レイヴン――ワタリガラス。そんな異名を持つフリーランスの傭兵集団が、この世界には存在する。
彼らは政府や企業、ときには個人からの依頼を受け、通称ACと呼ばれる破壊行動のみを行うための兵士に育て上げられ、任務を遂行する。
レイヴンになるためには、適性検査と身体能力検査をパスした後にちょっとした講習を受け、その後に控えている模擬実戦の試験に参加し合格する必要がある。
そこまでたどり着いて初めて、レイヴンの称号を与えられ、ACとして認められるのだ。
「受けてみよっか。レイヴンの試験」
冗談交じりに言った一言だった。
いつもの通り、お腹をすかせて元気をなくしているみんなを景気づけようと言ってみただけだったのに、狭い路地裏に掃いて捨てられた野良犬みたいに集まっていた仲間達からは、期待したほど大した反応は返ってこなくて、それどころかいつも以上に冷たくあしらわれた。
「あんたが確実に金持って帰ってくるっていう保証があるんならね」
「……試してみれば?」
「興味ないし」
「今遊んでる暇なんかないだろ、何考えてんだよルシア」
「おねえちゃん……のど渇いた」
「はやく食いもん盗ってこい」
「ルシア! またヘマやって憲兵連れてきたりしたらブン殴んぞ!」
戦争は激しくなる一方。今や『絶対安全』を掲げていたはずの王都を巻き込んでの大戦乱だ。
戦争でこの街の孤児は一気に膨れ上がった。もう孤児院になんて収容できる数ではない。
孤児院に入りきらずにあぶれて生きる権利を剥奪された子供達が集まったのがこの場所だった。
あたしが始めてここに転がり込んだときから、すでにあたしと同じような境遇の子が壁の隅に縮こまっていた。
そうやってみんなで群れて、はぐれないように群れの中へ中へと潜り込みながらなんとか暮らす。
たまには――嘘、かなり頻繁に悪いこともしている。
だってそうしないと、生きていけないから。
毎日生きていけるだけでも奇跡だった。神様なんてはなから信じていない。
そんなとき、通りかかった店の前でレイヴンの話を耳にした。
多額の報酬?
それだけあれば、戦争が終わるまでのあいだぐらいはみんなで楽に生活していけそうだった。
そのときのあたしにはその金額は何にも勝るほど魅力的だった。
だからレイヴンに志願した。
みんなを助けるために。
そして驚いたことに、検査を受けにいった結果、あたしにはレイヴンとしての適性とまだまだ伸びる素質があると告げられた。
検査のことなんてすぐに忘れてしまったのか、それとも最初から本気にしていなかったのか、仲間達からそれきりレイヴンの話が出ることはなかった。
その日はめずらしく食料にありつけた日だった。
「喜べお前ら、食いモンだぞ」
嬉しそうな声を上げて、兄貴分のキリが路地裏に転がり込んできた。子供達は歓声を上げてキリに群がる。
数日前から食事は摂れていなくて、みんな死ぬほどお腹がすいていたから、キリの盗んできた食料はあっという間になくなった。もちろんいつもの通り、全員に行き渡る間もなく。
「……やっぱこんなちょっとじゃ足りねーよな。ごめんな。オレがもっと盗ってきたらよかったな」
「そんなのだめ、キリが捕まっちゃう!」
「これでも十分足りるよ、ぼく、もうお腹いっぱい」
チビ達にすまなそうに謝るキリを、そう言ってなんとか慰めようとする子供達がいる。
「無理しなくていいよ」
小さく呟くと、キリは飛び上がるようにしてあたしのほうを振り返った。
「うわ、びっくりしすぎ」
「ああ……悪い、追いかけられてた時のドキドキが一瞬よみがえった」
「ほんとに大丈夫だった?」
「ああ」
そう言うと、キリは持っていたパンの切れ端をちぎって大きいほうの塊をあたしにくれた。
「はい、これ今日の晩ゴハン、ルシアのぶん」
こうやって、キリはときどき調子外れなおせっかいを焼いてくれる。
『晩ゴハン』どころか……昨日の昼だって朝だって食べてないのに。
夜中にこっそり抜け出して、レイヴンの仕事を依頼された企業に出かけた。
噂で聞いたことのある、使われていない武器格納庫が召集場所だった。そこにはあたしを含めて四人の『レイヴン』が、雇い主からの指示を待つために待機していた。
知らない顔。知らない声。
なのに、何故だかキリや子供達と同じくらい……それ以上に、親近感が沸いた。
ただ彼らは自分と同じ『レイヴン』なのだという、それだけの理由で。
依頼内容は、工業地区の一角を占拠した反政府組織グループを排除するというものだった。
あたし達はそれを撃破するのが役目。
細かいことを言うとあたしだって政府に甘んじたいなんて思わない。
けれど今はそんなこと抜きで、与えられた仕事を終わらせることが第一優先なのだと、隣にいたレイヴンが教えてくれた。
初めての依頼、そして初めての実戦。
戸惑いながらも、全員に一機ずつ支給されていたライフルのトリガーを、引いた。
それから乱戦の中、慣れないライフルを撃つこと数時間。
ライフルの反動が骨格に直接伝わり、激しく身体が揺れる。
何度も撃っていたら、何となくコツが掴めてきたような気がした。
排除行動は空が明るみを帯び始めるまで続いた。
反政府組織は壊滅。生存者なし。レイヴンのうち二人は砲弾をもろに体で受け止め重傷。
だけどあたしは勝った。体のどこにも、治療を要する外傷を負うことなく。
そしてお待ちかねの報酬が依頼人から支払われた。聞いていた金額よりは少ないけれど、これでキリやあの子達におなかいっぱい食べさせてあげられる。
あたしは解散場所から帰る足でまっすぐ店に向かって十分すぎる量の食料を買い、急いで路地に戻った。
キリ以外の子供達は全員揃っていたけれど、空腹のせいか、みんなどこか落ち着かない様子だった。
「みんな、ご飯だよ!」
「ルシアおねえちゃん」
ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってくる子供達に、このときばかりは神様の存在を信じた。
あの時の満足した顔。忘れない。
しばらくして、受け取った報酬も底をつきはじめてきた頃、あたしはまたレイヴンの依頼を受けることにした。
今度の仕事は前より楽だった。
撃つ。受け取る。使う。出かける。壊す。受け取る。使う。出かける。殺す。
そんなことをいつまでも繰り返した。
どれも他のレイヴン達にとっては簡単な依頼だったのだろうけれど、実線経験の浅いあたしにとっては充分すぎるほどに手応えのある仕事だった。
徐々にあたしはレイヴンとしての仕事……殺しや破壊工作などに慣れつつあった。
自分達を不幸にしている戦争の要因を自ら作りだしているとは夢にも思わず。
身勝手な政府の人間や過激派組織に雇われて戦争に参加しているなんて、ちっとも理解せずに。
戦い、傷つけ、それによって得た金で生活し、その生活は戦うがために苦しくなってゆく。だからまた戦い、金を得て、自分で自分の、いや違う、みんなの生活を苦しめてゆく。
そんなことはまるでわかっていなかった。ただレイヴンの仕事と称して破壊活動を繰り返すことへの爽快感と、仲間を守るという使命感に酔いしれていた。
だから、
だからあたしは、