香月(カヅキ)!!


1 :水佳 :2006/11/03(金) 20:00:29 ID:kmnkz4QL

古来よりこの国には術者と呼ばれる者どもが棲んでいた。
 西海(ヨーロッパ)の果てより絹の道(シルクロード)を通過し印度の梵術を経、古代周国の仙術をも含み、東海のはて(日本)へとたどり着いた混合魔術。
 それを使役するものは、自らの持つ特性に基づき。
 ギリシャの時代より続く地水火風の四大元素そのままに、
  地の土守(つちもり)
  水の水留(みなどめ)
  火の炎江(ほむらえ)
  風の風桐(かざぎり)
 各々の流派に分割されひとつの共同体(コミュニティー)を作っている。
 さてここに登場するのは『水留の新星』とあだ名される一人の男と、水留の力を授かりながらも風桐の領域に手を出し、なおかつそれを凌駕した恐るべき魔力を持つ今一人の男である。
 
 たとえ結果が勝利だとしても。
 たとえ結果が敗北だとしても。
 
 彼らは彼らなりに信念を持ちそれを貫き通し、それ相応の結果を得た。
 その過程(プロセス)を、ここに記す。
 
 ――時は20××年、師走を迎えた満月の夜。
 重厚なるビル群、その中でも一際高い塔(タワー)の頂に立つ者が居た。脇に真白き精霊(しょうりょう)を従え、身の丈ほどもある太刀を無造作に握る。漆黒の外套(コート)に身を包み、月を背負い飄(ひょう)として立つ。その両眼は、 
 
 ――果てし無く、蒼い。
 
 「げら、げらげらげらげら!!」
 何処からか、哂い声。夜の静寂を突き破り、なんと耳に痛い。
 「来るよ香月」
 「ああ、予測済みだ――あれぐらいで死ぬとも思えん」
 二つ結び(ツインテール)をした白い少女型精霊の透き通った声と、黒い男の落ち着いた声が交錯した。
 「はなれてろウサギ!!」
 グワリ・・・・・・!
 男が再び声を発するのと、辺りの闇が飲まれるのとではどちらが早かったのだろうか。
 ともかくそれは、香月と呼ばれた男の眼前に出現、否、浮上した。
 げげげと、薄気味の悪い含み笑いを漏らしてからそれは香月に視線を送った。
 「よぉ。『水留の新星』さん。」
 ぬらりと光る緑褐色の肌。
 「期待の新星(エース)君だかなんだか知らないけどー、」
 肥大した頭部と耳まで裂けた口。
 「いくらなんでもさー、・・・・・・出会い頭に」
 しかし人間の形質をはっきりと残した眼球が、刃物のように光る。
 「いきなり叩き落す事はないんじゃねえのかおらァアあ!!」
 蛙人(あじん)と名を冠すべきその生物が吼えた。
 「蛙人・・・・・・、しかも飛行能力を兼ね備えている、か。」
 対する香月は冷静さを失わない。
 「元はただの人間――立派な中堅禁忌術士の末路じゃないか。」
 「ふざけるな!!何が末路だ!」
 蛙人は、興奮したのかげろりげろりと喉を鳴らしながらまくし立てた。
 「何が根暗だ何が落ちこぼれだ!俺が生きてて何がそんなに悪ぃんだよ!今まで散々罵倒されてきた!だから強くなる事に決めたんだよぁ!何が中堅だ何が禁忌だ!!俺のこの姿、どう視ても最強の――」
 「あーもうそういう台詞は聞き飽きたから。」
 かわいそうな蛙人の心のほとばしりを最後まで聞くほど、香月は優しい人間ではない。
 「いくら罵倒されたからといって――」
 なぜなら、
 「その姿になっていることが何よりの証拠。」
 香月は人間などではなく、
 「お前どこかで修行サボっただろ。」
 それは人間と呼ぶのもおこがましい、
 「努力を惜しんだだろ出来る事全てをやらなかっただろ。」
 禁忌術者の駆除を目的とする――
 「どこかで自分に甘えがあるからそんな姿になっちまうんだよッ!!」

 ――術士の 掃除屋。

 だから香月は太刀を構えた。 
  
 「覚悟しとけ。」
 
 台詞と斬撃は同時。満月を背景にした香月に蛙人が始めて恐怖を味わった時、
 ――とっくに決着は付いていた。
 「うァ?」
 最初の異変は、腹に有った。すうっと赤い筋が入ったかと思うといつの間にかそれは傷口と化し蛙人の神経を苛んだかと思う間もなく右腕と背中に同時に入った線が血を吹き出し次の瞬間左側の指が全てぼろりと落ちて泣こうにもいつの間にか左の眼球は失われておりはみ出した消化器官さえもが無数の切り傷を晒し
 「ウァああああああぁぁぁあアァアアァァァァァああああっっ??!」
 骨が切断され皮膚が切断され神経が切断され血管が切断され
 「れ、れ、れれれれれんやさまぁあああぁ!!」
 それでもなお叫喚を上げるための声帯は残され痛みを感じるための脳は残され血液を送り出すための心臓は残され最期の景色を見るための右眼が残されて
 「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない・・・・・・・」
 それを見つめる香月の眼にも脇で見守るウサギの目にもひとかけらの憐憫も見られずその理由は塔の真下ですでに腹を引き裂かれ死んでいる人間でありよく観察すれば香月が蛙人に対してその人間――蛙人の殺した人間と全く同じ苦痛を味あわせているだけであった。
 「呪うなら自らの弱さとおごりを呪え!!」

   “水”魔法最上奥義 水竜瞬斬

 最後の一閃で、声帯も脳も眼球も心臓も真っ二つにされた蛙人は、ようやく叫喚をやめ、浮力を失い地へと落ちていった。
 「ウサギ、分解よろしく。」
 「あいよ。」 
 ウサギは、白い肌と白い髪と白い服と白い手袋と赤い眼が特徴の、十台半ばの少女型の精霊である。数多の神聖なるもの、例えば神や天使のように、“水”気を基にするウサギにも性別はない。便宜上少女の形で居るのがよいから少女で居るだけである。
 彼女の役割は、専ら“水”気の収集。術者が魔術を使役する時、その材料となる気、属性に応じた気を、大気中から、神聖なる場所から、はたまた生物の体の中から取り出して供給するのだ。
 そして今は、死せる術者から。
 「ちちんぷいぷい・・・・、“水”気よ集まれ。」
 ウサギの掛け声と共に、いまだ落下の最中であった蛙人の肉体がほんのりと光を帯びた。そして、それは光の奔流となり彗星の如くウサギの元に飛来し・・・・・・!
 「いっただっき・・・・・まーすッ!!」
 次々と・・・、次々と!!普段の姿からは想像も出来ないウサギの大口の中に消えた。
 最後に、げぷぅ、とかわいらしい(?)おくびをもらし、ウサギは言った。
 「いこ。早くしないとけーさつの人が来ちゃうよ。自殺者と間違われるよ。」
 「そう、だな。」
 対する香月の顔には、府に落ちないと書いてあった。
 「香月・・・・?」
 「あいつ、最後に・・・・・・。」
 れんや。その名を呟いていた。そして大して普通でもないその名前の持ち主を、香月は一人知っている。
 「まさか、蓮弥が?」
 しかしその思考に容赦なく進入してくる声があった。もちろんウサギだ。
 「早くしよーよ!花ちゃん!!」
 「な゛っ・・・・・、その名前は忘れろって言っただろー!!」
 「へへーんだ。」
 口げんかの残響と共に、二人分の人影が闇に消えた。
 
 片や白き少女型精霊ウサギ。
 片や禁忌術士掃除屋香月花田丸(かづきはなだまる)。

 彼らこそがこの戦いの光の部分を勤める。
 
 
【射奈河財団朝顔区支部ビル 最上階】

 「え、あっ君―蛙人の奴死んだの?」

 その声は、彼にその事を報告した、ただそれだけの役割しか果たして居ない男の心臓を掴み上げた。
 「は!!」
 渾身の返事。たかが返事である。しかしその返事ですら本気でしないと――命が危ないと本能が訴える。
 「良いよそんなに畏まらなくったって。――顔上げて。」
 男はいまやひれ伏している。命令が出た。顔を上げなくてはいけない。
 しかし、目の前のソファに座った人間。白い肌に映える柔らかな茶の髪の持ち主。青が好きなのか、スーツもネクタイもシャツも、ネクタイピンから靴下までありとあらゆるところに用いている。しかしこの青年の驚嘆すべき事は、それだけ同系色を使用しているにもかかわらず、鬱陶しさも不自然さも、微塵も感じさせない着こなしである。彼の瞳は左右とも青いが、これは(色突き眼中眼鏡)カラーコンタクトであった。このことが彼の青に対する執着を裏付けて居る。
 ――たかが青年である。ただ少し自分より身分が高いだけである、自分より年も若く眉目秀麗な貴公子のような男である、腕の太さだけ見てもSPの自分のほうが上である、それだけの条件がそろっているのに、顔をあげられない理由なんてないのに――
 
 顔が、上がらない。

 「どぉしたのさー。威勢がいいのは返事だけー?」
 声が、かかる。
 顔を上げねば成らない顔をあげねばならない顔を上げねばならない。しかし自分はこの貴公子に、凶報を持ってきたのだ。この、<失敗したことのない貴公子(プリンス)>に。
 全身が、硬直していた。緊張、などではない。これは恐怖。最上級の貴公子が最上級の恐怖を持って今自分を見下ろしている。
 唐突に、指が触れた。
 「顔、上げろっつってんだろ?」
 何時の間に移動していたのか。貴公子の指が、首筋にかかっていた。
 「ひっ・・・・・。」
 無理矢理、首を持ち上げられた。眼が、その相貌が、自分の眼を、しっかり見つめている。
 「あんたまで俺を無視すんのかよ。」
 「ひぃっ・・・・、」
 貴公子の顔。日本人離れした優雅な目鼻立ちと、その気迫。
 その奥に潜む残虐性が、男を捕らえた。
 「どうせ俺と化物を同一視しているくせに!!アンタなんか“水”魔法を使うまでもない、瞬時に苦痛すらなく消えろ!!」 
 男の運命は、どの道決まっていたのかもしれない。たかが報告、されど凶報。
 貴公子の心を損ねた以上、償わねばならない。
 ――自らの命と存在を以ってして。
 
   “風”魔法 旋風指弾
 
 詠唱する声は、届いたのかどうか。
 貴公子の行動はただ一つ、中指で空をはじいただけ。――空気を、はじいただけ。
 それだけでSPの男の一生はあっけなく終わりを迎えた。
 ストン、と、あっけない音と共に、男の頭蓋には穴が開いていた。まるで銃創のような、深く、暗い、小さな穴。凝縮した空気の粒を弾丸に見立て、男の頭を打ち抜いたのだ。
 空気ゆえの手軽さ。空気ゆえの普遍さ。この地球上にありふれた空気だからこそ起こせる奇跡。
 “風”の奇跡。
 横倒しになり絶命した男の死体を見つめる貴公子に、かかる声があった。
 「蓮弥・・・、殺しちゃった?」
 すらりとした手足に灰色の髪と瞳。ショートカットの髪に付いた癖が、まるで猫の耳のようなシルエットを作り出している。その華奢な身体をぴったりとした灰色のニットに包んでいる。強さ明るさよりも、ダークで湿った、それゆえの細さ弱さの強調された、病人のような儚さを持った人型。
 顔立ちからも体の線からも、性別をうかがい知る事の出来ない中性的な雰囲気。
 「――ネコか。」
 振り向く事無く、蓮弥と呼ばれた貴公子は呟いた。
 「その人も悪人だった?」「殺すのに足る理由は有る?」「ねぇ蓮弥、ボクたちの行く道は――本当に合っているのか?」
 数々の問い。儚げな精霊は、愁いを込めた瞳で蓮弥を見つめた。
 「ネコ。」
 しかし蓮弥は知っている。ネコが自分から離れては、生きてゆけぬ事を。術者を失った精霊は、“気”に還元され霧散する以外に術をもたぬことを。心がなくとも、蓮弥と共にくるしか、ネコに生きる道はないことを知っているのだ。
 「そんな問いに何の意味があんだよ。俺が主人でお前が従者、主人の仕事に口挟むなよ。」
 だから、たったそれだけの言葉でネコは黙る。自分に、貴公子に対する恐怖なのだろう、どうせ。蓮弥はそう考える。
 「それよりもネコ、聞けよ。俺らの可愛い試作品(プロトタイプ)のあっ君いたよな、あいつ死んだぞ。何でも――掃除屋が関わってるらしい。」
 その言葉に、ネコの眉がわずかに動いた。
 「さすがだな、お前細くても記憶力だけは人一倍なんだな。そうだよ、お前の片割れを引き取っていったあいつだよ。“香月”が、からんできた。」
 グワリと、大気が意思を持つかのように攻撃性を増した。それがあまりにも矮小にして繊細なネコから発せられた感情と気付き、蓮弥は唇の端で笑みを作る。
 「香月殺せば・・・・・、――ウサギは戻る?」
 そう、尋ねた。
 「知らねぇよ。こっちの受け入れ態勢にも拠るんじゃね?」
 蓮弥は答えたが、ネコは間髪居れずに続けた。
 「受け入れさえ万全なら、ウサギ戻しても良いんだね。また、一緒に居られるんだね。」
 その縦長の瞳孔が、ぎらぎらと輝いた。
 蓮弥にはその感情が理解出来ない。誰かと共にいられる、それがなぜここまれ何かを期待させるのか。誰かと過ごした記憶が、なぜここまで尾を引くのか。なぜ肉親がそれほどに大切なのか。
 納得出来ない。ゆえに不快である。
 しかしすでにネコは虚ろな目をして何かを呟いている。その口の形は
 「香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す香月殺す・・・・・・」
 と言っているように見えた。
 「フン。」
 蓮弥は鼻で哂うと何事もなかったかのように椅子に腰掛けた。
 SPの死体を足蹴にして、どこか不満そうに。
 たとえ不快であっても、ネコは殺さぬよう決めた。相手が居なくて困るのは、お互い様である。
 そこまで思考を進め、そして独白。

 「香月、――そうか。そろそろ、復讐に移ってもいい頃だな。」

 灰色の少年型精霊 ネコ
 禁忌術士貴公子 射奈河蓮弥(いながわれんや)
 彼らこそが、この物語の闇の部分を司る。

  

   そろそろ、物語が動き出してもよい頃だ。


2 :水佳 :2006/11/18(土) 19:54:16 ID:nmz3mHx3

 【都内某所 花田ビル 屋上】
 花田ビル。赤と黄色のビビットな配色を成された、周囲から一際際立った建造物。ショップやレストラン、一般企業などがテナントとして入っており、若年層に人気の高いスポットであると同時に、名前から想像出来る通り香月花田丸の持ち物である。というか彼の資産はこれきりで、実家からもらったこのビルのテナント料で生活して居るだけだ。本職を持たぬ彼の収入はこれきりなので、預金残高は603円しかない。掃除屋は不定期の仕事だから、定職に付くわけには行かないのだ。
 だから香月は彼なりに、収入を増やす最善の方法を実行した。
 1、ビルは一部屋残らず全館貸し出す。
 2、自分は屋上に掘っ立て小屋を作って住む。完了。
 というわけで、花田ビル屋上のみすぼらしい掘っ立て小屋には、ぶっきらぼうな筆調で【掃除屋香月事務所〜奇奇怪怪なるお悩み解決致します】という看板がかかっている。
 それは正に掘っ立て小屋という感じで、廃材のプレハブ小屋を改造し、二棟繋げただけの物である。そのうちの北側の一棟が事務所、もう一棟は香月とウサギの生活空間になっていた。しかしガス、水道が通り換気扇とストーブまであり、その出来を見たものは、たった一人の男が設計から施工までこなしたとは信じないだろう。
 さて、香月が蛙人を殲滅した翌日。掃除屋香月事務所の応接用ソファには、象徴(トレードマーク)である漆黒の外套(コート)を脱いだ香月と、二十代前半の女性が相対していた。
 腰まである髪を金色に染め上げ、前髪の一房のみを白から赤への色彩変化(グラデーション)にしており、真っ赤な口紅(ルージュ)と切れ長の瞳が大人らしい魅力を引き立たせている。服装は赤白ボーダーのタンクトップにサロペットを合わせており、ミリタリー調のブーツと、今は脱いでいるキャップがポイント、らしい。しかし十二月の今、それだけで街を歩くわけには行かないので、椅子には皮製のロングコートがかかっている。意外な事にピアス用の孔は一つも見当たらず、その代わり、衣服に装着された缶バッジとシルバーアクセサリーが花を添えていた。
 しかし、その統率されたファッションにそぐわぬ、黒のアタッシュケースが、テーブルの上で開かれていた。その中には、一目では解読不可能な古文書やら、やけに新しい書類やら、彫刻のなされた用途不明な金属塊などが沢山詰まっている。
 ガムを噛みかみ、くつろいだ様子で、女性は切り出す。
 「サンキュ。あんたの証言でまた一つ真相に近づいた気がする。」
 そこで、ぷうと風船を膨らまそうとするが、ガムの気泡は育たぬうちに割れた。
 「アンタが夕べ倒した蛙人は、風桐系統の魔法によって創作された、新種生命体、言うなればキマイラみたいだね。土守が再生力、炎江が発火能力を得意とするのと同じで、蛙人に有ったっていう飛行能力、これを付加できるのは風桐の者だけだから。」
 「おい未邑、噛んだガムをまた口の中に戻すな。」
 「べつにいいじゃん。」
 香月は未邑と呼んだ女性に制止をかけてから、ふと顎に手を当てて考え込む。
 「――ってことは昨日のあいつは風桐の人間、“風”魔法使いが作ったんだよな。でもあいつらは基本慇懃無礼で平和主義者じゃなかったっけ。あんな動物を野放しにしておくような奴らじゃないはずだ。」
 「そう。だから私も調べたんだけど、やっぱりというか必然というか、風桐の仕業じゃなかった。」
 ちょっと聞き込みに手荒な真似をしたけどね、と、未邑は舌を出す。
 「――どういうことだ。」
 「簡単明瞭。“模倣”魔術師が、現れたの。」
 模倣魔術師。自分の所属とは別系統の魔術を習得した者。
 その大半は―― 
 「香月、仕事だよ。」
 未邑の雰囲気が豹変した。この場において、少女らしさを残した明るさは必要なくなくなったのだ。取って代わったのは研ぎ澄まされたナイフのごとき、薄く冷たく、痛いほどに鋭い気。
 必要なのは有無を言わせぬ厳しさである。
 彼女の真の役をこなすために。

 「裏切り者誕生。――水留一族副長水留未邑の名において命ず、背反者射奈河蓮弥を殲滅せよ。」
 
 「・・・・・・・・・マジでか」
 香月の顔から冷静さが消えた。
 射奈河蓮弥。その名前を、どうして忘れる事が出来よう。五年前、水留魔術一族の本拠地にして総本山でもある《清廉院》に同期で配属になり、共に術士としての任務をこなした事もある仲である。
 「まあ――」
 ふと、未邑の気が緩んだ。術士の副総括でなく、ただの女に、香月の友達の未邑に戻る。
 「気が進まない、だろうね。アンタも蓮弥君には色々――含むところもあるんだろうし・・・・・。」
 「いや、大丈夫だ、大丈夫だが・・・・・・。」
 香月の額には冷や汗が浮かび、いささか呼吸も乱れている。蒼い瞳が一瞬、未邑の方を嘆願するように見た。
 その仕草に、初めて未邑はぎくりとした。何か、何かとんでもない事を頼んでしまったような気がしたのだ。
 しかし香月は、すぐに頭を振った。
 「上からの、――あの爺さんの命令なんだろ。」
 「――うん。」
 未邑の返答は短い。それでも芽生えてしまった香月への想い、大部分は同情と哀れみを隠し切ることは出来なかった。未邑は深い後悔にさいなまれる。
 「――やっぱりやめとこう!そんなことしなくて良いよ!そんな、そんな昔の友達同士を――」
 殺し合わせるなんて。その台詞を、香月の掌が止めた。
 「いや、いいんだ。それより蓮弥は――、蓮弥は一体どうなったんだ?」 
 「香月――」
 未邑は悟るしかなかった。香月が覚悟を決めた事を。蓮弥の罪状を洗いざらい聞き、それによって。彼を殺す決心をつけたことを。
 その証拠に、戦闘時の面影が、今は全くない。逞しいとさえ思えた背が縮み、気迫がしぼんでしまっている。 一人の無力な青年が、ここにいる。
 「香月、ごめん――」
 未邑は、ふとテーブルに膝を突き、香月の肩に腕を回した。
 「未邑が謝る事じゃないだろ。」
 未邑の頬には涙が伝っていた。対する香月のほうが気を回すほど。自分に抱きつく未邑の頭にぽんと手を置く。
 「全くどっちが辛い任務背負ってるのやら――」
 呟いて不意に窓のほうを向いた香月の視線と買い物帰りの精霊が外から送ってくるまるで汚らわしいものを見るような視線が不意にかち合った。
 ウサギの視線には半分以上怒りがこもっていた。
 この精霊は自らのパートナーを盲愛している。
 「ち、違うのよウサギちゃん・・・・・・!」
 ようやくその視線に気付いた見邑が香月から離れ必死で抗弁するが時すでに遅し。
 香月と未邑の関係は、ラブというよりフレンドシップだがこの頭の固い精霊に通じるはずは無い。
 「香月のエロ親父。」
 「ウサッ、ち、ちがっ!!」
 香月があわてて部屋の隅まで逃げたがすでにウサギの周りを尋常でない暗緑色のオーラが包んでいた。
 それらは一点に収束し剣呑な波動となって彼女の拳に宿る。
 「バカぁあーーッ!!」
 禍々しき水気の拳を持ってウサギは香月に肉薄する。
 「ちょっ、な、何で俺だk
 バズガン!!
 通常人が遭遇する事無き破壊音がした。水気を乗せた拳は巨木にも大穴を穿つ。
 未邑は人知れず英霊に合掌を捧げた。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.