三角と三角でできるのは四角形なのである。


1 :き○り :2007/06/26(火) 06:36:34 ID:P3x7kkW7

 翁国際捜索代理業(OISA)のエリート社員にして敏腕捜査官である相良太頼というのは、実のところ俺である。
 OISAの業務内容は主に「失せ物探し」である。間抜けなクライアントから依頼されたターゲットを探すわけだ。
 探すと言っても、ターゲットは多岐に渡る。
 飼い主から逃げ出した小汚いむく犬から、博物館から盗まれた国宝級の展示物まで、規模も価値も様々なのだ。
 そして今回舞い込んできた依頼は、「とある交響楽団から失踪した団員を探してくれ」という物だった。
 名前は田所伸次郎。性別は名が示す通りに男。年齢は三十五。岩手県出身。未婚。中肉中背。趣味は散歩。好きな食べ物は卵焼き。東北訛がある。
 このように、特出すべき特徴があるわけでもない、極々一般の凡人だ。
 同じ楽団の若い女の同僚の話では、ロリコンの気がある、とのことだが、おそらく捜索に役立つことはないだろう。
 その同僚の表情が芳しくなかったことから推測して、遠回しに貧乳について言ってみたら、即行殴られた。最近は手の早い女が増えたものだ。
 そして現在。俺は田所に関係のありそうな場所をくまなく廻っているのである。
「お……おいさ」
「おー・あい・えす・えー。翁国際捜索代理業と申します」
「はあ」
 あまり頭の回転が早くないと思しき女保育師は、手にした名刺を見つめたまま、ぼんやりとした表情で頷いた。
「それで、えーと、そうりょう……ふと――」
「わたくし、OISAの相良太頼(さがらたより)と申します」
「はあ」
 保育師は視線を俺の顔に向けて、再び頷く。
「あ、私はここで保育師をしている田所香奈恵と言います。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 それから数秒の間、保育師――田所香奈恵は特に反応を見せず、ただ微笑んでいるだけだった。
 普通なら、何のご用でしょうか、など言うものだが。
 イライラし始めたところで、こちらから切り出すことにした。
「あの、お兄さまの田所伸次郎さんのことについてなんですが」
「はあ」
「行方不明になってらっしゃるということですが」
「はあ」
「何かご存じ無いでしょうか?」
「はあ。兄はエジプトに行きました」
「はあ。なるほど、エジプトですか――え、エジプト?」
「エジプトです」
 田所香奈恵は淡々と答えた。
 そういうわけで、俺は一路エジプトに向かった。
 狭苦しいエコノミーの座席に押し込まれ、隣に座ったちょび髭の自称考古学者のいびきがうるさかったことを除けば、何の異常もない退屈な旅だった。
 そしてカイロに到着。
 思えば俺はエジプトに来たのはこれが初めてだった。
 ターゲットの捜索が第一だが、せっかくだから世界遺産の観光も楽しむべきであると思って、適当な観光バスに乗り込んだ。
 着いた先は一面黄土色の砂漠地帯。
 本来ならば住まう生物も限られ、静寂に包まれた死の世界であるはずだが、至る所に人がいる。
 遠くに巨大なピラミッドが砂の大海原からそびえ立ち、その斜面に蟻のように黒い人影がしがみついているのが見えた。
 少々幻滅したが、観光スポットというのはこういう物だと割り切り、俺もその蟻の一員になるべくピラミッドに向かって歩き出した。
 体中に砂の洗礼を受け、なんとか古代の巨大構造物にたどり着いた俺は、口の中に入り込んだ顆粒状の異物を吐き出すことも忘れ、世界遺産の世界遺産たる所以を全身で理解し、柄にもなく感動を覚えていた。
 内部に入ると、外とは一変してヒンヤリとした空気が身体を包み込む。
 その外観の巨大さとは裏腹に、その中へと続く通路はきわめて窮屈だった。
 壁や天井に沿って姿勢を変えつつ先へ先へと進むと、奥の方から乾いた金属音が聞こえてきた。
 音は壁などに反響して、風鈴の音色にも似た涼やかさを運んできた。
 不思議に思った俺は、その音の発生源を確かめるべく、さらに奥へと進んだ。
 下ったり上がったりしながら行き着いた場所は、一際広い、いわば広間のような空間だった。
 薄暗い最中に目を凝らすと、その広間の中央に、一人の男が立っていることに気が付いた。
 そろそろと歩み寄ると、その男の全貌が徐々に見えてきた。
 音は男から聞こえてくる。手に持っている物が何かを理解すると同時に、男の正体も判明した。
 中肉中背の東洋人。胸ポケットにしまった写真と見比べると見事に合致した。
 俺は男に話しかけた。
「あのー、田所さんですね。田所伸次郎さん」
「はあ。たしかに私が田所伸次郎ですが」
 あの保育師とそっくりのぼやけた表情で男は言葉を返してきた。
「わたくし、こういう者ですが」
 名刺を差し出すと、田所は鼻先に近づけて目を通した。
「ええと、お……おいさ?」
「おー・あい・えす・えー。翁国際捜索代理業と申します」
「はあ。そうりょう――」
「わたくし、OISAの相良太頼(さがらたより)と申します」
「はあ。なるほど。私は田所伸次郎と申します。よろしくお願いします」
 さっき俺が聞いただろうが、と心の中でぼやきながら、田所が差し出す手を握り返した。
 そして、何となく予感したとおりに、それっきり田所は何の反応もよこしてこなかった。
「あの、楽団のお仲間からあなたが行方不明ということで捜索願を受けたんですが」
「はあ」
「こんなところで何をしてらっしゃるんですか」
「スランプなんです」
 あっさりと田所は答えた。
「スランプ……ですか?」
「スランプです。私、楽団ではトライアングルを担当しているんですが、最近どうも調子が悪くて……」
 田所は手にしたトライアングルを鳴らした。広間の四方に反響し、鋭く乾いた音色に奥行きが加わる。
「そうだったんですか。でも、どうしてエジプトなんかに?」
「ピラミッドに来れば、スランプの解消法が見つかるんじゃないかと思いまして」
「ピラミッドで? スランプが?」
 田所はしばらく空虚な視線を宙に漂わせ、そして呟いた。
「私のトライアングルとピラミッド……その、同じ三角でしょ? 三角関係だから」
「ああ、そうですか。それでスランプは解消しましたか?」
「分かりませんけど、とにかく帰ります。それでは」
 と言い残し、田所は去っていった。
 確かに、三角関係である。


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