罪と罰


1 :蒼幻 :2010/05/16(日) 12:12:12 ID:tcz3skke

 いつもお世話になっています。蒼幻です。
 今回は時代ものっぽい感じでやっていることは純文っぽいニュアンス、とでもいうべきもので、わかりにくいんですけど、つまり、タイトルにある「罪と罰」というのがテーマになっています。全体的に暗い色調ですけど、何か感じ取っていただけたなら幸いです。でははじまりはじまり。


3 :蒼幻 :2010/05/16(日) 12:13:17 ID:tcz3skkeVm

   ☆

 宗久は半時間ほどしたころ、戻ってきた。
「管主に話してきました。今夜はここにお泊まり下さいとのことでした。もちろん、藤堂様がいいなら、ということですけど」
 私はもう秋本番になったこの辺りの気候で野宿もないだろうと思い、その言葉に甘えることにした。「よろしくお願いいたします」私は丁寧に告げた。
「それで、管主が藤堂様にお会いしたいということでした。こちらから出向くゆえ、待っていてほしいとのことでございます」
「ほう」私は感嘆の声を上げた。
「実は、藤堂様に出家に対する関心がおありであるということを告げたのです。それで管主が関心を持たれまして、こうして私に先に、話をつけておくようにと申されたのです」
「左様なるか」私は云いきった。
 ほどなく、玄関に人の気配がして、それが管主であると気づくまでにはそれほどの時間は掛からなかった。
「不忍寺の管主を務めておる禎玄[ていげん]にございます」
 管主と云うは六十になんなんとする老体で、この歳まで壮健に生きていられる人物は珍しかったため、私はそのことにまず驚かされた。顔に刻まれた皺はまるで大樹の幹の表皮のようでもあり、自分の張りのある肌とは似ても似つかぬ、この老人に若い頃があったことを想像できないような思いを抱くのだった。しかし目は澄みきり、口元は犀利な印象を与え、尋常一様でない雰囲気も漂っている。眉は白く、一寺の管主としての風格は十分にあった。
「訊けば、お侍さまは出家をご希望とか?」
 管主の表情には無理しているところがなく、柔和そうな笑みも浮かんでいたが、しかし、その言葉は本質を突くようにあまりに怜悧で、私は気押されてしまいそうな印象を受けて内心たじろいだ。
「いえ、それはただの気の迷いであったかも知れません」と私は答える。
「そうですか……」管主禎玄は白い眉をぴくっと動かした。「何はともあれ、ゆっくりして行って下され」
 そう云うと、管主は傍らの宗久の方を見られた。
「宗久、そなたの初めての客人じゃ。せいぜい、世話するのだぞ」
「はっ」と宗久は告げて頭を下げる。
 管主の表情には何か凝り固まったものがある気がしたが、気のせいだったかもしれない。私は顔に穏やかな笑みを浮かべて、立ち去ろうとする管主に視線を据えていた。




   ☆

 食事をとる場所は、この寺にいる者と同じ、案内されるときに見えていた本堂の中でと云うことになった。私は宗久と連れだって本堂に向かった。そのときにはもう太陽は西の地平に沈んでいて、夜陰が入り込んでいた。坊主は管主と宗久を含めて七人いた。侍童らが忙しく働いて、人数分の食事を運んでくる。
「精進料理ですから口に合わぬものもありましょうが、御容赦くだされ」と管主は云った。
「お気になさらず」と私は告げる。
 しかしその心遣いが嬉しかった。私を賓客として遇してくれている寺の温かさがしっかりと伝わってくる。本堂には仏像が安置されていた。本尊は不動明王で、その脇に薬師如来や毘沙門天やがあった。木彫りであったけれど、丁寧に彩色されており、まるで実際に命を持つ者のように生き生きとしていた。
 料理は質素と云う言葉が似合うような素朴なものではあったが、丁寧に作られたことの分かる品ばかりである。山菜のおひたしも、豆腐の真蒸も、野菜の煮付けも、玄米もすべてに満足することができた。
「旨いですな」と告げると、管主は声を出さずに頷いた。どうやら、食事中は言葉を発してはならぬらしい。見ると、ほかの坊主も黙々と料理を口に運んでいる。
 食事を終えると、それからは風呂に入った。
 風呂はひとりずつ順番に入る。私が割り振られたのは二番目で、それはもっともいい順番であると宗久に耳打ちされる。
「一番では湯が熱すぎるし、かといって、後になるほど湯が濁っていく。二番目がもっともいい順番でございます」そう云って笑う宗久は、この寺の中では下っぱということで、最後の方になるようであった。「藤堂様はご家族はいらっしゃらないんですか?」と宗久が訊ねてくる。
「家族か――家族と云っては国許に母が一人おるだけだ」
「国許?」
「ああ、尾張の清洲というところに住んでおる。私が任務中に不義理を致したため、もうどうなっておるか確かめに行くことすらできぬがな」
「寂しいですね」
「ああ、寂しいな。しかし今生の別れになっても仕方ないと思うておる」
「そうですか」宗久は悲しげに眼を伏せる。
「なにしろ、そなたの妻すら手に掛けてしまったのだ。そなたのその苦しみに比べれば、肉親に会えぬことくらいなんのことがあろう。私はなんとかして、これからの自分の身の立て方を考えて行かねばならぬのう」
「そうですか」
「しかし、追手がその魔手を伸ばしてくる夢をよく見るのだ」
「ほう」宗久は関心を持ったのか、身を乗り出して声をあげる。
「そこにはそなたの姿も混じっていた」私はそのことも白状する。
「わ……私がですか?」宗久は意外そうに云う。その声は若干かすれていて、何か落ち着きの悪い性情を示しているように思えて、不審とまではいかないものの、どこか尋常でないものを感じさせた。
「先程、そなたにそう云う気持はないと訊いて、ほっと胸をなでおろしたのは、そういう幻を見ていたせいも手伝ってのことであるのだ」
「なるほど」
 私はそこからどうやって話を発展させていけばいいだろうと考える。しかしいい案は浮かばない。肯定されても、否定されても私には実際、それほど大きなことではないような気がしていたからである。勿論、否定された方が気が楽になるということはある。しかし楽になったところで、自分の罪が減じるわけではない。罪はそのままで、罰だけが軽くなるというのは、どうしても不公平であるような気がしてならない。私自身、もっと罰を受けなければならないのではないかと思い始めている節があった。誰に指示されてということではない。ただ自分の中で、相応の罰がなければならぬという気がしてならないのである。
「あなたはまったく私を罰しようとしない。それは私にとってとても悪いことであるのかもしれない。自分が為した罪を十分に償ってこそ、正しく生きられるようになるのかもしれぬ。あなたのその慈悲の心が私にはとても痛いもののように感じられてならないのだ」
 私はそんな風に告げたが、もちろん、私の心の葛藤を知らない宗久は不思議そうな顔付きをした。
「あまり考えつめぬことです。私が許しますといっているのですから、あなたは気になさらぬがよいのです」
 そう告げると、宗久は就寝前のお勤めがありますから、と告げて、私に先に寝ているように云って、本堂へ向かった。
 やがて遠くから木魚の音がしてくる。
 経文を唱える声までは聞こえないが、きっとその中には宗久の祈りの声も含まれているのだろう。宗久とは不思議な男だと思いながら、私は眠りについた。
 布団は柔らかくて気持いい。外は温かくない気温だったけれど、蒲団がしっかり熱を保ってくれるので、心地よい眠りを得られた。
 いつ宗久がここへ帰ってきたかもわからなかった。
 起きるとすでに宗久はおらず、朝の準備をし、寝巻から着物に着替えて端座していると、彼が呼びにきた。
「朝餉でございます。向かいましょう」
 宗久は迷いのないすっきりした表情をしていたが、しかしそこには底抜けの明るさとでもいいたい、どこかわざとのような作り物めいた明るさが感じられた。




   ☆

 私と一緒に本堂に入った宗久はいったん昨日の夕餉のときと同じ席に座ってから、そわそわしてすぐに立ち上がり、そのままどこかへ行ってしまった。憚りかと思ったが、どうもそうではないらしい。仲間内でひそひそ声がしていたが、理由の分かる者はないらしかった。私は気にしないことにした。この食事を終えたらこの寺を出ることにしているのだ。それまでに、管主と話せればいいのだが、と私は思って、その機会をうかがう。しかし、管主は食事が運ばれてくるまで、じっと瞑想していた。
 と、宗久が気ぜわしく戻ってきた。
「どこへ行ってたんだ?」という坊主たちの追及に、困った表情を見せながら、「ちょっと」と告げる。そのとき管主がちらっと宗久の方を見て、それから真言のような祈りの言葉を口にされた。
 料理が運ばれてくる。私はその質素な朝餉に目をやった。魚もなければ肉もない。野菜だけの食事である。やがて人数分の御膳が運ばれてきて、祈りの文句が挙げられる。昨日の調子なら、その祈りの言葉が終わったら、管主の声で食事の開始の号令が告げられるはずだったが、しばらく待っても声は掛からなかった。
 皆が管主の方に視線を向ける。
 と、管主が力強い声で告げる。
「宗久」
 場は静まった。ざわざわし始めていたのがぴたっと止んだのである。まるで生き物が一斉に呼吸を止めたかのようである。
「宗久、そなた仏門にあるまじきことをしたな?」
 管主は追及する。
「な、なんのことでございます?」と宗久は焦った声を出す。
「この食事のことだ。何か、白状しなければならないことがあるのではないか?」
 管主は白い眉をぴくっと動かしていった。私はわけがわからなかった。宗久がなにか悪いことでもしたのだろうか? そんな疑問が心に浮かぶ。
「藤堂様、申し訳ないが、その御膳を改めさせてもらってよろしいかな?」
 管主はそう云うと、宗久のところへその膳を持っていき、代わりに宗久の前の膳を私の前に置いた。
「宗久、わかっておるな?」と管主は訊ねる。
 宗久は膝に手を置いていたが、その手はぶるぶると震えていた。
「ではいただこう」管主はそう云って、皆に食事を食べるように云った。
 見れば坊主たちも膳を入れ替えたことの意味がつかめぬらしい。この場でその事情を分かっているのは管主と宗久だけのようであった。
 宗久は皆が食べ始めたのを横目で見ながら、自分の膳の箸を取ろうとはしなかった。また、その様子は、何か解決策を求めているような具合だった。
「管主様、私が悪うございました」宗久は折れた。
「ほう、やはり何かしておったな?」と管主禎玄。
「藤堂様、申し訳ありません、私はあなたさまの食事に毒を盛りました」
「な!」私は驚いた。
「ど、毒?」坊主たちもことの重大さに気づいたのか、箸の動きを止めて宗久と私をかわるがわる見た。
 禎玄は複雑な表情をしていた。「わしがわかったのはな――」と禎玄は告げる。
「はい」宗久は悄れた声を出す。
「妻を殺されたそなたの怒りは修業をしに来た当初から強く感じていたのだ。しかしいずればそれも解消されるだろうと踏んで、修行を指導してきていた。しかし、昨日そなたが藤堂様を見たときに、その気に乱れが生じていたのを私が見逃すと思ったか? きっと何か悪いことが起きるだろうと思っておった。そなたが食事の前に席を立った時、これだと感じたのだ。人を殺せばそなたも同罪ぞ。同じ道にすすんで降りていくことはない。と、藤堂様には悪い言い方になってしまいますが、人を殺すことは、仏法の五戒の中でも一番最初に挙げられるものである。それを犯してまで本懐を遂げるというのも醜きことであるとわしは思うぞ」
「す、すみませんでした」宗久は管主の凄まじい気迫に押されていた。
 格が違うと私は感じた。
「藤堂様、食事を終えたら、すぐにここを去っていただけますか? あとのことは私どもに任せて」
「わかりました。そのようにさせて頂きます」
 それからは火の消えたように静かになって食事が進んで行った。
 そして別棟に向かい支度を整えると、昨日案内してくれた坊主と、管主禎玄に見送られて、門をくぐった。
「ありがとうございました」と私が告げると、二人の僧は揃って頭を下げた。
「申しわけありませんでした」という禎玄の声が聞こえた。
「修行に打ち込んで下され、私はもうここへは来ませんから」と私は告げる。

 門を出て、あてもなくぶらりと歩く。宗久の顔が脳裡に浮かぶ。殺されかけた怒りはまったく無かった。
 やがて、京へ行ってみようとの気持ちがふつふつと湧いてきた。
 京には何が待ち受けているのか? みやこなら、私のこの二つの罪を洗い流すような強い使命が自分に下されるのではないか、という気がしてならない。どこかに侍として雇ってもらうべきだな、と思う。これから寒い冬がやってくる。いつまでも浪人でいるわけにはいかない。そう思って、歩く速度を速めた。



【罪と罰 : 了】


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