかりませんが。
 99%以上の確率で同一人物でしょう。
「また、進展があったら教えてな?じゃあ、俺はこれで。」
 彼は一度礼をすると、扉の向こうへ消えました。

「ふぅ。」

 ですが。もしそのアオイさんがアオイ・スギムラとしてこの城に入ったなら。
 何のために?なぜ、わたしと顔を合わせた後にわざわざ城に入ったのでしょう…?

 ただ、この地点でわかるのは。

 わたしがもうずいぶんとアオイさんに心を奪われかけている、ということでしょうか。


28 :仔空 :2009/01/16(金) 21:25:18 ID:m3knVkxA

Y−2

「ふぅ。」
「お疲れ様、スギムラくん。」
「そうか、お前はスギムラクンというのか。」
「はい。」

 おい、ちょっと待て。
 何返事している、自分。
 今知らない男の声が聞こえただろ。
「お義父さん!!」
「おとうさん!?」
「ただいま、ルアちゃんー。だけど、誰だ?お前?」
 怖ぇ…おっかねぇ…。
「えっと、彼はアオイ・スギムラくん。諸事情により、ここに住んでいるんだ。」
「諸事情……?」
「あの、今お城で働いているんですけどっ。アオイって言います、アオイ・スギム――――。」
「そうか。アオイ・スギムラクンというのか。」
 俺の言葉を最後まで聞かずにその人は納得してしまったようだ。
「俺の名前はリック・スティウィアだ。職業は医者。年は30歳。」
 若いと思ったら。
「お義父さん。彼は国でたった1人の珍しいお菓子職人なんだ。もう家族同然だし、いまさら追い出すなど言わないでほしい。」
「……。」
「お願いだ。お義父さん。スギムラくんをここで居候させてあげて欲しいんだ。」
 居候させてあげるって……。
「……何のために、だ?」
 若いパパさんは低い声で言った。
「何のために、って……。」
 ルアは俺の顔を見て、黙った。
 俺の了承がいると思ったんだろう。
 俺もこればっかりは、自分で言った方がいいと思う。
 俺は、一度深呼吸をして口を開いた。








「俺。レイ・スキャルテリー=アイチュラのことが好きなんです。」








「ぶっ――――!?」
「――――!?」
 何も口に含んでいなかったことが幸いし、リックパパさんの口からは何も飛び出しては来なかったが、あまりにもストレートすぎたか。ルアも言葉を失ってしまったようだ。
「ルア?こいつが言っていることは本当か?」
「あ、ああ。彼が言っていることは本当だ。」
「それで、俺。もうレイには忘れられているんですけど、まだ諦めきれないんです。あきらめたくないんです。だから……お城で働きながら、もう一度レイのこと振り向かせたいんです。それで、その時ルア――えっと、お嬢さんが――ここで暮らせばいいって言ってくださって、ですね……。」
 こんなに、長々と言葉を並べたのは久しぶりのような気がする。
「今に至ります……(?)」
 どうだろう?とルアの顔を見てみると彼女はリックパパの方を見ていた。彼女も彼の答えを待っているようだ。



「……ルアじゃだめなのか……?」



「え……?」
「お義父さん……?」
 何を言っているんだろう。この人は。
「ルアじゃ不満か、と聞いているんだ。」
 この人…レイとルアが双子なのを知っている……?
「何を言っているんだ、お義父さん!!レイとあたしじゃ全然違う――!!」
「ルアには聞いていない。」
 彼は静かに言った。
「俺の目の前にいる男に聞いているんだ。…で?どうだよ。ルアとレイ様じゃ、どこが違う?王族かそうでないか、じゃないのか!?」



「……違います。」



 レイとルア、どこが違うか。王族か、一般人か。違いってそういうことじゃないと思う。

 レイもルアも。双子だけど。見た目は一緒かもしれないけど。

 だからこそ、一人一人を見なくちゃいけないんだ。

 そして、俺が好きになったのは、ルアじゃなくて、レイ。
 レイ=アイチュラだ。

「俺は最初レイに会ったとき、彼女がこの国の姫だってこと、知りませんでした。」
「そう、なのか……?」
 リックパパがルアを見ると彼女も頷いていた。
「俺、この国に来て初めてレイのこと知ったんです。レイは王族で、双子の妹がいて、レイは……俺か、王族としての自分の存在か、どちらかを選ばなくちゃいけなくて、結局は国のために、自分の記憶消したってこととか…全然知らなくて、あとから全部知ったんです。それでも、俺……レイのこと好きで…。たぶん、これからもいろんなこと知りたいって思うのは、レイのことだと思うんです。ルアは俺にとって、すごく支えてくれている人だなって思いますけど。それでも、そうやってルアじゃ不安かって聞かれると、そうじゃないだろって思います。ルアはルアで、レイはレイ。俺が好きなのは最初からレイで、最後までレイです。きっと。絶対。」
 ここまで言って、俺、なんかすごい、語っちゃった気がする……。

「気にいった!!」

 それが聞こえたのと同時に俺は、リックパパに抱擁された。
 ……力一杯に…苦しぃ…っ。
「アオイ!!お前は、ちゃんと人を見れる人間だ!!いいやつだ!!思う存分ここに居候しろ!!ていうか一緒に暮らそう!!」
 やばい、そろそろ本気で体が痛い。この人、医者にあるまじき筋力の持ち主だ……。そこまでマッチョなわけじゃないけど、本当どこにこんな力があるんだ。
「お義父さん。スギムラくんが苦しがっているようだが……。」
 よう、じゃなくて本気で苦しいですから!!声、出ませんよ!?
「あ、そうか。悪かった……。まあ、これからは家族だし、お前のことは息子だと思うことにするよ。」
 こうやって、ルアのことも養子にしたんだろうか…この人は。
「シェイリアもきっと喜ぶはずだ。」
 あれ、おかしいな。リックさん、遠くを見ているけど……。
「ルア?シェイリアって……?」
「お義父さんの奥さん。あたしのお義母さん。…3年前から別居中なんだ。」
 あー、それで遠くを見つめているわけか…。
「シェイリア!!俺は、今でもお前を愛しているからなー!?」
 窓の向こうへ彼は叫んだ。
 それが、シェイリアさんに聞こえたかはわからないけれど……。
 悲しいことに……ご近所迷惑には、なっていたはずだ。


29 :仔空 :2009/01/18(日) 00:06:52 ID:m3knVkxA

Y−3

「今度、城で式典…まあ、パーティーみたいなものがあるんだー。そこで……アオイ!!君の力の見せ所だー!!」
 料理長が俺をビシリと指さす。
 リアクションに困った俺は、とりあえず彼に微笑んだ。
「今回からは、アオイが加わったことでレパートリー及び、料理の幅も増えるー!!前菜はトーマを中心にチームで考えること。副菜はミッシェルが案を。技術面をチームでカバー。メインは俺を一緒にー!!…それで、デザートなんだが…。」
 いきなりトーンダウンした料理長は、俺の顔色を伺いながら言葉を選ぶ。
「アオイ。気づいているかも知れないが、君の作るものは君にしか作れない。それで、大変なんだが……。」
 言いにくそうなので、失礼だが俺から口をはさんだ。
「俺で、できる事なら。…俺一人でデザートを完成させてください。」
「アオイ……。」
 料理長が右手を出し、俺はその右手を自分の右手で握った。
「頼むよ。」
「はい。」

「期限は2週間。それまでに自分たちの作るものに自信を持つことー。以上―!!」

 期限は2週間。…忙しいことになりそうだ。



「えっと、料理ってどんな風に出すんだ??」
 俺は、たまたま隣にいたトーマに聞いた。
「どんな風って…。普通にまず、王、王妃、姫、大臣…って感じで順番で料理を出す。ひとつのテーブルに集まって食べるみたいなことはしなくて、国民やその他の人間は王族より下のホールに集まる。料理は一角に集められて飲み物もうちの係だけど、そっちも役割は決めてあるし。そいつらがお盆持って、人間の周りを回って歩く。国民やその他の人間はダンスをしたり、談笑したりして。王族はそれを見ているのさ。それだけ。」
「それって、誰でも参加できるのか?」
「まあね。もちろん検査はするけど。」
 してくれなくちゃ怖いだろ。
 でも、まさか国民までパーティーに参加できるなんて。お国の偉い人ばっかり集まった軍事会議みたいなパーティーを勝手に想像していた。…ってそれは、パーティーでも何でもないか。

 さて。何を作ろう。



「あのー、こちらにアオイ・スギムラっています?」


「アオイ。呼んでるぞ。」
「ん?」

「お。君かー。」
 なんか、イントネーションおかしくないか…?

 あれ…?関西弁……??

「あの。うちのスギムラに何か。」
 俺の前に料理長が立ち、俺の名前を呼んだ関西弁の男にそう言った。
「あ。料理長やー♪久し振りやなぁ!!元気にしとったー??」
「相変わらず、生意気だねー?」
 あの料理長が、こめかみに皺を寄せている…。
「トーマぁ♪相変わらずお前も小さいなぁ。牛乳飲んでんのかいな??」
「大きなお世話ですから……。」
 それだけ言うと、トーマはどこかへ去ってしまった。
「まったくー。冗談も通じへんのか?」
「なにしにきたんだ。シュンマ。」
 半ばあきれた料理長が彼に聞いた。そうか。この人シュンマって言うのか。
「あ、そうそう。アオイ・スギムラを探しに来たんや。ちょっと用事があってなぁ。彼は今暇??」
「さー?アオイ、暇じゃなくなく、なく、なく、なく、ないかもしれないからー。」
 思いっきり惑わせといて、最後に料理長は言った。
「俺には、わかんないー★」
 それを言うと、トーマと同じように彼もさっさとどこかへ行っていしまった。

 俺と茶髪の関西人の間に変な空気が流れる。

 なんとなくわかるのは、まわりのみんなが俺達にかかわりたくないってことなんだと思う。厨房の誰一人俺と目を合わせない。忙しそうに…実際そうなんだろうけど…真剣に「巻き込まれたくない」オーラが見えてくる…。
 トーマなんか、口に出してまで「忙しい。ああ!!忙しいなー!」と言っている。



 で、俺にどうしろと?



「で。君。暇?」
「暇じゃないですけど、何か用ですか。」
「…まあ、ここではちょっと話しにくいことやなぁ。」
「例えば。」
「例えば?せやなぁ――――まあ、同じ国のもんや。仲ようしよーや★」
 同じ国……?
「おっと。俺の名前をまだ君は知らへんのや。俺の名前はな―――――。」

 まさか、そんなことってあるのか。




「シュンマ・ハセガワ。よろしく♪」




 この人…日本人、だ……。


30 :仔空 :2009/01/24(土) 21:28:35 ID:WmknrJV4

Y−4

「人に名前を聞くときは自分から名乗る。っと。」
 そう言うと彼はポケットから紙とボールペンを取り出すとこう書いた。

 ‘長谷川 俊馬’

「よろしくな。」
 そう言って次は俺にその紙とボールペンを渡した。

 どうやら、俺にも名前を書けということらしい…。

 ‘杉村 葵’

「自分から、名乗るんですね。」
 レイと同じ。
「せや?常識やろ♪」
 関西弁も。同じ。
「あなた…何者なんですか?」
「何者ってー……なんやろ?俺は俺。長谷川 俊馬。」
「俺に何の用ですか。」
「……?まあ、そう固くならんと。俺のことは俊馬さんでも俊馬くんでも俊馬様でも好きに呼んでや。俺は葵ちゅうから♪」
 わからん。本当に何しに来たんだ、この人。



「お互い仲ようしよ♪同じ女を好きになった仲やん★」






 ……は。今、なんて………?

「俺、これでも一応レイの元彼やねん。」

 ………元彼。
 モ・ト・カ・レ……!?

「もう、2年ぐらい前になるなぁ。レイが14歳で俺が18歳。俺は高3やった。……まあ最後の夏の甲子園目指してた高校球児。朝早くから練習でて、夜は日が暮れても練習してた。レイに会ったのは、その夏のある早朝。ぼーっとどっか見てて、今にも消えてしまいそうに見えた。だから、俺は声をかけたんかもしれへん。今でもわからんけど、その時レイに声かけてなかったらレイはまた全然違う生き方をしてたやろなぁとは思う。不思議やった。朝靄のせいもあったかもしれへんけどな。今よりも髪は短くて、今よりももっと幼かった。でも、自分が王位継承者という自覚は持ってて、そういうところ俺はすごいと思うてた。俺よりも小さい女の子が将来誰のために生きるのか、どういうことをしていくのか、ちゃんと考えてるって。見た目はガキやのに考えてることはもう大人。俺はもう高校3年生で甲子園以外なにも考えてへん。受験とか、就職とか。本当はもうすぐそこまで来てるのに目ぇそむけて、自分にとってはまだまだや、思うてた。だから、レイが重く見えた。じゃあ、俺が軽くしてやろう、なんて考えつくのにそう時間はかからへんかったな。
 俺はレイに名前を教えて、自分が何をやっているやつなのか、何をしていきたいのか、レイのことをどう思っているかを伝えた。そうしたら、レイは現在地もわかってへんかった。じゃあ、お前はどこから来たんや?って聞いたら、違う世界、やって。そん時はホンマ、おもろいジョークやと思うたわ。」
 レイとの昔を話す俊馬さんは楽しそうで、誇りを持っているようだった。

 だけど、きっとこの先は………。



「俺らは付き合いだした。そのうちレイがバンパイヤって知って、レイが王族ってことも知った。次第にレイに関西弁が移って2人でいつもアホなこと言うて、笑うてた。俺達は幸せやった。レイが国に帰ることも、その時愛するって決めた人も一緒に行くことも全部聞いてた。せやから、俺もレイも一緒にレイの世界へ行くと思うてた。だけど……。」

 少し間が開いた。俊馬さんの口から言葉が出ない。








「行けへんかった。」








 小さく、でもこの俺達のいる空間には響いている。そんな声だった。

「夏の大会。初戦もその次の試合も勝った。順調に進んでいって準々決勝までいけた。」

 まさか。

「その準々決勝の日。その日がレイとの別れ。レイはこの日絶対帰らんとだめ。でも、俺にとっては高校最後の甲子園を目指す大事な試合の日。レイは言ったわ。」









「頑張って。ホームラン打ってな?」









「1日ぐらい、よかったんじゃ……。」

「ダメや。」

 俊馬さんは冷たく言った。
「たとえそれが、1日でも数時間でも日付が変われば………。」

 レイの存在が消える。

「レイは正義感の強いやつやからなぁ。自分が王位第一継承者やと思うてたし、それに誇りを持とうとも思うてた。せやから、数時間でも遅れないように慎重に準備してた。せやけど……俺は……。」
 また少し間が開いた。
 俺は、それを静かに待っていた。

「俺は、レイを……好きやったのに、1人にしてしまった。甲子園、最後なんやって。レイの頑張れって言葉に甘えて……。」

 長谷川 俊馬は甲子園を選んだ。

「俺、これでも4番やってん。せやから余計に力入ってたんかもな。レイはそういうとこもわかってて俺に頑張れって言うたんやって思う。もしそれが違ってても俺がそう思えれば俺はそれでいいって思う。…長い話聞いてくれておおきに。結局レイはもう俺のことなんか忘れて――まあ、正確にいえば忘れさせられて、るの、やろうけど――お前のこと、好きになった。俺はそれでいいと思うし、内心よかったって実は安心してる。」

 本当に、レイは俊馬さんのこと忘れたのか……?

 名前は自分から名乗る。
 おおきに、って言うありがとう。

「むしろ、今は俺のこと嫌いみたいやねん。せやから、葵。そんなライバル視、すなや♪」

 最終的には、この人は俺に何を伝えたかったんだろう。

「ええか。俺が言うのもなんやけど、な。」
 彼は俺の目を見て言った。





「もう、レイを1人に、せんといてやってこと。」





 ニコリと笑って俊馬さんは言った。
「たのんだで、レイのこと。……なあ、話は変わるんやけどな。葵は今度のパーティー何すんねん?」
 パーティー……?



 ……しまった。何も考えていない……!!



「案は、まだないんですけど……俺、ケーキ職人なんで、こっちじゃ珍しいお菓子を作ろうかと。」
「なんや、お前ケーキ作れんのかいな?」
「まあ。実家がそうですから。でも、レイの好みって、いまいちよくわからなくて。」
「そうなんか。俺のうちは和菓子屋やし、似たもんどうしやなぁ。」
「そうなんですか…?」
「まあ、とにかく。姫に好みを聞く手段としては、これしかないやろ。」



 そう言って、彼が取り出したのは…………。


31 :仔空 :2009/01/29(木) 21:49:27 ID:m3knV4QA

Y−5

 本当に‘こ・れ・し・か’なかったのか…?
 そして、これをどっから持って来た!?

「葵♪かわいぃー。」
「スギムラくん……似合っているわ。」
「……あー君。かわいいよ♪…っくく。」
「……ぷっく……は……!!」


「何がしたいんですか。」


 真顔でかわいいとか言う俊馬さんが怖い。女として許せないオーラが出ているミッシェルさんが本気で怖い。本気じゃないようで最終的に笑ってしまった料理長に少し腹が立つ。
 ……最後の奴は論外!!笑って終わらすな!!すさまじく腹が立つ!!

「潜入捜査や♪」

 「せんにゅう??」

「そ。姫ちゃんに何を食べさせたいかわからへんのやろ?せやったら本人に聞くのが一番や!!」
「だからって、`女装´はないでしょう!?」
「ええやん♪かわいいし。」
「よくなああああああい!!!」

 もう一生女装だけはしないと思っていたのに……。
 俺は、またあの恐怖を味わうのかと思うと背中に悪寒が走ったのがわかった。

「ごほん。まあ、女の子に近づくには女の子で勝負や。……しかも、あっちにはシェルがおるからなぁ。」
「シェル……?」
「葵を姫に近づけさせんと思うてる俺らの上司。お前の存在を姫に教えてない。それに……。」
 料理長たちに聞かれてはまずいのか、彼はそっと俺に耳打ちした。
「……お前のこと、レイの恋人や、知ってるねん。シェルぽんは。」
 シェルぽん……いや、突っ込むところはそこじゃないだろ。
「何で知っているんですか。」
「さあ。それは俺にもわからへん。せやけど、覚えときや?俺はお前の味方や。」
「まあ、潜入捜査ってよくわかんないけど、潜入捜査頑張れ!あー君♪」
 どうやら料理長は「潜入捜査」という響きが気に入ったらしい。
「同じ女としてほんと、嫉妬しちゃうわ。でも、これも仕事の一貫。頑張ってきてね?スギムラくん。」
 やっぱり、本気で嫉妬しちゃったらしいミッシェルさんは俺にとって最後の砦だと思う。
「まあ、生き場がなくなったときは俺の彼女にしてやる!」
 ……それだけは、真剣に勘弁してほしい。
 冗談だろうけど、トーマの顔が若干赤く見えるのは……本当に冗談なんだろうな……?

 でも、俺は本当に恵まれている。

 ――――あの日寝坊しなかったら。

 あの日、母さんが弁当にケーキを入れなかったら。

 俺がケーキ嫌いじゃなかったら。

 クラスメイトがたまたまケーキを食べれなかったら。

 俺が、その時たまたま屋上に行かなかったら。

 その日、レイが屋上に行っていなかったら。



 俺とレイが出会っていなかったら――――――。



 俺の人生は全然違っていたはずだ。

 俺は後ろを振り返る。

 同じ厨房で働いているたくさんの料理人。にやにやしていたり、微笑んでいたり、……中には俺がアオイ・スギムラだって気づいていないやつだっていると思う。だけど、ここにいるみんなは俺のことを見てくれているんだ。
 料理長も、ミッシェルさんも、トーマも。
 俺が何をしにこの世界へ来たか知らなくても背中を押してくれる。

 みんな、大切な同僚で、上司で、友達だ。

 会ってまだ少しの時間しかたっていないのに、俺はみんなを信頼してる。
 そう。信頼できるんだ。



「行ってきます。」
 俺は厨房を出た。


32 :仔空 :2009/02/02(月) 21:22:57 ID:m3knVkWJ

Z−1

「まずは、シェルに気をつけや?そして、姫に名乗る名前も考えること。」
 移動中、俊馬さんは俺にずっと話かけていた。その時、何度も俺と同じメイド服を着た女の人に会ったけど、その誰もが俊馬さんの前で立ち止まり頭を下げていた。俊馬さんも同様に頭を下げていて、ここは城の中なんだということを改めて実感した。
「そして――――。」
 また何か言葉を発しようとしたとき、彼の言葉は遮られた。

「俊馬!!!」

 振り返るとそこには黒髪の女の人がいた。目も黒。とてもきれいな人なのになぜか城には少し合っていないTシャツにロングスカートといった割と楽な服装をしていた。
「その娘、誰?」
 ……気のせいか怒っているように見える。
 そして、その娘の「こ」とは……。
 ……俺のことみたいだ。
「え?あ、この娘のこと??」
 俊馬さんも気づいたのか、俺を指さす。
「そうよ。他に誰がいるの。」
 間違いない。この人、キレてる……。

「えっと……。今、姫の所へ行くとこや。この娘が道教えてほしいらしくてな…。城に来たばかりやし、ちょっと迷ったみたいやねん。」
「そうじゃないでしょ。あたしが聞きたいのは、あなたとその娘の関係!」
「今、言うたやん!!」
 俊馬さんの魂の叫びが聞こえた。
 それにしても…。この女の人、誰なんだろう?
「名前は?」
 どうやら、今度は俺に話を振っているようで……。
「おいっ。りえっ!」
 りえ……?
「あなたの、名前を、聞いているのよ?ツインテールさん。」
 りえさん(?)は俊馬さんの声を聞かずに俺に再度聞いた。
「……えっとぉ……。」
 うっ。自分の裏声に鳥肌が立つ……。
「ローサ。ローサ・スギームライや。仲ようしてやってや。」
 ろーさ・すぎーむらい……?
 俊馬さんが俺の方をちらっと見た。
 少し悲しそうに見えたのは自分のネーミングセンスに申し訳なさを感じているんだろう。
「ローサ?初めて聞く名だわ。」
「そらそうや。言うたやろ?ここに来たばかりやねん。」
「それで、そのローサさんは`あたし‘の制服を着て、ここで何をしているの?」
「え゙……?」
 思わず地声が出てしまった。

「なんだ。そういうこと。」
 そういうこと。で俺が女装していることを片づけてしまうこの人はすごいと思う。
 場所を階段裏に変えて俺たちはお互い正しい自己紹介をすることになった。
「あたし、心配症だからさー。この人……俊馬が浮気しているのかと思っちゃった♪」
 てへっ。と彼女はとぼけて見せたが俊也さんはじとっとした目で彼女を見ていた。
「こいつは長谷川 麗恵。……俺の嫁さんや。」
 俊馬さんの唐突な話に俺は思わず大きな声を出してしまった。
「お嫁さん!?」
「しーっ。声がでかいわ。アホ。誰かに見られたらどないすんねん。」
「いいじゃん。別に。それで?あなたの本当の名前は?ローサ・スギームライさん??」
 その名前の後に本名を言うのは正直苦しい。
「……ここでは、アオイ・スギムラでとうしています。……杉村 葵です。」
「……もしかして、スギームライっていうのは杉村から取っているの…??」
「俊馬さんが考えたんですよ。」
 俺は誤解されないように笑顔で彼女に伝えた。
「……そう…。それにしても……そうやって笑っていると、どっからどう見ても女の子、よね。」
「……。」
「せやなぁ。ほんま、妹にしたいで。」
 俊馬さんの言葉で俺の中の何かがブチっと。
「……!!別にやりたくてやっているわけじゃないでしょ!?ていうか、俊馬さんが言ったんですよ!?」
「……せ、せやったなぁ。」
「それより、よく入ったよねー。あたしの制服。」
「こいつ、無駄な肉ついてへんし、これ、お前にしてはでかい制服やったやん。だからやろ。」
「そーだねー。それにしても、かわいい♪」
「母親似なんですよ、きっと。姉もこんな顔しているんです。……あんまり言いたくありませんが。それにしても、2人は……本当に結婚しているんですか?」
「せやで♪俺、20歳やし、こいつは19歳。今はこっちで2人暮らし。両親はお互い日本やけどな。この前まで実家に帰ってた。」
「何で、ここにいるんですか……?」
「日本に帰れって?」
「い、いや。そういうわけじゃないですけど。」
「レイ。守ろうかと思うて。……麗恵もわかってる。こいつも、俺と一緒に甲子園目指した仲やし。しかも、あっちが…レイが俺のこと忘れてるなら俺も忘れて、日本に居れば、ええねん。そう思うけど……やっぱり、レイにはつらい思いさせたなって……。それだけ。せやったら、レイが幸せに誰かと一緒になるの見届けたいなぁって。それだけや。」
「なんか、軽く父親気分でしょ?まだ20歳なのに。オヤジ臭いし。」
「俺はオヤジ、ちゃうわ!!」
「でもさぁ――――。」
 話している2人を見て、俺は思った。
「あの。俺、そろそろ行きます。場所、なんとなくわかったんで。もう少しですよね?」
「え?あ、送っていくで。」
「いいですよ。……なんか、悪いですし。」
「……そーかぁ…?」
 赤くなった2人を見て、俺は背を向け、言った。
「俺も、2人みたいになれるように、がんばります。」
「お、おう…!!精一杯頑張ってこい。」
 そう言うと、俊馬さんは俺の背中をポンと押した。
 俺は一歩前に出て、あとからメイド服のレーススカートがついてくる。顔が前に出たのと一緒に頭の巻き髪ツインテールも前に出る。



「がんばれよ。ローサ・スギームライ。」
「え!?その名前で通すの!?」
「当たり前や!俺は、昔から加藤ローサの大ファンやねん!!」
「それ、関係ないでしょ!?」

 そんな2人の会話を聞きながら。
 俺は堂々とレイの元へ向かった。

 ……裏声の練習をしながら。


33 :仔空 :2009/02/14(土) 19:00:27 ID:m3knVkWk


Z−2

 コンコン。

「はい。」

「……失礼します。」

「――――どうぞ。」

 扉の向こうから現れたのは、お城の侍女が着る制服―――――を着た、1人の少女でした。
「レイ・スキャルテリー=アイチュラ様ですね。はじめまして、ローサ・スギームライといいます。」
「はじめまして。」
 その娘の笑顔はとてもかわいくて、正直同じ女の子としても抱きしめたくなりました。
「えっと…シュンマ・ハセガワ様にこちらが姫のお部屋と聞き、参上いたしました。」
 参上…。時代劇のファンなのでしょうか……。
 そして……えっと、…シュンマ…?
「シュンマに言われてここへ来たのですか?」
「はい。ですが、要件は知人に頼まれたことで……。」
「知人?」
「はい。……今、お城の厨房でお菓子職人として働いている―――――。」
 まさか、と思いました。
「アオイ・スギムラから、姫様へ。」
 アオイさんが、……わたしに。



 スギムラの名前を出したときに、今名乗っている偽名と似ているのでばれないかと心配になったけど。
 大丈夫かな……?

「それで、その……あ、アオイ・スギムラさんは……わたしに、何の用なのでしょう…?」
 …ばれて…、ない……?

「は、はい。今度行われる式典で、彼が姫様に……珍しいお菓子を召し上がっていただきたい、と。それで、姫の好みを聞きにここに参上いたしました。」
 自分の裏声に冷や汗をかきながらも、どうしても語尾が時代劇になってしまう。
 俺、これからどうなるのでしょう……?

「わたしの、好みですか……?」
「はい。甘いものはお好きですか?」
「え、ええ。ですが……フェアリは食べたくありません。苦手、というかあまりよくない思い出があるので。」
 思い出……?
「昔、好きだった人が作っていたんです。それで、どうしてもフェアリを見ると思いだしてしまって……。辛いので思い出したくないのが、現状なのです。…あ、すみません。あなたに話しても、つまらない話でしたね…。」
 昔、好きだった人……。


「俺のうちは和菓子屋やし、似たもんどうしやなぁ。」


 レイ……。

「どうかいたしましたか?」
「え?いいえ、すみません。それで、好きな食材などは……?」
「いちご、が特に。果物は何でも好きですが…。もう、宝石みたいできれいなところと甘酸っぱいところが一番好きです。」
 そう言って笑うレイの顔を見たのは久しぶりだった。
「そうですか。ありがとうございました。参考になったと思います。……彼も喜びますよ。」
 何が、彼も喜びますよ、だ。
「そうですか?こんなことで喜んでいただけるなら、わたしも幸せです。」
 幸せ。
「本当に、今。幸せなんですか?」
「……ローサ?」
 だめだ、レイの顔、見れない。
「本当に、姫は今。幸せなんですか?城にいて、幸せですか??」
「どうしたのですか?いきなり取り乱して…。落ちつきなさい、ローサ。」
 本当に、どうしたんだよ。俺。そんなこと、今のレイに聞くことじゃない。



「では、おちつくかどうかはわかりませんが、こんなお話をしませんか?」
「……?」
 顔を上げると、レイは微笑んでいた。
 姫として、1人の人間を見ている。自分に出来ることは何かと、自分の中の正義感で生きている。

「どうぞ、お好きにお座りください。ローサ。時に貴方は――――。」

 レイは、一生懸命前を見ているんだ。





「――――貴方は、運命を信じますか……?」





 信じるよ、レイ。俺と君が出会ったことが、ただの偶然とは思えないから。

 ……ただの偶然とは思いたくないから。


34 :仔空 :2009/03/06(金) 18:43:04 ID:m3knVkWi

Z−3

 まったく、わたしは初めて会った彼女に何を話そうとしているのでしょう……。

「わたしは、自分で運命を変えなくてはいけない存在なのですが。あなたはどうですか?今の自分に満足していますか?」

 彼女は少し視線を外しましたが、わたしの方をしっかりと見て、言いました。

「正直、あまり満足していません。」

「あら。それはなぜですか?」

「え、えっと…特に深い意味はなくて……。すみません。」

 でも、彼女はどこか不満そうな顔をしていました。
 どうやら、この娘はとても素直な子のようです。

「では、どのような未来を思いますか?よかったら、聞かせてください。――――あなたの望む未来、を。」

 この娘は、わたしに何を伝えてくれるのでしょう。
 きっと、今まで聞いたどのおとぎ話よりも面白い返事が返ってきそうだと、その時わたしは思っていました。だけど、そのときこの人を引きとめていなかったら。それだけで、今のわたしは全く違う別の時間を生きることになっていたでしょう。

「ずっと、同じような日をすごしていく…って思っていました。普通に勉強をして、誰かと知り合って、付き合って、働いて、結婚して、また働いてって……。だけど、違ったんです。たった一日、その日が特別な日になったから、私は今、ここにいると思います。」
 彼女は少し微笑むとつづけて言いました。
「その特別な日が短い思い出だけになったとしても、その一日を悔やんだりしませんし。むしろ、良かったかなって。同じような毎日を過ごすより、たった一日でも違った日を楽しむのもいいかなって思います。そして、その日がとっても大切な日になりました。」
 次は笑顔を見せてくれた彼女をみて、ふと気がつきました。
 よく見れば、誰かに似ているような。と。
「姫は、何か特別な日とかありますか?」
 なんとなく……あの日の、彼に、似ているような……。
「姫?」
「えっ、あ、あの…すみません、なんの話でしたっけ。」
「特別な日ってありますか?って話です。」
 そうやってみせる笑顔は女の子のようなのですが…。
「そうですね……。やはり、ここでこうして生きていて、生まれてきたという日、でしょうか。」
 目線は絶対に彼女から離せずにわたしはローサを凝視してしまいました。
「……ひ、姫?」
 彼女は戸惑っていましたが、その表情がどうしても彼に見えてしまった瞬間、わたしは行動に出ていました。
 一国の姫という位置にいるのにこういう突発的な行動はどうかと思いましたが、自分を止められませんでした。
「ひ、め……?」
 そう。たった一度の行為でわかる。その人が自分の記憶の中にある人の経験した‘味’かということを。
 この人が、アオイさんに似ているわけが、わかるかもしれない。
 もしかしたら、同一人物……?
 アオイさんは、女性だった……??
「ン――――。」
 でも、口付けたのはどこかローサはアオイさんで、アオイさんは男性だという自信があったから、なのかも知れません。そして、その時わたしは気づいてしまいました。
 ローサ・スギームライ。――――――ろーさ・すぎーむらい――――――すぎむら……。
 アオイ・スギムラ――――。


35 :仔空 :2009/03/25(水) 13:42:56 ID:o3teQiti

Z−4

 えっと…。なに。レイ?どうした、んだ……??
 俺、杉村 葵――――訳あって、今の名前はローサ・スギームライ――――はこの国の姫であるレイ・スキャルテリー=アイチュラにキスされているのですが。
 レイ、もしかして、そんな趣味!?
 とか思ったのもつかの間。いつぞやの下唇にチクリという感触が。
 これって、つまり……生き血を吸われているとしか思えなくて。
 ……だとしたら、もしかしてレイは俺の正体に気づいてる……??
 それはそれで、まずいだろ。
「ちょ、ちょっと、姫!?」
 あまりの急展開に裏声がひっくり返ってとても甲高い声になってしまったが、俺だって、男――――訳あって!!今の姿は女の子だが!!――――!!いくら、バンパイヤでも、女の子であるレイに力で負けてたまるか!!
 俺は頑張ってレイの肩を押して、彼女との距離を置いた。
「姫、ど、どうしたんですか!?」
 ばれたとしても、裏声をやめない俺。本当、諦めが悪い。
「あなた……本当は――――。」
 レイは何かを言おうとした。
 レイは俺に何かを伝えようとしていた。
 だけど、それは遮断された。
 彼女の部屋のドアをノックする音で。







「姫、失礼します。――――。」
「どうぞ。――――シェル。」







 ……シェル――――――!?

「おや、誰かとお話しされていたのでは?」
「いえ、ただ今度のパーティーの演説練習を。」
「熱心なことで。」
「えらい子でしょう?」
 そう言ってレイは笑った。
 ただ、俺はその笑顔を見ることができていない。

 なぜなら、俺は今。クローゼットの中にいるからだ。

「聞くところによりますと、最近…というよりは、今日が初めてなのですが、こんな噂を聞きました。」
「また、城の侍女に声をかけたの?」
「いえ!あちらからかけてくるのです!!」
 少し焦ったような男の声はまだ若いようだ。
 と俺はクローゼットの中から推理する。
「それで?今日はどのような噂を?」
「はい。それが……。」
 どうやら、彼は情報通らしい。

「見知らぬ美少女が城の侍女服を着てシュンマと歩いているのを見たと。」

 俺は生唾を飲み込んだ。
 まさか。美少女、だと……?

「いえ、突っ込むところはそこではありません。」
「どうかされましたか?」
 レイが俺と同じように頭を抱えるしぐさをしていると俺はクローゼットの中から再び推理する。
「そ、それで、そのび、美少女、が、どうかされたの…?」
「いえ。ただ、姫に危険がなければそれでいいのですが。妙ですね。」
「どうしたの?」
「クローゼットに異物の気配が。」
 異物!?
 おい、それは俺に失礼じゃないか!?
「異物、などと恐ろしいことを言わないで。まるでカビじゃない。」
 ガーン。なんて、恐ろしくジェネレーションギャップの感じる言葉を使いながらも俺は今すごく傷ついている!!
「ははは、カビ、ですか。本当にその通りですね。」
「シェル!?」
 歯ぎしりの音が奴に聞こえそうだ。
「や、やめなさい。そんなことを言うのは!!」
「どうしてです?なぜあなたはその‘カビ’をかばうのですか?言葉をきれいにしたら‘不審者’ですよ。」
 ……不審者。俺はあの消防署の地図記号のような鉄の棒で城の兵隊にでも捕獲されるのかな。
「……違うわ。」
「何がです?」
「そこにいるのは、カビなどと言える者でも不審者でもない!!わたしの客人です!!その方に無礼な態度をとるならば、あなたも人のことを言えないはずです!!」
 レイ……。
「姫。よくお考えください。皆、姫のしあわせを願ってのことなのです。あなたは、今度の式典でチェオーク様と結ばれるべきなのです。」
「なんで、そんなことがあなたたちに決められるの!?」
「レイ様。」
「わたしの未来はわたしが決める!!わたしは、自分の運命を人に選ばせたりなどしない!!」
 レイ…!!
「そうですか。」
 シェルの低い声が聞こえた。
「シェ、ル……?」
 レイの震えた声が聞こえた。
 聞きなれた、すっと刃物を抜き取るような音が聞こえた。
 
 そして、シェル・レスティーは冷たく言った。

「では、あなた様には死んでいただくしかありません。」

 ……なんだと……?

「待て、コラあああああ!?」
 バン!!

「おや。」
「ァ……ローサ……!」

「あんた何言ってんだ!?レイがお前らの言いなりにならないからって殺すとか意味わかんないこと言うな!!レイはレイだし、レイの言ってることが100%間違ってるとか誰が言えるんだよ!!取り消せ、というより謝罪しろ!!」
 息を吸う間もなく一気にまくし立てた俺は肩で荒い呼吸をした。

「レイ様。どうやら‘カビ’は下品で失礼な女装趣味の変態のようですね。」


 「……!?」

 俺とレイは絶句した。


36 :仔空 :2009/04/09(木) 21:49:58 ID:mmVcoHon

Z−5

 だまされた。
 俺だけじゃない。レイも、目の前にいるこいつにだまされたんだ。

「おや、何も言えませんか。本当に、恥ずかしげもなくよくそのような格好ができますね。」
 そいつは鼻で笑い、俺を上から下まで見まわした。
「誰も自分から望んでるなんて言ってねーだろ。」
「おまけに言葉づかいもなっていない、となれば剣の腕はどうなのでしょう?」
 シェルは俺に剣の切っ先を向けた。
「やめなさい、シェル!!」
「いくら、姫様の命令でも背くことはできません。」
「なぜ!?」
「国王からの指令だからです。」
「……お父様、からの……。」
 …お父様。
 じゃあ、もしかすると……。
「姫様。知っておられましたか?ここにいる変態は男で、名前をアオイ・スギムラと名乗っている城の料理人です。そして、本名は――――。」
 シェルは俺の目を見たまま言った。
「――――本名は杉村 葵。あなたの恋人だった、人間です。」

「……!!」

 レイが口元を両手で覆った。
「あんたの言葉には一つ、間違いがあるね。」
 俺は、奴にそう言ってやった。
「は?」
 シェルは俺を馬鹿にした用に鼻で笑った。
「恋人だった、じゃない。恋人だ。だって、俺もレイもお互いにお互いのことを振ったわけじゃないし。」
 そして、あっかんべーをお見舞いしてやった。
 …う〜ん。なんとも幼稚だ。
「あ、アオイさんっ……あなたは……。」
「ごめん、レイ。あとでゆっくり話させて。」
 俺は、レイにそういいながらも、シェルから目線をそらさない。
「本当に言葉づかいがなっていませんね。その上、我が国の姫に向かって呼び捨てとは。自分の身分をわきまえなさい。」
 彼は静かにそう言うと。自分の腰にさしたもう一本の刀を俺へ投げた。
「……っと。」
「さあ、自分の力量を知るときが来たんじゃないか?」
「シェル!!やめなさいっ!!」
 俺は、自分の手元を見た。先ほど投げよこされた刀。いつも俺が使うような日本刀じゃない。おもいっきり西洋風。これじゃきっとミネウチとかできない。
 そして、目の前のヤツはもう目の前にいて――――。

 シェルの持つその刀が、俺に向かって振り下ろされた。
 キンッ。
 金属質な音がした。
 レイは口元を押さえて、目を見開いた。
 シェルは憎らしげに俺を見た。
 なぜって、俺が、無意識の内に刀を抜いていたから――――。
「反射神経はいい方のようだね。」
「……。」
 何で、刀を抜いたんだろう。自分でもわからなかった。ただ、そうするしか自分には生きのびることができなくて。本当に本能のままに刀を抜いていた。
 そんなことをしてしまう自分がなんだか不思議と少しだけ怖かった。
「シェル!!やめなさい!!アオイさんも!!」
 レイの必死の声が聞こえる。
 俺の名前が呼ばれるのはこんな時。もう、前のようにお互いを名前で呼ぶことはできないのかな。
 どうしてこうも俺たちは変わってしまうことを避けられないのかな。
 それも、これも、全部運命ってことなんだろうか……。
 そして、目の前にいるシェルという男にも運命があるなら、俺達の違いって一体何だったんだろうな。


37 :仔空 :2009/04/18(土) 15:53:19 ID:o3teQitL

[−1

 一目でわかる、貧困な姿。
 それでも、あなたは俺に手を差し伸べてくれた。
 俺に居場所を与えてくれた。



「あなた、名前は?」
「………シェル……。」
 彼女の問に俺は小さく答えた。
「シェル?どこから来たの?」
「わからない。」
「そう。あのね――――。」
 彼女が何かを俺に伝えようとしたとき、彼女の背後から声が聞こえた。
「姫様!」
 低い男の声。一瞬その声に驚いたが、まだ足は動かせた。俺は彼女の目の前から走り去ろうとした。
「ちょっとっ!?」
 だめだ。相手はこの国の姫なんだ。そんな人とかかわっちゃいけない。
 いや、逆か。
 姫は、俺みたいな人間とかかわっちゃいけないんだ。

 走っている俺は、後ろからの誰かの足音が聞こえるのに気がついた。
 でも、後ろを振り向けない。
 もしかしたら、さっきの男が俺を追いかけているのかもしれない。
 怖い。
 捕まったら、殺されるかもしれない。
 自分は何も悪いことをしてはいないけど、だけど怖かった。だって、俺はこんな汚い格好をしていて、もしかしたら、疫病なんてもんも持っているかも知れなかったから。
 だから、俺みたいなやつは姫とかかわっちゃいけない。
 風の抵抗に少し目を細めた時だった。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?」

 え?
 女の子?

 俺は走る速度をゆっくり落して、やがて止まった。
 後ろには、はあはあと息使いの荒い、さっきの姫がいた。

「待てって言っているのに、なぜ言うことを聞かない!?」
 その大きな声に俺は度肝を抜かれた。
「あたしが、待てと言っているんだ。何で、止まらなかった!?」
 今思えば、このときの姫は今のレイ様とは程遠い口のきき方だった。

「え、あ、ご、ごめんなさい。」
 とりあえず誤ると、次は彼女に手首をつかまれた。
 もう、何が何だかわからない。
「来なさい。」
「は?」
「は?じゃなくて。今すぐあたしと一緒にくるんだ。」
「どこへ?」
「城に決まっているだろ。」
 城!?
「嫌だ!!」
 俺は彼女の手を振り払った。
「な、何をする!?」
「俺はまだ死にたくない。城になんか行かない!!」
 その時の彼女の顔は覚えていない。
 いや、彼女自身の存在が俺の中でうやむやだ。
 だけど、覚えている。
 彼女が言った、次の言葉を。
「死にたくないなら、なおさらだ!!あたしだって、あなたを見殺しになんかしたくない!あなたはあたしに出会った瞬間から生きなくちゃいけないんだ!命令だぞ!?」

 なんで、そんなことを言われなくちゃいけないんだと思った。
 俺はそれまで一人で生きてきたなんて思っていないし、やっぱり、誰かがいないと俺だってここまで育たなかった。それは分かっているつもりだった。だけど。
 そんなこと、自分より年下に見える女の子からえらそうに言われて、俺はキレるんじゃなくて、自分自身に呆れていた。

 俺、今。何をすればいい……?
 何がなんだか全然わからなかった。

「お、れ……住むところ、ないんだ。」
「だったら、お城に住めばいい。」
「俺、金持ってない。」
「じゃあ、働けばいい。」
「俺、みたいなやつ……誰も、雇ってなんかくれないよ。」
「だったら、あたしが雇ってあげるよ。お城で働けば、通うこともしなくていいし、一石二鳥だ。」
「なんで……。」
「ん?」
「なんで、俺にそこまでしてくれるんだ。俺は、そこらへんで行き倒れたりしてもおかしくないような人間なんだ。あんたみたいなお姫様と会話だって、そう簡単に出来ないような――――。」
「うるさいな。」
 俺はそれまでそんな低くてドスのきいた女の子の声を聞いたことがなかった。
 女の子でも、そんな声、でるんだ……。
 正直なところ、若干ビビっていた。だけど、俺はどこか冷静で。その子は、うつむいたまままた静かに言うんだ。
「黙って、城についてこいと言っているんだ。それとも、何か?あたしに人殺しをしろとでもいう気か?この、あたしに!」
「い、いえ……。」
「わかったなら、ついてきなさい。ほら。」
 出された右手を見つめたまま、俺は動けないでいた。なんだ。この手は。
「また逃げられたらあたしがつかれるだけだからな。ほら。早く握りなさい。」
「い、いや。逃げないよ。」
「いや。悪いが、まだ君のことを信じ切っているわけではないから。」
 右手はひっこめられない。
「いや、俺の手、汚いから。」
「なんだ、そんなことを気にしていたのか。手など城に帰ってからいくらでも洗えるだろう。」
「え、っとそういうことじゃなくて……。」
「うじうじした男はモテないと城の侍女が言っていた。気をつけるんだな。」
 最終的に勝手に自分の左手をつかまれ、そのまま引っ張られて。しっかしりと強制的に握られた俺の左手。
「ほら、こっちだ。」
 そうして彼女は俺に住むところと、仕事と、居場所を与えてくれた。
 たまに夢の中で出てくるようなかすかな記憶。
 顔もうやむやで、はっきりと彼女の姿はわからない。だけど、あの時のはっきりとした口調と言葉は俺の大切な思い出だ。

 だから、もう少しの間だけでいい。そんな貴方を守りたい。
 このたった一つの命を賭けてでも。

 それはずっと昔、俺が彼女に雇われた瞬間から胸に決意したこと。
 それだけは、誰にだって譲れない。
 たとえそれが、目の前にいる姫の愛した人だとしても。
 俺は、俺の使命を尽くすだけだ。
 そう。それだけ。


38 :仔空 :2009/06/06(土) 03:24:57 ID:mmVcoGkH

[−2

 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。わからない。もしかしたら、少しの間時間が止まっているんじゃないかって思うくらい、俺とシェル・レスティーの間の時間はゆっくりとしていた。一歩も引かなければ、お互い一歩踏み出すこともない。まさか、ほぼ自営業で、このまえたった一度だけ刀を握った俺が、城の最高位であろう兵士とこんな緊迫した時間を一緒にするなんて。

 生唾を飲み込んだ。
 さあ、俺に明日はあるんだろうか……。

「姫をどうする気だ。」
 は?
 いきなりそんなことを言われても、困る。
「この方を、どうするつもりかと聞いている。答えられないなら、不法侵入者及び姫へ危害を加えるものとして処分する。」
「処分、というと……?」
「そうだな。まずはこの場で気絶させ、そのあと処刑台いき、罰せられる。ということになるだろうな。まさか、姫の自室で血なまぐさいことをするわけにはいかない。」
 なるほど。それもそうだ。
「じゃあ、今日はこれで失礼します。」
「は?」
「俺、やらなくちゃいけないこと、あるんで。今ここで死ぬわけにはいかないし。だから、ここはちょっと――――。」
「逃げる、と?」
「はい。」
 喧嘩なんて出来ない。俺は刀を握れない。この手は、今。レイを喜ばすために。もう一度俺に振り向いてもらうために使いたい。ここでシェルと争ってもレイは振り向いてくれない。
「弱者が。自分の弱さを認めるとは、まだ賢いということかな?」
「とにかく、俺はもうここには来ませんから。それでいいですか?じゃあ。」
 俺は刀をゆっくりと地面に置くと、シェルに背を向けた。
「君は、世界を甘く見すぎているようだね。」
「俺は、甘いものは嫌いです。」
 一度とめた足をもう一度進める。
「自分がいま、背中から切り殺されるかも知れないのに、よく背を向けれるね。」
「殺されないでしょ。さっき言ったじゃないですか。」
 俺は、振り返り、シェルを見た。
「姫の部屋、汚しちゃいけないから。」



「ただいま、ルア……――っ!?」
「おかえり、スギムラくん……――っ!?」

 「そ、その格好は!?」

 きれいにハモれたね。
 じゃなくてっ!!

「なんで、ルアがドレスを……?」
「スギムラくんこそ、何で城の侍女服を……?」

 確かに、俺の格好の方が数倍、変人度上昇気味だ。なんだよ、変人度って。自分で言って悲しくなるのは俺だけ…?

「えっと、これは……。」
「かわいいじゃないか。同じ女として嫉妬してしまうぞ。」
「ミッシェルさんと同じこと言ってる……。」
 なんだろう。この頬を伝う生暖かい水は。
「なんだ、感動して泣いているのか?」
 なんで、感動するんだ。
「そうじゃないよ。それより、何でルアがドレスを?」
「やっぱり、似合わないかな……。」
「そんなことないと思うけど。」
 やっぱり、強気なことを言っていてもルアも女の子なんだ、なんて父親気分になっているのは俊馬さんの影響か……??
「今のスギムラくんのその格好で言われても素直に喜べないな。」
「それは俺のせいじゃないから。」
 ルアの困った顔に俺も苦笑した。
「でも、嬉しかった。ありがとう。」
 
 ……あー。何だよ。
 だめだな。俺。
 今のルアの笑顔と今まで見ていたレイの笑顔を照らし合わせて、勝手に変な錯覚に陥ってしまっている。
 本当、……最低なやつだ。
「今、レイのことを考えていただろう?」
「えっ!?」
 エスパー!?
「エスパーではないぞ。」
「いや、何でわかったの!?」
「別にあたしのことを見て、レイを思っても構わないんだ、スギムラくん。」
「ルア……?」
「本当の想いはレイに伝えるために、レイだけに伝えてほしい。あたしは、レイに幸せになってほしいから。だから……。」
「……。」
「だから、あたしとレイを同時に思って、自己嫌悪に陥るのはやめてほしい。」
「……っ。」
「泣きたいときは一緒に泣こう。笑いたいときは一緒に笑おう。怒っているときも悲しんでいるときも。だって、あたしたちは同じ屋根の下に住む家族だろう?」
「……っお、俺……。」
「いずれ、お兄ちゃんと呼ぶ相手だ。遠慮なんかいらない。」
「……俺、今までレイのことばかり考えてた。自分が誰かに支えられていたなんて、気づいていなかった。」
「だけど、今。気づいたんだろ?」
「……っああ。だから、もう一つルアにお願いがあるんだ。」
「ん?」
「今度のパーティー、絶対に成功させる。手を貸してほしい。」
「お安い御用さ。」

 愛情とか恋心なんて言うのとは全然違う。
 しいて言うなら友情。
 俺は、きっとたくさんの人に支えられてる。
 だったら、気づいた今。その人たちに何倍にも、何十倍にもして返したい。
 俺が持っている最高のチカラで。
 


39 :仔空 :2009/07/19(日) 18:44:00 ID:o3teQitk

[−3

「遅れてすみません……って、どうしたんですか!?」
 朝寝坊なんて、なんだか懐かしいことをしてしまった今朝。もう昼近くになってしまいましたが、とりあえずお城に向かってみると、なんとそこは――――。
「何があったんですか、みなさん!」
「……ぅ…ス、ギム、ラ……。」
「りょ、料理、りょ、ぅり……ちょ…ぅ、が……。」
「料理長っ!?」
 まさに、生き地獄。
 一人のシェフが指をさした向こうに何かがあるらしく、俺はそこに向かうことにした。

 ガチャガチャガチャ……。

 確かに、何だか騒々しいような…。

 ドカーンッ!バヒューンッ!

 え、バズーカ…!?

 そして、俺の目の前にあったのは……。

「せやから、俺は、葵のこと応援する言うてるやん!」
「そんな、似非関西弁をしゃべるようなやつに葵のことを頼んだ覚えはないよ!?」
「だから〜〜っ!!ここは、料理を作る場所なんだけどー!?邪魔なんだけど、あんたらー!?」
「つか、俺、別に似非とか言われる筋合いないし!俺は、生まれも育ちも関西やで!?」
「つか、あんたにあんたって言われる筋合いない!邪魔呼ばわりされる筋合いもない!」
「つか、……つか、ここの料理長だけど、俺……。たぶん、一番年上だけど、俺……。」

 あ、料理長が泣いた。

「いい加減に、やめなさいっ!!」

 本当、こういうときってつくづく女性が強いんだって思うのは、俺だけだろうか…。
「うわ〜ん、ミッシェル〜っ!」
「あんたも、いい年こいて泣いてないでくれる?こっちが恥ずかしいのよ。」
「……ミッシェルちゃん、今日は一段とご機嫌斜め…?」
「誰のおかげだと思って?それより、何でこんなところにシュンマさんがいるんですか、自分の職務に就けばいいじゃないですか。ここは厨房です。」
 すごい、やっぱりミッシェルさんて強いね。

 おい、誰だ。今影のボスだと言ったのは。……俺は知らないぞ。
「それに、あなた。……いったい誰なんですか?」
「え?俺?」
 その男は自分を指さす。
「あなた以外は素性が知れています。」
「そ、っそうだよー!?……ぐずっ。まったく、大の男が泣くなんて、これ以上恥ずかしいことないんだからねー!?…っぐず。」
 あんたはいつまで泣いているんですか、料理長……。
「じゃあ、しょうがない。名のろうじゃないの。俺の名前はね……。」
 そして、その男はゆっくりと口を開く。

「俺の名前は、コウ・スギムラ=マイケルさっ♪気軽にマイコーと呼びたまえ★」

 適当にマイケルって名前入れればいいってもんじゃないからね。世界中のマイケルが泣き叫ぶわ。

「てめーは、一体何しに来たんだ…?」
 俺はいつもより一段と低い声でやつに問う。

「なあ、マイコー??」
 青筋が浮かびそうだ。
「Oh !
 My brother!」
 まさかだけど、英語は通じないんだ、この世界。
 まわりのみんなは頭に??を浮かべている。
「アオイ、知り合いか?」
 そして、あきらかに軽蔑のまなざしで見てくるトーマ。
「いいや。」
 俺は即答した。限りなく貴重なこの世界での友達をなくしたくなかったから。
「おーい!!即答かよっ!!さみしいじゃん!あ・お・い・く・ん♪」
「あんたは相変わらず気持ち悪いね。」
 つい、口からそんな言葉が出た。
「やっぱり、知りあいなんだー?……っぐす。」
「以外ね。スギムラくんにこんな変人の知り合いがいたなんて。」
「大丈夫だ。アオイ。俺はこんなことでお前を嫌いになったりしないから。うん。大丈夫。」
 また泣きそうになっている料理長。え、なんか怒ってます?って思わせる態度のミッシェルさん。そして、なぜか自分に暗示をかけてまで俺との友情を誓ってくれるトーマ。
 しかも、それは伝染するかのように、他のシェフにもうつっていった……。

 ぼそぼそと聞こえる大丈夫発言は、なんだか呪文を唱えられているようで。
「あんたのせいだぞ。」
 俺はとりあえず、目の前にいるそいつにこの奇妙な状態を生んだ罪をかぶせることにした。
「本当に、何しに来たんだ、兄貴……。」
「え?兄貴?」
 やばい。誰かに聞かれたみたいだ。

「だから、お兄ちゃんと呼べって言ってるだろ!?」
「お兄ちゃん!?」

 あれ?前にもこんなことってあったような…ん?デジャビュ?

「んなわけあるかああああ!!」
「うぉ。」
「2度同じ過ちは繰り返さないんだよ、俺は。何しに来たのか、言え!!くそ兄貴がぁ!?」
「あれ?葵てあんなキャラやったか……?」
「ぐすっ。キャラ崩壊……?」
「……してない?って何でまだ泣いてるの、料理長。」
「大丈夫。俺はそんなアオイとでも友達で入れる。うん。大丈夫。」

「ほらほら、葵くん?みんなが見てるでしょうが。それより、あれ?いつの間にこんなにお友達が出来ちゃったの?レイちゃんは?仲直りした?」
「今はそんな話してんじゃないだろ。何しに来た。何でここにいる。10文字以内で述べろ。」
「じゅ、10文字!?それは、ちょっときつい……。」
「述べろ。」
「ええと。そろそろ登場しとかないと、影が薄くなってるかなぁって。てへ♪」
「10文字超えてるだろうがああああ!?つか、なんだ。その理由は!?それと、最後のてへ♪はマジでキモい!!!」

「葵のツッコミが俺よりうまなってる……。」
「今さらだけど、ここ厨房なんですけど……ぐすっ。」
「あんたは、いい加減泣きやめ。」
「大丈夫。俺はそんなアオイでも受け止めるから。うん。大丈夫。」
 昼下がりの厨房。何が悲しくて実の兄貴を突っ込まなくちゃいけないんだろう……。

 ああ、あれか。俺が寝坊したのが、全部の原因なんだ。


40 :仔空 :2009/08/11(火) 20:06:30 ID:nmz3m4PL

[−4

「レイ様。」
「はい。」
「チェオーク様から花束が届きました。」
「そう。」






「…ぇ……?」
「………入りなさい。」
「はい。」

「姫様、どうなさいますか?」
「城の廊下に飾っておいて。」
「はぁ。…あの、お礼の手紙はどうなさいますか?」



「……いいわ。書かなくて。」



「はい。承知しました。」
「………。」



バタン。

「……はぁ。」

コンコン。

「………。」



「ひーめっ?」
「……はい。」
「入ってええかな?」
「……どうぞ。」



「失礼しまーすっ。」
「……。」
「なんや、元気あらへんなー?」
「……そうですか……?」
「あー。まあなぁ。俺でもわかるぐらいやで?」
「…………そうですか。」
「なんかあったんか……?」
「………別に。」
「そーか。」
「何か用ですか?シュンマ。」
「いいやー。久し振りに姫ちゃんの顔みたいなぁ思うて。」
「この前あったところ。」
「せやったかー?あははは。」
「………。」
「ほんま、なしたん?レイ。」
「気安くわたしの名前を呼ばないで。」
「んな、固いこと言うなやぁ。イロンナことしあった仲やん。」
「なんのこと。」
「レイ。お前……。」
「シュンマ・ハセガワ。今すぐこの部屋から出て。」
「それは出来ひんわ。……なあレイ。お前――――俺のこと忘れてへんやろ。」
「――――っ!」
「わかるんやで。……なぁ。どういうこっちゃ。」
「……。」
「なあ?レイ。答えてーな。」



「……っう、しゅんま……っ!」



「よし。ほんま……悪かったなぁ。今までつらい思いさせて。ごめんな、勝手に結婚して。」
「うっく、……ぁう……わあああああん!!」
「俺は、お前が俺のこと忘れてるって知ってた。そう思うてた。せやから、麗恵にプロポーズして、結婚した。――――ほんまは、俺はお前にプロポーズせな、お前を幸せにせなあかんかったんになぁ。ごめんな……レイ。でも、お前には新しい恋人がおるんや。お前のこと、本気で愛してるやつがおるんや。本気でお前を幸せにしようと考えてる男がおるんや。王族とかそういうの全然関係ない。自分の前にどんな壁があっても、それ飛び越えてお前のこと幸せにしようと考えてるやつや。……わかるか?」
「……っぅっく……ひくっ…。……だあれ……?」
「杉村 葵や。」
「……?」
「思い出せ。レイ。俺のこと忘れてええ。俺のこと全部忘れてでも葵のこと思い出してくれ!」


「俊馬…?……誰のことを言っているの……?」


「…な、なんでや……?なんで俺のこと、覚えてるのに葵のこと覚えてへんのや!?」
「そのあおいって……アオイさんのこと……?」
「アオ、イさん?」
「―――――あのね、俊馬。ひとつ知っておいてほしいことがあるの。」
「なんや。」
「わたしの中のあなたの記憶は、‘あなたが結婚したから‘戻ったの。昔愛した者の記憶を取り戻すにはその者が誰かと結ばれなくちゃいけないの。………だから……。」
「レイ……。」
「だから、きっとわたしの中で‘すぎむら あおい’という人の記憶はその人が結婚しないと戻ってこないの。」
「何で笑うてるんや。レイ。お前、悲しいないんか……?」
「どうして?わたしは、その人のこと知らないのよ?」
「そんなことあるはずない。そんなことあらへん!レイ、お前のことを大切に思うてるやつや、お前もそいつのことを大切に思うてるはずや!」
「わからないわ。俊馬。……もういいわ。今夜は冷えるでしょう?わたしはもう寝るから。あなたも休みなさい。明日も早いでしょう?」
「レイ!」
「――忘れてないでください。あなたは一介の兵士。わたしはこの国の王位第一継承者なのです。立場をわきまえなさい。」
「……っ!」
「では、おやすみなさい。俊馬。」

 そうして、月は雲に隠れる。


41 :仔空 :2009/08/20(木) 01:06:27 ID:mmVcoHom

[−5

「あー、ルアちゃん♪久し振りー☆」
「久し振り。お兄ちゃん。」
「ん〜♪いいねー☆お兄ちゃん。もっと呼んで!」
「変態か。」
「ツンデレ!葵!今はやりのツンデレですか!」
 流行りなの?いや、別に兄貴にデレることはないと思う。
「相変わらずだな、2人とも。」
「ルア、それはどういう意味?相変わらず馬鹿だって?この兄貴が。」
「葵、それはどういう意味?何で俺限定?2人ともって言っているじゃんか。」
「そうだぞ。どういう意味?何で男が増えてんだ?これ。」
 やっぱり、この人はいきなり現れる。
「おかえり、お義父さん。」
「あ、どうもお邪魔してます、オトウサン。……っておとーさん!?え?この人ルアちゃんのパパ!?若くない!?」
「義父なんだ、お兄ちゃん。」
「ルア、そろそろそのお兄ちゃん、てやめて。この人本気で図に乗るから。」
「そうだぞ。ルア。何で息子が2人に増えているんだ。」
「あ、どうも。コウ・スギムラ=マイケルです。ここにいるアオイくんのお兄ちゃんやってます★」
 ふとリックさんの顔を見ると、目が点になっていた。
 どうやら、兄貴のテンションについていけないようだ。
 お気持ちはよくわかります、リックさん。
「本当にこの男がアオイの兄弟なのか?……似ていないな……。」
「そっくりじゃないか!」
「そう?♪」
「いや、ホント、そっくりだけはかんべん。」



「用件は。」
「葵に会いたかったの〜♪」
「くたばれ。」
「………ルアちゃあん!」
「やめてくれ。ルアを巻き込むな、マイケル。」
 え。何で?何でマイケルって呼んでいるんですか、リックさん。
「だから、用件は!」
「よーけん?だからぁ、葵に――――。」
「それはもう、いいから。聞きあきたから。……あんたが何の意味もなくここへ来るはずがないだろ。なんかあったんじゃないのか。」
「そろそろ結婚式の準備しなくちゃいけないんじゃないかなって。でも、早すぎたみたいだね。」
「……。」
「誰と誰の結婚式のことを言っているんだ、マイケル。」
「葵とレイちゃんのです。」
「兄貴!?」
 いや、それ言うのはリックさんには早すぎ…っていうか、ルアにも俺にも早すぎだぁ!!
「そ、そうだったのか……?」
「え?あの、リックさん??」
「お義父さん?」
「パパー?」
「おい、パパって言うな。変態。」
 とりあえず、放心状態のリックさんには悪いが、兄貴へツッコム。
「どうしたんだ、お義父さん。」
「そうですよ、リックさん。どうしたんですか?」
「葵!!」
「はい!?」
 とつぜんの彼の大声に思わず身を固くしてしまった俺達3人は一斉に彼を見た。
「なぜ、もっと早く言ってくれなかったんだ!!あ、ほら。準備とかだ!!何がいい?何色にする!?」
「え……あの……何がですか?何が何色になるんですか?」
「結婚式にきまってるだろー!!」
「は……?」
 今度は俺とルアが放心状態。
「うわぁ!パパさん!!なんていい人なんだ!!俺は、今までにこんなにも自分と気の合う人間に出会えていただろうか?いいや、出会えていない!!――――おとうさん!僕と一緒にレイちゃんと葵くんの結婚式を成功させましょう!!」
「おうよ!!成功させてやんよ!任せろ!!」

「ルア…?俺、どこから突っ込めばいい?迷うよ。」
「あたしもだ。これだから、今まで一緒にいなかったのにフラッと帰ってきて、言いたい放題の野郎は困る。あ、なんか頭痛くなってきた。」
「俺もだ……。」

「なんだ、2人とも頭痛がするのか!?俺は医者だから、ほら、見せてみなさい。」
「へえ、おとうさん、お医者さんなんですか。すごいですね。」
「いいや〜。そんなに褒められると照れる、照れる。」
「またまた〜、謙遜しちゃって〜。」
「謙遜なんて言葉知っているのか。すごいな、マイケルは!!」
 そう言って、2人で笑っている。
 あれ?なんだろう。取り残されてない?俺。いや、俺達。
「あれ?ルア?」
 気がつくと、隣にルアの姿はなかった……。ってどんなミステリーだよ!
 あれ?なんだろう。何一人でぼけてつっこんでるの俺。つっこむとこそこじゃないだろ!俺!

 あー、でもいいや。めんどくせ。
 そして、まだ男2人は2人で笑い合っている。……暑苦しい……。

 自分の精神のためにもほら、明日も早いし今日はもう寝よう。うん。はい、おやすみなさい。


42 :仔空 :2009/09/04(金) 20:31:38 ID:WmknxDLi

\−1

「ほら、アオイ!見てくれ!!」
「おー、すごいな、これ。」
「だろー?」
 今朝、厨房へ向かった俺の目の前に広がったのは真っ赤な苺。苺。苺。
 苺の山だ。
「いい匂い。ねえトーマ。これどこから採ってきたの?」
「ん?あー、じいさんの山から。いちご専用の畑で埋まった山が一つあったから、そこから。」
「へぇ。おじいさんの。」
「へぇ、……これ、全部?」
「おう。」
「……おじいさんの山って、大きいの?」
「こっから見えるけど?」

「見たい!!」

 俺とミッシェルさんは声をそろえた。

「ほら、あの向こうの、向こうの山。あれ、いちごの山。」
「いちごの山?」
「おじいさんの山、だろ?」
「ま、そうだけど。」
「もしかして、手前の山もおじいさんの山とか?」
「なんでわかるんだミッシェル!手前のもじいさんのだけど。何、山の顔がわかるのか?」
「山の顔ってなんだ…。」
「わからないわよ、ただ、文脈的にね?」
「そうかー。一番こっち側のはキノコとかあるらしいけど、真ん中のはわかんないんだ。あ、でもいちごの向こうはヒノキで、その向こうは――――。」
「まだあんのかよ!?」
「多いわ!!」
「な、なんだよ…2人して突っ込むなよ。怖いなぁ。」
 怖いのはお前のおじいさんだ!どんだけ土地所有しているんだよ。
「もしかして、トーマってどこかのお坊ちゃんなのかしら?」
 小声でミッシェルさんが俺に聞いた。
「俺に聞かないでくださいよ。でも、そうっぽいですよね。」
「そっかぁ、お坊ちゃん……♪」
「み、ミッシェルさん…?」
 その後トーマは自分の持ち場につき、ミッシェルさんはルンルンのまま仕事をしていた。
 俺は、真っ赤な苺の山と窓から見えるトーマのおじいさんの山を交互に、にらみながら仕事に手を付けた。



 俺、杉村 鋼は今。
 一人の男とにらみ合っている。
「おう。久し振り。」
「そうだな。」
 男の名前は何だったか。忘れた。
「…俺のこと、覚えていないだろ。」
「いいや?覚えているさ。ただ、名前が出てこないだけだよ。」
「老化現象の始まりだな。」
「トウヤ。」
 そうかトウヤか。
 1番年下のその子がそいつを制してくれたおかげでようやく思い出せた。
「君の名前は覚えてるよ。確かアイリちゃん。」
「チャンはいりません。」
 アイリは青い顔をしていった。
「あれ?今日はもう一人、いないんだな?」
「ユオのこと、覚えていたなんて意外だな。」
「俺、人の顔覚えるの得なの。」
「じゃあ、何で俺のこと覚えてなかったんだ?」
「さぁ。」
 にらみ合う俺達の間に入るようにアイリが再び口を開いた。
「ユオは祭礼の準備に忙しいんですよ。」
「祭礼?」
「今度城で行われる式典です。まあ、パーティーみたいなものですけどね。」
「パーティーの準備にユオくんが?」
「あいつは鍛冶屋だからな。式典で納める剣を作っているんだ。気合入れて、毎日親父さんと2人で汗水たらして鉄をうってる。」
「式典で剣はいらないはずだが……。」
 お茶を持ったルアちゃんが口をはさんだ。お茶、いっただっきまーす♪
「今回は少し違うんです。何でも姫の婚礼の式があるとか。ですが結構前から決まっている話のはずですよ?」
「は?」
 え。何?レイちゃん結婚するの??
「なんだ、知らないのか。」
「あたしも知らないぞ?」
「そうなのか?でも、めでたいだろ?」
「そうですね。16歳にもなられましたし。」
「ああ、めでたいよな。めでたい、めでたい。」
「は?」
「なんだ、お前。喧嘩売ってんのか?」
「トウヤ。コウさんも。喧嘩はやめてください。おめでたいことじゃないですか。姫のしあわせは国民のしあわせでしょう?」
「めでたい、めでたい、ってあんたら何!?レイちゃんの中に赤ちゃんでも出来てんのか!?」
「何言ってんだ、お前。」
「落ちついてくれ、お兄ちゃん。相手はたぶん隣国の皇子だろう。」
「ま、顔も見たことのない相手と子供をこさえるなんて無理ですね。」
「顔も見たことない……?」
「そうです、今度の式典がお見合いみたいなものですね。」
「そんなんでレイちゃん、幸せか?」
「お前、さっきから思ってたけどな、レイちゃん、レイちゃんって気安く呼びすぎだ。」
「何言ってる、将来的に俺の妹になる娘だぞ。チャン付けして何が悪い。」
「はい?」
「何を言っているんですか?」
「とにかく!俺は葵に伝えてくる!あいつ、まだ知らないはずだ。やめさせる。」
「何をやめさせる気だ?お兄ちゃん。」
「式に決まってるだろ、ルアちゃん。」
 止めに入ったルアちゃんにこたえる俺。すると、次はトウヤが間に入った。
「何言ってんだ。それにアオイは城で働いているんだろう?だったらもう知っているはずだぜ。」
「そうです、それにいまさら式をやめさせるなんて、一国民のあなたには無理です。式までもう1週間切っています。」
「それでも、葵に言う!!」
「お兄ちゃん!!」
「おい、お前!!」
 立ち上がった俺を止めるルアちゃんとトウヤ。
 そんなとき、冷たい声が聞こえた。


「やめさせる?何を言っているんですか。」


「アイリ…ちゃん…?」

「無理です。もうすでに式は始まったも同じ。城の兵もその日のために動いています。」
「どういうことだ?」
「トウヤも準備しているはずです。」
「……っ。」
「俺も式典の準備をしています。そのためにここに来たんです。ルア、包帯と傷薬、大量にください。100人分は必要です。」
「アイリ、どういうことだ?わけも分からずそんな大量の薬を渡せない。」
「わからない?そんなはずはないでしょう?今までのどの式典でもそうでした。うちの舎弟どもが喧嘩をするのは目に見えています。」
「しゃ、舎弟……?」
 え、今、舎弟って言いました…?
 固まっている俺の横で呑気に口を開くルアちゃん。
「止めればいいじゃないか。」
「止められたらこんな出費しなくて済むんですけどね。どうも奴らは血の気が多くていけません。」
「え、何。アイリちゃんて組長とかしてんの…?」
「お前、本当に何にも知らないんだな。アイリの家は代々任侠の柱みたいな役割果たしてる、トップレベルのヤクザだぜ?」
「えー…意外だ。」
「ちなみに、トウヤは洋服屋だ。」
「え、そうなの。」
「仕立て屋、って言え。」
「どっちも一緒です。」
「似合わない仕事してんねー。いや、普通逆じゃない?君と君は。」
 俺はトウヤとアイリをそれぞれ指さした。
「印象とそれが違うからおもしろいんでしょ、世の中は。それよりいいんですか?お兄さん。アオイに何か伝えるんじゃありませんでした?」
「あ、そうだ!葵に伝えるんだ!!」
 そう言って、スティウィア家を飛び出した。待ってろよ!葵!!



 鋼の去った後。
「まあ、それがちゃんと意味をなすかどうかわかりませんが。」
「アイリってどっちつかず、だよな。」
「さっきは無理だとか言っていたのに。」
「どちらが楽しいかなって考えてみたんです。今はコウさんを走らせた方がいいという考えに結びついたんで。あ、ルア、薬ありがとうございます。伝票貰いますね。」
「あ、ああ。」
「じゃ、また。」
 バタン。


 アイリが去った後。
「俺、あいつがたまに恐ろしくなるよ。」
「あたしもだ。」
「ま、それがこの世の面白さなんだろうけど。そうだルア。アオイの服、何かあるか?」
「何に使うんだ?」
「採寸に。ちょっとな。」
「そうか。あ、いいのがある。ちょっと待ってくれ。」
 そう言ってルアが持ってきたのは先日葵が来ていた城の侍女服だった。
「これが入る体だ。」
「え、何でこれ持って来たんだ?」
「それもこの世のおもしろさの一つさ。」
 ルアの言葉にトウヤは苦笑した。


43 :仔空 :2009/09/22(火) 16:28:50 ID:PmQHQ4Vn

\−2

「葵、ちょっとええか?」

 苺とにらめっこしている俺の元へ来たのは、少し暗い顔をした俊馬さんだった。

「どうしたんですか?暗い顔して。」
「いや、ちょっとな。――ここじゃあれやし、場所、変えてええか?」
「あ、ちょっと待ってください?料理長――っ。」
「行ってきていいよー。」
「あ、はい。」
 遠くにいると思ったら、案外近くにいた…。
「門限までには帰ってきてねー?」
「え、門限て何時ですか。」
「なら、いこか。」
「俊馬さん門限何時かわかったんですか!?」
 手を振っている料理長に軽くお辞儀をして、俺は俊馬さんの後を追った。

 変だな、と思った。

 俊馬さん、俺の目、一度も見ていなかったから。



「どこまで行くんですか?」
「ひとけがないとこまで。あんまり人に聞かれたくないからな。」
「何かいけない話、ですか……?」
「そうかも、な……。」

 なんだろう。なんか怖いんですけど。いつもテンションが高い人がこうも低いものを持っているとなんとなく不安だ。

「葵、落ちついて聞いてくれや。」

 本当にひとけのない、本当に誰にも聞かれなさそうな場所に連れていかれた俺はまず、彼にそう言われた。
 何だろう。父か母が危篤状態とでも言うのだろうか。
 いや、ならなぜそれを俊馬さんが言うのだ。

「俺、昨日レイに会うたんやけど、な。」

 そんな始まりだった。

「レイがどうかしたんですか?」

 俺がそう聞くと、彼は余計に俺から視線を外し、顔もそらしてしまった。

「あんな、……その、言いにくいこと、やねんけど、な……。」
 歯切れが悪い。

「何言われても構いませんよ、大丈夫ですから。教えてください。」
 俺はそう彼に伝えた。
 大丈夫、レイが貧血で倒れたなら、また俺が血を与えに行く。
 それくらいの覚悟ならできているんだから。



「あんな、その……レイ、がな……。」



 大丈夫。

「レイが、どうしたんです?」



「レイがな、――――俺のこと、覚えてんねん。」



 え?



「葵?」
「あの……言いたいことってそれ、ですか?」
「せや?」
 俺は目の前にいる葵の表情が不思議でならんかった。
 何で、こいつ、こんな落ちついてるんや…?

「なんだぁ。俺、またレイが倒れたのかと思いましたよ。」

「なんだぁって、そんな…ええ!?こっちは勇気振りしぼって葵に伝えたんに!」
 やっぱ、こいつはレイのこと本気で愛してるんやな。
 レイのこと、レイの体調のこと、一番に考えてる。
 でも、その気持ちの大きさに本人は気づいてへん。てれたように頭の後ろに手をやって、のんきにそいつは言ったものだ。
「あー、すみません。でも、それ。俺結構前に思ってました。レイって本当は俊馬さんのこと覚えているんじゃないかなって。」
「なんでや…?」
「レイ、俺と初めて会ったとき、名前は自分で名乗れって言ってました。それに、おおきにって…レイ、俺に対しては関西弁で話すんですよ。なれてないみたいでしたけど。それと、フェアリ。俺達の国で言う和菓子にあまりいい思い出がないってこの前の潜入捜査のときに言っていました。」
 潜入捜査という言葉を口にしたとき、少し顔をゆがめた。
 こいつ、ほんまおもろいやっちゃなぁ。
「そーか…。でもな、俺、もう一つお前に伝えておかなあかんこと、あるねん。」
「なんですか?」
 そう、これを伝えなくてはここまで来た意味がない。
 早くそれを伝えなくちゃいけない。
 言え、言うんや、俺。


44 :仔空 :2009/10/03(土) 01:19:07 ID:PmQHQ4V7

\−3
 さらに深刻な顔をしている俊馬さんの言葉に、さすがの俺でも驚きを隠せなかった。



「レイは、言うてた。―――俺と麗恵が結婚したから、自分は俺の記憶を取り戻した、と。
 あいつは……お前が誰かと結婚せな、お前の記憶を……取り戻すことはないんや。逆にいえば、お前が誰かと結婚すれば、今すぐにでもレイはお前の記憶を取り戻せる。」



「……。」
「ん?あれー?あー君?……鍋の水、あふれてるよー。」
「え?……あ。」
「どうしたのー?さっきからおかしいよー?……シュンマの所から帰ってきてから。」
「い、いえ。別に……。」
 答えるにもこたえられない。
「つかれてるのかなー?ごめんね、人手がたりなくてー…。休憩、しておいでー?」
「料理長……。すみません……。」
「謝ることじゃないよー?あー君。あ、休憩変わりといっちゃなんだけど、ある人の昔話、聞く?」
「ある人…?」
「そ。詰まんない話だけどねー。」
 そう言って、料理長は微笑んだ。



 厨房の裏に、俺と料理長は並んで腰をおろしていた。手には彼が俺に買ってくれたミルクティー。まだ温かい。
 俺がそれを一口飲むと、料理長は話し始めた。
「その人は、ある小さな町の料理屋の息子だったんだ。その人は自分の両親に影響されてか、自分も料理人を目指すようになっていた。そして夢がかなったある日、その人の店にあるお客さんがきたんだよね。それが、この城の兵士で。その兵士から侍女長、侍女長から大臣ってだんだん噂が広まっていたらしいんだけど、そんなのその人は全然知らないんだ。まさか、自分が城に呼ばれるほどの腕をもった料理人だなんて噂されているなんて。」
「それで、その人はこの城、に…?」
「うん。でも、その話が来たとき、その人は困ったんだって。こんな小さな町の料理屋からいきなりお城の厨房だよ?驚くよー。それに、その町から城までかなりの距離があってね、通うどころか、長い休日でも貰わなくちゃ実家に帰れないくらいの距離。自分に任された店はどうなるんだろう、町の人はどう思うだろうとか、まあ若いなりに色々考えちゃったんだね。大変だよー。」
 料理長は少し眉間にしわを寄せた。
「そうやって悶々としているときにある言葉をかけてくれた人が、その人のお父さんだったんだ。」
「ある言葉……?」
「それは‘人に頼られるって気持ちのいいことでもあるし、その人にとって負担になることでもあるんだ’って言葉。どっちにとらえられるかはそいつ自身。気持ちがいいって思えたら、あとのことはほっといてでも頼られた分、頑張れるもんだって。俺達はお前を頼りにしてる。後は自分の気持ち次第だって、父親は言ったよ。」
「……。」
「その言葉のおかげかどうかはわかんないけど、その人は頑張って、人に頼られるってことに快感を覚えた。だから、今ここにこうやって立って、料理長だなんて呼ばれているんだよ、ね?あー君。まあ、何が言いたかったかって言うとー。何事も発想の転換が大事なんだって俺は思う。」
 料理長は立ち上がり、俺に自分の右手を差し出した。
「俺はアオイ・スギムラを頼りにしているよー。君が何に悩んでいるのか、俺にはわかんないけど。でも、そのことも考えかたを変えればヒントぐらい与えてくれるんじゃないかなー?あはは。まあ後は、あー君自身の問題。後は君の気持ち次第だ。」
 俺は彼の右手を取った。
 立ち上がり、左手に持っているミルクティーの残りを飲み干した。
「ありがとうございます、料理長。」
「うん♪」
 取った手を握手に変え、そっと離した。彼の手は冷たかったし、手に持っているミルクティーもだいぶ冷めていた。だけど、俺の右手も左手も全然冷たくならない。むしろ温かくなった。
「頑張ります、俺。」
「頑張ってー?期待、してるよ。」
「はい!」
 俺は急ぎ足で厨房に戻った。


45 :仔空 :2009/10/08(木) 15:56:51 ID:PmQHQ4V7

\−4

 厨房に戻った。

 温かくなった手と心を持っていた俺は、瞬時にそのふたつを奪われた。
 目の前の状況に。



「なんだ…これ……。」
「アオイ…。」
「スギムラくん……。」
 顔を真っ青にした上司と同僚がいた。

「あ、葵♪」

 そしてエプロンをした兄貴がいた。

「これ、見て♪」

 手にしていたのは、包丁。先端には茶色っぽいものが付いている。

「何、しているんだ…?」
「何って、お菓子作り♪」
「兄貴、お菓子作り、できた、の…?」
「うん♪俺だって、パティシエだよ?お菓子ぐらい作れるって♪」
「……。」
「スギムラくん?これ、どういうこと?」
「どういうことも何も、目の前の男に聞いてください。……あ、駄目。俺、この匂いダメ。」
 厨房に広がる甘い香り。

 まぎれもなく、それはチョコレートの匂いだ。

「ひっさしぶりだろ?この匂い♪」
 とかしたチョコレートを俺に見せる兄貴。
「やめろ。くさい。」
「くさいってなんだよ!おまえそれでも菓子職人か!?」
「誰のせいでこれがダメになったと思ってんだ…。」
「誰のせいー?」
「兄貴だよ!」
 つかみかかろうとする俺の間に入ってきたのは料理長だった。
「はいはーい。やめてねー?ここは厨房ですー。喧嘩は表出てやってくださいねー?」
「この前は巻き込まれて泣いていたのに。」
「はい、ミッシェル黙ってー。」

「それで、何をしている。」
「鼻をつまむな。声が変だよ。」
「うるさい。答えろ。」
 今、厨房には大きなチョコレートの塔がどんと居座っている。俺にとってそれはとても目ざわりなものだ。なんてったって、嫌いな人物が作った嫌いなものなんだから。
「いやー、久しぶりにチョコ見てね?血が騒いだの♪って言うか、葵に言いたいことがあったんだけど、それは必要ないみたいだからやめにした♪」
「キモいわー…誰か早くこの人を連れ出してー…。」
「葵ひどい!おまえ、それが兄貴に対する態度か!!」
 そんな言いあいをしている俺達を無視するかの如、厨房にいた料理人たちは兄貴の作ったチョコレートの塔に夢中だ。

「うわぁ、すごいな、これ。」
「うん。甘い匂いがする…。」
「これ、食えるらしいぜ?」
「まじか!?真っ黒ではないか!!」
「でも、スギムラの兄貴がそう言ってたし。」
「食べてみたい、かも…。」
「いいやー、なんかもったいなくない?」
「それもそうだけど…。」
「じゃあ、もう一つ作ってもらえばいいじゃないか!だって、材料はまだあるし!」
「そうだな!よし…!」

 そして、一斉にこちらを向いたかと思うと、男女合わせて20人以上もが声をそろえて言った。

 「お兄さん!もう一つ作ってくれませんか!!」

「やばい。どうしよう、葵くん。俺、モテモテ。」
「それは違う。」

 そして、俺達はこっちの世界でのチョコレート作りを開始する。


46 :仔空 :2009/10/16(金) 19:32:36 ID:mmVcoGkL

\−5

「すげぇ……。」
「スギムラだけでもすごいのに、それが2人となると…。」
「なんか、圧倒されちゃう。」
「同じものを2つ作るなんて、すごいよな。」
「何でこんなことできるんだろう…。」
「‘天才’だから、じゃない?」



「聞いたかー?葵♪」
「ひとの名前の後に♪つけんのやめて。」
 俺と兄貴は背中合わせでそれぞれボールの中のチョコレートをかき混ぜる。
「なんでぇ?あ・お・い♪」
「ホント、やめて。」
 無意識に腕を見ると、鳥肌がたっていた。

「まぁ、それはおいといて。あの人たち、俺らのこと、天才だって。」

 ……そっか。
「よかったじゃん。」
「ん?」
「兄貴の努力、やっとまわりの人にわかったってことだろ?」

 俺はチョコレートを組み立てていく。それは先に溶かして冷やし固めておいたものだ。それをさまざまなサイズに切って、それを溶かして温めたチョコレートを継ぎ目にくっつけていく。それを繰り返すと、塔の出来上がりだ。

「ふぅ。やっぱり久し振りに作ると違うな。でも、このせ…国にもチョコレートってあったんですね、料理長。」
「これ、チョコレートって言うんだー。はじめて知ったよー。」
「え?じゃあ、なんて言うんですか?」
「それは、使わないわ。名前もないのよ。」
「食べたこと、ないんですか?」
「ええ。わたしたち、甘いものはフェアリしか知らないもの。それが甘いとも思わなかったわ。」
「誰も試そうと思わなかったんですか?」
「まず、見た目がグロすぎだろ?グロいというか…茶色というか、黒というか…。アオイの国じゃよく食べられるのか?」
 グロいのか…?だめだ、見慣れすぎてそういう感覚がない。
「女の子は、だいたい好きだよ。」
「て、あれ?あー君って、この国の人じゃないんだっけ??」
「うっかり忘れていたわ。そんなこと。」
「ま、友達と仲間って言うのには変わりないし。いいんじゃねー?どこの国だろうが、どこの町だろうが村だろうが。」

 トーマ。俺は国どころか住んでいた世界も違うんだよ。


「じゃー、みんなー!!そろそろ持ち場についてー!!式典の日も近づいてきているんだからねー!気合入れて、ラストスパート頑張るよー!!」


 「はい!!」

 俺がチョコレートの塔を作り終わった数分後、兄貴もそれを作り終え、みんなはそれぞれ隙を見てチョコレートを食べていた。
 久し振りに目の前で誰かが自分の作ったお菓子を食べているのを見た。
 懐かしくて、やっぱり、俺にはパティシエが向いているんだって思えた。いつもどこかでそばに誰かがいて、その誰かとお菓子があって、俺がいて。
 そのお菓子の中のケーキがあったから、俺はレイと出会えた。この世界にフェアリ以外のお菓子をたくさんの人に食べてもらえる機会が持てた。
 あとは、自分の気持ちを一番伝えたい人に伝えるだけだ。
 一番伝えたい言葉を一番伝えたい人に。
 レイ=アイチュラに。


47 :仔空 :2009/10/22(木) 18:37:33 ID:mmVcoGkL

]−1

 驚いた。


「兄貴の努力、やっとまわりの人にわかったってことだろ?」


 葵が、俺にそう言った。

 いつも、俺のことを嫌っているって思っていた。それが分かっているからなおさら葵にちょっかいを出していた。なんて、俺はまだまだガキなんだろうけど。
 自分は天才なんて思われていない。それは分かっているし、それ相応の人間だと納得、まあ半分はあきらめていたんだけど、俺はそういう人間なんだと葵を見ていて思い悩んだ時期もあった。
 だって、葵は天才だ。誰がどう見ても、わかっていた。

 でも、葵はそれが嫌だったんだ。

 自分は努力をせずとも実力をつける事が出来る。だけど周りに俺みたいな必死にしがみつくように自分と同じことをしている人間がいる。
 だから、自分から天才だと鼻にかけることもなければ、それを否定することだって少なくない。
 葵は優しい。

「葵、愛してる。」
「なんだよ、いきなり。気持ち悪い。」

 突き放しているみたいで、違うんだ。これが俺と葵の兄弟愛さ。
「俺と兄貴の間に兄弟愛なんてないから。断じてないから!!」
 以心伝心してるのに、素直じゃないなぁ。
「にやにやしてる。この人。本当に気持ち悪い。危ない人。」
 大丈夫、俺はその葵の俺を軽蔑している目にも慣れたよ。うん。

「スギムラくん、そろそろ行かないといけないんじゃないのか?」
「あ、そうだ。兄貴と気持ち悪い会話している場合じゃない。」
「気持ち悪いって言いすぎ。葵。それでさ――。」
 俺は1回言葉をきると、葵をまっすぐ見た。
「今日、がんばって。」
「言われなくても。」
 葵も俺をまっすぐ見ていた。体は横を向いていたけど。その瞳はまっすぐ俺を見ていたことに間違いはない。
「スギムラくん。今日は楽しみにしてるよ。この前食べたチョコもあるんだろう?」
「あるよ。料理長が腕を振るった料理も出るから。ルアも来るんだろ?」
「ああ。だが、こうもレイにそっくりだといろいろ不審がられるだろうから変装していくよ。」
「俺も行くよ、葵!俺も行くからね!!」
「はいはい。じゃあ、もう行くよ。」
「いってらっしゃい。」
「いってりゃっさい!葵。」
 噛んだ。

 結局俺の口から葵にレイちゃんの結婚のことは言わなかった。今日が何の日なのか、きっと葵は知っているだろうし、どうするべきなのかも葵は自分で決められる。
 葵は優しくて、強いから。

「いってきます!」

 俺が噛んだからか、ルアちゃんのさわやかな「いってらっしゃい」のおかげか葵は、すごくいい笑顔を見せて、スティウィア家を出た。





 太陽がまだ登り切っていない朝。今日はレイ・スャルテリー=アイチュラの婚約式典。その日だ。


48 :仔空 :2009/10/25(日) 19:20:05 ID:mmVcoGkL

]−2

「おはようございます!」
「おはよー、あー君。」
「おはようございます、料理長。」
「おはよう、スギムラくん。」
「おはようございます、ミッシェルさん。」
「はっやいなーアオイ!おはよ!」
「おはよう、トーマ。」
 前日から泊まり込みで厨房に残っているシェフもいた。俺は下準備がすべて出来上がっていたから、家に帰ったけど、料理長もミッシェルさんもトーマもここに泊っていたんだ。
 みんな俺におはよう、とか早いな、とか声をかける。俺もそれに答えながら自分の調理テーブルについた。
 深呼吸をして、頭に黒のバンダナを巻いた。
 これは、俺がここの厨房で働いているという印だ。
 腰にも黒のエプロンをする。
 実家ではいつも真白の服だったからこういう黒いバンダナとかエプロンとかは初めてだ。
 ちなみに、トーマをはじめとする前菜担当の人たちは赤のラインの入ったシェフハットかバンダナをしていて、トーマだけが赤のネクタイもしていた。ミッシェルさんはその緑。バンダナとネクタイを。料理長は青のラインの入ったシェフハットをかぶり、ネクタイをしている。
 赤か緑か青の軍団の中で、モノトーンの俺。髪も目も黒いのでなおさらだ。だけど、自分が浮いているなんて錯覚に陥ることはない。それくらい集中して。着々と進めていた今日のためのお菓子作りを、今完成させるんだ。
 俺は扉を開いた。

 中から苺のジャムやクリーム、苺入りのスポンジ生地やタルト生地。それと、苺チョコなどなど。今日のための下準備食材を取り出す。
 それを着々と組み立てたり、飾り付けしたり、さまざまな形に変えていく。
 周りでは自分たちの仕事を進めている仲間。
 式典は夕刻からだからセッティング準備などのためにも昼くらいにはすべて完成させなくちゃいけない。
 大丈夫。できる。

 苺のタルト、苺のショートケーキ、苺トッピングのチョコレートケーキ。苺のムース、苺ジャム入りのアイスクリーム…などなど、苺三昧。苺のオンパレードだ。苺シリーズを大量に作り終えると、次はそのほかのお菓子作り。レアチーズケーキ、シュークリーム、さつまいもと栗のペーストでクリームをそれぞれ作り、巨大ロールケーキも作った。中には黄桃やパイナップルを入れて、甘酸っぱさも味のポイントに。後は焼きりんごのパイと…。
「アオイ。」
 そこまで作っていると、後ろから声をかけられた。
「ん?あ、トーマ。」
「すげぇな。これ、全部お前が作ったの?この短時間で。」
 時計を見ると、9時を回っていた。あっという間に時間というのはすぎるものだと改めて実感した。
「そうか?まあ、下準備してあったから。」
「それにしても、この量。大したもんだぜ、ホント。」
「トーマが俺をほめるなんて、なんかあるのか?」
「んだよ、俺がお前を褒めちゃダメなのかよ。」
「別に。うれしいからいいけど。」
「その素直な言葉に惚れる。俺の嫁にならない?」
「……ごめん、俺、好きな人いるから。」
「そっか……。」
 お前はそんなガッカリした顔をするな!!持ち場につけ!!仕事をしろ!!
「で、でもさ?俺、一生お前の友達でいる気だから!うん。」
「ありがとう。俺もトーマの一生の‘友達’でいるよ。」
 俺は友達のところに力を入れて言った。
 その会話をすると満足したのか、トーマは自分の持ち場に帰って行った。それよりも。
 いつから、あんな奴になったんだろう。はじめのころは俺の存在を無視して、ルアのことばっかりみていたのに。あれか。この前の女装からか。……本当、何で俺はこうなるんだろう…。
「ダメだ、よし、気合い入れなおそう。」
 自分の頬を一度叩くと、もう一度調理テーブルに向かった。
「スギムラくん♪」
 とたんに不吉な予感がした。
 この人が語尾に♪をつけているところを見ると、何かいいことがあったのか、それとも、今からいいことをしようとしているのか。とにかく、俺にとっていいことではないような気がするけど。
「なんですか…?ミッシェルさん。」
 俺は嫌々ながらも顔を彼女の方へ向けた。ダメだろ、上司に嫌々とか。気分を変えて、さわやかスマイルに変えてみた。
「あら、ご機嫌ね♪それにしても、このお菓子…全部スギムラくんが作ったの?すごいわ♪」
 ♪の数が増えましたが。
「いえ、下準備とかしてあったので。」
「そう♪ところで、プロポーズの言葉は考えた?」
「それが、まだいい言葉が思いつかなくて……って、何で、そ、そのこと!?」
「そんなびっくりすることないわ。さっきトーマと話していたでしょ?好きな子がいるって♪今日なんか告白するのにうってつけの日でしょ?だから♪」
 女の人って怖い…。
「い、いやぁ。まあ、その…はは。……ありがとう、ございます。」
 さすがに目を合わせることはできなかった。勇気がなかった。
「まあ、がんばってね♪応援しているから♪」
 手を振っているその人にこちらも手を振って見送ると、彼女は人の向こうに消えていった。
 「応援しているから♪」ねぇ。
 あの人に俺が好きなのはこの国の姫なんです、と言ったらなんて言うんだろう。いいや、ミッシェルさんだけじゃない。さっき一生の友達発言をしたトーマも俺にもう一度友達だと言ってくれるかな。
「…だめだ、…そんなこと考えている場合じゃない。」
 そう。もう時間はないんだ。仕上げにもう一つ大きいのを作らないと。
 俺はその最後の一つに取りかかった。


49 :仔空 :2009/10/30(金) 18:50:17 ID:mmVcoGkL

]−3

「レイ様。気分はどうですか?」
「気分は――――最悪…です。」
「そ、そうですか。わたくしは何をすれば……。」
「では、1人にしてください。」
「……はい。わかりました。」
 若い侍女のその子には少しきつい言い方だったかと思いましたが、気分が優れないのは確かです。今のわたしには自分の気持ちを抑えるほどの余裕はありません。

 コンコン。

「……はい。」

「失礼します。御気分はどうですか?レイ様。」
「何回も言わせないで。最悪だわ。」
 わたしは声の主の方へ顔も向けずに声だけで答えました。
「そうですか。どうしてです?」
 意地が悪い。今日は質問するように相槌を打つのではなく、質問をするのですから。
「どうしてだと思う?」
「さあ。俺はあなたではないので。あなた様のお気持ちはわかりかねます。」
 シェルはそう言いました。
「シェル。あなたは、好きな人いないの?」
「……何を急に。」
 彼の顔が少し歪んだので、こんなめずらしいことは、ないと思いました。
「あなたがわたしだったら、どのような思いをするのかと思って。」
「どのような思いとは?」
「あなたは顔も見たことのない、名前しか知らない女の人と結婚できる?」
「……レイ様……。」
「答えることが出来ないのなら、この部屋から出て。」
「……。すみません。――失礼しました。」
 めずらしく彼はわたしに謝り、本当にすまなそうな顔をして、部屋から出て行きました。
 今日の彼はめずらしいことばかりです。
 彼もわたしとの別れに少しはうろたえたのでしょうか。あの人もわたしとの別れに少しはうろたえてくれるのでしょうか。
 ああ、運命と言うのはなんて悲惨なものなのでしょう。





「お、シェルポン。」
 俺が声をかけるとそいつは無視して、俺に背を向けた。
「なんや!シカトかいな。」
「……俺の名前はシェル・レスティーだ。」
「せやったな。知ってるで。だから、シェルポ――。」
「ポンなどいらない!」
 なんや、カリカリして。生理前の女子か、お前は。
「なんかあったんか。」
「お前には関係ないさ。」
「……レイさんは?」
「立場をわきまえろ。レイ様は俺達の主の娘だぞ。」
「そーかい。じゃあな、シェルさんに1つ言っとくわ。」
「……なんだ。」
「俺達の主の娘は、今日、嫁に行くんやで。」
「……だから、なんだ。」
「おめでとうぐらい、言わんとあかん。」
「……。」
「言うたんか?」
「……いいや、まだだ。」
 シェルは顔をあげずに答えた。彼にしては珍しい。いつも自信満々に俺には答えるのに。
「じゃあ、これだけは言える。シェルさんはまだ、レイさんの結婚を認めてへんのや。」
 俺がそういうと、シェルは、その銀色の瞳で俺をにらんだ。
「何を言っているんだ!貴様は!!」
 ほー、図星か。言葉が荒いんが証拠や。
「俺はほんまのこと言うた、だけ。――まあ、これがレイの変えへんかった運命のすべて。俺は勿論、シェルさんも文句は言えへんやろ。」
「何が言いたい。」
 レイのこと、呼び捨てで呼んだのに注意しない。余裕ないんか。
「なにもぉ。ただ、文句は言うなやってこと。」
「……何をする気だ。」
 余裕がないから、視線が鋭い。突き刺さる。
「なにもぉ。ただ、俺はちょっと運命とやらを変えてみたいなぁと。」
「俺達には変えられない。」
「さよか。でも、俺はあきらめへん。」
 きっと、あいつもそうやから。俺がすべてを伝えた後、あいつはぬけがらのようやったけど、そんなんであきらめる奴とちゃう。
 信じようやないか。
 俺は、杉村 葵を信じてる。


50 :仔空 :2009/11/02(月) 21:04:48 ID:mmVcoGkL

]−4

「あ、ルアちゃん♪似合ってるよ☆」
「……ありがとう。」
「照れてるところも可愛いね。…本当、そうしているとレイちゃんそっくりだよ。」
「そうかな?」
「うん。……それで。何で、鬘かぶってるの?」
「……レイ、そっくりだろう…?」
「うん。」

 俺の目の前の彼女は俺の知っている彼女そっくりだった。

「レイになる。」

「レイちゃんにはなれないよ。」

 彼女の言葉に俺は答えた。

「ルアちゃんは、ルアちゃんだ。レイちゃんじゃない。」
「わかってる。」
「レイちゃんになることないよ。君は君のままでいいじゃないか。」

「……よくない。」

「なんで?」



 彼女と俺の間に少しの時間が流れた。



「あたしはレイになる。レイになって、隣国の皇子と婚約する。」

「それが、レイちゃんのしあわせにつながるから?」
「………。」

「でも、それでルアちゃんは、しあわせになれるの?」
「……なるさ。なってみせる。」
「なれないと思う。」
「……なんで…。」

 彼女は俺を見て、俺も彼女を見た。君の瞳はきれいな赤だね。でも、今はその赤がきらきらと涙でぬれてるよ。

「レイにはたくさん辛い思いをさせたんだ!だから、今度は……あたしが…!」
「つらい思いをしてお相子?」
「……っ。」
「そんなこと、俺がさせないよ。」
「……な、んで……!」



「そんなの、誰だって幸せになれないからさ。」



「………!」

「俺も、ルアちゃんも、葵もレイちゃんも。トウヤもアイリもユオウもみんな。そんなの、誰も幸せになれない。誰が幸せになれる?ルアちゃんが泣いてるのに、笑ってるやつがいたら、俺はそいつを打ん殴るよ。」
「お…兄ちゃん……。」
「君は君だ。他の誰でもない。」

 彼女のきれいな瞳から雫が流れた。




「似合うかな……?」
「うん。とっても♪」
「ありがとう…。」
「ルアちゃんらしいよ。」
「うん。」

 髪を高く結って、きれいに化粧して。きれいなドレスを着て。
 どれだけそれが俺の知っている彼女に似ているとしても、今俺の目の前にいるのは、まぎれもなく俺の知っている彼女じゃない。

「きれいだ。」

 その君の笑顔が見れただけで、俺は嬉しいよ。
 その笑顔が、俺に向けられてるだけでうれしい。



 ……あれ?




「じゃあ、お兄ちゃん。行こうか。」
「うん。」
「あたしは、何よりもレイのしあわせを願ってる。」
「わかるよ。俺だって、葵とレイちゃんが幸せになれることを望んでるさ。」
「だから、お兄ちゃんにあたしを手伝って欲しいんだ。」
「うん。」
 すっかり身なりをきれいにした俺達は、迎えに来てくれたアイリの家の車に乗り込んだ。

 俺の向かい側には髪の毛をセットしたアイリとトウヤが乗っていた。つまりは、あの。リムジンみたいなんです。この車。

「そうやってると、まあ、見えなくもないな。」
「てめぇに言われたくないね。俺は。」
「んだと?」
「やんのか?あ?」

「やめろ。」

「はい。」
「すんません。」

 という会話がさっきからエンドレスループ。会話の主たちは俺とトウヤではなく、アイリの舎弟さんたちだ。喧嘩っ早いとは聞いてたけど、仲間同士でもなのか…。正直、居心地悪いです。

「それで、今回は誰と行くんだ?アイリ。」
「そうですね、まあ、適当に見つけるつもりですけど。」
「何が?誰と?」
 俺がそう質問すると、トウヤはまた眉をしかめた。
 だから、駄目だって。顔、怖いって。
「式典はパーティーみたいなもんだって言っただろ。だから、ダンスの相手を見つけるのさ。」
「ダンス?」
 俺はルアちゃんを見た。そんなこと、一言も聞いていない。
「大丈夫、お兄ちゃん。あたしも踊れない。」
「踊らない、じゃなくて、踊れないんだね。」
 彼女は黙って、車内にあったジュースを飲んだ。
「まあ、強制じゃないですし。楽に考えていいと思いますよ。一生の愛をその場で誓うわけでもないですから。」
「じゃあ、踊りの相手はその日限りでーってこともあり得るの?」
「まあ、固定ではないですしね。気楽な考えの持ち主であれば、その日限り。仲がいい者同士で踊るのもいいし、婚約した相手でも、結婚生活40年目の夫婦であってもまあ、誰でも自由なんです。」
 お姫様の式典なのに結構ルーズなんだな。俺はもっと、かっちりしてるのかと思った。
「まあ、相手がみつからなくても踊らないって主義者もいるからな。別に深く考えることもねぇさ。」
「そうですね。」
「じゃあ、トウヤは踊らない主義者か。」
 俺はルアちゃんと同じ種類のジュースを一口飲んだ。
「勝手に決め付けるなよ!!」
 慌てて答えたってことは、図星だね。
 アイリとルアちゃんがくすくすと笑っていた。
「笑うな……。」
 顔を赤くしたトウヤはコップにあった水を一気に飲んだ。

「ねえ、本当に誰と踊ってもいいの?」

「お前、誰と踊る気だ?」
「トウヤには関係ないしい。」
 そして、俺はルアちゃんと目くばせする。
「は?なんだよ、お前ら。なんなんだよ!」
「トウヤには関係ないことだ。」
 ルアちゃんは静かに言うと、またジュースを飲んだ。
「気になりますね?何かあるんですか?」

 「なーんにもー♪」

 俺とルアちゃんが声をそろえて言ったので、アイリとトウヤはまた不思議そうな顔をした。


51 :仔空 :2009/11/06(金) 19:06:06 ID:mmVcoGkL

]−5

 運命って不思議だね。

 ――――何で、運命ってあるんだろう。

 あ、ほら。流れ星。

 ――――何で、そんな小さな時間が流れる事に悩んで、苦しんでいるんだろう。

 観た?今の。きれいだったね。

 ――――え?

 観てなかったの?えー、もったいない。

 ――――なんで?

 ん?

 ――――何で、そんな小さな時間をそんなに大切にしているの?そんなに大切にする必要があるの?

 変なの。

 ――――何が…?

 大切にしたいって思うのに意味なんているのかな?

 ――――……。

 ただ、星がきれいだったから、観る。流れ星なんてめずらしいでしょ?だからだよ。

 ――――わたし、は……。

 ただ、それだけ。自分が見たいと思うから、見る。みたときに嬉しいって思えるから、その時間を大切にするんだよ。

 ――――……時間を……。

 運命も一緒。自分で、自分が幸せになれるように見つけなきゃ。

 ――――出来ない、の。わたしの運命は決まっているの。

 それって、死ぬ運命?

 ――――……違う。……永遠の愛を誓う運命。

 じゃあ、変えちゃえばいいんじゃない?

 ――――……。

 そんな運命、変えればいい。変えて、自分の大切な時間を作ればいい。

 ――――そんなこと……できないわ!!

 なんで?

 ――――わたしは……この国の、王位第一継承者で……だから…、……わたし…。

 それは、自分で変えないだけじゃない?変えるのが怖いんだよ。

 ――――あなたに何が分かるの!?

 分からない。だけど、わかりたい。



 それは、小さいころのわたしの姿。今より背も低いし、髪も短い。声もまだ甲高いし、すべてに無邪気にこたえる。

 その姿が、小さかったわたしが……だんだん……1人の男の人にかわっていく。

 背も高くて、りりしくて。声変わりした、少し低めの声。



 分かりたいんだ、レイ。

 ――――あなた、は……。

 君の運命を変える。



 彼の手とわたしの手が合わさる。
 彼がわたしに微笑みかける。
 少しの時間が流れて。わたしの中に彼の体温がゆっくりと手のひらから伝わってくる。



 大丈夫。俺はあなたを………――――。



 そこで途切れた。一瞬真っ暗になり、目が覚めた。そこでようやく自分が夢を見ていたことに気づく。

「あなたを……どうするのでしょう。」

 その言葉の次が気になって、窓の向こうを眺めていると、あたりが薄暗くなってきているのに気がついて、夕焼けがきれいだと思える自分にすこしほっとしたりして。

 夢だというのに、まだ残っているてのひらの感覚に少し嬉しくなりました。


―――――――――


「すみません、ここはどこですか?」

 いきなりそう問われて、聞かれた側は何と答えるのが正解なのだろう。
 いや、待て。これがどういう意味なのかもう一度考えてみよう。

「ここはどこですか?」

 目の前の主は俺に考えるすきを持たせてくれません。

「ここは、厨房の裏ですけど。あの……どちら様でしょうか。」

 俺、杉村 葵の目の前には、今。ものすごくすごいイケメンがいらっしゃるのですが。
 俺は確かに身長が低い方だと思うけど!これから伸びるよ!?きっと!!でもね、この目の前のイケメンは、絶対軽く180p超えてます!首痛いんだよ、さっきから!!

 牛乳をもっと飲むべきだったか、とかそんないらない妄想を1人で繰り返していると、頭の上から声がかかった。

「申し遅れました。僕の名前はルシー・アンス・チェオークです。」
「い、いえ。こちらこそ。俺はアオイ・スギムラです。」
 天使の微笑みを向ける彼に俺はただ、ひきつった笑みを見せることしかできなかった。

「あなたは、このお城に働いておられるのですか?」
「あ、はい。つい最近からですけど。」
「あなたの役職は?」
 役職?
「……いえ、役職はありません。俺は、ただの料理人なので。」
「そうですか!」
 とたんに彼の瞳が輝いた。いや、全身きらきらと輝いたオーラまとってるけどね。
「では、僕のことはルシーとお呼びください!僕はアオイくんと呼んでもよろしいですか?」
「よろしいですけど…あの、あなた一体…。」
「僕は、今日の式典に来たものです。あやしいものではありませんよ?ちゃんと身分証明もしましたから♪」
 なんか、どんどんテンションあがってないか?
「そうですか。じゃあ、俺はこれで…。」
「え!?待ってくださいよ!せっかくお友達になれたのに!!」
 お、お友達……?
「僕、ちょっと困ってるんです。助けてください!」
「………?」

「僕をかくまってください!!」

 はい?


―――――――――


 カーンッ。

 伸びて、伸びて、伸びて――――。

 トン、っとそれは電光掲示板の壁に当たって落ちた。

 ワーッと歓声が上がる。俺はガッツポーズをした。

 夏の甲子園。準々決勝でホームランを打った。レイ、見てた?俺、ホームラン打ったで。
 その時、俺の頭にいたのはレイで。彼女のホームランを打ってきてという言葉だけが俺の中でエンドレスループ。やっとその言葉に返すことができた。


 ……今日、レイはどう思うてんのやろ。


 16才になるレイは、もう結婚するしかない。だけど、俺はその相手にはなれない。
 レイは葵のこと、どう思うてんのやろ。

 そうやって、悶悶としていると、麗恵が俺に言った。

「俊馬?いつまでそこにいるつもり?掃除の邪魔。」
「あー、すまん。」
「……まったく。レイちゃんのこと気になるのは分かるけど、そうやってじっとしていても何にもならないんだからね?」
「わかってる。」
「レイちゃん、幸せにしてあげたいんでしょ?」
「ああ。」
「じゃあ、信じなきゃ。レイちゃんは、きっと大丈夫だよ。だって、杉村くんがいるじゃない。」
「あいつ、ほんまに大丈夫なんかなぁ。」
「俊馬がそんなんでどうするの?ほら、しゃきっとして!!そこ、どいて!」
「へーい。」
 
 きっと、麗恵は俺の気持ちも、俺のレイへの気持ちも知ってる。知ってるから、こうやって一緒に彼女のことを応援してくれる。まあ、結局俺もこいつもおんなじくらいお人よしってこと。
 俺は重い腰を上げて、城の外の自分の持ち場へ着いた。


―――――――――


 運命。
 それはきっと、自分にもあったのだろう。そして、それは今。我が国の姫を苦しめているものに他ならない。

 シェルは自分の剣を沈みかけている太陽の光に当てる。反射したそれの下には、うっすらとあやしい影が作られた。

 自分を救ってくれたその人に、自分は何ができるだろう?
 スギムラと名乗った男は姫に近づいてきている。だが、やつは姫に被害を及ぼそうとは思っていないだろう。
 シュンマ・ハセガワは何を考えているのかわからない。
 城にいる人間は、誰ひとり姫に苦しんでほしくないはずだ。
 だとしたら、自分に何が出来る?

 シェルはスッと剣を腰に収めた。

 考えてもだめだ。
 自分には何もできやしないのだ。姫の身を守ることはできても、心までは守ることが出来ない。苦しみを肩代わりすることも出来ない。
 自分に出来ることは、姫の身の守ること。この城にいる者たちの安全を確保すること。それだけだ。
 他には何も考えなくていい。そのことだけに集中しよう。

 彼は立ち上がると自室を後にした。


52 :仔空 :2009/11/11(水) 20:56:44 ID:o3teQitL

姫君の里へ 1.式典の始り

「……アオイ?」
「……スギムラくん?」
「……あーくん?」

「はい…なんですか?」

 厨房で仕事をしていると言葉の通り、トーマとミッシェルさんと料理長が飛んできた。

「誰だ?そこの長身。」
「背、高いわね。こんな高い人見たことない。」
「城の外から来たのかなー?」
「……友達、です。はい。」
 俺は3人から目をそらしながら、答えた。
「はい、僕はアオイくんの、お友達です。」
 いや、出来れば、あなたは答えてほしくなかった……。
 サングラスに黒い帽子、黒いシャツに黒いズボン。彼の着ていた服があまりにも――その、キラキラしていたので。できるだけ目立たない服装にしたつもりだったけど。逆に目立ってるような気がする…。
「へー、アオイ。俺という友達がいながら、また新しく男作ったのか。」
「言葉選んで。友達は多い方がいいに決まってるだろ?ほら、友達の友達は友達って言うじゃん。だから、トーマと彼は友達さ。」
「スギムラくん。その人、ちゃんと身分証明してあるの?大丈夫なの?」
 俺の耳にそっと口を寄せてミッシェルさんは言った。
「はい。本人がそう言っていました。ウソついているようには見えませんし。何かあっても俺は自分の身は自分で守ります。周りのみんなには迷惑かけません。」
「気をつけるのよ。お友達のこと、疑ってごめんね?」
「大丈夫です。」
 俺も勝手に友達と言われてるだけですから。
「それより、あーくん。仕上げは間に合ったー??」
「はい。一応、足りなかったらの分も作りましたし。後は一度片付けするだけですね。」
「じゃあ、お疲れ様ぁ。今日はもう休んでいいよー。」
「え?いいんですか?」
「うん。」
 料理長はにっこりと笑うと、それにつられたようにミッシェルさんもトーマも微笑む。
「お疲れ、アオイ。今日は姫の式典だからな。お前にだって踊る相手を探す時間、いるだろ?」
 踊る、相手……?
「なんなら、俺と踊るか?また女装して。」
「それだけは勘弁してくれ。」
「トーマったら!なんなら、わたしも空いてるんだけど?」
「ミッシェルはまだ仕事残ってるだろ!?」
「トーマもねー。ほら、2人とも、持ち場についてー!時間、ないんだからー!!じゃあ、あーくん。また明日ー。お菓子は全部他の人が出してくれるから心配いらないよー?」
「……ありがとう、ございます。」
 本当は、ありがとうございました、なのかもしれないけど。それは今の俺には言えなかった。

「すごいですね、アオイくん。これほどのお菓子を1人で作ったんですか?」
「……よかったら、どうぞ。お口に合うかどうかはわかりませんけど。」
「気分が優れないのですか?顔色が良くないですよ?」
「大丈夫。久し振りにハードな仕事をしたから少し疲れただけ。えっと、どっか行きたいところとかあったりします?」
 不思議そうな顔をしている彼に俺は言った。
「かくまうって言ってもその間、ボーッとしているのは暇でしょ?だから、どこか行きたいところあるかなーって。」
「僕は特にありませんけど……あ!じゃあ、お城の中を案内してくれますか?それと、あの…敬語、いりませんよ?無理してるでしょう?」
「え?……あー、まあ。」
 なんでわかったんだろう。
 俺達は厨房から出て、廊下を歩きだした。
「僕は癖なのでなかなか直すことはできませんが、アオイくんはアオイくんの話方でお話いただければ嬉しいです。なんだか、本当のお友達みたいでしょう?」
 にっこりと笑った彼は少し悲しそうで、それがどこかレイに似ているような気がした。
「みたい、じゃなくて。俺たちはもう、友達だよ。」
「アオイくん!」
 やっぱり、誰かの笑顔を見れたら、それだけ自分が幸せになれる。
 そうやって、のほほんと1人イケメンの顔を見ていると、遠くから、誰かが走ってくる音が聞こえた。



「ルシー様!!」



「…………リリス………。」
 イケメンの顔が曇ったかと思うと、彼は俺の後ろに隠れた。いやいや。無理だよ、考えてよ。身長!身長が足りないだろう!!
「えっと……ルシーさん?」
「アオイくん、お願いします!あいつは悪いやつなんです、とっ捕まえて、煮るなり、焼くなりしてください……!」
 相当焦っているのだろう、彼の口から煮るなり焼くなりという言葉が聞こえた。イケメンはそんなこと言っちゃいけません。

「貴様、誰だ!!そのお方…ルシー・アンス・チェオーク様から離れなさい!!」

 走ってきた人物はこれまた美人のお姉さんで。その美人な顔にそぐわないような兵士の格好をしていた。はい、腰に剣が。

「えーっと…どうすればいいんですか?チェオーク様?」
「やめてください、チェオーク様などと。アオイくん、忘れたんですか?僕たちはお友達です!その様な名、とっくに捨てあった仲じゃないですか!」
 相当焦っているのだろう、彼は、額から汗をだらだらと流して、叫んだ。そして、俺はスギムラの名を捨てた覚えはない。

「貴様!離れろと言っているのにまだ離れないか!!無礼者!!」

「えー…無礼者って言われたんだけど、どうすればいい?」
「その様なやつ、煮るなり、焼くなりしておやりなさい!」
「はい、ご隠居様。――じゃなくて。」
 俺は助さんにも格さんにもなった覚えはない。あー、ほら、こんなことをしているうちに美人なお姉さんがこちらにやってきてしまった。
 彼女――確かリリスさんだったか――は俺達の元へ着くなり、その細い腰に収めていた剣を抜いた。

「貴様!ルシー様から離れろ!」
「きれいなお姉さんが貴様だなんて、俺、そんな悪いことしたんですか?」
「ルシー様に害を及ぼすものはこの私が許さない。今すぐに離れろ!」
「アオイくん、離れたら絶交ですよ。」
 ルシーさんはリリスさんに聞こえないように俺の耳元でつぶやいた。くそ、こういうときの声までイケメンじゃないか。

「あのー、えっとリリスさん?でしたっけ。剣、納めてくれると嬉しいんですけど…その…俺、素手なんで。女性と言ってもあなた強そうなんで俺、勝てそうにないです。」
 両手をあげて、訴えてみた。
「黙れ。口答えするな無礼者。」
 即答。悲しくなる。

 俺が涙をこらえていると、後ろにいたルシーさんが小さく息を吸った。

「リリス!僕は国へ帰る!!」

 いきなり何!?……耳が痛いんですけど。

「何をおっしゃっているのですか!あなたは!!今日の式典は、いかがなされるおつもりです!?」
 おっと。至近距離ですよー。お2人さん。間にいる俺はどうすればいいんだ…。
「いかがって、僕は今日の式典には出ない!いいや、これからの式典にも、この国にも、もう来ることもないだろう!!僕は帰る!帰って、アンと婚約する!!」
 いきなり、なんで婚約になるんだ!?…あまりの迫力にツッコムこともできない、俺。
「な……っ!アンとは、アンジェリーナ、アンジェリーナ・リクラティスのことですか!?」
 ジョリーじゃないのかよ!って言ってもこの世界じゃ通じないよなぁ。
「そうだ!!僕は彼女を愛しているし、彼女も僕のことを愛してくれている!!隣国の顔も声も歳も知らない女性とは結婚できない!!レイ・スキャルテリー=アイチュラとの婚約を破棄する!!」
 今、聞き覚えのある名前が……って。おい。
「レイと婚約ううううう!?」
 俺がいきなり大きな声で叫んだせいで、2人は驚いたらしく、ルシーさんは俺から少し離れて、俺、ルシーさん、リリスさんの間に奇妙な三角形が出来た。何だこれは。
「レイ、とは妙に親しみを込めた呼び方だな。貴様、どういうつもりだ?」
「ルシーさん。お願いですから、剣をしまってください。」
「リリス、僕は国に帰るからね!?」
 十人十色ならぬ三人三色…は意味が全然違うな。でも見事にバラバラな会話だ。というか会話になってないし。
「れ、レイ様と婚約するってどういうことなんだ?」
「貴様、ルシー様になんという無礼を…!」
「いいんだ、リリス。アオイくんと僕はお友達だから。……アオイくん。僕は……隣国の皇子なんです。今日は、この国の姫君と婚約するために、この国へ来ました。式典が行われるのも、僕たちの婚約のためです。ですが、僕には祖国に大切な人がいるんです。だから、僕は姫との婚約を破棄したい。本当に愛している人と幸せになりたい。彼女を幸せにしたいんです。……今回の婚約は僕の父と姫君の父上、つまりはこの国の王が決めた政略結婚だということは分かっています。僕は、今日彼女に謝るために来たんです。君とは結婚できない、と。」
「ルシー様……。」
「リリス。わかっているだろう?アンはとってもいい子だ。素敵な人だよ。それに、政略結婚をするほど僕たちの国もこの国も貧しくはないはずだ。そんなに急ぐ話でもないと思うんだ。」
「………っ。」
 優しい表情の彼にリリスさんは何も言えないみたいだ。
「えっと…その……何でそれを俺に…?」
「いいえ。ただレイ様、と行った時のアオイくんが苦しそうだったので、僕の話を聞いてもらいました。」
 ニコリと彼は笑った。

 あー、そうか。

 俺は、また誰かに救われてる。

「それで、一度レイと言ったな。貴様、この国の姫とどういう関係だ。」
「貴様じゃなくて、俺の名前はアオイ・スギムラです。名前で呼んでくれると嬉しいんですけど…。」
「では、スギムラ氏。」
 固いなぁ…。まあいいか。
「俺は、ただの料理人です。今日の式典のお菓子はすべて俺が作りました。良かったら食べてみてください。レイ様とは……俺が一方的に好意を抱いているだけです。ただ、それだけで…。」
「本当にそうなんですか?」
「そうだよ、ルシーさん。」
「アオイくん。君、とっても――――。」
 彼が何かを言おうとしたとき少し遠くでバリン、と何かが割れた音がした。
 そして、ドタバタと城の中で誰かが走る音。
 そのあと聞こえた無数の声。

「レイ様!レイ様の自室に誰かが侵入したぞ!?」
「レイ様がいない!!侵入者にさらわれたに違いない!!」
「レスティー隊長はどこだ!?」
「隊長!!ご指示を!!」
「レイ様!!ご無事ですか!?」
「クソぅ、どこのどいつだ!?」
「急げ!こっちだ!!」

 サーっと背筋に冷たい何かが走った。ごくりと生唾を飲み込むと、俺は走りだしていた。

「アオイくん!?」
「スギムラ氏!?どこへ!?」

「レイを助けに行く!!」

 振り向かずに、それだけを叫んだ。


53 :仔空 :2009/11/17(火) 18:40:00 ID:PmQHQ4VLWJ

姫君の里へ 2.守りたい人

「侵入者だ!!」

 その声を聞いたと同時に俺は動いていた。

「レスティー隊長!ご指示を!!」
「すぐに、レイ様の部屋に侵入した者を捕えろ!2番隊は俺に続け!3番隊は外の護衛へ侵入者のことを告げろ!」

 「はっ!!」

 スギムラアオイ…!奴に違いない。まったく、護衛に抜かりはなかったはず。それなのに…。

「あんた……レイはっ!?」

 犯人はスギムラアオイだと思い込んでいた俺はいきなり目の前に現れたその‘犯人’を見て、言葉を失った。

「貴様…!レイ様をさらった、…んじゃ…。」
「今日はこれで2度目だけど、俺は貴様じゃなくて……。」
「何をして……?――――2番隊!先に前へすすめ!」

 「はっ!レスティー隊長!!」

 ザッザッザッ…と進んで言った兵士たちを遠くで見ながら、俺は再び視線を元へ戻した。
「何って、レイが…レイ様がさらわれたって聞こえたから…。その…。」
 スギムラは俺が正体を知っているにも関わらず、「レイ様」と言いなおした。
「俺に、何かできませんか!?」
 切羽詰まった勢いで俺の胸倉を掴むかのようにそう言ったやつを、俺はどこか冷めた目で見ていた。

 なんなんだ、こいつは。

「俺に…俺も、レイ様を守りたいんです!彼女を助けたいんです!!」

 守りたい。

「君に何が出来る?それに、その格好……ふん。城の料理人にでも化けたつもりか?」
「そんなこと、今は関係ないでしょう!?レイ、様はどこの誰にさらわれたんですか!教えてください!!」
「君に教える筋合いはない!と言いたいところだが、こちらも手掛かりは一切つかめていない。」
 そこへ、城の兵士が2,3人走ってこちらへ来た。
「レスティー隊長!」
「犯人の手掛かりがつかめたか。」
「はい!!レイ様をさらったのは長身の男とレイ様と同じ背丈の女、おそらく年頃もレイ様に似ているかと…。」
「それだけか?他には?」
「それが、男は顔を包帯でぐるぐる巻きにしていて年恰好が…しかし、黒髪と黒い瞳を持っていました!女の方はサングラスをかけていて瞳の色までは…髪も帽子を深くかぶっていましたので…。」
「服装は?」
「はっ、2人とも正装をしていました!」
 くそ。なんてことだ。
「今日の式典じゃ、すっごくなじむ服装じゃないですか…!」
 いつの間にか会話に入っていたスギムラは悔しそうに唇をかみしめていた。俺はそいつの黒髪を見下ろしていると兵士が困ったような顔をしたのに気がついた。
「隊長、彼は……誰ですか?」
「………気にするな。ただの料理人だ。今は犯人を捕まえるより、レイ様の身の案じを陛下達へ伝えるのが先だ。1番隊はそのまま犯人を探せ!2,3番隊とその他の兵士はレイ様の捜索、護衛は配置につかせ警備を続行させろ!」

 「はっ!」

「それと、誰かシュンマを連れてこい。」
「わかりました!」

 そう返事をすると、部下たちはそれぞれ走り去っていった。

「……かばってくれたんですか?」
「何のことだ。」
「いいえ。…ありがとうございます。」
 それには返事をしなかったからか、スギムラはそのまま黙った。

 確実に俺より年が若い。あどけなさもまだ残っているのに、大切な人のために異世界から来ている。
 こいつにとって、レイ様はそんなにも大きな存在ということか。

 俺と同じ。彼女を守りたいのか。


―――――――――


「シェルぽんから俺を呼ぶなんて。どういう風の吹き回しや??」
「いつも言っているだろう?シェル、だ。」
 おーおー、青筋立てちゃって。いつもより数段ピリピリしてはるわ。まぁそーやろな。
 なんてったって。

 大切な御姫様が誰かに誘拐されたのだから。

 でも、俺が気になるんはシェルの機嫌よりも、こっち。
「葵、何してるんや…?」
 何で、お前がシェルと仲良ぉしてるねん?

「お前の問よりもこちらの話を先に聞け。身分証明はどうなっていた。警備は完全じゃなかったのか。城の警備の半分以上はお前の管轄のはずだ。」
「そんなこと言うたかて、どんだけの人間がこの城にいると思ってるんや。そりゃ1人1人身分証明や身体検査はしてるけど、そんなんありの子探すようにまで細かくできひん。時間かてなかったやないか。」
「でも、実際に姫が何者かに誘拐された。どう責任を取るつもりだ。」
「俺のせい!?ちゃうやろ、おい。それに、今こんなこと話とる場合とちゃう!何で俺をここに呼んだ、俺に説教するためか!?」
「……いいや。」
 シェルは一度黙って、視線を斜め下に泳がせたが、また俺の顔を見た。まあ、ちょっと待て葵。お前の目線に合わせるんは、こいつと話しつけてからや。
「シュンマ・ハセガワ。ここにいる料理人とレイ様の関係を知っているか。」
「…何や、いきなり。」
 葵を見ると、顔が引きつっていた。
「まあいい、剣がまだあまっているはずだ。こいつにそれを。」
「葵に、何させる気や?」
 冷たいシェルの目にこたえるように俺も少しにらみを利かせた。
「何って、ここにいる杉村はなかなかの戦闘能力があるとみた。」
 シェルは葵に視線を戻すと、ゆっくりと言った。相変わらず冷たい目で。

「レイ様を探すのを、あの方を助け、守ることに協力してほしい。」

「……!」
 何か言おうと口を開いたはずの葵のそれからは、ことばが出ない。俺かて同じや。シェルが葵にそんな、レイのことを頼むなんて。
「承諾するか、しないか。」
 そう言ったシェルの顔は、まぎれもない。
 レスティー隊長と言われる司令官の顔やった。



「重くないですか、これ。」
 俺から剣を受け取った葵は鞘に収めたままそれを構えた。
「そんなもんや。頑張りぃ。」
「まぁ、なれればこっちのもん、ですよね?」
「そーや。」
 葵のニコリとした笑顔。こいつ、作り笑いうまなったな。

「なぁ、葵。」
「なんですか?」
「……犯人、誰やと思う?」
「さぁ。でも、そんな見た目で危なそうな人って城に入れないでしょう?」
「せやな。やとしたら…いや、ええわ。お前はレイのことだけ考えとればええ。」
「心当たり、あるんですか?」
「いいや、全くや。せやけど、1人、いや2人か。変な奴がな。」
「はぁ…、誰です?」
「それが、レイに似てるやつでなぁ。あと俺と似た歳の男や。妙ににこにこしてて、俺は姫のしあわせ願ってる国民やと思うてた。」
「………。」
「せやから、俺、今日は姫の結婚式典でお祭りですね。言うたんや。」
「そうしたら……?」
「男もそのレイに似てるやつも声、そろえて言うんや。」

 ――――「はい、今から彼女に幸せを与えに行くところです。」

「それって……。」
「もし、そいつらがレイを誘拐した奴らやったら。」
「俊馬さん、顔覚えてますか?!」
「なぁ、葵。聞いてくれ。」
「今はそれより…!」
 今にも走りだしろうな葵の腕をつかみ、俺は言った。


「レイは、それで幸せになれるんやろか。」


「何、言っているんですか……。」
「俺は、レイに幸せになってほしい。そいつらがレイを誘拐してレイが幸せになれるんやったら……。俺はそれで――。」

「ふざけんな。」

 いきなり聞こえた低い声に俺は驚いた。
 葵…?の、声、やったか…?
「俊馬さん、そんなんでいいんですか!?どこの誰だかも分からないやつらがレイを幸せにして、それであんた納得するんですか!?」
「……葵。」
「俺は嫌です。どこの誰だか分らないやつにレイ、取られたくないから。そこだけは誰にも負けたくないから。」

 そう言うと、葵は腰に剣をさしてどこかへ走って行った。

 あいつ、たくましくなったんちゃう?
 俺は、杉村葵はレイの幸せを願ってこの城に入って、レイを見守ってる思うてた。せやけど、違うんや。葵は。
 葵は自分のこと、ちゃんと考えてるんや。自分以外の奴にレイを取られたくないなんて、そう簡単に言えることとちゃうやろ。

「それが、俺との違いか。」

 レイに忘れられたって、あきらめた俺と、忘れられた今、もう一度踏み込もうとしている葵。

 なぁレイ、今どこに居るんや?みんな、探してるで。


54 :仔空 :2009/11/28(土) 22:52:48 ID:o3teQitLxA

姫君の里へ 3.交錯


 俺に、今何が出来るんだろう。

「あなた方は、わたしにいったい何をする気なのですか!?」
 顔に巻いた包帯を解き、声のした方を見た。
「あなた…誰なの。」
「マイケルです♪」
「まいける…?」
「お兄ちゃん。あまり時間がない。手みじかにすまそう。」
 ルアちゃんも帽子とサングラスを外し、彼女を見た。
「あなたは……!?」
 明らかにルアちゃんの存在に驚いているレイちゃん。

 ――君たちは、同じ時間に生まれた双子なのに。

「あたしは……あなただ。レイ・スキャルテリー=アイチュラ。」
「何を言っているの!?わたしは、ここにいるわたしだけ!……あなたは、わたしにとても似ているけど……そんな人間、世の中に何人もいるの!さあ、この腕を縛っている包帯を外しなさい!!」
「それは、御姫様の特権という名のご命令かな?」
 俺がレイちゃんに聞いた。前に会ったときより少し髪の毛伸びたなー。
「ふざけているの?わたしはこの国の王位第一継承者なのです。あなたたち、この国に入れなくなりますよ?」
「どーぞご自由に♪」
「あたしはこの世界に存在を消されているからな。」
「俺はこの世界の人間でもないのでー♪」
「何を言っているの……?」

 さて、ここで現在地確認。

 ここはレイちゃんの自室。つまりはまだレイちゃんは誘拐されたわけじゃない。窓を割って、開いたカーテンをパタパタさせている部屋に入ってきた兵士に見つからないよう浴室に隠れて、しばらくして出てきました!よく見つからなかったと思ったけど、これもまーウンメイかな?なんてね。

「でもよかったね、レイちゃん。誘拐されたってのが俺達みたいな‘善良な国民’で。変態だったらと思うと…俺は涙が出るよ。」
 あ、今変態って目で見たね。おい、ルアちゃんもか!
「目的は……?わたしを誘拐して、どうする気です?」
 まだ誘拐してないって。喧嘩腰のレイちゃんに、ルアちゃんが近付いた。
「どうもしない。あなたとあたしが入れ替わるだけ。それだけでいい。あなたの変わりにあたしが今日の式典のメインである婚約をする。あなたは何もしなくていい。きっとすぐに迎えが来るから。彼とそのままどこかへ行くといい。」
「何を…、言って……。」
「ごめんね、レイ。いつも…あなたが苦しんでばかり。あたしが悪い時も涙をこらえて、あたしが……この世界に存在しなくなってもあなたは覚えていてくれた。当然のように。でも、もうその時のあなたには会えないんだ。……もっと早く気づいていれば。もっと沢山の時間を一緒にすごせたのに……ごめん、レイ……ごめん…。」
 そのままルアちゃんはレイちゃんの向かい側に座り込んだ。うつむいて、じっとそのまま動かない。
「ルアちゃん。」
「…すまない、お兄ちゃん。」
 目もとをぐっと拭ってルアちゃんは立ち上がった。
 立ち上がったルアちゃんの手をレイちゃんがとる。
「あなたは、……誰なのですか。」
「……あなた、……の妹。でも、もういいんだ。あたしはあなたになるから。しばらくの間。ほんの少しの間だけ。またすぐに元の生活に戻るから、心配しなくていい。」
「わたしの、妹…。」
「ルア。それだけでいい、覚えていて…。」
「あなたの、名前ですね。」
 レイちゃんの言葉にルアちゃんは微笑んだだけ。俺はただ、その2人を見ていた。

「ルアちゃん。本当にいいんだね。」
 彼女はただ頷いた。
「あたしはレイにはなれない。わかっているよ、お兄ちゃん。だから、あたしは‘レイのまねをする’だけ。本人にはなれなくても、これだけ似ていればそれくらい出来るだろう?」
 髪をほどいて、用意しておいたカラーコンタクト(この世界にもあったんだ)をつけるルアちゃん。その姿はどんどんレイちゃんになっていく。
「さぁ、レイ。服を脱いで、これを着て。」
「本当に、わたしになるのですか?」
「そう。あなたが幸せになるように。」
「あなたは?」
「あたしは大丈夫。」
 ルアちゃんが俺を見た。わかってるよ。
「俺がちゃんと支えるさ。レイちゃん。ほら、時間がないから服を脱いで。」

 「変態。」

 え?そこ、声そろえて言うところ?


―――――――――


 バタバタとした音が俺のまわりを動く。
「レスティー隊長!」
「レイ様は見つかったか。」
「いえ、しかし大変なことになりました。」
 これ以上に何があるんだ…。
「城下にいたヤクザの組のものとうちの兵士が喧嘩を…。」
「こんな時に何をしているんだ!!」
「それが、どうやら、レイ様を誘拐した犯人がいるとかどうとかの話らしく……。」
「とにかく、そんな争いはやめさせろ。無駄な怪我人は出すな。喧嘩をしている暇があったらレイ様を探せ。」
「はっ!」
 そう言いうと、兵士の1人は俺の元を去った。こんな時に喧嘩なんて、何を考えているんだ…。
 守らなければならない存在を、俺は失おうとしている。
 いいや、違うか。

 守りたい存在を、だ。一刻も早く、彼女を見つけよう。

 犯人というものはまた現場に戻ってくるという節があると何かの本で読んだな。
 俺は、レイ様の部屋へ向かった。


―――――――――


 なんなんや?このありさまは。

 人を殴る音があたりに響いて、居心地が悪い。

「ハセガワさん!」
 その声に振り向くと、葵くらいの歳の兵士が荒い息を立てて、こっちへ来ていた。
「なんや?」
「…まさか………喧嘩をずっと見ていたんですか!?こんな時に!!」
「せや?それがどないしたん。」
「式典までもう、時間がないんですよ!レイ様を誘拐した犯人をつきとめないと!」
「犯人の手掛かり、つかめてるんかいな?」
「背の高い男と、レイ様に似ている少女としか…。」
「せやろ。なんに、なんでこいつらは喧嘩してんねん。」
「それは……、自分にはわかりません。」
「俺は分かるで。」
「え!?」
「あんな、こいつらはアホやからや。でも、俺はちゃう。今何をすべきなんかも分かってるつもりや。せやろ?」
「は、はぁ……。」
「お前なら、どうする。このありさまでレイ様見つけても、あの方が悲しむだけやで?」
「じ、自分は……。」
 若い兵士は汗をかいて考えだした。

「俊馬さん!」

 葵の声。ちょうどいいタイミングや。

「おう!剣にはなれたか!!」
「はい、でもレイ…様がみつからなくて。」
 葵は兵士を見て、あわててレイの後ろに様をつけた。こいつ、おもろいなぁ。作り笑いうまなっても、こういうところ変わらへん。
「君は…?」
 葵に気づいた兵士が不思議そうに葵を見た。確かに、料理人の格好をしてるのに腰には剣を差してて、明らかにおかしな格好や。
「あ、アオイ・スギムラです。えっと…。」
「自分はザック・フィントです。よろしく、スギムラくん。」
「よろしく、フィントさん。」
 笑顔で手を差し出した葵のそれを見ながらザックは言った。
「失礼ですが、ハセガワさん。彼はなに者ですか?」
「なに者、て俺の友達?」
「剣を差しています。」
「仲間やからや。」
「以前、レスティー隊長に聞きました。不審者の話。」
 葵の笑顔か凍った。手をななめ45度の角度に保ったまま固まっている。
 あまりにも居づらそうやし、俺が口を開くことにした。
「それがどないしたん?」
「不審者を野放しにはできません。」
 彼は兵士らしく言った。
「せやけど今、お前に与えられた任務は何や。」
「…それは……。」
「アオイ・スギムラを倒すことか?」
「……違います。」
「せやろ。お前はここで考える事が出来た。それでええんや。よかったん。ほら。目の前のアホらと一緒にならんですんだで。」
 一度頷いたザックは一度深呼吸をすると、言った。

「ハセガワさん。ご指示を!」
「まずはこのアホら、片付けな。葵、手伝ってや。」
「俺、ですか……?」
「せやぁ?」
 にっこり、我ながらにめっちゃいい笑顔やったと思うんやけど、葵は何かを感じ取ったらしい。引きつっていた笑顔に縦線が見えるで。
 んー、やっぱり。これしかないやろ!俺はそれを葵の目の前に突きつけた。



 そして、葵の表情が縦線で見えなくなった。


―――――――――


「リリス!僕は国へ帰る!!帰らせてくれ!!」
「いつまでそんなことをおっしゃっているのですか!!」
「リリスから許しを得るまで!!」
 ルシー・アンス・チェオークと彼の護衛についているリリスは、レイ・スキャルテリー=アイチュラのことなど何も知らないかの様に自分たちの会話に一生懸命だ。
「チェオーク様。その様なこと…お父上やお母上がお聞きになったらと思うと…。」
 手にハンカチを持ち、目もとに持っていった彼女は、ふと、それも唐突にある疑問を持った。

 ここは…どこだ、と。

「チェオーク様。失礼ながら、貴方様は今どちらへ?」
「だから、さっきから国と言っているだろう!!僕は祖国へ帰る!!」
 規模が大きい!リリスは目の前の皇子の脳について調べたくなった。
「いえ、そういうことではありません。失礼ですが、ご自分の現在地を知っておいでで?」
「リリス、何を言っているんだ。僕は君についていっているだけだ。」
「いえ、私はあなた様についていっているのですが?」

 「………。」


 冷たい空気が流れた。

「リリス。ここはどこだ。」
「お答えかねます。私にはわかりません。」
「これじゃ、国に帰れないじゃないかああああ!」
「だから、規模が大きすぎます!」 
「あ、ああ、あ、焦ることはない。ここは城の中。僕たちは、べ、別に閉じ込められているわけじゃない。歩けばどこかへつくはずだ!だって、道は結局一本につながっているのだから!」
「ルシー様。かっこいいお言葉ですが、目の前はわかれ道です。」
「別れてるのぉ!?」
 絶望に満ちた表情が彼の作りの良い顔を覆った。
「どうなさいますか?私はあなた様についていきますが。」
「じゃあ、リリス。とりあえず、左に行こうか。」
 彼の言うとおり、左右に分かれている道の左側へ足を進めた。その時、リリスはふと後ろを振り返った。
「ルシー様!誰かがこちらへ来ますよ。」
「本当か!!よし、これで国へ帰れるぞ!」
「…ですから、先ほどから規模が大きすぎ――。」
 ます、と言おうとしたとき、その左側の道の一番向こうに位置する部屋のドアが少しだけあいた。



「あのー、もう少し音量抑えめでお願いしまーす。」



 黒髪で、長身の男がドアの隙間からそう言った。

「貴様!そこで何をしている!!」
 
 レイの部屋へ向かおうとしていたシェルがそれを見つけた。

 あっけにとられているのは、彼らの間にいるルシーとリリスだ。

「リリス……僕たち国へ帰れるよね?」
「………もちろんです。私がこの命を賭けてでも貴方様をお守りいたします。」

 彼らは100mほどの等間隔に位置し、黒髪の男はレイの部屋に。その100mほど先にはルシーとリリス。そしてその100mほど先にはシェルの姿。

 一本の道に、きれいに4人の人物が並んだ。


55 :仔空 :2009/12/04(金) 20:20:19 ID:m3knVkxeVe

姫君の里へ 4.集合

 少しだけあけたドアをそっと閉じた俺は素早く振り向いた。

 そして、ピンヒールが俺の顔に命中した。

「痛ぇ……。」
 危ないから!!俺は顔をさすった。
「何、後ろ振り向いているんだ、お兄ちゃん。よしと言うまで振り向くなとあれほど言っただろう?」
 笑顔のルアちゃんをこれほどまで恐ろしいと思ったことはない。
「緊急事態だからだよ!城の兵士がこっちに来てる!」
「なんだって!?なぜ、もっと早く言わない!」
「早めに言うつもりだったんですけど!?」
 抗議しようとしている俺を無視して、ルアちゃんはレイちゃんの方を見た。俺としては、ちょっとさみしい。
「……時間がない。レイ、もうお別れだ。窓の外の石段から階下へ行き、この塔の一番したにあるドアを開けるんだ。隠れるくらいの場所はあるから、少しだけ、そこで待っていてくれ。」
 ルアちゃんはそういうと、レイちゃんの肩をそっと押した。
「あなた……は……?」
「大丈夫。あたしには、お兄ちゃんがいるから。」
「…変態、ですよ?」
 ガーン。
「大丈夫。お兄ちゃんは強いけど、あたしには勝てないさ。だって、へたれだからな。」
 ショックで立ち直れない俺にさらにショックを与えるルアちゃん。おー、手の平が地面から離れない。

 コンコンコンコン!

 おっと。こうしちゃいられない。
「レイ様!そこに、いるのですか!!」
 鍵、あいてるんだけど。気づいてないなんてよっぽどあせってるんだ。
「シェルっ!?」
 おっと。レイちゃん、そこで声あげなーい。

「レイ!」
 ルアちゃんが言った。レイちゃんは、こっちを向くと口を開いた。
「……あなた方が何をお考えなのか、わたしにはわかりません。なぜ…なぜあなた方は…わたしを…。」
「あたしは…。」
 2人とも黙ってしまった。じゃあ、俺が口を開くしかないんじゃない?
 俺は、彼女たちに一歩近づくと言った。

「君に幸せになってほしいから。」

「え……?」
「……お兄ちゃん……。」

 その時、ドアが勢いよくあいた。

 バンッ!

「レイ様!……!?」
「シェル!!」
 ルアちゃんの姿を見て驚きが隠せない様子の彼は、俺に視線を向けた。
「貴様は……何者、だ。」
「マイケルです♪」
「シェル!わたしはここ!」
 その時、レイちゃんが声を上げた。
「違う!そっちは偽物だ !!あたしがレイ!」
 そして、ルアちゃんも負けずに声を上げる。
「……っ。」
 息をのむシェル。

 そんな、ちょっとした不思議空間に現れたのは―――――……!



 い、い、イケメン!!



 ……ときれいなお姉さん!

「な、なんだ、これは!姫が2人…!?」
「ルシー様、これはいったい……あ、あなたは先ほどの兵士の方…!これはいったいどういう!?」
「ルシー…様…?あなたは隣国の皇子、ルシー・アンス・チェオーク様なのですか?」
 驚いているシェルの言葉で気がついた。
 このイケメン!レイちゃんと婚約するって皇子だったのか!
 イケメンの正体がわかった時、俺の耳には、また違う声が聞こえていた。
 何人もの野太い男たちの声と、それより少し高めの聞き覚えのある声。

 俺の大切な弟の悲痛の叫びが!!

―――――――――

 4人と双子がレイの部屋に集まる少し前。

―――――――――

「ハセガワさん…これは……。」
「おー、相変わらずやなぁ。」
「相変わらずってことは…前にも…?」
「せやぁ?えらいベッピンさんやと思わへん?」
「思います…。」
 やめろおおお!生唾飲み込まないでくれえええ!!

 何をやっているんだろ、俺…涙が止まらない…。
 もう、お察しの方もおられるかもしれない。

「今日もかわいいで♪ローサちゃん☆」
「……俺の名前はアオイ・スギムラです……。」

 俊馬さんの隣にいる兵士は目をキラキラと輝かせている…なんてことだ。

「さあ、ローサ。目の前の男どもをお前の美しさで黙らせてや。」
「俺も男です…。」
「大丈夫。見た目はかわいい女の子です。」
「やめてくれぇ……。」
 思わず顔を両手を覆った。
「事態は一刻を争う。お前の力が俺達には必要なんや。」
「何、いきなりまじめな顔で言っているんですか…。」
「レイ様をお守りしたいんでしょう!スギムラくん。いや、ローサちゃん。」
 いや、わざわざ言い換えないで!!
 俺は今、着用しているドレスの端を持ち上げ、2人に聞いた。
「それはそうですけど…あのね、今のこの格好の俺にレイ様守れるかなぁ!?」

 「守れる!!」

 声を揃えて答えてくれました……。



 そんなこんなで言い争いをしていた俺達に気づいたらしい男どもがいた。

「あの美人……なんてきれいなんだ…。」
「おい、てめぇどこ見てやが――……かわいい。」

「貴様、レイ様にご無礼を…って聞いているのか!?」
「いいや、俺はてめぇのよりも遠くにいるあの子の声が聞きたいぜ。」
「何を言っている……!――確かに、俺もだ。」



「俊馬さん……俺、もうお婿に行けないです…。」
「大丈夫、そのときは自分が。」
「おいおい、ローサを嫁に行かすわけにはいかん!…なーんて、一回言うてみたかったんや、これ。」
「あ、いいですね。次、自分にもやらせてください。」
「いやー、これは父親の特権やで?な、ローサちゃん♪」
「はははー…もう勝手にしてくれぇ……。」
 俺の涙はもう枯れてしまったらしい。なんてことだ。
「さあて。ローサのおかげで無駄な喧嘩は終わったし、行くで。」
「どこへ、です?ハセガワさん。」
「……俺、この格好でこれ以上この城の中を歩きたくないです…。」
「んじゃ、生着替えするか?野郎共の目の前で。公衆の面前で!」
「そんなこと、自分がさせません!」
 嫌だー…。
 この人、着実にトーマとキャラかぶってきちゃってるー…。
「俺は結構気に入っているんやで?このドレス。」
 確かに、綺麗なドレスだと思いますよ?ピンクのレースが入っていて、かわいいですね。

 
 なんだ、この嫌な予感は。


「ちなみに、俊馬さん。このドレスはどちらで?」
「あー、家にあったんや。」
「すみませんが、家のどこに?」
「ん?」
 本当はわかっているくせに。
「ど・こ・に・あったん、ですか?」



「……麗恵の、部屋。」



 俺の脳内で雷が落ちた。

「これ、麗恵さんのドレスなんですか!?」
「…………………………………………………………せや?」
「どうして、あなたは同じ過ちを繰り返すんですか!!」
「……なんでやろ。わからへんわ……ということで俺は旅にでる。」
「現実逃避はやめてください!」
 そんな俺達に口をはさんだ人がいた。
 うん、君がいてくれてよかった。
「あの、痴話喧嘩はいいですけど…兵士とやくざが、たくさんこちらに向かってきていますよ?」
 そうだった!!
「ほら、逃げるで!2人とも!」
 そういった俊馬さんは俺とフィントさんの腕をつかむと、走りだした。俺はそんな彼が置いていこうとした俺の着ていた服を急いで持って走る準備。

 とにかく、俺はドレスを汚さないことだけに集中しよう。



―――――――――



「それで、どちらが本物の姫なのですか?」
「……。」
 イケメン、ルシー様の言葉に答えることのできない兵士。名前は、シェル、だっけ。
「……すみません。」
 その言葉はイケメンに向けられたのか、レイちゃんに向けられたのか。それとも自分自身の心に向けたのか。

 そして、こんなしんみりしたときに、なんとも騒がしい足音が聞こえた。



―――――――――



「俊馬さん…!どこに向かっているんですか!」
「とりあえず、上や!上に行くで!」
「上へ行くと、逃げ場がなくなるのでは…?ハセガワさん。」
「………と、とにかく上や!!こっちからレイ様の匂いがする!」
 この人は犬並みの嗅覚でも持っているんだろうか。

 現在、ドレス姿の俺の両側には兵士が2人。なんだこの画は。
 わけがわからないまま、俺は俊馬さんが向うとおりについていく。それも猛ダッシュで。靴までは替えてないのがせめてもの救いだろう。俺たちは廊下の一番奥の部屋へ向かって走った。俊馬さんが言うには、こっちからレイの匂いがするらしい。……本当、ごめんなさい俊馬さん…どう対応したらいいか、わからない。

 少しだけ、やくざと兵士の軍団に差がついた。でもこれ以上、走れない。ドレスってこんなに重いのか…。

「あの部屋、入るで!レイ様の部屋や!」
「レイ様の…!?じ、自分は姫の自室に入ることなど…!」
 思春期の男子――いやそれ以上か――のようなリアクションをかましたフィントさんは顔を赤くして言った。
 て、あれ?俺も十分思春期の男子に入るんじゃ…?…あれ、なんでフィントさんのリアクションが少し懐かしく思えてるんだろう…。
「せやったら、ここであいつら止めてくれ!おまえの任務はそれや!」
「はっ!よろこんで!」
 元気に敬礼した彼は立ち止まり、後ろを振り返った。
「ここは自分に任せてください!これでも剣の腕には自信があります。」
「フィ、…はぁっはぁ…っ…ント、さん!」
 息が上がって、うまくしゃべれない。
「大丈夫。殺しはしません。姫の部屋の前を汚すわけにはいきませんから!」
 フィント…さん…。
「もちろん、自分も死ぬ気なんてさらさらないです。…行ってください!」
「っはい!」
「たのむで、ザック。」
「はい。……ローサさんをお願いします。」
「おう。ローサのことは俺に任せぇ。行くで、ローサ!」
 
 …今だけは、突っ込むのはやめておこう。

「…っはい!」
 
 そして、俺達は彼女の部屋の扉を開いた。


56 :仔空 :2009/12/12(土) 14:43:55 ID:m3knVkxAoF

姫君の里へ 5.誓い

 いきなり開いたドアの向こうから来たのは、以前見たことのある関西弁の兵士とドレス姿のかわいい女の子…じゃねぇ!
「ぁ…ぉぃ……?」
「やっぱレイ様、居った!な、俺の言うた通りやろ?ローサ。」
「……そうですね、……本当。泣きたくなるくらい勢ぞろいしてる……。」
 かすれた少し裏返るような声を出した葵は、俺の知っている葵じゃないみたいだった。いや、ローサって言ったっけ。そうか、この子はローサちゃんか。かわいい名前じゃないか。
「て、だまされるか!俺の弟をどうした!!似非関西弁!」
「なっ!お前はあん時の!!しかも、今日怪しい思った客人!同一人物やったんか!」
「えっ?じゃあ、俊馬さんが言っていた男って…これ?」
「これ呼ばわり!?ひどくない!?」


「ちょっと!」


 おっと。そうだった。
 ルアちゃんの声で状況を思い出した。

「おいおい…これ、どういうこっちゃ。レイさん、2人いてはるで?」

 そう。今誰の眼の前にもレイ・スキャルテリー=アイチュラは2人いるように見える。でも、もう1人はルアちゃん。ルアちゃんの存在を知っているのは葵だけ。そして、今この2人を見分けられるのは俺だけ。そう、この俺。コウ・スギムラ=マイケルだけさ♪

「何、してるんだ…?」

 葵が俺に言った。
「…それはこっちのセリフだよ。」

「……確かに、そうだ。」
 おいー!葵ぃ!あきらめるなって言いたいけど…やっぱりそうだ。何やってる。お前。

「……そうだ。おい。」
 シェルが葵の方を見ていった。
「…はい……?」
「お前なら、どちらが本物の姫なのかわかるんじゃないか?」

 シェルの言葉にあたりは静まり返った。
 少しの時間が、過ぎた後、葵が口を開いた。

「……5分だけ、時間をください。5分の間3人きりにしてください。」

 何する気だい?葵くん。

「……姫に何かあったらその時は、どうなるか分かっているんだろうな?」
 シェルのその言葉に誰も何も言わなかったし、葵も何も言わなかった。何も言わずに、ただ微笑んで俺達が全員出ていくのを見ていた。

 そして、一度開いた扉は再び閉じる。

―――――――――

「ふぅ。」

 そのひとは、ため息を一つつくと、もう一人のわたしの元へ――ルアさんの方へ――歩を進めました。

 待って。行かないで。その人は、わたしじゃない、のに…。

「悪いけど、これ。脱ぐの手伝って?」
「まったく、何をしているんだ。スギムラくん。」
「いや、俺もこんなことになるなんて全然思わなかった。」

 え…?

「あなたたち…知り合いなの?」
 わたしの言葉に彼女と彼は振り向き、声を合わせていいました。

 「そう。家族、だ。」

 家族……。
 
 ドレスを脱いだローサは元のアオイさんに戻っていました。持ってきていた黒い服はこの城の料理人のものでしょう。
「あー、やっと肩の荷が下りた。」
「このドレスはそんなに高級なのか?」
「高級って言うより……違った意味でなんか重い。それよりも。」
 アオイさんは、わたしの顔とルアさんの顔を交互に見比べ、言いました。
「本当。そっくりだな。ここにもカラーコンタクトってあったんだ。」
「あぁ、このガラスの膜か。そう。これであたしもレイそっくりだ。見分けがつかなかっただろう?」
「まあね。でも分かった。」
 アオイさんはゆっくりとわたしの方へ歩を進め、わたしの手をとりました。

「あなたが、レイ・スキャルテリー=アイチュラです。」

 きれいな黒い瞳に見つめられると、ふとあの夢を思い出しました。

 ――じゃあ、変えちゃえばいいんじゃない?
 ――そんな運命、変えればいい。変えて、自分の大切な時間を作ればいい。
 ――君の運命を変える。

「……………助けてください。」
 うつむき、聞こえるか聞こえないくらいの声でわたしは言いました。
「………わたしの………運命を………変えて、ください……。」

「はい。お姫様。」


「はーい、時間切れー!」


 バン、と勢いよく開いたドアの向こうから先ほど部屋にいた人たちが入ってきました。
 わたしは、こんなにも早い5分間を知りません。
 いきなりのことで驚いたのか、アオイさんはわたしの手を離してしまいました。

「ま、まだ時間があるだろ?」
 ズカズカとはいってきたマイケル(?)さんに顔を近づけ、訴えるアオイさん。そういえば、どことなくこの2人は似ているような気がします。
「いいえ?これでも、おまけしてあげたほうですよ?」
「そうだ、スギムラ氏。」
「あれっ、おい!ローサはどこいってん!?」
「俊馬さん。ローサなんて最初からいなかったんですよ。何言っているんですか。」
 アオイさんがドレスを隠すように言いました。
 そんなアオイさんにシェルが近づきます。…もしかしたら先ほどわたしとアオイさんが手を握っていたのを見ていたのでしょうか…。すごい剣幕です。
「それで、どちらが姫かわかったのか?」
「はい、バッチリです。今から姫の運命を変えます。」

 「は?」

 シェルを始め、シュンマ、チェオーク様、お付の方、マイケルと名乗った男の人も声を合わせて疑問を口にしていました。


 アオイさんがわたしのもとへゆっくりと近づいてきます。

 ――そうだ、きっとわたしの運命を変えてくれる。

 お互いに腕を伸ばしても届かない距離。きっとそれが今のわたしたちの距離なんですね。
 わたしがほほ笑むと、アオイさんもほほ笑みました。そして、こう言うのです。






「好きだよ、レイ。俺と結婚してください。」






 そのとき。

 バーン!パーン!パーン!

 薄暗くなっていた背後にある空が一気に明るくなりました。

「……花火……。」

 誰がつぶやいたのかわかりません。
 わかりませんでした。
 ただ、男の人の声だと思って、そのあとなんでわからなかったのでしょう。

 意識がぼうっとして、なぜか白い靄がかかったかのようで。

 足が…あ…立て、ない…。

 あー……そう……おなか、すいて――――――……。

 次目が覚めたら…わたしは………。

 ――――………ちゃんと、覚えてるかな。



―――――――――



「レイ様!」
 一番にレイのもとへ駆け寄ったのはシェルさんだった。
「…レイ!」
「レイちゃん!」
 ルアと兄貴も俺の隣を通り過ぎて、レイの元へ行く。
「姫!」
「……ルシー様!」
 ルシーさんがレイのもとへ駆け寄って、そのあとに続くリリスさん。
 みんなが、俺の横を通り過ぎる。
 俊馬さんだけが、俺の隣に居て、俺の肩に手を置いた。
「大丈夫、か?」
 俺が?レイが…?
「……なんで、レイ……。」

「スギムラくん!」

 ルアが俺を呼ぶ声ではっとした。
「隣の部屋にきっと輸血道具があるはずだ!それを持ってきてくれ!」
 輸血?
「…大丈夫、レイは貧血で倒れただけだ。輸血をすればきっと目が覚める。」
 貧血……だったんだ。
「わかった。」
 俺は輸血道具を探しに隣の部屋へ行った。



―――――――――



 式典が始まった。
 さっきの花火はそれを知らせるものだ。
 今日の朝から始まったていた式典もようやく佳境に――姫の婚約へと進んだのだ。

「式典が……婚約の式が…。」

 俺の隣には整った顔立ちの隣国の皇子、ルシー・アンス・チェオーク様が居られた。

「僕は…まだ、姫に伝えていませんっ。婚約、出来ないと……あなたと僕は結ばれるべきではないと……。」
 1人でつぶやくように言った彼は俺を見るといった。
「このまま、婚約の式を進めることはできません。父たちに伝えなくては。」
「姫が倒れたと?」
「いいえ……婚約を取り消しに………。」

「そんなことはできない。」

 注射を持ったその人はレイ様の腕にその針をさしながら、静かに言った。

「どうして……っ!このまま式は出来ないでしょう!?」
「あたしが出る。そのほうがいいんだ。この国にとっても、あなたの国にとっても。この世界にとっても。」
「ルアちゃん……。」
 侵入者1、マイケルと名乗った男が言った。そうか、この人はルアという名前なのか。

「シェ……そこの兵士の方、あなたは王に知らせてください。――レイは無事だ、と。」
 
「俺は…シェル・レスティーです。――よかったらあなた様のお名前をお教えくださいますか。」
「………ルア。それが、あたし名前。」
「では、あなた様の仰せの通りに。ルア様。」
 俺は地に片足をつけ、右手を胸に当て少し頭を下げた。
 すると、俺の目の前に小さく、白い手が伸びてきた。
「………?」
「うじうじした男は、モテないと昔誰かに聞いたことがある。あたしは、姫じゃないから。命令するのは嫌だ。だから、この手を握ってほしい。それだけで、あたしとあなたに上下関係など無くなるんだ。」

 ――顔もうやむやで、はっきりと彼女の姿はわからない。
 ――だけど、あの時のはっきりとした口調と言葉は俺の大切な思い出だ。

 何かが、つながりそうな気がした。
 昔…どこかで、あなたに会ったことがあったのだろうか。

 いいや、考えている暇なんてない。早くこの目の前の手を握らなければ、また彼女に叱られてしまう。



―――――――――



「とりあえず、少し落ち着いたみたいだ。もう、大丈夫。」
 ルアちゃんの言葉でその場の空気が少しだけゆるんだ。
「では、俺は陛下に知らせを。あなた方もご一緒してくださったほうがいい。チェオーク様、リリス様。」
「そうですね、挨拶しなければなりませんから。」
「私はルシー様の護衛を務めます。」
「じゃあ、あたしも一緒に行かなくては、いけないな。」
「となると…。」
 シェルの視線がこちら――つまりは、俺、葵、俊馬――に向いた。
「せやったら、俺と、こいつとで廊下にぶっ倒れてる兵士ら片づけるわ。」
 俺を親指でさしながら俊馬は言った。おい、勝手に決めるな。
「レイ様のそばには――葵が居ったらええやろ。」
 うん、うん。と1人納得したような俊馬には悪いんだけど。
「いいや、レイちゃんのそばには俺が居る。」

 「は?」

 この場にいるみんなが俺に注目し、一言だけ発した。
「葵は俊馬くんのお手伝いしなさい。レイちゃんのそばには俺が居るから。」
「なんで、そうなんねん?普通、ここは葵がそばでレイさんのなぁ…!」
「せっかくのお心遣いありがとう。でも、これだけは譲れないなー。」
「なんでや?」
 俊馬が俺に詰め寄ってくる。シェルはすでに俺に呆れ気味だ。葵に至っては、あーなんか懐かしいまなざし。
「俺が無力だから。」
 俺はそう答えた。
「はぁ?」
「今の俺には、人運ぶみたいな力ないんですぅ。だから、君のお手伝いは出来ないぞ☆」
「はぁ…?」
「…だから、今、俺に出来るせめてものことをさせてくれ。いいや、させてください。俺は、今。レイちゃんのことを見守る、ってことしかできないから。」
「それで、もしレイ様に危険が迫ったらどうするんだ。」
 シェルが冷たい声で言った。
「その時は命を張ってでも彼女を守るよ。」
「……。」

 それは本当。まぁ、葵とレイちゃんがちゃんと幸せになるまで死ぬ気はないけど。

「……行こう。」
 ルアちゃんの言葉で時間が動いた。
「時間がない。シェル、ルシー様、リリスさん。式典に向かおう。もう大丈夫なんだ。きっと…レイの運命は変えられた。もう大丈夫。」

 いつだって、君はレイちゃんのことを考えるんだ。彼女が君を思っていたのと同じで。

「んじゃ、俺らは俺らでがんばりますか、行くで、葵。」
「…はい。」

 今日、何度この扉が開閉したんだろう。ねぇ、レイちゃん。俺は信じてるよ。
 君が………。

 君がちゃんと、すべてを思い出すってことを。

 そして、俺たちは、この空間に2人きりになる。


57 :仔空 :2009/12/19(土) 22:04:01 ID:m3knVkWHre

運命の向こう


 パパパパーン!パパパーン!パパッパパッパパパーン!

「では、レイは無事なのですね。」
「はい、王妃様。」

 俺の後ろから、ルアさんが現れた。

「おお!レイ!!」
 陛下が彼女に抱きつく。彼女は陛下の背中に腕をまわした。
「よかったわ…どこも怪我などしていないのね?レイ。」
「はい…お母様。…ご心配おかけして、申し訳ございません。」
「いいんだよ、レイ。お前が無事で何よりだ。…おぉ!こちらはルシー君かね!」
「申し遅れました。ルシー・アンス・チェオークと申します。こちらは僕の護衛を兼ねています、リリスです。」
 リリス様が頭を下げた。
「ルシー、今までどこに行っていた。探したんだぞ。」
「すみません、父上。」
 
 このまま婚約が行われるのだろうか。レイ様といわれたまま、ルアさんはルシー様と婚約してしまっていいのだろうか。
 結局、俺は誰の助けにもならない。なれないのだ。

 レイ様の運命を変えたのなら、俺の目の前の人の運命も変えてくれないか。…アオイ・スギムラ。



―――――――――



 外がだんだんにぎやかになってきた。

「………。」
「………。」

 うーん…手の感覚がなくなってきたなー…。そろそろやばいかも。
 最近‘力’使いすぎたから。もう、時間が持たない。もう一回修行、やり直そうかなー。

「ねぇ、レイちゃん。」
 彼女を見ても綺麗な寝顔があるだけだ。
「答えるわけ、ない、か…。」

 外はだんだんにぎやかになってきたみたいだけど、ここは静かだ。

 ぽたぽたと静かに血がレイちゃんの腕につながっている管に落ちてくる。
 それを見ていると、だんだん眠くなってくるんだよねー。

「そろそろ目、覚めてくれないかなぁ。時間、ないよ……。」
 どうしてもレイちゃんに伝えたい。
 もし、目が覚めたレイちゃんが、さっきまでの彼女と変わらなかったら。レイちゃんの記憶が戻っていなかったら。
 何よりも一番ショックを受けるのは葵だ。
「ふぁあ〜……。」
 でも、こんな時にあくびが出るなんて。俺もまだまだだよ、本当に。


「……ぁれ?」


 ん?
「れ、い……ちゃん?」
「…………鋼、さん。」
「…レイちゃん、あのね――――。」



―――――――――



「この人たち…みんな、フィントさんが倒したんですか?」
「そうみたいやなぁ。ま、こいつもがんばったほうやで。くたびれて、そこで寝てるわ。」
「どうするんですか……この人たち、みんな気失ってますよ。」
「とりあえず、葵がローサになって――♪」
「とりあえず、武器っぽいものは回収しときますか。」
「あれ?無視?」

 兵士1人ずつの腰から剣を抜いていると、俺たちの背後にあった扉が勢いよくあいた。



―――――――――



「レイ…………、様!?」
 ほんま、うちのこと様付けなんやなぁ。鋼さんの言うてた通り。
「レイ、もう大丈夫なんか!?…めっちゃ元気そうやけど…。」
 俊馬は相変わらず。大丈夫、あんたはいいお父さんになれるで。
 でも、それより…今は……。

「れ、レイ!?」

 いきなり抱きつかれて驚いたのか、葵はのけぞってそのまま後ろ手をついて床に座り込んでしまった。
「ごめん……っ。葵……ありがとう……。」
「レイ……?」
「レイ、お前……思い出したんか…?」
「…うん。今までのこと全部思い出した。葵と屋上で出会ったことも、おじいさんの山に一緒に行ったことも、……葵がうち、追いかけてこの世界まで来てくれたことも。でもそれからの事は思い出せなくて…でも大丈夫!鋼さんに全部聞いたから!」
 それを言い終わって、もう一度葵に抱きついた。今度は葵もうちの背中に腕をまわして、そのまま抱きしめてくれた。

「葵……うちの運命は変わった。せやけど、ルアの……ルアがこのままルシー様と結婚するんは……。ルアはきっと無理してんねん。せやから…一緒にルアのこと助けて…ほしいねん……。」
「助けるよ。ルアは俺の大事な家族だから。行こう、レイ。」
「おう、ここのことは俺に任せときー♪」
「俊馬さん…、すみません。」
「かまへん、かまへん。」
 手をふらふらと振りながら、俊馬は笑いながら言った。
「俊馬……ありがとう。あんたのこと、忘れへんよ。うちにとって俊馬は大切な人やったで。」
「おぅ、わかってる。でも、俺はもう文字通り過去の奴や。俺には麗恵が居るし、レイには葵が居るやろ。せやから、な。その関西弁からも卒業しぃ。」
「俊馬……。」
「ほら、行け。」

 そのまま、俊馬はうちと葵の背中を押した。



「それで、ルアたちはどこに居るんだ?」
「たぶん…一番広いホール。…あった!」
「こりゃまたでかい扉だね。」
「この向こうにルアが居る。」
「よし、行こうか。」
「うん。」



 ガチャ……。



 ゆっくりと、その大きな扉は開いて。
 そしてうちらの目の前に広がった式典の様子は――。



 ルアが婚約をするという、そのちょうどのところだった。



 「その婚約!!ちょっと待ったあああああああ!!!」



 うちと葵の大声に、その場に居た全員がこちらを向いた。

「なんだっ……!?レイ様が2人!?」
「おい、あいつ…城の料理人じゃねぇか…?」

「…あーくん…?なんで…?」
「スギムラくん…。」
「アオイ……。」

「シェル、どういうことだ…?レイが2人居るなんて……。」
「シェル、何か知っているのですか…?」
「……。」



「ルア!レイの運命は変えられた!!」
「もう、大丈夫だから!ルア……!もう、いいんだよ!!」



「レイ……スギムラくん……。」
「……よかったじゃないですか、ルアさん。」
「ルシー様……。」

「ルシー!何をしているか!侵入者など気にするな!婚約の儀を進めろ!!」
 誰や…?
「レイ、あの噴水……なんなんだ?」
 そう。この大部屋の奥には大きな噴水がある。それに2人の手を握ったまま付けると、はれて2人は婚約者。
 ルアとチェオーク様の背後には、すぐ噴水がある。
 となると、怒鳴っているのはチェオーク様の父親。これじゃ、無理やり両手を付けられるかもしれない!!
「行くで、葵!!」
「は、っい??」
 うちは葵の手をとり、猛ダッシュした。

 たくさんの人がいたけど、気にせず走った。がんばったね、うち。

「させるかあ!」
 はい、これうち。
「何っ!?」
 こちらはチェオーク様の父親(?)
「レイ!?」
 これは葵。
「レイ!スギムラくん!」
 うちの可愛いルアちゃん。
「姫!アオイくん!?」
 そしてチェオーク様。

 葵の手をとり、ルアとチェオーク様のつながれていた手と手の間に突進した。もう、ゴールテープ切った気分。
 勢いが止まらない。そして、うちは噴水の前に小さな段差があることをその時すっかり忘れていた。

 ゴツッ。

 痛ったぁ!?

「れ、レイ!噴水!!」
「……あわわわああああああ!?」
「……っぃ゙!?」

 ザッパーン!

 ……段差に躓いて、そのまま噴水へダイブ。
 ごめん、葵。道連れにしちゃった。


「まったく、何しているんですか。」
「…えへへ、ごめん、シェル。」
「えへへ、じゃありません。…スギムラ、お前もだ。なぜレイ様を止めない。」
「……えへへ、すみません。」
「えへへじゃない。」
 2人そろって、――いつの間に来たのか――シェルに叱られた。もう全身びしょびしょ。
 シェルは腰に手をあてたままこちらを見下ろしている。いやいや、助けて?

「婚約の儀が……聖域であるこの噴水に全身つかるだと……?」

 チェオーク様の父親(推定)が、やっと絞り出したような声を出した。
「…父上、もうお分かりでしょう。この婚約は僕たちのための婚約では、ないのです。ここは僕たちのための場所ではありません。彼ら2人に与えられた場所です。」
 チェオーク様がうちに右手をのばした。
 ルアは葵に。
 ザッパン、と噴水の中から出たうちらを誰も責めなかった。めちゃくちゃになった式典。もうずっと前から準備してきた人たちが居る目の前でうちらはそれを壊してしまった。でも、それでも誰も責めない。

「――レイ姫が、噴水の儀により……愛する人と結ばれました。」

 チェオーク様がよく通る声で、みんなに聞こえるように言った。

 少しの沈黙の後――。
 パンパンパンパン…。
 誰かが…手を叩いて……。

 それが最初の波になって、そのあと来る大きな波。
 拍手の波。

 「……っおめでとうございます!!レイ様ああああ!」

 あったことのない人ばかり。でも、その人たちがうちに、うちらに拍手を送ってくれる。おめでとう、と祝ってくれる。

 ……ということは。

「葵……プロポーズもなしに…うちら、婚約しちゃったよ……。しかも、国民公認の仲。」
「あれ…?もしかして、さっきのことは覚えてない……??」
「ん?」
「さっき、俺……レイに告白したんだけど。」
「え〜、覚えてな〜い〜。」
 葵の顔に疑ってます、て書いてあるみたい。
 葵は一度深呼吸して何かを決心したかのようにうちの事をまっすぐ見た。



「俺、ずっとレイのこと好きだから。その……俺と結婚してください。」



 恥ずかしがり屋の葵くんがみんなの目の前で。
 
「…あの、お返事は……?」

「…………うちも…………葵のこと、好きに決まってるやん!!」
 そのまま葵に抱きついた。もう、嬉しくて。嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて!!
「ありがとぉ!葵ぃっ!!」
「ぁ……うん。……えっと…レイ、さん……は、恥ずかしぃ……。」
「ん?」
 首だけ動かすと、こちらを見ているたくさんの人が。
 さすがのうちでも、これは恥ずかしいわ…。

「よし、じゃあこれからレイのお父さんとお母さんに挨拶しに行く!!…あ、でもこの国の王様とお妃さまなんだよなぁ…。」
 威勢がいいと思ったら急に弱気になる葵。
「大丈夫、うちは何があっても葵の見方だから♪」
「頼もしーぃ。」
 棒読みかっ!

 そんなうちらのもとに、ルアとチェオーク様がやってきた。
「レイ、これでよかったんだね。」
「…ルア…、本当にありがとう。」
 ニコリ、と笑うと次は葵の方を見る。
「スギムラくんも。おめでとう。」
「ありがとう、ルア。君のおかげだよ。」
 葵のその言葉にルアは嬉しそうにほほ笑んだ。
「アオイくん。」
「…?ルシーさん。」
「おめでとうございます。それと、ありがとう。」
「…?えっと、俺。何かしたかな…?」
「はい。僕も祖国に帰って彼女と婚約しようと思います。アオイくんには勇気づけられました。僕、がんばりますね!」
「ありがとう。ルシーさんも、えっとアンジェリーナさん、だっけ?お幸せに。」
「アオイくんもですよ、……父上には僕からちゃんと伝えます。姫もルアさんも心配なさらずに。じゃあ、僕らは行きましょうか。」
 そういうと、チェオーク様はルアを連れて国王の席へ向かった。



「アオイ!」
 一度着替えようと部屋へ向かっていたうちらの背後に誰かが葵を呼んだ。
「……トウヤ!?」
 どうやら葵の知り合いらしい。長身で茶髪の男の人が何か持って走ってきた。
「ったく、お前は何やってんだよ。驚かせやがって。ほら、これ。」
「…何?」
「何って、服だよ、服!俺、仕立て屋やってるって言ってなかったっけ?」
「言ってない、言ってない。」
「ま、それでだ。これ、よかったら着てくれよ。お前の服、びしょぬれだろ?…後、申し遅れました。姫様、俺トウヤ・ディフィルイアって言います。」
 あまりにもその人が深く頭を下げたので、あわてて頭を上げるように言った。
「……それじゃあ、あっちでユオとアイリが待ってるから、俺行くわ。」
 もう一度うちに頭を下げたその人は、そのまま去って行った。
「トウヤ!ありがとう!!ユオとアイリにもよろしくな!!」
 トウヤさんは何も言わずに手を振っていた。カッコええ友達やん。

「なぁ、葵。この世界きて何人友達出来たん?」
 唐突にうちがきくと、葵はさっきトウヤさんからもらった服を見た。
「たくさん出来たよ。本当の友達がね。俺、あっちじゃとりあえず誰とでもーとか思ってて。……そういやあいつら今ごろ何してんのかなー。」
「そうやなぁ、特殊学級のみんなとか何してるんやろ。」
「それ思えば、俺。レイと出会ってからたくさんの人と出会ったよ。レイだけじゃなくてルアっていう大切な家族も出来たし、リックさんもたまにしか会わなかったけど俺のこと息子みたいに接してくれてさ。後、城で働いてる時は料理長とミッシェルさんとトーマには特に世話になったし、ほかにもたくさんの料理人の人と会った。俊馬さんにも会えたし、麗恵さんにもあった。あとシェルさん、フィントさん、ルシーさん、リリスさん……こう思うと結構短い時間だったのに、たくさんの人と出会ってんだよなぁ。」
「1人、忘れてるんとちゃう?」
「ん…?」
「鋼さん。」
「……あれは〜。」
「信頼できるようなったんやろ?たくさん助けてもらったやん。」
「まあね、確かに前よりは頼りになった。うん。」
「素直じゃないなぁ。」
 うちと葵は歩きだした。
「俺はやっぱり、支える側じゃなくて、支えられてばっかりだ。天才パティシエとか、選ばれた術師とか。いろいろ言われたけど、俺1人じゃ結局何にも出来ない。この世界にはケーキがなかったから、それをたくさんの人に知ってほしいとは思ったけど。」
「あ!そういえば、あの式典のお菓子全部葵が作ったん??」
「そうだよ、あー、あれだってレイがイチゴ好きだって言うから、トーマに言って……。」
「全部食べたい!」
「全部!?腹壊すよ!?」
「大丈夫、大丈夫♪」

 葵。

 葵は支えられてばっかりじゃないよ。

 ちゃんとうちの運命変えてくれたやん。

 うちは幸せや。

 本当に……ありがとう。

「ハッキュシュン!」
「ハクシューッ。」
 え?
「葵…なんてくしゃみしてるん…。」
「何も言わないでくれ…これ、ルアにも変だって言われてるから…。わかってても治らないことってあるじゃん!?」
「まーまー、そう自棄にならずにー、ほら風邪ひくし早く行こうか!」
「また流されたぁ……。」

 これがうちら。

 これが、わたしとアオイさんの――――新たな始まり。


58 :仔空 :2009/12/22(火) 20:17:01 ID:nmz3m4PkVe

そういえば、このタイトル欄を使うの久しぶりです。

「きれいだよ、あーくん。」

 1人の男が目の前の大きなそれを眺めながら言った。
 彼が見ているのは、杉村葵が式典のために用意した大きなケーキの塔。
 彼は、口にする何かをここまで綺麗だと、美しいと、今まで思ったことがなかった。
 自分の中の新たな感動に自然と口元に笑みが出る。

「………おいしそぉ。」

 彼は声のした方を見た。自分の視線のした、幼い10歳にも満たない男の子がじっと彼と同じように塔を眺めていたのだ。

「食べるかいー?」
 彼は少年にそう、声をかけた。
「いいのぉっ??」
 料理長は少年にほほ笑むと、テーブルの上のナイフでゆっくりと塔の一部を切り出した。
「はいー、どうぞー。」
「わぁ!ありがとぉ!」
 少年は夢中になって食べた。おなかがすいていたのか、それがあまりにもおいしかったのか、少年は一気にそれを平らげてしまった。
「おいしかったー?」
「うん!おいしかった!!」
 料理長は少年の頭をなでた。

「あのね…ぼく大きくなったら、これ作れるようになりたい!」

 その言葉と、その姿がどこか幼い時の自分に重なったように見えた。

「うん。俺もだよー。」
 彼のその言葉に少年はもう一度ニコリとほほ笑むと、皿とフォークをテーブルに置き、どこかへ駆けて行った。
 それを見送りながら、彼は1人思っていた。 

 俺を変えてくれた。俺たちを変えてくれた。
 いつも(男にだけ)人見知りだった彼を。いつも自分を叱ってばかりだった彼女を。いつも同じものだけを作り、新しいものに触れていなかった彼らを。

 料理長はあたりを見渡す。


 ―――城外で1人の兵士が侍女に追いかけられているのが見えた。関西弁で何かを訴えているが彼女の耳にはとどいてくれないらしい。
 ―――少し離れたところにあるデザートを長身の美青年と付き添い美女が並んで眺めている。先ほどの隣国の皇子だろう。
 ―――その手前の方に若い料理人が彼と同じくらいの少年と仲良く話をしているのが見えた。その周りに1人、また1人と‘友達’が増えていく。
 ―――その光景の反対側には白衣を着た男性が年相応な女性とどこかぎこちなく会話をしていた。まるで久しぶりに会った恋人のように。
 ―――そして、この塔の向こう側では、副料理長が司令官の彼とほほ笑み合っていた。料理長は彼がこんなに人懐っこく笑う顔を見たことがない。

 あーくん。こんなに自分の周りが動いていること…いや、動きはじめたことに気づいてるー??
  
「……このお菓子の塔…もっとたくさんの人に食べられるといいなー。」

 きっと彼ならそのことを一番の喜びに感じるのではないだろうか。
 それ思い、彼は自分もそれを口にするため塔の一部に再びナイフを入れるのだった。





20年後。
  

「なんなんだあ!!お前らあああ!?」

 校舎の中を全力疾走。廊下は走っちゃいけない?ふん、そんなこと言っていられるか。

「杉村!!止まれええええ!!」

 今止まったら、確実に殺されちゃうだろ。お前らに!!

「追いかけて来るなあああああ!!」
 何でこんなことに!こんなことになるなら、遅刻なんか、寝坊なんかするんじゃなかった!!
 決めたぞ、俺は一生寝坊はしない!!

 何が悲しくて、昼休みという大事なランチタイムに男子生徒達に追いかけられなくては、ならないんだ。このままだと俺確実にグレてしまいそうだ。

「すうぎぃむううううらあああああ!!!」

「……っ!」

 バンッ!

 男の集団から逃げ、落ちつくためにも屋上へ来た。
「ふぅ。」
 ドアごしに腰をおろして、そっと目を瞑った。

 風が、少し汗をかいた頬にあたる。気持ちいい。
 どうやら男たちは俺を見失ったらしい。ふん、いい気味だ。
 そして今日一日は、もう俺を見つけてくれるなよ。


 ――――俺の名前は杉村愛琉。

 
 性別は男、歳は15歳。名前の読みは、あいる。
 なんでもこの名前は俺の父親と母親、そして母親の双子の妹の名前を一文字ずつ取ってあるらしいけど、その双子の妹である俺のおばさんに当たる人に、俺はまだ一度も会ったことがない。
 いや、双子なんだから母親そっくりなんだろうけど……。
 などと考えている間に俺は屋上で眠ってしまっていた。
 欠伸を一つして立ち上がり、伸びをする。遅刻したうえに昼寝をするなんて…きっと最近の修行が響いているんだろう……。

「あ、起きたんだ?」

 今、天から声が聞こえたような……。 

「……ゆ、幽霊…?」
 俺は男だけど!母親に似てそう言う系が苦手だ。男とか関係ないし!怖いもんは怖いし!

「ひっどーい。人のこと幽霊扱いとか!君よりは人間に近いと思うんだけどぉ?ね?杉村くん♪」
 え?何で俺の名前知ってんの?ていうか声普通に可愛くね?女の子、だよな…?
「だ、誰っすか。名を、名乗れい!」
「時代劇好きなの?ふふ、面白ーい♪」
 別に好きじゃないんだけど…なんでだろう。
「それに、名前は先に名乗るのがあなたの家のしきたりじゃない?」
「しきたり…?」

[いいか、愛琉。名前はな…。]
[先に名乗るんがルールや♪]
[あ!レイ、それ俺の台詞だろ!?]
[えーやん♪うちと葵の仲やろ?]

「まあ、……はい。我が家のルール、らしい…です。」
 どさくさにまぎれて目覚めと相性が悪いことを思い出してしまった。
「もぉ!そんなのでいいの!?しっかりしてよぉ!」
「はぁ。えっと、俺の名前は杉村愛琉。」
「やっぱり。」
 そのまま黙ってしまったその子(たぶん女の子)は俺になんとも言えない気まずい空気を与えてくれた。名前なんだろう。
「それで、あの……俺に何か…?」
 そうだ。俺の名前知ってたんじゃないのか?何で知ってる?何で俺の家のルールなんて知ってるんだ?それより、君誰なの!!
「ちょっと、目、瞑ってください。」
「は、い……、?」
 聞きたいことはたくさんあったが言われたとおり、軽く目を閉じた。すると少しの、ほんの少しの時間が流れて、小さくタンッと地面に何かが当たった音がした。
「はい、もういいですよぉ?」

 目の前に現れたその子は、濃い緑色の髪と銀に近い瞳を持っていて。

「あたし、ミレア・レスティーです。はじめまして、アイル様♪」

 生まれてこのかた。様、なんて名前の後ろにつけられたことなんてない。
「き、み、は……?」
 俺が言葉をうまく続けられなかったのは、なぜだろう。

「あたしは、あなた様を守る、あなたと国を守るためにここにいます。」
 そう言うと彼女は手を差し出した。
 言わずもがな、それを握ればいいんだろうけど。

「俺は……。」

「あなた様は次期国王陛下。――大丈夫、あなた様を守ります。父上がそうだったように、あなた様のお父様がそうであったように。」

「父さんが……?」

 彼女の言っている意味は全然わからなかったが、俺の言葉に彼女は微笑んで、俺の手を握った。あ。温かい。

「大丈夫。運命はもう、動いています。」
「運命…。」

 俺達の手は合わさって、ひとつの大きな影を作った。










 ――その一瞬の出来事。
 ――その一瞬の空気の変化。気の迷い。時間の流れ。
 
 すべてに始まりはあり、終りがある。
 
 そして彼らの微笑みは、また新たな始まりに。


END


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