少年少女ロマンス


1 :緋桜 :2007/05/18(金) 21:35:40 ID:ommLPmsk

 はじめましての方、そうでない方、この作品を読んでみようと思ってくださってありがとうございます。
緋桜と申します。

 前作前々作と重い話が続いたので、今回は学園物のラブコメに挑戦してみました。
ラブコメと言ってもラブ:2 コメ:6 シリアス:2 ですが。
長い上に登場人物多いです。
わかりにくいようならば言ってくだされば感想室で簡単な人物紹介を行いますので、お知らせください。
遅筆ですが完結できるよう頑張りますのでお付き合いのほどよろしくお願いします。


2 :緋桜 :2007/05/18(金) 21:45:31 ID:ommLPmsk

T. 出逢いはふとした瞬間に

 出逢いは、深夜のコンビニだった。
「あれ、莉宇(りう)ちゃん?」
 少女にしては低く、少年にしては高い声に名前を呼ばれ、莉宇は振り返る。そこには柔らかな栗色の髪をした少年が立っていた。少女と見紛うほどの美貌を持つ少年は、莉宇のクラスメイトだった。誰に対しても優しい彼は、その美貌も手伝ってか、女子の間でも人気が高い。そんな彼と莉宇はとても仲がよかった。
真樹(まき)君」
「どうしたの?こんなとこでこんな時間に……。今日は実家に帰ってるんじゃなかったけ」
 二人の通う翠蘭(すいらん)学園は、寮制度のある私立中学だ。今はGW真っ最中のため、莉宇は一時帰宅中だった。一方、真樹はGW中も家に帰れない理由がある。
「うん。今日はパパとママが日本で過ごす最後の夜だから、ちょっと遠出してこの辺まで外食に来たの。帰りにママがお酒呑みたいって言うからコンビニに寄っただけ。
 そう言う真樹君は?こんな時間に……もう門限過ぎてない?」
「あー……」
「アホかてめぇ!!んな甘いもんばっか入れてんじゃねぇよ!!」
「何だよー!だって柏木(かしわぎ)、甘いもん好きじゃん!!」
「そりゃお前だろ!!つーかカルピス1.5で買ってどうする気だ!?そんなんだから太るんだろ!?お前最近マジ重いぞ!!」
「何言ってんのアキちゃん。トシちゃんは太ってても可愛いんだから問題ないじゃない。それに、ちょっと太ってる方が美味そうだし」
柿本(かきもと)俺食う気なの!?」
「つーかお前ついて来たら酒買えねえじゃん。お前、どう見ても小学生なんだからよ」
「てか、キャプがいるからどのちみち飲ませてもらえないよねぇ。まじめが服着て歩いてるような奴だし」
 決まり悪げに真樹は頬を掻くが、何か言うよりも前に、店内で複数の少年の怒鳴り合いが響く。真樹と同じくらいの高さと声と、それよりも低い声、そして明らかに少年のものであるのに、妙な艶を帯びている声。それらを聞いて、真樹は深く溜息を吐いた。
「真樹君……?」
「あっ、真樹ー。オレンジと林檎どっちが好きー?」
 飲料水のコーナーの方から現れた少年が真樹に声をかけ、莉宇は思わず目を見張った。
廣瀬(ひろせ)ちゃんが好きなのはココアよねー」
「どーでもいいけどココアのペットボトルって見たことねぇよな。まぁあっても飲まねぇけど」
「ってか、真樹が女の子ナンパしてる!!」
 小柄な黒髪の少年の後ろから、今度は長身の少年が二人現れる。一人はやや下がり気味の目じりが独特の色気を醸し出す、黒髪黒目の少年。もう一人は金に近い茶の髪と、どこか異国風の美貌を持つ少年。肩に付く程の長さの髪と同じ色をした睫毛の奥から覗く瞳は緑がかった濃い灰色で、熱くも冷たくもない常温の眼差しは、不思議な艶を湛えている。耳に光る赤のピアスからも軽薄さが伺えた。
 正反対の容貌を持つ二人だが、共通していえることはただひとつ。二人とも、とんでもなく顔がよかった。
 そして莉宇は、この人たちを知っている。
「わーぉ。廣瀬ちゃんも隅に置けないねぇ。夜のコンビニで女の子をナンパだなんてそんな、アキちゃんじゃあるまいし」
「喧嘩売ってんのか柿本」
「あら、買ってくれる?俺、そんなに安くないケド」
 あらぬ方向へと火花を散らしだす少年二人を胡乱げに見やりながら、真樹は溜息交じりに答える。
「そんなんじゃありませんよ。この子は俺のクラスメイトの小柴(こしば)さん。この春俺のクラスに転校してきた子です」
「あー、高科(たかしな)の従妹って言う?そう言えば、女子が噂してたよね」
「そうです。で、莉宇ちゃん、この人たちが端から杉峰(すぎみね)さん、柿本さん、椎名(しいな)さん。サッカー部の先輩なんだ」
「初めまして、柿本(れい)です。よろしくね」
「あ、俺杉峰俊彰(としあき)
「……」
「ほら、アキちゃんも自己紹介しなよ……って何、彼女とメール中?」
「アキちゃん言うな」
 怜の後に俊彰が続けるが、先ほどまで怜と口論していたはずの黒髪の少年は急に黙ってしまった。二人の一歩後ろに立って何をしているのかと覗くと、黒い携帯電話をいじっていた。アキちゃん、とやけに可愛らしい呼称で促す怜に短く抗議する。
「うわ、また違う女の人の名前」
「廣瀬!?」
 つつつと亮の背後に回りこんだ怜が、黒髪の少年の携帯を覗き込む。死角からいきなり現れた真樹に少年は声を上げるが、真樹は後輩とは思えないほど不遜な態度で眉をひそめる。


3 :緋桜 :2007/05/20(日) 15:32:17 ID:ommLPmsk

「怒鳴んないでくださいよ。それより、まぁた彼女変わったんですか?今度はどこの誰なんでしょうねぇ」
「とっかえひっかえよくやるよねぇ」
「……お前にだけは言われたくねぇな。
 つーか、ちょっと俺電話してくるから金払っといて。あとトシ、コアラのマーチは返しとけ」
「酢昆布は買っていいですか?」
「……それはお前の誕生日にでも榎本(えのもと)にでもねだって買ってもらえ」
「ちぇー」
 買い物籠を怜に押し付け、少年は店の外に出る。ドアの前で電話し始めたが、当たり前のことながら何を話しているのか聞こえるわけはない。
「何だった?メールの内容」
「別れ話でしたね」
 囁き合う怜と真樹を前に莉宇は眉を顰めるが、「いいのいいの、あの人ほんとに見られたくないものは絶対に見せないから」と真樹があっけらかんと言い放つ。
「今回は3週間か……。結構続いた方じゃないですか?」
「最短五日だもんなー」
「ほんっとアキちゃんてば続かないよねー」
「先輩には言われたくないと思いますよ?」
「あらやだ廣瀬ちゃんたら面白いこと言うのね」
「お褒めに預かり光栄です」
 にっこりと微笑み会う二人。だが漂う空気はどこまでも寒々しい。それに気付かないのかそれとも慣れているのか、間に挟まれた俊彰は平気な表情でスナック菓子を怜の持つ籠の中に入れている。
「で?」
「へ?あ、あの、えと、あのっ、小柴莉宇です!!よろしくお願いします!!」
 男だと言うのに妙に婀娜めいた笑みを向けられて慌てて頭を下げると、思いのほか勢いがよく、怜にはくすくす笑われた。その反応に莉宇の顔が熱くなる。
 知っている、この人たちのこと。
 柿本怜、杉峰俊彰、そして、椎名(あきら)
 莉宇の通う翠蘭学園は中高一貫の学校で、文武両道を校訓に掲げる、都内でも有名な名門校だった。運動部の活動にも学園側は力を入れていて、特にサッカー部は全国でも四強に入る強豪だ。そして真樹も含むこの四人は、そのレギュラー。運動部のレギュラーとなると女子の間での人気も高くなるが、特にこの二人、怜と亮は別格だ。翠蘭には「三大美形」と「三大美女」なるものが存在する――早い話がミスコンだ。毎年四月に新聞部主催で行われる。亮も怜も、その「三大美形」の一員だった。
「可愛い名前だね。莉宇ちゃんって、呼んでもいい?」
「え?あ、は、はいどうぞ!!」
「あっ、俺も俺もー」
 何とでもお好きなようにお呼びください。
 今までフェンス越しでしか見たことなかった彼らを前に、もう莉宇は何が何だかわからなくなってしまっていた。だって柿本先輩だし、椎名先輩だし。杉峰先輩は……まぁそれなりに人気があるけど、とにかく三大美形だよ!?と誰に対する問いかけなのかわからない声が胸中を駆け巡る。
「ちょっと先輩、莉宇ちゃんにちょっかい出さないでくださいよ」
「えー、何?もしかして莉宇ちゃんは廣瀬ちゃんの彼女だったりするのかな?それはそれは失礼しました」
「えぇ!?ま……真樹!?俺に内緒でいつの間にそんな……ッ」
「いやなんでいちいちトシ先輩の許可が要るんですか……。違いますよ、俺と莉宇ちゃんはそんなんじゃありません。ねぇ、莉宇ちゃん」
「え!?あ、う、うん!!うんそう!!」
「あらもったいない。莉宇ちゃんこんなに可愛いのに。
 じゃぁ莉宇ちゃん、お兄さんといいことしなーい?」
「うぇ!?」
「セ・ン・パ・イ」
 にっこりと、至近距離で怜に微笑まれて莉宇は一瞬で真っ赤になる。それを見た真樹がスタッカートつきで台詞を切りながら凄むと、苦笑気味に笑いながら怜がごめんごめんと謝った。
「莉宇ちゃん、柿本は先輩女たらしだから気をつけてね」
「あらやだ廣瀬ちゃん。俺は年上の方がすきだから心配ないよ」
「そうですね、年上キラーの柿本先輩」
「俺にそんな口の利き方する後輩なんて廣瀬ちゃんだけだよ?」
 妖しげな笑みを口元に湛えながら言う怜に、真樹もにっこり微笑み返す。ふたりともかなり整った顔をしている分だけ、かなり怖い。
「廣瀬ちゃんのそういう可愛くて生意気で命知らずなとこが好きだよv」
「俺も先輩のこと大好きですよ?」
「真樹ー、俺はー?」
「わりと好きです」
「俺は全身全霊をかけてトシちゃんを愛してるよv」
「柿本のは別に要らない」
「ヒドッ。愛が痛いよ……」
 怜がひとりよよよと泣き崩れるが、相手にしなくていいよと真樹は莉宇に言う。このなんだかよくわからない空気をどうにかしようと、莉宇は話題転換を試みた。
「えと……すごい量ですね……。それ全部四人で食べるんですか?」
「え?あぁ、まさか。これはパーティー用」
「パーティー?」
「そ。三年の柏木って知ってる?あいつ、今日誕生日なんだ。俺たちはその買出しに来てるの」
「まぁ誕生日パーティーって言う名目でただ騒ぎたいだけなんだけどね」
「あら、俺は精神誠意心をこめて柏木の誕生日を祝う気満々だよ?」
「あー、柿本先輩はそうですね」
 明日GWの最終日で部活も休みになるため、今日は遅くまで騒ぐつもりらしい。門限は八時なのによくこんな時間に寮を抜け出せたなと言うと、男子棟の大浴場の窓が壊れているのだと言う答えが返ってきた。その事実を知る生徒は少なく、また利用する度胸のある者は更に少ないため、その脱出経路にお世話になっているものはごく少数らしいが。
「莉宇?帰るよ」
「あ、ハーイ。
 じゃぁパパが呼んでるから、またね真樹君。柿本先輩と杉峰先輩もさようなら」
「ハイさようなら」
「バイバーイ」
 父に呼ばれ、三人と別れて莉宇は出口へと向かう。


4 :緋桜 :2007/05/21(月) 19:59:08 ID:ommLPmsk

 店の外ではまだ亮が話していた。よほど聞かれたくない話なのだろうか。傍を通るとき、亮が莉宇をちらりと見た気がした。けれど確かめる術もなく、亮は背を向けた。
「……無理なら、もうやめるか」
 風に乗って、亮の声がかすかに莉宇の耳に届く。怜の言うとおり、別れ話なのだろうか。
「最初に言っただろ?俺はお前を一番に優先することはできねぇって。それでもいいって言ったのはお前だろ?それが嫌なら、もうやめよう。……あぁ、すきだ。でも一番じゃない。お前を一番に考えてやることはできねぇ。……ずっとだ。これから先、俺の一番大事なものは変わらない。……ごめんな」
 それだけ言って、亮は電話を切った。扉が開く音と共に、人の出入りを知らせる電子音が響いた。
「莉宇?」
「え」
「聞いてた?」
「あ……、ごめんなさい、ぼぅっとしてた。何?パパ」
「いや、明日から莉宇がいなくて寂しくなるなぁって……。本当に一緒に来る気はないのか?今からでも遅くないぞ」
「だぁーいじょうぶだって。今日までだって私いなかったじゃん。友達もできたし、心配しなくていいよ。それにパパはママがいいれば寂しくないでしょ」
「そんなことない!ちゃんとパパは莉宇のことも愛してるぞ!!」
「往来で何叫んでんのよ」
「ママ」
なつめ(・・・)さん」
 莉宇の手をひしと握って父、秀二(しゅうじ)は叫ぶが、車の外で煙草を吸っていた母が呆れたように目を眇める。
「遅い。何してたのよ」
「何って酒……」
「たかが酒買うのに何分かかってんのかって訊いてんのよ」
「コンビニの中で友達に会って話し込んじゃったの。遅くなってごめんね、ママ」
「あら莉宇のせいだったの。ならいいのよ。友達って翠蘭の子?」
「うん。真樹君て、前話したでしょ?ほら凛桜(りおう)の友達の……」
「あぁ、あの子ね」
 常備している携帯灰皿で煙草の火を消し、なつめは車の中へと入る。莉宇も続いて後部座席に座り、運転席には秀二が座った。なつめは一日一箱開けるヘビースモーカーだけど、莉宇の前では吸わない。楽しげに話す秀二を軽くあしらいながら窓の外を見ている。そんななつめの横顔を見ながら、亮の横顔を思い出す。彼の言葉が、なぜだろう。不意に耳によみがえる。
 「ごめん」なんて。
 どんな気持ちで言ったんだろう。

 


5 :緋桜 :2007/05/22(火) 20:31:03 ID:ommLPmsk

                                               * * *


 莉宇の母、小柴なつめは世界的に有名なファッションデザイナーだ。十代の頃からプロの世界でデザインし、二十代後半で自ら会社を興し、パリ・コレやブロードウェイの衣装も手がけたこともあると言う彼女は、主に婦人服を専門にして「ナツメ・ユウキ」の名で活躍の場を世界にまで広げつつある。今年フランスに支社を出し、三年の長期視察が決まったためGWの最終日、日本を発つ予定だ。
 一方夫の小柴秀二はコンピュータ関連の企業に勤めるプログラマーで、同じくフランスにある支社の一つを任されることになり、なつめと一緒に明日渡仏する予定だ。
 二人に付いて行くと言う選択肢もあったけれど、莉宇は日本に残ることを選んだ。両親には、自分のやりたいことを好きなだけしてほしいから。そう言う二人のことが、莉宇はとても好きだから。
 二年に進級すると同時に、莉宇は従兄の通う寮制度のある中学に転校することにした。その方が両親も安心するだろうから。母の妹の家に世話になるにしろそれは横浜にあるため、どのみち転校しなくてはいけない。それなら、と地元にある翠蘭に編入することに決めたのだった。
「ただいまー」
「お帰り。遅かったのね」
 中等部の学生寮、別名紫陽花寮の自室に戻ると、ルームメイトの朝緋(あさひ)が笑って迎えてくれた。
 朝緋は真っ直ぐな漆黒の髪をした、落ち着いた雰囲気の美人だ。女の子らしい外見とは対照的にさっぱりした性格の彼女は転入当初から親切にしてくれ、すぐに仲良くなった。噂によると入学以来ずっと主席をキープしているとか、中学陸上の短距離の記録保持者だとか。とにかく何かにつけ完璧で、けれど決して気取ったところは無い、気さくな少女だ。
「空港まで見送りに行ってたから」
「見送り……。あぁ、今日だっけ?お父さんたちフランスに行くの」
「うん」
 鞄を置き、持ち帰って洗ってもらった衣類を箪笥にしまう。朝緋は勉強していたらしく、数学のノートと教科書を閉じて莉宇の方に椅子ごと向き直った。
「お疲れ様。
 そう言えば、ご飯は食べた?」
「あ、まだ。朝緋は?」
「あたしもまだ。じゃぁ今から行ける?」
「うん。……あ……もしかして、待っててくれたの?」
「んー?」
 朝緋は椅子から下りて立ち上がる。
 朝緋がどうして人に好かれるのか、共に生活していればよくわかる。朝緋はいつもこんな風に、自然に人に優しくできる。
「ありがと、朝緋」
「いえいえどういたしまして」
 おどけた風に言う朝緋と顔を見合わせ、笑う。
 朝緋はいつも優しくて楽しくて、朝緋といると莉宇も少しだけ優しくなれる。朝緋といるといつも楽しい。
 食堂に向かうと、時間が時間だけに人もまばらだ。トレイを持って列に並ぶと、その最後尾にいたのは。
「あれー、莉宇だー」
「凛桜」
「帰ってたんだ?」
「うん、さっきね」
 どこかしら莉宇に似た雰囲気を持つ少年。左の目元にある泣きぼくろが印象的で、人懐っこく笑う。この少年が莉宇の従兄、高科凛桜だ。能天気な顔をして、サッカーの実力は同世代の少年の中でも抜きん出ている。
「今から晩御飯?」
「あ、真樹君」
相楽(さがら)さんも、ずいぶん遅いね。もう八時だよ?」
 凛桜の後ろから真樹がひょこっと顔を覗かせる。二人はチームメイトであると同時にルームメイトでもあり、一年の頃から仲がいいらしい。長期休暇の間凛桜の家に遊びに行くと何度か真樹が泊まりに来ていたこともあった。そのため、なつめも真樹を知っていたのだ。
「そう言う廣瀬君たちこそ。今日はサッカー部の練習無かったんでしょ?」
「練習は無かったんだけど、先輩たちの部屋で『ドキ☆サッカー部だらけのゲーム大会〜ナンバーワンは君だ〜』をやってたから遅くなっちゃって……」
「何なのその無駄に長いタイトルは……」
「命名者は柿本先輩」
 親子丼を受け取りながら真樹が言う。莉宇もカレーを受け取った。
「って言うか、サッカー部って仲いいよね。昨日も一緒に買物に来てたし」
「うーん……。でも、そんなのレギュラー陣だけだよ?控えや補欠はバリバリ縦社会。うちって完全実力主義だからレギュラーに学年関係なくてさ、ある程度認められるまでは嫌がらせとか酷かったもん」
「うわーこっわ……」
「でも真樹は先輩たちに気に入られてたじゃん」
「それは凛桜の方だろ」
「えー?だってトシ先輩も柿本先輩もしーな先輩も真樹のこと大好きじゃん」
「大好きってお前……。トシ先輩は昔から知ってるし、柿本先輩だってそれでよくしてくれるだけ。あの人トシ先輩と仲いい人には無条件で優しいから。それに……」
 席に着き、朝緋が割り箸を配る。渡されたそれを割り、真樹は親子丼を一口食べてポツリと呟いた。
「俺、多分椎名先輩には嫌われてるよ」
 真樹は小さく呟いた。長い睫が軽く伏せられ、それが日に焼けた肌に影を落とすのを莉宇はぼんやりと見つめた。呟いた口元には、悲しげな苦笑が滲んでいた。
「真樹君……?」
「あ、こら凛桜!!お前人参、人の皿に移すなよ!」
「は?え……ちょっと凛桜、あんたまだ人参食べれないの?」
「だ……だって……」
 訝るような眼差しを莉宇が向けると、真樹が突然声を上げる。見ると、凛桜がハンバーグについている人参を真樹の皿に移そうとしていた。
「高科君の人参嫌いは有名よね」
「えへへー」
「照れるなよ……」
「こら」
 なぜか照れて頭をかく凛桜を誰かが小突く。見上げると、長身の少年がトレイを片手に立っていた。凛桜や真樹よりも年長に見え、茶の瞳は至極穏やかで、人のよさそうな彼の容貌を引き立てていた。莉宇たちが座っていることを差し引いてもやはり背が高いと感じる。180近くあるのではないだろうか。


6 :緋桜 :2007/05/23(水) 20:14:01 ID:ommLPmsk

「あっ、キャプテン」
「こんばんは、キャプテン」
「あぁ。
 高科、いつも人参もちゃんと食べろと言っているだろう?」
「食えないもんは食えないッス!」
「高科」
 口をとがらせる凛桜を見て、少年はやれやれとでも言いたげに肩をすくめた。多分三年生なのだから凛桜たちとは一つしか年は変わらないはずなのに、並ぶ二人はまるで親子のようだ。
「キャプテン一人ッスか?一緒に食べません?」
「いや、向こうに柏木たちがいるし、友達も一緒だろう?邪魔したら悪いから遠慮しておくよ」
「えー、俺キャプテンいないとつまんないッスよー。
 あ、てかこの子俺の従妹の莉宇ッス!」
「は!?」
 いきなり紹介され、莉宇は思い切り声が裏返る。
 知っている。凛桜が「キャプテン」と呼ぶ、この人のこと。
「君……?」
「あ……っえ、えっと、小柴莉宇です!!はっ初めまして!!」
 勢いよく頭を下げると危うくテーブルで頭を打ちかけた。隣で朝緋が何やってんのと呆れるが、そんなこと気にしていられない。
「あ、初めまして。榎本恭一(きょういち)です。
 そっか、君が高科の従妹さんか。俺は高科の先輩で、一応サッカー部のキャプテンやらせてもらってます。よろしく」
「はっはい!!よろしくお願いします」
 穏やかに笑う恭一を見て、莉宇は自分でも顔が赤くなるのを感じた。
 知っている。榎本恭一。憧れていたから。強豪翠蘭で、一年の夏からレギュラーの座に座り続ける天才ゴールキーパー。U−15やJr.選抜と、その活躍は幅広い。サッカーに携わる中学生で彼のことを知らない者はいないだろう。その上彼はこの学園では知らぬ者がいないほどの有名人だ。転校生である莉宇もこれまで何度かその姿を見ていた。間近で見、言葉を交わすのはコレが初めてだが。
「てか、キャプテン今日しーな先輩は?」
「お前たちと一緒じゃなかったのか?」
「違うッスよ。柿本先輩の部屋にいたの、俺と真樹と先輩たちと光宏(みつひろ)先輩だけッスもん」
「そうだったのか?じゃぁまた出かけたのかな。まったく、門限も過ぎてるのに仕方ない奴だ」
「そッスねー」
 会話についていけない莉宇に、朝緋が恭一と亮はルームメイトなのだと耳打ちする。寮の部屋割りは入学前の部活希望調査を参考に決められていて、基本的には部活が同じ者同士が同室になるらしい。
「じゃぁ俺は向こうに行くな。ちゃんと人参も食べろよ、高科」
 最後にぽんと凛桜の頭を一撫でして恭一は去っていく。
 穏やかで大人びていて、「榎本恭一」のイメージどおりの人だった。
「うわー……榎本恭一本物だー……かっこいー……」
「え、何、莉宇ちゃんキャプテンファン?」
「やだ莉宇ってば、意外とミーハー?」
 デザートのプリンを口に運びながら朝緋が笑う。やだと言うわりに楽しそうだ。
「だってすごいじゃん!!中一で翠蘭レギュラーだよ?しかもGK!!一番競争率高いポジションなのに!!」
「え、そういう憧れ方?」
 艶めいた話と思いきや、拳を握って熱く語るのはサッカーについて。莉宇は恭一に異性としてではなく、サッカー選手として憧れているに過ぎなかった。少なくとも、このときは。
「ま、キャプテンがかっこいいのは当たり前なんだけど!なんたって俺のキャプテンだし?」
「確かにキャプテンはかっこいいよね。俺、キャプテンのお嫁さんにならなってもいいもん。むしろなりたいもん。てか、キャプテンをお嫁さんにほしいくらい」
「何それ」
「キャプテン、むちゃくちゃ料理上手いんだよー。料理の本見たらたいていのものは作れちゃうしー」
 特に肉じゃがなんか絶品!!と手放しで褒める二人。サッカー部キャプテンの手料理って何、と莉宇はちょっと思ったが、そこまで言われると興味をそそられる。
 穏やかで大人びていて、料理上手。
 莉宇の中の榎本恭一像にまたひとつ新たな豆知識が加わった。

 


7 :緋桜 :2007/05/25(金) 21:39:28 ID:ommLPmsk

                                                  * * *

「おはよー莉宇ー」
「おはよ、聖佳(さとか)
 教室の席で座っていると、登校してきた聖佳が前の席に座る。聖佳は緩くウエーブを描く長い髪をした少女だ。大変可愛らしい顔をしていて、朝緋と共に二年生ながら三大美女の候補に上がっていたのだが、如何せん平たく言うと毒舌だった。言いにくいことも笑顔でさらりと言い、しかもまったく悪気が無いためたちが悪い。綺麗なものや美しいものが大好きで、三大美形と呼ばれる三年生たちの「信者」だ。彼ら――三大美女も含めれば彼女らも――の姿を見つけると人一倍黄色い声を上げてきゃぁきゃぁ騒ぐ。おっとり見える外見からは想像できないが意外とパワフルな少女だ。莉宇の三大美形・美女に関する知識はほとんど聖佳から得たようなものだった。
夏海(なつみ)千晴(ちはる)ちゃんはー?まだー?」
「そう……あ、夏海は今来たみたい。でも千晴ちゃんがまだなんて珍しいね」
 教室に入ってきた長身の少女の姿を認めながら莉宇は聖佳の問いに答える。
 セミロングの黒髪を左側のみで結わえた少女が、机上に鞄を置いて莉宇たちの方へ近付いてくる。彼女が夏海だ。すらりと高い背に、すんなりとの見た長くしなやかな四肢。釣り目がちの切れ長の双眸が彼女の気の強さと聡明さを伺わせる。見た目に比例して性格の方も物怖じしないたちで、歯に衣着せぬ物言いで言いたいことをはっきり言う。その点では聖佳と同じだが、夏海は聖佳と違って他人が傷付くことを絶対に言わない。だから敵の多い聖佳とは対照的に人に好かれるのだろう。しっかり者の姐御肌で、転校してきた莉宇にクラスで最初に話しかけてきたのも夏海だった。
「おはよ、夏海」
「おはよー」
「おはよ。聖佳、莉宇」
「今日も朝練あったの?」
「うん。もうホント疲れたー。朝からすごい汗かいたわよ」
 これからもっと暑くなるんだからやんなっちゃう、と夏海は肩を竦める。夏海はバレー部に所属していて、持ち前の運動神経と長身を生かし、二年生ながらも期待のホープとして活躍中だ。
 三人で話していると、薄茶の髪を二つでお団子にした少女が入ってくる。小柄で顔も鼻も口も小さく、瞳だけがこぼれそうに大きい。小さいづくしで、異性、同性問わずとことん可愛がられるタイプだろう。少女はクラスメイトたちと挨拶を交わしながら、真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「おはよー、なっちゃん聖佳ちゃん莉宇ちゃん。きいてきてー、さっきそこで椎名先輩見ちゃったー」
「えっホント!?」
 少女の報告に食いついたのは聖佳。ミーハー根性丸出しで目を輝かせている。
 この少女の名は、千晴。おっとりとした性格で、多少抜けているところもあるが料理が得意という意外な一面もある。夏海の幼馴染で、毎朝自分と夏海の分のお弁当を作ってきている。夏海も千晴も、ついでに聖佳も自宅組だからできることだが。ほんわかした雰囲気がいわゆる「癒し系」で、クラス中の人間に「千晴ちゃん」と呼ばれて可愛がられている。
「かっこよかったよー椎名先輩。それに柏木先輩もいたのー」
「千晴ちゃんって柏木先輩ファンだっけ?」
「うんv聖佳ちゃんは椎名先輩ファンだよねー?なっちゃんは……」
「あたしはあんまり興味ない」
 話を振られた夏海がクールに答える。聖佳とは対照的だ。
「莉宇ちゃんは?」
「あたし?あたしは榎本先輩はかなぁ……。あの人ほんっとすごいよねー。翠蘭でキャプテンやってるんだよ!?レギュラー入るだけでもすごいのにさぁ」
「しかもすっごく頭いいらしいよー?たいてい五位以内入ってるんだってー。まぁ柿本先輩は入学以来一回も一位から落ちたこと無いらしいけどー」
「すご……。
 ……てかいつも思うんだけど、なんで聖佳はそんなこと知ってんの?」
 学年も違うのに、聖佳はサッカー部レギュラーの誕生日や血液型や身長や体重、好きな食べ物まで熟知していた。
「情報源はいろいろあるよー。先輩とかー、あとー、廣瀬君とかー」
「呼んだ?」
「うわっ。真樹君いつの間に!?」
「おはよ」
 唐突に現れたつり目の少年に、莉宇は思わず身を引く。いつの間に来たのか。真樹の席は莉宇の隣なのに、ちっとも気付かなかった。
「何の話?」
「サッカー部の話ー。いつも情報横流ししてくれてありがとねー、廣瀬君v」
「いえいえ」
「……真樹君がいつも噂流してるの?」
「噂流すだなんて人聞きの悪い。俺はいつも真実をありのままに洗いざらい根岸さんに話してるだけだよ」
 心外だな、と真樹は大きな瞳を更に丸くして言う。もともとが女顔なだけにそんな顔は至極可愛らしいのだが、そうしてもわざとらしく、胡散臭い。視線からそんな莉宇の胸中が伝わったのか、真樹は無言でにっこり笑う。正真正銘女である莉宇よりも、紛うことなき男の真樹の方が可愛いなんて一体どういうことなんだろう。華のような真樹の笑みを見ながら、莉宇は先程とはまた違った理由で釈然としない想いになった。
 他愛ない会話を続けていると、しばらくして本鈴が鳴り担任が入ってくる。
 莉宇たちは話題を打ち切り、それぞれの席に着いた。

 


8 :緋桜 :2007/05/27(日) 22:10:24 ID:ommLPmsk

                                                      * * *

「あー、マジだるい……。一時間目から体育なんてありえねえだろ」
 HR中爆睡していた亮はまだぼうっとしている頭をかきながら、あくびを噛み殺す。ただでさえ朝は弱いのに、朝練のため低血圧な体に鞭打って起きているのだ。一限目くらいは寝かせてほしい。得意な数学なら授業なんか聞かなくてもできるから寝放題なのに。
 何度目かのあくびを噛み殺す亮に、クラスメイトの(ひかる)が笑いながら話しかける。
「まぁそう言うなよ。体育いいじゃん。楽しいじゃん。なんたって理沙(りさ)の生足拝めるんだぜ?」
「そんなもん制服でも見れるだろ。あいつ冬でもスカート短いんだから」
「バッカお前制服と体操服じゃ全然違うだろ。制服は制服でいいけど、体操服は体操服でロマンがあんだよ」
「いや全然わかんねぇ」
「つーか体育はA組と合同なのがいいよなー。日夏(ひなつ)東海林(しょうじ)もいるぜ。あー、やっぱ涼しい季節はいいなー。薄着万歳!!つーか日夏も東海林もホントいい身体してるよなー……ッだぁ!?」
「悪い輝。足が滑った」
築山(つきやま)……ッ」
 亮の反応などおかまいなしで嬉々として語る輝の背に、いきなり蹴りをかます人物がいた。クラスメイトの築山(こずえ)だ。黒髪黒目の長身な少年で、切れ長な瞳が怜悧な印象を与える、端正な顔立ちをしている。
「何すんだよ築山!!」
「足が滑ったんだ」
 後光でも射しそうな笑みを梢は二人に向ける。今の会話を訊いていた上での行動なのだろうが、一体何が気に入らなかったのだろう。
 (ひいらぎ)理沙、日夏(しおり)、東海林(やまと)。この三人は翠蘭学園中等部の三大美女だ。ミステリアス系美人の理沙、クール系美人の栞、清楚系美人の和。三者三様の美貌を持つ彼女たちは、生徒たちの憧れの的。そして、柊理沙は亮たちのクラスメイトで友人でもあった。
「マジ痛ぇ……」
「そんなことより、集合かかってるっぽいよ」
「そんなこと!?そんなことって言った!?この人!!」
「輝うるさい」
「カズマまで!?」
 小柄で癇の強そうな面立ちの少年、一馬(かずま)が喚く輝を、目を眇めて一瞥する。だがそれ以上何も言わず、さっさと歩き出した。
 いつものことと言えばいつものやり取りに、亮も溜息を吐きながら一馬に続く。輝はいじけ始めたが、梢ももう相手にしていない。
 輝の気持ちも、まぁわからなくはない。何だかんだ言っても、女の子は可愛い。柔らかいしいい匂いがする。亮だって女の子はすきだ。今までにも両の手の指では足りないほどの数の女と付き合った。
 けれど結局、いつも別れてしまう。その子のことを一番には想えないから。付き合った女の子たちよりも大切なものが亮にはあるから。
 一昨日別れ話をした元カノだって、嫌いで別れたわけじゃない。冷めたわけではなくて、ただ最初から無理だっただけ。彼女が亮に求めたものと亮が彼女に与えてやれるものは、同じではなかった。
 ――そう言えば。
 亮はふと思う。
 別れ話をしていた最中、女の子が隣を通った。父親らしき人物と並んで歩いていたけれど、一瞬、驚いたように亮を見た。
 あの子、確か、凛桜の従妹の――。
 そこまで考えて、亮は眉間にしわが刻まれていることに気付いた。
 亮は、凛桜が嫌いだ。能天気で鬱陶しいぐらいよく笑う後輩。何も考えていないようなのんきな表情をしているくせに、フィールドの上で彼に適う者はいない。凛桜は誰よりも高いところで無邪気に笑っている。亮にはないものをたくさん持っている。きっと彼には理解できないだろう。必死で上を目指し、けれど決して高みへ上り詰めることのできない者がいることなど。凛桜は誰よりも無邪気で、それゆえ残酷だった。挫折も失望も知らぬ無垢な少年。そんな凛桜が、亮は大嫌いだった。
「椎名?起きてるか?」
「あ?うっせーよ」
 からかうような梢の声で現実に帰る。立ち直ったらしい輝が一馬に纏わり付いて鬱陶しがられている。他愛ない話をしながら四人は教師の呼ぶ方へ歩いていった。

 


9 :緋桜 :2007/05/30(水) 21:57:29 ID:ommLPmsk

                                                          * * *

「二時間目が体育ってビミョーだよねー。いいのか悪いのかわかんなーい」
「ま、一時間目とか四時間目よりはましなんじゃない?」
 一、二時間目の間の休み時間。莉宇たちは次の授業が体育であるため、着替えをすませてグラウンドへと向かう。一時間目が長引いていたのか、グラウンドにはまだ結構人がいる。体操服の色からして三年生か。何となしに莉宇が見ていると、聖佳がいきなり声を上げた。
「あぁ!!」
「何!?いきなり!!」
「つッ……築山先輩が……ッ」
「は!?」
「どうしよう夏海、築山先輩がいる……ッ」
「あぁ」
 誰それ、と眉を寄せるのは莉宇だけで、突然聖佳が叫びだした理由が夏海と千晴にはそれだけで合点がいったようだ。
「どうしよう!!ねぇどうしたらいい!?」
「どうしようもこうしようも挨拶してきなさいよ」
「ででででもでも心の準備が……」
「て言うか誰。築山先輩って」
「聖佳ちゃんの委員会の先輩でー、聖佳ちゃんが一年の頃から片想いしてる人ー」
「きゃー!!千晴ちゃんてばそんな大きな声で言わないでぇ!!」
「あんたの声の方がでかいわよ」
「あれ、根岸(ねぎし)さん」
 一人真っ赤になった聖佳がおたおたしていると、こちらに気付いた梢が近寄ってきた。
 落ち着いた雰囲気の長身の少年。端正な顔には人のよさそうな笑顔が浮かんでいる。
「こここここここここんちは築山先輩!!」
「こんにちは。相変わらず元気だね、根岸さんは。今から体育?」
「はっ、ハイ!!」
「そっか。頑張ってね」
「はい……ッ」
「おーい、築山。先行っちゃうぞー」
「今行く。じゃぁね、根岸さん」
「はい……」
 少し離れたところにいた数人の少年に呼ばれ、梢は去っていた。その少年たちの中には、亮もいた。莉宇はあまり目がいい方ではないが、彼の美貌はちょっとやそっとじゃ見間違えない。友達なのだろうか。
 そんなことを考えていると、緊張がピークに達した聖佳は腰が砕けたらしく、夏海に支えられ、しっかりなさいよと叱られている。
「あー……もう、超かっこいい……」
「って言うか今、椎名先輩いなかった……?」
 聖佳は亮がすきなのではなかったのか。言外にそう問うと、聖佳はけろっと答えた。
「えー、いたけどー、椎名先輩と築山先輩だったらやっぱり築山先輩優先って言うかー、確かにさとかは椎名先輩に憧れてるけどぉ、すきなのは築山先輩だもん。千晴ちゃんだって柏木先輩には憧れてるだけでしょぉ?」
「うん」
 素直に頷く千晴を見て、ね?と聖佳は可愛らしく小首を傾げる。
「『すき』と『憧れ』は違うんだよぉ?絶対に手に入らないから、『憧れ』るんだよ」
 ふわりと微笑みながら聖佳は言った。その笑顔は今まで莉宇が見た聖佳の表情の中で一番可愛らしいものだった。

 


10 :緋桜 :2007/07/20(金) 21:46:06 ID:ommLPmsk

                                                 ***

「なぁなぁ、今のって根岸聖佳じゃん?何、築山って知り合いなの?」
「委員会の後輩」
「マジで!?うわー。俺も園芸委員入りゃよかったー」
 聖佳たちと別れたあと、更衣室へ向かう途中の梢の返答に、輝は頭を抱えて天を仰ぐ。相変わらず騒がしい男だ。
「なんで築山の後輩を輝が知ってるんだよ」
「ばっか何言ってんのカズマ。そんなんだからお前はカズマなんだよ?」
「そんなも何も俺は生まれたときから森原(もりはら)一馬だよ!!」
 呆れたように全否定する輝に、一馬が噛み付く。だが自分が怒らせておいて、不機嫌な一馬には一向に気に止めた様子も無く、輝は先を続ける。
「根岸聖佳つったら、二年では相楽朝緋に次ぐ美少女だぜ!?今年の三大美女の最終候補にも残ってたし!もー、マジ可愛いー。こう何つーか、守ってあげたくなるカンジ?」
「つーかお前、可愛ければ何でもいいんだろ」
「イエス!!アイラヴプリチーガール!!」
「ものすごく頭悪そうだよ」
 親指を立ててイイ顔する輝に、梢は冷たく返す。この二人の間には、常に温度差があった。
「何だよー、いいじゃん可愛い子って。男として生まれたからには、やっぱ可愛い子と付き合いたいって思うのが普通だろー? 手当たり次第のしーなだって、これで結構選んでるし」
「俺のことはいいだろ」
「あー、確かに椎名の彼女は美人ぞろいだよな」
「まぁしーなだしなー。でもしーなはしーなゆえ万年発情期で彼女月替わりなのはわかるんだけど」
「お前一回渡っとくか?三途の川」
「うんごめんちょっと調子こいた。いやだからね、俺が言いたいのはですね、築山が理沙たち以外の女子と話すなんて珍しいなと言うことなんですよ」
 亮に頬をつぶされた輝がもごもご訴える。
 三大美形でこそないものの、梢は美少年と言って申し分ない容姿をしているし、所属している剣道部では主将を務めている。世間的に言うと十分「いい男」の部類に入ると思うのだが、梢には浮ついた噂はまったく無かった。亮など掃いて捨てるほど艶聞を撒き散らしているのに。梢と事務的な事柄以外で話すのは、輝の言うとおり、理沙のように仲のいいグループの女子だけだ。
「そんなこと無いと思うけど……」
「いや、あるね。築山って基本的に女子に冷たいじゃん。親切なんだけど冷たい」
「輝、言ってることわかんない」
「だからお前はバカズマなの」
 更衣室のドアを開けようとする輝の背に一馬が蹴りをかまし、輝を置いて三人は中に入る。ギャッとか言う蛙を踏んづけたような悲鳴に中で着替えていたクラスメイトたちは驚くが、発信源が輝だと知ると、何事も無かったかのように再び着替えだした。輝の方も、すぐに復活し、平然として入ってきた。
「だから俺はずっと築山は女嫌いだと思ってたの!」
「え、何まだ続けるのその話題」
「でも根岸聖佳とは普通に話してるじゃん。だからそのへんどうなのよと思ったわけなのよ。
「次の授業何だっけ」
「理科じゃねぇ?」
「今日化学室?」
「俺の話を聞けぇ!!」
 輝を無視して次の時間の話を進めるも、相手にされない輝が割って入る。梢は心底面倒くさそうに片眉を上げた。
「もー、しつこいなぁ。輝は俺の何が知りたいのさ。スリーサイズなら楊子(ようこ)が知ってるよ」
「そんなんどうでもいいし!! 俺が知りたいのは築山は女嫌いなのかどうか、なんで根岸聖佳には優しいのか!!」
 学校指定の開襟シャツのボタンを止めながら梢は溜息を吐く。こうなった輝は本当にしつこいのだ。
「女の子は別に嫌いじゃないよ。でも、付き合わないのわかってて気ぃ持たせるようなことできないじゃん。無闇に優しくしたって、意味ないし」
「じゃぁ根岸聖佳に優しいのは?」
「根岸さんは……なんか女の子って言うか、妹みたいなカンジだから。あぁ言う子って女を感じないから、猫とか犬とかと同じ可愛がり方になるんだよね」
「はぁ!?猫とか犬!?根岸聖佳が!?二年で一二の美少女に女を感じないって何!?」
「だってなんか根岸さんはこう……頭とかぐしゃぐしゃって撫で回したい気がするし」
「あー。お前楊子や(はる)にもそんな感じだよな」
 理沙と同じく梢と仲のよいクラスメイトの名を上げると、梢もあっさり肯定した。
「可愛いじゃんふたりとも。あ、心配しなくても一馬も可愛いと思うよ。ちっちゃくて」
「心配してないしちっちゃいは余計」
「つまり、築山は恋愛感情ない子相手には優しいってこと!?」
「そういうこと」
 再びそれかけた話題を輝が軌道修正を図る。梢はあっさりと肯定し、ロッカーの扉を閉めながら言った。
「俺、子ども相手に恋愛する気は無いからね」
 さすがに子どもを傷付けるのは可哀想でしょ?と。
 そう言って梢は少し笑った。

 


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