一期一会


1 :桜綺 :2007/03/14(水) 13:54:52 ID:PmQHxJzG

この春、辻陸(つじおか)学園中等部に転校生がやってくるそうだ。
2年2組の学級委員であった城希 花珠葉(しろき かずは)は、
同じく学級委員である岡原 朔真(おかはら さくま)と共に職員室へ向かう。
職員室の前には一人の少年が立っていた。
無表情なのだがどこか憂いを帯びている顔をしている。
「・・・夏木 圭(なつき けい)ってあんた?」
花珠葉が問うと、少年は無表情のまま頷いた。
「私は城希 花珠葉。よろしくな。」
「岡原 朔真。よろしく。」
二人が自己紹介をしても、圭は話そうとはしなかった。

圭がこうなったのにはわけがあった。
今から十年前、圭は交通事故で両親を失い、それ以来あまり話せなくなったのだ。

「今から校内紹介するけど、良いか?」
「悪い、俺ちょっと大会近いから無理。」
朔真はそう言うと走っていった。
朔真は部員や顧問の先生からの期待も大きく、次期部長と言われるほどだった。
「じゃ、夏木。行くぞ。」

無言のまま学校紹介は過ぎていった。
そして最後、4階の音楽室に行こうとしたときだった。
何故か窓が開いている。
今日は天気が悪くどしゃ降りだったので、廊下はずぶ濡れだった。
「夏木、気を付けろよおぉっ!?」
花珠葉は雨で滑り、足を縦に開いた。しかもその手は窓の桟を掴んでいる。
周囲から見れば、まさに変な格好だった。

そのとき、花珠葉の後ろからクスッと笑う声が聞こえた。
「ククッ・・・それ体操?」
圭だ。
口を開けて笑うわけではなく、喉の奥でくつくつと音がするかのように笑った。
「・・・なんだ、笑えるんじゃん、お前。」
「・・・はやく直せば?男女。」
「男女ぁ!?てめ・・・初対面の相手に向かって失礼だぞ!」
圭が音楽室を指さした。
音楽室で活動している合唱部が花珠葉を見て笑っている。
花珠葉は急に恥ずかしくなり、急いで体勢を戻す。

花珠葉が圭を見ると、圭は無表情に戻っていた。
花珠葉は圭の横顔を見て柔らかく微笑んだ。


2 :桜綺 :2007/03/14(水) 14:18:55 ID:PmQHxJzG

翌日、圭は本格的に2年2組の生徒となった。
そして、女子が騒ぐようになった。
圭の顔は顔立ちが整っていて凛とした雰囲気を出しているが、どこか幼さがあった。
それに加えて勉強もできる。
今日の数学の小テストだって、今までクラス一と言われていた花珠葉が10点満点中8点だったのに圭は満点だ。

そして、現在。昼食時。
今圭の周りはクラスの女子に囲まれている。

「花珠葉ー、お昼どう?」
「おー、転校生君はえらい人気やのー。」

廊下から花珠葉を呼んだのは、親友である蕪市 奈視歌(かぶいち なみか)とその幼なじみ有北 海理(ありきた かいり)だった。
「待って、今行く!」
花珠葉は弁当箱を掴むと走って教室を出た。

「花珠葉、昨日あの転校生と何してたの?」
「何って、学校の説明。」
「その割に、さっき教室ですごい怖い顔してたよ。」
そうかな、と言って花珠葉は弁当のご飯を口に運ぶ。

カラ、と乾いた音がして家庭科室の扉が開く。
「やっほー!カイにナミちゃんにカズちゃん!」
一番に駆け込んできたのは伊立 悠(いだち はるか)。
「先に食べるなんてひどい!」
二番目に特大弁当箱を持ってきたのは新平 好乃(にいひら よしの)。
そして最後にあくびをしながら好乃に引っ張られて扇和 逸樹(おうぎわ いつき)が入ってきた。
「ヨシの弁当箱デカすぎっ!」
「・・・きっと10年後にはツケが回って・・・。」
「いっちゃんんん!!」
逸樹の言葉に好乃は語尾が可笑しい叫びをあげた。


3 :桜綺 :2007/03/14(水) 23:54:24 ID:PmQHxJzG

「え、カズちゃんって転校生と付き合ってるの!?」
ご飯粒が付いた箸を片手に好乃が大声を出す。
「そーそー。昨日の放課後音楽室の前でそれはそれはいちゃいちゃしてて・・・。
合唱部員皆でもう騒いでたよ。」
「いちゃいちゃ!?ありえねー!ていうか奈視歌見てたんだ。」
花珠葉は否定するが、周囲の話は終わらない。
「そっか、あの転校生君カズちゃんの可愛さにオちた・・・」
「可愛くない。誰もオちないから。」
花珠葉は皆より一足遅く弁当箱に手をかけた。
そして、気が付いた。

箸がない。

辺りに落ちている気配も無いし、奈視歌達は自分の箸しか持っていない。
「・・・カズちゃん、まさかとは思うんやけどー・・・。」
「箸忘れたな。」
さらっと言って逸樹は魔法瓶の中に入れてきたと思われるみそ汁をすすった。

からからっ・・・

家庭科室の扉が開く。
そこに立っていたのは、圭だ。
「夏木・・・?」
「あ、あれが今(といっても今日)噂の成績良しルックス良しで極度の無口なのに昨日の放課後
カズちゃんにだけ心を開いていたらしいカズちゃんの彼氏だと思われる夏木 圭!
彼氏だと思われる?いや、彼氏でしょ。っていうか絶対そうだー!」
好乃は一人で燃え上がっていたが、皆はそのテンションについていくことはできなかった。
圭もドアの前で不思議な物を見るような目で好乃を見ている。
「ヨシ何でそんなに夏木の情報を・・・っていうか夏木、どうかした?」
花珠葉が圭に歩み寄ると、圭は花珠葉に箸を手渡した。・・・ひよこ柄の。
「・・・忘れ物。」
「あ、サンキュー。」
「・・・人は見た目に寄らねーな。・・・ヒヨコ。」
圭の言葉に花珠葉は赤面し、後ろの5人はクスクスと笑っている。
「うるせー!人の勝手だろーが!!」
圭は口の端をつり上げて花珠葉を見て家庭科室を後にした。


4 :桜綺 :2007/03/15(木) 14:20:34 ID:PmQHxJzG

放課後、部活動の時間。
このとき美術部に衝撃が走った。
「2年生は知ってるだろうけど、今日から夏木君が美術部に来ます。」
顧問の先生が言う。
花珠葉は開いた口が塞がらないでいた。
(な、何でアイツがっ・・・!?)
「・・・城希さーん、どうかした?」
「い、いやぁ・・・別に何もないっすよ・・・。」

花珠葉が所属する美術部は部員が少なく、1年生3人、2年生1人、3年生4人の合計8人だけの部活だった。
もちろん、花珠葉の隣は空き席だったので、圭はそこに座ることになった。
3年生と1年生の女子がちらちらと圭を見ているような気がしたが、花珠葉は知らないフリをした。

「・・・夏木って絵描くんだ、意外。」
花珠葉は本日の課題である静物画にとりかかった。
描く物は、林檎二個と葡萄。
花珠葉は慣れた手つきで鉛筆を動かしていく。

花珠葉が林檎を描き終えたとき、圭はすでに絵の具の用意をしていた。
「速ぁ・・・。」
「・・・ウスノロ。」
「丁寧って言え、丁寧!」
強がったものの、花珠葉は圭のデッサンを食い入るように見ていた。
圭の絵は、それほど上手かった。
色が付いたときの事を考えると、花珠葉は胸が高鳴った。
自分と同年代なのに、こんなに凄い絵描きがいたなんて、と。

空が黒ずんできた。
そろそろ下校時間が迫っている。
特にコンクールが近いわけではなかったが、圭は時間ぎりぎりまで描いていて、花珠葉はずっとそれを見ていた。
3年生や1年生はとっくに帰ったし、顧問の先生ももう職員室に戻っている。
「すげぇよ、お前・・・。」
花珠葉は圭が筆を止めたのを見て、言った。
圭はちらっと花珠葉の絵を見て、鼻でふんと笑った。
「・・・・・・。」
そして、ボソッと一言。
「は?何、聞こえねーよ。も一回!」
花珠葉がそう言っても圭は答えなかった。
そして帰り支度を整えて美術室を出た後も花珠葉は尋ねたが、圭は答えない。
「・・・ケチ。」
花珠葉が尋ねるのをやめて、圭はまた鼻で笑う。
そして、もう一度同じ言葉を小さく言う。


・・・お前の方が、上手い。

花珠葉はそれが聞こえていなかったのか、圭の真後ろですねていた。


5 :桜綺 :2007/03/15(木) 14:49:56 ID:PmQHxJzG

花珠葉と圭が玄関に着いた頃には、辺りは真っ暗で人が見あたらなかった。
それもそうだ。
もう下校時間を10分すぎている。運動部も既に帰っている。

「やべー、真っ暗だな、夏木・・・おい!何無視してるんだ!」
圭はさっさと帰ろうと花珠葉を無視して歩いた。
「何、夏木そっち方向?じゃぁ同じだから途中まで帰ろうぜ。」
圭はうんともすんとも言わない。

学校を出て20分。
花珠葉の住むマンションに着く。
「夏木、まさか送ってくれた?いやー、ありがと・・・は?」
圭は階段をすたすた上っている。
(ま、まさか・・・まだ送ってくれる?)
花珠葉は疑問を抱きつつも圭に続く。
そして花珠葉の住む5階に。
501・・・502・・・503・・・と過ぎ、花珠葉の家庭、505室。
「じゃぁな、夏木・・・送ってくれて・・・・・・。」
圭は505室を素通りし、隣の506室のカギを開けた。
花珠葉はしばらく口をあけたまま立ちつくしていた。
(ま・・・まさか隣だなんて・・・。
ていうか気付かなかった、引っ越してきたなんて・・・。
・・・はっ!クラスに部活に住むところ・・・って共通点ありすぎーー!!)

花珠葉はドアを開けて、誰もいない空間に「ただいま」と言った。
花珠葉の親は共働きで、特に海外で仕事をしているため、
家にいるのは一ヶ月に一回、酷いときは半年に一回だけだ。
花珠葉はきちんと整頓された部屋に荷物を置き、ご飯の支度前に圭の居る506室へ挨拶しにいこうと部屋を出た。

506室のベルを鳴らす。
ぱたぱたとスリッパがフローリングに当たる音がドアの向こうから聞こえ、
ドアを開けて圭が顔をのぞかせる。
「・・・男女。」
「本当なら殴ってやりたいけど今回は挨拶にきたからやめてやる・・・。
で、うちの人とか・・・。」
「・・・。」
圭の眉間のしわが少し深くなる。
「・・・あっ・・・、悪い・・・。で、お前は一人暮らし、もしかして・・・。」
花珠葉がそう言うと圭は頷いた。
「そっかそっか、私もほとんど一人暮らしなんだけどさ、
お前も大変だねー。え、じゃぁ飯って自分でつくるの?
じゃぁお前の入学祝いに飯一緒に食べるか!」
入学の意味が違うような気もするが、圭は無視することにした。


6 :桜綺 :2007/03/19(月) 22:53:38 ID:PmQHxJzG

花珠葉は圭の部屋(家)を出ると、材料を持って自室を出た。
そして扉を勢いよく開け、「お邪魔しまーす」とだけ言って入った。
もちろん、圭からの返事はない。
花珠葉はあらいざらい扉を開け始めた。
トイレ・・・物置・・・と、次の扉を開けると、衝撃が走った。

圭がいた。  しかも、上半身裸というオプション付きで。

花珠葉と圭はしばらく動かない。
そしてやっと自分の置かれている状況に気が付き、花珠葉の顔はみるみる赤く染まる。
「お、おま、おま・・・っ!ふっ、不潔ー!!」
花珠葉は固く目を閉じた。
「ふ、服着ろ!服を!」
花珠葉は両手で顔を覆った。
圭は花珠葉に歩み寄ると、両手を顔の前から取り払った。
花珠葉の目には圭の男子にしては焼けてない、白い肌が目に入る。
無駄な脂肪はないのだが、筋肉もついていない華奢な体だったが、花珠葉は何故か目が離せなかった。

「・・・何ジロジロ見てんだ。」
「みっ、見せてるのはドッチだ・・・!」
「俺、お前の顔が見たかっただけだけど。」

(は?)

圭が口にした言葉に、花珠葉は呆然とした。
そして顔がどんどんと熱くなるのが花珠葉自身も分かった。
「わ、私の・・・顔?」
「・・・その変な顔。」
圭は花珠葉の顔を指さす。
花珠葉は圭の額にグーパンチをヒットさせると、台所にどすどすと歩いていった。

圭は殴られた額をさすりながら、服を着ていた。
そして、自分の上半身を見たときのあの唖然としていた花珠葉の顔を思い出してくすりと笑った。


7 :桜綺 :2007/03/19(月) 23:19:23 ID:PmQHxJzG

今日のメニュー:ご飯、ナスのみそ汁、鯖の味噌煮、里芋の煮物、キュウリと白菜の漬け物。
・・・のはずだった。
圭が明日の学校の準備を終えると、花珠葉の夕飯の支度も済んだみたいだった。

が、机の上にはこの世のものとは思えないグロテスクな料理(?)が並んでいた。

「・・・・・・。」
「?何で黙る?」
圭はショックで机の上の物体を凝視している。
白ご飯はちゃんと炊けている。だが、その後が問題だった。
みそ汁はナスが見あたらないし、そのうえ薄ピンク色と紫色と緑色のマーブルが出来ている。
鯖の味噌煮は形をとどめていないのはもちろん、本来茶色であるべき味噌煮が焦げたワケでもないのに黒い。
里芋は異常なまでに粘りけを帯びているし、キュウリと白菜は何故か赤色を帯びている。

「・・・何・・・?この物体・・・。」
「何って・・・飯。」
花珠葉は椅子に腰掛けると手を合わせてご飯をかきこんだ。
圭も椅子に腰掛けて小さく「いただきます・・・」と言うと、箸を持った。
だが、その手は震えている。
何事にも動じない圭だったが、今回ばかりはそうもいかないらしい。
圭が最初に掴んだのは真っ黒な鯖の味噌煮だった。
そして、意を決して鯖を口に入れる。

「・・・!」

圭は驚きのあまり目を見開いた。
(・・・うまい・・・。)
グロテスクな割に、花珠葉の料理は味が良かった。
「・・・どうだ?うまい?」
花珠葉が箸を加えながら言う。
「・・・不味くは、ない。」
一言そう答えると圭は他の料理にも箸を伸ばした。
「ちぇ、素直じゃねーな、夏木。
・・・・・・ていうか、もう一緒に晩飯食べた仲なんだ。名字同士って言うのもカタイだろ?
私のことはカズハで構わない。だからお前のことはケイと呼ばせてもらうから。」
「・・・男女・・・だろ?」
「おっ、男女・・・ってそれ暴言!人を罵る言葉ですから!」

ご飯を終えると、花珠葉と圭は後かたづけを始めた。
二人は無言で、部屋には食器のカチャカチャという音だけが響く。
片づけが終わると、花珠葉は荷物をまとめる。
「んじゃ、ケイ。邪魔したな。」
「・・・まったくだ。」
「・・・おやすみ。」
花珠葉はそう言ってドアを閉めた・・・かと思いきやまた開けた。
「おい、おやすみって言われたら言うことがあるだろ!」
「・・・永遠におやすみ。」
「はいおやすみ・・・と言うとでも思ったか!永遠にって・・・早い話が死ねって言ってるだろ!?
あー、いーけないんだ!人に死ねって言っちゃダメって先生に習わなかったか!?
・・・もーいいや。じゃぁ、おやすみ・・・。」
花珠葉は肩を落として静かにドアを閉めた。

「・・・おやすみ。」

そう聞こえた気がして、花珠葉はドアの方を振り返った。
だがもう聞こえてくる音はなく、花珠葉は家へ戻った。


8 :桜綺 :2007/03/26(月) 00:06:33 ID:PmQHxJzG

翌朝。

圭が朝食をとっていると、呼び鈴が鳴った。
圭は箸を置き急ぎめでドアを開ける。

「よ。」

そこにいたのは花珠葉。
学校の準備は整っている。
圭はしばらく黙っていると、バタンとドアを閉めた。
「てめえ!ケイ、酷いぞ。」
圭は再びドアを開け、花珠葉の目を見る。
「・・・何か用でも?」
「いや、学校行こうと思って。」
花珠葉は少しだけ開いたドアに手をかけ一気に開けて入る。
圭は呆れた顔をしている。

花珠葉を追い返すことを諦めた圭は食事に戻る。
「へー、ケイ料理上手いんだ。」
と言って花珠葉は圭の朝食、だし巻き卵を一つ口に入れる。
「・・・ん、おいしい。」
花珠葉は口の中の卵焼きを味わいつつ部屋の中を見回した。
綺麗に片づいている・・・というか、物自体があまりない。
すぐそばに学校の制服がかかっているだけで、後は生活に必要な最低限の物しか置いていない。

朝食を終えた圭は食器を片づけると制服に手をかけた。
花珠葉はその様子を見ていたが、圭はTシャツを脱いでまたもや上半身裸になる。
「ーっ!ケイ・・・、ふ、ふ服着ろ・・・!」
「・・・言われなくても着るけど。」
圭はシャツと学校指定のトレーナーを着、制服に着替える。
「よーし着替え終わったな。じゃぁ学校行こうぜ。」
花珠葉は靴を履き替え圭の1メートル前を歩く。
道に出ると二人は並んで無言で歩く。

「・・・ケイ、何か話せよ。」
花珠葉がそう言っても圭は何も言わない。
花珠葉は少し口を尖らせて圭の歩く速さにあわせて歩いた。


9 :桜綺 :2007/03/26(月) 00:29:03 ID:PmQHxJzG

校門を通り、校庭を横切った。
花珠葉が時計を見ると、7時45分だった。
周りには朝練習をしている運動部以外誰もいない。
花珠葉と圭は玄関の戸を開けた。
「花珠葉ぁー・・・ぁー・・・。」
下駄箱で手を振っているのは奈視歌だ。
花珠葉の隣にいる圭を見て、最初の元気をなくす。

「か、か、花珠葉・・・と転校生って・・・!やっぱり、やっぱり・・・!」
奈視歌はもの凄く驚いている。
そして花珠葉達の背後から海理がやってくる。
「グッモーニーン、奈視歌、カズちゃ・・・。」
海理もまた、顔がひきつる。
「や、やっぱカズちゃん・・・!転校生君とつ、付きおうとるんか・・・!!」
「そんなんじゃないって、ホント。
ただ家がもの凄く近いから一緒に来ただけで・・・しかも友達だし、ケイとは。」
「「ケイー!?」」
花珠葉がケイと言うと、奈視歌と海理は更に驚く。
「名前で呼び合っとる・・・。」
「・・・花珠葉、おめでと。」
「え?は?いや、二人とも何言ってんのー。
やだなー。・・・な、ケイ・・・。」
花珠葉は隣を見る。
・・・誰もいない。
先程まで隣にいた圭は靴を履き替えている。
「・・・ったく、つれねー奴。」

奈視歌、海理、花珠葉は靴を履き替えるとクラスまでの廊下を歩く。
そして奈視歌のクラスである2年3組につき、花珠葉は2組に入る。
海理はもう一つ先にある1組に入った。
2組には学級委員の朔真と圭以外誰もいない。
「朔真、はよー。」
「・・・はよ。」
花珠葉は朔真と簡単に挨拶を交わすと、3組に入った。

「・・・夏木。」
朔真は圭に話しかける。
「岡原、お前・・・。」
圭は朔真に何かを言いかける。
「・・・俺がどうかしたか?」
「別に。・・・岡原こそ何だ?」
「・・・話す気が失せた。」
本来無口な二人の会話はやはりすぐに途切れてしまった。

圭は、先程の情景を思い出した。
花珠葉の後ろ姿を見る朔真の顔を。
それまで無表情であった朔真の表情が、優しくなったのだった。

圭は廊下で楽しげに奈視歌と話す花珠葉を見て、口元を緩めた。


10 :桜綺 :2007/03/26(月) 23:41:51 ID:PmQHxJzG

「城希さーん。」
「夏木君と付き合ってるの?」
・・・また来た、そう花珠葉は思う。
今日で花珠葉のものを訪れた女子は30人を超えている。
しかも、話の内容は全て同じだ。
「・・・付き合ってなんかないけど。」
「嘘だー。だって今日の朝一緒に来てたじゃん。」
「そーだよ。」
女子がだんだんと花珠葉に詰め寄る。
「だからアイツとはそんなんじゃ・・・。」
「あ、そ。」
女子はそう言って自分の席に戻っていった。
そして席についてもなお花珠葉を怪しむ目で見る。

「花珠葉ー、今何話してたの?」
2組と3組の間の廊下で奈視歌は言う。
「んー、私がケイと付き合ってるんじゃないか・・・って。」
「3組でもそれ噂だよ。女子が騒いでる。」
花珠葉は3組を見る。
自分に冷たい視線が向けられているのがすぐに分かった。
「・・・奈視歌、今日ご飯屋上で食べよう。」
「うん、良いよ。」

学校中にチャイムが鳴り響き、花珠葉と奈視歌は教室に戻った。
そして、授業が始まった。
授業中も、クラスの人々からは冷たい視線が向けられる。
その中にはひそひそと話す声も聞こえる。
先生に注意されてそれらはなくなったが、花珠葉が楽になることはなかった。


11 :桜綺 :2007/03/27(火) 00:14:14 ID:PmQHxJzG

授業が終わってすぐ、圭は小さなバッグを持って教室を出て行った。
女子に囲まれて騒がれるのが、相当嫌らしい。
花珠葉は教室を足早に出、奈視歌と待ち合わせをし屋上へ向かった。
屋上のドアを開けると風が吹きつけた。
誰もいないように見えたが、よく見るとフェンスにもたれながらパンを(かじ)
っている人が一人。
花珠葉はその人に近づき、声をかける。
「よ、ケイ。今日は屋上か?」
それは先程教室を出て行った圭だった。
「・・・うるさいのは嫌いだ。」
圭はパンを食べながら言う。
「じゃ、一緒にどうだ?」
「・・・どーでもいい。」
圭はフェンスにもたれたまま食べ続ける。
花珠葉と奈視歌はその場に腰を下ろして弁当箱を開ける。

「・・・転校生・・・夏木だっけ?
全然喋らないってクラスの人たち言ってたけど・・・花珠葉には喋ってるじゃん。」
奈視歌はそう言うが、圭は奈視歌を横目で見て何も返さない。
「・・・こんな奴だから。」
「んー、花珠葉としか喋らないかー・・・。」
奈視歌の顔はそう言いつつもにやにやしている。
「・・・まだ疑ってる?朝のこと。」
「べつにー?」

バァンと大きな音がして、花珠葉達は驚き振り向く。
花珠葉は何となく嫌な予感がしたのだが、それは当たっていた。
「夏木君と城希さん・・・やっぱり!」
クラスの女子達だ。
凄い剣幕で花珠葉に詰め寄ってくる。
「一緒にお昼食べるなんて、仲良すぎじゃない?」
「やっぱ嘘ついてたんだ、サイテー。」
圭はその様子を鋭い視線で見ていた。

「つーか、何?この汚い弁当。」
「アハハッ!やだ、ゴミみたい!」
「ゴミはゴミ箱へ捨てなきゃー。」
女子達はそう言うと花珠葉の手から弁当箱を奪い、屋上においてあるゴミ箱に叩きつけるように入れた。

「・・・ちょっと、いい加減にしなよお前ら!!」
ただ呆然としている花珠葉の後ろにいた奈視歌が大声を出す。
「あんたらさ、何歳だっけ?これが中学2年生のとる行動?
何ガキみたいなことしてるの?楽しい?」
「何、コイツ。うぜーんですけど。」
奈視歌は凄い剣幕で怒っているが、向こうはへらへらと笑っている。
「蕪市さんもさ、物好きだよねー。」
「思った!城希さんってさー、美術の時間マジ調子乗ってない?」
「美術部だからってさー。大して絵も上手くないくせに。」
その言葉の瞬間、圭の目の色が変わる。
奈視歌は怒りで相手の胸ぐらを両手で掴んだ。
「お前ら!花珠葉を馬鹿にするな!!」

「奈視歌!!」

今まで黙っていた花珠葉が口を開く。
「・・・いいよ、あっちが言ってること、本当のことだし・・・。
私の絵なんて、本当に大したこと無いものだし・・・。」
うつむきながら言う花珠葉の声は震えていた。

胸ぐらを掴んでいた奈視歌の腕に、オレンジ色の液体が落ちる。
驚いて見ると、目の前にはオレンジジュースのパックを女子の頭上でひっくり返している圭の姿があった。


12 :桜綺 :2007/03/27(火) 00:40:16 ID:PmQHxJzG

「・・・手が滑った。」
冷ややかに圭は言うと、中身が空になったパックを片手で握りつぶした。
圭以外の全員が、未だに状況が読めないでいた。

「・・・やだ、サイテー・・・!」
「・・・やっぱ顔のいい人って性格悪いよねー。」
女子達は今までの態度を反転させ、冷ややかな目で圭を(にら)みながら屋上を出て行った。
それを合図にするように、花珠葉の瞳から大粒の涙が溢れ出た。
奈視歌は花珠葉を慰めるが、花珠葉の涙が止まることはなかった。

ぱふっと軽い音がして、花珠葉の顔にビニール袋が当たる。
花珠葉はそれを手に取り見ると、パンが入っていた。
花珠葉が顔を上げると、目の前には圭がいる。
「・・・お前の泣き顔は普段より相当不細工。」
そう言って圭は屋上の扉を開け、出て行った。
いつの間にか、花珠葉の涙も止まっていた。
「・・・花珠葉。」
「大丈夫・・・ありがと、さっきは。」
「ううん、本当は殴ってやりたかったけど。
・・・それより、意外。夏木があんなことするなんて。」
花珠葉は「そうだね」と返し、圭にもらったパンの袋を開けた。


13 :桜綺 :2007/03/28(水) 23:51:09 ID:PmQHxJzG

今日、美術室に圭の姿はなかった。
圭は熱が出たので午後の授業に出ず、早退していた。
昼休みまでそんな素振りは見せていなかったが、それが圭らしい。
もちろん、圭がいないクラスでは圭と花珠葉の悪い噂が飛び交っていた。

花珠葉は鉛筆を手にとって続きを描いた。
何となく寂しさを覚えたが、深く考えず花珠葉は黙々と絵を描き続けた。


ピンポーン
呼び鈴を聞いて、圭は扉に向かう。
「・・・よぉ、調子どう?」
花珠葉だった。
「学校のプリントとか持ってきたけど・・・大丈夫か?」
圭の顔はまだ赤いし、花珠葉が現れたというのにぼーっとしている。
「・・・そう、か。」
そう言う圭の声は少し枯れているようにも聞こえる。
圭は花珠葉からプリント類を受け取ると、壁に手をつきながらよろよろと歩く。
そして段差に躓き、膝をついてしまった。
圭は立ち上がるのにも苦労していた。
そんな様子を、花珠葉は見ていたが、
「・・・しょーがない。」
と言うと、圭の腕を自分の肩に回し、圭を支えた。

圭の部屋に着くと、圭はふらふらしつつも自分のベッドに倒れ込んだ。
花珠葉は一度帰り、着替えてくると再び圭の部屋へ戻った。
「・・・ケイそんな具合じゃ家事できねーだろ?
しょーがないから私がやってやる!」
圭は花珠葉をぼーっと見つめてから寝返りをうった。
花珠葉にはそれが了承しているように思え、台所へ移動した。
「・・・やっぱ病人には消化にいいものつくったほうが良いよなー。
ってなるとやっぱりお粥?でも味薄いのもあんまり好きじゃないのかも・・・。」

ごんっ、がた

鈍い音が聞こえる。
その前に水の流れる音がしたので、多分トイレの方だろう。
花珠葉は嫌な予感がし、トイレへと走った。
そこに着くと、ドアが開いている。
そして、圭が横たわっていた。
「おい、ケイ!」
花珠葉が呼んでも、圭からの返事はない。
圭は酷い吐き気に襲われたのだろう、便器のふちは少々汚れていた。
花珠葉は便器と圭の口の周りを綺麗に拭くと、圭の両脇の下に腕を入れて圭を引きずった。

やっとのことで部屋につき、圭の上半身を持ち上げる。
思っていたより軽々と持ち上げられ、花珠葉は驚く。
(・・・ちゃんと食ってるのか、コイツ・・・。)
圭を寝かせて布団をかけると、花珠葉は台所へ急いだ。


14 :桜綺 :2007/03/29(木) 00:18:18 ID:PmQHxJzG

結局花珠葉は雑炊をつくった。
ネギや白菜など、野菜がたくさん入った雑炊からは湯気が出ている。
・・・だがやはりご飯は茶色、汁は黒みを帯びていてグロテスクな外見だ。
花珠葉は鍋敷きと茶碗、スプーンを持って圭の部屋へ急ぐ。

圭の部屋のドアを開けると、圭は寝ていた。
何もなかったようで、花珠葉はほっとする。
ベッドの近くにあった小さなテーブルに雑炊の入った鍋を置き、花珠葉は圭の体を揺する。
「おーい、ケイ、飯だぞー。」
花珠葉が何度も左右に揺すったことで、圭はやっと目を覚ます。
「・・・俺・・・何で、ここで寝てる・・・?」
とぎれとぎれに圭が言う。
「ケイがトイレで倒れてたから、私がここまで運んだ。
・・・ケイ軽かったけど、ちゃんと飯食ってるか?」
圭は「そうか」と小さく言うと鍋を見た。
「・・・これは・・・。」
「あぁ、雑炊。私手製の。」
怪しい色をしている雑炊を見て、圭の顔は少しひきつった。
味がいいとは分かるが、やはり見た目は何度見ても慣れないのだろう。

雑炊を食べ終えた圭は、花珠葉に軽く頭を下げる。
ありがとうと言えないのだろうと花珠葉は思った。
花珠葉は鍋や茶碗を片づけようと食器を重ねた。
「・・・すまない・・・。」
ぼそぼそと圭は言った。
「・・・いいよ、私が好きでやってることだし。
圭もそんな状態じゃ家事なんてできないだろ?さっきだって倒れたんだし・・・。
あと・・・今日ぐらいケイの母親代わりになってやりたかったから。」
花珠葉はそう言うと台所へ片づけに行った。


圭は両親が亡くなった後、少し離れた所にいる親戚に引き取られた。
しかしそこで圭は邪魔者扱いだった。
ご飯は食べられたものの、掃除や洗濯はすべて圭の役割だったし、
風邪をひいたって、誰も世話してくれるどころか、心配もしない。

だから、圭は花珠葉の存在が心の中では本当は嬉しかった。
圭の目には、自分を心配に思ってくれ、尽くしてくれる花珠葉が本当に母親に見えた。
圭はそこで考えることをやめて、眠りにつくことにした。


15 :桜綺 :2007/03/29(木) 00:40:37 ID:PmQHxJzG

花珠葉は片づけを終えて体温計を持って部屋へ行く。
「ケイ、体温はかるから口開けろ。」
圭は言われるとおり口を開け、体温計をくわえる。
しばらく経ち、体温の測定を終えた体温計からピピッと音が鳴る。
「・・・39度・・・熱下がってないじゃん・・・。」
圭も先程より息を切らしているし、苦しそうにしている。
額には汗が滲んでいる。

花珠葉は洗面器にぬるま湯を汲み、中にタオルを入れる。
圭の部屋の扉を開け、床に洗面器を置く。
そして圭のタンスを開けて着やすい前にボタンがついた服を取り出す。
圭の上から布団を取ると、圭が着ていた学校のトレーナーに手をかける。
(・・・仕方ない・・・よな。
だって圭は病人だし汗かいたままっていうのも気分悪いし
汗で濡れた服着っぱなしとかもっと嫌だし、しょうがないんだよ。
決していやらしい考えとか持ってないからいいよね・・・。)
そして花珠葉はトレーナーをまくる。
圭はそれでも起きない。
花珠葉は圭のトレーナーを脱がし、体をタオルで拭いた。
拭き終わり、服を着せようと圭の上半身を起こした。
圭の下に服を置き、圭を静かに寝かす。
袖に圭の腕を通してボタンを留めた。
花珠葉はやっと一通り終えた、とため息を一つついた。
そして最後の後かたづけのために立ち上がった。

だが、花珠葉は立ったまま動かなかった。
・・・花珠葉の腕をしっかりと掴み離さない圭の腕がそこにあった。
「・・・く、な。」
か細い声で圭は言った。
「何?どうした・・・。」
「行くな・・・。」
圭の虚ろな目は真っ直ぐに花珠葉をとらえていた。


16 :桜綺 :2007/03/29(木) 01:14:39 ID:PmQHxJzG

「・・・ケイ、どうした・・・?」
「行く・・・な・・・。」
花珠葉が何か言っても、圭はただそう言うだけだった。

「・・・ごめん、片づけあるから。」
花珠葉はそう言って圭の腕を払おうとした。
だが、病人とは思えない力で圭の手は花珠葉の腕を掴む。
「・・・っ離せよ・・・。」

その瞬間だった。

花珠葉は凄い力で引き寄せられ、ベッドの上に・・・圭の上に倒れた。
そしてそのまま抱きしめられた。
「・・・おいっ・・・!ケイ、何の・・・つもり・・・。」
花珠葉の顔に今までにないくらいの熱が集まった。
圭の腕を押しのけて逃れようとしても、圭の力が緩むことはなかった。
「ケイ・・・!いい加減に・・・。」


「・・・さん。」


「・・・母・・・さん・・・。」

花珠葉の耳には確かにそう聞こえた。
「頼む・・・行く、な・・・母・・さん。」
か細い震えた声で圭はそう何度も言った。
花珠葉はそれを聞き、切ない気持ちになった。
そして涙がこぼれ落ちた。

花珠葉は圭の肩と頭に手を回した。
「分かった・・・分かった・・・っ!」
圭の頭をくしゃくしゃと撫で、圭が言うたび花珠葉も答えた。

「・・・何・・・泣いて、んだ・・・。」
寝ぼけているのか、寝ぼけていないのか、それは花珠葉には分からなかった。
だが圭は真っ直ぐに花珠葉を見据える。
「・・・ばかやろ・・・誰の、せいだっ・・・。」
泣きながらなので言葉は途切れるし酷い声だ、と花珠葉は思う。
すると圭の腕の力が弱くなった。
花珠葉が驚いて体を起こすと、圭の両手が花珠葉の頬を包んだ。
親指で涙を拭われ、花珠葉はただ呆然としていた。

圭はそのまま止まっていた。
花珠葉も動かないでいた。
「・・・何、寝ぼけてる?やっぱり。」
花珠葉が問いかけても、圭はぼーっと花珠葉を見つめる。

すると圭はいきなり花珠葉の顔を引き寄せた。
「何を・・・・・・。」

花珠葉の思考はそこでストップした。
目の前にあるのは圭の顔。
唇にあるのは今までに触れたことのない感触。

一瞬のことであったが、花珠葉にはそれが長く感じた。


17 :桜綺 :2007/03/29(木) 01:36:02 ID:PmQHxJzG

圭の腕から力が抜け、圭からは静かな寝息が聞こえる。
やはり、寝ぼけていたのだろうか。
花珠葉は口を手で覆い、その場に力をなくしたように座り込んだ。

(何っ・・・今、ケイ・・・。)

花珠葉の頭の中には先程の映像だけが、唇には感触しか残っていなかった。
花珠葉は走って圭の部屋を出て、自分の部屋に入りドアを勢いよく閉めた。
(あれって・・・キ、ス・・・!?)
花珠葉は倒れ込むようにベッドに寝転がり、電気を消した。


翌朝、花珠葉は呼び鈴の音で目を覚ました。
寝癖の着いた頭を急いでとかし、扉を開けた。
「はーい・・・。」
花珠葉の目の前には圭がいた。
手には紙袋がある。
「・・・昨日は・・・世話になった。」
そう言って紙袋をつきだした。
花珠葉の頭には焼き付いた昨日の圭のアップが思い出され、顔が赤く染まる。
「あ、アリガト・・・。」
花珠葉は悟られないように顔を伏せて紙袋だけ受け取るとドアを閉めた。
そして圭がいないうちにドア越しに話しかける。
「・・・ケイ・・・昨日、覚えてる・・・?」
「は?・・・お前が世話してくれた・・・。」
どうやら圭は覚えていないようだ。
花珠葉は無言で台所へ走っていった。

圭もその音を聞いて自分の家に戻る。

『・・・ケイ・・・昨日、覚えてる・・・?』

花珠葉の言葉を思い出して圭は記憶を掘り起こした。
だが花珠葉に身の回りのことをやってもらった事以外思いつかず、深くは考えないことにした。


18 :桜綺 :2007/03/29(木) 01:52:24 ID:PmQHxJzG

「あ、花珠葉おはよー。」
今日も奈視歌は玄関で待っていた。
「・・・おはよー。」
「・・・寝不足?目の下にクマ。」
花珠葉は無言で頷くと靴を履き替えた。

玄関の扉が鈍い音と共に開かれ、圭が現れた。
花珠葉は圭と目があったが、すぐに逸らしてしまった。
「・・・行こ、奈視歌。」
「え、うん・・・。」
花珠葉の不自然な行動に奈視歌と圭は疑問を感じた。

「ちょっと、花珠葉ー。どうしたの?夏木と何か・・・。」
「別に・・・。」
花珠葉はカバンを席において奈視歌と廊下で立ち話をしていた。
花珠葉の頭から圭とのキスが消えず、赤みが引くことはなかった。

午前の授業が終わり、昼食。
奈視歌と待ち合わせをし、今日は家庭科室へ向かう。
家庭科室には海理達が先に来ていた。
「お、奈視歌にカズちゃん。遅かったやん。」
「待ちくたびれた!ずっとお弁当食べずに待ってたんだから!」
好乃はふくれながら特大弁当箱を開ける。
逸樹は待たずに先に食べていたが。

奈視歌と花珠葉も弁当を開けた。
奈視歌達は楽しそうに話していたが、花珠葉はぼーっとしていた。
弁当の中身にも手を付けずに遠くを見つめている。
「・・・カズちゃんどうかしたの?」
「カズちゃんいないと、なんか足りない感があるよなー・・・。」
「奈視歌、何か知っとらんのか?」
好乃達が花珠葉を見て心配に思い、奈視歌に問うた。
「んー、朝から変なんだよねー、花珠葉。今日夏木を避けてたし。」
「とりあえず転校生絡みなんやな。
・・・カズちゃん、どーかしたんか?俺らで良かったら相談に乗るけど・・・。」
海理は花珠葉に向かって言う。
花珠葉は奈視歌達の顔を見、そして言った。

「・・・私・・・昨日ケイにキスされた・・・。」


19 :桜綺 :2007/03/29(木) 02:13:10 ID:PmQHxJzG

皆は黙って花珠葉を見る。
「昨日・・・アイツ熱出してたから・・・家も隣だし看病してあげてたんだけど・・・。
そしたら・・・いきなり、だ、抱きしめられて・・・私のこと母さんって言ってたけど・・・。
それで・・・キ、スされた・・・。
で、でも・・・ケイそのとき寝ぼけてたと思う・・・。」

花珠葉の顔は真っ赤だ。
「んー、カズちゃんとそのー、夏木は付き合ってないの?ホントに。」
好乃の問いに花珠葉は頷く。
「そーなんかぁ。夏木はカズちゃんのこと好きなんやないか?」
「それは・・・ないと思う。
寝ぼけてやっただけだと思う。きっと。」

そこで昼食時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
皆はそれぞれの掃除場所に移動し、そして掃除時間、授業とが過ぎた。

放課後、2年2組には朔真と圭が残っていた。
圭は昨日早退したため授業のプリントを、朔真は学級委員の仕事をしていた。
「・・・夏木クーン。」
誰かが圭を呼ぶ。
「ちょっと、聞きたいことあるんやけど・・・いいか?」
海理だった。
圭はシャーペンを机に置き、海理が顔を出している窓へ行く。

「・・・何。」
「カズちゃん・・・城希花珠葉のことなんやけど・・・。」
花珠葉の名前に、朔真は海理の方を向く。
「昨日・・・カズちゃんに何したか覚えてるか?」
「・・・何も。」
海理は朔真が端の方にいたので気付かなかったのか、声は大きめだ。
そのため会話は朔真にまで聞こえていた。
「なんや、覚えてないんか。

昨日、夏木カズちゃんにキスしたんやで?」

海理の言葉に朔真と圭は硬直した。
「・・・は?」
圭は何が何だか分からず、聞き直した。
「だから、昨日カズちゃんにキスしたこと、覚えてないんか?」
その瞬間、圭の顔は火がついたように赤く染まった。
「ま、えぇわ。話はそんだけや。」
そう言って海理は部活動に向かっていった。

(・・・俺が、アイツに・・・キス・・・!?)
圭は壁にもたれかかり、床にすとん、と座り込んだ。
「・・・おい。」
圭が顔を上げると、朔真がいた。
「今の話・・・本当か。」
「・・・知らない。覚えていないからな。」
その瞬間、朔真は圭の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。


20 :桜綺 :2007/03/30(金) 00:15:30 ID:PmQHxJzG

「いっ・・・!痛ぇ・・・。」
圭は壁に打った頭を押さえる。
朔真は凄い形相で圭を睨んでいる。
「てめぇ・・・・・・!!」
朔真の腕に更に力が入る。
圭は打ち付けた頭と、喉元を押さえられる苦しさで顔を歪めた。
「岡、原・・・てめえ、やっぱり・・・アイツ・・・城希のこと・・・。」
圭がそう言うと朔真の顔は僅かながら赤くなった。
「・・・んなワケねぇだろ・・・!
俺は・・・ただ望んでもない相手にそういうことをするのが許せなかっただけだ・・・。」
朔真はそう言うと腕の力を弱めて、圭を解放した。
圭は咳き込んでその場に座り込み、痛む頭を押さえた。

朔真はその後仕事を終えて帰った。
そして教室に残ったのは圭一人。
もうすぐ日が沈む。
空は上が水色、下がオレンジ色に染まっている。
「・・・あのー、夏木ー。」
また圭に訪問者が。
しかし、今度は男子ではない。
「・・・男女といる・・・。」
「蕪市だよ。・・・ちょっと言いにくいんだけど・・・昨日さ。」
奈視歌だ。
奈視歌が昨日、と言うと圭の顔は真っ赤になる。
「あれ、知ってるんだ。きっと海理だなー・・・。」
「・・・で。何の用・・・。」
「・・・花珠葉のこと、好きなんでしょ。」
奈視歌が単刀直入に言うと、圭はぽかんと口を開けた。
「だって、嫌いな相手にキスした・・・なんて聞かされたら普通落ち込むでしょ。
でも、赤くなるってことは心の何処(どこ)かで花珠葉のこと」

「あんな男女、誰が!」

圭が大声を出す。
それには奈視歌だけでなく、本人も驚いているようだった。
「・・・んなわけ、ねぇ。」
だが圭の目は右へ左へと泳いでいる。
「・・・そ、ムキになるところを見ると尚更怪しいよー?」
奈視歌はひらひらと手を振って2組を後にした。

(・・・俺が・・・男女を・・・?・・・なワケねぇよ、あるわけが・・・。)
圭は自分にそう言い聞かせるとプリントに目を移した。


21 :桜綺 :2007/03/30(金) 00:40:11 ID:PmQHxJzG

圭が帰る頃には下校時間間近で、生徒はいなかった。
圭は下校時間に間に合わせるため速歩きで玄関まで行った。

外に出ると、圭より少し離れたところに見慣れた姿があった。
花珠葉だった。
考え事をしているのか、顔は下を向いている。
圭は速歩きで花珠葉との距離を縮めた。

「・・・おい。」
呼び止めると、花珠葉の目に圭が映った。
花珠葉は顔を赤くし、速歩きで圭と距離を置いた。
「・・・呼んでるだろ。」
「何・・・。」
やっとで花珠葉は歩く速度を遅くした。
圭は隣に並ぶとしばらく黙って、そして小さな声で言った。
「・・・その・・・、昨日は・・・わ、悪かった。」
「・・・なんで。」

「何で・・・私なんかに、キスなんか・・・!」

花珠葉が声を荒げる。
花珠葉は顔を真っ赤にしながら圭を見ている。
圭は花珠葉から目をそらした。
「・・・そのときのことは・・・覚えてない・・・。」
「ば、暴露しちゃうけどさ・・・アレ、私の・・・ファーストなんだけど・・・。」
「好きでもない奴に、取られたくなかった・・・とでも言いたいのか?」

「圭が嫌いなんじゃない!」

花珠葉がいきなり叫ぶ。
圭もこれには驚いている。
「・・・嫌いなんじゃ・・・。」
弱々しく言うと、花珠葉の目からは大粒の涙が。
圭はぎょっとすると辺りをきょろきょろと見出した。
「・・・何で、泣くんだよ・・・。」
「分かん、ないっ・・・。」

その後もしばらく花珠葉は泣き続けた。
人通りが多い通りに出た圭は、焦った。
他人から誤解され、変な物を見る目で見られるのが嫌いだったからだ。
圭は花珠葉の手を引いて人気のない、自宅のマンション隣の公園に入った。
花珠葉をベンチに座らせると圭も隣に座った。
「・・・悪かった・・・。そんなに傷つけてるとは・・・知らなかった。」
「違う・・・!ケイのせいじゃ・・・。」

その後も花珠葉の涙は止まることはなかった。


22 :桜綺 :2007/03/30(金) 00:57:32 ID:PmQHxJzG

(・・・どうするかな・・・。)
圭の膝には花珠葉の頭が乗っている。
泣き疲れた花珠葉は、寝てしまったのであった。
圭は涙で頬に張り付いた髪の毛を払うと、しばらく花珠葉の顔を覗き込んだ。
花珠葉がごろんと寝返りを打ち、圭の視線からは顔が真っ直ぐに見える。
圭の目はつい唇に向いてしまった。
(・・・何で、コイツに・・・。)

圭はとりあえず花珠葉を起こそうと体を揺すった。
花珠葉は眉間にしわを寄せて何か寝言を言っている。
(・・・全く、俺もお人好しになったものだ。)
圭は花珠葉のバッグと自分のを持ち、花珠葉を何とか背負った。

マンションの階段をよろけながらも登り、やっと花珠葉の家まで着いた。
圭は花珠葉をいったん下ろすと、バッグを探って鍵を取り出した。
ドアの鍵を開けると、花珠葉のバッグを中へ放り込み、花珠葉の膝の裏、首を持った。
・・・そう、俗に言うお姫様抱っこ。
奥に行って花珠葉の部屋のドアを器用に足で開け、ベッドに寝かせた。
そして花珠葉の靴を脱がせるとそれを玄関に置いた。

圭は再び花珠葉の部屋にバッグを戻しに行った。
部屋の電気を付ける。
目の前には女子にしては殺風景な部屋が飛び込んでくる。
バッグを学習机の上に置くと、ベッドに寝ている花珠葉に布団を掛けてやる。
花珠葉は静かな寝息をたてて寝ている。
圭はふと花珠葉の唇に目がいった。
特に寒い季節ではなかったが、唇は乾燥していた。

そして、見るうちに圭の顔は吸い込まれるように花珠葉の顔に近づいていた。
そして、後10pというところ。
圭の理性が「これ以上コイツを傷つけてはいけない」と体に働きかけた。
そこで、圭は我に返った。
そして近くにある花珠葉の顔を見て思わず「うわ」と声をあげてしまった。
(なっ・・・、俺、今何しようとした・・・?)
圭は何が何だか分からなくなり、花珠葉の家を飛び出すと自分の部屋に駆け込んだ。
(くそ・・・!何だ?最近・・・変だ・・・。)

圭は今までに感じたことのない胸の感覚に戸惑いを感じつつ、夕食の準備をした。


23 :桜綺 :2007/04/01(日) 01:22:50 ID:PmQHxJzG

「絶っっっっ対に、夏木は花珠葉のこと好きだよ。」
「・・・は?」
今日は土曜日、学校は休みで奈視歌は花珠葉の家に遊びに来ていた。
花珠葉の部屋に入るなり、奈視歌はそう言うのだった。
「ケイが?ありえないって、絶対。」
「絶対好きだって!だって昨日夏木に花珠葉のこと好きでしょって聞いたら、
夏木ってばムキになって違う!って叫ぶんだもん。
しかもさ、普通好きでもない人にキスしたって知ったら、落ち込まない?
落ち込んでない所を見れば・・・アレは確実に惚れてる!!」
奈視歌は一人で早口言葉のように言う。
しかも、滑舌良く。
「・・・ケイがあるわけないって。奈視歌が考えすぎなんだよ。」
「そう言う花珠葉は?どうなの?」
いきなり奈視歌は花珠葉に話を振る。
「どうって・・・そんなこと、聞かれても・・・。」
花珠葉が口ごもっていると、奈視歌はキラキラした瞳で花珠葉を見つめる。
この年頃の女の子は、そういう話が大好きだ。

「・・・別に、友達・・・だけど。」

「・・・怪しい。」

花珠葉の顔をじっと見て、奈視歌は言う。
「だって、目が泳いでる。しかも妙に間があいてる。」
花珠葉の顔は不意に赤くなった。
「・・・ホラ。心の中じゃ夏木が好きなんでしょ。」
「そ、そんなんじゃ・・・!
誰があんな無口ですぐ露出するし、それに加えて素直じゃないキス魔・・・。」
奈視歌は新たな恋愛ネタに一人でウキウキしている。
花珠葉の話も気味が悪いほどににこにこしながら聞いている。
「・・・って、露出する?何で花珠葉そんなこと知ってるの?」
「隣の506室がケイの家なんだけどさ、転校祝いに夕飯食べたりあと・・・熱出してたから看病とか・・・。
そういう理由でケイの家は行ったんだけど、ケイは私の前だろうと平気で服脱いで上半身は、裸になるし・・・!」
「見たんだ、へー♪」
奈視歌は真っ赤になって話す花珠葉をにこにこしながら見る。

(ほんっと、二人とも素直じゃない・・・。)
奈視歌はそう心の中で呟いた。


24 :桜綺 :2007/04/01(日) 02:01:41 ID:PmQHxJzG

5月の遠足が、明日に迫った。
遠足・・・と言っても、ほとんど学習が目的で、歴史資料館に行くのだ。
花珠葉は弁当の下準備や用具の準備で忙しそうに動いていた。
花珠葉は準備を終えると、その日は早くに布団に潜り込んだ。

翌日、天気は晴れの絶好の遠足日和となった。
むしろ、日が射しすぎて暑いぐらいだ。
花珠葉は体操服の長袖を手に持って、半袖半ズボンで家を出た。
それに重なるように隣のドアも開く。
そしてこの暑い気温の中長袖長ズボンをはいた圭が出てきた。

「・・・見てるだけで暑そう。」
「暑がりじゃないからな。」
花珠葉が言うと、圭は鼻で笑いながら答える。
もう圭の態度に慣れてきたのか、花珠葉は聞き流している。

学校に着き、そこから6q離れた所に、目的地はあった。
ぞろぞろと長蛇の列を作りながら歩き、着いたところで早速資料館へ。
特に面白みもなく、皆も暇そうに歴史資料を眺めている。
そして閲覧が終わったクラスから、3時間の自由時間が与えられた。
花珠葉は早速奈視歌や海理達の元へ行った。

「・・・お腹空いた!ということでお弁当にしよ♪」
全員が集まったところで、好乃が言う。
「まぁ・・・遊びたいところだけどもう12時過ぎてるし・・・ヨシに賛成ー!」
悠がそう言うと、皆も賛成した。
「・・・ところでさぁ、前々から思ってたけど・・・。」
言いづらそうに奈視歌が言い、そして花珠葉の弁当に目を向けた。
皆も弁当を凝視する。
「・・・何?」
「えっと・・・それ・・・何?」
「え、ご飯と唐揚げと卵巻きとブロッコリーとひじきだけど・・・。」
花珠葉はそう言うが、とてもそうは見えない。
というよか、料理にすら見えない。
皆は苦笑いをしつつ、話を変えて楽しい昼食時間となった。

昼食を終える頃には、1時を少し過ぎていた。
海理、悠、逸樹はどこかへ走っていってしまったため、残った花珠葉、奈視歌、好乃はフリスビーで遊ぶことにした。
内容はいたってシンプルで、三角形に並びフリスビーを投げて取って投げて取っての繰り返しだ。
まずは奈視歌から始まり、花珠葉、好乃・・・とフリスビーは飛んでいく。
そして一回も落とさずに30回連続キャッチを超えたとき。
この炎天下の中、奈視歌と好乃は帽子を持っていたが、花珠葉は持っておらず日に当たりっぱなしだった。
そして奈視歌は力加減を誤って、少し遠くに飛ばしてしまった。
花珠葉はそれを取ろうと走った。
そして、フリスビーが花珠葉の手に収まったときだった。
花珠葉は誰かとぶつかり、そのまま倒れてしまった。

「・・・いってぇ・・・!」
圭はいきなり反転した世界と背中の痛みに眉をひそめた。
花珠葉は、後ろにいた圭にぶつかったのだった。
圭が当たる前に気が付いたことで、花珠葉は圭の上に乗る形になり地面の直撃を(まぬが)れたわけだが。
「・・・おい、てめ・・・さっさとどけ・・・。」
花珠葉が上に乗っているため、圭は苦しそうに言う。
だが、花珠葉からの返事はない。
「・・・おい、この男女。」
圭がそう呼びかけても、いつも返ってくるはずの返事はない。

遠くにいた奈視歌と好乃も不思議に思い、駆け寄る。
「花珠葉!好乃、先生呼んでこよう!」
「う、うん。」
奈視歌と好乃は大急ぎで駆けだした。
そして職員の待機所に駆け込んだ。
「先生!花珠葉が倒れました!」
奈視歌が担任の先生に言い、3人で先程の場所まで行こうとしたとき、
圭が待機所に花珠葉を背負って駆け込んできた。


25 :桜綺 :2007/04/01(日) 02:21:57 ID:PmQHxJzG

花珠葉はその後、病院に向かうことになった。
倒れた原因は、熱中症と脱水症状。
確かに、今日は5月だというのに夏のような暑さがあった。
だが炎天下の中、水分補給を怠り帽子をかぶらなかったことで花珠葉は病院行きになったのだが。
花珠葉の症状はそれほど重くなく、命には関わらないそうだ。

遠足を終え、学校に戻った奈視歌達は花珠葉が運ばれた病院に行った。
病室には花珠葉が一人寝ていた。
他にもいくつかベッドはあるのだが、その主はいないようだ。
「・・・花珠葉。」
「カズちゃーん。」
皆が呼びかけると、花珠葉は目を開けた。
それに一同はほっと胸をなで下ろした。
「はぁー、良かったよー。2日ほどで退院って聞いたよ。」
「まったくや。カズちゃんも無理するのはもうだめやで!」
皆は口々にそう言った。
花珠葉は申し訳なさそうに(うつむ)いた。
「・・・ごめん。皆に迷惑かけちゃって・・・。」

そのとき、病室のドアがノックされる。
入ってきたのは、袋を持った圭だった。
「「あ、夏木。」」
「ケイ!」
圭の姿を見た途端、皆は帰る準備を始めた。
「じゃぁ、花珠葉。お大事にね。」
「色々と頑張りーや、カズちゃん!」
「また2日後に学校で会おーね。」
「お大事に!無理は禁物!」
「・・・面倒だから言わない。」
皆は一人一言そう言っていくと、病室をいそいそと出て行った。
最後の逸樹の言葉は見舞いと受け取って良いのか分からないが・・・。

病室に残された圭と花珠葉は、そのまま動かない。
数分が経ってから、花珠葉から動いた。
「えっと・・・座れよ。」
そう言ってさっきまで奈視歌が座っていた椅子を差し出す。
圭はその椅子に座ると、持っている袋を差し出した。
「・・・見舞い品。」
「あ、ありがと。なんか・・・迷惑かけてごめん。」
花珠葉は頭を下げてから見舞いの品を見た。
中には林檎が5個。
(な、何で全部林檎・・・?確かに林檎大好きだけど・・・偶然?)
花珠葉が疑問を持ったのを察したのか、圭が口を開いた。
「・・・蕪市って奴から聞いた。」
「あ、そう・・・。」

花珠葉は林檎を二個とナイフを取り出すと、それを圭に渡した。
「切って・・・ください。」
圭は仕方なさそうに受け取ると、慣れた手つきで皮を剥いた。


26 :桜綺 :2007/04/01(日) 23:52:47 ID:PmQHxJzG

シャリ、と音がして林檎のかけらは二人の口の中に入る。
二人とも何も喋らない。
場には重たい空気が流れた。
「・・・何か話せ。」
この空気をどうにかしようと、花珠葉は口を開いた。
「・・・お前が入院してること、両親は知っているのか?」
圭が言う。
花珠葉はそれに驚いた。
圭から何か話題を持ちかけるということは今までになかったからだ。

「・・・先生が連絡入れたと思うけど・・・見舞いなんて、来ないし。」
花珠葉の表情が暗くなった。
「お母さんもお父さんも海外にいるし・・・軽い症状だから、見舞いに来る必要ないと思ってるんだよ。
今までだって、ずっと・・・そうだったし・・・。」
花珠葉の頬には涙が伝っていた。
やはり中学生になっても、両親がいないことは寂しいのだ。

(・・・はぁ、俺、何回(こいつ)泣かせてんだろ・・・。)
圭はそう思う。
単に花珠葉が涙もろいという理由もあるのだが、圭は大抵花珠葉が泣くときは自分が関わっているような気がした。
「・・・その・・・悪かった。」
圭はばつが悪そうな顔をした。
今まで積もり重なってきた思いが出たのか、花珠葉はなおも泣きじゃくった。

圭は、その姿を自分の過去と重ね合わせた。
昔の自分と同じく、寂しさから泣きじゃくっていた花珠葉の頭を、圭はぐしゃぐしゃと撫でた。
その手つきは不器用で、花珠葉の髪の毛はくしゃくしゃになっている。
「・・・泣くな、半分男だろ。」
「だっ、誰が男なんだよっ・・・!」
花珠葉の顔には笑顔が戻った。
圭はその様子を見て、柔らかく微笑んだ。
「・・・泣くか笑うか、どっちかにしろ。
・・・泣いてるお前の顔は普段より相当不細工だけどな。」
「笑えって言ってる?」
花珠葉がそう言っても圭は何も答えない。
そして荷物をまとめると、圭は病室を後にしようと立ち上がった。

「・・・ありがと。・・・また、来い。」
花珠葉は笑いながら言った。
「人に見舞い来いって命令する奴、初めて見た。」
圭はくすくすと笑いながら病室を出た。

花珠葉は圭が病室を出た後、残った林檎をつまんだ。
皮は綺麗に剥かれていて、形も崩れていない。
だが、先程から放置しているせいか、色は茶色がかかってきている。
花珠葉はそれを口に入れた。
「・・・やっぱ、甘い。」
そう呟いて、花珠葉は微笑んだ。


27 :桜綺 :2007/04/03(火) 00:05:29 ID:PmQHxJzG

二日経って、花珠葉は退院した。
見舞客といっても、奈視歌をはじめとする面々と担任ぐらいだった。
圭が来なかったことに少し残念がりながら、花珠葉は病院を後にした。

花珠葉が家に着くと、何やらドアの向こうから騒ぎ声がする。
今日は日曜日だったが、もちろん家に誰もいるはずはないと、花珠葉は思った。
そう自分に言い聞かせ、花珠葉はドアノブを回した。

「「花珠葉退院おめでとー!!」」

いきなり皆の歓声に迎えられた。
花珠葉は目の前の光景に呆然と立ち尽くしている。
まず、何故鍵の閉まった家の中に、奈視歌達がいるのかということ。
花珠葉は担任に届けられた荷物の中を探った。

・・・ない。遠足の時にはあったはずの鍵がなかった。

すると好乃はポケットの中から銀色に輝くものを取り出した。
「実はカズちゃんの荷物の中から抜き取らせてもらったんだー♪」
「ちょっと、ヨシー!」
花珠葉は好乃から鍵をもらうと、荷物を部屋に放り投げた。
「っていうか症状は軽かったんだし、皆もわざわざ家に集まらなくても・・・。」
「いやー、カズちゃんが寂しいやろと思って・・・。」
「別に・・・寂しくなんか。」
花珠葉はそう口ごもった。

「嘘つけ。」

聞き慣れたそっけない言葉。
花珠葉は海理と好乃で隠れたその人を見た。

「・・・ぷっ!」

花珠葉は思わず吹き出した。
そこにいたのは、確かに圭だ。
圭なのだが・・・髪の毛が二つに結ばれている。
そしてそんな圭を囲んでいるのは奈視歌と悠と逸樹。
さっきから喋っていないと思っていたら、そんなことをしていたのかと花珠葉は呆れた。
そして花珠葉は圭に目を戻す。

意外に似合っていた。
元々顔も整っているため、施しようによれば十分可愛く見える顔だ。いわゆる女顔というやつだろうか。
日に当たるのを嫌ったのか、圭は色白だったしそれに加えまつげも長い。
化粧などしなくても、髪型・服装・雰囲気さえ変えればクラスの中では一番可愛くなるだろう。
「うわ、夏木似合う!かわえーやん!」
「うっそ!夏木カワイー!!」
海理と好乃が歓声をあげる。
「だよね!何で男子なのにこんなに可愛いんだろー。」
「うーん、世の中ってフシギ・・・!」
奈視歌と悠も絶賛。
逸樹は呆れているのかぼーっと突っ立っていた。


28 :桜綺 :2007/04/03(火) 00:34:34 ID:PmQHxJzG

そんなとき花珠葉はふと圭と目があった。
・・・見れば見るほど可愛いと花珠葉は思う。
花珠葉がそのままじーっと見ていると、圭は顔を赤くして花珠葉から目をそらした。
やはり、あまり人に見られるのはさすがに恥ずかしいのだろうか。
「あ、夏木照れてるー♪」
「いやー、ほんまかわえぇわ。・・・俺が彼女にしたいくらい。」
そう言って海理は圭の手を握る。
「・・・気色悪い。」
「冗談冗談♪」
そう言って海理はへらへらと笑った。

「あ、そうそう!」
そう言って好乃は一枚のプリントを取り出した。
皆はそのプリントを囲むようにして覗き込んだ。
紙には、『辻陸夏祭り・イラスト部デザイン浴衣コレクション』と書かれている。
「私小学校の頃モデルやってたんだけどさ、
私の担任の先生がこの企画の担当で、私にこの仕事任せられて・・・。」
「・・・好乃モデルやってたんだー。」
花珠葉と奈視歌は驚いていた。

「それで!ナミちゃんとカズちゃんに出て欲しいの!お願いっ!」
好乃は二人に頭を下げた。
「でも私そんなに可愛くねーし・・・。」
「あたしも・・・ね。」
花珠葉と奈視歌は断ろうとしたが、好乃は諦めない。
「お願い!私も男子に人気があるであろう人たちに聞き回ったんだけど、皆ヤダって断られて・・・。」
好乃がそこまで言うなら、と花珠葉と奈視歌は承諾した。
好乃は早速紙にメモしている。
「あ、あと・・・。私とナミちゃんとカズちゃんが出ることは決まったんだけど・・・あと一人足りないんだよねー。」
好乃はちらっと圭を見る。
それに伴って皆で圭を見る。
「・・・断る。」
「なーんーでー?夏木ならきっと似合う!いや、絶対似合う!!
大丈夫だってカツラかぶったら誰だか分からないって!
ほらー、夏木可愛いし。男子のハートわしづかみにできるよ!」
好乃は圭に詰め寄った。
圭もさすがに困った表情を浮かべている。
「・・・男子に好かれても、困るんだが・・・。」

その後も何度か交渉が続いたが、結局圭は飲み込まず、好乃は他の人を誘うことになった。
「いいよ・・・夏木は諦める・・・。
・・・もしかして!夏木、カズちゃんの浴衣姿が見たいんでしょ!
あ、そうなんだ。なら出なくていいよ。
カズちゃん絶対似合うから鼻血出したときのためにハンカチ持ってくること!絶対に!」
また好乃の一人強引喋りが出た、と皆で思う。
「別に男女の浴衣見たくないし。」
圭はさらりと言いのける。
「・・・分かるで、夏木!
恥ずかしいんやろ・・・喋らんくても分かる!俺には!」
一人強引喋りがもう一人いた。
皆は呆れた調子で二人と、それに巻き込まれている圭を見ていた。


29 :桜綺 :2007/04/04(水) 00:37:42 ID:PmQHxJzG

6月に入ってくると、いきなり忙しくなった。
確かに夏祭りは七夕の日、すなわち7月7日に行われる。
そろそろ準備をしないと、間に合わないだろう。

そして、今。
花珠葉達の前には紙の束が置かれている。
そしてそれを整理しているイラスト部部長と副部長。
「・・・で、デザインはこんな風になりましたけど・・・OKですか?」
「あ、良く見せてもらっていいですか?」
好乃は紙の束を持ち、花珠葉と奈視歌に分けた。
「へー、細かいねー・・・。」
「あ、コレかわいー。」
デザインはざっと10種類。
その中から選ぶのだった。

「ナミちゃんは可愛い系・・・暖色系が良いよねー。
カズちゃんはクールなやつ・・・寒色系。
・・・あのー、部長さん。色とかって決まってるんですか?」
好乃がそう尋ねると、部長は更に紙を取り出した。
大ざっぱではあるが、着色してある。
「私たちの意見、良いですか?」
恐る恐る部長が言う。
好乃はどうぞ、とにこっと笑った。

「新平さんは、これが一番似合うと思う。」
そう言ってNo,5と書かれた紙を指さす。
白を基準にして、下に行くほど桃色を帯びていっている。
模様は牡丹が散りばめられていて、何とも華やかだ。
所々にレースがあしらわれているのが、華やかさを引き立てている。
「蕪市さんは、これかな。」
次はNo,2と書かれた紙。
浴衣には珍しく、ミニスカートのように丈が短い。
色は霞がかったようなオレンジ色に鮮やかな花火が咲いている。
「城希さんは、これ。」
次はNo,8の紙。
浴衣はチャイナドレスをイメージしてデザインされたのか、スリットが入っていて(もも)から下は素足が見えるようになっている。
色は黒をベースにして、生地にはキラキラと銀色に輝く糸を織り交ぜてあり、地味には見えない。
そして模様には蝶が採用してあり、色鮮やかな蝶が舞っている様子が描かれている。
「・・・と思うんだけど、どう・・・?」
「うん、良いと思う!さすがセンス良いね!」
好乃は絶賛している。
奈視歌も気に入っているようなので、部長が提案したデザインで決まった。

あともう一人のデザインは後日決めることにして、3人は部活動に向かった。


30 :桜綺 :2007/04/04(水) 01:06:05 ID:PmQHxJzG

その後着々と準備は進み、花珠葉達の打ち合わせも増えてきた。
本日の議題は、出る順番とパフォーマンスについて。
「順番さー、どうする?」
「んー、地味めなのは最後にした方が良いかも・・・。
ホラ、ナミちゃんのって鮮やかだから印象に深く残っちゃうでしょ。」
「んー、じゃぁあたしが一番始めだね。
で、次がヨシ、次が花珠葉!」
もう一人の人が今日はいないため、打ち合わせは3人だけの場合で決めている。

順番が決まったところで、次はパフォーマンスの内容に移った。
「ただ歩くだけじゃつまらないでしょ?
だから、担任の先生が一人一つぐらいは何かパフォーマンスで盛り上げてってさ。」
「「パフォーマンス・・・って言ってもねー。」」
花珠葉と奈視歌は口を揃えて言った。

その後延々と打ち合わせは続いた。
そして、2時間後に結果は出た。
「んじゃぁ、まとめるけど、あたしは花をまく。
ナミちゃんは照明を落として花火の打ち上げ、カズちゃんは踊る!
それで、最後は全員で歌でも歌って終了!」
これで打ち合わせは終了した。
花珠葉は家に帰るなり振り付けを考えなければなかった。
花珠葉はそれから覚えて踊れるようにしなければならないので、急がなければなかった。

翌日も、その翌日も、花珠葉は振り付けのアイデアを必死に考えた。
奈視歌や好乃も手伝い、一週間後には完成した。
練習を重ね重ねるうちに日はどんどん経ち、ついに本番3日前。

皆が成功すると思ったときだった。

もう一人、出場するはずだった人が、夏風邪を引いたのだ。
もちろん、3日で完治することはないし、熱はないにしても舞台に立つのは無理な状況だろう。
「うっそー・・・。あと一人どーしよー・・・。」
好乃は落胆した。

そして、皆で3人だけにして何とか舞台だけは成功させようと決めたときだった。

「安心せい!ヨシちゃん奈視歌にカズちゃん!」
海理が息を切らせながら言う。
「夏木が出てくれるってやっと言ってくれたんや!」
海理の後ろには腕を掴まれた圭がいた。
圭は相変わらずつまらなさそうな顔をしている。
「最後の一人・・・俺と同じクラスやったから風邪引いたんは知っとる。
せやから多分ヨシちゃんたち困っとるやろと思って夏木に交渉したんや。」
花珠葉達の顔に明るさが宿った。
そして圭に礼の言葉を言って、早速圭の分の打ち合わせを始めた。


31 :桜綺 :2007/04/04(水) 01:17:20 ID:PmQHxJzG

「でもケイ、よく出るって言ったなー。」
花珠葉がそう言うと、圭は不機嫌そうな顔をした。
「・・・一組のアイツと4組の先生に頼まれたんだよ・・・。」

圭の衣装は、花珠葉と同じくクールなイメージを持つデザインだ。
紺色の生地に泡のような模様がある。
波の動きのような線が何本も入っていて、上の方は少し明るいブルー。
深海をイメージしたデザインなのだろう。
そして、髪の毛のことになった。
「・・・カツラ、どうする。」
「いらなくない?」
「なくても十分でしょ。」
女子三人で勝手に決める。
圭は面倒くさかったのか、何も言わずに受け入れた。
結局、カツラは無し、髪の毛を一つにまとめてそれを上に向け、ピンで留めることにした。
髪飾りには珊瑚礁と真珠をイメージした飾りが起用された。
気になるパフォーマンスだが、雨を降らせることにした。
最後の歌も、ソロパートは少なめにし、アルト部分を歌うことに決まった。
「はぁー、やっと終わった!本当にありがとう、ナミちゃんにカズちゃん、それから夏木!」
「よし、じゃ明日は4人で実際に浴衣着てみよう!」
「だね。もう出来てるでしょ。」

そうして打ち合わせがやっとのことで終わり、好乃は一つ肩の荷が下りたようで以前よりご機嫌だ。
奈視歌も花珠葉も、それは同じだった。


32 :桜綺 :2007/04/04(水) 23:39:23 ID:PmQHxJzG

翌日の放課後、打ち合わせのため立ち入り禁止にした第三会議室に4人は集まった。
好乃の手には浴衣と帯、奈視歌の手には髪飾り、花珠葉の手には化粧道具があった。
「ようし!早速着付けてみよう!」
圭がいるため、着替えや化粧は会議室のパイプ椅子置き場で行われた。
好乃はまず奈視歌の着付けに取りかかった。
さすがは元モデル、手慣れているようだった。

浴衣を着終えると、好乃は慣れた手つきで髪の毛を結い上げた。
それを左側にまとめ、一つにくくった。
「・・・でも、手芸部もよく作れるねー。」
奈視歌は感心したように言う。
最後に足袋と下駄を履き、軽い化粧を施して奈視歌の着付けは終了した。

「ナミちゃんかわいー!!」
「奈視歌すごく似合ってる!良い感じ!」
二人が絶賛したため、奈視歌は若干照れていた。
「・・・じゃ、次はカズちゃんだね。」

花珠葉が浴衣を着ると、スリットから花珠葉の足が大っぴらに見えている。
花珠葉の髪の毛は短く、結べないので先端にキラキラ輝く蝶が付いたピンをすることになった。
そして好乃が手早く化粧を済ませると、奈視歌達の前に花珠葉を出した。

「わ、花珠葉綺麗!」
奈視歌が声を上げる。
化粧と身長のせいか、花珠葉の姿は大人びて見えた。

花珠葉はふと圭を見た。
圭も、花珠葉を見ていた。
花珠葉と目が合うと、圭はすぐに顔を逸らした。
「・・・あ、夏木照れてるー。」
「カズちゃんの魅力にときめいてる?」
そう言って奈視歌と好乃はくすくすと笑った。
圭は顔を赤くして、照れ隠しのように椅子置き場に歩いていった。
「んじゃ、夏木の着付けしてくるねー。」
好乃もそう言って圭の後を追った。

「・・・夏木の女装・・・じゃなくて浴衣姿楽しみ?」
奈視歌がそう問いかけた。
花珠葉は別に、と短く答えて椅子置き場の方に目をやった。
「やっぱ楽しみなんだー。」
「ち、違うよ・・・。」


「できた!」


椅子置き場で好乃は叫んだ。
その声に驚き、花珠葉と奈視歌は後ろを振り向いた。


33 :桜綺 :2007/04/04(水) 23:56:42 ID:PmQHxJzG

花珠葉は言葉を失った。
しっかりと化粧を施された圭は、とても綺麗に見えた。
男だとは気が付かない。
「うっそ!夏木・・・可愛い!!」
奈視歌が叫ぶ。
「でしょでしょ!あたしも途中でびっくりしちゃったよー。
・・・でも夏木!浴衣着ている間・・・あんまり喋ったらダメだよ?バレちゃうから。」
好乃がそう言うと、圭は無表情で頷いた。
好乃と奈視歌が喋っている間も、花珠葉は圭に目を奪われていた。

自分より・・・いや、下手をすれば奈視歌よりも可愛い。

そう花珠葉は思った。
花珠葉の視線に気が付いた圭は、目を合わせてきた。
「・・・何だ、ジロジロ見て・・・。」
「いや・・・本当に、綺麗だなと思って・・・。」
「俺は男なんだ、綺麗だと言われてもあまり嬉しくない。」
圭は不機嫌そうに視線を逸らした。

好乃は最後に自分の着付けのため椅子置き場に行った。
その直後、ドアをノックする音が。
「ヨシー?俺、海理やけどー。」
「あ、俺もいるよー。」
「・・・一応、俺も。」
海理と悠、そして逸樹だった。
「はいはーい。」
奈視歌がドアに走っていった。
ドアを開けると、海理と悠の歓声が。

「ナミちゃん似合う!すげー。」
「奈視歌えらい綺麗になったなぁ。」
奈視歌はえへへ、と照れ笑いしている。
海理と悠は次に花珠葉に視線を移した。
「わ、セクシーなカズちゃん!大胆だねぇ。」
「カズちゃんも似合うとる!綺麗やわ♪・・・で。」
海理は圭に視線を。
悠と逸樹も圭を見る。
「・・・綺麗・・・。誰かは分からないけど・・・すっげー可愛い・・・。」
悠がため息を漏らす。
その横で海理が笑いをこらえている。
「あー、えっと・・・この子は圭都(けいと)ちゃんって言うんだけどー・・・。」
花珠葉が言う。
もちろん、圭都というのは偽名。
悠はすっかり信じ込んでいる。
「へー、圭都ちゃんって言うんだー。」

そこでこらえきれず海理が吹き出した。
「悠・・・!お前面白すぎ・・・!」
それに伴って花珠葉と奈視歌も吹き出した。
「実は・・・圭都ってウソ!これ、夏木だから・・・!」
奈視歌が笑いながら言う。
悠は唖然としている。

そして、数秒経って。

「・・・えーーーーっ!!?」

悠の叫びが会議室を通り越して廊下にまで響いた。


34 :桜綺 :2007/04/05(木) 22:26:48 ID:PmQHxJzG

「こ、これが・・・あの夏木・・・!?」
悠はわなわなと震えている。
「ケイ、良かったな。悠が大絶賛だ。」
「嬉しくねぇ。」
圭は肩を叩いてきた花珠葉の手を払いのけるとそう言った。

「おまたせー。」
着付けを終えた好乃が出てきた。
一人で全てやっていたため時間がかかっていたが、帯もしっかりと締めてある。
「・・・ヨシちゃんかわえーなー。」
「好乃可愛い!すっごい綺麗!」
騒ぐ二人を尻目に、悠はただぼーっと好乃を見ていた。
「・・・ハル?どうかした?」
好乃が聞く。
「え、えっと・・・凄い、綺麗・・・。」
そう言う悠の顔は赤い。
好乃はやった♪とガッツポーズをとっている。

「立てば芍薬(しゃくやく)座れば牡丹、歩く姿は百合の花・・・って言うけど、まさにヨシだね。」
「あっそ。」
花珠葉がそう言っても、圭は冷たい返事を返す。
それよか、目も合わさない。
「いっちゃん、いっちゃん。」
好乃は今まで黙っていた逸樹の元へ。
そして逸樹の前で一度回って見せた。
「どう?似合ってる?」

すると、逸樹の顔が緩んだ。
「・・・似合ってる。本当に、花みたいに見える。」
普段面倒くさがりで寝てばかりいる逸樹から、そんな言葉が出た。
照れながら、好乃はふわっと微笑んだ。
「ありがとっ、いっちゃん!」

「・・・あ、海理ー。ちょっとお願いしたいことが・・・。」
好乃は手を合わせた。
「司会をやってほしいんだけど、いい?あ、一人が嫌だったら悠も一緒に。」
海理と悠は快く引き受け、好乃は胸をなで下ろした。
「・・・あ、この発表原稿・・・。一人一人の名前と紹介文が必要やん!
本名出してえぇかな?」
「うーん・・・皆本名出さないでおこう。その方が面白い!」
好乃の提案に皆賛成した。

「あたしは、シノで。」
「好乃がシノ・・・じゃぁ、あたしはミカ・・・でいいや。」
「えー、じゃぁ私はシュカ・・・にしよう。
あ、ケイはケイトでよろしく。」
好乃はシノ、奈視歌はミカ、花珠葉はシュカ、圭はケイトに決まった。
紹介文は海理と悠に任せることにして、花珠葉達は歩き方や歌の練習に励んだ。


35 :桜綺 :2007/04/08(日) 00:56:35 ID:PmQHxJzG


そして、いよいよ当日。

午後7時になっても夏祭りは熱気を帯びている。
むしろ、夕方よりも盛り上がっている気がする。

花珠葉と奈視歌はたこ焼きを頬張っていた。
「あ、おいひー。」
「はふっ!へぇ、はふははふふふぁいふぉ?(熱っ!ねぇ、花珠葉は熱くないの?)」
「何言ってるか分かんないんだけど・・・。」

ぴんぽんぱんぽ〜ん、とデパート内の迷子のお知らせのときに鳴る呼び出し音が各地に付けられたスピーカーから響く。
『あー、あー、マイクテストやで〜。』
この関西弁は・・・と花珠葉と奈視歌は顔を見合わせる。
『えー、2年2組の男勝りだけど意外と照れ屋な城希花珠葉さん〜。
2年3組の明るく元気な蕪市奈視歌さん〜、今すぐ!2分以内に正面ステージに集まれや〜。
夏木とヨシちゃんとその他もろもろが怖い顔してるでー。』

ブツッと放送は切れた。
花珠葉と奈視歌はたこ焼きをかきこむとステージ裏に走った。
「忘れてた!!」
「ヨシとか怒ってるよなー・・・。」

二人がステージ裏に駆け込むと、着付け終わった圭が花珠葉を睨んだ。
「遅ぇよ。」
「ほら、早くナミちゃん!」
奈視歌は好乃に引っ張られて奥へ行った。

本番まで、残り30分。

奈視歌が終わり、花珠葉が引っ張られていった。
花珠葉の着付けをする好乃は、少しばかり焦っている。

『夏祭りにおいでる皆様ー!』
『そろそろ今晩のメインイベント・・・だっけ。
イラスト部デザイン浴衣コレクションが始まるでぇ!』

悠と海理が宣伝を始めた。
残り、15分。
花珠葉の化粧を終えた好乃は最後に自分の着付けを始めた。

残りは5分。

ステージの照明が落ちた。
そろそろ始まるという合図だ。
悠と海理が舞台裏に戻ってきた。
「はぁー、緊張する。俺人前に立つのニガテ。」
「上手くできとるで、悠!」

「おおぉ遅くなったあぁ!!」
奥から好乃が走ってきた。
残り1分というところだった。
「ヨシぎりぎり!」
「んじゃぁ悠、そろそろ始めるか?」
「分かった。じゃ、行ってくる。」
二人は皆に軽く手を振っていくと、舞台に上がった。


36 :桜綺 :2007/04/08(日) 01:21:02 ID:PmQHxJzG

『大変長らくお待たせしました〜。』
『ただ今よりイラスト部デザイン浴衣コレクションを始めるで!
夏祭り楽しんどるかぁ!?』
海理がそう言うと会場は沸き立つ。
中学生は騒ぐことが好きなお年頃なのだろうか。

『早速参りましょう!NO,1!』
悠の声に奈視歌は体を強ばらせた。
「大丈夫、行けるよ。」
「奈視歌、頑張れ!」
好乃と花珠葉の言葉に意を決した奈視歌は、顔を上げた。

『まず登場するのはミカさん!
笑顔がよく似合う女NO,1と言われる(2年3組調べ)彼女!』
『男子諸君!・・・惚れるで♪』

その司会を聞いた奈視歌は、半分硬直状態に。
「か、海理・・・!なんてことを・・・!」
奈視歌は海理の頭を小突きたい衝動に駆られたが、ステージのため、それは押さえた。


奈視歌がステージに出た。
ライトが奈視歌に当てられる。
奈視歌はそれを合図に笑顔になった。

「・・・アレ蕪市さん!?」
「蕪市!?へー、すっげー。」
「嘘ー、似合ってるっていうか可愛いー。」

観客からはそんな声がする。
その中には手を振る男子が・・・。(2年3組)
奈視歌は手を振り返してにこっと微笑んだ。

奈視歌はステージ中心から伸びている30メートルほどの道を歩き出した。
先端に行くと、ヒュゥっと音が。
皆がきょろきょろし出すと、ドォンと夜空に花が咲いた。
次々に、鮮やかな花が咲く。

最後の一際大きな花火が散ると、奈視歌は一回お辞儀をして戻っていった。
会場は沸き立っている。

『ミカさん、ありがとうございましたー!』

悠の声と観客の拍手に見送られ、奈視歌は舞台裏に戻った。
「奈視歌、凄かったよ!」
「ナミちゃんお疲れ!」
奈視歌は力が抜けたように椅子に座り込んだ。
「はぁ〜、緊張した。」

『次に登場するのは、シノさんやで!』

海理の声が響いた。


37 :桜綺 :2007/04/08(日) 01:33:23 ID:PmQHxJzG

『なんと元モデルのシノさん!
もちろん男子からも絶大の人気があります!』
『男子諸君・・・惚・れ・る・で♪』

舞台裏ではまたもや奈視歌が拳を握りしめている。
「かっ、海理の奴ー!!」
「まぁまぁ、ナミちゃん押さえて・・・。じゃ、行ってくるね。」
好乃は両手にたくさんの花を抱えて立ち上がった。
そして、好乃はステージに立った。

「新平さんだ!キレー。」
「え、新平って元モデルだったのかよ!?」
「道理で可愛いわけだ。」

モデルをやっていただけあって、好乃の人気は奈視歌以上だった。
好乃は道を歩きながら、数個花をまく。
そして先端に立ち、両手の花を全てまき散らした。
そして奈視歌と同様お辞儀をすると、戻った。

会場は、さらに盛り上がっている。
生徒達一人一人のテンションも、高くなっている。

「「ヨ・シ・ノー!!」」

好乃が舞台に戻る途中、一斉にそう言う声が。
好乃が振り向くと、それは3組の連中だった。
男子も女子も、好乃コールをしている。
好乃は笑顔で手を振ると、舞台裏に戻っていった。

「ヨシ、お疲れ様ー。」
好乃は慣れているのか、あまり疲れた素振りは見せずに腰掛けた。
「久しぶりだったから緊張したー。」
「好乃すっごい堂々としてて綺麗だったよー♪」
好乃は嬉しそうに微笑んだ。

『ネクスト!NO,3はシュカさん!』

ついに、花珠葉の出番が来た。


38 :桜綺 :2007/04/16(月) 01:17:59 ID:PmQHxJzG

その声に花珠葉の体は強ばった。
若干ではあるが、花珠葉の手は震えている。

「・・・らしくねぇな。」

そう言ったのは圭だった。
花珠葉が圭を見ると、圭はいつもの笑みを浮かべている。
花珠葉は大きく深呼吸をした。

『普段はボーイッシュなシュカさん!
今日は大人な雰囲気をかもし出す少女になりました!』
『お姉さんに弱い男子諸君!・・・注目やでっ♪』

「もう・・・恥ずかしい・・・。」
奈視歌は両手で顔を覆う。
「花珠葉、後で海理殴り飛ばすから!安心して!」
何を安心しろと言うのだろうか。
そう思いつつ、花珠葉と好乃は苦笑いした。

そして、花珠葉は扇を帯に差し込み舞台に立った。

「え・・・誰!?」
「すごーい、キレー・・・。」
「足見えすぎだろっ!」

どうやら、皆花珠葉だと言うことに気が付いてないらしい。
花珠葉の場合、皆は騒ぐというより無言で見つめていた。

そのとき会場に居合わせた朔真も、その一人だ。
朔真は自分の顔が火照っていくのが分かった。
「・・・岡原、どうかしたか?」
朔真の隣の男子が問う。
「いや・・・暑いだけだ。」
なんとか誤魔化せたが、朔真の熱は引かなかった。

花珠葉は先端に立った。
そして、何もしないままステージに戻っていった。
皆は楽しみにしていたのか、文句を言う者もいる。


そして、花珠葉がステージに戻ると、灯りが一気に消えた。


39 :桜綺 :2007/04/16(月) 01:31:37 ID:PmQHxJzG

会場はざわめいた。
いきなり暗くなったことに、戸惑いを隠せないでいる。

すると、辺りに琴の音が鳴り響く。
それと同時に灯りがつき、輝く扇を両手に持った花珠葉と、その後ろで演奏する弦楽部がいた。

その後、花珠葉は琴の音に合わせて踊り出した。
皆はそれを喋ることも忘れて見入っていた。

その姿は、まるで舞蝶。

誰もがそう思っていたであろう。
舞台裏でも、圭がその姿から目を離せないでいた。
「・・・夏木、見過ぎ。」
奈視歌がそう言って、圭はやっと自分が花珠葉を食い入って見ていることに気が付いた。
「若いな。」
そう言って圭の肩を逸樹が叩いた。
片手にはやきそばとたこ焼き、お好み焼きに焼き鳥、さらには焼きトウモロコシとフライドポテト、鯛焼き5個が入った袋が。
「いっちゃん、ありがとー!!」
そう言って好乃が駆け寄る。
きっと、あの袋は好乃が頼んだのだろうと、圭と奈視歌は思った。

その直後一際強い音が鳴り、演奏と踊りは終わった。
しばらく黙っていた観客が、歓声を上げた。
弦楽部と花珠葉が舞台を去る。
しばらく拍手は鳴りやまなかったが、次のアナウンスで止まる。

『次は、謎の少女ケイトさん!
本名、クラスなど、謎が多いです。』
『謎めいた美少女・・・男子諸君、惚れないほうが・・・いいかもなっ。』

惚れない方が良い・・・まったくその通りだ。
圭は相変わらずの無表情で舞台に出た。


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produced by COLUN.