僕じゃなくてごめんね


1 :椿 想良 :2009/04/06(月) 15:37:19 ID:PmQHuctL

峰岸純也は、高校時代に事故で兄を失った。
思えば、あのときに全てが狂ってしまったのだろうか。

健兄ちゃん、ごめんなさい。
あのとき、僕が死んでいればよかった……。


大切な兄の命。
どうしたら償えるのだろう。


2 :椿 想良 :2009/04/06(月) 15:38:48 ID:PmQHuctL

フラッシュバック

「純也! 純也!! 今助けるからな!」
「健兄ちゃん!」

 必死に崖にしがみつく右手。
 震える身体。
 ぬかるんだ冷たい土や岩に体温を奪われる。
このままじゃ落ちるのではないかという不安。地面に叩きつけられる恐怖……。

 寒い、冷たい、苦しい、怖い……。

 健兄ちゃんの差し出した右手が伸びてくる。
「純也! つかまれ!」
「純也! 大丈夫か!?」
「純ちゃん!」
 健兄ちゃんの後ろから、親友の徹くん、将平くん、亜衣の声が聞こえる。
 必死で左腕を持ち上げ、健兄ちゃんの方へ伸ばす。
 あと少し……。
 冷や汗が背中を伝う。
「純也!」
 手が……届いた。健兄ちゃんが僕の左手を握り締める。
 しかしその瞬間、僕の右手がしがみついている地面、つまり健兄ちゃんの足元が崩れたのが分かった。
「わぁー!」
 そのまま落ちていく僕と、健兄ちゃん。

「健にぃー!」

 遠くなる意識の中で、最後にそう聞こえた気がした。


3 :椿 想良 :2009/04/06(月) 15:53:22 ID:PmQHuctL

はじまり

「健兄ちゃん!」

 峰岸純也はガバッと飛び起きた。
 そっと薄暗い自分の部屋を見回し、夢を見ていたことに気づく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 思わず胸を押さえる。息が苦しかった。
 体中が汗でびしょぬれの上、悪夢のせいで震えている。
 あの夢。崖から落ちたときの夢……。
 もう、何度目だろうか。
 あの夢を見るたび、あの記憶を思い出すたびに、胸が締め付けられるように苦しくなる。
 だけど、何度夢の中であがいたところで、崖から落ちるという結末はいつも変わらない。

 健兄ちゃんはもう……いない。

 純也は重たい頭を抱えながら、ベッドから立ち上がる。
 寝起きのせいか、ふらふらして足元がおぼつかない。
 顔を洗いに洗面所に向かい、鏡を覗き込むと、心なしか青白い自分の顔が写った。
「はぁ――」
 思わずため息がもれる。
 毎日毎日同じ生活。朝起きて、仕事をして、帰ってきたら寝る。そして時々、今朝のようにうなされて、震えながら目覚める。
 狭いアパートには、ひとりきり。
 健兄ちゃんがいたころは、こんなじゃなかったのに。


4 :椿 想良 :2009/04/06(月) 17:02:27 ID:PmQHuctL

 純也は二十六歳。
 少し癖の入った黒髪と丸い素直な瞳のおかげで、実年齢よりもいくらか幼く見える。

 スーツに身を包んだ純也は、会社へ行くために部屋を出た。
 ふと空を見上げると、太陽に目がくらむ。冬の乾いた空気を思い切り吸い込み、歩き出す。
 ここ数日、疲れのせいか何となく体が重たかったりめまいがあったりしていたけど、そんなことも忘れるような良い天気だった。
 それに、今まで取りかかっていた大きな仕事も今日で終わる。

 今日は帰ったらひとりで乾杯でもしようか。

 そんなことを考えながら会社に向かっていた。


5 :椿 想良 :2009/04/06(月) 17:09:32 ID:PmQHuctL

「はぁ……」
 午前中で仕事が一段落した昼休み、純也は屋上に来ていた。
 手すりにもたれ、遠くに視線を飛ばす。
 ……疲れた……。
 
 純也は、どこにでもいる普通のサラリーマン。
 営業部の彼は、大きな契約を終えたところだった。
 ここ最近風邪気味なのに仕事でなかなか眠る時間もなかったし、眠れたとしても熟睡できなかったりで、疲れた……。
 疲れたけど、何とか一息つけた。
 ホッと安心したとたん、あの記憶が蘇る。
 健兄ちゃん……みんな……父さん、母さん……。

 純也は空を見上げた。
「僕は……」
 僕は……まだ……。

 生きている。


6 :椿 想良 :2009/04/06(月) 17:14:34 ID:PmQHuctL

 どれだけの時間、そうやって遠くを見ていたのだろう。
 気がつくと昼休み終了までもう少しだった。

 純也は慌てて手すりから離れ、足早に出口に向かい、一歩ずつ階段を降りていく。
 そのときだった。
 胸が締め付けられるような激痛に、純也は思わずその場に座り込む。
「……いっ……うぅ……」
 胸を押さえ、息を吸おうとしても、痛みで呼吸ができない。こんな風に苦しくなるのは初めてだった。

 ――誰か、助けて――
 心の中で叫ぶ。
 ……健兄ちゃん……みんな……。
 だんだん視界がぼやけていき、意識は遠くなっていく。
 
 ――健兄ちゃん、助けて――


7 :椿 想良 :2009/04/10(金) 17:42:30 ID:PmQHuctL

  大きな橋の下の河原。
  子どもたちの遊び場みたいな所。
「おーい、純也!」
 ボールを抱えた健兄ちゃんが純也を呼ぶ。
「早く来いよ!」
「今行くー!」
「純也ー! 健にぃー!」
  今度は後ろからの声。
  振り返ると、土手の上からこちらを見下ろす、まだ幼い将平くん、徹くん、そして亜衣。
  亜衣は将平くんのズボンにしっかりとしがみついてる。
「俺たちも混ぜて!」
 徹くんが走り出す。つられて将平くんも。2人はダッシュで、河原まで下りてきた。
「あ、お兄ちゃん待ってー!」
 亜衣が半ベソをかきながら、トコトコと後を追いかけ、ちょっとずつ土手に下りてくる
「亜衣、早く来いよ」
 その様子を見ていた健兄ちゃんは、持っていたボールを純也に向けて投げる。そしてそのまま、亜衣の方へ走って行った。
「ほら、一緒に行こう」
 健兄ちゃんは優しく微笑みながら、亜衣に手を差し出す。嬉しそうにその手をつかむ亜衣。
 亜衣が笑うと、口元にえくぼが浮かぶ。
 一番年上の健兄ちゃん。その一歳下に、大城将平くんと佐々木徹くん。そしてそのまた一つ下に、純也と、将平くんの妹である亜衣。年齢も性格もバラバラの5人は、いつも一緒だった。
 それはきっと、健兄ちゃんのおかげだったのだろう。
 みんなに優しい健兄ちゃん。
 ひとりだけ女の子の亜衣を置いてきぼりには、絶対しない。
 自分が戻って歩調を合わせる、そういう人だった。
 どこまでも優しい、みんなのお兄ちゃんだった……。


8 :椿 想良 :2009/12/08(火) 15:31:38 ID:VJsFxcx4Lm

 健兄ちゃんの姿がどんどんぼやけていく。
「健……兄ちゃん……?」
 純也はうっすらと目を開けた。
 白い天井。
 点滴のチューブ。

 ――あぁ、そういえばあのとき苦しくなって――
 ぼんやりした頭で、自分が病室にいるのだということを認識する。重たい頭を動かして、純也は病室内を見回した。
「気がつかれましたか」
 ベッドのそばに立っていた看護士が、驚いたような表情で言った。
「あぁ……はい」 
 看護士はすぐに無表情になると、純也の血圧を計り始める。
 その様子を、純也はぼんやりと見ていた。
 腕に触れるその手は冷たく、少し震えているような気がした。
「明日、精密検査を受けていただきます」
 看護士がそれだけを小さく言った。
 手元に目を落とし、キュッと結んだ口元に、ほのかに浮かぶえくぼ。
 その表情、声に懐かしさを感じた純也は、看護士の名札に視線を向けた。
「……亜衣……?」
 彼女は視線を伏せたまま、「とりあえず今夜はお休みください」と言うと、血圧計などを持って病室から出て行く。
 その背中を、純也は寂しそうな表情で見送っていた。


9 :椿 想良 :2009/12/08(火) 15:31:50 ID:VJsFxcx4Lm

 健兄ちゃんの姿がどんどんぼやけていく。
「健……兄ちゃん……?」
 純也はうっすらと目を開けた。
 白い天井。
 点滴のチューブ。

 ――あぁ、そういえばあのとき苦しくなって――
 ぼんやりした頭で、自分が病室にいるのだということを認識する。重たい頭を動かして、純也は病室内を見回した。
「気がつかれましたか」
 ベッドのそばに立っていた看護士が、驚いたような表情で言った。
「あぁ……はい」 
 看護士はすぐに無表情になると、純也の血圧を計り始める。
 その様子を、純也はぼんやりと見ていた。
 腕に触れるその手は冷たく、少し震えているような気がした。
「明日、精密検査を受けていただきます」
 看護士がそれだけを小さく言った。
 手元に目を落とし、キュッと結んだ口元に、ほのかに浮かぶえくぼ。
 その表情、声に懐かしさを感じた純也は、看護士の名札に視線を向けた。
「……亜衣……?」
 彼女は視線を伏せたまま、「とりあえず今夜はお休みください」と言うと、血圧計などを持って病室から出て行く。
 その背中を、純也は寂しそうな表情で見送っていた。


10 :椿 想良 :2009/12/08(火) 15:31:57 ID:VJsFxcx4Lm

 健兄ちゃんの姿がどんどんぼやけていく。
「健……兄ちゃん……?」
 純也はうっすらと目を開けた。
 白い天井。
 点滴のチューブ。

 ――あぁ、そういえばあのとき苦しくなって――
 ぼんやりした頭で、自分が病室にいるのだということを認識する。重たい頭を動かして、純也は病室内を見回した。
「気がつかれましたか」
 ベッドのそばに立っていた看護士が、驚いたような表情で言った。
「あぁ……はい」 
 看護士はすぐに無表情になると、純也の血圧を計り始める。
 その様子を、純也はぼんやりと見ていた。
 腕に触れるその手は冷たく、少し震えているような気がした。
「明日、精密検査を受けていただきます」
 看護士がそれだけを小さく言った。
 手元に目を落とし、キュッと結んだ口元に、ほのかに浮かぶえくぼ。
 その表情、声に懐かしさを感じた純也は、看護士の名札に視線を向けた。
「……亜衣……?」
 彼女は視線を伏せたまま、「とりあえず今夜はお休みください」と言うと、血圧計などを持って病室から出て行く。
 その背中を、純也は寂しそうな表情で見送っていた。


11 :椿 想良 :2009/12/08(火) 15:32:04 ID:VJsFxcx4Lm

 健兄ちゃんの姿がどんどんぼやけていく。
「健……兄ちゃん……?」
 純也はうっすらと目を開けた。
 白い天井。
 点滴のチューブ。

 ――あぁ、そういえばあのとき苦しくなって――
 ぼんやりした頭で、自分が病室にいるのだということを認識する。重たい頭を動かして、純也は病室内を見回した。
「気がつかれましたか」
 ベッドのそばに立っていた看護士が、驚いたような表情で言った。
「あぁ……はい」 
 看護士はすぐに無表情になると、純也の血圧を計り始める。
 その様子を、純也はぼんやりと見ていた。
 腕に触れるその手は冷たく、少し震えているような気がした。
「明日、精密検査を受けていただきます」
 看護士がそれだけを小さく言った。
 手元に目を落とし、キュッと結んだ口元に、ほのかに浮かぶえくぼ。
 その表情、声に懐かしさを感じた純也は、看護士の名札に視線を向けた。
「……亜衣……?」
 彼女は視線を伏せたまま、「とりあえず今夜はお休みください」と言うと、血圧計などを持って病室から出て行く。
 その背中を、純也は寂しそうな表情で見送っていた。


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