佐倉春のおぼえがき


1 :ごろーわーず :2007/08/18(土) 14:47:24 ID:PmQHQHre

【プロローグ 〜注意書き・読者様〜】

 魔法?
 そんなものあるわけがない。
 だってこの物語は、俺の高校時代の話。

 異世界?
 いやいや。
 俺はれっきとしたイッツ・スモールワールドの住人。
 時は平成・・・・・・あれ、なんだったっけか。


 まぁいいや。


 とにかく、推理も戦闘も感動もない。
 ただ、ドタバタはしゃぐだけでの話。
 そんなのを唐突に書きたくなったんだ。

 もっとも、俺にかかれば芥川賞・直木賞並みの作品に変えることも可能だが、それじゃ意味がないんだ。


 だからちょっと、心して俺の作品を読んでもらいたい。
 異世界でもなく、魔法もなく、推理も戦闘もない。
 日常生活を描いた話。

             ――佐倉 春


追記

 恋愛なら・・・少し。ほんの少しだけ、あるかもしれない。


 だってほら。
 もし、あのとき。
 俺が少しでも違う行動をとっていたら、
 隣にいるのは君じゃなかったかもしれないんだよ?



【ミキミキと俺】

 ヤバイ!
 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!
 登校初日から遅刻はいくらなんでもまずいだろ!?
 くっそ、あのバカ親!
 息子の初登校日に二人揃って夜勤はないだろ、夜勤は!!
「あと五分!」
 途中、公園にある時計を一瞥して駅までの時間を逆算する。
 現在地から駅まで約四分。駅から改札を抜け、ホームまで約三〇秒。
 いける!
 というか、いかなきゃヤバイ!
 八時十五分発の電車に乗らなければ最終のスクールバスに間に合わない!!
 大丈夫だ。信じろ!
 この佐倉 春ならいける!!
 所沢駅東口到着、八時十四分。
 残り一分!
 改札へ続くエスカレーターを肩がぶつかるのも気にせずに突っ走り、ランナーの水分補給かの如く定期を改札に叩き込む。
 ホームへ続く階段を下り、半ばごろに発車のベルが轟いた。
 なんの! 俺の本気を見せてやる!!
 階段、残りの十数段を一気に飛翔。着地の衝撃を緩ませるために前方へと転がり、流れるような動作でコンクリートを蹴りつける。
 ハリウッドスター顔負けのアクションだ。
 ドアはまだ閉まっていない。
 よし、間に合った――ッッッ!!
 ドアが閉まり、電車は次の駅へと走っていく。
 なぜか俺はホームで天を仰いでいた。
 電光掲示板が告げる。
 次の電車は八時二十五分、と。


 まだ七月にもなっていない六月の下旬。暑さは夏真っ盛りだった。
 所沢駅のホームで飯能行きの電車を待つ私は、自販機で飲み物を買おうか二分ほど悩んだ挙句、背に腹は変えられないという結論に達した。つまるところ、お金はないけど喉の渇きに耐えるよりはマシ。私は欲望に忠実なのだ。
 いざ自販機に向かって財布を開くと、困ったことに小銭がない。まぁ、お札ならあるから千円と書かれた紙を投入したわけだけど、何度やっても戻ってきてしまう。
消費者を舐めてるとしか考えられなかった。
 ホームの電車が滑り込んできてようやく購入ランプが点灯したので、慌ててボタンを押してジュースを購入。がどんっ、というペットボトルが落ちる音と、かちゃりん、かちゃりん、という硬貨が落ちる音。
 かちゃりん、かちゃりん、かちゃりん、かちゃりん、かちゃりん、かちゃりん、かちゃりん、かちゃりん、かちゃりん、かちゃりん、かちゃりん・・・・・・
「ありえない・・・」
 声が振るえ、魂が震撼した。
 オール百円玉&十円玉!?
 驚愕に打ちひしがれつつ、発車のベルに急かされてつり銭を財布にしまいこむ。
「あぁ〜〜、もう!!」
 しゃらくさい自販機に蹴りをくれてやりたかったけど時間がない。手近なドアに向かって走り、乗車寸前。
「きゃ!?」
 猛然と駆けてきたスプリンターが私を吹き飛ばした。
 宙に舞ったような気がする。
 アイキャンフライ。
 ――あぁ、交通事故ってこんなときに起きるのかな・・・。車って怖い。
 って、違うだろ。
「ちょっと、どこ見てんのよ!?」
 激突した際の痛みと電車を乗り過ごした怒りで私を吹き飛ばしたバカを怒鳴りつける。
 ヤツはむっくりと起き上がって、しばし考えたあと。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!! 話はそれからだ!」
 スケッチブックとペンを取り出して絵を描き始めた。
 ちなみにヤツはボタンダウンのシャツにジーンズ。荷物らしい荷物はもっていない。
 ・・・・・・どこから取り出したよ、それ。
 しかし、突っ込むまもなくヤツが絵を完成させる。
「どうだ!!」とやけに得意顔だ。
 描かれていたのは、二人の棒人間。顔には「You」と「Me」と書かれている。
 「Me」の方は背が大きく、「You」は背が異常に小さい。さらに「Me」の目線から視覚範囲のような図が書かれていて、「Me」の視界に「You」は入っていなかった。
「つまり! 俺の視界に君は入っていなかった! いや、物理的に入ることは不可能! よってこの衝突は回避――」
「やかましい!」
 気がつくと私の拳がヤツの顎にめり込んでいた。
「ぐふぁ!?」
激 しくのけぞり、腹部を押さえながら、がはっ、と口から大量の鮮血を吐く。
 ・・・いや、殴ったの顎なんですけど。血糊?
「まぁ待て。ここは喧嘩両成敗だ」
 よろよろと近寄ってきて、ヤツは「すまん!」と頭を振り下げた。
 ――ゴスッ!
 ヤツの額が私の頭頂部に激しくぶつかってきた。
「・・・ッ!?」
 衝撃のあまり、うずくまる私。ヤツは額を撫でながら、ん〜、と唸る。
「背が小さいって不便だな。・・・・・・いや、不幸な事故だった」
 私のしゃがみこみアッパーが炸裂したのは言うまでもない。


「・・・いててて。ったく、本気で殴らなくたっていーじゃんか」
 飯能行きの電車に乗りながら殴られた顎をさする。あの暴力女はぷりぷりと怒って別の車両に乗ってしまったため、これは俺の独り言だ。
さてどうしたもんか。
 これからいく新小岩井学園は飯能駅からスクールバスで十五分。一本前の電車に乗れなかったからスクールバス以外の方法で学園に行くしかないわけだが。
 ・・・・・・どーやっていくんだよ、おい。
 タクシーを使うほど金の余裕はないし、この灼熱の太陽の下、歩いていく気なんて沸くはずもない。
 サボるか?
 いやいやいやいや。
 初日にサボるのはまずいだろ。
「・・・ま、どーにかなるか」
 さすがは将来大物確定の逸材。素晴らしい発想だ。凡人には考えの先延ばし、現実逃避 としか思えないだろう。ふはは、これが頭の違いというものだ。ざまあみやがれ。
 俺はほくそえみながら目を瞑った。眠気が襲ってくる。
 目が覚めたのは「次は終点飯能」というアナウンスが流れた頃だった。なんというジャストタイミング。
 悠々と飯能駅のホームに降り立ち、改札へと向かう。
 ふと、女の姿があった。キャミソールに薄手の若草色カーディガンとジーンズ姿。間違いなく所沢駅で俺に血を吐かせた女だ。
「へい、そこの女。迷える子羊に愛の手を差し伸べてみない?」
「はー、どこいしょ」
「合いの手じゃねーよ」
 くそ、俺に突っ込みを入れさせるとはなかなかやるな。時間に余裕があれば付き合ってやらんでもないが。
「悪いがそんな冗談に付き合ってる暇はない。こちとら初登校日から遅刻なんだ。どこかの小さい人にぶつかったせいで」
「こっちだってあんたのせいで遅刻よ。ったく、スクールバスだったらタダなのに、路バスなんてとんだ出費だわ」
 もしや同じ学校?
 某番組でやっていた今日の占いでは、『自分の勘に絶対!』だったの思い出す。
 さらに思い出せば、あんなのを見ていたから遅刻してしまった気もしないでもない。
「君もスクールバスかい?」
「・・・・・・」
「いや、そんな露骨に嫌な顔しなくても・・・」
「嫌な予感がしたのよ。朝の占いに『自分の勘は絶対!』なんて書かれてたから」
「奇遇だな。俺もそれを見てたんだ」
「・・・・・・サイテー」
 女はそう言い残し、改札をでて左側へと行ってしまう。たしかスクールバス乗り場は右側だったはずだが。
「ちょっとあんたなんでついてくるわけ?」
「いや、同じ学校だろう? 新小岩井学園」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違うってば」
「嘘が下手なヤツだな。正直にお兄さんに話してごらん?」
「言ったらどーだってのよ」
「話の通人ヤツだな。俺は迷ってるんだ。行き方を教えやがれ――って携帯をだしてなにしている?」
「あ、おまわりさん。助けてください! 変なお兄さんが――」
「なっ、ばっ・・・悪かった。俺が悪かったからちょっと待て!」
 慌てふためく俺を見下ろしながら悠然と携帯折りたたむ。
 もちろん、見下ろしながらっていうのは表現上で、だ。身長的に明らかに俺のほうが高く、見下ろせるはずがない。
「で、私が新小岩井学園の生徒だったらどうだってわけ?」
「・・・・・・・・・・・・行き方お教えてください」
「はじめからそう言えばいいものを。素直じゃないんだから」
 はぁ、と嘆息なんてついて女は腕時計を見た。
「あと少しでバスが来るから、一緒にのる? あんた転校生?」
「そうだけど・・・しかしおかしいな。あの学校、中等部と高等部しかなかったはずだけど・・・。小学校も――ごあ・・・っ」
 なぜかリバーブローが飛び込んできた。
「て・・・てめ、なにしやがる・・・」
 肝臓の辺りを押さえながらぷるぷるしていると、目の前に定期券が差し出された。
「ま・・・まさか・・・そんな・・・」
 どうみたって身長一三〇センチ台だ。いまどき小学生だって軽く凌駕している。一三〇センチ台だぞ? 小学三年生クラスか? しかしいままでの話し方を聞いている限りごふあぁ!?
 鳩尾に渾身のスマッシュをもらい、身体がくの字になった。
「・・・・・・だ、だから・・・・・・なにしやがる・・・」
「いまどきの小学生より背が低くて悪うございました」
「・・・ッ!? お、おんな・・・。人の心が!?」
「あんた、思考が口からだだ漏れ。定期、見ないんだったらしまうけど?」
「ちっ、さんざんコケにしやがって。これで・・・九歳とか書かれてたら・・・ただ・・・じゃ・・・・・・・・・・・・」
 目が定期券を捉える。点になった。
 『月崎 美希・十七歳』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジーザス」
 おぉ、神よ・・・。世の中には理解できないことが多すぎるぜ・・・。
「・・・なんか四つん這いになるほどの衝撃を受けられるとムカついていいんだか呆れていいんだかわかんないんだけど。とりあえず恥ずかしいから止めてくれる?」
「やかましいミキミキ。こんな詐欺があってたまるか。ただちにクーリングオフしてくれる!」
 立ち上がり、ズバッと言い放つ俺に、ミキミキは苦笑いをこぼす。
「み・・・ミキミキって・・・」
「じゃあ、つっきー」
「いや、つっきーって・・・」
「じゃあ、ざっきー」
「いや・・・」
「いちいち注文がうるさいな。じゃあ、みっk・・・・・・。なにを言わせるんだミキミキ。危 うかったな。君のニックネームがどこぞのネズミと同じになりかけたぞ?」
「どーでもいいけど、勝手に人の名前、略さないでよ」
「いや、ミキミキはむしろ×2だが」
「うっさい!」
 天に高く掲げられた踵が俺の頭上に降ってきた。
 顔面がコンクリートにめり込む。
 まじかよ・・・。
コンクリートにめり込んだ顔をミキミキと共同作業で引っこ抜いていたら、ちょうどバスがやってきた。
「ところであんた名前は?」
「なんで言わなきゃなんないんだよ」
「私の名前は教えたでしょーが」
「ふむ・・・そんなに知りたくば当ててみろ愚民」
 ミキミキが携帯電話をとりだして、メールを打ち始めた。
 五分経ってもまだ終わらない。
 えらく長いメールだな。
 ディスプレイを覗くと、ちょうどツモったところだった。しかも四暗刻。
「おいっ!?」
 思わず突っ込んでしまった。携帯で文字盤をいじる=メールと思い込んでいた自分が恥ずかしい。
 ミキミキは不思議そうに「ん?」と俺の顔を覗いてくる。
「・・・おまえな。年相応のゲームをしろよ」
「いや、私の親プロだし。始めて遊んだボードゲームがマージャン。なんか文句でも?」
「いや・・・・・・」
 なんか反論したかったけど、結局「ごめんなさい」と謝った。
 なんか俺、いけないことでもしただろうか?
 バスが十五分ほど進んだところでミキミキがブザーを押した。
「次であんただけ降りてね」
「・・・はい?」
「ひと停留所ぐらい歩きなさいよ。バカが直るかもよ?」
「大きなお世話だ。第一、何度も言わせるな。俺は登校初日から遅刻しちまってんだよ。 これ以上遅れたくないの。わかる?」
「うっさいなー。どっちにしても遅刻は遅刻でしょ? ほらとっとと降りるよ?」
 バスの停車とともにミキミキが立ち上がる。俺は立ち上がらない。
「貴様の陰謀に引っかかってたまるか。俺は降りねぇぞ」
「ふ〜ん。あそ、いいの? ここ、最寄り駅だけど」
「な・・・・・・ばっ、それを早く言え! 降ります降ります。降ろしてくださーい」
 一円玉できっちり三〇〇円払い、バスを降車する。そんな俺を見て、女は露骨にため息をついた。
「はた迷惑な乗客乗っけって、運転手さんもさぞかし迷惑だったことでしょーよ」
「日本語おかしいぞ。そもそもおまえが妙なこというから降りそこなったんじゃないか」
「そこじゃないでしょー、そこじゃ! さらりと流してるけど、三〇〇円ぜんぶ一円玉で 払うなんてバカのやることだと思わない?」
「・・・なんだか俺に言われてるみたいだな」
「あんたに言ってんのよ」
「ちっ、口の減らない女め」
 不利を悟った俺は負け惜しみを言って、会話を切り上げた。
「まぁいい。ところで学校はどこだ。みたところ山ばっかりなんだが」
くるりと一回転。
 見えたのは杉ばかり。春になったら花粉症の人はさぞかし地獄だろう。遠くのほうの山も木々が青々としているが、十中八九、杉に合い違いない。
 少し先のほうには橋があって、その下には川が流れているっぽかった。
 キャンプ場かここは。
 隣ではミキミキが欠伸をこいていた。
「山を崩して学校を建てたんだって」
「ふぅん。試験時はバスんなか寝てたからなぁ。そうかぁ、俺のいく学校はそんな山の中だったのか・・・」
 とぼとぼ俺たちは橋の方へと歩いていく。俺は知らない。ミキミキが行くから付いていっただけだ。たぶんこっちに学校があるのだろうと信じて。
「じゃ、私一限サボるから」
「・・・・・・裏切り者」
「はあ?」
「俺の信用返せよぉ」
「・・・・・・わけわかんないし。とりあえずあの建物が学校ね。こっち行けばそのうちつくから」
 そういって項垂れる俺に向かって右のほうを指差す。
 めちゃめちゃ迷いそうだった。
「悪いが俺の頭脳にはカーナビゲーションが標準装備なわけだが、GPSと繋がっていないんだ」
「あそ。じゃ」
「だから現在地が――って人の話しは最後まで聞け! 聞いて! 聞いてください! お願いだから行かないで〜〜〜」
 四つん這いになって右手を伸ばしてみたけれど、ミキミキは去っていった。
 薄情者め。
 いいさ。俺だけで辿りついてやる。
 佐倉 春をなめるなよ。
 優雅にロッキーのテーマを口ずさみながら両サイドに緑生い茂るコンクリート舗装の緩やかな坂を登っていった。
 車の通りもなく歩きやすい道だった。木々が日陰をつくってくれて、燦々と降り注ぐ陽射しをいい具合にシャットアウトしてくれている。ときたまそよぐ風が汗ばんだ身体を冷やしてくれて心地いい。
 道はゆるやかな左カーブを描いていて、左手に見えていた学校が正面になる。その頃、コンクリート舗装の道路が砂利道になった。
 さすが山だなと思っていると、学校はまたなぜか左手になる。いつのまにか道が右に曲がっていたらしい。
 さらにさらに右は細くなる。軽自動車一台が通るのが精一杯の車道。砂利の間に生える雑草の量が多くなった。
 学校の位置が左正面から左背面に変わる。
「・・・・・・おい」
 通り過ぎてる・・・よなぁ?
 いったいどこで道を間違えたんだ? 一本道だったろ? そうだよ・・・なあ、俺?
『そうだよ』
 腹話術で答えてみた。

 ――二十分後。

 徒歩でも自転車でもそうだった。たぶんこの先、車を乗ることになっても同じだろう。
 俺は道に迷ったとき、絶対に引き返さない。
 負けず嫌いなのかもしれない。この道を選んだことに間違いはなかったのだと信じたかった。それに、道を引き返すのに同じ道を通るなんてつまらない。どうせ道を戻るなら別の道を通りたい。
 他人が共感するかどうかなんてどうでもいい。これが俺の道を迷ったときのポリシーなのだから。
 だから。
 だから・・・・・・・・・当然のように迷った。どこを歩いてもなんとなくで大通りにぶつかり、周辺地図の掲示板のある街なかとは違いのだ。田舎の、それも山道でこんなことをしちゃいけない。
 思い知るのが遅すぎた。
「どこだよここ」
 もはや学校の建物さえも視認することができない位置に到達していた。
 砂利道はいつしか土剥き出しの道に変わっていて、道というより獣道に近い。イノシシとか鹿とか、あまつさえ熊さえでてきてもおかしくない。
『遭難だね』
「そうなんです」
 影絵の狼さんを作って腹話術してみた。
『どうするの?』
「どうしようか」
『引き返したら?』
「そうだね」
 俺はポリシーを曲げて、ついでに身体も一八〇度反転させた。


 川のせせらぎが聞こえてくる。
 ここは新小岩井学園から徒歩で二〇分ほどのところにある河原。ほぼ全校生徒および教師が知っているサボりスポット。
 私はここで一限をサボっていた。ついでに二限もサボろうと思っている。
 どうせ一、二限は体育だ。槍投げの授業だっただろうか。それとも円盤投げだったろうか。
 まぁ・・・、どっちでもいいや。
 炎天の下、外にいることには変わりない。
同じ灼熱の太陽の下で何かをするならば、ここでのんびりと川のせせらぎを聞いてスケッチをしているほうがはるかに有意義だ。
 単位なんて落ちない程度にとれば十分ぐらいの認識しかない。
「はぁ・・・かったる」
 私はトートバックの中からスケッチブックと鉛筆をとりだして川の隅の岩場を写生することにした。岩と水面に映る木の影がいい感じだ。これをどうすれば肉眼で見た景色よりもリアリティのある絵を描くことができるか。考えただけでもワクワクする。
 スケッチブックに鉛筆を走らせ、ふと手が無意識に止まった。
 バスで一緒だったバカはちゃんと学校に着けただろうか。
 考え、そう考えている自分に驚いた。
 絵を描いているとき、話しかけられても分からないほどに集中してしまう私が考え事をしている。意外だった。
 それほどまでにアイツはバカだったのかと。
 それほどまでにアイツは私の中に入り込んでいたのかと。
駅のホームで激突してきて、バスで一緒だった。たったそれだけの時間しか共有していない、しかも名前さえ知らない人間のことを考えるなんて。あまつさえ、心配までしてしまっている。どうやら暑さでおかしくなってしまったらしい。
 助けてサミアドン!
 一日一回限りの魔法でこの暑さから私を解放して!
いもしない怪獣にSOSをだし、そのバカばかしさ加減に呆れて正気を取り戻す。
 集中力を写生に向けた。
一限が終わりを迎える頃、河原の隅のほうでジャリ、という小石がこすれる音がした。
 顔を向けるとバカがいた。
「よぉ・・・女」
 無視してスケッチブックに視線を戻す。
「無視すんじゃねぇ」
 さらにジャ、ジャ、ジャ、と小石を踏みつけて近寄ってくる。私は言葉だけを彼に向けた。
「なに、学校に行ったんじゃないの? 転校生」
「そうしたかったよ、俺も。だけどアレだ。この暑さのせいでコンクリートの道は陽炎を映しだし、砂漠の如くオアシスの幻を魅せて俺を惑わせた」
「・・・・・・つまり迷ったのね」
「うるせぇ」
 案外、素直らしい。
 ジャリの音がしなくなったと思ったら、隣に腰を下ろしていた。私と同じように日陰にある岩へ背を預け、ひんやりとした感覚に極楽を感じているようだった。
「汗くさ」
「黙れ地図の読めない女。誰のせいで迷ったと思ってやがる。右、とかアバウトな指示しやがって」
 ボタンダウンの白いシャツが汗でぐちょぐちょだった。おそらくジーンズもべっどりと肌にくっついていることだろう。見ていて暑苦しい。
「だってホントのことだもん。右に行けば学校つくし」
「着かなかったから行ってんだよ。――ほら」
 額に冷たい何かがぶつけられた。手に取ると、それは五〇〇ミリリットルのドクターペッパーだった。
「いくら日陰だからって暑いだろ。水分取らなきゃ熱中症になるぞ」
「・・・・・・」
 道に迷ったと言いがかりをつけておきながら飲み物の差し入れとはどういうことだろう。真意に迷う。
「なにあからさまに怪しがってんだ。人の善意は快く受け取るもんだ」
「・・・・・・・・・・・・ありがと。でももうちょっとマシな飲みもんとか買ってこれないわけ?」
「ここは異常だな。自販機の商品すべてがドクターペッパーだった」
「間違えて押しただけでしょ」
「貴様、人の善意を何だと思ってる。ちゃんとポカリスエットを押したのにコイツが・・・ 俺が飲めない炭酸飲料がでてきやがったんだ。責任者を出せと抗議しようと思ったが、例え間違えた道を教えられても、最寄りのバス停まで案内してもらったお礼にすれば喜ばれるじゃないかと思った俺の気持ちを考えろバカ」
案外、律儀らしい。
 そういえばバスの中でも乗客が多かったせいで座れそうにない座席を確保してくれていたし、高齢者がきたらこいつは席を率先して譲っていた。
 改めて思い返さなければ善行をしていたと気づかれないあたり、損な性格をしていると思う。
 そんなことを洞察してみて初めて、彼の名前を聞いて見たいと思った。
「名前は?」
「当ててくれ。記憶喪失なんだ」
「で、名前は?」
「・・・・・・ちっ、ノリの悪いやつめ」
 暑くて次のボケを考える余裕がなかったらしい。それでも定期券を突きつけてくるあたり、これは何かの嫌味だろうかと思ってしまう。
「さくら・・・・・・はる? 顔に似合わない爽やか名前ね」
「目の悪い女め。我が地区では佐倉家の春風。爽やかボーイと奥様方に崇拝されてるんだぞ? いいか? さくら、しゅんだ。佐倉・春。はい復唱」
「なるほど。どうりで頭の中が春のようにポカポカとしてるわけだ」
「明朗快活といってくれ」
 言って、春はポカリスエットをグビグビと煽った。
「ところでミキミキ。俺は学校に行きたい」
「行けば?」
「記憶がこの暑さで溶けたのか? 俺は道に迷ったんだ」
「知ってる」
「・・・・・・話の通じんやつだな。これだから所沢市民は」
「あんたも所沢市民でしょーが」
「馬鹿め。俺は元来してーぼーいだ。23区生まれ23区育ちなんだよ。このたび親父の気まぐれ転職でやむなく所沢住むことになったが――って、話をそらすなミキミキ。元に戻すぞ。子供は親の都合には逆らえない。俺はそうやって所沢市民になっちまったって話だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだっけ」
「そうなんだ。だから俺を学校へ案内しろ」
「・・・・・・はいはい」
 仕方なさそうに私は立ち上がった。
 まだ写生をしていたかったけど、なんとなくこいつともっと話していたい気分だった。 これから同じ学校でイヤでも顔を付き合わせるかもしれないけど、クラスが違えばそれもどうなるかわからない。
 こいつといると楽しいけど疲れる。疲れるけど楽しい。
 我ながら不思議な感じだ。初対面でここまで気さくに話せるなんて。人見知りでどちらかといえば内気で人当たりが悪いほうという自己評価が間違っていたように思えてしまう。
 まぁ、そこまでネガティブな要素が分かっているならなおせよ、って話だが。人はそんなすぐに変われないもので、変わりたいと思っていてもついついきっかけをさがしてしまうものだ。
 きっかけなんて、探そうと思えばいくらでもあるというのに。
 学校に着くと、俺はすでに人気者だった。
「危ない!」
 そう声が聞こえてきたと思うと、ドゴスッ、という嫌な音が腹部当たりに聞こえてきた。
「ぐあっ!」
 衝撃にやられて俺の身体は吹き飛び、斜面後ゴロゴロとハリウットスター迫真の演技並に転げ落ちた。途中、樹木に誤解ほどぶつかって俺の身体は停止した。
「ちょ、ちょっと大丈夫、春!?」
 この惨劇をみて大丈夫かと問うあたり間違っていると思うのだがどうだろうミキミキ?
 ちなみに、ミキミキに案内されて俺がやってきたのは、東京ドーム並みの広さをもつグラウンドだった。この時間、彼女のクラスの授業が体育で円盤投げをやっていて、学校まで案内するから、あとは勝手に迷って、という約束だった。どうせサボるつもりだったんだから職員室まで一緒に来てくれればいいのに、という俺の願いは「ヤダ」という言葉に一蹴されてしまった。
 そうして学校に続く坂を上り、校舎から少し離れているグラウンドの土手まで来たところで、俺は歓迎の印たる一撃を受けて土手の斜面を転がり落ちたというわけだ。
「こ、この学校は転校生に円盤をくらわせる習慣でもあるのか?」
 血相を変えて近寄ってきたミキミキに問う。
 俺は激しく痛む腹を抱えながらどうにか立ち上がった。
「ちょ、立ち上がって平気なの?!」
「平気じゃなきゃ立ち上がれんだろ」
「そうだけど・・・大丈夫? これ以上バカになってない!?」
 台詞とは裏腹にミキミキは真顔だった。どうにもボケにくい。
「大丈夫だ。佐倉家の子はそんなにヤワにできちゃいない」
 微笑んでみせたものの、はたして上手く微笑めたかどうか分からなかった。いや、マジ地味に腹が痛い。
「おーい。大丈夫か〜」
 土手の上から誰かが叫んだ。見るとえらく体格のいいおっちゃんがこっちを見ていた。
「あ、てっちゃん」
 ミキミキが呟いた。
「ん? 鉄道マニア?」
「ちが・・・わないか。三鷹鉄太郎。体育の教師で鉄道マニアで鉄道研究会の顧問してるし」
「おい、月崎! そこの彼に怪我はなかったか!?」
 てっちゃんが叫ぶ。
「生きてまーす」
 ミキミキも叫ぶ。
「ならよかった。さっさとあがってこいよ」
「はーい」
 ・・・・・・・・・いや、おかしいだろこの会話。
「春、歩ける?」
「・・・・・・まぁなんとか」
 会話とは裏腹にミキミキが優しかったりするもんだから、俺もまぁいいかなんて気になってしまう。
 土手を登るとてっちゃんが「悪いな、少年。うちの生徒のスポ抜けた円盤がいっちまって。あっはっはっは」と豪快に笑って済まそうとした。
 教師としてどうしたもんだろう。口を開きかけたとき、てっちゃんが意外なことを口にした。
「お? 少年、さては佐倉春だな?」
「・・・・・・そうですけど・・・。なんで俺の名前しってるんですか?」
 素朴な疑問。もしかしたら凄い有名人、俺?
 しかし俺の期待をよそに疑問はあっけなく解決してしまった。
「ウォンテッド! っておまえ顔写真つきの貼り紙がしてあったからな。あながち担任の大塚先生の仕業だろ。今朝、転校生が来ないって騒いでたし。それに佐倉はこのクラスだぞ? 名簿に載ってる」
「・・・・・・・・・あぁ、左様で」
 転校生がこないと貼り紙されるのか、この学校は・・・。しかもウォンテッドって・・・賞金首?
「いくらでした、金額は」
「ん? あぁ、たしか学食のA定食一回分だったな」
「・・・・・・」
 何者?
 俺のこのハイレベルな会話に合わせてくるとは、この体育教師。侮れない。
「ところで学食のA定食っていくらだ?」
 さりげなくミキミキに聞いてみる。
「三〇〇円」
「安ッ!」
 俺の値段はそんなもんなのか!?
「ちなみに過去最高賞金額は?」
「学食の五千円つづりの券十枚」
「五万?!」
「いや・・・まぁ校長だしね」
 どんな学校だよ・・・。
 この先の学校生活を不安に感じつつ、俺はてっちゃんに紹介されてたのち、ミキミキのよって職員室に連行された。
 すなわち、賞金首と金品の交換。
 つつがなく換金が終わり、俺もたいして怒られることなく職員室を後にする。ミキミキは本当に本日の学食A定食の券をもらっていた。嬉しそうに鼻歌まで歌っている。
「どうすんだ、このあと?」
 グラウンドに戻る気配がないのをいち早く察知した俺は、ミキミキに尋ねてみた。
「サボる」
 予想通りのご回答。
「仕方ない。ついてってやるか」
「あそ」
 拒否るかと思ったが、あっけなく同行を許されてしまった。
「お〜! ま〜いふれ〜んっず!!」
「な・・・っ」
 ミキミキがサボる場所に選んだ図書館で、俺は嫌なものを見てしまった。
「シュン! 逢いたかった、実に逢いたかったよ! 君の欠けた世界は、無秩序に組み立てられていたかのよう! すべての色が失って見えていたね!」
「ミキミキ、場所を変えないか?」
「ど〜したんだ〜!? シュン! なぜ背をむける!?」
 図書館という静謐な空間がアホに侵されていく。周囲の視線はヤツと俺に釘付けだった。
「春・・・。アレと知り合い?」
「アレ? 俺には何も見えないが」
 ミキミキの問いに俺は肩をすくめて返す。
 そう、アレなんか俺には見えない。
 悪友。天敵。宿敵。変態。
 アレのせいで俺がどれだけ笑いと悲しみの涙を流してきたことか。
「なるほど・・・。シュン。君は変わっていないようだね。その冷たさが愛の裏返しだということを僕は知っているよ! いいさ。行っておいで。そしていつでも帰っておいで。熱い抱擁で――」
 図書館のドアを閉めてヤツの声を遮断した。ふと隣を見ると、ミキミキがいかがわしい目で俺を睨んでいた。
「あんた・・・そういう趣味があったの・・・」
「まて。どうしたらそうなる。ヤツの性格を知らないとしてもヤツの言動が常軌を逸していることぐらいわかるだろう!?」
「いや・・・アレの性格は良く知ってるよ。一年から同じクラスだし。でも春だしねぇ・・・」
「春だしってなんだ。春だしって。ありえないから」
 次のサボりスポットに向かうミキミキの後ろについていきながら、俺はいつになく根通弁を振るう。
「いいか、ヤツ――幸手 秋斗とは幼稚園からの腐れ縁だ。中学進学とともにようやく開放されたと思っていたのに・・・。なんでヤツがこんなところに嫌がるんだ。あぁ・・・神は我を見放したのか・・・!?」
「・・・いや、腐れ縁だって自覚してんだったら、やっぱり腐れ縁なんじゃないの?」
「イ・ヤ・な・ん・だ・よ・ッ!! 俺の暗い過去を知ってるからな! いま! すぐ! NOW! にでも抹殺したい! ――って、ちょっと待て。いま同じクラスだし、とか言ったか?」
「言ったけど?」
「つまりそれは、ミキミキと同じクラスである俺ともアレと同じクラスだと?」
「そうなるね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・不登校になりそうだ」
 俺は頭を抱え込んだ。幼稚園、小学校とすべて同じクラスだったのに、また・・・またしても・・・。
「そんなにイヤなの?」
「あたりまえだ。ヤツのせいで俺はいつも変態扱いだ」
「・・・・・・アレがいなくても変態扱いされてたと思うけど・・・? っていうか差別?」
「俺の心の広さは東京ドーム七兆個分だ」
「・・・・・・想像しにくいから」
「とにかく広いんだよ。いいか? 貴様がレズだろうがヤツがホモだろうが問題なく受け止めてやる。だがしかし、だ。俺はテヘロだ。日本語訳にすれば異性愛者だ。ヤツのせいで同性愛者に間違われた俺は、ぜんっぜんモテなかったんだよ! 俺の純粋で無垢で繊細なハートがどれだけ傷ついたか分かるか! 分かるっていうのか!? えぇ!?」
「・・・・・・・・・とりあえず、ませたガキだったってことは分かった」
「ち・が・う・だ・ろ・! そこじゃあないだろ! なにを聞いてたんだ貴様は!」
「アレとコレがラブラブで女の子の入る隙間がなかったって話でしょ?」
「コレとかいうなコレとか。しかもラブラブじゃないし。ぜんぜん話し違うし。貴様の脳みそは俺以下か!」
「・・・・・・」
 ミキミキはしばし硬直し、そして心底嫌そうな顔をで言った。
「うあ〜、それきっつ〜」
「だろ?」
「うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・突っ込めよ」
「なんで?」
ミキミキは心底不思議そうな顔をした。


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甘辛流小説家ギルドGAIA
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