『白夜叉』 五部 (1)


1 :酋 長 :2007/04/01(日) 23:46:14 ID:nmz3k7WJ

これは、舐めてんのか? というほど長い酋長の初小説です。何年かかってるんだ、いいかげん諦めろ、と思われる方も居るかもしれませんが、嫌なこった。意地でも完結させてやらぁ(ノヘ;)

『白夜叉』一部(1)(2)(3)(4)(5)序章・第一章・第二章・第三章・第四章・第五章・終章
『白夜叉』ニ部(1)(2)(3)(4)序章・第一章・第二章・第三章・第四章
『白夜叉』三部(1)(2)(3)(4)(5)第一章・第二章・第三章・第四章・第五章
『白夜叉』四部(1)(2)(3)(4)(5)(6)(第一章・第二章・第三章・第四章・第五章・第六章

は「完結置き場」に移動しました。

『白夜叉』一部(1)貼り付けときます(照)

http://jan.sakura.ne.jp/~colun/gaia/effort/01100086.txt

続きはがんばって完結置き場を探してくださいっ♪
すんませんっすんませんっ(土下座)

今書いてるのもひどいけど、第一部は目を背けたくなるほどひどい文章(泣)
それでも優しい貴方はきっと読んでくださるはず♪ そして酋長の成長(または退化)を暖かく見守ってくれるはず♪


さてさて、ここからは完結編、五部の第1章からスタートです。

更新は以前と違い、かなりノロノロだと思いますが、気長に応援してください。
何が何でも完結させるぞ〜オー!(……と、独り盛り上げをしてみる。。)

では、始まり始まり〜。


2 :酋 長 :2007/04/01(日) 23:58:21 ID:nmz3k7WJ

第一章


                                   1



 アンドリュー・シントローネは、限界だった。もう何日この地下に監禁されているのだろう。食事や着替えの差し入れはマメで、とりあえず不自由はないが、こうしている間も兄達が王に不敬を働いていると思うと、頭がおかしくなりそうだ。

「宮内司閣下にお目通りをっ!」
 日に何度も牢番に訴えてはみるが、梨のつぶて。鉄格子がはまっている、という以外
は、普通の部屋となんの遜色もない牢屋の中をぐるぐると歩き回る。
(陛下――どうかご無事で……)
 硬く目を閉じ、そう祈ったその時、地上へと続く扉が開き、純白の制服に身を包んだ騎士たちに挟まれ、身なりのよい若者が入ってきた。胸を張り、まったく悪びれる様子の無いふてぶてしいとさえ言える態度に、アンドリューは最初、役人が自分を解放しにきたのだと思った。

 牢屋の前に伸びる石畳の通路に、カツンカツンと複数の足音が響き渡る。アンドリューは思わず、鉄格子の扉に張り付いていた。
「宮内司閣下の使いの方か!? 私はここだっ!!」
 純白の騎士の一人が、ふとアンドリューの方を見て、立ち止まった。
「おまえ、何をやっている?」
 アンドリューは、その騎士がイワン・シントローネであることにようやく気づいた。
「兄上……」
 アンドリューは、呆然とつぶやく。よりにもよって、一番会いたくない人物に見つかるとは。イワンは、部下らしきもう一人の聖騎士を顎でしゃくると、連れていた若者をアンドリューの向かい側の牢屋に入れた。意外なことに、聖騎士の同行者は罪人だったようで、彼が入れられたのは、アンドリューの牢より、さらに高価そうな調度が整えられた房だった。

(何者だ?)
 アンドリューが眉をひそめたとき、イワンがツカツカと鉄格子に近づいた。
「何をしている? と聞いたんだ。王宮に来るなんて……王族の財宝でも盗みに入ったか?」
 あきらかに面白がっている兄に、アンドリューは憮然とした。そう。いつもいつも、この兄は彼をバカにしてきた。何をしにきたか話すわけにはいかないので、アンドリューは適当な言い訳を考えた。
「ナイティアが乱れていると聞き、居ても立ってもいられなくなり駆けつけたんだ。それで……不審人物を間違えられてしまって、その……閉じ込められた」
 イワンはその回答が気に入ったようだった。彼は弟が期待通りにヘマをしてくれることに残酷な喜びを感じる癖があった。腹を抱えてわざと大げさに笑ってみせる。
「おまえは相変わらずバカだな、アンドリュー。本当に、俺やミシェル兄さんの弟なのか?」

 アンドリューは奥歯を噛み締めて怒りを押し殺す。
「いいから、兄上の権限でここから出してくれよ」
「間抜けなおまえに相応しい場所だと思うがな。出すのがもったいない」
 イワンはニヤニヤ笑っていたが、次の瞬間その顔に嫌悪の表情を貼り付け、剣の柄を鉄格子に叩きつけた。耳が痛くなるような金属音が地下通路に響き渡り、アンドリューは首を竦めた。イワンは今までのふざけた様子をかなぐり捨て、別人のような低い声で吐き捨てる。
「出すのはもったいない……が、このままでは我々シントローネ家の名に傷がつくな。おまえがマヌケなのはいつものことだが、度が過ぎる。少しは場所をわきまえろ」

 下手したらイワンとミシェルの降格にも繋がりかねない。怒りのあまり血の気の引いた顔を強張らせるアンドリューから目を離すと、牢番に命令した。
「記録を出せ。このバカ者をここにブチこんだヤツはどこの誰だ?」
 囚人番の兵士が敬礼をするとすぐに記帳された冊子を持ってきた。イワンは不機嫌な顔のままそのページをめくり、アンドリューの名前のところで手を止めた。その目が驚愕に見開かれる。

「宮内府長官のサインがある」
 呆然と呟くと、みるみるうちにその顔を罪人を取り調べる軍人の顔に変えた。アンドリューはぞくっとした。
「おい。どういうことだ? なぜ、駆け込んだのが宮内府なんだ? おまえのようなひよっこが、なぜこんな大物と関わってる?」
 牢の外から兄に詰問され、アンドリューが後退ったその時だ。


 悲鳴混じりの泣き声とともに、血だらけの女が連行されてきた。両腕を衛兵にガッシリと掴まれ、連行されてきたと言うよりは、引きずられてきたという感じだ。意識はあるようだが、女は足腰が立たないほど痛めつけられていた。そんな有様の虜囚に、何故か前後にも武器を突きつけた屈強な兵士がぴったりとついている。女は裂傷や打撲だらけで、捕獲される前に相当の抵抗があったことを物語っている。つまり、それだけの腕を持った女だと言うことだ。
 それを見たイワンは舌打ちし、容赦無い視線をアンドリューに注ぐ。
「おまえは後だ」

 そうして、女を連れてきた衛兵に命じる。
「他の侵入者たちはどうした?」
「殺害いたしました。僧兵たちは睨下のもとで謹慎中です」
「女は尋問に耐えられそうか?」
 兵士達はうれしそうに笑った。
「殺さずに捕まえるのには骨が折れました。少しは耐えてもらわなきゃ困りますね」
 イワンはボロボロの女の髪の毛――血が固まってこびり付いているが、元は見事に波打つワインレッドだったようだ――を鷲掴みにし、女の首を持ち上げた。女の顔は血と涙で汚れていたが、拷問担当の兵士達が喜びそうな類の美女だった。

「よくも……みんなを……」
 ボロボロと涙の雫を落としながら、女はキッとイワンを睨みつけた。イワンは一瞬その壮絶な睨みにたじろいたが、髪の毛を引っ張るようにして、その顔を弟の牢とは反対側の独房に向けさせた。そこには、一部始終を眉をひそめて見つめる謎の青年がいた。

「女。この人物を知っているな? おまえの雇い人だ」
 青年は、鉄格子の中でただ静かに立ち尽くしている。ワインレッドの女は、泣き濡れた顔を振り、どうでもよさそうに視線を外した。
「知らない。くそったれの貴族どもに知り合いなんていない。あたしは、おまえら士族や貴族どもを全員殺してやれればそれでいいんだ」
 掠れた声でなんとかそれだけ言うと、女は意識を失った。イワンは溜息をつくと、牢の中の貴人に告げた。
「長老――いや、ユリウス様。貴方がこの女……白夜叉を雇って王を襲わせようとしていたことは分かっているのです。素直に認めたほうが、我々も貴方にひどいことをしないですむ」

 アンドリューは愕然とした。
「白夜叉だって!?」
 奥の牢――何重にも鉄の扉が続いているようだった――に引きずられていく女が、白夜叉? 有り得ない。白夜叉は確かに女だが、真っ直ぐな金の髪の――そこまで考えて、そのワインレッドの髪に見覚えがあることに気づいた。ボロボロで様子がだいぶ違っているが、ああ、たしか彼女は白夜叉の仲間だ。白夜叉と一緒にいるのを、エリシアの州城で見た。なんてことだ。彼女は間違えられている。 
 アンドリューが口を開こうとしたとき、イワンが彼のいる鉄格子を再び剣の柄で殴った。
「おまえは後回しだと言っただろ、マヌケなアンドリュー君。ミシェル兄さんと相談してくるから、それまで大人しくしていろ」

 牢の前の通路には、女が引きずられていった跡が残った。痛々しい血の跡だ。奥は凶悪囚人の入れられる独房になっているようで、扉がさらに二回開く音が地下通路に響き渡った。アンドリューのいる貴族の牢はほんの入り口側だったらしい。容疑者を一時的に拘束するためのこの地下宮殿は、奥に行けばいくほど、罪が重く危険な者を閉じ込め、厳重に監視できるようになっていた。

 囚人の移動が落ち着き、鉄の扉が閉ざされた。衛兵たちがその外側の元の位地に戻ると、辺りは耳が痛いほどの静寂に包まれる。
「君は何者だね?」
 誰も居なくなるのを見計らって、ユリウスと呼ばれた青年が、耳に心地よい、涼やかな声をかけてきた。アンドリューは、先ほど長老と呼ばれていたのを聞いていたので、思わず跪いていた。
「お初にお目にかかります。私は、ミ・ラーノ領主アンドリュー・シントローネと申します」
 ユリウスは怪訝そうに、あきらかに15歳にもなって無さそうな少年を見つめる。
「シントローネと言えば、代々聖騎士団を務めてきた由緒正しい家柄だな。先代の聖騎士団の隊長、ジェルフ・シントローネのご子息か?」
「はいっ、このような場所からの初のご対面、ご無礼をいたします」
 ユリウスは苦笑した。
「それを言うなら、私も同罪だ――もっとも……」
 ユリウスの顔つきが変わった。
「いつまでもここに居るつもりもないがな」


3 :酋 長 :2007/04/08(日) 14:36:33 ID:nmz3k7WJ


                                   2




 黒衣の集団が、紫禁宮の鏡のように磨かれた廊下を進んでいく。その一糸乱れぬ動きは、まるで鍛え上げられ、訓練に訓練を重ねた軍隊のようだった。10人ほど引き連れたその集団の先頭には、長いマントをなびかせた、クラウス・カナルディの姿があった。

 謁見の間の前に来ると、純白の騎士たちが数名前に立ちはだかった。
「ここからは、帯刀はご遠慮いただきます」
 ミシェル・シントローネは、黒衣の男たちを見渡し、丁寧だが断固とした口調で告げた。クラウス・カナルディは、引き連れていた仲間を振り返ると、小さく頷く。すると、黒衣の男たちは、いっせいにその場に腰を落とした。立て膝を立てて座り、目の前の床に自分達が帯びていた長剣を置く。待機の姿勢だった。

「申し訳ないが、俺が剣を外すことはできない。理由はお分かりであろう。その代わり、謁見の間には俺だけ入室する」
 ミシェル・シントローネは、渋々頑丈そうな扉を開け放った。大部屋の中では、四長官が待ち構えていた。戸口近くに控えていたパウエル・ベルジュラックがしゃしゃり出てきた。
「急な謁見の申し込み、いささか驚きました。正式に島長になられたと言うのは、確かなことなのでしょうな?」
 さらに、不躾なまでの疑い深い口調で付け足す。
「証は持参していただけたのですか?」

 クラウスは彼を無視し、四長官の前にゆっくり進み出た。パウエルはムッとして、腰の剣に手をやる。
「それ以上近づかないでもらおうか」
「よせ、パウエル」
 宮内司が短く叱咤した。クラウスは、長官たちにあと10歩というところまで近づくと、その場に跪いた。そして、背中の剣を外し、目の前に置く。
「さっそくの面談痛み入る。これが我が島の長の証だ。とくとご覧あれ」
 鞘から剣を抜き放つと、シャンデリアの灯りの中に、青みを帯びた素晴らしい輝きの刀身が現れた。そこに彫られた文字に、一同は息を呑む。
「『我が命の続く限り、我が誇りの枯れぬ限り』これが、先代のフォノ・センタールの剣。そして、今は、我が剣となった『証』だ」


4 :酋 長 :2007/04/22(日) 23:49:39 ID:nmz3k7WJ


                                   3


 最初に口を開いたのは、普段その存在を軽んじられている元帥府の長官だった。ジェノン・ド・フォステラは、唾を撒き散らしながら、得体の知れない国の長に食って掛かった。

「北の海に浮かんでいる船団。いったいどういうおつもりで、あれほどの大軍をこちらに派遣されたのです?」
 クラウスは、それには答えなかった。代わりに、少し辺りを見渡し、彼にしては大げさに眉をひそめた。
「失礼を承知で申し上げさせていただくが、国王は如何におわす? センタール島が取引を申し出るのは、セルダン王国の正式な血筋の国王のみ。そうだな、ジリオラ?」

 黒衣の男のマントの中から、小猫のようにスルリと身を現した少女を見て、壁際に控えていた聖騎士たちが息を呑む。その中から、パウエル・ベルジュラックが進み出た。
「うまく隠れるものだ。だが彼女が居るなら話は早い」
 パウエルの残忍そうな灰色の目に射すくめられ、ジルは、一瞬身を縮ませた。
「俺……いや、私が、そちらの可愛らしい従者殿にお話を持ちかけたのです」
 パウエルは両手を広げ、得意げに四長官たちを見渡す。
「センタール島の長とよしみを結ぶきっかけとなったのは、この私であることをお知り置きください」

 クラウスは小さく溜息をつき、剣を取って立ち上がる。
「失礼させていただこう。私がお目通りしたいのは、国王ただ一人」
 気色ばむ聖騎士団を止めるように、手を揚げたのはパネピスティミオンだった。
「まあそう急かれずとも」
 何か言おうとするパウエルを、突き刺すように睨みつけて黙らせる。
「残念ながら、陛下は重い病に伏せっております。我々四長官が、今は王の代理を務めているのです」
 立ち去ろうとしていたクラウスは、周囲で隠者の気配が動くのを感じ、足を止めた。その気配は、パネピスティミオンに付いている隠者の実力が生半可でないことを告げていた。鳥肌が立つような殺気を感じる。その鋭さは、ひとたびパネピスティミオンが命じれば、一瞬でクラウスの心臓を抉り出すこともできそうだ。剣士として、その気配に興味を引かれたクラウスはゆっくり振り返った。隠者の気配が消えた。クラウスは、まるでその隠者の身体が四散したかのような気配の消え方に、ますます興味を引かれた。自分が気配を追えない人間が、今までいただろうか?

 ふと他の三長官の顔を見ると、皆違う表情を浮かべていることに気づく。最初に話し掛けてきた、恰幅のいい男――元帥府長官は、切迫した青い顔をしている。その目は落ち着きが無く、何かに追われているようだった。痩せて、厳格そうな顔立ちをした壮年の男は、宮内司だろうか。眉間の皺が恐ろしく深く、フォノ・センタールのことなどまるで眼中に無い。別のことに心が囚われているようだった。それを言うなら、長い真っ白な顎鬚の老人――神祇長も心ここにあらずだ。しかしこちらは、固く目をつぶり、瞑想しているようだった。

 パネピスティミオンだけは、おざなりの笑顔を浮かべ、余裕のある態度を見せている。だがそれは、何かを企んでいる人間の顔だ。パネピスティミオンは両手を広げると、壇上からゆっくり降り、クラウスと向き合った。パウエルが目をむく。こんな田舎国の長と対等の立場で話そうとは。
「センタール島にいる、産鉄の技術者を借り受けるお話、考えいただけたようですね。そのことで今日はこちらに出向いていただけたのでしょう?」
 クラウスは、しかしそれには応えず、逆に質問し返した。
「テラの霊鉱山を、あなた方は本当に買い取る気ですか?」
「できれば、土地ごと欲しいのでね。ご承知の通り、レティア大陸では大陸戦争以来の一触即発の空気が流れています。傍観者に徹して、資源や領地をあの大陸に住む者たちの特権にしておく理由はないでしょう。我が国の砂漠化は、レティアの国々には計り知れないほど深刻なのです」 
 クラウスは、キョロキョロと落ち着きの無い元帥府の顔に目を向けた。
「先ほどあの方が告げたことについて触れますが、いま、あなた方はそれどころではないのではないか? 我々の艦を引き上げれば、首都は遊牧民に乗っ取られる。そんな状態でレティア進出?」
「おのれ、我が国を脅そうと言うのか!?」
 パウエルが口を開くより早く、元帥長官のジェノンが吠えた。
「そなたたちの軍の助けが無くとも、自分の国に降りかかった火の粉は自分達で払えるっ! 艦隊を引き上げるなら、引き上げるがよいっ!!」
 クラウスは失笑していた。
「失礼、異なことをおっしゃるもので」
「何?」

 クラウスは、応えず、今度こそマントを翻して戸口に向かっていた。パネピスティミオンがパウエルを見た。パウエルが指笛を吹くと、数人の隠者が出現する。影族は2名いた。しかし、先ほどその気配を感じた恐ろしいほどの実力を持つパネピスティミオンの隠者は姿を現そうとしない。それでも、聖騎士や腕利きの隠者たちに囲まれ、クラウスは、やっと足を止めた。
「この歓迎は一体なんだ?」
「落ち着いて話し合いたいだけですよ」
 憮然と呟くセンタールの長に、パネピスティミオンは苦笑しながら応じた。クラウスは、剣の柄に手をかけようともしていない。誰が見ても落ち着いているのは客人であるカナルディ家の島首の方だった。気色ばんでいるセルダン王国の人間たちを見渡すと、やっと扉の前から離れた。乏しい表情では、セルダン王国の人々に意志が伝わらないと思ったのか、軽く肩をすくめて見せる。

「引き上げろと言ったのは、そちらの御人であろう」
「元帥府長官が失礼を申し上げた。私からお詫びいたします。彼は、不安なのです。そちらが無償で我が国を救おうとするはずがないことくらいは誰だって分かる。見返りは何ですかな? そちらとしても、兵力や、能力者を派遣することは益になるはず。我が国は、それ相応の金額を支払います」
「パネピスティミオン殿!」
 ジェノンが目をむく。こんな得体の知れない輩と取引など考えられない。あわてて他の長官を見回す。
「宮内司閣下、ファティマ睨下、止めてください。こんなことは許されませんぞ」
 リシオ・ド・エルトーリャは、北の離宮に捕らえられている王妃のことを考えた。伝令のもたらした知らせによれば、王妃は、亡命を希望しているという。なんという裏切りだ。カリセアの王妃としての威を借りることは、パネピスティミオンにはもうできない。 そのはずなのに、このふてぶてしい男は、自分が頂点にいることを信じきっている。それもそうだろう。最強と言われている軍事力を保持した国、センタール島と取引ができるのだから。さらに、テラ王国への足がかりも、その国は握っているのだ。ジェノンの問いかけにも応えず、黙って見守る二人の前で、再び黒衣の男が口を開いた。

「私がフォノ・センタールに就任したのはつい最近。私の望みは、センタール島を列強に屈しない国へ発展させること。そのためには、同盟を結ぶことも辞さない。他のどのフォノ・センタールも、馬鹿げた矜持により成し得なかった、大国との確固たる雇用関係の締結だ」
 パネピスティミオンはよく分かるというように頷く。
「そうだろうと思いました。第二次大陸戦争が勃発し、世界中の国々が戦を始めれば、傭兵の需要は高まる。各地から受注が来ることでしょう。しかしながら、同じ島人同士が戦地で敵としてあいまみえる危険性も高くなる。貴方はそれを避けたいのですね。そしてそれに代わる島の収入源を欲していた」
 クラウスは否定しなかった。太政司はその穏やかな仮面の下からは想像できないほど、常にめまぐるしく頭を働かせている。こちらの考えを的確に見抜かれても驚きはしない。
「我が国が、貴方の憂いを取り払うことができるでしょう。報酬もご満足いく額を提示できる自信があります。さっそく、契約書の準備をさせます」
「それは待っていただきたい」

 クラウスは切って捨てるようにきっぱりと告げた。パウエルが顔をしかめた。彼にとって島人とは、砂人や東人と同類の究めて蔑むべき人種であるからだ。これ以上セルダン国家と対等に渡り合おうなどと思って欲しくは無い。
「私が何故セルダン王国を同盟相手に選んだか、それを述べさせて欲しい」
 パネピスティミオンが訝しげに黒衣の若者を見やる。憮然としていたジェノンや、上の空だったリシオやファティマも、興味深げに島人の長をみやる。
「それは多民族国家をみごとに纏め上げたテルモピュレーの血統を、尊敬してやまないからです。我が島はお恥ずかしながら、同属以外には、排他的だ。フォノ・センタールとなる前から、私は閉鎖的で偏りのあるカナルディ家のやり方に疑問をもち、かつ、あなた方の国の有り方に興味を抱いてきた」
 ジルは眉を顰めて義兄を見守った。そんな彼女の前で、クラウスは4人を見渡し、深く頭を下げた。その優雅さに、その場にいた者たちの間から溜息が漏れる。クラウスは顔をあげると、驚いている四人にきっぱりと言った。
「私は、テルモピュレー王朝の正当な血を継いでいる方以外とは取引できない」
「しかし王は――」
「ご病気と言うならば、皇太子。王妃では駄目だ。とにかく、どちらかが、私と会ってくれるまで、正式な契約を保留にしていただきたい。では」

 黒衣の不吉な使者が、その雰囲気にそぐわない優雅な身のこなしで立ち去ると、パネピスティミオンは、歯軋りしだした。これでは、皇太子を謀殺することは不可能だ。早くその身柄を太政府で抱え込まなければ。


5 :酋 長 :2007/05/01(火) 14:32:09 ID:nmz3k7WJ


                                   4



 海は静寂を取り戻していた。黒い木造を灰色の鋼板で覆った、見るからに重装備な装甲艦以外は、引き上げていったからである。黒い艦隊はただ沖合いにひしめいているだけだった。

 ドッペルハーゲンの旗艦の甲板には、たおやかな女性が一人、ひたむきとさえ言える表情で、離れていく大陸を見つめている。
「ここは兵士達がウロつく場所です。早く船室にお入りください」
 後ろからダライが優しく声をかけた。まるで今までと代わらない執事の態度。起こっている事が現実ではないかのよう。
「わたくしは、もうあの国に戻ることはないでしょう。だから目に焼き付けておきたいのです」
 カリセアは振り返って弱々しく告げた。ダライはそれを聞いて苦笑する。
「我々は諦めたつもりはありませんよ。いつかまた、戦いを挑む日がくる。その日のために――戦略的撤退です」
「わたくしをあなたの国へ連れて行って平気なの?」

 ダライは、強く猛々しい彼の主君を思い出した。服従を拒む者たちへの処遇は、目を覆うものがある。人々は彼を『流血の大公』と呼ぶ。
「我らの大公は、裏切り者は許しません」
 カリセアはぞくっと肩を震わせ、思わず両腕で自分をかき抱いた。
「ならば、わたくしは貴方の国で処刑されるのね。祖国を裏切ったのだから」
 ダライは、とんでもない、と言うように首を振る。
「それはありませんよ。貴女はかの国に裏切られてきた人だ」
 カリセアが目を見張る。
「何を言っているの? あなたが一番よく知ってるわ。わたくしは、夫と、自分の子供を裏切りつづけてきたの」

 ダライが、細い肩に手をやった。こんなことは、かの国ではできなかった。いつも触れ合うほど近くに居ながら、ダライと彼女の間には計り知れないほど高い壁があったのだ。
「貴女があの国を出たのは、これ以上あの男に利用されないためでしょう。愛せなかった息子への、せめてもの償い。人質としての価値を完全に消すために、自ら、我らと共に来る気になったのでしょう?」
「違うわ……わたくしは……何処にでもいいから逃げ出したかったの。それだけよ」
 ダライは頷くと、それきりうな垂れたカリセアの肩を抱くようにしてそっと彼女を船室に連れて帰った。カリセアの命が保障されていることは、ダライが一番よく分かっていた。皇太子の目前で母親であることを捨てた。そして自ら亡命を希望した彼女は、もうセルダン王国の王妃ではない。その命は、セルダン王国にとっては不要の物だ。しかしそれは、ダライにとっては、かげがえのない命だった。
(パネピスティミオンが――王国が捨てるなら、私が貰い受けて何が悪い?)
 ラーケン・ハーンは来るものは拒まない。彼は、去るものを許さないだけなのだから。



 解放された北の離宮は、セルダン王国の兵士たちの出入りが激しく、ざわついていた。それを商船から眺めていたアルテミシオンは、横に立った金髪の美少女に肩を触られ、我に返る。
「王妃のことは――」
 それきり言葉に詰まって俯いた水色の瞳の少女に、アルテミシオンは苦笑いする。
「君が悲しむことじゃない。余の母は、最期まで女で有り続けた。利用されていた身の上でも、プライドはある。母上はそれを最後まで守ったんだ」

 小船が商港にたどり着くと、隻眼の傭兵が二人を振り返った。
「さー降りた降りた。ゆっくりはしてられない。とりあえず国家としての危機は去ったが、あんたらテルモピュレー王朝の危機は変わってないんだ」
 アルテミシオンは現在王宮の内部で起こっているはずのことを思い、顔を強張らせ、重々しく深く頷いた。
「分かっている」

 ルエラは、沖に浮かぶ何隻もの無敵艦隊を見て、胸が熱くなった。まぎれもなく、センタールの軍艦だ。クラウスは、自分自身の言葉を守った。ともに戦ってくれたのだ。お礼が言いたい。彼はどこにいるのだろう。まだ何も解決していないけど、それでも彼の顔が見たかった。

 光が翳った。飛翔系の騎獣だ、と気づいた瞬間、港に見知った人影が立つ。
「ジェダイ!」
 ルエラとアルテミシオンが叫ぶ。彼の顔色を見て、ルエラは眩暈を感じた。
「失敗したの?」
「はい。情報が漏れていたようです。すぐにおもどりください」
 リカルドとエ・ガーレンたちも顔を見合わせる。
「イヴやヤンたちはどうした!?」
 ジェダイは苦しげに顔をゆがめる。
「捕われました。我が主も、同じです。すぐに皆様に報告をするよう命じられて、ずっと探していたのです。会えて良かった」

 アルテミシオンは、足元の地面が崩れ落ちていくような錯覚に捕らわれた。
「なんと申した?あいつ……ユリスが捕らわれた……だと?」
「王宮内にある緊縛の地下宮殿に連れていかれました。ご存知無いかもしれませんが、あの地下は特別影が深く、影族は飲み込まれてしまう場所。私ではお助けすることが出来ません」
 絶句しているアルテミシオンやルエラと違って、即行動を起こすことができたのは、隻眼の傭兵だった。
「ジェダイと言ったな。おまえ国王軍に顔が利くなら、天馬か妖鳥をあと何頭か借りてきてくれ。飛龍ならもっといい。とにかく急いで王宮に戻ろう」
 リカルドは叫び、背後を振り返る。ちょうど、羽蟲に乗った砂人の長が降りてくるところだった。
「ルエラと皇太子はジェダイの天馬に乗って先に行け。エ・ガーレンはその蟲だ。おっさんに乗せていってもらえ。俺もすぐに行くっ」
「ちょっと待て、おっさんって誰のことだ? あんたと同じくらいの年齢だろうがっ」
 腹を立てている首領の蟲の背に、エ・ガーレンは飛び乗った。高所恐怖症がどうのこうのと言っている場合ではない。

 ルエラは、真っ青になっているアルテミシオンの首根っこを掴むと、ジェダイを地面に押し込むように影に戻し、自分たちは天馬に乗った。
(お願いです)
 ルエラは家族を失ってから初めて、太陽神に祈った。
(お願いだですから、イヴたちを守って。もう私から、何も奪わないで)

 爆撃でこの世を去った赤銅の巨人の姿が、彼女の頭をよぎる。もう一度あんなことが起こったら、その時こそ、ルエラは――いや、白夜叉は二度と戦えなくなるだろう。

 闇と狂気への深淵は、いつでも彼女のすぐ近くにポッカリと口を開けているのだ。


6 :酋 長 :2007/05/07(月) 00:06:04 ID:nmz3k7WJ


                                   5



 消息不明だった皇太子が突然戻ってきた王宮は、一時騒然となった。そして今も、不吉な客人たちを迎えていた頃よりざわついている。当然だ。彼は、叛徒に捕われていたはずなのだから。

「一体どちらへ行っていたのです!? 白夜叉の一味に人質にされていたのではないのですか?」
 連絡を受けたリシオ・ド・エルトーリャが血相を変えてかけつけてきた。
「北の離宮での騒ぎのことはもうお聞きしましたか? カリセア妃殿下が――」
「皇太子殿下のことは、私にお任せください、宮内司閣下」
 まくしたてるリシオの言葉を遮ったのは、鳥肌が立つほど嫌いなこの声。アルテミシオンが振り返ると、そこには濃紺の官服を纏い、傲慢不遜な笑みを浮かべたパネピスティミオンが立っていた。臣下や従者たちが、われ先にと跪き、そして皇太子を前にした時よりも深く、その頭を垂れる。彼は事実上この国の支配者だった。

 太政司が悠々とアルテミシオンに近づき、深々と頭を下げると、やっと立場は本来の位置に戻った。
「ご無事で何よりです。叛徒に捕らわれていたという噂は誠でしょうか。胸が潰れるほど心配いたしました。報告は、していただけるのでしょうね?」
 アルテミシオンは、後ろからやはり足早についてくるルエラとリカルドを顎でしゃくった。
「港の倉庫に放り込まれていたんだ。隙を見て逃げ出したところを、運よくこの者達に助けられた。侍女のカロリーネとその従者だ」
 太政司はいかにもうさんくさげに少女と隻眼の騎士を凝視した。皇太子は、何か勘付かれてはいけないと、慌てて取り繕う。
「この者たちの身元ははっきりしているはずだ。ヘッセン家のご令嬢であり、メアラにいるアルマーシュ州公の婚約者だそうだ。ずっと余の身を案じて探してくれたのだ」

 しかし、パネピスティミオンはその言葉を聞いていなかった。ルエラを見た瞬間、大きく目を見開いたあと、口の中で何かを呟く。ルエラは無表情に太政司を見返した。この男か! 何もかも奪った男はこの男か! 初めて自分の人生を踏みにじった男を目の当たりにしての激しい憎悪と衝動的な殺意は、しかし、イヴたちのことが心配で、打ち消されていた。

「そんなことよりヨルギオス。ユリスの身柄を拘束したそうだな。どういうことか説明してもらう」
 アルテミシオンの強気な態度に、太政司はやっと侍女から目を離した。瞬時に皇太子の変化を感じ取ったからだった。
「殿下のご心配にはおよびません。臣のことは、私にお任せください」
「話せと、余は申したのだぞ?」
 アルテミシオンは足を止め、宮廷きっての実力者である太政司をひたりと見据えた。パネピスティミオンはごくりと生唾を飲み込んだ。
(これは、誰だ?)
 これがあの、なんでも人任せで、考えることから逃げ続け、自分の命を守ることで精一杯だった卑屈な皇太子の姿か? 黒い煤のついた精悍な横顔は、あきらかに、大人の男のものだった。

「殿下。ユリウスは、裏切り者です」
 パネピスティミオンがやっと重い口を開いた。
「ほほう、何を根拠に?」
「叛徒と手を結んでいました。叛徒と僧兵を使って紫の宮を襲わせようとしたのです。長老のキュリロスが証人です」 
「会わせて貰おうか。余は彼の口から聞きたい」
「殿下」
 ヨルギオスは悲しそうに首を振る。
「彼は認めています。自らの罪を」
 アルテミシオンは、奥歯を噛み締めた。ユリウスが何を考えているかくらい分かる。長い付き合いだ。長老院に少しでも嫌疑がかからないような、彼なりの配慮なのだろう。テルモピュレーの血統を守るためなら、彼は自らの命を淡々と絶つ。そう、まるで自分すらトカゲの尻尾のように。ユリウスとは、そういう男だ。

「どちらにしろ、捕えた白夜叉の尋問が終われば、彼の罪は確定いたします。白夜叉と叛徒と反逆者が一本の線で繋がるとなると、殿下を拉致させたのも、メルゲンハイムの公爵の差し金でしょうからね。死罪は免れない」
「白夜叉が捕えられた?」
 アルテミシオンは、ちらりとルエラとリカルドに目をやった。二人は、眉をひそめてそれに応じる。王宮で捕らえられた白夜叉となると一人しかいない。

「本当に白夜叉なのであろうな? 暴徒を引っ張っていた男達は、皆、喪服を着たカタリだったそうではないか。それが本物という確証はあるのか?」
「こちらも、本人が認めているんですよ。それから、本物の白夜叉を知る証人もいます。島人の娘ですが」
 いっきに青ざめるルエラを見て、ヨルギオスは探るように問い掛けてきた。
「カロリーネと言いましたね? アルマーシュ公爵からは既に報告をもらっているが、本当に貴女は気づいていなかったのか?」
 すぐに事情を察したルエラは、何のことか分からないという表情の仮面を被った。ポカンと口をあけ、小さく首をかしげる侍女の目の動きに、ヨルギオスは油断無く視線を走らせる。

「アルマーシュ公――貴女のご婚約者殿が授けた、貴女付きの侍女のことだ。特徴を話したが、まったく違う侍女に摩り替わっていた」
「どういうことでしょうか? 確かに私付きの侍女は、この隻眼の騎士のように私の父から頂いたものではありません。エリシアを出るときに婚約者のレオンハルト様からお預かりした者たちです。州都で合流した時、初めて顔を合わせましたが」
 ルエラがうまく口裏を合わせると、ヨルギオスは疑いの目を少し和らげたようだった。
「その本物の侍女はどうなったか知らない。しかし、貴女の連れていた侍女は白夜叉だ。いつのまにか、うまく成り代わっていたのですよ」
 ルエラは悲鳴をあげ、信じられない、というような表情を作り首を振ってみせた。しかし頭の中身では、違うことを考えていた。この男はいま、証人が島人の娘だと言った。燃え上がるような怒りに、ルエラの身は打ち震える。
(売ったんだわ。たぶん、本当は私のことを売ったのよ)
 あの憎々しげに自分を見つめる猫のような顔が忘れられない。嫉妬だ。クラウスの周りをウロつくルエラを邪魔に思っていたはずだ。イヴは、瞳が赤いというだけで、間違えられた! パネピスティミオンは注意深くルエラの表情を探りながら、彼らを地下宮殿へと案内した。

「白夜叉が女だなんてありえるのか?」
 アルテミシオンが庇うように話に入ってきた。ヨルギオスは、地下牢のある棟にたどり着くと、その手前にある広場に二人を導いた。
「それが盲点だったんです。だから今まで捕まらなかった。それにほら、仲間がいくらでもいる」
 彼が指し示したところには、積み重なった麻袋があった。リカルドは残っている目を暗く底光りさせ、ルエラは嫌な予感とともに、その塊に近づこうとした。
「やめなさい、そろそろ臭いがひどくなる頃だ。殿下も、お目を汚すわけにはいきませんので、それ以上お近づきにならないようお願いします」
 三人は凍りついたようにそれを見つめた。
「今回、紫の間を襲った叛徒の一味です。首謀者である白夜叉はまだ生きていますがね」

 リカルドは目を閉じた。それはおそらく、ヤンやリーたちの遺体だった。それ以外には有り得ない。ルエラはリカルドの蒼白な顔を横目にきゅっと唇を噛んだ。
(ごめんなさい。助けられなかった)
 ガクガク震えそうになるのをなんとか堪えられたのは、アルテミシオンが腕を支えてくれたからだ。太政司が、牢番に取り合っている隙を見て、ルエラに囁く。
「がんばってくれ。あとでいくらでも泣いていい。だけど、今は平静を装おってくれ」
 ルエラは、自分の中の白夜叉が暴れ出さないように我を押さえ込みながら頷く。
「分かってます」
 そして無言で歩を進めるリカルドにならった。


7 :酋 長 :2007/06/04(月) 11:32:51 ID:nmz3k7WJ


                                   6




 地下牢は湿っていて、冷んやりしていた。三人が歩くたび、不吉な靴の音が悲しげに通路を這い回る。聖騎士団の団員が二人、太政司を見て敬礼した。彼らの背後の鉄格子は、磨き上げられたように美しい銀色だった。牢獄だというのに調度類も高価な物が置かれていることから、中の囚人の身分が高いことを示している。

 囚人は、上質の柔らかい皮を貼られた椅子に、大人しく腰掛けていた。長い足を組み、背筋を真っ直ぐにのばした姿勢のまま、その囚人は目を閉じている。考え事をしているようだった。パネピスティミオンは騎士二人を下がらせると、囚人――ユリウス・ド・メルゲンハイムの整った顔をじっと見つめた。

 罪人が爵位を持つ上級の貴族の場合、取調べ後、高等裁式に出廷させられる。買収防止のため、親任裁式官と、刑務官、弁護官はその都度、国王によって任命され、一件の裁きが終わるとすぐに罷免されるという仕組みになっていた。王が病気の時は、これら法員は四府会で任命することになっている。――が、今回のように、長老が罪に問われるという事態は歴史上記録が無く、裁式や刑の執行も官僚たちの注目を集めることになりそうだ。

 パネピスティミオンは、どうあってもユリウスを極刑に持ち込む気でいた。センタール島を引きつけておく為には、皇太子を下手に抹殺できない。だとすると、この若者の存在は、危険極まりないだけだ。二人の絆を知っているパネピスティミオンは、ただ幽閉しておくだけでは、不安だった。

「殿下をお連れした。何か申し開きをしてはどうかな? 長老」
 青ざめるアルテミシオンの前で、椅子に座った青年の身体が傾いだ。思わず凍りつく一同が見つめる中、若い長老の細身の身体は、静かに床に倒れこんだ。
「ユリス!?」
 アルテミシオンは叫び、鉄格子にしがみつくと背後の衛兵や騎士たちに怒鳴る。
「鍵を開けよっ! 余の命令ぞっ!!」
 太政司が頷き、聖騎士数人が中に雪崩れ込んだ。それをかき分けるように、アルテミシオンがユリウスに走り寄る。
「ユリス! どうしたんだっ!? ユリスッ!?」
 すべらかな頬に触れたアルテミシオンは、その冷たさにぎょっとして身を引いた。脈を取っていた騎士の一人がヨルギオスを振り返る。
「息がありません」
 アルテミシオンはそれを聞いた途端、その聖騎士を睨みつける。
「嘘をつくなっ! 早く医者に診せなければ、余がそなたたちを八つ裂きにするぞっ!!」
 アルテミシオンの悲鳴混じりの大声に、太政司は、やっと我に返った。

(どうなってるんだ?)
「殿下、落ち着いてください。もう死後硬直しています。医者は無意味ですっ」
 騎士の一人が、別の騎士に掴みかかろうとしていたアルテミシオンを押さえ込みながらそう言った。皇太子のギラギラした目が、考え込んでいるパネピスティミオンに注がれた。
「ヨルギオス――そちが何かしたのではあるまいな?」
 半狂乱になっているアルテミシオンに、太政司は首を振る。死んでくれて好都合ではあるが、自分で捕えた囚人を牢の中で殺すほど馬鹿ではない。今の太政府には、ユリウスのいないメルゲンハイム家や神殿など簡単に黙らせるだけの力がある。そして後ろ盾の弱い容疑者など容易に処刑に持ち込めるはずだったのだから。

 奥の地下牢の扉が開く音がした。そこから、騒ぎを聞きつけた他の聖騎士たちが飛び出してきた。白夜叉の尋問に携わっていた騎士や兵士たちだ。背後から事の成り行きを固唾を飲んで見守っていたルエラは、奥の扉が開いたままになっているのを目に留めた。

「何事です?」
 かけつけたのは、イワンだった。太政司がいるのを見て、慌てて着衣の乱れを直しながら、貴族用の牢の前に走ってきた。
「あの――」
 その時、背後の牢から声がした。振り返ると、身なりのよい少年が、向かいの牢の格子に張り付くように立っている。イワンは太政司に弟が見つかることを恐れ、震え上がった。頼むから口を開くな、この馬鹿。
「私は見ました。そちらの公爵様が、何か指輪から取り出して飲み込むのを。殿下や睨下にご迷惑をかけるくらいなら、とおっしゃっていました」
 アルテミシオンは顔を覆った。そして運び出されるプラチナ色の髪の青年について、泣きながら地上に昇っていった。太政司や、聖騎士たちもそれに続いた。

 ルエラは、それを追っていくふりをしながら、なんとか地下に留まれないか考えた。リカルドに目をやると、彼は目線を前方に向けた。衛兵が階段を降り、扉に引き返してくるところだった。一人は残すだろうと踏んでいたルエラは、彼が扉を閉じようと背中を向けた隙に、口に含んだ針を吹いていた。扉に寄りかかるように倒れこむ衛兵の体をリカルドが支え、地上へと続く階段から誰か戻ってくるのではないかと耳を済ませる。大丈夫そうだ。

 リカルドとルエラは、見えにくい扉の内側にその衛兵の体を運び込む。それを見ているのは、貴族牢に閉じ込められた少年だけだった。二人が奥に走って行こうとするのを、少年は慌てて引き止めた。まるで、二人が残るのを待ちかねていたように、大きく手招きする。
「私を覚えているか、白夜叉よ」
 ルエラは、その少年の顔を見て仰天した。
「あなた、エリシアで――なぜここに……」
「アンドリュー・シントローネだ。別に、君にまた決闘を申し込みに来たわけじゃないんだ。そんなことより、時間がない。すぐに他の衛兵が来るだろう。聞いてくれ」
「私、奥に用があるのよ」
 ルエラは焦って彼の言葉をさえぎろうとした。イヴはきっとここのどこかにいるはずだ。助けるのは今しかない。彼の父親を殺したことに関して云々の恨み言を、ここで聞く気は更々なかった。
「そのことにも関係がある」

 アンドリューは今にも走り出しそうなルエラを、叱るように呼び止める。ルエラは背後をしきりに気にしながら、泣きはらした目で苛立たしげにアンドリューを睨む。白夜叉が、彼も殺すか? と問い掛けてくるのを感じた。ルエラの心が不安定だと、白夜叉は凶暴化し、外に出て来易くなるのだ。倫理や道徳的な物の考え方は、凶暴化した白夜叉には通じない。それを宥めたのはリカルドだった。
「まあ待て。何かよほどのことだろう。小僧、俺たちは忙しい。用件を言ってくれ」
「長老からの言伝なんだ」
「メルゲンハイム公の? 遺言ってこと?」
 さすがに眉をひそめるルエラに、アンドリューは首を振った。
「そうじゃないっ、そうじゃないんだっ。長老は、まだ生きていらっしゃる」
 二人は絶句した。しばらくの沈黙。

 やがて、ルエラは額を押さえ、その愛らしい唇からシューと息をもらす。完全に信用するのは危険だと思いつつも、自分は、あの怜悧な美貌の青年を頼りにしていたようだ。よく考えたら、あの長老が自殺なんて愁傷なことをするわけがない。いや、そういうこともあるのかもしれないが、彼が命を絶ったところで、アルテミシオンの命が保障されるわけではない今、彼がそう簡単に諦めるはずがない。

「若き長老が服したのは、ショーンホルツの赤麦角の毒ね。公爵は、息が無くても皇太子が遺体を医者に見せることを踏んでいた。その医者が、公爵の服薬した毒を作った張本人であるショーンホルツになることも計算づくってことね。アルテミシオンは皇室の筆頭侍医を信用してないものね」
 ルエラの頭の回転の速さにちょっと驚きつつも、アンドリューは早口で応える。
「ああ、即効性で仮死状態になるように改良された薬だと言っていた。――外に誰か待機しているのか? 仲間は?」
 ルエラは仲間という言葉に胸を押さえる。外に積み上げられた遺体袋……あの中には、大切な仲間達が眠っている。
「長老の隠者がいる。影族よ。ここまで入ってくることはできないけど、このまま待機していて怪しまれる事は無いと思うわ」
 嫌疑をかけられているユリウスの隠者ということで、ジェダイもうかつに王宮内をうろつけない。皇太子によって立場を護られてはいるが、彼は今、基本的に目立つ行動を避けている。

「ここを、開けられるか?」
 ルエラは、倒れている牢番の服を漁り、鍵の束を取り出した。
「すぐに地上に戻れ。彼女は私が助けておくから。あんたたちが怪しまれたら元も子もない」
「でも……」
 どうして彼が協力しようとしているのかが分からなかった。
「やって欲しいことがあるんだ。宮内司のもとに、聖騎士団と太政府の癒着に関する証拠があるはずだ。我が父とパネピスティミオン公との書簡のやりとりの束、それを奪ってくれ! そして長老に――ユリウス様に渡してほしい。私は聖騎士団の長を出したシントローネ家として、不正を暴き、王をお助けしたいのだっ! 頼む、信じてくれっ!!」
 ルエラは躊躇った。少年を信じる信じないではなく、ただイヴのことが死ぬほど心配だった。しかし、さきほどの太政司が自分の顔を見たときの反応を思い出し、これ以上注意を引きたくないと思った。太政司は、ルエラの顔を見て呟いたのだ。「シルヴィア?」と……。
「リカルドと二人でイヴを助けて。私は殿下のところに行くわ」
 そう言いおくと、後ろ髪を引かれる思いで駆け出した。


8 :酋 長 :2007/06/04(月) 11:57:14 ID:nmz3k7WJ


                                   7


 リカルドはルエラが去るとすぐにアンドリューを出し、奥の、重犯罪者の区域に向かった。初め、アンドリューは、もし聖騎士の誰かが残っていたら……とドキドキしていたが、重い鉄扉を開けると、そこに人の気配は無かった。隻眼の騎士は見張りが一人もいないことを知っているようだった。まるで気配を読むことができるかのように、躊躇い無く素早く動いた。しかし階段を降りた時、突然立ち止まり、アンドリューを手で制した。人差し指をそっと口元に持っていき、静かに行動しろ、と片方の目で命じる。そしてそっと近づいた二人は、アーチ型に口を開いた空の房をいくつか通り抜けた。上の階とは違い、整備されてない薄汚れた回廊を歩く。

 五つ目の牢に女が一人蹲っているのを見つけた。その奥に続く牢にも罪人は一人も入っていないようで、その階はシンと静まり返っていた。そもそも、この地下宮殿自体、めったに使われることがない。王のお膝元である王宮で罪を犯す者など稀なのだから。――もっとも明るみに出ないだけであるが――。そして誰かが捕らわれることがあっても、一時的に拘束する場所に過ぎないのである。


 隻眼の騎士は、うめき声をあげて赤い髪の女に走り寄った。ランタンの灯りに照らされたその女は、ぼろ雑巾のように打ち捨てられていた。服は無残に裂かれ、白い肌に刻まれた暴行の痕が痛々しいが、それでもまだ息があるようだった。
「動けるか?」
 リカルドが助け起こすと、女は喘ぎ声をあげた。手足だけではなく、肋骨までどうにかなっているようだった。

 アンドリューは罪悪感で胸が痛んだ。衣服を正しながら出てきたイワンを思い出す。明らかにこの婦女子をこんな姿にした者には、自分の兄も含まれているのだ。
「すまない」
 アンドリューは低く呟いてその女の枷を外そうとした。
「や……めなさい」
 声は痛々しいほどひび割れていた。二人は彼女に押しのけられてびっくりし、顔を見合わせた。
「分からないのか? 俺だ、リカルドだ」
 ビクッと赤い髪の女は肩を震わせた。アンドリューは突然腕を引っ張られ、あやうく悲鳴をあげそうになった。
「イヴ!?」
 リカルドが背後で叫ぶのと、イヴがアンドリューに囁くのは同時だった。

「お願い、坊や」
 間近で腫れあがった顔に見つめられ、アンドリューはごくりと唾を飲み込む。ああ、女の人なのに。この痛めつけられ方はひどすぎる。
「お願いよ、あたしを彼の視線から隠して」
 胸をえぐられるような言葉だった。腫れた瞼の下の赤紫の瞳から、透明な雫が落ちる。リカルドはその囁きを耳にして、唇を噛み、くるりと背を向けた。
「見てない、もう見てないよイヴ」
 リカルドは自分の衣服のボタンを外しながらそう言った。アンドリューはリカルドに渡された上着をイヴにかけた。きっと彼女はこの隻眼の男のことが好きなんだ。そう思うと、アンドリューはますます居たたまれなくなった。

「とにかく、助けにきた。早くここから抜け出そう」
「駄目よ」
 リカルドは驚愕してまた振り向いてしまいそうになり、慌てて己を叱咤した。イヴはなんとか身体を支えながら、途切れ途切れの言葉をつむぐ。
「あたしが逃げたら、あの子が動きにくくなる」
 あの子が、本物の白夜叉のことを指していると瞬時に理解したアンドリューは瞠目した。白夜叉が捕まっていれば警備は手薄になる。彼女は、白夜叉のために自分を犠牲にしようとしている。

「何言ってるんだおまえ。今抜け出さないと、もう機会が無いんだ」
 リカルドはついに我慢できなくなり、アンドリューを押しのけてイヴを抱きしめた。
「お願い……やめて。あんたには……あんたにだけは……こんな姿見られなくないのよ」
「馬鹿、俺は目をつぶってるんだよ」
 イヴが顔をあげると、リカルドは片方しかない目を閉じていた。
「……リカルド」
「あんたを連れて帰らないと俺が白夜叉に殺されちまう」
 イヴは苦笑すると、渾身の力でリカルドのごついが温かい腕から逃れた。
「イヴ?」
「聞いて……白夜叉は死ぬのよ」

 リカルドは困惑し、眉間に皺を寄せる。
「あの子の中に、白夜叉が居てはいけないの。あの子が幸せになるために、白夜叉はあたしでなければならないの」
「何を言ってるんだ?」
 リカルドの怪訝そうな顔と、アンドリューの切羽つまった声が重なった。
「早くその女性を連れて行こう。もう見張りが戻ってきてしまうぞ」
 有無を言わさす少年がイヴに近づこうとする。
「あたしに触ったら舌を噛むよっ!!」
 どこにそんな力が残っていたのかと思えるほどの大声だった。アンドリューは仰天して凍りつく。そして今の声で誰か来なかったかキョロキョロした。一方リカルドは目を閉じたまま、黙っていた。アンドリューがオロオロしているのが気配でわかる。それよりも、イヴが本気だということが声からよく汲み取れた。本気で、無理に連れ出そうとしたら死ぬ気なのであろう。ひしひしと、赤いオーラが彼女から伝わってくる。リカルドは奥歯を噛み締めた。

「何故だ?」
 なんでこの女はこうも言うことを聞かないんだ。搾り出したような、絶望を含んだリカルドの声に、イヴは弱々しく微笑んだ。
「ごめん……ね、リカルド。あの子が命をはっているのよ。……あたし……は、嫉妬であの子を憎んだこともあった。血も繋がってないのに、父親の愛情を独り占めしたと思ってね……。それに兄が……アダムが村を出て行ったのは、あの子を女として愛し始めたからだって……。甘ったれたあたしは、父と兄を取られたみたいで悲しかったの」
 イヴは苦しげに息継ぎをした。息をするたびに肺が圧迫されて意識を失いそうになる。それでも、彼女は続けた。潰れた瞼から涙をこぼしながら。
「あたしは、あの子がどれほど苦しんでいたか、分かってあげてなかった。あんなに弱くて優しい子が、人殺しの人格を心に抱えていたのに、あたしは全然知らなかった。止められなかった! あの子が過去の記憶に蝕まれ、もがいていたのに、あた……あたしは……」
「しっ、もういいからしゃべるな。ゆっくり息をして」
 イヴはリカルドの制止もきかずに、しゃくりあげながら声を絞り出した。
「……最後くらい……姉の義務を果たしたいの」
 一瞬の沈黙のあと、ふわりとした感触が憮然としたリカルドの固く結んだ唇に重ねられた。

「あたしに、やりたいことをやらせて?」
 リカルドは食いしばった口の間からゆっくり息を吐く。そしてそっとイヴを抱きしめ、その耳に囁いた。
「分かった。だが、生きていられる間は無茶しないでくれ。俺は諦めないぞ」
 イヴが笑った気配がした。
「もちろん。あたしは白夜叉よ。そう簡単に死なないわ。灰色の髪の男や太政司を、あの子の代わりに殺す機会があるかもしれないもの。無駄死にはしない」
(そうじゃない、そうじゃないんだイヴ)
 何でもいいから、俺が助けるまで無事でいて欲しいだけなんだ。喉元まででかかった言葉を飲み込む。リカルドが立ち上がると、イヴは羽織っていたリカルドの上着を返した。

 ここに誰か来たと知られてはいけない。リカルドは奥歯を食いしばってそれを受け取ると、イヴに背を向ける。そしてアンドリューの首根っこを掴み、階上に上った。イヴを残して立ち去らなければならない痛みに、身体が二つに裂けてしまいそうだった。
「待って! 待ってくれ!!」
 外に出ようとしたところで、アンドリューは踏ん張ってリカルドから逃れた。
「時間が無い、ルエラの吹いた麻酔がもうすぐ切れる」
 隻眼の傭兵が扉の裏で気を失っている牢番の兵士を顎でしゃくった。彼はかすかに身じろぎした。目を覚ましかけているのだ。
「だからだよ。私もここを抜け出すわけには行かない」
 リカルドは少年の言葉に目を見開いた。
「行ってくれ。私も牢に残る。大丈夫だ。私は処刑されることはない。彼女が言っていただろう? 誰かがここに来たと思われてはいけないんだ。それに、ここに居れば、あの女性を助ける隙を見つけられるかもしれない」
 リカルドは祈るような気持ちで少年を見つめ、小さく頷いた。


 アンドリューは自分の房の鍵を抜きとると、兵士の懐に残りを返した。そして先ほどまでと同じ牢に何事も無かったように収まった。リカルドが地上に出てすぐ、倒れていた牢番が目を覚ました。ポカンとした顔で起き上がる。
「まったく。牢番たるものが居眠りしてどうする?」
 アンドリューは呆れたように嫌味を言った。


9 :酋 長 :2007/06/05(火) 19:21:43 ID:nmz3k7WJ


                                   8



 多少遅れはしたがさして怪しまれることも無く、ルエラは皇太子一行に追いついた。長老の遺体が、彼女が何か言うまでもなくショーンホルツの診療館に運ばれたのを知り、ほっと胸を撫で下ろした。

(あのお爺さんなら、きっと分かるわ。それにヤムイもいる)
 問題は、イヴだ。リカルドたちは連れ出してくれただろうか。首を傾げながら、持ち場に引き返していく聖騎士団たちを、ルエラは不安な心地で見送った。あの少年は頼りないけれど、リカルドもついているし、ジェダイも外に待機している。きっと大丈夫だ。今すぐに飛んで行きたいのはやまやまだが、長老が目を覚ましたらすぐに今後の対策を練らなければならない。それに、あのジルとかいう雌狐を探し出し、何とかしなければ。今度はルエラ自身の身を滅ぼしかねない存在だ。

「きゃっ!?」
 ルエラはドキッとした。長老の遺体が運ばれていくのを冷めた目で見ていた太政司が、皇太子の後に続こうとした彼女の腕を突然掴んだのだ。
「何をなさいます!?」
「少し、二人で話したいのです。カロリーネとやら」
 ヨルギオス・ド・パネピスティミオンの刺すような瞳に射抜かれ、ルエラは息を吸い込んだ。いよいよだ。対決の時がやってきた。


10 :酋 長 :2007/06/05(火) 19:27:17 ID:nmz3k7WJ


                                  9



「ねえ。別にテルモピュレーの血筋と取引しなくたっていいじゃん」
 紫禁宮を出ると、ジルは、黒い影のようなクラウスの外套を引っ張ってそう告げた。太政司だろうと何だろうと、金になるデカい仕事だ。彼女は、自分が国家規模の取引の橋渡しができたことに優越感を抱いていた。そしてちらりと背後に目を向けた。

 クラウスの後に続いてくるカナルディ血統の部下たちは、ジルが彼らの党首にまとわりついていることをあまりよく思っていない。ジルはカナルディ家とは身分が違う、ただの毒薬師の家の娘だ。睨みつけられて、勝気な彼女はますます気分が良くなった。
「あたしさ、義兄さんの右腕としてもっと役に立ちたいんだよ。だから次に何をやるか教えてよ。島から、能力者を連れてくるんでしょ? この国のやつらは、レティアの小国が持つ霊鉱山を手に入れようとしてて――」
 クラウスは立ち止まると、右腕をあげ、部下達を散解させた。クラウスたち島人へのセルダン王国の待遇は格別で、すぐにも立派な国賓館が与えられていた。もちろんむやみに王宮をウロついて欲しくないという別の意図も読み取れたのだが。

 残っているのがジルだけになると、クラウスは義妹を見下ろした。
「おまえはもう帰れ」
「ちょっ、なんでさっ! あたしがこの国との仲をとりもってやったんだよ? あっ、分かった、島とセルダン王国の連絡係になって欲しいんでしょ? ね?」
「もういいんだ」
 ジルが驚いて抗議しようとしたその時、白い制服の男達が近づいてきた。
「センタールの若長殿。少しそちらのお嬢さんをお借りしてもよろしいかな?」
 パウエル・ベルジュラックの灰色の目が、何か言いたげにジルを見る。クラウスは訝しげに義妹の顔を見つめた。この気分の悪くなるような男とジルが、いつの間にか通じていることにひっかかった。しかしジルが目をそらしているので、クラウスは小さく肩をすくめその場を立ち去った。自分にはまだやることがある。それは島人の長としての務めより、彼にとってはよほど重要なことだった。


11 :酋 長 :2007/06/05(火) 19:38:58 ID:nmz3k7WJ


                                 10


 ルエラが通された部屋は、太政府の最上階にある、パネピスティミオンの執務室だった。真新しく美しいが、どこか無機的な色合いの調度に囲まれ、冷たい印象を与える。機能のみを重視した味気の無い部屋だった。誰もいない部屋に通され、ルエラの緊張感は否応も無く高められた。

――先ほど太政司は、ルエラの顔を見て確かに母親の名前を呼んだのだ。


 パネピスティミオンは、ルエラに革張りの長椅子を指し示し、座るように促した。何か飲むか? と聞かれ、ルエラは恐縮したように首を振った。彼は苦笑いすると、自分は茶棚からアルコールの入った瓶を取り出し、グラスに注いだ。

「わたくし混乱してしまって……いったい……私の侍女が白夜叉だなんて……」
 まずルエラが、青い顔で途切れ途切れにそう切り出した。ヨルギオスはその声を聞いて目を閉じた。容姿だけでなく、声まで母親によく似ている、とヤムイ・タルゴスに言われたことを思い出し、ルエラはそれ以上言葉を続けられなかった。
(私のやり方は間違っていたのかもしれない)
 パネピスティミオンに素顔をさらして近づくことは、危険だったのかもしれない。素性は、もうバレているのかもしれない。握り締めた拳が汗でベタついくるのが分かる。

「パネピスティミオンには、恐ろしい隠者の守護がある」と、ユリウスの隠者ジェダイが言っていたのを思い出し、自然、緊張に身が竦む思いだった。今、ルエラにはその気配は感じられない。しかし、四長官の一人である太政司に、なんの護衛もついていないはずがない。ということは、白夜叉にならなければ、その気配さえも読み取れないほど、その隠者の隠業術が優れているということだ。目を閉じ、顔を伏せて白夜叉を呼び出し、その存在を探らせることもできない。ひとたび白夜叉を呼び出そうものなら、宿敵を前にして、冷静でいられるわけがないからだ。太政司を引き裂くために、飛び掛っていくに違いない。

――それでもいいじゃない。

 ルエラでさえ、そう思う。今すぐ、目の前のこの男のすかした顔を苦痛に歪ませてやりたくなる。そっと深呼吸し、自分を落ち着けた。唯一の王宮での味方である長老が捕まっている――それどころか、仮死状態だ――今、下手に動くことは今後のテルモピュレー王朝の未来を潰しかねない。

 突然、太政司に声をかけられ、ルエラはドキッとなった。この分じゃ、怯えている侍女という演技はあまり必要ないようだ。
「ヘッセン伯のご息女よ、君の婚約者が以前白夜叉という賊に命を狙われていたことを知っているかね?」
「はい。レオンハルト様――いえ、アルマーシュ公爵は、深手を負い、生死の境をさ迷っておりました」
 ルエラは、いたたまれないという暗い表情を顔に貼り付け俯いた。
「気の毒だった……が、自業自得、という言葉もあてはまる」
 突き放すような冷たい言い方に、ルエラは演技ではなく、眉を潜めた。
「閣下、アルマーシュ公はセルダン王国の、いえ、貴方様の忠実な臣下ではございませぬか」
「婚約者である貴女の前で、こんなことを言うのは躊躇われるが、君のためを思って言わせてもらう」

 パネピスティミオンは、突然身を乗り出すと、金の髪のどこか懐かしい香りのする少女の肩に両手を乗せた。ルエラは全身の産毛が逆立つような錯覚に捕らわれた。素肌の見える部分の鳥肌に気づかれないように祈るのみだった。しかし太政司は、そんな彼女の異変に気づいた様子も無く、愛しそうにじっと見つめる。そして無駄に驚かせないような配慮か、わざとゆっくりと言葉をつむいだ。

「婚約を解消なさい。婚約者の貴女なら知っているだろうが、彼は、以前サントーメ州の事件で、兄を売った恥ずべき男。そして、あなたもご存知のとおり、その兄を慕う者に命を狙われて深手を負ったのです」
「彼は、王をお救いするために、自らの兄上の謀反を粛清されたのです。立派な方ですわ」
「ああ、確かにね。しかし、その真の動機は、義理の姉を欲していたからだ。実に、実に美しい義姉だった」
 おまえがそそのかしたくせに何を言うかっ! だいたい人のことを言える立場なの!? ルエラの我慢は簡単に限界にきていた。叔父の苦しい恋心を知ってしまっている現在、ルエラは本気で怒りを露にする。ヨルギオスは、彼女のその怒った顔を見て、片眉を上げた。
「失礼なことを申し上げているのは百も承知ですよ、お嬢さん。それでも、貴女のためを想って言っているのです。なぜなら、彼の最大の罪は、メアラ州で襲われた時に、その犯人を取り逃がしたこと……そろそろ私の言いたいことが分かってきたのではありませんか?」
「そ……その時の白夜叉が……わたくしの侍女に成りすましていた……ということですの?」
 ルエラは口元を押さえて悲鳴混じりの声を飲み込んだ。
「いかにも。君の侍女として潜り込んでいた女は、おそらくメアラ州で君の婚約者の命を狙った女だろう。まんまと本物の侍女と摩り替わり、まんまと王都にもぐりこんだ。この責任は重い」
「それは、私に責任がございますっ」
 ルエラは抗議した。
「レオンハルト様のお預けくださった侍女が、摩り替わっていたことに気づかなかった。これは私のせいで――」
「カロリーネ、君のせいではない。侍女の確認を怠った彼の部下の責任でもない。監督不行き届きだ。上に立つ者の資質が問われるのはしょうがないこと。王の命はもちろん、君の命まで危険にさらした責任は、アルマーシュ公爵がとらなければならない」
「ああ、お願いですっ、そんなことおっしゃらないで」

 ルエラは、水色の瞳に透き通った涙を溜め、太政司に抗議の視線を投げた。パネピスティミオンは、彼女を胸の中に引き寄せたいという衝動を堪えるのに苦労した。似ている。かつてただ一人、手に入れ損ねた美しい女性に、ほんとうによく似ている。
「君は何も分かってない。なぜ、カロリーネ殿、貴女がアルマーシュ公の婚約者に選ばれたか、ご存知か?」
「あの方は、私をひと目で気に入ってくださいましたわ」
 ヨルギオスは、思わず失笑していた。
「そうだろう。焦がれていた彼の兄の妻に瓜二つなのだからね。貴女はアルマーシュ公爵が愛した義理の姉によく似ているのですよ」
「何をおっしゃいます!」
 ルエラは我ながら大した演技力だと思いながらも、必死で言い返した。
「そんな……そんなわけはございませんっ、それではわたくしがまるで、身代わりのようではありませんかっ」

 ヨルギオスはここぞとばかりに、彼女の心に付け込む。
「残念ながら、貴女は身代わりなのだ」
 憐れんだ声でそう言ったあと、太政司らしい厳しい声に戻す。
「そうして私は、不本意ながら彼を降格させねばならない。貴女から、公爵夫人の未来が無くなる」
 ルエラは愕然として、力なく背もたれに背中をあずけた。
「わたくし、わたくし、どうしたらいいか……レオンハルト様ったらそんなことひと言もおっしゃってくれなかったわ」
 ルエラはついに顔を覆って泣き出した。
「ああ、でもそんなことより、レオン様がメアラ州公を失脚なさったら、お父様がどれほどお嘆きになるか……むしろ婚約なんてしていなかった方が……」
 太政司はさらに追い討ちをかけるために、そっとその耳元に囁いた。
「私が貴女の身柄については責任をもとう。けして悪いようにはしない。お父上――ヘッセン伯にも私から連絡しておくから。いいね?」

 ルエラは両手で覆った顔にかすかな笑みを浮かべてこう思った。

――獲物は、ちゃんと網に掛かった。


12 :酋 長 :2007/06/05(火) 19:43:45 ID:nmz3k7WJ


                                  11


「気に入りませんね」
 皇太子付きの侍女が部屋から出て行った途端、声が、ヨルギオスの影から響いた。ルエラが考えていたとおり、その部屋には、護衛が居たようである。しかも、影族なのだろうか。姿は見えない

「愛らしいお姫様だ。だが、あの堂にいった物腰に、たおやかな泣き顔――どこか不自然さを感じてしまう」
 ルエラが聞いたら、自分の演技力に自信を無くしただろう。しかし、彼は特別な隠者だった。護衛としてだけでなく、刺客としても働ける、間違いなく、最上の隠者。
「もちろん、私もそう思うよ」
 ヨルギオスは、ルエラが去っていった扉をまだ見ていた。
「あの侍女の従者の人相を見たかい? あの男も怪しいな。どちらにしろ、疑わしきは、全て排除すべきだろう」
「あのカロリーネとかいう侍女まで摩り替わっていたとしたら、アルマーシュ公だけでなく、ヘッセン伯まで怪しくなりますね」
「白夜叉がサントーメ縁のものなら、アルマーシュ公と手を結ぶことはまず無いだろうがね――」

 言ってから、ヨルギオスは愕然として、手にしていたグラスを落とした。隠者の入り込んでいる影にグラスがあたり、涼しい音を立てて砕けた。
「いかがなされました?」
 隠者の驚いた声に、彼は何も返せなかった。
(馬鹿な――)

 もし、アルマーシュと白夜叉が手を結んだとしたら、白夜叉の正体が鍵だ。
(生きていたとしたら?)
 シルヴィアには娘がいた。パウエルは「もったいないけど殺した」と言ったし、監視役として就けた、ヘルネス・ニーチェも「あれでは生きてはいないでしょう、トラヴィス様も罪なお方だ」と痛々しげに呟いていた。それ以上は興味を失ったから詳しくは聞いてないが、もし、息の根が止まっていなかったのだとしたら?

 突然太政司が笑いだしたので、隠者は一瞬気が触れたのかと思った。
「閣下?」
「捕らえた赤い目の白夜叉と、さきほどの侍女が仲間である可能性が高くなった。まあ待て、あの娘には手を出すな。それを確認するのは簡単なことだ。アルマーシュ公爵を呼び寄せ、尋問すればいい。または、あの侍女の目の前で捕獲した白夜叉を処刑してみればよい」
「本物のカロリーネ・レ・ヘッセンでは無いと?」
「他人の空似にしては、あの人に似すぎているんだ。いや、君は知らなくていい。念のため、調べさせよう。身元をじゃない、カロリーネの容姿をだ。私にとって、ヘッセン伯までが関わっているか関わってないかはどうでもいいことだ。彼ら全てを潰したところで、私には何の痛手にもならんのだからな」
 むしろ、メアラ州ごと、解体してしまってもいいくらいだ。

「侍女に監視はつけますか?」
 隠者の最後のこの質問には、ヨルギオスは少し悩んだ。やがて、整った顔に、邪悪な表情を浮かび上がらせた。それは、上品な顔立ちから想像できないような、残酷な表情だった。獲物を追い詰めた時の肉食獣を思わせた。
「いや、君がたまに様子を見に行ってくれればいい。あとは適当に泳がせておくさ。なぜなら――」
 太政司は、陶酔したように目を閉じ、さきほどの侍女の姿を脳裏に再現させた。
「美しい獲物ほどより残酷に、追い詰めてやりたくなる、そういうものじゃないか?」
 権力の前には、女への執着など小さい欲望にすぎない。しかし、彼女はあまりにも似ていた。もう少しで全てを手に入れようとしている自分が、唯一、そして生涯手に入れることのできなくなった、あの女に……。ヨルギオス・ド・パネピスティミオンは、画竜点睛に相応しい身代わりを見つけたのである。


――ルエラはこの時、追っていた獲物によって、狩人から獲物の立場にされたことに気づいていなかった。


13 :酋 長 :2007/06/05(火) 19:51:39 ID:nmz3k7WJ

〜第五部 一章はここまで〜

ご愛読ありがとうございました。
半年ほど出産のため実家に帰ります(照)ネット環境から離れますので、第二章からの更新は本年11月以降となります。てゆーか泣き喚く赤子抱えて小説ってかけるのだろうか……(漏)いいや、乳吸わせながらでも完結させてやるもんねっああ、やってやらぁ。かかってこいやo(゚ぺ )

なので見捨てないで引き続き応援お願いしますね〜♪ \(^○^)/


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.