WORLD LEAP


1 :夕咲 紅 :2007/07/09(月) 19:02:23 ID:PmQHsJxF


 ランクルード――
 そこは、剣と魔法と魔獣が存在する世界。
 その世界のある国で、一つの兵器が生み出された。

 魔攻具……
 それは、禁断の法によって生み出された兵器。
 今はまだ、その存在を知る者は少ない。

 これは、魔攻具によって歩む道を変えられた者達の物語である……


2 :夕咲 紅 :2007/07/09(月) 19:09:26 ID:PmQHsJxF

Prologue 1 ある日常風景+a

 ドサッ。
 夜の公園で、そんな音を立てて男が一人地面に倒れた。男――と言うよりは、まだ青年と言った方が正しい年齢なのだが、今は殴られた事によって多少変形してしまった顔が老けて見えるせいで、普段から「留年何回した?」と聞かれる事もしばしば。とは言え、そんな事実は殴り倒した者にとっては何の関係もないし、気に留める必要も要素もない内容だ。倒れたのは俗に言う不良。そして殴ったのも、世間一般から見れば不良の類いに入る青年。どちらも、不良と言えば? と尋ねればほぼ間違いなく浮かび上がった昔ながらの不良像とはかけ離れた格好ではあるが、彼らが不良と称されているのは紛れもない事実である。
 真行寺 雄真(しんぎょうじ ゆうま)。それが老け顔の不良を殴った者の名前だ。気の弱い者なら彼に睨まれただけで逃げ出したくなる程目つきが悪く、ケンカっ早い性格をしている。身長もそれなりにあり、顔立ちも悪くない。一見異性にもてそうなルックスをしているが、その目つきの悪さのせいで女性は寄ってこない。本人は全く意に介していないが。
 青地のジーンズを履き、黒いTシャツの上に生地の薄い黒系統のジャケットを羽織っている。ケンカが絶えず、周りに溶け込まない態度などから不良と称されている雄真だが、どちらかと言えば根は真面目だ。彼の父親が海外出張に行く事になったのが三年前。それに母親が着いて行き、今は一人暮らしをしている。仕送りはあるが、小遣いとして仕える程の額ではない。あくまでも生活費。その為、彼はアルバイトをする事で小遣い稼ぎをしている。今はその帰り道。バイト先と自宅の間にある小さな公園。その公園を突っ切れば近道になる事から、雄真は良くこの公園を横断している。しているのだが……
「今日はついてないな……」
 倒れた不良が立ち上がってくる様子はない。気を失う程の一撃ではなかったはずだが、老け顔の割りに気が弱いのかもしれない。痛みと殴られた事実によって、彼は一時的に気を失ってしまったのだろう。
 雄真は倒れた不良を一瞥した後、仲間が倒され呆然としてしまっている阿呆な不良共に視線を向けた。
(おいおい。普通ならこの間にお前らもやられるぞ)
 仲間が一人やられた程度で立ち尽くしてしまっている二人の不良に呆れながらも、雄真は一度視線だけで周囲を見回した。ついてない。そう呟くに至った原因が近くにいない事を知り、少しだけ安堵する。
 このケンカの発端は、三人の不良が一人の少女に絡んでいる場面に雄真が遭遇してしまった事にある。自分の周りを囲まれ、びくびくと怯える少女の姿。そんな様子を見つけてしまった何だかんだで正義感の強い雄真。それを放っておく事など出来るわけがなく、雄真は不良共に発破をかけてケンカへと持ち込んだ。逃げろ。そんな風に声を出したわけではないが、その意図を少女が汲んでくれた事で雄真の気も緩んだのだろう。仲間がやられた事に呆けていた残りの二人が、ようやく我に返った事に気がつかなかったのだから。普段の雄真ならそんな失態は犯さなかっただろう。しかし、それでも更なる失態を犯す程の間抜けではなかった。同時に襲いかかってくる二人の不良。それなりに距離があったおかげか、雄真は気を引き締め直し二人に対してどう動くか思考を巡らせる事が出来た。
(ケンカ慣れはしてないな)
 老け顔の不良の動き、そして阿呆な残りの二人の動きを見ても、それは一目瞭然。ケンカ慣れしている――いや、それ以上である雄真の敵ではない。だからと言って雄真は手を抜かない。やる時は常に全力で。それが雄真が師から教わった極意の一つだからだ。
 雄真は右に動き、実質的な二対一から一対一を繰り返せる様に事態を運ぼうとする。相手も二対二にしようと思っているわけではないから、それは然程難しい事じゃない。それどころか、目標である雄真が移動した事で多少なりとも足並みの揃っていた二人の動きが噛み合わなくなった。近い方が避けて二人同時に攻める。近い方が間を与えない為に速攻をかける。いくらでも対処法はあるのだが、ケンカ慣れしていないただの不良が、そんな戦術めいた考えを浮かばせるわけがなく、結果二人共足を止めるという愚行に至った。雄真はその隙を逃さない。全身をバネとして使い、一気に近い方の不良との距離を詰める。不良も流石に反応はするが、雄真はその更に上をいく。身を屈め、一瞬だが不良の死角に入る。不良はその動きを目で追うのが精一杯――否、目で追う以上の事を雄真がさせなかった。身を屈ませると同時に放った足払いで、不良は一度は納めた雄真の姿を再び見失った。天を真っ直ぐと見つめる形になった不良は、自分に何が起きたのか理解出来ずに呆然としている。その一連の動作を見ていたはずのもう一人も、事態を把握し切れていないのかあんぐりと口を開けている。
(あと一人)
 時間をかければ先に地に伏せた二人も立ち上がる。それは紛れもない事実。それでも雄真は、あと一人を地に伏せれば済むと確信していた。倒れている二人が立ち上がるよりも早く残りを殴り飛ばす自信があるのか、それとも戦意を喪失させている自信があるのか……
 その時、異変に気づいているのは天を見つめる不良ただ一人だけだった。つい数分前までは晴れ空だった。それなのに、今天を覆う雲は雨雲の様に黒ずんだ色をしている。その雲が自分達の真上で渦巻き、不穏な空気を振りまいている。自分がなぜ仰向けに倒れているのかよりも、その不良は異様な空模様に呆然としていたのだ。だが、今向かい合っている三人目の不良と雄真は全く気がついていない。
 雄真が、一歩踏み出した。それは跳躍する為に強く地を踏み込んだ一歩。だがしかし、その踏み込みは意図していた方向とは真逆の方向へ跳ぶ為に使われた。
 その一瞬で感じた違和感。否、嫌悪感と言った方が正しいかもしれない感覚に従い、雄真は後ろへと跳んだ。
 目の前の不良から感じたものではない。ましてや、周囲におかしな気配はない。その出所を本能的に悟り、雄真は空を見上げた。

 暗雲がゆっくりと渦巻き、その中心が少しずつ開いていく。中心に開いた隙間が人一人分くらいの大きさになった時、ソレは起こった。
 ソレは雄真が背後に跳躍したのとほぼ同じタイミング。隙間から一筋の光が地面へと伸びた。瞬時に地上と暗雲を繋いだ光は、まるで柱の様に見える。
 柱は雄真と不良の間にある。雄真がこの事態を察知せずに不良へと向かっていたら、おそらく雄真は光に貫かれていただろう。その結果がどうなるのかは不明だが、少なくとも無事でいられたとは考え難い。それが分かっているからこそ、雄真は冷や汗をかきながらも内心安堵している。同時に、目の前の異様な光景に唖然としてしまっている。それは不良にしても同じ事だが、普段の雄真なら考えられない様な失態である。いや、それだけ今起こっている事が非常識且つ異様な光景だと言う事なのだろう。
 やがて――と言う程長くもない、一分にも満たない間に光は止んだ。だが、雄真達は再び驚かされる。光の柱が降り注いだその場所に、一人の男が蹲っていたからだ。
 雄真同様に黒い髪をしているが、常に短く保っている雄真とは違い、その男は肩程まで髪を伸ばしている。顔は見えないが、身体付きは悪くない。立ち上がれば身長もそれなりにある事がわかるだろう。しかしそんな身体的特徴を挙げるよりも的確に、その男の異様な格好を挙げた方がいいのかもしれない。西洋ファンタジーに出てくる様な、一見貴族が着ててもおかしくない白地の礼服の様な格好。そして何よりも気を惹くのが、男の身の丈に近い程大きな剣。刀幅は15cm程だろうか。大剣と称するに相応しいその剣を杖代わりに地面に付き、倒れる事を防いでいるかの様に見える。
「一体、何だって言うんだよ……」
 それは、雄真の心の底からのぼやき。誰にも届いていないであろうその言葉は、夜風に流されて消えていった。

 真行寺 雄真。十八歳の高校三年生。三年になって一月程が経った春の出来事。
 不良とのケンカという日常風景の中に、非日常な事態が舞い降りた。
 それが、真行寺 雄真の道≠変える始まりだった……


3 :夕咲 紅 :2007/07/14(土) 07:26:54 ID:P3x7YnVF

Prologue 2 裏切り者の名

 日が沈み、そこに住むモノ達が眠りにつき始めた頃合。エイダの森と呼ばれる然程広くもない森の中を駆ける姿があった。夜の闇に溶け込むかの様に黒い髪は、その肩辺りまで無造作に伸ばされている。今は懸命に走る余り多少表情が崩れてはいるが、比較的整った顔立ちの青年。その髪とは逆に白い生地で作られた一見貴族が着ている礼服にも見える騎士服に身を包み、その格好と似つかない大剣を背負っている。一応鞘は存在するが、鞘に入れると抜くのが困難になる為、その剣は大きな布を何重にも巻く事で鞘の代わりにしている。背に固定する為の留め具と、布の留め具を外せば直ぐに武器として使える様にしてあるわけだ。なのだが……
 青年は、その剣を使う事にならなければいいと考えている。彼は今、ある国の兵士達に追われている。それは彼が国の機密を持って城から逃げているからなのだが、兵士達はその理由を知らない。ただ命じられるままに、青年の後を追っている。それも理由の一つだ。しかし、何よりも一番の理由は――その国が、彼自身が仕える国だったからである。つまり、追っ手である兵士達はつい先刻までは仲間だった者達なのだ。そんな者達に剣を向けるなど、出来る事なら避けたいと思うのが彼の正直な考えだ。だからこそ、彼は足を休める事なく走り続けている。かつての仲間達に追いつかれない様に。
 しかし、それにも当然限界はあった。舗装などされているわけもない森の中を、自分の身の丈もあろうかと言う大剣を背負ったまま走り続けるのはかなりの重労働だ。いくら青年が普段から鍛えているとは言え、それを継続し続ける事は不可能である。
 青年は一度足を止め、一息吐く。周囲に追っ手の気配がない事を確認し、近くの木に寄りかかった。左腰に提げてある布袋に視線を向けてから、今度は空を見上げる。木々達によってどこまでも続く空を見渡す事は出来ないが、阻まれている事によってその一部しか見えない今の空が、自分にも当てはまる様な気がして気を沈める。青年はゆっくりと瞳を閉じて、少し前の出来事を反芻する……



「いいか、カイト。俺はこれからレードに向かう。その上で最後の確認だ。今ならお前はまだ城に帰れる。俺と共の道を歩むか、それとも今まで通り騎士としての道を歩むか……どうする?」
 つい先刻日が沈んだばかりの頃合。光の都とも呼ばれているファーン大陸一の大国、フィアルサーガが王城ハイゼンタールの北に位置する森の入り口で、青い騎士服に身を包んだ体格の良い男がそんな言葉を投げかけた。その相手は凛々しい顔立ちの青年。肩程まで伸ばした黒い髪、鍛え抜かれているが決して筋肉質ではない均整の取れた身体。そして白地の騎士服。カイトと呼ばれたその青年こそ、ハイゼンタールの北にある森――エイダの森の中を疾走していた青年だ。
「ここまで来て逃げたりしませんよ。俺は、団長に着いていきます」
 決意に満ちた表情で、カイトは右手で握り拳を作りつつ頷いた。そんな様子を見て、男はすまなさそうな、それでいて満足のいった表情を浮かべた。
 団長――カイトがそう呼んだ通り、その男はフィアルサーガが誇る聖騎士団の団長である。レナード=ヴァリアント。それが彼の名だ。青い騎士服こそがその証であり、又聖騎士としての象徴でもある。
「なら、これをお前に預けておく」
 そう言ってレナードが差し出したのは、一見何の変哲もない布袋。それを怪訝に思い、カイトは「何ですか、それは?」と尋ねた。
「魔攻具……詳しい事は俺もわからないが、フィアルサーガが造り出した新兵器。とでも言っておこうか」
 そう言いながら何かを思い出す様に目を細め、レナードはゆっくりと布袋をカイトに手渡した。
「魔攻具は魔力の塊の為、普通に持ち歩く事は難しい。そこで、中に魔方陣を描く事で魔攻具を一時的に封印しておける様にしたのがその布袋だ。さっきも言ったが、それはとても危険な代物だ。絶対にその布袋から出さないでくれ」
 城内で遭遇した時にも少しだけ言われた内容を思い出し、カイトはレナードの言葉に頷いた。
「わかりました。でも、どうしてそんな危険な物を俺に?」
「お前が俺に付いたと気づいているとしても、まだ奴らはソレを俺が持っていると思っているはずだ。少なくともレードに着くまでは、追っ手は俺の方に集中するだろう。だから、しばらくはお前が持っていてくれ」
 信じている。その言葉を直接出しはしなかったが、レナードが語った言葉の中に、その意図が多分に含まれている事を察しカイトはしっかりと頷いた。そのカイトの表情に納得がいったのか、レナードも緊張した表情の中少しだけ笑みを浮かべた。
「よし。お前は真っ直ぐにレードに向かえ。俺は少し追っ手を惹きつけながら、森を蛇行しながら逃げる」
 勿論、囮の様な態度を気づかれない程度に。と付け加え、レナードはカイトの背を軽く押した。それが合図だと悟ったカイトは、もう一度力強く頷き駆け出した。エイダの森を北に抜けた先にある街、レードへと向かって……



 閉じていた瞳をゆっくりと開け、カイトは視線を正面へと戻した。周囲に追っ手の気配はない。レナードが近くまで来た事で、自分を追っていた兵士達もそちらに向かったのかもしれない。そんな事を考えながら、カイトは一度深呼吸をした。
 よし! と気合を入れ、カイトは再び駆け出す。小休憩を挟んだ事で、幾分かの体力は戻ってきている。小休憩を挟む前までの体力はないが、然程広くもない森である。出口は遠くない。だからこそ、カイトは油断していた。出口が近い事は分かっているはずなのに、その事を意識していなかった。自分の後を追う形で森の中を逃げ回るレナードが、真っ直ぐに森を抜けようとしている自分に追いつくには早過ぎる頃合だと気づかないくらいに……
 森の終わりが視界に入ってきたその時、カイトは周囲を囲まれている事に気がつき足を止めた。相手がフィアルサーガの兵士達なのは分かりきっている。それ程多い数ではないのは確かだ。カイトは仕方なく戦う決意を固め、背中に括り付けている大剣の留め具を外す。木々の陰に隠れているらしく、相手の姿は見えない。しかし、確かにいる。鞘代わりの布も外し、ゆっくりと大剣を構えた。
 しばしの静寂……微かに吹く風に揺られる木々の掠れる音、そして己の息遣いだけを耳に入れながら、周囲の気配に変化が訪れるのを待つ。相手も森の中を駆けてきたのだから、当然疲れはあるだろう。自分と比較してどの程度疲労に差があるのかは分からないが、人数の優劣がある以上、自分から動くのは得策ではない。少しでも体力回復を図れるのならばそれに越した事はない。そう考え、じっと相手が動くのを待つカイト。
「!」
 一瞬前まで聞こえてきていた音とは明らかに異なる空気を切る様な音が背後から聞こえ、カイトはその身を左へと動かした。直ぐに自分の身体をすり抜ける様に前方へと飛んでいく矢の姿が見えた。正確に言えば矢の先は夜の闇に紛れていたが、羽の部分が白い為視界に映り、それが矢だと判別出来ただけだ。とは言え、カイトにとってはそれが矢だろうとそれ以外の物だろうと関係はない。問題は、ソレに当たるか当たらないかだ。カイトは矢の飛んできた方向へと振り返り注意を払ったが、予想していた第二撃はなかった。精神的に追い詰めようとでもしているのだろうか? そう思い浮かべたカイトだったが、それが間違いだと直ぐに思い知らされた。
 一瞬の静寂。その次の瞬間には、背後から二人の兵士が飛び出してきていた。関節や急所など、局部的に身を守る為の作られた軽鎧を纏ったフィアルサーガ兵。その気配を察したカイトは再び振り返り、その勢いを利用して振るわれる相手の剣を弾いた。剣を弾かれた兵も、大剣を横薙ぎに振るわれた事で牽制されたもう一人の兵も一度その身を退かせた。接近戦に持ち込んできた時点で矢が飛んでくる事はないと踏み、背後に対して多少なりの油断をしていたカイトだったが、木々の影から飛び出してきた新手の気配には気が付き、一瞬で戦略を立てる。
 再度振り返り、新手として出てきた兵士へと向かって駆け出すカイト。その距離は元よりあってない様なものだ。直ぐに詰められる互いの距離。そして交差する剣戟。その一撃で、カイトは相手に敵意がない事に気がついた。お互いに戦う意味を持たないまま、それでも戦わなければならない。そんな戦いに簡単に決着など着くわけがなく、無駄な剣戟が何度か続く。それでも戦いは戦いだ。意識は常に周囲へと配られ、それと同時にいくつもの戦闘パターンを思い浮かべては消し、再度思考するという流れを繰り返す。だからこそ、カイトは異変に気づかなかった。否、事が取り返しのつかない所に来るまでは。という方が正しいだろう。
 カイトの腰に提げられた布袋が淡く光を放ち始め、やがてはそれが大きな光へ増長していった。拳一つ分の光――布袋を覆ってしまうくらいに大きくなった光は、そこから瞬時に広がった。カイトの身を一瞬で包み込むと、光は天へと向かって一筋の柱へと姿を変える。やがて光は天へと吸い込まれる様に消えていき……
 まるで光の柱にさらわれたかの様に、そこにカイトの姿はなかった。
 この場にいる誰もが、何が起きたのか理解出来ていなかった。そして、今はこの場にはいないカイト自身も。

 この日、フィアルサーガには二人の裏切り者の名が掲示された。
 一人は、元騎士団長のレナード=ヴァリアント。
 そしてもう一人がその部下である元騎士、カイト=シンクフォード。
 なぜこの二人が国を裏切ったのか、その事実を知るのは国の上層部のみ。兵士達はその理由を知らぬまま、二人の裏切り者を始末する様に命じられた。
 そのうちの一人が、この世界から姿を消してしまった事を知らずに……


4 :夕咲 紅 :2007/07/21(土) 14:45:42 ID:PmQHsJWL

Side Earth 1 不良 対 騎士

「ここは……どこだ?」
 大剣を杖代わりに片膝を着いていたその男が、周囲を見回しながらそんな呟きを漏らした。
 そんな様子を呆然と見つめながら、雄真は今起こった出来事について考える。
(いきなり光が降ってきて……それが止んだと思ったら、そこにはいかにもファンタジーな格好の男が……って、そんなん考えたって分かるわけねーって……)
 釈然とするわけがない疑問に頭を悩ませる事を不毛と判断した雄真は、右手で頭を掻いた後にぶんぶんと頭を横に振る。
 立ち上がりつつ周囲を見回していた男の視線が、倒れている不良達、そして雄真へと送られる。男と雄真の視線が合わさり、二人は見つめ合う形になる。それは決して友好的なものなどではなく――
「これは、お前がやったのか?」
 その言葉の指す意味が何なのかを察し、雄真は無言のまま頷いた。その肯定がどんな結果を招くかも考えずに……
 男は腰の位置程まで大剣をゆっくりと持ち上げ、雄真へと向かって駆け出した。その瞳に殺意はない。だからこそ雄真も反応が遅れ、それなりに距離があったにも関わらずギリギリまで回避行動に移れなかった。駆ける勢いで振るわれる大剣。そんな非日常な凶器を目の当たりにしても怯まない精神を持ち合わせている雄真だったが、それを避けられるか否かの瀬戸際ともなれば流石に焦りくらいはする。それでも直線的に振るわれた一撃を避けるのはそう難しいものではなく、雄真は余裕を持ってとはいかないまでもしっかりとそれをかわした。右手に避けた態勢のまま軽く地を蹴り、少しでも距離を取ろうとバックステップを踏む雄真。男からの追撃がない事を確認し、キッと男を見据える。
「いきなり何すんだよ!?」
「どんな理由があったかは知らないが、弱い者を力で捻じ伏せるやり方は感心できないからな」
 雄真の言葉にそんな返事をしながら、男は更なる一撃を放つべく雄真との距離を詰める。相変わらず男には殺意も敵意もないが、迫り来る凶器の危険度は無視出来るものではない。雄真は小さく舌打ちをしつつ、接近してくる男との距離を一定に保つ様に後退していく。しかし前を向く者と後ろ向きに後退していく者、そして大剣というリーチを伸ばす獲物を持つ差は大きい。直ぐにその距離は男の間合いへと縮まり――
「せいっ!」
 それは言葉というよりは息を吐いた音に近いモノだ。力を込める為の呼吸音とでも言うべきか。駆けながらの一連の動作で大剣を掲げ上げ、そのまま振り下ろされた形の一撃。それを右方に跳ぶ事でかわした雄真は、さっきまでの驚愕と混乱を忘れたかの様に怒りに任せ声を荒げる。
「素手の学生相手にそんな物騒なモン振り回す奴が何言ってやがるっ」
 男は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、直ぐに真顔に戻り雄真をじっと見据える。
「少なくとも、ただの町民じゃないだろう」
 男はそう言って大剣を構え直した。今度はいきなり距離を詰めようとはせずに、ゆっくりと雄真との距離を縮めようとする。それは隙を小さくする為の行為であり、雄真もそれを理解していた。だからこそ不用意には動けず、雄真もその距離が縮まらない様に少しずつ後退していくしかない。しかし、ここは然程広くもない公園。そう長く後退していられるわけではない。
(追い詰められる前に、何とかしないとな)
 内心舌打ちをしつつも、雄真は思考を巡らせる。今の状況を打破する為にはどうしたらいいのか、その最善の方法を探し出す為に脳内でシュミレーションを繰り返す。否、繰り返そうとした。
 背後に迫る花壇の柵に気づかずに、雄真は柵に足を取られてしまった。倒れはしなかったものの、その事で注意が逸れ思考を巡らせる事など出来なくなった。それどころか、態勢を立て直す為に隙を作ってしまった。雄真は慌てて男の動きを確認しようとしたが、男の動きを視界で捉えるよりも早く悪寒を感じ無理矢理に跳躍。花壇へと入る羽目になったが、今はそんな事を気にしてはいられないと視線を巡らせる。花壇の柵の場所には男の姿があり、小さく舌打ちをしていた。
(あの場所にいたら、斬られてた……)
 その答えに確証はない。男は実際に剣を振るったわけではない。それは確かだ。それでも雄真は、あのまま男の姿を目で追っていたら斬られていたと確信が持てた。
 恐怖。雄真は、確かに恐怖を感じていた。冷や汗が止まらない。しかしそれと同時に、今までにない昂揚も感じていた。ケンカとは違う、初めて体験する闘い≠ニいう行為に。
「売られたケンカは買う。んでもって、後悔させる。それが俺の信条だし、今までそうしてきた。だから、今度もそうさせてもらう!」
 逃げるという選択肢もあった。突如現れた実剣を持つ謎の男相手に、何の理由もなしに事を構える必要などない。しかし、雄真はそれを選ばない。闘う事。それは、雄真自身が決めたルールだからだ。
「弱きを守る盾、悪しきを貫く剣。それが俺の騎士道だ。状況から察するに、お前の方に原因がありそうだと思ったんだが……どうやら、倒れてた連中がいなくなった事を考えるとそうでもなさそうだな」
「あん? あ、ホントだ。あいつら、いつの間にか逃げやがったみたいだな。だけどそれが普通の反応ってもんだ。あんたみたいな危険人物と遭遇したら、な」
 立ち向かおうと決めた刹那の言葉に出鼻を挫かれたが、まだ雄真はやる気十分だ。腰を低く落とし、いつでも男に飛びかかれる様にしている。
「俺が危険人物? それは納得のいかない言葉だな。いや、その前に……事の顛末を教えてくれないか? どうやら向こうにも非があった様だし」
「それは構わないけど……俺の方が悪かったら、また襲いかかってくる気か? もしそうなら、別に説明してやるつもりなんてないぜ」
「安心しろ。とりあえず剣は収めるさ。もう当事者がお前しかいないわけだしな」
「……わかった。だけど、話す前に剣をしまってもらおうか」
 雄真の言葉に男は「わかった」と頷いたが、その動きが一瞬止まった。
「どうしたんだよ?」
「鞘がない」
「んなもん最初からなかっただろ」
 男が現れた時、抜き身の剣を杖代わりにしていたのだ。男が持っていない以上は、この場所にその存在があるわけがない。
「そうだ……ここはどこなんだ?」
 すっかり忘れてた。とでも言いたげにそんな疑問を呟く様に漏らした男を見て、雄真は大きく溜息を吐いた。
「と言うか、あんた一体何者だ? いや、いい。とりあえず移動しよう。人気はないけど、そのうち警官が巡回に来たりするかもしれないしな」
「あ、ああ」
 雄真の言葉の意味を男は理解していなかったが、移動するという内容そのものに反論はないらしく弱々しいながらもしっかりと頷く男。
「それじゃあうちまで来てもらうかな。直ぐそこだから丁度いい」
「わかった」
 こうして、雄真は名前も知らない、いきなり襲いかかってきた相手を自分の家へと案内する事になったのだった……



 つい先刻までいた公園を西に抜けると、世間一般で言えば高級寄りなマンションが建っている。築三十年を越えるそのマンションは、一見高級という言葉からは遠い外観だ。しかしその造りは頑丈で、内部は数年前にリフォームを受け最新のセキュリティシステムも使われている。外観も来年の頭には外装工事が入るという事実があるが、雄真はその事を知らない。いや、そもそもマンションの造りなどには興味がないのだろう。住めればいい。それで快適なら言う事なし。というのが雄真の考えなのだ。
「ここだ」
 そんなマンションの一室の前でそんな言葉を漏らしながら、雄真はズボンのポケットから鍵を取り出す。鍵と言っても、人差し指程の大きさの電磁キーだ。そんな物を無造作にポケットに入れておく雄真に問題があるが、今の所は激しい運動をした後でも電磁キーが曲がったりはしていない。おそらく問題が生じるまで持ち運び方を変えるつもりはないのだろう。
 ドアの右側にインターホンがあり、その下に電磁キーを差し込む挿入口がある。更にその下にはセンサーがついているのだが、それを使うのは電磁キーを挿した後だ。雄真が電磁キーを差し込むと、挿入口の右側にある小さな赤いランプが点灯した。それがセンサーが作動している合図である。ランプが点灯している時間は1分。その間に予め登録してある指をセンサーに当てる事によって指紋を読み取り、ドアのロックが外れるという仕組みだ。
 雄真は右手の人差し指を登録してある為、電磁キーを再びポケットにしまった後に右手の人差し指をセンサーに当てた。するとガチャリとキーロックが外れる音が鳴り、それを確認した雄真は家のドアを開いた。
「待たせたな」
 数年で大分作業に慣れたとは言え、どちらかと言えば機械には疎い雄真はこのセキュリティシステムの事をあまり良く思ってはいない。文句を言うつもりもない様だが。
「それはいいんだが……今のは何だ?」
「指紋センサーって奴だよ。知らないのか? っても、俺も理屈とかはわかんねーけど」
「指紋センサー?」
「だから説明は出来ないって。まあとにかく上がれよ。玄関前で話してたら公園より目立つからな」
「あ、ああ」
 言いながら部屋の中へと入っていく雄真に続き、玄関の中まで入る男。そのまま部屋に上がろうとしたその姿を見て――
「ちょっと待て!」
 突然の雄真の静止に疑問符を浮かべたものの、男は制止を聞き入れ足を止めていた。急に飛んできた大声の内容にきちんと反応した事に驚きつつも、雄真は呆れ混じりの溜息を吐いた。
「……靴は脱いでくれよ。ここは日本なんだからな」
 男は流暢な日本語を喋っていた為注意しなかったが、男は日本人とは思えない風貌をしている。その容姿だけなら日本人に見えなくはないが、格好は明らかにそれとは違う。そもそも、現代社会において男の様な格好をする者はいない。一部、特殊な趣味の人間を除いては。
「日本? いや、それはまあいいとして……わざわざ脱ぐのか? 面倒な風習だな」
「面倒でもいいから脱いでくれ。後で掃除するのが大変だからな」
「……わかった」
 雄真の言葉に頷き、男は身にまとっている白基調の服装とは反対に、黒基調のブーツを中腰になりながら脱いだ。それから改めて部屋の中へと上がる。
「こっちだ」
 そう言って男をリビングまで誘導し、雄真はリビングのほぼ中央にあるテーブルを挟む形で置いてあるソファに腰かけた。
「あんたはそっちな」
 そう言って自分が座ったソファとは反対側を指差す雄真。男は言われた通りに雄真とは逆側のソファに腰掛けた。
「ああ、なんか飲むか? ってもお茶かコーヒーくらいしかないけど」
「……お茶を頼む」
「あいよ」
 雄真は返事をしながら立ち上がり、リビングの隣にあるキッチンへと入る。キッチンの端にある冷蔵庫を開け、中から冷えた2リットルのペットボトルに入ったウーロン茶を取り出す。冷蔵庫の横にある食器棚からコップを二つ取り出し、氷を三つずつ入れてからウーロン茶を注ぐ。ペットボトルは冷蔵庫にしまい、雄真はウーロン茶の入ったコップを持ってリビングに戻った。
「はいよ」
 そう言ってコップを男の前に置き、雄真は男の向かい側に腰掛けた。
 ウーロン茶を一口飲み、雄真は小さく息を吐いた。男もそれに倣いコップに口をつけた。
「さて。とりあえず自己紹介からするか?」
「そうだな」
 雄真の突然の言葉に、男は驚いた様子もなく頷き、言葉を続ける。
「俺の名前は、カイト=シンクフォード。フィアルサーガの騎……いや、元騎士だ」
「……俺は雄真。真行寺 雄真。ただの学生だよ」
「…………」
「…………」
 お互い名前以外何を言っているのか理解出来ず、必然的に沈黙が訪れてしまった。しかし雄真が直ぐに沈黙を破る。
「まずは、ここがどこかってさっきの言葉に答えておく。ここは日本。多分、これじゃあ通じないんだろうけど……」
「ニホン……聞いた事もない国だな。どこの大陸なんだ?」
「大陸って言うか……日本は島国だぜ。大陸って言ったら、アメリカとかヨーロッパとかそっちの方になるな」
 やはり雄真の言っている内容を理解出来ず、カイトと名乗ったその男は首を捻った。そんな様子に溜息を吐きながらも、雄真は言葉を続ける。
「騎士とか聞くと、俺が思い浮かべるのはヨーロッパなんだけど……フィアルサーガなんて国聞いた事ないし、そもそも今の時代に騎士なんていやしない。あんた、一体どこから来たんだ?」
「そう聞かれてもな……森の中で戦闘中に、突然光に包まれたと思ったらあの場所にいたんだ。俺にも何が何だかさっぱりだよ」
 お手上げ、とでも言うかの様に肩をすくませ、カイトは小さく息を吐く。溜息の多い二人だが、それも仕方ない事なのだろう。一体、なぜ今の様な状況になっているのかお互いに全く理解出来ていないのだから。
「そういや、さっきの事の顛末を話すって約束だったな。あれは、あんたが現れるちょっと前の事だ――」
「いや、もういいよ。お前が悪いとは全く思えなくなった。それより、頼みがあるんだが……」
 雄真の言葉を遮って話し出したカイトの言葉に、雄真は悪い予感を感じていた。しかし、回避出来る類いのものでもないと感じ、黙ったまま続きを促す。
「しばらく、ここに泊めさせてもらえないか?」
「期待を裏切らない言葉をありがとう。まあダメとは言えないよな。あんたみたいな危険人物、その辺をうろつかせるわけにもいかないし」
「おいおい。だから危険人物ってのはないだろう」
 雄真の言葉に納得がいかず、思わず口を挟むカイト。しかしそれを手だけで制して、雄真は言葉を続ける。
「いいか? この国ではそんな物を持ち歩いてるだけで危険人物なんだよ」
 そう言ってカイトの大剣を指す雄真。
「泊めてはやるが、これから俺が言うルールをきちんと守ってもらうのが条件だ。いいな?」
「その条件次第と言いたいところだが、まあ変な事じゃなきゃそれで構わない」
「まずは、勝手に外を出歩かない事。外に出る時は俺と一緒の時だけだ。それに、その剣も置いていってもらう」
「……わかった」
 どこか釈然としない思いを感じながらも、仕方ないと割り切りカイトは頷いた。
「後、俺がいない時に勝手な事はしないでくれよ。いや、いる時だって困るけどな。必要な事は後で教えるから、余計な事だけはしないでくれ」
 注意をしておかないと何かが起きる予感がしてたまらない雄真は、不都合が起きる前に対処出来る事はしておこうという意志を持ちそう告げた。カイトはしっかりとその言葉に頷き、そんな様子に安堵したのか雄真は小さく息を吐いた。
 それから雄真は、電化製品の説明や使う部屋についてなどをカイトに話し、自分の部屋に戻った。腹は減っているはずなのだが食欲がなく、これから夕食を取ろうというつもりにはならなかった。それを半ばカイトにも押し付ける形になったが、本人も承諾したので特に気にしない事にしたのだった。
(寝る前に風呂入るか。って、あいつに服貸してやんねーとな)
 そう思って腰掛けていたベッドから立ち上がり、雄真はタンスへと向かった。下着と寝巻き代わりの薄い生地のズボンとTシャツ、そして同じ様な服装をもう一式取りだし、雄真はカイトに宛がった客間へと足を運んだ。
「これ、替えの服な。ああ、下着は新しい奴だから気にしないでくれ。風呂は、俺が先入るけど……いいよな?」
「ああ。そこまで我がままは言えんさ」
「使い方はさっき教えた通りだ。まあ、もし困ったら呼んでくれれば行くから」
「わかった。何から何まですまないな」
「ま、困った奴は放っておけない性質なんでね。そんなに気にしないでくれ。それじゃあな」
 そう言って苦笑を漏らした雄真は踵を返し、カイトの部屋を去った足で風呂場へと向かった。
 シャワーだけで風呂を済ませた雄真は、途中カイトの部屋に寄って声をかけてから自室に戻った。風呂場で一悶着あると踏んでいた雄真だったが、意外にもカイトは何の問題もなく風呂を使えたらしく雄真の出番はなかった。
 風呂を上がった事をカイトが報告に来た為、雄真はそれに返事をした後直ぐに眠る事にした。
(今日は変な一日だったな)
 それは今日で終わらず、明日以降も訪れる非日常。カイト=シンクフォードという存在が近くにいる限りは、今までと同じ日常では在り得ない。その事を頭のどこかで理解しつつも、雄真は閉じた瞳の先に日常を思い浮かべながらそんな事を考える。
(フィアルサーガ、ね……明日調べてみるか)
 そんな決意を落ちかける意識の中で固め、雄真は疲れていたのか安らかに深い眠りへと落ちていった……


5 :夕咲 紅 :2007/10/11(木) 08:05:50 ID:P3x7YnVe

Side Rankrudo 1 レナード=ヴァリアント

「どうやら追っ手は撒けた様だな」
 光の都とも呼ばれる王国、フィアルサーガの誇る聖騎士団のみが着る事を許された騎士服――それも団長を示す青色の、一見貴族の為に作られたかの様な高価な生地を使っている上に、機動性をも考えて織られたその服を身にまとう体格の良い男が、エイダの森と呼ばれる森を背後にそんな呟きを漏らした。
 男の名はレナード=ヴァリアント。身にまとう衣服が示す通り、彼はフィアルサーガに仕える騎士だ。ただし、その役職はつい先刻剥奪されている。その事実をレナードは認知していないが、遅かれ早かれそうなると思っている為、別段その事実を確認するつもりは彼にはない。レナード自身がその理由を誰よりも理解しているのだから当然と言えよう。
 フィアルサーガが王城ハイゼンタールの北に位置するエイダの森を更に北に抜けた先には、レードという割合大きな街がある。城下に近い事もあってか、レードは常に活気に溢れている。レナードの目的地はそのレードなのだが、今レナードが立っている場所は城から真っ直ぐに北へ向かった位置ではない。彼の言う追っ手――フィアルサーガの兵から逃れる為に森の中を蛇行した為、結果的にやや東側から森を抜けた。それでももう少し進めばレードへと続く街道がある為、レナードは別段慌てた様子もない。追っ手にさえ見つからなければ、そもそも急ぐ必要すらないのだ。むしろ時間をかける事によってもっと遠くまで逃げたと思わせる事も出来るかもしれない。そんな事を考えながら、レナードはゆっくりと街道へと向かう。
 聖間街道。それがレナードが足を運ぶ事になった街道の名前だ。聖騎士達の巡礼の為に作られた街道である事からそう名づけられた。その聖間街道に辿り着いたレナードは、そのまま北西に伸びる街道に沿って歩を進める。
 辺りには隠れる場所などない。それ故に追っ手が現れれば見つかり易いが、逆に自身が追っ手に気づき易い。そう考えれば、逃走経路としてはそれ程悪くはないのかもしれない。そんな風に考えながらも北西へと歩き続けるレナード。その意識は、今回の事の発端へと向かっていった……



「団長。なぜ魔攻具の使用を拒んだんですか?」
 ハイゼンタール城の二階にある軽く王族の一室はあろうかという広さのテラスで、白い騎士服を身に纏った大柄な男がレナードに向かってそんな問いを投げかけた。
 その体格と少し垂れ気味な糸目が特徴的な男で、名をハワード=クレナンスと言う。フィアルサーガ聖騎士団の副団長で、レナードに次ぐ実力の持ち主だ。だからこそ副団長という立場にあるわけだが、レナードとの実力差は大きい。それが彼にとってのコンプレックスでもあり、彼はレナードの事を尊敬すると共に妬んでもいた。
「あれは危険なモノだ。俺の直感がそう告げたんでな。そもそも我々騎士が魔法の品に頼るのは良くないだろう」
 レナードが危険なモノと称した魔攻具とは、フィアルサーガの兵器開発局に携わる者達が生み出した新兵器の名だ。その製法は明らかにされておらず、また安全性等も保証されていない代物だ。
「しかし、それで我々が力を得られるのなら……今はまだ平和ですが、いつ魔獣が出現するかもわからないのですから」
「お前の言いたい事はわかる。だが、俺は納得出来ないんだよ。その製法は聞かされていないが、高濃度の魔力によって形成された魔素を体内に取り込む事によって身体能力を向上させ、更には武器の生成まで行う為の魔法道具。研究班は大丈夫の一点張りで、その根拠を何も言わない。そんな物を実用段階に持っていくのは問題だろう」
「だからこそ、貴方がサンプルに選ばれたのでしょう。心身共に鍛え抜かれた貴方ならば、と……」
 それでもし本当に危険があった場合、フィアルサーガはレナードという強力な兵を失う事になるのだが、それ以上に魔攻具への期待が大きいという事なのだろう。
「だが、貴方はそれを拒んだ。だからこそ私に話が回ってきた。貴方が受けていたら、この話が私に回ってくる事はなかったでしょうから、その点は感謝しています」
「何が言いたい?」
「確か、団長は魔攻具を持ち運ぶ為の封印具をお持ちでしたね。先刻、私もそれを貰いました。それが、これです」
 そう言って、ハワードは黒い布の袋を懐から取り出した。外見からはわからないが、中には幾重にも封印の為の魔方陣が描かれており、魔攻具が暴走しない様に魔力が施されている。それはレナードの持つ封印具よりも強力な物であるのだが、二人はその事を知らない。お互いに、その封印具の使い方を教わったに過ぎない。
「クレナンス、まさかお前……」
 ハワードが何をしようとしているのかを察し、レナードは少し焦りを覚えハワードに近寄ろうとした。だがハワードはそれを制し、黒い布袋を自身の胸に当てる。
 その布袋には、明らかに何かが入っている。その用途が何であるかを考えれば、何が入っているのかは瞭然だ。
「我、其の力を得る者なり。我、素の力を得る者なり。我、魔なる力を解放せん――解封!」
 ハワードが封印具の魔力を開放する為の呪文を紡いだ刹那、黒いはずの布袋が白く輝き出し、その輝きの中黒い球状の物体がハワードの身体の中に吸い込まれる様に入っていった。
(今のが、魔攻具……)
 実物を目にするのは初めてだったレナードだが、眩しさの中目を細めながら垣間見た黒い球状の物体が魔攻具なのだと一瞬で理解していた。それがもたらす効果は聞き及んでいる。だが、それが全てとは限らない。レナードが危惧していた事が、ハワードの身に現実として起こり始めていた。
「…ぅ…が…!」
 奇妙な呻き声を挙げながら蹲るハワード。そして訪れる変格。筋肉の軋む音を立てながら、ハワードの全身の筋肉が膨張していく。変化は肉体だけに止まらず、その精神をも侵食していく……
「大丈夫かクレナンス!?」
「黙れ!」
 再び駆け寄ろうとしたレナードに対し、ハワードはいつもよりもやや野太い声で叫んだ。顔を上げたその目は血走っている。苦しそうに息を荒げながらも、ハワードはキッとレナードを睨みつける。
「私は正しかった! 魔攻具は私に素晴らしい力を与えてくれた! 見ろ、この身体を! 今なら貴方にも勝てる気がする。いや、絶対に勝てる!」
 そう叫ぶと同時に床を蹴り、レナードへと殴りかかるハワード。普段は冷静沈着なハワードとは思えない突然の襲撃に、レナードは驚愕しながらも身を屈める。そのまま身体を右に傾け跳躍。ハワードの追撃が来る前に体勢を整える。
(完全に正気じゃないな)
 自分の襲撃をかわしたレナードを睨むハワード。開きっ放しになっている口からは涎が垂れているが、当のハワードは全く気がついていない様だ。
「いきなり襲いかかってくるなんて、気でも狂ったか?」
「狂ってなどいないさ! 私は、元々貴方の事が憎くてたまらなかったのだからな! 今なら、魔攻具を使った事故として貴方を片付けられる! これ程嬉しい事はないね!」
 魔攻具の事故を装えばどうなるのかも判断出来ていない様子のハワードを見据え、レナードは対処法を模索する。戦うべきか、それとも逃げるべきか……
(いや、逃げるわけにはいかないか。今のクレナンスを放っておくわけにもいかない)
 覚悟を決め、腰に提げていた長剣を抜くレナード。その様子を見て嬉々とした表情を浮かべるハワード。人格さえも変わってしまったのではないかと思えるハワードの豹変に思う所もあったが、手加減出来る相手ではないと判断し、レナードは長剣を構える。
「死ねぇぇ! ヴァリアント!」
 咆哮とも取れる叫び声を上げ、たったの一蹴りでレナードの背後まで跳躍するハワード。その勢いの凄まじさに驚きつつも、レナードは直ぐに振り返る。その視線はハワードを捕らえた時には、既にハワードの左拳が眼前まで迫ってきていた。慌てて背後に跳ぶ事で直撃を免れたものの、腹部に訪れた衝撃は生半可なものではなかった。
(これが魔攻具によって強化された力、か……)
 片膝をつきながらも、冷静に状況を分析していくレナード。しかしそんな間を与えないと言わんばかりにハワードは再び距離を詰めてきていた。レナードは直ぐに立ち上がると、ハワードの背後を取るべき細かくステップを踏み前進していく。勢いよく接近するハワードが直ぐには旋回出来ないと踏んでの事だったが、その考えは甘かった。床を踏み込む事で無理矢理突進を止め、更には無理に身体を捻り背後へと回ったレナードを正面に据える。相当の負担がかかっているはずだが、ハワードは全く意に介した様子はない。
(あれも魔攻具の力か?)
 レナードはその答えを持たないが、そのまま動きを止めるわけにはいかない。身体に負担をかける様な動きはせずに、背後を取れた時にと考えていた通りに剣を振るう。両手で構えた剣を、上段から振り下ろす。その目標はハワードの右腕だ。しかし右半身を引く事でその一撃をかわされ、レナードに隙が生じてしまった。ハワードがその隙を逃すわけもなく、引いた拳をその反動を使って突き出す。だが、レナードはまるでその動きを予測していたかの様に身を屈め、数歩前進。剣を真っ直ぐに構え、ハワードの右腕へと向かって突き出した。剣は深くハワードの二の腕に突き刺さったが、まるで痛みなど感じていないかの様に左腕をレナードへと伸ばすハワード。
 剣をハワードから抜きながら後退し、一度距離を取るレナード。ハワードの腕に突き刺さったのが偽りではない証拠に、剣先からは血が滴り落ちている。
(痛みを感じないのか……やはり危険だな)
 魔攻具に対して改めて危機感を覚えながらも、レナードは目の前の敵≠ノ対する意識を逸らさない。ハワードは既にレナードとの距離を詰めるべく床を蹴っていたが、その距離が完全に詰まる前にレナードは一つの結論に達していた。
(封印具を使えば、おそらく魔攻具を無力化出来るはずだ)
 確証はない。しかし、それ以外に手はない事を無意識に悟っている。懐にしまっておいたくすんだ白色の布袋――封印具を取り出した。
 既に体内に取り込まれた魔攻具を封印する力は持たない封印具だが、レナードの判断は結果として間違ってはいない。その事実が、直ぐに形となって表れる。
「ぅぐっ……」
 再びレナードへと襲いかかろうとしていたハワードが、突如胸を押さえ苦しみ出したのだ。身体に限界がきたわけではない。それよりも早く、拒絶反応が表れた。ハワード=クレナンスという生物を、己の使い手として認めなかったと言うべきか。魔攻具が意志を持ったかの様に――いや、レナードには元々意志を持っているものとさえ思えるそれが、ハワードの胸の辺りからゆっくりと外に浮き出てきた。レナードは突然の出来事に唖然とするも、身体だけはしっかりと反応させていた。封印具を振り、中空に浮く魔攻具を布袋の中にしまい込む。その封をするだけで、特に呪文を解さず封印は完了する。
 ハワードの存在を一瞬忘れてしまった事に気づき、レナードは背後の跳び退きながらハワードへと視線を向けた。
 膨張した筋肉が元に戻り、その反動とでも言うかの様に痙攣を繰り返している。仁王立ちしているかの様なハワードは、意識を失っているらしく白目を向いている。無意識にその身を支える事が適わなくなったらしく、ハワードは前のめりにその身を倒した。
 ドサッ。そんな音を耳にしたレナードは、何の益にもならない戦いに一応の終止符が打たれたのだと実感し、小さく息を吐いた。
 レナードは思案する。これから先、どうするべきかを。国の意向に逆らい、ハワードを傷つけてしまった。勿論、降りかかる火の粉を払ったに過ぎないわけだが……
 今まではただの勘に過ぎなかったが、今回の事でレナードの中で魔攻具が危険なものである事は確定した。しかし、今回の魔攻具の暴走を開発局は認めないだろう。そう考えたレナードは、ある一つの結論に達する。
(準備などする余裕はないな)
 封印具を懐にしまい、レナードは駆け出した。一刻も早く、この場所から離れなければならない。ハワードを放置する事になるが、今はそれを気にかけてる余裕もない。頭の隅でそんな事を考えながら、レナードはその場所を後にした……



「あの後、逃げる途中でカイトに会ったんだったな」
 偶然カイトと出会わなければ、現状程楽に出奔する事が出来なかったかもしれない。そう考えればカイトと出会えた事は幸運と言える。そんな風に考えながら、特に急ぐでもなく聖間街道を進むレナード。
 新兵器の危険性だけを説き、共に歩む事を促した相手――カイトの安否も気にしつつ、今後の身の振り方についても考えるレナード。
 準備もなしに出奔したレナードだったが、何も考えがないわけではない。その答えがレードにある。
 レジスタンスの存在――それが明らかになったのは、決して遠い過去の話ではない。何がきっかけになったのかはわからない。しかし、突如圧政を敷く様になった女王に反して出来上がった組織。彼らを頼り、志を同じくしようと言うのがレナードの考えだ。
 やがてレナードはレードの街へと辿り着く。
 レナード=ヴァリアント。彼の歩む道≠烽ワた、こうして本来の道≠逸れ――
 新たな一歩が踏み出された……


6 :夕咲 紅 :2008/10/04(土) 17:44:27 ID:P3x7YnVA

Side Earth 2 喧嘩屋

「ここは……?」
 見慣れぬ部屋で目を覚ましたカイトの第一声はそんなものだった。だが直ぐに、昨日の出来事を思い出した。
 自分の仕える国を追われる事になり、逃げている最中に謎の光に包まれ――
 気がつけばそこは見知らぬ国。そこで出会った青年と一悶着あり、その結果青年の家に泊めてもらえる事になった。そんな昨日の流れを記憶の中で思い返し、カイトは深く息を吐いた。
 ベッドから起き上がると、自然と部屋の中に視線が向く。一度見回したみたものの、特に注意を引くものはなかった様だ。これはカイトの身に染み付いた行為であり、初めてこの部屋に足を踏み入れた昨晩も行った。自分の寝泊りする空間をある程度把握し、そこに変化がないか調べる事で危険を察知しようと言うのだ。後手に回る事が多くなる手ではあるが、何もしないよりはマシ。そう教えられて以来、一度として欠かした事がないのだから、素直と言うか単純と言うべきか……
「そう言えば、団長は無事だろうか……いや、俺が団長を心配するなんてまだ早いか」
 先の方法を教えてくれた張本人である自分の上司の身を案じたものの、自分とのあらゆる差を思い出し苦笑を漏らした。
 着慣れぬ着衣に僅かな違和感を覚えていたカイトだったが、一晩を明かした事でそれなりに慣れたのか今は然程気にならないらしく、その格好が当然であるかの様に自然に歩く。部屋の扉を開け、カイトはリビングに向かう。
「おはよう。良く眠れたか?」
 カイトがやってきた事に気がついた家主である雄真のそんな言葉で出迎えられ、カイトは「ああ」と一言返し頷いた。
「朝飯は食うのか?」
「用意してもらえるならありがたいが……雄真はもう食べたのか?」
「いいや。俺は朝飯は食わない主義なんだ」
「俺が口を出す事じゃないが、朝食は取った方がいい」
「気が向いたらな。まあ、いるなら準備するけど……」
「家主であるお前が食べていないのに、俺だけ食べるわけにはいかないだろう」
「そんな事気にしなくてもいいんだけどな……まっ、遠慮するって言うなら準備はしないさ。とは言え、昼は自分で用意してもらう事になるんだよな……」
 と、考え込む様に腕を組む雄真。
「ああ、あの人に頼んでみるか」
「あの人?」
 ぼそりと呟いた雄真の言葉に、カイトが不思議そうな表情で尋ねた。
「倉里 尚也って言って、俺の師匠みたいな人さ。仕事さえ入ってなければいつでも空いてるはずだから、ちょっと連絡してみるわ」
 そう言ってポケットから携帯を取り出し、雄真はメールを送る。その姿を見てさらに不思議そうな表情を深めるカイト。
「それは何だ?」
「携帯……っても分からないか。携帯電話って言って、離れた相手と連絡を取れる物かな。まあ、特に気にしなくてもいいさ」
「……そうか」
 カイト自身説明されても理解出来ないと判断し、それ以上深く尋ねたりはしない。
 少しの間を置いて、雄真の携帯が鳴った。その音は短いものだったが、突然鳴った音にカイトが僅かに驚いていたことに雄真は気づいていなかった。
 思わず驚いてしまったことを知られなかったことに安堵しながらも、カイトは雄真が口を開くのを待つ。
「昼前には来てくれるらしいから、チャイムが鳴ったらドアを開けてあげてくれ」
「分かった」
「それと、先輩――今呼んだ人が来たら、その人の言う事は聞いてくれよ?」
「ああ」
「それじゃあ、俺は学校行ってくるけど……夕方くらいには帰ってくるから、それまで絶対勝手に出歩くなよ?」
 いくら先輩が外に出るって言ってもだ。と強く付け加えておき、雄真は不安を拭い切れないながらも学校に行くべく自宅を後にした。
 残されたカイトが、深く息を吐く。
「……少し、状況の整理でもしておくか」
 そんな呟きを漏らし、カイトは昨晩と同じ様にソファに腰掛け、一人思考を深く巡らせるべく目を閉じた……



 ピンポーン。
 そんな音が聞こえる同時に、カイトは目を覚ました。
 集中する為に目を閉じたカイトだったが、慣れない環境のせいか自分でも気づかない疲れが残っていたのだろう。目を閉じてしばらく経つと眠りに落ちていたのだ。
 ピンポーン。
 再び、カイトにとっては聞き慣れない音がした。それが雄真の言っていたチャイムだと思い至るのに数秒。カイトはその答えに辿り着くと同時に立ち上がり玄関へと向かった。
 無用心であるとは思いつつも、どちらにせよ相手の顔を知らないカイトは何の確認もせずに扉を開く。そこに立っていたのは、軽い雰囲気を持つ一人の若い男だった。
 着ているのは黒いスーツ。纏っている雰囲気とはかけ離れた格好で、更に格好とは合わない薄い笑みを浮かべている。身長は雄真とほぼ同じ。無造作に伸ばされた黒髪は後ろで一つに結わけるくらいに長い。一見するならば軽薄な新社会人の様に見えるが、その立ち振る舞いに全く隙がない事にカイトは驚きを隠せなかった。
「あんたが、倉里 尚也か?」
「違う――って言ったらどうする?」
「叩き帰すだけだ」
 挑発する様な物言いに、カイトは淡々と言葉を返した。
 一触即発。そんな空気が二人の間に流れる。
「……くくっ」
 二人が睨み合うのもしばしば、突然その男が笑い始めた。カイトはその様子を訝しげに見据える。
「何がおかしい?」
「いや、面白い奴だと思ってな」
 笑いを堪えながら、男はカイトの言葉にそう答える。その様子が気に食わなかったのか、カイトは憮然とした表情を浮かべた。
「悪い悪い。じゃあ、自己紹介でもしようか。俺の名前は倉里 尚也。喧嘩屋だ」
「喧嘩屋?」
 聞き慣れないその言葉に、カイトは思わずそう尋ねた。
「それに答えるのは構わないけど、先にそっちにも名乗って欲しいな」
「……カイト=シンクフォードだ」
「まあ、雄にメールで聞いてたから知ってるんだけどな。ま、よろしくな?」
 そう言いながら男――尚也は右手を出す。カイトはどことなく不機嫌そうにその手を取り握手を交わす。
「さて、それじゃあ中に入れてもらってもいいか? 流石にずっと玄関で立ち話ってのも嫌だし」
「ああ」
 カイトは尚也を招き入れ、そのままリビングへと戻る。その後に続いた尚也は、勝手知ったるといった具合にソファに腰をかけた。
 どこか釈然としない思いを感じながら、カイトは尚也とは逆側に座る。
「喧嘩屋について、だったな」
 カイトが座るなり尚也がそう切り出した。カイトは黙ったまま頷き、視線を真っ直ぐに尚也へと向ける。
「簡単に言えば、金を貰って相手をぶっ飛ばす。そんな感じだな」
「……傭兵みたいなものか?」
「傭兵、ねぇ……まあ似た様なものかもな」
 そう答えながら、尚也は思考を巡らせる。
(雄の言ってた通り変な奴だな。まるで、ファンタジーの世界から出て来たみたいな……)
 雄真からは実剣を持った一般常識の通じない変な奴を保護したから、食事の世話をしてやって欲しい。そう頼まれてやって来た尚也だったが、詳しい話を聞かずともその真実を真実と気づかずに何となく思い浮かべていた。
「そっちの詳しい事情は知らないし、多分あんたも説明出来ないだろうから聞かない。だけど、雄に迷惑だけはかけてくれるなよ? あいつはああ見えて優しいからな」
「随分と、雄真の事を心配するんだな?」
「あいつは弟みたいなもんだからな」
「そうか……」
 まだ出会って一日も経っていない相手の事だ。カイトは雄真と尚也の関係をよく理解出来ず、尚也の言葉をそのまま受け取る事しか出来なかった。
(いや、二人の関係など気にする必要はないか)
 カイトはそんな風に思い直し、なぜか気にかかった二人の関係を気にしない事にし頭の隅に追いやった。
「さて、それじゃあ本題に入るとするか」
「本題?」
 立ち上がりながら放たれた尚也の言葉を、ただオウム返しに言葉を返すカイト。
「ああ。昼飯、何が食べたい?」
 そう問われたカイトは、無意識に腹を鳴らしてしまった。それを聞いた尚也が笑い声を上げる。
「何だ、そんなに腹減ってたのか?」
 からかう様な尚也の言葉に、カイトは恥ずかしそうに頷く。
「丸一日何も食べてないんだ。仕方ないだろう」
 昨日の昼食から何も食べていないカイトは、自分の腹をさすりながらそう言った。
「別に言い訳なんかしなくていいさ。腹が減る。それは普通の事だからな。で、何が食べたい?」
「……食べられれば何でも良い」
「ま、どうせ大したものは作れないんだけどな」
 そう言いながらキッチンへと向かう尚也。
 一人暮らしの長い尚也はある程度料理が出来る。雄真も多少は出来るが、それは尚也に教わって出来る様になった程度のもの。何よりも雄真は面倒臭がってあまり料理をしない。それでも多少の材料はあるだろうと、尚也は冷蔵庫の中を見る。
「おいおい、見事に何もねーな」
 正確に言えば卵など日持ちのする物がいくるかはある。しかし料理と呼べる物を作れる程の材料はない。
「米は炊いてあるって言ってたから、何も出来ないわけじゃない……けど、これは諦めるかな」
「どうかしたのか?」
 尚也の独り言を聞いて、カイトがキッチンに顔を出す。
「材料がない。つーわけで店屋物頼むぞ」
「言ってる意味がよく分からないんだが……」
「細かい事は気にするな。とにかく頼む! んで、金は今度雄に請求する!」
 どことなくヤケッパチ気味に声を張り上げ、リビングに戻り電話を手に取る尚也。
 そんな尚也の様子に何も言えないカイトは、ただその様子を眺めている事しか出来ない。
「あ、大将? 俺だよ俺、尚也。今雄の家にいるんだけどさ、特上二人前持って来てくれねーかな? え? 出前はやってない? 知ってるよ。大将一人でやってるんだからな。いいじゃねーか、俺と大将の仲だろ? 割増? ああ構わないぜ。どうせ払うのは雄だからな。ああ、とにかく頼んだぜ?」
 そんな言葉を最後に、尚也は電話を切った。
「さて、届くまで少し待つか」
「今のは何だったんだ?」
 電話の存在すら知らないカイトは、尚也が一人で喋っていたとしか思えない。しかし相手の声が微かに聞こえてきた事から、遠くの相手と連絡を取る機械。と言うのは何となく察しがついたものの、やはり首を傾げてしまう。
「もうじき寿司が来るからな。楽しみにしてな」
 そんなカイトの様子に気づいたのか気づいていないのか、どこか楽しげにそう言う尚也。
「あ、ああ」
 寿司が何かも分からないカイトは、またもや頷く事しか出来なかった。



「じゃ、またな。雄によろしく」
 どこか満足気な笑顔を浮かべながら、尚也は玄関で手を振りながらそう言った。
 それを見送るカイトも初めて食べた寿司が気に入ったのか、最初の尚也に対する妙な敵対心や警戒心は解いていた。
「ああ、世話になった」
「気にするな。雄に頼まれたから来ただけだ。ま、あんたの相手は楽しかったけどな」
 そう言って笑顔を浮かべる尚也。
「俺もあんたと話すのは楽しかったよ。今度は一度手合わせ願いたいものだ」
 寿司を食べながらの会話の中で、カイトは尚也が雄真の師匠みたいなものだと聞いて興味を示していた。尚也の纏う独自の雰囲気にもだが、只者ではないと顔を合わせた時から感じていたのだ。一度雄真と僅かでも戦ったカイトは、単純に尚也と言う人物の力量を知りたいと思っていた。
「まあ、機会があったらな」
 カイトは苦笑を浮かべながらそう答える尚也に「ああ」とだけ頷き、踵を返し後ろ手に「じゃあな」と手を振る尚也の背中を見送った。
 リビングに戻ったカイトはソファに深く腰かけ、一人思案に耽る。
(魔攻具か……)
 雄真に借りた服に付いていたポケットの中に突っ込んでおいた布袋を取り出し、カイトはしげしげとそれを見つめる。
 その中には魔攻具と呼ばれる兵器が入っている。カイトはそれがどんな物なのか知りもしないが、レナードの言葉を鵜呑みにするのならばそれをとても危険な代物だ。
 この程度の大きさで兵器と言われてもピンとこないカイトだったが、レナードの事を尊敬し信じているカイトは疑問に思いつつも危険な物として認識している。ひとしきり眺めていた布袋を再びポケットにしまい、カイトはソファから立ち上がった。
(少し身体を動かしておくか)
 そんな事を考え、少しばかりスペースのある場所に移り身体を解し始めるカイト。
 柔軟程度しか出来ないが、それでも何もしないよりはマシだと身体を動かす。
 今は遠く離れてしまった故郷、国……そして妹の事を考えながら……


7 :夕咲 紅 :2008/11/02(日) 09:51:16 ID:PmQHsJxi

Side Rankrudo 2 王宮騎士

 国と同じ名で呼ばれる城下街であるフィアルサーガ。その東門を抜けると聖間街道と呼ばれる街道に出る。フィアルサーガの北に広がるエイダの森を大きく迂回する様に作られたその街道を進むと、レードと呼ばれる街に着く。正午を少し過ぎた頃合に、そのレードを目指して聖間街道を歩く一団の姿があった。
 銀色に輝くミスリルで作られた鎧を身に纏う集団――フィアルサーガの王宮騎士達である。基本的には王宮の警護を務める彼らがこうして街道を歩いているのには勿論訳がある。
 数日前、国の機密に関わる魔法道具を持ち出奔した元聖騎士団の団長、レナード=ヴァリアントを捕らえる為だ。
 その命を下したのは、レナードの出奔を命がけで止めようとし、しかし敗れてしまったハワード=クレナンスである。数日前までは聖騎士団の副団長だったハワードは、団長であるレナードが抜けた穴を埋めるべく新たな団長として任命された。と同時に、本人の強い要望によりレナードの捕獲作戦の指揮を任されている。
 レナードの実力はフィアルサーガ一と言っても過言ではない程な為、一般の兵士などでは足元にも及ばない。王宮騎士と言えど彼には遠く及ばないが、人数で勝ればその限りではない。そう考えたハワードによって今回の命令が下されたと言う訳だ。
 子供の足でも半日歩けば辿り着くレードまでの道程を進む一団の先頭を歩いているのは、まだ少女と呼べる年頃の女騎士だ。
 肩口で綺麗に切り揃えられた艶やかな黒髪。生真面目そうだが、間違いなく見る者の目を惹く端整な顔立ち。決して背が低いと言う訳ではないが、後ろに続く騎士達と比べれば小柄な為余計に幼い雰囲気を感じさせる。その少女の名前はレミィ=シンクフォード。今回の作戦を任された王宮騎士の一人だ。
「レミィ隊長、団長は本当にまだレードにいるんすかね?」
 レミィのちょうど真後ろを歩いていた若い騎士が、やけに親しげにそう声をかけてきて、レミィは視線だけ後ろに向けてその騎士を睨み付ける。
「元、団長だ。クレナンス団長が耳にしたら飛ばされるぞ?」
 見た目は可愛らしい少女だが、その視線や口調は立場に見合ったモノだ。素早さを活かした剣技を城内でも評判高く、今回の隊長任命も不満に思う者はいなかった。いなかったのだが、16歳と言う年齢とその容姿からかアイドル的な存在として見られている面があるのは確かだ。そのせいか軽く見られている節があるのは否めない。
「へーい」
 そんな軽い返事にも小言を返そうかと思ったレミィだったが、軽く咳払いをする程度に留め質問に答える。
「レジスタンスの存在は知っているか?」
「ああ、去年くらいから噂になってますね。それがどうかしたんすか?」
「そのアジトがレードにあると言う説があってな。確証はないが、その情報を頼りにレードに向かったのだとすると……」
「まだレードにいる確率が高いってわけっすね」
 そんな返事に、レミィは黙ったまま頷いた。
 レジスタンスが本当にレードにいるか分からない以上、レナードはその存在を探す事から始めなければならない。そうなれば数日で移動するとは考え難い。レジスタンスと接触する事が出来たのならば、それこそ行動を共にしているはず。となれば、やはりレードに滞在している可能性が高い。
「勿論、レードにはもういない可能性もある。しかしその可能性が高い以上、我々もしばらくはレードに滞在するつもりでいた方が良いだろうな」
「そうっすね」
 レミィの言葉に頷いたその騎士は、終始変わらず騎士らしからぬ軽い口調であったが、それを強く咎める者はいない。
 その若い騎士の名前はゼルド=アンドレーテ。今年で23歳になるゼルドは、剣の実力を買われ3年前に王宮騎士にスカウトされた稀有な存在だ。騎士道精神など持ち合わせてはいないのだが、少なくとも愛国心はそれなりに持っていると周囲からも思われている為今の所口調が大きな問題には発展していない。
「それはそうと隊長、昼飯ってどんな感じになってるんすか? あと小一時間でレードに着くと思うんすけど」
 腹を擦りながらゼルドがそんな言葉を漏らした。
 この場にいるのはレミィを含め15人。今回の作戦に参加する人数を聞いた時から、レミィはある程度先まで段取りを決めていた。
「3チームに分かれての交代制にする。詳しい作戦は後で話すが、アンドレーテが後半組でも文句は聞かんぞ?」
「ええー! そりゃないっすよ……じゃあ、先に飯食えるチームの誰かと代わってもらうって言うのは……?」
「駄目だ」
「そりゃないっすよ……そこを何とか! 俺もう腹減って死にそうなんすから」
「駄目なものは駄目だ。と言うより、それは無理な相談だな」
 どこか笑うのを堪えている様子で、レミィはそんな風に言葉を紡ぐ。
「アンドレーテ、お前は元から昼食組だ」
「へ?」
「そう言うわけだ。レードまでは我慢してくれよ?」
「へーい」
 ゼルドの間抜け面を見て満足したのか、心なしか軽い足取りになったレミィ。どう反応して良いのか分からず複雑そうな表情を浮かべ、ゼルドも隊列に戻った。


 レードの街は、フィアルサーガの中で王都に次ぐ大きな街だ。ファーン大陸北方国ダンドールとフィアルサーガとの中継点である為、両国の物品が行き交う商業街となっている。その北側には広大な崖が聳えており、ダンドールに向かう為には西に抜けて山道を通る必要がある。その山道を獣や山賊から守る為の傭兵達も多く街に滞在している為、街は常に血気盛んな状態だ。
 そんな活気な街だからこそ、多くに人間がより集まり、ある種隠れ蓑にするには持って来いな地であるとも言える。
 昼時を少し過ぎた頃にレードへと到着した王宮騎士団一行は、街唯一の出入り口である南区画の一角にある宿に陣を取る事にした。
 5人一組の3チームに分かれた一行だったが、その役割は休憩班、警備班、捜索班の三班だ。ゼルドを含めた5人は休憩班。レミィを含めた5人が捜索班。一行の中で最も長く近衛騎士を務めているブラムス=ロックウェイを班長に添えた5人が警備班として任を与えられた。
 一時間後には捜索班が警備班と入れ替わり、警備班が休憩班と替わる。休憩班は捜索班に、と交代する予定だ。その一時間後には再び同じローテーションが行われ、更にその一時間後には最後の休憩班が捜索班に加わる。そうして陽が沈む頃には一度宿に戻る予定となっている。
 ローテーションは恙無く行われ陽が沈みかけてきても尚、対象であるレナードはおろかレジスタンスの情報も全くと言って良い程手に入っていなかった。
 意気消沈とはまではいかないまでも、それでも面々はどこか気落ちした様子で宿へと集まる。
 食事処として機能している一階の酒場の一角に集まり、わずかながらも集まった情報を整理していくレミィ達。
 街の住人達は揃ってレジスタンスの存在を知らないと言う。鵜呑みには出来ない雰囲気が彼らの言葉にはあった。住人全員がレジスタンスと言うわけではないだろうが、その殆どがレジスタンスに何らかの期待をしているのは明らかな反応だったのだ。
「住人達から情報を得るのは無理ですね」
 多少しゃがれた声でそう言ったのは、一行の中で年長者のブラムスだ。
 情報を得るのならば、一時的に滞在している商人や傭兵からと続けたブラムスの言葉に一同が頷く。
「となれば、明日は極力長居している商人や傭兵を見つける方向で動いた方が良さそうだな」
 ある程度の方向性を決め、そこから細かい作戦を立案していくレミィ。他の団員の意見も聞き、その効率と精度を高めていく。
 翌日は捜索兼聞き込み班と警備班に分かれ、班内で順番に休憩を取る形にし今日の所は全員休む事になった。
 自由時間を手に入れた団員達は、その身を休める事よりも享楽に興じる事を選んだらしく各々の気が赴くままに散策を始めた。とは言っても、大半は宿内の酒場を利用して酒盛りを始めただけだが。
「やっぱり上手い酒ってのは、もっと隠れた店に隠れてるってもんよ」
 などと、陽気に鼻歌を歌いながら街中を歩く団員が一人いた。
 短い金髪の若い騎士――ゼルドだ。
 独自の理論で――その感性が赴くままに街の中を歩くゼルド。他の団員には言えないが昼間も捜索や警備の合間に街中そのものにも視線を巡らせていた。その中でも気にかかった店を思い浮かべながら、それでも歩く方向は定めずにゆっくりと歩く。
「ん?」
 ふと一軒の店から漏れてくる喧騒が気にかかり、ゼルドはその足を止めて視線を向けた。
 そこは、一見何の変哲もない小さな酒場だった。何となくその店が気になったゼルドは、止めていた足をその酒場へと向ける。
「さてさて、何か変わった物でも飲めたらいいんだけどな」
 そんな言葉を呟きながら酒場に近づくゼルドだったが、その足がまさに入り口へ差し掛かろうかと言う瞬間に、不穏な空気を察してゼルドは横に飛び退いた。
 刹那、大きな塊が店の扉を壊して外に飛び出てこた。
「……人間?」
 一瞬だけ目で追い、そして今は酒場の入り口へと視線を戻したゼルドが呟く。
 一瞬しか見なかったものの、ゼルドの目は確かにその塊を正しく捉えていた。人間。それも大の男が一人、道端に転がって意識を失っている。帯剣しているものの格好はずさんな物だ。おそらく傭兵の類いだろう。
「もしかして、酒よりも楽しめるかもな」
 などと呟き、揚々と酒場の中へと入って行くゼルド。
 そこはカオス――などと言う事はなく、むしろ落ち着いた空間となっていた。いや、正確には誰しもが言葉を失ってしまっていたのだろう。何人かの男が床に倒れ、周囲にいる者達は揃ってぽかんと口を開けている。ただ一人、イスに座りのんびりと酒を飲む男がいる。
 黒いローブで全身を纏い、深くフードを被っている為顔つきなどは分からない。それでも男だと判断出来るのはその体格故だろう。
「お兄さん、随分強いみたいっすねー」
 フードの男の肩に手をおき、陽気に声をかけ隣りのイスに腰掛けるゼルド。そんなゼルドを見てフードの男は一瞬驚いた様に見えたが、直ぐに何事もなかったかの様に正面を向きなおす。
「無視すんなって。別に何があったか聞こうなんて思ってないからさ。ただ、ちょっと一緒に酒が飲めたら楽しいかと思っただけさ。あ、お姉さん。この人と同じの一杯」
 そう言って酒を頼んだ後、ゼルドはフードの中の顔がちらりと見えた事で驚愕した。
「気がついたか……」
 男はぼそりと呟き、ゆっくりと立ち上がる。
「おいおい、冗談だろ……?」
 はははと、ゼルドは乾いた笑みを浮かべる。フードの男は、昼間散々探して見つからなかった相手――レナード=ヴァリアントだったのだから……


「隊長! 大変です!」
 自由時間とは言え、普段身を隠しているレジスタンスならば夜にこそ行動するかもしれない。そう考えていたレミィは、一人で夜の見回りに行こうとしていた。ちょうど宿を出ようとしたその時、外に出かけていた団員の一人が戻ってきてそう叫んだのだ。
「どうした?」
「アンドレーテが酒場で暴れてるんです!」
「何だと!?」
 その団員の事を信じていないわけではないが、それでもレミィにはその言葉が直ぐには信じられなかった。ゼルドは訳もなく暴れる様な人間ではないと、そう長い付き合いではないが信じていたからだ。
 その為か、レミィは直ぐにある可能性を思い浮かべた。
「まさか……レジスタンスか!?」
「分かりません、可能性はあると思います」
 団員のそんな言葉に頷き、レミィは直ぐに駆け出す。
「案内してくれ!」
「はい!」
 他の団員を連れる事はなく、レミィは駆けつけた団員と共にゼルドが暴れていると言う酒場へと向かった。


「アンドレーテ!」
 レミィがその酒場に駆けつけた時には、ゼルドは意識を失う直前だった。
 その一瞬にレミィの姿を視界に収めたゼルドは、安心しきった様な表情を浮かべそのまま気を失った。
 その表情を見たレミィはゼルドが大事ないと判断し、すぐさま視線を前に向ける。そこに立っていたのは、かつて――いや、今も尚自身が尊敬する男であるレナードだった。
 レジスタンスの一端と事を構えたのだろうと勝手に推測していたレミィだったが、ゼルドが敗れた事でこの事態を瞬時に予測した。だからこそ驚きの声を上げたりはしなかったが、それでも十分に内心では驚いていた。
「レミィか。久しいな?」
「……そうですね」
 多少は驚いた様ではあるものの、平然と挨拶をしてきたレナードに何とか平静を装い言葉を返すレミィ。
「確かそいつはアンドレーテと言ったか……後ろの青年もか。まさか王宮騎士団が出張ってくるとは思わなかったぞ」
「クレナンス団長の立案した作戦です。私も、貴方を相手にするのならば相応の――下手をすればこれでも足りない戦力だと思っています」
「ふむ……あと何人いるのかな?」
「私を含め15人です。勿論、全員王宮騎士ですよ?」
 そんなレミィの言葉に苦笑を浮かべるレナード。それは自分に対して必要な人数になのか、それとも全員が王宮騎士という事に対してなのかは分からない。
「グレウス、宿に戻ってまともに動けそうな奴だけ連れてきてくれ」
 レミィは後ろにいる団員に視線を向ける事なくそんな言葉をかけた。グレウスと呼ばれたここまでレミィを案内した団員は「はい」と頷き直ぐに駆け出す。
「まともに動ける、ね……全員酒でも飲んでるのか?」
「答える義理はありません」
 そう言いながら腰に提げた剣を抜くレミィ。
「おいおい。丸腰相手に剣を抜くのか?」
「貴方程の人が相手なら」
 そう答えながらも、レミィはじりじりとレナードとの距離を詰める。ゼルドは帯剣していなかった為、今のレミィの様に有利な状況で戦えたわけではない。そもそも1対1で戦って勝てる相手ではないのだから、対等の条件で勝てる訳がない。
(もっとも、この状況でも時間稼ぎくらいしか出来ないか……)
 そんな風に考えながらも、必死にレナードの隙を探すレミィ。
 既に酒場の中には二人と店主以外にはいない。ゼルドとレナードの戦いの最中に殆どの客が逃げ、レミィが剣を抜いた時には最後まで残っていた野次馬も姿を消した。
「行きます!」
 真剣勝負でそのかけ声は不要なものだが、それでもレミィは一声上げてから床を蹴った。それは武器を持たぬ相手への考慮なのか、ある種稽古をつけてもらう気持ちでいるのか、もしくはその両方かもしれない。
 隙を見出す事が出来なかった為、無理矢理にでも自身で隙を作る為に跳んだレミィだったが、レナードが後方に跳んだ為その距離を埋める事は出来なかった。内心舌打ちをしつつ、レミィは再び床を蹴る。既にレナードは壁際にいる為、横に跳ぶ事は出来ても後ろに下がる事は出来ない。左右のどちらに避けられても直ぐに追える様に、レミィはレナードの腰と足元に視線を集中する。重心の移動を見極め様とした結果だったが、それが裏目に出た。
 仕留める気の全くない剣での一撃が、その場を動く事のないレナードによって止められたのだ。全身を覆うローブに隠れていた為気づかなかった、腰に括りつけられていた短剣によって。
「まさか得物を隠し持っているなんて……卑怯な方だ」
「誰も持っていないとは言っていないだろう。それに、まだ有利なのはそっちだ」
 そう言ってニヤリと笑い、レナードはレミィを力任せに押し返す。
 数歩分後方に飛ばされながらも、レミィは態勢を崩す事なく着地した。レナードは余裕を見せているのか一歩も動いていない。
 周囲に飛び散ったテーブルやイスを避けながら、レミィは再びレナードとの距離を詰める。
「やぁぁ!」
 走りながら剣を正眼に構え、そのままレナードに向けて突きを放つ。レナードはその突きの軌道を短剣で僅かに逸らし、空いている左手でレミィの腹部に掌底を放つ。鎧越しだと言うのにその一撃はレミィに確かに届き息を吹き出す。更に僅かによろめいたその隙に短剣でレミィの右手を狙う。
 剣を持てなくするつもりなのだろうが、それを察したレミィは寸での所で身を退きかわす。そのまま再び身を前に運び突きを放つレミィだったが、その一撃も身を捻るだけで容易くかわされてしまった。レナードの実力ならばその隙を突いてレミィを昏睡させる事が可能だったが、何を考えているのか昏睡させるどころか何もしなかった。ただレミィを見つめ、不適に笑っているだけだ。
 レミィはそれを見て激興するでもなく、背後に跳びレナードとの距離を取った。
「本来ならば……時間稼ぎすらままならないのですね」
 それはどこか自嘲めいた言葉だった。僅かに俯き、暗い表情を浮かべている。
「いや、お前は腕を上げたよ。もうじきカイトに追いつくんじゃないか?」
「兄さんにはまだ遠く及びません。勿論、貴方にも」
 あって当然の実力差だとレミィは理解している。それでも剣の道を進む者として、その差が縮まらないのは悔しかった。
「それで、どうする? もう少し時間を稼げば応援が来るんだろう?」
「……一つ、聞いても良いですか?」
 レナードの問いには答えず、むしろレミィはずっと気になっていた事を聞こうとする。レナードは黙ったまま頷き、レミィに続きを促す。
「なぜ、出奔などなさったのですか? それ程までに、機密とやらは貴方にとって欲するべき物なのですか!?」
「……逆さ。アレは、我々が扱って良い物じゃない。だからこそ持ち出した。簡単に作れる物ではないだろうからな」
「しかし! 国も守るべき貴方が、その長である貴方が国を裏切った! これが皆にどれだけ不安を与えるか分かっているのですか!? 貴方は、国に残るべきだった。残って、何とかする手立てを考えるべきだった……」
「……そうかもしれないな。だが、あの時の俺には他に手が浮かばなかったんだ」
 じょじょに激興していくレミィに、すまなさそうに言葉を返すレナード。
「……もう一つ、聞いても良いですか?」
「ああ」
 律儀に聞き直すレミィに、レナードは直ぐに頷いた。
「兄さんは、一緒にいるんですか?」
 カイトがレナードと共に出奔した事は既に周知の事実だ。だからこそ、任務とは別に兄の事を気にかけていたレミィだったのだが……
「すまない。カイトとははぐれたままだ。一応、この街で合流する予定だったのだが……」
「そうですか……」
 報告を聞く限りでは、カイトは白い光に包まれ姿を消したとなっている。レナードならば何か知っていると思っていたレミィは、何も分からなかった事に少なからずショックを受けていた。
「貴方が、危険な物を国から遠ざけようとしているのは分かりました。ですが……」
 そこまで言って、レミィは一度息を呑む。そしてゆっくりと息を吸い、再び言葉を紡ぐ。
「私は私の道を歩みます。忠義を通す騎士道を」
 固い決意を込めて、そんな言葉を――
「どこへでも消えて下さい」
「良いのか?」
「どうせ応援もまともに動ける者は少ないですから。貴方を捕らえられるとは思いませんので」
「……ではありがたく逃げさせてもらうとしよう」
 そう答え、レナードはレミィの横を通り抜けそのまま店から出て行った。レミィは振り返りもせず、ただ背中でそれを見送った。
「店主。ここの修理費は我々が出す。この事は、他言無用で頼むぞ?」
 そんなレミィの言葉に、酒場の店主は「はい」と静かに頷いた……


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