発明・ざ・わーるど!とぅるー…


1 :雨やかん :2007/09/18(火) 09:54:35 ID:VJsFrctD

誰よりも、希望を胸に抱いて前を見続けた女の子がいました

誰よりも、誇り高い心を胸に前を見続けた女の子がいました

誰よりも、他人を思いやれる優しさを持って前を見続けた女の子がいました

誰よりも、笑うということの素晴らしさを理解して前を見続けた女の子がいました

そして

そんな彼女達の中心に

様々な不幸を背負いながら

様々な困難を背負いながら

誰よりも

強い…のに時々弱く

賢い…のに時々馬鹿で

優しい…のに時々厳しい

けれど、それゆえに…彼女達に最も必要とされた男の子がいました

もう、今は誰もいないこの場所に

かつて、そんな5人の人間達が


必死に


頑張って


生き抜いた


そんな物語があったのです


これは、その物語の


限りない未来の一つの結末へとつながる序章


2 :雨やかん :2007/09/20(木) 12:22:21 ID:VJsFrctD

とぅるー1!

「はいっ。」
「レイ!いったわよ!」
「任せ―――って、うお!?」
「やりぃ♪」
「レイ様、大丈夫ですか?」
「な、何とか…」

ここはヴェロンティエ――――じゃ、ありません。
問題が解決して、今度こそ休暇を満喫すべく依然としてナーエコにいます。そう。俺は現在、誰もがうらやむことに4人の美女とビーチバレーなんぞしてるわけです。ちなみに、この世界の名前では砂上球。

「砂浜では、レイ様の並はずれた力が逆に仇となっているようですね。」
「あ、ああ。そうだな。」
「ふっふっふ。レイ君、それだけじゃないと見た!」
「ぎく。」
「何があるのかしら、フォルト?」
「あたしは見逃さなかったよ、レイ君!攻撃するときに一瞬レイ君の視線がマリスの―――」
「うわああああああああああああ!!」

はあ、はあ、はあ…き、聞かれたか!?よく見てるね、フォルトさん!
だって仕方ないだろ!?ボールを打つためにマリスがひょいっと跳ぶだけであれですよ!?そりゃあ、俺だって男ですからね!視線が揺れてるアレにちょっとは行きますとも!…はい、嘘です。しっかり見てました。本能に逆らえなかったんだよ…くそぉ。
そもそも!俺以外のプレイヤーは全員女だよ!?美女だよ!?しかも水着装備!
敵だけでなく、味方であるキララですらも普通の服より当然露出が激しいんです!そんな状況で思春期の男が平常心でバレーなんて出来ません!出来るやつがいたら、それは絶対にヤバイ趣味の持ち主だ。

「最っ低…」
「レイ様、ふしだらです!」
「あら。レイったら、私をそんな目で見てたの?」
「しっかり聞いてましたか、全員!」
「あたしの狙い、ずばり的中だね!」
「計画的か!だから、最初マリスと組みたがってたのか!」
「試合はすでに始まってたんだよ、レイ君!」

ちなみに、この試合で勝った2人が俺に何か言うことを一つ聞いて貰うということで―――そこに俺の意思はない。反対意見など聞き入れるはずもなく、いつの間にかそんなことになっていた―――4人とも燃えているわけだ。
ちなみに、俺は助っ人要因として3回まで2人のどちらかと交替できることになってたけど…どっちかというと足手まといっぽかった。

「うわー!レイの馬鹿っ!マリス達の方がいいわけ!?」
「そんなこと言ってない!」
「キララ様、諦めてはいけません!何としてでも、レイ様と『恋人達で飲む幸せズヨカセ』を!」
「リリア…そうね、諦めたらそこで試合終了よね!」

安○先生…バスケが、したいです…じゃなくて!何故にその有名セリフをキララが知ってるんですか!?
いや、問題はそこでなく…リリアが飲みたがってるのはあれ?向こうの店にあった、一つのジュースに2本のストローっていう、ベタだけど破壊力抜群のあれですか?あれを飲む気ですか、リリアさん!?

「姫様たるものが、人前であのようなものを…」
「あまり勧められるものではないな。」
「周囲、警戒。」
「そう思うなら止めろよ、お前ら!?」
「レイ君の慌てる顔が見てみたいの。」

どこか呆れ半分、笑い半分で苦悩している俺達の様子を見ているのはリリアを護衛すべき四聖騎士達。
何故か、全員水着を装備。護衛は?仕事は!?

「そうだ、レイ。」
「何だよ…」
「旗取走って知ってるか?」
「…ビーチフラッグのことなら。」
「何だ、そりゃ?砂浜に旗を立ててから離れた所で寝転がって、合図で走って旗を取り合うってやつだ。」
「俺の故郷ではビーチフラッグって言うんだよ。それで、それがどうかしたのか?」
「やろうぜ。」
「…勝負になるとでも?」
「無論。」
「この砂浜では、お前の脚力も制限されざるをえまい。ならば、条件は五分五分というわけだ。」

まあ、確かにそうかもしれんけど。

「俺達が勝ったら、お前には姫様の体に日焼け止めの薬を塗って貰うぜ。」
「待て、そこの三バカ騎士。」
「姫様!姫様とレイを結びつけるために我ら走り抜けます!」
「勝利、献上。」
「つきましては、勝ったら減給された分を戻して下さい!」
「頑張るのです、アイン!ヴァイツ!イラド!」
「俺、まだ勝負受けるって言ってないぞ!?」
「レイ!負けたら承知しないわよ!?」
「だから、俺はまだ―――ってか、試合は?」
「もちろん、私達の勝ちよ。」
「レイ君、砂浜で腕組んで浜辺中の視線を独占しようね♪」
「私は、当初の予定通り日焼け止めの薬を塗って貰うわよ?もちろん、ここでね。」

マジですか!?それは何、新手の拷問!?もう本当に勘弁しちゃもらえませんか!?

「負けられねぇ…!」
「準備出来たわよ、4人とも。」

フィーアさんの声により、俺達は一斉に砂浜に伏せる。後方を確認してみれば、風も無いのに何故かはためく一本の赤いフラッグ…あれを取らなきゃ、リリアの体にサンオイル…負けられねぇ…負けるわけには!

「よーい…どん。」
「絶対に勝――――ぐおぁっ!?」
「これが組織行動というもんだぜ、レイ!」
「絶対、勝利。」
「罠にかかるお前が悪いのだ。」
「お前らああああああ!?」

何があったかと言いますと。
起きあがって駆け出すと同時に左にいたヴァイツは足を引っかけられ、倒れた所を右にいたイラドに押しつぶされ、その隙にアインが猛ダッシュ―――って、おーい!?

「卑怯にも程がないか!?騎士の風上にもおけねえな!」
「軍隊1人で撃退するような男に、正々堂々と勝負しようなんざ思ってねえよ。」
「最初に条件五分五分って言ったよな!?なあ!?」
「言葉とは、時に罠にもなる…一つ学習したな。」
「以後、猛省。」
「殴らせて!お願いだからブン殴らせてー!?」
「姫様!任務達成しました!」
「ご苦労様でした、皆さん。」
「リリア。まさかとは思うけど、本気にしてないよな!?」

恐る恐る振り返れば────満面の笑みを浮かべた絶世の美女。うん。俺、ピンチですか?

「レイ様、私は日に焼けないようなのです。」
「じゃ、じゃあ、しないよな?」
「ですから、飲んで下さいますよね?」
「…何を?」

リリアが笑顔で指さした方向にあるのは、先程リリアが言っていたジュースがある店。
泣いてないよ。泣いてないとも。ただ、目から汚れを取るために出ている洗浄液が止まらないだけさ。涙って、物理的にストレス物質を破棄する役割もあるんだよなぁ。どれだけ泣けばいいんだろう?

「レイ。」
「キララまで、何かあるのか…?」
「いや、さすがにそこまで酷じゃないわよ。」
「…すげえよ。今、一瞬だけどキララが輝いて見えた。主原因、お前なのに。」
「失礼ね。」
「一番最初に賭けを持ち出したやつが何を言いますか?」
「それより、レイ。大丈夫?」
「そう見えるか?」
「今じゃないわよ。何か、無理に調子を上げてるみたいだから。」
「あ───」
「あまり、無理はしないでね。相談してもらえるなら、全力で相手するから。」

う〜む、さすがキララ…ばれていたか。
いや、ひょっとすると他の3人も気付いてるけど気付かないふりをしてるのか?だとすると…うん、やっぱり俺って愛されてるなぁ。
だからこそ、今の問題もちゃんとしっかり決着をつけておくべきなんだろうな、きっと。


3 :雨やかん :2007/09/25(火) 14:38:04 ID:VJsFrctD

とぅるー2!

レイ様が何かひどく悩んでおられるのは、すぐに分かりました。
けれど、今回の悩みは決して私に何か出来るようなものではない…そう思えたのです。レイ様の苦悩を分かち合えれば最高なのでしょうが…たとえ、レイ様が教えて下さっても、今の私には何も出来ないのでしょう。レイ様の顔は、そう仰っています。

「レイ様…」

窓の外に広がる景色を眺めながら、私は思わずレイ様の名前を呟いていました。

「リリア、どうしたの?」
「いえ、大したことではないのですが。」
「レイでしょ?」
「はい。」
「どういうわけか、随分と難しいこと考えてるみたいだからね…仕方ないか。」

キララさんも一つため息をつかれて、私の前にある寝台に腰を下ろされました。
現在、私達は宿屋に戻ってきています。レイ様は今頃はご自分の部屋で考えこんでおられるのでしょう。マリスさんとフォルトさんはお風呂に入ると仰って部屋を出て行かれました。アイン達は、おそらく私の気付かないところで護衛の任務に就いてているのでしょう。
必然的に、残ったキララさんと私がこの部屋にいるわけです。

「キララさん。」
「何?」
「私、少し思ったことがあるのです。」
「奇遇ね。あたしも考えてることがあるの。」
「…同じだと思いますか?」
「多分。」

苦笑して、私はキララさんの『せーの』という声に合わせて考え事を口にします。

「「16歳で結婚って早すぎるのかもしれない。」」

やはり、キララさんなら私と同じ結論に達して頂けると思っていました。

「ふふっ。やはり同じでしたね。」
「そうね。多分、レイが悩んでることは――――」
「私達を選択しようとするがための悩み、なのでしょう。」
「確認だけど、別にレイとの早めの結婚が嫌とかじゃないわよね?」
「当然です。レイ様と結ばれるのならば、これ以上の幸福があるでしょうか。」
「ただ、ねぇ?」
「そうですよね…」

今度のため息は重なりました。ええ、そうです。私達がそのようなことを考えたのは他でもありません。

「レイだって16歳なのに、さ。」
「結婚相手を決めろと迫っている私達は…」
「まだ、もう少し自由に色んなことを楽しむ時期なのよね。」
「私達はレイ様1人がおられて、レイ様以上の男性を考えられないから良いのですが。」
「よく考えてみれば、あたし達とレイが出会ったのって大体半年前よ?それなのに、あたし達ってレイに選択しろって迫って…今さらだけど、変よね。」
「しかも、私なんてほとんど一目惚れですし。」
「あたしも似たようなもんよ。1、2週間で好きになっちゃったんだから。」
「ふと、考えてしまったのです。レイ様が、私達のことを想って下さっているのは疑う余地のない事実なのですが…もしも、私達がレイ様にこうまで迫らなければ、果たしてレイ様は私達を想って下さったのでしょうか?」
「‘もしも’なんて言ってもしょうがないけど、あたし達がレイの可能性を潰してしまったんじゃないかっていうのは…分かるかな。」

レイ様は紛れもなく天才です。いえ、今までに天才と呼ばれたどの人物もレイ様の前ではかすんでしまいます。言うなれば、まさに‘神に選ばれた存在’なのでしょう。
もしも、レイ様が私達と共にいなかったならば、もっとご自分の願ったとおりに生きておられたならば―――…?
才能の大きさは、その人物の可能性の広さに直結します。そういう点で、レイ様は望めば何にでもなれたはずなのです。事実、普通の人には届くはずもない‘王’という立場を得ることも可能になっているのですから。
だからこそ私達の存在は、レイ様の可能性を大きく消してしまった―――?

「少し、嫌ですね。」
「そうね…今、レイを悩ませてるのだって元々はあたし達が原因なんだし。」
「この国の平均結婚年齢は、20を超えたころです。少なくとも16というのは年に数人程度でしょう。」
「あたし達、レイを追い立てすぎよね。」
「そうですね…確かな答えが欲しいとは思っています。自分を選んで頂ければとも思っています。」
「けど、あたし達はまだまだ子供なわけだし。」
「きっと、今の時点でレイ様が選択されれば、それ以外の誰もが傷ついてしまうのでしょうね…諦めることも、難しく。」
「もう少し、成長しましょうか。あたしも、リリアも、マリスも、フォルトも、そして―――」
「レイ様にも、成長してもらいましょう。」
「とりあえずは、レイにむやみやたらに迫るのは控えるとか―――」
「けど、出来るでしょうか…私達が。」

キララさんと視線を交わし合い、想像してみます。
今までやって来たような、レイ様と2人きりの時間。レイ様との恋人のように過ごした時間。レイ様と過ごした甘い時間。それを今後無くしてしまうことを。
――――…はっ!?な、何だか気が遠くなりました!
キララさんも、何やら衝撃を受けたような顔になっておられます。

「ごめん。やっぱり今の訂正で。」
「そ、そうですね…ほどほどにするということで。」
「レイを焦らせない程度に、ね。」
「私達が禁断症状を起こさない程度に、ですね。」
「禁断症状って―――…うん、ごめん。否定できなかった。」
「レイ様中毒ですよ、私達。」

確かに、とキララさんが苦笑するのにつられて私も思わず笑ってしまいます。そう、すでにこの身はレイ様無くして生きていけないのですから。

せめて共にいるだけでなく、あの方の支えの一部にでもなれるように―――…


4 :雨やかん :2007/09/27(木) 17:44:44 ID:VJsFrctD

とぅるー3!

「レイ、何をしてるんだ?」
「ん・・・ちょっと、武器の調整をな。」

手持ちの器具でカチャカチャと武器、スタンガンをいじっていた俺に話しかけてきたのは部屋に戻ってきたアイン達だった。どうやらお風呂上がりらしく、髪が少しばかり濡れている。

「前から思ってたけど、お前のその‘手甲’ってどうして触れるだけで相手を気絶させられるんだ?」
「以前ヌローの群れを気絶させたのもその武器だと言っていたな。」
「詳細、説明。」
「何と言えばいいのかな・・・電気って、分かるか?」
「‘伝記’?」
「人などの生涯を記した書物のことか?」
「その伝記じゃなくて・・・ああ、ほら。雷。稲妻なら分かるよな?」
「雷?」
「あの、天候が悪い時に空から落ちてくる光の柱の雷か?」
「分かりやすい説明だな・・・」

と言うか、それ以外に雷と呼ばれるものがあるなら聞かせて欲しい。それは間違いなく俺にとっても新発見だ。

「あの雷の正体が電気っていうもの。つまり、これは小規模の雷を発生させる武器なんだ。」
「何か・・・さらっと、この国の科学を50年進めるような発言をしなかったか?」
「レイに今さらそれを言っても仕方あるまい。」
「愚問。」
「まあ、威力自体はあんなに強くないけど、相手を麻痺させたり気絶させたりぐらいは出来るんだ。触れなきゃいけないから、至近距離まで近づくのが最低条件だけどな。」
「至近距離まで近づけば、最強の武器じゃねえかよ!」
「そうでもないぞ。この電気が流れない物質なんてのもある。たとえば、地面とかも木材には無効だ。あと、来ている服によっても通じにくかったりする。直接皮膚に押し当てないと十分な効果を望めないから武器としてはまさに俺専用だな。」
「一瞬で懐に飛び込み、相手の攻撃をものともせずにそのような行動に出れるのは確かに貴様ぐらいか・・・」
「殺傷能力、有り?」
「・・・威力を最大に調節して、胸にでも当てれば一撃だろうな。外傷はほとんどないかもしれない。」
「恐ろしい武器だな・・・」
「まったくだ。持っていたのがお前でよかったぜ。」

‘持っていたのがお前でよかった’・・・ね。
それは、四聖騎士から俺への信頼なんだろう。俺なら、そんな危険な武器を決して悪いようには扱わない。そう信じてくれているから、こんな物騒なものを作り出し、所持している俺と笑顔で話してくれる。
けど、もしも4人が俺の正体を知ったら・・・?
かって、この国と戦争を起こした異世界の住人と同類だと知ったら・・・果たして、4人は俺にこの笑顔を向けてくれるのか?
リュカーさんは?
王妃様は?
陛下は?
店に来てくれる、なじみの人たちは?

「・・・な────」
「レイ。」

俺の緊張から出ようとした一言を遮って、声をかけたのは他ならぬアインだった。

「な、何だ?」
「前から聞こうと───いや、言おうと思ってたことがある。」
「俺に?」
「あの事件の時から分かってたことだが、お前は言っちまえば異常だ。」
「っ!」
「アイン!」
「いいから聞けよ。その武器で暴走するヌローの大群を静めて、星を降らせることで一国の軍隊を撃退し、人にあらざる力を持ち、現代じゃ理解すらできない知識を持つ。もう、異常という言葉すら生ぬるいぐらいの異常だ。」

切り札にしても切れすぎる。そう、リュカーさんが俺を評価したことがあったっけ。
今のアインの言葉は、それを表してる一言なんだろうな・・・確かに、異常。この世界の人間の全てと比べて、同じでない。だからこそ異常。
それは、いかにキララ達が俺を思ってくれても、決して変わることなど無い事実だ。

「そう言われると何も言えないなぁ・・・」
「自覚もしてるんだよな?自分の存在がどれだけ異端なのかを。」
「一応、俺なりにだけどな。」
「ヴァイツも、イラドもそう思ってんだろ?」
「っ・・・」
「・・・」
「沈黙は肯定、か。」
「フィーアや姫様達は、お前への想いが先立ってるもんだから何とも言えねえけどよ・・・以前、団長と俺だけで話したことがあってな。」
「・・・何を?」
「もしも、お前が敵に回った場合についてだ。」

――――・・・俺を・・・‘レイ・キルトハーツを敵とする’・・・?
落ち着け。
落ち着くんだ、俺。
当然のことのはずだ。リュカーさんの俺に対する信頼は真実だ。そして、それ以上にあの人は騎士団長として私情を挟むことなく、この国と王族を護るという責務を果たそうとしているだけなんだ。ならば、俺も私情は置いておけ。何故、アインがこの話を俺にしているのかにだけ、意識を向けろ・・・!

「・・・レイ。」
「・・・何だ?」
「・・・それについて出た結論なんだがよ・・・聞いて貰えるか?」
「・・・聞いていいなら。」

アインは一息ついて、俺をじっと見つめる。そして、俺はそれを真っ向から受けた。


「無理だった!」


――――・・・おい。

「は?」
「いや。最悪を考えて考えて、あらゆる状況からお前が俺達の敵として立ちはだかる場合を想定しようと思ったんだけどよ・・・無理。不可能。結論どころか前提で断念。」
「ど、どういうことだ・・・?」
「俺も、団長も、お前は何があっても俺達の敵に回る―――つまり、姫様や陛下達を不幸にする存在にはならねえというとこで一致した。」
「・・・アイン・・・」
「お前がどれだけ凄いことをやってるかを知ってる。どれだけ異常なのかなんて百も承知だ。けど、それでも俺はお前が敵だなんて思えねえんだよ。」

アインはニヤリと笑って、少し大げさに両手を上げて降参のようなポーズを取った。

「だから、レイ。俺は、きっといつまで経ってもお前の味方だ。ちーっと年が離れてるけど、俺はお前を友人だと思ってる。」
「・・・ったく、もったいつけおって。」
「自分、同意。」
「当然ではあるが、自分もだ。」
「イラド・・・ヴァイツ・・・」
「俺達の力が必要なら、いつでも言ってくれや。姫様達じゃ出来なくても、同じ男の俺らなら出来ることは多いと思うしよ。」
「アイン・・・ああ、ありがとうな。」

さてはて・・・全く、俺は恵まれてると思うよ。
キララ達のように、自分を想ってくれる人だけじゃなくて――――・・・
俺のことをこんなにも認めてくれる人達にも出会えてるなんてな。


5 :雨やかん :2007/10/01(月) 09:21:41 ID:VJsFrctD

とぅるー4!


現在、あたしキララ・ランクフォードは困ったことになっている。
何故こうなったのか、理由は単純なんだけどそれだけにたちが悪いというか、正直なところ打つ手がない。あたしに出来ることがあるとすれば・・・待つだけだ。

「なあ、今暇?」
「すいませんけど、10年先まで予定がビッシリなんです〜。」
「悪いけど、他を当たってもらえるかしら?」
「ごめんなさいね〜。」

マリスとフォルト、さらにはフィーアさんの爽やかな笑顔と共に放たれた一言に、やって来た男達はすごすごと引き下がっていった。あたしは、その後ろ姿を疲れた目で見送るだけだ。

「リリア・・・」
「はい、何でしょうか?」
「今ので何人目だったかしらね・・・」
「単純な人数でいけば、37人です。集団で来られた方々を一回と考えますと、今の方でちょうど10回目ですよ。」
「全く、きりがないとはこのことね。」
「ほんとだね〜。レイ君がいないだけでこんなに違うなんて思いもしなかったよ。」
「仕方ないことよ。彼は特別だもの。」

現在、あたし達とレイは一緒にいない。
今日が最後の海ということで、朝からやって来たあたし達だが・・・なにせ人が多い。荷物を運ぶ、ならびに場所取りをするために先に砂浜に行ったレイとアインさんは見あたらず、その2人を捜しに行ったヴァイツさんとイラドさんも行方不明。
残されたあたし達は、待ちあわせ場所でレイ達が見つかるのを待っているわけだが・・・

「減らないわね・・・視線の数。」
「あの辺りの人、さっきも来たわよ?」
「レイ君に昨日、浜辺の視線を独占とか言っちゃったけど・・・あながち外れてないね。」
「レイ様、どこに行かれたのですか・・・」

昨日はレイというまさに完璧な盾がいたから周囲もあたし達に手出ししなかったものの、この状況――すなわち、あたしも含め世間一般で可愛い、美しいと呼ばれる女5人が男を連れることなく揃った状況――では、男性からの遊びの誘いが後を絶たないわけで・・・

「君たち、浜辺の視線独占じゃん?名前とか教えてくんね?」

こういった、もう見るからに軽薄そうな連中が・・・ああ、もう頭痛いわね!ってか、レイは何処!?何処行ったわけ!?あたし達がこんなに男に絡まれてるんだから、とっとと来なさいよ!

「レイの馬鹿・・・」
「レイ?ひょっとして、レイ・キルトハーツ?」

――――・・・はい、待って。どうしてあなたがレイの名前を知ってるのかしら?

「君ら、ひょっとしてあの男待ってるの?止めとけよ、あんな軽いやつ。」

今、この男は何と言った?レイを軽いと言ったわね?そう言ったのよね、この男は?レイのことをよく知りもしないくせに、あたしのレイを貶したわね?
うん。とりあえず、一発叩こう。大丈夫、だってこっちにはフィーアさんが――――

「さっきも、向こうで他の女を複数連れて笑ってたしよ。」

‘ガシッ’
変な音は、男性の体からしたと思う。具体的に断定できないのは、全く同時に4つの手が男性の顔やら肩やらを力の限り握りしめたため。もちろん、あたしも含む。
毎日毎日重い鍋やらを握ってるあたしの握力を舐めないで欲しい。その辺の男よりも強い自信はある。もちろん、マリスとフォルトも同じ理由で。ちなみに、リリアは自身の非力さを悟ってか首を絞めにかかっていた。

「今、何と言ったかしら?」
「もう一度、言ってくれないかな〜?」
「レイ様が、何をなさっていたと?」
「3秒以内に答えなさい。」
「む、向こうで他の女を複数連れて笑ってました!」

何やら顔面蒼白で浜辺のある方向を指し示し、軽薄な雰囲気が潜めた男性の言葉をあたし達は頭の中でゆっくり反芻する。
レイが?
女の子を連れて?
笑ってた?
しかも、複数ですって?
あたし達を放っておいて、そんなことしてるの?

「・・・フィーア。行きますよ。」
「は、はい!」
「キララ、フォルト・・・準備はいいかしら?」
「確か、荷物の中にこの前使った鍋と包丁があったよね。」
「レイが持ってるでしょ、好都合なことにね・・・」

今まで取り囲んでいた人達が、あたし達の様子が変わったことに気付いたのか素直に道を譲ってくれる。人の波が自然と分かれていく中を、あたし達は少しだけ急ぎ足で歩いていった。
そりゃあ、もう。あの優柔不断な男を一度思い切り痛い目に合わせるためだ。

一応、レイが心変わりしたなんて考えたわけじゃない。そこは絶対。
きっと、あのレイのことだ。あたし達がいない隙を見計らってやって来た女の子に捕まっているんだろう。ちょうど、隣にはそこそこに格好いいアインさんもいたし、もしもヴァイツさん達と合流していたなら尚のこと。
けど、レイならばそんなのは簡単に振り切って来れるはずなのよ。なのに、そうしないっていうのは・・・浮気?浮気なわけ?
開放感溢れる海に来て、ちょっとぐらいなら良いかなという気持ちで他の女に色目使ってるのか、レイは?甘い。甘いわよ、レイ。あたし達はそんなに心が広い人間じゃないのよ。
今いるこの4人で精一杯。正直、他の女の子に話しかけるのだって苛々するのよ、あたしは。

「・・・いたわ。」

マリスの視線の先に、確かに女の子が複数集まっていた。
予想通り、アインさん達もいる。そして、四聖騎士3人と一緒にいて女の子達に笑いかけている(実際は苦笑い)のは、随分とあたし達を待たせて、鼻の下を伸ばしている(ように見える)レイだった。

「あの、だから悪いけど人を待たせてるから通し―――・・・っ!?」
「・・・レイ、じゃ、俺達はこれで。」
「生きろ。」
「戦線、離脱。」
「レイ君、姫様よろしくお願いします。」

四聖騎士の人達が全力で彼方へと走り去っていくのが視界の端(視界の9割はレイ)に見えたが無視する。
あたし達4人の前に立っているのは、あたし達が最も愛する浮気者だった。

「ちょっと待て。何だか色々とすごい誤解が生じてる気がするのは気のせいか?」
「気のせいですよ、レイ様。」
「レイ・・・浮気は犯罪なのよ?」
「浮気!?ってか、どうしてそんな話になってるんだ!」
「言い訳、か・・・レイ君、ちょっと見損なったよ・・・」
「見苦しいわね。それだけ女の子を周りにはべらせておいて。」
「はべらせて!?いや、待て!これは違う!」
「浮気した人は、みんなそう言うのよ。」
「キララさん、荷物の中から包丁を見つけました。」
「うおい!?それ、浜辺で必要ないものだから!」
「リリア、私はその鍋を貸して。」
「そっちの出刃包丁取ってくれる?」
「・・・あの、ひょっとして本気で俺って危ない状況か?」
「今さら気付いたの?」
「遅いけどね。」
「レイ様、一瞬で済みますから。」
「大丈夫、ちゃんと刃の背で打つから。」

レイの顔から、珍しく血の気が完全に引いた気がする。そして、それとは逆にあたし達の頭にはさっきから血が上りっぱなしだ。
レイの周りにいた女の子達は、雰囲気を察してくれたのか波が引くように後退していった。

「えっと、本気で怒ってる?」
「当然でしょう?」
「・・・とりあえず、浮気じゃねえええええええええええええええええええ!!」

レイの言い訳の悲鳴を無視して、あたし達は手に持っていた武器を容赦なくレイに振り下ろしてやった。


6 :雨やかん :2007/10/03(水) 09:28:32 ID:VJsFrctD

とぅるー5!


「砂浜じゃ、俺の脚力は活かせないということを思い出してもらえたか?」
「だから、悪かったって言ってるじゃないの。」

謝ってる態度に見えませんよ、4人とも・・・痛たたた・・・
さすがの俺も、あんなもんで叩かれたら痛い。というか、包丁を振り下ろされたのはさすがにやばかったですよ・・・甘んじて受けたが。
俺だって振り切ろうとした。それは絶対だ。けど、急いで逃げようとしてもあっさりと回り込まれて、普通の道なら跳び越えるとかも出来たかもしれないが、砂浜では足が滑ってそうも行かない。走るのも同じ。
仕方ないから競歩のような速さで誘いを断りながら歩いたら・・・イラドとヴァイツに遭遇。それで詰みだ。一応、格好いい部類に入る4人が揃ったものだから女の子の誘いがさらに増えて・・・キララ達に見つかったわけだ。

「と言うか、さすがに怒るぞ俺も・・・ひどくないか?」
「う・・・ごめん。」
「で、ですが・・・レイ様も、少しだけ嬉しそうな顔をしておられましたので、何だかこう、苛々と・・・」
「あのな、俺だって男だぞ?そりゃあ、自分が女の子に誘われてるって気付いて悪い気はしないって・・・」
「それは分かるのだけどね。」
「何て言うか、理解は出来ても納得いかないって感じかな?」

軽く睨んでみた。
キララは目をそらし、リリアはすまなそうにうつむき、フォルトさんは開き直ったように睨み返し、マリスはウィンクした。駄目だ、約一名だけ器が違う。

「・・・まあ、愛されてる証拠として受け取っておくか。」
「さすがレイ君!その寛大な心にしびれるぅ!憧れるぅ!」
「申し訳ありませんでした、レイ様。」
「謝らないけど・・・責めないわよ。」
「それで、レイ。最終日なんだから、ちゃんとやってくれるんでしょ?」
「何をだ?」
「昨日の賭けよ。忘れたなんて言わせないわよ?」

昨日の賭け?・・・賭け・・・賭け!?

「はい、これが日焼け止めね?」
「・・・嘘、だよ、な?」
「そう見える?」

いつの間にかマットのようなものを地面に置いているマリスは、まさに妖艶と言うべき笑顔で俺の方をじっと見つめる。うん、やっぱこの辺りの魅力はマリスじゃないと出せないよなぁ・・・はっ!?な、何だか微妙に背後からの3つのオーラが黒く変化した!?

「・・・賭けの、内容だから、な?」
「ええ、分かってるわよ。」
「レイ様、私とも後でお願いしますね?」
「もちろん、あたしもだよねぇ?レイ君・・・?」

後ろから圧力が増加中。ダークサイドに落ちた3人を救うすべがあるのなら、光る剣でも大宇宙の意思でも扱ってみせるから是非とも教えて欲しい・・・


マリスの場合―――・・・

「あ、もう少し下まで。」
「いや、ごめん。無理。無理だから。」
「あら?私が日に焼けて辛い思いをするのをレイはお望みなの?」

違う。これより下は何というか、色々とやばいから!何て言うか、今まで下り坂だったのが上り坂に変わる場所ですから!その辺が限界です!

「あのなあ・・・!」
「ああ、レイってば私が服を着た時を想像してるのかしら?」
「は?」
「日焼けした場所に服が触れて、かゆくて悶える私を見たいの?レイも物好きね。」
「っ・・・!」

そんなわけあるかああああああ!・・・あ、でもちょっと見たい・・・じゃなくて!

「ああ、このままじゃ塗りにくい?それなら恥ずかしいけど少しずらしましょうか?」
「もう何が狙いになってきてるんだよ!」
「もちろん、私の最大の武器を使った誘惑。」

だから、その妖艶ともいえる視線を止めて!?もう頭がぐらぐらしますから!もう、触れてる手まで真っ赤になってるんですよ!

「下の水着に手を伸ばすな!ずらそうとするな!不満そうな顔も却下!」
「心外ね。レイが塗りやすいようにしてあげてるだけなのに・・・ひどいわ、レイ。」
「ぐあああ・・・分かった!分かったから!塗れば良いんだろ・・・」
「さすがレイ。遠慮無く良いわよ?」
「もう、本当に勘弁して下さい・・・」
「何なら背中だけじゃなくて前も―――」
「それ以上は本当に黙ってくれません!?」
「はいはい。ちゃんと塗ってね?」
「いじめだ・・・」

結局、かなり際どい所まで触れることになったりで・・・うぅ、やばい・・・頭に血が・・・


フォルトさんの場合―――・・・

「いや〜、何て言うかこうしてると本当に恋人みたいだよね?」
「そうだな・・・」
「・・・レイ君、何だか疲れてる?早いよ?」
「マリスがな・・・色々とさぁ・・・」
「ご感想は?」
「もう、あちこち柔らかで―――・・・って、思い出させるな!」
「やはり、敵は強大かぁ・・・ならば!」
「え、って、うおっ!?」

ちなみに、今までの状況はフォルトさんと一緒に借りた小舟の上で対面で座っていた。
で、現在は・・・フォルトさんが急に俺に飛びついてきたりなんかしちゃったり。はっはっはー、何をしますかこのお嬢さんは!?

「こ、こら!危ないから!」
「むぅ、あたしじゃ柔らかさよりも驚愕が先に出ちゃうなぁ・・・」
「は!?いや、何を───・・・てえっ!?」
「うわきゃぁ!?」

‘タッパーン・・・’
沈没・・・って、そんな暢気に構えてる場合か俺!?フォルトさんは!?まさか、泳げないなんてこと無いだろうな!?

「おい!何処だ、フォルト!?」
「あ。ここだよー!」
「はぁ・・・良かった・・・焦らせるなって・・・」
「むふふふふ〜・・・えい!」
「っ!?こら、またか!?」

水の中だってのに、フォルトさんは再度俺に抱きつくように身を寄せてきた。

「レ〜イ〜君♪今のはちょっと嬉しかったよ〜?」
「は!?な、何が!?」
「今、あたしのこと呼び捨てにしてくれたよね?」
「へ?・・・って、抱きつく力を強くするな!」

結局、中々離れてくれないフォルトさんに抱きしめられたまま海を漂うことに・・・鼻血出そう・・・


リリアの場合―――・・・

「レイ様・・・いざ!です。」
「本気でするんだな・・・これ・・・」

向かい合わせに座る俺とリリアが待っているのは、一つのコップに2本のストローが刺さってるジュース。そう。よく、付き合いだしたバカップルがやってるあれですよ。あれをやろうとしてるんですよ、この王女様!

「お姫様って、こんなんだったかなぁ・・・」
「レイ様が私を変えてしまわれたのですよ?」
「・・・否定できないのが痛い・・・」
「えっと・・・『私の体を、無理矢理に自分好みに変えてしまったくせに』・・・です!」
「人聞きの悪いことを言うな!後、周囲の視線とか気にして!加えて、棒読みかよ!」

誰から習った、そんな昼ドラセリフ!あの人か!あの、綺麗な笑顔で爆弾発言していく母親からですか!?帰ったら問いつめさせてもらいますからね、王妃様!?

「レイ様、先程から周りの方がこちらを向いておられるのですが・・・まさか、私のことが?」
「ばれてはいないよ・・・心配するな。」

うん、バレてはいませんよ?ただ、注文した時に店員さんが大声で連呼したから誰もが『あれを頼むやつがいたんだ!?』って感じで好奇の視線で見てるだけだからね。

「なあ、リリア・・・何だって、こんなの飲もうと思ったんだ?」
「え?」
「その、恥ずかしくない、のか?」
「えっと、その・・・恥ずかしいのですが、けど・・・お母様が・・・」

またあの人か!ってか、何故に!?王妃様、ひょっとして四聖騎士と一緒に監視してらっしゃいますか!?

「以前、お父様と、このようなことをされたと仰ったので・・・」
「・・・え、嘘だろ?」
「ですから、私もレイ様としてみたいと・・・」

したの!?あの2人が、こんなことしたの!?ひょっとして、この店か!?実は、あのメニューは伝統物だったりするのか!?

「大丈夫です、レイ様と一緒ならどんなことでも!」
「嬉しいような、悲しいような・・・はぁ・・・」

結局、お互いに恥ずかしくって同時に口を付けたのはほんの数瞬だったり・・・けど、やっぱりしたにはしたわけで・・・も、もう限界・・・


7 :雨やかん :2007/10/05(金) 11:27:17 ID:VJsFrctD

とぅるー6!

‘ぱたぱたぱたぱた・・・’
相変わらずビーチにいる俺達。と言っても、もう日は頂点を過ぎてゆっくりと高さを低くし始めたころだ。浜辺の人数もピークは過ぎたらしく、昼食(リリアと衆人環視の中でやったあれ)のころから比べれば随分と人数も減ってきたようだ。

「ぁう・・・」
「ほら、大丈夫?」

先ほどからうちわで俺を扇いでいてくれたキララが、ひょいと寝転んでいる俺に茶を差し出してくれた・・・うう。何気ない優しさが身にしみる・・・

「さすがのレイも、3人に振り回されたら大変だったみたいね?」
「精神的にな・・・まあ、喜んでくれたからいいけど・・・」
「それで、レイ。もう明日には帰るけど・・・何かお土産でも買わなくていいの?」
「楽しみにしてる家族が遥か彼方だからな・・・キララこそ、ミリアさんに何か買わなくていいのか?」
「『そんなお金があるなら、レイさんに迫る軍資金に使いなさい!』だって。お土産なんか買ったら、逆に怒られそうよ。」
「もう色々と言いたい事があるけど、疲れてるから見逃すよ。」

あの人は・・・
ちなみに、リリア、マリス、フォルトさんは四聖騎士を引き連れて買い物中。珍しいものがあるに違いないそうだ。

「ところで、レイ。これで今日は4人の全員と2人きりになってるわけだけど・・・」
「ん?」
「・・・その、少しは前進してる?」

キララの言葉に、少しだけドキリとする。
前進してるのは間違いない。4人の誰とも、最初のころより、想いを打ち明けられたころよりも関係が進んでいると思ってる。俺が、抱いている感情も・・・
けど、この場合は‘4人の誰とも’という点で間違っているのだ。いつか、選ばなきゃいけないのに、俺は───

「ごめん・・・俺には、まだ───」
「あ、謝らないでいいわよ?その、ちょっと昨日リリアと話してたんだけどさ・・・」
「え?」
「その、あたし達ってまだ16歳じゃない?だから、レイに迫るにしてもちょっと早すぎかなって思って・・・だから、ね・・・」
「キララ?」
「えっと・・・ああ、もう!だから、もしもレイが悩んでるのがあたし達のことなら、そんなに思いつめないでってこと!」
「・・・それで、キララはいいのか?」
「そりゃあ、選んでくれたらいいなとは思うけど・・・レイが、無理に思いつめるのはそれ以上に嫌だから。」

俺のこと、そんなに考えてくれてたんだ・・・
あ〜・・・うん。何だろ・・・疲れたところに不意打ちの優しさだから、すんごい心に染み渡る・・・

「・・・キララ・・・頼みがあるんだけど。」
「何よ?」
「膝枕して。」
「・・・は?」
「・・・あれ?」

────・・・俺、今何を言った?

「ひ、ひひひひひざ、ま、くら?」
「悪い、忘れてくれ。いや、本気で。」

おいおいおいおい・・・俺は、本当に何を言ってるかな!?いくら何でも急に『膝枕して』は無いだろ!ほら、キララだって固まって───・・・って、お?

‘とさっ・・・’

あ、柔らかい・・・って、そうじゃねえ!

「き、キララ・・・?」
「レイが、その、してって言ったんじゃないの・・・」
「ぅ、あ・・・だ、だからあれは忘れてって・・・」
「ちょ、こら!動かないでよね!か、髪の毛がくすぐったいじゃない!」
「わ、悪い!」

そういや、膝枕って実際は膝じゃなくてももに頭を乗せてるんだよなぁ・・・じゃなくて!
今現在、キララは水着だから頭の裏に直接キララの肌が触れて───でもなくて!
くすぐったいなら、どこうよ俺!何を大人しくキララに膝枕されてるんですか!いや、心地いいけどね!そりゃあもう最高ですともさ!

「その、キララ・・・ごめん。」
「別にいいわよ・・・普段、レイにわがまま言ってるのあたしの方だし・・・」
「けど・・・いや、ありがとう・・・」
「・・・どういたしまして・・・それに、こういうのも悪くないし・・・」

あ〜・・・やばい。本当にやばい。本気でキララに惚れそう。可愛い。もう、このままぎゅっと引き寄せたいぐらい可愛い。照れてるのか羞恥なのか、頬が真っ赤なキララが特に可愛い。

「あの、さ・・・」
「何?」
「・・・また、時々してくれるか?」
「・・・レイが、してほしいならね。」

そう言って、頬を染めながら微笑むキララは・・・正直、今この場で雰囲気に流されて告白してもいいかなって思うぐらいだった。
まあ、そんなことをしても納得いかないことになりそうだから止めたけどさ。


「誰か、あの雰囲気を壊しに行かない?」
「無理。絶対無理。」
「そうですね・・・ちょっと、あれは間に入れないかと・・・」

なんだか後ろの方で、そんなやりとりが聞こえた気がするが…とりあえず、今ぐらいは無視させてもらうとしよう。罰は当たるまい。


8 :雨やかん :2007/10/09(火) 09:17:28 ID:VJsFrctD

とぅるー7!

「「ただいま戻りました。」」
「お帰りなさい、リリア。レイくん。」
「よう。海はどうだった?」

ここは、リリアの家・・・つまりはお城。
本日、ようやくこの町に戻ってきた俺は、リリアを連れて陛下達に挨拶に来たわけだ。帰ってきたことと、無事にイケリルを送り届けたので、もうお城を出て店に戻ることを告げに。

「はい、とても楽しく過ごせました。」
「ええ、とても疲れる一日でした。」
「・・・あの、2人の間に随分と温度差があるのだけど?」
「まあ、そう言ってやるな。どうせレイのことだ。あの嬢ちゃん達に一斉に迫られたとか、水着姿に悩殺されそうになったとか、浜辺中の男に嫉妬の視線を浴びせられたとかそんなところだろう?」
「加えて、リリア達にいじめられました。」
「あ、あれは―――・・・れ、レイ様だって悪いんですから・・・」

顔を真っ赤にして、それでもどこか不満そうに抗議するリリアの様子は非常に可愛かったりするのだが・・・でも、あなたに叩かれた鍋の後は残ってますよ?後、陛下。俺に起こった被害をしっかり予想しているのは勘弁してください。俺ってそんなに分かりやすいですか?俺が不幸になるのは必定ですか!?

「何でぇ?まさか、俺の娘がいるってのに他の女に鼻の下伸ばしたのか!?」
「伸ばしてないでしょうけど、リリアの目にはそう写ったというところかしら?」
「う・・・」
「さすが王妃様。よくお分かりですね。」
「母は賢く強いのよ。」
「その冴え渡る頭脳で、若い頃に陛下とおやりになった恋人同士でしか飲まないようなあれを飲む作戦をリリアに教えたんですね?」
「・・・大人になるにはね、過去を振り返っていては駄目なのよ。」

視線を逸らしながら、遠い目で語られた。ってか、耳まで真っ赤ですが?自分でやって恥ずかしいんだったら、娘にもさせないで!お願いだから!将来リリアも笑顔で自分の娘にあれを勧める情景がリアルに想像できますから!
と、そこでひとまず話を切り、父親の顔から王の顔になった陛下が会話をずらす。

「ま、何はともあれ・・・ご苦労だったな、レイ、リリア。」
「「はい。」」
「お前達が捕まえた組織については、既にこちらの方にも報告書がある程度届いている。レイ、後でお前自身の証言と照らし合わせることになるから、そのときは頼むぞ。」
「分かりました。先ほど、リュカーさんから報告書にまとめるように言われましたので、後日証言とともに。」
「おう。リリアはどうだ?お前が見ることのなかった部分を、体験して。」
「私は、今回はほとんどお役に立てませんでした・・・ですが、お父様の治世でもこのようなことが起こる以上、私の代でもきっと起こりうることなのでしょう。ですから、私はこのようなことを減らしていきたいと思います・・・たとえ、一件でも。」
「そっか・・・今回の旅は、無駄にはならなかったみたいだな。」
「その志を、忘れないようにね?」
「はい…あの子の笑顔と一緒に、私の中に刻みたいと思います。」


イケリルとのお別れは大変だった。
具体的には、車に乗って去ろうとする俺とリリアの服をしっかりとつかんだイケリルが『かーか』『とーと』と必死に抵抗し、何とかその手を外せばとうとう大泣きしてしまった。
しまいにはリリアまでつられて泣き始め、イケリルを最後にもう一度だけしっかりと抱きしめてからようやく別れを告げたのだった。もちろん、帰りの車の中ではリリアはなかなか泣きやまず、ようやく嗚咽が止まったころにはリリアは疲れて俺の腕の中で眠ってしまい、そのままこの町まで戻ることに。


「そうね。いつか、あなたに本当の子供が出来たとき…ちゃんとその子も笑っていられるようにしないといけないわね。」
「はい。レイ様、いつか私達の子供とイケリル君が一緒に遊べたらいいですね。」
「ああ、そ───…って、待て。私達の子供って、話が早い。どさくさにまぎれて不穏なことを言うんじゃない。」

危うく同意しかけました。かなり明確なイメージ付きで。あ、少し悔しそうな顔してる…策士だな、このお姫様!何だか、最近王妃様に似てきましたよ?

「最近、リリアといると油断できないなぁ。」
「レイ君。女の武器は涙だけじゃないのよ。」
「もう少しだったのですが…」
「俺の妻直伝の言葉の罠は怖ぇぞ…俺も何度やられたことか…」

うわぁ。珍しく、いや初めて陛下が遠い目をして何かを見ている…何か、トラウマになるようなことでもあったんだろうか。

「侍女時代、王子様相手に何したんですか、王妃様。」
「誘導尋問は侍女のたしなみよ?」
「どれだけ高性能な侍女!?」
「誘導尋問はマリスさんの得意分野ですね。私も今度教わろうかと───」
「止めい!」

右から左からステレオでやられたら俺の秘密はかたっぱしから大気圏突破するシャトルのごとく明るみに飛び出すことになりそうだ。しかも、この二人は色仕掛けという究極の尋問が使える。
天国と地獄を一度に味わうには、俺はまだ若すぎますが!?

「まったく…何だってお城最後の日にこんな疲れにゃならんのだ…」
「最後?」
「レイ、最後ってなあどういうこった?」
「どうもこうも…イケリルっていう、俺とリリアが一緒にいなければいけない最大理由がなくなった以上、俺が無理にここに留まるわけにはいかないでしょう。」
「そうですね。これ以上は、他の方々も気づき始めてしまわれるでしょうし。」
「何度か危なかったしな。ですから陛下。僅かな間でしたがお世話にな────って、何ですか?その顔は?」

分かりやすく言えば『何を言ってんのこいつ?』みたいな。心底呆れた表情というか、俺の言ったことが馬鹿のやることだというような…

「レイ…分かってねえ、分かってねえな…」
「全くね。失望したわよ、レイ君。」
「何故にっ!?」
「あの、お父様、お母様…ものすごく厄介な予感がするのは私の気のせいでしょうか…?」

リリアの苦笑。その額には嫌な汗がたれている。いや、おそらく俺も同じような汗がたれているのだろう。これから、多分面倒なことを言われることを予想して。

「レイ…お前、まだやらなきゃいけないことがあんだろ?」
「そうよ。それをしないとここから出すわけにはいかないわ。」
「…やらなきゃいけないこと、とは?」

陛下が立ち上がり、拳を突き上げる。
王妃様がその隣に寄り添い、遠くを見つめる。

「同じ寝室で寝て、同じ布団に入った男女が何もせずに『さよなら』なんて許されるわけねえだろうがあああああああああ!」
「突如の事故でお城の人々に見つかり、もはや逃げ場をなくしたレイ君を私がリリアの婚約者として紹介するという計画を台無しにする気なんて…!」
「なんかとんでもないこと言い出した!?」
「海に行ってる間にそのような計画が!?」
「何のために、国家予算でお前らの寝室に色々と雰囲気を盛り上げる小道具を設置したと思ってるんだ!」
「税金をそんなことのために使ったんですか!?」
「国民の皆様の汗と涙の結晶なのですよ、お父様!?」
「この計画のために、お城の大改装を行って、いろんなところに罠を仕掛けたのよ?」
「まさか、その改装費用も税金ですか!?」
「それは突如の事故ではありませんよ、お母様!?」
「レイ君。事実と真実の違いって分かる?」

いきなり、何だろう…

「事実は起こってしまった事象。変えることの出来ない真理のことよ。」
「はあ。」
「真実は、事実を受けた人の心に、その人の意思によって形成されるもの。人によって形はそれぞれなのよ。」
「それが何か…?」
「…既成事実って、事実なのよね。」
「諦めろと!?」

いかん…本格的に逃げよう。このままでは、本当に俺はここから抜け出せなくなるかもしれない。


9 :雨やかん :2007/10/11(木) 16:46:30 ID:VJsFrctD

とぅるー8!

「レイ・キルトハあべしっ!?」
「ええい、帰ってきて早々にいきなり絡むな!こちとら海で疲れてるんだ!」

リリアを置いて逃げ帰ってきた───リリアがものすごく恨めしそうな顔をしていたが、スルーした───俺を待ち受けていたのは、本家本元の4大親衛隊。ただし、今日は人数も少なめである。どうやら、俺に会ったのは偶然だったらしい。

「疲れただと!?貴様、我等が女神の水着姿を堪能して疲れたとはどういうことだ!?」
「それは肉体的にか!そうなのか!?肉体疲労がたまったとでも言うのか!?」
「『4人同時相手は疲れるぜー』なんて言いやがるのか貴様ぁぁっ!」
「おまけに水着姿じゃない布一枚の姿を見ながら『俺という海に飛び込んでおいで』と言いおったのか、てめええええええ!」
「前から思ってたけど、そこまでいくその想像力は、もはや尊敬に値するぞ…」

こんなことを大声で叫ばれると、本来なら周りの人々から『なんてだらしのない男なのかしら』ってな視線が来そうものだが、そこはそこ。すっかり俺と親衛隊の連中とのやり取りに慣れてしまっている町人達は───

「あ、レイさん帰ってきてる。」
「日に焼けた肌もス・テ・キ・♪」
「ってことは、明日からヴェロンティエ再開だな。」
「やった!ようやく姉さんの破壊料理以外の飯が食える!」
「会社に戻って夕刊の記事をヴェロンティエ再開に差し替えなきゃ。」

ああ、人間の適応力って素晴らしいなぁ。ってか、今更だが俺も随分と有名人になったもんだ。これも半年かけて築き上げてきた俺の人徳の一つなんだろう。
…いらん人徳が多数混ざっている気もするが。特に目の前。

「くそ!こうなればレイ!貴様に立ち向かうことでこの苛立ちを少しでも紛らわせてくれりゅああああああああああああ!」
「噛んだ!」
「黙れ!」
「レイ!覚悟おおおおおおおおおお!」
「…これ、何だ?」

親衛隊の動きがピタリと止まる。俺が摘み上げたものの正体を確かめようとしているらしいが…まあ、いきなり封筒なんて見せられてもわけ分からないだろうけどさ。

「何だ、それは…?」
「…写真っていうんだ。つまり、とんでもなく綺麗な絵。」
「それが一体何だと言うんだ!」
「…俺が海に行ったとき、これはもう記録に残さないと駄目だろうと考えたためにこの世に作り出された4人の超絶丁寧な絵です。」

親衛隊は石化してしまった!

「臨場感たっぷりに映し出した、これさえあれば本人達が目の前にいるかのような錯覚さえ起こしかねない程の絵です。」

親衛隊の攻撃力が147下がった!

「しかも、普段は絶対にお前達じゃ見れないような露出が3割どころか7割増しで布地は最小限、白かったり日に焼けていたりする肌が太陽と水しぶきを浴びて輝かんばかりの究極の絵です。」

渾身の一撃!親衛隊に9999のダメージ!
親衛隊は倒れた!

「おまけに、これは犯罪だろ?というぐらいの角度からのも入っている、正直なところ高額で売れるんじゃね?っていう絵です。」

なんと親衛隊は起き上がって仲間になりたそうにこちらを見ている!
親衛隊を仲間にしますか?
『はい』

「…見逃してくれたら、いつものお詫び代わりにこれを譲ってもいい。」
「やあやあ、レイ。お帰り!お前に会えない日がこんなに寂しいものだとは思わなかったよ!」
「マリスちゃん達とは楽しんできたかい?それは良かった。羨ましいけど、君達の邪魔するなんて野暮なことはできないからね。」
「あ、荷物重いでしょう?お持ちしますよ!」
「イコ(動物の一種。この世界では飼い主に尽くす忠実なペットとして一般家庭に浸透している)と呼んでください!」
「…欲しい?」
「「「「是非!!!!」」」」
「…ほーれ、取ってこーい。」

親衛隊が仲間になった…って、正直いらんぞ、こんな仲間は。
俺は手に持っていた封筒(何枚もの写真が入っているため、結構な重さになっている)を振りかぶると、思いっきり遠くへと投げ飛ばした。
瞬間、我先にと猛ダッシュで彼方へと走り去っていく親衛隊。

「…ふっ。哀れな連中よ…」
「レイ兄ちゃん。」
「ん?どうした?」
「お姉ちゃん達の絵、あの人たちにあげてよかったの?」
「そうよね、レイさんらしくないっていうか…」
「随分と寛大だね、今日は。」
「いや、別に誰もキララ達の写真だなんて一言も言ってないし。」

周囲の空気があからさまに固まった。

「…お兄ちゃん、あの中身は?」
「俺と、その他ビーチで一緒になった筋骨たくましい男衆3人が、水着姿で遊んだ記録だ。」

ちなみに、もちろんアイン、ヴァイツ、イラドのことだが。

「…あの人達、かわいそう…」
「覚えておけよ、少年。大人になっても欲にまみれていると、あんな哀れな連中みたいになるんだぞ。」
「うん。レイ兄ちゃんみたいな男を目指すよ。」

親衛隊よ。お前達の姿は、今ここで一人の少年の道を正したぞ。褒めてしんぜよう。

「ゆーじゅーふだんで、たらしの男になればいいんだよね。」
「…ごめん。俺を目指すのも止めて。」

訂正。駄目人間を一人生んだかもしれん。


10 :雨やかん :2007/10/16(火) 09:15:27 ID:VJsFrctD

とぅるー9!

「ただいまー。」
「おかえりなさい、レイさん。久しぶりですね?」
「はい、ただいま帰りました、ミリアさん。」

ヴェロンティエに戻ると、真っ先に出会ったのはキララの母親、ミリア・ランクフォードさん。実年齢約10億歳。お肌年齢25歳の神様。

「実年齢の桁が一つ足りませんよ?」

…特技、読心術。

「えーっと…キララ達からお土産は?」
「はい。先ほどちゃんと頂きました。まったく、こんなお金があるならレイさんといちゃつくのに使うように言ったんですが…」
「ものすごく不穏な発言ですが、ご心配なく。しっかりいちゃつかせてもらいましたから。」
「まあ!どこまでですか?十月十日の後に新しい家族に出会えますか?」
「何を期待しているんですか!何を!」
「もちろん、レイさんとキララの子供です。」
「そこまでしてません!膝枕が限界です…」
「それだけですか…いちゃついたには遠いですね。」

この母上の脳裏でいちゃつくというのはどのようなことをすればいいのだろうか…基準が分からない…

「あ、レイ。戻ってきたのね?」
「ああ。」
「キララ。駄目よ、折角のレイさんとの旅行なのに膝枕までだなんて。」
「何で知ってるのよ!?」
「レイさんが教えてくれました。」
「言わなくても、すぐにバレるぞ…」
「うっ…け、けど、今回の膝枕はいつもと違うからいいのよ…」
「え?」
「レイから頼んできたんだから。」

瞬間、俺のほうを振り返ったミリアさんの顔を俺は決して忘れることは無いだろう。多分、俺がこの異世界に来て以来最高の笑顔だ。女神の微笑みという比喩の本来の用途での意味を初めて知った。

「あらあらあら♪レイさん、何て大胆な。」
「…キララ。俺、ミリアさんがここまで笑顔なの初めて見たよ。」
「そうね。あたしもこれほどの笑顔はここ数年ちょっと記憶にないわ。」
「お祝いしないといけませんね。明日は『膝枕記念』で全商品半額にしちゃいましょう。」
「町中に知らせる気ですか!?」
「それは何かの罰!?」
「膝枕の次は、やはりレイさんの腕枕ですよね。一つのお布団で並んで寝て。」

それは明らかに‘事後’だ。膝枕の次にしてはレベルが高すぎるなんてもんじゃない。むしろ最終到達地点な気がする。

「そうと決まればレイさん、早速今日からキララと───」
「同じ部屋も同じ布団もごめんこうむります。ちなみに、それはリリアとすでに実行済みです。」
「「っ!?」」

ミリアさんの顔が硬直。ならびにキララの顔も硬直。あれ?リリアと一緒に寝たことって言ってなかったっけ?

「ま、まさかレイさん!すでにリリアちゃんとなんて…!」
「数少ないミリアさんの驚愕がそこっていうのは、正直さみしいんですが…」
「レイ…後で、その辺りはじっくり聞かせてもらうわよ?マリスとフォルトも含めてねぇ…」
「へいへい…あれ?そういや、マリスさんとフォルトさんは?」

俺が戻ってからしばらく経つが、いまだに二人が見える気配はない。いつもなら、俺とミリアさんが話しだしたら必ずちょっかいを出しに来るのに…

「二人とも、旅行から帰ってきたことを実家に報告しに戻ってるわ。」
「実家?」
「うん。マリスの家と、フォルトの家。」

フォルトさんの家、ね…。
‘俺が異世界からの人間だと知ってしまっている人間がいる家’とも解釈できるな。
そうなると、多分今頃はフォルトさんとお父さんとの間で話し合いが行われているに違いない。しまった、俺も一緒に行けばよかったか…?

「フォルトさんの家って、近いのか?」
「え?ううん、近くは無いわ。フォルトも共用車で戻ったし。まあ、レイなら走れば10分ぐらいかもだけど。けど、結構奥まったところにあるから見つけにくいわよ?」
「道案内も無しには無理か…おとなしく待つしかないか。」
「…フォルトの家に、用事でもあるの?」
「ああ。結構まじめな用事でな。」

下手な対応すると、俺がヴェロンティエからいなくならなきゃいけないレベルのシリアスさだということは…さすがにキララには言えないよな。どれだけ心配するか分からない。
ともかく、全てはフォルトさんが戻ってからだ。
何を言われたのか。
そして、俺が何をすべきなのか。
キララと、リリアと、マリスと、フォルトさんと、みんなと一緒にいるために、真剣に挑んで、そして解決しないとな…


11 :雨やかん :2007/10/18(木) 08:21:05 ID:VJsFrctD

とぅるー10!

「いらっしゃいませー、お二人様ですね?こちらの席へどうぞ。」
「キララ、プワスク2つよ。レイはお子様ランチとハンバーグ定食を一つずつ。」
「分かった!レイ、そっちのムタとツーゼ取って。」
「ほれ。フォルトさん、たぬきうどんときつねそば定食上がったぞ!」
「おまかせー!って、あれ?リリア、その財布何?」
「はい、先ほど来られたユミチ様がお忘れになられましたので────っと、お待たせいたしました。チャーハン、オムライス、リーモア、合わせて1200ゼネーとなります。」
「レイ、カレーの鍋ってどれがどれだっけ?」
「右から辛口、中辛、甘口、お子様用!マリス、カツ丼と親子丼!」
「少し待って。はい、そちらの料理はお時間がかかりますがよろしいでしょうか?はい、かしこまりました。キララ、セトークとキロー定食よ。一つずつ。」
「了解!リリィ、さっきのお持ち帰り注文のレイバーガー3つとシェイク2つ!」
「はい、お待たせしました。ありがとうございます。」
「フォルトさん!そろそろ一旦切り上げるぞ!停止の札立ててきて!」
「いってきまーす!…って、この列の終わりはどこー!?」

ヴェロンティエ再開一日目。開店前から店の外には列が出来始め、お昼時にはすでに隣三軒先まで伸びていた。

「…し、死ぬぅ…もう死ぬぅ…」
「休み明けにあの人数は、さすがに無茶だったわね…」
「体が、もう動きません…指がひりひりします。」

俺の目の前では、四人の美女が屍と化していた。特にキララは一言も発せずピクリとも動かない。

「キララがこの調子だと、午後は無理かもな。」
「そうかもしれません…先ほど材料を見てきましたが、予定より減り方が激しかったですから。」
「うーん…キララ、午後はクレープとかの甘味系を一定時間売るだけにするってことでどうだ?」
「…うーん…」
「肯定か否定かどっちだ…肯定なら右手を上げてくれ。」

俺の見ている前で、ゆるゆるとキララの右手が申し訳なさそうに上がった。どうやら肯定はしたものの、俺だけ働かせることに申し訳なさがあるようで。

「気にするなよ。俺は4人よりかは体力に余裕があるしな。とりあえず、早速準備と看板を出して────」

俺がゆっくりときびすを返して調理場へと引っ込もうかとしたときだった。



「「「し、失礼します!!」」」



甲高いとまではいかずとも、少しばかり上ずったような声が複数俺の耳に届いた。

「ん…あれ?お客さん?」
「あの、表の札には準備中と書かれていたはずですが…?」
「あ、す、すいません!ぼ、僕達お客じゃないんです!」

休憩時に店に入ってきたのは、可愛らしい女の子3人組だった…あれ?確か、あの子達が着てる制服って───…?

「その制服、ベイルートの生徒だよな…?マリス達の後輩か?」
「後輩は後輩だろうけど…私は知らないわね。フォルトとキララは?」
「右に同じく。」
「あたしも見覚えはないけど…まさか、レイの親衛隊とか言うんじゃないでしょうね…?」
「その場合、容赦なくたたき出しますので。」

死んでいたはずの4人から物騒なオーラが見える!?誰か!誰か助けて!?このままだとお店の中が戦場に!

「ち、違うんです!あ、いや、そ、レイさんに憧れてはいるんですけど…」
「その、男の人としてじゃなくって…料理人としてレイさんを尊敬してるんです、私達。」
「それで今日はキララ料理長さんにお願いがあって来たんです!」
「あ、あたしに?」

3人のうちの一人、ピンク髪のツインテールの子がキララを真剣な目で見て、話を切り出した。

「僕達、今年で卒業なんです。それで、今ちょうど‘就職先’を探してて…その、お願いします!僕達をこのお店で働かせてください!」
「「お願いします!」」

しゅうしょく…?
修飾…飾り立てること?違うよなぁ?
秋色…乙女心と秋の空?って、馬鹿か俺は。
就職…職に就くこと。うん、これに違いない。
って、就職!?

「あー…そういえば、もうそんな時期なのね…」
「私達もやったわね。お城の面接会場まで何度も足運んで。」
「で、レイ君にやられて全て辞めちゃったわけだけど。」
「俺のせいみたいに言うな!」

いや、確かに事実上マリスを引き抜いたのは俺みたいなもんだが。フォルトさんは自分で来たよね?俺の記憶、間違ってないよね?

「文化祭のとき、レイさんが作ってくれた料理とか、その時に教えてくれた技術とかを見て、この店で働きたいって思ってたんです。」
「けど、就職情報を探しても、ヴェロンティエの欄が無くって。」
「非常識とは思ったんですけど、話だけでも聞いて欲しかったんです。」
「「「お願いします!」」」

3人の女の子が綺麗に腰を折るのを見ていると────

また何か新しい問題が湧き上がってくる予感ですよ?


12 :雨やかん :2007/10/19(金) 09:12:36 ID:VJsFrctD

とぅるー11

「悪くは無いんじゃないかと思うわけよ。」
「そうね。むしろ、今まで考えなかったのが不思議なぐらいだわ。」

あの後、とりあえずある程度の話を聞いてから、3人の女の子には丁重にお引取りいただいた。
と言っても、別に諦めてもらったわけじゃない。なにせ、俺もキララも、みんなして今の今まで新しく店員を雇うという考えを思いつかなかったので、こんなときの対応に困ってしまったわけだ。

「よく考えたら、これだけ人気のある店を料理人3人、給仕1人、お勘定1人で回そうと思ってたのが無理あるよね…」
「私は給仕も兼業しているわけだから、新しく給仕が増えてくれればその分、調理に手間をかけられるわね。」
「そうですね。私のお勘定にしても、今日も随分と長い列で待たせてしまいましたので…やはり、増員は正しいかと思われます。レイ様はどうですか?」
「決して利点ばかりだとは言えないけど、間違いなく今日みたいな過剰勤務状態は改善されるんじゃないか?」
「あれが毎日続いたら、いつか誰かが死ぬわよね…」
「本当、どうしてあたしってば新しい人間募集するの忘れてたのかしら…」
「それだけ、この面子で仕事するのが楽しいから、だろうな。」

俺が苦笑すると、キララ達も『確かに』と笑って互いを見やった。
そう。キララ、マリス、フォルト、リリア、そして俺。この5人でやる仕事はとても楽しい。これ以上、他の誰かを寄せ付けられないぐらいの魅力を感じていたわけだ。
けれど───…

「けど、やはりここはいい機会だし…募集するべきだよな。」
「そうね。お互いが大切だから、なおのこと体に無理させるわけにはいかないもの。」
「そうだよね。たとえば、あたしがレイ君の子供とか妊娠したら給仕がマリスしかいなくなっちゃうし!」

───…聞かなかったことにしたい。

「どの口がそれを言うのかしら、フォルト?この口?この口ね?」
「いひゃいいひゃいいひゃい!?」
「ふふふふ、『学級文庫』といってごらんなさい。」
「いや、間違っても女性に言わせていい台詞じゃないぞ!?」
「というか、止めなさいよ。そんな下等な嫌がらせ…」
「けど、今の言葉の罪は取っていただくべきです。」

いや、リリア。お前もつい昨日、完全に同レベルのことを言っていたからな?自分は関係ありません、なんて顔をしてるんじゃないぞ?
…なんか、日に日にリリアが黒くなっていく…出会ったばかりのころの、あの純粋なお姫様はどこに行ったんだろう。

「それにしても、面白い話だよね。」

ようやく解放されたフォルトさんが頬をさすりながら、昼に来た3人の会話を思い出しながら会話を再開する。

「なんか、ベイルートの就職希望の上位5つにこのお店が食い込んでるなんてさ。」
「そうね。うちみたいな単独店舗には珍しい話かも。」
「あら、有り得ない話ではないわよ?文化祭のとき、レイっていう料理人の凄さは間違いなく全校生徒が身をもって体験したわけなのだし。」
「そうですね。同じ料理人を目指す方々にとって、レイ様の下で腕を磨きたいと思われるのは至極当然のことなのかもしれません。」
「つまり、レイ君はとうとう就職にまで影響を与える人間になっちゃったのかー。」
「さすがはレイね。」
「いずれは国に影響を与える人間になってくださいますよね?」
「…それに対しての発言は控えさせてもらう。」
「ふっふっふ…リリア、さっきのフォルトのような状態で今度は何と言わせてあげようかしら?」
「止めんか。」

両手を不気味に動かすマリスの手を掴み、机に下ろしてやる。手をつないだことによる視線の悪化は気づかないことにして華麗にスルーだ。

「話を戻すぞ?そうなると、求人情報みたいなのを学校に持っていくか?」
「その方法もあるし、別の方法もあるわよ?」
「この時期になると最低でも月に1度ぐらいの割合で、学校で就職説明会が開かれるんだよね。だから、そこにレイ君を送り込めば人材確保間違いなし!」
「就職説明会なら、俺じゃなくてキララが行くべきだろ。」
「あの、本来は責任者であるミリア様ではないのですか…?」
「「いや、それは絶対に出来ないから。」」

俺とキララの声が綺麗に重なった。あの人に説明が出来るとは思えない…普段、何してるのか分からないし。いや、多分『世界』を渡り歩いてレーベンの管理にいそしんでるんだろうけどさ。

「リリア、そもそもあたし達の学校の就職説明会って、ただ説明するだけじゃないのよ。」
「そうなのですか?」
「ええ。お店の側から料理人が出て、実演をしながら、なおかつ生徒の方に指導もするの。」
「お店側は教え方の上手さ、料理人の技量を見せないといけないし、生徒の方は飲み込みの良さ、現時点での自分の技術を示す。そうやって相互理解の下に内定を決めて、その後は各店で試験なんだよね。」

へえ…それは何よりの説明会かもしれない。誰が考案したのか知らないけど、非常に理にかなっているやり方だ。

「と、そういったことをするなら────」
「間違いなくレイが一番適任なわけ。そういうわけだけど…レイ、引き受けてくれる?」
「キララ料理長の頼みとあれば、断るわけにもいかないよな。」

そうやって俺が笑って見せれば、キララも釣られたように、それでどこか誇らしげに笑ってくれた。それは間違いなく、俺にくれるキララの信頼の証だった。


13 :雨やかん :2007/10/23(火) 09:28:10 ID:VJsFrctD

とぅるー12

「それでは、就職説明会を開始します。各自、指定の人と組んでそれぞれの場所を巡ってください。2時間後、来てくださった料理人の皆様との対話の時間も取るから、出来るだけ多くの店を見て回るように。」

そんな教師の言葉と同時に、俺の目の前にいた生徒達がガヤガヤと動き出した。どうやらグループの人間を探しているらしく、きょろきょろと辺りを見回している人達がほとんである。
で、そんな中俺はというとキララに送り込まれたこの説明会で何をすべきかを考えていた。
とりあえず持ってきてるのは餃子の材料。ちなみに費用は学校持ち。
たかが餃子と侮る無かれ。野菜や肉の切り方、万能の調理器具である人の手の使い方、さらに皮をつくるための技術やその皮をいかに綺麗においしく見せられるかという様々な観点を持つ料理なのだ!

「あ。ポスター上げないと。」

用意された巨大なテント。その中に用意された仮店舗の外に一旦出て、やはり用意してもらった『ヴェロンティエ就職説明』という張り紙をペタペタと────

「え…お、おい!あれ、レイさんじゃねえか!?」
「は?んな馬鹿な───うおっ!?本当だ!?」
「嘘!今日はヴェロンティエも募集に来てるのかよ!?」
「つまり、レイ料理人直々に指導してもらえるってことよね!」
「おい!アルドー!?アルドー!?何処に行ってんだよー!?」
「急げ!とっとと人数集めないといい場所取られるぞ!」
「ミーシャ!急いでいいとこ確保おおおおお!」
「遅れを取るなあああああ!」

張っている最中なのに、何だか背後がざわざわと大変にぎやかになってまいりました。って、待て。君らはそのテンションのままここに来る気か?それは駄目だろ!?

「はい、今からこっちに走ってきたら全員その場で不合かああああああああく!」

暴徒になりかけていた集団がピタリと止まってくれた。様子の怪しさに動こうとしていた教員の皆さんも思わず停止。いや、あなた達まで止まらなくても…

「おい、そこの先陣を切ろうとした君!」
「はいっ!?」
「手は洗ったか?服に汚れはついてないか?今、この巨大な体育館にはどれだけ埃があると思っている?」
「え、え、え…?」
「そんな状態で走ってきたら、埃が舞い上がって料理する環境じゃなくなるだろうが!」

全員が、はっとした表情のまま固まってしまう。騒がしかった体育館に俺の声が響くが、とりあえず彼らのためにもちゃんと言うべきことは言って置かないと。

「料理を作るなら調理する環境を整えろ!客に埃まみれの料理を食わせたいのか!」
「す、すいませんでした…」
「分かったら良し。ちゃんと身だしなみを整えて、手を洗って、しっかり準備をしてから来るように。ちゃんと待ってるから、慌てず、急がず、料理をするという自覚を持って行動するよーに。」
「は、はい!ありがとうございます!」

ぞろぞろとみなさん揃って一度体育館から出て行ったり、お互いに向き合っての確認をし始める。うん、やっぱりこういうのが大切だよね。俺もキララとよく向かい合ってお互いの姿の確認とかしてるし。

「あ、あの…レイさん。こんにちは。」
「ん。いらっしゃ───て、君はこの前の。」
「覚えててくれたんですね!僕、イーノです。」

先日、ヴェロンティエがこういう場に来るきっかけを作ってくれたピンクの髪の女の子は、そう自己紹介をして俺のいるテントへと入ってきた。

「今日はお願いします。」
「こちらこそ。君は料理人志望ってことでいいのかな?」
「レイさんみたいな料理人を目指してます。本気で。」
「…優柔不断でたらしと最近言われた俺をか?」
「…そ、そこ以外を…」

目をそらされた。かなりショックだ…俺って、ひょっとしなくてもかなり駄目男として知られてるんだろうか?

「ん、それじゃあ適当な場所に座っておいてくれ。ある程度人数揃ったら始めるから。」
「はい。えっと、何処に座る?」
「そこで良いんじゃない?」
「レイさんの調理台の近くだし。一瞬たりとも見逃さないように!」
「んじゃ、そこで───」

同じグループの人達とゆっくりと静かに着席する彼女達を見ながら、改めて材料の確認を進める。1グループ4人か…なら、後5グループが一度に見てやれる限界かな?

「レイさん、こんにちは!お願いしま───」
「爪が伸びてる。髪を後ろで束ねろ。上着に入ってるお菓子は置いてくる。以上を踏まえて出直してこようか。」
「しっかり見られてる!?」
「やっぱ、ちゃんとしなきゃ駄目じゃないか!」
「うう…俺が甘かったよ…失礼しました…」

そんなに一刻も早く俺の指導を受けたいんだろうか…何だか、ちょっと嬉しいような気もするな。うん、俺も気を抜かないようにしないと。

「お願いします。」
「明らかに説明すべき雇い主側の人間が入ってくんな!自分の店舗に戻れよ!」


14 :雨やかん :2007/11/04(日) 00:30:11 ID:WmknQnu4

とぅるー13!

長かった…

本当に長かったです!

親に自分が書いている作品の内容を把握され、大喧嘩の末にパソコンを取り上げられてしまいました。

自分も、そんなに怒られるような作品は書いてないのに何故だ!という怒りに溢れ過ぎ、それならお望みどおり止めてやらああ!という意地を張ってしまい創作活動をもう止めちまおうかと考えてしまったのが今回の長期休載のわけですが…


『あんたの作品、投稿してないのにどんどんカウント上がってるのね…』


という、親からの驚きと呆れと、そして何より作者としても嬉しかったことに、多大の理解を込めた言葉をいただきました。

もう、泣きました。
投稿しなくなってから随分と経ったのに、この小説を眺めてくれる人がいることに涙しました。
自分が書いていたものが、親の心を動かしたという事実に涙しました。
自分が書いていたものが、皆様の期待に支えられているんだという事実に涙しました。

と、いうわけで…
本日より『発明・ざ・わーるど!』は再始動いたします!
データは全消しているため、更新速度は落ちるかもしれません!ですが!それでも始めます!もう途中で止めようとは思いません!
長らくお待たせいたしました!
それでは、レイ君の物語を張り切ってどうぞおおおおおおおおおお!



──────────────────────────────────



「みじん切りを素早く丁寧に。速度と均一さをどれだけ高水準で行えるかがこの作業の要だからな。」
「うおおおおおおおおお!」
「うりゃあああああああ!」

‘ダダダダダダダダダ…’

「…そこの君。速さはまあまあだけど、端のほうまで切れてない。材料は無駄にしてはいけません。そっちのお嬢さんはもう少し小さくしてみようか。」
「うわーん!?難易度高いいいいいいいい!?」
「涙が…涙が止まらないぜ…」
「その野菜を切って涙が出るのは未熟な証拠だ。頑張れ。ちなみにこれぐらいが理想だな。」

‘タタタタタタタタタタ…’

「俺の倍速!?」
「あたしの半分以下の小ささ!?」
「包丁は自分に合うまで使い込むべし。はい、そこの人。餃子の皮がまだまだ厚いぞ?」
「こ、これ以上は破けますよ!?」
「真ん中ばかりに意識するから駄目なんだよ。ちゃんと全体をまんべんなくまんべんなーく。」

‘コロコロコロコロ…’

「…い、一瞬で面積が倍に…」
「薄い…皮が透けて見えるよぉ…」
「ちなみに慣れるとこんなことも可能だ。」
「生地もって…指に乗せて───まさか!?」
「回したああああああああああ!?」

‘グルグルグルグルグルグル…ヒュンヒュンヒュンヒュン…’

「よし、一丁上がり。」
「料理人っていうか大道芸人…!」
「そんなことを店でいつもしてるんですか!?」
「あのお昼時の注文地獄を乗り切るにはいかに速度を上げられる場所でどれだけ上げられるかが大切なのだよ…」
「れ、レイさん!焼けました!」
「火が強すぎたせいで皮だけしか焼けてないよ。中身は半生だ。」
「一瞥して駄目出しされたああああ!?」
「分からないと駄目なの!?これが分からないとヴェロンティエの厨房には入れないの!?」
「キララなんて、焼いてる途中で口出ししてくるぞ。直感で分かるそうだ。」
「天才が二人!?」
「お城の就職より難易度高ええええええええ!」
「レイさん!こ、これでどうですか!」
「どれどれ…ングング…。肉と野菜の割合が惜しいな。野菜を少し多くしてみようか。あと、焼き時間を後少しだけ延ばしてもいいよ。それ以外はいい線いってる。」
「ありがとうございます!」
「つ、次は俺────」

‘キンコンカンコーン……’
‘交代の時間です。調理を一旦切り上げて、別の店舗へ向かってください…’

「時間切れ!?」
「ん。とりあえず、その皮の皺の寄せ方が危ないな。ちゃんと美味しさをかもしだせるような作り方をするように。」
「見た目に駄目出し…」
「燃えた…燃え尽きたよ、真っ白に…」



‘リーンゴーンリーンゴーン……’
‘それでは、代表者の方々は説明をお願いします。’

「おーい、後ろのほうは席、足りてるか?」
「立ち見でも問題ないです!」
「むしろこっちの方が良く見えるんで!」

いや、まあ君らが文句無いなら一向に構わないけどさ。複数回あるんだから、後でもう一度来るとかした方がいいんじゃないかと思うんですが。

「えーっと、それじゃあヴェロンティエの説明を始めます。別にメモを取るようなことは無いんで、全員揃って構えてるその鉛筆と用紙を下ろして…」

どこの一流受験塾の教室だよ、ここは。河○塾か?英○館か!?代々○ゼミナールか!?

「えっと、まず最初に言っておきたいのは…多分、ここにいるみんなのほとんどがある思い違いをしているということ。それは、ヴェロンティエに就職すれば料理人として大成できる、っていうことだけど…それは有り得ないことを言っておく。」

多くの生徒達に動揺と疑問が浮かんだようだけど、今は置いておこう。まず、はっきりさせておかないといけないことがある。

「何ていっても、ヴェロンティエは単独店舗だ。出世なんてものとは圧倒的に無縁だよ。料理人としての地位を確立したいっていう目的の人がいるなら、俺はむしろお城や、有名な老舗への就職をお勧めする。確かに知名度ではこっちの方があるかもしれないけど、代々受け継がれ続けている技術は決して俺達には真似できない。料理人という職業に誇りを持ちたい場合は、俺達の店をお勧めできないから。」
「じゃあ、どんな目的の人なら…その、ヴェロンティエに向いてるんですか?」

生徒の一人が疑問いっぱいの顔で手を上げる。

「いい質問だ。ヴェロンティエが求めている人材は極めて単純。‘料理を食べて、誰かを笑わせることに誇りを持っている人間’だ。」
「笑わせることに…?」
「そう!うちに来てもらえれば分かると思うけど、比較的安い調理しか置いてない。高級料理は作れないことは無いけど、よほどのことが無い限りは作らない。だから、うちにはいろんな客層の人間がいる。お年寄り、子供、女の子、紳士、あと…まあ、憎たらしいことに俺の敵とか…」
「…親衛隊かな?」
「だろ?」
「レイさん、苦労してそうだよねー。」

なんか同情の視線が飛んできてる気がするが…いや、まあ気にしないことにしよう。

「で、そんな人達がいるからには色んな料理を作らなきゃいけない。手抜きなんてできないし、けれど多くの人を待たせてるから素早くしなきゃいけない。はっきり言って、多忙を極めるぞ。ちなみに、現時点では俺達5人の誰か一人が休んだだけでも地獄の入り口が開かれる。」
「6人じゃないのかな…?」
「ほら、ミリアさんってあまり見ないし。」
「そういえば、普段は親衛隊の獲得に忙しそうだもんね。」

なんだか、今聞き捨てなら無いことが聞こえた気がする…い、いや、ここは我慢だ。今の発言した人の顔は覚えた。後で問いただそう。うん。

「給料とか金の話は俺にはできないから、割りに合うかどうかはその人の受け止め方次第だと思ってる。でも、俺個人の考えを言わせてもらうとだな…自分が作った料理、自分が考えた料理をうまいって笑ってくれるやつを見ると、非常に頑張れる。俺の原動力はそれだね。」
「あと、愛の力…」
「そこの奴、顔覚えたからな?後で体育館裏まで来るように。まあ、ともかく。忙しいときにでも、お客さんのことを考えて働ける。そんな人間がうちが欲しいと思ってる料理人だ。自分の未熟さとか、そんなものはあまり気にしないで、ただ純粋にお客さんのために動けるような人間!それがヴェロンティエが募集する最低基準にして最大重要項だ。それに自分はかなっている!と思うなら、今日から5日後の午前10時にヴェロンティエに来てくれ。そこで本試験を行うことになっている。」
「試験ってどんなことをするんですか?」
「まだ決めてない。」
「「「えー!?」」」
「今日は何を作るか。今日はどんなことが起こるか。あらゆる状況を想定して準備しておくのも料理人の条件だぞ。特にうちはキララ達という美少女がいる以上、新鋭隊とかが一週間に一度は騒ぎを起こすからな。料理だけ作ってればよしとか思うなよ?特に男で就職に来るなら覚悟しとけ。新鋭隊の絶好の的だ。」
「「「料理関係ないし!?」」」

男性志望者の頬が引きつった気がする。いや、間違いなく連中は君らに絡んでくるぞ?キララ達と一緒に働くなんて許せん!ぐらいのノリで。

「後…キララ達目当てで就職に来る人間は、もれなく俺との一騎打ちが待っているのであしからず。俺目当ての場合は小姑4人によりネチネチといじめられる可能性は大だ。その辺も覚悟しておいたほうがいいかもな。」

ここもしっかり釘をさしておこう。
…ほら、いま後ろのほうでビクリと体を震わせた奴がいた。あいつ、来たら落としてやろう。


15 :雨やかん :2007/11/06(火) 09:32:10 ID:VJsFrctD

とぅるー14!

「───…という感じだったかな。」
「ふーん、とりあえず、お疲れ様だね。」

調理学校から帰ってきた俺は、キッチンでお茶をのんびりと飲んでいたフォルトさんと今日の成果について会話をしていた。

「で、どう?腕の立ちそうな子とかどのぐらいいた?」
「やっぱり、みんな基本はしっかりしてるよな。即戦力になりそうな奴が5、6人はいたよ。出来れば今すぐにでも採用したい子も、この前来た3人のうちの一人だけど、あれは料理によってはマリスぐらい出来そうな感じだった。」
「ふむふむ。つまり、その子達を全員雇ったりとか出来れば────」
「随分と楽ができるんじゃないかと思うよ。まあ、とりあえず5日後の試験次第じゃないか?何をするかはキララと調整することになるけど。」
「けど、もしそれが決まったら…レイ君とあたし、その日は2人でお休み取れるかな…?」
「試験に何するか、だけど…多分な。」

そこで、俺達は自然と黙り込んでしまった。それが意味することを自然と考えてしまったためだ。
俺とフォルトさんが2人揃って自由に動けるということは、すなわち‘2人で問題に取り組める’ということだからである。

「…この前、戻ったんだろ?お父さん、何か言ってなかったか?」
「あー…とりあえずは『思ったより、立ち直れているみたいだね』って…」
「そっか。」
「うん。レイ君のおかげだって言っておいたよ。そんで、『次にこの話をするときは、レイ君を連れてきたときにしよう』…だってさ。」
「うん。話をしてもらえるなら、ありがたいや。門前払いされたらどうしようかと思ってた。」
「娘を支えてくれた彼氏を邪険には扱えないよ、きっと。」
「…いや、勝手に彼氏にしないでね?」
「ひどい!あの砂浜で『どんな困難が来ても2人で歩いていこう』って言ってくれたのは嘘だったの!?」
「『ひょっとしたらお父さんが異世界の住人における問題をあげるかもしれないけど、逃げないよ』とは言った覚えがあるけど…って、改めて言うと恥ずかしいなぁ…」

俺って、4人と一緒にいるようになってから、何だか歯の浮くような台詞ばっかり言ってる気がするよ…そのうち本でも出そうかな。『女性にキメたい百の言葉!』みたいな感じで。

「レイ君、何だか疲れた顔してるよ?」
「ん…いや、気のせいだよ。きっと。」
「『疲れることがあっても、きっと俺はフォルトさんの笑顔を見れば頑張れるから…』だよね!」
「ぐほああっ!?」
「『だから、泣いてないで。ほら…笑って?』って、あたしの顔をそっと下から支えてくれたレイ君の温もりは忘れられないよ…」
「ぐああああああ!?止めて!思い出させないで!?」
「あはははは。だいじょーぶだいじょーぶ。『血なんて関係ない。フォルトさんがフォルトさんだから、俺は今こうやってフォルトさんを抱きしめてるんだよ。』って言って、あたしを包んでくれたレイ君の姿は、脳内だけにとどめておくから。」
「今まさに駄々漏れですが!?ってか、本当にもう勘弁してええええええええええ!」
「あの後、2人で過ごした熱い夜は忘れられないよ…」
「ああ、熱かったね!一晩中、泣き疲れて眠ったフォルトさんと密着してたら、そりゃあ熱かったですともさ!ってか、俺だって忘れてないぞ!」

フォルトさんの顔が一瞬ピキリと固まった。ふっ…このチャンスを逃してなるものか!全軍突撃せよ!

「『あたし…マリス達と違う…違うんだよぉ…助けてぇ…』って泣きじゃくったフォルトさんは、触れれば折れそうな儚さだったしね!」
「うわああああ!思い出したら顔が熱いいいいいいいいいい!」
「俺が慰めた後は『レイ君の腕の中だと、あたし…ずっと素直でいられる気がするから…今は一緒にいてね?』って、珍しく真剣な表情で俺に寄りかかってきたりとかね!」
「忘れて!本当に忘れてえええええ!」
「まだまだあるぞ!」

俺は調子に乗り、今までの仕返しとばかりにさらに攻めたてようと────


「れ、レイ様…そんな…もう、すでに…?」


────したところで、愕然とした表情でキッチンに入ってきたリリアと目が合いました。

「レイ様が、お城をお出になったのは…そのような、理由からだったのですね…!?」
「いや、ちょっと何だか…勘違いしてないか?」
「そうなの、リリア…あたし、既にレイ君の腕の中で一晩過ごしちゃったの…ごめんね?」
「っっっ!?」
「嘘じゃないけど、あからさまに誤解を誘発する発言は止めて!?」
「レイ様…ど、どうかお幸せにっ…!」

そのままリリアは潤んだ瞳で全力疾走。キッチンからピューっという音が似合う勢いで出て行った。

「待ってくれ、リリア!誤解なんだああああああああ!」

俺はそんなことを叫びながらその後を追う。後から考えてみれば、この叫びはどう見ても浮気がバレた男のそれだった。
深刻な話のはずだったのに、どうしてこんなことになってんだろうね…はぁ。


16 :雨やかん :2007/11/08(木) 09:20:20 ID:VJsFrctD

とぅるー15!


「ここがフォルトさんの家か…」
「まさか、こんなにも早くレイ君をうちに連れてくることが出来るなんて思わなかったなぁ…」
「そうだな。俺も、マリスとフォルトさんの実家に行くときは、そういった関係になってからだろうと思ってたよ。」
「しかも、今回の内容はお父さんにレイ君を紹介する。だもんね…」
「紹介する理由がとんでもなく大事だけどな。」

俺の前にあるのは、この世界では一般的な和風木造建築、二階建て。フォルトさんの家は4人姉弟と両親の6人家族だから、これぐらいがちょうどいいのかもしれない。まあ、元気盛りの弟君には少々物足りないかもしれないけど。

「えっと、弟1人、妹2人だっけ?」
「うん。今頃なら3人とも家にいるんじゃないかな?お母さんはお買い物に出てるだろうけど…ディジーは一緒かも。あ、一番下の妹ね。ちなみに弟がエディ。3番目の妹がベルニカだよ。」
「上から、エディ、ベルニカ、ディジーだな?ちなみに、お父さんのお名前は?」
「お父さん?お父さんはアレックス。お母さんはチャムっていうの。」

アレックス…
いや、ALEX…かな。おじいさんがつけた名前だというのなら、そういった読み方が当然なんだろうし。

「よし…家族構成を見直したところで…いくとしますか。」
「うん。…ただいまー。」

フォルトさんが扉を開けるのに続いて、俺もお邪魔しますと軽くつぶやいてからその扉をくぐる。

「おーい。お姉ちゃんのご帰還なのに出迎えなしー?」
「わざわざ出迎えって…」
「いやいや。一家の稼ぎ頭なんだから、それぐらい────」
「お、ね、え、ちゃあああああああああああああああああああああああん!」

突如として上がる大音量の叫び声。
と同時に、俺達の目の前にやって来た───いや、飛んできたのは一人の小さな子供。その子は叫び声と同時にこちらに、正確にはフォルトさんの方へと突っ込んできた。
そのまま腹目掛けてダイブ!?
‘ドズッ…!’
嫌な音が響いた気がする。

「ぐみゃっ…」
「お帰りお帰りお帰りお帰りおかえりいいいいいいいいいいいいい!わたしさびしかったよぉ!」
「…ちょ、ま、で、ディジー…し、死ぬっ、からっ…!」
「お姉ちゃんと死ぬなら悔いなんてないいいいいいいいいい!」
「あたしがあるから離れてってば!」

…なんだ、このちっこい子は。ってか、俺の存在は完全無視っすか?隣にいるのに、俺のことなんてシカトですか?

「…フォルトさん、この子が一番下のディジーちゃん?」
「あ、うん。ごめんね?驚いたでしょ?」
「…お姉ちゃん大好きっ子なんだな。こうも俺に気づかれないと、いっそ清々しいよ。」
「あはははは…ほら、ディジー。挨拶しなさいって。」
「え?あ、こんにちは!ディジー・ラインクルです!今年で8つです!」

両手を高々と上げて、元気いっぱいの挨拶をしてくれるディジーちゃん。
うん、間違いなくフォルトさんの妹だ。顔とかもだが、それ以上にこの内面から湧き上がってくる無限に思えるエネルギーはフォルトさんとそっくり。

「はじめまして、ディジーちゃん。君のお姉さんと一緒に働いてるレイ・キルトハーツです。」
「レイ…レイ・キルトハーツ…あ!この前、お姉ちゃんが帰ってきたときに嬉しそうに話してた人!」
「ディジー!それ以上は駄目!」
「何を話してたのかすごく気になるんですけど…」
「大したことじゃないってば!あはははは…」
「えーと、こ、これはあれですか!お姉ちゃんを僕にくださいとディジーに頼みにきたんですか!」

いや、間違ってもそれは小学生になったばかりの子に言う言葉じゃない。

「そしたらディジーは言わないといけないんですね!『お前のようなどこの誰ともしれんやつに姉はやれーん!』って!あれ、ディジー一度言ってみたかったのです!そんで、2人が土下座して頼み込んで、最終的にはディジーが折れるです!『ならば好きにするがいい!』ってな感じで!2人に背中を向けて最後に威厳あふれながらも寂しそうな声で『姉を、幸せにしてやってくれ』」とか言わなきゃいけないんですね!?」

…何だかデジャヴ…
ああ、フォルトさんに初めて会ったときと同じパターンだからか。この妄想大好きはひょっとして遺伝レベルで染み付いているのかもしれない。

「そんでそんで───」
「…えーっと、放置の方向で対処していいかな?」
「いやいや。ちゃんと相手しようよ。妹だろ…」
「うーん…こうなったディジーを止めるのはベルの役目だから。と、ゆーわけで…ベルー?ベルー?いないのー?」
「…何、お姉ちゃん?」

見えていた階段からのんびり降りてきたのは、ショート黒髪の女の子。あ、顔立ちは成長してるせいかディジーちゃんよりフォルトさんにそっくりだ。この子がベルニカちゃん、かな?見た感じ12、3歳ってところだけど…

「またディジーが暴走しちゃってさー。」
「はぁ…ほら、ディジー。戻ってきて…えい。」

‘びすっ!’
チョップ!?

「ほあっ!あ、ベルお姉ちゃん。」
「ほあっ!じゃないの…お客さん来てるのに、暴走しちゃ、めっ…」
「も、申し訳ございませんですことよ、レイさん。」
「レイさん…?」
「あ、はじめまして。ベルニカちゃんだよね?俺、フォルトさんの同じ職場のレイ・キルトハーツ。よろしく。」

視線が合う。
‘───…ぼんっ!’
って、何故にそんな急に顔を真っ赤にしますか?

「…ベルニカ、です…13で、趣味は、お裁縫です…お、お願いします…」
「レイ君…」
「何さ?」
「…姉妹の絆に亀裂が入った音が聞こえたから、責任取ってね?」
「知るかい。」


17 :雨やかん :2007/11/13(火) 08:54:03 ID:VJsFrctD

とぅるー16!


「お待たせしてしまいましたね。始めまして、レイ君。私がフォルトの父のアレックスです。」
「レイ・キルトハーツです。今日はわざわざ時間をとってもらってありがとうございます。」

俺の前に座っているのは金髪で今時のサラリーマンといった感じの初老の男性。瞳の色は緑、顔の彫りは日本人よりもやや深めだろうか。そう、どちらかといえば‘欧米人’に近い顔立ちだ。
ひょっとしたら、フォルトさんはお母さんに似ているのかもしれない。
そのフォルトさんはというと、俺の隣で滅多に見ない緊張と怯えの混ざった顔で固まって座っている。お父さんの隣の方がいいんじゃないかと言えば、俺の隣の方が安心できるとのこと。
いやいや…今回ばかりは、俺を頼られても難しいところかもしれないんだけどなぁ…

「フォルト。ベル達はどうしてる?」
「さっきエディが連れ出してくれたよ。しばらく帰ってこないように言っておいたから…お母さんは?」
「お仕事だ。それに、母さんは知らないから居ないほうがいいだろう。」
「知らないって…チャムさんは、あなたが異世界の住人の子孫だと知らないんですか?」
「それについて、君と私の父との間に大きな差異があることを伝えておきたいんだ…これから話す内容も含めて、ね。」

大きな差異…?俺という異世界の住人と、フォルトさんの父親という異世界の住人の違いがあるというんだろうか。フォルトさんから聞いた話によれば、お爺さんはイギリスの出身らしいから俺と同じ世界の地球から来ているはずだ。じゃあ、何が?

「詳細は父しか知らないから、今となっては確かめる術も無いが…父は‘生まれたときから異世界の住人ではなかった’ということなんだ。」
「え?」
「父はこの町で生まれた。」
「ちょ、ちょっと待ってください!だって、あなたのお父上はイギリスで生まれたと言っていたんですよね?異世界の住人だと自分で言った人間が、この町で生まれた…?」
「そう。父が言うには、自分は前の世界で大きな事故にあった。病院に連れて行かれ、‘自分がゆっくりと死んでいくのも分かっていた’が…気がつけば、この町にいたと言う。ただし、‘今までの自分とは違った容姿’で。」
「なぁっ…!?」

待て。待ってくれ。
それは俺が知っている異世界を移動する手段とあまりに違いがありすぎる。ミリアさんの力を使って世界移動をするのなら、自分自身全てが移動しているはずだ。事実、俺も、親父や母さんだって容姿は一切変化しなかった。こっちから元の世界に戻ったのだって同じだ。じゃあ、どうしてフォルトさんのお爺さんは?

「父は、当然疑問に思い、周囲の人間全てに問いただしたようだ。けれど、帰ってくる答えは自分のことを自分の知らない名前で呼ぶ声ばかり。まるで、自分が自分じゃなくなってしまったという具合だったそうだ。」
「えーっと…お、お爺ちゃんは異世界の人間なのに、そうじゃなくって…ええ?わ、わけわかんない…」
「父の…いや、‘父の両親だと名乗った見知らぬ男女’が現れてから、父はとうとう耐え切れなくなって町を飛び出したそうだ。」

何がどうなってんだ…ええい!落ち着け。落ち着いて今、俺の手元にある情報を整理しろ!
周囲の反応、記憶に無い両親、死んだはずの自分、変化した容姿。
肉体を有して世界を移動する手段はミリアさんか、親父の発明、後はリンネさんのような他世界の神。
本来のあり方は、死んだ魂が生前に思い描いていた理想の世界へと転生。

…転生…一度死んだ…容姿の変化…?

「まさか…‘前世の記憶が現世の記憶と入れ替わった’…!?」
「時を同じくして、父と同じような状態に陥った人間が多数現れたそうだ…その後のことは、君も何かで知っているんじゃないかな?」

俺の脳裏に浮かんだのは、この世界に来たばかりのころ、元の世界に戻るための方法を求めて城の図書館で調べたときに見つけた史実。

「…異世界の住人と名乗る者達と、この国の戦争…!」
「そう。結果として、異世界の住人達は敗北。その後、運良く生き延びることが出来た父は、同じく生き延びることができ、異世界の住人だと主張した母と出会い…私が生まれた。」
「お、おばあちゃんも異世界の人なの!?」
「いや、おじいちゃんの幼馴染の女性だったそうだよ。ただ、異世界の人間だと言って自分から去っていったおじいちゃんを連れ戻すために、自分を偽ったそうだ。そうでもしないと、おじいちゃんは警戒心を解いてくれなかったと泣きながら教えてくれたよ。」

つまり、フォルトさんがクオーターであることは間違いないのか。いや、これはクオーターと言っていいのか?だって、記憶が入れ替わっただけだとするなら、体はこの世界のもの───いや、問題はそこじゃなくって、何で記憶だけ入れ替わったんだ?しかも大量にだって?一体全体、その時、その人達に何があったっていうんだ…?


18 :雨やかん :2007/11/20(火) 09:44:21 ID:VJsFrctD

とぅるー17!


「…レイ君。」
「あ、はい!」
「私はね…自分の父が異世界の人間であるということは、誰にも言おうと思っていなかった。娘にも、知らせないまま生きていくつもりだったんだ。だって、そうだろう?この国の敵となった人間の子孫だなんて!知られてしまえば、どうなるかっ…!」

それは、当然だ。俺の世界だって、戦争が終わって半世紀が過ぎようとしているのに未だに日本はことあるごとに敗戦国としての一面を世界から突きつけられる。
かつて、ひどいことをした。
かつて、多くの者達を殺した。
かつて、お前達は悪だった。と。

「なのにっ…なのに、君が現れてしまった…君という人間が、よりにもよってフォルトの前に現れてしまったんだ。」
「お父さん!」
「フォルトさん。いいんだ…お父さんの言ってることは、親として間違ってないことだと思う。俺達には、まだ分からないことだけど…きっと、間違ってない…」
「父の言っていた料理を実現していく君の姿を、フォルトから聞いて私は確信したよ。君は、間違いなく父が言う‘チキュウ’から来た人間なのだと。私が忘れてしまいたかった世界を、よりにもよって娘と結び付けられる存在なのだと。」
「はい…否定は、出来ません…」

机の上で、うなだれるようにしていたフォルトさんのお父さんは、そこでようやく顔を上げた。そこに浮かんでいる憎しみと怒りを予想して────

────浮かんでいた笑顔に思わず唖然とした。

「けど…君は父とは違っていた。父の仲間達とは違っていたんだ。」
「え?」
「異世界の住人である娘の心を大切にしてくれて、娘の親友を大切にしてくれて…娘だけじゃない。私の友人も、君の料理が美味しいと教えてくれる。町中の人達が、君が作った料理で笑顔になれる。」
「あ─────」
「先日の旅行から戻ってきた娘を見て、その思いはしっかりしたものになったよ。異世界の住人の子孫だという事実…私ですら、未だに向き合うのにためらわれる事実を受け止め、かまわないというフォルトを見て…それが、君のおかげだと知って…私は、君がフォルトと知り合ってくれて…嬉しかった。」
「お父さん…それじゃあ!」
「本当は…娘を君から遠ざけた後、君を密告しようと思っていたんだ…危険だと。君の存在は危ないんだと、お城に訴えてね。けれど…君とこうして会って。問題を受け止めようとしてくれてる君を見て…もう、そんなことは無いと思った。」

えっと…これはつまり…そういうことでいいんだろうか…?

「あの…俺のこと、黙っていてくれるんです、か…?」
「…私にとって、君は娘の大切な人…それだけだよ。」
「あ───…ありがとうございます!」

良かった…さ、最大の懸念が片付いた!この人による訴えが無いってだけで、不安の半分以上が無くなった…!助かった!

「と、いうことで…娘をこれからもよろしく頼むね、レイ君。」
「はい!…って、はい?」
「とりあえず、フォルトの誕生日が来たら早速挙式の準備を────」
「おーい!?」

ブルータス、お前もか!?

「お父さん。あたし式場だけはお父さん達がやったみたいな異世界風にしたいな♪」
「母さんも、自分の持っていた結婚式の衣装をフォルトに着せたがっていたからね。ちゃんと丁寧に保管してあるよ。」
「置いてかないで!お願いだから当事者の話を聞いて!?」
「これからもよろしくね、旦那様♪」
「知るかああああああああああああ!」

最大の懸念が片付いたら、今度はどこぞの親から突きつけられてるような問題を持ち出されて…なんで、この世界の親って娘を結婚させたがるんだろう…

「ディジー、ただいま帰還しましたですことよー!」
「ただいま…レイさん、まだいますか…?」
「ってか、僕まだレイさんに挨拶してないんだけど。レイさんはどこ?」
「こっちからお姉ちゃんの匂いがするから、きっとこっちー!」
「おや。エディ達も帰ってきたみたいだね。」
「じゃあ、早速3人に『この人がお義兄ちゃんだよ』って紹介しないとね。」

城を攻めるなら、まず堀を埋めてしまう作戦!?いかん、これは家康の策か!
とか考えてる間に、3人兄妹が居間に到着!

「お姉ちゃんとその姉婿を発見したのであります!」
「私の、お婿さんは嫌ですか…?」
「始めまして。フォルト姉さんの弟のエディ・ラインクルです。いつも姉がお世話になっています。」
「ああ、うん。始めまして、エディ君。レイ・キルトハーツだよ。お姉さんにはいつも助けられてる。」
「がーん!新しいお義兄ちゃんに無視されたのです!」
「呼称は『あなた』じゃないと駄目ですか…?」
「…すいません、こんな妹達で…」
「いや、うん…慣れてるし、こういう扱い…」

ってか、エディ君ってば凄くいい子だな!この3姉妹に囲まれて、ひょっとすると苦労しているんだろうか…うん、苦労しているに違いない。
何だか、妹達を見る目が非常に遠くを見る目だ。間違っても、13、4歳の子がするレベルではない哀愁が漂っている。

「こうなりゃ、やけです!本日はお泊りしてもらって、一緒の布団でお義兄ちゃんとの友好を深めまくってやるのです!」
「『旦那様』が、いいんですか…?」
「お父さんとお母さんじゃなく、お姉ちゃんとお義兄ちゃんに挟まれてディジー睡眠するのです!どーきんすると絆が深まると先生も言ってました!」
「『ご主人様』…?」

…ああ、うん。そうだね。この2人を妹に、あのフォルトさんを姉にしていればきっと、ある種の悟りが開けるんだよね…うん。ってか、デイジーちゃんの先生誰だ。

「エディ君、今度お店に来な?何か、美味しいもの奢ってあげるから。」
「…お気遣いありがとうございます。」
「ディジーより先にお兄ちゃんがお義兄ちゃんと絆を深めちゃったのです!」
「レイ君、ひょっとしてそんな趣味?いやー、確かにうちの弟は可愛いけど、駄目だよ?」
「…卑しい雌め…と、言われるべきですか?」
「とりあえず、いい加減に黙ろうかそこの3姉妹。」
「本当にご迷惑をおかけします、レイさん…」
「うんうん。未来の弟妹達とも仲良くしてもらえそうで何よりだよ。」

今度はお父様が何か言い出されました。ってか、ラインクル家って一体何なんだろうか…エディ君以外、意味不明…

「ということは、やはりディジーはお義兄ちゃんの妹に昇進ですか!そんで結婚数年してから、倦怠期に入ったお義兄ちゃんとディジーの秘密の関係が始まるですね!『駄目だよ、俺にはフォルトが…!』『今日だけでいいから…』ってな具合に、ちょっと前に拾った本に書いてあったようなお話が始まってくです!」
「姉婿との禁断の関係…略奪愛も、いいかも。」
「レイ君、姉妹の絆が高速で崩壊していってるんだけど…どう責任を取ってくれるのかなー?」
「とりあえず、3人とも嫁に取ってみるかい?私としては歓迎したいところなのだが。」
「あ、レイさん。お茶を入れてきますね?」

俺、もしもフォルトさんと結婚したら、このメンバーと血縁関係になるのかー…
やばい。フォルトさんを選ぶ意欲がハイスピードで減少していく。


19 :雨やかん :2007/11/22(木) 14:37:30 ID:VJsFrctD

とぅるー18!


「で、朝帰りかぁ…」
「もう、レイ君ったら昨日の夜は激しかった♪」
「そうだな。あそこまで激しい枕投げは中学校の修学旅行以来だったさ。」

俺と一緒に寝ると主張してコアラのように背中から離れないディジーちゃんを引き剥がすべく、両手に枕を持って突撃してきたフォルトさんに、死角からひょいひょいと枕を投げるベルニカちゃん。さらにそんな俺と3人姉妹を部屋に閉じ込めようとしていたフォルトさんのお父さんも巻き込んで始まった枕大戦争が終了したのは深夜1時。
帰ってきたフォルトさんの母親が、見事なレッグラリアートを夫にぶちかました後

『深夜だから、もう寝なさい?』

という爽やかな笑顔が合図だった。この世界では、女性が男性より強いのはもはや決定事項らしい。ちなみに、フォルトさんのお母さんは年相応のお顔でした。うん、これで王妃様やミリアさんのように実年齢より若く見えるお顔だったら、その辺の研究をしていただろう。
家を出たときの姉妹の残念そうな顔と両親の次回を期待している顔、そして俺を労わるように見ていたエディ君の顔が非常に印象的だった。

「ってか、間違いなくあの一家はエディ君が一番苦労人だろうな…」
「ん?何で?」
「その薄い胸に手を当てて考えると良いよ…」
「ひどっ!?」

文句の一つぐらいは勘弁して欲しい。
これから、俺は帰ったら心配しているキララに誤って、先日の件もあってか俺とフォルトさんの距離を気にしているリリアに弁解して、その後お説教を受けながら今日の夜は夜這いでもしようかと言うマリスの相手をしなければならないのだろうし。

「…はぁ…」
「ほらほら、レイ君。しゃきっとしないと。これからお仕事なんだよ?」
「誰のせいだと思って───」
「あたしは悪くないもん。レイ君が、あたしの妹を誘惑するのがいけないんだもん。」

───…言い返せない。
誘惑はしてないが、結果的には似たようなものだし…キララ達と知り合ってから自覚してしまったけど、俺って格好良かったんだなぁ…もう少し、前の世界で女の子に積極的になればよかったか?

とか何とか言ってる間にヴェロンティエに到着。

「はぁ…さて、とりあえず仕事モードに頭を切り替えないと。」
「レイ君、日ごろの鬱憤を料理にぶつけるといいんじゃない?野菜を親衛隊に見立てて切り刻んでみたりとか。」
「怖いこと言うな!」

とりあえず、扉を開いて─────


「キララさん、僕と一緒に働きましょう!」


そんな言葉の発信者を探す。

「へ?え?いや、あの…ちょ、って、レイ!?い、いつの間に帰ってきたの!?」
「レイ…ひょっとしてあなたが、レイ・キルトハーツ料理に───ひぃぃぃやぁっ!?」

キララの前に立って、‘キララの両手を握り締めて’、さらに‘顔をキスせんばかりに近づけていた’という‘個人的に許せない生き物’に向けて、俺はとりあえず近くにあったナイフを投げつけていた。もちろん、皮一枚で外している。

「キララ、ちゃんと手は消毒しておけよ。とりあえず、俺は調理店にいてはいけない‘害虫駆除’をやってから仕事をするから。」
「あら。嫉妬に狂った目が怖いわよ、レイ?」
「親衛隊か?新しい親衛隊だな?俺がいない隙を狙って告白とはやるじゃないか。その勇気に敬意を表して全力で相手してやるぜ、この野郎がああああああああああ!」
「お、お助けえええええええええ!?」
「待ちやがれ、てめえええええええええ!」
「あんたが待ちなさいよ、レイ…」

後ろのほうでキララが何かを言っていたようだが、俺はそのころには逃げ出した‘人型害虫’目掛けて全力疾走を始めていた。


20 :雨やかん :2007/11/27(火) 10:03:17 ID:VJsFrctD

とぅるー19!


「レイの激しい嫉妬を喜びたい感情と、単なるお客さんを追い回したことへの呆れが混ざってる場合ってどうしたらいいのかしらね…」

そんなキララの声が物凄く耳に痛い。

「はははは…まさか、勧誘に来るのも嫉妬の対象だったとは思いませんでした。」

そんな苦笑を浮かべながらお茶を飲んでいるのは、先ほど俺が追いかけて捕まえて投げ飛ばした男性。

「説明するわね、レイ。こちらの男性は‘ゼノス・フリーディア’さん。隣の国チョエザケ共和国の料理人さんよ。」
「…どうも、改めてすいません…」
「いえいえ。彼女のことを大切に思ってらっしゃるんですね。」

大人の対応を返された。
ひょっとすると、一晩もの間ディジーちゃんというハイテンション娘に背中に引っ付かれたために、俺も子供気分のままだったのかもしれない。
自分で穴を掘って埋まりたい…

「それでは、ヴェロンティエの看板料理人さん2人がお揃いになられたので、改めてご説明をさせていただきます。」
「看板料理人?」
「あたしと、レイよ。」
「はい。お2人のお名前、そしてこの店の名前は既にわが国まで聞こえております。こちらの雑誌をご覧ください。」

ゼノスさんが広げてくれたいくつもの雑誌には、確かにヴェロンティエの絵や、店で人気の料理。さらには俺やキララについてのプロの批評家によるコメントまで乗せられていた。

「これらの雑誌は、全てわが共和国での出版です。」
「へえ…知らない間に、随分とレイもキララも有名人になっていたものね。」
「マリスとあたし、それにリリィのことも載ってるけど…レイ君達には及ばないかな。」
「『味の開拓者として知られるレイ料理人の作る独創的な品々は見るだけでも楽しめる上に、味も申し分なし。この料理のために国外に出る価値はあるだろう。』ね…レイってば、亡命者を増やしてる可能性もあるんじゃない?」
「そういうキララも『作る料理こそありふれたものだが、彼女の鍛えられた基本技術、厳選された材料によって裏打ちされた料理は下手な高級料亭に行くよりも、よほど金を有効利用できるに違いない。』だとさ。」
「分かってもらえたと思い増すが、お2人の腕前は非常に高く評価されています。」

まあ、これに関しては驚くことじゃないのかもしれない。
よくよく考えてみれば、外国のお客さんがうちに来ているのを見るのは決して珍しい光景じゃなくなっている。それがどこの国かまでは知らなかったが、隣の国だというのなら半分ぐらいは共和国の人間だった可能性もある。

「えーっと、それでゼノスさんは何の御用で…先ほど、勧誘だと仰っていたように記憶してるんですけど。」
「はい。レイさんが戻ってこられる前に、キララさんにも簡単にお話をさせていただきましたが、まさに勧誘に来たと思っていただければかまいません。お2人を、ぜひとも私が勤めている国立調理場『ドワドノビッチ』に迎えたいのです。」
「お断りします。」
「遠くからありがとうございました。」
「さて、レイ。仕込みを始めるわよ。」
「今からだと、間に合わない料理とかあるなぁ…」
「…あの、すいません…もう少しお話を聞いていただけませんか…」

微妙に泣きそうな表情のゼノスさんに押されて、俺達はしぶしぶ元の席に戻る。
しかし、悪いけれど俺達の意思が変わるとは思えない。キララはクリューガーさんが作ってミリアさんが守ってきたこの店を離れる気は無いだろうし、俺は俺で4人の美女に答えを出すためにもここにいたいと思っている。
どう考えても、ゼノスさんのお店に移るメリットがあるとは────

「もちろん、別にずっとドワドノビッチで働いて欲しいというわけではないのです。そのようなことは、最初から無理だと分かっています。」

───…勧誘じゃなかったんだろうか。じゃあ、何をしに…?

「もう少し、具体的にお話をお願いします。」
「はい。つまり、‘一時的にこちらで働いていただけないか’ということです。期間は一年ほどでかまいません。その間、キララさんやレイさんには私達の店で後輩の指導をしてもらいながら料理を。見返りとして、私達共和国の調理技術をお2人も学べるというものです。決して悪い話ではないと思うのですが。」

なるほど。
俺は、俺の持つレシピを相手に与える。
相手は、自分達の持つ調理技術を俺に与える。
少し違うが、俺達にとっては‘留学’といった感じなのかもしれない。1年間という期間限定の。
けれど、そうであったとしても俺の答えは────

「俺は、やはりここを離れるつもりはありません。このヴェロンティエ以外で、料理を作りたいとは思っていません。」
「レイ…」
「さすが、レイ君♪」

どことなく安心したような雰囲気で、俺を見つめるマリスとフォルトさん。やはり、多少なりとも不安だったらしい。笑顔が自然と浮かび上がってきている感じだ。
さて、俺の答えは出たんだが、キララの方は…?



「…すいません。少し、考えさせてもらえますか?」



…マジっすか…?


21 :雨やかん :2007/11/30(金) 09:42:32 ID:VJsFrctD

とぅるー20!

『一週間ほどしたら、答えを聞かせてもらいにまた来ます。』
そう言って店を後にしたゼノスさん。そして俺の頭の中でぐるぐると回っているのは、ゼノスさんが聞かせてもらうと言った‘キララの答え’について。
結局、あの後すぐに店を開けなければならなかったためにキララの真意を聞くことは出来ていない。今回ばかりは、簡単にキララの考えを読めるようなことでもないために俺の不安というかイライラは微妙に蓄積している。

一応、キララに愛想を尽かされたということは無いと言えるが…
キララがこの店を出る理由というのは、やはりゼノスさんが言っていた共和国の料理を学べるという点なんだろうか?一年という期間限定とはいえ、そのためにキララは家族や友人達を置いていけるというのも…疑問なんだよなぁ。

「うーむ…」
「レイ、そっちの台は拭き終わったかしら?」
「おっと、悪い。これから拭くところ。」
「…レイって、こういうとこじゃ臆病よね。」

ぐほぁっ!?

「聞けばいいだけなのに、聞かないって…少し情けないわよ?」

ぐはぁっ!?

「こんなことで、私と子供達を養っていけるのかしら…?」

ぐへえっ!

「って、待て!子供達って何だ!複数人希望だったんですか!」
「5人の素敵な兄弟姉妹を所望するわ。」
「多っ!?」
「大丈夫よ。何度も繰り返せばそのうち───」
「何を危ない発言してるのよ、マリスったら。」

とか言ってる間に、厨房の片付けを終えたらしいキララがひょっこりと呆れ顔で出てきた。その様子は普段となんら変わってないだけに、何だかうろたえてる自分が少し恥ずかしい。

「さてと…レイ。今からあたしの部屋に来てくれる?」
「あー…朝のことで、だよな。うん、分かった。」
「私とフォルトは聞かせてもらえないのかしら?」
「ちゃんとあたしの意志が固まったら言うわ。まずは、家族からってこと。」
「そう。分かったわ、ちゃんと話し合ってきてね、レイ。」
「了解だ。」

階段を上がるキララの後について、普段はまず入らないキララの部屋へと足を踏み入れる。
最後に入ったときよりも、その部屋の内装は少し豪華になっていた。ところどころに、俺が作ったり買ってやったりした小物が丁寧に置いてある。

「俺が作ったの、全部無事に置いてあるのか?」
「マリス達もそうでしょう?」
「フォルトさんはいくつか壊しちゃって俺に修理を頼みにきた。マリスも2、3個は壊して申し訳なさそうに処分してたな。」
「リリアは?」
「個人の宝物庫に後生大事に保管されてる。」
「…作った意味、無い気がしなくも無いわね。」
「時折、丁寧に指紋すらつけないようにして使ってくれてはいるんだけどな。」

苦笑する俺に、キララもふっと微笑み返してくれる。その顔に、ほんの少しだけ寂しさがよぎったのは、やはり迷いからなんだろうか…?

「本題に入ろうか、キララ。どうして、この店を一年間とはいえ離れようと思ったんだ?」
「まだ決めてないわよ。一応。」
「それでも、迷ってはいるんだろう?」

キララは少しだけ言葉に詰まるような表情を見せた後、こくんと頷いた。

「キララが、どれだけこの店を守りたいと思っていたか知ってる。どれだけミリアさんを大好きか知ってる。リリア、マリス、フォルトさんとの関係を大切に思ってるか知ってる。だからこそ、俺は今…情けないけどキララの考えが分からない…!」
「…ねえ、レイ。」
「何、だよ?」
「レイが来てくれてから、私は本当に助かったって思ってる。けど、レイに甘えてばかりじゃいけないって、今回の話を聞いたときに思ったのよ。」
「そんな───」
「話を最後まで聞いて。昨日、フォルトがレイを連れて行った後…なんとなく、思ったの。レイは天才で、きっとフォルトの問題もうまく解決してくれるって。けど、そこまで考えたときに気づいたわ。戦争のときも、レキのときも、他にも色んなときにずっとあたし達はレイに甘えてたんじゃないかって。」
「キララ…」
「レイは、それでもかまわないって言ってくれるのかもしれない…ううん、きっと本気でそんなこと無いって思ってるのよね。あたしだって、完全に甘えてばかりだなんて思わないわ。けど…もっと、もっとあたしはレイのために何かしたいの。レイの隣に、胸を張って立てるような自分でいたいの!レイがどう思うかじゃなくって、あたしがあたし自身に納得するために。」

そこに、今回の話が来たというわけか…?
自分を高めたいと思ったキララのところに、まさにそのためのチャンスが転がり込んできた。

「ちょうど新しい従業員も入れようかとしていたころだし、あたしがいなくてもレイが店長代理になってくれれば十分に回していけるはず。だから、あたしはこの話を受けてもいいかなって思ってる。」
「…想われてる男としては、引き止めたいような送り出したいような微妙なところなんだが…」
「多分、レイが行くなって言えば、あたしは行かない。行ってこいって言えば、あたしは行く。だから…このことは、あたしに任せて欲しいの。あたしに決めさせて欲しいの。だからレイ…この一週間、このことについて何も言わないで…!」

キララの決意。
それは俺を想ってくれているがための言葉で。
それはキララ自身の夢のための言葉で。

俺はただ、首を縦に振ることしか出来なかった。


22 :雨やかん :2007/12/05(水) 13:13:35 ID:VJsFrctD

とぅるー21!


約束の一週間のうち、早くも3日が過ぎてしまった。
俺もキララも今までとなんら変わりない生活を送っている。少なくとも表面的には。リリア達は俺達の間で何らかの取り決めがあったことまで察してくれたらしく、3人ともその話題には触れないでいてくれたのは非常にありがたい。

もしも、触れられていたら…きっと俺は────

「…もう俺の中じゃ答えなんて出てるのになぁ。」
「何がでしょうか?」
「いつからいたのか聞いてみてもよろしいですか、ミリアさん?」
「あらあらあら。レイさんの方が、私がいたここに来たんですよ?」

そうだったか?いかん、考え事してるあまり周囲の状況すら把握できていなかったとは。

「キララのことで悩んでくれるのは嬉しいんですが…どうせなら、告白の言葉で悩んでくれると最高ですね。」
「それはどうも…多分、その時は経験豊富なミリアさんにご相談させてもらいますよ。」

何せ、キララとリリアは2人ともなかなか情熱的な告白をしてくれたし。これに答えるためには俺もそれ相応の言葉と態度で返事をせねば…と、いうのが俺の中での取り決めだったりする。

「まあ、レイさんったら。私はあの人以外の男性に愛を囁いたことはありませんよ?ああ、レイさんなら少しぐらいは愛の言葉を囁いても…」
「駄目ですからね!?」
「美しい未亡人との禁断の愛って燃えるというのが世界の常識らしいですよ?」
「そんな世界は一刻も早く滅ぶべきだと思います!」
「私と結ばれると、なんとその言葉をレイさんの手で実行可能に。」
「恐ろしいことをさらりと!?」

そうだ。この人が創造主であり、管理者である以上。あらゆる世界の存在がこの人の手のひらの上だった。さながら、世界は釈迦を登った孫悟空か…?
おっと…そういえば────

「ミリアさん。聞きたいことがあります。」
「…フォルトさんの、お爺さんについてですね…?」

さすがミリアさん。しっかり、俺が何を聞きたいのかを把握してらっしゃるようだ。

「はい。フォルトさんのお爺さんは、俺の世界のイギリス出身ということでした。ですが、俺と違って生前の記憶だけが復活した───いや、前世の記憶と現世の記憶が入れ替わった様子だったんです。一体、彼に…いえ、あの戦争を起こした人たちに、何をしたんですか?何が、あったんですか?」
「…レイさん。唐突ですけど、キララ達の親衛隊についてどう思いますか?」
「はた迷惑で、厄介で、鬱陶しいですが、キララ達のことを大切に思ってくれてるのには変わりない憎めない奴らだと───って、話がなんで親衛隊に!?」
「では、レイさん。キララ達の親衛隊を見て、その上で私という存在を見て、どう思いますか?」
「話が見えないんですけど…まあ、強いて言うなら‘ミリアさんの親衛隊’もそのうち出来たらどうしようかと。」
「私の親衛隊…どうして、出来ないんだと思いますか?」
「別に、俺みたいな強力な敵がいるわけじゃないから結託する必要が無いからでしょう。ミリアさんに交際を申し込みたければ、個人でやればいいんですし。」
「それではレイさん。あなたがこの世界にやって来て、一度でもいいんです。‘たった一度でも、私が他の一般の男性に言い寄られているシーンを見たことがありますか?‘」

そりゃ、ミリアさんぐらいの女性なら言い寄る男は数多だろう。店に来ていた男性客だって、ミリアさんに見とれて奥さん恋人に足を踏まれていた人は数多い。そんな人は、幾度となく見てきた。
ミリアさんに見とれた人なんて、星の数ほど知っている。

‘けれど、ミリアさんに近づいた男性がはたしていただろうか?’

「…あ、れ?」
「いませんよね?」
「えーっと、俺の見ていないところで、こっそりとなんてことは?」
「いえ、ありません。私は、あの人を亡くしてからずっと…今まで、一度たりとも他の男性に愛を囁かれたことは無いんです。」
「それは意外ですね。」
「いえ、意外でもなんでもないですよ。だって、私がそのように仕向けているんですから。」
「…はい?」
「相手の私に対する感情が、恋、愛と呼べるものに達した瞬間、その感情を好意や憧れといったものに変化させているんです。」
「…人間の感情まで、転生の対象なんですか…?」
「その力を使っているため、私は人間から愛を向けられることはないんです。それは、これからも永遠に。」
「クリューガーさんへの、想いのためにですか?」
「それもあります。そして、‘それ以上の理由も‘あるんです。」
「それ以上の理由?」
「はい。そしてそれこそが、レイさんのお知りになりたいことです。レイさん…覚悟の方はよろしいですか?」
「は?いや、ちょっと待ってください。覚悟?」
「はい。真実を知る覚悟です。‘私という無様な神が犯した罪を知る覚悟’です。」

ミリアさんが…犯した、罪…!?


23 :雨やかん :2007/12/13(木) 11:39:14 ID:VJsFrctD

とぅるー22!


「私があの人に出会ったとき…あの人はレイさんよりも若かったんです。対する私は、もはや自分が生きてきた年数すら分からない───いえ、覚えることに必要性など感じなかっただけでしょうね。幾星霜もの間、孤独で居続けた私にはそれを伝える相手すらいなかったのですから…」
「クリューガーさんに会うまでは、ですか。」
「はい。」

ミリアさんは遠くを見ながら、自分の愛した人を思い出しているようだった。俺も、沙羅を思い出しているときは、きっと───

「ほんの気まぐれで、あの人の前に姿を現した私は自分が異世界に連れて来たのだと。神と呼ばれる存在なのだと。そう伝えました。そうしたら、あの人ったら何て言ったと思います?」
「えーっと…『元の世界に帰して欲しい』…?」
「いえ。『女神って、本当に綺麗なんだね』って。もう、驚いてしまいました。」
「異世界に連れられてきたばかりなのに、ぶっ飛んでますね…」
「その後も『君みたいな女神となら、関わるのも悪くない』とか『しばらく、この世界のことを知りたいから一緒にいたいんだ』なんてことまで。」
「あの、惚気ですか?」
「そんなこと言われて一緒に生活してたら、さらに沢山のことまで言われてしまって。もう、今まで人間というのに関わらなかったはずの私が、もう少しこの人を観察してみようなんてことまで考え出す始末なんです。」
「いや…お願いですから、本題に入っ────」


「そうして、いつの間にか‘感情’が私に生まれていたんです。」


ミリアさんの声のトーンが、その瞬間に一段と落ちた。いつもの声色にも関わらず、そこに宿っているのは───いや、何も宿っていない。まさに、人間では有り得ない神の声だ。

「それまでも、感情というものは知っているつもりでした。つもりだったんです。なのに、あの人に出会って、私は気づいてしまいました。‘これこそが感情なんだ’と。あの人のやる行動の全てに驚いて、呆れて、笑って、怒って、落ち込んで、そんな行為としては知っていたことが、私が考える前に自然と溢れてしまう。そんなことを星の命よりも長い時間生きてきて初めて知ったんです。けど、それは同時に‘あること’を引き起こし始めました。」

あること…ひょっとすると、それが?

「記憶の入れ替わりですか?」
「はい。あらゆる世界は私が作ったものです。特に生まれたばかりの世界ほど、私の存在があって成立していました。そんな状態で‘私は変わってしまった’のです。感情を知らない創造主から、感情を一人の人間へと向ける女へと変わってしまったのです。」
「えっと、つまり世界がミリアさんの影響を受けてしまったと?変化したミリアさんの影響が、その世界に住むあらゆる生命体の記憶に干渉したと…?」
「記憶に影響を与えたなんてことは、序の口です。唐突に存在を別の生物に変換された者。転生することすら出来ず、魂ごと抹消された者。天変地異が起こった世界も多々ありましたし、滅んだ世界も10や20では足りないでしょう。」
「っ───!?」
「無様でしょう、レイさん。笑ってください。嘲笑ってください。何が神だと。何が創造主だと。星の数ほどもある命を、自らの感情の暴走でめちゃくちゃにしてしまったような存在のどこが、自分達より上なのだと。」
「ミリア、さん…っ!」
「私は罪を犯しました。そして、それをあの人のせいにして逃げました。クリューガーと出会ったから、世界がおかしくなったのだと。クリューガーのせいで、私は神でいられなくなってしまったではないかと。なんと愚かな考えでしょう…なんと、浅ましい存在だったのでしょう…私は…」

俺は、自分の足が意思とは無関係になっていることに気づいた。ミリアさんが顔を上げ、俺に何かを諦めてしまったような表情を見せた瞬間にも、なお。

「レイさん。これが私です。あなたが普段思い描いているような、立派な存在ではないのです。軽蔑してください。見限ってください。私は、これほどまでに────っ…」

俺の意に反して‘ミリアさんの方へと進んでいった’足は、その直前で立ち止まる。そして‘泣きじゃくっている’ミリアさんを、そっと俺は抱きしめていた。

「けど、クリューガーさんは逃げたミリアさんを追ってくれたんですよね?軽蔑しなかったんですよね?見限らなかったんですよね?」
「っ…うっ…!」
「クリューガーさんは愛してくれたんですよね、ミリアさんを。」
「ええ…」
「だから、ミリアさんも認めたんじゃないですか?自分が感情を持ったことを。今までの、‘感情を知ったフリをした神’じゃなくて、‘感情を持った女’としての自分を。」
「ええっ…!」
「じゃあ、もういいじゃないですか。どうして、自分を貶めないといけないんですか。ミリアさんの罪は、とうの昔にミリアさんが愛したクリューガーさんによって認められていたんですから。」
「っ〜〜〜〜〜〜!」

初めて見るミリアさんの大粒の涙が俺の肩に落ちてシャツを濡らしていく。
クリューガーさん。これは浮気じゃないですよ?ただ、本来ならあなたがやるべきことを俺が代わりにしてるだけですからね?いや、役者不足なのは百も承知ですけど。

それにしても、なんとなく話は読めた。

ミリアさんに感情が芽生えたことにより、フォルトさんのお爺さんは前世の記憶と現世の記憶が入れ替わった。そしてそれは、他の多くの人たちにも共通して起こったのだろう。
もしかすると、異世界の住人として蜂起した人達は全てが地球の出身だったわけじゃないのかもしれない。ただ‘この世界とは異なる世界の住人’というだけでの結束だったのだろう。
俺のように身体能力が上がったりもしてないのは、おそらく本来の体がこの世界の住人の体だからだろう。いくらなんでも身体能力が向上している存在が何十人もいたらこの国はひとたまりもないはずだ。

…って、あれ?ミリアさんとクリューガーさんが結ばれたのが、フォルトさんのお爺さんの代だとすると…何だか、年代が微妙に合わないんじゃ…?
クリューガーさんとミリアさんがキララを産んだのは今から16年前。
フォルトさんのお父さんの話では、戦争が終わった後にフォルトさんのお爺さんは結婚して、子供を授かったらしいから…あれれ?

ひょっとして、クリューガーさんとミリアさんって…実は恋人期間がものすごく長かったのか?それこそ、フォルトさんのお父さんが成熟するぐらいまでずっと恋人!?何か、結婚できない理由でもあったんだろうか。

後日聞いた話によれば

『あの人、優しいのは良いんですけど…他の女性にも優しくって。恋人期間が長かったというより、私を結婚相手として選んでくれるまでに時間がかかっちゃったんです。恋人がいるのに‘恋人候補も非常に多かった’ですから。まったく、そこだけは困った人でしたよ。』

…なんかこう、暗にヒシヒシと責められているような気がする…


24 :雨やかん :2007/12/19(水) 09:13:41 ID:VJsFrctD

とぅるー23!


「見苦しいところを見せてしまいましたね。」
「いえいえ。クリューガーさんの代わりの抱き枕とでも思っていただければ。俺が受けた恩に比べれば、まだまだ足りませんよ。」

泣きやんだミリアさんは俺から数歩下がると、いつもどおりの笑顔を浮かべた。その顔には涙の跡すら見られない。おそらく、涙で荒れた肌の細胞を転生させたとかそういうのだろう。うーん、便利だ。

「はあ、もうレイさんったら本当にいい男になりましたね。初めて出会ったときから比べると嘘みたいです。」
「あのころは、ミリアさんに諭されてばかりでしたね。」
「そんなこともありましたね…本当に、人という生き物は、なんと素晴らしい成長をするんでしょう。私なんか、感情を制御するだけでも随分と時間が掛かったんですよ?」
「むしろ、創造主に感情を制御させたクリューガーさんに俺は尊敬の念を持たずにはいられませんね。」

しかも、俺より年下だったという。いったい、どんな人間だ。是非とも一度お会いしたかった。今度、キララにお墓参りに連れて行ってもらおう。

「本当、すごい人だったんでしょうね…」
「あらあらあら。けれど、レイさん。私はレイさんも同じくらいすごいと思いますよ?」
「へ?」
「今みたいに、私という創造主の悩みを晴らしてくれるなんて、あの人にしか出来なかったことですから。もしも、私が出会っていたのがクリューガーでなくレイさんだったら…私はレイさんを愛していたかもしれませんね。」
「はいっ?!」

な、何をいきなり仰いますかこの神様はっ!?あああああ!そんな頬を染めないで!微妙に恥ずかしそうにしないで!?貴女が言ったことですから、責任は自分で取ってください!

「クリューガーさんに怒られますよ!?」
「あの人の遺言は『君の幸せを忘れないでね』でしたから。レイさんとなら、私も幸せになれるでしょうか…」
「だーかーらー!そういう冗談は本当に止めてください!?」
「では、明日からキララとは母娘でありながらライバルと…」
「想像するだけでも恐ろしいことをさらりとっ!?」
「と、いうことでいいでしょうか?」
「いいわけありま────」



「…レイ…?」



何故か、今一番聞きたくない声が普段の綺麗なメゾソプラノどころかアルト級の低音で聞こえてきました。

「ひいっ!?」
「あんたって男は…あんたって男はぁっ…!」

神様の娘という事実を思い起こさせてくれるようなオーラが背中からあふれ出ているのは、もちろんキララさん。神というか、悪魔ですけどね。

「き、ララっ…いつからっ…!?」
「何か深刻な話みたいだから、隠れてたけど…何の話かまでは聞こえなかったけどっ!…あんたがお母さんをしっかりがっしりと愛情持って抱きしめる直前からよっ…!」
「持ってない!愛情なんて無いですよ!?」
「黙りなさい、この未亡人好きいぃぃぃぃぃっ!!」
「何、その不名誉な称号!?」
「そんなに年上が好きかっ!実はお城に行くのはリリアじゃなくて王妃様が目当てっ!?」
「いや、王妃様は旦那様健在だからね!?国王陛下はお元気ですから!」
「じゃあ人妻!?あたしも、誰かと結婚してきた方がいいわけ!?」
「俺の名誉を海の底まで沈めるようなことを叫ぶな!あと、そんなことしたら、マジで俺落ち込むからね!?」
「だったら、恋人候補の母親に手出すんじゃないわよ、この馬鹿レイイイイイイイイッ!」

‘ヒュンッ………ガゴンッ!’

キララが、その細い腕のどこにそんな力が?というような勢いで投げたデカい鍋を、甘んじて俺は頭で受けることにした。

「お母さんもお母さんよ!何をレイに迫ってるわけ!?」
「あらあらあら、キララったら。実の母親にもやきもち?」
「そうさせてるのは誰よっ!」
「だって、仕方ないじゃない、キララ。レイさんの腕の中って暖かかったのだもの。」
「んなぁっ!?」

何か、この状況を楽しんでるとしか思えない一言!?

「ねぇ、キララ…」
「何よぉ!?」
「…新しいお父さん、欲しくない?」
「いるもんですかああああああああああ!!」

最近はすっかり落ち着いてきた反動か、久方ぶりに大暴れしているキララ。
ちなみにこの影響か、例の約束のためにギクシャクしていた俺とキララの関係は自然といつも通りになっていた。

まあ、代償はかなりでかかったが。


25 :雨やかん :2007/12/21(金) 13:27:01 ID:VJsFrctD

とぅるー24!───クレナイ───

夜。
闇が空を覆い隠し、月の光のみが俺の足元を照らしてくれていた。
いつも通りのリリアとの会談。本日はリリアだけでなく王妃様と陛下も一緒になってお茶を飲みながら、この国の行く末について語っていた。

今更ではあるけど、そんなことを真剣に議論し合う一般男性16歳って…やはり、俺はもう普通の人間には戻れないのかもしれない。いや、本気で。

何だか、最近は複数の小国からリリアにお見合い話も来ているらしい。そういや、まもなくリリアは16歳。この国では結婚可能になる年齢だ。王族たるもの、婚約者を見つけるのにはいい年齢なのかもしれない。
加えて、王族としてのリリアはほとんど非の打ち所の無い女性だ。まあ、友人として付き合うと色々とやきもち焼きだったり、ぷちネガティブ思考だったりする面が見えてくるけど、それでも魅力的なことに変わりは無い。そりゃあ、縁談の一つや二つ舞い込んでくるだろうね。

…陛下と王妃様が、既にリリアにはいい人がいるからと全部断ってるらしいけど。

『これでお前がリリアを選んでくれなかったら、婚約相手探すのに一苦労だぜ…』
『そうなったら、この国も終わってしまうのかしらねぇ。まあ、大変だわ。』

とは、親バカ2人の言葉。段々と言ってることが脅迫じみてきたのは…娘への愛ゆえだと信じよう。うん。決して、俺を困らせるためではないと思う。何か、遊ばれている気がしなくもないが。

何はともあれ、なんと言うことの無い日常の一仕事を終えて、帰宅している俺の前に現在あるのは────

「ほら、こっち来いってんだよぉ!」
「は、離せ!離してくれ!」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
「ああ。何を見てんだよ!?ええ!?」

チンピラという言葉がこれ以上ないほどに似合っている3人組と、その3人にもみくちゃにされている青年男性一人という光景。
うーん、トラブルの臭いが…巻き込まれるとヤバイよと本能が警告を…

「そこの人っ!た、助けてください!」
「んっだ、てめぇ!?あっち行きやがれってんだよぉ!」
「ああっ!?さては俺らの名前を知らねーのかあっ!田舎もんか、ごらぁっ!」
「泣く子も黙ると一部地域で噂になりかけてるサンバ・カラース団とは俺達のことだぞぉっ!おらぁっ!」
「一部地域かよ!?あと噂になりかけって!知らないのが普通じゃねーか!あと、何さ!その狙ったような名前!?」

って、しまった…ついつい生存本能を押しのけて俺のツッコミ精神が働いた!?

「文句あんのか、ごらああああああああ!?」
「その黒髪ひきちぎってじじぃどもに売りつけてやんぞ!?」
「ぶっ殺してやんよぉっ!」

三羽が…じゃない。3馬鹿…でもない。サンバ・カラース団と名乗った連中が男の人を突き飛ばして俺の方へと迫ってくる。
というか、何だろう、この古臭い漫画でしか出てこないような方々は…不快指数があっという間に上昇していくのが分かる。折角、今日はリリアがいい笑顔で『また明日ですね』と言ってくれて、その微笑の温もりを忘れない間に帰ろうかと思っていたのに。
この不快感は、やはり責任とって原因たるこの連中に解消してもらおう。

「いくぜ、こら───ぼりゅあああああああ!?」
「てめぇ、よくもあに───ぎゃぼおおおおお!?」
「弟達のかた───げりぇええええええ!?」

戦闘時間10秒。Winner、レイ・キルトハーツ!ってとこだな。嬉しくもなんともないけど。

「まったく…早く帰って寝たいんだぞ、俺は…」
「あ、あの…ありがとうございました…」
「いやいや。気にしなくていいよ。平気か?」
「あ、はい。なんと───痛っ!」
「捻ったのか?見せてください。」

抑えた足首を見るが、別段変わった様子は無い。腫れてるわけでもないし、たぶん少し打った程度だろう。足首を回してみても、捻挫したような感触は無かった。

「時間が経つと腫れてくるかもしれないですけど、とりあえず応急処置だけしておきますね?」
「す、すまないね…痛たたた…」

おかしいなぁ…そこまで痛むような怪我でもないはずなんだが?この人、痛がりなんだろうか。

「送りましょうか?」
「い、いや!悪いよ…それに、少し行くところがあるんだ…ヴェロンティエってどこにあるか知らないかい?」

わーお、厄介ごとが俺に超スピードで突っ込んできた。

「送ります…そこ、俺の職場なんで…歩けますか?」
「き、君の職場?そ、そうか…じゃあ、頼むよ…」

ついでだから、背負ってあげることにした。この人の痛みの原因を早いところ取り除いてあげた方がいいだろうし。下手に歩かせて、悪化したらたまったもんじゃない。


背負って駆け足で動くこと数分後。俺は何の抵抗に遭うことも無くヴェロンティエへと辿り着いた。

「到着しましたよ。」
「…っ…っ…」
「ん?大丈夫、ですか?」
「…ふふっ…ふふふっ…」
「あの、もしもーし?その不気味な笑─────」





‘      ぐじゅり      ぶちぶちぶちぶち      ’




そんな音が‘俺の中から’聞こえてきた。

「────…え?」
「ふっ…ふふふふっ…ふふははははははははっ!はーはっはっはっはっ!ひゃーはっはっは!」

俺を突き飛ばすようにして、男が俺の背中から降りる。対する俺はというと、体に何の力も入らずにそのまま地面に膝をつくことになった。

なんだ、これ?
ナンダ、コレ?
なんだ、この背中の熱さは?
ナンダ、コノセナカノアツサハ?
どうして、心臓がこんなに苦しいんだ?
ドウシテ、シンゾウガコンナニクルシインダ?

「ぎゃーっはっはっは!ぎゃはははははー!み、見たか!?見たことかあああああ!私が!やはり私が世界なんだ!私があっ!ひぃーやあはっはっはっはっは!」

この声には覚えがある。
コノコエニハオボエガアル。
ずっと前にマリスを付けねらっていた男。
ズットマエニマリスをツケネラッテイタオトコ。

…ヴォルフ…!?

「お、まえ…ゴホォッ…ど───して…っ?」

目の前にあった、茶色の地面が真紅に染まる。
メノマエニアッタ、チャイロノジメンガ『真紅』ニソマル。
嘘だろ…まさか、そんな…こんなところで…
ウソダロ…マサカ…ソンナ…コンナトコロデ…



俺の世界は紅に染まった。


オレノセカイハ『紅』──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────……。


26 :雨やかん :2007/12/27(木) 00:04:53 ID:m3knVLke

とぅるー25!―――絶望―――

レイの声を聞いた気がしたから起きた。

「んー…っっ…レイ…?」

いや、居るわけないのは分かってるわよ?だって、ここはあたしの部屋なわけだから。まあ、いてくれたらいてくれたでもう嬉しいことこの上ないわけだけど。

ひょっとすると、レイはもう起きて厨房に入ってるのかもしれない。そんで、そこでまた一騒動起こして声を出したのかも。本人が聞いたら『また一騒動って…いつものも俺のせいじゃないぞ!』とか言うんだろうけど。
まあ、この店どころか、いまやレイはこの町中のあらゆる事に干渉するようになっている。多分、リリアの誕生日のお祭りではレイは中心に引っ張られていくんだろう。いつもと同じ、心底疲れた表情で、けどやるからには真剣に。
それを思うと、自然と笑えてしまう。

いつものように着替えて、髪を簡単に整える。乾いた