春夏秋冬


1 :蒼月 あい :2007/03/04(日) 17:21:33 ID:ommLPesG



恋の春。
私はある人に一目惚れをした。
ある人とは、只今早原高校野球部、藤広隆明君2年生。
先生に頼まれたダンボール詰めの資料を持って運動場を横切っているとき、一瞬で彼そのものに惚れてしまった。
彼の野球にかける情熱と、そのピッチング。それに何と言ってもあの人当たりの良い笑顔に惚れたのだ。
彼とは、何度か話したことがある。
まだギクシャクした雰囲気のある新しいクラスで、彼はいつも明るく輝いていた。新しくクラス替えをして彼を私は初めて知った。たまたま隣の席になり、「俺藤広隆明」と言って手を差し出されたのを覚えている。
それから途中まで帰る道も同じだということを知り、時々一緒に帰っては他愛もない話で盛り上がり、笑い転げ、最近の野球部の様子とかを聞いたりしていた。藤広は好きだったが、恋愛対象だったかと問われると、そうではないと言っただろう。結構仲の良い友達だとばかり思っていたのだ。
だが、帰宅部の私は彼の野球をしている姿を見たことがなかった。
だから、仲の良い友達から、一目惚れ、となったのだと思う。
―――彼の一生懸命な顔を見てしまったから。
彼は素で自分を表す。
そんな彼は、どんな人にも笑顔を向けて話し、口だけでものを言わず、知的で人が良かった。その素直な言動は、どんな人にも好かれてしまうために、ライバルも多い。
だから、よく話す女子なんか自分の他にも沢山いることに、好きになってから初めて気がついた。
正直、少しショックだった。まぁ、話すだけだし、と思い、自分自身を納得させようとした。
今まで、こんなに人を好きになったことがない私にとって、彼の存在はとても貴重なものだった。
だから、いつかこの想いを伝えたいと思った。彼に、直接。


「お、お久〜」
帰り道、久しぶりに彼に会った。
後ろを振り向くと、やっぱりいつもと同じあの笑顔で、片手を挙げてにこやかに近付いてくる。
「おひさ。お疲れ様」
どきどきする心臓をおさえながら、なるべくいつもどおりに話そうとする。
「疲れてなんかないよ〜!元気ぴんぴん。元気すぎて困るっつーの」
ハハハハハ…と2人で笑い、おさまった後でも笑みがこぼれる。
それから新入部員がどうとか、最近のテストがどうだったとか、平凡だけどとても楽しい話をした。
やっぱり、この人と話していると、楽しいや…。
いつの間にか、もう分かれ道に来ていた。藤広はいつも気を遣って、なるべく私の家の近くまで私を送ってくれようとしてくれる。言わなくても分かる、優しい心遣い。
周りはすっかり暗く、近くの電灯がちかちかとなって、消えかけていた。
できれば、別れたくなかった。
「じゃ、松下。今日はいろいろ聞いてくれてありが―」
「まった、藤広!!」
彼の言葉をさえぎって、私は彼をひきとめた。
伝えたかった。この気持ち。今ここで伝えなければ、もう一生伝えられないような気がして。
「と、突然でごめんね。ごめんなんだけど、ちょっと聞いて。
私…藤広のことがすき・・・なんだ」
ちょっと唐突すぎた?でも、はじめに一応ことわったし…
怖くて彼の顔が見れない。どんどん心臓が早くなって、顔が赤くなるのが分かる。
彼の返事を待つ、きっと数秒のこの時間が、とても長く感じられて、私は不安になった。
「……いいよ」
何がいいのか分からなくて、思わず顔をあげた。
「俺も好きだった。実は」
私は開いた口が塞がらなかった。うまく感動が言い表せない。言葉が出てこない。とにかく、とてもびっくりした。
だって、藤広のこんな赤い顔、見たことがなかったんだもん。
「ほん…と?」
おずおずと聞いてみる。夢だと思いたくないから。
「あぁ」
嬉しかった。
それから私達は、見詰め合って微笑んだ。


2 :蒼月 あい :2007/03/08(木) 18:03:25 ID:ommLPesG

藤広に告白してから数日後、私は野球部のマネージャーとなった。
1つ上の先輩マネが1人いた。こげ茶に染めた腰まで届く髪と、お姉さん的な雰囲気のある彼女の端整な顔立ちに、私は同姓ながら見とれてしまった。
「楠木遥よ。マネの仕事って案外キツいんだけど、頑張ってやっていこうね!」
薄っすらと焼けた健康的な肌、面倒見の良い性格。そしてその明るい笑顔。
「はい!」
私は彼女が大好きになった。


マネージャーになって1週間が経った。初日にもう簡単な自己紹介を済ませて、大体のことを遥先輩から教わっていた。
早速私たちは部員と監督とコーチのための、お茶の準備に取り掛かった。
紺のウォータージャグ2つに目一杯作ったお茶を入れて、せっせと2つを抱えて階段を降り、一輪車へ乗せる。それを少し離れたグラウンドまで持っていき、コップを用意し、監督とコーチへまずは配り、それから部員が各自で飲めるようテーブルを出してそこにウォータージャグを配置する。それからしばし休息。ベンチに座って部員の練習を見る。
そこで藤広の野球姿を見ることが、私にとって最大の楽しみだった。
「彩華、顔笑ってるわよ」
いつの間にかでれ〜っとした表情になっていたのだろう。遥先輩が隣でそう囁いた。もう既に先輩には藤広と付き合っていることを言っている。
「そういう遥先輩だって、顔笑ってますよ〜」
先輩は野球部のキャプテン、飯島先輩と付き合っていた。聞けば入部したてに告白され、それkらずっと付き合っているのだという。つまり今年で3年目に入るわけだ。
「やっぱり?」
そういって笑いあった。
「おい、マネージャー!こっち来て」
ふいに監督に呼ばれ、私たちは顔を引き締める。ストック練習のため、ボールを投げてほしいとのこと。藤広がこっちを見ているのが分かった。
藤広の姿はこうやって仕事の間に垣間見るだけ。
マネージャーの仕事は、想像していたよりもずっと大変だった。

「松下先輩って働き者っすよね」
10分休憩の間、走り回っている松下を見ながら、新入部員の青村が藤広の親友の友井に言った。
選手が休憩の間、少しでも疲れがとれるようにと動き回っている松下も楠木も、小さなことでも気がつくし、優しい。
「あぁ。だが、松下は藤広の彼女だぞ。お前、それ分かって言ってるのか」
友井は怪訝な顔をする。
「ええ、分かっていますよ。それにただ働き者って言っただけじゃないですか」
ならいいけど…と呟く友井は気が付かなかった。青村が不敵に笑っていたことを。


「はぁ…やっと終わった」
私は片手にホウキを持ち、もう一方の手で部室の窓を閉めた。
部員も遥先輩も帰った後に、彼女は自主的に部室の掃除をしているのだ。次の日部員が少しでも良い気持ちで練習できたらいいな、という思いので。
この1週間のうちにすっかり野球部の一員となっている彩華は、ホウキを掃除道具入れの中へしまって、鞄を肩にかけた。
外は明るい朱色だった。太陽がかすんで見える。彩華は夕焼けが好きだった。特に藤広と見る夕焼けは。
「明日は火曜日かぁ…」
藤広は、塾やらなんやらで、平日は火曜と木曜しか一緒に帰れないことになっていた。
…藤広に会いたいな。
さっき部活で会ったばかりなのに、こんなことを思うなんて。もうすっかり藤広中毒だ。
そんなことを思いながら、彩華は歩き出した。
「松下先輩!」
ふいに名前を呼ばれ、後ろを振り返る。
見るとそこには、いつも熱心に部活動に打ち込んでいる青村君が走ってきていた。私が突っ立っていると、青村君はすぐに隣に並んだ。
「一緒に帰りませんか?」
そして彼は息も乱さず、微笑みながらこう言った。

私たちは暗い夜道を話しながら帰った。
青村君は私がタオルやお茶を渡すと、いつも「ありがとうございます」と微笑んで受け取ってくれる。可愛くて優しい子だな、と自分の中での評価は高かった。
だけど話してみると、結構知的で何でも知っている。それにユーモアも併せ持っていたから、帰り道がとても楽しかった。
「青村君はどうして野球部に入ったの?」
彼は中学の頃、バスケ部に所属していたと聞く。ふと疑問に思ったので訊いてみた。
「オレ、スポーツは何でも挑戦してみたくて。野球は体育でやって、そのときなんだか野球に魅力感じちゃって」
少し照れたように話すその姿は、なんだか可愛らしくて抱きしめたい衝動に駆られた。彼は私より少し背が高かったけど、小動物的な可愛らしさである。
「高校入ったらバスケも良いけど野球部に入ってみようかなぁ、なんて中学の頃は考えてたんですよね。バスケは今も好きだけど…今は野球にハマっちゃってます」
「へぇ、そうなんだぁ」
青村君の、何にでも一途で諦めない性格を垣間見たような気がした。
「松下先輩は中学の頃、何部だったんですか?」
「私は陸上やってたよ。ちなみに長距離選手!長距離は走りやすかったんだけど、短距離はいつも遅くってね〜…スポーツテストはいつも10秒台だった」
あはははと笑うと、青村君は「え」と驚いた表情を見せた。
「先輩はスポーツ万能そうに見えますよ。何でもできそうなイメージがあります」
藤広先輩の彼女にはもったいないほど。
そんな心の呟きは彼女には聞こえない。
「え!そうかな。全然そんなことないんだけどね」
あれも苦手これも苦手…と無邪気に笑うその顔、その明るく優しい性格。
どんどん惹き込まれていく。


いつの間にか、分かれ道に来ていた。どうやら青村君は左へ曲がらなければいけないらしい。
「青村君、今日はありがとう。すっごく楽しかったよ」
そう言うと、青村君は嬉しそうに微笑んだ。
じゃぁね、と行こうとすると、彼は私を引きとめた。
「先輩、待ってください」
手首を掴む。
「オレ、先輩のことが好きなんです」
!?
「でも…」
「先輩が藤広先輩と付き合っているのは知っています」
困惑した表情の私を見つめながら青村君は続けた。
「でも、覚えていてください。オレがいることを」
そう言いながら、青村君は名残惜しそうに私の手首を離し、暗闇へと消えていった。
どきどきしていた。私は藤広が好きだ。なのにこの心臓は一体どうしたというんだろう?
青村君の目はどこか笑っていたけど、真剣だった。
きっと今の言葉も嘘ではない。だけど…
「私は藤広が好きなんだよ」
半ば自分に言い聞かせるようにして、私は1人、呟いた。


3 :蒼月 あい :2007/06/18(月) 23:54:01 ID:ommLPesG

次の日の部活はなんだかぼーっとしていて、遥先輩に怒られてしまった。
藤広にもどうした?と声をかけられたけど、何でもないよ、と無理矢理押し切った。
言えるはずがない。
昨日青村君に告白されたなんて。
部活はあっという間に終わり、私は部室の掃除をしていた。
ふいに青村君のことが頭をよぎり、私はホウキの柄の頂点に手を重ね、顎を置いた。
「今日は結局青村君と目をあわすことがなかったなぁ…」
というか、私が目を逸らしていたんだけど。
青村君はいつも通りだった。いや、何だかいつも以上に落ち着いていた。あれだけキザっぽいセリフを言って告白してきたのに、よく落ち着いていられるものだ、と半ば感心してしまう。
「青村と何かあったのか」
急に声がした。びっくりして、ホウキを手から離してしまった。竹製のホウキはカランと音をたてて落ちた。
だけど私は拾ったりしなかった。動けなかった。今日は火曜日だ!
「い、今の、聞かなかったことにして。ね、藤広」
いつからそこにいたんだろう。壁にもたれ、指を顎の下に添えて考える人ポーズ(上半身だけ)の藤広に向かって、彩華は必死に手を広げた。
「お前、昨日か今日に何かあったんだろう、青村と」
す、するどい…
「なぁ、言おうぜ。俺たち付き合ってるんだしさ、隠し事はよくないよ?」
そう言いながら藤広は壁から離れ、私と真正面に向き合った。
「俺に言えないことなのか?」
そう訊かれた。
とても真剣な顔つきで。
野球をしている時よりも真剣に見えたのは、私だけだろうか。
目を逸らすことを憚られるような、そんな緊張した空気が流れているのが分かる。
「……わかりました」
負けた…
そう思いながら、私は藤広の顔をまともに見ることができなかったから、下を見ながら昨日の出来事を喋った。
話し終わって顔を上げてみる。藤広は無表情だった。しかしそれがみるみるうちに怒りの表情へと変わっていく。
「あんのやろう〜!前から少し生意気だと思っていたんだ。俺の彩華に…!!」
今にも殴りにいきそうな形相になっている。
「ま、待って、藤広!私はちゃんと藤広が好きだから!」
必死で止めに入るが、最後のところ、自分で言っていて恥ずかしくなってしまった。だけど…
「ほんとにほんとに、私は藤広のことが好きだから! だから、青村君は許してあげて。ね?」
まだ怒りは収まっていないようだったが、必死に何度も「やめて」と繰り返す私に観念したのか、顔が和らいだ。
「彩華がそこまで言うんだったら…青村のことは許してやろう」
ほっとした。思わず顔が緩んでしまう。
「ただし、次また何か言われたら、すぐに俺に報告すること! いいな?」
「はぁい。すみません、隊長!」
びしっと敬礼してみせる。
「彩華、反省はしてるのかな…?」
藤広がそこまで私を想ってくれていたのが、とても嬉しかった。


4 :蒼月 あい :2007/08/03(金) 01:07:07 ID:ommLPesG

胸の内

藤広は私のことを彩華って呼んでくれてるけど、私はまだ藤広のこと“隆明”って呼べない。
付き合う前にそう呼んでいたから癖がついてて…っていうのは嘘。
恥ずかしいし、なんだか私が彼女っていうのが信じられなくて呼べないでいる。勿論、藤広のことは好きだけど…。
だから、私が自信をもって「私は藤広の彼女です」って言えるくらいになったら、隆明って呼ぼうと思う。
それがいつになるのか、そんな自信がもてる日が本当に来るのか分からないけど、私はとにかくそう決心したんだ。
女として。私というたった1人しかいない人間として。


5 :蒼月 あい :2007/09/07(金) 11:00:50 ID:ommLPesG


太陽の季節。

8月6日―――
明日は夏祭りだった。
「藤広!」
部活の帰り道。私は勇気を振り絞り、緊張する心を宥めかせ、藤広を呼んだ。勢い余って
これ以上ないというほどおもいっきし叫んでしまった。
「あの、明日夏祭りがあるんだけど…」
少し遠まわしに言う。名前を呼んだときとは打って変わって小さい声になっているのは気のせいだ。
藤広は歩きながらこっちを見て、先を促している。
「……一緒に行けますか?」
もう彼女になって何ヶ月も経っているのに、自分からどこかへ誘うということは慣れない。

どうか、いいよと言ってくれますように…

そう心の中で願い、藤広の顔を窺った。
「ごめん。俺、一緒に行けない」
少し間があり、眉根をすっとひそめて、苦しそうにそう言った。
少し、いや、すごく悲しかったけど、何か理由がありそうな表情。だから何とか「どうして」とは口に出さず、ごめんね、と謝った。
「いや、こっちこそごめんな」
とても申し訳なさそうだった。
「彩華は行くか?」
「う〜ん…藤広と行けないなら、分からない。祭り好きだから行くかもね」
そう笑って言うと、ごめんな、ともう一度謝られた。
別にいいよ、と首を振る。
「来年は一緒に行こうな」
「うん、絶対ね!」
祭りに一緒に行けなくても、私たちの関係は変わらないから。
“来年”という響きが何となく嬉しかった。


6 :蒼月 あい :2007/09/07(金) 11:45:13 ID:ommLPesG

夏祭り

「お母さん、今日浴衣着せてね」
次の日の午後、私は行くことに決めていた。祭り好きの根性だ。
「あら、晴香ちゃんと行くの?」
晴香とは私の大の親友だ。
「ううん。晴香は彼氏と行くから」
「彩華も?」
にやにやしたお母さんの顔が見える。
私はその問いに少し寂しくなった。正直、藤広と行きたかったんだ。
「いや、1人で行くの」
来年は行くんだから。
お母さんのにやにや顔を尻目に、私は自室へと戻って行った。


ピンポーン
浴衣を着終わり、もうすぐ出ようと、部屋の中で荷物を確認しているときにチャイムが鳴った。
「彩華、誰か男の子みたいだけど」
玄関からお母さんの声がした。私の頭の中真っ先に藤広の顔が出てきた。
もしかして今日行けることになったとか!
そう思い、私は一目散に階段を駆け下り、玄関のドアを開けた。そこには―――

「先輩」

青村君が立っていた。
「ぉ、こんにちは、青村君」
できるだけ、がっかりしてはいない声を出したつもりだ。顔も。
「先輩…」
青村君は私を上から下まで見回した。
「似合いますね、浴衣。綺麗ですよ」
にこっと笑って言われた。頬が赤くなるのが分かる。
「その格好じゃあ今から夏祭りに行くつもりですか?」
「うん。そうだよ」
「もしかして…藤広先輩と行きます?」
彩華は少し悲しそうな顔をした。
それは一瞬だったが、青村は気付き「もしかして、一緒に行かないんですか?」と訊いた。
ビンゴ!沈んだ目で此方を見る彩華の表情で、すぐさまそう察した。
あの話は本当だったんだな…。
青村は2、3日前に部活の休憩時間中に聞いた、藤広と友井の話を思い出していた。
まあそれはどうでもいい。
にやっと笑うと、彩華の顔をじっと見つめた。
「もし1人で行くんだったら、オレと一緒に行きません?」
「え?」
困ったことになった。藤広が何かあったら話せ、って言ってたし…でも、1人よりも誰かと行った方が楽しいに決まってるし。
思考回路が単純明快に出来ている彩華には、祭りは大勢で行った方が盛り上がって楽しいとしか考えない。
だから
「うん。いいよ」
笑って言うと、青村君はほっとしたようだった。
「少し待ってて。もう支度はできてるから」
階段を急いで上り下りして、玄関に出、青村君と並んだ。
そして私達は祭りが開催されている所へと向かって歩き始めた。


夏祭りは盛大に行われていた。
近くの川辺に屋台などが開かれていたため、下は刈り込まれた雑草だった。下駄特有のカコンカコンという音はしない。
沢山人がいるのに、知り合いは全然見かけなかった。
私は青村君と手を繋いで、色々な屋台を回った。
綿菓子に、お面売りに、焼きとうもろこしに……金魚すくい!
青村君は金魚すくりが上手だった。いつの間にか後ろには人だかりが出来ていて、私は青村君の隣にいるだけなのに、何だか得意げな気持ちになった。
青村君は金魚すくいだけじゃなく、射撃も上手かった。
私が指差したものを次々と撃ち落していく。
「すごい!青村君、猟師になりなよ!」
「猟師?」
何が可笑しかったのか、青村君は笑い出した。私は首を傾げた。猟師ってかっこいい職業だと思うけど。
時計を見ると、いつの間にか短針が9時を指していた。
「あ、もう9時じゃんっ!花火始まっちゃうから、あそこに行こうよ。青村君」
私は屋台がある通りより少し離れた場所にある小さな丘を指差した。
暗いし、木々に囲まれて奥に何があるか見えないが、私は確かにあの場所だと知っていた。
「すっごく良いスポットなんだよ。それに知ってる人は皆無!早く行こ、ね」
そう言いながら私は困惑している青村君の手を引っ張り、木々の間を抜けながら走った。

やっぱり丘には誰もいなかった。
なんたってここはまだ私とお兄ちゃんしか知らない、
ヒミツの場所。
私達は小さな丘の中央に座った。
丘は丸くなっていて、下は岩が重なり、さらにその下には川があり、川を挟んだ向こう側には沢山の人が花火を見ようと集まっている。
と、目の前に第一発目の花火が、ドーンという音と共に打ち上がった。
次々に色とりどりの花火が打ちあがる。
「花火、綺麗だね」
ハート型の花火あり、にこちゃんマークの花火あり。
様々な色に私達の顔が染まる。
「本当に綺麗ですね」
青村君もそう頷いた。
「ここから見る花火は最高でしょ?人に遮られて見えなくなることもないし。私と青村君とお兄ちゃんしか知らないと思うよ」
大人はこんなところに好んで入らないと思うし。と小声で付け加えた。
喋っている間にも、花火は打ち上げられ、空を華やかに彩っていく。
「先輩、お兄さんがいたんですか」
「うん。今は海外にいるけどね。今年で23だったかな」
「へぇ〜…。きっと先輩と同じで優しくて綺麗…いや、かっこいい人なんでしょうね」
そう笑って言われた。青村君は褒めるのが上手い。
「もう、お世辞上手!」
本心ですよ、という青村君の抗議は聞かず、笑った。
1時間はあっという間に過ぎて、最後の花火は今日一番大きく、一番派手だった。
赤や緑や青の花火。藤広と見たかったな…そう思ってしまった。
青村君と来ても面白かったけど。そう言ったら藤広は怒るだろうか。
「終わっちゃったね。もう帰ろっか」
そう言って立ち上がり、来た道を引き返した。
ほとんどの屋台はもうしまい始めていた。
大勢の人の波が、私達を流していく。
「先輩、あれ…」
ふいに青村君が私を呼び止めた。振り返ると

ドーン!!

さっきよりも大きな花火が一発、空へと開いた。
出し忘れたのか、本当に最後の一発だったのか。
周りから歓声と拍手が起こった。
「!?」
花火が上がった方向に、私は藤広の姿を見た。
紛れもない、藤広の顔だった。
隣には、肩まで切りそろえられた漆黒の髪で、私と同じくらいの背の高さのかわいい女の子がいた。
手にはうちわを持って、2人とも楽しそうに笑っている。
「な…んで……?」
近くからはひゅーと口笛が聞こえ、まだ拍手が続いていた。
私は急にここにいることが耐えられなくなった。逃げたい。その気持ちのままその場から家へと駆け出していた。
「先輩!」と叫ぶ青村君を置いて。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.