ルーキー・ナイン


1 :蒼羽 綾 :2007/05/14(月) 00:11:16 ID:PmQHz4V3


順調だった。

目指す場所なら、餓鬼の頃から見えていた。
その為には何だって出来たし、これからもそうしていく予定だった。
高校だって、ちょっと無理してレベルの高いこの高校に入った。
それもこれも、全ては幼い日に描いた最初の夢の為に。


額を変な汗が流れ落ちた。

もうそろそろ夏服にしようかと、頭の片隅で暢気なことを考えた。
廊下をすれ違う生徒は皆腕を捲りあげている。ふと耳をすませば蝉の声さえ聞こえてきそうで。
こういう季節の変わり目はいつも、まだ餓鬼だった頃を思い出す。
よく弟と近くの公園まで行って蝉をとって遊んだ。朝から綺麗に日が暮れるまで。
今思えばよく飽きなかったもんだと思う。毎日毎日、蝉と弟と過ごした。
あの頃はクーラーのきいた部屋でテレビゲーム、より、外に出て暴れまわりたい性格だった。
その結果、お決まりのように夏休みの最終日は毎年徹夜だ。
取りあえず餓鬼で、本当に餓鬼らしい餓鬼の中の餓鬼だったあの頃―……


かきーん。

グラウンドから響くとても聴きなれた音に、突然現実に連れ戻された。
実際は蝉も鳴いていなければ、弟ももういないのに。

「は?……え、意味、が解らないんですけど」
「もう野球部は廃部になるんだ」

憧れていた野球部の監督は、涼しげな顔で告げる。
嫌な気持ちが心の中を渦巻いて、俺は名も知らない監督の腕を掴んだ。

「一年の入部は募集していない」
「え?……俺が使えなさそうなら、そうはっきり言えばいいじゃないですか。
 そりゃ背は……平均よりやや低いですけど、一応小中とずっとやってて……っ」
「君の力の問題ではないんだよ」

取りあえずそれは受け取れない、と監督は俺に入部届けをつき返した。
俺は上手くれを受け取れなくて、虚しくひらひらと床に落ちた。

一人で舞い上がっていた自分が馬鹿みたいだった。
鼻息荒くして『あの場所』を目指していた自分が惨めだった。
何で人生ってこう上手くいかないんだろう。俺は別に何も罪を犯していないのに。

「え……ええ?こ、甲子、園……は?」





まだ夏は始まっていないのに。
もう、俺の夏は終わった。


2 :蒼羽 綾 :2007/05/19(土) 12:59:45 ID:PmQHz4V3

動き出した、夏


「おー。飛んだなぁ」


長年の夢を閉ざされたあの日から、俺は何だかんだでダラダラ過ごした。
この笠山南高等学校(略して笠南)に入学してからもう1ヶ月が過ぎた。
それなりに友達だって出来たし、それなりにはいすくーるらいふを堪能している。
笠南はいい所だった。部室は広いし、グランドの整備もしっかりされている。
校内は昨年立て替えられたらしく綺麗だし、なによりも女教師は美人が多かった。
ただ困ったことといえば、「野球」が出来ないことと「偏差値」が以上に高いこと。

「暇……だな」
「なーにがだよ市川 渚ー。今日もしょぼいなー市川 渚ー」
「しょぼいとか言うな。フルネームで呼ぶな」

入学してすぐ、席が近いことで友達になった山本は後から聞いた話、
同じ夢を持っていた同志だった。お互い目的を失くした者同士戯れる毎日。
最近の話題といえば、国語のまっちゃんとかいう教師が生徒を殴ったとか殴らないとか。

「あーあ。俺野球が無い夏、3年ぶりだよ」
「3年?俺なんか12年ぶりだぜ」
「へー。市川は夢に忠誠な奴だったんだな」

そうだよ。もう過去形だけれど。

まさか、高校の夏俺が野球部に所属していないなんて夢にも思わなかった。
炎天下の中、いい汗かいて、声出して、夢を追いかけて、時々泣いて、仲間と一緒に。
でも実際は、人数の足りない廃部決定の野球をフェンス越しから眺めている。

「……山本はなんか部活入るの?」
「うーん、わかんね。目星つけてるとこならあるけど。市川は?」
「ねぇよ。夢に忠誠な奴だったもん。そう簡単には変われないって」

だろうな、と山本は苦笑した。人は簡単に変われない、車は急には止まれない。
ちなみに過去2回ほど車にひかれたことがある。
幸い2回とも無傷だったが、そのうち1回はひき逃げだ。

「あーあ。夏だな」
「夏だな」

白い物体が青い空に弧を描いた瞬間、山本が何回目かの溜息をついた。
校内放送でまっちゃんが職員室に呼ばれたのと、どっちが早かっただろう。


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