三竦み


1 :雛卵 :2007/06/30(土) 23:57:49 ID:WmknQHW3

それはギラギラと鋭い日差しの照りつけるある夏の日の午後の事。


進級し、高校二年生になった春が過ぎ……新しいクラスにも慣れ始め、つい最近170cmを超えた身長にコンプレックスを覚えつつも、最近髪を伸ばし始めた私―今井望美は放課後、校庭の隅に立つ大きな木の下に呼び出され、待っていた。

「まったく……こんな熱い中、急に呼び出したりして、あいつ何なのよ」

木陰で額に浮かぶ汗を拭いながら愚痴る私だが、内心では酷く緊張していた。

私を呼び出したのはクラスメイトの男子。

彼―桐生祐樹とは家が近所で、子供の頃からずっと一緒。小中高と同じ学校に通い、何の運命の悪戯か毎年同じクラスと腐れ縁の続く世間一般で言う私の幼馴染であり……私の想い人でもある。

ただの幼馴染が想い人になったキッカケなんて忘れた……分かっているのはそれほど長く一緒にいた彼が、今の私にとってなくてはならない空気のような存在だって事だけ。

髪を伸ばし始めたのだって、ただでさえ身長が高く女の子らしくない私を変え、少しでもあいつに異性として意識して欲しくて。

そしてそんな彼に大事な話があるといって呼び出されたのは、その下で告白を成功させ、恋人になれれば、一生添い遂げられるという伝説がある木の下……これで緊張するなと言う方が無理だろう。

「悪い! 待たせた」

約束の時間から1〜2分遅れて、祐樹は姿を現した。
息を切らせて走ってくる彼に「遅いわよ」と口では文句を言うが、遅れたことよりも、彼が自分の為に走ってきてくれた事の方が嬉しかったりする末期な私。

「で大事な話って何なのよ?」

そんな内心の喜びを隠し、私はどうでもいい風を装いながら早速本題を尋ねた。

彼はその言葉に一つ深呼吸して表情を引き締めると、息を整えてから真っ直ぐに立ち。

「俺、好きな人がいるんだ」

正に予想通りの展開。

「へぇ〜。そうなんだ。で相手は誰なの?」

その先の言葉を想像し、胸をドキドキと高鳴らせながらその先を促し……けれども予想と同じだったのはそこまでで。

「……リンが好きなんだ」
「えっ?」

照れくさそうに彼が口に出したのは私の名ではなく、今年の春、クラスにやってきた外国からの転校生の名前だった。

彼の言うリン。正確にはリン・マクレーンは親の仕事の都合で転校してきた生粋のイギリス人で、キラキラと輝くお日様のような明るい金の髪に、透き通った海のような青い瞳と日本人がイメージする外国人そのままに、まるで天使のような整った容姿とクラスでも一番小さな体、最近では随分と上達したものの、まだまだたどたどしい口調が可愛らしい、私とは正反対な女の子。

気になる男子に呼び出され、告白を期待していたら、好きだと彼が告白したのは自分ではなく他の子の名前。

よく聞く話ではあるけど私はこいつが本気で好きだから、その言葉はありがちなんて笑い飛ばせるわけがなかった。

「であんたは私にそれを聞かせて何が目的なわけ?」

それでも動揺している事を悟られるのが悔しくて、出来るだけ平静を装い私はそう尋ねた、
声がわずかに震えてしまったが、この状況で涙を堪えられただけでも勲章モノだ。

「出来れば、お前からリンに俺の気持ちを伝えて欲しいんだけど」
「はぁ? 冗談じゃないわ。何で私があんたの恋を手助けしなきゃなんないのよ!」

しかし流石にその言葉には私の堪忍袋の緒が切れた。

自分の事を好きな女の子に、他の女の子への告白なんて手伝わせる、普通?
とはいってもこの鈍感な男が私の気持ちになぞ気づいてるわけないので、幼い頃からの幼馴染として、未だに一番仲の良い私に頼んだだけなのだろうが、それでも告白なんて手伝えるわけがない。

憤り、その場を離れようとした私は大きな手で腕を掴まれ、その場に強制的に留めさせられた。

「……痛いわよ」
「わ、悪い」

力は緩めたもののしっかりと掴んだその手は決して離さず……だからこそその必死さが分かる彼は沈痛な面持ちで言う。

「俺、リンと接している内にいつの間にか好きになっていって……こんな気持ちになったのってあいつが初めてなんだ」

何処となく嬉しそうな、そしてとても切ないような魅力的な表情。

長い付き合いで初めて見た表情にドキリと胸を高鳴らせつつも、自分以外の人間を想ってこんな顔を見せて欲しくなかったなんて悲しくなって、

「だけど直接告白する勇気なんて無くて……こんな事お前ぐらいにしか頼めないんだ。断られたらそれで俺もきっぱりと諦められるから……頼む」

何処までも真っ直ぐな表情に益々胸が高鳴り、私はこいつの事が本気で好きなんだなぁ。なんて改めて実感してみたりして……大きなため息を一つ零す。

「はぁ〜……分かったわよ。私からリンにあんたが好きだって事を伝えれば良いのね?」

恋愛は先に惚れた方が負け。
結局、私はその頼みを断りきれずに引き受けてしまった。
途端に彼はパッと表情を綻ばせる。

「ありがとう! この恩は一生忘れないから!」
「一生なんて覚えて無くて良いから、今度三波屋のモンブラン奢りなさいよね」
「ああ、奢る奢る! 何だったらメニューに載ってるケーキ全部でも良いから!」
「そんなにはいいわ」
「何だよ、欲が無いな」

輝くような笑顔を見せる彼に私は罪悪感を覚え、視線を逸らす。

何故なら私は彼がリンを好きだと伝えるという頼みを引き受けただけで、その恋を手助けするなんて一言も言ってないのだから。


そして翌日の放課後。

「遅れてごめんなさい」
「All right.気にしないで下さい」

急に呼び出した癖に、色々と心の準備をしている内に約束の時間に遅れてしまった私を、リンはにこりと天使の笑顔で出迎えてくれた。

同性の私でさえクラクラ来るような可愛らしい笑顔だが、これが幼馴染を魅了したのだと思うと歯がゆさ以外を感じない。

ライバルは天使のように可憐な容姿を持つ、強力すぎるほどに強力な女の子……しかし私には秘策があった。

「桐生祐樹って知ってるわよね?」
「I know.ワタシの隣の席の人ですよね?」
「そうそう」

祐樹はあの時、断られたらきっぱりと諦めると言っていた。
要はリンにこの告白を断らせれば良いのだ……そこで先ほどの秘策の登場というわけ。

この告白を空振りに終わらせる為に考えた秘策。
それは……

「あいつって実は酷い奴なのよ。前にこんな事があって……」

告白の前に祐樹の短所を並べ立て、彼を悪人として仕立て上げるというもの。

他人を。しかも好きな人を貶すなんて少々心苦しいがこれも私の為……ではなく、幼馴染を真っ当な道に戻すためと心を鬼にして、彼の欠点を並べ立てた。


「はぁはぁ……と、とにかくそういう訳でアイツは最低な奴なのよ!」

性格的な問題から、幼い頃の些細な失敗談等の細かい部分にまで渡るその悪口は、数十分にも及び、ようやく悪口のネタが無くなった頃には私の息も絶え絶え。
一生分の悪口を言い尽くしたと言っても過言ではないほど、私はこの秘策に全力を尽くした。

「そうなんですか……でもワタシには優しくしてくれまシタヨ?」

けれども私の全力は純粋な笑顔の前にあえなく敗北。

「ユウキさんは日本に着たばかりで言葉がよく分からなかったワタシに優しくしてくれマシタ。とってもいい人デスヨ?」

そんな事ぐらい言われなくても、私だって知ってるわよ……と心の中で毒づく私の完全に負け。

くだらない策などを立てた自分と比べて、リンは何処までも純粋で可愛くて……欠点なんて見つからず、逆に自分の醜さを突きつけられた思いだ。

惨めさからやけになった私はどうにでもなれと覚悟を決め、本題に入ろうと口を開き……

「「大事な話が」……って、へっ?」

何故か重なった言葉にきょとんとした。
呼び出したのは私なのに、何でリンの方から話があるのかと戸惑う私は、思わず「ど、どうぞ」と先を譲る。

彼女は白雪のように真っ白な頬をうっすらと桃色に染め、にこりと微笑みながら口を開いた。

「ワタシには好きな人がイマス」

あれ? この展開は……
ごく最近、経験した嫌なデジャブが頭をよぎる。

私は昨日とは違った意味でドキドキと胸を高鳴らせて続きを待ち……

「ワタシは……イマイノゾミさんが好きデス」

その可憐な唇が発した名前が幼馴染のものでは無かった事に、ほっと胸を撫で下ろす。
自分がそれまで予想していた両想いなんて、最悪な事態ではなかったようだ。

でもたどたどしい口調で紡いだ名前は私がよく聞く、とっても身近なもののような気が……イマイノゾミ……今井ノゾミ……今井望美?

「って私の事じゃない!」
「? ええ、そうデスネ」

何で好きな人の頼みで、代わりに告白しにきて私が告白されてるの?

『○○に伝えるよう頼まれたんだけど、あいつお前の事が好きなんだ』『ごめんなさい。その告白には答えられないわ』『そうか……理由だけでも教えてくれないか?』『実は……私あなたの事が』なんてのは結構、聞く話ではあるが、自分的には全く考えもしなかった展開に私は困惑し、内心で、何この展開! と叫ぶ。

「……私って無駄にデカイけど性別上は間違いなく女なんですけど?」
「No.problem 私の国では同性婚認められてマス!」

何かの間違いでは? と恐る恐る尋ねた私の言葉は、やたら力強く断言された。
へぇ〜、そうなんだ。流石外国……って何納得してんのよ、私は! 

「な、何で私の事なんて好きになったのかな〜? 私はこの通り、ガサツで、性格の悪いデカ女よ?」

自分で言っていて悲しくなるが、それでもこの状況を何とか回避しようと今度は自分の欠点を並べ立てるが、彼女はフルフルと首を振り、私を見上げる。

「ワタシは背が低いデス。だから初めはノゾミさんの身長に対する純粋な憧れデシタ……その姿を目で追っている内にアナタの事を好きになってマシタ」

拙い言葉での、愛の告白と共に潤んだ瞳で上目遣い、正に反則級の可愛さ。

こんな身長なんてあげるから、その可愛らしさを頂戴っ! と心の中で叫ぶ私は、顔には出さないまでも随分と混乱していたのだろう……だからいつの間にか彼女が段々と近づいてきている事に気づかずにいて。

「……えっ?」

私がその接近に気づいたのは、触れるだけのキスを受けた後だった。

「な、何してるのよ!」
「Sorry...」

怒声を上げる私に、彼女はシュンと小さくなった。
ちょ、ちょっと言い過ぎたかな? って何で私が罪悪感を覚えなきゃいけないのよ! と何が何だか分からなくなっている私を、リンは真剣な表情で見やり、

「これだけは信じてさい。ワタシは本気なんデス。答えはいつでも構いませんから……いつまでも待ってマス」

いじらしくそれだけを告げると去っていってしまった。


色々なショックを受け、疲れ果てた私はそれでも告白の結果を伝えるという約束を守るために幼馴染の待つ、彼の部屋へと訪れ……

「というわけで、告白する前に告白されてしまって結局、言えずじまいになってしまいまして……」

申し訳なさから床に正座をした私は、先ほどの告白劇の内容を包み隠さず……ではなく一部を隠しつつ、祐樹に取りあえずの報告をした。

「何だよ、そりゃ……俺、泣いても良いかな?」

一部始終を聞き終えた彼は頭を抱え、机に突っ伏す。
その心情は充分に同情に値するが、今の私にそんな彼を気遣う余裕はない。

「泣きたいのはこっちよ……大事に取っておいたファーストキスを女の子にいきなり取られちゃったんだから」
「はぁ!? お前、リンとキスしたのか!」

ポツリと漏らしてしまった呟きに大きく動揺した祐樹は詰め寄ってきて、がっしりと私の肩を掴んだ。
こんな事、好きな相手には知られたくないと報告では伏せていたというのに何でこんなにあっさりばらしているのか……自分の迂闊さを責めながら、慌てて言い繕う。

「き、キスって言ってもあれよ? 女同士だし、触れるだけの軽いやつだったし、外国では普通だろうから、多分ノーカウント「したんだな?」……はい」

が危険な光を宿す彼の瞳に睨まれ、白旗を上げた。

怒った時の彼の怖さは重々承知なので、私はこれから何をされるのだろうと恐怖に震える中、何かを考えるような表情で、沈黙する彼はじっと私の唇を見つめ、

「……むぐ!?」

突然、顔を寄せると唇をわずかに触れさせ、離れ……今日一日で、人生二度目のキスをされてしまった。

今回は好意を抱く相手からキスされてちょっと嬉しかったりもするわけだが、そんな事よりも頭に浮かぶのは何故? という疑問。

視線でその理由を問いかける私の目の前で彼はガッツポーズを作った。

「よっし、間接キスゲット!」
「はぁ!? 私の唇はコップかジュースの缶か!」
「にしては柔らかかったけどな」

私が惚れた理由の一つである明るい笑みを浮かべた彼に頬が赤くなるのを感じる。

ま、まぁ、私はこいつが好きなんだし、突然で驚いたけど別に問題ない……わけあるかぁ!

「ふざけんなっ!」

顔面に叩きつけようと突き出した私の拳を、首をわずかに動かすだけで、ひょいっと軽やかにかわした祐樹は私の目を覗き込みながら尋ねる。

「好きでもない相手って事は、お前はリンの告白を受ける気は無いんだよな?」
「あ、当たり前でしょ! 私はノーマルよ!」

再びキスしそうなほど近づいた顔にドキドキと胸を高鳴らせる中、あっさり離れた彼は腰に手をあて、私をビシリと指差した。

「よし、決めた。俺の告白は未遂だから、諦めない! って事で今日から俺とお前はライバルだからな!」
「はぁ!?」

何をどうしたらそんな結論に至るのか……私が恋した幼馴染は随分と馬鹿だった。

「そうと決まれば、ライバルは帰った帰った」

呆然とする私は、色々と吹っ切れたらしく明るい笑みを取り戻した馬鹿に背を押され、家から理不尽に追い出され……それでも家を追い出される直前に彼が言った「三波屋のモンブランはまた今度な」という言葉を聞き、こんな状況になっても律儀に約束は守るんだなぁ。なんて惚れ直したりしている自分も相当に馬鹿だったりするわけだが。


今日一日で、同性から告白され、好きな相手からライバル宣言を受けた私は疲れきった体を引きずって家に戻り、

「何なのよ。この状況……」

私が好きなのは馬鹿な幼馴染で、その馬鹿な幼馴染は天使のような女の子が好きで、天使のような女の子が好きなのは私。というありえない三竦みを何とか脱しようと色々と考えてはみた。

真っ先に思いついたのはリンの告白を私が断るというものだが、失恋が告白の成功率を上げるのは常識で、その後に祐樹が告白してカップル成立なんて事態になったら目も当てられないが、かといって私が祐樹に告白しても、強情な幼馴染の意思を変えられる自信など無い。
その後も、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませるが結局、何の打開策も思いつかない内に夜が明け―――

「結局一睡も出来なかったわ……」

何とか学校には登校したものの精神的にも肉体的にも疲れきった私は、朝からどんよりと暗いオーラを放ちながら机に突っ伏していた。

「大丈夫デスカ?」

そんな私を心配し、無垢な表情で声を掛けてきたのは、原因の一人であるリン。

あんたの所為よ、あんたの! 
とは流石に言えず、「大丈夫よ」と軽く手を振ると「良かったデス」と胸に手を当て、心の底からほっとした様子で、笑顔を見せるリン。

せめてこの子の性格が悪かったら憎めるのに……と理不尽な怒りを覚えながら見ていると彼女はわずかに頬を染めながら、後ろ手に持っていた何かを差し出してきた。

「あの良かったら、コレを」
「えっ? 何これ?」

可愛らしい包みを開いてみると彩り豊かな料理が詰められた小さなお弁当箱が出てきた。

「ノゾミさんにもっとワタシの事知って欲しくて……お弁当を作ってきまシタ」

自分の事を知って欲しいという一心で、朝からお弁当を作ってきた彼女は正に女の子の鑑。自分では逆立ちしても出てこない発想には頭が下がる思いだ……がせめてもっとひっそりと人気の無い場所で渡して欲しかった。

クラス一可愛くただでさえ、目立つ彼女が、今まで接点の無かったクラス一デカイ女と話をし、しかも女子が女子に弁当を手渡ししているという妙な光景に、クラスメイト達の好機の目が集まっている。

後で誰かに事情を聞かれたとして、どう説明しろっていうのよ。と私が頭を抱えていると教室の後方から突然、ガンッという大きな物音が聞こえてきた。

「……」

驚き振り返るとそこには、鞄を落とし、ショックを受けた様子で固まる恋する少年がいた。

「負けないからな!」

そう叫ぶと目に涙を浮かべ、教室から走り去る祐樹……恋をすると人は変わるって言うけど、まさかあんなに馬鹿になるとは。
そんな馬鹿の後姿を見送り、リンは首を傾げる。

「ユウキさん。どうしたんデショウ?」
「……放っときなさいよ、あんな馬鹿」

今思えば、更に混乱してしまったこの状況を誰かに聞かれた時にどう説明すればいいのかという事を優先し、何かを考え込む彼女を放置してしまったのは不味かった。

「I see.ユウキさんもノゾミさんが好きなんデスネ!」

どんな思考回路をしているとそんな答えが出るのか謎だが、とんでもない結論を出したリン。

「はぁ?」

いや、私があいつを好きなんだけど……
とは言えずに、ただただ呆然としていると一人納得したように何度も頷いていたリンは、拳を握り締めて、力強く宣言する。

「ユウキさん。良い人デスけど、ワタシは負けまセン!」

完全に勘違いしてしまった彼女は、青い瞳に炎を灯していて……私の周りは馬鹿ばっかりかと私は机に崩れ落ち、

「もう、どうにでもして……」

こうして私達の一方通行な三角関係は始まったのでした。


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