笑ってください。私はもう笑えないから。


1 :ハジメ :2008/01/31(木) 23:30:05 ID:ncPiWHx4

別のところで書いていたんですが、こっちの方が書きやすいことに気づき(汗汗)
見直しとかしません。てけとーに書いていきます。
ツッコミとか頂けるとひじょーに喜びます。単純なので。

ちょいとニヒリズムな女の子のおはなしです。


2 :ハジメ :2008/01/31(木) 23:31:18 ID:ncPiWHx4

1

 太宰治っぽい、と思った。
 自分のことだ。
 随分前に読んだ「人間失格」という日本の文学至上上位を争う名作がある。あの主人公に、私はよく似ていると思う。
 何か理由があるわけでもない。直感で、あの話はどこかしら私につうずるところがある。それは所詮、芸能人の誰誰に似ているとかそういったくだらない話題と同じレベルなんだろう。だから私は考えるのをやめた。生産性のない行為は無駄でしかない。

 クラス内で展開される複雑な人間関係に、私は耐えることが出来なかった。過去形でつづったのは、現在はそれなりに受け流していて自分の領域を守っているからだ。
 侵略者がいなければ私はお遊戯会の「木」の役とあまり変わらない。
 それは最初、意味もなく虚無に向かって叫びたくなるほどの重圧を呼んだが、今となっては気楽なものだ。変化のない凡庸な生活、それを私は楽しんでいた。
 からまってほどけなくなった人間関係の糸くずから私だけがこぼれ落ち、孤立することをよしとしていた。
 それは快感にも、苦痛にもならない。すべてのものへの諦念だ。
 騒音か公害のように騒ぎ立てるクラスの連中からちょいと距離を置き、好きな本を読んで時間をつぶす。そんな日常。退屈はしなかった。少々耳からの雑音がひどいだけで、授業中は勉強に集中するか本を読んでやりすごし、自由な時間を与えられるお昼の休憩には例外なく図書室にこもっていた。
 それをよしとしている。私の中だけで。

 息苦しい空間に放り込まれることに抵抗するすべはなかった。私は私なりに信念がある。そのためにはこの学校に来ないといけない。多少の圧迫感はあったが、人間関係や人付き合いに無駄な神経を使うことなく、何かを失うこともなければ得ることもなく、変わらないことに至上の幸福を感じた私の自由な場が学校だった。ここでは一言も口を開かなくても生きていられる。
 ただの、悪あがきだ。


3 :ハジメ :2008/01/31(木) 23:31:49 ID:ncPiWHx4

2

 授業の終了を告げるチャイムと共に、机がガタガタと喧しい音を立てて動く。各々が四人から十人以上でグループを作り、机をあわせて一緒にお弁当を食べ始める。あちこちから漂ってくる芳醇な香りを無視し、私も自作のお弁当を出していただきますも言わずに食べ始める。もちろん、他の誰ともグループを作らない。

「もうお腹すきまくりなんだけど! 四時間目まで我慢出来ないって」
「あたし、二時間目の終わりにちょこっとおかず食べてたよ」
「うっそー! あたし今度からそうしようっと」
「てゆーかさあ、みっちゃんのお弁当マジ綺麗くない? 手作り?」
「もっちろん! あたし料理って超好きだし」
「へー、もう料理とかって出来ないからマジ尊敬する!」

 私は背後から聞こえてくる会話ですぐに見抜いた。大嘘。そんなことぐらい分かる。
 あまりに整いすぎた揚げ物の衣や、焦げ目が見当たらないオムレツなどを見ていると、冷凍食品を詰め込んだだけの代物だ。他の女の子たちは騙されているのか、知っていて黙っているのか、そこまでは分からない。

 中高一貫の女子校で入学式の当日から私は輪の中に入ろうとしなかった。四月七日、入学式を終えてクラスメート全員が集まった教室内で、「じゃあ今からみんなのニックネームを決めよう!」と、派手そうなギャルっぽい女が机の上に片足を乗せて大々的に宣言した。一人一人名前を言って、そのリーダー気取りの女が勝手にあだ名をつけていく。私もその時、無表情を崩さずにしれっとフルネームを告げ、一瞬沈黙し、誰もがためらい、その場をとりつくろうように、「えっと、それじゃあよろしくね…」と引きつった笑顔でリーダー各の女が言ったのを覚えている。
 それからだろうか。無口で表情がなく、必要以上に他人と係わり合いを持たない私が異質扱いされたのは。

 女子校というものは、虎の檻に近い。
 そこに放り込まれれば自己の主張など全く出来ない。
 クラスの中には必ずリーダーの女の子がいて、そいつが子分を引き連れて闊歩しているのがほとんどである。リーダーとなるのは多くの場合、クラスで最も主張が強く、自分の意見を曲げず頑固を貫き通し、言葉遣いが悪く、性格がキツく、化粧が濃いギャル、そして男をとっかえひっかえしている。教壇に座り足と腕を組み、鼻で笑う彼女に付きまとう女の子は腰が低い。彼女らはたいていポストリーダーを狙う同様のギャルか、いじめられたくないいじめられっこの控えめな女の子。ただし、両者の違いは、後者はパシリになること。リーダーの命令に従順である。あれこれと命令されても「はいはいただちに女王様」という感じである。
 そしてリーダーとその子分たちがクラスを仕切っている。独裁社会と化したクラスでリーダーに背く者はいない。ひとたび反論の意思を見せれば、即座にイジメの対象となるのは明らかだ。女のイジメは男の嫌がらせよりずっと陰湿で犯罪に近い。被害に遭っても誰にも言えず、先生にも親にも相談できず、泣いて家に引きこもり、学校に来なくなる。泣いて許しを懇願すればリーダーの子分になる条件で血を見ることはなくなる。
 いじめを見て見ぬふりしてはいけない、と教育現場では綺麗事を並べるが、現状はそうもいかない。見て見ぬふりをしなければならない理由がそこにきちんと規律のようにあるのだ。いじめられている子をかばえば同じように半殺しのいじめに遭う。
 学校社会とは、ヒトラーもびっくりの独裁政治で安定しているのだ。

 安定、と皮肉った自分を笑った。その拍子に、手に持っていた箸を落としそうになる。
 女というものは昔から変わっていない。「大奥」の映画を見てそう思った。
 排他的で自分に非好意的な意見を排除することに長け、一人では何もできない弱い者が集団で徒党を組み、集団的自衛権と美化してマイノリティを潰す。本当はマイノリティたちは卑下されるべき存在ではなく、自らを偽ってでも徒党に参加することを拒否した、自分自身と自分の意見を曲げない信念を持つ人たちなのだが。
 徒党を組んだ連中は、自分のことを何も知らない。
 ジーキル博士がハイド氏に肉体を奪われたように、自分を偽り続ければ偽りの自分となってしまう。そして心もが偽物となって、真実は嘘の中に埋もれてしまう。自分を見失う。自分の本当にやりたいこと、言いたいことを完全に封印する。
 彼女らはそうしなければ、学校社会を生き抜くことが出来ないのだ。
 これが男女共学ならそこそこ男に媚を売って生き延びることも出来るのだろうが、女子校では、この暗黙のルールが自分の命をも左右する。


 くだらない。
 人間は皆、くだらない生き物だ。
 そう決定づける私もまた、くだらない生き物なのだ。
 私は苦笑して、箸を突き刺したままの玉子焼きを口に運んだ。朝は調子が良く、綺麗に焼けた玉子焼きは私の口内をゆっくりと安堵の色で満たした。


4 :ハジメ :2008/01/31(木) 23:32:08 ID:ncPiWHx4

3

 わたしはいじめる側でも、いじめられる側でもない。
 前述したが、お遊戯会で言うところの「木」の役のようなものだ。
 ただそこにいるだけで誰にも見向きされない。しかしなかったら均衡が乱れてしまう。水や光ほど利便性があり重要なものでもないが、あることが普通、なければどこかがおかしいと誰もが思う、私はそんな存在だろうか。
 入学式の日、いつもの性格丸出しで無愛想に接した私はクラスから早くも危険人物扱いされ、触れれば爆発するかのように私を丁重にクラスの仲良しこよしグループから放り出された。別に拒絶はしていない、むしろそれこそが至上の幸福というものだ。誰にも構って欲しくなかったし、構いたいとも思わない。誰にも話さなかったし、話しかけられなかった。遊ばなかったし、遊びたいとも思わなかった。笑わなかったし、笑う理由も見当たらない。一緒にお弁当も食べない。休み時間に芸能人のゴシップトークで盛り上がらない。ぞろぞろと大人数でトイレに行くなどまっぴら御免。
 通常、新クラスが決定してから女の子たちは手始めにクラス全体を見渡し、まずは各々と接してみて、自分に適応するかしないかで徐々に線引きが執り行われ、一ヶ月も経つ頃にはばっちりイジメグループとイジメられっこの派閥がそこに築き上げられる、というのがクラスの上下関係を決めるプロセスだ。その過程とは実に素晴らしい。私はこういうやりとりを何度か見てきたが、新クラスにせよ、授業中のグループ組みにせよ、短期間で線引きがなされるのだからこれはもはや世界に誇れる。このプロセスをこれまで何度も目撃し、観察、解剖したもんだから、まるで自分が「蹴りたい背中」の主人公になった気分だった。
 私はその複雑な人間関係の線引きに接し、グループ分けされることはなかった。言うなれば、イジメグループ、イジメられっこ、その他。私は三番目に属する。この場合の「その他」とは、もはや女子の集団の中で協調性もあったもんじゃない、始めから関係も接点も絶っている「木」の役たちのことだ。クラスに必ず一人か二人はいる。そして必然的に、「その他」たちは「変わり者」であり、イジメの対象すらならない危険物扱いされ、「その他」らはクラス内の女子たちの中で最も正統な判断力と思考力を持ってイジメグループたちを皮肉っているのが過半数だ。多くの場合、マンガオタクや文学少女、口数の少ない口下手たちである。
 独裁政治は安定している。


 私は「その他」の役にまわされたが、そのポジションにはおおよそ満足している。クラスの女たちとは必要最低限の連絡事項を交わす際しか話さないし、意見を出し合う場面で率先して手を上げることもない。イジメられて卑下されることも、主従関係に疲れることもない、思考の自由が認められる。誰もが私を危険物扱いしているので、余計なトラブルに引きずり出されることもない。まったく楽な立場だ。
 イジメられても正当な反論と対処をする十分な知識と自身はあるが、それをするのが面倒だし気疲れしそうだし、イジメをするのも弱い者が強い者を屁理屈で圧倒するという馬鹿馬鹿しさに付き合ってられない。
 中立の立場が最も安全で、楽で、考える余裕がある。
 イジメとは、弱い者の強がりだ。そしてそのグループ内に入ることは、例外なく自分を偽ることとなる。イジメられる方も、本当は強いくせに弱者と先入観を散々に浴びせられたが故に本来の知力や反論を発揮出来ていない未完成ばかりだ。どちらにも同情する。弱いくせに集まって強がるのも世界最強にカッコ悪いし、血液型診断のようなスタート地点からの先入観や洗脳にやられて強さを封印するのも気分が悪い。
 私はどちらでもない。強い点は表に出さないし、弱い点は認める。勝負すべき場所では全力を尽くし、自分の意見を崩さない。権力にやられる人間よりも、権力にすがる人間よりも、比較的マシだ。
 私はあくまで中立である。

 例えそれが学校社会では生き残れないとしても、私はそれを貫き通す。


5 :ハジメ :2008/01/31(木) 23:32:33 ID:ncPiWHx4

4

 そんなことを、お弁当を食べながら長々と考えながら苦笑していると、教室の端から声が聞こえてきた。
 かなり距離が離れているので届かないと思って余裕をもってしまっているのだろうが、逆に声が大きすぎて筒抜けである。数人の女の子たちが机を寄せ合って、こちらのほうをたまに肩越しに見ながら話している。

「ちょっとちょっと、美雪が一人で笑ってる」
「うわ、やっべ。何あれ。キモイんだけど」
「どうせまた変なこと想像して楽しんでるんでしょ」
「キモイキモイ。思い出し笑いって超やばい」
「ああいうの、近寄らない方がいいよね」
「つーかさ、美雪っていつも何考えてんのかわかんなくね? あたしたちの悪口とか、結構平気でぶつくさ言ってそうなタイプじゃん」
「そうそう。あたしら何も悪くないし。根拠のない悪口なんか正々堂々、正面から言えって話じゃない?」
「根暗のくせに言うことませてるしさ。がり勉なんだよ。がり勉。いつも字ばっかりの本読んでるし」
「根暗は根暗らしく、大人しく黙ってろって話だよねー」
「てかさ、思い出し笑いする人は淫乱って言わない?」
「言う言う! うわー、美雪ってあのルックスで淫乱!? 彼氏いんの?」
「いないいない。絶対いない。あたしが命かけて保障する」
「いないくせに淫乱って、妄想癖かマンガオタクとおんなじじゃん!」
「ジャニーズとか、マンガの登場人物とかでエロいこと想像してるとか……」
「やっだー!! やめろってのホントにキモイから! お弁当まずくなるっつの!」

 ピーチクパーチクうるさい。

 筋の通っていない、自分のことを棚にあげまくった会話に私は今すぐ馬鹿笑いをしたい気分だった。
 根暗なのは君らじゃない? 身を寄せ合って、強い心の人間みたいに振舞ってるのはどっちかな?
 そもそも、悪口を影で叩くのは彼女たちだ。正面から正々堂々と言えと言うが、自分のことなど見えていないらしい。当人のいなくなった教室で好き勝手に悪口を言いまくり、本人が教室に入ってきたらぴたりとやめて会話を別線路に移す、それがイジメグループだ。彼女らの中では、嫌な奴の悪口を言うことは正当な意見であり、悪口ではないと思っているのだろう。嫌いな奴に言うのは悪口じゃない。どんな理論だ。自分への悪口は全力で否定するくせに、自分が誰かに対し悪口を言うことは必死で正当化する。
 私は正当な理由と事実に基づいた意見を持って彼女らを皮肉る。自分のことを「何も悪くない」と本気で思っているようじゃ、自覚している奴らより重症だ。灯台下暗しとは素晴らしいことわざである。
 陰口とは、影で叩くから陰口なのだ。おおっぴらに、公衆の面前で大声でぎゃはぎゃは笑いながら言うのは陰口でなく、自分の愚かさをカミングアウトしているだけだ。思慮の浅さに同情する。彼女たちには、本当に同情する。
 全く、幼児から何も変わってないね。

 実際、女という生き物は幼児から何も変わっていないのだと思う。ほんの一握りの例外はあるが。
 女は幼い頃から群れ、意見を交換し合い、共有することを強制し、同じ物を持ち、みんなと合わせることを義務とし、やかましく、価値観の違う意見をひたすら排除する。その点は幼児から何も変わらない。自分の意見を持ち、なおかつ主張する強い女を十代で見かけることはレアだ。
 そういう学校社会をくだらないと思っていたが、同情はしなかった。私が同情するのは、後天的な女たちの愚かさと発言の非論理性、無知を知らず無知を改めることもしない、利己主義で内弁慶な者たちだ。
 女の幼児的な愚かさは先天的なものであり、時代と共に受け継がれてきた女の遺伝子によるものだ。私の中にも、彼女らと同じ女の遺伝子がある。ただ、私の場合それに気づき、表に出さないでいるうちに出すことの必要性を失い、陰湿な女の性質を持つ可能性を永久に封印している、それだけの話だ。彼女らは大奥の時代から脈々と継承されてきた愚かな女の俗悪さをおおっぴらにし、それに気づかず、気づかないまま下の世代にも受け継ごうとしている。だからこそ、同じ遺伝子を表に出さない女たちを「変わってる」と判断して排除するのだ。価値観の受け入れ、という考えを持たない者は人間関係も上手くいかない。
 ……ああ、それは同情することにしよう。気づかぬことが愚かである場合もあるのだから。


6 :ハジメ :2008/01/31(木) 23:32:56 ID:ncPiWHx4

5

 ちょいとばかり息苦しい食事を終え、教室から出て行くと、ドアの向こうから今度は物凄い大声で私の悪口が飛んでくる。筒抜けだ。全く、思慮が浅い。本当に心から彼女たちを幼児だと思う。
 トイレに行き、鏡の前で制服のネクタイを整え、前髪の流れを指先で直していると、突然ひょっこりとトイレの中に入ってきた女の子がいた。
「美雪、何してるの? 図書室にも行かずに」
 ショートカットで私より身長の低い、丸顔の子。容赦なく私の胴体に抱きつき、前髪をくいくいと引っ張る。
「美雪の髪、綺麗だよねえ。ストパー当ててないんでしょ? どうやったらナチュラルでこんなびっしりストレートになるのか、人体の不思議展の出品にぜひとも美雪を推薦したいわ」
「いいから離れなさい、かがり。重いから」
 見せつけとばかりに後ろから全体重をかけて飛び乗られた。背骨が鳴る。
「顔色悪いよお。突発性顔面真っ青症候群だよお」
「いつものことじゃん。ちなみにそれはパソコンのディスプレイの病気の名前。人に使うのとはわけが違う」
 私は背中にしがみついているかがりの手をぺちぺち叩いて降りるよう言った。顔色が悪いとか、風邪気味に見えるとか、目が充血してるとか、ふらふら歩いてるとか、そんなのは日常茶飯事、病気としてカウントされない私の普段の姿である。別に病弱でも持病でも何でもなく、そういう風に見えるだけの話だ。
 かがりを引き剥がし、私はさっさと図書室の方へ向かった。階段の踊り場付近でかがりが追いつく。
「また今から図書室?」
「そうよ。読みたい本もあるし」
「美雪ってさあ、クラスですっごい煙たがられてるよねぇ。あんたが全然まったくこれっぽっちも気にしてなさそうだから、別にいいんだけど」
「全然まったくこれっぽっちも気にしてないから、詮索するのはやめときなさい。かがりまでいじめられるわよ」
 かがりは、前述したようないわゆる「その他」の一人だ。イジメグループにも、いじめられっこにも属さない、無所属のクラス内取扱危険物。別にオタクなわけでも根暗なわけでも、文学少女なわけでもなく、ちょいと浮世離れしたそのテンションの高さと口の軽さが災いして、イジメっこからも見放された変わり者。女子の世界では、ほんの少しでも出る杭は打たれない、その代わりにいじめられるか放置される。打って揃えたり、出ていることも個性だと認めるような頭のいいイジメグループがいるはずがない。
 入学早々、そのテンションの高さは人気者を通り越して逆にドン引きされ、早々にクラス内で浮いてしまったかがりは、それでも私同様気にすることなくその元気さを維持し、何とか生き残っている。そのサバイバル精神と脅威のポジティヴシンキングはどこから出てくるのか、私は一度、かがりの身体を解剖して調べたい。
 図書室に向かって一直線に歩いていく私に、かがりはどこまでもついてきた。別に邪魔なわけじゃない。お互い「その他」に属する者同士突き放す理由もないし、「イジメグループ」「いじめられっこ」「その他」それぞれに共通して、所属内部で諍いが起きれば一気にクラス全体の秩序が乱れ人事異動が行われるのは目に見えている。そんなややこしいことは一切避けたい。だから私はかがりを突き放さない。
 それに、別にかがりがいるからといって問題が起こるものでもない。むしろ私より頭ひとつぶん成績のいいかがりは、私の良き理解者だ。
 校舎二階にある渡り廊下を通って、三つある校舎に囲まれるように佇むガラス張りの建物に入る。二階建ての図書室。地下室は講堂になっているが、始終業式、学年全員が集まるような大きな集合の際にしか使用されない。道中、かがりはずっと喋りっぱなしだった。
「図書室でさあ、課題図書の読書感想文コンクールやってるよね。美雪は参加しないの? 文章書くの、うまいじゃん。そのへんのバカな女子高生と違って」
「嫌よ、そんなメリットも何も生まれないことに無駄な労力使うの。脚光を浴びるのはもっと嫌。どうせここでトップの賞を取ったって、景品はせいぜいノートかシャーペンあたりの文房具、もしくはかわいくもないキャラクターのキーホルダー、いいところで500円相当の図書券ぐらいでしょ」
「損得勘定重視だねえ」
「それが人間のすべてなんだから、仕方ないでしょ」

 それは言い訳だった。


7 :ハジメ :2008/01/31(木) 23:35:06 ID:ncPiWHx4

6

「いい加減離れなさいよ、かがり。図書室に入るから」
 背中に抱きついてくるかがりを引っぺがし、重たいドアをめいっぱい押して開けた。
 末摘花学園の図書室は県内の私立高校でも三本指に入る規模を誇り、二階建てのガラス張りの建物に何百万冊もの蔵書を持つ。
 私は中学一年の時からこの図書室に入り浸り、一週間に何冊も本を借りては読み、繰り返した挙句に毎年十二月に公表される年間貸し出し冊数ランキングの一位に私が選ばれてしまった。図書室内の掲示板に大きくランク表が張り出され、トップに私の名前がでかでかと書かれているのは不快ではなかったが、快感でもなかった。
 あんなもの、比べたがりの国民性を良く知っている図書室管理人が利用者数を増やすためにやっているだけだ。
 後ろからちょこちょこくっついてきたかがりも、いつの間にかお目当ての本を求めて一人行動を始めた。私にはそれが幸いだ。一階の天井は二階まで吹き抜けていて、上階をドタドタと走り回るかがりの様子がよく分かる。

 無数に並んだ高い本棚を一段一段見つめ、上段の本を取るために脚立を引っ張ってきてホイホイのぼっていった。ここは女子校だからスカートを覗かれる心配もない。
 目的の本を取ると、降りるのが面倒なのでそのまま飛び降りた。スカートとタイを翻し着地した私の頭を、誰かがいきなりポカンと叩いた。
「椎本ちゃん、なぁにやってるのかな?」
 ぎくり、と身体を強張らせた。
 振り向くとすぐそこに松風夕霧が突っ立っていて、私はダッシュで逃げようとしたが襟を掴まれていて叶わなかった。全身全霊で恨めしい目をして彼女を振り返る。
「夕霧、保釈金はいくらかしら?」
「馬鹿なことを言うんじゃなくて、まず脚立から飛び降りるなんてマッド・デイモンばりのことをやったごめんなさいが先」
「ああはいはい、ごめんなさいってば」
「誠意が見られない」
「もう、夕霧だっていつもやってるじゃん。学校に勤める大人なら生徒の手本になりなさいよ」
 こんなやりとりをしたって夕霧は聞かない。再びべしっと頭をはたかれ、まったくこの子は、と呆れられた。
 夕霧は図書室管理人であり、責任者だ。新刊の入荷や室内の秩序を守る(というか、マナー違反者をはたく)のが主に彼女の仕事であり、半分遊び。
 私にとって中学生の時からの年の離れた友人だ。大学を出たばかりでまだ若く、さほど大人っぽくもないことから生徒には人気がある。

「そういえば、関屋ちゃんは? いつも一緒じゃない」
 あのバカなら二階でずたばたやってるよ、と言うと夕霧は吹き抜けになった二階を見上げて苦笑した。
「関屋ちゃんらしい」
「彼女、本に興味があるわけでもないのにね」
「あら、でもこの間、新刊コーナーで一生懸命本を吟味してたわよ。結局借りていったのはライトノベルだけど」
「そうよ、かがりが読めるのはライノベだけ。純文学とかは難しいんだってさ」
 私はため息をついて、抱えた二冊の本をカウンターに持っていった。夕霧はカウンターの向こうでパソコンを操作し、本のバーコードと私の図書室利用者カードを読み取りながら、画面から目を離さず話した。
「椎本ちゃんが教えてあげたらいいのに」
「やってるよ。そしたらかがり、太宰治に興味を持った」
「そんな古典から入らなくても」
「いいんじゃない? 昨今の本を読まないバカ学生よりずっとマシ」
「そうでもないわよ。ライトノベルだったらそこそこ貸し出し数多いし」
「私はダメね、ああいうの。昔は夢中になって読んだけど、今は挿絵のある本は絵本以外全般ダメ。イメージが崩れるから」
「まあ、活字離れとか言われてるの、私は嘘だと思ってるからね。そんなことを言う人は、自分は昔、めちゃくちゃ本を読んだんだって自慢してるだけだと思ってるし。昔の人だってそんなにたくさん本を読んだわけでもないんだからさ。活字離れじゃなくて、活字苦手意識っていう方が適切だと思う」
 ごもっとも、と私は苦笑して夕霧から本を受け取った。
他にも借りたい本がたくさんあるが、何しろこの蔵書数なので全てクリアするのも難しい。

 かがりを拾ってくる、と言って二階にあがろうとした私を夕霧が呼び止めた。
「関屋ちゃんに言っておいて。教職室で竹河先生が呼んでたって」
 それに片手を挙げて返事をし、かがりを捕まえに二階へあがった。
 図書室の絨毯敷きの床は、バレエシューズを元に作った上履きをほんの少しだけ沈ませながら、音も立てず私を運ぶ。こんな静かな図書室の景観に憧れた、というだけでこの学校を受験したと言っても過言ではない。


8 :ハジメ :2008/01/31(木) 23:36:46 ID:ncPiWHx4

7

 私立末摘花学園は中高一貫の女子校で、百年以上の伝統を誇る由緒正しき学校だ。小学校六年生のときに私がこの学校を受験する気になったのは、広く何百万冊もの本を抱える図書室と、学校の景観、進学の確率と実績、そして短期留学の制度に憧れたからだ。
 この学校に入学して早五年、高等部二年生になった私は現在もクラスから離れた「その他」の一人として平々凡々な生活を送っている。そこに変貌や刺激を求めたりしない。平和を私は愛している。
 クラスメートの女の子たちが日々の生活に諦念を覚え愚痴を漏らし、彼氏が欲しい、ドラマみたいなことが起こって欲しい、王子様来ないかな、と喚く神経が理解できない。そんなもの、人生において大きなポイントとならない限り、私には必要ない。
 恋愛や、突然の不幸、突然の宝くじ大当たり、事故、事件、戦争。
 そんなものはいらない。ドラマのような人生は空想の産物だ。

 平々凡々な学校生活の中でも、私はそれなりに満足していた。多くを求めない人生とは、飽きはするが身を危険に晒すよりずっとマシである。
 何故、同世代の女たちは刺激を求めるのだろう。
 例えば彼氏と性行為をして妊娠した、突然イケメンが転校してきた、政権が崩壊した、友達が自殺した、といったことを。中には十分不謹慎なものもあるというのに、それを軽々しく口にする頭を私は平和だなと思う。
 平和だからこそ、悲惨な日常に憧れる。それは何となく理解できる。

 しかし、贅沢を捨てることこそが真の贅沢だ。それもまた理解できる。裕福な国に生まれ、衣食住に困窮することなく育った人間に己の贅沢は見えない。世の中の人々を知らないまま簡単に与えられた贅沢さを手放すことは、それはそれは平和な頭だと私は思う。
 そういった人間が学校の大半を占めていることも、また理解できる。
 何故だろう、何故だろうと幾度考えたかも分からない。
 嫌な世になったものだ。
 私はできれば、こんな世を信じたくない。


 関屋かがりとは入学当初からの長い付き合いになるが、お互いにいくつになっても「その他」ポジションでいることをよしとして、そこから脱却しようなどとは微塵も思わない。クラスの女たちがピーチクパーチク発する狂言狂句にツッコミをいれ放置することを日々の楽しみとしている。
 世の中というものに興味がないのは、私もかがりも同じだ。
 興味があるのは自分だけ。


9 :ハジメ :2008/01/31(木) 23:40:10 ID:ncPiWHx4

8

 図書室で借りた本を抱え、教室に入ろうとするといつもどおり私への非難が飛び交っていた。
 妄想癖、淫乱、キモイ、何考えてるのかわかんない、自分勝手、などなど。
 何考えてるのかわかんない、というところはどうも首を傾げたくなる。人の考えなど、わからないからこそ人間関係が上手くいくのに。
 そういったピーチクパーチクうるさい非難も、私が盛大にドアを開けて入ると一グループが一瞬私の姿を振り向いて止まった。そして何事も無かったかのように、「ねえねえ、昨日のドラマ見た?」という話を始める。
 思慮が浅い。
 私はそうとしか思えなかった。

 席につき、さっそく図書室の本を読み始める私に遠慮会釈なく話しかけるかがり。
「美雪、あいつらガキっぽいよね」
 彼女たちに聞こえないよう小さい声で私の背後から耳打ちする。そんなこと、誰より「その他」たちが一番よく知っている。
「バレてないとでも思ってるのかな。悪口言う奴に限って、自分が悪口言われたらキレるくせにさ」
「それがいわゆる棚上げってやつだよ、かがり。人はみんな自分の犯した罪を記憶していないもんだからね。積年の恨みとか言って刺されたって、当人は何も覚えちゃいない」
「あーあ、日本も終わりだねえ」
「終わってないさ。これが普遍的な光景なんだから、まともな頭の人間の方が異質扱いされる」
 かがりは私の机の上に座り、足を組んで頬をぷうっと膨らませた。中学時代からこの素行について何度か注意したことがあるが、一向に机に座る癖を直す気配がないのでもう諦めている。

「それより、教職室で竹河先生が呼んでるってさ」
「誰を?」
「かがりを」
「やだなあ、竹河のやつ、どうせまた進路の話だよ。もううんざりだって」
「いいんじゃない、もう折れても。国立も私立も変わんないって」
「変わるよ。私、国立みたいなセコそうな雰囲気の大学、行きたくないもん。ああいうのは頭がよくて、なおかつでかい目標をかかげてる高校生が行けばいいんだって」
「まあ何でもいいけど、とりあえず行ってきたら。大学なんて教師に強制されて決められるもんじゃないから。話は適当に流して最後、私立にしますって言ったら教師なんて止められないよ」
 だといいけどね、とぼやいてかがりは机から飛び降り、教室から走って出て行った。私は本から一度も目を上げず、彼女を見送ることもしなかった。


 どれだけ世間の専門家や教育者が「現代の学校の人間関係は複雑で、なおかつ深刻だ」と高らかに提唱しようとも、彼らは何も知らない。学校という独裁政治の現状を知っているのは誰より「その他」だ。ちなみに「イジメられっこ」は自分を被害者としか捉えられず一方通行な意見になりがちなので、現状を把握しているとは言いがたい。
「その他」は「イジメグループ」でも「イジメられっこ」でもない、いわば傍観者であるぶん客観的で非保守的な解釈が出来るので、場合によってはイジメグループを庇護することもある。「その他」が「その他」と分類されるのは、あくまで「圧倒的多数の意見」とは違うマイノリティーな思考力や意見を持っているからであって、「その他」の主張が一方の弁護に回るようでは独裁政治は安定しない。
 その他は「その他」たるべし。どちらかに混ざってはならない。

 かがりは頭がいい。見かけはバカだけど、考えることは一端の女子高生以上だ。とても二年生に見えない。
 だからこそ「あいつ変わってる」としてその他へカテゴライズされてしまったのだ。ぶりっ子、意見がずれてる、価値観が違う、そういった理由で。
 私の場合、どうせ無表情だからだとか感情が表に出ていないとか、それこそ何を考えているのか分からないとか、そういう危険物取り扱い表記をすべきものとしてその他へ放り込まれたのだろう。腫れ物を触るように扱われるのは若干不快だが、こちらが応じない限り接点を作らされることもないので楽なポジションである。
 他の女たちが私をどう見ているか。そんなこと分かりきっている。
 変わってる、言い方がおかしい、ませてる、表情ない、ノリが悪い、ダサい、人を見下してる感じがする、何を考えてるのか読めない、周りに合わせようとしない。
 例のごとく全て正解なのだが、私はそれをよしとしている。誰かに合わせようとは思わない。いくら日本が右へならえ社会でも、私は人と同じ服を着て同じものに興味を持ち、本音と建前で彼女たちに接しても何もメリットはないと分かっているからだ。
 例えそれが身を滅ぼすことに繋がっても、元々人生に目的など持たない私はそれを受け入れている。
 死ぬことに意味はない。あるのは生の消滅というだけだ。

 若干型破りで何にも混じることのない私とかがりはどうにかこの学校で生き残っている。所詮は長い人生の三年しか過ごさない場所だ、卒業するとなっても思い入れなど何もない。
 意味などないのだ。
 全てのものに意味を求めることが間違っているのだ。
 私はそう確信している。


 チャイムが鳴り、女たちは一斉に自分の席へ座る。教室のドアが開き先生が入ってくると、委員長が声をかけ全員で起立をする。お願いします、と声を揃えて頭を下げると、先生はいきなり黒板にテストの概要を書き始めた。
 かがりがまだ戻ってきていないのに。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
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