「荘子」雑感


1 :蒼幻 :2011/01/14(金) 19:45:25 ID:tcz3skkH


  (1) 逍遥遊篇 第一

 鵬の意思は、蜩や学鳩には忖度できない。もともと大局を見据えるようには精神が練磨されていないからである。狭窄で近眼的な視野でしか物事を図れないのはなにも蜩たちの罪ではない。鵬とは相容れない、もともと棲む次元の異なる者同士であるために起こる擦違いである。
 大椿の寿は、晦朔を知らぬ朝菌には推量れぬものである。
 余りに大きすぎるものはその用途に困ると云うことがあるが、いったいその大きなものを如何にすれば活かしていけるのか、それを為政者は悩むことがある。しかし荘子は云う。凹凸があって建材に使えぬ樗のような大樹も、その傍の日の陰になっているところに横になって昼寝をすれば、それだけでもこの大樹は有用のものになるではないか、と。
 どうすれば自分に有利にものを利用できるかと云う考えを捨て、生命のあるがままの姿を思って、それを活かす方向で考えていけば、この世には無駄なものは何もないのである。そしてそう云う心理のうちから、心を自由に遊ばせられる、のびのびとした、豊かな生活と云うものが現れてくるのではないか。
 権力と袂を分かった荘子の教えは民間に広く伝わっていった。儒教的な教えが全盛を極めるなかでも、道教は民間伝承を頼りに、この二千年を生き延びてきたのである。その教えのなかには億万の人々が受け入れてきた価値の充実と云うものがしっかりと存在していたように考えられる。ひとつの思想が二千年を超えて現存することの凄まじさは、考えるほどに偉大なものであると思える。現在刊行されている書物の幾冊が、二千年後も人々の書架のなかに収められていることか? それを思うと、やはり思想もひとつのロマンであると思えてくる。

(2011.01.05)



  (2) 斉物論篇 第二

 物に彼此の差を設けるのは虚しい。彼を此とすれば、此は彼となるであろうし、無と有という概念にしても、万物が無と有に別れる以前から、無の中の無というものと無の中の有というものがあったのである。そのことを忘れて、目先のことに追われて、すべてを区別できると思うのは思いあがりである。
 南郭子綦が肘掛に凭れていたときに顔成子游に云った言葉、「形はもとより槁木のごとくならしむべく、心はもとより死灰のごとくならしむべきか」。この言葉は自分の存在を他の存在と同一にして、自分の意識と云うものを万物と斉しくするための方法を述べたものである。
 天籟を聞くための心得を説いても、それは人にはなかなか伝わらない、自分で感得していくしかないのである。
 地籟、人籟はわかるのに、天籟がわからぬとはどう云うことか。
 籟を吹く者の実態がわからなければ正体がわからないというのは、つまり目に見えるものに誑かされているのである。
 天籟を生じさせるものなど何もない。が、天籟は、自然のなかで誰にも巧まれずに生み出される天与の音である。自然がその籟となって音を生ぜしめるのである。
 物の形に捉われていては本質は見極められない。その殻をひとつ破って、すべてのものと合一すれば、彼と此の差もなくなり、無と有の区別によって生じる様々な感情の流れも落着かせることができるのである。
 荘周は胡蝶になる夢を見た。目ざめたとき、自分が蝶になった夢を見たのか、いままさに蝶が荘周になっている夢を見ているのか、どちらとも分からぬ境地に立たされた。《物化》という概念を明らかにする事象である。

(2011.01.05)



  (3) 養生主篇 第三

 道を修めるのに形にばかり拘ってあれこれ画策するのは無駄なことである。自然の矩というものに従って毎日研鑽を重ねることで、技は大いに進展してくものであり、文恵君に自分の庖丁の腕を披露した料理人のように、最初、自分が当たるものそれのみに集中していたのが、やがて、肉の身の付き方自体をしっかりと理解し、身と身の間の幾分かの隙間のなかに、薄い庖丁の切っ先を入れるのだから、楽々と肉を解体することができるのである、と云い放つ。
 そこまでの腕になるには十数年が必要であったとも云うが、それを聞いた文恵君はこれこそ、養生(真の生き方)の法であると感嘆する。
 これは、自然の成行きに身を任すことの尊さを教える。
 一本足になってしまった男の話や、飲啄に不自由してもなお野にあることを望む沢雉の話。
 人生とは険難の連続であるけれども、それを乗り越えた所に養生の道は開けているのである。
「吾が生や涯あり、而して知や涯なし。涯あるを以て涯なきに随う。殆うきのみ(生命は有限であるが、心の働きは無限である。有限の身で無限のことを追い求めるのは危ういことだ)。」
 だからこそ、中の立場に立ってそれを拠所にしていくことで自分の肉体を養うことができ、長生きすることもできるというものである。

(2011.01.06)



  (4) 人間世篇 第四

 人の世のしがらみを如何にして取り除いていくか。身の危険から如何に離れるか? 「君子危うきに近寄らず」といった孔子とその弟子を題材にして荘子が語る人世の渡り方。
 人は他人をねたみやすく、依怙地で、横暴で、いつ災難を吹っ掛けてくるかわからないものであるけれど、それをあらかじめ知って避けるということは人臣には必要なことであると説く。
 どうすれば自分の身を安全に保つことができるのか、それはしっかりと目標を見据えて、どんなことが展開されていくのかを見極め、先に、先に、自分に降りかかるであろう災難を防いでいくことに若くはない。
 また逍遥遊篇で挙げられていた無用の長物である大樹の例や、支離疏というせむしの男のことなどが語られる。天下有用の材ではないものの、そのものは、何にも必要とされないことから、自然と天寿を全うできるという利点があることを引く。
 人としてのあるべき道は、なにも人生に何かを成し遂げ、偉大な功績を上げることとは限らない。万民が天寿を全うできるような仕組みこそが、本当の尊さではないかと荘子は云っているような気がしてならない。

(2011.01.06)



  (5) 徳充符篇 第五

 自分の生まれ持った能力や、不可避的に襲ってきた災難をそのままに受け入れた結果や、研鑽の結果得た特質などを活かして世を渡っていくことについて、荘子は批判的でない。が、無理に努めて、産を乱して、いたずらに自由を手に入れることは賛成しかねるところである。自分の力を自然な形で発揮して真人となる。それを荘子は奨励しているように思える。
 俗のなかの俗たる人間の代表として描かれた孔子が、王駘という男のことを聴き、自分もその弟子のひとりに加えてもらいたいと嘆じる場面がある。門人の数で孔子をも凌ごうかと云う勢いの王駘。いったいこれは何を意味するのか? 論語によって当時の孔子の言行を知ることができる今の世であるけれど、この孔子様がひどく貶められているような物語や小話を書くことは、現代ではご法度に近いものがあるかもしれない。しかし、同時期に活躍した荘子がこのような話を残している。よほど腹に据えかねていたか、揶揄したかったのか、それとも、何か特別な思いがあったのだろうか――。想像は膨らむばかりである。
 兀者(あしきりの刑を受けた罪人)のことが頻繁に描かれる。あしきりをされるということはその男は昔罪を犯したということであるが、それはつまり、人々に蔑まれる存在であったということである。周りの人間は兀者であるというだけで差別する。有徳の士とされている人物でも、そう云うことがありうるのであった。兀者のある者は云う。あしきりを受けた存在だからと云って一段低く見るとは、その事実だけで、あなたはそれだけの人物であると云うことに相違ありませんね、と。外形にばかりとらわれて、本当に必要な内面をなおざりにしてしまっているということを云いたいが為の挿話である。

(2011.01.06)



  (6) 大宗師篇 第六

 真人というものに着目して論が展開される。
「真人の息は踵をもってし」という言葉が印象的であるが、女偊氏も四子も云っていることは道についてであり、立ち位置の違いによって当たっている事物が異なるのである。女偊氏は聖人の道を知っていながら、聖人になる素質を持っていない。反対に、聖人の道は知らないが、聖人になる素質を持っている夫に道を教えようとする。それによって、物を外れ生を外れ、この世の係累を振り切った夫の卜梁倚は不死不生の境地に出入したとされる。
 また四子の云った、自分の片腕が鶏にでもなろうものなら朝が来たときに鳴かせて目覚ましがわりにしようものだし、弓になってしまったならそれを用いて鳥を射ようと宣言する。めぐりあわせの物を受け入れ、それを非難することなく、どうすればそれを活かせるかを考えようとする心の働きこそ、真人に近いものであるとする。
 一説、坐忘という境地がある。
 孔子の弟子顔回がその境地に達したことをこの章で述べているが、坐忘というものが荘子の中で、特に重要な概念であることは注目しておきたい。
 自分の身や心を、存在を虚しいものとしてその感覚から脱し、大いなる物への合一を図ると云うものである。それは荘子が何度もこの書物で繰返すことであり、荘子内篇の根幹を占めるものとなっている。一つになれば物の好き嫌いはなくなるだろうし、常に変化することで物事に対して頑なになることを防げる。それこそ優れた境地であるとする考え方である。

(2011.01.07)



  (7) 応帝王篇 第七

 政治について語るとき、荘子はいつもひとつのことを云い立てる。
 匹夫の賢しらな知識でもって国政を云々するよりも、天という大きなものを見据えて、その境地から合一を目指して取り組んでいくことこそ、天の道に背かぬ第一歩である、と。
 しかしそれは世の大勢を占めている儒教的な思想とは対極にある考え方であり、遂に荘子を含む道教が政治の中心になることはなかった。それはどうしても政治に対して冷めた印象を抱かせる、世捨て人的なものを目指すことになりかねない、一種の厭世観を感じさせる宗旨が原因しているのであろう。
 題は「応帝王」であるが、帝王のあり方を説くというのとは違っている。
 どうしても荘子は脱体制という雰囲気がありありと見てとれるのである。
 列子とその師匠壺子、そして季咸の寓話は面白い。
 壺子が列子の紹介で季咸に会ったとき、壺子は自分の相をたびたび変えて季咸を翻弄した。まさしく壺子は道術を弁えていて、自分の相というものを自在に操ることができたからである。会うたびに相の変わる壺子を見て、季咸は気味が悪くなる。そしてついに逃亡してしまう。それは道に合一している者だからこそできる芸当なのであろう。
 内篇は以上七篇で終りである。気が向けば外篇もやってみたいが現段階では計画は白紙状態。とりあえず、次は列子である。

(2011.01.07)


2 :蒼幻 :2011/01/14(金) 19:47:33 ID:tcz3skkHkc

 中国の諸子百家のひとつ、荘子を読んで思ったことなんかを、できるだけ原本に忠実にまとめてみました。いや、これはそのまま原本を読まれたほうが勉強になるんでしょうけど、そこまでしなくていいやという人向けのものです。
 多少、漢字等難解な部分があるかもしれません。
 とりあえず、アップしました。
 よろしくお願いいたします。


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