春の風


1 :蒼幻 :2010/04/27(火) 03:32:33 ID:tcz3skke

賞に出すために書いたものだけど、
たぶん、送らないのでアップします(汗)
全7章100枚構成でございます。


8 :蒼幻 :2010/04/27(火) 03:36:34 ID:tcz3skkeVm



 次の週、散歩に出た聖一が帰って来ると、玄関に女の子の靴があった。聖一は訝りながらリビングへ向った。しかし、そこには誰もいない。武の友達だろうかと思って階段を昇っていくと、なにかひそひそ声がする。聖一は武の部屋をノックした。
「入るよ」と聖一は告げ、返事を待たずに部屋を開けた。
 と、そこには服をすべて脱いで絡み合っている武と優衣の姿があった。
「あ」と聖一は声を漏らし、すべてを悟った。
 いつのまに二人はそう云う関係になっていたのだ? というか、武もそう云うことをするような歳になったということを喜ぶべきなのか?
 聖一は居たたまれなくなって声をあげた。
「おまえら、いったい何してるんだ?」
「何って、することは決まってるじゃないか」と武は反抗的な態度を取る。
 普段より大人びて見えるが、基本は息子である武のものであった。
 ――いったい何がどうなってこの二人がこんな関係に――?
「父さんは云ったよね。優衣さんとは何の関係でもないって」
「そんなこと云ったか?」
 聖一は自分の心が嫉妬の炎に焼かれるのを感じていた。
 しかし身体を動かすことができなかった。
「私はそんなつもりで云ったんじゃない」
「じゃあ、どんなつもりだったのさ?」
「そ、それは」聖一は認めるのが恐ろしかった。自分も優衣のことを懸想していたのだ。確かにその気持ちがあることを否むことはできなかった。
「云えない? 云えないよね。それは云えない。自分ととんでもなく年の離れた女の子のことを思ってしまってるんだもの。そんなことは、父さんの顔を見ればすぐにわかることだよ。でも、いまどんな気持ち? 息子に好きな子をとられてしまった気分は? 目覚めが悪いかな? それとも、そういう気持ちがまた被虐感に満ちて、快感だったりする?」
 普段、大人しい息子がそんなことを言うなんて信じられないと思いながら、急に武が〈被虐感〉なんていう難しい言葉を使い始めたところで、何かがおかしいと思うようになった。これはなんだ。現実なのか? それとも、もしや――。とその情景のおかしさに気づいたとたん、聖一は笑いだしたくなった。そして顔の緊張を緩めようとしたところで夢は覚めた。
 ――夢――夢か。そうだ、武と優衣がそんな関係になるわけがないじゃないか。一度でもその関係を疑った自分がいたことに、聖一は優衣に対して申し訳ない気がした。ベッドから身体を起こす。愛妻はもういない。一人寝の寂しさは日を追うごとに厳しくなってくる。もう少しすれば収まるだろうと思っていたのに、この心の空虚感はどうにも止めようがないほど強く、激しく吹きつけてくる。そして聖一は自分が優衣のことを思っていることに気付く。しかし、夢の中の武がそんな聖一を笑っているように思えて、その思考を逞しくすることができない。
 その日の朝食はスクランブルエッグとボイルドウインナー、それから青野菜のサラダを作った。武は聖一の夢のことなどまったく知らないという感じで、朝から元気だった。
「今日は何をするんだ?」と聖一は訊ねる。
「ああ、家で勉強しようと思ってる」
「そうか……」聖一はふっと笑んだ。
「父さんは何を?」
「画きかけの作品があるから、それを進めていこうと思ってる」
「そう」
 武は聖一の画業にはあまり関心がないらしく、聖一がそう云うことを話してもそれ以上、つっこんでなにも質問しようとはしなかった。その態度が聖一にはいつもさびしく思われ、もっと、たとえば、優衣のように、いろいろなことに関心を持ってくれれば、自分も意欲的に作品に取り組めるのに、と思うのだった。とはいえ、息子にそんなことを望むなんて、それに、息子の助けがないと描けないというのは甘えだろうと、そんな風にも思えるのだった。しかし、やはり心の片隅では息子が父親のやっていることにもっと関心を持ってくれればという気持ちは常に心の中にあった。
 聖一は食後、外の空気を吸いに外へ出ることにした。
 と、通りの向こうから薄青色のTシャツを着た女の子がやってくるのが見えた。それは見間違えるはずもなく優衣だった。ショートボブで目が心持細くて、シャープな輪郭の顎が特徴的な優衣だ。
 聖一は驚かされた。
「どうしたの?」と聖一は二人の間の距離が十分縮まってから訊ねた。
「いまから聖一さんのお宅に伺おうと思ってたの。迷惑だったかしら?」
「いや、迷惑ってわけじゃないけど、突然で驚いた」
 聖一は朝の夢のことを思い出していた。
 夢では散歩から帰って来た時には、二人はそう云う関係になっていたけれど、今のこの現実では、散歩中に優衣と出会うことができて、それだけでも夢とは異なる展開になっていると、心の中でふと安堵している自分がいることに気づき、その反動から、今日の夢が現実に起こることもありえたかもしれない、という気持ちになって、自分という存在が持つ意識のあやふやさにもどかしさすら覚えるのだった。そんなことに心配の根をはびこらせるなんて、芸術家としてあり得ざることではないか? いや、芸術家だからこそ、そんなことを思っては心を病める者のようにしているのではないか? と、そもそも自分が芸術家であるなどと宣言することは、まるで烏滸の沙汰ではあるまいか。そうも思うのだった。
「家に来ても何も面白くないだろう?」と聖一は優衣に訊ねる。
「ううん、面白いよ」
「そうか?」
「うん」
「また絵でも見るか?」聖一は水を向ける。
 優衣は「んー」と云ってしばらく考えている様子だった。
 聖一はじっと優衣の反応を待った。その間も二人は着々と聖一の家の方へ歩いているのだった。「そうね、武君がいるなら、武君とも遊びたいかな……」
 聖一は驚かされた。まさか優衣の方から、そんなことを云い出すなんて。そして夢の中での出来事――武と優衣が裸で絡み合っていたこと――を思い出す。悪夢が現実になったような気がして、聖一は声をどもらせた。
「そ、それはちょっとやめておいた方がいいんじゃないか?」
「あら、どうして?」優衣は肩をすくめる。
「武もいろいろと忙しいだろうから、やめておくのがいいと思うよ」
 聖一は声を震わせた。
 優衣は彼の様子をじっと見つめ、そして口を開いた。
「聖一さん、妬いてるのかしら? 自分の子供に私をとられた、みたいな意識に促されて……」
「そんなわけがあるか」聖一はふっと肩の力を抜く。
「ふふ、冗談よ」
 優衣はまた肩をすくめた。
「さあ、着いたな」聖一は小さな門を開けて、玄関へと向かう。
「ねえ、またあの珈琲貰えるかしら?」
「うん?」
「挽きたて淹れたてのやつ」優衣はじっと聖一を見る。
「ああ、いいよ、淹れたげよう。喫茶店で飲んでるみたいって云ってくれたんだ。その嬉しさだけで、むこう一年はただで飲ませてあげるよ」
「一年後は?」優衣は期待に目を輝かせている。
「一年後のことは一年後に決めよう」
 聖一はそう云ったものの、優衣との関係が一年も続くだろうかと疑問だった。一年すれば、優衣はもう高校三年生。勉強はあまり好きじゃないようなので、進学はしないかもしれない。でも、就職が決まれば、自分のことなどもう振り返ってはくれないだろう、そう思いもするのだった。
「さあ、中に入って」と聖一は優衣に告げる。
 優衣は玄関に入り、靴を脱ぐ。
 聖一は優衣のすらりとした白い足に見入った。
「アトリエってなんか秘密基地みたいな感じがする」と優衣は告げる。
「そうか?」と聖一。
 聖一と優衣はアトリエに入った。優衣がコレクションの画集を見たいと云ったので、聖一はそれを許可した。聖一は「じゃあ、ちょっと待っててくれ」と云い、珈琲を淹れに席を立った。
 リビングに武の姿はなかった。たぶん、上の部屋で勉強しているんだろう。邪魔しないようにと思いながら、聖一は二人分の珈琲を淹れる。
 カップに入れて持って来ると、優衣は聖一の方を見た
「なんかこれまでに見たことのない絵が多くってすっごい勉強になるよ」
 優衣は嬉しそうに云う。
「そうか?」聖一はそう答える。
「あたしも何かやってみようかな」
「そうか。それもいいかも知れんな」
「なんかやってみたくなってきた。頑張るよ」優衣はそう云うと、ころころと笑うのだった。
 二人は互いに示唆を受けながら、お昼までじっくりと語り合うのだった。
 濃密な時間が流れていく。夏はこれからだ。


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