花宮の空人


1 :扇 要 :2010/07/19(月) 00:50:08 ID:P4tenes4


そこにあるのは 砂、土、空。

潤いを与えるは王宮に守られたオアシス一つ。

あとは熱を帯びた風だけ。



一周すれば一日を要する広大な宮殿がある。
それは王宮の奥、あたりを高い崖が守る大自然の一部となりえた建物。

<女王葬祭殿>

何十年という時をかけて掘り出された白石で立てられた美しく空虚な宮殿に眠るは、歴代の女王達。
永遠を信じるこの国の民が神人と崇める王族の亡骸は、死後も整然と変わらず傅かれる。
中でも女王の葬祭殿は<聖地>だった。
女王は女神オールスティアの娘神になる。そしてこの国に永遠を与え続けるのだ。と。

「蒼君」

小じわを刻んだ顔を柔らかくしながら、祭司の一人が声をかけた。
視線の先にあった小さな背中が、薄茶の前髪を揺らしながら振り返る。
うす布に顔の下半分と頭のすべてを包む服装は未婚の女子の物だ。濃淡入り混じってはいるが、全てが寒色の衣をまとうその娘は、丁寧に頭を下げた。

「白い花が崩れてしまいました。補いを頼みます」
「はい。直に」

この国に、花はオアシスの周りにしか存在しない。
だが、<女王葬祭殿>は常に色とりどりの花に囲まれていた。
棺室と呼ばれる安置室には、それはそれは見事な花々の楽園が出来ている。

そう、それは全てツクリモノ。
土と石で形作られた造花の花園だ。


<女王葬祭殿>

またの名を<花宮>という。







―――あぁ、なんて……。







―――美しい、世界。







プロローグ・終


2 :扇 要 :2010/07/19(月) 02:07:50 ID:P4tenes4YA

蒼君はそれすら日常と気づかず儀式を成す


この国の空は年中通して、大抵青く澄んでいる。

大地は砂と空だけ。果てはない。

きっとこの殺伐とした自然こそが、人の中に果てのないもの”永遠”を与えたのだ。
過酷な自然ではあったけれど、その国は荒んでいない。
この国の人々は、腐らない。

この自然すら愛してしまえる心は、神が下さったのだ。
神人となられた女王陛下たちが恵みを下さるから、この国は永遠なのだ。


ならば私も信じよう。見えもしないし、渇いたのどを潤しても下さらない、神という存在を信じて見せよう。
最も素晴らしく過酷な 永遠 というものも受け入れよう。
この単調で変わり映えのない日々が、愛すべき永遠だというのなら、受け入れよう。


この世界は、美しい。


私は、この身はすでに果報なのだと、認めよう。


そうすれば、


そう思えば、


耐えられる。


耐え抜いて、見せる。





・五代女王棺室・


「祭司様、補いの花が届きました」

初老の女性が慎重に抱えてきた白い造花を見て、祭司は満足そうに微笑んだ。
色、艶、影、形。本物と見まがうほどの土の造花が、若々しく花開く瞬間の姿のままでそこにあった。

染料もまた石や干物を砕いた粉で施すが、これほどの造花を作り出せるものは国中探しても彼女と、その師で王宮絵師を務める男だけなのだ。

「見事。さすが蒼君ですね、仕事が早い」
「えぇ、えぇ。神人陛下もお喜びのことでしょう。あの娘が来てから、一層<花宮>は鮮やかになりましたわ」

蒼君、と名を頂いた娘が<花宮>に入ったのは二年前のことだった。

本来嫁入り前の娘は家同士の取引で婚姻相手が決められるまで、母の元で花嫁修業と織物や砂金掬いの仕事を無償でするものだ。その能力や家の事情などで、気がつけば婚姻相手が決まる。そういうものなのだ。

しかし、蒼君は例外で、未婚の身でも録を頂きながら仕事に就いていた。

その理由は、彼女が一等石削りに秀でていたからである。
もとより父親は琢磨師。石を削って光沢を出したり、彫刻したりという職に就いていた。通常娘が父親の真似ごとなどするものではないのだが、彼女が戯れに作った作品が、宮廷絵師で国一番の琢磨師の目にとまり、弟子にとられたそうだ。

短い期間でその腕を上げた彼女は、男子禁制の<花宮>での琢磨師に、と求められた。

何から何まで女性のみの<花宮>で、石削りの職人は大変ありがたく、彼女は重宝されている。
嫁の貰い手は当分見送られることとなったが、成人までには宮廷絵師の方から話が来ることとなったので、両親は大喜びだという。

身分の高いものでなければ祭殿に限らず、王族の関する職には滅多に就けはしないのだ。
その上婿は貴族を約束されたようなもの。
一度高い身分を手見入れた一族は、罪を犯さない限り、永久的に安泰だ。

蒼君はこの世界、この国、この時代のシンデレラだった。




・西の庭のはずれ・


その日が、彼女の二年目だった。
蒼君と呼ばれることに慣れた少女は、一人で使うには広すぎる工房で日が暮れるまで石削りに励んでいた。

彼女の記憶が正しければ、そろそろ初代女王棺室の花がごっそりと崩れる頃合いなのだ。
工房にはすでに10を超えた数の増加が並べられていたが、あと10はいるだろう。例え余ったとしても、花は作りすぎて困ることはない。

造花づくりに没頭して夜になっても、火を灯せば続く作業。

食事は定時に祭司の下の者が持ってきてくれる。それ以外では、蒼君が外に出ることは滅多になかった。


部屋中の窓に簾を垂らし、きめ細かい布で織られた高価な衣を脱ぐ。


すっかり白くなった肌は微かな月明かりで青白く浮かび上がっていた。
髪をほどけば薄茶の長髪がサラサラと垂れてきて、ようやくの解放感にホっと息を突く。

少しの清らかな水に布を浸して全身を清める。これも贅沢なこと。
前は泥が沈むまで待って、砂色の水で、ボロキレを浸していたのだから。
望めば飲み水も与えられるし、髪を梳く櫛もいつでも使えるというから、庶民の出である彼女には涙が出るほどありがたいものだった。

けれど、蒼君の表情は浮かない。
沈んでもいないが……、そう、無表情が張り付いているかのようだった。

彼女はそんな自分を自覚していて、ときどき思うのだ。


自分はこの国でただ一人―――「腐ってる……」と。


永遠に愛されたこの国。
けれど、自分だけは永遠に枯らされてゆくかのよう。

変わらない毎日。
工房で過ごす日々。
ひどく恵まれた、退屈な日常。

愛すべき、独りきりの、永遠。


「大丈夫よね……?アリアーデ」


誰も呼ぶことのなくなったその名を、自ら口にして、彼女は言う。


「耐えられるわね。大丈夫よ……」


言い聞かせて、白衣の寝間着をまとい、寝台にもぐりこむ。
これが、毎晩の儀式だった。
自分を、理性を、孤独から守るための儀式だった。


(まだ、耐えられる)


アリアーデは眠りにつく。
翌朝には、また蒼をまとい、蒼君と呼ばれ、造花をつくる日常が来る。


だから、せめて夢でだけは、と願う。


父と母がいて。貧しくて、汚くて、何もないけれど。


笑いあえる人がいた、あの頃を。


夢でだけは、と。願う。




この永遠が壊れることを、願っている。








蒼君はそれすら日常と気づかず儀式を成す・終


3 :扇 要 :2010/07/19(月) 03:56:34 ID:P4tenes4YA

祭司は淀みなく1日を過ごす


祭司の朝は早い。

空がまだ白い時間に王宮に出向いてその日1日の水を頂き、清めの儀を執り行う。
大祭司の言葉と手伝いを少ししたら<花宮>へ戻り、各神人へ神器に注いだ水を配って回る。

花を整え、朝食を済まし、<花宮>の朝礼をしたのち、棺室の清め参りを昼までかけて行うのだ。


朝食を済まして広場に向かっていると、通りかかった西の庭で美しい音を耳にする。


「今朝も早いですわねぇ」

宮使いの一人が感心したように呟く。

「えぇ。蒼君は本当によく働いてくれます」

穏やかに祭司は言う。
朝礼にでる義務のない彼女は幾分か他のものより起床が遅れようと咎められはしない。けれど、彼女の身の回りを任される宮使いたちの話によれば、自分たちとほとんど差もない時間から起きだして、まだ辺りが涼しいうちに石の選別をしているそうだ。

みなが朝食の片付けに追われている今の時間帯も、すでに石打ちの音が響いている。ということは、荒削りの段階だ。新しい花をもう作っているのだろう。

この石打ちの音は<花宮>を囲む崖などの自然の中で高らかに響き渡る。その音は魔よけの効果があるともいわれるほど、涼やかだ。

祭司はそっと目を閉じて耳を澄ませる。
心が洗われるような響きだと、かつて仕えた前王は言った。
王宮の琢磨師たちはその音の出し方も競い合うほどだという。ここには一人しかいないが、上手く出そうとする心遣いを感じられた。

「さぁ、私たちも行きましょう」
「はい」




棺室の清め参りの際、花を見る。

二年の月日を経て、今棺室にある花はほぼすべて蒼君の手によって作られたものになっている。
もって一年の花の寿命。空気中の微かな水分や乾燥、あらゆる自然の影響で、少しずつ崩れていく花もまた儚さの魅力を持っているのだ。

この日は二つの花が崩れた。
それを伝えに祭司が工房を訪ねたのは黄昏時のことだった。

「蒼君、いますか」

外から声をかければ、直ぐに内側から戸が開けられた。
蒼をまとう少女は深々と頭を下げて、部屋の中の花を見せた。

「ふふ、貴方がここにきて本当、助かっていますよ蒼君。薄紅色のものと、白い花弁のものを一つずつ頂きます。あとで使いをよこしましょう」
「かしこまりました、祭司様」

使いが来るまでの間で、彼女は花に最後の仕上げを施すだろう。
言わずともそこはしっかりしている蒼君だ。心配はない。
よほどの才と、師の教えがあったのだろう。彼女の腕は、まさに一流のそれだった。

「それと、貴方の父君から文が届いていますよ。絵師殿が紙と筆をかしたのでしょう」
「!」

彼女の眼が珍しく輝いたのを見て、祭司はほんの少しだけ驚き、そして慈しむように笑った。優しく手渡した先、彼女の手は小刻みに震えている気がした。

蒼君は年の割に落ち着いており、大人びていて、躾のいい娘だった。
庶民の出ということで遠慮があるのだろう。外に出たがらないのもそういう要素が関係しているのだと察するのは簡単だ。
いつも室内にいるためか、彼女は表情が滅多に変わらない。いつも無表情で淡々としている。

それは良いことであり、好ましい事である。が、些か退屈でもあった。

一瞬の動きではあったが、彼女の刹那の喜びの表情が、それらを誤解だと思わせる。
二年目。祭事には実家にも戻れるが、役目上長い時は許されない蒼君だ。手紙など予想もしなかったに違いない。

紙や筆はこの国では貴重だ。
だが木の葉や枯れ木の皮に書いたものが<女王葬祭殿>に届くはずもない。
庶民が手紙など、よほど汚い字で拙い文に違いないのだが、何よりの贈りものだろう。

「返事が書けたら、渡しに来なさい。貴方もたまには外に出た方がいいでしょうしね」

彼女は眼を見開いて見上げてきた。
頷くと、再び深く頭を下げて礼を述べた。

「有り難う御座います」



いつもと少し違う発見があるも、今日も祭司の一日は終わる。
大きな変化などない、愛しき毎日を彼女もまた全うしたのだ。





祭司は淀みなく1日を過ごす・終


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