(仮題)教養小説


1 :蒼幻 :2008/04/12(土) 00:07:49 ID:nmz3zmrc

ひとりの青年の人生をその生い立ちから語っていきます。
長大な物語になる予定です。
まずはその父親の人生観から語らせていただきます。

※第一章を推敲しなおしました。


17 :蒼幻 :2008/07/19(土) 17:47:38 ID:nmz3zmrc

第十六話 弘隆の過去

 ――確かに最初は自身の高校生の頃を思い出してプロットを組んでいたはずだ。
 弘隆はどこでどう間違ってしまったのかと、自身の思索の道程を振り返ってみた。やがて、自分の人生の中で最も振り返りたくない事件、疑獄事件のことを思い出していた。
 確かにあの頃、自分の心は荒んでいた。
 デモの仲間が官憲の弾圧を受け、多数逮捕されたことも知っていた。この活動には危険が伴うのだということを思い知ったのも、あの時期だ。弘隆はそう回想する。
 当時、自分はデモ活動に打ち込んでいた。そして、表立っての活動はしなかったにせよ、よく活動の仲間たちと時間を過ごし、様々な物事に付いて語り合い、理解を深めていったものだ。それは青春の一ページとして弘隆の心に深く刻まれている出来事だった。
 落ちついて考えれば、どうしてあの当時、そのような活動にのめりこんでいたのか、よくわからない。気が付けばそうなっていたとしか形容できないのである。確かにあの頃、自分は人生に目的が見出せなくて、知らず識らずの間に焦っていたのだろう。人生の目的なんてこうして生きている今であっても明確になっていないというのに、あの当時の自分がそんな大問題をあれこれと扱えるわけがなかったのである。弘隆は落ちついて考えられるようになったのは小説を書き始めるようになってからだと思い至った。
 断章や箴言を書き始めた頃にはまだ曖昧模糊とした心の中だったが、小説と言うひとつの固まり固まりを仕上げるようになって、その中に表現したい意見や思想といったものが形をとって現れるようになってからは、そう混乱することもなくなり、小説が良い形で自分の心に作用していったことがわかったのだった。
 警察に逮捕され、牢に放りこまれたとき、弘隆はまず初めに、他の仲間の安否を確認したいという誘惑に駆られた。なんといっても共に活動してきた仲間である。心配にならないといえば嘘になる。しかし、その仲間だと信じていた人間がそれぞれに疑心暗鬼になり、活動を共にしてきた仲間を売って、自分だけ助かろうとする者の多さに、弘隆ははじめの頃こそ受け入れがたいことと思っていたのだったが、それが人間の本性なのだということを知って落胆していった。
 仲間はありのまま、否、あることないことを喋り散らして、その功績によって早めに釈放されることになったのだが、弘隆はそういった駆け引きが苦手なこともあって、結局、二年間も牢の中で生活することになった。
「お前も取調べで素直に事情を説明すれば、すぐに釈放されるだろうに、何が悲しくて、そんなに口を緘するんだ?」同情してくれる刑務官のひとりがよくそういったものだ。
「貴方にはわかりませんよ。たった一人きりになっても、私はいまの状況を甘受する」
 その頃の弘隆には、融通というものがまるでなかったから、周りから見ていて、あまりに不器用で、そしてあまりに痛々しかったに違いない。
 弘隆は自身の書斎で過ぎし日のことを思い返しながら、去年の暮れにこの家にやってきデモ活動の一団のことを思い出した。
 あの一団にしたって人数が居るから、みんなあれほど活発に活動を起こそうと言う気持ちでいたけど、もし何かで逮捕されるような騒ぎになったとき、あのうちの何人が仲間を売らずに、自身の正義を貫くことができるだろうか? そんなことを考えていると絶望的な気分になってきたため、弘隆はその空想を脇へと押しやり、次の作品のプロットをまとめようと、ワープロの画面をじっと睨んだ。

 美しい紀行文のようなタッチで描く現実直視の文章……。
 そんなものを書こうと試みる今作。弘隆はそのプロットをどうにかこうにか、五月の末までに作り上げた。あとは着想を言葉にのせるだけだ……と弘隆は考える。
 自分の中にどれだけの力が隠されているのか? これまでの小説では出せなかった力を今作ではしっかりと発揮したい。弘隆はそう考えていた。
「美しい物を書こう書こうと力むんじゃなくて、素直に、美しい物を感じ取る心で筆を進めれば良い物が書けるはずよ」と妻の咲子はいった。
 自分でもその理屈はわかると思った。しかし、それにはまず初めに文章を書く姿勢から改めなければならないのではないか、と弘隆は思った。というのも、自分のいままでの書き方は、何か物があれば実直に物があると書くやり方だったのである。それを一八〇度転換して、その物の外面内面双方を把えて、それをどう表現するかに心血をそそぐ。
 これでは自分が長年忌避してやまなかった私小説作家の後を追うだけではないか、と考える。しかしこうも考える。自分の中で忌避していたということは、必ず何らかの大きな原因があるはずだ。その原因を究明して、自分でもそういった文章を作り上げられるようになったとき、自分は本当の作家になったといえるのではあるまいか?
 まずは書いてみることだ、そして咲子に評価してもらえばいいではないか……。
 主人公は流浪の画家、丁度、夏目漱石の『草枕』に登場する主人公に似通っていたが、那古井の町のような旅情感たっぷりの町は望むべくもなく、弘隆は自身が子供の頃から慣れ親しんだ関西の町のいくつかをピックアップして、今回の作品の舞台とすることにした。
 弘隆はその日一杯、プロットに時間を費やした。
 しかし、思い通りになるかどうかは、書き出しの一段落で決まると言っても過言ではない。
 その次の週、弘隆は新しいその小説『(仮題)紀行小説』の執筆に取り掛かる。
 弘隆はそれがもっとも難渋する作業だと思い知った。
 というのも、これまでに書いたことのない小説を書こうとすることと、物語の書き出しというもっとも気を使う個所を執筆するのだという意識がないまぜになって、非常にハードルが高くなってしまっていることを痛感せずにはいられないのだった。
 やがて数時間、うんうんと煩悶した結果、次のような一文が出来あがった。
 ――子供の頃、野山を駆けまわり、容赦ない陽射しにたらたらと汗を流し、時のたつのも忘れて遊びまわっていたあの時代を懐かしく思い返すにあたり、南の空に雄渾に広がる入道雲の大きさ、勢力、威圧感を子供の頃からうらめしく感じつつ、私達はそのどうしようもない無力感を味わいながら毎日を生きていくことを意識せねばならなかったあの日々。
 弘隆はそこまで書いてみて、その一文にどことなく違和感を感じ取っていた。
 書いていることは確かに自分の感慨なのだが、それが本当に小説の書き出しとして適当なのだろうか、という疑問。弘隆はそれ以上追及する気持ちを持たない方が賢明かも知れないと思いつつ、なお数行、文章を書き連ねた。
 しかし読み返してみるとやはりしっくりと来ない。これが自分の文章かと嘆きたくなる。弘隆は無念な気持ちで一杯であったが、思いきって、今書いた文章をすべて消去してしまった。
 なお、一週間ほど、弘隆はその小説の書き出しに悩んでいた。
 スランプというわけではない。同時に並行して書いている日記風の雑記文章は考える前に手が動いて、次々に文章を書くことができているのだ。書けないのは、ただ、これまでとはまったく異なる作風の文章を書こうとしているからに違いなかった。
 書き出しさえ決まれば、あとは筆が勝手に動くという楽天的な考え方もあるにはあった。しかし、何度目かの書き出しのあと、文章を続けようとしても、そこから少しも筆は動き出すことがなかった。これは自分にまったく合っていないのではないだろうかとも思う。しかし、これは自分の少年時代の思い出と慣れ親しんだ土地に対する恋文であると位置付けていた弘隆は、まかりまちがってもこの作品を未執筆で終わらそうとは思っていなかった。
『いついかなる時でも、普遍的に輝く光の世界というものが目路の先に展けている。人はそれをどう呼ぶだろうか? 私は過去と未来とをつなぐ掛け橋であると思いたい。そしてそうであることがなによりも大切な思い出を一段高いところへと押し上げてくれるのだと思っている。これから話す話もそれらの類するような話なのである。』
 弘隆は思い誤って、これは序文ではないかと書きなおした文章を読んで苦笑した。
「今日は駄目だな……」そうこぼすと、弘隆はまた居間の方へ向かった。
 咲子は起きていた。
 真治は相変わらず眠っている。
 弘隆は思いきって咲子に訊ねてみた。
「どんなときに故郷を思い出すか?」とか、
「幼い頃の思い出はどんなものか?」とか、
「初恋の風景はどんなであったか?」とかいった類である。
 咲子は戸惑いながらも、それが現在夫が執筆している作品に関することなのだと察知した上で答えるのだった。
「そうね……この家ではあまりテレビを見ないけど、たまにテレビをつけたときに旅番組をやってて、田舎の地方都市の特集をやってるときなんかに故郷を思い出すわね」咲子は嬉しそうに質問に答える。「幼い頃の思い出と言っては――」
 咲子は夫の満足する答えを出そうと気を張って、質問に答えていった。そしてそれは少なからず、弘隆の創作意欲に火をつけ、やがて萎えかけていた執筆に対する意欲を取り戻した弘隆は、書斎に戻って執筆の続きを行うことにしたのだった。

 しかし、この小説は一年たっても仕上がらなかった。
 どうしても弘隆の肌に合わなかったのだろう。
 弘隆は作品がまったく仕上がる気配を見せないのを苦痛に思い、これはこれまでに経験したことのないほどのスランプではないかと思い至り、そしてそのために精神を病み始めていたのだったが、一番気付かねばならない妻の咲子にしても、まったく夫の変調に気付かず――それも仕方の無いことで、弘隆の精神疾患は目に見えて表に現れてくる種別のものではなく、その肉体の内側をじわりじわりと蝕んでいくようなものであったのだ。
 その頃から、弘隆は何かと咲子と衝突するようになり、気がつけば喧嘩の絶えない家庭になってしまっていた。
 真治二歳、弘隆三十二歳、咲子三十歳のときであった。


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