発明・ざ・わーるど!とぅるー…


1 :雨やかん :2007/09/18(火) 09:54:35 ID:VJsFrctD

誰よりも、希望を胸に抱いて前を見続けた女の子がいました

誰よりも、誇り高い心を胸に前を見続けた女の子がいました

誰よりも、他人を思いやれる優しさを持って前を見続けた女の子がいました

誰よりも、笑うということの素晴らしさを理解して前を見続けた女の子がいました

そして

そんな彼女達の中心に

様々な不幸を背負いながら

様々な困難を背負いながら

誰よりも

強い…のに時々弱く

賢い…のに時々馬鹿で

優しい…のに時々厳しい

けれど、それゆえに…彼女達に最も必要とされた男の子がいました

もう、今は誰もいないこの場所に

かつて、そんな5人の人間達が


必死に


頑張って


生き抜いた


そんな物語があったのです


これは、その物語の


限りない未来の一つの結末へとつながる序章


2 :雨やかん :2007/09/20(木) 12:22:21 ID:VJsFrctD

とぅるー1!

「はいっ。」
「レイ!いったわよ!」
「任せ―――って、うお!?」
「やりぃ♪」
「レイ様、大丈夫ですか?」
「な、何とか…」

ここはヴェロンティエ――――じゃ、ありません。
問題が解決して、今度こそ休暇を満喫すべく依然としてナーエコにいます。そう。俺は現在、誰もがうらやむことに4人の美女とビーチバレーなんぞしてるわけです。ちなみに、この世界の名前では砂上球。

「砂浜では、レイ様の並はずれた力が逆に仇となっているようですね。」
「あ、ああ。そうだな。」
「ふっふっふ。レイ君、それだけじゃないと見た!」
「ぎく。」
「何があるのかしら、フォルト?」
「あたしは見逃さなかったよ、レイ君!攻撃するときに一瞬レイ君の視線がマリスの―――」
「うわああああああああああああ!!」

はあ、はあ、はあ…き、聞かれたか!?よく見てるね、フォルトさん!
だって仕方ないだろ!?ボールを打つためにマリスがひょいっと跳ぶだけであれですよ!?そりゃあ、俺だって男ですからね!視線が揺れてるアレにちょっとは行きますとも!…はい、嘘です。しっかり見てました。本能に逆らえなかったんだよ…くそぉ。
そもそも!俺以外のプレイヤーは全員女だよ!?美女だよ!?しかも水着装備!
敵だけでなく、味方であるキララですらも普通の服より当然露出が激しいんです!そんな状況で思春期の男が平常心でバレーなんて出来ません!出来るやつがいたら、それは絶対にヤバイ趣味の持ち主だ。

「最っ低…」
「レイ様、ふしだらです!」
「あら。レイったら、私をそんな目で見てたの?」
「しっかり聞いてましたか、全員!」
「あたしの狙い、ずばり的中だね!」
「計画的か!だから、最初マリスと組みたがってたのか!」
「試合はすでに始まってたんだよ、レイ君!」

ちなみに、この試合で勝った2人が俺に何か言うことを一つ聞いて貰うということで―――そこに俺の意思はない。反対意見など聞き入れるはずもなく、いつの間にかそんなことになっていた―――4人とも燃えているわけだ。
ちなみに、俺は助っ人要因として3回まで2人のどちらかと交替できることになってたけど…どっちかというと足手まといっぽかった。

「うわー!レイの馬鹿っ!マリス達の方がいいわけ!?」
「そんなこと言ってない!」
「キララ様、諦めてはいけません!何としてでも、レイ様と『恋人達で飲む幸せズヨカセ』を!」
「リリア…そうね、諦めたらそこで試合終了よね!」

安○先生…バスケが、したいです…じゃなくて!何故にその有名セリフをキララが知ってるんですか!?
いや、問題はそこでなく…リリアが飲みたがってるのはあれ?向こうの店にあった、一つのジュースに2本のストローっていう、ベタだけど破壊力抜群のあれですか?あれを飲む気ですか、リリアさん!?

「姫様たるものが、人前であのようなものを…」
「あまり勧められるものではないな。」
「周囲、警戒。」
「そう思うなら止めろよ、お前ら!?」
「レイ君の慌てる顔が見てみたいの。」

どこか呆れ半分、笑い半分で苦悩している俺達の様子を見ているのはリリアを護衛すべき四聖騎士達。
何故か、全員水着を装備。護衛は?仕事は!?

「そうだ、レイ。」
「何だよ…」
「旗取走って知ってるか?」
「…ビーチフラッグのことなら。」
「何だ、そりゃ?砂浜に旗を立ててから離れた所で寝転がって、合図で走って旗を取り合うってやつだ。」
「俺の故郷ではビーチフラッグって言うんだよ。それで、それがどうかしたのか?」
「やろうぜ。」
「…勝負になるとでも?」
「無論。」
「この砂浜では、お前の脚力も制限されざるをえまい。ならば、条件は五分五分というわけだ。」

まあ、確かにそうかもしれんけど。

「俺達が勝ったら、お前には姫様の体に日焼け止めの薬を塗って貰うぜ。」
「待て、そこの三バカ騎士。」
「姫様!姫様とレイを結びつけるために我ら走り抜けます!」
「勝利、献上。」
「つきましては、勝ったら減給された分を戻して下さい!」
「頑張るのです、アイン!ヴァイツ!イラド!」
「俺、まだ勝負受けるって言ってないぞ!?」
「レイ!負けたら承知しないわよ!?」
「だから、俺はまだ―――ってか、試合は?」
「もちろん、私達の勝ちよ。」
「レイ君、砂浜で腕組んで浜辺中の視線を独占しようね♪」
「私は、当初の予定通り日焼け止めの薬を塗って貰うわよ?もちろん、ここでね。」

マジですか!?それは何、新手の拷問!?もう本当に勘弁しちゃもらえませんか!?

「負けられねぇ…!」
「準備出来たわよ、4人とも。」

フィーアさんの声により、俺達は一斉に砂浜に伏せる。後方を確認してみれば、風も無いのに何故かはためく一本の赤いフラッグ…あれを取らなきゃ、リリアの体にサンオイル…負けられねぇ…負けるわけには!

「よーい…どん。」
「絶対に勝――――ぐおぁっ!?」
「これが組織行動というもんだぜ、レイ!」
「絶対、勝利。」
「罠にかかるお前が悪いのだ。」
「お前らああああああ!?」

何があったかと言いますと。
起きあがって駆け出すと同時に左にいたヴァイツは足を引っかけられ、倒れた所を右にいたイラドに押しつぶされ、その隙にアインが猛ダッシュ―――って、おーい!?

「卑怯にも程がないか!?騎士の風上にもおけねえな!」
「軍隊1人で撃退するような男に、正々堂々と勝負しようなんざ思ってねえよ。」
「最初に条件五分五分って言ったよな!?なあ!?」
「言葉とは、時に罠にもなる…一つ学習したな。」
「以後、猛省。」
「殴らせて!お願いだからブン殴らせてー!?」
「姫様!任務達成しました!」
「ご苦労様でした、皆さん。」
「リリア。まさかとは思うけど、本気にしてないよな!?」

恐る恐る振り返れば────満面の笑みを浮かべた絶世の美女。うん。俺、ピンチですか?

「レイ様、私は日に焼けないようなのです。」
「じゃ、じゃあ、しないよな?」
「ですから、飲んで下さいますよね?」
「…何を?」

リリアが笑顔で指さした方向にあるのは、先程リリアが言っていたジュースがある店。
泣いてないよ。泣いてないとも。ただ、目から汚れを取るために出ている洗浄液が止まらないだけさ。涙って、物理的にストレス物質を破棄する役割もあるんだよなぁ。どれだけ泣けばいいんだろう?

「レイ。」
「キララまで、何かあるのか…?」
「いや、さすがにそこまで酷じゃないわよ。」
「…すげえよ。今、一瞬だけどキララが輝いて見えた。主原因、お前なのに。」
「失礼ね。」
「一番最初に賭けを持ち出したやつが何を言いますか?」
「それより、レイ。大丈夫?」
「そう見えるか?」
「今じゃないわよ。何か、無理に調子を上げてるみたいだから。」
「あ───」
「あまり、無理はしないでね。相談してもらえるなら、全力で相手するから。」

う〜む、さすがキララ…ばれていたか。
いや、ひょっとすると他の3人も気付いてるけど気付かないふりをしてるのか?だとすると…うん、やっぱり俺って愛されてるなぁ。
だからこそ、今の問題もちゃんとしっかり決着をつけておくべきなんだろうな、きっと。


3 :雨やかん :2007/09/25(火) 14:38:04 ID:VJsFrctD

とぅるー2!

レイ様が何かひどく悩んでおられるのは、すぐに分かりました。
けれど、今回の悩みは決して私に何か出来るようなものではない…そう思えたのです。レイ様の苦悩を分かち合えれば最高なのでしょうが…たとえ、レイ様が教えて下さっても、今の私には何も出来ないのでしょう。レイ様の顔は、そう仰っています。

「レイ様…」

窓の外に広がる景色を眺めながら、私は思わずレイ様の名前を呟いていました。

「リリア、どうしたの?」
「いえ、大したことではないのですが。」
「レイでしょ?」
「はい。」
「どういうわけか、随分と難しいこと考えてるみたいだからね…仕方ないか。」

キララさんも一つため息をつかれて、私の前にある寝台に腰を下ろされました。
現在、私達は宿屋に戻ってきています。レイ様は今頃はご自分の部屋で考えこんでおられるのでしょう。マリスさんとフォルトさんはお風呂に入ると仰って部屋を出て行かれました。アイン達は、おそらく私の気付かないところで護衛の任務に就いてているのでしょう。
必然的に、残ったキララさんと私がこの部屋にいるわけです。

「キララさん。」
「何?」
「私、少し思ったことがあるのです。」
「奇遇ね。あたしも考えてることがあるの。」
「…同じだと思いますか?」
「多分。」

苦笑して、私はキララさんの『せーの』という声に合わせて考え事を口にします。

「「16歳で結婚って早すぎるのかもしれない。」」

やはり、キララさんなら私と同じ結論に達して頂けると思っていました。

「ふふっ。やはり同じでしたね。」
「そうね。多分、レイが悩んでることは――――」
「私達を選択しようとするがための悩み、なのでしょう。」
「確認だけど、別にレイとの早めの結婚が嫌とかじゃないわよね?」
「当然です。レイ様と結ばれるのならば、これ以上の幸福があるでしょうか。」
「ただ、ねぇ?」
「そうですよね…」

今度のため息は重なりました。ええ、そうです。私達がそのようなことを考えたのは他でもありません。

「レイだって16歳なのに、さ。」
「結婚相手を決めろと迫っている私達は…」
「まだ、もう少し自由に色んなことを楽しむ時期なのよね。」
「私達はレイ様1人がおられて、レイ様以上の男性を考えられないから良いのですが。」
「よく考えてみれば、あたし達とレイが出会ったのって大体半年前よ?それなのに、あたし達ってレイに選択しろって迫って…今さらだけど、変よね。」
「しかも、私なんてほとんど一目惚れですし。」
「あたしも似たようなもんよ。1、2週間で好きになっちゃったんだから。」
「ふと、考えてしまったのです。レイ様が、私達のことを想って下さっているのは疑う余地のない事実なのですが…もしも、私達がレイ様にこうまで迫らなければ、果たしてレイ様は私達を想って下さったのでしょうか?」
「‘もしも’なんて言ってもしょうがないけど、あたし達がレイの可能性を潰してしまったんじゃないかっていうのは…分かるかな。」

レイ様は紛れもなく天才です。いえ、今までに天才と呼ばれたどの人物もレイ様の前ではかすんでしまいます。言うなれば、まさに‘神に選ばれた存在’なのでしょう。
もしも、レイ様が私達と共にいなかったならば、もっとご自分の願ったとおりに生きておられたならば―――…?
才能の大きさは、その人物の可能性の広さに直結します。そういう点で、レイ様は望めば何にでもなれたはずなのです。事実、普通の人には届くはずもない‘王’という立場を得ることも可能になっているのですから。
だからこそ私達の存在は、レイ様の可能性を大きく消してしまった―――?

「少し、嫌ですね。」
「そうね…今、レイを悩ませてるのだって元々はあたし達が原因なんだし。」
「この国の平均結婚年齢は、20を超えたころです。少なくとも16というのは年に数人程度でしょう。」
「あたし達、レイを追い立てすぎよね。」
「そうですね…確かな答えが欲しいとは思っています。自分を選んで頂ければとも思っています。」
「けど、あたし達はまだまだ子供なわけだし。」
「きっと、今の時点でレイ様が選択されれば、それ以外の誰もが傷ついてしまうのでしょうね…諦めることも、難しく。」
「もう少し、成長しましょうか。あたしも、リリアも、マリスも、フォルトも、そして―――」
「レイ様にも、成長してもらいましょう。」
「とりあえずは、レイにむやみやたらに迫るのは控えるとか―――」
「けど、出来るでしょうか…私達が。」

キララさんと視線を交わし合い、想像してみます。
今までやって来たような、レイ様と2人きりの時間。レイ様との恋人のように過ごした時間。レイ様と過ごした甘い時間。それを今後無くしてしまうことを。
――――…はっ!?な、何だか気が遠くなりました!
キララさんも、何やら衝撃を受けたような顔になっておられます。

「ごめん。やっぱり今の訂正で。」
「そ、そうですね…ほどほどにするということで。」
「レイを焦らせない程度に、ね。」
「私達が禁断症状を起こさない程度に、ですね。」
「禁断症状って―――…うん、ごめん。否定できなかった。」
「レイ様中毒ですよ、私達。」

確かに、とキララさんが苦笑するのにつられて私も思わず笑ってしまいます。そう、すでにこの身はレイ様無くして生きていけないのですから。

せめて共にいるだけでなく、あの方の支えの一部にでもなれるように―――…


4 :雨やかん :2007/09/27(木) 17:44:44 ID:VJsFrctD

とぅるー3!

「レイ、何をしてるんだ?」
「ん・・・ちょっと、武器の調整をな。」

手持ちの器具でカチャカチャと武器、スタンガンをいじっていた俺に話しかけてきたのは部屋に戻ってきたアイン達だった。どうやらお風呂上がりらしく、髪が少しばかり濡れている。

「前から思ってたけど、お前のその‘手甲’ってどうして触れるだけで相手を気絶させられるんだ?」
「以前ヌローの群れを気絶させたのもその武器だと言っていたな。」
「詳細、説明。」
「何と言えばいいのかな・・・電気って、分かるか?」
「‘伝記’?」
「人などの生涯を記した書物のことか?」
「その伝記じゃなくて・・・ああ、ほら。雷。稲妻なら分かるよな?」
「雷?」
「あの、天候が悪い時に空から落ちてくる光の柱の雷か?」
「分かりやすい説明だな・・・」

と言うか、それ以外に雷と呼ばれるものがあるなら聞かせて欲しい。それは間違いなく俺にとっても新発見だ。

「あの雷の正体が電気っていうもの。つまり、これは小規模の雷を発生させる武器なんだ。」
「何か・・・さらっと、この国の科学を50年進めるような発言をしなかったか?」
「レイに今さらそれを言っても仕方あるまい。」
「愚問。」
「まあ、威力自体はあんなに強くないけど、相手を麻痺させたり気絶させたりぐらいは出来るんだ。触れなきゃいけないから、至近距離まで近づくのが最低条件だけどな。」
「至近距離まで近づけば、最強の武器じゃねえかよ!」
「そうでもないぞ。この電気が流れない物質なんてのもある。たとえば、地面とかも木材には無効だ。あと、来ている服によっても通じにくかったりする。直接皮膚に押し当てないと十分な効果を望めないから武器としてはまさに俺専用だな。」
「一瞬で懐に飛び込み、相手の攻撃をものともせずにそのような行動に出れるのは確かに貴様ぐらいか・・・」
「殺傷能力、有り?」
「・・・威力を最大に調節して、胸にでも当てれば一撃だろうな。外傷はほとんどないかもしれない。」
「恐ろしい武器だな・・・」
「まったくだ。持っていたのがお前でよかったぜ。」

‘持っていたのがお前でよかった’・・・ね。
それは、四聖騎士から俺への信頼なんだろう。俺なら、そんな危険な武器を決して悪いようには扱わない。そう信じてくれているから、こんな物騒なものを作り出し、所持している俺と笑顔で話してくれる。
けど、もしも4人が俺の正体を知ったら・・・?
かって、この国と戦争を起こした異世界の住人と同類だと知ったら・・・果たして、4人は俺にこの笑顔を向けてくれるのか?
リュカーさんは?
王妃様は?
陛下は?
店に来てくれる、なじみの人たちは?

「・・・な────」
「レイ。」

俺の緊張から出ようとした一言を遮って、声をかけたのは他ならぬアインだった。

「な、何だ?」
「前から聞こうと───いや、言おうと思ってたことがある。」
「俺に?」
「あの事件の時から分かってたことだが、お前は言っちまえば異常だ。」
「っ!」
「アイン!」
「いいから聞けよ。その武器で暴走するヌローの大群を静めて、星を降らせることで一国の軍隊を撃退し、人にあらざる力を持ち、現代じゃ理解すらできない知識を持つ。もう、異常という言葉すら生ぬるいぐらいの異常だ。」

切り札にしても切れすぎる。そう、リュカーさんが俺を評価したことがあったっけ。
今のアインの言葉は、それを表してる一言なんだろうな・・・確かに、異常。この世界の人間の全てと比べて、同じでない。だからこそ異常。
それは、いかにキララ達が俺を思ってくれても、決して変わることなど無い事実だ。

「そう言われると何も言えないなぁ・・・」
「自覚もしてるんだよな?自分の存在がどれだけ異端なのかを。」
「一応、俺なりにだけどな。」
「ヴァイツも、イラドもそう思ってんだろ?」
「っ・・・」
「・・・」
「沈黙は肯定、か。」
「フィーアや姫様達は、お前への想いが先立ってるもんだから何とも言えねえけどよ・・・以前、団長と俺だけで話したことがあってな。」
「・・・何を?」
「もしも、お前が敵に回った場合についてだ。」

――――・・・俺を・・・‘レイ・キルトハーツを敵とする’・・・?
落ち着け。
落ち着くんだ、俺。
当然のことのはずだ。リュカーさんの俺に対する信頼は真実だ。そして、それ以上にあの人は騎士団長として私情を挟むことなく、この国と王族を護るという責務を果たそうとしているだけなんだ。ならば、俺も私情は置いておけ。何故、アインがこの話を俺にしているのかにだけ、意識を向けろ・・・!

「・・・レイ。」
「・・・何だ?」
「・・・それについて出た結論なんだがよ・・・聞いて貰えるか?」
「・・・聞いていいなら。」

アインは一息ついて、俺をじっと見つめる。そして、俺はそれを真っ向から受けた。


「無理だった!」


――――・・・おい。

「は?」
「いや。最悪を考えて考えて、あらゆる状況からお前が俺達の敵として立ちはだかる場合を想定しようと思ったんだけどよ・・・無理。不可能。結論どころか前提で断念。」
「ど、どういうことだ・・・?」
「俺も、団長も、お前は何があっても俺達の敵に回る―――つまり、姫様や陛下達を不幸にする存在にはならねえというとこで一致した。」
「・・・アイン・・・」
「お前がどれだけ凄いことをやってるかを知ってる。どれだけ異常なのかなんて百も承知だ。けど、それでも俺はお前が敵だなんて思えねえんだよ。」

アインはニヤリと笑って、少し大げさに両手を上げて降参のようなポーズを取った。

「だから、レイ。俺は、きっといつまで経ってもお前の味方だ。ちーっと年が離れてるけど、俺はお前を友人だと思ってる。」
「・・・ったく、もったいつけおって。」
「自分、同意。」
「当然ではあるが、自分もだ。」
「イラド・・・ヴァイツ・・・」
「俺達の力が必要なら、いつでも言ってくれや。姫様達じゃ出来なくても、同じ男の俺らなら出来ることは多いと思うしよ。」
「アイン・・・ああ、ありがとうな。」

さてはて・・・全く、俺は恵まれてると思うよ。
キララ達のように、自分を想ってくれる人だけじゃなくて――――・・・
俺のことをこんなにも認めてくれる人達にも出会えてるなんてな。


5 :雨やかん :2007/10/01(月) 09:21:41 ID:VJsFrctD

とぅるー4!


現在、あたしキララ・ランクフォードは困ったことになっている。
何故こうなったのか、理由は単純なんだけどそれだけにたちが悪いというか、正直なところ打つ手がない。あたしに出来ることがあるとすれば・・・待つだけだ。

「なあ、今暇?」
「すいませんけど、10年先まで予定がビッシリなんです〜。」
「悪いけど、他を当たってもらえるかしら?」
「ごめんなさいね〜。」

マリスとフォルト、さらにはフィーアさんの爽やかな笑顔と共に放たれた一言に、やって来た男達はすごすごと引き下がっていった。あたしは、その後ろ姿を疲れた目で見送るだけだ。

「リリア・・・」
「はい、何でしょうか?」
「今ので何人目だったかしらね・・・」
「単純な人数でいけば、37人です。集団で来られた方々を一回と考えますと、今の方でちょうど10回目ですよ。」
「全く、きりがないとはこのことね。」
「ほんとだね〜。レイ君がいないだけでこんなに違うなんて思いもしなかったよ。」
「仕方ないことよ。彼は特別だもの。」

現在、あたし達とレイは一緒にいない。
今日が最後の海ということで、朝からやって来たあたし達だが・・・なにせ人が多い。荷物を運ぶ、ならびに場所取りをするために先に砂浜に行ったレイとアインさんは見あたらず、その2人を捜しに行ったヴァイツさんとイラドさんも行方不明。
残されたあたし達は、待ちあわせ場所でレイ達が見つかるのを待っているわけだが・・・

「減らないわね・・・視線の数。」
「あの辺りの人、さっきも来たわよ?」
「レイ君に昨日、浜辺の視線を独占とか言っちゃったけど・・・あながち外れてないね。」
「レイ様、どこに行かれたのですか・・・」

昨日はレイというまさに完璧な盾がいたから周囲もあたし達に手出ししなかったものの、この状況――すなわち、あたしも含め世間一般で可愛い、美しいと呼ばれる女5人が男を連れることなく揃った状況――では、男性からの遊びの誘いが後を絶たないわけで・・・

「君たち、浜辺の視線独占じゃん?名前とか教えてくんね?」

こういった、もう見るからに軽薄そうな連中が・・・ああ、もう頭痛いわね!ってか、レイは何処!?何処行ったわけ!?あたし達がこんなに男に絡まれてるんだから、とっとと来なさいよ!

「レイの馬鹿・・・」
「レイ?ひょっとして、レイ・キルトハーツ?」

――――・・・はい、待って。どうしてあなたがレイの名前を知ってるのかしら?

「君ら、ひょっとしてあの男待ってるの?止めとけよ、あんな軽いやつ。」

今、この男は何と言った?レイを軽いと言ったわね?そう言ったのよね、この男は?レイのことをよく知りもしないくせに、あたしのレイを貶したわね?
うん。とりあえず、一発叩こう。大丈夫、だってこっちにはフィーアさんが――――

「さっきも、向こうで他の女を複数連れて笑ってたしよ。」

‘ガシッ’
変な音は、男性の体からしたと思う。具体的に断定できないのは、全く同時に4つの手が男性の顔やら肩やらを力の限り握りしめたため。もちろん、あたしも含む。
毎日毎日重い鍋やらを握ってるあたしの握力を舐めないで欲しい。その辺の男よりも強い自信はある。もちろん、マリスとフォルトも同じ理由で。ちなみに、リリアは自身の非力さを悟ってか首を絞めにかかっていた。

「今、何と言ったかしら?」
「もう一度、言ってくれないかな〜?」
「レイ様が、何をなさっていたと?」
「3秒以内に答えなさい。」
「む、向こうで他の女を複数連れて笑ってました!」

何やら顔面蒼白で浜辺のある方向を指し示し、軽薄な雰囲気が潜めた男性の言葉をあたし達は頭の中でゆっくり反芻する。
レイが?
女の子を連れて?
笑ってた?
しかも、複数ですって?
あたし達を放っておいて、そんなことしてるの?

「・・・フィーア。行きますよ。」
「は、はい!」
「キララ、フォルト・・・準備はいいかしら?」
「確か、荷物の中にこの前使った鍋と包丁があったよね。」
「レイが持ってるでしょ、好都合なことにね・・・」

今まで取り囲んでいた人達が、あたし達の様子が変わったことに気付いたのか素直に道を譲ってくれる。人の波が自然と分かれていく中を、あたし達は少しだけ急ぎ足で歩いていった。
そりゃあ、もう。あの優柔不断な男を一度思い切り痛い目に合わせるためだ。

一応、レイが心変わりしたなんて考えたわけじゃない。そこは絶対。
きっと、あのレイのことだ。あたし達がいない隙を見計らってやって来た女の子に捕まっているんだろう。ちょうど、隣にはそこそこに格好いいアインさんもいたし、もしもヴァイツさん達と合流していたなら尚のこと。
けど、レイならばそんなのは簡単に振り切って来れるはずなのよ。なのに、そうしないっていうのは・・・浮気?浮気なわけ?
開放感溢れる海に来て、ちょっとぐらいなら良いかなという気持ちで他の女に色目使ってるのか、レイは?甘い。甘いわよ、レイ。あたし達はそんなに心が広い人間じゃないのよ。
今いるこの4人で精一杯。正直、他の女の子に話しかけるのだって苛々するのよ、あたしは。

「・・・いたわ。」

マリスの視線の先に、確かに女の子が複数集まっていた。
予想通り、アインさん達もいる。そして、四聖騎士3人と一緒にいて女の子達に笑いかけている(実際は苦笑い)のは、随分とあたし達を待たせて、鼻の下を伸ばしている(ように見える)レイだった。

「あの、だから悪いけど人を待たせてるから通し―――・・・っ!?」
「・・・レイ、じゃ、俺達はこれで。」
「生きろ。」
「戦線、離脱。」
「レイ君、姫様よろしくお願いします。」

四聖騎士の人達が全力で彼方へと走り去っていくのが視界の端(視界の9割はレイ)に見えたが無視する。
あたし達4人の前に立っているのは、あたし達が最も愛する浮気者だった。

「ちょっと待て。何だか色々とすごい誤解が生じてる気がするのは気のせいか?」
「気のせいですよ、レイ様。」
「レイ・・・浮気は犯罪なのよ?」
「浮気!?ってか、どうしてそんな話になってるんだ!」
「言い訳、か・・・レイ君、ちょっと見損なったよ・・・」
「見苦しいわね。それだけ女の子を周りにはべらせておいて。」
「はべらせて!?いや、待て!これは違う!」
「浮気した人は、みんなそう言うのよ。」
「キララさん、荷物の中から包丁を見つけました。」
「うおい!?それ、浜辺で必要ないものだから!」
「リリア、私はその鍋を貸して。」
「そっちの出刃包丁取ってくれる?」
「・・・あの、ひょっとして本気で俺って危ない状況か?」
「今さら気付いたの?」
「遅いけどね。」
「レイ様、一瞬で済みますから。」
「大丈夫、ちゃんと刃の背で打つから。」

レイの顔から、珍しく血の気が完全に引いた気がする。そして、それとは逆にあたし達の頭にはさっきから血が上りっぱなしだ。
レイの周りにいた女の子達は、雰囲気を察してくれたのか波が引くように後退していった。

「えっと、本気で怒ってる?」
「当然でしょう?」
「・・・とりあえず、浮気じゃねえええええええええええええええええええ!!」

レイの言い訳の悲鳴を無視して、あたし達は手に持っていた武器を容赦なくレイに振り下ろしてやった。


6 :雨やかん :2007/10/03(水) 09:28:32 ID:VJsFrctD

とぅるー5!


「砂浜じゃ、俺の脚力は活かせないということを思い出してもらえたか?」
「だから、悪かったって言ってるじゃないの。」

謝ってる態度に見えませんよ、4人とも・・・痛たたた・・・
さすがの俺も、あんなもんで叩かれたら痛い。というか、包丁を振り下ろされたのはさすがにやばかったですよ・・・甘んじて受けたが。
俺だって振り切ろうとした。それは絶対だ。けど、急いで逃げようとしてもあっさりと回り込まれて、普通の道なら跳び越えるとかも出来たかもしれないが、砂浜では足が滑ってそうも行かない。走るのも同じ。
仕方ないから競歩のような速さで誘いを断りながら歩いたら・・・イラドとヴァイツに遭遇。それで詰みだ。一応、格好いい部類に入る4人が揃ったものだから女の子の誘いがさらに増えて・・・キララ達に見つかったわけだ。

「と言うか、さすがに怒るぞ俺も・・・ひどくないか?」
「う・・・ごめん。」
「で、ですが・・・レイ様も、少しだけ嬉しそうな顔をしておられましたので、何だかこう、苛々と・・・」
「あのな、俺だって男だぞ?そりゃあ、自分が女の子に誘われてるって気付いて悪い気はしないって・・・」
「それは分かるのだけどね。」
「何て言うか、理解は出来ても納得いかないって感じかな?」

軽く睨んでみた。
キララは目をそらし、リリアはすまなそうにうつむき、フォルトさんは開き直ったように睨み返し、マリスはウィンクした。駄目だ、約一名だけ器が違う。

「・・・まあ、愛されてる証拠として受け取っておくか。」
「さすがレイ君!その寛大な心にしびれるぅ!憧れるぅ!」
「申し訳ありませんでした、レイ様。」
「謝らないけど・・・責めないわよ。」
「それで、レイ。最終日なんだから、ちゃんとやってくれるんでしょ?」
「何をだ?」
「昨日の賭けよ。忘れたなんて言わせないわよ?」

昨日の賭け?・・・賭け・・・賭け!?

「はい、これが日焼け止めね?」
「・・・嘘、だよ、な?」
「そう見える?」

いつの間にかマットのようなものを地面に置いているマリスは、まさに妖艶と言うべき笑顔で俺の方をじっと見つめる。うん、やっぱこの辺りの魅力はマリスじゃないと出せないよなぁ・・・はっ!?な、何だか微妙に背後からの3つのオーラが黒く変化した!?

「・・・賭けの、内容だから、な?」
「ええ、分かってるわよ。」
「レイ様、私とも後でお願いしますね?」
「もちろん、あたしもだよねぇ?レイ君・・・?」

後ろから圧力が増加中。ダークサイドに落ちた3人を救うすべがあるのなら、光る剣でも大宇宙の意思でも扱ってみせるから是非とも教えて欲しい・・・


マリスの場合―――・・・

「あ、もう少し下まで。」
「いや、ごめん。無理。無理だから。」
「あら?私が日に焼けて辛い思いをするのをレイはお望みなの?」

違う。これより下は何というか、色々とやばいから!何て言うか、今まで下り坂だったのが上り坂に変わる場所ですから!その辺が限界です!

「あのなあ・・・!」
「ああ、レイってば私が服を着た時を想像してるのかしら?」
「は?」
「日焼けした場所に服が触れて、かゆくて悶える私を見たいの?レイも物好きね。」
「っ・・・!」

そんなわけあるかああああああ!・・・あ、でもちょっと見たい・・・じゃなくて!

「ああ、このままじゃ塗りにくい?それなら恥ずかしいけど少しずらしましょうか?」
「もう何が狙いになってきてるんだよ!」
「もちろん、私の最大の武器を使った誘惑。」

だから、その妖艶ともいえる視線を止めて!?もう頭がぐらぐらしますから!もう、触れてる手まで真っ赤になってるんですよ!

「下の水着に手を伸ばすな!ずらそうとするな!不満そうな顔も却下!」
「心外ね。レイが塗りやすいようにしてあげてるだけなのに・・・ひどいわ、レイ。」
「ぐあああ・・・分かった!分かったから!塗れば良いんだろ・・・」
「さすがレイ。遠慮無く良いわよ?」
「もう、本当に勘弁して下さい・・・」
「何なら背中だけじゃなくて前も―――」
「それ以上は本当に黙ってくれません!?」
「はいはい。ちゃんと塗ってね?」
「いじめだ・・・」

結局、かなり際どい所まで触れることになったりで・・・うぅ、やばい・・・頭に血が・・・


フォルトさんの場合―――・・・

「いや〜、何て言うかこうしてると本当に恋人みたいだよね?」
「そうだな・・・」
「・・・レイ君、何だか疲れてる?早いよ?」
「マリスがな・・・色々とさぁ・・・」
「ご感想は?」
「もう、あちこち柔らかで―――・・・って、思い出させるな!」
「やはり、敵は強大かぁ・・・ならば!」
「え、って、うおっ!?」

ちなみに、今までの状況はフォルトさんと一緒に借りた小舟の上で対面で座っていた。
で、現在は・・・フォルトさんが急に俺に飛びついてきたりなんかしちゃったり。はっはっはー、何をしますかこのお嬢さんは!?

「こ、こら!危ないから!」
「むぅ、あたしじゃ柔らかさよりも驚愕が先に出ちゃうなぁ・・・」
「は!?いや、何を───・・・てえっ!?」
「うわきゃぁ!?」

‘タッパーン・・・’
沈没・・・って、そんな暢気に構えてる場合か俺!?フォルトさんは!?まさか、泳げないなんてこと無いだろうな!?

「おい!何処だ、フォルト!?」
「あ。ここだよー!」
「はぁ・・・良かった・・・焦らせるなって・・・」
「むふふふふ〜・・・えい!」
「っ!?こら、またか!?」

水の中だってのに、フォルトさんは再度俺に抱きつくように身を寄せてきた。

「レ〜イ〜君♪今のはちょっと嬉しかったよ〜?」
「は!?な、何が!?」
「今、あたしのこと呼び捨てにしてくれたよね?」
「へ?・・・って、抱きつく力を強くするな!」

結局、中々離れてくれないフォルトさんに抱きしめられたまま海を漂うことに・・・鼻血出そう・・・


リリアの場合―――・・・

「レイ様・・・いざ!です。」
「本気でするんだな・・・これ・・・」

向かい合わせに座る俺とリリアが待っているのは、一つのコップに2本のストローが刺さってるジュース。そう。よく、付き合いだしたバカップルがやってるあれですよ。あれをやろうとしてるんですよ、この王女様!

「お姫様って、こんなんだったかなぁ・・・」
「レイ様が私を変えてしまわれたのですよ?」
「・・・否定できないのが痛い・・・」
「えっと・・・『私の体を、無理矢理に自分好みに変えてしまったくせに』・・・です!」
「人聞きの悪いことを言うな!後、周囲の視線とか気にして!加えて、棒読みかよ!」

誰から習った、そんな昼ドラセリフ!あの人か!あの、綺麗な笑顔で爆弾発言していく母親からですか!?帰ったら問いつめさせてもらいますからね、王妃様!?

「レイ様、先程から周りの方がこちらを向いておられるのですが・・・まさか、私のことが?」
「ばれてはいないよ・・・心配するな。」

うん、バレてはいませんよ?ただ、注文した時に店員さんが大声で連呼したから誰もが『あれを頼むやつがいたんだ!?』って感じで好奇の視線で見てるだけだからね。

「なあ、リリア・・・何だって、こんなの飲もうと思ったんだ?」
「え?」
「その、恥ずかしくない、のか?」
「えっと、その・・・恥ずかしいのですが、けど・・・お母様が・・・」

またあの人か!ってか、何故に!?王妃様、ひょっとして四聖騎士と一緒に監視してらっしゃいますか!?

「以前、お父様と、このようなことをされたと仰ったので・・・」
「・・・え、嘘だろ?」
「ですから、私もレイ様としてみたいと・・・」

したの!?あの2人が、こんなことしたの!?ひょっとして、この店か!?実は、あのメニューは伝統物だったりするのか!?

「大丈夫です、レイ様と一緒ならどんなことでも!」
「嬉しいような、悲しいような・・・はぁ・・・」

結局、お互いに恥ずかしくって同時に口を付けたのはほんの数瞬だったり・・・けど、やっぱりしたにはしたわけで・・・も、もう限界・・・


7 :雨やかん :2007/10/05(金) 11:27:17 ID:VJsFrctD

とぅるー6!

‘ぱたぱたぱたぱた・・・’
相変わらずビーチにいる俺達。と言っても、もう日は頂点を過ぎてゆっくりと高さを低くし始めたころだ。浜辺の人数もピークは過ぎたらしく、昼食(リリアと衆人環視の中でやったあれ)のころから比べれば随分と人数も減ってきたようだ。

「ぁう・・・」
「ほら、大丈夫?」

先ほどからうちわで俺を扇いでいてくれたキララが、ひょいと寝転んでいる俺に茶を差し出してくれた・・・うう。何気ない優しさが身にしみる・・・

「さすがのレイも、3人に振り回されたら大変だったみたいね?」
「精神的にな・・・まあ、喜んでくれたからいいけど・・・」
「それで、レイ。もう明日には帰るけど・・・何かお土産でも買わなくていいの?」
「楽しみにしてる家族が遥か彼方だからな・・・キララこそ、ミリアさんに何か買わなくていいのか?」
「『そんなお金があるなら、レイさんに迫る軍資金に使いなさい!』だって。お土産なんか買ったら、逆に怒られそうよ。」
「もう色々と言いたい事があるけど、疲れてるから見逃すよ。」

あの人は・・・
ちなみに、リリア、マリス、フォルトさんは四聖騎士を引き連れて買い物中。珍しいものがあるに違いないそうだ。

「ところで、レイ。これで今日は4人の全員と2人きりになってるわけだけど・・・」
「ん?」
「・・・その、少しは前進してる?」

キララの言葉に、少しだけドキリとする。
前進してるのは間違いない。4人の誰とも、最初のころより、想いを打ち明けられたころよりも関係が進んでいると思ってる。俺が、抱いている感情も・・・
けど、この場合は‘4人の誰とも’という点で間違っているのだ。いつか、選ばなきゃいけないのに、俺は───

「ごめん・・・俺には、まだ───」
「あ、謝らないでいいわよ?その、ちょっと昨日リリアと話してたんだけどさ・・・」
「え?」
「その、あたし達ってまだ16歳じゃない?だから、レイに迫るにしてもちょっと早すぎかなって思って・・・だから、ね・・・」
「キララ?」
「えっと・・・ああ、もう!だから、もしもレイが悩んでるのがあたし達のことなら、そんなに思いつめないでってこと!」
「・・・それで、キララはいいのか?」
「そりゃあ、選んでくれたらいいなとは思うけど・・・レイが、無理に思いつめるのはそれ以上に嫌だから。」

俺のこと、そんなに考えてくれてたんだ・・・
あ〜・・・うん。何だろ・・・疲れたところに不意打ちの優しさだから、すんごい心に染み渡る・・・

「・・・キララ・・・頼みがあるんだけど。」
「何よ?」
「膝枕して。」
「・・・は?」
「・・・あれ?」

────・・・俺、今何を言った?

「ひ、ひひひひひざ、ま、くら?」
「悪い、忘れてくれ。いや、本気で。」

おいおいおいおい・・・俺は、本当に何を言ってるかな!?いくら何でも急に『膝枕して』は無いだろ!ほら、キララだって固まって───・・・って、お?

‘とさっ・・・’

あ、柔らかい・・・って、そうじゃねえ!

「き、キララ・・・?」
「レイが、その、してって言ったんじゃないの・・・」
「ぅ、あ・・・だ、だからあれは忘れてって・・・」
「ちょ、こら!動かないでよね!か、髪の毛がくすぐったいじゃない!」
「わ、悪い!」

そういや、膝枕って実際は膝じゃなくてももに頭を乗せてるんだよなぁ・・・じゃなくて!
今現在、キララは水着だから頭の裏に直接キララの肌が触れて───でもなくて!
くすぐったいなら、どこうよ俺!何を大人しくキララに膝枕されてるんですか!いや、心地いいけどね!そりゃあもう最高ですともさ!

「その、キララ・・・ごめん。」
「別にいいわよ・・・普段、レイにわがまま言ってるのあたしの方だし・・・」
「けど・・・いや、ありがとう・・・」
「・・・どういたしまして・・・それに、こういうのも悪くないし・・・」

あ〜・・・やばい。本当にやばい。本気でキララに惚れそう。可愛い。もう、このままぎゅっと引き寄せたいぐらい可愛い。照れてるのか羞恥なのか、頬が真っ赤なキララが特に可愛い。

「あの、さ・・・」
「何?」
「・・・また、時々してくれるか?」
「・・・レイが、してほしいならね。」

そう言って、頬を染めながら微笑むキララは・・・正直、今この場で雰囲気に流されて告白してもいいかなって思うぐらいだった。
まあ、そんなことをしても納得いかないことになりそうだから止めたけどさ。


「誰か、あの雰囲気を壊しに行かない?」
「無理。絶対無理。」
「そうですね・・・ちょっと、あれは間に入れないかと・・・」

なんだか後ろの方で、そんなやりとりが聞こえた気がするが…とりあえず、今ぐらいは無視させてもらうとしよう。罰は当たるまい。


8 :雨やかん :2007/10/09(火) 09:17:28 ID:VJsFrctD

とぅるー7!

「「ただいま戻りました。」」
「お帰りなさい、リリア。レイくん。」
「よう。海はどうだった?」

ここは、リリアの家・・・つまりはお城。
本日、ようやくこの町に戻ってきた俺は、リリアを連れて陛下達に挨拶に来たわけだ。帰ってきたことと、無事にイケリルを送り届けたので、もうお城を出て店に戻ることを告げに。

「はい、とても楽しく過ごせました。」
「ええ、とても疲れる一日でした。」
「・・・あの、2人の間に随分と温度差があるのだけど?」
「まあ、そう言ってやるな。どうせレイのことだ。あの嬢ちゃん達に一斉に迫られたとか、水着姿に悩殺されそうになったとか、浜辺中の男に嫉妬の視線を浴びせられたとかそんなところだろう?」
「加えて、リリア達にいじめられました。」
「あ、あれは―――・・・れ、レイ様だって悪いんですから・・・」

顔を真っ赤にして、それでもどこか不満そうに抗議するリリアの様子は非常に可愛かったりするのだが・・・でも、あなたに叩かれた鍋の後は残ってますよ?後、陛下。俺に起こった被害をしっかり予想しているのは勘弁してください。俺ってそんなに分かりやすいですか?俺が不幸になるのは必定ですか!?

「何でぇ?まさか、俺の娘がいるってのに他の女に鼻の下伸ばしたのか!?」
「伸ばしてないでしょうけど、リリアの目にはそう写ったというところかしら?」
「う・・・」
「さすが王妃様。よくお分かりですね。」
「母は賢く強いのよ。」
「その冴え渡る頭脳で、若い頃に陛下とおやりになった恋人同士でしか飲まないようなあれを飲む作戦をリリアに教えたんですね?」
「・・・大人になるにはね、過去を振り返っていては駄目なのよ。」

視線を逸らしながら、遠い目で語られた。ってか、耳まで真っ赤ですが?自分でやって恥ずかしいんだったら、娘にもさせないで!お願いだから!将来リリアも笑顔で自分の娘にあれを勧める情景がリアルに想像できますから!
と、そこでひとまず話を切り、父親の顔から王の顔になった陛下が会話をずらす。

「ま、何はともあれ・・・ご苦労だったな、レイ、リリア。」
「「はい。」」
「お前達が捕まえた組織については、既にこちらの方にも報告書がある程度届いている。レイ、後でお前自身の証言と照らし合わせることになるから、そのときは頼むぞ。」
「分かりました。先ほど、リュカーさんから報告書にまとめるように言われましたので、後日証言とともに。」
「おう。リリアはどうだ?お前が見ることのなかった部分を、体験して。」
「私は、今回はほとんどお役に立てませんでした・・・ですが、お父様の治世でもこのようなことが起こる以上、私の代でもきっと起こりうることなのでしょう。ですから、私はこのようなことを減らしていきたいと思います・・・たとえ、一件でも。」
「そっか・・・今回の旅は、無駄にはならなかったみたいだな。」
「その志を、忘れないようにね?」
「はい…あの子の笑顔と一緒に、私の中に刻みたいと思います。」


イケリルとのお別れは大変だった。
具体的には、車に乗って去ろうとする俺とリリアの服をしっかりとつかんだイケリルが『かーか』『とーと』と必死に抵抗し、何とかその手を外せばとうとう大泣きしてしまった。
しまいにはリリアまでつられて泣き始め、イケリルを最後にもう一度だけしっかりと抱きしめてからようやく別れを告げたのだった。もちろん、帰りの車の中ではリリアはなかなか泣きやまず、ようやく嗚咽が止まったころにはリリアは疲れて俺の腕の中で眠ってしまい、そのままこの町まで戻ることに。


「そうね。いつか、あなたに本当の子供が出来たとき…ちゃんとその子も笑っていられるようにしないといけないわね。」
「はい。レイ様、いつか私達の子供とイケリル君が一緒に遊べたらいいですね。」
「ああ、そ───…って、待て。私達の子供って、話が早い。どさくさにまぎれて不穏なことを言うんじゃない。」

危うく同意しかけました。かなり明確なイメージ付きで。あ、少し悔しそうな顔してる…策士だな、このお姫様!何だか、最近王妃様に似てきましたよ?

「最近、リリアといると油断できないなぁ。」
「レイ君。女の武器は涙だけじゃないのよ。」
「もう少しだったのですが…」
「俺の妻直伝の言葉の罠は怖ぇぞ…俺も何度やられたことか…」

うわぁ。珍しく、いや初めて陛下が遠い目をして何かを見ている…何か、トラウマになるようなことでもあったんだろうか。

「侍女時代、王子様相手に何したんですか、王妃様。」
「誘導尋問は侍女のたしなみよ?」
「どれだけ高性能な侍女!?」
「誘導尋問はマリスさんの得意分野ですね。私も今度教わろうかと───」
「止めい!」

右から左からステレオでやられたら俺の秘密はかたっぱしから大気圏突破するシャトルのごとく明るみに飛び出すことになりそうだ。しかも、この二人は色仕掛けという究極の尋問が使える。
天国と地獄を一度に味わうには、俺はまだ若すぎますが!?

「まったく…何だってお城最後の日にこんな疲れにゃならんのだ…」
「最後?」
「レイ、最後ってなあどういうこった?」
「どうもこうも…イケリルっていう、俺とリリアが一緒にいなければいけない最大理由がなくなった以上、俺が無理にここに留まるわけにはいかないでしょう。」
「そうですね。これ以上は、他の方々も気づき始めてしまわれるでしょうし。」
「何度か危なかったしな。ですから陛下。僅かな間でしたがお世話にな────って、何ですか?その顔は?」

分かりやすく言えば『何を言ってんのこいつ?』みたいな。心底呆れた表情というか、俺の言ったことが馬鹿のやることだというような…

「レイ…分かってねえ、分かってねえな…」
「全くね。失望したわよ、レイ君。」
「何故にっ!?」
「あの、お父様、お母様…ものすごく厄介な予感がするのは私の気のせいでしょうか…?」

リリアの苦笑。その額には嫌な汗がたれている。いや、おそらく俺も同じような汗がたれているのだろう。これから、多分面倒なことを言われることを予想して。

「レイ…お前、まだやらなきゃいけないことがあんだろ?」
「そうよ。それをしないとここから出すわけにはいかないわ。」
「…やらなきゃいけないこと、とは?」

陛下が立ち上がり、拳を突き上げる。
王妃様がその隣に寄り添い、遠くを見つめる。

「同じ寝室で寝て、同じ布団に入った男女が何もせずに『さよなら』なんて許されるわけねえだろうがあああああああああ!」
「突如の事故でお城の人々に見つかり、もはや逃げ場をなくしたレイ君を私がリリアの婚約者として紹介するという計画を台無しにする気なんて…!」
「なんかとんでもないこと言い出した!?」
「海に行ってる間にそのような計画が!?」
「何のために、国家予算でお前らの寝室に色々と雰囲気を盛り上げる小道具を設置したと思ってるんだ!」
「税金をそんなことのために使ったんですか!?」
「国民の皆様の汗と涙の結晶なのですよ、お父様!?」
「この計画のために、お城の大改装を行って、いろんなところに罠を仕掛けたのよ?」
「まさか、その改装費用も税金ですか!?」
「それは突如の事故ではありませんよ、お母様!?」
「レイ君。事実と真実の違いって分かる?」

いきなり、何だろう…

「事実は起こってしまった事象。変えることの出来ない真理のことよ。」
「はあ。」
「真実は、事実を受けた人の心に、その人の意思によって形成されるもの。人によって形はそれぞれなのよ。」
「それが何か…?」
「…既成事実って、事実なのよね。」
「諦めろと!?」

いかん…本格的に逃げよう。このままでは、本当に俺はここから抜け出せなくなるかもしれない。


9 :雨やかん :2007/10/11(木) 16:46:30 ID:VJsFrctD

とぅるー8!

「レイ・キルトハあべしっ!?」
「ええい、帰ってきて早々にいきなり絡むな!こちとら海で疲れてるんだ!」

リリアを置いて逃げ帰ってきた───リリアがものすごく恨めしそうな顔をしていたが、スルーした───俺を待ち受けていたのは、本家本元の4大親衛隊。ただし、今日は人数も少なめである。どうやら、俺に会ったのは偶然だったらしい。

「疲れただと!?貴様、我等が女神の水着姿を堪能して疲れたとはどういうことだ!?」
「それは肉体的にか!そうなのか!?肉体疲労がたまったとでも言うのか!?」
「『4人同時相手は疲れるぜー』なんて言いやがるのか貴様ぁぁっ!」
「おまけに水着姿じゃない布一枚の姿を見ながら『俺という海に飛び込んでおいで』と言いおったのか、てめええええええ!」
「前から思ってたけど、そこまでいくその想像力は、もはや尊敬に値するぞ…」

こんなことを大声で叫ばれると、本来なら周りの人々から『なんてだらしのない男なのかしら』ってな視線が来そうものだが、そこはそこ。すっかり俺と親衛隊の連中とのやり取りに慣れてしまっている町人達は───

「あ、レイさん帰ってきてる。」
「日に焼けた肌もス・テ・キ・♪」
「ってことは、明日からヴェロンティエ再開だな。」
「やった!ようやく姉さんの破壊料理以外の飯が食える!」
「会社に戻って夕刊の記事をヴェロンティエ再開に差し替えなきゃ。」

ああ、人間の適応力って素晴らしいなぁ。ってか、今更だが俺も随分と有名人になったもんだ。これも半年かけて築き上げてきた俺の人徳の一つなんだろう。
…いらん人徳が多数混ざっている気もするが。特に目の前。

「くそ!こうなればレイ!貴様に立ち向かうことでこの苛立ちを少しでも紛らわせてくれりゅああああああああああああ!」
「噛んだ!」
「黙れ!」
「レイ!覚悟おおおおおおおおおお!」
「…これ、何だ?」

親衛隊の動きがピタリと止まる。俺が摘み上げたものの正体を確かめようとしているらしいが…まあ、いきなり封筒なんて見せられてもわけ分からないだろうけどさ。

「何だ、それは…?」
「…写真っていうんだ。つまり、とんでもなく綺麗な絵。」
「それが一体何だと言うんだ!」
「…俺が海に行ったとき、これはもう記録に残さないと駄目だろうと考えたためにこの世に作り出された4人の超絶丁寧な絵です。」

親衛隊は石化してしまった!

「臨場感たっぷりに映し出した、これさえあれば本人達が目の前にいるかのような錯覚さえ起こしかねない程の絵です。」

親衛隊の攻撃力が147下がった!

「しかも、普段は絶対にお前達じゃ見れないような露出が3割どころか7割増しで布地は最小限、白かったり日に焼けていたりする肌が太陽と水しぶきを浴びて輝かんばかりの究極の絵です。」

渾身の一撃!親衛隊に9999のダメージ!
親衛隊は倒れた!

「おまけに、これは犯罪だろ?というぐらいの角度からのも入っている、正直なところ高額で売れるんじゃね?っていう絵です。」

なんと親衛隊は起き上がって仲間になりたそうにこちらを見ている!
親衛隊を仲間にしますか?
『はい』

「…見逃してくれたら、いつものお詫び代わりにこれを譲ってもいい。」
「やあやあ、レイ。お帰り!お前に会えない日がこんなに寂しいものだとは思わなかったよ!」
「マリスちゃん達とは楽しんできたかい?それは良かった。羨ましいけど、君達の邪魔するなんて野暮なことはできないからね。」
「あ、荷物重いでしょう?お持ちしますよ!」
「イコ(動物の一種。この世界では飼い主に尽くす忠実なペットとして一般家庭に浸透している)と呼んでください!」
「…欲しい?」
「「「「是非!!!!」」」」
「…ほーれ、取ってこーい。」

親衛隊が仲間になった…って、正直いらんぞ、こんな仲間は。
俺は手に持っていた封筒(何枚もの写真が入っているため、結構な重さになっている)を振りかぶると、思いっきり遠くへと投げ飛ばした。
瞬間、我先にと猛ダッシュで彼方へと走り去っていく親衛隊。

「…ふっ。哀れな連中よ…」
「レイ兄ちゃん。」
「ん?どうした?」
「お姉ちゃん達の絵、あの人たちにあげてよかったの?」
「そうよね、レイさんらしくないっていうか…」
「随分と寛大だね、今日は。」
「いや、別に誰もキララ達の写真だなんて一言も言ってないし。」

周囲の空気があからさまに固まった。

「…お兄ちゃん、あの中身は?」
「俺と、その他ビーチで一緒になった筋骨たくましい男衆3人が、水着姿で遊んだ記録だ。」

ちなみに、もちろんアイン、ヴァイツ、イラドのことだが。

「…あの人達、かわいそう…」
「覚えておけよ、少年。大人になっても欲にまみれていると、あんな哀れな連中みたいになるんだぞ。」
「うん。レイ兄ちゃんみたいな男を目指すよ。」

親衛隊よ。お前達の姿は、今ここで一人の少年の道を正したぞ。褒めてしんぜよう。

「ゆーじゅーふだんで、たらしの男になればいいんだよね。」
「…ごめん。俺を目指すのも止めて。」

訂正。駄目人間を一人生んだかもしれん。


10 :雨やかん :2007/10/16(火) 09:15:27 ID:VJsFrctD

とぅるー9!

「ただいまー。」
「おかえりなさい、レイさん。久しぶりですね?」
「はい、ただいま帰りました、ミリアさん。」

ヴェロンティエに戻ると、真っ先に出会ったのはキララの母親、ミリア・ランクフォードさん。実年齢約10億歳。お肌年齢25歳の神様。

「実年齢の桁が一つ足りませんよ?」

…特技、読心術。

「えーっと…キララ達からお土産は?」
「はい。先ほどちゃんと頂きました。まったく、こんなお金があるならレイさんといちゃつくのに使うように言ったんですが…」
「ものすごく不穏な発言ですが、ご心配なく。しっかりいちゃつかせてもらいましたから。」
「まあ!どこまでですか?十月十日の後に新しい家族に出会えますか?」
「何を期待しているんですか!何を!」
「もちろん、レイさんとキララの子供です。」
「そこまでしてません!膝枕が限界です…」
「それだけですか…いちゃついたには遠いですね。」

この母上の脳裏でいちゃつくというのはどのようなことをすればいいのだろうか…基準が分からない…

「あ、レイ。戻ってきたのね?」
「ああ。」
「キララ。駄目よ、折角のレイさんとの旅行なのに膝枕までだなんて。」
「何で知ってるのよ!?」
「レイさんが教えてくれました。」
「言わなくても、すぐにバレるぞ…」
「うっ…け、けど、今回の膝枕はいつもと違うからいいのよ…」
「え?」
「レイから頼んできたんだから。」

瞬間、俺のほうを振り返ったミリアさんの顔を俺は決して忘れることは無いだろう。多分、俺がこの異世界に来て以来最高の笑顔だ。女神の微笑みという比喩の本来の用途での意味を初めて知った。

「あらあらあら♪レイさん、何て大胆な。」
「…キララ。俺、ミリアさんがここまで笑顔なの初めて見たよ。」
「そうね。あたしもこれほどの笑顔はここ数年ちょっと記憶にないわ。」
「お祝いしないといけませんね。明日は『膝枕記念』で全商品半額にしちゃいましょう。」
「町中に知らせる気ですか!?」
「それは何かの罰!?」
「膝枕の次は、やはりレイさんの腕枕ですよね。一つのお布団で並んで寝て。」

それは明らかに‘事後’だ。膝枕の次にしてはレベルが高すぎるなんてもんじゃない。むしろ最終到達地点な気がする。

「そうと決まればレイさん、早速今日からキララと───」
「同じ部屋も同じ布団もごめんこうむります。ちなみに、それはリリアとすでに実行済みです。」
「「っ!?」」

ミリアさんの顔が硬直。ならびにキララの顔も硬直。あれ?リリアと一緒に寝たことって言ってなかったっけ?

「ま、まさかレイさん!すでにリリアちゃんとなんて…!」
「数少ないミリアさんの驚愕がそこっていうのは、正直さみしいんですが…」
「レイ…後で、その辺りはじっくり聞かせてもらうわよ?マリスとフォルトも含めてねぇ…」
「へいへい…あれ?そういや、マリスさんとフォルトさんは?」

俺が戻ってからしばらく経つが、いまだに二人が見える気配はない。いつもなら、俺とミリアさんが話しだしたら必ずちょっかいを出しに来るのに…

「二人とも、旅行から帰ってきたことを実家に報告しに戻ってるわ。」
「実家?」
「うん。マリスの家と、フォルトの家。」

フォルトさんの家、ね…。
‘俺が異世界からの人間だと知ってしまっている人間がいる家’とも解釈できるな。
そうなると、多分今頃はフォルトさんとお父さんとの間で話し合いが行われているに違いない。しまった、俺も一緒に行けばよかったか…?

「フォルトさんの家って、近いのか?」
「え?ううん、近くは無いわ。フォルトも共用車で戻ったし。まあ、レイなら走れば10分ぐらいかもだけど。けど、結構奥まったところにあるから見つけにくいわよ?」
「道案内も無しには無理か…おとなしく待つしかないか。」
「…フォルトの家に、用事でもあるの?」
「ああ。結構まじめな用事でな。」

下手な対応すると、俺がヴェロンティエからいなくならなきゃいけないレベルのシリアスさだということは…さすがにキララには言えないよな。どれだけ心配するか分からない。
ともかく、全てはフォルトさんが戻ってからだ。
何を言われたのか。
そして、俺が何をすべきなのか。
キララと、リリアと、マリスと、フォルトさんと、みんなと一緒にいるために、真剣に挑んで、そして解決しないとな…


11 :雨やかん :2007/10/18(木) 08:21:05 ID:VJsFrctD

とぅるー10!

「いらっしゃいませー、お二人様ですね?こちらの席へどうぞ。」
「キララ、プワスク2つよ。レイはお子様ランチとハンバーグ定食を一つずつ。」
「分かった!レイ、そっちのムタとツーゼ取って。」
「ほれ。フォルトさん、たぬきうどんときつねそば定食上がったぞ!」
「おまかせー!って、あれ?リリア、その財布何?」
「はい、先ほど来られたユミチ様がお忘れになられましたので────っと、お待たせいたしました。チャーハン、オムライス、リーモア、合わせて1200ゼネーとなります。」
「レイ、カレーの鍋ってどれがどれだっけ?」
「右から辛口、中辛、甘口、お子様用!マリス、カツ丼と親子丼!」
「少し待って。はい、そちらの料理はお時間がかかりますがよろしいでしょうか?はい、かしこまりました。キララ、セトークとキロー定食よ。一つずつ。」
「了解!リリィ、さっきのお持ち帰り注文のレイバーガー3つとシェイク2つ!」
「はい、お待たせしました。ありがとうございます。」
「フォルトさん!そろそろ一旦切り上げるぞ!停止の札立ててきて!」
「いってきまーす!…って、この列の終わりはどこー!?」

ヴェロンティエ再開一日目。開店前から店の外には列が出来始め、お昼時にはすでに隣三軒先まで伸びていた。

「…し、死ぬぅ…もう死ぬぅ…」
「休み明けにあの人数は、さすがに無茶だったわね…」
「体が、もう動きません…指がひりひりします。」

俺の目の前では、四人の美女が屍と化していた。特にキララは一言も発せずピクリとも動かない。

「キララがこの調子だと、午後は無理かもな。」
「そうかもしれません…先ほど材料を見てきましたが、予定より減り方が激しかったですから。」
「うーん…キララ、午後はクレープとかの甘味系を一定時間売るだけにするってことでどうだ?」
「…うーん…」
「肯定か否定かどっちだ…肯定なら右手を上げてくれ。」

俺の見ている前で、ゆるゆるとキララの右手が申し訳なさそうに上がった。どうやら肯定はしたものの、俺だけ働かせることに申し訳なさがあるようで。

「気にするなよ。俺は4人よりかは体力に余裕があるしな。とりあえず、早速準備と看板を出して────」

俺がゆっくりときびすを返して調理場へと引っ込もうかとしたときだった。



「「「し、失礼します!!」」」



甲高いとまではいかずとも、少しばかり上ずったような声が複数俺の耳に届いた。

「ん…あれ?お客さん?」
「あの、表の札には準備中と書かれていたはずですが…?」
「あ、す、すいません!ぼ、僕達お客じゃないんです!」

休憩時に店に入ってきたのは、可愛らしい女の子3人組だった…あれ?確か、あの子達が着てる制服って───…?

「その制服、ベイルートの生徒だよな…?マリス達の後輩か?」
「後輩は後輩だろうけど…私は知らないわね。フォルトとキララは?」
「右に同じく。」
「あたしも見覚えはないけど…まさか、レイの親衛隊とか言うんじゃないでしょうね…?」
「その場合、容赦なくたたき出しますので。」

死んでいたはずの4人から物騒なオーラが見える!?誰か!誰か助けて!?このままだとお店の中が戦場に!

「ち、違うんです!あ、いや、そ、レイさんに憧れてはいるんですけど…」
「その、男の人としてじゃなくって…料理人としてレイさんを尊敬してるんです、私達。」
「それで今日はキララ料理長さんにお願いがあって来たんです!」
「あ、あたしに?」

3人のうちの一人、ピンク髪のツインテールの子がキララを真剣な目で見て、話を切り出した。

「僕達、今年で卒業なんです。それで、今ちょうど‘就職先’を探してて…その、お願いします!僕達をこのお店で働かせてください!」
「「お願いします!」」

しゅうしょく…?
修飾…飾り立てること?違うよなぁ?
秋色…乙女心と秋の空?って、馬鹿か俺は。
就職…職に就くこと。うん、これに違いない。
って、就職!?

「あー…そういえば、もうそんな時期なのね…」
「私達もやったわね。お城の面接会場まで何度も足運んで。」
「で、レイ君にやられて全て辞めちゃったわけだけど。」
「俺のせいみたいに言うな!」

いや、確かに事実上マリスを引き抜いたのは俺みたいなもんだが。フォルトさんは自分で来たよね?俺の記憶、間違ってないよね?

「文化祭のとき、レイさんが作ってくれた料理とか、その時に教えてくれた技術とかを見て、この店で働きたいって思ってたんです。」
「けど、就職情報を探しても、ヴェロンティエの欄が無くって。」
「非常識とは思ったんですけど、話だけでも聞いて欲しかったんです。」
「「「お願いします!」」」

3人の女の子が綺麗に腰を折るのを見ていると────

また何か新しい問題が湧き上がってくる予感ですよ?


12 :雨やかん :2007/10/19(金) 09:12:36 ID:VJsFrctD

とぅるー11

「悪くは無いんじゃないかと思うわけよ。」
「そうね。むしろ、今まで考えなかったのが不思議なぐらいだわ。」

あの後、とりあえずある程度の話を聞いてから、3人の女の子には丁重にお引取りいただいた。
と言っても、別に諦めてもらったわけじゃない。なにせ、俺もキララも、みんなして今の今まで新しく店員を雇うという考えを思いつかなかったので、こんなときの対応に困ってしまったわけだ。

「よく考えたら、これだけ人気のある店を料理人3人、給仕1人、お勘定1人で回そうと思ってたのが無理あるよね…」
「私は給仕も兼業しているわけだから、新しく給仕が増えてくれればその分、調理に手間をかけられるわね。」
「そうですね。私のお勘定にしても、今日も随分と長い列で待たせてしまいましたので…やはり、増員は正しいかと思われます。レイ様はどうですか?」
「決して利点ばかりだとは言えないけど、間違いなく今日みたいな過剰勤務状態は改善されるんじゃないか?」
「あれが毎日続いたら、いつか誰かが死ぬわよね…」
「本当、どうしてあたしってば新しい人間募集するの忘れてたのかしら…」
「それだけ、この面子で仕事するのが楽しいから、だろうな。」

俺が苦笑すると、キララ達も『確かに』と笑って互いを見やった。
そう。キララ、マリス、フォルト、リリア、そして俺。この5人でやる仕事はとても楽しい。これ以上、他の誰かを寄せ付けられないぐらいの魅力を感じていたわけだ。
けれど───…

「けど、やはりここはいい機会だし…募集するべきだよな。」
「そうね。お互いが大切だから、なおのこと体に無理させるわけにはいかないもの。」
「そうだよね。たとえば、あたしがレイ君の子供とか妊娠したら給仕がマリスしかいなくなっちゃうし!」

───…聞かなかったことにしたい。

「どの口がそれを言うのかしら、フォルト?この口?この口ね?」
「いひゃいいひゃいいひゃい!?」
「ふふふふ、『学級文庫』といってごらんなさい。」
「いや、間違っても女性に言わせていい台詞じゃないぞ!?」
「というか、止めなさいよ。そんな下等な嫌がらせ…」
「けど、今の言葉の罪は取っていただくべきです。」

いや、リリア。お前もつい昨日、完全に同レベルのことを言っていたからな?自分は関係ありません、なんて顔をしてるんじゃないぞ?
…なんか、日に日にリリアが黒くなっていく…出会ったばかりのころの、あの純粋なお姫様はどこに行ったんだろう。

「それにしても、面白い話だよね。」

ようやく解放されたフォルトさんが頬をさすりながら、昼に来た3人の会話を思い出しながら会話を再開する。

「なんか、ベイルートの就職希望の上位5つにこのお店が食い込んでるなんてさ。」
「そうね。うちみたいな単独店舗には珍しい話かも。」
「あら、有り得ない話ではないわよ?文化祭のとき、レイっていう料理人の凄さは間違いなく全校生徒が身をもって体験したわけなのだし。」
「そうですね。同じ料理人を目指す方々にとって、レイ様の下で腕を磨きたいと思われるのは至極当然のことなのかもしれません。」
「つまり、レイ君はとうとう就職にまで影響を与える人間になっちゃったのかー。」
「さすがはレイね。」
「いずれは国に影響を与える人間になってくださいますよね?」
「…それに対しての発言は控えさせてもらう。」
「ふっふっふ…リリア、さっきのフォルトのような状態で今度は何と言わせてあげようかしら?」
「止めんか。」

両手を不気味に動かすマリスの手を掴み、机に下ろしてやる。手をつないだことによる視線の悪化は気づかないことにして華麗にスルーだ。

「話を戻すぞ?そうなると、求人情報みたいなのを学校に持っていくか?」
「その方法もあるし、別の方法もあるわよ?」
「この時期になると最低でも月に1度ぐらいの割合で、学校で就職説明会が開かれるんだよね。だから、そこにレイ君を送り込めば人材確保間違いなし!」
「就職説明会なら、俺じゃなくてキララが行くべきだろ。」
「あの、本来は責任者であるミリア様ではないのですか…?」
「「いや、それは絶対に出来ないから。」」

俺とキララの声が綺麗に重なった。あの人に説明が出来るとは思えない…普段、何してるのか分からないし。いや、多分『世界』を渡り歩いてレーベンの管理にいそしんでるんだろうけどさ。

「リリア、そもそもあたし達の学校の就職説明会って、ただ説明するだけじゃないのよ。」
「そうなのですか?」
「ええ。お店の側から料理人が出て、実演をしながら、なおかつ生徒の方に指導もするの。」
「お店側は教え方の上手さ、料理人の技量を見せないといけないし、生徒の方は飲み込みの良さ、現時点での自分の技術を示す。そうやって相互理解の下に内定を決めて、その後は各店で試験なんだよね。」

へえ…それは何よりの説明会かもしれない。誰が考案したのか知らないけど、非常に理にかなっているやり方だ。

「と、そういったことをするなら────」
「間違いなくレイが一番適任なわけ。そういうわけだけど…レイ、引き受けてくれる?」
「キララ料理長の頼みとあれば、断るわけにもいかないよな。」

そうやって俺が笑って見せれば、キララも釣られたように、それでどこか誇らしげに笑ってくれた。それは間違いなく、俺にくれるキララの信頼の証だった。


13 :雨やかん :2007/10/23(火) 09:28:10 ID:VJsFrctD

とぅるー12

「それでは、就職説明会を開始します。各自、指定の人と組んでそれぞれの場所を巡ってください。2時間後、来てくださった料理人の皆様との対話の時間も取るから、出来るだけ多くの店を見て回るように。」

そんな教師の言葉と同時に、俺の目の前にいた生徒達がガヤガヤと動き出した。どうやらグループの人間を探しているらしく、きょろきょろと辺りを見回している人達がほとんである。
で、そんな中俺はというとキララに送り込まれたこの説明会で何をすべきかを考えていた。
とりあえず持ってきてるのは餃子の材料。ちなみに費用は学校持ち。
たかが餃子と侮る無かれ。野菜や肉の切り方、万能の調理器具である人の手の使い方、さらに皮をつくるための技術やその皮をいかに綺麗においしく見せられるかという様々な観点を持つ料理なのだ!

「あ。ポスター上げないと。」

用意された巨大なテント。その中に用意された仮店舗の外に一旦出て、やはり用意してもらった『ヴェロンティエ就職説明』という張り紙をペタペタと────

「え…お、おい!あれ、レイさんじゃねえか!?」
「は?んな馬鹿な───うおっ!?本当だ!?」
「嘘!今日はヴェロンティエも募集に来てるのかよ!?」
「つまり、レイ料理人直々に指導してもらえるってことよね!」
「おい!アルドー!?アルドー!?何処に行ってんだよー!?」
「急げ!とっとと人数集めないといい場所取られるぞ!」
「ミーシャ!急いでいいとこ確保おおおおお!」
「遅れを取るなあああああ!」

張っている最中なのに、何だか背後がざわざわと大変にぎやかになってまいりました。って、待て。君らはそのテンションのままここに来る気か?それは駄目だろ!?

「はい、今からこっちに走ってきたら全員その場で不合かああああああああく!」

暴徒になりかけていた集団がピタリと止まってくれた。様子の怪しさに動こうとしていた教員の皆さんも思わず停止。いや、あなた達まで止まらなくても…

「おい、そこの先陣を切ろうとした君!」
「はいっ!?」
「手は洗ったか?服に汚れはついてないか?今、この巨大な体育館にはどれだけ埃があると思っている?」
「え、え、え…?」
「そんな状態で走ってきたら、埃が舞い上がって料理する環境じゃなくなるだろうが!」

全員が、はっとした表情のまま固まってしまう。騒がしかった体育館に俺の声が響くが、とりあえず彼らのためにもちゃんと言うべきことは言って置かないと。

「料理を作るなら調理する環境を整えろ!客に埃まみれの料理を食わせたいのか!」
「す、すいませんでした…」
「分かったら良し。ちゃんと身だしなみを整えて、手を洗って、しっかり準備をしてから来るように。ちゃんと待ってるから、慌てず、急がず、料理をするという自覚を持って行動するよーに。」
「は、はい!ありがとうございます!」

ぞろぞろとみなさん揃って一度体育館から出て行ったり、お互いに向き合っての確認をし始める。うん、やっぱりこういうのが大切だよね。俺もキララとよく向かい合ってお互いの姿の確認とかしてるし。

「あ、あの…レイさん。こんにちは。」
「ん。いらっしゃ───て、君はこの前の。」
「覚えててくれたんですね!僕、イーノです。」

先日、ヴェロンティエがこういう場に来るきっかけを作ってくれたピンクの髪の女の子は、そう自己紹介をして俺のいるテントへと入ってきた。

「今日はお願いします。」
「こちらこそ。君は料理人志望ってことでいいのかな?」
「レイさんみたいな料理人を目指してます。本気で。」
「…優柔不断でたらしと最近言われた俺をか?」
「…そ、そこ以外を…」

目をそらされた。かなりショックだ…俺って、ひょっとしなくてもかなり駄目男として知られてるんだろうか?

「ん、それじゃあ適当な場所に座っておいてくれ。ある程度人数揃ったら始めるから。」
「はい。えっと、何処に座る?」
「そこで良いんじゃない?」
「レイさんの調理台の近くだし。一瞬たりとも見逃さないように!」
「んじゃ、そこで───」

同じグループの人達とゆっくりと静かに着席する彼女達を見ながら、改めて材料の確認を進める。1グループ4人か…なら、後5グループが一度に見てやれる限界かな?

「レイさん、こんにちは!お願いしま───」
「爪が伸びてる。髪を後ろで束ねろ。上着に入ってるお菓子は置いてくる。以上を踏まえて出直してこようか。」
「しっかり見られてる!?」
「やっぱ、ちゃんとしなきゃ駄目じゃないか!」
「うう…俺が甘かったよ…失礼しました…」

そんなに一刻も早く俺の指導を受けたいんだろうか…何だか、ちょっと嬉しいような気もするな。うん、俺も気を抜かないようにしないと。

「お願いします。」
「明らかに説明すべき雇い主側の人間が入ってくんな!自分の店舗に戻れよ!」


14 :雨やかん :2007/11/04(日) 00:30:11 ID:WmknQnu4

とぅるー13!

長かった…

本当に長かったです!

親に自分が書いている作品の内容を把握され、大喧嘩の末にパソコンを取り上げられてしまいました。

自分も、そんなに怒られるような作品は書いてないのに何故だ!という怒りに溢れ過ぎ、それならお望みどおり止めてやらああ!という意地を張ってしまい創作活動をもう止めちまおうかと考えてしまったのが今回の長期休載のわけですが…


『あんたの作品、投稿してないのにどんどんカウント上がってるのね…』


という、親からの驚きと呆れと、そして何より作者としても嬉しかったことに、多大の理解を込めた言葉をいただきました。

もう、泣きました。
投稿しなくなってから随分と経ったのに、この小説を眺めてくれる人がいることに涙しました。
自分が書いていたものが、親の心を動かしたという事実に涙しました。
自分が書いていたものが、皆様の期待に支えられているんだという事実に涙しました。

と、いうわけで…
本日より『発明・ざ・わーるど!』は再始動いたします!
データは全消しているため、更新速度は落ちるかもしれません!ですが!それでも始めます!もう途中で止めようとは思いません!
長らくお待たせいたしました!
それでは、レイ君の物語を張り切ってどうぞおおおおおおおおおお!



──────────────────────────────────



「みじん切りを素早く丁寧に。速度と均一さをどれだけ高水準で行えるかがこの作業の要だからな。」
「うおおおおおおおおお!」
「うりゃあああああああ!」

‘ダダダダダダダダダ…’

「…そこの君。速さはまあまあだけど、端のほうまで切れてない。材料は無駄にしてはいけません。そっちのお嬢さんはもう少し小さくしてみようか。」
「うわーん!?難易度高いいいいいいいい!?」
「涙が…涙が止まらないぜ…」
「その野菜を切って涙が出るのは未熟な証拠だ。頑張れ。ちなみにこれぐらいが理想だな。」

‘タタタタタタタタタタ…’

「俺の倍速!?」
「あたしの半分以下の小ささ!?」
「包丁は自分に合うまで使い込むべし。はい、そこの人。餃子の皮がまだまだ厚いぞ?」
「こ、これ以上は破けますよ!?」
「真ん中ばかりに意識するから駄目なんだよ。ちゃんと全体をまんべんなくまんべんなーく。」

‘コロコロコロコロ…’

「…い、一瞬で面積が倍に…」
「薄い…皮が透けて見えるよぉ…」
「ちなみに慣れるとこんなことも可能だ。」
「生地もって…指に乗せて───まさか!?」
「回したああああああああああ!?」

‘グルグルグルグルグルグル…ヒュンヒュンヒュンヒュン…’

「よし、一丁上がり。」
「料理人っていうか大道芸人…!」
「そんなことを店でいつもしてるんですか!?」
「あのお昼時の注文地獄を乗り切るにはいかに速度を上げられる場所でどれだけ上げられるかが大切なのだよ…」
「れ、レイさん!焼けました!」
「火が強すぎたせいで皮だけしか焼けてないよ。中身は半生だ。」
「一瞥して駄目出しされたああああ!?」
「分からないと駄目なの!?これが分からないとヴェロンティエの厨房には入れないの!?」
「キララなんて、焼いてる途中で口出ししてくるぞ。直感で分かるそうだ。」
「天才が二人!?」
「お城の就職より難易度高ええええええええ!」
「レイさん!こ、これでどうですか!」
「どれどれ…ングング…。肉と野菜の割合が惜しいな。野菜を少し多くしてみようか。あと、焼き時間を後少しだけ延ばしてもいいよ。それ以外はいい線いってる。」
「ありがとうございます!」
「つ、次は俺────」

‘キンコンカンコーン……’
‘交代の時間です。調理を一旦切り上げて、別の店舗へ向かってください…’

「時間切れ!?」
「ん。とりあえず、その皮の皺の寄せ方が危ないな。ちゃんと美味しさをかもしだせるような作り方をするように。」
「見た目に駄目出し…」
「燃えた…燃え尽きたよ、真っ白に…」



‘リーンゴーンリーンゴーン……’
‘それでは、代表者の方々は説明をお願いします。’

「おーい、後ろのほうは席、足りてるか?」
「立ち見でも問題ないです!」
「むしろこっちの方が良く見えるんで!」

いや、まあ君らが文句無いなら一向に構わないけどさ。複数回あるんだから、後でもう一度来るとかした方がいいんじゃないかと思うんですが。

「えーっと、それじゃあヴェロンティエの説明を始めます。別にメモを取るようなことは無いんで、全員揃って構えてるその鉛筆と用紙を下ろして…」

どこの一流受験塾の教室だよ、ここは。河○塾か?英○館か!?代々○ゼミナールか!?

「えっと、まず最初に言っておきたいのは…多分、ここにいるみんなのほとんどがある思い違いをしているということ。それは、ヴェロンティエに就職すれば料理人として大成できる、っていうことだけど…それは有り得ないことを言っておく。」

多くの生徒達に動揺と疑問が浮かんだようだけど、今は置いておこう。まず、はっきりさせておかないといけないことがある。

「何ていっても、ヴェロンティエは単独店舗だ。出世なんてものとは圧倒的に無縁だよ。料理人としての地位を確立したいっていう目的の人がいるなら、俺はむしろお城や、有名な老舗への就職をお勧めする。確かに知名度ではこっちの方があるかもしれないけど、代々受け継がれ続けている技術は決して俺達には真似できない。料理人という職業に誇りを持ちたい場合は、俺達の店をお勧めできないから。」
「じゃあ、どんな目的の人なら…その、ヴェロンティエに向いてるんですか?」

生徒の一人が疑問いっぱいの顔で手を上げる。

「いい質問だ。ヴェロンティエが求めている人材は極めて単純。‘料理を食べて、誰かを笑わせることに誇りを持っている人間’だ。」
「笑わせることに…?」
「そう!うちに来てもらえれば分かると思うけど、比較的安い調理しか置いてない。高級料理は作れないことは無いけど、よほどのことが無い限りは作らない。だから、うちにはいろんな客層の人間がいる。お年寄り、子供、女の子、紳士、あと…まあ、憎たらしいことに俺の敵とか…」
「…親衛隊かな?」
「だろ?」
「レイさん、苦労してそうだよねー。」

なんか同情の視線が飛んできてる気がするが…いや、まあ気にしないことにしよう。

「で、そんな人達がいるからには色んな料理を作らなきゃいけない。手抜きなんてできないし、けれど多くの人を待たせてるから素早くしなきゃいけない。はっきり言って、多忙を極めるぞ。ちなみに、現時点では俺達5人の誰か一人が休んだだけでも地獄の入り口が開かれる。」
「6人じゃないのかな…?」
「ほら、ミリアさんってあまり見ないし。」
「そういえば、普段は親衛隊の獲得に忙しそうだもんね。」

なんだか、今聞き捨てなら無いことが聞こえた気がする…い、いや、ここは我慢だ。今の発言した人の顔は覚えた。後で問いただそう。うん。

「給料とか金の話は俺にはできないから、割りに合うかどうかはその人の受け止め方次第だと思ってる。でも、俺個人の考えを言わせてもらうとだな…自分が作った料理、自分が考えた料理をうまいって笑ってくれるやつを見ると、非常に頑張れる。俺の原動力はそれだね。」
「あと、愛の力…」
「そこの奴、顔覚えたからな?後で体育館裏まで来るように。まあ、ともかく。忙しいときにでも、お客さんのことを考えて働ける。そんな人間がうちが欲しいと思ってる料理人だ。自分の未熟さとか、そんなものはあまり気にしないで、ただ純粋にお客さんのために動けるような人間!それがヴェロンティエが募集する最低基準にして最大重要項だ。それに自分はかなっている!と思うなら、今日から5日後の午前10時にヴェロンティエに来てくれ。そこで本試験を行うことになっている。」
「試験ってどんなことをするんですか?」
「まだ決めてない。」
「「「えー!?」」」
「今日は何を作るか。今日はどんなことが起こるか。あらゆる状況を想定して準備しておくのも料理人の条件だぞ。特にうちはキララ達という美少女がいる以上、新鋭隊とかが一週間に一度は騒ぎを起こすからな。料理だけ作ってればよしとか思うなよ?特に男で就職に来るなら覚悟しとけ。新鋭隊の絶好の的だ。」
「「「料理関係ないし!?」」」

男性志望者の頬が引きつった気がする。いや、間違いなく連中は君らに絡んでくるぞ?キララ達と一緒に働くなんて許せん!ぐらいのノリで。

「後…キララ達目当てで就職に来る人間は、もれなく俺との一騎打ちが待っているのであしからず。俺目当ての場合は小姑4人によりネチネチといじめられる可能性は大だ。その辺も覚悟しておいたほうがいいかもな。」

ここもしっかり釘をさしておこう。
…ほら、いま後ろのほうでビクリと体を震わせた奴がいた。あいつ、来たら落としてやろう。


15 :雨やかん :2007/11/06(火) 09:32:10 ID:VJsFrctD

とぅるー14!

「───…という感じだったかな。」
「ふーん、とりあえず、お疲れ様だね。」

調理学校から帰ってきた俺は、キッチンでお茶をのんびりと飲んでいたフォルトさんと今日の成果について会話をしていた。

「で、どう?腕の立ちそうな子とかどのぐらいいた?」
「やっぱり、みんな基本はしっかりしてるよな。即戦力になりそうな奴が5、6人はいたよ。出来れば今すぐにでも採用したい子も、この前来た3人のうちの一人だけど、あれは料理によってはマリスぐらい出来そうな感じだった。」
「ふむふむ。つまり、その子達を全員雇ったりとか出来れば────」
「随分と楽ができるんじゃないかと思うよ。まあ、とりあえず5日後の試験次第じゃないか?何をするかはキララと調整することになるけど。」
「けど、もしそれが決まったら…レイ君とあたし、その日は2人でお休み取れるかな…?」
「試験に何するか、だけど…多分な。」

そこで、俺達は自然と黙り込んでしまった。それが意味することを自然と考えてしまったためだ。
俺とフォルトさんが2人揃って自由に動けるということは、すなわち‘2人で問題に取り組める’ということだからである。

「…この前、戻ったんだろ?お父さん、何か言ってなかったか?」
「あー…とりあえずは『思ったより、立ち直れているみたいだね』って…」
「そっか。」
「うん。レイ君のおかげだって言っておいたよ。そんで、『次にこの話をするときは、レイ君を連れてきたときにしよう』…だってさ。」
「うん。話をしてもらえるなら、ありがたいや。門前払いされたらどうしようかと思ってた。」
「娘を支えてくれた彼氏を邪険には扱えないよ、きっと。」
「…いや、勝手に彼氏にしないでね?」
「ひどい!あの砂浜で『どんな困難が来ても2人で歩いていこう』って言ってくれたのは嘘だったの!?」
「『ひょっとしたらお父さんが異世界の住人における問題をあげるかもしれないけど、逃げないよ』とは言った覚えがあるけど…って、改めて言うと恥ずかしいなぁ…」

俺って、4人と一緒にいるようになってから、何だか歯の浮くような台詞ばっかり言ってる気がするよ…そのうち本でも出そうかな。『女性にキメたい百の言葉!』みたいな感じで。

「レイ君、何だか疲れた顔してるよ?」
「ん…いや、気のせいだよ。きっと。」
「『疲れることがあっても、きっと俺はフォルトさんの笑顔を見れば頑張れるから…』だよね!」
「ぐほああっ!?」
「『だから、泣いてないで。ほら…笑って?』って、あたしの顔をそっと下から支えてくれたレイ君の温もりは忘れられないよ…」
「ぐああああああ!?止めて!思い出させないで!?」
「あはははは。だいじょーぶだいじょーぶ。『血なんて関係ない。フォルトさんがフォルトさんだから、俺は今こうやってフォルトさんを抱きしめてるんだよ。』って言って、あたしを包んでくれたレイ君の姿は、脳内だけにとどめておくから。」
「今まさに駄々漏れですが!?ってか、本当にもう勘弁してええええええええええ!」
「あの後、2人で過ごした熱い夜は忘れられないよ…」
「ああ、熱かったね!一晩中、泣き疲れて眠ったフォルトさんと密着してたら、そりゃあ熱かったですともさ!ってか、俺だって忘れてないぞ!」

フォルトさんの顔が一瞬ピキリと固まった。ふっ…このチャンスを逃してなるものか!全軍突撃せよ!

「『あたし…マリス達と違う…違うんだよぉ…助けてぇ…』って泣きじゃくったフォルトさんは、触れれば折れそうな儚さだったしね!」
「うわああああ!思い出したら顔が熱いいいいいいいいいい!」
「俺が慰めた後は『レイ君の腕の中だと、あたし…ずっと素直でいられる気がするから…今は一緒にいてね?』って、珍しく真剣な表情で俺に寄りかかってきたりとかね!」
「忘れて!本当に忘れてえええええ!」
「まだまだあるぞ!」

俺は調子に乗り、今までの仕返しとばかりにさらに攻めたてようと────


「れ、レイ様…そんな…もう、すでに…?」


────したところで、愕然とした表情でキッチンに入ってきたリリアと目が合いました。

「レイ様が、お城をお出になったのは…そのような、理由からだったのですね…!?」
「いや、ちょっと何だか…勘違いしてないか?」
「そうなの、リリア…あたし、既にレイ君の腕の中で一晩過ごしちゃったの…ごめんね?」
「っっっ!?」
「嘘じゃないけど、あからさまに誤解を誘発する発言は止めて!?」
「レイ様…ど、どうかお幸せにっ…!」

そのままリリアは潤んだ瞳で全力疾走。キッチンからピューっという音が似合う勢いで出て行った。

「待ってくれ、リリア!誤解なんだああああああああ!」

俺はそんなことを叫びながらその後を追う。後から考えてみれば、この叫びはどう見ても浮気がバレた男のそれだった。
深刻な話のはずだったのに、どうしてこんなことになってんだろうね…はぁ。


16 :雨やかん :2007/11/08(木) 09:20:20 ID:VJsFrctD

とぅるー15!


「ここがフォルトさんの家か…」
「まさか、こんなにも早くレイ君をうちに連れてくることが出来るなんて思わなかったなぁ…」
「そうだな。俺も、マリスとフォルトさんの実家に行くときは、そういった関係になってからだろうと思ってたよ。」
「しかも、今回の内容はお父さんにレイ君を紹介する。だもんね…」
「紹介する理由がとんでもなく大事だけどな。」

俺の前にあるのは、この世界では一般的な和風木造建築、二階建て。フォルトさんの家は4人姉弟と両親の6人家族だから、これぐらいがちょうどいいのかもしれない。まあ、元気盛りの弟君には少々物足りないかもしれないけど。

「えっと、弟1人、妹2人だっけ?」
「うん。今頃なら3人とも家にいるんじゃないかな?お母さんはお買い物に出てるだろうけど…ディジーは一緒かも。あ、一番下の妹ね。ちなみに弟がエディ。3番目の妹がベルニカだよ。」
「上から、エディ、ベルニカ、ディジーだな?ちなみに、お父さんのお名前は?」
「お父さん?お父さんはアレックス。お母さんはチャムっていうの。」

アレックス…
いや、ALEX…かな。おじいさんがつけた名前だというのなら、そういった読み方が当然なんだろうし。

「よし…家族構成を見直したところで…いくとしますか。」
「うん。…ただいまー。」

フォルトさんが扉を開けるのに続いて、俺もお邪魔しますと軽くつぶやいてからその扉をくぐる。

「おーい。お姉ちゃんのご帰還なのに出迎えなしー?」
「わざわざ出迎えって…」
「いやいや。一家の稼ぎ頭なんだから、それぐらい────」
「お、ね、え、ちゃあああああああああああああああああああああああん!」

突如として上がる大音量の叫び声。
と同時に、俺達の目の前にやって来た───いや、飛んできたのは一人の小さな子供。その子は叫び声と同時にこちらに、正確にはフォルトさんの方へと突っ込んできた。
そのまま腹目掛けてダイブ!?
‘ドズッ…!’
嫌な音が響いた気がする。

「ぐみゃっ…」
「お帰りお帰りお帰りお帰りおかえりいいいいいいいいいいいいい!わたしさびしかったよぉ!」
「…ちょ、ま、で、ディジー…し、死ぬっ、からっ…!」
「お姉ちゃんと死ぬなら悔いなんてないいいいいいいいいい!」
「あたしがあるから離れてってば!」

…なんだ、このちっこい子は。ってか、俺の存在は完全無視っすか?隣にいるのに、俺のことなんてシカトですか?

「…フォルトさん、この子が一番下のディジーちゃん?」
「あ、うん。ごめんね?驚いたでしょ?」
「…お姉ちゃん大好きっ子なんだな。こうも俺に気づかれないと、いっそ清々しいよ。」
「あはははは…ほら、ディジー。挨拶しなさいって。」
「え?あ、こんにちは!ディジー・ラインクルです!今年で8つです!」

両手を高々と上げて、元気いっぱいの挨拶をしてくれるディジーちゃん。
うん、間違いなくフォルトさんの妹だ。顔とかもだが、それ以上にこの内面から湧き上がってくる無限に思えるエネルギーはフォルトさんとそっくり。

「はじめまして、ディジーちゃん。君のお姉さんと一緒に働いてるレイ・キルトハーツです。」
「レイ…レイ・キルトハーツ…あ!この前、お姉ちゃんが帰ってきたときに嬉しそうに話してた人!」
「ディジー!それ以上は駄目!」
「何を話してたのかすごく気になるんですけど…」
「大したことじゃないってば!あはははは…」
「えーと、こ、これはあれですか!お姉ちゃんを僕にくださいとディジーに頼みにきたんですか!」

いや、間違ってもそれは小学生になったばかりの子に言う言葉じゃない。

「そしたらディジーは言わないといけないんですね!『お前のようなどこの誰ともしれんやつに姉はやれーん!』って!あれ、ディジー一度言ってみたかったのです!そんで、2人が土下座して頼み込んで、最終的にはディジーが折れるです!『ならば好きにするがいい!』ってな感じで!2人に背中を向けて最後に威厳あふれながらも寂しそうな声で『姉を、幸せにしてやってくれ』」とか言わなきゃいけないんですね!?」

…何だかデジャヴ…
ああ、フォルトさんに初めて会ったときと同じパターンだからか。この妄想大好きはひょっとして遺伝レベルで染み付いているのかもしれない。

「そんでそんで───」
「…えーっと、放置の方向で対処していいかな?」
「いやいや。ちゃんと相手しようよ。妹だろ…」
「うーん…こうなったディジーを止めるのはベルの役目だから。と、ゆーわけで…ベルー?ベルー?いないのー?」
「…何、お姉ちゃん?」

見えていた階段からのんびり降りてきたのは、ショート黒髪の女の子。あ、顔立ちは成長してるせいかディジーちゃんよりフォルトさんにそっくりだ。この子がベルニカちゃん、かな?見た感じ12、3歳ってところだけど…

「またディジーが暴走しちゃってさー。」
「はぁ…ほら、ディジー。戻ってきて…えい。」

‘びすっ!’
チョップ!?

「ほあっ!あ、ベルお姉ちゃん。」
「ほあっ!じゃないの…お客さん来てるのに、暴走しちゃ、めっ…」
「も、申し訳ございませんですことよ、レイさん。」
「レイさん…?」
「あ、はじめまして。ベルニカちゃんだよね?俺、フォルトさんの同じ職場のレイ・キルトハーツ。よろしく。」

視線が合う。
‘───…ぼんっ!’
って、何故にそんな急に顔を真っ赤にしますか?

「…ベルニカ、です…13で、趣味は、お裁縫です…お、お願いします…」
「レイ君…」
「何さ?」
「…姉妹の絆に亀裂が入った音が聞こえたから、責任取ってね?」
「知るかい。」


17 :雨やかん :2007/11/13(火) 08:54:03 ID:VJsFrctD

とぅるー16!


「お待たせしてしまいましたね。始めまして、レイ君。私がフォルトの父のアレックスです。」
「レイ・キルトハーツです。今日はわざわざ時間をとってもらってありがとうございます。」

俺の前に座っているのは金髪で今時のサラリーマンといった感じの初老の男性。瞳の色は緑、顔の彫りは日本人よりもやや深めだろうか。そう、どちらかといえば‘欧米人’に近い顔立ちだ。
ひょっとしたら、フォルトさんはお母さんに似ているのかもしれない。
そのフォルトさんはというと、俺の隣で滅多に見ない緊張と怯えの混ざった顔で固まって座っている。お父さんの隣の方がいいんじゃないかと言えば、俺の隣の方が安心できるとのこと。
いやいや…今回ばかりは、俺を頼られても難しいところかもしれないんだけどなぁ…

「フォルト。ベル達はどうしてる?」
「さっきエディが連れ出してくれたよ。しばらく帰ってこないように言っておいたから…お母さんは?」
「お仕事だ。それに、母さんは知らないから居ないほうがいいだろう。」
「知らないって…チャムさんは、あなたが異世界の住人の子孫だと知らないんですか?」
「それについて、君と私の父との間に大きな差異があることを伝えておきたいんだ…これから話す内容も含めて、ね。」

大きな差異…?俺という異世界の住人と、フォルトさんの父親という異世界の住人の違いがあるというんだろうか。フォルトさんから聞いた話によれば、お爺さんはイギリスの出身らしいから俺と同じ世界の地球から来ているはずだ。じゃあ、何が?

「詳細は父しか知らないから、今となっては確かめる術も無いが…父は‘生まれたときから異世界の住人ではなかった’ということなんだ。」
「え?」
「父はこの町で生まれた。」
「ちょ、ちょっと待ってください!だって、あなたのお父上はイギリスで生まれたと言っていたんですよね?異世界の住人だと自分で言った人間が、この町で生まれた…?」
「そう。父が言うには、自分は前の世界で大きな事故にあった。病院に連れて行かれ、‘自分がゆっくりと死んでいくのも分かっていた’が…気がつけば、この町にいたと言う。ただし、‘今までの自分とは違った容姿’で。」
「なぁっ…!?」

待て。待ってくれ。
それは俺が知っている異世界を移動する手段とあまりに違いがありすぎる。ミリアさんの力を使って世界移動をするのなら、自分自身全てが移動しているはずだ。事実、俺も、親父や母さんだって容姿は一切変化しなかった。こっちから元の世界に戻ったのだって同じだ。じゃあ、どうしてフォルトさんのお爺さんは?

「父は、当然疑問に思い、周囲の人間全てに問いただしたようだ。けれど、帰ってくる答えは自分のことを自分の知らない名前で呼ぶ声ばかり。まるで、自分が自分じゃなくなってしまったという具合だったそうだ。」
「えーっと…お、お爺ちゃんは異世界の人間なのに、そうじゃなくって…ええ?わ、わけわかんない…」
「父の…いや、‘父の両親だと名乗った見知らぬ男女’が現れてから、父はとうとう耐え切れなくなって町を飛び出したそうだ。」

何がどうなってんだ…ええい!落ち着け。落ち着いて今、俺の手元にある情報を整理しろ!
周囲の反応、記憶に無い両親、死んだはずの自分、変化した容姿。
肉体を有して世界を移動する手段はミリアさんか、親父の発明、後はリンネさんのような他世界の神。
本来のあり方は、死んだ魂が生前に思い描いていた理想の世界へと転生。

…転生…一度死んだ…容姿の変化…?

「まさか…‘前世の記憶が現世の記憶と入れ替わった’…!?」
「時を同じくして、父と同じような状態に陥った人間が多数現れたそうだ…その後のことは、君も何かで知っているんじゃないかな?」

俺の脳裏に浮かんだのは、この世界に来たばかりのころ、元の世界に戻るための方法を求めて城の図書館で調べたときに見つけた史実。

「…異世界の住人と名乗る者達と、この国の戦争…!」
「そう。結果として、異世界の住人達は敗北。その後、運良く生き延びることが出来た父は、同じく生き延びることができ、異世界の住人だと主張した母と出会い…私が生まれた。」
「お、おばあちゃんも異世界の人なの!?」
「いや、おじいちゃんの幼馴染の女性だったそうだよ。ただ、異世界の人間だと言って自分から去っていったおじいちゃんを連れ戻すために、自分を偽ったそうだ。そうでもしないと、おじいちゃんは警戒心を解いてくれなかったと泣きながら教えてくれたよ。」

つまり、フォルトさんがクオーターであることは間違いないのか。いや、これはクオーターと言っていいのか?だって、記憶が入れ替わっただけだとするなら、体はこの世界のもの───いや、問題はそこじゃなくって、何で記憶だけ入れ替わったんだ?しかも大量にだって?一体全体、その時、その人達に何があったっていうんだ…?


18 :雨やかん :2007/11/20(火) 09:44:21 ID:VJsFrctD

とぅるー17!


「…レイ君。」
「あ、はい!」
「私はね…自分の父が異世界の人間であるということは、誰にも言おうと思っていなかった。娘にも、知らせないまま生きていくつもりだったんだ。だって、そうだろう?この国の敵となった人間の子孫だなんて!知られてしまえば、どうなるかっ…!」

それは、当然だ。俺の世界だって、戦争が終わって半世紀が過ぎようとしているのに未だに日本はことあるごとに敗戦国としての一面を世界から突きつけられる。
かつて、ひどいことをした。
かつて、多くの者達を殺した。
かつて、お前達は悪だった。と。

「なのにっ…なのに、君が現れてしまった…君という人間が、よりにもよってフォルトの前に現れてしまったんだ。」
「お父さん!」
「フォルトさん。いいんだ…お父さんの言ってることは、親として間違ってないことだと思う。俺達には、まだ分からないことだけど…きっと、間違ってない…」
「父の言っていた料理を実現していく君の姿を、フォルトから聞いて私は確信したよ。君は、間違いなく父が言う‘チキュウ’から来た人間なのだと。私が忘れてしまいたかった世界を、よりにもよって娘と結び付けられる存在なのだと。」
「はい…否定は、出来ません…」

机の上で、うなだれるようにしていたフォルトさんのお父さんは、そこでようやく顔を上げた。そこに浮かんでいる憎しみと怒りを予想して────

────浮かんでいた笑顔に思わず唖然とした。

「けど…君は父とは違っていた。父の仲間達とは違っていたんだ。」
「え?」
「異世界の住人である娘の心を大切にしてくれて、娘の親友を大切にしてくれて…娘だけじゃない。私の友人も、君の料理が美味しいと教えてくれる。町中の人達が、君が作った料理で笑顔になれる。」
「あ─────」
「先日の旅行から戻ってきた娘を見て、その思いはしっかりしたものになったよ。異世界の住人の子孫だという事実…私ですら、未だに向き合うのにためらわれる事実を受け止め、かまわないというフォルトを見て…それが、君のおかげだと知って…私は、君がフォルトと知り合ってくれて…嬉しかった。」
「お父さん…それじゃあ!」
「本当は…娘を君から遠ざけた後、君を密告しようと思っていたんだ…危険だと。君の存在は危ないんだと、お城に訴えてね。けれど…君とこうして会って。問題を受け止めようとしてくれてる君を見て…もう、そんなことは無いと思った。」

えっと…これはつまり…そういうことでいいんだろうか…?

「あの…俺のこと、黙っていてくれるんです、か…?」
「…私にとって、君は娘の大切な人…それだけだよ。」
「あ───…ありがとうございます!」

良かった…さ、最大の懸念が片付いた!この人による訴えが無いってだけで、不安の半分以上が無くなった…!助かった!

「と、いうことで…娘をこれからもよろしく頼むね、レイ君。」
「はい!…って、はい?」
「とりあえず、フォルトの誕生日が来たら早速挙式の準備を────」
「おーい!?」

ブルータス、お前もか!?

「お父さん。あたし式場だけはお父さん達がやったみたいな異世界風にしたいな♪」
「母さんも、自分の持っていた結婚式の衣装をフォルトに着せたがっていたからね。ちゃんと丁寧に保管してあるよ。」
「置いてかないで!お願いだから当事者の話を聞いて!?」
「これからもよろしくね、旦那様♪」
「知るかああああああああああああ!」

最大の懸念が片付いたら、今度はどこぞの親から突きつけられてるような問題を持ち出されて…なんで、この世界の親って娘を結婚させたがるんだろう…

「ディジー、ただいま帰還しましたですことよー!」
「ただいま…レイさん、まだいますか…?」
「ってか、僕まだレイさんに挨拶してないんだけど。レイさんはどこ?」
「こっちからお姉ちゃんの匂いがするから、きっとこっちー!」
「おや。エディ達も帰ってきたみたいだね。」
「じゃあ、早速3人に『この人がお義兄ちゃんだよ』って紹介しないとね。」

城を攻めるなら、まず堀を埋めてしまう作戦!?いかん、これは家康の策か!
とか考えてる間に、3人兄妹が居間に到着!

「お姉ちゃんとその姉婿を発見したのであります!」
「私の、お婿さんは嫌ですか…?」
「始めまして。フォルト姉さんの弟のエディ・ラインクルです。いつも姉がお世話になっています。」
「ああ、うん。始めまして、エディ君。レイ・キルトハーツだよ。お姉さんにはいつも助けられてる。」
「がーん!新しいお義兄ちゃんに無視されたのです!」
「呼称は『あなた』じゃないと駄目ですか…?」
「…すいません、こんな妹達で…」
「いや、うん…慣れてるし、こういう扱い…」

ってか、エディ君ってば凄くいい子だな!この3姉妹に囲まれて、ひょっとすると苦労しているんだろうか…うん、苦労しているに違いない。
何だか、妹達を見る目が非常に遠くを見る目だ。間違っても、13、4歳の子がするレベルではない哀愁が漂っている。

「こうなりゃ、やけです!本日はお泊りしてもらって、一緒の布団でお義兄ちゃんとの友好を深めまくってやるのです!」
「『旦那様』が、いいんですか…?」
「お父さんとお母さんじゃなく、お姉ちゃんとお義兄ちゃんに挟まれてディジー睡眠するのです!どーきんすると絆が深まると先生も言ってました!」
「『ご主人様』…?」

…ああ、うん。そうだね。この2人を妹に、あのフォルトさんを姉にしていればきっと、ある種の悟りが開けるんだよね…うん。ってか、デイジーちゃんの先生誰だ。

「エディ君、今度お店に来な?何か、美味しいもの奢ってあげるから。」
「…お気遣いありがとうございます。」
「ディジーより先にお兄ちゃんがお義兄ちゃんと絆を深めちゃったのです!」
「レイ君、ひょっとしてそんな趣味?いやー、確かにうちの弟は可愛いけど、駄目だよ?」
「…卑しい雌め…と、言われるべきですか?」
「とりあえず、いい加減に黙ろうかそこの3姉妹。」
「本当にご迷惑をおかけします、レイさん…」
「うんうん。未来の弟妹達とも仲良くしてもらえそうで何よりだよ。」

今度はお父様が何か言い出されました。ってか、ラインクル家って一体何なんだろうか…エディ君以外、意味不明…

「ということは、やはりディジーはお義兄ちゃんの妹に昇進ですか!そんで結婚数年してから、倦怠期に入ったお義兄ちゃんとディジーの秘密の関係が始まるですね!『駄目だよ、俺にはフォルトが…!』『今日だけでいいから…』ってな具合に、ちょっと前に拾った本に書いてあったようなお話が始まってくです!」
「姉婿との禁断の関係…略奪愛も、いいかも。」
「レイ君、姉妹の絆が高速で崩壊していってるんだけど…どう責任を取ってくれるのかなー?」
「とりあえず、3人とも嫁に取ってみるかい?私としては歓迎したいところなのだが。」
「あ、レイさん。お茶を入れてきますね?」

俺、もしもフォルトさんと結婚したら、このメンバーと血縁関係になるのかー…
やばい。フォルトさんを選ぶ意欲がハイスピードで減少していく。


19 :雨やかん :2007/11/22(木) 14:37:30 ID:VJsFrctD

とぅるー18!


「で、朝帰りかぁ…」
「もう、レイ君ったら昨日の夜は激しかった♪」
「そうだな。あそこまで激しい枕投げは中学校の修学旅行以来だったさ。」

俺と一緒に寝ると主張してコアラのように背中から離れないディジーちゃんを引き剥がすべく、両手に枕を持って突撃してきたフォルトさんに、死角からひょいひょいと枕を投げるベルニカちゃん。さらにそんな俺と3人姉妹を部屋に閉じ込めようとしていたフォルトさんのお父さんも巻き込んで始まった枕大戦争が終了したのは深夜1時。
帰ってきたフォルトさんの母親が、見事なレッグラリアートを夫にぶちかました後

『深夜だから、もう寝なさい?』

という爽やかな笑顔が合図だった。この世界では、女性が男性より強いのはもはや決定事項らしい。ちなみに、フォルトさんのお母さんは年相応のお顔でした。うん、これで王妃様やミリアさんのように実年齢より若く見えるお顔だったら、その辺の研究をしていただろう。
家を出たときの姉妹の残念そうな顔と両親の次回を期待している顔、そして俺を労わるように見ていたエディ君の顔が非常に印象的だった。

「ってか、間違いなくあの一家はエディ君が一番苦労人だろうな…」
「ん?何で?」
「その薄い胸に手を当てて考えると良いよ…」
「ひどっ!?」

文句の一つぐらいは勘弁して欲しい。
これから、俺は帰ったら心配しているキララに誤って、先日の件もあってか俺とフォルトさんの距離を気にしているリリアに弁解して、その後お説教を受けながら今日の夜は夜這いでもしようかと言うマリスの相手をしなければならないのだろうし。

「…はぁ…」
「ほらほら、レイ君。しゃきっとしないと。これからお仕事なんだよ?」
「誰のせいだと思って───」
「あたしは悪くないもん。レイ君が、あたしの妹を誘惑するのがいけないんだもん。」

───…言い返せない。
誘惑はしてないが、結果的には似たようなものだし…キララ達と知り合ってから自覚してしまったけど、俺って格好良かったんだなぁ…もう少し、前の世界で女の子に積極的になればよかったか?

とか何とか言ってる間にヴェロンティエに到着。

「はぁ…さて、とりあえず仕事モードに頭を切り替えないと。」
「レイ君、日ごろの鬱憤を料理にぶつけるといいんじゃない?野菜を親衛隊に見立てて切り刻んでみたりとか。」
「怖いこと言うな!」

とりあえず、扉を開いて─────


「キララさん、僕と一緒に働きましょう!」


そんな言葉の発信者を探す。

「へ?え?いや、あの…ちょ、って、レイ!?い、いつの間に帰ってきたの!?」
「レイ…ひょっとしてあなたが、レイ・キルトハーツ料理に───ひぃぃぃやぁっ!?」

キララの前に立って、‘キララの両手を握り締めて’、さらに‘顔をキスせんばかりに近づけていた’という‘個人的に許せない生き物’に向けて、俺はとりあえず近くにあったナイフを投げつけていた。もちろん、皮一枚で外している。

「キララ、ちゃんと手は消毒しておけよ。とりあえず、俺は調理店にいてはいけない‘害虫駆除’をやってから仕事をするから。」
「あら。嫉妬に狂った目が怖いわよ、レイ?」
「親衛隊か?新しい親衛隊だな?俺がいない隙を狙って告白とはやるじゃないか。その勇気に敬意を表して全力で相手してやるぜ、この野郎がああああああああああ!」
「お、お助けえええええええええ!?」
「待ちやがれ、てめえええええええええ!」
「あんたが待ちなさいよ、レイ…」

後ろのほうでキララが何かを言っていたようだが、俺はそのころには逃げ出した‘人型害虫’目掛けて全力疾走を始めていた。


20 :雨やかん :2007/11/27(火) 10:03:17 ID:VJsFrctD

とぅるー19!


「レイの激しい嫉妬を喜びたい感情と、単なるお客さんを追い回したことへの呆れが混ざってる場合ってどうしたらいいのかしらね…」

そんなキララの声が物凄く耳に痛い。

「はははは…まさか、勧誘に来るのも嫉妬の対象だったとは思いませんでした。」

そんな苦笑を浮かべながらお茶を飲んでいるのは、先ほど俺が追いかけて捕まえて投げ飛ばした男性。

「説明するわね、レイ。こちらの男性は‘ゼノス・フリーディア’さん。隣の国チョエザケ共和国の料理人さんよ。」
「…どうも、改めてすいません…」
「いえいえ。彼女のことを大切に思ってらっしゃるんですね。」

大人の対応を返された。
ひょっとすると、一晩もの間ディジーちゃんというハイテンション娘に背中に引っ付かれたために、俺も子供気分のままだったのかもしれない。
自分で穴を掘って埋まりたい…

「それでは、ヴェロンティエの看板料理人さん2人がお揃いになられたので、改めてご説明をさせていただきます。」
「看板料理人?」
「あたしと、レイよ。」
「はい。お2人のお名前、そしてこの店の名前は既にわが国まで聞こえております。こちらの雑誌をご覧ください。」

ゼノスさんが広げてくれたいくつもの雑誌には、確かにヴェロンティエの絵や、店で人気の料理。さらには俺やキララについてのプロの批評家によるコメントまで乗せられていた。

「これらの雑誌は、全てわが共和国での出版です。」
「へえ…知らない間に、随分とレイもキララも有名人になっていたものね。」
「マリスとあたし、それにリリィのことも載ってるけど…レイ君達には及ばないかな。」
「『味の開拓者として知られるレイ料理人の作る独創的な品々は見るだけでも楽しめる上に、味も申し分なし。この料理のために国外に出る価値はあるだろう。』ね…レイってば、亡命者を増やしてる可能性もあるんじゃない?」
「そういうキララも『作る料理こそありふれたものだが、彼女の鍛えられた基本技術、厳選された材料によって裏打ちされた料理は下手な高級料亭に行くよりも、よほど金を有効利用できるに違いない。』だとさ。」
「分かってもらえたと思い増すが、お2人の腕前は非常に高く評価されています。」

まあ、これに関しては驚くことじゃないのかもしれない。
よくよく考えてみれば、外国のお客さんがうちに来ているのを見るのは決して珍しい光景じゃなくなっている。それがどこの国かまでは知らなかったが、隣の国だというのなら半分ぐらいは共和国の人間だった可能性もある。

「えーっと、それでゼノスさんは何の御用で…先ほど、勧誘だと仰っていたように記憶してるんですけど。」
「はい。レイさんが戻ってこられる前に、キララさんにも簡単にお話をさせていただきましたが、まさに勧誘に来たと思っていただければかまいません。お2人を、ぜひとも私が勤めている国立調理場『ドワドノビッチ』に迎えたいのです。」
「お断りします。」
「遠くからありがとうございました。」
「さて、レイ。仕込みを始めるわよ。」
「今からだと、間に合わない料理とかあるなぁ…」
「…あの、すいません…もう少しお話を聞いていただけませんか…」

微妙に泣きそうな表情のゼノスさんに押されて、俺達はしぶしぶ元の席に戻る。
しかし、悪いけれど俺達の意思が変わるとは思えない。キララはクリューガーさんが作ってミリアさんが守ってきたこの店を離れる気は無いだろうし、俺は俺で4人の美女に答えを出すためにもここにいたいと思っている。
どう考えても、ゼノスさんのお店に移るメリットがあるとは────

「もちろん、別にずっとドワドノビッチで働いて欲しいというわけではないのです。そのようなことは、最初から無理だと分かっています。」

───…勧誘じゃなかったんだろうか。じゃあ、何をしに…?

「もう少し、具体的にお話をお願いします。」
「はい。つまり、‘一時的にこちらで働いていただけないか’ということです。期間は一年ほどでかまいません。その間、キララさんやレイさんには私達の店で後輩の指導をしてもらいながら料理を。見返りとして、私達共和国の調理技術をお2人も学べるというものです。決して悪い話ではないと思うのですが。」

なるほど。
俺は、俺の持つレシピを相手に与える。
相手は、自分達の持つ調理技術を俺に与える。
少し違うが、俺達にとっては‘留学’といった感じなのかもしれない。1年間という期間限定の。
けれど、そうであったとしても俺の答えは────

「俺は、やはりここを離れるつもりはありません。このヴェロンティエ以外で、料理を作りたいとは思っていません。」
「レイ…」
「さすが、レイ君♪」

どことなく安心したような雰囲気で、俺を見つめるマリスとフォルトさん。やはり、多少なりとも不安だったらしい。笑顔が自然と浮かび上がってきている感じだ。
さて、俺の答えは出たんだが、キララの方は…?



「…すいません。少し、考えさせてもらえますか?」



…マジっすか…?


21 :雨やかん :2007/11/30(金) 09:42:32 ID:VJsFrctD

とぅるー20!

『一週間ほどしたら、答えを聞かせてもらいにまた来ます。』
そう言って店を後にしたゼノスさん。そして俺の頭の中でぐるぐると回っているのは、ゼノスさんが聞かせてもらうと言った‘キララの答え’について。
結局、あの後すぐに店を開けなければならなかったためにキララの真意を聞くことは出来ていない。今回ばかりは、簡単にキララの考えを読めるようなことでもないために俺の不安というかイライラは微妙に蓄積している。

一応、キララに愛想を尽かされたということは無いと言えるが…
キララがこの店を出る理由というのは、やはりゼノスさんが言っていた共和国の料理を学べるという点なんだろうか?一年という期間限定とはいえ、そのためにキララは家族や友人達を置いていけるというのも…疑問なんだよなぁ。

「うーむ…」
「レイ、そっちの台は拭き終わったかしら?」
「おっと、悪い。これから拭くところ。」
「…レイって、こういうとこじゃ臆病よね。」

ぐほぁっ!?

「聞けばいいだけなのに、聞かないって…少し情けないわよ?」

ぐはぁっ!?

「こんなことで、私と子供達を養っていけるのかしら…?」

ぐへえっ!

「って、待て!子供達って何だ!複数人希望だったんですか!」
「5人の素敵な兄弟姉妹を所望するわ。」
「多っ!?」
「大丈夫よ。何度も繰り返せばそのうち───」
「何を危ない発言してるのよ、マリスったら。」

とか言ってる間に、厨房の片付けを終えたらしいキララがひょっこりと呆れ顔で出てきた。その様子は普段となんら変わってないだけに、何だかうろたえてる自分が少し恥ずかしい。

「さてと…レイ。今からあたしの部屋に来てくれる?」
「あー…朝のことで、だよな。うん、分かった。」
「私とフォルトは聞かせてもらえないのかしら?」
「ちゃんとあたしの意志が固まったら言うわ。まずは、家族からってこと。」
「そう。分かったわ、ちゃんと話し合ってきてね、レイ。」
「了解だ。」

階段を上がるキララの後について、普段はまず入らないキララの部屋へと足を踏み入れる。
最後に入ったときよりも、その部屋の内装は少し豪華になっていた。ところどころに、俺が作ったり買ってやったりした小物が丁寧に置いてある。

「俺が作ったの、全部無事に置いてあるのか?」
「マリス達もそうでしょう?」
「フォルトさんはいくつか壊しちゃって俺に修理を頼みにきた。マリスも2、3個は壊して申し訳なさそうに処分してたな。」
「リリアは?」
「個人の宝物庫に後生大事に保管されてる。」
「…作った意味、無い気がしなくも無いわね。」
「時折、丁寧に指紋すらつけないようにして使ってくれてはいるんだけどな。」

苦笑する俺に、キララもふっと微笑み返してくれる。その顔に、ほんの少しだけ寂しさがよぎったのは、やはり迷いからなんだろうか…?

「本題に入ろうか、キララ。どうして、この店を一年間とはいえ離れようと思ったんだ?」
「まだ決めてないわよ。一応。」
「それでも、迷ってはいるんだろう?」

キララは少しだけ言葉に詰まるような表情を見せた後、こくんと頷いた。

「キララが、どれだけこの店を守りたいと思っていたか知ってる。どれだけミリアさんを大好きか知ってる。リリア、マリス、フォルトさんとの関係を大切に思ってるか知ってる。だからこそ、俺は今…情けないけどキララの考えが分からない…!」
「…ねえ、レイ。」
「何、だよ?」
「レイが来てくれてから、私は本当に助かったって思ってる。けど、レイに甘えてばかりじゃいけないって、今回の話を聞いたときに思ったのよ。」
「そんな───」
「話を最後まで聞いて。昨日、フォルトがレイを連れて行った後…なんとなく、思ったの。レイは天才で、きっとフォルトの問題もうまく解決してくれるって。けど、そこまで考えたときに気づいたわ。戦争のときも、レキのときも、他にも色んなときにずっとあたし達はレイに甘えてたんじゃないかって。」
「キララ…」
「レイは、それでもかまわないって言ってくれるのかもしれない…ううん、きっと本気でそんなこと無いって思ってるのよね。あたしだって、完全に甘えてばかりだなんて思わないわ。けど…もっと、もっとあたしはレイのために何かしたいの。レイの隣に、胸を張って立てるような自分でいたいの!レイがどう思うかじゃなくって、あたしがあたし自身に納得するために。」

そこに、今回の話が来たというわけか…?
自分を高めたいと思ったキララのところに、まさにそのためのチャンスが転がり込んできた。

「ちょうど新しい従業員も入れようかとしていたころだし、あたしがいなくてもレイが店長代理になってくれれば十分に回していけるはず。だから、あたしはこの話を受けてもいいかなって思ってる。」
「…想われてる男としては、引き止めたいような送り出したいような微妙なところなんだが…」
「多分、レイが行くなって言えば、あたしは行かない。行ってこいって言えば、あたしは行く。だから…このことは、あたしに任せて欲しいの。あたしに決めさせて欲しいの。だからレイ…この一週間、このことについて何も言わないで…!」

キララの決意。
それは俺を想ってくれているがための言葉で。
それはキララ自身の夢のための言葉で。

俺はただ、首を縦に振ることしか出来なかった。


22 :雨やかん :2007/12/05(水) 13:13:35 ID:VJsFrctD

とぅるー21!


約束の一週間のうち、早くも3日が過ぎてしまった。
俺もキララも今までとなんら変わりない生活を送っている。少なくとも表面的には。リリア達は俺達の間で何らかの取り決めがあったことまで察してくれたらしく、3人ともその話題には触れないでいてくれたのは非常にありがたい。

もしも、触れられていたら…きっと俺は────

「…もう俺の中じゃ答えなんて出てるのになぁ。」
「何がでしょうか?」
「いつからいたのか聞いてみてもよろしいですか、ミリアさん?」
「あらあらあら。レイさんの方が、私がいたここに来たんですよ?」

そうだったか?いかん、考え事してるあまり周囲の状況すら把握できていなかったとは。

「キララのことで悩んでくれるのは嬉しいんですが…どうせなら、告白の言葉で悩んでくれると最高ですね。」
「それはどうも…多分、その時は経験豊富なミリアさんにご相談させてもらいますよ。」

何せ、キララとリリアは2人ともなかなか情熱的な告白をしてくれたし。これに答えるためには俺もそれ相応の言葉と態度で返事をせねば…と、いうのが俺の中での取り決めだったりする。

「まあ、レイさんったら。私はあの人以外の男性に愛を囁いたことはありませんよ?ああ、レイさんなら少しぐらいは愛の言葉を囁いても…」
「駄目ですからね!?」
「美しい未亡人との禁断の愛って燃えるというのが世界の常識らしいですよ?」
「そんな世界は一刻も早く滅ぶべきだと思います!」
「私と結ばれると、なんとその言葉をレイさんの手で実行可能に。」
「恐ろしいことをさらりと!?」

そうだ。この人が創造主であり、管理者である以上。あらゆる世界の存在がこの人の手のひらの上だった。さながら、世界は釈迦を登った孫悟空か…?
おっと…そういえば────

「ミリアさん。聞きたいことがあります。」
「…フォルトさんの、お爺さんについてですね…?」

さすがミリアさん。しっかり、俺が何を聞きたいのかを把握してらっしゃるようだ。

「はい。フォルトさんのお爺さんは、俺の世界のイギリス出身ということでした。ですが、俺と違って生前の記憶だけが復活した───いや、前世の記憶と現世の記憶が入れ替わった様子だったんです。一体、彼に…いえ、あの戦争を起こした人たちに、何をしたんですか?何が、あったんですか?」
「…レイさん。唐突ですけど、キララ達の親衛隊についてどう思いますか?」
「はた迷惑で、厄介で、鬱陶しいですが、キララ達のことを大切に思ってくれてるのには変わりない憎めない奴らだと───って、話がなんで親衛隊に!?」
「では、レイさん。キララ達の親衛隊を見て、その上で私という存在を見て、どう思いますか?」
「話が見えないんですけど…まあ、強いて言うなら‘ミリアさんの親衛隊’もそのうち出来たらどうしようかと。」
「私の親衛隊…どうして、出来ないんだと思いますか?」
「別に、俺みたいな強力な敵がいるわけじゃないから結託する必要が無いからでしょう。ミリアさんに交際を申し込みたければ、個人でやればいいんですし。」
「それではレイさん。あなたがこの世界にやって来て、一度でもいいんです。‘たった一度でも、私が他の一般の男性に言い寄られているシーンを見たことがありますか?‘」

そりゃ、ミリアさんぐらいの女性なら言い寄る男は数多だろう。店に来ていた男性客だって、ミリアさんに見とれて奥さん恋人に足を踏まれていた人は数多い。そんな人は、幾度となく見てきた。
ミリアさんに見とれた人なんて、星の数ほど知っている。

‘けれど、ミリアさんに近づいた男性がはたしていただろうか?’

「…あ、れ?」
「いませんよね?」
「えーっと、俺の見ていないところで、こっそりとなんてことは?」
「いえ、ありません。私は、あの人を亡くしてからずっと…今まで、一度たりとも他の男性に愛を囁かれたことは無いんです。」
「それは意外ですね。」
「いえ、意外でもなんでもないですよ。だって、私がそのように仕向けているんですから。」
「…はい?」
「相手の私に対する感情が、恋、愛と呼べるものに達した瞬間、その感情を好意や憧れといったものに変化させているんです。」
「…人間の感情まで、転生の対象なんですか…?」
「その力を使っているため、私は人間から愛を向けられることはないんです。それは、これからも永遠に。」
「クリューガーさんへの、想いのためにですか?」
「それもあります。そして、‘それ以上の理由も‘あるんです。」
「それ以上の理由?」
「はい。そしてそれこそが、レイさんのお知りになりたいことです。レイさん…覚悟の方はよろしいですか?」
「は?いや、ちょっと待ってください。覚悟?」
「はい。真実を知る覚悟です。‘私という無様な神が犯した罪を知る覚悟’です。」

ミリアさんが…犯した、罪…!?


23 :雨やかん :2007/12/13(木) 11:39:14 ID:VJsFrctD

とぅるー22!


「私があの人に出会ったとき…あの人はレイさんよりも若かったんです。対する私は、もはや自分が生きてきた年数すら分からない───いえ、覚えることに必要性など感じなかっただけでしょうね。幾星霜もの間、孤独で居続けた私にはそれを伝える相手すらいなかったのですから…」
「クリューガーさんに会うまでは、ですか。」
「はい。」

ミリアさんは遠くを見ながら、自分の愛した人を思い出しているようだった。俺も、沙羅を思い出しているときは、きっと───

「ほんの気まぐれで、あの人の前に姿を現した私は自分が異世界に連れて来たのだと。神と呼ばれる存在なのだと。そう伝えました。そうしたら、あの人ったら何て言ったと思います?」
「えーっと…『元の世界に帰して欲しい』…?」
「いえ。『女神って、本当に綺麗なんだね』って。もう、驚いてしまいました。」
「異世界に連れられてきたばかりなのに、ぶっ飛んでますね…」
「その後も『君みたいな女神となら、関わるのも悪くない』とか『しばらく、この世界のことを知りたいから一緒にいたいんだ』なんてことまで。」
「あの、惚気ですか?」
「そんなこと言われて一緒に生活してたら、さらに沢山のことまで言われてしまって。もう、今まで人間というのに関わらなかったはずの私が、もう少しこの人を観察してみようなんてことまで考え出す始末なんです。」
「いや…お願いですから、本題に入っ────」


「そうして、いつの間にか‘感情’が私に生まれていたんです。」


ミリアさんの声のトーンが、その瞬間に一段と落ちた。いつもの声色にも関わらず、そこに宿っているのは───いや、何も宿っていない。まさに、人間では有り得ない神の声だ。

「それまでも、感情というものは知っているつもりでした。つもりだったんです。なのに、あの人に出会って、私は気づいてしまいました。‘これこそが感情なんだ’と。あの人のやる行動の全てに驚いて、呆れて、笑って、怒って、落ち込んで、そんな行為としては知っていたことが、私が考える前に自然と溢れてしまう。そんなことを星の命よりも長い時間生きてきて初めて知ったんです。けど、それは同時に‘あること’を引き起こし始めました。」

あること…ひょっとすると、それが?

「記憶の入れ替わりですか?」
「はい。あらゆる世界は私が作ったものです。特に生まれたばかりの世界ほど、私の存在があって成立していました。そんな状態で‘私は変わってしまった’のです。感情を知らない創造主から、感情を一人の人間へと向ける女へと変わってしまったのです。」
「えっと、つまり世界がミリアさんの影響を受けてしまったと?変化したミリアさんの影響が、その世界に住むあらゆる生命体の記憶に干渉したと…?」
「記憶に影響を与えたなんてことは、序の口です。唐突に存在を別の生物に変換された者。転生することすら出来ず、魂ごと抹消された者。天変地異が起こった世界も多々ありましたし、滅んだ世界も10や20では足りないでしょう。」
「っ───!?」
「無様でしょう、レイさん。笑ってください。嘲笑ってください。何が神だと。何が創造主だと。星の数ほどもある命を、自らの感情の暴走でめちゃくちゃにしてしまったような存在のどこが、自分達より上なのだと。」
「ミリア、さん…っ!」
「私は罪を犯しました。そして、それをあの人のせいにして逃げました。クリューガーと出会ったから、世界がおかしくなったのだと。クリューガーのせいで、私は神でいられなくなってしまったではないかと。なんと愚かな考えでしょう…なんと、浅ましい存在だったのでしょう…私は…」

俺は、自分の足が意思とは無関係になっていることに気づいた。ミリアさんが顔を上げ、俺に何かを諦めてしまったような表情を見せた瞬間にも、なお。

「レイさん。これが私です。あなたが普段思い描いているような、立派な存在ではないのです。軽蔑してください。見限ってください。私は、これほどまでに────っ…」

俺の意に反して‘ミリアさんの方へと進んでいった’足は、その直前で立ち止まる。そして‘泣きじゃくっている’ミリアさんを、そっと俺は抱きしめていた。

「けど、クリューガーさんは逃げたミリアさんを追ってくれたんですよね?軽蔑しなかったんですよね?見限らなかったんですよね?」
「っ…うっ…!」
「クリューガーさんは愛してくれたんですよね、ミリアさんを。」
「ええ…」
「だから、ミリアさんも認めたんじゃないですか?自分が感情を持ったことを。今までの、‘感情を知ったフリをした神’じゃなくて、‘感情を持った女’としての自分を。」
「ええっ…!」
「じゃあ、もういいじゃないですか。どうして、自分を貶めないといけないんですか。ミリアさんの罪は、とうの昔にミリアさんが愛したクリューガーさんによって認められていたんですから。」
「っ〜〜〜〜〜〜!」

初めて見るミリアさんの大粒の涙が俺の肩に落ちてシャツを濡らしていく。
クリューガーさん。これは浮気じゃないですよ?ただ、本来ならあなたがやるべきことを俺が代わりにしてるだけですからね?いや、役者不足なのは百も承知ですけど。

それにしても、なんとなく話は読めた。

ミリアさんに感情が芽生えたことにより、フォルトさんのお爺さんは前世の記憶と現世の記憶が入れ替わった。そしてそれは、他の多くの人たちにも共通して起こったのだろう。
もしかすると、異世界の住人として蜂起した人達は全てが地球の出身だったわけじゃないのかもしれない。ただ‘この世界とは異なる世界の住人’というだけでの結束だったのだろう。
俺のように身体能力が上がったりもしてないのは、おそらく本来の体がこの世界の住人の体だからだろう。いくらなんでも身体能力が向上している存在が何十人もいたらこの国はひとたまりもないはずだ。

…って、あれ?ミリアさんとクリューガーさんが結ばれたのが、フォルトさんのお爺さんの代だとすると…何だか、年代が微妙に合わないんじゃ…?
クリューガーさんとミリアさんがキララを産んだのは今から16年前。
フォルトさんのお父さんの話では、戦争が終わった後にフォルトさんのお爺さんは結婚して、子供を授かったらしいから…あれれ?

ひょっとして、クリューガーさんとミリアさんって…実は恋人期間がものすごく長かったのか?それこそ、フォルトさんのお父さんが成熟するぐらいまでずっと恋人!?何か、結婚できない理由でもあったんだろうか。

後日聞いた話によれば

『あの人、優しいのは良いんですけど…他の女性にも優しくって。恋人期間が長かったというより、私を結婚相手として選んでくれるまでに時間がかかっちゃったんです。恋人がいるのに‘恋人候補も非常に多かった’ですから。まったく、そこだけは困った人でしたよ。』

…なんかこう、暗にヒシヒシと責められているような気がする…


24 :雨やかん :2007/12/19(水) 09:13:41 ID:VJsFrctD

とぅるー23!


「見苦しいところを見せてしまいましたね。」
「いえいえ。クリューガーさんの代わりの抱き枕とでも思っていただければ。俺が受けた恩に比べれば、まだまだ足りませんよ。」

泣きやんだミリアさんは俺から数歩下がると、いつもどおりの笑顔を浮かべた。その顔には涙の跡すら見られない。おそらく、涙で荒れた肌の細胞を転生させたとかそういうのだろう。うーん、便利だ。

「はあ、もうレイさんったら本当にいい男になりましたね。初めて出会ったときから比べると嘘みたいです。」
「あのころは、ミリアさんに諭されてばかりでしたね。」
「そんなこともありましたね…本当に、人という生き物は、なんと素晴らしい成長をするんでしょう。私なんか、感情を制御するだけでも随分と時間が掛かったんですよ?」
「むしろ、創造主に感情を制御させたクリューガーさんに俺は尊敬の念を持たずにはいられませんね。」

しかも、俺より年下だったという。いったい、どんな人間だ。是非とも一度お会いしたかった。今度、キララにお墓参りに連れて行ってもらおう。

「本当、すごい人だったんでしょうね…」
「あらあらあら。けれど、レイさん。私はレイさんも同じくらいすごいと思いますよ?」
「へ?」
「今みたいに、私という創造主の悩みを晴らしてくれるなんて、あの人にしか出来なかったことですから。もしも、私が出会っていたのがクリューガーでなくレイさんだったら…私はレイさんを愛していたかもしれませんね。」
「はいっ?!」

な、何をいきなり仰いますかこの神様はっ!?あああああ!そんな頬を染めないで!微妙に恥ずかしそうにしないで!?貴女が言ったことですから、責任は自分で取ってください!

「クリューガーさんに怒られますよ!?」
「あの人の遺言は『君の幸せを忘れないでね』でしたから。レイさんとなら、私も幸せになれるでしょうか…」
「だーかーらー!そういう冗談は本当に止めてください!?」
「では、明日からキララとは母娘でありながらライバルと…」
「想像するだけでも恐ろしいことをさらりとっ!?」
「と、いうことでいいでしょうか?」
「いいわけありま────」



「…レイ…?」



何故か、今一番聞きたくない声が普段の綺麗なメゾソプラノどころかアルト級の低音で聞こえてきました。

「ひいっ!?」
「あんたって男は…あんたって男はぁっ…!」

神様の娘という事実を思い起こさせてくれるようなオーラが背中からあふれ出ているのは、もちろんキララさん。神というか、悪魔ですけどね。

「き、ララっ…いつからっ…!?」
「何か深刻な話みたいだから、隠れてたけど…何の話かまでは聞こえなかったけどっ!…あんたがお母さんをしっかりがっしりと愛情持って抱きしめる直前からよっ…!」
「持ってない!愛情なんて無いですよ!?」
「黙りなさい、この未亡人好きいぃぃぃぃぃっ!!」
「何、その不名誉な称号!?」
「そんなに年上が好きかっ!実はお城に行くのはリリアじゃなくて王妃様が目当てっ!?」
「いや、王妃様は旦那様健在だからね!?国王陛下はお元気ですから!」
「じゃあ人妻!?あたしも、誰かと結婚してきた方がいいわけ!?」
「俺の名誉を海の底まで沈めるようなことを叫ぶな!あと、そんなことしたら、マジで俺落ち込むからね!?」
「だったら、恋人候補の母親に手出すんじゃないわよ、この馬鹿レイイイイイイイイッ!」

‘ヒュンッ………ガゴンッ!’

キララが、その細い腕のどこにそんな力が?というような勢いで投げたデカい鍋を、甘んじて俺は頭で受けることにした。

「お母さんもお母さんよ!何をレイに迫ってるわけ!?」
「あらあらあら、キララったら。実の母親にもやきもち?」
「そうさせてるのは誰よっ!」
「だって、仕方ないじゃない、キララ。レイさんの腕の中って暖かかったのだもの。」
「んなぁっ!?」

何か、この状況を楽しんでるとしか思えない一言!?

「ねぇ、キララ…」
「何よぉ!?」
「…新しいお父さん、欲しくない?」
「いるもんですかああああああああああ!!」

最近はすっかり落ち着いてきた反動か、久方ぶりに大暴れしているキララ。
ちなみにこの影響か、例の約束のためにギクシャクしていた俺とキララの関係は自然といつも通りになっていた。

まあ、代償はかなりでかかったが。


25 :雨やかん :2007/12/21(金) 13:27:01 ID:VJsFrctD

とぅるー24!───クレナイ───

夜。
闇が空を覆い隠し、月の光のみが俺の足元を照らしてくれていた。
いつも通りのリリアとの会談。本日はリリアだけでなく王妃様と陛下も一緒になってお茶を飲みながら、この国の行く末について語っていた。

今更ではあるけど、そんなことを真剣に議論し合う一般男性16歳って…やはり、俺はもう普通の人間には戻れないのかもしれない。いや、本気で。

何だか、最近は複数の小国からリリアにお見合い話も来ているらしい。そういや、まもなくリリアは16歳。この国では結婚可能になる年齢だ。王族たるもの、婚約者を見つけるのにはいい年齢なのかもしれない。
加えて、王族としてのリリアはほとんど非の打ち所の無い女性だ。まあ、友人として付き合うと色々とやきもち焼きだったり、ぷちネガティブ思考だったりする面が見えてくるけど、それでも魅力的なことに変わりは無い。そりゃあ、縁談の一つや二つ舞い込んでくるだろうね。

…陛下と王妃様が、既にリリアにはいい人がいるからと全部断ってるらしいけど。

『これでお前がリリアを選んでくれなかったら、婚約相手探すのに一苦労だぜ…』
『そうなったら、この国も終わってしまうのかしらねぇ。まあ、大変だわ。』

とは、親バカ2人の言葉。段々と言ってることが脅迫じみてきたのは…娘への愛ゆえだと信じよう。うん。決して、俺を困らせるためではないと思う。何か、遊ばれている気がしなくもないが。

何はともあれ、なんと言うことの無い日常の一仕事を終えて、帰宅している俺の前に現在あるのは────

「ほら、こっち来いってんだよぉ!」
「は、離せ!離してくれ!」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
「ああ。何を見てんだよ!?ええ!?」

チンピラという言葉がこれ以上ないほどに似合っている3人組と、その3人にもみくちゃにされている青年男性一人という光景。
うーん、トラブルの臭いが…巻き込まれるとヤバイよと本能が警告を…

「そこの人っ!た、助けてください!」
「んっだ、てめぇ!?あっち行きやがれってんだよぉ!」
「ああっ!?さては俺らの名前を知らねーのかあっ!田舎もんか、ごらぁっ!」
「泣く子も黙ると一部地域で噂になりかけてるサンバ・カラース団とは俺達のことだぞぉっ!おらぁっ!」
「一部地域かよ!?あと噂になりかけって!知らないのが普通じゃねーか!あと、何さ!その狙ったような名前!?」

って、しまった…ついつい生存本能を押しのけて俺のツッコミ精神が働いた!?

「文句あんのか、ごらああああああああ!?」
「その黒髪ひきちぎってじじぃどもに売りつけてやんぞ!?」
「ぶっ殺してやんよぉっ!」

三羽が…じゃない。3馬鹿…でもない。サンバ・カラース団と名乗った連中が男の人を突き飛ばして俺の方へと迫ってくる。
というか、何だろう、この古臭い漫画でしか出てこないような方々は…不快指数があっという間に上昇していくのが分かる。折角、今日はリリアがいい笑顔で『また明日ですね』と言ってくれて、その微笑の温もりを忘れない間に帰ろうかと思っていたのに。
この不快感は、やはり責任とって原因たるこの連中に解消してもらおう。

「いくぜ、こら───ぼりゅあああああああ!?」
「てめぇ、よくもあに───ぎゃぼおおおおお!?」
「弟達のかた───げりぇええええええ!?」

戦闘時間10秒。Winner、レイ・キルトハーツ!ってとこだな。嬉しくもなんともないけど。

「まったく…早く帰って寝たいんだぞ、俺は…」
「あ、あの…ありがとうございました…」
「いやいや。気にしなくていいよ。平気か?」
「あ、はい。なんと───痛っ!」
「捻ったのか?見せてください。」

抑えた足首を見るが、別段変わった様子は無い。腫れてるわけでもないし、たぶん少し打った程度だろう。足首を回してみても、捻挫したような感触は無かった。

「時間が経つと腫れてくるかもしれないですけど、とりあえず応急処置だけしておきますね?」
「す、すまないね…痛たたた…」

おかしいなぁ…そこまで痛むような怪我でもないはずなんだが?この人、痛がりなんだろうか。

「送りましょうか?」
「い、いや!悪いよ…それに、少し行くところがあるんだ…ヴェロンティエってどこにあるか知らないかい?」

わーお、厄介ごとが俺に超スピードで突っ込んできた。

「送ります…そこ、俺の職場なんで…歩けますか?」
「き、君の職場?そ、そうか…じゃあ、頼むよ…」

ついでだから、背負ってあげることにした。この人の痛みの原因を早いところ取り除いてあげた方がいいだろうし。下手に歩かせて、悪化したらたまったもんじゃない。


背負って駆け足で動くこと数分後。俺は何の抵抗に遭うことも無くヴェロンティエへと辿り着いた。

「到着しましたよ。」
「…っ…っ…」
「ん?大丈夫、ですか?」
「…ふふっ…ふふふっ…」
「あの、もしもーし?その不気味な笑─────」





‘      ぐじゅり      ぶちぶちぶちぶち      ’




そんな音が‘俺の中から’聞こえてきた。

「────…え?」
「ふっ…ふふふふっ…ふふははははははははっ!はーはっはっはっはっ!ひゃーはっはっは!」

俺を突き飛ばすようにして、男が俺の背中から降りる。対する俺はというと、体に何の力も入らずにそのまま地面に膝をつくことになった。

なんだ、これ?
ナンダ、コレ?
なんだ、この背中の熱さは?
ナンダ、コノセナカノアツサハ?
どうして、心臓がこんなに苦しいんだ?
ドウシテ、シンゾウガコンナニクルシインダ?

「ぎゃーっはっはっは!ぎゃはははははー!み、見たか!?見たことかあああああ!私が!やはり私が世界なんだ!私があっ!ひぃーやあはっはっはっはっは!」

この声には覚えがある。
コノコエニハオボエガアル。
ずっと前にマリスを付けねらっていた男。
ズットマエニマリスをツケネラッテイタオトコ。

…ヴォルフ…!?

「お、まえ…ゴホォッ…ど───して…っ?」

目の前にあった、茶色の地面が真紅に染まる。
メノマエニアッタ、チャイロノジメンガ『真紅』ニソマル。
嘘だろ…まさか、そんな…こんなところで…
ウソダロ…マサカ…ソンナ…コンナトコロデ…



俺の世界は紅に染まった。


オレノセカイハ『紅』──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────……。


26 :雨やかん :2007/12/27(木) 00:04:53 ID:m3knVLke

とぅるー25!―――絶望―――

レイの声を聞いた気がしたから起きた。

「んー…っっ…レイ…?」

いや、居るわけないのは分かってるわよ?だって、ここはあたしの部屋なわけだから。まあ、いてくれたらいてくれたでもう嬉しいことこの上ないわけだけど。

ひょっとすると、レイはもう起きて厨房に入ってるのかもしれない。そんで、そこでまた一騒動起こして声を出したのかも。本人が聞いたら『また一騒動って…いつものも俺のせいじゃないぞ!』とか言うんだろうけど。
まあ、この店どころか、いまやレイはこの町中のあらゆる事に干渉するようになっている。多分、リリアの誕生日のお祭りではレイは中心に引っ張られていくんだろう。いつもと同じ、心底疲れた表情で、けどやるからには真剣に。
それを思うと、自然と笑えてしまう。

いつものように着替えて、髪を簡単に整える。乾いたヴェロンティエの制服に身を通し、階段を下りてレイに挨拶をする。

「レイ、おはよう───…って、レイ?」

レイはいなかった。いつもならあたし達の誰よりも早く起きて、さっさと準備を始めているのに…おかしいわね。ひょっとして、まだ寝てる?まさか、リリア達に捕まってお城に泊まってるのかしら?どちらかというと後者がありそうな気がする。
まあそれならそれで仕方ない────不本意ではあるけれど────とりあえず、あたしに出来る準備からさっさと始めてしまおう。

まずはいつものように今日使う材料を確認するため厨房に入ると、備えられた玄関が、何だか微妙に赤に染まっていた。

「…え?」

何だろう?昨日までは普通の色だったのに。何だってあんな色になっちゃったのかしら?ひょっとして、外から何か塗料でもこぼされて、こっちまで染み込んできたのかも。うーん、人目につかない場所にある扉とはいえ、あまりいい気はしないわね。どのぐらい汚れてるのかしら?

あたしは

汚れを

確かめるべく

その扉を

開けた。




誰よりも大切な人が、その体を真っ赤に染めて倒れていた。




「────…は、ぁ…?」

…ちょっと…何よこれ…これは、一体、何なのよ…

「レ、イ…?」

名前を呼ぶ。

「…ちょ、っと…レイってば…」

名前を呼ぶ。

「あは…何の、冗談…よ…」

手を伸ばす。

「…ねぇ…」

触れる。

‘      ずるっ      びちゃん      ’

イヤなオトをたてて、レイはアオムけになった。そのメはカタくトじられている。ハダのイロも、いつものレイのイロとはまるでチガう。ミたことのないイロ────いや、それもチガう。こんなハダのヒトを、あたしはシっている。キオクのオクソコにシズんでいるけれど、あたしはシっている。

最後に見たお父さんと同じ色。

そのイロは、イノチをウシナったイロ。
そのイロがシメすのは、すでにレイのイノチがここにはないということ。




レイが…死んだ…と、いう…こと…




「…あ…あっ…あ・あ・あ・ああああああああああーーーーーーーーー!?」


27 :雨やかん :2007/12/29(土) 23:26:51 ID:m3knVLkm

とくるー26!―――覚醒―――


『あたし』は叫んでいる。こんなことは嫌だと。


『アタシ』が叫んでいる。どうにかしなきゃと。


『あたし』は叫んでいる。この人を失いたくないと。


『アタシ』が叫んでいる。この人を蘇らせなきゃと。


『あたし』は叫んでいる。この人を失うぐらいなら死んだ方がましだと。


『アタシ』が叫んでいる。この人を蘇らせるためなら何だってできると。


『あたし』は叫んでいる。もう何も考えるなんてできないと。


『アタシ』が叫んでいる。もうこれだけしか考えられないと。


だから『あたし』は『アタシ』と入れ替わる。


だから『アタシ』は『あたし』と入れ替わる。


そして『あたし』はあらゆるものを捨て去る。


そして『アタシ』はあらゆるものを手にする。




目の前にいる―――ある―――、この大切な―――取るに足らない―――、一人の人間に―――存在する生命体に―――もう一度だけ―――何百回もある輪廻の一つとして―――、命を吹き込むために―――命を与えてやるために―――



―――レーベン、照合。
―――肉体との同調率0パーセント。
―――肉体から魂の波長を確認。
―――転生前の魂を補足。
―――他世界より魂を牽引。
―――存在と魂の同調不可。
―――魂、強制定着。
―――転生術式変化、蘇生術式確立。
―――同調開始。
―――同調完了。転生前の世界、転生後の世界、レーベン量変化許容範囲内。
―――定着完了。肉体のダメージ確認。
―――各セルの生命補足。強制輪廻転生開始。
―――操作完了。肉体ダメージ消去。体液の存在17パーセント不足。
―――同操作、体液に対象を変化して開始。
―――操作完了。生命活動再開。
―――蘇生終了。


28 :雨やかん :2008/01/07(月) 09:05:36 ID:VJsFrctD

とぅるー27!

何だか妙な感覚だ。
無理矢理海の底から引っ張りあげられたというか、上空三千メートルスカイダイブというか。
とりあえず、周囲に妙な圧力を感じたかと思うと、俺の意識は俺の意志とは関係なしに無理矢理どこかへと引っ張られていって――――


――――目覚めた。


「・・・っ・・・ぁ・・・あ?」

ここは、ヴェロンティエの裏口?いやいや。何がどうして俺はこんなところで寝て―――


『ひゃーはあっはあっはっははははは・・・』


「って、何で俺は生きてるんだよ!?」

思わず叫ぶ。
いや、だって明らかにあの感触はナイフか何かで致命傷を負わされた感覚だし。意識を失う直前には間違いなく致死量確実の血液が俺の足下に血だまりを作っているのだって見ていた。
しかも、刺されたはずの背中が痛くないどころか傷口があったのかってぐらいの感覚なのは何故だ?俺、知らない間に酒でも飲んだ?むしろ危ない薬でも吸わされた?

くそっ・・・落ち着け!落ち着けよ、俺!あれは夢なんかじゃない。夢であるはずがない。
俺は、間違いなく一度殺されたはずだ。なのに、何らかの方法で生き返った。
蘇生?そんな馬鹿な!この国どころか、世界。俺のいた世界ですらも死者を蘇らせる方法なんて存在しない!そんなもんもはや‘神の力’――――

・・・ミリアさんが?いや、それは無い。だって、あの人は自分が最も愛した男性だって、悲しみを抑えて魂を送ったんだ。俺だけを蘇らせるなんてこと、あの人がするはずがないじゃないか。けど、神様の力を行使できる存在なんているはずが―――



「・・・…レ、イ……なん、で…?」
「―――え?」



座っていた俺の背後から、震える声がした。

「…キ、ララ…?」
「ど…して、あんた…死んで、た…のに…え…?」

キララがいる。
ミリアさんの娘であるキララがいる。
‘この世界の創造主を母とする、唯一の女性がいる’。

「…おい…まさか、キララ・・・お前っ・・・?」
「あたし、起きて、あんたが、いなくてっ、ここで・・・あんたが、死んでたの・・・に、なんで・・・」
「キララ!駄目だ!考えるな!考えたら駄目だ!」

どうしてそんなことを言ったのか分からない。けど、俺の頭の中で何かが思い切り警鐘を鳴らしている。キララに気づかせるなと。キララに思い出させるなと。

「あたし、何したの・・・レイを、死なせないでって・・・蘇生・・・術式・・・?・・・何、何なの・・・この知識・・・‘レーベン’?・・・何・・・何よ、これ・・・」
「キララ!忘れろ!そんなもの忘れるんだ!キララぁっ!」
「あたし・・・そんな・・・お母さん・・・あ、あ・・・ああぁぁぁぁ・・・アアアアアアア!?」

‘ゴゥンッ’

俺の隣にあったが石が消滅した。続けざまに、今度は別の場所にあったゴミから生きたままの魚が飛び出し、転がってきた木材から新たしい芽が生える。
いたるところで‘終わったはずの命が繰り返される’という現象が起き始めている。

「嫌あああああああああああああああ!?」
「「キララっ!」」

暴走する彼女の名前を呼んだ声は二つ。
一つはもちろん、俺のもの。そしてもう一つはこの異常さに気がつく能力を生まれながらに持っていた者。

「ミリアさんっ!」
「そんな…レーベンの変化が急に、なって・・どうして、こんなっ!?」
「嫌ぁっ!嫌あああああああああ!」
「ミリアさん!世界を移動させてください!俺と、キララを、動物のいない世界へ!ここじゃ、いつ他の生命を巻き込むか分かりません!」
「キララ!キララ、お願い!止まって、キララぁっ!?」
「っ・・・落ち着いてください、ミリア・ランクフォード!‘あなたの娘にあなたと同じ罪を犯させたいんですか’っ!?」
「っ・・・わ、分かりました!」

俺の体が光に包まれていく。少し離れたところで、キララも俺と同じように光に包まれていくのが見えた。どうやら、世界移動には‘キララの力’は干渉していないらしい。

キララの力―――神の力。

それが発現したのは、間違いなく俺のせいだ。だったら、あの状態からキララを戻す義務が俺にはある!
絶対に、キララを取り戻す!


29 :雨やかん :2008/01/18(金) 19:51:08 ID:m3knVLnH

とぅるー28!

光が俺の周りを通過していき、唐突に真っ白の世界に色が付き始めた。目の前に広がったのは、林と呼ぶにはやや規模の小さい場所。運動するには持って来いだろう。それが、神様との戦闘であっても。

「キララはっ!?」
「あそこです、レイさん!」

見渡した俺の視界の一箇所で、頭を押さえつけるようにしてキララが呻いていた。その周囲では次々と木が生えては枯れ、その枯木から再度新しい芽が出るといったことが繰り返されていた。

「完全に暴走していますっ…!どうして、こんなことにっ…!?」
「すいません、半分ぐらいは俺のせいです。」
「え?」
「昨晩、俺は一度殺されました。ヴェロンティエの外だったからミリアさんは異世界にいて気づかなかったんでしょう。そして、そこをキララに見つかって…」
「レイさんを、キララが生き返らせたんですか!?」
「おそらくは。でも、なら今までは何故覚醒しなかったんだ?クリューガーさんが死んだときには覚醒しなかったはずですよね?」
「は、はい…あの、レイさん、何を考えて…?」
「覚醒した理由です。それが分かれば、もう一度キララを戻すことだって出来るはず…」

神の力…人間だったキララ…俺という存在の死…それがキララに与える影響…
逆ならどうだ?もしも俺がキララを奪われたら…
相手を恨む?
嘆き悲しむ?
いや、違う。そんなことも考えられないぐらい絶望するに決まってる。それこそ、世界全てを拒絶するぐらいに────

「それか!?」
「な、何か分かったんですか?」
「精神医学上、人間は瞬間的に強烈な負の感情を抱いた場合、脳が精神崩壊を防ぐためにある手段をとります。」
「え…?」
「…‘感情を消す’んです。」
「感情を…?」
「ミリアさん、思い出してください。クリューガーさんに出会ったとき、それだけで今まで絶対安定だった神の力が大きく揺らいだはずです。それは、ミリアさんが感情を手に入れたから。言ってしまえば、人に近づいたからなんです。」
「それが、一体…?」
「逆のパターンなんです、これは!キララを人間たらしめている最大の理由の一つの‘人としての感情を持っている’という前提が失われてしまったために、ずっと人としての感情に抑えられて現れることのなかった力、ミリアさんから受け継いでいた力を発現させてしまったんです!」

かってのミリアさん───感情を持たない神───に感情を持っていたキララが、それを失うことで一気に近づいてしまった。

「今の暴走は、人間としての感情が復活した状態で、でも神様の力を行使したという記憶があるために神の力を持て余してるから…!」
「で、ではどうすれば…!?」
「…もう一度、俺が死ねば…キララの感情が消えて───」
「そんなこと!レイさん、そんなことは止めてください!あの子は…あの子はっ、ずっと人として生きてきたんです!あの人の娘として、生きてきたんです!あなたを愛することを幸福と思えるようになったんです!それなのに、それを何とも思わないような存在になんてっ…そんなのあんまりではありませんか!」
「───…と、いうのが最終手段です。もう一つ、一応考えてはいるんですが…」

ただ、それをやると色々と問題が…主に俺の良心とか、終わった後のキララの落ち込みっぷりとかが目に浮かぶみたいで…けど、それにか無いっていうのも…

「…ミリアさん。フォローをお願いします。」
「え?」
「今、キララの精神は人間としてのキララと神としてのキララの二つの精神が混在してるはずです。」

つまり、二重人格の状態だ。そして、それを元の一つの人格に統合する方法は…

「人間としてのキララの意思に神としての意思を圧倒させるんです。」
「どういう、ことですか…?」
「キララが人間として持っている強烈な感情を呼び起こします。神様じゃなく、同じ感情を持っている人間の、この俺が。」
「ですから、そのために何を…何を、私はすれば…?」
「フォローです。」

俺は、短く域を吸い込んでから、一気にキララに向かって駆け出した。



「俺がキララと勝負してる間、俺が転生させられないようにだけしておいてください!」


30 :雨やかん :2008/01/23(水) 11:43:16 ID:VJsFrctD

とぅるー29!


「キララ、こっちを向け!」
「っ…レイ、駄目!来ないで!?」

キララが怯えた表情を見せると同時、俺の体に一瞬だけ違和感が生じる。

「ぐ…」
「レイさん!」

そして、その一瞬が過ぎさった後、俺は再度キララに向かって走り出した。今のが強制転生を受けた感覚のようだ。後ろからしっかりフォローしてくれたミリアさんに感謝。
ってか、やはり容赦ない。今のキララは神の力に振り回されている状態。本意でなかろうが、ほんの少しでも俺を拒絶する意思を見せればそれは圧倒的な力となって俺に襲い掛かってくる。例えば────

「レイ、駄目!近寄ったら───転生、失敗。間接的作用を妨害する力場を確認。直接作用へと変更───駄目ぇっ!?」

今度はキララの正面の地面がボコりと盛り上がったかと思うと、驚くべき勢いで生まれ出た木が俺に向かって勢い良く伸びてきた。

「っ…らぁぁっ!」

それを体を捻ってかわし、再度キララに向かって踏み出す。もちろん、木は一本だけではない。左右から同時に先端がとがった針葉樹がギュンと伸びてくるのを強く地面を蹴って加速することで避け、それを狙い済ましたかのように今度は行く手をさえぎる形で広葉樹が伸びてくる。勢い良く右にジャンプすることでそれを回避すると、近くにあった木からなんと‘木製のライオン’が飛び出してきた。

「なっ…こんなことまで、出来るのかっ…!?」

俺を噛み殺そうと襲ってきたライオンに持ってきた火薬多量の花火をぶつける。
‘ボゥンッ…!’
元は木であるからか、勢い良く燃えたライオンの左右から、やはり本来あるべき体でない、木という材料に強制的に魂をつけられたであろう狼のような獣が二匹襲いかかってくる。
二匹が飛び上がった瞬間にしゃがんで避け、頭上に飛んできた瞬間を狙って思い切り蹴り上げる。その勢いを利用して起き上がると、再度キララの方に向かって加速する。

「駄目!レイ、来ないで!来たら、あたし―――転生速度の上昇、質量、レーベン量の誤差、度外視―――嫌あ!止めて!お願い!止めて!」
「キララ!いいから俺に全部ぶつけてこい!」
「な!?レイ、逃げて!こんな・・・こんなの―――第3世界とのリンク消失。同一固体による第7から2528世界までのリンク解除。敵性無し。第1、第2世界とのリンク確保―――レイ!お願い!レイが死んじゃう!」
「絶対に死んでやらないから、安心してお前の妙な力向けろ、キララ!」

それだけ言って、少しだけ動きが止まっているキララの力の隙を狙う。たぶん、一瞬聞こえたリンクの消失とかはミリアさんの手助けだろう。ただ、第1世界っていう番号がものすごく気になる。1って何だ。つまり、それって原初ってことか?

「っ・・・レイ!上えええええええ!」
「上――・・・って、なあっ!?」

流星群!?まさか、超新星爆発でも引き起こした!?冗談じゃない、そんだけのエネルギーがこの星にぶつかったら・・・!

「時間が無いってことか!」

俺の言葉をキララが理解すると同時、キララの力もその意味を理解したのか一斉に攻撃をしかけてくる。大量の木、そして木製の動物達が俺を排除するべく一斉に俺に向かって突き進んでくる。
最初に伸びてきた木をギリギリで回避して斜め前へと進む。右と左上から飛んできた鳥型の木材を花火で迎撃し、回避した木の中から飛び出てきたワニをつかんで、思い切りジャイアントスイングの要領で振り回して周囲の獣を一掃する。そのまま、ワニを思い切りキララに向かって投げつける。

「きゃ―――転生解除、本来の生命体へと帰還―――」

ワニは魂が抜けたように硬直し、そのままキララの前で朽ちていった。

‘キララの視界を塞ぐ格好で’

「キララ!」
「っ…レイ!」

伸ばした手が、ようやく・・・ようやく、俺の大切な人にたどり着いた。そのまま思い切り引き寄せて抱きしめる。

「キララ・・・な?お前の力なんて、俺にかかりゃこんなもんだよ・・・」
「レイっ・・・レイ・・・ひぅっ・・・ひっく・・・」
「だからさ・・・そんなにこの力に怯えなくていいよ・・・後、言わなきゃいけないことがあったな。」
「レ、イっ・・・!」
「・・・俺を、助けてくれてありがとう・・・死んでた俺に、もう一度キララを抱きしめさせる時をくれて・・・ありがとう・・・」
「ぅっ・・・ひんっ・・・ううっ・・・うああああああああああああああああんっ!あああああああああぁっ!」

周囲で木々が地面に溶けるように消えていく。あらゆる命が、本来のあるべき姿へと戻っていく。

それは、俺の腕の中にいるのが神様なんかじゃなく、ただの女の子に戻った証明でもあった。


31 :雨やかん :2008/01/29(火) 00:31:15 ID:WmknQnu4

とぅるー30!

「ひっく…ひんっ、ぅうっ…」

相変わらず泣きじゃくっているキララを抱きしめながら、その頭をとんとんと叩いてやる。
腕の中にいる女の子はいつもの凛とした姿勢をすっかり消して、迷子になった子供がおびえるように俺にしがみついていた。

「…キララ…レイさん…」

背後から声をかけてきたのは、やはりこちらもいつもの笑顔をすっかり失ってしまったミリアさん。後悔という言葉が顔に張り付いているのがはっきりと分かる。

この親子にとって、これはきっとクリューガーさんが亡くなったとき以上の試練なんだろう。最愛の娘に自分の力を受け継がせてしまったことを知らず、気づいたときには手遅れになっていたミリアさん。ずっと一緒にいて、誰よりも信じていた母親が実は人間ではなく、必然的に自分も人間でないと自覚してしまったキララ。

俺は、この2人に───俺を支えてきてくれた人達に───何が出来るんだろう…?

「ぐすっ…すぅ…ひぐっ…ぅん…」
「キララ?寝ちゃったのか?」
「…くぅ…すぅ…」
「ミリアさん。一旦、戻りませんか?今は、キララをゆっくり眠らせてやりましょう。」
「はい…そう、ですね…」

キララを背負ってからミリアさんに視線で促せば、そのまま俺の周りをゆっくりと光が包んでいく。初めて包まれたときの暖かさが今はどこか冷たくなっているように感じながら、俺は視界を白に染めた。


数瞬後、俺の体はキララの部屋の中にあった。
部屋の主は、先ほどと全く変わらない様子で寝息を立てている。その吐息が俺の首を一筋の涙と一緒になでていくのにため息をついて、俺は彼女をそっとベッドに寝かせて布団をかけてやった。

「…起きたとき、キララが精神を病んでないといいんですが…」
「いっそ、病んでしまった方が…忘れてしまってくれれば、いいんですが…」
「ミリアさん…」
「…自分が情けないんですよ、レイさん…あらゆる世界をこの手に抱えることのできる力を持っているはずなのに…私はこんなにもキララに何も出来ないんですから…」
「そんなこと───」
「私は、やはり母親にはなれないのでしょうか…」

そんなことないと言おうとして、俺は上げかけた手を静かに下ろした。
俺は、親じゃない。少し前に真似事こそしたものの、結局あれは一時的なものだし血もつながってない。俺には、ミリアさんの苦悩に無責任な言葉をかけることは許されなかった。

「すいません、レイさん。しばらくこの子と2人だけにしてもらえませんか?」
「…分かりました。」

苦悩する創造神と、ベッドで眠る半神半人の女の子を置いて、俺はそっと部屋を後にした。
今は、俺も色々と頭の中を整理したかった。これから起こる2人の問題について、俺も出来る限りのことするためにも、とりあえず今は───

‘黙りなさいって言っているでしょう!’
‘そうだよ!そんな…そんなことないんだから!’

今のは、マリスとフォルトさん?何を叫んでるんだろう。もう店を開ける時間は過ぎてるけど、2人が俺とキララがいないのに店を開けるはずはない。じゃあ、誰と話してるんだ?

‘はぁっはっははははは!なら、あの裏にある血だまりは何ですか!分かっているんでしょう!あの男は、私に敗れたんだと!そう!私があの男を殺してやったんですよ!’
‘っ…レイ様が、あなたなんかに…!’

リリアの半泣きの声が聞こえた瞬間には、俺は階段を全段飛び降りるという、キララが見たら激怒するような行動をとって店の入り口まで疾走していた。
そこにいるのは、涙をこらえるようにして立っていて、それでも絶望感が漂っているのを隠しきれない3人の美女。そして、俺を一度は殺したあの男。

「分かったでしょう!私が!私がどれだけ強い存在か!素晴らしい存在か!選ばれた存在なのか!分かったでしょう、マリスさん!」
「気安く、私の名前を呼ばないでっ!」
「はっはっはっはっはっは!後悔しても遅いですよ!私の誘いを断ったがために!あの男は消えた!もう、いないのですから!そう、あなたが私のものにならないからこんな───は?」

ヴォルフの顔が驚愕に染まるのを見たときには、俺はすでにマリス達を飛び越えていた。そのまま勢いをつけた蹴りを問答無用でその顔面に叩き込む!

「マリスにそれ以上、話しかけんじゃねええええええええええええ!」
「げぇぼあっ!?」

店の入り口ごと道の反対側まで蹴り飛ばす勢いで、というか実際に7、8メートルぐらい宙を舞ってもらったが、俺はヴォルフに突っ込んだ。地面をすごい勢いで滑っていったヴォルフは、そのまましばらく悶えている。

「無事か、マリス!?」
「あ…レ、イ…レイっ!」

俺の姿を見た瞬間、こらえていた涙を開放したマリスは俺に飛び込んでくる。そのままギュッとしがみついてくるマリスを、俺もしっかりと抱きしめ返してやった。

「レイ!レイっ…!良かった…あなたがっ、いなくて…!あの男がいてっ…!」
「悪い。怖い思いさせちゃったな…」
「レイ君!」
「レイ、様ぁっ!」

同じように涙を浮かべたフォルトさんとリリアも、俺に横からしがみついていくる。
多分、3人とも裏口に残されていた血の跡を見たんだろう。そこにヴォルフが来て、俺を殺したと言うものだから、信じたくなくても信じざるをえなかったのかもしれない。いや、逆の立場なら俺だって信じていた。
とりあえず、安心させるために俺は3人の頭を交互になでてやることにした。


安心なんて全く出来ないという状況だったことに、この時、俺はまだ気づいていなかった。


32 :雨やかん :2008/02/01(金) 18:07:12 ID:ncPiWcLk

とぅるー31!

「馬鹿な!?貴様…貴様、何故まだ生きているんだ!」
「お前こそ何故だ、ヴォルフ!どうしてここにいた!?追放処分を受けて、国内には入れないはずじゃないのか!」
「ふんっ!かつては騎士団に所属していた身、密入国のルートなど、百も承知なのですよ!それを手引きする者ともね!」
「それだけの過去の栄光を、復讐に使ったというのですか!?あなたはっ…あなたのような者が、この国の騎士だったなどとっ…!」
「んん?…あなた、その声は…まさか、リリア・キルヴァリー王女…?」

瞬間的に、リリア達3人が息を鋭く飲んだ。俺は動揺を悟られないようにしたが、残念ながらヴォルフにはそれで伝わってしまったらしい。

「ははっ…はあっははははははは!なるほど!なるほど!私がこの国を追われたのはそのような理由だったのですか!まさか、あなたと王女がそのような仲だったとはねぇ!?」
「その無駄に回る口を、一度完全に壊した方が良さそうだな、ヴォルフ!」
「私に一度殺された人間が何を言うのですか!私を王女という道具を用いてした遠ざけることが出来なかったあなたが何を言うのですか!あなたは、私という存在に恐怖し!回避するために国外へと追いやったのですね!そうなんですね!ひゃぁっはっはっはっは!」
「ちょ、っと…レイ君、あいつ変すぎじゃない…?」
「…狂ってるわ…!」
「そうか!そうだったのか!やはり、私は選ばれし存在だった!私は、このような男に負けてなどいなかったのだ!私は、‘神’に愛されていたのだ!いいや、違う!私が!私が神のようなものだったのさ!そう!私は騎士を追われたのではない!私の存在が!神という存在が騎士などに収まりきるはずが───」

───今、何を言いやがったこの野郎?
神だと?
貴様のように、自分のことしか見えていないようなやつが神だと?
じゃあ、実の娘のために涙を流しているあの人は何だ?
そんな神の力に苦しんでいる2人を差し置いて───
神の力が、どれほどキララを悲しませているかを知らないで───

「…それ以上、口を開くな。」
「もう、君など私にとって何の価値も無い!何故なら、私はこの世界の───」

拳を固めて、一足飛びでヴォルフの懐へと潜り込む。依然として演説を続けているヴォルフのその腹へ、踏み込み、腰を回転させ、右腕を突き出す。

「────っぉうぶっ!?」

アッパー気味に打ち上げたヴォルフが宙に浮かんだ瞬間、右腕の縦回転の勢いを利用してそのまま回し蹴りを再度ヴォルフの腹へとぶちかます。

「────!」

‘ゴガッシャアアァァァン…!’
再び飛ばされたヴォルフは、声を上げることなく近くのゴミ捨て場へと突っ込んでいった。感触的にあばらにヒビを入れた気がするが、まあ無茶をしなきゃ自然治癒するだろう。むしろ治るまでの間中、痛みで地獄を見続けて欲しいと真剣に願っておく。

「あの人、騎士になれるような人間なのに、何であんなになっちゃったんだろ…?」
「プライドが高すぎた野郎だったからな…俺に負けて、国を追放されてさ迷っている内に狂っていったんだろうさ。俺への、復讐っていうものだけ残して…」

そして、最後に残った理性で俺への復讐を果たした後、今度は自分を選ばなかったマリスに絶望を味あわせるためにやって来たんだろう。そして、それで終るはずだったのに俺が生きていたために理性が混乱して、崩壊…残ったのは、プライドにすがりつく狂気だけだった、か…

「とりあえず、あいつは俺が縛っておくとして…全員、店の中に戻ろう。ちょっと騒ぎすぎたしな。」
「ねえ、レイ君…かなりの人間が今のやり取り見ちゃってるんだけど…」
「…分かってる。どっちに非があるかが分からないほど、この町の人たちは馬鹿じゃないさ。」
「いや、そっちよりも───」
「リリアのことに関しても、みんな騒ぎ立てたりはしないと、信じよう。」

俺の言葉に、ハッとしたリリアが周囲を見回す。
こちらを向いて驚いたような顔をしている人たち、ショックを受けた顔をしているような人たち、いつもの喧嘩とは違うようだと察している人たち。その誰もが、おそらく先ほどのヴォルフの言葉を聞いていたはずだ。

リリィ・ヴィクリヴィアという女の子の本当の姿も、聞いていただろう。

「れ、レイ、様っ…私、そんな…」
「リリア、落ち着いて。」

蒼白な顔をして身を振るわせ始めたリリアを抱き寄せると、同じように先ほどから下を向いて自分を両手で抱え込んでいるようにしているマリスの背中をトンと押してやる。

「あっ。れ、い…」
「さ、今は戻ろう?」

今日のお店は休みだなぁ…と、そんなことを考えながら、俺はどこかで気づいていた。
俺の死という事実。そのことが、今までの楽しく、ありふれていた日常を完全に破壊してしまったのだと。そして、もはや元に戻ることは───……いや、今はこれ以上考えるべきじゃない。キララとミリアさんの問題だってある。

…俺は、本当にこの難題に解決策を出せるのだろうか…?


33 :雨やかん :2008/02/09(土) 21:16:09 ID:ncPiWcLA

とぅるー32!


「気づいていたぞ?あの程度のこと。」
「は?」
「レイ・キルトハーツ…たまに思うのだが、お前は本気で俺達を駄目人間だと思ってないか?」
「親衛隊を名乗ってるのに、彼女が‘偽りの身分’であの店にいることぐらい分からないはずが無いだろう。」

そんな会話を俺と交わしているのは、他ならぬ4大親衛隊の隊長達である。
3人を店内へと入れ、ヴォルフを縛り上げて応急処置だけしてやったころ、俺の予想よりも随分と早くにお城の騎士がやってきた。率いてきたのはアインとイラドだけでなく、何と4人の親衛隊隊長達であったわけだ。

「偽りの身分であったとは知ってても、さすがに王女だとまでは───」
「知っていた。」
「…嘘?」
「加えて言うと、あなたが妙な仮面を被っていたころに彼女と知り合ったらしいことも気づいていますよ?」
「もういっちょ言うなら、イモルキ王国の侵略を退けたのもお前だろ?」
「そう言えば、二日に一度はお城にこっそりと入り浸ってるよな、お前。」
「そこまで知ってるのかよ!?」

ってか、待て!俺がお城に通っているのは4人と陛下と王妃様、そしてミリアさんにアイン達とリュカーさんだけしか知らない情報のはずじゃなかったのか!?何処から知ったんだこいつら!

「いや、むしろあれだけ目立ってんのに気づかれないと信じてたお前もすげぇがよ…」
「は?目立ってなかっただろ?ちゃんと人目を避けて通ったんだぞ…」
「…真夜中とはいえ、屋根の上を夜な夜な飛び回る生物が注目を集めないわけが無いだろう…馬鹿か、お前は?」

し、親衛隊に馬鹿呼ばわりされたっ…!?しかも正論なだけに反論も出来ない…!

「やべぇ…今までで一番へこむ…」
「ちなみに、お前がイモルキ王国相手に戦ってたのも、同じ理由で周知の事実だからな?」
「むしろ、今となってはこの町の住人でお前の活躍とリリアちゃんの正体に気づいていない者など半分もおらんぞ。」
「ちなみに、そういった情報への根回しは全て俺達親衛隊がやっておいた。感謝しろ。」

敵だったはずの親衛隊に、助けられていたことを知る俺。
ああ、畜生…俺ってやっぱり、まだまだ子供なんだなぁ。どんなに天才でも、俺はまだ人として16年しか生きてないんだ。

「今回のことについても、一応根回しはしておいてやるさ。」
「ただ、今回は他ならぬお前が一番分かっているはずだよな?」
「…俺と、彼女達自身の心の問題、ってことだろう?」

ヴォルフが連行されていくとき、リリアは一緒に帰ることにした。
その表情は暗く、明らかに何らかの責任を自分で背負ってしまっているのが目に見えて分かったのだが、何と言えばいいのか分からず、結局そのまま見送るという情けない結果を迎えることに…うう、俺のヘタレ…

「キララちゃんが、あの状況で姿を見せなかったことは気になる───」
「マリスちゃんが、あの状況に混乱しているのも気になる───」
「フォルトちゃんが、あの状況で落ち込んでないふりをしたのも気になる───」
「リリアちゃんが、あの状況に重いもの背負っちゃったのも気になる───」
「「「「けれども」」」」

ヴォンド、ノーリ、ガンム、ニースがそれぞれ俺のほうを見据える。

「お前以外じゃ、彼女達に関わることすらできないのも事実だ。」
「彼女達の今のあらゆる行動理由がお前である以上、そこに干渉しても何の役にも立たないからな。」
「落ち込むことも、喜ぶことも、全てはあなたの行動で決まるわけですし。」
「とまあ、長ったらしく言ったが我等が言いたいことは一つだけだ。」

それぞれが、言葉とともに俺の肩を叩きながらさっさと自分達の家に帰っていく。最後に、俺への激励なのか、怒りなのか良く分からない言葉だけを置いて。


「「「「我等が女神達の笑顔を作り出せないと、ただじゃ置かないからな」」」」


キララ達のことなんて、あいつらはとっくの昔に諦めていたんだ…そして、自分達が大切に思う彼女達のために、俺の失敗を支えてくれて、そして俺の敵とか言いながら、今もこうして手伝ってくれている。

「…あー、もう…本っ当に駄目だ…自分が情けなさすぎる…」

こうして、4人に励まされても、俺は未だに何の足がかりも見つけきれない。何をすれば、俺が望む形───4人が、心からの笑顔を浮かべてくれる光景───になるのか、さっぱり分からない。

結局、そんなもやもやした思いのまま、俺はヴェロンティエへとすごすごと戻ることになった。
先ほど、親衛隊の一人が新しく付け替えてくれた裏口から店に入って、これからすべきことをしっかり考えるために、ちょっと休もうか───

「レイ、帰ってきたわね?」
「キララ!?」

俺の目の前にいるのは、一見いつも通りのキララだった。そしてその隣にいるのは、いつぞやの隣の国の料理人。

「ゼノスさん…?え、あれ?何で、ここに…?」
「約束の一週間が過ぎたので、答えをいただきに来たのですけど…何か、立て込んでいたいみたいですね?」
「あ、いえ。すいません、こちらの事情で───」
「レイ、話があるわ。」

いつも通りのキララ。
不自然なほどに、いつも通りを装っているキララが、そこにいた。

「キララ、お前まだ少し休んでた方がいいんじゃないか?」
「…大丈夫よ。あたしは、大丈夫…」
「キララ…」
「レイ、ゼノスさんと‘料理勝負’をして。」
「…は?」
「その結果、ゼノスさんが勝ったら、あたしはゼノスさんの店に行く。」
「ちょ、待てよキララ!何だってそんな話に!?」




「内容は『あたしが人間として生きていると実感できる料理』を作ることよ。」


34 :雨やかん :2008/02/15(金) 09:05:37 ID:VJsFrctD

とぅるー33!

勝負の時は7日後。それまでにキララが用意した命題に沿った料理、もちろんオリジナルの創作料理を考案し、唯一の審査員であるキララに食べてもらい、その判定を求める。
俺が勝てば、キララはここに残る。
ゼノスさんが勝てば、隣の国に一年間留学することになる。

けれど、それはあくまで外面的に起こることだ。

先ほどの言葉にキララの今の思いが、キララの今の心の叫びが集約されていることに気づかずにはいられなかった。

『人間と認めてほしい。何より、自分自身で認めたい。』

おそらく、今回みたいなことが無い限り、キララが神の力を発現することはもう無いと思う。けれど、それだけではきっとキララ自身は納得することが出来ない。
自分が根本的に他の人間達と違うと知ってしまった今、キララが求めているものは、それでも自分が人間だという確固たる証。しかも本能で理解してしまった自分自身すらも納得させることのできるほどの証。

それを、キララは勝負という形にして―――・・・

「大切な、俺に示して欲しい・・・ってか?」

思わず一人でつぶやいてしまう。
あれから、キララはさっさと部屋に閉じこもってしまって出てきてくれない。呼びかけても『しばらく放っておいて』という答えしか返ってこない。ちなみに、これはマリスに関しても同じことである。リリアを見送った後、マリスもまた部屋に閉じこもってしまって何かを考えているようだった。リリアにしても、おそらく明日からしばらく店には来ないだろうし、一番傷口が浅いフォルトさんだって、あれから俺と話をしていない。

「はぁ、何やってんだ俺・・・」

そして俺はというと、出口の全く見えない―――そもそも、あるかどうかも分からない―――迷路に迷い込んだ状態。天才のはずなのに、正解どころか解き方の見当すらつかない難問を前にして立ち往生である。
本当に、これからどうすればいいんだか。ミリアさんですらネガティブまっしぐらの状況では俺も思わず考え方が後ろ向きになってしまう。そういや、ミリアさんの姿もさっきから見ない。どこから、こことは違う次元で思い悩んでいるのかもしれない。今回のことにキララと同じぐらいショックを受けているだろうし。

「ああ、もう・・・どうすればいいんだよ・・・はぁ・・・」

‘ココココン!’

その急いだようなノックの音がしたのは、何度目になるか分からないつぶやきとため息を口から押しだした瞬間だった。

「ん?」
「レイ君!あたし!ちょ、急いで来て!」
「フォルトさん?」
「早く!マリスが!キララが!」

ベッドから飛び起きて扉を開け放つ。そこにいた不安そうな顔のフォルトさんと並んで、急いで廊下を抜け、マリスの部屋へ侵入する。

本来あるべき道具はそのままに、しかし本来いるべき人間がいない部屋へと。

「マリスっ・・・どこに行ったんだ?」
「分かんないよ!心配でマリスの様子を見に来てみたら、こんな状態で・・・それに、キララの部―――」

最後まで聞くことなく、俺はすぐ隣にあるキララの部屋へと駆け込む。いつもなら、勝手に入れば怒り出すはずの人間がいるその場所は、やはり先ほど見た部屋と同じような状況だった。

「キララ・・・っくそ!」

失敗した。
あり得ない大失敗だった。
俺は、何をしていたんだ!?答えを出さなきゃって自分で考え込んでる暇があったら、ショックを受けた2人に会う方が先だったに決まってる!なのに、自分が抱え込んだ問題を最重要視して、本当に大切な彼女たちをおろそかにしてしまうなんて・・・!

「くそ・・・くそっ!くそっ!俺は、なんて馬鹿なんだっ・・・!?」
「レイ君・・・」
「何が天才だ!何が答えを出すだ!何が、選びたい、だ・・・!」

選択肢を選ぶ。それだけだったはずなのに、俺はその選択肢を自らの失敗で失ってしまう瀬戸際にいる。こんな馬鹿なことをしてしまうなんて・・・

「俺は、どうしてっ・・・!」
「レイ君っ!もう止めて!?」

ふと右手にかかる軽い拘束に、ふと思考を止める。
ああ、そういえば俺の隣にはフォルトさんがいたんだっけ・・・ほら、自分の思考に没頭すると、やっぱり忘れてしまう・・・俺は、本当にどうしようもない・・・

「レイ君!レイ君!そっちに行っちゃ駄目!?駄目だよぉっ!」
「俺は、どうしてこんなにも・・・――――っ?」

ふと、言葉が途切れる。
いや、途切れさせられる。
目の前にあるのは、瞳をしっかりと閉じて俺との距離をゼロにしたフォルトさんの顔だった。その両腕は、しっかりと俺を捕まえてくれている。まるで、不安定すぎて飛ばされそうなものを、しっかりと支えるかのように。


35 :雨やかん :2008/02/18(月) 11:01:23 ID:VJsFrctD

とぅるー34!

「っ・・・ぷは・・・」
「ふぉ、ると・・・?」
「レイ君・・・お願い・・・折れないで・・・!折れちゃ、嫌だよぉ・・・!」
「折れ、る・・・?」
「分かってる!あたしにだって分かってる!レイ君が、どれだけ今厄介なことを背負っちゃったのか、分かってる!あたし達を囲んでる問題が、どれだけ絶望的かだって、分かってる!けど・・・けどぉっ・・・!」

俺にしがみつく力を強くして、フォルトさんはあふれ出した涙をぬぐとうともせずに俺に言葉をはき出す

「けど、あたし達は・・・本当に、諦め切れてないんだよっ・・・下向いちゃって、座り込んじゃって、目を閉じて耳も塞いで何もかも全部無いことにしたくてたまんないのに!なのに・・・なのに、きっとみんな・・・あたしだって、キララだってマリスだってリリアだって!みんな、真っ暗でもレイ君の瞳の光を待ってる!何も聞こえなくてもレイ君の声を待ってる!どんなに寒くてもレイ君の温もりを待ってる!どんなに忘れたくたって、レイ君との思い出が浮かんで・・・頭の中埋め尽くしてっ、そんで・・・そんで、『もう少しだけ』って逃げ出そうとする足を、必死に、必死に止めてるんだよぉ・・・!」

俺の光・・・?
俺の声・・・?
俺の温もり・・・?
俺との、思い出・・・?

「なのにぃ・・・なのに、レイ君まで折れちゃったら・・・!もう、本当にどうしようもなくなっちゃう・・・みんな、潰れて、もう、笑えなくなっちゃうよぉ・・・!」
「みんな、笑えない・・・?」
「ごめん・・・ごめん、レイ君・・・!レイ君だって、辛いの分かってるけど・・・お願い・・・お願いだからっ、あたしを・・・あたし達をっ・・・笑わせて・・・助けてっ・・・!折れないでぇっ!!」

俺が、折れたら終わりなのか・・・?
ってことは、俺が折れない限り、まだ終わらないのか?
俺が、ちゃんと立って、必死に、頑張って、生きれば―――


――――キララも
――――マリスも
――――フォルトさんも
――――リリアも

――――笑ってくれるのか?本当に?


「レイ、君っ・・・お願いだからぁ・・・折れちゃ、嫌ぁっ・・・!」
「フォルト・・・」
「あたしに、出来ること・・・なんだってするからっ・・・あたしも、頑張るからっ・・・怖いけど、頑張るからっ・・・!」
「・・・うん・・・うん・・・俺も、頑張るよ・・・」
「レイ君っ・・・!」
「だから、フォルトさん・・・今だけ・・・フォルトさんを、利用するみたいで悪いけど・・・今だけ・・・!」
「レイく―――っ・・・!?」

フォルトさんを抱きしめ返し、そのままほとんど強引に先ほど俺がやられたことを、今度は俺からフォルトさんに顔を寄せて繰り返す。
そして、ゆっくりと顔を彼女から離す。

「今だけ、自信が欲しいんだ・・・今日、一日だけでいいから・・・俺に、もう二度と折れないですむように・・・フォルトさんの想いを、もらいたい・・・!」
「・・・それで、レイ君があたし達のために・・・折れないでくれるなら。」

これは、非難されるべき行動なのかもしれない。
俺は、俺の不安をかき消すために彼女に手を伸ばしているんだから。
彼女の気持ちを利用して、俺は彼女を求めているんだから。

それでも、俺は二度と自分が最低だと腐らない。

自分で、自分に絶望することをしない。

俺が折れないかぎり、彼女も、他の彼女達も笑わせてあげられるのだから。

そう信じられるだけの自信を、俺は彼女から受け取ることが出来たのだから。

さあ、それじゃあ頑張って必死に



彼女たちが笑ってくれる世界を発明するとしよう。


36 :雨やかん :2008/02/28(木) 11:09:25 ID:WmknQnu4

とぅるー35!


「―――・・・なんて考えて、このような状況を招いた自分にただいま全力で自己嫌悪中・・・」

現在、午前10時ごろ。お日様は高く、俺の気分は地をはうがごとく低い。それは、隣にいながらニコニコしている美女が一因だったり。

「いやー、あたしも久しぶりだったけど・・・さすが、レイ君だねっ!」
「何故にそんなに元気なのかな!?」
「はっはっはー、こういうことに至った原因はともかくとして、仮初めとはいえレイ君の愛を文字通り‘体で感じ取った’身分としては、笑顔が止まんないね♪」
「ぐああああああ!?」

そう。俺の隣にいる美女、フォルトさんはあろうことか一糸まとわぬ姿だったりするのだ。もちろん、俺も同じく。それは、昨晩の出来事が真実であるとする何よりの証明だったりするわけで・・・

「いいのか!?本当に俺はこれで良かったのか!?」
「レイ君ったら、昨日も同じ事言ってた割には激しかったよね。」
「思い出させないで!?」
「なんなら、もう一回いっとく?」
「もう十分です!本当に!」

こういうことの後は女が強いのいうのは本当かもしれない。そういえば沙羅もそうだったし。いや、むしろ俺が弱いんだろうか・・・

「本当にいい?」
「本当に大丈夫ですから!」
「ふむふむ・・・うん、そうみたいだね♪」
「あ・・・」

フォルトさんはベッドの下に散らかしてあった服を取ると、さっさとベッドから出て着替えを始めてしまった。俺もとりあえず服を着ていくが、先ほどまでとは違った空気が俺とフォルトさんの間に流れている。

「ねえ、レイ君。」
「ん。」
「あたしから言わせて貰っていい?」
「え?・・・まあ、どうぞ。」
「あたし達のために折れないでくれて・・・ありがとう。」

着替え終わって、ペコリと頭を下げた彼女に対して、俺も同じように伝えなかった言葉を口にする。

「こっちこそ、絶望しないだけの自信をありがとう、フォルトさん。」

そして、お互いに伝えなければならない言葉を、もう一つだけ。

「「そして、これからよろしくお願いします。」」

それは、俺が出口の無い迷路で自分が取るべき進路を見つけ出した瞬間。
どうしてこんな簡単な方法なのに思いつかなかったんだろうかというレベルの答えであると同時に、俺だからこその答え。正しい順路を進むことなんて、俺にはどうせ出来るはずが無いんだから―――

出口なんて、そんなもの自分で作ってしまえばいい。

「よし、とりあえず行くとするか。」
「お?早速行動するんだ?誰から?」
「キララはまず間違いなく七日後まで逃げ切るに違いないから、残りの2人から攻略していこう。」
「わお、レイ君ったら頼もしい。」

微笑むフォルトさんにサムズアップで応え、2人で部屋を出る。リリアか、マリスか・・・居場所がはっきりと分かっているリリアより、マリスを探すことから始めるべきか?とりあえず、親衛隊に聞けば教えてくれるに違いない。
・・・フォルトさんとの一夜がバレないといいなぁ・・・


「ここが、マリスの家ねぇ…」
「ん?レイ君、何か変なとこでもあった?」
「いや、これで俺は4人の家全てを回ったことになるんだなぁと。」
「『お父さん、娘さんを僕にください!』って叫んでみる?」
「いや、しないしない。」

親衛隊からの情報によると、マリスはどうやら自分の家に戻って引きこもっているらしいとのことだった。ほとんど家から出ることはなく、部屋の中でじっとしているらしい。

「…さて、マリスを引きずり出すぞ。」
「多分、ものすごーく抵抗するよ?部屋から出てこないかも。」
「ドアを破ってでも話をします。」
「レイ君ったら随分と積極的だね。」
「今回ばかりはね。」
「まるで昨日の夜みたい。」
「だから、思い出させないでください!?」

俺、ひょっとしてとてつもない弱みを握られたんじゃないだろうか…早まった!?

「と、とりあえず行くぞ!」
「お供しますよ、レイ君。」

そして俺は、彼女からもらった自信を胸に、玄関をノックし、現れたマリスのお母さん(うん、確かにマリスのお母さんだ。顔つき、体つき、ともにそっくり。)に許可を得て、そのままマリスの部屋まで直行した。


37 :雨やかん :2008/03/04(火) 18:12:14 ID:m3knVLkD

とぅるー36!

で、たどり着いたマリスの部屋は鍵を二重にかけられてシーンとしていた。雰囲気としてはあの世とこの世をつなぐ黄泉の坂?

「マリス?おーい、いるんだろー?」
「っ!?」(ガタタタン…)
「よし、いるみたいだな。とりあえず、話をしたいから開けてくれないか?」
「…話すことなんて、何も無いわ…帰って…」
「いや、俺にはあるから。開けて。」
「帰って。」
「開けて。」
「帰って。」
「開けて。」
「っ…帰ってって、言ってるでしょう!?」

マリスに怒鳴られるのなんて、俺がこの世界に戻ってきたとき以来かも。まあ、それだけマリスにとっては今回のことが衝撃的だったってことなんだろうなぁ。

「帰らない。」
「帰って!お願いだから、帰って!」
「絶っ対に断る。」
「レイ!」
「俺が帰って、それでマリスが元気になるとか、前みたいに笑ってくれるとか、それなら帰るよ。もう、飛んで帰る。」
「くっ…お願いよっ…帰って…レイ…!」
「けどなぁ!そうやって、俺が来たことが嬉しいのと辛いのとごちゃ混ぜになってる状態で!こんな薄い板一枚のすぐ向こうで、いつもの笑顔どころかぐちゃぐちゃの顔で泣いてるようなマリスを放って置いて帰れるわけがないだろうがぁっ!」
「っ───!?」
「気づいてないと思ったか!?気づかれてないと思ったか!?甘い!俺をなめるなよ、マリス!昨日までの俺ならともかく、今の俺ならマリスとの間にあるこんな薄い壁なんて無いも同然!むしろ、マリスの心の壁の方が厄介なんだよ!」

おそらく、今まで寄りかかっていたであろう扉から離れたのか、ギィと少しだけ音を立てて扉がきしんだ。そして、今度は俺が扉に手を当てて押すように力を込める。

「マリス!言え!『帰って』じゃない!どうしてお前が俺にそんなことを言うか、その理由を言え!俺はお前の口からそれを聞きに来てるんだよ!その理由を蹴飛ばすために来てるんだよ!お前の口から言ってくれ!」
「…あ、あぁっ…」
「マリス!」
「わ、たしはっ…だっ、て──…だって…!…っ…!レ、イ…!」
「頼むっ…!言ってくれよ、マリス…俺に…俺に、お前の笑顔を作る機会をくれ…!お前と、もう一度一緒に笑い合える機会をくれっ…!」

このままじゃ嫌だから。
俺と、フォルトさんだけじゃ嫌だから。

「もう一度!みんなで一緒に笑いたいんだ!お前だってそうだろう、マリス!?」
「っ───!…う…う、あ・あ、ああああああああぁっ!!」

薄い扉の向こうから、俺の耳には確かに分厚いマリスの心の壁が崩れていく音が聞こえていた。

「だってっ!だって、私のせいじゃないの!キララが辛い目にあったのも!リリアが自分を責めてるのも!フォルトが一人になっちゃったのも!レイがっ…レイが傷ついたのも、全部っ…全部私のせいでしょうっ!?」
「違う!そんなことあるわけないだろ!」
「いいえ!違うことなんてない!私があの時、レイを巻き込んだからこんなことになったのよ!私があの時、自分が助かりたくてあなたを利用したからこんなことになったんじゃないの!なのに、どうしてレイがここに来てくれるのよ!?どうして私なんかを助けようとしてくれるのよ!?どうしてまた私を笑わせてくれようとするのよぉっ!?」
「マリス…レイ君…」
「フォルト!あなただってそう思うでしょう!?私が…!私がこの不幸の始まり!全部私が始めちゃったことでしょう!?そんな私が、どうしてあなた達とまた笑えるっていうの!?どうして、あなた達の傍にいられるっていうの!?無理よ!許されることじゃないわ!そんなの絶対に許され────」
「それを、誰が許さないんだ?」

マリスの絶叫にも近い訴え。
その大きな叫び──嘆き──の中にあって、不思議と俺の声は響いた。叫んでいたはずのマリスがピタリとその口を止めたんだから間違いない。

「なあ、マリス…誰が、それを許さないんだ?誰が、マリスと俺達が一緒にいて笑うことを許さないなんて言ったんだ?」
「そ、んなの…だって、決まって…」
「俺は言ってないだろ?キララも、お前を責めてない。フォルトも、お前を罵ってない。リリアも、お前を蔑んでない。俺達のうち、マリスを許さないなんて言った奴も、思った奴も、いないんだ…‘マリス’を除いて。」
「んっ…!」

マリスが息を呑む音が、扉のすぐ向こうから聞こえてきた。

「自分がそんなに許せないか?自分のとった行動が、間接的とはいえ俺を傷つけたことがそんなに許せないか?」
「ぅっ…だ、って…私は、あなたが…あなたがっ…!」
「…俺が、お前にとって大切な人間だから…傷つけたことが許せない?」
「…ええ…ええ、そうよっ…私はっ…私は、あなたが本当に好きだった…!あなたに愛してほしくて!あなたを愛している自分も誇りだった…!なのに、私はあなたを、あんな目に合わせてっ…!」
「俺も、マリスが大切だ。」
「…え…?」
「恋とか愛とか、そんなもん関係ない。ただ、マリスが大切だ。マリスと一緒にいるあの時間が大切だ。マリスと一緒にみんなと笑い合う時間が大切だ。そして、俺は自分が傷つくことで、俺が大切なその時間を傷つけた。」
「そんな!レイが傷ついたのはあなたのせいじゃ───あ……」
「な?マリス。同じことだろ?マリスがそんなことを言うんだったら、俺だって間違いなく俺の大切なものを傷つけた。じゃあ、俺は許されないのか?そういう考え方もあるかもしれないけど…けど、それはきっと俺が決めることじゃないんだよ…その大切な時間を過ごしていた、‘俺達が決める’ことのはずだ…違うか?」
「わた、し…達、が…?」
「マリスは今、俺のせいじゃないって言ってくれたよな?フォルトさんにも似たようなことを言われた。リリアとキララはまだ聞いてないけど、まあ答えは分かってるつもりだ。だから、俺は自分を許す。その代わり、またあの時間を取り戻してみせる。それが、傷つけた俺の役目だと思ってるから。」
「レ、い…けど、私は…でも、だって…!」



「俺は、マリスと出会えたこと、マリスを助けたこと、マリスと過ごしたこと、その何一つに後悔なんて感じてない。」



「っ〜〜〜〜〜〜!」
「こんな言葉じゃ…自分を許してやれないか?マリス…」
「レイ…!」
「取り戻したいんだ…俺とお前が、大切にしていた時間を…お前と一緒に。」

カタン…キィィィッ…

扉の向こうで鍵の開く音。そして、扉自身が開く音。
ようやく境界のなくなった空間で俺と視線を交わすのは、少し痩せたようにも見えて、それでも瞳には以前のような光が輝いている俺の大切な仲間。

「…あなたが、私を必要って言ってくれるなら…許すしか、ないわね…」
「マリスがいなきゃ、話になりません。」
「っ…、レイ…!」

俺に向かって飛び込んでくる彼女を、そっと迎え入れるように抱きとめる。泣き続ける彼女の温もりは、とても嬉しく、心地よかった。


38 :雨やかん :2008/03/07(金) 18:51:51 ID:kmnkz7o3

とぅるー37!


「って、本人の家族の前で告白まがいのことをした過去の自分を全力で殴りてぇっ…!」
「あら?私と過ごしたことに後悔なんて無いんでしょ?」

場所は依然としてマリスの家。
もちろん、部屋の前などではないのだが…居間のソファの上なんだが…
右隣…っていうか、右膝の上にマリス。そりゃあもうベッタリ。腕にしっかりと抱きついてますよ。一ミリたりとも隙間を空けるものかという気迫が伝わってくるぐらいですとも。
左隣…やっぱりこちらも左膝の上にフォルトさん。同じくピッタリ。マリスに負けるものかと言わんばかりに密着中。体だけでなく顔まで寄せていらっしゃる。

で、正面に…マリスのご両親アンドお兄様。あ、お兄さんはお仕事お疲れ様でした。お帰りなさい。何か疲れの取れるものでも作りましょうか?ですからその視線は止めてください。痛い、痛いですよお兄様!?

「いやいや…娘を引っ張りだしてくれて、本当にありがとう、レイ君。」
「い、いえ、半分ぐらいは俺の責任でもあるわけですし…」
「そうね。私とレイの‘2人の’問題だものね?」
「む?マリス、なんかその言い方には含みがあるよーに聞こえるよ?」
「それはフォルトの勘違いよ。ええ、きっと。」
「まー、いいけどさ?こっちは、ねぇ…ふっふっふっふ…」
「その笑い方にこそ含みがあるように聞こえるのだけど?」
「さあ、気のせいなんじゃないかなー?ねえ、レイ君?」
「…レイ、私がいない間に、フォルトとも何かあったの?」
「ふっふー、何だと思う?」
「…何があったのか、ちゃんと話してもらうわよ?」
「いや、マリスにはちょっと早いと思うよぉ?あたしとレイ君の一夜の話はねぇ?」

想像して欲しい。地雷原のど真ん中でフルマラソンしている状況。あるいはインドネシア沖を海賊上等という旗を掲げて横断する状況。劉邦の軍に四面楚歌に追い込まれたどころか上空からメテオ、地盤沈下まで勃発した項羽軍の状況。

まあ、つまりは…デッドラインの上に片足で踏ん張ってる状態?いや、むしろ既に片足は突っ込んでるに違いない。向こう側に。だって生きてる心地しないもん。

「あー…噂には聞いていたが、本当に君も大変そうだね…」
「まあまあ、女性を養うのは男の甲斐性ですし。さすがレイさんと言ったところでしょう。」
「いや、親父もお袋ももう少し言うことあんだろ、この男にさ!?」

お兄さんのお怒りもごもっとも。
娘がべったりと張り付いている男は、ご町内でも有名な(誇張表現は無い)4股男。しかもその4という数字の一つがまぎれもなく自分の愛娘、もとい愛妹。

「兄さん、ちょっとうるさいわよ?」
「まーまー、オルカさん。落ち着いていきましょうよ。」
「俺を落ち着かせたかったら、その男から距離を取れやあああああああああ!?」

うわあ…なんだろう。とても当然のツッコミのはずなのに、この世界に来て初めて出会ったかもしれない貴重なツッコミ要員。今まで俺一人で頑張ってたが、この人に半分ぐらい任せてもいいだろうか。

「というか、何だこの状況!?仕事から帰ってみりゃ、昨日まで奈落の底まで落ち込んでたマリスはこれ以上ないぐらいにご機嫌で!?なんか、その原因であり解決した恩人であるはずの男はフォルトちゃんまではべらせて!?親父もお袋も許容してるし!?そもそもお前は誰だああああああああ!?」
「兄さんも聞いてたでしょ?これがレイよ。」
「‘これ’呼ばわり…」
「もう、レイったら。そのぐらいで拗ねないでよね?」
「だから、俺を無視していちゃつくんじゃありません!?お兄ちゃん、お前をそんな妹に育てた覚えは無いぞ!?」
「今の私を構成してるのはお母さん2割、お父さん2割、レイが約5割よ。」
「兄ちゃん、残り1割しかないのか!?」
「まさか。『その他」に分類されるわ。」
「要素無し!?」

この兄妹会話の間もマリスはベッタリ。むしろお兄さんから逃げるように俺にさらに擦り寄ってくる。それにしても、ツッコミしなくていいって楽だなぁ…お兄さん、ヴェロンティエで雇えないかなぁ、ツッコミ要員として。

「埒があかん!うちの妹に抱きついているお前!」
「どう見ても、俺が抱きつかれてるんですが…」
「ちっちゃいころは、お兄ちゃん大好きとまで言ってくれた妹を立ち直らせてくれてありがとう!けど、話がしたいからその体勢をどうにかせいや!?」

あれ?この人も微妙に…いや、待て。ただ妹思いなだけかもしれん。とりあえず、この2人を引き離そう。それがいい。

「だ、そうだから…とりあえず2人とも離れてくれ。」
「拒否権を行使するわ。」
「マリスが離れないからあたしも。」
「拒否権はありませんので離れてくれって。」
「まあ、レイったらわがままね。」
「俺が!?」
「そいつが!?」
「こんなにも想ってくれる女の子を無理やり引き剥がすなんて、男としてやっちゃいけないんだよ、レイ君、オルカさん。」
「だからモテないのよ、兄さんは。」
「モテないんじゃねえ!俺の眼にかなう奴がいないだけだ!お前以上の女がいたら全力で口説いてみせるわ!ってか、そこは関係ねえ!」

…決定、やっぱこの人もちょっとまともじゃない。あれだ。シスターコンプレックスだ。間違いない。でも…

「マリス以上となると大変そうだ…」
「あら?その発言は、レイってば私をいい女と見てくれてるってことよね?嬉しいわ。」
「だから、お兄ちゃんの前でいちゃつくのを止めろ!そこの女たらし!」

お、女たらし…うわぁ、相手のご家族に言われるとダメージも倍増だ。

「4人もの美女を独占してすいません…」
「噂には聞いてたけど、本当に4人もいんのかよ!?ってか、うち2人が俺の知り合いってのが衝撃的すぎるわ!」
「残り2人のうち、1人はキララよ。」
「実は3人!?しかも俺の初恋相手!?」
「待て!その言葉は聞き逃せねえ!」
「もうふられたわ!後、急に態度がでかくなったな、お前!?びっくりしたよ!」
「あ、すいません。つい…」
「…いや、こっちこそ熱くなりすぎた…お前のせいじゃないもんな…」

思わず立ち上がった拍子にマリスとフォルトさんは自然とソファに落ちる形になっている。
ともあれ、何とかマリスのお兄さんとも仲直り。終始ニコニコしていたご両親の視線がものすごく気になるのだが…また刺されたりしないよな?

「うんうん。将来の義兄とも仲良くしてくれて何よりだ。」
「これで全ての問題が片付いたわね、あなた?」
「やっぱりそんな笑顔か!」

これで4人の家族全てに挨拶を終えたことになるんだが…心象が良いのは素晴らしいことだよな、うん。
…泣いてなんかないやい。


39 :雨やかん :2008/03/11(火) 20:02:41 ID:ncPiWcLF

とぅるー38!


マリスの家から戻ってきて一晩明けた朝。
いつもの朝食の席は半分まで埋まっていた。

「うーん、キララは分かるけど、ミリアさんまで何処行っちゃったんだろ?」

多分、一緒に異世界に行ってると思う。

「そう言えば、レイ。どうしてミリアさんまでいないのか、あなたは知ってるの?」
「あー…一応、な。」
「その理由って、あたし達には言いにくいこと?」
「えっと、だな…」
「気にはなってたのよ。レイが傷つくことで、あのヴォルフと直接関わりのあった私、そしてあの男を騎士につけた王族の一人であるリリアが落ち込むのは分かるの。けれど、どうしてフォルトのようにキララはレイと一緒にいないのかしらって。」

さて、どうすべきか…本当のことを話していいのか?俺が?当事者の許可どころか、本人達はいないのに?

「あー…う〜ん、確かに、キララがへこんでるのは、ヴォルフとは関係ない。俺が傷ついたことが始まりではあるけど、それが落ち込んでる理由と直接結びついてるわけでもないんだ。」
「じゃあ、直接の理由は?」
「それは…すまん、俺の口からは話せない。ただ、フォルトさん。」
「ん?何?」
「フォルトさんと俺との間にあった問題。それと少しだけ関わりがあるってことだけは、言えるよ。」
「え、ええ!?ま、まさかキララも!?」
「ちょっと、2人だけで納得しないでちょうだい。」
「ああ、そうだな。マリスにも聞いて欲しい。」
「何を?」
「…俺の正体について、だな。」

俺は自分が異世界の人間であること。親父の作ったものの力でこちらへ渡ってきたこと。一度は帰ったが、再度親父の発明品で戻ってきたことを明かし、さらにフォルトさんもその流れで自分がかって異世界の人間と主張した者の子孫であることも明かした。

「と、いうわけだ。」
「なるほど。レイの異常ともいえる能力は異世界の住人ならではだったのね…」
「…なんか、あんまり驚いてないね、マリス?」
「むしろ納得って感じかしら。それに、今更レイが異世界の人間でしって言われてもねぇ…もう、私はあなたを好きになっちゃった後だもの。実は化け物でしたって言われても受け入れるわよ。」

そう言って笑うマリスは、何と言うか非常に可愛かった。やばい、顔が真っ赤になってるのが自分でも分かる。

「あ、ありがとう…」
「むぅ…何か、マリスが強いし…あたしなんて、自分のことだから凄く不安になっちゃったのにぃ。」
「私も自分がそうだったら辛かったかもね。けど、結局はレイが何とかしてくれたわよ、フォルトと同じでね。」
「ま、それもそうだね。」
「頼む…お願いだから、それ以上恥ずかしい会話は勘弁してくれ…」
「そうね。今はレイをからかってる時じゃないものね。」
「うん、今はね。」
「今後も止めてくれ。ともかく、キララが落ち込んでる理由は異世界が多少なりとも関わってるんだ。フォルトさん以上に深刻だから、ちょっと俺の口からは言いづらい。」
「異世界、ねぇ…キララがレイに作って欲しいって言った『人間だと実感できる料理』っていうのも関係してるのかしら?」
「…マリス、鋭いね。」
「そういえば、レイ君は料理も考えなきゃいけなかったんだっけ…何か構想みたいなものは出来てるの?」
「いや、真っ白だ。とりあえずは、手近なところから片付けていこうと思ってたからな。後、問題もあるし。」
「へぇ、どんな?」
「俺は、工学系の発明品ならともかく、料理に関しては独創性が無い。そもそも、俺が作ってる料理は元の世界じゃ珍しくないものばかりだしな。」
「つまり、創作料理を出せと言われても…」
「無理です。」
「って、それじゃあどうするの?」
「…難しい問題は後回しにして考える。」
「試験問題を解くときの常套手段ね。」
「キララ、かわいそうな気がするけど…そんじゃ、次はリリアのとこに行くの?」

現在、リリアは当然のことながらお城にこもっている。多分、俺達が何のアプローチもしなきゃ二度と会うことはないだろう。で、もちろんそれでいいなんて俺もマリス達も欠片も思っていないわけで…

「ん。早速、閉じ込められたお姫様を救出しに行くとしますか。」


40 :雨やかん :2008/03/13(木) 22:08:27 ID:m3knVJoc

とぅるー39!

「レイ・キルトハーツが来たら、城に入れるなって言われてるんだ。悪いな、レイ。陛下の命令だから逆らえんのだ。」

わーお、さすがの俺も予想外でした。

「レイ君、囚われのお姫様を助けに行くどころか、お姫様とその家族から拒絶されてるよ?」
「ちなみに、ヴェロンティエの職人は全員入れないように言われているんだが…お前達、何かやったのか?」
「むしろ私達まで拒否されているようね。」
「うーん、女の友情は脆いって本当だったんだね…」
「そんなことを言っている場合でもないぞ。」

現在、リリアがいるはずのお城。その城門前で文字通りの門前払いを受けてしまったわけだが…

「おっちゃん、ちなみに一つ聞いておきたいことがあんだけど…」
「何だ?」
「俺の正体について、知ってる?」
「ん?お前、ヴェロンティエの料理人、兼特務騎士だろ。それとも、まだ他に何かついてたのか?」

ばれてる…しっかり、完全にばれている。
特務騎士って、王族と後はアイン達ぐらいしか知らないはずだけど…やっぱり、親衛隊の言うように目立ってたんだなぁ…なのに、リリアとの密会って言葉にちょっぴりどきどきしてたんだよな、俺。

「おっちゃん、ちなみにいつから気づいてたの?」
「例の事件の後ぐらいだな。騎士団の連中が立ち話してるの聞いて、なるほどと納得してたんだ。」
「レイ、それって…」
「ああ。俺の存在を内密にする一方で、俺が失敗してもいいようにっていう陛下達の気遣いなんだろうな…」
「うーん、やっぱり国王陛下って凄いんだね。」
「お前が国を救ってくれたことで、お前と姫様の関係は城の誰もが知ってるよ。むしろ、お前がいつ城門からどうどうと姫様に会いに来るかの賭けが行われてたぐらいだぞ。」
「娯楽の対象にまでされてるし!?」
「まぁ…、まさかそうやって会いに来たときに、姫様からお前を拒絶する命令が出るとは思ってもみなかったがな。」
「…そうだな。陛下達は、何だって?」
「ああ、言づかってる。『お前と、もう会うなんて出来ないとリリアが言ったので、悪いが中に入ることを許してやるわけにはいかない。国王として、王女に何かする可能性のある者を近くに置くことを認めることは出来ないのだ。』だそうだぜ。」
「ふむふむ…なるほどな。」

『許してやるわけにはいかない』
『王女に何かする可能性のある者』
『認めることは出来ない』

「…うわぁ、そういうことなのか…?」
「お?レイ君、何か閃いちゃった?」
「レイ、何だか笑ってるのにめんどくさそうよ?」
「あー…、レイ。多分、お前が思いついたことであってると思うぞ?そうなった場合の対応策も言われてっから。」
「もう対応策っていう時点で、俺の不幸が決定してる気がするよ…」

そう言いながら、俺はまず膝の屈伸。続いて伸脚、と準備運動を始める。
マリスとフォルトがまさかといった表情で苦笑いしている横で、門番のおっちゃんは見張り台の方へと何やら合図を出していた。合図を受けた見張り台の兵士は兵士で嬉しそうな顔でごそごそと準備を始めている。

「あー、レイ。始める前に一ついいか?」
「ん?何、おっちゃん?」
「姫様なぁ…お前と会えないって仰られた日から、本当に笑えてないみたいなんだ。以前の侵略の時よりもずっとひどいと思う。俺みたいな一衛兵も、侍女達も、全員が姫様の笑顔を見たがってんだよ。あんな姫様、誰も見たいなんて思ってないんだよ。」
「…ああ、俺だって、リリアの笑顔が見たい。」
「それが出来るのはお前だって、城中の人間が分かってる。だから…頼んだぜ、レイ!」
「おう。マリス、フォルトさん。悪いけどしばらくここで待っててくれるか?‘リリアと一緒に’戻ってくるから。」

俺が体をほぐし終えると、おっちゃんが眼だけで準備は良いか?と聞いてくる。俺は頷いて、見張り台の人に手を振る。
依然としてニコニコ笑っている衛兵さん達は、上に吊るしてあった鐘に向かって木槌を振り下ろす者、そしてそれと同時に大声で叫び出す者の2人だ。



‘カカカカカカカカカカカアアアアアアアアアァァァァァァァンンンンン……’

「レイ・キルトハーツが城に侵入して姫様を狙ってるぞおおおおおおおおおおおおおお!」



そんな叫び声と同時に、俺は目の前で警棒を振りかぶった門番のおっちゃんをヒラリと飛び越えて城内へと侵入した。
さて、予定とは違ったが、リリアに会いに行こう。さしずめ、今の俺はお城にいる姫をさらいに出かけた魔王といったところか。


41 :雨やかん :2008/03/17(月) 13:05:38 ID:VJsFrctD

とぅるー40!

俺への対策なんだろう。城壁には有刺鉄線がところどころに張られていたので、俺は真っ正直に正門へと突っ走った。
こうしてちゃんとした出入り口から城内に入るのなんて、片手で数えるほどしかないという事実をどう見るべきだろう。うーん、門番のおっちゃんにも知られてるのなら、今度からはお城の皆さんに挨拶してから入ることにしよう。

「レイ・キルトハーツ、いらっしゃい!」
「そんでもって、うまくかわせよ!?」

正門の両脇に陣取っていた2人が武器を手に俺に向かって突っ込んでくる。どうやら刃は付いてないようだが、きっと当たれば痛いに違いないので、俺は振りあげられるようにして抜かれた剣をスライディングでかわし、そのまま正門の中へと駆け込んだ。

「おじゃまします!」
「ゆっくりしていけ!」
「むしろ、姫様の機嫌直すまで出さんからな!」

そんな激励を背中に受けながら、リリアの部屋まではどんな道を行けばいいのかを思い浮かべる。一時期、この城で生活していたとはいえ、やっぱり圧倒的に知らない部分が多すぎるんだよなぁ、とりあえず階段で4階まで上がらないと。

「あ!レイさん、発見!」
「リリアの部屋に行くにはどの階段上るといいんでしたっけ?」
「この通路の途中にある黒塗りのやつだよ!昨日、あたしが失敗して手すりが壊れてるから、それが目印ー!きゃー、脅迫されて教えちゃったー!」
「何か、人聞き悪いですね、それ!?」

何やらハイテンションな侍女さんと別れて、そのまま通路を全力疾走する。と、向こうに見えるのは12騎士のうち4人。ちょっと衛兵さんと比べてレベルが上がってるかも?

「ここは通さんぞー」
「通りたければ俺達を倒せー」
「…なんだか、むなしいな俺達。」
「これも仕事だ、気合入れろ。それに相手はレイだから気を抜くと痛い目に合うぞ!」

思わず俺とリリアのためにこんなことをやらせてごめんなさいと言いたくなるが、侵入者と衛兵は仲良くしてはいけないので無言でスピードを上げる。

最初の一人が突き出した槍…の刃が無いただの棒を掴んで引っ張り、バランスを崩して俺に近づいてきた相手の頭を掴んで床に押し付ける。もちろん手加減はしているが、多分痛いはず。
つづいて左上、右下から同時に切りかかってきた2人を、さらに一歩踏み込んで剣の柄を殴って弾き飛ばす。最後の一人は何かする前に一気に肉薄して脚払いをかけて転がしてやれば、もう俺の邪魔をするものはいない。タイムロスも無しに俺はスピードを上げたまま4人の間を突っ切った。

「瞬殺されたー」
「なんてやつだー…て、すげぇ痛かったんだが。」
「階段には罠があるんだから大丈夫さー!…聞こえたかな?」
「3段目に仕掛けられてるとは夢にも思うまいー!…あ、手を振ってるから大丈夫じゃないか?どのみち、レイなら何とかするだろ。」

背後でそんなやり取りが聞こえた。ふっ、敵に罠の位置を教えてしまうとは愚か者め…と、軽く魔王気分に浸りながら階段に到着。全部で15段ほどある階段を2歩で上がりきる。そのまま2階から3階へとやはり2歩でたどり着き、4階には向かわずに3階の廊下を全力で疾走する。

「うお?!こっちに来たよ!」
「え!?何で!?姫様の部屋、4階だよー!」
「どうせ、いないんだろ?」
「あら、分かってるじゃない。」
「ふぉっふぉっふぉっ、この先はわしの手入れしとる中庭じゃぞー。」

侍女が数人と、何やら竹箒を持っているお爺ちゃんとすれ違い、俺は中庭へと駆け込んだ。

「良く来たな、レイ!」
「待っていたぞ。」
「通行、不可。」
「姫様から私に乗り換えてみたりする?」
「押し通るっ!」

待っていたのは、それぞれの武器を手にした四聖騎士。俺が向かおうとしていた先の通路を塞いでいることから、リリアがいる場所として俺が考えていたことが間違っていないことを教えてくれる。
それだけを確認して、俺は上着に隠していたものを取り出した。

「お前の小手先の道具にひるむ俺達じゃないぜ!」
「そう簡単に通れると思うな!」
「敗北、再無!」
「さあ、来なさい!」

ああ、きっといつもの花火じゃアイン達は絶対にかまいはしないだろう。だからこそ、そこに付け入る隙がある。

「アイン!お前、花粉症か!?」
「おう!って、何でそんなことを────」
「ご愁傷様あああああっ!」

アイン達に向かって投げつけた小型花火。中身は、俺が作った中でもかなり凶悪な部類だと思う。唐辛子、コショウ、粉状マスタード、塩、柑橘類の汁、更にはその辺の森の花粉も多量に入っている。これがもしも口内や眼に入ろうものなら────

「ぎゃああああああああああ!?」
「ぐおおおおおおおおっ!?」
「痛!?痛!?痛!?」
「へきっしゅ!へーくちっ!ふぁ、ふぁーくちゅっ!」
「中庭の池にでも飛び込め!」

それだけ言って、俺は粉塵を飛び越えると4人を一瞬で振り切った。


42 :雨やかん :2008/03/21(金) 09:58:37 ID:VJsFrctD

とぅるー41!

‘カツン……カツン……カッ’

細い通路の奥にあった扉、その前にいたのは騎士団長であるリュカーさんだ。

「4人は、足止めにもなりませんでしたね。」
「そこをどいてください。リリアに会いに来たんですから。」
「何故、ここに姫様がいると?」
「だって、緊急時にはその扉の向こうにある部屋に設置されてる隠し扉、その先にある緊急の隠れ家に入るっていうのは、あの事件のときに教えてもらいましたから。」
「そういえば、そうでしたね。」
「隠れ部屋を変えてるかなとも思ってたんですけど…まあ、ここにリュカーさんがいますから、間違いないでしょう。」
「ああ、何て迂闊なことをしてしまったんでしょう!私の失敗で姫様達を危険な目に合わせてしまうなんて!」

わざとらしい。その言葉をここまで体言している人を俺は見たことが無い。壁によりかかって、ありもしないハンカチで流れてもいない涙を拭う真似。さらには天を仰ぎ見て神に祈るようなポーズまでするという徹底ぶりだ。

「…えっと、最後まで続けたほうがいいんですかね?この騒動。」
「もちろんです。」
「あー…そ、それじゃあ、り、リリアがそこにいるのは分かってるから出してもらうぞ。」
「何の!騎士団長の名にかけて、ここは通しません!」
「…芝居、好きなんですか?」
「幼いときの夢は、舞台俳優でした。ある役を演じきるために衛兵にちょっとなってみたら、いつの間にかこんなところまで来てしまったんです。」
「謝れ!騎士になろうとしてなれなかった努力家達に謝れ!」
「そんな私ですから、あんな男が騎士になったのにも気づけなかったのでしょうね。」

リュカーさんの声のトーンが下がる。確かに、この人もまた、あの事件に関して責任を感じている一人なんだろう。かつての部下の起こしたことで、自分が忠誠を誓った主が深く傷ついているのだから。

「…レイ君。君に、出来ますか?」
「何をでしょう?」
「私は、自らの眼力の無さで姫様を傷つけました。そして、君も自らの無力さで姫様を傷つけたと思っているのでしょう。」
「まあ、俺があいつにやられたのがそもそもの原因ですし。」
「ならば、私に出来なかったこと──姫様を、元のように笑わせてくれることが、君に出来ますか?」
「出来る、なんて言葉は言いません。リリアを連れ戻すために俺はここに来てるんです。出来るかどうか、そんなことを考えるつもりはありません。ですから、やります。それ以外の選択肢は捨ててきました。」

俺の言葉を聴いて、リュカーさんは満足気に通路を譲ってくれた。俺は、一礼してその扉をくぐって中へと入る。
以前来たときは、この部屋の一画にある大きな壁時計を操作すると通路が現れるようになっていた。今、その壁時計の前にいるのは2人の男女。

「レイ、俺は門番に伝えるように言っておいてはずだが?」
「ええ。ちゃんと聞いてきました。」
「あれを聞いて、どうしてお前はここにいるんだ?」

いつもの軽々しい雰囲気など感じさせない。国王としての存在感が俺にのしかかる───が、それすらも今の俺にとっては大したプレッシャーではなかった。

「ええ。『国王としての建前上、許すことは出来ないんだが、リリアに何かしてやれる可能性があるのはお前だけだ。だから、無認可でいいから勝手に入ってこい。』という伝言だったと記憶しています。」

目の前にいた陛下も王妃様も思わず目を丸くするほどの言葉を、俺は悪びれもせずに言い放った。本来なら打ち首ものの行動だろうから、当然といえば当然なのかもしれない。けれども───…

「何か、問題でも?」
「…ぷっ…くくくくくっ…かーはっはっはっはっは!」
「ふ、ふふふふっ…」
「はぁ、はぁ…ったく、お前らしいっちゃお前らしいな。そう取って欲しいと願ったとはいえ、普通そこまで堂々として言うか?」
「リリアを笑わせようと思って来たことのどこかに、気弱になる理由がありますか?」
「…そうだな。お前は、そういうやつだよ…」
「だから、きっと私たちもあなたを待っていたのね。」

2人はおだやかな、しかし深い悲しみが刻まれた表情でそっと隠し扉の方を見つめた。その先にいるのは、紛れも無く2人の子供であり、世界で最も幸せになって欲しい存在なのだろう。

「…あの子は、私たちに何も言ってくれないわ。」
「と言うか、実はお前のところから帰ってきてから、全く喋ってねぇ。喋れないってことは無いみたいなんだがよ…まるで、仮面を相手にしてるみたいな印象だ。」
「あー…リリアらしい落ち込み方といえば、そうなんでしょうけど…はぁ、微妙にまた以前のリリアに戻ってますね。」
「そう、だな…感情を押さえ込んで、自分を押さえ込んで、ただ‘在る’ことだけにつとめる。あの時と、似たようなもんだ。」

陛下達が準備をしている間に、俺は壁の前に立って一度深呼吸をする。

「…リリアらしい落ち込み方だけど、それがリリアらしくないってことは、分かってるのかなぁ?」
「その辺は、お前が確認してこい。」
「はい。それじゃ、お願いします。」

陛下が仕掛けを動かすと同時。ゴゥンゴゥンという重々しい音がして、俺はゆっくりと開いた扉の奥へと足を踏み入れた。

くぐり抜けた闇の中に見えたのは、白いドレスに身を包みながら背筋をシャンと伸ばして立っていた王女。そして、その手に握られているのは一振りの剣。


43 :雨やかん :2008/03/24(月) 09:28:02 ID:VJsFrctD

とぅるー42!

「・・・迎えに来たぞ、リリア。」
「今のレイ様は、侵入者だということをお分かりですか?」
「ま、そういうことになってるな。」
「つまり、今この場で私に斬りつけられても、何の文句も言えないのですよ?」
「その剣で、か?」
「はい。この剣で。この、私の手で。」

言い終わると同時、リリアは俺に向かって突進してくる。それを見てから、俺はひょいと軽く左に飛んで突き出された剣をかわし距離をとる。

「なあ、リリア。分かってるだろ?お前じゃ俺に傷なんてつけれない。」
「ですが、レイ様も私を傷つけることなど出来ないはずです。違いますか?」
「う・・・それは、まあ・・・」

当然。だって、リリアの笑顔を取り戻すために来たんだ。なのに、リリアとこうやって戦う理由なんて何一つとして無い。でも、それはそれで―――・・・

「でも、それはリリアにだって言えることじゃないのか?」
「どういうことですか?」
「リリア。お前が俺を・・・俺達を拒絶する理由は、俺が傷ついた責任を妙な形で背負ったからだろう?なら、お前にだって俺を傷つけるなんて―――」
「甘いですよ、レイ様。」

一瞬、リリアの声に含まれていたのは、紛れもない‘嘲笑’。そんなリリアの表情に俺が驚いた次の時には、すでにリリアは行動に移していた。
俺に向かって部屋に置いてあった花瓶を放る。天井スレスレに放り投げられたそれに一瞬だけ視線をやって、とりあえず回避するための行動をとろうとした時だった。

‘ガコンッ!’

「なっ!?」

おそらく、花瓶と並べておかれていただろう軽い陶器が俺の頭に直撃した。
まさか、俺が一瞬だけ視線を離した隙に!?重い花瓶をわざわざ投げたのは、軽い物体が近くにあることを悟られないためか!?け、けどこんなもの大して痛くないし―――

‘ヒュンヒュンヒュン・・・ガシッ・・・’

「う、あっ!?」

な、何だこれ!?糸!?糸の先に重り・・・って、まさか狩猟民族が獲物を捕らえるときに使う、糸の両側に重りをつけたあれか!確かに、あれは簡単に飛ばせるし地面すれすれに投げるだけで巻き付くのもあっさりだけど・・・けど、対象が動いていたら―――って、そのための花瓶!?そのための陶器!?

忘れてた。リリアは、4人の中で頭が一番いいってことを!

「しまっ―――!」
「動くと、危ないですよ、レイ様?」
「いつの間に!?」

足をまともに動かせなくなった俺に、リリアの持つギラリと鈍い光が襲いかかる。どうやら道具をこっちに向かって投げながら走っていたらしく、その距離は一瞬で詰まってくる。
それを見て、俺も慌てて両膝に力を込めるとバク宙の要領で後方に飛ぼうとする。

「らあっ!」
「やぁっ!」

‘カシュッ・・・・・・!’

それは、大したものじゃない。放っておいても2,3日もすればあっさりと無くなってしまう程度でしかないレベルのものだ。さして痛いとも思わない。この程度なら、転んですりむいたとかの方がよっぽど痛いに違いない。
けれど―――・・・

「レイ様。先ほど、おっしゃいましたね・・・」

重要なのは―――・・・

「私では、あなたに傷をつけることなど出来ないと。」

この俺の状態が指し示しているのは―――・・・

「私は、あなたを傷つけることは出来ないと。」

それは―――・・・

「それでも、まだそのようなことをおっしゃるのですか?」

・・・リリアが、俺を、傷つけたということ。

「甘いです。本当に甘いですよ、レイ様。私がこの剣を手にしているのは、単なる意地を張るためでも脅しのためでもありません。この剣は、紛れもなく―――・・・」

俺の左足のズボンは斬られ、そこからのぞく肌には暗い部屋のなかでもよく映える‘赤’が線となって残っていた。

「紛れもなく、レイ様を傷つけるために携えているのです。」

リリアが再度、俺に剣の切っ先を突きつける。先ほど見せた嘲笑の表情も驚きだが、今のリリアの冷たい表情に俺は言いしれぬ緊張を覚えた。

「リリア・・・お前、どうしてこんなっ・・・!?」
「レイ様が来ることは、分かっていました。お父様もお母様も、リュカー様もアイン達も、レイ様を本気で止めることなどないと分かっていました。」
「っ―――なら、何故だ!?」
「簡単です。私はこの国唯一の王位継承者。そして、レイ様は今やこの私に何かする可能性のある不法な侵入者。ならば、私が自己防衛のためにレイ様に刃を向けることに何の矛盾があるでしょうか。お父様とて、もしも侵入者が前に立てば剣を取って戦うことを決意するでしょう。それと同じ事です。」

王位継承者が、不法な侵入者に対して、何かされる危険性を考慮して、相手を攻撃する。

完璧すぎる解答だった。誰一人として、それに異を唱えることなど出来ないだろう。それは正論だ。間違いなど何一つない正論だった。

けれど―――・・・


44 :雨やかん :2008/03/26(水) 09:22:51 ID:VJsFrctD

とぅるー43!

刃を俺に突きつけたまま、リリアは俺に向かって依然として冷徹な表情を向けている。それは間違いなく、俺が見たかったリリアの顔などでは無かった。

「・・・ふふっ・・・ふふふふふっ・・・」
「?レイ様、何がおかしいのですか?」
「くっくっく・・・いや、な・・・妙な話だよなぁって思って。」

足に巻き付いている紐が力ずくでは引きちぎれそうにないのは確認している。だが、別にそんなことは道でも良かった。俺は足が不自由な状態でそのまま床にどかりと腰を落とす。

「何を―――」
「なあ、リリア。おかしな話だと思わないか?だって、俺が最初にお前と会ったとき、俺は素顔も本名も性別すら明かしていなかった。そんな俺が夜中にこっそり侵入して、あまつさえお前に治療行為とはいえ、針を刺した。でも、リリアは俺に剣を向けることは無かったし、それどころか俺と友達になろうって言葉まで受け入れた。なのに、今は名前も、素顔も、リリアの俺に対する気持ちまで知っているのに・・・こうして、刃を向けられる。こんな妙なことはないだろう?」
「何が、言いたいのですか・・・?」

初めてリリアと出会った夜のことは、今でも鮮明に思い出せる。病気のためにベッドの中でぐったりしていたリリア。その熱に潤んだ瞳も、シーツよりも白を際だたせた肌も、その白に負けじと艶やかに広がっていた深い紺色の髪も。

そして二度目に出会った時のことだって覚えている。窓から入ってきた俺を笑顔で迎え入れたこと。友達が欲しいと言ったときの泣き顔。本名を知ると、探したくなるからと自制して照れながら偽名を聞いた時の火照った顔も。

そして―――・・・

「『あなたの声を聞いて、あなたはきっと私を助けてくれると、そう感じた』って、言ってくれたっけ。」
「っ―――!?」
「覚えてるよ。全部、全部覚えてる。初めて会ったとき。俺がファントムって名前を教えたとき。一緒にお祭りに出かけたとき。俺を愛してるって言ってくれたとき。結婚させられそうになった君を助けて抱きしめたとき。戻ってきた俺を抱きしめてくれたとき。ヴェロンティエで働き始めたとき。俺の両親と会ったとき。一緒にお城で子育てをすることになったとき。2人でお化け屋敷にいったとき。海で一つの飲み物を分け合ったとき。何一つとして、忘れてなんかいない。」
「それは―――、そ、それが、何だと仰るのですか・・?」
「なあ、リリア。リリアだって、覚えてるよな?俺との―――いや、俺だけじゃない。キララと、マリスと、フォルトさんと、俺達全員との思い出を、覚えてるよな?忘れてるなんてこと、ないよな?」

答えはない。けれど、そこには先ほどの冷徹な表情がはがれ始めたリリアがいた。突きつけている剣先は震え、今にも取り落としそうになっている。

「それだけの思い出を、忘れられないほどの思い出を一緒に作ってきた俺を見て、リリア・・・聞くぞ?俺が、リリアに何をしに来たのか分からないか?」
「そ、それはっ・・・!」
「俺が、リリアを傷つけにきたと思ったのか?だから剣を取ったのか?」
「え、あ・・・ぁっ・・・!」
「俺を見ろ。目をそらすな。俺の目を見ろ。俺の目を見て、俺がお前を傷つけると思ったのか、リリア?」

うつむいて震えているリリアを見ながら、俺は絡まっていた糸を外して立ち上がる。そのまま一歩ずつ、彼女に向かって歩み寄る。剣先が、俺の胸に触れる位置まで。

「そう思ったなら、俺をこのまま貫けばいい。」
「え―――」
「そのまま動くなよ?」

俺は、リリアがこちらに向けている剣の、その鋭い先端に向かって大きく一歩を踏み出した。

‘――――・・・・・・トン・・・・・・――――’

踏み出した一歩は、何のことなく床に到着し、俺もその一歩の分だけリリアに近寄る。剣は、もう俺の方でなく地面を向いてだらりと垂れ下がっている。

「・・・て・・・ました・・・」
「ん?」
「分かって、いました・・・レイ様が、私を助けるために・・・そのために、ここに来てくれたってことぐらい・・・分かっていました・・・だって、当然じゃないですか。初めて出会った頃より、私はレイ様のことを知っていて・・・レイ様も、私のことを分かってくださって・・・会わずとも、分かっていたんです・・・」
「じゃあ、どうして俺に剣を?」

うつむいたままのリリアの表情は見えないけど、その肩は依然として震えている。抱きしめるにはもうあと一歩だけ距離があるが・・・今は、まだ・・・

「覚悟、だったんです・・・私の・・・」
「・・・覚悟?」
「これ以上、あのような者を生み出さないために・・・王族としての、責務を全うするという、私の覚悟だったのです・・・私は、私の、大切な人を・・・自らの手で傷つけてでも・・・それで、本当に失わずに済むのなら・・・‘自らの手でそれを傷つけてでも、本当に守りたいものを守る’という、覚悟だったのです・・・」

国を背負うという、覚悟。
それは普通の人間には計り知れないものだと思う。国という大きなものを守るために、自らの意志でその民を傷つける。そんな話は元の世界でも幾度となく繰り返されていたことだ。そして、俺はそれを責めることなどできない。
たとえば、一つのミサイルが飛んでいる。中には大量の細菌兵器。首都に落ちる前に、AかBの町のどちらかの上空で打ち落とさねばならない。そんな時、決断しないというわけにはいかないのだ。どちらかを決断できる人間は本当にすごいと思う。

だが―――・・・

「・・・必要か?そんな覚悟。」
「え?」
「だから、そんな覚悟必要ないって。捨てろ。投げ捨てろ。もしくは燃やしてしまえ。」
「え、ええっ!?」
「だって、そんな覚悟したって何か誇れるのか?後で、自分は見殺しにしたって後悔に追い詰められるだけだろ?」
「で、ですが―――」
「だったら、別のことをしないか?」

エッという顔を上げたリリアの両目は涙でにじんでいて、それがこぼれ落ちないように必死に耐えているような表情。つまり、俺が望んでいる表情にはまだ距離がある。

「考えたんだろ?自分が王族であるため、俺はお城に来ることになった。結果として、俺がヴォルフに会うきっかけを作った。そしてヴォルフみたいな男に、俺が死ぬほどの傷を負わせられるぐらいならって。自分で傷つけて、自分と距離を取って貰って、そうして少しでも傷つく可能性を減らしてしまおうって。」

王族と付き合う。
それは、俺達が今まで考えていた以上の危険をはらんでいた。今回、親衛隊やお城の人達の話を聞いて、それがよく分かった。俺のこそくな知恵なんて、何の意味も持ってないんだってことを思い知らされた。

「けどさ、リリア。俺がリリアと離れたって。きっと俺が傷つく危険はいくらでもあるんだよ。」
「けれど―――」
「そして俺が傷ついたことで、リリアもマリスもフォルトさんもキララも傷ついた。じゃ、俺が4人から距離を取ればいいのか?そうすれば4人は確かに俺のことで傷を負うことはなくなるな。けど・・・それって、‘俺達と笑い合う思い出を作ることも無くなってしまう’ってことじゃないか?」
「それは・・・そう、ですけど・・・」
「人と知り合うって、きっとそういうことなんだよ。リリアは、王族としての責務を背負ってるから、普通の人よりちょっと重くなっちゃうかもだけど。多くの人と知り合えば知り合うほど、きっとその分傷つくことが増えて。誰とも知り合うことがなかったら、傷つくことはないけれど、思い出を作ることだって出来なくて。」

俺とキララとの思い出と、俺とキララの傷
俺とマリスとの思い出と、俺とマリスの傷
俺とフォルトさんとの思い出と、俺とフォルトさんの傷

そして、俺のリリアとの思い出と、俺とリリアとの傷

「きっと、これから先も、今回みたいに傷つくことがあるだろう。ひょっとしたら、今度はリリアが傷つくのかもしれない。すると、そうやってリリアが傷つくことで、そのときは俺が傷ついてしまう。リリアを守れなかった自分を責めて、自分で自分を傷つけてしまうと思う。」

それは、絶対に避けることの出来ない事実だというのなら――――



「だったら、その傷が癒えるぐらいの思い出を作ろう。傷を覆い隠せるぐらいの思い出を作ろう。傷の痛みを忘れさせるぐらいの思い出を作ろう。」



そのためには、絶対に必要なものがある。

「俺達と。俺と、キララとマリスとフォルトさん。ミリアさんや陛下、王妃様にリュカーさん、アイン達。親衛隊の連中にお城の人たちや町の人たち。みんなと。」
「皆様、と・・・」
「リリア・・・俺との思い出じゃあ、傷を癒すのには不足か?」

その問いに、言葉は返ってこない。
ただ首を一度だけ、ゆっくりと横に振るだけ。けど、それで十分だった。

「・・・傷つける覚悟。まだ、必要か?」
「いえ・・・もう、いりません・・・あなたが、いてくださるから・・・!」

‘・・・カラーン・・・’

リリアの手にしていた剣が乾いた音を立てて地面に落ちるのと、リリアが最後の一歩分の距離を詰めてくるのは全くの同時だった。

もちろん、俺の胸に顔を埋める直前にリリアが見せてくれたのは、俺が待ち望んでいた表情だったと伝えておく。


45 :雨やかん :2008/03/29(土) 20:18:59 ID:m3knVJoH

とぅるー44!

「と、ゆーわけでヴェロンティエ緊急会議です。」
「店長いないけどね。」
「料理長もいないわね。」
「加えて言いますと、ヴェロンティエでもないですよ、ここ?」

長机に座っているのは、俺、マリス、フォルトさん、そしてリリア。ちなみに場所は城内4階のリリアの部屋。もちろん、マリスとフォルトさんがここに入るのは初めてだ。
いや、だって折角3人ともお城に揃ってるんだから、すぐにでも会議っていうか話し合いたかったんだよ。一分一秒でも早く。

「とりあえず、話すべき内容なんだが・・・」
「私とレイ様の婚約発表ですか?」
「違う。」
「レイと私の結婚式はお城で盛大に?」
「違う。」
「あたしとレイ君の一夜をここで暴露!?」
「違う!」
「冗談ですよ。」
「レイったら、場を和ませようという私達の気遣いが分からないのかしら。」
「まあ、キララのことで焦ってるからしょうがないかぁ。」

俺、焦ってるのか?
うん、焦ってるかもしれない。けど、いくら何でも今の3人の対応はひどくね?いつの間に打ち合わせしたんですか。

「ごめん、話を戻していいか・・・」
「そうね。このままじゃいけないし。とりあえず、問題なのはレイが作る料理、かしら。」
「キララさんが『人間として生きていると思わせる料理』ですよね。随分と抽象的な題ですが・・・」
「そうだよね。寒いときに食べたい料理とか、手早く食べたいものとかなら分かりやすいと思うんだけど・・・」
「求められているのは、技術というよりは表現力かしら。キララにしては、随分と奇妙なことを考えたわね・・・?」
「奇妙・・・ですか?」
「ええ。だって、ヴェロンティエは表現なんてものは気にしないでしょう?」
「そうだね。美味しく、手早く、皆さんの望んだ料理を!っていうのが売りだし。キララがそれを忘れるとは思えないけどなぁ?」
「まあ、確かに芸術のようなものとは遠いだろうが・・・少なくとも今、キララが求めているのはそういうものだ。」

違う。
芸術なんて、キララは求めていない。
彼女が求めているのは、俺がキララを人間として大切にしているという証。
それを、3人に伝えることは出来ない。おそらく3人とも俺が何かを隠していることには気付いているんだろう。それでも、キララの秘密を俺が勝手に話してしまうわけにはいかない。
だから、俺は3人に心の中で謝りながら、話を進めていくことにした。

「問題はそこだけじゃない。俺には完全に独創性のある料理なんて作れないんだ。それも考えていかないといけない。それに、料理である以上はちゃんと味や見た目も整えてないといけない。」
「今まで誰も作ったことのない料理で・・・」
「人間として生きていると思わせて・・・」
「味や見た目が問題ない料理・・・」

4人揃って、机の前でうなり声をあげる。
よくよく考えてみたらこれって難しすぎないか?キララが知らない料理を作るだけなら簡単だ。俺の世界の料理で、ヴェロンティエにまだ出してない料理を作ればいい。それなら、味も見た目も問題無いし。
けど、人間として生きていると思わせられる料理?そんなもの―――

「そんなのあったら、世界最高の料理じゃないか・・・!」
「だよねぇ・・・?」
「えっと、つまりこれは・・・レイ君に本気で世界一の料理人になれという、キララからの挑戦状?」
「そんな気がしてきましたね。ですが、それは絶対に不可能なはずですが・・・」
「へ?何で?」
「レイ様には、世界一の王になっていただくからです!」
「って、ぅおーい!?」
「いいえ、リリア。それは違うわ。レイには世界一の旦那になってもらうのよ。」
「話がまた逸れてる!逸れてるから!」
「じゃ、じゃああたしはレイ君に―――・・・れ、レイ君!あたしのために何か世界一になって!」
「何かって何だ!と言うか、俺は何かしらで世界一にならなきゃいけないのか!?」

いや、確かにこの4人の美女の心を射止めた以上はそのぐらいの称号が欲しいところですけど!ギネス記録にでも挑戦しろと仰いますか!?しかも、4人それぞれになって欲しい世界一の種目がバラバラだぞ!複数の種目で世界一!オリンピックの金メダルを独占しろろと言うんですか!そんなこと――――・・・

――――・・・え?

「・・・あれ?」
「レイ?どうしたの?」
「あ、いや・・・ちょっと待って。何か今、頭の中に引っかかった。」
「今の会話で?」
「時々、レイ様の頭の構造がどうなっているのが不思議に思います。」
「少なくとも、あたし達とは全く別なんだろうねぇ。」
「世界一の料理人と、世界一の王と、世界一の旦那と、世界一の何かになれという会話だったわ。」
「そう。それ、それだよ。俺、今の一瞬に何を考えた・・・?」

頭の中で、さっきまで自分が考えていたことを反芻する。
繰り返し、繰り返し。
何度も、何度も。
そうして、導き出したものは――――


「―――・・・って、それは無いだろう・・・俺・・・」


と、思わず言ってしまうほどで。けれど俺は何故か、これが俺の答えだと感じていた。


46 :雨やかん :2008/04/02(水) 23:05:43 ID:ommLPcuG

とぅるー45!

「いや、一応最終確認をすべきだよな・・・うん。なあ、マリス。」
「な、何?」
「マリスが、『ああ、自分は生きてるんだな』って思った瞬間っていつ?」
「私が?」
「ああ、なるほど。他の人の意見を聞いて参考にするんだ?」
「それはいいかもしれませんね。マリスさん、どうですか?」

マリスは顎に手を当てて、少しうつむいて考えていた。そして何かに思い当たったのか、顔を上げて俺に向かって微笑む。

「私は、やっぱりレイと一緒にいるときかしら。昨日、レイの腕の中で思い切り泣いた時に、自分はここにいていいんだなぁって思ったわ。」
「・・・ちょ、恥ずかしいんですが・・・」
「レイ君、よく見るとマリスの頬も赤いよ。」
「余計なことは言わなくていいのよ、フォルト。じゃあ、あなたはどうなのよ?」
「え、あたし?」

フォルトさんは頬をかきながら虚空に視線を彷徨わせて天井をぐるぐると見続けた後、結局その視線は俺のところへと到着した。

「うぅ・・・ごめん、マリス。あたしも同じかも。その、レイ君の腕の中にいるときに・・・まあ、自分がここにいることに意味がある、とか思ったり・・・」
「ほら、見なさい。」
「じゃ、じゃあ当然だけどリリアもだよね!?」
「え、わ、私ですかっ!?そ、の・・・えっと・・・」

お茶を飲み干して、リリアはしばらく目を閉じて何かを思い返しているようだった。まあ、多分思い返しているのは俺との記憶なんだろうが・・・ああ、展開が読めるのが嫌だ。

「今回のこともそうなのですが・・・やはり、最も強く実感したのはレイ様が一度は去られた時でしょうか。」
「俺が去ったとき?」
「はい。正確にはあの事件の中で、ですが。王女として生きようとしていた私に、言ってくださった言葉が、そう感じさせてくれました。『リリア・キルヴァリーとして生きたかったんだよな?』って、問いかけてくれた時・・・私は、人として生きていいんだと、強く思いました。」

今更ながらに過去の自分に拍手を送りたい。よくもまあ、そんなことが言えたものだ。恥ずかしさなんて、きっと感じている余裕は無かったんだろうが・・・

「よし。次、行ってみようか。」
「え?ちょ、レイ?」
「ま、待ってよ、レイ君!」
「レイ様?どちらへ行かれるのですか?」
「陛下達のところだ。同じ質問をしに行くぞ。」
「な、何人に聞くつもりなの?」
「俺の知り合いの大半!」

そう。きっと、彼らの答えこそが、俺の答えをつなげる力を持っているはずだから―――・・・


たとえば、陛下と王妃様の場合。

「いくつかあるがよ・・・。よく覚えてんのは、リリアが生まれたときか。」
「そうね。確かに、自分のお腹を痛めて生んだリリアを見たときは、母親として生きているんだなって感じたわ。」

たとえば、リュカーさんやアイン達の場合。

「陛下を守って、感謝の言葉を賜ったときでしょうか。」
「俺は騎士に憧れてる子供に、目標だって言われたときだな。」
「仲間達と、任務を達成した瞬間だ。」
「・・・騎士、入団時。」
「そうねぇ、あなたに負けた時かな。色々な意味でね。」

さらに町に出て聞いてみる。
たとえば、親衛隊の場合。

「キララちゃんに出会ったときだ!」
「マリスさんに微笑んでもらったときです!」
「フォルトちゃんに店に迎え入れて貰ったとき以上の感動はない!」
「リリィ―――、いや、リリアちゃんにお釣りを手渡して貰ったときに手が触れた瞬間に、生きてて良かったと思ったな。」

この町に住むその他の人達――――・・・

「嫁に結婚を申し込んで、頷いてもらったときだな。」
「頑張って育ててきた息子が結婚したときかしら。」
「必死になって作ってきたものが完成したとき!」
「念願の我が家を建てた瞬間は、何とも言えなかった。」
「あのねー、となりのミーラちゃんとおともだちになれてうれしかったー。」
「レイさんの料理を食べる日は毎日!」
「人生初の彼女が出来た翌朝、俺は泣いたね。」
「男手一つで育ててきた娘を巡って、あいつが連れてきた男と大げんかした後だな。まあ、娘はくれてやったが。」
「自己新記録を出した競争!」
「なんとなく、空を眺めてたら突然かな?」
「今の職場に就職した日は、新しい人生の始まりだと思ったね。」





うん。やっぱり、そういうことなんだろう。

「ちょっと、レイ君?もうかなりの人数に聞いてるけど、何か見えてきたの?」
「レイ様?」
「・・・ああ。ようやく、俺が作るべきものが見えてきた気がする。」
「私達には、今までのやりとりでレイが何を見つけたのかさっぱりだけれど・・・レイの答えが、きっと私達の答えなんだって、信じてるわよ?」
「任せろ!・・・と、言いたいところだけど。こればっかりは、キララの受け止め方次第だな。下手すればヴェロンティエから追い出されかねない。」
「そのときは、私がお婿さんに貰ってあげるわ。」
「マリスに抜け駆けされた!」
「わ、私と一緒にお城に住みましょう!レイ様!」

そんな冗談だか本気だか分からないような彼女たちと話していて。
それでも3人とも、俺が出した答えが間違っているなんて欠片も感じていないようだった。


47 :雨やかん :2008/04/04(金) 09:03:10 ID:VJsFrctD

とぅるー46!

あれから、どれだけの時間が経ったんだろう。

あたしの人生―――と、言っていいのかどうか分からないけど―――が根本から狂っちゃった出来事の後。正直、自分でもあれから今に至るまでの経緯はほとんどと言っていいほど覚えていない。

けれど・・・

無気力に、適当に過ごしていた時間の中で。たった一つだけの、一方的な約束―――あるいは懇願―――が、あたしを現実に引き留めている。

この真っ暗な世界の中で

この時間の経過もよく分からない世界の中で

この自分自身の存在さえもあやふやな世界の中で

たった一つだけ、確かにあるもの。

何も見えない世界の中でも、思い浮かべることのできる――の顔。

たとえどれほどの時間が過ぎ去っていても、朽ちることのない――との思い出。

自分が分からなくなっていても、明確に思い出せる――との約束。

今のあたしには、その名前を呼ぶことさえ躊躇われて。

それでも、口に出して、必死に自分を保つ。



「―――――・・・レイ・・・――――」



「・・・キララ。」
「・・・もう、その時?」
「ええ。レイさんが、あなたを待っているわ・・・」

あたしを産み落としたその声に導かれて、ゆっくりとこの世界に別れを告げる。
向かう場所は決まっている。あたしが押しつけた約束を、きっと必死になって守ろうとしているレイがいるところだ。


「んっ・・・」
「お、ようやく来たか?」

思わず体が硬直したのが分かった。
今までいた根源の世界から、住み慣れた世界へと渡り、射した光に一瞬だけ目を閉じたと同時のレイの声だ。驚かない方がおかしいと思う。

「っ、ここは?」
「ヴェロンティエのお前の部屋だ。マリス達は下で準備してもらってるから、変な心配しなくてもいいぞ。」
「・・・なんで、あんたはあたしの部屋にいるの?」
「おいおい。誤解すんなって。事前にミリアさんから聞いてただけだ。ここに送りますからって。・・・ミリアさんと、一緒じゃないのか?」
「この世界を離れてから、会ってないわ。」
「そっか。」

そう言って残念そうな顔をするレイはどこまでもいつも通りで、あたしの記憶の方が間違ってるんじゃないかと思わせるぐらいだった。
けれど、あたしが何気なく使った‘この世界’という言葉にも、レイはあっさりと順応している。それが、何よりも悲しかった。

「・・・ねえ、レイ。あたし、まだはっきりとは聞いてなかったんだけど・・・あんた、やっぱりこの世界の人間じゃないの?」
「ああ。ちょっとした事故でこっちに来たのが最初だな。で、一度あの事件の時にミリアさんに帰してもらって、その後にまた戻ってきた。あ、以前に紹介した親父達はちゃんと本物だぞ?やっぱり異世界人ではあるけどな。」
「・・・そう。」

レイが異世界の人間。
そう言われたあたしを包んだのは、レイがあたしのように普通の人間じゃないということへの安堵。そして、そう考えたすぐ後に自分は人間ですらないことを思い出した失望の2つだった。
けれど、もしも・・・今日、この出来事でレイがあたしを人間だと。そう信じさせてくれるのなら―――・・・!

「・・・ゼノスさんは?」
「下に来てる。いつでも始められるぞ?」
「分かったわ。すぐに行くから、先に始めててくれる?」
「了解だ。」

レイが部屋を出て行ってから、あたしは押し殺していたため息をつく。
いつも通りのレイ。あたしがずっと見続け、慕い続けてきた、前を向いて自信に溢れている表情。

・・・期待して、いいの?・・・レイ?

・・・あたしは、レイや、マリスやフォルト、そしてリリアや他のみんなと、何一つ変わることのない人間なんだと・・・

あたしの異常な力と、それを行使した記憶と、今まで信じていた自分が自分でない恐怖。

それら全てを覆してしまえるほどの何かを

あなたが、あたしに示してくれると・・・


48 :雨やかん :2008/04/08(火) 10:30:17 ID:VJsFrctD

とぅるー47!

「レイ。何処に行ってたの?」
「ちょっとキララを迎えに。」
「え!キララ、帰ってきたの!?」
「ああ。今は部屋に置いてきた。しばらくしたら降りてくるってさ。」
「・・・会いに行くことは、控えた方が良いのでしょうか?」
「そうだな。まだその時じゃないだろ。明らかに無理してるみたいだったし。」

リリア達の表情に影が落ちる。それは、きっと自分達が乗り越えた場所に、いまだ親友が取り残されていることへの悲しみなんだろう。そして、そこから連れ出せるのは俺だけ。
うん。気合い入れていくとしよう。

「さてと、準備をするとしようかね。」
「言われた材料は揃えておいたけど・・・ねえ、レイ。」
「ん?」
「私の思い違いでないのなら、あなたが作るものって・・・いえ、やっぱりいいわ。私は、どんなことをあなたがやろうと信じて付いていくだけだから。」
「ありがとうな、マリス。」
「・・・フォルトさん。何だか、最近マリスさんがレイ様に急接近してらっしゃる気がします。」
「うんうん。以前みたいなからかいが無くなって、本気で積極的に近づいてるよね。これは、あたし達も頑張らないと。」
「おい。折角のいい話の最中で妙なことを言うんじゃありません。」
「そうよ。折角のいい雰囲気だったのに邪魔しないで。」
「確信犯か!」

平然と言い切るマリスにため息を落とし、それを聞いたリリアとフォルトさんが自分達は何をしようかと作戦を立てるのにもため息を落とし、そしてここにいないもう一人の存在を思って―――苦笑する。

「えーっと、ゼノスさん?」
「あ、はい。」
「材料は揃ってましたか?」
「はい、一流の食材ばかりで文句の付け所もありません。」
「それは良かった。それにしても、本日はわざわざありがとうございます。」
「いえいえ。こちらもキララさんに来て欲しいですから。これぐらいのことはしても構わないと本社からも言われてますしね。」

その言葉の中にあるのは自信。自分が作る料理こそが、キララを動かせるものだと確信しているようだった。その自信が、正直とても羨ましいと思う。こっちは自信なんてほとんど無い。むしろ怖くて怖くてたまらないぐらいだ。

それでも、キララを動かさなければならないのは、こっちだって同じなのだ。

「・・・お待たせ。」

俺とゼノスさんが視線を交わし終えたのと同時。階段からゆっくりと下りてきたのは、今日のイベントの発案者であり、おそらくこれに自分の全存在理由をかけているといっても過言じゃない女性。

「・・・レイ。準備は出来てる?」
「ああ。俺もゼノスさんも、調理を始めるだけだ。キララが望むのなら、今すぐ始められるぞ。」
「そう。なら、今から確認するわ。この勝負は、あたしが『人間として生きていると実感できる料理』を作った方の勝ち。先に出来た方から食べさせて貰うわね。」
「了解。」
「分かっていますよ。」
「それじゃ・・・お願いします。」

キララが頭を下げたのと同時。俺とゼノスさんはそれぞれにあてがわれた場所へと向かっていった。

「レイ君。あたし達、手伝うことってある?」
「何でも言ってください!」
「と、このように2人は健気さを強調する路線に入ったわ。」
「うん、今のマリスの一言で台無しになった気がするぞ。」
「マリス、ちょっと裏に顔貸して?」
「ご安心ください。すぐに終わりますから。」
「まあ、怖い。レイ、助けてっ。」
「はいはい。もう始めるから、遊ばないように―――・・・あ、そうだ。お言葉に甘えて、手伝ってもらえるか?」

迷うことなど一瞬たりとも無く頷いた3人の大切な彼女達を見て、俺は少しだけ不安が軽くなった気がした。


49 :雨やかん :2008/04/10(木) 08:55:48 ID:VJsFrctD

とぅるー48!

「出来ました。」

2人が調理を初めてから20分ほどしたころだろうか。最初にあたしの前に料理を持ってきたのは、ゼノスさんだった。
あたしはこの時、少しだけがっかりした。それは、一番最初に、迷いなんて何もなく、自信を持ってあたしの前に現れてほしい人ではなかったため。
それでも、あたしはその感情を抑え込んで、出来るだけ平静にゼノスさんの料理を見た。

「・・・これ、は・・・」
「どうです。美しいでしょう?」

確かに、とても綺麗な料理だと思う。
半円型のその料理は、虹のような7色に分けられていた。いや、7色なんて単純な問題じゃない。しっかりと色と色との間の微妙な変化も、様々な食材を用いて丁寧に表現してある。こんなのもを20分で作るなんて、そんな技術はあたしや、レイにもあるかどうか分からなかった。

「これは、上から順にお食べください。」
「上から・・・?」
「ええ。そうして頂けると、私が伝えたいことがよりはっきりと分かっていただけると思いますので。」

最初に食べるのは赤の部分。これは・・・ソクプーミア?あまり子供には受けが良くないけど、栄養が豊富な、地面に埋まっている赤色の野菜。
橙の部分も野菜、ただしこちらは葉っぱが主に食べられるものだ。
黄の部分は、これは草食動物の肉を何らかの方法で染めてる・・・うん、美味しい。
緑・・・今度は肉食の鳥肉・・・ひょっとすると、この料理って?
青・・・うん、やっぱりこれは中型の動物。
藍色・・・見ただけで分かる。これは、きっと大型の動物のお肉だ。
紫・・・これは、卵?魚類の卵を細かく敷き詰めてあるのね。

一通り食べ終えて、あたしはこの人が言いたかったことを悟った。

「食物連鎖、ですね?」
「はい。それだけでなく、キララさんには色も感じて貰いました。」

確かに、虹を思わせるこの料理はとても美しくて、きっとこんな状況でなければ食べるのすら躊躇われる出来だった。じゃあ、これをして人間だと実感できるっていうのは?

「キララさん。人は、虹に現れている7つの色を受け取って、それを様々な割合で混ぜることによって世界の全てを把握していると聞きます。この虹を見て、美しいと思ったあなたが、人であるという証明です。そして、あなたが食べた順に示された食物連鎖。キララさんもまた、この連鎖が続いてきた営みの中で生まれたのです。それを、まさしく食べることで理解していただけたのではないでしょうか。」

思わず唸ってしまうほどの正論だった。
あたしが、この料理を見て綺麗だと思わされた感情。それは、きっと虹を見たことのある人間ならば誰もが抱く感想だろう。確かに、これは人間であるがゆえに感じることの出来る料理だ。

「・・・納得、していただけたみたいで安心しました。」
「え・・・あ。はい・・・素晴らしい料理を、ありがとうございます。」

どうしよう。
今、間違いなくあたしはこの人の感じさせてくれたことを、本当に理解してしまっている。これ以上にあたしを人間だと実感させてくれるものを、あたしは想像出来ない。それはつまり――――・・・これから出る、レイの料理はっ・・・!?

レイ・・・どうして来てくれないの?
早く。
早く!
早くっ!
こんな形じゃない・・・あたしが望んでいた、理想の形はこんなものじゃない・・・!
理性がそう叫んでいて、本能はゼノスさんの作ってくれた料理に一気に傾き始めていて。

レイ・・・お願いだからっ・・・早く来てっ・・・!



「んじゃ、次は俺の料理・・・かな?」



あたしは弾かれたように、その声の持ち主を探る。そこにいたのは、紛れもなくあたしが望んでいた存在だった。

「レイ君。一足先に、僕はいい評価を頂いたよ。」
「あ、そうなんですか。」
「あの・・・そこまであっさりと言われると、ちょっと悲しいんだけど・・・」
「いや、まあ。俺にとって、正直なところゼノスさんの料理に対するキララの反応はあまり興味が無いというか・・・無意味というか。」
「・・・?どういうことだ?」

それは、レイの自信の現れのせいなんだろう。ゼノスさんの料理が何であれ、自分の作ったものに絶対の自信を持っているからこその表情。態度。そんな、誰よりもあたしが頼れると思っているレイだから、望んだのだ。

レイに、あたしが人間だという証明をしてくれと

「あ、俺の料理を出す前に、一つだけ言いたいことがあるんですよ。いいですか?」
「言いたいこと?いったい、何を?」

だからこそ、あたしは―――――




「俺、この勝負は下ります。キララに、自分が人間だと実感できる料理は、俺には作れませんでした。」

そんな言葉を聞いて、何も考えることが出来なくなった。


50 :雨やかん :2008/04/14(月) 08:14:05 ID:VJsFrctD

とぅるー49!

キララもゼノスさんも、呆然として俺を見ている。
いや、まあ予想していた反応ではあるけどさ。特にキララなんて、先ほど俺が部屋に入ってきたときの表情が嘘みたいな顔で固まっている。そこにあるのは、絶望と失望。
それでも、俺にはキララの望んだ料理は作れなかった。

「えーっと・・・レイ君。その、ならば、この勝負は僕の勝ちということで・・・いいのかい?」
「あ、はい。そうですね。勝負はゼノスさんの勝ちで異論は無いです。ですから、申し訳ないんですけど―――」
「え?」

俺はにっこりと笑って、ゼノスさんが疑問に頭を埋め尽くされた瞬間を狙って―――

「しばらく、キララと2人にしてもらいます。」
「は?」

‘ドバアアアァァァン!’
と、大きな音と同時に店内になだれ込んできたのは、ご存じヴェロンティエ親衛隊。筆頭は各隊長4人だ。

「待たせたな!」
「レイ・キルトハーツ!話は我らが女神達から聞いた!」
「この男をしばらく連れ回せばいいのだな!?」
「お任せください。たっぷり女神達の魅力を伝えながら、この町を隅々まで紹介してさしあげましょう。」
「ちょ!わ!?れ、レイ君!?これは―――っああ!?お、降ろしてください!ちょ、ひ、人さらいいいいいいいいいいい!?」
「頼んだぞー。」

来るのもあっという間なら、帰るのもあっという間。時間にしてものの数秒で、ヴェロンティエは元の静けさを取り戻した。今、店内にいるのは、俺とキララの2人だけだ。

「ん。これで、ある程度つっこんだ話をしても問題な―――」
「・・・て・・・」
「ん?」
「どうしてっ!?」

バン!と大きな音を机と自らの手で鳴らしながら、キララは立ち上がって俺を睨み付けた。
その目にあるのは、先ほどと同じく絶望と失望。そして更に嘆きと怒りが合わさって、今のキララを俺へと駆り立てているようだった。

「何でなのよ!?どうして作ってくれなかったの!?どうして勝負を下りたりしたの!?作れない!?嘘!そんなの嘘よ!レイが、そんな答えを出すなんて・・・嘘に決まってるっ!・・・嘘って、言ってよ・・・レイ!?」
「・・・嘘じゃない。」
「っ――――!」

俺の一言に何かを刺激されたキララは、両手を伸ばして俺の肩を掴み揺さぶる。

「嘘よっ・・・嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よぉっ!信じない!信じたくないっ!レイが、そんなこと言うはずがないっ!レイが、諦めたりなんかするはずないぃっ!レイがっ・・・!・・・だって、そんなの・・・そんなの、ない、よぉっ・・・!」

そのまま、ずるずると床に沈み込んでいくキララを、俺はそっと両手で支えて席に戻してやる。俺の肩をつかんでいる手には力が無く、その表情は影を落として絶望にすっかり捕らわれているようだった。
本当に、これで良かったのか?
いや、これは予想していたことだ。俺が―――いや、俺達が望んでいる形のために、俺はこの選択をしなきゃいけなかった。だから、このキララの表情を晴らすのは、俺の役目だ!

「もう一度言う。キララ・・・俺は、お前が作って欲しいって頼んだ料理は、作れなかった・・・いや、‘作りたくなかった’んだ。」
「・・・どうして、よぉ・・・ヒンッ・・・あたしがっ、違うからっ・・・?・・・ヒック・・・レイと・・・マリスとも、フォルトとも、リリアとも・・・っく・・・みんなと・・・違うからっ・・・?・・・あたしがっ・・・ひぐっ・・・人間っ、じゃっ・・・無いからっ・・・!?」

泣きじゃくって、俺を見つめるキララ。
優しくて、色んなことを抱え込んで、友達を大切に思ってて、俺のことを大切に想ってくれている・・・俺にとって、大切な女の子。
だからこそ、俺はキララがたった一つだけ忘れてる事を伝えたかった。

「キララ。多分、俺はただの『人間として生きていることを実感できる料理』なら、作れたと思うし、作っても良かったんだ・・・けど『‘キララが’人間として生きていることを実感できる料理』は、作れなかった。作っちゃ、いけないって思った。」

キララが望んでいたことじゃない。
けれど、キララが忘れちゃいけないこと。



「だって、お前は・・・‘ミリアさんの娘’じゃないかっ・・・!」



――――っ!?――――

その息を呑んだ音はキララのものだったのか。
それとも、それを聞いて思うところがある‘彼女’のものだったのか。
どちらであったにしても、その瞬間に絶望以外の何かが宿ったキララの目を俺はじっと見つめる。

「無理なんだよっ・・・!お前は人間だなんて、俺には絶対に言えないんだ。一年ぐらいしか一緒にいなかった俺でも分かる!キララが、どれだけミリアさんのことを大切に思ってたのか!ミリアさんが、どれだけキララのことを大切に思ってたのか!」

ずっと、一番近くで見てきた。
疲れる娘を、そっといたわる母親の姿を。
微笑む母親を、誇るように見つめていた娘の姿を。

「お前は、ミリアさんが神様じゃないと思ってたから大切だったのか!?神様のミリアさんは、大切なんかじゃないのか!?そんなこと無いはずだ!そんなこと、お前が思ってるはず無い!お前がっ・・・お前が一番知ってる!ミリアさんが、どれだけの愛情をお前に注いできてくれたのか!16年もの間、ずっと一緒にいたお前だからこそ分かるはずだ!」

初めて、誰かを愛した神様。
その愛したヒトを失った神様を支えたのは、間違いなく愛娘の存在だったはずだ。
だからこそ、ヒトの命を一瞬で自在に操ることが出来るあの女性は、愛娘をヒトとして育て、ヒトとして夢を追わせ、ヒトとして生きていけるように側に居続けた。

「・・・これが、俺が作った料理だ。名前は、知ってるよな?」
「っ・・・こ、れ・・・オムライス・・・?」
「この料理って、色んな種類があるんだ。中身がライスじゃなくて痛めた挽肉や野菜なら、オムレツ。カレーをかけたらオムカレー。ハヤシライスならオムハヤシ。でも、この俺が作った料理の名前は・・・オムライスだ。どうしてだと思う?」

分からないということだろう。キララは力なく、オムライスに視線を投げかけながら首をふるふると横に振った。

「・・・この料理を生み出した誰かが、そう名付けたからだ。」
「あ―――・・・」
「キララ。以前にちょっと聞いたんだけど、キララって名前はお前のお父さんであるクリューガーさんが考えてくれたらしい。その名前をミリアさんと2人で、ずっと呼び続けてくれたから・・・お前は、キララ・ランクフォードとして、この世に誕生したんだ。」
「あたしの、名前・・・キララ・・・」
「自分が俺やマリス、フォルトさんやリリアと・・・みんなと違う?当たり前だ。だって、キララ以外の誰もミリアさんの娘じゃない。ミリアさんに育てられてない。ミリアさんに娘として愛されてなんかいない。それは否定しなきゃいけないことなのか?ミリアさんがお前を産んでくれたことは、否定しなきゃいけないことか?」

キララの目をのぞき込むようにしゃがみこむ。自然と、俺は笑顔になっていた。

「キララって、そう呼んでくれたミリアさんは・・・お前の何だ?」

キララの瞳から、絶望が消えていく。失望が消えていく。悲しみが消えていく。
変わって生まれたのは、涙と、それを輝かせんばかりの強い光。俺が大好きな、キララの瞳だ。



「・・・あたしのっ、‘お母さん’っ・・・!」



その愛娘の言葉に導かれるように現れたのは、泣きはらして瞳を真っ赤に染めた母親だった。


51 :雨やかん :2008/04/16(水) 14:35:23 ID:VJsFrctD

とぅるー50!

「お母さんっ・・・お母さんっ・・・!ご、めんっ・・・!あたしっ!あたしぃっ・・・!」
「キララっ・・・いいの。いいのよっ・・・あなたが、私をそう呼んでくれるだけで・・・!」

お互いを抱きしめ合いながら、涙混じりに言葉を交わす親子。
俺が望んだ世界は、俺の大切な人達―――いや、俺が大切だと感じている存在全てが笑ってくれる世界。それが、神様であろうが何であろうが。だからこそ、俺にはミリアさんを否定するようなことは出来なかった。

そのことに気付かせてくれたのは、マリス達との会話と、俺の知り合いのみんなの言葉だ。
誰にとっても、自分が人間だと感じられることなんて違っているのが当たり前。

ならば、人間じゃないからそれが何だというのだろう。

他者と違うことが人間じゃないというのなら、人間なんて何処の世界を探したっているわけがない。ミリアさんにしたって、たかだか他の命に、普通よりも多く干渉できるというだけだ。そう思い至ったとき、俺はキララに伝えなきゃいけないことがはっきりと分かったのだ。

「レイ、さんっ・・・本当にっ・・・本当に、ありがとうございますっ・・・!」
「ミリアさん。この前の答え、もう分かりましたよね。」
「えっ・・・?」
「あの時に言ってたじゃないですか。『自分は母親になれないのか?』って。今、ミリアさんの腕の中にいる温もりは、その答えでしょう?」
「あ―――・・・はいっ・・・!」

改めてキララを抱きしめるミリアさんは、本当に嬉しそうだった。
その様子に俺もつられて笑って―――・・・同時に新しく作っちゃった問題を思い出してため息をついた。

「レイ・・・?」
「あー・・・いや。ほら、俺が一番やりたかったことはやり終えたから良いんだけどな?一件落着とはいかないっていうか・・・。」
「な、何があるの?」
「・・・勝負、俺が負けたわけだし・・・」
「あ。」

泣きはらした目で、それでもぽかんと口を開けたキララに俺もまた苦笑する。先ほど、俺はゼノスさんに負けを認めたのだ。それを後悔はしてないんだけど、それでも約束は約束なので・・・

「れ、レイ。何か、いい案・・・ある、のよね?」
「・・・えっと・・・」
「目を逸らされた!?」
「うん、大人しく留学してこい。」
「諦めるの早いわよ!?」
「だって、約束したわけだし。俺も敗北を認めちゃったし・・・ここまでやって、キララを残す方法と言われても・・・」
「良い案がありますよ。」
「お母さん、どんな方法!?」
「そんなに行きたくないのか!?お前、迷ってたじゃん!」
「簡単ですよ。キララにレイさんの子供が妊娠したと嘘ついて―――」
「詐欺!?」
「・・・いいわね。」
「いいわけあるか!」
「ならば、嘘ではなく事実にしてしまいましょう。」
「16歳で父親とか嫌すぎるぞ!」
「大丈夫よ。あたし、頑張るから。」
「そのために子供産むとか、人として間違ってることこの上ないわ!」
「問題ないわ。あたし、半分神様だし。」
「開き直った!?」

元気になったのはいいことだが、ここまで開き直られるのは予想外ですが!?ってか、さっきまでの感動は何処にいった!俺が望んだ日常って、よく考えたらツッコミパラダイス!?やばい!早いところ、新入社員にツッコミをマスターしてもらわないと―――・・・っと・・・え?

「あ、れ・・・?」
「え―――・・・れ、レイっ!?」

急激に体から力が抜けて、俺はへなへなと床に崩れ落ちた。
うっわ、ちょっと待て。ひょっとして、実は俺ってかなり精神的に疲労してたのか?で、安堵して、キララにツッコミ入れたと同時に、今までの疲労が全部押し寄せて?
格好悪いというか、しまらねぇー・・・

「うーわー・・・駄目だ・・・全っ然、体に力が入んねぇ・・・」
「ちょ、レイ!?大丈夫なの!?レイ!?」
「レイさん!?」
「だ、大丈―――、ぶじゃ、無いかもです・・・」

あ、本当に無理っぽい。何か、瞼が重たくなってきた。
・・・うん。もう、この際だ。残りの問題は全部キララに任せてしまえ。どのみち、キララが決めると言ったことだったんだし。俺が片付けなきゃいけないことは、全部なんとかなっただろ。

「すまん、キララ・・・俺、ちょっと眠るわ・・・」
「眠るって・・・こ、ここでぇ!?」
「ん・・・だって、もう・・・動け、な・・・い・・・」

何だかキララがまだ叫んでる気がする。
けれど、もう本当に無理というか・・・あー、もう駄、め・・だ・・・


52 :雨やかん :2008/04/18(金) 08:50:45 ID:VJsFrctD

とぅるー51

「・・・本当に、眠っちゃった・・・」
「すぅ・・・かぁー・・・」
「この一週間、レイさんも必死だったんでしょうね。」
「・・・うん。」

全くもってその通りだ。
一度は自分が死んでしまったというのに。
生き返ったその瞬間からどんどんレイに困難が降りかかっていたはずだ。

あたしの暴走を止めてくれて。
ばらばらになってしまったあたしとお母さんの絆を、必死になって取り戻してくれて。
多分、今ここにはいないけれど、リリアやマリス、フォルトもレイに何らかの形で救われたと思う。

普通の人間なら絶対に諦めてしまいそうな絶望の中で、レイはただひたすらにあたし達を助けるために頑張ってくれたのだから―――・・・

「ま・・・このぐらい、仕方ないわよね。」
「仕方ないという割には嬉しそうよ、キララ?」

う・・・まあ、そりゃあねぇ。
多分、最後の方はほとんど意識が無かったんだろうけど。レイの頭は現在あたしの太ももの上に乗っている。つまり、先日の海に続いて膝枕なんてものをあたしはしているわけだ。

「・・・お母さん。」
「何、キララ?」
「お母さんは、レイがここまでしてくれるって思って・・・レイを連れてきたの?」
「・・・いいえ。最初は、あなたをほんの少しでも支えてくれればって思う程度だったわ。いつか、私があなたから離れた時に。」
「え?」
「キララ。あなたはお父さんの娘でもあるから、今回みたいに神としての力さえ使用しなければ命は有限。レイさんや、マリスちゃん達と同じように歳を取っていけるわ。けれど、私は違う。あなたがどれほど老いていこうとも、私は永久に変わらず生き続けるの。」

・・・そうだ。
神の力を行使したときにのぞき見たもの。それは、神がどのようなものであるかということ。
お母さんは、気の遠くなるような年月を一人で過ごしてきたし、そしてあたしがいなくなれば、再び一人で生きていくことになる。永遠に・・・

「だから、いつか・・・私はあなたから離れるつもりだったの。あなたの側に寄り添ってくれる人が現れたら。私の代わりに、あなたの側にいてくれる人が出来たら。」
「そんなっ・・・!だったら、あたしもお母さんと―――」
「優しいわね、キララ。けれど、私はあなたに永遠を望んで欲しくないの。あなたに、あなたが本当に寄り添っていきたい人と有限の時を進んで欲しい。それが、いつか私とあなたとの別離につながるとしても。」
「ど、うしてっ・・・?」
「レイさんが、教えてくれたわ・・・それはね、私があなたの母親だからよ。」

お母さんはとても嬉しそうに呟いて、眠っているレイの髪の毛をそっと撫でた。レイは目覚めることは無かったけれど、少しだけ顔をほころばせる。

「娘が親のために生き方を決めるなんて、おかしいでしょう?」
「じゃあ、あたしがあたしのためにお母さんと一緒にいるって思ったら?」
「それはもちろん反対しないわ。あなたに無限の時の過ごし方を教えて、多くの世界を一緒に回って、ずっと一緒に笑っていましょう。けれど、キララ・・・あなたが今、一番あなたの隣にいて欲しいと思っているのは、本当に私かしら?」
「あ―――・・・」

一番、隣にいてほしい人。
そう考えた瞬間、あたしの視線はお母さんから外れた。外れて、しまった。あたしの視線がたどり着いたのは―――

無限を孤独に生きるお母さんじゃなくて

有限を多くの人と一緒に生きる、大切な男の人。

「ね?」
「でも・・・そんなっ、お母さんっ・・・!」
「大丈夫よ、心配しないで。他の世界にも、私みたいな神と呼ばれる存在はたくさんいるわ。家族じゃなくっても、私にも友と呼べる者達がたくさんいる。孤独なんかじゃない。だから、キララ・・・お母さんからのお願い。」

レイを撫でた手を、今度はあたしの頭に乗せて、どこまでも優しい瞳でお母さんは微笑んでくれた。

「たとえレイさんがあなたを選ぼうと、そうでなくても。あなたは、有限の命で、有限の時をあなたの大切な人と生きていきなさい。」
「・・・うん・・・!」

お母さんはあたしの返事に満足そうに頷いた後、もう一度レイに視線を落とした。その視線にあるのは感謝と、親愛と―――・・・ん?何だか、おかしな感情が交ざってるような・・・?

「・・・ねえ、お母さん。」
「あら、何?」
「ひょっとして、レイってお父さんに似てたりしない?雰囲気とかが。」
「・・・なんのことかしら?」
「似てるのね!?今レイを見たときに微妙に恋する女の顔になったでしょ!?」
「そうね・・・レイさんを口説いて、ちょっと人間をやめてもらって無限の時を一緒に過ごすという考えが無いことも―――」
「娘の想い人を取るなぁっ!」

思わず大声を出してしまったあたしの膝の上。そこで眠っているレイは、この上なく穏やかな顔だった。


53 :雨やかん :2008/04/20(日) 10:57:58 ID:m3knVLkF

とぅるー52!


「お礼をしようと思うのよ。」
「へ?」
「お礼って、誰に?何の?」
「ひょっとして、レイ様にですか?」

あたしの言葉に疑問符を付けたのは、つい先ほどまで再会の感動を分かち合っていた親友達。
レイをお母さんが神の力を使って―――もはや、あたしの前で隠すつもりは無いらしい―――部屋まで運んでくれた後、降りてきたあたしの前にやって来たのは、レイに言われて今まで出かけていたらしい3人だった。
あたしが申し訳なさ半分、隠しきれなかった嬉しさ半分で『ただいま』と言うと、飛びついてきたのはフォルト、倒された私に手を伸ばしてくれたのはマリス。そして2人の後ろからは泣きそうな表情で微笑んだリリア。そのまましばらく、お互いに起きたこと、悩んでいたことについて話した。あたしが、神と呼ばれる存在の血を引いていることも。さすがに驚き戸惑っていたみたいだけど、それでも3人はあたしから逃げないでくれた。あたしに、神様でもいい。もう何処にも行くなと言ってくれた。そこでもう一度、今度は4人で泣いてしばらくした後に、あたしが言い出したのがレイへのお礼のことだった。

「うん。よく考えてみると、あたし達がレイに頑張ってもらった時って、ほとんどお礼らしいお礼をしてなかったなぁって思って。」
「…そうだっけ?」
「わ、私達ってそんなにレイ様へのお礼を欠かしていましたか?」
「ちょっと思い返してみましょうか。」

ヴェロンティエに入ってくれたとき
リリアの病気を治療してくれたとき
マリスを騎士から守ってくれたとき
フォルトの行きつけのお店を復活させてくれたとき…等々。

「あ、あっれー…?な、何か全然レイ君にきちんとお礼した記憶がない…?」
「レイへの愛で返したということには───」
「釣り合うと思う?」

あたしは───多分、リリア達も───頭の中に天秤を用意した。片方に乗せたのは、あたし達のレイへの想い。そしてもう片方には、レイがあたし達のためにしてくれたことや、レイとの多くの思い出。
結果として、想像上だというのに天秤の片側に載せていたものは勢い良くすっ飛んでいった。

「…ひょっとして、私達は随分と人として不出来なことをしていたりするのでしょうか?」
「リリア。今のあたし達の顔色がそれに対する答えよ。」
「えっと、そんじゃ…何、しようか?」
「今までのレイが私達のためにしてくれた行動全てに釣り合うほどのお礼…は、無いと考えたのは私だけかしら?」
「全部は無理でしょうから、今回の分から地道に返していくということで…どうでしょうか?」

リリアの提案に、あたしもマリスも頷く。が、フォルトだけは気まずそうに頬をかいて目線をそらしていた。

「どうしたの?フォルト?」
「あー…えっと、ね?今回の分って言われると、多分あたしは何もしなくていいかなーって思っちゃったり…?」
「そう言えば、フォルトさんはレイ様に自信をお付けになってくださったのでしたね。」
「ああ、そういうことね。確かに、今回に関してはレイとフォルトは対等だったと言えるのよね。やるじゃない。」
「ま、まあね!」
「…そう言えば、フォルト。レイにどうやって自信を付けさせたのか、教えてくれないかしら?」
「っ!な、何でかな!?」
「それを参考にしようと思ったからよ。それだけ。決して、あなたが以前に言っていた、レイとあなたの一夜に興味があるわけじゃないわ。ええ、決して。」
「怖い!?マリス、ちょっと怖いよっ!?」
「確かにいい案ね。それにしても親友を見て怖いだなんて、面白いことを言うわね、フォルト?さあ、吐きなさい。あんた、レイに何をしたの?いいえ、レイと何をしたのかしら?一夜の間で。夜に。具体的にはっきりと包み隠さず述べなさい?」
「そうですね。先ほどもぼかしておっしゃっていましたし。私もお聞きしたいです。参考に。ええ、参考にするためです。決して、抜け駆けしたんじゃないかと勘ぐっているわけではありませんよ?」
「キララとリリアも怖ぁっ!?」

机の上で、状態を仰け反らせるようにしているフォルトを追い詰めるようにあたし達は身を乗り出す。と言うか、何だろう、このフォルトの反応は?ひょっとして、本当にあれか。抜け駆けしたのか、この親友は。あたしの家で、家主がいない間にやることをやってしまったというのか。

「フォルト、単刀直入に聞くわ。」
「な、何でしょうか…?」
「レイと、何を、したのかしら…?」
「…も、黙秘権は…?」
「もちろん構いません。その代わり、一分経過するごとにその膝の上に漬物石を追加させていただきます。」
「拷問!?」
「違うわ。親友が喋りやすくなるようにという、あたし達なりの優しさよ。」
「重い!優しさが重いよ!二重の意味で!」
「マリス、一つ持ってきなさい。」
「分かったわ。フォルト、待っていてね?今、楽にしてあげるわ。」
「何を楽にするの!?」
「もちろん、話すのを楽にしてあげるのよ。」
「絶対に嘘だぁっ!?」

マリスが立ち上がり台所に行きかけたところで、ようやく観念したらしいフォルトは頭をうなだれた。

「わ、分かった…話す…話せばいいんでしょぉ…」
「さすがフォルトよ。」
「親友として鼻が高いわ。」
「その決断は、王族として見習っていこうと思います。」
「暴力に屈するとか、見習っちゃいけない決断の仕方でしょ!?ええぃ!こうなったら、聞いたことを後悔するぐらいに生々しく赤裸々に語ってあげようじゃないの!心の準備はいい!?経験無しの頭で付いてこれるかなっ!?」

そうしてフォルトが語りだした内容だけど…ここでは詳細を省かせてもらう。
ただ、その内容のあまりの生々しさに、開始数分でリリアが脱落、あたしもそれに続くように撤退。最後まで残ったマリスも、結局途中で駄目だったことを追記しておく。

…レイ…覚えておきなさい…


54 :雨やかん :2008/04/22(火) 11:08:27 ID:VJsFrctD

とぅるー53!

「はっ!?」

な、何だ!?今、何か強烈な呪いをかけられたような気がしたぞ?

「あら、気づかれましたか、レイさん?」
「っと…ミリアさん。」

あ、そうか。俺ってキララと話してる途中で倒れちゃったんだっけ。格好悪い上に情けないなぁ…

「そんなことありませんよ。」
「…いや、神様だから読心術ぐらいいけるとは思いますが、心臓に悪いので止めてください。」
「そうですか。でも、レイさん。私は、あなたほど格好良く、頼りがいのある人を知りませんよ。ですから、そんなに落ち込まないでください。」
「ありがとうございます。でも、やっぱり格好付けたかった、っていうのはありますね。」
「贅沢な悩みですね。」

そうだな。確かに、贅沢な悩みなんだろう。けど…少しだけ眠って、ちょっとだけ頭が冴えてきた気がする。

「…今なら、答えが出せるのかな…?」
「どうしましたか?」
「ミリアさん。俺、今回の事件を通してずっと考えてたことがあるんです。」
「…レイさん?」
「確かに、俺は4人が笑ってくれる世界を作ろうと必死でした。そして、また4人の笑顔を取り戻して、本当に安心したんです。けれど────っ?」

俺が言葉を出そうとした口は、ミリアさんがそっと差し出した指に押さえられてその動きを止めた。

「レイさん。それ以上は、私が最初に聞いていいことではありませんよ?」
「っと…。」
「レイさん。本当にありがとうございました。あなたはこの世界に来て、多くの困難にぶつかりました。多くの人の悲しみを見てきました。そして、その全ての困難を退け、全ての悲しみを笑顔に変えてくれました。ですから、レイさん…もう、いいでしょう?」

そっとミリアさんは俺の頭を撫でてくれる。その微笑は母親のものであり、神様のものであり、本当に優しさを注いでくれるものだった。

「もうそろそろ、あなたは‘あたなだけの幸せ’を望んでもいいはずです。それを望んだとしても文句は誰も言いませんよ。いいえ、言わせません。私が。」
「…そ、創世の神様の、後ろ盾付きっていうのは心強いですね…」
「ええ、無敵ですよ?レイさんの幸せを邪魔するものがいたら、私は全力で排除すると決めましたから。たとえ世界を敵に回しても。」
「本気にしか聞こえませんが。」
「冗談ですよ。世界ごときが、私の敵になれるはずありませんから。」
「そこが冗談!?」

くすくすと笑うミリアさんは、そのまま俺を置いて部屋から出て行った。何も言わなかったということは、俺の好きなようにしていいということだろう。
気がつけば、体が軽い。ひょっとすると、俺の疲労を取り除くために俺の傍についていてくれたんだろうか…うん、きっとそうなんだろう。どうやら俺は神様とか家主だとか関係なしに、これからもあの神様に頭が上がらなさそうだ。
さてと、そろそろリリア達も戻ってきてるだろうし。仲良く久しぶりに5人で夕食を食べるとしようか。

…何だろう。俺の第六感が下に行くなと告げている。今すぐ、ヴェロンティエから逃げ出せと警鐘を鳴らしている気がする。それとは別に、何だか天の声的な雰囲気の何かが、とっとと下に行けと促している気もする。まあ、とりあえずは大丈夫だろう。何たって俺には創造神のご加護があるわけだし。

「おーい、キララ。リリア達は戻ってきたか───って、は?」

階下に降り、目の前に広がった光景を見た俺の第一の感想。
何だ、この光景?
キララも含めた4人が居る。それはいい。予想していたし。一つの机についている。これもいい。積もる話もあっただろうから。
でも、どうして全員が死屍累々といった感じで突っ伏してんだ?リリアは、眼を回してる?キララとマリスも同じぐらいにぐったりしてるし。ってか、どうして3人とも顔が真っ赤なんだろう。唯一意識がはっきりしてるらしいフォルトさんにしても、やっぱり顔が真っ赤だ。何だか息も荒いし。

「…え、何があったの、これ?」
「あ、れ、レイ君…やったよ、あたしは勝ったよ…」
「勝ったって、何に?何の勝負をしたらこんな状況が生まれるんだ。」
「ふ、ふっふっふっふ…所詮、経験の無い3人には付いて来れない世界だったんだよ…あたしと、レイ君だけが立ち入れる世界はね…」
「何処の世界だ、それ。」

ってか、何だかテンションがおかしいぞ、フォルトさん。後、俺の脳みそ。警鐘を鳴らしまくるのは止めろ。もう手遅れだという雰囲気が伝わってくるから。無駄だ。そして俺に階下に行けと勧めた声の主。天から降りて来い。そして一発殴らせろ。

「心の準備はまだだが、フォルトさん。一体、何の話をしてたんだ?」
「もっちろん、レイ君と、あたしが、熱く激しく過ごした一夜について。」
「嘘ぉ!?」
「安心して。細部まで明確に、あたしの記憶の留める限りを尽くして生々しく、用いることができる全ての表現を使って説明したから。」
「どこに安心できる要素があるんだ!ってか、普通言うか、あれを!?」
「そうでもしなきゃ、あたしの敗北は必定だったんだよ、レイ君!」
「むしろ勝たなくていいよ、その勝負!ってか、勝ち負けの基準が分かんねー!?いや、分かりたくもねぇけど!」
「っ…れ、レイ…?」

マリスが意識を取り戻したようだ。それに反応するように、次々とキララ、リリアも眼を覚ます。いや、もう少し眠っててくれ。マジで。それか忘れてくれ。

「…レイ。」
「な、何だ、マリス…?」
「今日の夜、あなたの部屋に行くわ。ええ、絶対に。」
「ぅおーい!?何か、今までに無く感情が篭ってませんか!?」
「レイ…あんた、仮にも居候の分際で、家主のいない間になんてことしてるのかしら…?」
「家族!ほら、以前にお前俺のこと家族って言ってくれたから!そういう理由で勘弁してください!」
「それはそれ。これはこれよ。」
「ひでぇ!」
「特務騎士、レイに命令します。今宵の夜伽を───」
「いやいやいやいや!そんなこと命令しちゃいけませんよ!?」
「職権乱用って、素晴らしい言葉ですよね。」
「それ、むしろいけない言葉だから!」

ああ、本当に良かったのか、俺?これが、俺の望んだ世界なのか?

…うん。

確かに面倒だし

大変だし

正直疲れまくってしょうがないけど

確かに、これは俺が望んだ世界だ。


55 :雨やかん :2008/04/24(木) 10:05:56 ID:VJsFrctD

とぅるー54!

部屋に送った後、全力で引きとめようとするリリアから何とか逃げ延び、ヴェロンティエに戻れば俺のベッドを占拠していたマリスを布団で簀巻きにして、恐ろしいことにミリアさんに協力してもらって俺を押し倒そうとしたキララをねじ伏せて、何とか一夜を過ごした翌日。(ちなみに、フォルトさんは満足そうに就寝。助けは無かった。)

「…レイさん、僕のこと忘れてましたね?」
「本っ当にすいませんでしたっ!」

朝から俺は土下座していた。
理由はっていうと、目の前で苦笑しているゼノスさん。そう。昨日、俺がキララと2人きりで話すために親衛隊に拉致してもらった後、放置してしまったゼノスさんはわざわざ今日の朝から来てくれたのだ。

「あ、あれから色々とあったもので…」
「ええ、僕のほうも本当に色々とありました…キララさんの出身校に始まり、フォルトさんの家まで案内されることになって、昨晩は親衛隊入隊試験とやらで満点を取るまで寝せてもらえませんでした。」
「親衛隊ー!そこまでやれとは言ってないぞ!?」
「我らが女神の魅力を一晩で伝えきるにはこれしか無かったのだ!」
「威張るなよ!時間稼ぎ頼んだの俺だけどさぁ!」
「おかげで、本来よりも随分とお2人のことに詳しくなってしまいました。」
「2人って…俺も!?」
「敵を知ることこそ、勝利への近道だからな。」

その内に陛下に頼んで個人情報保護法を作ってもらうしかないと、半ば本気で考えていた俺にゼノスさんはくすりと笑ってみせた。

「それに、お2人がどれほど強い絆で結ばれているのかも分かりました。」
「…ど、どうも。」
「お2人が最近仲違いをしているというのは聞いていました。ですから、僕も卑怯かなと思いつつ、今なら簡単にキララさんを連れて行けるだろうと思っていたんですよ。けれど…レイさんのその表情を見る限り、どうも無理そうですね。」
「え…?」
「顔に出てますよ。キララさんを連れて行って欲しくない、キララさんが行きたくないと言っていた、って。」

どんな顔だろう。と言うか、それを読み取るって、どれだけすごいんだこの人は。

「また近いうちに、お2人を招待させてください。一週間ほどなら、来ていただけるでしょう?」
「…ゼノスさん…その、本当にすいません!」
「いえいえ。残念ですが、今回は諦めることにしますよ。レイさん、これからも頑張ってください。」
「ありがとうございます。ゼノスさんも、どうぞお気をつけて。」
「はい。僕は、これから一旦宿に戻って荷物をまとめます。帰る日に、もう一度寄らせてもらいますよ。」

それだけ言って、ゼノスさんはくるりと回れ右をして去っていった。その後ろ姿には未練など無く、胸を張ったその姿は本当に素晴らしいものだった。

「…格好いいな、あの人…」
「レイ。世の中には、お前ごとき及ばぬ人間がいるのだ。そのことを肝に銘じるがいい。」
「ああ。お前らとでは、まさに天と地の差だな。」
「…」
「…」
「…泣くぞ?」
「気持ち悪いことこの上ないから止めろ。」

親衛隊の脚に蹴りをいれ、ようやく一息つけ───

「ごめんくださーい。」
「はい?」
「あ、レイさん!お久しぶりです!」
「君は…イーノちゃん?どうしたの?」
「いや、あの、どうしたのって…今日、採用の結果発表ですよね…?」
「…誰が、そう言ったの?」
「前回の試験のときに、キララさんが。」

そのキララさんは、現在朝からどこかへ出かけておられるのですが…?

「…日にち、間違えてたりとか…」
「でも、友達みんな来てますし。」
「「「こんにちはー!」」」
「キララは、今日、朝から、発表するって、言ったんだな?」
「はい。みんなが揃い次第、発表してくれるって…あの、レイさん?」

やってきたのは全部で9人。聞けば、調理担当が3人、給仕担当が5人、兼業可能なのが1人。
これはもう、やるしかない…この場を乗り切るための、一手を打つしか!

「と、いうわけで!」
「どういうわけで!?」
「レイさんの目が怖い!」
「9人、今すぐに厨房に入ってください。」
「「「「はい!?」」」」
「キララが俺に丸投げして逃亡したので、本日ここにいる全員にヴェロンティエを手伝ってもらう!」
「「「「えええええええええええええ!?」」」」
「で、俺が即戦力と判断したらその場で採用!場合によっては9人全員採用の場合もあるから!」
「「「「前回の試験の意味はっ!?」」」」
「キララが戻ってきたときに明らかになると思う。というわけで、作業開始!というか、手伝ってくださいお願いします!」
「…そういえば、ヴェロンティエって…」
「ああ。何が起こるか分からない確率最高だったな。」
「俺達の見通しが甘かったってことかよ。」
「こ、こうなった上等ですわ!ばりばり働いて、一番乗りで就職を決めてみせます!」
「負けるか!俺の全力を尽くした料理で、ヴェロンティエの舌の肥えた客を唸らせて見せるぜ!」
「ならば、あたしは給仕を完璧にして客の視線を集めてみせーる!」

血気盛んな若者達が厨房に入っていくのを見て、俺はとりあえずため息を付く。
それにしても、キララはこんな朝からどこに行ったんだろう?


56 :雨やかん :2008/04/26(土) 02:31:36 ID:WmknQnu4

とぅるー55!

「しゅくっ!」
「くちゅん…!」
「はくちゅっ!」
「へっくしょいぃ!」

4人揃ってくしゃみをしたという事実よりも、最後の声のありえなさに、その発信源に視線が集まるあたし達。

「…お願いだから何も言わないで。」
「今のへくっしょい、なんてのは聞かなかったことにしましょうか。」
「女性らしさが皆無だったとか、親父臭さ全開だったとか、そういったことは言わなければいいのね?」
「大丈夫ですよ。今の決定的瞬間は私達の心にずっと閉じこめておきますから。」
「ねえ、信じていいんだよね?3人ともあたしの親友だよね?」

引きつった表情であたし達を見ているフォルトを置いて、逸れてしまった話題を元に戻す。

「えっと、それでレイへの感謝をどうやって表すか、ってことよね?」
「贈り物というのが最も一般的ですが。」
「私、あまり男性に贈り物ってしたことないのよ。兄さんと父さんぐらいだもの。」
「まだ良い方ですよ。私はずっと貰う側でしたから。」
「相手の趣味とかが分かれば、それに沿ったものを贈るんだけど…レイ君の趣味って、何?」
「今更ですが、レイ様は趣味などがまったく分かりませんし…」
「と言うよりは、レイの場合何でもそつなくこなしちゃうから、何かに熱中するってことが無いのよね。」
「加えて、何を渡しても喜んでくれるだろうから、本当に喜んでくれるものが思いつかないというのもあるわよ?」

…なんと贈り物選びに困る男だろうか、レイは。
何を渡してもレイはあたし達からの贈り物というだけで喜んでくれるだろう。けれど。本当にレイが喜んでくれるものじゃなければ意味がない。そして、それを考えるためにこうして4人で知恵を寄せ合っているのだが、いい知恵がさっぱり―――

「もういっそ、あたし達の体を包装してレイ君の部屋で待機しとく?」

…あたし達を…?

「それも一つの手かしらね。」
「え、えぇ?それは、ちょっと…キララさんも何か仰ってください。」
「…いいわね、それ。」
「ちょ、キララさん!冗談ですよね!?」
「本気よ。よく考えてみたら、悩む必要なんて無かったじゃないの。」
「悩んでください!いえ、むしろ悩む間もなく反対してください!」
「うわぁ…冗談のはずだったのに、一番反対するはずのキララが賛同してる…」
「キララ、熱でもあるんじゃないの?」
「別にフォルトの案をそのまま実行しようなんて言わないわよ。」

それを聞いて、3人はきょとんとした表情であたしを見る。
そうだ。どうしてこんな簡単なことで悩んでいたんだろう。だって、レイが喜ぶものといえばこれ以外にありえない。

「あたし達が笑ってレイと一緒にいることが、レイにとって一番の贈り物じゃないの。レイは、あたし達と笑いあえる時間が欲しかったからあんなに頑張ってくれたのよ?だったら、4人だけで頭突き合わせてるよりもレイと一緒にいた方がいいに決まってるわ。」
「…それは、一理ありますね。」
「で、でも、それだといつもと変わらないよ?あたし、レイ君と一緒だと確実に笑ってる自信あるし。」
「なら、レイに何を贈るかじゃなくて、レイと一緒に何をするかを考えましょう。」

レイと一緒に何をするかって言われると…やっぱり、全員でどこかに出かけるとか?でも、ついこの前まで海に行っていたわけだし。そう何度もお店を閉めるわけにも…そういえば、レイは今ごろ家で何してるのかしら。今日はあたし達がいないからお店は休みにしてるはずだけど……何か、大切なことを忘れてる気がするわね。

「…あ。いい案があります!」
「へぇ、どんなの?」
「ここのところ随分と忙しかったので自分でも忘れていたのですけど、私もうすぐ16歳になるんですよ。」
「忘れちゃ駄目でしょ!?」
「リリアへの誕生日の贈り物まで考えなきゃいけないわね。」
「ようやく、リリアもレイと結婚できる歳になるのね、おめでとう。」
「ありがとうございます。それで、私が思いついた案なのですが────…」

そう前置いて、リリアが話し出した提案。
それはあたし達が考えていた趣旨に沿っていて。なおかつ、実現可能なものの中では最適な気すらして。

「───…と、いうのはどうでしょうか?」
「いいね、いいね!それ最高だと思うっ!」
「準備や説得に手間はかかりそうだけど…難しいというほどでもないかしら。」
「レイに内密に進めるのが最大の難関だとは思うけど、それも4人でやればどうにかなりそうだし…あたしはいいと思うわ。」
「レイ君の驚く顔が見てみたい!」
「そうですね。私も、今から楽しみになってきました!」
「それじゃ、早速一番最初に許可を取らなきゃいけない人の説得といきましょう。」

あたし達は立ち上がると、そのまま目的地に向かって少しばかり駆け足で走り出した。
レイの言葉を借りるならば、とりあえず、必死に、頑張って、レイが心から笑ってくれる世界を作ってみましょう。


57 :雨やかん :2008/04/28(月) 08:05:47 ID:VJsFrctD

とぅるー56!

『リリア・キルヴァリー王女が16歳となられる誕生記念式典への参加令状』

そんな手紙が飛び込んできた──文字通り、部屋で休んでいた俺の窓から何故か──のは、あの事件が解決してから数日経った日のことだった。

近頃、キララ達の様子は確かにおかしかった。朝は店が始まる直前まで何処かへ出かけていて、店が終わると同時に急いで3人とも店を出る。そのまま一日中帰ってこない。リリアはずっとお城で何やら公務を頑張っているとはいえ、一度も店に来なかったのにも驚きだ。ミリアさんもまた、キララ達に付いていっているらしく、呼びかけても返事が無い。

リリアの誕生日については、もちろん知っていた。ちゃんとプレゼントの準備もしていたし、当日はきっとお城に呼ばれることになるんだろうと思って、今度こそ堂々とリリアに会いにいけるようにと奮発して服も買った。だから、キララ達もリリアの誕生日に向けて何かしらやっているのだろうと思っていて、手伝おうとしたのだが───

『付いてこないでね、レイ君!』
『女の子同士じゃなければ出来ないことがあるのよ、レイ。』
『もしも付いて来たら、お母さんに頼んであんたを別世界に送るわ。』
『暑い世界ですか?寒い世界ですか?それとも、天然ボケしかいない世界ですか?レイさん、お好きな世界をどうぞ。』

と、言われた──もとい脅迫された──ので、キララ達が何をしていたのか知ることは無かった。

そこにこんな手紙である。

「…怪しい…怪しすぎる…」

手紙には、キララ達が今晩は城の方に泊まること。明日のお店を休みにすること。明日の夕方に迎えを出した車に乗って城まで来ること。もしも、それまでに城に来ようとしたならばミリアさんが立ちふさがるとのこと。などが書かれていた。

…ミリアさん、あなたは俺の味方のはずじゃなかったんですか?

とりあえず、洋服の手入れとプレゼントの準備をして…後、一応念のために色々と装備を整えておこう。


そして、翌日の夕方。
買ったばかりの服に身を包み、掃除を終えて鍵もかけた店の前で車を待つ。もちろん、一通りの装備だってしている。友人の誕生日パーティーに出かけるためにこんな装備をしなければならない状況が途方もなく虚しいが。

‘ガラガラガラガラガラ…!’

「お、来た。」

やって来た車が俺の前に止まり、扉が開かれる。

「「「「よく来たな、レイ・キルトハ───」」」」

‘バァンッ!’
全力で扉を閉めた。何だか幻覚が見えた気がする。

「よし、走って行くとしよ───」
「逃がすものかぁっ!」
「おとなしく我々に捕まるがいいぞ、レイ・キルトハーツ!」
「のわぁっ!?」

幻覚ではなかったらしく、中から転がるようにして出てきた親衛隊の隊長4人に、そのまま引きずり込まれるという表現がぴったりな感じで俺は車の中へと連れ込まれた。

「ちょ!ま、お前ら一体、何をしてんだぁっ!?」
「我々は、本日光栄なことにっ!」
「女神達から、何と直接手をとっていただき!」
「そして上目遣いで貴様を会場まで連れてくるように頼まれたのだ!」
「ちなみに、この車は部品一つとっても最高級のものですので、あなたの馬鹿力で暴れて壊すとヴェロンティエが潰れかねない、ということをお忘れなく。」
「キララ達がどうしてわざわざお前達を迎えに寄越す必要が───って、ヴォンド?ちょっと聞いていいか?」

俺の視線の先にいるのは、キララの親衛隊長ヴォンド。その手にあるのは───

「…なんで、お前はそんな高級そうな服を持っているんだ?」
「これだけだと思うなよ?外套もある。」
「もちろん、靴までそろえてあります。」
「おまけとして王家の紋章が入った剣と勲章もここに。」
「お、おい…まさか───!?」
「レイ・キルトハーツ。暴れるなよ?」
「さあ、お着替えしましょうねー?」

その言葉を皮切りに、いっせいに奴らは俺に飛び掛ってきた。

「おい、こら!上着を取るな!買ったばかりなんだぞ!?紐をほどくな!自分で脱げるわ!てか、なんで脱ぐ必要があんだよ!下に手をかけんじゃねえ!嫌そうな顔するならしなきゃいいだろうが!何を決心してんだ!近寄るな!真剣に怖いわ!離せこの野郎!?止めろって言ってんだろうが!せめて自分で着替えさせろ!は!?頼まれたって、誰に!?リリア!?でああっ!?おまっ、それ、高かったんだぞ!破りやがったなぁっ!?何が大人しくしろだ!お前ら、本気で犯罪者の目つきになってんぞ!ってか、何がどうしてこうなってんだあああああああああああああ!」







「ふぅ、任務完了だな。」
「お前ら、本気で車から蹴り飛ばしてやろうか!?」

結局、高価な車の中では暴れることも適わずに俺は遭えなくヴォンド達の手によって用意されていた服に着替えさせられることとなった。ちなみに、俺が奮発して買った服は二度と着られないだろう状態となって放られている。


58 :雨やかん :2008/04/30(水) 08:26:39 ID:VJsFrctD

とぅるー57!

「ってか、何だよこの服…?随分と上等そうだっていうのは分かるけど…」
「それら一式を揃えるのに30万ゼネーほどかかっているらしいぞ。」
「30まっ…!?」
「紋章の入っている剣も高価らしいな。確か───」
「待て、言うな。言わないでくれ…考えたくも無い…」
「ちなみに、この瞬間からその服はお前のものだそうだ。」
「…なぁ、この服の贈り主は陛下か?」
「そういうことだ。今日の式典を開くと決めたとき、急いでお前のために国で一番の職人に作らせたらしい。職人も、お前のことは知っていたから全力でやってくれたぞ、感謝しろ。」
「はぁ…ったく、あの人、娘の誕生日にかこつけて俺をリリアの婚約者として公表しようとかしてないよな…」
「まあ、そう思っておいてください。」
「は?それはどういう意味───っと?」

その真意について問いただそうとした瞬間、車がガクンと音を立てて停止した。

「さて、レイ・キルトハーツ。」
「我々はここまでだ。後は、お前が一人で行け。」
「まあ、何だ…楽しんでこい。」
「あなたは幸せ者だということを自覚してくるといいです。」

そうして、開かれた扉に向かって押し出されるように、俺は車から降りた。

レッドカーペットが真っ白な床に一直線に敷かれていた。
本来ならここまで車は進入できないはずなのだが、俺が立っているのはすでに城内だった。つい先日来たときよりもさらに美しく飾り付けられている中の様子に思わず呆然とする。
何より驚くべきことは、俺の前に敷かれている赤絨毯を挟むようにしてお城の衛兵や騎士の人たちがズラリと並んでいるのだ。

待て。何だ、この状況?俺、確かリリアの誕生日パーティに出席しに来たんだよな?それで親衛隊に洋服着替えさせられて、それは陛下からのプレゼントで、車から降りた今、俺の目の前には赤絨毯。

…わけ分からん…

「レイ・キルトハーツ様。本日はようこそ、お越しくださいました。」
「え、あ…キ、キララ…?」

名前を呼ばれて振り返ってみれば、先ほどまでは誰もいなかった場所にキララが立っていた。
来ている服は、美しく清廉な感じのするドレス。そしてそれすらもかすんで見えるキララの美しさに、思わずぽかんとする。多分、鏡を持って来ればアホみたいな自分とご対面だ。

「キララ、これは一体どういうことなんだ?」
「すぐに分かるわ。早速だけど…不遜の身ながら、あなたの腕を取ることをお許しいただけますか?」
「あ、ああ…。」

差し出された申し出に思わず頷けば、キララは俺の腕に自分の腕をさっと絡めて隣に立つ。その顔は、嬉しそうであり、誇らしげでもあった。

「じゃあ、行きましょう。」

そう言ったキララと並んで、俺はゆっくりと赤絨毯の上を歩き出した。
俺達が通り過ぎると、今まで直立不動だった兵達はにこやかな笑顔とともに剣をかかげる。その荘厳でありながら、どこか温かみのある雰囲気に思わず俺も笑い、それでも疑問が頭の中を埋め尽くした状態で一歩ずつ歩いていった。隣にいるキララに聞いてみようとも思ったのだが、何だかそんなことは許されないような気もしたので断念する。

そうしてしばらく歩いていった俺達の前に現れたのは、大きな門。確かここは、謁見の間だったはずだけど…謁見?俺が?正しいんだけど、何だか間違ってる気がするのは何故だろう。

「レイ・キルトハーツ!ご到ちゃーーーーーく!」

門の両脇に佇んでいた兵の声と同時に、重々しい扉はギギギギと音を立てながらゆっくりと動き出した。
その向こうにあった光景に思わず息を呑む。

赤絨毯なのは相変わらずだが、普段は広々としている謁見の間にこれでもかってほどに人々が集まっている。お城の人たちだけじゃない。町の人たちもいる。中にはヴェロンティエの常連である人も。
その人たちがきちんと列をなし、俺達の進む先を挟むようにしてこちらを見ているのだ。その顔にあるのは、老若男女問わず、どれも笑顔、笑顔、笑顔。

「これは、一体…?」
「やっほ、レイ君。」
「ここからは私達が隣を歩かせてもらうわ。」
「マリス!?フォルトさんっ!?」

目の前の光景に圧倒されていて気づかなかったが、いつの間にか俺の両サイドには、やはり美しいドレスを纏い、いつもと髪型まで変えた2人が寄り添ってきていた。キララはそっと俺の腕から離れると、今度は俺の後ろに付く。

「え、あ、あの?これは結局何なんだ…?」
「まあまあまあ。それは向こうまで行ってのお楽しみってことで。」
「両隣をこんな美女に寄り添ってもらえることに、不満でもあるのかしら?」
「そんなことは、無い、けど…」
「だったら早く歩きなさいよ。リリアが待ってるわ。」

キララの声に促されるようにして、今度は左腕をフォルトさん、右腕をマリスに絡められながら、そしてキララを後ろに従えるようにして俺は再び歩き出した。もちろん、周りには沢山の人がいて、その全ての視線が俺達に、というよりは俺に向けられていた。

そんな空間をようやく奥まで行きついた俺を待っていたのは、まさに王族が着るに相応しいドレスを纏い、初めて見る王族の紋章の入ったティアラを身に着けているリリアだった
その後ろにある玉座には陛下と王妃様が座っていて、ようやく俺はこれが正式な式典だと、しかも俺のためのものだと、理解した。


59 :雨やかん :2008/05/02(金) 10:12:37 ID:VJsFrctD

とぅるー58! ─光─

王族として立ち振る舞っているリリアはとても綺麗で、そしてその前に立っているレイはとても格好良くて。はっきり言ってお似合いの2人だ。こんな状況だというのに思わず嫉妬してしまいそうにもなる。
それ以上に、ここまで来てもまだ戸惑った様子のレイに思わず苦笑がもれてしまう。そんなレイの隣から下がってあたしの横に来たマリスとフォルトも同じようで、その顔には笑顔が浮かんでいた。

そして、そんなレイが今までしてきてくれたことを、あたし達は知っている。

「…レイ・キルトハーツ。」
「は、はい。」
「あなたは、今まで幾度と無く私を救ってくださいました。私だけではありません。ここにいる全ての人たちの暮らしを、笑顔を、あなたは異邦の民でありながら守り続けてくださいました。」
「そ、そこまで褒めちぎられるほど、俺はしてないぞ?」
「いいえ。あなたは、普段は料理人としてとても美味しい料理を作ることで町の人たちの笑顔を生み出してくれています。そして、危険が迫ったときにはその身を剣として害を切り払い、その身を盾として悪から私達を守るために戦ってくださったことを、ここにいる全ての者達が知っています。」

そう。ここにいるみんなが知っている。

お腹がすいたという人に、本当に美味しい料理を振舞ってくれるレイを。

病気で苦しんでいた人に、知恵を絞って治療にあたってくれたレイを。

困っている人を見ると、手を差し伸べずにはいられないレイを。

みんなに危険が迫ったとき、敵の手から逃がすために必死に戦ってくれたレイを。

この国が危機に陥ったとき、自分の身を省みず敵陣に単身向かっていったレイを。

どんなに面倒くさいことでも、ちゃんと解決しようとしてくれたレイを。

どれほど絶望に覆われていても、それを希望に作り変えてくれるレイを。

たった一年ほどの間で、誰もがレイという人間の強さと、優しさに救われてきた。

「レイ・キルトハーツ。あなたこそが、私の…いいえ、私達の希望を作ってきてくれたのです。あなたこそが、この町の明日を作ってきてくれたのです。あなたこそが、この国の光そのものです。」

今回のことは、最初は国王陛下にお願いしてリリアの誕生日のお祝いと一緒にあたし達がレイへの感謝を行うことを許して頂くだけのつもりだった。

ところが、リリアの提案を聞いた陛下達は驚くことを仰ったのだ。

『おいおいおい。ちょっと待てよ。あいつに感謝してるのはリリア達だけじゃないんだぞ?』
『そうよ。私達だって彼には本当に感謝の念が絶えないんだから。』
『お前らだけでやろうなんて、何をつまらないことを言ってるんだよ。俺達にも一枚かませろってんだ。』

その環はどんどん広がっていって。

『彼への感謝ですか。そういえば、ヴォルフの後始末といい、あの事件といい、騎士団としても彼には頭が上がりませんね。』
『ここは感謝って形にしてちゃんとレイに届けましょう、団長!』
『そうだな。騎士団も協力すべきだろう。』
『絶対、完遂。』
『この際だから、レイ君に感謝したい人お城中から集めちゃいます?かなり多いはずですよ?』

とうとうお城まで超えてしまって。

『あら?レイ君への感謝祭?随分といいもの企画してくれるじゃないの!』
『レイお兄ちゃんに、僕でも何かできるかなー?』
『何ぃ、あの男への感謝!?そんなのあるんだったら、どうして早いとこ言わねえんだよ!』
『いつ!いつですか、それ!?絶対に行きますから教えてくださいっ!』
『おほほほほ…あの坊やに、ちゃぁんとお礼を言えるときが来るなんてねぇ…こんな婆でもいいのかい?』
『僕たちに何か出来ることってありますか?何でもお手伝いしますよ!』
『あいつが下げる剣だとぉ?任せろってんだ!あいつに相応しい一振りを俺様の鍛冶魂全部込めて打ってみせるぜ!』
『レイさんの騎士服!?いいの!?私が考えていいのっ!?』
『まぁまぁ、引退する前に本当に最高の仕事を持ち込んでくれたねぇ。感謝するよ。』

最後には抽選で城に入る人を選ばないといけない騒ぎにまでなってしまうほどで。

約一年前のあの日。

この世界に来たレイ・キルトハーツという一人の存在は、これほどまでに人々の間に絆を作りながら歩き続けてくれた。

だから今日は、彼にその絆を見てもらおう。

彼に、その絆を喜んでもらおう。

今日という日に。

「レイ様…振り返ってください。そして、見てください。そこにあるものが、私達が精一杯の感謝とともに、あなたに送ることのできるものの全てです。」

レイが、ゆっくりとこちらを振り返る。きっと、その視線は受け止めてくれたはずだ。レイに向かって心からの笑顔を浮かべる、レイが作った絆を。

─── その手が作るは 孤独の闇を晴らす絆の光 ───

あたし達は、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。それは、彼の歌。

─── その瞳に輝くは 恐怖の闇を晴らす勇気の光───

誰よりも英雄でありながら、その称号に座ることなどしなかった彼の詩。

─── その智が守るは 絶望の闇を晴らす希望の光───

誰よりも賢者でありながら、その称号に驕りなどしなかった彼の唄。

─── 君こそが絆 君こそが勇気 君こそが希望 君こそが光 ───

私達を、初めて出会ったときから導いてくれた、彼の唱。

─── 我らを照らす光よ 君がくれた光を 消すことなどしない ───
─── 君のくれた光を きっと受け継いで つなげていく ───
─── 君のくれた世界を きっと受け継いで つなげていく ───
─── だから 今 ありがとう ───

声が止むのと、レイの瞳から一筋の涙が溢れるのは同時だった。


60 :雨やかん :2008/05/04(日) 15:27:28 ID:PmQHQimc

とぅるー59! ――Anser――

あれからどれだけ時間が経ったのか分からない。
みんなが歌ってくれた後、思わず泣いてしまった俺をリリアが慰めてくれて、それに嫉妬したのかキララ達が俺を奪うように引き寄せて、そうかと思えばいきなり横から陛下と王妃様につかまって感謝の言葉を述べられて、騎士団長が笑顔で手を挙げたかと思えば四聖騎士が俺を町のみんなに向かって投げ入れて、あとはもうしっちゃかめっちゃかである。

俺の手をつかんで涙ながらに感謝する人。背中をバンバン叩きながらねぎらってくれる人。抱えきれないほどの花束をくれる人。たくさんの人たちが俺に次々と向かってきて、まさに息つく暇もなく対応に追われていた。

何と言うか、俺は自分のために行動してきただけのつもりだったのだが…それが、こんなにもみんなの笑顔を作れたのかと思うと、嬉しいという感情が止め処なく溢れてきてしまう。

「でも、さすがに疲れたなぁ…」

ずっと引っ張りだこで人の中心に居続けたため、非常に火照った顔に冷たい夜風が当たる。その心地よさに眼を閉じて、今日という日をゆっくりと思い出して自然と笑ってしまった。

そんな時。

「こんな所にいたの、レイ?」

こぼれた笑顔のまま、俺は背後から声をかけたキララに振り向く。

「さすがに疲れてな。ちょっと休憩だ。」
「ふふふ。確かに、あたし達の予想以上の盛り上がりだったわね。」
「最初にあの歌を提案したのはキララだって?嬉し恥ずかしとはまさにあれだな。」
「作詞作曲はちゃんと専門家だけどね。全員が揃ってレイに感謝を伝えるには一番いい形かなって思ったのよ。」
「…うん。みんなの気持ちが、伝わってきて嬉しかった。」

キララは隣まで歩み寄ってくると、手すりにもたれるようにして俺に微笑んでくれた。
…うん、この笑顔だ。この笑顔を、俺は────…

「…だけどさ、キララ…」
「ん?」
「俺がこんなにも絆を作れたのは…あの時、キララが俺を雇ってくれたからだ。」
「何を言ってるのよ。あたしがしたことなんて、ほんの切っ掛けじゃ───」
「そんなことない。ミリアさんが俺をヴェロンティエに連れて行ったのもキララがいたからだし。マリスとフォルトさんに会えたのも、キララが紹介してくれたから。リリアに会ったのだって、そもそもキララがリリアに助かって欲しいって思ったから、俺は会いに行ったんだぞ?」
「そりゃあ、そういう考え方も出来るかもしれないけど…その絆を強くしたのはレイじゃない。」
「そうなんだろうな。けれど…俺が、この世界で最初につないだ絆は…キララとの絆だって思ってる。」
「最初にあったのはお母さんじゃないの。」
「ミリアさんと先に会ってはいるけど、絆って呼べるものを俺とつないでくれたのはキララだよ。」

『あんた、あたしにとって他人なの?』
『2度とあんたがあたしにとって他人だなんて思わないで。』
『あんたはこの店の料理人で、あたしの…新しい家族なんだからね。』

あの時の言葉が無ければ、俺はどうなっていただろうか?考えても分からないけれど、きっと今みたいな絆を築くことは無かったんじゃないかって思う。

「今回の事件…俺は本当に必死に解決しようとした。フォルトさんに笑っていてほしかった。マリスに笑顔を取り戻してほしかった。リリアに笑うことを忘れないでほしかった。けれど…それは、きっと俺のためだけじゃなかったんだ。」
「…レイ?」
「3人が笑ってくれないと、キララも笑ってくれないって思った。この問題を解決しないと、キララが笑ってくれないって思った。キララに、誰よりも…笑って欲しかった。」

戸惑った表情のキララの視線を真正面から見て、ようやくたどり着いた答えを口にする。




「キララの笑顔が好きだ。キララとの絆が好きだ。キララ…お前のことが、好きだ。」




ポカンとしたキララの顔に少しだけ苦笑し、テラスの手すりに置かれたままのキララの手にそっと自分の手を重ねて一歩距離を寄せる。その近づいた距離だけキララの顔が赤く染まる。さらに一歩寄れば、俺を見ていた瞳が少し揺れた。

「…え、あ、あの…これ、ゆ、夢とか?」
「何でだよ。」
「いや、だって!な、えぇっ!?れ、レイが、その、ああああああたしを!?り、リリアみたいにおしとやかじゃないし、フォルトみたいに素直じゃないし、マリスみたいに大人びてもないのよ、あたし!?その、だから!えっと、あのっ…!」
「好きだ。」
「っ!?」
「リリアじゃない。マリスじゃない。フォルトさんじゃない。キララが好きだ。」
「ぁぅ…」
「だから、キララ。俺がお前の隣に相応しいと…お前が思ってくれるのなら、俺をキララの隣に置いてほしい。」
「っ〜〜〜〜〜!レイっ…!!」

最後まで残っていた距離を詰めてくれたのはキララだった。俺の背中に手を回して、決して強くない力で必死に抱きしめてくれる。そして俺も、キララが壊れないように、けれど俺の気持ちが伝わるようにしっかりと抱きしめ返す。その瞬間、俺の腕の中にいたのは同僚で、家族で、仲間で────

───…俺の、恋人だった。


61 :雨やかん :2008/05/06(火) 07:31:14 ID:ocsFkexc

とぅるーらすと! ───Future───

‘チチチチチッ…’

「ん…、っふあぁっ…!」

朝、すっかり習慣となっている時間帯に俺はベッドから起き上がる。
洋服棚に掛けておいた制服に着替え、そのまま階下へとすぐに降りる。裏口の鍵を開ける。前日から仕込んでおいたスープの様子を確認。うん、今日もいい出来だ。さて、次は───

「おはようございます、レイさんっ!」
「「「「おはようございますっ!」」」」
「よぉ、今日も元気だな。おはよう。」

やって来たのは今日の担当の料理人達。みんな、俺に挨拶をしてから何故かため息をつく。

「ってか、相変わらずですね…」
「私達、指定された時間よりも30分は早く来てますのに、どうしてレイさんの方が早いんですの…」
「重役出勤っていうのは、俺には似合わないんだ。別に、もう少しのんびり来てもいいんだぞ?」
「自分の上司が自分より働いているっていうのは〜、考えものですよ〜」
「そんなものか?」
「ええ、そうですよっ!レイさんこそ、もう少しのんびりしてください!」
「そうそう。キララさんとの愛の営みの余韻に浸ってからでも───」
「よし、イーノ。今日の甘味時間はお前が一人でやり遂げろ。」
「死刑宣告っ!?」
「それじゃ、全員今日も頑張っていくぞー。」
「「「「はい、‘料理長’っ!!」」」」



俺、レイ・キルトハーツがこの世界に来てから7年の歳月が経った。



「おはよう、レイ…あら、みんな早いのね?」
「副料理長、おはようございます!」
「相変わらずお美しい…どうです、今晩のご予定は?」
「前にも言ったと思うけど、レイ以上の男性になれたら予定を空けてあげるわ。もちろん夜から次の朝までね。」
「あのなぁ、マリス。頼むから俺を引き合いに出すのを止めてくれ。後、そろそろいい相手を見つけろよ。」
「あら、つれないのね?」

マリスはヴェロンティエを出て、現在は自宅から通っている。7年の歳月は確実にマリスを魅力的な大人の女性へと育て、独り身ということもあってか毎日のように店の男や町の人から交際の申し込みを受けている。
…まあ、そのたびに俺を引き合いに出して断っているらしいが。本人曰く、俺以上の相手を見つけられないなら独身の方が楽だそうだ。

「ごめーん、遅れちゃった?」
「いや、ある意味じゃ時間通りだよ、フォルト。」
「給仕長!ウレモセの陶器ってどこでしたっけ!?」
「いやいや、真後ろの棚に入ってるから。あたしより若いんだから、ボケるのは早いよ?」
「フォルト。新しい彼とは順調?」
「うん。昨日はなかなか寝かせてくれなくってさー…」

フォルトさんも現在はヴェロンティエから出ている。残念ながら7年という月日すら彼女のスタイルを向上させることは無かったのだが、それでも明朗快活な性格のおかげで今は新しい彼氏と同棲中だ。
驚くべきことに、この新しい彼氏というのがあのアイン。この前はフォルトさんと喧嘩したと俺に泣きついてきた。どうやら、力関係はアインが圧倒的に弱者らしい。

「あれ?キララは?」
「ああ。2、3日前からどうも調子が悪いって言って。昨日から休んでる。」
「大丈夫なの?」
「大したことはないみたいだ。さっき、ミリアさんが様子を見に行ってた。俺も時間が空いたら行って詳しく診てみるよ。」
「私も付いていっていいかしら?」
「もちろん、あたしも。」
「私もお見舞いさせていただけますよね?」
「リリア!久しぶりだな!」

この7年で最も変わったのは、ある意味ではリリアだろう。
俺達が20歳になった年のこと。リリアは王政の廃止を宣言し、この国の政治の在り方を民主主義制に変えたのだ。もちろん、実際にそのような法律などを定めたのは元陛下達だが、立案は俺とリリアだった。
今の彼女は王女などではなく、リリア・キルヴァリーという一人の女性だ。本人が言うには、俺以外に男性を好きになれそうにないので苦肉の策です。と冗談めかして言っていたが、リリアが真剣に悩みぬいて、自らが誇っていた王族の歴史を、国と民のために終わらせる決断をしたことを俺達は知っている。本を書いて生計を立てながら陛下達と一緒にのんびりと過ごし、たまにヴェロンティエを手伝いに来てくれる。

「レイ様の医術でも治せないのですか?」
「それが、キララ自身に異常っていえる異常は見えないんだよ。何で体調が悪いのかさっぱり分からない。明日にでも母さんを呼ぼうかって思ってるんだ。あの人の方が詳しいしな。」
「それなら安心ね。それじゃあ、ちょっと早いけど、始めてしまう?レイ?」
「ああ。準備できたみたいだし開けても───」
「レイ。」

階段の上から聞こえてきた声に、視線を送る。確認なんてせずとも分かるが、その姿を見ることが俺の幸せの一つ。
ゆっくりと一段ずつ降りてきたのは、3年ほど前に俺の妻となったキララだ。
出会ったときと変わらない瞳の光を持ち、出会ったときとは違った眼差しで俺を見つめてくれる、俺の大切な存在である。

「おはよう、キララ。調子はいいのか?」
「あー…そのこと、なんだけどレイ…マリス達もいるから、ちょうどいいわね…」
「あら、あたし達にも何か言うことが?」
「何々?どうしたの?」
「別れた場合、レイ様のことは私にお任せください。」
「違うわよっ!あの、レイ…えっと…その、ちょっと体がだるくて熱が出てるのよ…」
「え?だったら寝てないと。」
「…昨日、僅かだけど吐いたわ。まだ、気分悪いし…」
「じゃあ、ますます寝てろよ。今から診たほうがいいか?」
「…だから、そうじゃなくって…察しなさいよ…!」
「は?何を…?」

思わず首をかしげる俺の横で、マリス達3人はぽかんとした表情をしている。

「…あー…ひょっとして…?」
「そういうことだと思っていいのかしらね?」
「お2人の場合、ようやくという気もいたしますが…」
「え?何?3人とも分かったのか?」
「あら、本当にレイったら分からないの?。」
「…ごめん、一般的な風邪の症状としか思えないんだが…」
「「「はぁ…」」」
「3人揃ってため息つかれたっ!?」
「レイ様、鈍いですよね…相変わらず。」

リリアの一言が突き刺さる。いや、そんなこと言われても何がなんだか。病気じゃないのか?吐き気やら発熱までしてんのに?

「あのさっ…だから…─────…たのよっ…!」
「え?ごめん、何だって?」
「…───ったって言って…」
「もう少し大きく言って────」



「だから!赤ちゃん出来たみたいだって言ってるのよっ!」



…赤ちゃん?
赤ちゃんって、あれか?子供?赤ん坊?ベイビー?発音を正しく言うならBaby?え?キララに赤ちゃんが出来た?つまり妊娠?誰の子?キララと…俺の子…俺の子供!?

「───…って、子供ぉっ!?」
「そう言ってるでしょうがぁっ!」
「え、えええっ!?じょ、冗談じゃないよな!?本当だよな!?いや、心当たりは確かにあるけど、え、だって、嘘ぉっ!?」
「傷つくわね、その言い方…嘘なんか、つかないわよ。」
「あ、す、すまん…その、昨日の内に分かってたのか…?」
「お母さんが教えてくれたのよ…妊娠してるみたいね、って。2ヶ月だろうって。」

うわぁ…命を司るあの神様が言うなら間違いないな。キララ、本当に妊娠してるんだぁ…その、俺の子供を。

「あー…俺、父親になるんだ…」
「出産祝いは何がいいかしらね?」
「今度は、本当にレイ様のお子様ですね。」
「…ねえ、レイ。ちょっとこっちまで寄ってきて。」
「お、おう。」

俺がいまだにどこかフワフワした気持ちでキララの近くに行けば、そっとキララは俺を抱きしめる。もちろん、一瞬後には俺もその背中に腕を回しておく。

「…一応、聞くけど…産んでいいわよね?」
「当たり前だろ。」
「神の娘と、異世界人の子よ?」
「馬鹿言え。キララと、俺の子供だろうが。」
「…うん。その…、色々と大変になるけど…よろしく、お父さん。」
「任せろ、お母さん。」

腕の中でキララが微笑みをこぼしたのが分かる。
うわあ、父親として責任重大だ。これからどうしようか?まずは親父達に連絡して…母さん、産婦人科医師の資格もあったよな?色々と教えてもらって────

「レイ・ランクフォオオオオオオオオオオオオオドッ!」
「キララちゃんに子供が出来たって本当かっ!?本当なのかっ!?」
「おめでとー、レイさーんっ!これ、お祝いの品ぁっ!」
「って、いつの間に店内に客が多数っ!?」
「ついさっき店を開けたもの。」
「マリス、雰囲気とか読んで!?」
「ちなみに、フォルトさんは従業員の方達と一緒に町中に広めに行かれました。」
「とめなさいよ、リリア!?」
「まだまだ来るみたいよ?」

マリスの言葉に視線を窓に向ければ、そこから見える通りをドドドドドッと人々がやって来ていた。

「祝、キララさん御懐妊っ!」
「生まれた子供は、ぜひうちの保育所でっ!」
「レイ兄ちゃんの子供さんどこー?」
「馬鹿、お前ら静かにしないと胎教に悪いだろ!」
「これが静かにしていられるかっ!」
「男の子?女の子!?」
「名前は何にするの!?」
「おら、レイ!新鮮な野菜だっ!これで嫁さん、もとい母親に栄養あるもん作りやがれっ!」
「キララちゃーんっ!おめでとー!」
「生まれたら、うちの子と遊ばせましょうね。」

うわぁっ…
隣を見れば、キララも呆然とした様子でどんどん増えてくる人たちを見ている。その誰もが、俺達のことを祝ってくれていて。間違いなく、みんなが俺達の子供との絆を望んでいて。
本当に、責任重大だ。これほどに絆を望まれている子の父親になるんだから。

「…これから、本当に大変ね。」
「そうだな。けれど───」

俺とキララは顔を向かい合わせる。お互いに笑って、今ではすっかりと口癖になった言葉をつむぐ。



とりあえず 必死に 頑張って 俺達の世界を発明していくとしよう



───────そう、これは絆がつないだ世界を作る物語───────




────著者

雨やかん

────協力

『ヴェロンティエ ラズウェール本店』
レイ・ランクフォード
キララ・ランクフォード
マリス・インベルグ
フォルト・ラインクル
ミリア・ランクフォード

『元 チェイン王国』
リリア・キルヴァリー
クロムウェル・キルヴァリー
フィリス・キルヴァリー

リュカー・ラインハルト
アイン・ブルーデンス
ヴァイツ・ヴァイスハイト
イラド・リヴォーディオ
フィーア・ラインハルト

『チェイン共和国』
ヴォンド・ネリケッシー
ノーリ・テイプス
ガンム・ナットゥ
ニース・オキューラ

『エキストラ』

黒い翠鳥さん作≪日常の中の気付かぬ世界≫
リンネ
古柳 冬至
深川 知広

仔空さん作≪バンパイヤっ子とケーキ屋≫
杉村 葵
レイ・アイチュラ

れむむさん作≪星のかなた≫

ラキャラ

熱風回流さん作
シエル・スバーキン
ヴェアル・ガラン
初動系・零

アクロス・レザストロ【本人による友情(?)出演】


その他、作者がこの作品を書き始めて以来、応援し続けてきてくれた皆様



【この作品を通じて、広い世界で奇跡のように皆様とつなぐことの出来た絆に心からの感謝を。】


【皆さんのお持ちになっている絆が、この小説の彼らのように素晴らしきものになることを祈っています。】



Fin.


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.