手のひらにささやかな幸せを


1 :夕咲 紅 :2007/10/12(金) 05:11:54 ID:WmknkmLA

 天涯孤独――身寄りがひとりもなく、ひとりぼっちであるさま。また、故郷を遠く離れて、ひとりぼっちで暮らすさま。
 辞書を引いたら、そんな説明が載っていた。
 俺の名前は沙谷 幸信(さや ゆきのぶ)。一週間前に、晴れて天涯孤独の身となった高校3年生だ。
 うちは母子家庭で、親父は俺が小さい頃に死んだと聞かされていた。母さんは家を勘当された身で、誰に頼ることも出来ずに独りで俺を育ててくれた。
 一週間前に、そんな母さんが死んだ。原因は過労。俺は知らなかったけど、元々そんなに身体が丈夫な方じゃなかったらしい。そこに長年の無理が祟ったのか、過労で倒れてそのまま……
 と言うのが事の顛末。
 悲しい。辛い。そんな感情よりもずっと強く、俺は虚無感を感じていた。葬儀はアパートの大家さんが取り仕切ってくれた。まあ、形式的には唯一の身内である俺が――って形にはなっているけど。一応食事は取っているし、きちんと学校にも行った。高校に入ってからずっと続けてるバイトにだって行った。いつも通り。ただ機械的に日常をこなし、それでも必要以上に他人とのコミュニケーションは取らずにいた。いや、取る気にもならなかった。幸い、俺の境遇を気にして声をかけ難いのか関与してくる奴は少なかった。たまに「気の毒だね」とか、「ご愁傷様」とか、形式張った言葉を投げかけてくる奴はいたけど、俺にとってそんな連中の言葉はただ耳を通り抜けるだけの雑音に過ぎなかった。
 そうして過ごして一週間。母さんの荷物を整理している時に、一枚の封筒を見つけた。それは、結果から言えば俺に充てた手紙だった。
 遺書――そう思ったが、少なくとも最近書いたものでない事だけは確かだった。それだけ紙が劣化している。それでもやはり、これは遺書なのだろうと、なぜか心の中で納得していた。
 開けるのが怖い。そう思うのは間違いなく俺の本心。
 だけど知りたい。そう思うのも間違いなく俺の本心。
 しばしの逡巡を経て、結局俺はその封筒を開ける事にした。

 ――幸信へ。
 出来る事なら、あなたがこの手紙を読む事が一生ない事を願っています。
 あなたにも話した通り、私は家を勘当された身です。あなたの父さんもまた、同じく家を勘当されていました。それも当然でしょう。私たちは、お互いの両親の反対を押し切って結婚したのですから。
 駆け落ち。というわけではありませんが、ほとんどそれと変わらず、逃げる様に故郷を離れました。それでも、二人なら幸せに暮らしていける。そう思っていました。
 やがてあなたが産まれ、幸せな生活が始まると思っていた頃、あなたの父さんは交通事故でこの世を去りました。これは、あなたにも伝えてあることでしょう。
 私は、あなたを一人で育てる決意をしました。幸いと言いたくはありませんが、父さんの保険金や事故を起こした相手からの慰謝料もりました。あなたと二人で、暮らしていける。暮らしていこう。そう、決意したのです。
 それでも、私があなたより先にこの世を去る事になるのは自然の理です。その時、あなたが既に一人立ちしていればいいのですが、もしかしたらまだ幼いうちにあなたを一人残す事になるかもしれません。その時、あなたは本当の意味で独りになってしまいます。
 もし……もしも、あなたがこの手紙を読んでいる時に、まだ一人で生きる事で出来ないのであれば、お爺ちゃん――私のお父さんを頼って下さい。

 手紙の入っていた封筒を確認すると、もう一枚手紙は入っていた。それは、母さんの父さんへ充てた手紙。そして、母さんの実家の住所が書かれた紙が一枚。
 いくばくかの金は残っている。バイトだってしてる。しばらくは生活出来るだろう。それでも俺はまだ子供で、一人で生きていく事なんて出来やしない。だからこそ、俺は母さんの故郷――
 高野市へと向かう事にした……


2 :夕咲 紅 :2007/10/12(金) 06:37:33 ID:WmknkmLA

 K県高野市。俺と母さんの住んでいた町から各停の電車に揺られる事小一時間程行った所にある田舎町。俺は昔この町にやって来た事がある。駅に降り立った瞬間、俺はそんな記憶を思い出した。とは言っても、細かく思い出したわけじゃない。ただ、見覚えがる風景だな。と、そう感じただけだ。それでも気のせいとは思えない。ただの気のせいだったら、こんなにも懐かしい気持ちにはならないだろう。
 改札を出ると、それなりに栄えている事が分かった。駅前ともなればそれなりに。と言った感じなのだろう。駅に着く前に窓から見えた景色は、田んぼや畑が多く見えたのだから。駅員に住所を聞くと、駅前の広場から見える商店街を真っ直ぐに抜けた先を、更に真っ直ぐに進めば着くと教えられた。家は古い造りの家で、道場と一体になっているから直ぐ分かるとの事だ。少し不安は残っているけど、真っ直ぐに行けば着くという言葉が慣れない土地での緊張感を多少は緩めてくれた。
 俺は駅員に教えられた通りに目の前にある商店街へと入る。
 平日の昼。今までなら学校に行っていた時間にこういった場所を歩いていると、何となく楽しい。母さんが死んでから楽しいなんて感じた事がなかったのに、こんな些細な事でも笑みが零れた事に驚いた。
 主婦たちの笑い声が飛び交う商店街を抜けると、まさに田舎風景とでも言うべきか。電車の中から見えた風景と似た様な景色が広がっていた。
 ただ真っ直ぐに伸びる道を進む。秋風が身に吹き、少しだけ寒さを感じる。それも風が吹いた一瞬の事で、周囲の空気は心地良い気温を取り戻した。
 ふと、遠くに見える大木に目がいった。おそらくは目的地よりも更に先に進んだ先にある山。その中腹に生えているのだと思う。ここから見れば近くの木よりも小さく見えるが、距離的にその木が大木なのだとはっきりと理解出来た。
 ――いや。違うな……
 俺は、あの大木をもっと近くで見た事がある。記憶の底から呼びかけてくる様な感覚。その感覚が、俺にその日の映像を見せてくれる。
 俺がまだ小さかった頃、母さんに連れてこられた田舎臭い小さな町。その町で見た田んぼや畑。そして、当時の自分の身体の十数倍はあろうかという大木。その大木を、下から見上げた時の一種の恐怖。ああ、そうだ……俺はあの時、確かに大木を怖いと感じた。まるで、大きな化け物が俺に襲いかかってくるんじゃないか。そんな風に思ったんだ。
 そんな事を考えながらも歩いている内に、目的地と思しき家の前まで辿り着いた。
 橘――表札を見れば、そこは確かに母さんの手紙に書いてあった家の名前だった。
 屋敷。と言うと少し大げさかもしれないが、それに近い広い敷地と、大きな家。そして広い庭の先には道場らしき建物がある。間違いない。ここが、母さんの実家……
 ゴクリ――
 自分が唾を呑み込む音が聞こえた。
 緊張。不安。ほんの少しの恐怖……
 この家で待っているモノが何なのか、これから俺はどんな風に生きていく事になるのか……
 それは分からない。でも、きっと今より悪くなる事はない。そう信じて、インターホンを鳴らした。
「…………」
 が、反応はない。もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。そう思ってもう一度鳴らしてみても、やはり反応は返ってこなかった。
 道場の方からも何の音もしないし、留守なのかもしれない。ここで誰かが帰ってくるのを待ってもいいけど、不審者みたいに思われても嫌だしな……
 ああ。そうだ。あの大木まで行ってみよう。
 ここまで来て分かった事だけど、随分遠くに見えたあの山はそれ程遠くにあるわけじゃなかった。橘家を裏手に回り少し先まで行くと、もう山に入る事が出来る。
 俺は山の中に足を踏み入れ、先に見える大木に一度視線を向ける。
 子供の頃に見た時程の圧倒感はないけど、やはり威圧感は十分にある。ここから見てもそうなのだから、もっと近くから見たらやはり恐怖すら感じるのかもしれない。
 その答えが知りたくて、俺は足早に山を登って行く。舗装なんてされているわけがない。それでもきちんと山道があり、俺はその道なりに進む。割と緩やかなその道は何度も曲がりくねり、目的の大木まで辿り着いたのは山に入ってから30分程が経ってからだった。
 大木の真下から、その様を見上げよう。そう思っていたんだけど……
 それが適わない。少なくとも、一人でそれを実行する事が出来ない事が分かった。
「先客がいたか」
 残念だな。そんな風に思った。別に先客がいようと関係ないのかもしれないけど、俺はその近くに寄る事を躊躇った。先客――その少女が、神聖なモノに見えて……
 俺の視界に入ってきたのは、一人の少女。袴姿で、竹刀をその手に持っている。一言で言えば彼女は素振りをしているみたいだが、俺はその姿に目を奪われていた。
 彼女が竹刀を振るう度に飛び散る汗は、日差しに反射しキラキラと輝いて見える。その量が、彼女が今素振りを始めたばかりではない事を語っている。いつから続けているのかは分からない。だけどおそらく、何回も何回も、自分が納得いくまで繰り返し、そして今も納得がいかずに続けているのだろう。
 彼女の動きに合わせて、肩よりも少し上くらいで切り揃えてある髪がわずかに揺れる。綺麗な黒髪だ。遠目に見た感じ顔つきは幼いものの、その表情は真剣そのもので美しくも気高くも見える。
 感動した。ただその行為に――彼女の放つオーラとも言えるその雰囲気に。
 今まで生きてきた中で、これ程までに心を奪われた事はない。いつまでも見ていたい。そんな風にさえ思う。もはや俺の中で、ここまでやってきた理由も意味もなくなっていた。ただ、彼女の姿を目に焼き付けたい。そんな衝動に駆られ――
「君、何してるの?」
 気がつけば、つい先程まで竹刀を振るっていた少女が俺の目の前にいた。驚かなかったわけじゃないけど、なぜか俺の心中は穏やかだった。
「君を見てた」
 一歩間違えれば変態発言だが、自然とそんな言葉が出た。それは間違いなく本当の事だし、目的とは違ったものの俺が望んだ事だ。
「ふーん……剣道、好きなの?」
 思いの他糾弾もなく、特に興味なさそうにそんな風に聞いてきた。
「えっと……」
 さすがに君に見惚れてた≠ニは言えず、言葉に詰まってしまう。そんな俺を見て笑顔を浮かべ、
「じゃあ、私に見惚れてたとか? なーんてね」
 などと言ってくれた。一瞬バレてたのかと思い冷や汗をかいたものの、おかしそうに笑顔を浮かべる彼女を見て内心ホッとした。
「まあそんな冗談は置いといて。ホントに何しに来たの? こんな山の中、わざわざ来る人なんていないよ? それに、一応ここ私有地だし」
「え?」
「ああ、やっぱり知らなかったか。そうだよね。ここいらに住んでる人でも知らない人いるくらいだもん」
 などと一人で納得する少女。どうやら、俺がこの町の住人じゃないと分かったらしい。何でかは分からないけど。
「で、何しに来たの? あ、この木が珍しかったとかかな?」
「まあ、そんな感じかな」
 正確に言えば珍しかったから。と言うわけではないが、この木が目当てで来た事に変わりはない。
「へー。やっぱり、これだけ大きな木だと珍しいんだね。私にとっては見慣れた木だから、良く分からないんだけどさ」
 どこか感慨深げにそんな言葉を呟いたかと思うと、少女は打って変わってパッと明るい笑顔をこちらに向けてきた。
「それで、旅行者か何かかな? この木以外には珍しいものなんて何もない町だけど」
「ああ、えっと……ちょっと違うかな」
 何と説明していいものやら……
 多分、この子は俺の血縁者だ。母さんが俺をここに連れてきたって事は、多分ここは橘家の私有地。そこに見慣れる程やってきているこの子は、きっと橘家の人間。まあ、隠す事もないか。
「実はさ……一週間くらい前に母さんが死んで、身寄りがなくなったんだ。そしたら遺書みたいな手紙に、祖父さんを頼れって書いてあったんだよ。だから、学校もバイトも辞めてここに来たんだ」
「えっと……それはまた何て反応していいのやら、困ったね」
「ああ、別に気にしないでくれ。もう暗くしてるのは止める事にしたんだ。ちゃんと、前を向いて生きていこうって決めたからさ」
「そっか。それは凄く良い事だと思うよ。きっと、私には出来ないけど……」
 今まで笑顔だった少女の顔が、一瞬の気まずそうな表情の後にやけに曇ったものになった。それすらも一瞬の事で、直ぐに元の笑顔に戻った。
「それで、そのお祖父さんっていうのがこの町にいるんだよね? 良かったら案内しようか?」
「ああ……場所は分かってるんだ。ただ、さっき寄ったら誰もいなかったみたいだから、ちょっとここに寄ってみただけ」
「そうなんだ。ちなみに、どこの家かな? この町で暮らす事になるなら、きっとまた会う事になるんだろうし。お近づきになっとこ?」
「ああ。橘 重蔵。それが祖父さんの名前だよ」
 俺のその言葉で、目の前の少女は言葉を失った。その表情は驚きに満ち、その瞳は哀しみが溢れていた。それが何を意味しているのか、この時の俺には分からなかった。
 ただ、直ぐにその答えを知る事になる……


 山の大木で出会った少女と、俺は橘家に向かって山を降りた。
 今はもう橘家の中にいるものの、ここまで来る途中で彼女から色々な事を聞いたし、俺も色々な事を話した。
 まず、彼女の名前は橘 優香(たちばな ゆうか)。俺の母さんの兄さんの娘。つまり、俺の従兄妹に当る。歳は俺の一つ下、高校2年生だそうだ。そこまでが、彼女自身についての説明。そしてその後が、彼女が俺に見せた哀しみの理由。
 一ヶ月前。彼女を除くこの家の人間全員が事故に合い、その命を落とした。その日は彼女の所属する剣道部の試合で、家族全員が応援の為に隣り町まで車で向かおうとしていたそうだ。悲劇は、その途中で起こった。大型トラックが猛スピードで突っ込んできたのだ。ドライバーは飲酒していたそうだが、彼女にとってそんな事は関係なかった。ただ、一瞬にして家族全員の命を奪った事故。それを起こした張本人。彼だけが命を取り留めた事実。一時期はそのドライバーを憎みもしたそうだ。だけど今彼女に残っているのは、深い哀しみと前に俺が感じていた虚無感。それを忘れようと、一生懸命に竹刀を振るいに行っているとの事だった。ある意味事故の原因の一つとも言える剣道。それでも剣道を嫌いにはなれず、またその存在は彼女の心の支えでもあるのだと、彼女自身が理解していた。先日、ようやく退院したドライバーがその足で謝りに来たらしい。勿論彼女の気がそれで晴れるわけはなかったが、ドライバーを責めた所で結果が変わるわけではない。彼女はドラーバーの謝罪をただ黙って聞いていたそうだ。
「家族が残してくれたお金と、あのドライバーからの慰謝料があって、幸い暮らしていくのには困ってないんだけどね。ただ、この家は一人で暮らすには広すぎるな。って、そう思ってたんだ」
 そう言って、弱々しい笑顔を向けた彼女の表情が痛々しくて、俺はただ「そっか」と返す事しか出来なかった。それが今の彼女の本心――本当の笑顔だとするのなら、さっき大木の前で会った時の笑顔は何だったのだろうか? 多分、あれはただの強がり。彼女が周囲に見せようとしていた外の顔。だったら、今彼女が俺に弱い部分を見せてくれているのは、きっと俺を家族だと思ってくれてるからなのだろう。俺は、それに応える事が出来るのだろうか? いや、応えたい。本心から、そう思う。
 同情なんかじゃない。ただ、初めて見た彼女の美しさを守りたい。そう思ったんだ。


3 :夕咲 紅 :2007/10/12(金) 06:45:31 ID:WmknkmLA

「ねえ、幸信」
 俺が橘家にやってきてから一週間が経った。
 お互い家族が残した遺産と、欲しくもなかった大金がある為、普通に生活していくには困らなかったが、俺はこっちの学校には行かずに働く事にした。優香は高校は出たいと思っているらしく、今も学校に通っている。
 そんな優香が帰って来てしばらくした時に俺に声をかけてきたのは、ちょうど夕飯の準備をしている時だった。
「どうした? 腹減って我慢出来なくなったか?」
「そんなわけないでしょっ」
 と、すかさずツッコミが入る。
「幸信ってさ、料理上手いよね」
「まあ、母さんが働いてた分俺が家事を担当してたからな」
 それなりに自信もありますさ。
「私も料理勉強しようかなぁ」
「そうしとけ。その方が結婚に有利だぞ?」
 女が料理を出来ないといけない。なんて事はないが、やっぱり男は相手の手料理に憧れるものだ。
「やっぱり幸信もそう思う?」
「まあな」
「でも、私は幸信が作ってくれるから必要ないよね」
「は?」
 何を言ってるんだ、こいつは。
「だって、作ってくれるでしょ?」
「まあ、一緒にいる間はな」
「…………」
 俺のそんな言葉で、優香の表情が翳りを帯びた。時々、こんな表情をする。それが気にならないと言えば嘘になるが、それ以上言葉をかける勇気が俺にはない。
「それで、今日の晩ご飯は何?」
 やっぱり我慢出来ないんじゃないか?
「今日は天ぷら」
「へえ、そんなのも出来るんだ」
「まあな。出来栄えを追求しなきゃそんなに難しいもんじゃないし」
「そうなんだ」
 と、あまり興味なさそうに返事をする優香。やっぱり料理を覚えるつもりはなさそうだな。
「まだもう少しかかるから、部屋で待っててくれ」
「わかりましたー。じゃあ、出来たら声かけてねー」
「分かってるって」
 そんな俺の返事も聞かずに、優香なバタバタを音を立てながら自分の部屋へと戻って行った。
 ……結局、何がしたかったんだ?


「ねえ、幸信」
 翌日もまた、昨夜と同じ様に優香が声をかけてきた。
 今日は昨日よりも少し遅い時間。もう夕飯も済んでいる。
「何だよ?」
「幸信はさあ、この家の事どれくらい知ってる?」
「えっと、それはどういう意味だ?」
 優香が何を言いたいのか良く分からない。
「私はさ。皆がいなくなるまで全然何も知らなかったんだ。だけど、皆がいなくなった事で、皆が抱えていた重圧を全て受け継ぐ事になったの」
 ますます意味が分からない。だけど、その言葉を笑い飛ばす事なんて出来なかった。それだけ、優香の表情は真剣だ。
「私には――うぅん。橘家の人間は、異能を受け継いでいるの。と言うよりも、橘の血筋そのものが異能なのかもしれない」
 冗談……を言ってる顔じゃないな。
「その能力は血の濃さによっても違うんだけど、基本的には全て同じ。私たちが受け継いでいる異能は時を知る力≠ナ、私は未来を知る力を持っているわ。私の力はとても不安定で、制御の効くものでもない。何よりも……こんな力があっても、家族の危機を知る事が出来なかった。だから、私はこの力が嫌い。だけど、それでも私は橘の人間だから……」
 どうして、そんな話をするんだ? そう聞きたかった。だけど俺は言葉を発する事が出来ず、ただ優香が続きを言うのを待つ事しか出来ない。
「橘という家は、この異能を守り、次世代に残す為の家。その為に、ずっと近親婚を繰り返してきたそうよ」
「なっ!?」
「信じられないかもしれないけど、事実なの。私の父さんが幸信の母さんの兄さんだって話はしたでしょ? 私の母さんって、父さんたちの従兄妹らしいわ。本当は、幸信の母さんと結婚させようとしてたんだって」
 優香のその言葉は、近親婚という言葉よりもさらに信じられないものだった。だけど、彼女の雰囲気に口を挟めない。
「まあ、正確にはそこまで近いと結婚はさせないみたいだけど。それでも異能をより濃く引き継ぐ子を作らせる。この家の歴史は、そういったものの繰り返しで出来ている。それを知ってしまった。でも、私はもう独りだったから……」
 そんなものは関係ない。そう思っていた。と続ける優香。
 だけど、その言葉には続きがある。それが分かっていたからこそ、いや――本当ならその続きを言わせてはいけないのだろう。それでも、俺は続きを待った。待ってしまった。
「私の元に、幸信が来た」
 その言葉が意味する事。それは……
「私なりにね、幸信の事を知ろうと思ったんだ。だから、一緒に住む事にしたの」
「それって……」
「私は、正当な橘家の当主。橘家が培ってきた異能を――歴史を継がなければいけないの。だから幸信――」
 ああ、やっぱり……この話を聞き始めた時から感じていた予感が、今まさに当ろうとしていた。いや、もっと前からかもしれない。ずっと、優香に見られてる気がしてたんだ。それが、彼女の話でハッキリとした輪郭を持った。
「私と、結婚して」
 従兄妹ならば、結婚は出来る。だけど、少なくとも周囲に良い目はされないだろう。それでもハッキリと、優香はそう言った。そしてその言葉を俺は……
「断るはずないだろ」
 だって、最初から俺は優香に惹かれていたんだから。
「だけど、確かめておきたい事があるんだ」
「何?」
「俺は優香の事が好きだ。だから、優香が望むなら結婚だってしたい。だけど、優香は俺の事をどう思ってるんだ? ただ橘家の当主として俺を選ぶって言うんだったら、それは凄く悲しいんだけど」
「少なくとも、嫌いじゃないよ。幸信だったら良い。そう思ったから、こんな話してるんだもん」
「出来れば、もっとハッキリ言って欲しい」
 そう言って、一歩優香に近づく。
「えっと……」
「優香」
 ただ真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ、その名を呼ぶ。
 優香は恥ずかしそうに頬を朱に染め、軽く俯く。だけど、ハッキリと答えてくれた。
「私、幸信の事が好き」
「ありがとう」
 そう言って直ぐに、俺は優香の唇を自分の唇で塞いだ。
 雰囲気なんてない。だけど、真っ直ぐな俺の気持ち。初めは驚いていたけど、優香もそれをしっかりと受け止めてくれた……


4 :夕咲 紅 :2007/10/12(金) 06:48:34 ID:WmknkmLA

 お互いの事を知ろうとした秋が過ぎ……

 お互いの温もりを感じ合った冬が過ぎ……

 お互いの距離を縮めた春がやってきた。

「ねえ、幸信」
 何度も、同じ様に呼ばれた。
 今となっては、そうやって俺の名前を呼ぶ事でその存在を確かめているんじゃないかと思う。
「んー?」
 我ながらあまり気のない返事だ。だけど、優香はそれを気にした様子はない。
「幸信ってさ、自分の名前好き?」
「んー、あんまり考えた事ないな」
「私は、幸信の名前好きだよ。だって、幸せを信じるなんて、すごくステキじゃない?」
「どうだろうなぁ……でも、俺は優香の名前の方が好きだな。優しい香りなんて、まさしく優香の香りみたいだし」
 そう言って、彼女の身体に擦り寄る。
 狭いベッドのスプリングが微かに軋んだ。まるで、俺と優香が近づくのを後押しするかの様に。
「くすぐったいよぉ」
「いいじゃん。俺は気持ちいいよ?」
「もうっ」
 そうやって怒ったフリをするけど、その表情はとても穏やかな笑顔だ。
 俺が優香の温もりを感じている様に、優香も俺の温もりを感じているんだろう。
「時々、思うんだ」
 そう呟いて、手を真っ直ぐと上に伸ばす優香。
「今、私の横には幸信がいる。だけど、いつかいなくなっちゃうんじゃないかって」
 それはおそらく、今は亡き家族の事を思い出しての事だろう。それは、俺も似た様な気持ちを感じている。突然、何の前触れもなく家族がいなくなる事の哀しみ。それを、俺たちは知っているから――
「大丈夫。俺はここにいるよ」
「……うん」
 伸ばされた手に俺の手を重ねて、二人の間に降ろす。
 ベッドの中で向かい合う様な形になり、その中心には繋いだ手がある。
「俺もさ、思うんだよ」
 そう切り出した俺の顔を見つめ、優香は黙ったまま続きを促してくる。
「俺たちの感じる幸せって、凄く曖昧なものなんだって。極端なモノを除けば、後はその時に俺たち自身がどう感じるか。それ次第だと思う」
「うん」
「だから、さ――」
 俺たちは今、間違いなく幸せだ。だからこそ……
「こうして繋いだ手のひらに感じる温もりを、ずっと感じていればいいんだよ。大きな幸せじゃない。だけどこうして手を繋いでいるだけで感じられる、ささやかだけど、確かな幸せを」
 それは、紛れもない俺の本心。
 優香と過ごす中で見つけた、俺の気持ち。
「だからさ。ずっと、一緒にいような?」
 俺の投げかけた言葉。それに返ってきたのは勿論――
「うんっ」
 初めて会った時に見た飛びっきりの笑顔。
 ただ、あの時と違うのは、その笑顔が心からの笑顔だと言う事。
 改めて意を固める。これからも守っていこう。
 俺が大好きな、気高くも美しい、彼女の心を――


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.