ハーツイーズ


1 : :2007/06/21(木) 12:13:59 ID:WmknPmLH

*追憶*


いつか話したことを、君は覚えているだろうか…。
永遠とも、一瞬とも言える、あの日の出来事を
私は今もずっと、忘れることなく覚えている。

あの時…そう、誓ったから。

もしも君が忘れてしまっていたら
私が全部、話して聞かせるよ。


――――――永遠とも、一瞬とも言える、あの日々の出来事を……


2 : :2007/07/14(土) 00:54:08 ID:m3knremk

*それは突然に*


一歩外に出ると、西に沈んでゆく夕陽が美しく、思わず目を奪われた。さらりと頬を撫でる秋風はひんやりと冷たいが、火照った体には心地良い。
「んぅ〜、涼し〜い…」
少女――青葉 葵は、気の抜けた声と共に思い切り背伸びをした。彼女は今、部活が終わり制服に着替えて出て来たところだ。
風に揺れる短く切った黒髪が、活発な印象を与えている。
「おーい、ちょっと待て葵ー!」
大声で呼び止められ、葵は振り返った。

――――げっ

「何?三葉(みつば)
嫌な予感がしつつも、駆け寄ってきた剣道着を着た少年に尋ねる。
「えっへへー、頼み事しよーと思って!」
走って来たにも関わらず息切れ一つしていない彼は、にっこりと良い笑顔で答えた。
彼――雪下 三葉は葵の幼馴染みで、剣道部の主将をしている。
そんなコイツの頼み事といえば一つ。
「ヤダ」
「まだ何も言ってないのに」
「試合に出てくれって言いたいんでしょ、どーせ」
「何だ、バレた?」
ちぇっと舌を出すが、その顔は楽しそうだ。
試合が楽しみなんだろうな、と葵は思った。三葉とは幼い頃から剣道を共にやってきていたが、彼が試合に緊張しているところは見たことが無い。
いつでも楽しそうで、それでいて試合の時の表情は真剣そのもの。
「じゃあ明後日の日曜日、朝9時半学校集合な!」

……ちょっと待て。

「何で決定済みわけ!?」
「バレー部休みだろぉー?まぁ詳しくは帰りながら話そうぜー!」
部室の方へ走り去ろうとしていた三葉は振り返ってそう言うと大きく手を振り、そして行ってしまった。
「ここで待ってろってか!?てゆうか、何で休みってこと知ってるんだよ〜…」
残された葵は一人虚しく呟く。


3 : :2007/07/15(日) 14:34:13 ID:m3knremk


数分後部室から出て来た三葉と帰りながら、葵は何故休みということを知っているのかを問い、
「葉月に聞いたら教えてくれたんだよ」
「香澄か…」
その返答に肩を落とした。
三葉に教えたという葉月(はづき) 香澄(かすみ)は葵の中学からの友達であり、現在のバレー部の部長だ。
「…で、いつ聞いたの」
「えっと、今朝だったかな」
葵は思わず溜め息をついた。香澄のことだ、恐らく聞かれて咄嗟に休みだと答えてしまったのだろう。三葉に惚れているわけだし。
「……そんなに嫌だった?」
「え?」
顔を上げると、じっと自分を見つめている三葉と目が合った。
暗くて少し分かりにくいが、普段の彼からは想像できないほど、悲しげですまなそうな顔をしている。
「べ、別にそんなこと…!」
いつもと違う幼馴染みに、葵はただ驚いていた。自分はそんなに嫌そうな顔をしていたのだろうか。
だとしたら、何だか申し訳ない。
「三葉が剣道大好きなのは嫌というほど知ってるし、私だって剣道は好きだし…」
「…じゃあ明後日、出てくれる?」
「まぁ、人数が足りないんじゃ仕方ないでしょ」
「葵……ありがと!」
にっこりといつもの笑顔に戻ったことにホッとしたのも束の間。
(しまった…また三葉のペースだ…)
諦めない気持ちは人一倍強い葵だが、こればかりはいつもの事と諦めるしかない。三葉に悪気は全く無いのだから…。
「昔から変わらないね、アンタは」
思わず口にした葵の言葉に、今度は少しムッとした表情になった。
今日はやけに珍しい表情を見る。
「俺だって、ちゃんと変わってるから」
「まぁ背は伸びたけど」
「外見じゃなくて!もう…いいや、葵には分かんないよ」
ぷいっと顔を背けると、三葉は先に歩き出した。葵はそんな彼の背中を見ながら、首を傾げる。
「なに()ねてんの、あいつ」
訳が分からず呟き、追い着こうと歩き出したその時、突然辺りを暗闇が包み込んだ。


4 : :2007/08/09(木) 22:05:24 ID:m3knremk


月が雲に隠れた訳でも無く、外灯が切れた訳でも無い。それは唐突に起きた。
「な、何…!?」


――――――――――――“希望”よ……


動揺する葵の耳に、知らない女性の声が聞こえた。いや、直接頭の中に響いたと言った方が正しい。



―――――――――我が声聞こえたならば意思を…

                           我が呼びかけに応え、この世界を……―――――――――――――


「何、これ……誰か居るの!?」
しかし返事は返って来ない。前を歩いていた筈の三葉の姿は見えず、自分の手が辛うじて見えるくらいだ。
「三葉…何処!?返事して――!」
何がなんだか分からない。分かる訳がない、こんな事態。
気付くと闇は益々深くなり、辛うじて見えていた手も闇に消えようとしていた。言い様のない恐怖と絶望感が込み上げてくる。
もう、何も見えない…

「葵!!」

聞き慣れた声と手の温もりが伝わった瞬間、葵は安堵と共に意識を失った……


5 : :2007/08/16(木) 23:31:25 ID:m3knremk


*枯渇した世界*


コツコツと靴の音が廊下に響く。
静寂を破るその音を聞きながら歩く青年は、ふいに胸騒ぎを覚え、歩を早めた。
「ヴァーベインさん…!?」
一番奥にある部屋のドアを開けると同時に、部屋の中心に倒れている女性の姿を目にし、急いで駆け寄る。
助け起こすと、女性は弱々しく微笑んだ。
「大丈夫…心配しないで」
大丈夫とは言っているが、顔色はあまり優れない。
「…無理しないで下さい」
不安気にしていると、女性――ヴァーベインは自分の力で立ち上がり、もう一度微笑んだ。
「少し疲れただけ…ほら、召喚は陣を使わないといけないから」
彼女の言うとおり、部屋の石造りの床には大きく描かれた魔法陣が淡い光を発している。やがて光が消えると、青年はそれからヴァーベインへ視線を戻した。
「召喚は…」
「何とか成功したみたい」
彼女は頷き、真剣な顔を向けた。
「早速で悪いけど…貴方に任務を与えるわ。私達の……いえ、この世界の“希望”を、迎えに行って」
「…了解しました、ヴァーベイン指揮官」
青年は一礼し、部屋を出て行った。
残ったヴァーベインは、力なくその場に膝をつく。やはり無理をしていたのだ。
それでも彼女は両手を組み、祈った。

「私の選択が正しいかは分からない……けれど、どうかもう一度、美しいこの世界を…」


6 : :2007/09/01(土) 23:34:48 ID:m3knremk


* * *


真夏の様に照り付ける太陽の下、葵は目を覚ました。
「あぁついぃ゛〜…」
寝惚けているものの、暑さには勝てない。
葵はのそのそと起き上がり、学校指定の薄手のカーディガンを脱いだ。さらにカッターシャツの袖を()くり上げようとしたところで、ようやく辺りの様子に気が付く。
「あれ……?…え、ここ何処!?」
葵が居るのは、見慣れない森の中。しかし森と言っても木々に葉は茂っておらず、地面にも草があまり生えていない。
「私、いつの間にこんな所に来たんだ…?」
夢だろうかとしばらく考え込んでいると、段々自分の身に起きた事が脳裏に蘇えってきた。
「そうだ…変な闇に包まれて、もうダメかと思った時に三葉が……!」
そこまで思い出し、葵はハッと辺りを見まわした。


三葉が居ない。


あの時、確かに葵の名を呼び、手を掴んだ筈なのに、どこにも彼の姿は見当たらない。
「と、とにかく捜さなきゃ…!」
葵は一瞬ためらったが、脱いだカーディガンを腰に巻き、歩き始めた。きっと向こうも自分を捜している。どこかで人に聞いてみれば、手掛かりを掴めるかもしれない。
しかし、そんな思いとは裏腹に森は長く続き、人の気配は全く無かった。動物の気配さえも無く、静まり返った森の中で暑さだけが身体に染み込んでくる。
「疲れたぁ……」
僅かな影を見つけ、葵は力無く座り込んだ。随分歩き回った筈なのに、日はまだ高い。
「夢、じゃないよね」
空を見上げて呟く。
時折吹き抜けていく生暖かい風も、雲の無い、ただただ青い空も、とても夢とは思えない。
葵は立てた膝を抱え込み、顔をうずめた。
「どこ行ったんだよバカぁ…」
文句を言ってみるが、当の本人が居なければ意味も無い。

とその時、確かに何かの足音が葵の耳に入って来た。慌てて顔を上げ、勢いよく立ち上がる。
「三葉っ―――!?」
「え…?」

そこに居たのは、よく知る幼馴染みではなく、綺麗な水色の髪をした青年だった。


7 : :2007/09/25(火) 01:00:44 ID:m3knremk


葵が何も言えないでいると、青年は柔らかく微笑んだ。見慣れない服装で、左眼には眼帯をしている。
「君がシダルケアから召喚された子だね、初めまして」
「え、あの…」
聞き慣れない単語に混乱していると、青年は言葉を続けた。
「突然の事で、戸惑うのは分かるよ。けど説明するにしても、ここじゃ場所が悪い…」
「ま、待って!ここ…ここは何処なんですか!?私達、変な闇に包まれて気付いたらここに居て…!」
やっと人に会えた安堵と、様々な疑問が一気に浮かんできて、気付けば葵は青年に縋って問いつめていた。

この人は何か知っている。

その思いが、彼女を急き立てている。青年はそれを察したのか、「これから話すことに嘘はないから」と念を押した後、落ち着いた声でゆっくりと説明を始めた。
「ここはハーデンベルギア。簡単に言うと、君の住んでいた世界とは異なる…つまり、異世界だ。そして君は、魔術によってここへ召喚された」
「異世界って……そんな…」
突拍子もない話に、目が回りそうだった。作り話だと思いたくても、闇に包まれ、実際にこの場に居る以上、事実だと認めるしかない。
立ち尽くしていると、青年が「ところで」と控えめに声を掛けてきた。しかし、その眼は真剣だ。
「さっき、“私達”って言ってたけど…誰かと一緒なの?」
「あ、はい…三葉――私の幼馴染みも一緒の筈なんだけど……気が付いたら何処にも居なくて…」
そう答えると、彼は僅かに眉をひそめた。葵は不安げに青年を見つめる。
「リナリア、居るんだろう?」
青年は何事か考えた後、ふいに森に向かって話しかけた。不思議に思っていると、少し離れた木の上から、何かが二人の傍へ着地した。
亜麻色の髪を二つに結った、葵と同年代くらいの少女だ。
「すみません、隊長…。任務で追って来ました」
少女――リナリアは、申し訳なさそうに項垂れる。その様子に、葵は何だか子犬の様だと思ってしまった。
しかし、青年は彼女の様子に苦笑する。
「咎めるつもりなんてないよ。…それより、この森で少年を見たか?」
「いえ、隊長達以外には誰も」
首を振りながら答える。今度は葵が項垂れる番だった。


―――――――何処に行ったの…三葉……


8 : :2007/12/30(日) 17:31:34 ID:m3knrePA


あの時、私と一緒に居なければ…私が名前を呼ばなければ、こんな事にならなかったかもしれない。
そう思わずにはいられなかった。
「私のせいだ…」
葵は顔を上げ、まっすぐに二人を見据えた。それは先程までの、不安に染まった眼ではない。
強く、しっかりとした光を帯びている。
「だから、絶対に三葉を見つける。絶対諦めない。…お願いです、街があるなら連れて行って下さい。人がいる所へ行きたいんです!」
お願いします、と頭を下げた葵を見て、リナリアは目を見張った。自分が見ていた限りでは、ずっと不安そうにしていた彼女。
それが当然だと思った。けれど今の彼女には強い意志がある。
(この人なら…)
リナリアは隣に立つ青年へ視線を移した。彼はまだ頭を上げようとしない少女を見据えている。
「…頭を上げて」
青年の声に、葵は頭を上げた。少し間を置き、彼は口を開いた。
「君をここへ呼んだ魔術師のところへ無事送り届ける事が今回の任務であり、最優先事項なんだ」
「隊ちょ――っ」
リナリアが意見を言う前に、青年は言葉を続けた。
「幼馴染みの事なら、街で情報を探すより彼女に訊いてみると良いよ」
青年は表情を和らげ、「それから」と言って一旦言葉を切ると、葵の前に片膝をついた。
「え……」
「隊長!?」
葵もリナリアも、予想外の事に驚いた。しかし彼は続けた。
右手人差し指と親指の先を合わせ、それを額、次に唇に当て最後に地面に手の平をつける。
「隊長!」
リナリアはその行動の意味を知っていた。彼女だけではない、この世界の人間のほとんどが知っている。
それは信頼する人、仲間と認めた相手へ敬意と誓いを示す時に行うものだ。
「任務時じゃない限り、君に協力し嘘偽りなく真実を伝える事を、この天地と我が心に誓おう」
「あ…ありがとうございます」
立ち上がり、にっこり微笑んだ青年に、葵は戸惑いながらも礼を言った。敵ではないと、そう伝えたかったことは分かったからだ。
「…では、指揮官――貴女を召喚した魔術師のいるサントリナへ向かうという事で、良いですね?」
リナリアが確認として尋ねたことに、葵はしっかり頷いた。とにかく、彼の言う魔術師に会ってみるのが一番だろう。
リナリアが隊長の指示を仰ごうと向き直ったが、彼はいつの間にかこちらに背を向けていた。
「リナリア、悪いけど…彼女を連れて先に行っていてくれないか」
青年は森をじっと見据えている様だった。先程までと少し雰囲気が違うと感じ、葵は二人を交互に見た。
「ですが隊長は…」
「すぐに追い付くよ」
それ以上何を言っても意味を成さない事が分かっている為、リナリアは葵を促し森の出口に向かって歩き出した。
彼の無事を、祈りながら…。



「…来ると思ったよ」
二人の気配が遠のくと、青年は前方から歩いて来る少女に言った。
しかし彼女は、黙って青年を睨みつける。歳はリナリアや葵と同じくらいだろう。顔立ちは整っていて、可愛いというよりは綺麗の類に入る。
「アザミ…今は任務中だ」
名を呼ぶと、睨みつけていた眼が一層険しくなった様に見えた。

そして、彼女は無言で青年に銃口を向けた…。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.