誰よりも、希望を胸に抱いて前を見続けた女の子がいました
誰よりも、誇り高い心を胸に前を見続けた女の子がいました
誰よりも、他人を思いやれる優しさを持って前を見続けた女の子がいました
誰よりも、笑うということの素晴らしさを理解して前を見続けた女の子がいました
そして
そんな彼女達の中心に
様々な不幸を背負いながら
様々な困難を背負いながら
誰よりも
強い…のに時々弱く
賢い…のに時々馬鹿で
優しい…のに時々厳しい
けれど、それゆえに…彼女達に最も必要とされた男の子がいました
もう、今は誰もいないこの場所に
かつて、そんな5人の人間達が
必死に
頑張って
生き抜いた
そんな物語があったのです
これは、その物語の
限りない未来の一つの結末へとつながる序章
‘チチチチチッ…’
「ん…、っふあぁっ…!」
朝、すっかり習慣となっている時間帯に俺はベッドから起き上がる。
洋服棚に掛けておいた制服に着替え、そのまま階下へとすぐに降りる。裏口の鍵を開ける。前日から仕込んでおいたスープの様子を確認。うん、今日もいい出来だ。さて、次は───
「おはようございます、レイさんっ!」
「「「「おはようございますっ!」」」」
「よぉ、今日も元気だな。おはよう。」
やって来たのは今日の担当の料理人達。みんな、俺に挨拶をしてから何故かため息をつく。
「ってか、相変わらずですね…」
「私達、指定された時間よりも30分は早く来てますのに、どうしてレイさんの方が早いんですの…」
「重役出勤っていうのは、俺には似合わないんだ。別に、もう少しのんびり来てもいいんだぞ?」
「自分の上司が自分より働いているっていうのは〜、考えものですよ〜」
「そんなものか?」
「ええ、そうですよっ!レイさんこそ、もう少しのんびりしてください!」
「そうそう。キララさんとの愛の営みの余韻に浸ってからでも───」
「よし、イーノ。今日の甘味時間はお前が一人でやり遂げろ。」
「死刑宣告っ!?」
「それじゃ、全員今日も頑張っていくぞー。」
「「「「はい、‘料理長’っ!!」」」」
俺、レイ・キルトハーツがこの世界に来てから7年の歳月が経った。
「おはよう、レイ…あら、みんな早いのね?」
「副料理長、おはようございます!」
「相変わらずお美しい…どうです、今晩のご予定は?」
「前にも言ったと思うけど、レイ以上の男性になれたら予定を空けてあげるわ。もちろん夜から次の朝までね。」
「あのなぁ、マリス。頼むから俺を引き合いに出すのを止めてくれ。後、そろそろいい相手を見つけろよ。」
「あら、つれないのね?」
マリスはヴェロンティエを出て、現在は自宅から通っている。7年の歳月は確実にマリスを魅力的な大人の女性へと育て、独り身ということもあってか毎日のように店の男や町の人から交際の申し込みを受けている。
…まあ、そのたびに俺を引き合いに出して断っているらしいが。本人曰く、俺以上の相手を見つけられないなら独身の方が楽だそうだ。
「ごめーん、遅れちゃった?」
「いや、ある意味じゃ時間通りだよ、フォルト。」
「給仕長!ウレモセの陶器ってどこでしたっけ!?」
「いやいや、真後ろの棚に入ってるから。あたしより若いんだから、ボケるのは早いよ?」
「フォルト。新しい彼とは順調?」
「うん。昨日はなかなか寝かせてくれなくってさー…」
フォルトさんも現在はヴェロンティエから出ている。残念ながら7年という月日すら彼女のスタイルを向上させることは無かったのだが、それでも明朗快活な性格のおかげで今は新しい彼氏と同棲中だ。
驚くべきことに、この新しい彼氏というのがあのアイン。この前はフォルトさんと喧嘩したと俺に泣きついてきた。どうやら、力関係はアインが圧倒的に弱者らしい。
「あれ?キララは?」
「ああ。2、3日前からどうも調子が悪いって言って。昨日から休んでる。」
「大丈夫なの?」
「大したことはないみたいだ。さっき、ミリアさんが様子を見に行ってた。俺も時間が空いたら行って詳しく診てみるよ。」
「私も付いていっていいかしら?」
「もちろん、あたしも。」
「私もお見舞いさせていただけますよね?」
「リリア!久しぶりだな!」
この7年で最も変わったのは、ある意味ではリリアだろう。
俺達が20歳になった年のこと。リリアは王政の廃止を宣言し、この国の政治の在り方を民主主義制に変えたのだ。もちろん、実際にそのような法律などを定めたのは元陛下達だが、立案は俺とリリアだった。
今の彼女は王女などではなく、リリア・キルヴァリーという一人の女性だ。本人が言うには、俺以外に男性を好きになれそうにないので苦肉の策です。と冗談めかして言っていたが、リリアが真剣に悩みぬいて、自らが誇っていた王族の歴史を、国と民のために終わらせる決断をしたことを俺達は知っている。本を書いて生計を立てながら陛下達と一緒にのんびりと過ごし、たまにヴェロンティエを手伝いに来てくれる。
「レイ様の医術でも治せないのですか?」
「それが、キララ自身に異常っていえる異常は見えないんだよ。何で体調が悪いのかさっぱり分からない。明日にでも母さんを呼ぼうかって思ってるんだ。あの人の方が詳しいしな。」
「それなら安心ね。それじゃあ、ちょっと早いけど、始めてしまう?レイ?」
「ああ。準備できたみたいだし開けても───」
「レイ。」
階段の上から聞こえてきた声に、視線を送る。確認なんてせずとも分かるが、その姿を見ることが俺の幸せの一つ。
ゆっくりと一段ずつ降りてきたのは、3年ほど前に俺の妻となったキララだ。
出会ったときと変わらない瞳の光を持ち、出会ったときとは違った眼差しで俺を見つめてくれる、俺の大切な存在である。
「おはよう、キララ。調子はいいのか?」
「あー…そのこと、なんだけどレイ…マリス達もいるから、ちょうどいいわね…」
「あら、あたし達にも何か言うことが?」
「何々?どうしたの?」
「別れた場合、レイ様のことは私にお任せください。」
「違うわよっ!あの、レイ…えっと…その、ちょっと体がだるくて熱が出てるのよ…」
「え?だったら寝てないと。」
「…昨日、僅かだけど吐いたわ。まだ、気分悪いし…」
「じゃあ、ますます寝てろよ。今から診たほうがいいか?」
「…だから、そうじゃなくって…察しなさいよ…!」
「は?何を…?」
思わず首をかしげる俺の横で、マリス達3人はぽかんとした表情をしている。
「…あー…ひょっとして…?」
「そういうことだと思っていいのかしらね?」
「お2人の場合、ようやくという気もいたしますが…」
「え?何?3人とも分かったのか?」
「あら、本当にレイったら分からないの?。」
「…ごめん、一般的な風邪の症状としか思えないんだが…」
「「「はぁ…」」」
「3人揃ってため息つかれたっ!?」
「レイ様、鈍いですよね…相変わらず。」
リリアの一言が突き刺さる。いや、そんなこと言われても何がなんだか。病気じゃないのか?吐き気やら発熱までしてんのに?
「あのさっ…だから…─────…たのよっ…!」
「え?ごめん、何だって?」
「…───ったって言って…」
「もう少し大きく言って────」
「だから!赤ちゃん出来たみたいだって言ってるのよっ!」
…赤ちゃん?
赤ちゃんって、あれか?子供?赤ん坊?ベイビー?発音を正しく言うならBaby?え?キララに赤ちゃんが出来た?つまり妊娠?誰の子?キララと…俺の子…俺の子供!?
「───…って、子供ぉっ!?」
「そう言ってるでしょうがぁっ!」
「え、えええっ!?じょ、冗談じゃないよな!?本当だよな!?いや、心当たりは確かにあるけど、え、だって、嘘ぉっ!?」
「傷つくわね、その言い方…嘘なんか、つかないわよ。」
「あ、す、すまん…その、昨日の内に分かってたのか…?」
「お母さんが教えてくれたのよ…妊娠してるみたいね、って。2ヶ月だろうって。」
うわぁ…命を司るあの神様が言うなら間違いないな。キララ、本当に妊娠してるんだぁ…その、俺の子供を。
「あー…俺、父親になるんだ…」
「出産祝いは何がいいかしらね?」
「今度は、本当にレイ様のお子様ですね。」
「…ねえ、レイ。ちょっとこっちまで寄ってきて。」
「お、おう。」
俺がいまだにどこかフワフワした気持ちでキララの近くに行けば、そっとキララは俺を抱きしめる。もちろん、一瞬後には俺もその背中に腕を回しておく。
「…一応、聞くけど…産んでいいわよね?」
「当たり前だろ。」
「神の娘と、異世界人の子よ?」
「馬鹿言え。キララと、俺の子供だろうが。」
「…うん。その…、色々と大変になるけど…よろしく、お父さん。」
「任せろ、お母さん。」
腕の中でキララが微笑みをこぼしたのが分かる。
うわあ、父親として責任重大だ。これからどうしようか?まずは親父達に連絡して…母さん、産婦人科医師の資格もあったよな?色々と教えてもらって────
「レイ・ランクフォオオオオオオオオオオオオオドッ!」
「キララちゃんに子供が出来たって本当かっ!?本当なのかっ!?」
「おめでとー、レイさーんっ!これ、お祝いの品ぁっ!」
「って、いつの間に店内に客が多数っ!?」
「ついさっき店を開けたもの。」
「マリス、雰囲気とか読んで!?」
「ちなみに、フォルトさんは従業員の方達と一緒に町中に広めに行かれました。」
「とめなさいよ、リリア!?」
「まだまだ来るみたいよ?」
マリスの言葉に視線を窓に向ければ、そこから見える通りをドドドドドッと人々がやって来ていた。
「祝、キララさん御懐妊っ!」
「生まれた子供は、ぜひうちの保育所でっ!」
「レイ兄ちゃんの子供さんどこー?」
「馬鹿、お前ら静かにしないと胎教に悪いだろ!」
「これが静かにしていられるかっ!」
「男の子?女の子!?」
「名前は何にするの!?」
「おら、レイ!新鮮な野菜だっ!これで嫁さん、もとい母親に栄養あるもん作りやがれっ!」
「キララちゃーんっ!おめでとー!」
「生まれたら、うちの子と遊ばせましょうね。」
うわぁっ…
隣を見れば、キララも呆然とした様子でどんどん増えてくる人たちを見ている。その誰もが、俺達のことを祝ってくれていて。間違いなく、みんなが俺達の子供との絆を望んでいて。
本当に、責任重大だ。これほどに絆を望まれている子の父親になるんだから。
「…これから、本当に大変ね。」
「そうだな。けれど───」
俺とキララは顔を向かい合わせる。お互いに笑って、今ではすっかりと口癖になった言葉をつむぐ。
とりあえず 必死に 頑張って 俺達の世界を発明していくとしよう
───────そう、これは絆がつないだ世界を作る物語───────
────著者
雨やかん
────協力
『ヴェロンティエ ラズウェール本店』
レイ・ランクフォード
キララ・ランクフォード
マリス・インベルグ
フォルト・ラインクル
ミリア・ランクフォード
『元 チェイン王国』
リリア・キルヴァリー
クロムウェル・キルヴァリー
フィリス・キルヴァリー
リュカー・ラインハルト
アイン・ブルーデンス
ヴァイツ・ヴァイスハイト
イラド・リヴォーディオ
フィーア・ラインハルト
『チェイン共和国』
ヴォンド・ネリケッシー
ノーリ・テイプス
ガンム・ナットゥ
ニース・オキューラ
『エキストラ』
黒い翠鳥さん作≪日常の中の気付かぬ世界≫
リンネ
古柳 冬至
深川 知広
仔空さん作≪バンパイヤっ子とケーキ屋≫
杉村 葵
レイ・アイチュラ
れむむさん作≪星のかなた≫
陸
ラキャラ
熱風回流さん作
シエル・スバーキン
ヴェアル・ガラン
初動系・零
アクロス・レザストロ【本人による友情(?)出演】
その他、作者がこの作品を書き始めて以来、応援し続けてきてくれた皆様
【この作品を通じて、広い世界で奇跡のように皆様とつなぐことの出来た絆に心からの感謝を。】
【皆さんのお持ちになっている絆が、この小説の彼らのように素晴らしきものになることを祈っています。】
Fin.