魔は夜を渡る者。
長い黒髪を持つものは魔を狩る者。
魔を狩る者は夜を渡る者。
人を殺めるものはナイトウォーカー。
夜から夜へと渡る者は魔を狩る者。
魔を狩るものは夜を渡る者のことをいう。
長い黒髪が夜の光にあふれていた。
遠い夜の中に、あふれる長い黒髪。
「夜を渡る者は、魔を狩る者」
昔聞いたのはそんなおとぎ話。
ばあちゃんがよく言っていたおとぎ話。
「……ナイトウォーカー!」
俺は驚きの声をあげると、長い黒髪の少女はまっすぐにこちらを振り向いた。
夜を渡る者、どうしてそんな言葉を思い出したのか。
それは多分、夜にあふれる長い黒髪のせいだった。
そして彼女の手に光る鈍く光る銀の刃のせいだった。
ナイトウォーカーは呪縛されし者。
そんな言葉を俺は思い出す。
鈍く光る銀の刃にて、少女は人間の胸を貫き通していた。
非現実なそんな光景。
「……どうしてここに入れるのよ、あんた普通の人間でしょう!」
日本人形のような、そんなかわいらしい、綺麗な顔の少女には似合わない大声で少女は怒鳴る。
ナイトウォーカーは銀の刃にて魔を狩る。
俺はただ黙ってその光景を見るしかない。
ただ俺は学校の帰り道、ただぶらりと裏路地に入っただけなのに。
いつもと違う道を。
冬の夜は早い。
部活が終わったのは七時頃、夜というのにふさわしい時間。
夜を渡る者は、男の胸に銀の刃をつきたてる。
長い長い漆黒のスカートを夜の風になびかせながら。
夜を渡る者は夜しか生きられない。
俺はばあちゃんの言葉を思い出す。
闇の中、少女はこちらをにらみつけ見る。
長い長い黒髪の少女は裏路地で、大の男を押さえつけ、銀の刃を男の胸元に突き刺していた。
「……お前」
「……消えろ、夜の住人よ!」
呪文、ワーズ。唱えられたそれ。
男の胸からあふれ出るのは真紅、真紅、真紅、真紅。
鉄のさびた匂いが辺りを支配していた。
少女はただ傲慢な笑みをしたまま、男を憎しみの瞳で見つめる。
夜を渡る者は、銀の刃を手に傲慢にただ笑っていた。
少しの驚きをその目の中の光に湛えながら。
多分それは俺に対する驚きだということは、俺にはわかっていた。
あの日の夜に見た夢は、血の匂いがした。
甘い石榴の味がした。
あの日の夜に見た夢は、真紅に染まっていた。
夢の中で見た夢は、蒼い透明な誰かの孤独に染まっていた。
あの日の夜に見た夢の中、長い黒髪の少女はただ泣いていた。
あの日の夜に見た夢は、俺の記憶の遥か彼方であり一番近い場所にあった。
「……あの日の夜の夢の夢、夜を渡る者を見た」
ばあちゃんが話してくれた夜を渡る者の話、それを聞いた夜、俺は夢を見た。
夢の中の夢を見た。
「……どうしてあんたなんかがその異言をつむげるのよ!」
男の胸からナイフを引き抜かれ、真紅があたりを包み込んでいた。
銀のナイフを血に染めて、ただ笑っていた夜の少女は、強い驚きを瞳に映しこんで、傲慢な笑みを消し、そして今度は俺を強い瞳でにらみつけた。
「夢で見たんだ。今思い出した」
あの日の夜の夢の夢、少女が泣いていた夢。
銀の星の光の下、銀のナイフを手に持って、ただ少女が泣いていた夢。
あの日の夜の夢の夢、ただ泣いていた夜の者。
少女は黒いワンピースの裾を風になびかせ、ただ俺を見つめていた。
甘い石榴の匂いが夜を支配していた。