空の唄


1 :うみねこ◆Ax734Q33 :2008/06/30(月) 16:54:19 ID:WmknPetk

バンドに賭ける学生の物語


2 :うみねこ◆Ax734Q33 :2008/06/30(月) 17:12:48 ID:WmknPetk

序章

「ねぇ・・・空君」
 名前を呼ばれ、僕は隣に座っている少女の横顔を見た。
「なに?」
「言葉にはね、力があるんだよ?」
「いきなりどうした?」
 明里は僕の言葉を無視して続けた。
「言葉はね、何よりも強いものよ。時に人を救ったり、時には人を暗闇まで突き落とす・・・私はね、言葉に救われた、言葉があるから私はここにいる。言葉があるから私は笑っていられる」
「うん」
 空は明里横顔を見つめながらうなづいた。
「言葉はね力をくれたの。この空を飛ぶための勇気を、翼を広げ空を夢見る気持ちを。あなたの言葉のおかげかな?」
 明里はそういって立ち上がり、両手を広げた。
「空君。私たちはね、最初からこの空を飛ぶ術を知っているのよ。ただ恐がって逃げているだけ。誰にでも翼はあるのよ」
「何を言いたいのかまったく解らんが・・・」
 明里は軽く膨れっ面を浮かべながら、空の横に座りなおした。
「まあ・・・そんなことはどうでもいいのよ。それより本番までもう少しなんだからね。ちゃんと練習してる?」
 空は立ち上がり、制服のズボンに付いた汚れを手で払いのけた。
「やってるよ。あとは、明里待ち」
「はーい。すいません」
 二人は笑いながらその場を離れた。
 


 流れ行く時に身を任せ、その中で気づかなくてはいけないこと。本当に気づいたときにこそ、きっと・・・。


3 :うみねこ◆Ax734Q33 :2008/06/30(月) 18:09:41 ID:WmknPetk

始まりの歌

(・・・暑い・・・)
 高見空は頭上を見上げて思った。6月の終わりとはいえ、梅雨の終わったこの時期、空から降りそそぐ日差しはきつい。汗を吸ったシャツが背中に張り付いて気持ち悪い。
(ああもう、相変わらず長い・・・本当に地獄坂だ・・・)
《地獄坂》高見空が通う高校は山の上に作られた学校、校門まで続く果てしなく長い上り坂のことを生徒達の間ではそう呼ばれていた。体力のない生徒達からは大変不評である。どのくらいの長さがあるかははっきり解らないが、歩いて20分以上かかる。それを毎日というのは酷な話である。本当の名称は神楽坂らしいが誰もその名で呼ぶものはいない。
(まあ・・・この坂を上るのもあと少しだもんな)
 山道ともあって緑には困らない。というより、緑しかない。うるさいくらいに鳴り響くセミの声。夏の始まりを奏でるメロディが周りを包んでいた。

 私立一之瀬学園、長い歴史を持つ高校らしい。ぼろぼろになった木造建築物がそれを物語っている。地震がくれば一発で全壊してしまうだろう。そんだけぼろい。
 生徒総数350人と小規模な高校。まぁ、わざわざあんな長い坂を上って通うより、ほかの高校に行ったほうがましだ。と、思っている人も多いんだろう。年々クラスも減りつつある。

「よう、空、今日もご苦労さん」
 空が自分の席に座り、鞄を下ろし、一息ついた時に後ろから声をかけられた。
「朝から元気だな。コウか」
 空が後ろを振り向くと、いつも見慣れた顔。笑うときニカっと歯茎を見せるのが癖の男が立っていた。
 坂崎コウ。中学から空と付き合いがあり、高校もずっと同じクラス。世に言う腐れ縁。
「相変わらずテンション低いな〜。こんだけ晴れてるんだからテンションあげろよー!」
「疲れてるんだよ」
 空はそっけなく答え、体の方向を反対にかえた。まだ何も書かれていない、白みがかった黒板が見える。。
 コウはその明るい性格から、クラスでも人気者である。顔も悪くない。運動もできる。身長も高い。ゆえにもてる。本人には興味がないらしいが・・・。世の男子からすればもったいない話である。
「そんなことより・・・」
コウが空の前に回りこむ。
「あの話考えてくれた?」
 数日前からコウに、「バンドでヴォーカルやってくれ!」と熱烈な誘いを受けているが、いまだに空は決心がついてはいなかった。
 コウは軽音楽部に所属し、バンドをやっていた。
 コウ曰く、空の歌声は「俺のソウルに裸足で入り込んできた!!」らしい。
「すまん・・・。もう少し考えさせてくれ」
「まあ、いいけど。しかしなあ。」
 コウが空の目を覗き込む。
「お前あの公園で歌ったりしてるんだろ?歌うのは好きなんじゃないのか?」
 空が公園で、たびたび演奏をやっているのを知っているのはコウだけである。
 誰にも言ってなかった。たまたまコウには発見された。ただそれだけのことである。その時からずっと勧誘されている。
「それは・・・」

「それは?」
二人の間を重い沈黙が包む。
『キーンコーンカーンコーン』
 その沈黙を最初に破ったのは、教室中に鳴り響いた鐘の音だった。
「まあ、いいや。ちゃんと考えてくれよー」
 そういうと、コウは自分の席に戻っていった。


 何事もなくまた、一日の授業が終わる。生徒たちは我先にと、鞄に本を詰め込んでいる。空も同じように本を詰めていた。
 学校をでる。
 行きの時は辛かった地獄坂も、帰りは下り坂なので幾分楽だ。自転車やバスで登校する生徒が多いが、空は徒歩で学校に来ていた。
 夕刻も迫ろうとしているのに、まだ日は高く、日差しは暑かった。地獄坂の周りは木々がたち並んでいるが、それでも頭上から来る日差しには関係なかった。蝉たちも暑さを紛らわせようとしているのか精一杯鳴いていた。

 30分後家にたどり着く。途中軽く走ったために、いつもより早くついた。
 汗が気持ち悪いので、風呂に入る。汗と一日の疲れを流し、風呂場から上がる頃には日もだいぶ傾き、外から見える景色はオレンジに染まっていた。
(そろそろ行こうかな・・・)


4 :うみねこ◆Ax734Q33 :2008/06/30(月) 22:30:55 ID:WmknPetk

 空は立ち上がり、部屋の片隅にある古びたギターケースを手に取った。そのギターケースは、空が幼い頃に父からもらったものである。初めは黒光りしていたそれも、今ではすっかり色あせ、所々には小さな穴が開いている。それでも空は手放すことができなかった。

 家をでる。
 空の家から五分ぐらい歩いたところに、小さな公園がある。いたって普通な公園。ただひとつ特徴があるとすれば、小さな公園には不釣合いなほど大きい噴水。バレーコート2面分にも満たない小さな公園の半分以上を占める噴水。何を意図して作ったかはわからないが、夏休みになると近所の小学生が噴水に群がる。そんな公園だ。
 空は、いつものように噴水のへりに座り、古びたギターケースから、これまた古びたアコースティックギターを取り出した。そのころには日は沈み、見上げる空はすっかり暗かった。
 目の前にギターケースを広げ、チューニングを始める。
「おお、きたきた」
 準備をしているうちに、目の前に人が集まる。空より年上の人たちや、年下の人たち、年齢は様々、同級生は・・・混じってないと思う。後輩、先輩はわからないが。
 空が路上で歌いだしたのは、一年前。それからよっぽどの理由のない日以外は、毎日来て、歌っていた。日に日に、観客も増えていった。ギターケースを広げてはいるが、お金をもらうことは決してない。ただ歌う。それだけ。ギターケースには、『お金を入れないでください』との張り紙をつけている。
 ギターを弾き、歌いだす。この瞬間がたまらない。歌っているときは、何もない。一人の空間、一人の世界。空はこの世界がたまらなく好きだった。
 コウの誘いを断っている一番の理由がこれだった。バンドを組むとこの感じが消えてしまうんじゃないか、その不安が大きかった。一人の世界に入り混じる音。その音が空には怖かった。ずっと一人で演じてる世界に人が入ることが想像できない。深層世界の中で必死に隠してる気持ち。それが何なのかもわからないまま。
「今日も来てる・・・」
 間奏のとき空は呟いた。人と人との間に隠れるようにしてみている少女、いつものように帽子を目深にかぶりこちらを見ていた。空の演奏を見に来ている人たちなんて、まったく気にしない。だがその少女は違った。
 いつ頃から見にきているなんて覚えてはいなかったが、いつ頃だか、空の世界は違う形に作られていった。その少女が空の想いに近づくほどに。
 いつも帽子を目深にかぶっているためどんな子かもわからない。好きとかそういう気持ちではないと思う。この気持ちがよくわからなかった。
 間奏が終わり、歌いだす。
(やっぱり入ってくる・・・・・・)
 一人の世界、隔壁をいとも間単に崩す少女。抗いたくても抗えない。
 まるでこの世に少女と空だけがいるみたいに・・・。
 歌う。少女に向けて。でも・・・やはり悪くはない気分だった。
 じっとこちらを見る少女、歌う空。二人だけの世界。そこだけ時が止まってしまっているかのようだった。空と少女と星空と、それらを包む闇。そのすべてがオーケストラのように空間を作っていく。セミが重なるメロディに。弾けだす音の協奏曲。一人で作っていたメロディが、空が作っていたはずのメロディが何時の間にか世界と重なる。心地よいほどに・・・・・・。

 家に帰り、布団にもぐりこんでも、空の頭にはあの少女が浮かんでいた。 
 空の世界に入り込んでくる少女。名前も年も分からない。雰囲気的に年下じゃないかと、漠然と思っていたが真相はわからない。
 いつからか分からない。あの少女といる世界が心地よくなったのか。いつの間にかそれを、当たり前のように受け入れていた。
(ま、いいや)
 空は思考を、無理やり打ち切り布団を頭までかぶった。
(寝よう・・・・・・)

 カーテンの隙間から漏れる陽の光と、けたたましくなくセミの声で空は目を覚ました。
(学校行かないとな・・・・・・)
 身支度を済ませ、制服に着替える。何年も行ってきた同じ日常。軽く朝食を済ませ、家をでた。

 教室に座り、自分の席に行く。椅子に座り、鞄を置こうとしたところで声をかけられた。
 振り向かなくても、声だけでわかった。昨日も声をかけたやつだ。
「よう、元気か?空」
 振り返る。やはりそこには、いつもどうりにっこりと歯茎を見せて笑う青年がいた。
「元気じゃねーよ・・・・・・コウ。」
 コウは自転車で登校している。端から見ればあの地獄坂を自転車で上るなど自殺行為だ。前にそのことを疑問に思い、コウに聞いてみたことがあった。するとコウは、「人間信念があれば、何でもできる!夢をもて少年!!」と。まったくもって意味不明だった。同い年だし。
 コウは空の前の席に座り、右手で窓を開けた。窓の眼下に広がるのは緑一色で、そこから吹き抜ける風が空とコウの髪を揺らした。
「ちゃんと考えてくれたか?」
 その言葉に空は言葉を濁した。
「ああ、それね・・・・・・」
 コウはわざとらしく両手を掲げ、ため息をつき、
「考えてないのか」
「ちょっとな・・・・・・」
 空はコウに理由を伝えてはいなかった。言っても無駄だと思っていた。
 コウは一度外を見、少しの間思考をめぐらしたあと、
「お前・・・・・・今日の放課後暇か?」
「なんで?」
「まあ、良いから付き合え。そんなんじゃいつまでたっても、返事しなさそうだもんな」
 よっ、と言う掛け声と共にコウは立ち上がり、
「いいな。絶対帰るなよ」
 そう言って、自分の席に戻っていった。
「帰ったら泣きたくなるような罰ゲームだぞーーーーーーー!」
 自分の席からビッと空を指差し叫ぶコウ。そしてにかっと笑った。 
 始業の鐘がなる。
 生徒たちは、夢から現実に引き戻されたように、各々の席に戻っていった。

 気だるい授業が終わり、放課後になる。放課後特有の喧騒が辺りを包んでいた。これからどこ行こうか?と期待に胸膨らます放課後。
「それじゃ行こうか。ついてきてくれ」
 コウは空の席に来るなり、そう伝えた。
「行くってどこへ?」
 空は、当たり前の疑問を口にした。
「ついてくればわかる」
 コウはそういって、教室を出た。
 多少不審に思ったが、仕方ないので空はついていくことにした。
それからコウは、一言もしゃべらずに、歩いていった。
 校舎を出、校舎の裏側へ行く。
 そこには、放課後部活をやっている生徒たちが使っている部室が並んでいた。プレハブ式の部室が建ち並ぶ部室棟。学区の歴史と共に年を食っていった部室。どれもこれも年季が入っている。どいつもこいつも地震がきたら崩壊だ。
 コウは部室棟の中を突き進み、あるひとつの部室の前で立ち止まった。 その部室には、名前等が何も無く、何の部室かさえもわからなかった。
「ここは?」
 コウは振り返らずに、
「軽音楽部に決まっておろう。さあ、入ってくれ」
 それだけ言って、扉を開けた。
「ちょ、おい・・・・・・って誰もいないぞ」
 コウに続き、空が入ったがそこには誰もおらず、荷物だけが三人分置かれていただけだった。
 中はとても狭く、とても部室とは思えなかった。ほかの部の部室はもっと広かった気がする・・・・・・見たこと無いけど。コウと二人でいるだけで苦しく思えた。コウも空もたいして大きくないんだが・・・・・・。
 コウは部室内を見回し、ふん、と息を出すと、
「もう行っちまったらしい・・・。俺らも行くか」
「どこへ?」
 コウは何を今更という顔を浮かべ、
「決まってるだろ?音楽室だ」


5 :うみねこ◆Ax734Q33 :2008/07/01(火) 00:49:41 ID:WmknPetk

 風が校舎の間を縫うように流れてくる。夕刻とはいえまだ太陽は高く、火照った体にその風は心地良かった。
 プレハブが立ち並ぶ通りを抜け、校舎に回りこむ。
「音楽室って三階だよな」
「ああ、そうだ」
 一之瀬学園は、木造校舎の三階建てである。
 一階は、職員室、事務室などが連ねている。二階は各学年、二クラスずつが全部集まっている。三階には、音楽室、生物室などの専門的な教室が並んでいる。
 職員室の前を通り過ぎ、階段を上る。
「軽音楽部なんてのがあったなんて知らなかったな」
一階から二階へと続く階段で、空は言った。
「コウがバンドに入ってたのは知ってたけど、部に所属してるなんてな」
「・・・まぁ・・・いろいろあるんだよ」
 コウは珍しく言葉を濁した。
 そうこうしているうちに、三階につく。
 生物室、物理室を抜け、音楽室の前に立つ。
「入るぞ、ここが始まりだ。いくぞわが友よ」
 コウが扉に手をかける。
「ああ」
 扉を開ける。
 コウが中に入る。続けて空も入る。
 音楽室特有の雰囲気が空を包む。
 教卓のほうに二人の女の子が座っていた。
 一人は髪が長く、両手に棒みたいなのを持っている。もう一人は髪は短く、カチューシャをつけていた。手には4本弦の楽器、ベースを持っていた。
「遅いってーのコウ」
 髪の短い女の子がこちらを向く、見覚えがあるような気がしたが、誰かはわからなかった。
「あら、コウさん。こんにちは」
 続いて髪の長い女の子がにっこりした笑顔でこちらを向く。しゃべり方がほんわりした子だ。こちらにも見覚えがあった。
「若菜は来てないのか?」
 コウは辺りを見回し、二人の女の子にそう聞いた。
「掃除当番のようですね。若菜さん。道具だけ部室に」
 髪の長い女の子が答えた。
「ぬあに?熱い魂より、清純な教室を選んだというわけか?何てことだ!おー神よ!なぜあなたは私たちに清掃という名の浄化作業を押し付けるのか!あいつやこいつがこぼした弁当のカス清めろというのか!!」
「お前!神なんて信じてないだろ!そんなことより・・・・・・そいつだれ?」
 髪の短い女の子空を指差して言った。
 コウは軽く空を一瞥したあと、
「ん?ああ、俺がいつも話してたやつ」
 髪の短い女の子は空をなめまわすように見、
「なるほどね。とうとう入ってくれるのね」
「ああ、俺の説得に心打たれ、魂を震わされたと涙ながらに懇願してきたぞ。神様!仏様!そしてコウ様!と。俺の心と空の心が通い合った瞬間だな。そうソウルとソウルがぶつかり合って新しく生まれる協和音だ!ぬはははは!!!」
(ちょっと待て!僕そんなこと言ってないぞ)
 コウに目線で訴えたが、コウはそれを無視するように、
「おっとっと、俺としたことが取り乱してしまったな。うんうん。こいつらの紹介がまだだったな。えーとまず、あっちの髪が短く、ベースを持っているのが、木之下美里」
 美里と呼ばれた少女がにかっと微笑み、右手にピースを作る。
「で。こっちの髪が長く、ドラムのスティックを持ってるのが、朝倉栞」
「栞です」
 栞と呼ばれた少女が、微笑み、軽く頭を下げる。
「二人とも同じ学年だぞ。知らないか?」
 コウが空を見る。
 知らなかった。二人ともに同じクラスになったこともなく、ましてや空はよっぽどの用がない限り、自分のクラスから出ることはなかった。ゆえに、他のクラスとの交流はない。だからその二人のことを空は知らなかった。
『ガラガラ』
 扉の開く音とその声は、同時だった。
「すいません!遅れました・・・・・・ってあれ?その人誰ですか?」
 扉を開けて入ってきたのは、髪を肩くらいまで伸ばした小柄な女の子だった。
「おお!きたか、こいつはほら前から言ってた」
 女の子は、あーっと呟き、
「この人ですか」
 女の子が空を上目遣いにジーっと見る。
「このちっこい娘は三石若菜。キーボードをやっている。この娘だけ二年生だな」
 若菜と呼ばれた女の子は小さく、「よろしくお願いします」と一言って、美里と栞の元へ駆け寄った。
「よし。全員そろったな」
 コウは女の子三人の方を向き、
「こいつが、高見空。まあ、前々から話していた通り、こいつにヴォーカルをやってもらおうと思う。理由は前々からいってた通り、俺の奥深くにいるロックなソウルが暴れたからだ。こいつの歌俺らのバンドに入ればもう無敵だ!全米制覇も夢ではないな!はっはっはっは!ほら、空挨拶!」
(流されてるなぁ・・・)
 空はそう思ったが雰囲気的に挨拶しなければいけない雰囲気だったので仕方なく、「ども」そう言って頭を下げた。
 美里が空を一瞥した後、
「コウ。ほんとにこいつで大丈夫なの?」
「そうですね。私たちはその人の歌を、聞いたことがないんですもんね。」
 若菜が賛同する。
 コウが頷き、
「ふむ。確かにそうだな。よし空歌え。心から歌え」
「はっ?」
 空が急なことに驚く。
「はっ?じゃないよ。歌ってくれ。心配するな、ギターの予備はある。だからお前は歌え。ハートフルに歌え」
「おいっ」
 コウはその声を無視し「あったよな?」と三人に聞いた。
「確か・・・準備室にひとつありましたね」
 栞が、ドラムのスティックをあごに当てながら言った。
「よし!俺に任せろ」
 コウが走り出す。準備室に続く扉を開けてなかに入る。
 音楽室を重苦しい沈黙が包む。三人の女の子もジーっとコウが帰ってくるのを持っていた。
 重苦しさに耐えられず、空は外を見た。窓から見える景色はやはり緑で、それ以外には何もなかった。
 蝉がなく。静寂を破るように。夏の訪れを告げるように。
「あったぞーーー」
 扉を蹴破らんばかりの勢いでコウが戻ってくる。左手には、古びたアコースティックギターを持っていた。
「じゃあこれで、歌え。世界の平和を願って歌え・・・の前にチューニングだな。ボロボロそうだし」
「あっ、じゃあ、私やります」
 若菜がコウからギターを取り、弦をはじく。
「彼女な、絶対音感を持ってるんだよ」
 コウが空に耳打ちする。
「絶対音感てあれか?周りの音が全てドレミに聞こえるってやつ」
「ああ。すごいだろ。ぬはっはっは!」
「・・・・・・なんでお前がえらそうなんだ?」
「できました」
 若菜はそう言って、空にギターを手渡した。
「じゃ、歌え。世界に愛を向けて歌え」
 コウと若菜が美里と栞のもとへ行った。
「っておい!歌うなんていってないぞ」
「ほんとは下手なんじゃないの。それとも・・・・・・びびり君?」
 美里が鼻で笑う。
「失礼ですよ。ごめんんさい、空さん」
 すまなそうな顔をして、栞は空を見た。
 しかし、空はその顔を見てはいなかった。何かが吹っ切れる。そこまで言われて引き下がるほど空の脳は簡単に出来てなかった。
(でもやっぱ・・・・・・流されてるよなぁ・・・・・・)
 ギターを弾き、歌いだす。
 一人の世界。空だけの世界。やはりそこに入ってくる子はいなかった。 

 曲が終わる。女の子三人は、豆鉄砲を食らったような顔をしていた。ただ一人コウだけが「どうだ」と言わんばかりの顔をして胸を張っていたが。
「す、すごいです。」
 ようやく若菜が口を開く。
「こんなの初めてです」
「認めざるえないようね」
 美里は両手を挙げていた。
「感動しました〜」
 栞は微笑んで、手を合わせた。
「うん!じゃあ、これからよろしくね!短い間だけど」
 美里が手を伸ばす。空はその手を見つめたまま固まった。
「いや・・・・・・入るとは一言も・・・・・・」
 美里の顔が固まる。
「えと・・・・・・これはどういうことかしら?コウさん?」
 明らかに怒気のこもった顔でコウを見る。
「い、いや、ほら空もさあ、俺らがどんな実力か見てからがいい。俺のレベルに達しないやつとは組んでもしょうがない。ソウルに反する。とかいっててな」
 うんうん頷きながら空をみる。
(ちょっと待て。俺のせい?)
 美里がため息をつく。
「そうね・・・・・・。私もあんなこと言ったし、そんぐらいやらないとね」
 そう言って、
「じゃいっちょやりますか」
 空以外の全員が、頷いた。

「じゃ、始めるわよ」
 美里の合図で演奏が始まる。
 (何だこれ・・・・・・)
 胸の中に何かが生まれる。
 一人で歌っているときとは違う、新しい世界。音が生み出す無限の可能性。
 (胸が熱い)
 空の心の中が、高揚していく。心の中に直接入り込んでくるような感じ。遠い昔に初めてギターを弾いたときの感じ。
(わからない・・・けど、どこかで・・・・・・そう・・・か。あの子の時と・・・・・・)
 笑みが浮かんだ、あの時感じたものを別の場所で感じれるとは思わなかった。言葉では説明できない。心の奥底で感じる共鳴。響く、そして弾ける。何かが。
 自然と口からメロディーが出てくる。歌詞なんて知らなかったが、勝手にメロディーが出てきた。それほどまでに、彼女らの演奏は凄かった。四人の織り成す演奏は、空の心の何かを取り去った。

 演奏が終わる。
 胸の高鳴りは熱く、興奮は冷めやまない。
「どう?なかなかのもんでしょ?」
 美里が、タオルで汗を拭きつつ、
「歌いたくない?」
 にやっと笑う。
 答えは決まっていた。
「歌います」
「ぬはっはっはっは!ここからだ!友よ、我々の伝説はここから始まっていくんだ。なにも怖いものなんてない。我々なら全欧制覇もできるぞ!ぬはっはっは」
「さっきから言ってることが違いますわね」
 コウは、歯茎を出して笑い笑い叫ぶ、栞は優しく微笑み、若菜は飛び跳ね、美里は手を伸ばしてきた。
「歓迎するわ」
 空は握手した。
「ようこそ、軽音楽部内バンド《WING》へ」
 空は微笑み、
「よろしく」
 太陽は傾き、夜の訪れを告げていた。短い夏の夜。
 蝉は昼との別れを悲しむかの様に必死に鳴いていた。


6 :海ぴょん :2008/07/06(日) 11:40:16 ID:WmknPetk

負け犬たちが歌う歌

 放課後の喧騒。夏の暑さがさらに気だるくさせる。
 授業を終えた生徒達の開放感と放課後への期待感が入り混じる教室。
 空が軽音楽部に入って二日が過ぎた。その二日間、一応音楽室には向かっていたのだが、活動をしてはいなかった。音楽室の前に《関係者以外立ち入り禁止》と、看板が立てられていて入れなかったからだ。
「おい、コウ」
 入部3日目の放課後、帰りの支度を行っているコウを捕まえた。
「今日はあるのか?部活」
 空の問いにコウはわざとらしく肩をすくめ。
「しばらく部活は中止だ。音楽室が使えないからな」
「そうなのか?工事でもやってるのか?そんな話してたっけ・・・・・・」
「・・・・・・ああ。してたと思うぞ?窓から水泳を行う女子の水着に興奮でもしていて聞き逃したのではないか?」
「ん、んなわけないだろ!」
「ぬっはっはっは!」
 慌てる空を教室に残し、コウは足早に教室を出た。
「帰るか・・・・・・」
 誰に聞こえるでもなく呟き、空は帰りの支度を始めた。
 
 音楽室。立ち入り禁止と書かれている看板がついていたはずだが、その影はどこにも無く、無人のはずの教室から数人の話し声が漏れていた。
 有名音楽家たちの張り紙に見守られ、一人の男と三人の女の子が輪を作り、何かを話し合っていた。
「いいな。手順は昨日、おととい話したとおりだ。今夜決行する」
 一人の男が歯茎を見せながらにかっと笑う。
「ふふふ・・・・・・わかってるわ。驚かせてやりましょう!」
 髪の短い女の子が呟く。三人が同時にうなづく。
「さあ、やるぞ!《新メンバーいきなりドッキリ!?絆もびしっと作戦》だ!!!待っていろ友よ!!ぬっはっはっは」
 音楽室に無数の笑い声が響いた。

 話は二日前にさかのぼる。
 昼休み。堅苦しい授業から開放され、一時的に休息が生徒たちに与えられる。
 
 三石若菜は、音楽室へ向かうため、三階へ向かう階段を上っていた。密かにキーボードの練習をしようと考えていたからだ。
(頑張らないとなぁ・・・・・・)
 昨日聞いた空の歌声が頭から離れなかった。思い出すだけでも鳥肌が立つ。すごいと思うと同時に恐怖すら感じた。  
 三階についたとき若菜は驚愕した。音楽室の前で何かごそごそしている不信な男がいたからだ。
(なんだろう・・・・・・)
 若菜は不審に思いつつも、一歩一歩ゆっくりと近づいていった。
 男との距離が二メートルぐらいになったとき、その男の正体がわかった。
「高崎先輩?何してるんですか?」
 高崎と呼ばれた男は身をすくめて驚き、後ろを振り向いた。
「何だ若菜君か・・・・・・」
 コウは若菜の顔を見、安心したように脅かすんじゃないよと言い、また音楽室の扉に向き直った。
「高崎先輩は何してるんですか?」
「うん?ああ、もうすぐわかるよ。聞いて驚け、見て笑えだ!」
 それから数分作業をした後、コウは若菜の方へ体を向けて、えへんと胸をそらした。
 コウの後ろ、音楽室の扉に木の板らしきものがぶら下がっていた。よく見ると看板に見える。
「看板・・・・・・ですか?えと?立ち入り禁止?」
 注意深く見るとその看板にはでっかく、汚い字で、《関係者以外立ち入り禁止》と書かれていた。
「ああ、そうだ。看板だ。看板以外になんに見える?他のものに見えるなら、夏の妖精にでも魔法をかけられたな」
「音楽室・・・・・・使えないんですか」
 若菜はコウの言葉を完全無視し、心の中で舌打ちした。
「いや使えないわじゃない。むしろ使える」
「え?」
「じきにわかるよ。ぬはっはっは」
 不適に笑った。そして思い出したかのように、
「今日の放課後はバンドの練習は無いからな。あ、でも部室に集まってくれ。三年には、俺が伝えとくから」
「はい、わかりました」
「あ、そうそう。空に会っても、放課後の練習はなし、という事にしといてくれ、くれぐれも部室に集まることは言わないようにな」
 若菜は首をかしげ、
「どうしてです?」
「放課後にわかるよ。ぬはっはっは」
 コウはまた不適に笑った。
 あっけにとられる若菜を残し、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「さて、授業が始まるな。戻りたまえ」
 釈然としないまま若菜はその場を去ることにした。

放課後。
 夏の日差しはまだ高く、息苦しさから開放された生徒たちを見下ろしていた。
 
 放課後の音楽室。
 《関係者以外立ち入り禁止》と書かれている看板。誰もいないはずのその教室から、話し声が漏れていた。
「え〜、今日集まってもらったのは他でもない」
 男一人、女三人が輪を作って座っていた。《WING》のメンバーだ。でもそこに空の姿はなかった。
「コウ、空はいないの?」
 そのなかで髪が短く、頭に赤いカチューシャをつけた美里が言った。
「よくぞ聞いてくれた!さすが美里君!いいところに目が行くな!これは空には知られてはいけない。大事な会議だ。だから今から話すことは絶対に他言無用、ましてや空には絶対に知られてはいけない!」
「それはわかりましたけど・・・・・・いったい何をやるんです?」
 髪が長く、見るからに温和そうな女の子、栞が言った。
「なあに。ただの歓迎会さ。新メンバーと友好を深めるためにね」
 コウはにやっと笑った。それはすべてを悟ったかのような笑みだった。


7 :海猫 :2008/07/11(金) 21:59:33 ID:WmknPetk

「歓迎会って言っても何をやるんですか?」
 明らかに戸惑った様子で若菜が問う。
「それを今から見に行く。ついてこい!みなの者!!」
 コウは、声高らかにいい、腰を上げ音楽室の扉に向かった。
 あとに残された三人は、あまりの展開に音楽室の扉が開き、コウが出て行くのをただ見守るしかできなかった。
 それから数秒して、
「と、とりあえず後を追いかけましょう。見失ってしまいます」
 我に返ったように栞が言い、三人はそれぞれ腰を上げ扉へ向かった。
「着いたぞ。」
 なんの説明もないまま校門を出、時刻坂を下る。学校を出てから35分くらいたって、小さな公園についた。その途中、いつの間にかコウが大きなボストンバックをもっていることに三人それぞれが気づいたが、それに突っ込む気力があるものはいなかった。
「ここ……ですか?」
 額に光る汗の粒をハンカチでぬぐいながら栞が言った。
「うむ。ではみなの衆、こちらに来てくれ」
 そういって公園の中央、さほど大きくないが見栄えの良い噴水の方へ歩き出した。
 5、6歩歩いた所でコウが急に立ち止まった。
「おっとっと忘れる所だった、皆これをつけてくれ」
 コウは持っていたボストンバックの口を開け、中をまさぐった。
「全員分あるから安心してくれ」
 そういって人数分の帽子とサングラスを取り出した。黒いシルクハットに真っ黒なサングラス。漫画の世界でしか見たことない。
「お前本気でいってんのか?」
 心底あきれたように受け取ったサングラスと帽子を見て美里は言った。
「用心だ用心」
 コウはそういって笑った。
 美里は何の用心やねん!とつっこみたい気分になったが、それはやめといた。
 周りを見るとすでに若菜と栞は装着済みだった。絵に描いたような不審者だ。
(はあ〜自分の身のほうが心配だよ……)
 心の中ででっかいため息をつきつつ、仕方なく美里はそれらをつけることにした。

 見るからに怪しそうな格好をした男一人と女三人は、この公園の中央に位置する噴水へ向かった。
 噴水の周りには人だかりができている。2〜30人いるだろうか?それぞれが何かを待っているかのようなそぶりだ。話し声は聞こえないが、騒がしいのはわかる。それぞれが期待に満ちた目、餌を待ち受ける小鳥のように。
「ここで何があるっていうの?」
 サングラス一度はずし、辺りを見回してから美里が聞いた。
「まあ、急かすな。時期に分かるであろう。せっかちは老化を進めるぞ」
 コウは美里の方を見ず答えた。
 それから数分、四人の間を沈黙が包んだ。
 それの沈黙を破ったのはコウだった。
「みなの者来たぞ」
 コウが公園の入り口の方を指さす。
 三人がそれに習い指差す方へ振り向く。視線の先には見るからに古臭そうなギターケースを持った男が歩いてきていた。遠目からはそれしか分からない。
 その男の登場に周囲が騒ぎ出す。それぞれが口々に、「お、来た来た」「やっぱり今日も来るわね」など話している。
 その男が四人の前を通り過ぎるとき、若菜は叫んだ。
「た、高見先輩!」
 あわててコウが若菜の口をふさぐ、若菜の叫び声は周囲の騒ぎによって空の耳に届くことは無かった。
「ふー。ばれたら一発で終わりだぞ!慎重に行動してくれたまえ!」
 若菜の口から手を離しコウは小声で呟いた。
「話すのはかまわないが小声でな。聞こえないと思うが念のためだ」
「理由を説明しなさいよ!」
 美里がコウを見る。サングラス越しでも怒気が伝わる。
 コウはあえてそれに気付かないように、
「まあ……それは明日話す。とりあえず今はこれを見ていてくれ」
 そういってコウは黙り込んだ。
 三人も仕方なく空の動向を見守ることにした。

 空は毎日の日課をこなすために今日も公園に向かっていた。
 片手にはいつものように父からもらった古いギターを持って。
 公園に着く。
 噴水の周りにはいつものように人だかりができていた。
 いつものこと、別に気にしない。人に聞いてもらいたいとは思わない。ただ好きだから歌ってる。だから気にしない。嬉しくもない。
 人だかりの前を横切るとき、あきらかに誰が見ても不審がるような格好をした人たちがいたが、気にはしなかった。関係ない。
 いつものようにいつもの場所でいつもの時間に空は歌いだした。
 自分の世界へ入り込む。

 やっぱりこの人はすごい。若菜はそう思った。高見先輩の歌声は聞く人の心に入り込む。高崎先輩がいつも言ってた通りだ。
 でも……と若菜は思った。先輩の歌の凄さは前に聞いたのでわかってる。高崎先輩はまたこの歌を聞かせてどうするつもりだろう?ほかに秘密があるのかな?
 若菜は周りを見る。ほかの観客は先輩の歌声に酔いしれている。他に変わったこともなさそうだ。
 横を見る。コウと目が合う。コウはただ一回にやっと笑い、視線を空へと戻した。
 結局何も答えが出ないまま若菜は考えるのをやめ、空の歌声に集中することにした。

 今日も彼女は来ていた。
 ただ一人自分の世界に入ってこれる少女。どこの誰かかはわからない。ただ帽子を深くかぶり、熱心にこっちを見ている。表情は伺えないがきっと笑っているだろう。そんな気がした。
 二人だけのステージ。
 月夜の夜に舞を踊ろう。音楽という舞を踊ろう。誰も邪魔できない、二人だけの舞を。
 夜は続く、メロディに乗せてどこまでも。
 空にとっては変わらない日常。それが変わっていくそんな夜だった。
 月夜は祝福してるのか、それとも変わり行く時を案じているのかはわからない。ただ、二人の舞はこの夜で終わった。

 昨日の路上ライブから一夜が過ぎ、空を除いた軽音楽部のメンバーは再び音楽室に集まっていた。左回りに円を描くように、コウ、美里、栞、若菜、と並んでいる。
 四人が身を寄せるように引っ付き、誰かに聞かれるわけでもないのに小声で話していた。唯一その話が聞けるのは、音楽室の壁から四人を見下ろしている歴代の音楽家達だけだった。
「諸君……昨日の夜のことは覚えているかね?」
 わざとらしくコウは銀縁の眼鏡をずり上げた。
 それに気付いた美里が首をかしげ、
「あれ?コウ、あんたって眼鏡してたっけ?」
 コウは、美里を一度見て、口の端を吊り上げてにやっと笑った。
「雰囲気は大事だろ」
「いろんな意味で間違ってるから」
 美里はでっかいため息をついた。
「そんなことより話を続けるが」
 コウは一度、わざとらしく咳払いをし、
「諸君らが聞きたいのはどうして昨夜諸君らをあの場に連れて行ったか?と言うことであろう?」
 三人が同時にうなずく。
「ふむ……では聞こう。うちらは何部だ?」
 三人が顔を見合わせる。
「何って……軽音楽部でしょ?」
 美里が怪訝そうな顔をしてその質問に答えた。
「うむ。その通りだ。では次の質問だ。自分たちはその部で何をしている?」
「え〜と、バンド……ですよね?」
 若菜が恐る恐る答える。
「うむ。その通りだ。あえて答えるまでの間は問わないでおこう」
 眼鏡をずり上げる。その姿が妙に自然で、まったく違和感は無かった。
「だから、何が言いたいわけ」
 美里が呆れ顔で聞く。
「だから、そういうことだ。わかるであろう」
「わかるわけ無いでしょうが!」
 美里が立ち上がる。声には少なからず怒気がこもっていた。
 コウは臆した風も無く、
「まあ落ち着きたまえ。話はこれからだ」
「そうですよ。美里さん。座ってください」
 栞が笑顔でたしなめる。
 美里はため息をつき、
「はいはい……もう」
 明らかに納得はしていない顔で床に座る。
 コウはこほん、と一度咳払いをし、
「では話を続けるが、私たちは軽音楽部内でバンド《WING》を組んでいる」
 コウが三人に目を向ける。
「ではここで諸君らに質問だ。バンドの仲間にとって大事なものは何だ?」
「大事なものですか?」
 若菜があごに人差し指を当てながら聞いた。
「そうだ」
 三人がそれぞれに考え出す。
「音楽性が一緒とか?ですかね」
 若菜が答える。
「ふむ、それもあるが違うプロを目指すバンドマンにとってはそれは大事であろう。しかし我々がもともと結成する上でその事は触れてはいない。ただ共に奏でる。それだけを意識していたはずだ。おそらく諸君らでまとまった音楽に対しての考えはないであろう。ただ漠然に奏でる。それだけであろう。胸張ってこの音楽をやりたい!って考えのものはこのバンドにはないと思うぞ」
 若菜は残念そうな顔をした。
「では、美里君はどう思う」
「うぇ?」
 急に当てられて美里は変な声を出した。
「え〜と……なんだろ?ははは……」
 かわいた笑い声が音楽室に響く。
「ふー。では、栞君はどう思う」
「はい。絆……ではないでしょうか」
 ほんわか笑顔で答える。男ならその笑顔を見ただけで勘違いしてしまうだろう。それだけの破壊力が栞の笑顔にはある。
「うむ。その通りだ。音楽性や何たらの前にメンバー同士n絆、信じあう心が無ければ良い音楽は生まれん。ましてや空なんかメンバーに入って間もない。私はともかく、諸君とはまだ仲間意識さえ芽生えておらん。はっきし言ってこれじゃダメだ。ダメダメだ。」
「言ってることはわかるけど……具体的に何すんのよ」
 美里が先を急かす。指はせわしなく床をたたいていた。明らかにいらついている。
「わかったわかった。では諸君、耳を近づけたまえ」
「意味わかんないわよ」
 雰囲気雰囲気と言ってコウがそれぞれにしゃべりだす。さすがにこれだけは歴代の音楽家達も聞くことは出来なかったであろう。
「へ〜いいじゃない」
「楽しそうですね」
「コウさん。ナイスアイディアですわ」
 それぞれが感嘆の声を漏らす。
「ぬっはっはっは。そうだろうそうだろう……名づけて」
 コウの眼鏡がきらりと光った……ような気がした。
 「《新メンバーいきなりドッキリ!?絆もびしっと》作戦だ」
(内容はともかく、センスない名前ね……)
 口には出さなかったが、心の中で美里はため息をついた。
 音楽室の夜がふける。四人の歓喜の声に。大事なことを忘れたままに。夏は始まる。長い長い夏が。


8 :海猫 :2008/07/11(金) 23:30:27 ID:WmknPetk

 翌日。
 何事も無く一日の授業が終わり、放課後特有の倦怠感が教室を包む。
 他の生徒たち同様に空も帰り支度をしていた。部活がないことを聞いていたからだ。
「お〜い。高見」
 帰り支度を済ませ教室を出ようとしたときに声をかけられた。
 後ろを振り向くとクラスの男子の一人がニヤニヤしながら立っていた。同じクラスだが、あまり仲良くした記憶が無いし、親しく話したこともない。
「どうかしたか?」
「お前、軽音楽部に入ったんだって」
 その男、(名前は忘れた)はニヤニヤした顔つきのまま言った。
「ああ・・・それがなに?」
「おまえも物好きだな」
「どういうことだ?」
 言ってる意味がわからないと言う顔を空はした。
 男はきょとんとした顔をし、
「何だ知らないのか?あの部が何て呼ばれてるのか」
 返事の変わりに小さくうなずく。
「皆知ってることなんだけどな……。結構有名だぞ。あの部な。《負け犬の集まり》って呼ばれてんだぞ」
「負け犬?」
「ああ。理由までは良くわからんけどね。皆そういってるからな」
「どうしてなんだ?」
「知らん。詳しい奴らに聞いてみな。コウとかなら教えてくれんじゃないか?……じゃあな」
 男は面白くなさそうにそう告げると、さっさと教室を出て行った。
(う〜ん……)
 まったく聞いたことは無かった。そこまで自分は疎かったのか。
(ま。明日にでも聞いてみるか)
 空は誰もいなくなった教室を出た。

 音楽室。関係者以外立ち入り禁止と描かれた看板は今日も放課後だけ取り付けられている。
 今日もそこに空以外の《WING》のメンバーが集まっていた。
「さて、諸君」
 今日も雰囲気を大事にしたのかコウは銀縁の眼鏡をかけている。さらに髪もきっちり七三に分けられていた。コンセプトはまったくもってわからない。この場の雰囲気になぜ七三なのだろうか。
 もはやそのことに突っ込む者は誰もおらず、当たり前のように三人は話を聞いていた。
「今日は《新メンバーいきなりドッキリ!?絆もびしっと》作戦の具体的な内容についてだが」
「そうそう。だいたいのことはわかったけど一体どうするのよ」
 美里が聞いた。
「ふむ」
 コウはわざとらしくずれてもいない眼鏡をずりあげ、
「一昨日を思い出してくれ。我々は放課後何をした?」
 その問いには若菜が答えた。
「高見先輩の演奏を見に行きましたよね……」
「ご明察。そう、その通り」
「それがなんなのよ」
 うざったそうに、美里はコウを睨んだ。
 コウはそれを軽く流し、
「我々はミュージシャンだ!音楽を愛するものが、音楽で絆を築かずに何で築く?そう、音楽は心をつなぐ」
 コウの声に力がこもっていた。まるで福祉や何たらを熱く語る立候補者みたいに。
「そこでだ。我々は空のライブに乗り込みともに演奏する。終わるころには言葉には決して出来ない熱い、熱い絆が生まれてるはずだ!ぬっはっはっは」
「なるほど!さすが高崎先輩!」
「コウさんさすがですわ!」
 栞と若菜がはやし立てる。
「そうだろう、そうだろう。ぬっはっはっは」
 コウはすっかり上機嫌になり、手を腰に当て胸をそらせていた。
(う〜ん……。言ってる事は正しい気がするけどねえ。そんなにうまくいくのかねえ)
 美里は腕組をしながら思った。それを口に出したいと思ったが、もはやこの盛り上がりは止められないと半ば諦め、
(ま、どうにでもなるか)
 流れに身を任すことにした。
「え〜こほん」
 コウは一度咳払いをし、みなを静かにさせた。
「では、実際に我々がやることだが……」
 みんなの視線がコウに集まる。
「一緒にやると言うよりは我々が待ち伏せをし、半ば強引にライブをするって感じになるだろう。空がいつもライブをはじめる時間は午後6時当たり。我々はその三十分前にはすべての器具を公園に運び、空が来るまで待機、後はどうにでもなれだ」
「どうにでもって……」
「先輩!でもどうやって器具を運ぶんですか?ギターやベースはともかく、ドラムセットやキーボードなんてとても無理です」
 美里が何か不満顔で言おうとしたが若菜の質問でかき消されてしまった。
 コウがにやっと、歯茎を見せて笑う、
「いや、それは心配することは無い。軽トラを使う」
「誰か運転してくれる人はいるんですか」
 栞がほんわかした声で聞いた。
「いや、俺だ」
 三人が声がそろう。
「はい?」
「だから、俺が運転するって言ってるだろ?心配するな多分大丈夫だ」
 三人が目を丸くする。
「で、でも、先輩どうやって学校から運ぶんです?ばれたら停学じゃすまないですよ」
 いくら免許が取れる年とはいえ、同等と校舎から荷物を運び、車に乗せ走り出す。そんな姿を見られるのはまずいはずである。その行為を許す学校なんて日本にはないだろう。
「それも考えがある」
 銀縁眼鏡をずり上げる。コウが眼鏡をずり上げるたび眼鏡が妖しく光って見える気がするのは気のせいなのだろうか。
「調べによると明日は職員会議である。一回の端のほうにある会議室は、校門が死角になっている。窓の外から校門はまったく見えん。車を乗り入れても問題はなかろう。だがここで一つ気をつければいけないことがある」
 コウが三人を見回す。三人の目つきも真剣になる。
「三階から荷物を運ぶ。大変だぞ。もし落としてしまったら」
「しまったら……」
 三人の声が重なる。
「楽器が壊れるな」
 三人が肩を落とした。
「そうですね」
 この呟きも、三人そろっていた。
「でも、高崎先輩。ほかの生徒たちに見られるのはどうなんです?先生たちにつげ口されたら終わりじゃないですか?」
「うむ。それは心配ない。どうにかする」
「どうにか……」
 その一言に含まれるいろんな要素を想像し若菜は震えた。この人はやるっていったらやる人だからだ。
「あ〜、ちなみにこの作戦は明日決行するからな」
「はい?」
 三人がまたまた声をそろえた。
「え〜と大丈夫なんですか?先輩。そんないきなりで」
「問題ない」
「皆さん頑張りましょう」
 ほんわかした笑顔で栞が言う。この笑顔を見ればなんでもやれそうな気にさせる。不思議な笑顔だ。
「わ、わかったわ。やるだけやりましょう」
 数名不安を抱えたまま作戦は決行することになった。

 翌日。
 何事もなく今日も一日が終わる。昨日の帰りに聞いたことについて確認しようと空は、帰り支度をしているコウの席まで歩み寄った。
「なあ」
「何かようか。今日は忙しいからまた今度にしてくれ」
 空の方を見ようともせずにそう言ってコウは教室を出て行った。
(なんなんだよ……)
 不審に思いつつもどうしようもないので空は鞄を持ち帰路につくことにした。

「いいな。手順は、昨日、おととい話したとおりだ。今夜決行する。」
 コウが歯茎を見せながら笑う。
「わかってるわ。驚かせてやりましょう!」
 美里が呟く。三人がそれぞれにうなずいたり、笑ったりしていた。
「さあ、やるぞ!《新メンバーいきなりドッキリ!?絆もびしっと作戦だ。」
「おお〜」
 その日の放課後音楽室に集まった四人は軽く手順をおさらいし、気合入れをした。格好は普通の制服。雰囲気を大事にするコウがなにも準備をしてなく美里は少し拍子抜けした。拍子抜けしたこと自体に気づいた美里は少し落ち込み、
「虫でも湧いたかな…」
 誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「さて、そろそろ職員会議が始まる時間だ。みなの者準備は良いか?」
「大丈夫です」
「大丈夫よ」
「頑張ります」
 三人がそれぞれに答えた。それぞれ自分の担当する楽器を持つ。栞がドラムセットを担いで運ぶのはさすがに無理なので、コウが夜中学校に忍び込んでこっそりと運んでいた。その時に楽器全部運べばいいのに。と美里が突っ込んだのに対し、
「過程が大事なのだよ。こうすることで我々の連帯感もさらに高まるとは思わないか?」
 と言われた。なんとなくはぐらかされた気もするが、それ以上は深くは突っ込まなかった。
「では……ゴー!」
 コウの合図で全員が走り出す。
 階段を駆け抜け廊下をダッシュ。玄関を通り抜け、部活動生が汗水流してるグラウンドを突っ切る。生徒たちが何事かと振り返る中を見向きもせずにダッシュ。大いに目立っていた。
「はあ、はあ」
 必死になって走ってようやく校門へとついた。ここなら会議室からは死角なので大丈夫だ。
 校門にぴったりと引っ付くように軽トラがとめてある。高崎布団と書かれたオンボロなトラック。所々塗装がはげてさび付いていた。
「よし、時間がないから楽器を早く積んでくれ」
 全員がそれぞれに楽器を載せる。すでに荷台にはドラムセット、アンプ、発電機等が載せてあった。
「それじゃ、美里は後ろな」
「なに?」
「何って……荷物を抑える奴がいないとダメだろ?こんなかで一番力がありそうな奴はお前だろ」
「わかったわよ……」
 不服そうな顔をしたまま美里は荷台に乗った。
「じゃ、みんな乗ってくれ。予想以上に時間とられたな。飛ばすぞ。」
 軽快な音を立てながら、軽トラは坂を下っていった。
 トラックが風を切る。そのスピードはどんどん増す。いくら通学路の為に整備された道路とはいえ道は所々凹凸がある。ロープで縛られただけの楽器たちがひどくがたつく。力いっぱい抑えないとすぐにでも飛んでしまいそうだ。
 それにしても運転が荒いと美里は思った。道路の真ん中をくねくね蛇行しながら走っている。ここで一つ美里は疑問に思った。はて、コウっていつの間に免許なんか取ったのだろうか。そんな話一度も聞いたことがなかった。あいつの誕生日って冬じゃなかったけ?なんとなくいやな予感がするので美里は考えることをやめた。
 さらにスピードが上がる。いったい今何キロでてるのだろう。周りの木々たちが勢いよく消えていく。カーブを曲がるたんびに遠心力で体が引っ張られていく。体がプルプル震える。
(ああ……お母さんにもっと親孝行しときゃ良かったな……)
 何かが見えた気がした。

「それにしても高崎先輩すごいですよね〜。いつの間に免許なんて取ったんです?」
 運転席のコウと助手席の栞の間に挟まるように座っている若菜が言った。
「うん?俺免許もってるとか言ったか?」
「はい?」
「そんなこと一言も言った覚えはないがな……」
「えと……コウさん、それはどういったことでしょう?」
 笑顔のまま栞は言ったが、明らかに顔が青ざめている。
「どうもこうもないぞ?俺は免許なんか持ってない。それが事実だ」
「先輩運転してますよね?家とかで教わったりしたんですよね?」
「いや、カン」
「おーろーしーてー!」
 コウと栞の間で若菜が暴れる。
「大人しくしろ!死にたいのか!」
「おーろーしーてー」
 若菜が声にならない声で叫ぶ。
「あの……コウさん?」
「ん、どうした」
「あの、スピードメーターが100を超えてるんですが……」
「ああ、荷物積み込むのに予想以上に時間とられたからな。しょうがない」
「えと、どんどん上がってるんですが……」
 栞の顔から笑顔が消えた。
「おお!車ってのは楽しいな!このペダルを踏むとどんどんスピードが上がる!ぬっはっはっは!ひゃははは!!ひゃっほい!」
 もはやコウの人格すら変わっていた。いつものにやりとした笑みではなく。おもちゃを与えられた子供のような笑み。心底それを楽しんでる笑みだ。
「ああ……」
 栞の意識が飛ぶ。そのまま座席に倒れこむように気絶した。
 それをみた若菜がさらに暴れた。
「しーにーたーくーなーいー。たーすーけーてー!」
「ぬっはっはっは!!友よ!ここからが我々の始まりだ!!ここからすべてを作り上げるぞ!ひゃはははは!」
 暴走トラックが山道を駆け抜けていった。


9 :うみねこ :2008/07/14(月) 16:42:52 ID:WmknPetk

「そろそろ行こうかな」
 誰に言うでもなくそう呟いて、空は古びたギターケースを担ぎ家を出た。
 いつもと変わらない町並み、連ねる家々から聞こえる夕食を作る音、また明日と約束しあう子供たちの声、豆腐を売る事を知らせる笛の音色。
 ああ。と空は思った。これも一つのメロディなんだろう。色々なもの達が一つになって織り成すメロディ。軽音楽部と共に演奏してからそんなことを感じるようになった。この世の中に無限にあふれる音。それのどれもこれもが合わさって一つの世界を作る。この街だってそうだ。一つ一つの音達が合わさって『街』という名の音楽が作られる。みんな世界という名のオーケストラの中で演奏している音楽家なのだ。
 そんなことを考えた自分がちょっと恥ずかしくなりながら町並みを進む。いつもの公園に着く。夕刻を少し過ぎたばかりなので、空気の熱気はいまだ残る。背筋を伝わる汗が気持ち悪い。
 公園の入り口を通り、無駄に大きい噴水を目指した。いつもより早く来たせいか人の姿はまばらだった。
(ん?・・・・・・)
 その噴水の前に、いつもはいないはずの何かがいた。
(バンドかな・・・・・・あれは)
 人が四人集まっていた。それぞれが帽子を目深に被り、背中にマント見たいのをつけている。ドラムやアンプ、その他器具が置かれ、それを取り囲むように四人が立っている。田舎臭い公園には全然似つかわしくない風貌である。
(まいったな)
 いつも空が演奏している場所を陣取られている。おそらくほかの場所で演奏しても、バンドの音量に負けて空の演奏は聞こえないだろう。空は困りつつも、一応挨拶だけはしようとそのグループに近づいていった。
「あのーすいません」
 その集団の一人、体格からしておそらく男だろうと思われる人に話しかけた。
「ふっふっふ・・・・・・遅かったじゃないか友よ」
「え?」
 空が戸惑う。
「声を聞いてわからんか?友よ、私は悲しいぞ。これから世界を目指す仲間なのに。しょうがない!」
 そういってその男は帽子とマントを投げ捨てた。
 その男の顔を見た空は完全に固まった。

 話はほんの30分前に戻る。
 栞が気絶してから2、3分、ようやく若菜は冷静さを取り戻した。
 スピードメーターは120を指して安定していた。
「ひゃひゃひゃひゃ」
 運転席では、笑い声なのかそれとも雄たけびなのかわからない声を発しながらハンドルを握るコウがいる。
 窓の外を眺める。まだ地獄坂の景色は終わらない。木々に囲まれた山道をものすごいスピードで下っている。下校中の生徒達の横を通り過ぎる。あまりのスピードで誰なのはわからないが、出来れば自分達のことに気づいてほしくないな、と思う。後々面倒なことになるだろうし。このバンドを結成してから、他の生徒達に奇異な目で見られることは慣れていたが、若菜にも羞恥心はある。騒がれるのは勘弁だ。ま、もうどうしようもないことだけど。
 そういや木之下先輩は大丈夫だろうか?このスピードでくねくねとした山道を下っている。吹き飛ばされたりしていたら大変だ。たぶん落ちたような形跡は無かったと思う。
 後ろに振り返る。荷台の美里はすがりつくように機材を抑えている。
 ほっとして前方に視線を戻す。そろそろ山道の終わりが見えてきた。
「仲間の結束を固める前に決裂しそうなんですが・・・・・・」
「ん?何か言ったか?」
「いえ」
 山道が終わり、しっかりと舗装された道路に入る。それまで異様に飛ばしていたコウもスピードを緩めた。
「これなら間に合いそうだな」
 コウが時計を眺めつつ言う。
「そんなにギリギリだったんですか?」
 いつのまにか目を覚ました栞が問う。
「先に空に着かれてしまっては何の意味も無いからな」
 道路を抜け横道に入る。住宅に囲まれた、車一台分位しかない細い道路。そこを突き抜ける。山道を下った時とは違い慎重な運転に栞と若菜は安堵のため息を漏らした。
 それから数分。目的の公園に着いた。
 そこでようやく全員が本当に安心したようにため息を漏らす。生きている実感を心底喜べる出来事はこの先にもあまり無いであろう。ある意味生への結束が生まれたのかもしれない。
「よし。降りるぞ」
 コウの声と共に三人が車を降りる。荷台に積まれている機材を三人が降ろそうとした時それに気づいた。
「お、おかあさん」
 無意識のまま呟き、目の端から涙を流し必死に機材を抑えている美里。皆が声をかけるのをはばかれる中、栞がほんわかした笑顔で言った。
「美里さん。到着しましたよ」
「ほ、ほえ?」
 我に返った美里が周りを見渡す。それからほっとしたように胸を撫で下ろし。涙を拭いた。
「コウ・・・・・・覚えときなよ」
 睨む。
「さ、さて、準備に取り掛かろうか!諸君!いくぞ」
 コウははぐらかすように荷台の機材を降ろす準備をする。そこで思い出したように。
「あ、諸君これを着たまえ」
 荷台につんであったボストンバックから人数分の真っ黒なマントと帽子を取り出し、全員に渡す。
 コウ以外の三人がでっかいため息をついた。

「コウ・・・・・・」
 空がそう呟くと、コウが歯茎を見せてにやっと笑う。
「ってことは、その後ろの三人は・・・・・・」
「ふっふっふ、諸君!」
 コウがパチっと指を鳴らす。それを合図に三人が帽子とマント投げ捨てた。
「やっぱり・・・・・・」
 その三人の顔を見たコウは天を仰いだ。
 4人はニヤニヤと笑う。
「どういうことだ?」
 空がコウに向かって言う。
「どうも何もあれだよ。歓迎会」
「はい?」
「だから歓迎会。ミュージシャン同士のな」
「あのなぁ・・・・・・」
 空があきれたように言うと、それまで遠巻きに見ていた空の観客が、
「おーい、誰だそいつらー」
 と話し出す。周りがざわざわしていく。
「すいませーん。少し待って下さい」
 そう言って四人の方を向き、
「とりあえずこっち来て」
 無理やり引っ張り、公園の端の方へ歩いていった。

「まったく。そういうことは先にいってくれよ」
 噴水から数十メートル離れた場所で空は立ち止まり、四人に振り返った。
「ま。ドッキリだからな。あらかじめ伝わっているのはドッキリとは言わん。それはただのやらせであろう?」
 まったく悪びれたそぶりも見せずにコウは言った。ほかの三人はそろぞれにうなずいた。
「で。どうする?やるかやらないかは空しだいだ。ま、だめだと言うならそれまで。俺たちの計画もすべてパー。ここまで命がけで運んだ楽器も無駄だな」
 コウがそう言って指を鳴らす。
「え〜ん。頑張ったのに〜」
 若菜が泣き出した。誰が見ても明らかにうそ泣きなのだが、あいにく空は気付かなかった。
「ちょっと、ええ!?」
「せっかく先輩と一緒に演奏しようと思って・・・・・・ひっく、ここまで運んだのに〜」
 他の女子二人も、
「おー、よしよし。大丈夫だよ。空先輩は優しい人だからね?」
 そういって若菜を慰めながら空を見る。空は余計におどおどしはじめた。
「そ、そんなこと言ったって・・・・・・演奏できるの?いきなりやって」
「ああ。それは問題ない。お前の曲は全部録音してあるし。若菜君に全部楽譜に起こしてもらったしな。完璧とはいかないが、出来ないことも無いぞ」
「ぐっ・・・・・・」
 空は言葉に詰まった。ここまで来たらやるしかないのか?そんな風に思ってしまった。
「わかったよ。お願いだから泣き止んでくれよ」
「ほんとにやってくれます?」
 若菜は、目を伏せたまま聞いた。
「やるよ。やるから」
「じゃ。OKです」
 顔を上げて若菜は笑う。他の三人も、してやったり、という顔をしている。
(まさか・・・・・・しまった。そういうことか)
 そこでようやく若菜の嘘泣きに気づいた空だが、時すでに遅し。4人は噴水の方を向き。
「それじゃ、行きますかい」
 美里がそう言い歩き出す。三人もそれぞれに歩き出す。
(あ〜あ)
 結局俺は流される運命。そう考え空は流れに身を任せる事にした。


10 :うみねこ :2008/07/15(火) 10:56:19 ID:WmknPetk

「おい。来たぞ」
「どうなってんだ?そいつら誰だ」
 5人の姿を見た観客達が騒ぎ出す。それにはなんの反応も示さずそれぞれの定位置についた。
「え〜ゴホン。それは私の方から説明させていただきます」
 コウが一歩前に出る。
「え〜今日はですね。ここにいる空君。皆さんご存知ですね。その空君が組んだバンド《WING》の初お披露目と言うことでですね、私達がいるわけです」
 周囲がざわめく。
「ホントなのかよ!空さん!」
 観客の一人が叫ぶ。
「え!ええ・・・・・・まあ・・・・・・」
 さらに周囲がざわめいた。
「まあ、とりあえず聞いてみてください」
 コウが声を張り上げる。
「じゃ、はじめるぞ、栞」
 カツッカツッカツ。
 音楽が鳴り始める。始まったものは仕方ない。空はマイクを取った。
 心地良い空気が空を包む。一人で歌っている時とは違う心地良さ。
 曲が終わる。拍手はまばらだった。観客のほとんどは帰っていた。空一人のゆったりした曲を聴きに来た観客には、バンドの生演奏は合わなかったのかもしれない。
 それでも空は歌うのをやめなかった。2曲目にいく。
 空を包む、新たな世界。そこにあの女の子は入ってこなかったが、なぜか曲を聴いてることだけはわかった。そんな感覚がした。
 5人の夜が更けていく。始まりゆく夏とともに。5人の織り成すメロディーが辺りを包んだ。そこには確かに絆が生まれた・・・・・・と思う。それを全員が感じ取ったかどうかはわからない。でも確かにそこで一つの新しいバンドは生まれた。

 あの夜から一夜が過ぎた。
「今日から部活は再開な」
 すべての授業が終わった放課後コウが話しかけた。
「ああ、わかった」
 本を鞄に詰めながら空は返事した。
「ああ、そうだ」
 空は何かを思い出したかのように、コウにむき変えった。
「ん?どうかしたか?俺に愛の告白でも行うのか?だがそれは無理だ。俺は女しか愛せない」
「そんなわけないだろ!俺だって女が好きだ!ってじゃなくて、クラスの奴に聞いたんだけどさ。軽音楽部って《負け犬の集まり》って言われてんだろ?なんでだ?俺、そういうの疎いからさ・・・・・・」
「ふむ・・・・・・」
 コウは少し考え込むように下を向き、手の平をあごに当てた。
「知りたいか?例えそれがどんなことでも」
「そりゃ、一応俺もメンバーだしな。知る権利ぐらいあるだろ」
「そう・・・・・・だな。よしわかった。今日は路上ライブ行くのか?」
「いや・・・・・・部活に専念したいからさ。部活の日はやめとくよ」
 空はあの夜のおかけでバンドで作る音楽に興味をもった。なかなか悪くない。そんな気分だった。
「そうか。それは何よりだ。それじゃあ、部活が終わったら先に帰らず待っといてくれないか?」
「わかった」
「よし!」
 コウは背伸びをして、
「皆さんがお待ちかねの音楽室へ行こうかの〜」
「おう」
 二人は鞄を担いで教室を出た。

『お疲れ様でした!』
 その声とともに部活が終わる。昨夜に行った空の曲を何回か全員でやり、それで部活を終えた。夏の日はまだ長く、時計の針が7を指していても外の日はまだ明るかった。
「それじゃ、また明日」
「さようなら」
 若菜、美里が音楽室を出る。
 残っていた栞にコウが何か耳打ちをした。
「そうですか。それじゃ、お先に」
 空たちに深く礼をして、栞は音楽室を出た。
「よし」
 その背中を見送った後、
「じゃ、話そうか」
 コウは腰を下ろした。それにならって空も腰を下ろす。
「まあ。どうして俺たちが負け犬の集まり、なんて言われなきゃいけないのかはわからんが」
 コウがゆっくりと話しだす。いつにない真剣な顔。そんな顔を空はあまり見たことはなかった。自然と空も顔が引き締まる。
「あの三人はな、今笑ってるのが不思議なくらい・・・・・・大変な思いをしてきてるんだ」
「大変な?」
「ああ、そうだな・・・・・・誰から話そうか――」


11 :うみねこ :2008/07/15(火) 11:35:10 ID:WmknPetk

真実の歌T〜三石若菜15歳〜

 春。いろんな希望を持ち、それぞれの目標を立て新しい生徒達が入学する季節。
「へ〜あなた、絶対音感持ってるんだ〜」
「凄いじゃない」
「期待してるわよ」
 先輩たちの言葉のおかげで不安が消えた。
 中学からやっていた吹奏楽をやるため若菜は音楽室にきていた。
「はい。宜しくお願いします」
「若菜ちゃんだっけ?宜しくね。絶対音感があるなら頼もしいわ。先輩後輩関係なく、細かいとこ言っちゃってね」
「はい」
 人数は少ない部だった。それでも先輩たちは優しく、なにより真剣で音楽を本当に好きでやっている。ここなら楽しく音楽やっていけそうだ。

 秋。木々が彩る季節。初々しかった生徒達も日々の生活に慣れ、それぞれの位置を見つける季節。その出来事は起こった。
「先輩。半音ずれてます」
 間近に迫った秋のコンクールの練習の時、若菜は言った。若菜にとってはいつものことだった。
 音が止み、全員が間違えた生徒に注目する。
「もういや!我慢できない」
 注目された先輩は立ち上がった。
「なんなのよあんた。いい加減にしてよ。絶対音感がなに?そんなにえらいの?今までは黙ってたけど、えらそうなのよ」
「そんな、私はただ」
 若菜はうろたえたように肩をこわばらせる。
「皆だってそう思ってるの。偉そうに・・・・・・。正直うんざりなのよ!」
 若菜の楽器を手に取ると先輩は床にたたきつけた。
 パキッ。
 乾いた音とともに、楽器が壊れる。壊れた楽器を拾い上げ先輩は若菜に投げつける。
 割れた破片が若菜の右腕に当たり一筋の線が走る。そこから赤い雫が零れ落ち、床に点々と広がる。
 若菜はすがる様に周囲を見る。でも誰も若菜と目を合わせようとするものはいなかった。皆が拒絶の目を若菜に向けた。
 音楽室を飛び出す。もう、あそこには戻れない。好きな音楽をすることも出来ない。若菜はそう思った。好きな事をただしたいだけなのに。演奏できるということ、正しく弾けるということ。それがそんなに悪いことなのだろうか。ひとつの演奏を完成させた時の喜び。それは何者にも変えがたいものなのに。
(もう、止めよう)
 若菜は希望を捨てた。

「その後、それが先生たちにばれて吹奏楽部は部活動停止処分になった。まあ、今では部員がいないんで廃部になったがな。若菜はそれから何日か登校拒否になってしまってな。今となってはああだが、本当に心から俺達にも気を許してるかどうかは俺にもわからない。心のどっかではままたああなるんじゃないかとおびえてるのかもしれないな」
「うん・・・・・・」
 空はそれ以上何も言えずにただ頷くことしか出来なかった。
「さて、次は――」


12 :うみねこ :2008/07/15(火) 12:56:14 ID:WmknPetk

真実の歌U〜木之下美里15歳〜

 周りから見ればうらやましい存在だろう。なに不自由なく幸せに、そう感じるだろう。しかし中身は違う、その生活は美里にとって苦しみだった。
 昔からの良家で、明治時代から続いている老舗。代々先祖の方々が守り抜いてきたお店。美里はそこの跡取り娘として期待されていた。だが周囲の期待とは裏腹に何をやっても不器用な美里はいつからか疎外され、その代わり何をやらせても器用にこなす3歳下の妹に、いつからか周囲の目は向いていた。実の両親でさえもとうとう美里ををのけ者にし、妹だけを可愛がるようになっていた。その生活は美里にとっては苦痛でしかなかった。家にいても本来得るはずの安らぎも無く、親から注がれるはずの愛もそこにはなかった。
 美里がベースに出会ったのは中学三年のときだった。何の番組だったは覚えていない。おそらく何かの音楽番組だろう。ギターではなくドラムでもなく、美里はベースに惹かれた。その理由は美里にもわからない。ただ、体の中身をくすぐるような重低音。それに興奮した。流れるようなベースライン。何時の間にか体は動き出していた。
 それから美里は高校生と偽り、いくつものバイトを掛け持った。ただ、ベースを手に入れるために。何度もミスしてはクビになり、それでも諦めなかった。いつしか聞いたベースラインを奏でたい。その一心で。
 ようやくいくらかのまとまったお金が手に入り、憧れのベースを買うため、美里は楽器屋さんへ出向いた。町の中でも割と大きなお店で、前々からここで買おうかと決めていた。まったくの無知でもいろんな物が見れるだろう。漠然にそんなことを思っていた。ギターやドラム、機材などが置かれる店内を歩き、目的のベースを探す。
 ようやく見つけたベースのコーナー。4本弦のものや6本弦のもの。えと、6本のものもベースなのだろうか?美里は少し困ってしまった。結局そのまま1時間くらい迷って美里は1つのベースを手にとった。黒から銀へのグラデーションがほどこされた4本弦のベース。これがなんていう種類のもので、良い物なのか悪いものなのかはわからない。それでも美里はこのベースに惹かれた。後ほど調べたらそれはFENDERという有名なメーカーの物らしかった。
 ベースを手に入れてからの生活は美里にとっては楽しい日々だった。家にいる苦痛もベースを弾けば気にならない。学校や寝るとき以外美里はベースを片時も離すことはなかった。
 でも、そんな生活も長くは続かなかった。
 寒い冬のある日、学校も終わり、やっとベースが弾ける、美里そうはりきって帰宅した。自分の部屋に行き、いつも隠しているたんすの扉を開く。
 なかった。いつもおいてある場所になかった。部屋中を引っ掻き回す。何処にもない。いやな予感がし、美里は父親の部屋を訪ねた。
「お前なんかにあんなもん必要ないだろう?捨てておいてやったよ。優しい父に感謝するんだな」
 なんの表情も変えず、ましてや美里の顔も見ることはせず父親はそういった。
 美里は家を飛び出した。
 近所中のゴミ捨て場を引っ掻き回す。しかしどこにもなかった。傷だらけの両手でありとあらゆる所を探したが見つけることは出来なかった。自分の無力さに涙があふれた。
 この家を出よう。そう決心したのはその次の日だった。出来るだけ遠くの高校に進学しよう。そう決めた。先生からは反対され、友達に数々の疑問を投げかけられ、それでも美里の決心は揺らぐことはなかった。当然ながら親が反対することはなかった。
 居場所がなければ探せばいい。それはきっと自ら手に入れるものなのだ。

「それでこの高校にきたんだ。親の援助なんて当然ないからな。あいつは学費や生活費を稼ぐために毎朝新聞配達してるよ。暇さえあれば他のバイトも色々やってる」
 空に出てくる言葉はなかった。
「じゃ、次な・・・・・・」


13 :うみねこ :2008/07/15(火) 13:35:03 ID:WmknPetk

真実の歌V〜朝倉栞12歳〜

 近所でも仲の良いと評判の姉妹だった。
「お姉ちゃん。遊びいこうよ〜」
「はいはい」
 妹の麻美に催促される。いつものことだった。
「お姉ちゃん早く〜」
「はいはい。今日はどこいくの?」
「公園!」
 3歳年下の妹は公園で遊ぶことが大好きだった。
「そんなに走ると危ないよ」
 いつもの公園に着く。今日は他に公園で遊んでいるものはおらず、公園内には栞と麻美だけであった。
「お姉ちゃん砂場。砂場」
「はいはい」
 麻美に手を取られて砂場に向かう。
「泥団子作ろう!」
 これは最近麻美がこってる事だ。どっちが綺麗に出来るかを比べあう。
「よし。やりますか」
 二人は向かい合って座る。砂をいじりだす。
 集中していたせいかもしれない。栞は背後に迫ったそれにも、麻美のこわばった顔にもまったく気付かなかった。
「お姉ちゃん!」
「え?」
 栞をかばうように麻美が目の前に立つ。
 トスッ。
 麻美の体が崩れ、砂場に倒れこむ。腹部に赤い液体が流れ砂場を染めていた。
「い、いや――」
 顔を上げたその先に男が立っていた。手にはナイフを持ち、気持ち悪い顔でニタニタ笑っている。
「ははは・・・・・・あはあ」
 ナイフについた血を満足そうに眺め、舌先で舐めあげる。
「お姉ちゃん・・・・・・」
 弱弱しい声で、栞の方に手を伸ばす。
「麻美!」
 抱きかかえる。麻美の体が冷たくなっていくのがわかる。全身の力が抜け、体が小刻みに震えている。
「良かったぁ・・・・・・お姉ちゃんが無事で・・・・・・」
 笑顔で麻美が呟く。
「麻美ぃ、血が・・・・・止まらないよぉ」
 栞はどうしていいかわからずにただ傷口を手で押さえていた。
「おねえ・・・・・・ちゃん・・・・・・だい・・・・・・すきだよ。だから・・・・・・ね?おねえちゃんは笑っていて?」
 麻美は微笑み。そしてそのまま目をつぶった。
「いやー麻美!麻美!」 
「さーて・・・・・・ひひっ、こっちのおじょうちゃんはどうしようかな」
 ナイフが栞の方をむいた。
 栞は目をつぶって、麻美を抱きしめた。
(一人では逝かせないからね。一緒にいようね)
 栞は死を受け入れた。
「おい。何やってんだ!」
 知らない男の人が叫んでいる。その先はもう覚えていない。ただ、麻美は一人で逝ってしまった。
 警察に保護されたとき栞は笑っていたそうだ。麻美の通夜が行われているときも、泣く事はなく、笑っていた。親戚中の心配をよそに。麻美の死を受け入れられていないのか。一緒に行けなかったことを悔いているのかわからない。ただ麻美の言葉、最後の言葉をひたすら守ろうとしているだけであった。
 栞は泣く事、怒る事をやめた。なにをされても笑っていようと。麻美のためにも。

「結構有名なニュースになったことだ。5年も前のことだ。あいつはな。誰かが救ってやらないとだめなんだ。いつも笑っているけど、あんなの本当の笑顔じゃない。誰かが暗闇のそこから出してやらないと」
「コウ・・・・・・」
 コウが強く手を引き結んだ。
「三人の話は終わりだ。どうして俺たちが負け犬の集まり。何て呼ばれているかはわからねえ。あいつらはほかの平平凡凡と生きているやつらよりも立派に生きてるよ。それを馬鹿にする権利は誰にもない」
 コウの声には怒気がこもっている。
「うん」
 空は相槌を打つことしか出来なかった。
 コウが一度ふーっと息を漏らし、
「三人の話はこれで終わりだ。まだなんか聞きたいことはあるか?」
 空は前々から気になってた事を聞いた。
「一つだけいいかな?」
「ふむ」
「どうしてバンドを組むことになったんだ?」
 コウが考え込むように唸る
「そうだな。友にも知る権利はあるな。なんせこれから共に活動しようとする仲間だしな。さてと」
 そう言ってコウが語り始めた。


14 :うみねこ :2008/09/21(日) 16:12:35 ID:WmknPetk

 青空を自由に飛ぶ感覚が好きだった。空を泳ぐ鳥になれる気がしていた。
 中学生の頃から続けていた陸上。その中でも棒高跳びをコウはやっていた。理由はただ一つ、空に一番近くなれるような気がしたからだ。
 大会でも名の知れた選手で、周囲からの期待も高かった。
 しかし、大会を間近に迎えた秋。ほんの少し空中でバランスを崩してしまったがために、コウは膝を強打し、二度とは飛べない体になってしまった。
 空を泳げない、それはコウにとって、苦痛でしかなかった。マネージャーをやらないか?との誘いもあったが、コウは逃げるように陸上部をやめた。
 それから数ヶ月が過ぎた冬の放課後。コウはひとりになれる場所を探していた。大会が近づくころになるとコウは、ひとりになれる場所を探し、何をするでもなくただ、一日中空見つめることをしていた。
(そういえば、吹奏楽部が停部になってんだっけ)
 それなら誰もいないだろう。そう思い音楽室に向かった。

「・・・・・・って、お前陸上やってたの?」
「ん。知らなかったのか?結構有名な選手だったんだぞ」
 コウは呆れ顔になった。
「そうか・・・」
「まったく・・・・・・別にいいけどな。おまえはそういうところが良い所だと思うよ」
「いや、褒められてる気がしないのだが・・・・・・」
「じゃ、出会いを話すな」

 ガラガラと扉を開ける。予想どうり音楽室には人の姿はなかった。
 窓の近くまで歩み寄る。窓を開けると冷たい冬の風が音楽室を駆け抜けた。その寒さに身震いしたが、コウは窓を閉めることはしなかった。その寒さが今のコウには心地よかった。
 乾燥する空気を胸いっぱいに吸い込み、吐き出す空気をため息にして、コウは空を見上げた。
 
 三石若菜は廊下を歩いていた。吹奏楽部がなくなった事が今でも縛りついている。きっと私のせいだ。数ヶ月が過ぎた今でもその気持ちは変わらなかった。その気持ちに拍車をかけるように冷たい空気が一陣駆け抜ける。その風の冷たさがまた、若菜を悲しい気持ちにさせた。
(そういや、音楽室に荷物置いたままだ)
 吹奏楽部をやめたときから音楽室にはいってない。音楽の授業は選択性でもあるし。
 そのまま置いておこうとも思ったが、仕方なく若菜は音楽室に向かうことにした。

 ようやく買えた。こつこつ貯金をして、ようやくベースを買うことが出来た。
 木之下美里はほくほく顔でベースを握り締めていた。必死にバイトしながらコツコツ貯めたお金で買ったベース。さほど高い物ではないが、愛着はある。楽器屋で一目ぼれして買ったものだ。周りからクスクス笑い声がする。
 そんなことなどお構い無しに美里は教室を出た。とにかく早くベースが弾きたかった。
(そういや、放課後は音楽室が開いてたっけ)
 よーし。と小さく呟き、美里はベースを抱えて駆け出した。

 朝倉栞は教室で帰り支度をしていた。
「栞さーん」
 声をかけられる。
「はい。なんでしょう?」
 いつもどうり笑顔で応対した。
「ごめんだけど、音楽室に忘れ物しちゃったんだ。今忙しくてとりいけなくてさ〜」
 何を言いたいかはすぐわかる。私に取りに行って欲しいのだろう。だから私はこう答える。
「いいですよ」
「ほんとに?ありがと〜」
 いつものことだ。

 透き通るような青とはこういうことを言うんだろうか?コウは空を見つめながら、そんなことを考えていた。ガラにもない。いつからこんなキャラになったのだろうか?
 ガラガラ。
 しばらく空を見つめていると、コウの背後の扉が開く音がした。
(誰か来たのか……)
 一人でいたかったが、しばらくすれば帰るだろう。コウはそんな風に考え、その場に留まることにした。
(何の音だ……?)
 背後から音色が聞こえてきたことに疑問を覚え、コウは後ろを振り返った。
 小柄な女の子だった。髪を肩まで伸ばし、うつむきながら何かを吹いていた。よくは見えなかったが泣いているようにも思える。もう一度注意深く見てみるとコウは気付いた。
(例の子か)
 吹奏楽部の噂はコウも知っている。
 コウはまた空を見上げることにした。自分が気にしてもしょうがない。そろそろでてくだろう。そう考えた。そしてしばらくその音色に耳を傾けた。不思議と悪い気はしなかった。

 さーて。急いで階段を上る。はやる気持ちがおさまらない。自然と口ずさむ重低音。心地良い。
(何の音?)
 音楽室の前に立つと音色が聞こえた。聴くだけでわかる。この子は音楽が好きだろう。音色でわかる。優しさが音に混じって伝わってくる。でもほんの少し悲哀が混じりこんでいる。
(こういう子と音楽ができればいいんだけどねぇ)
 そう言う期待を少し持ちつつ、美里は扉を開けた。
 音楽室の中には二人いた。知ってる顔と知らない顔。知ってる顔は空を見上げ、知らない顔は楽器を吹いていた。何の楽器かは美里にはわからない。少し寂しそうに吹いているのが気になった。
 演奏がやみ、女の子がこちらを向く。瞳が潤んで気がする。
「あ、私に構わないで続けて」
 美里はあせって言う。
 はい。と女の子は答え、また楽器を吹き始めた。
 ふう、とため息を吐き、美里はとりあえず見知った顔の男の所に向かうことにした。
「で。あんたなにしてるんだ?」
 ベースをひとまず置いておき、男の視界に美里は入った。
「……美里か」
「美里か。じゃ無いでしょなにやってんのさコウ?」
「空、見てる」
 コウは美里の方を見ずに、窓枠に肩肘をつけたまま答えた。
「空って、あんたいいの?陸上の方には行かなくて、マネージャーになったんじゃないの?」
 その言葉にコウは、少し眼を細めたような顔になって、
「惨めになるだけだ。そんなことしてても」
「あっそう」
 肩をすくめてそう呟き、美里は床に置いてあったベースをとった。
「……おまえは何しに来たんだ?」
「何ってこれを引きに―」
 ガラガラッ。
 美里の声は突然勢いよく開いた扉の音にかき消された。三人がいっせいに音のするほうにむいた。
 立っていたのは女の子だった。皆に注目され、気まずそうに立っている。
「あの……忘れ物を取りに来ただけですんで」
 そう言って、中に入ってきた。
「ま、そう言うこと、自由に弾ける場所ってここしかないじゃない?」
「そうか」
 音楽室に響く音色が変わった。音のするほうを見ると、さっきまで楽器を弾いていた女の子がピアノを弾いていた。
 美里はそれを確認しニヤッと笑うと、準備室に入っていった。
 数分後、あったあったと、連呼しながら黒いアンプを担いで戻ってきた。美里はコードをそれにつなぐと、
「さーて、演奏会の始まりよ!」
 そういって、ベースを弾き始める。
 音楽室内を、ベースの低音とピアノの高音が重なり、心地良い空間を作りだした。
 いつしかコウも、その心地良いメロディーに聞き入っていた。最後に入ってきた女の子もぼうっと突っ立って、その音楽に聞き入っている。
 どちらともなく演奏が終わる。忘れ物をとりにきた女の子は、演奏が終わると我に返ったように何かを持って、逃げるようにその場を去った。
 ピアノを弾いていた女の子は美里と眼が合い、はにかむように笑った。
 コウは、心地良い気分でまた空を見上げた。
「じゃ、わたし帰るわ」
 コード類をまとめ、ベースをケースに戻した美里はそういって立ち去っていった。
 ピアノを弾いていた女の子もいつの間にかいなくなっていた。
 それから数十分コウは空を眺めていた。
 
 あら?
 次の日の放課後。木之下美里は今日も片手にベースを持って音楽室に訪れていた。音楽室の扉をいきおいよく開けると、そこには昨日を思い出すような光景が入ってきた。
 奥のほうに眼をやると一人の男が窓の近くに腰掛け、空を見上げている。扉の近くのグランドピアノには女の子がいてこっちを見ている。眼が合うとその女の子は、はにかむように下を向いた。教室の後ろには、必死に眼を合わせないように下を向きながら女の子が座っている。昨日と同じメンバーだった。
(ま、いいか)
 美里は準備室に入り、アンプ諸々を引っ張ってきた。
 そして弾き始める。それに習うように、ピアノの甲高い音がついてきた。夕闇に染まる音楽室を暖かいメロディーが包む。
 美里はベースを弾きながら昔のことを思い出していた。ベースを始めたきっかけを。
(やっぱ、バンドよね)
 自分のベースを活かすなら……。
 重なる音符と音符がはじけて空に消えていく。そのメロディーは、オレンジが黒に染まるまで続いた。その日先に帰ろうとする者はいなかった。

 そんな放課後が何度か続いた。美里が行く頃には四人ともいて、何かするわけでもなく、自分の居場所を守るように同じ場所にいる。美里とピアノのメロディーを聴いて、誰からともなく帰る。別に言葉を交わすわけでもない。美里はコウ以外名前も知らない。
 美里はそんな日が続く中あることを考えていた。一つの決意とも言うべきものだろう。
 
 いつの間にお決まりになった音楽室通い。コウは今日も音楽室に向かっていた。
 音楽室の前に立ち、またいつものように聴いて帰る。だが扉を開けるといつもとは違う景色がコウの瞳に映った。
 おかれているものに異変があった。いつもはただ机が置かれているだけの、寂しい部屋に、何やら色々な機材が置かれている。テレビとかでよく見る楽器類。ギターとか、ドラム?見覚えはある。テレビとかでバンドが演奏している時に使うやつだろう。
 その真ん中に腕を組んで、胸をそらした美里が仁王立ちしている。
「おそいってーの。コウ」
 いつもなら最後に来るはずの美里がそう呟いた。姿勢は崩さず、胸はそらしたままだ。
「何だこれは?」
 不信気に美里に問う。
「まあまあ、もう少ししたら説明するから」
 美里はそう笑って、手を縦に振った。
 
 音楽室を訪れるものの反応は、三者三様だった。
 栞。
 扉を開けるや否や、眼を見開いたまま石像のように固まった。それも仕方ない、いつも最後に訪れるやつが目の前にふんぞり返って立っているのだから。
「なにしてるの? 入れば?」
「あ……」
 美里にそう促されてようやく我に返った栞は、音楽室に足を入れた。
 楽器に気付いてはいるようだったが、あえて何も言わず音楽室の隅っこに腰を下ろした。
 若菜。
 扉を開けた瞬間、確かに目を見開いたがそれも一瞬で、
「こんにちは」
 と、軽く頭を下げ、中に入ってきた。そうしていつもの様に、ピアノの椅子に座る。楽器は気にしていないようだった。
 美里はそれらを黙って見届けると、ふーっと息を吸い込み、
「皆にちょっと聞いて欲しいことがあるんだよね」
 全員が美里に注目する。
「私らで……バンドやろう」
 全員が声をそろえた。
「はい?」
「だから、バ・ン・ド」


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.