戦国


1 :蒼幻 :2008/05/10(土) 21:04:07 ID:nmz3zmrc

第一編『初陣』
第二編『洗練』
第三編『改名』

浅井長政ものです。GAIAではあまり流行らない歴史物ですが、
精一杯頑張りますので、よろしくお願いしたします。


4 :蒼幻 :2008/05/18(日) 13:58:40 ID:nmz3zmrc

下 改名



 折しも、時は永禄四年、五月初旬。
 美濃の大返しを成功させた賢政は、井口越前守、赤尾美作守ら重臣たちと会議を開いていた。そのなかで赤尾は、「美濃での采配、見事でござった。この際、賢政様のお父上久政殿にはご隠居いただき、我儕は若殿に三代目を継いでいただきたく存じまする」と申し述べた。
 賢政は逡巡する。
 ――確かに父上は政治にも疎く、秀でた武勇があるわけでもなく、国内の統治を行うのにも手一杯といった様子である。しかし、だからといって、親子の則(のり)を越えてこの賢政が一国の統領となってよいものだろうか?
 賢政はその申し出を断ろうとしたが、引き続き美作守が進言する。
「真昼間から能楽に現(うつつ)を抜かし、夜は都から城下町に流れてきた白拍子の遊女を抱いて放蕩三昧、とてもではないがこんな婆娑羅好みの久政さまでは、一国を保つのも危うかろうと思われまする」
 賢政はしばらく考えた。
 その様子を見て、美作守はさらにもう一歩踏み込んで日ごろの鬱憤を晴らそうとする。
「それにつけても、若殿の名前じゃ。賢政さまの名は、地頭山の敗戦後の屈辱的な条件下にてやむなく名づけられたものであるからにして、六角と断交した今であれば、改名をなさるのがよろしいかと……」
 賢政は少し表情を曇らせながらも、一時の緊張の面持ちは消えていった。
「それは私も考えていた。しかし、どのような名をつければ良いであろうか?」
 美作守が続ける。
「それならば、現在、若殿から見られて、心に通じるもののある武将はおられませぬか?」
 賢政は今度は間髪をいれずに答える。
「それならば、昨年五月に桶狭間の合戦で今川義元を討ち取った尾張の織田信長であろう。織田信長こそ、私が武勇にあやかりたい名将であると思うがいかがか?」
「それは良き思し召しでござる」赤尾美作守は声を張って宣言した。「儂も常々、尾張の織田信長とは手を携えて美濃の斉藤を打ち滅ぼすべきと心得ており申した。つきましては、我が浅井家の一人(いちにん)に安養寺三郎左衛門という男がおり申す。その男の知人に不和河内守という男がおって、この男、織田家の家臣でござる。よって彼に使いして此度の改名のこと、許可を求めるということでいかがでござろう?」
「良きに計らってくれ」賢政はそういうと、すべてを美作守に任せたと言い置き、その話はそこまでとなった。
 賢政は会議が終わった後もしばらくその場に残って、今のことを考えていた。
 織田信長は強敵今川を奇襲にて破ることとなった。翻って、この江北の周辺にそのような勇を持って鳴る武将が居るだろうか、と考えた。朝倉にしても斉藤にしても六角にしても、どこか小人という気がして、この戦さの世を渡って行くには心許ないところがある。強敵に出くわしたなら、すぐに滅してしまうような存在だと思われて仕方ないのである。しかも敵方に攻めこまれたとしても、恥を受けるのを嫌って自刎する勇気もないのではないかと思われてくるのである。
 自分はどうだろうか、とも考える。確かに城の周りを敵に取り囲まれ、進退窮まったと思ったら、自刎して果てることが出来るだろうか? それは自分にもわからないことだった。しかし、この戦続きの世の中で一国の主ともなるのであれば、いつでも自刎できるだけの覚悟は持っておかねばなるまい。そう考えると、いまの会議の父久政を隠居させるという美作守の考えも視野に入れておくべきであろう。あの美作守の剣幕を見れば、早々に跡目を引き継ぐことになるのは目に見えている。
 賢政は清水谷の浅井邸を出ると、気分を落ちつけようと小一時間ほど近在を馬で駈けるのだった。

 五月十六日の正午から、賢政の改名披露を兼ねた浅井家繁栄の祈祷会が、木之本地蔵尊にて執り行われた。それに先駆け、赤尾美作守は尾州の織田信長に次のような内容の文を宛てた。
 曰く、信長殿の長の一字を頂き、長政と名乗りたい、と。
 その文を受け取った信長は喜んでこれを承諾した。
 賢政改め長政は家臣皆の前で、これから長政と名乗ることにしたから、そのつもりでいてほしいと宣言する。そして、浅井家家臣のたっての願いから、長政は浅井家の三代目を継ぐことになった。長政十七歳、蝉の声も煩くなりはじめた夏のことである。
 それから祈祷会は佳境に入り、襲名披露、相続のあとに、長政の発起によって百韻の連歌会を催すことになった。
 初めは地蔵尊住職の浄亜が発句を詠む。

   近き江は陰さえなびく柳かな

 近き江とは近江のことであり、柳とは木之本ゆかりの木である。
 次は長政の番である。長政も自身、幼い頃から習い覚えた文芸を披露するかのように、見事な付け句を創出する。

   朝日長閑に映る真砂地

 朝日とは浅井のことであり、長閑の長と真砂の政で見事に浅井長政という名前を句に詠みこんだのである。その場に居並ぶ家臣一同はその長政の文武両道に秀でた才能に感嘆させられた。長政はその他にもさまざまな佳句をこの祈祷会の連歌会にて残したのであった。

 永禄五年四月、浅井長政はある一つの驚きに遭遇する。
 家臣安養寺三郎左衛門が織田家家臣不破河内守の訪問を受け、信長の意向を伝えたらしい。
 いま安養寺は浅井邸に参上して、そのことを主君に申し上げているところであった。
「殿、またとない良縁でござる、尾州の織田信長殿の妹御お市さまを殿の嫁にといってきておるのでござる」
 長政は嫁と聞いて、六角家家臣平井定武の娘登代のことを思い出す。
 思えば、自分は結婚に対してこのときから否定的な考えを持つようになったのだ。
 しかし――。
 長政も諸国の大名のお市を所望したいとの声が大きいことを知っていた。そのお市を自分の嫁にという織田信長に対して親密な感情を覚えるのは自然なことだった。それに、登代のときは殆ど強制的な取り決めによるものであったが、今回は違う。断ろうと思えば断ることも出来るし、万事を決める権利は自身にあるのだ。そのことは長政を少なからず安堵させた。
 そして長政は決心する。改名の折にも武勇にあやかりたい名将として信長の名を挙げたほどである。その信長と義兄弟になる願ってもない好機なのである。長政はその申し出を受けることにした。
 そのように安養寺に伝えていると、先に隠居した久政が部屋に入ってきて、申し述べた。
「美濃の斉藤、江南の六角を討つには織田家との同盟は好都合じゃが、我儕には先代よりの越前の朝倉との固き盟約がある」
 その場に同席していた木村日向守が口添えする。
「仰せはごもっともでござる。その点は織田殿にご了承頂き、朝倉とは事を構えぬよう確約を取り付けた上で受諾するがお家のためでござろう」
 それらを申し伝えた上で、不破河内守は安養寺三郎左衛門と河毛三河守、中島惣左衛門の三名を同行して清洲城で信長と面会し、織田・浅井同盟の誓約書に調印し、両家の婚約の成立を伝えた。
 四月下旬、お市の方は小谷城に輿入れをした。
『(彼女の)顔色の麗しいことは芙蓉の露にいたむ風情』(太閤記)と記されている。
 この小谷が織田家の手によって落ちるのはこれより十一年後のことである。


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