今昔物語 髑髏の報恩


1 :蒼幻 :2008/02/22(金) 23:38:29 ID:nmz3zmrc


 今は昔のこと、高麗よりこの日本に渡ってきた僧がある、名を道登(どうとう)と云い、元興寺に住んでいた。功徳の為に、初めて宇治に橋を造り渡そうと思う心を生じ、打ち込んでいるのと時を同じくして、北山科と云う所に恵満(えまん)という人がいた。道登はその恵満の家に通っているうちに、その家を出て、元興寺に帰ろうとて、奈良坂山を通ったところ、道の途中に髑髏が有って、それは人に踏躪(ふみにじ)られておった。

 其の後、月日は経過し十二月の大晦日の日の夕暮方に、元興寺の門に人が遣って来て云うに、「道登大徳の童子に会いたい」と尋ねたので、童子は此れを聞き、房を出て門に至ってその人に会った。然し、その人が誰なのか全く知らない。その人が童子に語って云ったには、「我は、汝の師の道登大徳の恩を蒙って、日頃の苦しみを捨て、安息の日々を得たのだ。そうであるから、今夜で無ければ、その恩には報い難い」とのことであり、童子を連れて行くに、どこに行くとも知らさず、里に有る一軒の家に連れて行った。どういうことかまったく知らずに家に入ったところ、多くの食べ物を童子に与え、自分も食べている間に、夜も深更(ふ)けたので其の家に泊まったところ、深夜になって人の音がして来た。

 其の時に此の人が童子に告げて云うには、「我を殺した我が兄が、此処に来たのであろう。我はすぐに去る積りだ」とのこと、童子は恠しんで「此れは如何なる事だ」と問えば、答えて云うに、「我は昔、兄と共に商いをしていた為に、方々へ行き、銀(しろがね)四十斤の商いを得たのだ。其れを持って兄と共に奈良坂を通った時に、兄は銀を欲しがって其れを取る為に、我を殺したのだ。そうして、兄は、家に帰って、弟は盗人の為に殺された理由を母に語った。その後、年月を経て我が髑髏はその場所に有り続け、往還の人に踏躙られていたところ、汝の師の大徳が其れを見給えて、哀れみの心を生ぜられ、汝を以って木の上に取り置かれ、苦しみから逃れさせて下さったのだ。其の故に亦汝が恩も忘れてはいない。そうであるから今夜我の為に此のように食べ物を儲けたのだ。其れを食べて貰う為に来てもらったのだ」と云った後、その人は見えなくなってしまった。

 童子は此れを聞き、「奇異だな」と思ううちに、其の霊の母が、殺した兄と共に其の殺された霊を拝む為に、其の家に入って来たのだが、その童子を見て驚き、「此れは何者が来たのだ?」と云い、来た理由を問う。童子は、霊の言を詳しく不足なく語る。母は此れを聴き、彼(か)の殺した兄を大いに恨み、泣く泣く、「ならば我が愛しの子を殺したのは汝で有ったのか? 我には今此れを知る事はできない。『盗人の為に殺された』と云ったのは、虚言であったのか? 悲しい事ではないか」と云い、泣き悲しんで、童子に礼をして食べ物を与えた、童子は房に帰って、師の大徳に此の事を申し伝えた。師は此れを聞いて悲しんだ。

 このように、死んだ人の骸が恩に報いる事は斯くの如し。生きている人の、恩を忘れない事は云うまでもない。恩を報ずる事は、仏菩薩もお喜びになることである。

 さて宇治の橋を此の道登が造り始めたのである。其れを亦天人が降って造ったとも云われる。其れによって大化と云う年号が付けられたのだとも云われる。

 此れを思うに、道登が造るのを助けて、天人の降った詳細は知る事が出来ない。ただ此のようにだけ語り伝えられているとのこと。


【了】 

今昔物語 巻十九 第三十一
髑髏、報高麗僧道登恩語


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