交叉する地の絶対強者


1 :ヘタレ :2008/02/15(金) 00:30:58 ID:ncPiWArF

ある所に天国や地獄に霊界、魔界などといった異界etcにもっとも近く、宇宙にも何か謎の電波を発しているのだろうか、
地球外生命体などといった異世界の住人達を年がら年中呼び寄せてしまう、なんとも迷惑で不思議な町があっとさ。


この物語は、学生のかたわら、代行屋をひっそりと営む少年がよそから来た者達や、この町の住人らが起こす椿事に巻き込まれたり、
ちょっとした雑務や大事をおし付けられたりするけど、それらを何とかしていくという話である。


2 :ヘタレ :2008/02/15(金) 00:33:54 ID:ncPiWArF

神隠し



 桜の花びらはすっかり散り、日差しがやけに暑くなってきた5月のゴールデンウィーク最終日の夕暮れ時、とある高校の校長室で、
この学校の創設者であり校長でもある白髪の老人と、銀髪の少年が向かい合ってお茶をすすりながらソファーにもたれてくつろいでいた。

校長と少年の関係は、この学園の教育者と生徒ということのほかに、
どこかから受けてきた依頼やら、厄介ごとの解決策を指示する者と、それを請負う者。

そして今日も少年は校長に近状の報告するために校長室に訪れていたりする。

「のぉ刹火よ、実はのぉ、ちとお前さんから提出された報告書と、お前さんに関する資料を整理していたらの・・・」
「・・・何ですか?」
校長は手にしていた湯飲みを置き、どこか歯切れの悪い口調で正面に座っている少年に語りかけた。

「刹火よ、やはり出席日数が僅かに足りんでのぉ、非常に残念なことなんじゃが留年じゃ・・・」
「じゃから明日からまた1年の教室にいってもらうぞ」
っと、全く冗談に取れない表情と口調で、目の前の少年に5月にはいってまさかの留年をさら〜っと告げた。

「・・・え?」
突然の留年という通達に、少年は湯飲みを片手に、お茶請けに出されていた
芋ようかんに手を伸ばそうとしていたところで、唖然として固まった。


 留年を告げられたこの少年の名前は萩裏 刹火(はぎり せっか)といって、この学校の生徒で、ついさっきまで(仮)の2年生であった。


何故このような残念なことになってしまったのか・・・、それは連休中に萩裏刹火が巻き込まれた出来事を例にあげて説明すると、
留年の宣告を受けた日からさかのぼること、4日前のゴールデンウィーク前日の午後・・・。



この日、刹火は機嫌がよかった。
何で機嫌がよかったのかというと、6時間目の授業が終了し、いつものように校長室に行くと、

「おお刹火よ、突然じゃがワシはちと野暮用が出来たから、明日から4日間程ここ(町)を離れる事になったのじゃ」
「そこでお前さんにはちょうど明日から連休じゃし、ワシが不在の間だけじゃが、久々に骨休めしててくれんかのぉ」
っと、デスクいっぱいに積み重ねられた報告書の山の中にいる校長が、久々に休暇を与えてくれたからだ。

刹火としてもここ最近、馬車馬のようにこき使われ、働きづめだったので、
少々疲労感が蓄積しはじめていたから、そりゃ、喜んで承諾したさ。

「去年はお前さんに相当な量の仕事をおしつけ過ぎてしまったからのぉ、色々と(出席日数とかが)大変じゃっただろう?」
「それに関してお前さんの担任とかからも色々と注意されてのぉ、今年は(仕事を)少々減らしていくぞ」
「それに、お前さんはただでさえ厄介事に巻き込まれやすいタチのようじゃしのぉ」

「ま、そうですが、何とかしていますから心配には及びませんよ、 では」

久々の休暇をもらえたことに少々浮かれていた刹火は、校長に一礼して出て行こうとしたとき、
「そうじゃ、ふと思い出したのじゃが・・・」
「はい?」
「最近、この町では女の子が神隠しにあっているという、よからぬウワサを耳にしたのでのぉ、
じゃが、まだ詳しい情報が入っておらんのでのぉ、とりあえず本格的な調査はまだせんでよいが、一応気には止めておくようにのぉ」
などと、校長から注意を促されて、校長室を後にしたのは数分前のこと・・・。


「ただいま・・・」
っと、刹火は嬉しそうに呟きながら玄関の戸を開けた。

すると、
「お帰りなさい。 今日は早かったわね」
廊下からとてもやさしげで、温かみのある女性の声が返ってきて、奥から、
腰の辺りまで伸ばした黒髪を結った、やや女性としては長身で、ぱっと見20代後半の
若くて、美人という部類に入る、とても可愛らしい声の主が刹火を出迎えた。

この女性の名前は雫(しずく)といい、刹火の母親でした。

「あら? 刹ちゃん、何だか今日はご機嫌ね。 何かいいことでもあったの?」
「ん? ええ、まあ〜」
母からの問いかけに刹火は、先程の校長とのやり取りをかいつまんで話しながら、一緒に茶の間まで歩いていく。

茶の間には刹火が帰ってくるまでに雫が何か観ていたのだろう、つけっ放しになっているテレビからニュースが流れていた。

「へぇ〜、よかったわね刹ちゃん。 ここ最近は本当に忙しそうだったから久しぶりにのんびりできるわね」
「ええ」

息子からご機嫌の理由を聞き、雫も微かに笑みながら、
「じゃあ久々にお友達とも遊べるんじゃない?」
っと、何気なしに言ったが、その言葉に刹火は・・・、


「・・・、そういえば(1人も)いないですね」
っと、少しの間をおいてから目を細めて、空しいことを呟やいた。

「え? でも刹ちゃんはいっぱい仕事して、色んな人達と関わってきたんだから、結構友達ができたんじゃないの?」
「仕事で知り合った人達はあくまでも知り合いであって、これといって親しい人はいないですよ」
「それに俺は元々、1人でいる方が気が楽でいいんですよ」
と、淡々と自分の交友関係のなさを語る刹火のようすに、

「・・・あら〜」
(浅く広い付き合い方をしていたのは知っているけど、この子の人付き合いの悪さは夜一さんに似ちゃってるわね〜)
雫は息子のことを哀れみるように頬に手をあてて、小さくため息をつく。


・・・・・・・・・。


場の空気が重くなったことにより、会話が一時中断してしまったため、テレビからのニュースがよく聞き取れるようになった。

2人は何を喋るでもなくニュースを見ていると、校長が言っていた女の子の神隠しの話題になり、
昨日、行方不明になっていた人がつい先程発見されたということと、その空白の時間の記憶だけが抜け落ちていること、
現在も数名の行方不明者がいて、警察が公開捜索中であることと、最後に近隣住民への警戒を促していた。


「アブダクションかしら・・・ひょっとして犯人は宇宙人だったりしてね?」
「行方不明者は皆この町の人(女性)たちみたいだから、気をつけなくちゃいけないわね」
頬に手を添え、心配そうな表情の雫がぽつりと呟くと、

「心配しなくても母さんは大丈夫ですよ。 少なくとも俺よりかは強いですし」
「あとabductionは英語で拉致という意味なので宇宙人は関係ないですよ」
っと、ははっと微かに笑いながら、イヤ味っぽく刹火も呟く。

すると・・・、
「あら、私のことじゃないわよ? 刹ちゃんの彼女のことよ?」 
「それにこの町には色んな所から、色んな人達が常に行き来してるんだから、
(拉致の犯人が)宇宙人っていう私の説も、あながち間違いじゃないと思うわよ?」
雫は至って真面目な表情で言いながら、刹火の顔を見て微笑む。


「・・・ん〜それはそうですが、それはそうと、ろくに友達もいない俺に(彼女)そんなのいるわけがないでしょ?」
自分の皮肉をあっさり流され、むしろ言葉のカウンターをくらった刹火はハンっと、
やや呆れた表情で言ってて、自分でも若干空しくなるような言葉を口にする。


「あら、わからないわよ? 私なんか10歳の頃には夜一さんっていう素敵な彼氏がいたんだから」
「それに刹ちゃんを産んだのは17のときよ? 今の刹ちゃんと1つしか歳が違わないんだから、
それに刹ちゃんは夜一さんに似て、とってもカッコいいんだから彼女の1人くらい、いなくてどうするのよ?」
「そもそも刹ちゃんにはやる気がないのよ! その気になれば・・・」
雫は情けない息子に渇を入れるため、自分の人生観を交えて熱く語り始める。


「・・・」
(この展開は・・・)
刹火は先程から雫がひたすら口にしている、夜一(やいち)という自分の父の名が出て来た時点で、
この話は両親の若かれし頃のノロケ話へと発展していくな・・・と、結論付け、こっそりとこの場から逃げ出す準備を始める。


「それに夜一さんは刹ちゃんくらいの頃には・・・・ってあら? 刹ちゃんどこに行くの?」
「ああ〜、学校に忘れ物をしてしまったようなので、それを取りにいくんですよ、では!」
雫に呼び止められると同時に、刹火は苦しい言い訳をして、ダッシュでこの場から逃げ出した。

「もう! 刹ちゃんは・・・、たまには私の話につきあいなさいよ〜。 帰ってきたら、ちゃんと聞いてもらうわよ」
話の途中で刹火に逃げられてしまったため、語り足りず、不満いっぱいの表情で雫は駆けてゆく息子の後姿を見送った。


・・・・・・・・・。


この町の真ん中には裏里山という大きな山がある。
ちなみに裏里山は刹火が通う学校の校長の所有地であり、この山を取り囲むようにこの町が遥昔から栄えている。

そのため、町のいたるところにわりと大きな川がいくつか流れていて、土手やら河川敷が多い。

家からしばらく走っていた刹火は土手につくと、
「ここまでくれば・・・」
っと、何か逃走者のような台詞をはいていた。

時刻は5時回ったところで、常に緩やかに流れている川に夕日が当たって、
一面をやや赤みがかかったオレンジ色に染め上げ、なんとも幻想的な光景に、
刹火は思わず足を止め、しばらくこの景色を眺めてから再び歩き出す。


「ふう・・・、まったくあの人にも困ったものだ」
刹火はそう呟くと、小さくため息をついた。

雫に対しての刹火のこのやや他人行儀な言動には少しわけがある。
 刹火は雫の実の子であるが、わけあって産まれてから14年間程、
親子としての関係が欠落していたのだが、つい2年ほど前から再び一緒に暮らしはじめた。

・・・が、14年というながい時が2人の間に見えない壁をつくっていて、少々他人行儀名な喋り方になってしまうのだ。

ちなみに刹火も雫との親子関係を修復するべく、母の話に耳を傾けたこともあったのだが、
常に夜一とのノロケ話を、最長で8時間も聞かされ続け、それでもまだ話し足りないらしく、
ほっといたら一生喋っていそうなので、雫が父の名を口にしだしたらとにかく逃げろ! ということを学習した。

それに、この年頃(刹火・現在16歳)の青少年が、両親のノロケ話なんて正直いって、聞きたくもないだろう?

それにやたらと長い雫の話の聞き役にまわって、この貴重な休日を無駄に過ごすのもなんだかな〜っと思ったから、
若干悪いことをしたかな? っと、妙な罪悪感に苛まれながらも、この逃げるという選択は正しかったという考えは揺るがない。


とはいえ、これといって用もなく出てきてしまった刹火は、この後どうしようかと、腕組みして、
横幅が30mほどある石橋を歩きながら、夕日に赤く染まった川を眺めているときのことだった。

川上から、どんぶらこ、どんぶらこっと、まあこの擬音は実際には聞こえてこないのだが、
とにかく・・・、緩やかな川の流れに乗って人が流されていた。


「ん? あれは・・・、人か?」
(女の子?!) 
刹火は流されている人が着ている服装から女の子だろうと推測しつつ、

「ちっ! せっかくのんびりできると思ってたのに」
跳び上がって橋の手すりの上に立つと、5m下の川めがけて飛び降りた。

正確にいうと橋の下を流れている川の水面から僅かに突き出ていた、杭目掛けて・・・、見事につま先で着地すると、
間髪入れずに跳び上がって、別の杭やら、漂流していた大木などを足場にして、女の子のところまで駆け寄り、
片腕を素早くつかんで体を水中から引っ張り上げ、お姫様抱っこで、刹火はその後も漂流物を足場にして、
川岸まで飛跳ねていって、(※)一切濡れることなく、女の子を無事川から救出した。

(※あくまで川に落ちて濡れなかったことをさしているので、濡れている女の子に触れている部分は濡れた)

ちなみに女の子が流されていたのは川のちょうど真ん中で、そこから川岸まで約15m程あったが、
刹火は女の子を川から引っ張り上げて、川岸まで抱き抱えていくという一連の動作を一瞬で、しかもほぼ空中でやり遂げていた。

もし、この場に通行の1人でもいて、刹火の救出劇を目撃していたのならば、相当騒がれていただろうけど、幸か不幸か、
この場所には漂流していた女の子と本人しかいなかったので、静まり返った川原からは虫の音と、川のせせらぎしか聞こえなかった。


 (じゅう・・5,6歳ってところか?)
助けた女の子はわりと小柄で、刹火は背格好から自分と大して歳が違わないだろうと推測する。

刹火は初対面の相手と出会うと、ついつい背格好から年齢などを推測し、
言動やクセなどといった、細かい仕草までを観察して、その人の人物像を知ろうとしまうクセがあった。


刹火は肩の辺りまである茶髪が水に濡れて、顔にはりついていたのでとりあえず顔色を伺うため指でやさしく払い、

「おい、大丈夫か?」
女の子の首筋に手を添えて脈の有無を確認し、あるとわかると今度は怪我をしていないか、
ざっと全身を診てから、注意深く体をゆすって意識の確認をおこなった。


「・・・・・っん」
すると女の子は微かに声を発した。

「よし、大丈夫そうだな、とりあえず(自分の)ウチに連れて帰って、様子を診るか・・・」
本来ならばこの時点で警察とか医療機関に通報するものだが、刹火は何気にライフセーバー、
および、医師免許を持っていたので、この女の子の生命に危険はないと判断すると、
警察とか、そう騒ぎ立てることもないだろうと考え、意識が回復するのを待ってから事情を聞くことにした。


「さてと、・・・よ・・・む?」
気を失ってぐったりしている女の子を背負おうと、刹火がしゃがんだとき、
妙な気配とともに何かの影が、刹火と女の子を照らしていた夕日をさえぎった。


「・・・・」
(影が・・・3つか)
刹火と女の子を取り囲むように現れた影は・・・、人の形をしていない。
刹火は下を向いたまま謎の影の形を洞察し、影の数を数える。

【見つけた!!】
刹火の正面に立っている影の主が妙に耳につく声を発した。
【小僧! 死にたくなければそこのガキを置いてさっさと立ち去ってもらおうか!】
正面の影の言葉にかぶせるようにもう一体、やはり耳障りな声が今度は後方からした。


「・・・・むぅ」
(ああ・・、また何かに妙なこと巻き込まれちまったか・・・めんどくさいな)
(ま、漂流している女の子を発見した時点で、既に何かしらの厄介事巻き込まれている気がするが・・・)
(俺は行く先々で必ず事件に巻き込まれる某・探偵か? ってか疫病神か? 大体行く先々で何かあるのは、
そいつが不幸を呼んでいるのか、それともそこに呼び寄せられているのか? どっちだ?)
(それなら、よく妙な事に巻き込まれる俺はどっちだ? それによって今後の身のありかたを・・・)
刹火は謎の影の主たちに恐怖心など一切感じておらず、むしろ、うんざり感たっぷりで、無意味なことを考えていたら、

「!」
(今度は何だ?)
今、この場にいる謎の影達とは別にもう一つ、殺気をまとった何かの気配が凄い速さでこっちに向かっていることを刹火は気取った。


どうやらこの影の主達はまだ、その存在に気づいていないようで、ただひたすら刹火と女の子に悪意を感じる視線を向けている。

【おい、どうした!? 聞こえなかったのか!?】
【それとも俺達にビビって、動くことはおろか、声を出すことも出来ないんじゃね〜か?】
【おら、さっさと立て!】
っと、相変わらず前後の影の主だけが耳障りな声で刹火に命令してくる。


「・・・」
(さてと、どうしたものかねぇ)
刹火は黙ってうつむいたまま、体の向きを僅かにかえ、正面にいる何かと体が向き合うようにとゆっくり立ち上がり、顔を上げる。

【くっくっ・・・】
【フッ】
恐怖に引きつった情けない表情を見てやろうと、謎の影の主達の視線が刹火の顔に集まる。

「・・・・」
刹火の真正面には、バクと馬をかけ合わせたような化け物が立っていて、
背中からはコウモリの羽を想わせる黒くて大きな翼が生えていた。

それが3体、刹火と女の子を取り囲むように立っていたのだが、
それは刹火がその化け物の達の姿を目視した瞬間の数であり、

【何だ〜貴様のそのつはっ?! がはああ〜〜〜〜〜!!!??】
刹火の後方にいた化け物が何か喋りだしたとたん、体に一筋の閃光がはしったかと想った瞬間!
化け物は断末魔を上げながら、上半身と下半身に断裂し、瞬く間に全身が青白い炎に包まれて消滅してしまった。

【な、なにいい!!!?】
【え? え?】
消滅した化け物のすぐ隣にいた化け物は驚きながらも、素早く後方に飛び退き、もう1体の化け物は、
仲間の断末魔に驚いていたが、刹火の体に隠れてよく状況が見えていなかったようで、呆然と立ち尽くしている。


「・・・・」
刹火はというと、自分の目の前で化け物が1体、突然消滅したにもかかわらず、
全く驚くこともなく、落ち着きを払って、この状況を洞察していた。


刹火が全く驚いていないのは別に、何が起こったのかを理解できていないからではない。
刹火は殺気をまとって近づいてくる者の気配に気づいていた。 そしてその殺気が自分と
女の子に向けられていたものではなく、化け物達に向けられていたことを気取っていたのだ。

だからあえて化け物たちの注意を自分に向けさせつつ、突っ込んでくる何かのことを
気づかせないように、正面にいる化け物の死角に立ってやったのだ。


そして消滅した化け物のかわりに、今、刹火の正面に立っているのは、
長髪で黒髪、黒くて大きなコートに全身を包み込み、靴とかも黒一色で統一していた。

容姿は幼いが、ぱっと見では性別がよくわからないほど、凛とした顔立ちの小さな・・・、

(ん? 男・・・? 女・・・?)
「・・・の子?」

その小さな謎の剣士は、自分の身長の約3分の2くらいはある、反りのない長い刀を両手で構えて、化け物のことを見据えていた。

「・・・」
(女か・・、いや、やっぱり男?)
突如現れた正義のヒーロー(?) の性別が気になってしょうがない刹火が、首を傾げて考え込んでいる間に、

【ちいぃぃ!!】
【もう来やがったか!! 死ね!!】
素早く飛び退いた化け物が太い腕を大きく謎の剣士目掛けて振り下ろす。


「っ」
謎の剣士は反応し、素早く後方に飛び退いた。

その直後、先程まで謎の剣士が立っていた辺りを、見えない空気の塊のようなものがはしり抜け、
その2秒後には土手に直撃、地響きとともに大きな衝撃音がして、粉塵を巻きあげ、3本の引っ掻き傷のようなものを刻み付けていた。

謎の剣士は飛び退いて、化け物の見えない攻撃をかわすと、今度は素早く攻撃してきた化け物の懐に飛び込み、

「はあっ――!!」
【ずああああ〜〜〜〜〜〜〜!!!!】
化け物の右わき腹か左肩へと、斜めに素早く斬り上げて両断した。

この化け物もやはり先程の化け物同様、断末魔を上げて、青白い炎に包まれて消滅してしまった。

 「ん、ん?」
(さっき斬るときに出した声の感じからして)
「・・・・女の子・・・か?」
化け物が消滅していくことに特に興味を示さず、刹火は腕組みして、相変わらず謎の剣士の性別を識別することに気をとられていた。

【く、くそ・・・、こうなったらっ!】
「ん?」
次々と仲間をあっさり殺され、恐怖と焦りを感じた残り1体の化け物は、とっさに刹火の体を引き寄せ、人質にとった。

【おっと、来るなよ? 少しでも近づいたらこいつの首を吹っ飛ばすぞ!】
っと、化け物は刹火の首元に太い腕を近づけて脅しをかけるが、

「・・・」
謎の剣士は微動だにしない。

それどころか、片手で刀を持ち、今にも刹火ごと貫きそうな勢いの殺気を込めた視線と、切っ先を向けている。

【なっ!? き、貴様・・・、正気か?!】
その整然たる態度にさらにたじろぐ化け物。

人質の身となってしまった刹火は刹火で、
「・・・」
(助けてくれる気は・・・ないみたいだな、 つーか、耳元でしゃべるな・・・)
化け物の声を常に不快に感じていたので、耳元で喋られたときに若干、不快そうな表情になるだけで、とりわけ騒いだりはしない。


と、ここで、
「残念だったわね。 人質に取るならそいつじゃなくて、そこで気絶しているのにするべきだった」
謎の剣士はそういいつつ、気絶している女の子にチラッと視線を向ける。

「それにそいつとは全く面識がないから躊躇する理由がないわ。 お前、悪いけど運が悪かったと思って諦めて!」
謎の剣士が刹火に向かって初めてかけた言葉は、そんな冷淡なものだった。

謎の剣士は淡々とした口調でそう冷たく言い払うと、両足に力を入れて今にも突っ込んできそうだ。

「・・・・」
(諦めろって・・・、人を殺すのにあっさりしてるな・・・。 ま、別に助けてほしいとは思わないけど)
刹火は目を細め、やれやれと、小さくため息をつきながら謎の剣士から目をそらす。

【ま、待て!! 待ってくれ!! お、俺達はただ頼まれてやってただけなんだ!】
【た、助けくれ・・・!!! 頼む! な?】
脅しが通じないと悟った化け物は、謎の剣に向かって、今度は必死に命乞いをはじめる。

「・・・頼まれて? って誰に?」
っと、刹火が化け物に向かって訊ねるが、このとき化け物は完全に謎の剣士のことに気を取られていて、刹火の存在をすっかり忘れていた。

それゆえに、刹火の声は全く聞こえておらず、体をつかんでいた手の力が緩んだ。
と、同時に謎の剣士はまるで槍で突くかのように、刀を水平に構えたまま突っ込んできた。

「はあぁ―――!!」

が、次の瞬間!

【ぐはっ?! 貴さっ・・がっ!】
『えっ?!』
化け物の注意が完全に自分からそれている今がチャンスと、刹火は化け物のわき腹に肘打ちをくらわせ、
化け物の腕を払いのけ、苦痛に顔をゆがめて腹をおさえながら前かがみなった化け物の首筋に手刀をあびせ、気絶させた。

「よっと、・・・重い」
化け物はひざから崩れ落ちて倒れていくが、完全に地面に倒れ込む前に刹火は首もとをつかんで、強引に引きずり起こす。


「っ!!」
気合十分に突っ込んできていた謎の剣士は、目の前の予想外な出来事に面をくらったが、
すぐに急停止し、間合いを取るべく素早く後方に飛び退き、再び刀を構えなおす。

「・・・・」
(・・こいつ、一体何者? それにさっきから妙に落ち着きをはらっているし)
謎の剣士はついさっきまで自分が瞬殺した雑魚敵よりも、ボウフラ並みにどうでもいい
存在だった刹火のことをキッ!≠チと、鋭い眼光で睨みつけて警戒する。

「・・・」
刹火と謎の剣士は一定の距離をあけて互いに睨み合う。

否、睨んでいるのは警戒心まるだしの謎の剣士だけで、刹火は小さく息をついて、肩をすくめていた。


 (さて、あとは目の前にいる物騒な剣士さんを何とか落ち着かせることだな)
一難去ってまた一難。 漂流していた女の子を助けたと思ったら、ヘンな化け物に囲まれて、
その次は、刀を構えたまま警戒心を一向に解こうとしない謎の剣士ですよ。
これをどうしたものかと頭を悩ませる刹火は、下手に刺激して攻撃されたら困るからと、

「あー・・・、 俺の名前は萩裏刹火って言うんだけど・・・、君は?」
友好的に話を進めるべく、ひとまずお互いに名前くらいは知っておかないと、
どうしようもないだろうと考えて、まずは自分から名乗ってみたのだが、

「お前・・・、バカじゃない? 自分が名乗れば私もつられて名乗ると思っていたの?」
「いつの時代のやりとりよ? 今は個人情報の保護が問題視されているのに、 誰がお前なんかに答えるかっ!」 
と、まあ〜、何ともごもっともだと思いつつも、憎たらしくて、トゲのあるご意見が返ってきた。

先程の(見殺しにされそうになった)こともあったので、謎の剣士のこの返答は、刹火の予想のはんちゅうであった。

(やれやれ、この様子じゃまともに会話が出来そうにないな、なら・・・)

「つーか、お前・・・女か?」
それならばと、つい先程から気になっていたことを訊ねることにした。

「なっ・・!? そんなことも見てわからないの? お前の目、腐ってるんじゃない?」
「・・・ぅっ」
(こいつは、見てわかんないから訊いてるのに・・・)

目測ではあるが刹火の方が謎の剣士より、30センチほど背が高かったのだが、腕組みして下目使いで、
人を完全に見下した視線と、やはり相手の急所をえぐるような刺々しい言葉で、刹火の精神に攻撃する。

これまで刹火は、初見の相手を即座にどういう人種か見極めて対応してきた。
そしてその予想はほぼ的中し、はずしたことがないと秘かに自負していた刹火にとって、
先程の謎の剣士の言葉は心にグッサ! っと、突き刺さっていた。
 

「それよりお前・・・、そいつをどうする気?」
っと、急に話題を変え、問いかけてきた謎の剣士の視線の先には、先程気絶させた化け物の姿があった。

「ん、これ? ああ、それはこいつを連れ帰って・・・」
刹火はとりあえず情報収集の一環として、気絶している女の子と一緒に化け物も、家に連れ帰って、
知っていることをはかせるつもりだけど・・・、っと、説明しようとしたとき、

「お前・・・、「!」 さてはそいつの仲間ね!」
「え?」
「仲間を助けるために人質のフリをしていたけど、それは私に通用しないと知って、今度は・・・」

言いかけた刹火の言葉を何かヘンに早とちりして、ブツブツ言いながら謎の剣士は、さらに殺気を放ちながら睨みつけてくる。

「おい、 ちょっと待て! 何かものすごい勘違いをしてないかお前・・・?」
謎の剣士に何か勘違いされていることに気づき、取り繕うとするが、
「問答無用!! たあっ――!!」

謎の剣士は聞く耳もたんといったご様子で、刀を水平に片手で持つと、切っ先を刹火に向け、
大地に靴跡が残るほどの凄い力で地面を強く蹴りあげて、猛スピードで突進してくる。

「ちっ、めんどくせぇな・・っとぉ!」
刹火は小さく舌打ちして化け物を投げ捨てると、素早く身構える。

「はあっ!!」
その刹那、謎の剣士は刹火の目の前で急停止すると、間髪いれず半身になって素早く刀を突き出した。

「!」
(平突き!)
謎の剣士から繰り出された太刀筋はとてつもなく速かったが、刹火にはかろうじて眼で追える速度だったので、
鋭い突きの軌道を見切ると、素早く体を反らせて、紙一重でかわした。

「『!』やるわね・・・。 けど、 あまいっ!」
「くっ!」
謎の剣士は長い黒髪をなびかせながら、その場に素早くしゃがみ込むと、水面蹴りを刹火の両足目掛けて放ってきた。

「うおっと?!」
が、刹火はとっさに跳びあがって何とかかわす。

「っ・・・この、 『避けるな〜!!』」
っと、理不尽なことを大声で怒鳴りながら謎の剣士は、刀を刹火の足目掛けて、素早く振るうが、

「断る!!」
素早く両足をまげて、これまた直撃寸前のところでかわすと、
「よっ・・・と!」
謎の剣士の両肩に手を添え、顔面への膝蹴り体制をとっていた。

「なっ!?」
反撃される!!?≠ニ、ビック! として身を縮める謎の剣士の頭上を、
刹火はまるで跳び箱を飛ぶようにして、悠長に跳び越えていった。

「とりあえず落ち着いて俺の話を聞いてくれないか?」
着地すると、刹火は謎の剣士と向き合い、もう一度話し合おうとするが、

「・・・」
・・・無視された。 

っと、思いきや、謎の剣士はゆら〜と、ふらつく様にしてゆっくりと立ち上がると、
『お〜ま〜え〜!!』
今度はものすごく怖い形相で、刹火のことを睨んでいます。


全ての攻撃をかわされたという、不満とイラだちもあるが、それ以上に許せないのが、
反撃する気の全くなかった刹火に、一瞬ではあるがビビってしまったことだった。

 冷静に相手のことを見ていれば、攻撃する気があるのかどうかは体の動きで、簡単に判断できたはずなのに・・・と。

(こいつ(刹火)のことをナメすぎていた・・・。 けど、もう・・・)

自身の失態に若干傷心していた謎の戦士だったが、首を左右に大きく振って、
長い黒髪をなびかせると、気合を入れなおしてきっ!☆級ホのことを睨む。


「・・・本気で殴ってやる!!」
「・・・さっきから、十分本気だしてるような気がするけど?」
「そう思うならためしてみる?」」
そう自信たっぷりに言うと、今度は両手でしっかりと刀を握りしめ、謎の剣士は再び刹火に斬りかかってゆく。


「はあぁっ!!」
「うっ!?」
(速い!!)

先程の宣告通り、謎の剣士の剣速が増していたことに驚愕する刹火。

だが刹火は、謎の剣士の動きをよく洞察し、無駄な動きをなくすために、かすり傷は負うが、
体制をほとんど崩さいようにと、ギリギリまでひき付けて、全ての太刀筋を体さばきだけでかわしていた。


・・・・・・・10分後。


「私の太刀をここまでかわすなんて、なかなかやるじゃない、けど、避けてるばかりじゃ私は倒せないわよ」
さっきから連続的に攻撃しているにもかかわらず、謎の剣士は一切息を切らすことなく、
やや余裕のある笑みを浮かべて、刹火のことをほんの僅かだけだが称賛していた。


「はぁ、はぁ・・・・別に、 お前とやりあう気はないけど?」
一方、刹火はというと、全身斬り傷だらけで、疲労は蓄積し、酸欠で息があがりはじめていた。

(かわすことだけに集中していれば何とかなるが、このままじゃ体力的にきつい・・・、ここはひとまず逃げたほうがいいな)

そう考え、刹火は謎の剣士の打撃をかわしつつ、両足に意識を集中させ、力をためて一気に爆発させるイメージを脳内で描く。


「ったあ――!!」
そして、謎の剣士が刀を上段に構えて、真下へと振り下ろしてきたのを、半身になって回避し、

(今だ!)
「なっ?!」
刹火は一時的に両足に力をため、部分的に身体強化し、超スピードの跳躍で謎の剣士の攻撃の間合いの外まで大きく飛び退いた。

瞬間的にではあるが、刹火から気取った力の発現と、その跳躍力に、驚愕する謎の剣士。

「ふぅ」
一先ず攻撃が届く範囲の外に逃れることが出来た刹火だったが、着地したすぐそばには気を失っている女の子がいた。

「『速い!?』 こいつ〜!!」
(まだあんな力を隠していたなんて・・・)
刹火の驚異的な身体能力に驚嘆し、どうやら全力を出さないといけない相手だと判断したのか、
謎の剣士は手にしていた刀に片手をかざすと、突然、刀の刀身が激しい炎に包み込まれた。

「本気を出してなかったっていうのね・・・けど、私だって・・・っ!」
「いくらお前が速くてもこれは避けられない!」
謎の剣士は炎上している刀を一度、腰元にさげた鞘の中にしまい込み、居合いの構えを取って、

『はあぁ――――!!!』
容赦なく刹火目掛けて刀を思いっきり振るった。

その刹那、激しい炎をまとった真空の刃が、超スピードで横一線に刹火と気絶している女の子目掛けてすっ飛んでくる。

「ちょっ・・・」
どうやら謎の剣士は刹火を倒すことに執着しすぎて、周りがよく見えていないようである。
それとも、刹火同様、謎の剣士にとっては、気絶している女の子もどうでもいい存在だったのだろうか?

「これはやばいかも・・・」
(何とかしないと、あんなの避けられないぞ)
刹火は謎の剣士の構えから、その技の威力と範囲はどの程度で、どういった攻撃が来るのか瞬時に予測していたので、

「このっ!!」
女の子を抱きよせつつ、腕を身体強化して、すぐそばに転がっていた化け物を思いっきり投げつけた。

(仲間を投げた?!)
「ふぇ?」
謎の剣士は刹火の思いもよらぬ反撃に思わず気の抜けた声を出していた。


刹火が投げつけた化け物と、謎の剣士の放った技が衝突した瞬間、凄まじい爆炎が上がり、爆風による衝撃波が発生し、両者の視界を奪う。

結果としては、炎をまとった真空の刃を相殺・・・、することはできなかったが、
何とか炎を消し去り、軌道をずらすことは成功していたので、


「うおっと!」
爆炎と煙に視界を奪われていたが、刹火は瞬時に聴覚と皮膚の感覚を鋭く高めて、
近づいてくる衝撃波の方向を音で察知し、空気の流れを体で感じとって、その軌道を予測し、
女の子のことをかばいながら、素早くしゃがみ込んで謎の剣士からの攻撃をかわした。

その3秒後、凄まじい打撃音と地響きが刹火の後方でしたかと思うと、
土手に化け物がつけた傷よりも、深くて大きな傷跡が刻み付けられていた。


「・・・むちゃしやがるな〜」
と呟きながら、改めてその威力を見せ付けられ、やや冷や汗を掻いていた刹火がゆっくりと立ち上がると、
つい先ほどまで視界を奪っていた黒ずんだ煙や粉塵は、真空波の風圧によって吹き飛ばされていて、

「あれ、あの剣士は?」
辺りの様子が見渡せるようになっていたのだが、そこには謎の剣士の姿がない。

先ほどの爆炎にまぎれてどこかに身を隠し、スキをうかがっているのではないかと刹火は警戒し、今度は嗅覚の感覚を高めてみた。


刹火は全身の機能を瞬間的にではあるが、強化して高めることが出来る。
故に先ほど視界を奪われても、鋭敏な五感を使って、攻撃をかわすことが出来たのだ。

そして今の刹火の嗅覚は犬並みに鋭いのである。

「って、あれ? ・・・・さっきのヤツ(謎の剣士)のニオイが同じ場所からするな」
先ほどからの戦闘で、謎の剣士のニオイ(=体臭)を記憶していた刹火は、
素早く対象物の位置を特定したのだが、全く移動していないことが判明した。


ってか、よく見たらうつ伏せになって倒れていた。
「ひょっとして、さっきの爆風に巻き込まれたのか?」
ふと、そう思ったが、そんな都合のいいことが起こるはずはないだろうと考えなおし、
抱きかかえていた女の子をその場において、警戒しながら謎の剣士のもとまで歩み寄ってゆく。

そして・・・、
「おい」
っと、刹火がしゃがみ込んで声かけると・・・、謎の剣士の腹から『ぐぅうぅぅ〜〜〜〜〜〜!』というものすごい大きな音がした。

「ん? 何だ今の?!」
刹火は吃驚して警戒し、周囲を見回したが、
「って、・・・腹の虫の音か?」
すぐに冷静さをとり戻し、その音の発生源を特定した。
どうやらさっきの大技でエネルギーを使い果たし、今は空腹で動けなくなっているようだった。

「つーか、力使い果たして倒れるのっていうのはどうなんだ? ・・・無防備すぎるだろ?」
「せめて相手を倒したかどうかを確認するぐらいの余力は残せっての!」
「・・ま、それだけの相手だと、認められたってことかな? まるで固形燃料みたいな奴だねぇ」

刹火は呆れきった表情を浮かべつつも、うつ伏せになって倒れている謎の剣士の体をひっくり返して、顔を覗き込む。

先ほどまでは男か女か、よくわからないくらい凛とひきしまった表情はそこにはなく、ただの可愛い少女の寝顔があった。

「女・・・だったか」
 結局、今の今まで刹火にはこの少女のことを、男か女か自信を持って識別できなかったので、少々悔しそうに呟いた。

この少女の身にこれまで何があったのかは、刹火には知るよしはなかったが、
あの顔つきからして、相当気を張るようなことがあったのだろうと想像する。



 ・・・とはいえ、この少女に襲われたし、手を貸す理由はない。 

(このままほっといて帰るか・・・?)
「・・・ふぅ」
刹火はこのまま置いて帰ろうかな〜っとも思ったのだが、妙な事に自分もかかわってしまったということは自覚していたので、
これまでの経験上、厄介事にかかわってしまったときはすぐに現状を把握して、何らかの対策を練らねばならない。
そうしないと後でその厄介ごとが、自分の身にとんでもないかたちで降りかかってくるからだ。

・・・要するに、同じ厄介事に巻き込まれるのなら、今より状況が悪化する前に何とかするべきかと考え直し、

「・・・って、んなわけにもいかないか。 それに一応女の子だしな」

刹火はすぐそばに落ちていた刀を拾い上げて、少女の腰元の鞘にしまってやる。


「あ〜あ・・、めんどくさいことになったなぁ〜。 現状はさっぱり解からないけど・・・」
刹火はそう呟きながら、立ち上がり、大きく伸びをした。

「この子や最初に助けた女の子からどれだけの情報が得られるかはわからないけど、とりあえず連れてかえるか・・・」
と、言いつつ、ポケットの中に入れていたケイタイを取り出して、先程の戦闘でどこか、
壊れてないかを確認しつつ、現在の時刻を確認すると、6時を回っていた。

「もう遅いしこの2人の親に連絡入れたほうがいい気はするけど、さすがに化け物に襲われてました〜”なんて、
ありのまま伝えるわけねぇしな・・・、こんなナリで帰したら親も心配するだろうな・・・」
「あ〜あ〜、できる事なら、あの化け物からも色々聞き出したかったけど、盾にしちまったから完全に消滅してるし・・・」

頭をかきながらブツブツ不満を漏らすと、刹火は日が落ちて薄暗くなってきた川原から、
漂流していた女の子と自分の腹をベルトの紐で縛って、ずり落ちないように固定させて背中に背負い、
腹が減りすぎて気絶した少女は両手で抱え上げて、ため息を一つつくと、自分の家に向かって歩き出した。


・・・・・・・数分後。


「ただいま〜」
っと、本日2度目の帰宅を告げる言葉なのだが、数時間前とはうってかわって、今回は疲れきった声を出していた。

「お帰りなさい〜遅かったわね・・・あら?」
刹火の声を聞きつけて再び雫が玄関で、出迎えたのだが、息子の妙な格好に首をかしげる。


そりゃそうである。 刹火の姿は先ほどの戦いで、女の子に斬りつけられて全身斬り傷だらけで、
しかも泥だらけの少女を、2人も担いだ状態で帰って来ていたのだから・・・、何かあったことは確かであるが・・・。


「いつものことなので、何があったかなんて、そんな野暮なこと訊かないでください」
刹火は何があったのかを説明するのもめんどくさいと、思うほど疲れきったので、事情を色々訊かれる前に先に釘を刺した。


雫は瞬時に、息子がまたいつのものように何かに巻き込まれていたことと、
その2人はそのことに関しての依頼人か何かであろうかと察したのだが、


「・・・学校に忘れ物したから取りにいくって言って出て行ったけど、それが刹ちゃんの忘れ物?」
雫はあえて解からないフリをして、口元に人差し指を添え、首をかしげたまま息子に訊ねる。

「違います! ・・・察してください」
  刹火はかすかに眉をひそめて、少し強めに否定する。

雫が何故、解からないフリをしているのかと言うと、気を失った女の子を2人も連れ帰っているのに、
親である自分が全く事情を把握していないのは、いかがなものだろうと思ったからである。

しかし、普通に事情を訊いたら、「何でもない」と誤魔化されたり、面倒くさがってちゃんと話してくれないから、
いっそ、「ちゃんと話しますからヘンな誤解せずに聞いてください!」 っと、本人に思わせる様に仕向けているのだ。



「それじゃ〜・・・、あ、さっきは彼女の1人くらい、いなくてどうするの?
っとは言ったけど・・・、まさかそれを真に受けて2人も連れてくるなんて・・・、
気絶させて無理やり連れてくるなんてダメよ刹ちゃん。 それにちゃんと1人にしぼらないとねぇ〜」

「・・・もっと違います!!」 
(あ≠チて今さっき思いついたな・・・) 
雫のからかいに刹火はさらに大きな声で否定する。

雫にからかられていることに気づいた刹火は、小さくため息をつき、この妙なノリの会話からいち早く抜け出して、
休養をとらせてもらう方法はもうこれしかないなと観念し、今度は声を落として真面目なトーンで言う。


「解かりました。 ・・・ひとまず手伝ってもらえませんか? 何があったのかはちゃんと後で話しますので・・・」
「・・そうね。 女の子をこんな泥だらけの格好のままにしておくなんて可哀想だもんね」
 
こうして雫は思惑通り、息子を折れさせることに成功した。


3 :ヘタレ :2008/03/13(木) 20:27:52 ID:scVco7YJ

少女達の憂い




川で土左衛門になりかけていた少女と、日本刀を振り回し、炎までだした直後、
空腹でぶっ倒れた少女を川原からお持ち帰りした刹火は、雫の協力のもと、
風呂に入れて体の汚れを洗い流してもらっている間に、2人分の布団を和室にひき、その後、
脱衣所に2人のかえの服を用意し、少女達の服のほころび等を直して洗濯機の中に投入、
4人分の晩飯の仕込みに食卓の準備と、その他色々動き回っていた。


 ちなみに刹火は衛生面に気を遣い、雫が風呂の準備をしている間に先に入って、
軽くシャワーを浴びて自身の血や汚れを洗い流している。


「え〜っと、次は・・・、あの部屋と居間をざっと掃除しないとな・・・」

そうこうしているうちに、気絶している2人を風呂に入れ終えた雫は体をよく拭いて、
服を着せてから、刹火を脱衣所に呼び、2人を背負って布団が敷いている和室に運んだ。



「ふぅ、ひとまずこんなものかしら・・・」
 「そうですね。 助かりました」
「少し休憩しましょうか?」
 「ええ、そうですね」
 
現時点で出来うることを全てやり終えた刹火と雫は、一息ついてお茶にしようと、
雫が卓袱台の上に乗っていた急須を手にとって、ポットの湯を入れようとしたら、

 「あら? カラだわ・・・、う〜ん、 お茶っぱも、もうとりかえないとだめねぇ」
 
ポットの中は空で、急須の中も確認すると、お茶の葉はもうおとりかえの季節であった。 

「あ、じゃあ俺が・・・」
なので、刹火が手伝ってもらった礼もかねて、台所へ行こうとすると、

「いいわ・・・、刹ちゃんはここにいなさい」
 「2人が起きたとき、刹ちゃんの方が事情を説明しやすいでしょ?」 
そういって雫は刹火を制して、電気ポットと、急須をお盆に乗せて台所へ向かってゆく。

が、3歩ほど廊下を進んだ後、雫は何かを想い、立ち止まって振り返ると、

「あ、そうそう、私がいない間に、2人の意識がないからって、ヘンな事しちゃダメよ〜?」
 「2人ともとっても可愛らしい女の子なんだから、何かしたら・・・、粉砕するわよ?」

まあ刹火の性格上、2人に手をだすことは絶対にないだろうと、信頼しているからこそ、
この場をまかせて雫は離れるのだが、一応そういうお年頃であるので、万が一のことを
考えて、左の拳を突き出しながら、お約束として釘を刺した。

 「ははっ・・・、そう言われると、逆に何かやりたくなりましたねぇ〜」

 雫のからかいに目を細めて、不敵な笑みを浮かべながら棒読みでそう返すと、
2人の少女に背を向け、近くにあった雑誌に手を伸ばし、あぐらを掻いて読み始める。


「・・・ふぅ」
 (全く、このコときたら、もうちょっと異性に関心を持てないのかしら?) 
(ひょっとして、ホ・・・、って、それはないわねぇ〜)
 肩をすくめて、小さくため息をつくと、雫は再び台所へ向かって歩き出した。



「・・・はん」
 雑誌を適当にめくっていた刹火は、雫の姿が完全に見えなくなってから雑誌を置いて、
微かに鼻で笑いながら、体を180度反転させて、2人の少女の寝顔を遠くから眺める。


「・・・はは、2人ともよく寝ているな、結構動かしたのに全く起きやしないねぇ」
「それにしてもこいつ(謎の剣士)、小さい上にかなり華奢なのに、この体のどこにあんな
馬鹿力が・・・、こうしてみると普通の女の子とかわらないな・・・」
(おとなしく寝てれば(謎の剣士も)確かに、可愛い・・・か)
(こっちの(漂流していた)女の子も結構可愛いが、問題はどういう性格しているやら・・・)

2人の少女の寝顔は確かに可愛らしかったし、笑ったらもっと可愛いのだろうとも思った。 


まあ川に浸かっていて血行が悪くなって、若干青白くなっていた表情と、殺意をむき出
しで襲いかかって来たときの、あの表情を見た後だと、なおさらなのだろうが、しかし、
刹火はこれといってこの少女達に特別な感情は抱かなかった。

別にこの2人が刹火の好みの容姿や性格じゃなかったから、というのではない。

ごく平凡に生活していた人が、刹火みたいに何かに巻き込まれて、容姿のいい異性と
出会ったならば、これは運命の出会いだと思って、相手に憧れやら好意を持っただろう。


しかし、刹火にとってこの2人の少女との出会いは、よくあることの一つなので、
厄介事が解決したら、もう会うことがないかもしれないし、会ったとしても、軽く挨拶を
交す程度か、また厄介事を引き連れて来るかのどちらかだろうと、そう思えてしまい、
これまでもこういう事を繰り返してきた刹火には、ただの頭痛の種でしかなかったからだ。


「・・・目が覚めたとき、暴れられたら困るな」
(こっちのコ(漂流少女)も同じように暴れないとも限らないし・・・)

ふと、そう考え、刹火は2人の間に移動し、どちらかが意識を取り戻して暴れても、
すぐに対応できるようにと2人の間の枕元に位置取りをして、注意を払う。


 ちなみに謎の剣士の所持していた刀は、目覚めたときに再び暴れないとも限らないので、安全を考慮して、2人の服を洗うときに、回収した所持品とともに、別の部屋に置いてある。


「・・・さて、どうしたものか」

・・・とはいえ、一向に目を覚ます気配のない2人を、ただ見張っているだけなので、
手持ち無沙汰になり、母親がすぐに戻ってくる気配もなく、ふうっと、小さく息をつくと、


 「とりあえず、マーキングぐらいはしておくか・・・」
っと呟き、腕と指を素早く動かして、印のようなものを結び、そっと両手を2人の額に
添えると、ほんの一瞬だけ少女達の全身が淡い光に包まれ、その光は体の中に吸い込まれ
ていくかのようにして、すぐに消えていった。


「ひとまずこれでよしと・・・」
添えていた手の平を2人の額からそっとどけると、刹火は立ち上がって、
少女達から少し離れた位置に座ろうとした直後、


「・・・・・う、う・・んっ!」
 「 り、 り ・・ゃん・・す  けて・・・」 
漂流していた少女が突然うなされはじめ、小さすぎてよく聞き取れないが、うわ言をいい
だし、激しく寝返りを打ち出した。


「・・・」
 漂流していた少女が目覚めようとしていることに気づいた刹火は、すぐに動けるよう
にと、中腰になって身構える。

 その数秒後、
「・・・ぅうん?」
少女の両まぶたがパッチリと開き、

「・・・・・・え? こ、 ここは・・・どこ?」
 (どこかの旅館? でも、誰かのお家みたいな感じがする)
ゆっくりと上半身を起こすと、キョトンとしながら、周囲を見渡し、


「・・リンちゃん!!」
すぐ隣で寝ていた少女の存在に気づき、その少女の名前らしきものを口にした。

ちなみに、この時点では刹火は枕元の辺りにいたので、起きた少女からはちょうど真後
ろなので死角となり、気づかれていなかったりする。


「(旅館とかで着る) 浴衣?・・・あれ、でもなんで私、こんな格好を・・・?」

「・・・気がついた?」
「 っ?! ひゃぅ!!?」
話しかけるタイミングを窺っていた刹火が、そっと背後から声をかけると、少女は吃驚
して跳ね上がり、身を縮めながら素早く振り向いた。

「!!?」
少女が吃驚して、うわずった声を出した瞬間!
 空腹でぶっ倒れていたリンという名の少女も意識を取り戻し、がばっと起き上がると、

「麻奈っ!! っここは・・って、おまっ・・・な、ななな・・・」
「っ・・・・はっ・・うぅ」
先に目を覚ました少女の顔が視界に入って、その少女の名前らしきものを口にした直後、
すぐに刹火にも気づき、身構えるが、自分の服装もかわっている事に吃驚しているご様子だ。


 刹火の家はもとはこの町一番の民宿で、この町が町として機能しはじめた頃から、
この地と共にあり、その歴史はかなり古く、地下には源泉が通っていて、天然の温泉が
売りで、遠くの地から訪れる人々の、体と心の癒しの場として、大いに繁盛していた。

 ちなみに敷地の総面積が500坪以上は軽くあると思われる。

 しかし、時が経つにつれて徐々に廃れていき、それを嘆いた校長や地域住民の依頼で、
何気に栄養士や調理師免許とかを持っていた刹火が板前として雇われ、雑用をこなす傍ら、
復興に努めたのだが、その当時老夫婦が2人できりもりしていて、跡継ぎがいないという
理由で、皆から惜しまれながら、3年ほど前に廃業となってしまった。


 で、廃業とともにその土地の権利を、世話になった礼にと、刹火は安く譲ってもらい、
その当時刹火は、建築等に関する資格を取得したばかりで、自分が住みやすいようにと、
平屋だった民宿をリホームやら増築し、3階建てにして無駄に部屋数をふやしたが、
家の強度を上げるために多少いじっただけで、民職だった部分の内装はそのままにして、
布団やら浴衣といったその他の商売道具も、家を譲り受けたときに貰っていたので、
今、2人の少女が着ている服はここの浴衣で、下着は売店で売っていたものの在庫である。

 
だから、2人が目覚めたとき、若干この場所の雰囲気とかに戸惑っていたが、
それはほぼ一瞬で、すぐに刹火と、自分の服装に意識が移り、


「あ・・、あうぅ〜」
『お〜ま〜え〜ぇえ!!』
「・・・ん?」
2人とも両腕で自身の体を抱え込み、麻奈という少女は顔を真っ赤にして、今にも泣き出
しそうな表情になり、怯えきった目をして、凛という名の少女も顔を真っ赤にしているが、
両目と眉を吊り上げ、眉間にしわを寄せながら、もの凄い形相で睨んでくる。

 
(ちっ、まだこいつら、俺を敵の仲間かなんかと勘違いしているのか・・・)
「・・・とりあえず落ち着け!」

2人の様子に刹火は単に、敵の仲間と勘違いされ、で、敵のアジトとかに連れてこられた
とか思っているのだろうと考えていたが、2人の少女はもっと別のことで勘違いしていた。


2人も目を覚ました瞬間はどこかの旅館か宿場か? と思ったが、そこらに置かれている
家具とかから人の家であるということと、いつの間にか風呂に入れられ、服を着せかえら
れているということまでは気づいたが、麻奈は、じゃあそれをしたのは一体誰が・・・?
という疑問がわき、そこには刹火しかいなかったので、この人が・・・と、勘違いし、
凛はそれに加えて、気絶しているところを襲われたと、身の危険を感じていたりする。


「う・・うぅ、私・・・、もうぉ嫁にぃけませんっ!!」
なので、麻奈は布団に顔をうずめて、ついにはうわ〜ん! っと泣きだし、

「ええ? 何が?」
(なんつーか、そのセリフをいうヤツが実際にいるとは・・、なんてピュアなんだ・・・)「・・・って何でそうなるの? 俺は何もしていませんよ?」
慌てて刹火が弁解しようとすると、

「勝手に人の服脱がせて、その上・・・、この変態!! 叩き斬ってやる!!」
「って、無い?!! 私の刀が・・・」 
凛が麻奈の前に立ちはだかり、素早く腰元に手をやるが、このような事態に備え、
刀は既に回収され、別の場所に置かれているので、その手は空をつかむだけだった。


「変態って・・・、それは母さんが・・・、っで、刀は別の部屋に置いてあるよ」
「な・・・っ 『返せぇ〜〜〜〜〜!!!』」
「うお?!」
 よっぽど大切な刀だったのだろうか、別の部屋に保管していることを伝えると、
突然凛が刀を返せと怒鳴りながら、蹴りを放ってきた。

 が、不意打ちに多少驚いたものの、刹火は蹴りの軌道を見切って、簡単に避けた。

「っ!!? この!」
「おっと、ちょっと待てって」
『待たない!!』

なので、すぐさま凛から正拳突きが放たれるが、川原での戦闘時とは違い、空腹や疲
労のせいか、その攻撃にはスピードやキレが全く無く、何より威圧が一切感じられない。

その上、主力武器は既に奪ってあるので刹火には簡単にさばけた。


「おい、あんまり動くなって、 浴衣がはだけるぞ・・・」
「はあぁっ〜!!」
「・・・って、おい、蹴りはやめろって、何か色々見えるから!」
「っ!! 『うるさ〜いぃ!! 見るなぁ〜〜〜この出歯亀!!』」
大切な刀を奪われたことや、その他もろもろで凛は混乱し、収拾がつかなくなっていた。


「ぅう・・・、ひ、ヒドイですぅ〜」
否、麻奈も心に深い傷を負って泣き崩れ、こっちらもまともに会話できそうにはない。


「いや、だから何が? 本当にまだ何もしてないけど?」
「『まだ!?』 っ・・・、っということは、やっぱりこれから何かする気だったのね!!」

 『このスケベ! エッチ! 変態! 強姦魔! 人でなし! 淫逸! ゲス! 外道! 
ハエの餌! ゴキブリ以下! バカ! お前にだけ隕石が直撃して死ねっ――!!』

打撃が通用しないと悟った凛は、今度は精神攻撃にきりかえ、激しく罵声を浴びせる。

 「ちょっと待て、何故そこまで罵倒されなければならないんだよ?」
(・・・ダメだこいつら、会話が全くかみ合ってない)
片手で顔の半分を覆い、はぁ〜っと小さくため息をついていると、


「刹ちゃ〜ん。 何だか騒がしいみたいだけど、(2人が)気がついたの〜?」
ようやく台所から戻ってきた雫が廊下から声をかけ、部屋に入ってくる。

・・・で、部屋に入るや、いなや、

「うぅ、ひっく、ひっく・・・」
「私の大事なもの返せ〜!!」
1人の少女はひざを抱えて、完全に怯えきった声ですすり泣き、かたや、もう1人の少女
はさっきの戦闘(?) で浴衣が完全にはだけ、真っ赤な顔をして、両手で必死に自分の
腕だきしめながら、大事なものを返せ〜!! とか息子に向かって怒鳴っていたので、


「・・・刹ちゃん」
(大切なもの・・・って、一体何を奪ったの?!)
つい先程まであった息子への信用は、目の前で愁いの表情を浮かべ、涙を流す少女達の前
では、一ピコグラムも残らぬほど勢いで、一気に吹き飛ばされ、新たにヘンな誤解が生じ、
雫は完全にヘンな勘違いして、息子の不祥事に身を震わせて、驚愕していたりする。
 

・・・ちなみに1ピコグラム= 0.000 000 000 001グラムであります。


「ああ、ちょうどいいところへ、何とかしてくだ・・?!」

刹火が雫に助け舟を出してもらおうとしたのだが、急に視界が暗くなって、
顔には圧迫感を伴った痛みが走るし、なんか地に両足が着いている感覚が消えた。

「・・・さい? ん?」

身長が168cm程の雫が、もの凄い速さで刹火の顔を左手で掴み、アイアンクローをがっ
ちり極めて、176cmの息子を軽々と片手で空中に持ち上げていた。


「刹ちゃん・・・。 2人には手を出しちゃダメっていったわよねぇ?」
表情は笑顔で、とても優しい声なのだが、雫からは殺気しか感じ取れなかった。


「もお、刹ちゃんメっ!=v
「めっ! って、・・・いえ、違・・おごっ?!」
刹火が弁解しようとした直後、小さい子供を叱るような言い方で注意すると、
雫は左腕にわずかに力を入れて、息子の顔面をまるで熟れたトマトを潰すかのように
プチッと、片手で軽々と握り潰した。



「うっ ひぃ!?」
「ふぇ・・・?」
凛と麻奈は突然現れた謎の美人の女性が、強姦魔(?) をあきらかにやりすぎだろうと
思うくらい、地味にエグイ技であっさりと撃退(?) してしまったことに唖然としていた。


「ウチの刹ちゃんが何かおいたしちゃったみたいね、本当にごめんなさい」

握り潰した刹火を放すと、クルリと振り返って、何事も無かったかのような振る舞いで、
息子の血で真っ赤に染まった左腕と、右手を前に揃え、返り血を浴びている顔を隠すかの
ようにして土下座で謝る雫に、


「・・・」「・・・」
2人の少女は何も言葉が返せず、身を震わせて、お互いに抱きしめあって固まっていた。


「あら? どうしたの? そんなに怯えって? もぉ刹ちゃん! 2人に何したの!?」

2人の怯えきった様子に、これはちょっとやりすぎたかしら? と思った雫は、とっさに
責任転換しようとして、息子によっぽどヒドイことをされたのね☆ と言いたげな感じで、
カオスと化したであろう刹火のほうに、顔だけ振り向けてもう一度、一喝する。


「いえ、2人とも母さんにびびっているんですよ」

手や肘で顔の血を拭いながら、刹火は上半身だけムクっと起こしつつ、ツッコミをいれ、
テーブルにおいてあったお手拭を手に取ると、一つは雫に投げ、もう一つのお手拭で顔の
血を完全に拭い去ると、驚いたことに、その顔には傷が一切無く、ケガが完治していた。

が・・・、

『ええっ!? おかっ、・・・お母さん?』
「う、ウソ・・・凄く若くて綺麗な人・・・」
2人は別のことに食いつき、刹火と雫の顔を交互に見て、目を丸くして驚いている。
どうやら2人ともまだ混乱の渦の中にいるようで、思考力が極端に低下しているようだ。


「ええ〜、そっちスっか・・・」
「あら、そんなことないわよ〜。 もぉ〜私もいいトシなんだから」

刹火は自分の異常な治癒能力を驚かれるかな? とは思いつつも、死んだフリしている
又は、潰れた顔でいるよりかはマシかと思い、起き上がってみたのだが、全くもってその
心配の必要は無く、むしろどうでもよさげなことで驚いているので、若干呆れ返っており、
一方で雫は、お手拭で返り血を拭いながら、嬉しそうな顔をして、けんそんしている。


しかしまあ、雫の登場により、場の空気がかわったので、刹火はこの機に乗じて、2人を
川原から自宅まで連れ帰った経緯を大雑把に話し、服を脱がせて風呂に入れ、着替えさせ
たのとかは雫であるということを説明したところ・・・、


「・・・っと、ま、そういうワケで、キミらに俺は何もしていないよ」

「ご・・・ごめんなさぃ。 わ、私、てっきり・・・ヘンな誤解してぃました」
「いいて。 誤解が解けたのなら・・・な?」

麻奈は顔を真っ赤にして、申し訳なさそうに布団に顔の半分を押し付けながら、すぐに謝
り、それに対して刹火は、ハハッと微かに笑い、全く気にしていないよと、笑顔で応対し、


「・・・ム〜ゥ」
 「・・・・・・」
潔白であると解かってもらえたが、どこか納得がいかないようで、若干睨んでくる凛に
対しては、刹火は小さく息をつき、肩をすくめながら苦笑いし、


 「あらら・・・、そういうことだったのね。 私はてっきり刹ちゃんが2人に・・・」
 「・・・それはありえませんよ」
ほっとしつつも、どこか残念そうな雫の表情から、てっきりの内容を容易に想像できた刹
火は、目を細めながら真顔で否定して、何とか3人のヘンな誤解は解くことに成功した。



「はぁ・・・」
(・・・疲れる)
とはいえ、誤解は解けたものの結局のところ、まだ何の進展もしていないので、これか
らのことを思うと、今までの疲れがどっと押し寄せてきたので、刹火が顔を片手で覆いな
がら、3人に気づかれないように、深くタメ息をついていると、


「ところで刹ちゃん、まだ2人の名前を聞いてないんだけど、紹介してくれないかしら?」
っと、雫が刹火の傍によって、肘で軽く突き、合図を送りながら耳打ちした。


「ん? ああ、そうでしたねぇ・・・、そうしたいんですけど、実はですね、
まだお互い、ちゃんとした自己紹介とかをしていないんですよ」
(麻奈ってコ? はずっと気絶していたし、あっちのコ(リン)には、拒否されたしな・・・)
 刹火は片手で髪をかきながら苦笑して、雫に小声でそう告げると、


「あら、あら、そうだったの? じゃあ・・・」
っと、雫はにっこりと笑顔をつくって2人の顔を見据えると、


「初めましてお2人さん。 うちの刹ちゃんがまだちゃんと自己紹介していなかった
みたいだから、まずは私から・・・ 私の名前は萩裏 雫よ。 雫って呼んでね。 で・・・」

右手を自分の胸に手をあてて自己紹介すると、今度は刹火の肩を掴んで、自分の前に引き寄せると、

「ん?」 
「このコが私の自慢の息子で、刹火よ。 裏里高校に通う2年生で16歳。
現在彼女募集中なのよねぇ〜? ね、刹ちゃん」
「ねぇ〜? ・・・って何、余計なことを言っているんですか?」

真顔で言う雫に対して、この人、何真顔で言っちゃってるの? という表情で訊ねると、

「あら? 何事もアピールは大切なことよ? ひょっとしたらっていうこともあるじゃない?」

とってもニコニコした顔で、刹火とキョトンとしている2人の少女の反応を窺っていた。


「(このトシで)母親に彼女の募集されているような、
そんな情けない男を好きになるようなコなんてそうはいませんよ」
「ま、そのおかげで余計な好意をもたれなくて済みますがね」


「ああ、キミらも今の戯言は母さんのほんの挨拶程度なので気にしないでください」
っと、刹火はこれといって動じることなく、至って平然とした表情で2人にことわると、


「フン! それは余計な心配というものよ。」
「安心しなさい、お前みたいな母親からちゃん付けで呼ばれてるマザコン男のことを
好きになるような特殊な人種はここにはいないから」

「ちょ、ちょっと、リンちゃん、 それはぃくらなんでも失礼だょ〜」

相手を完全に見下したような態度の下目遣いで、両手を組んだ凛の口からは相変わらず、
強気な罵詈雑言が飛び出し、それをあたふたしながらも、麻奈が小声で注意する。


「ははっ、そいつはよかったねぇ〜。 俺もそういうコは好きにはなれそうに無いしね」
「・・・あと、俺はマザコンじゃないよ? と、ま、話が進まないからそれはおいといて、
今度はキミらの名前を教えてくれないかな? イヤだって言うのなら適当に呼ぶよ?」

凛の暴言を軽く聞き流すと、刹火は微かに笑みを浮かべ、実名で呼んでください! と、
思わず相手に言わせるような、あだ名を見た目とかを参考にしながら考えていると、


「ぇ、あ・ぁの、私は、重咲 麻奈(えざき まな)・・・です」
「ぇっとその、私も裏里高校に通ってぃます。 えっとその、15歳です」
「ぁ、ぁの〜彼氏募集中とかは・・・や、ゃっぱり言わなくちゃダメですか・・・?」
っと、緊張しているのか、しどろもどろで戸惑いながらも、若干片言で重咲が刹火と雫
にペコリっと頭を丁寧に下げて挨拶した。


「いや、だからそれは母さんの戯言なので、そこまで詳しくは言わなくていいです」
「・・・重咲さんですね。 ま、とりあえずよろしく」

「は、はぅ・・・、こ、こちらこそです。 そういえば萩・・裏(?) さんは、
私達の1つ上の先輩だったんですね」

性格とかが凛とは全くの正反対で、特に異性に対して人見知りの激しい重咲は、
刹火が年上だと知ると、さらにかしこまって、うわずった声になっていたのだが、


「麻奈ちゃんか・・・、とっても可愛らしい名前ね。 よろしくね」
っと、ほんわかとした笑顔の雫がそっと右手を差し出して、その手を優しく握ると、

「は・・・、はい」
(・・・柔らかくて温かいのに、とっても力強い手・・・。 
あれ? 何でだろ? すごく落ち着く)

重咲の緊張が一気にほぐれ、雫の笑顔につられるかのように、重咲もほんわかとした
自然な笑みを浮かべ、その本来の可愛らしい表情をみせてくれる。


「うん。 やっぱり女の子は笑顔が一番よね。 思った通りすごく可愛らしいわ〜」
「そ、そんなことないです」
うん。 と笑顔でうなずきながら言う雫に対して、重咲はテレながらも、刹火と会話し
ていたときとはうってかわって、今度はとっても自然な感じで言葉を返していた。


「・・・」
その2人のやりとりを無言で繁々と見ていた刹火は、
(流石だねぇ、母さんには何故か相手に敵意とかを抱かせないオーラのようなものがあるよな)
っと、感心する一方で、凛はそっぽを向いて、全く会話に入ってこようとはしない。


「・・・えっと、次は、あなたのお名前を教えてくれないかしら?」
重咲の緊張や不安をとりのぞけたと確信した雫は、握っていた手をそっと放して今度は、
そっぽを向いている凛の正面に移動し、その顔をじっと見つめながら名前を訊ねる。


「・・・っ」
「・・・ん〜? イヤ・・・、なのかな?」  
っと、雫がやさしく訊ねると、


「・・・ぅ」
 「・・・リンちゃん」
「あらら、 嫌われちゃったのかな? 私」
「・・・」
凛は小さく呻って、雫からさらに視線をそらそうと、プイと体の向きをかえたので、
雫は少し寂しげな顔をして、頬に手を添えながら重咲と刹火のほうを見る。


しかし、刹火と対峙していたときとは、凛の様子があきらかに違っていた。
 
 刹火に対しては常に敵意を抱いていたが、雫に対しては、その優しげな眼差しと、
温かい雰囲気に耐え切れず、顔をそむけたといった感じなので、その様子を見て刹火は、


(・・・妙に警戒心があって、全然心を開かない。 まるでネコみたいなコだな)
っと、凛の素振りを参考に、あだ名を考えていると、

「リンちゃん・・、リンちゃんが言わないんなら私が代わりに言うけどいいかな?」
凛の様子を見かねて、重咲が訊ねると、


「っ・・、 夜凪、・・・夜凪 凛(やなぎ りん)!」
「・・・他は答えたくない」
雫の視線と、このまま黙っていても友達(?) からの情報漏えいに、ついに観念したのか、
凛はそっぽを向いたまま、やや小さな声でぶっきらぼうにそう名乗った。


「そう。 とっても素敵な名前ね。 リンちゃんって呼んでいい?」
「・・・スキにすれば・・・いい」
その顔を覗き込もうと、雫が近づこうとすると、凛は背を向けて、
全く顔を合わせようとはしないが、小さくうなずきながら小声で了承した。


「そう。 じゃあよろしくね。 リンちゃん」
「・・・(フン)」
雫はそれを凛の照れ隠しだと捉えたらしく、再び笑顔をつくって、微笑んでみせた。



「さてと・・・」
っと、一通り自己紹介が済んだので、雫はポンと手を叩いて、

「2人ともお腹が空いたでしょ? すぐ用意するから、刹ちゃん、2人のことよろしくね」
そう告げると、2人の意志もきかずに、この場から立ち去ってゆく。

「はい。 わかっていますよ」
(仕込みはある程度やっておいたから、すぐできるだろうな・・・)

「え・・? あっぁ・・」
「ムゥ〜・・・」
雫が抜ける事によって、またこの場がギクシャクしてしまうと、不安に駆られている
2人の横で、刹火は雫が持ってきた急須に、ポットのお湯を注ぎ、2人にお茶を差し出す。


「はいよ」

「え・・、は、はぅ・・・ぁりがとぅござぃます」
「・・・」
2人は妙に刹火の事を意識して、目を覚ました直後のような感じに戻っていたのだが、

「さてと、ちょっと話をしようか・・・、と、その前に、2人も、もうすぐ8時に
なるんだけど、家族の人とかに遅くなるって連絡しないとね」
「っと、理由とか説明しにくかったら、適当に母さんにでも話しつけてもらうけど?」

そんなことは一切気にせず、2人ともがここで晩ご飯を食べることが、決定事項であるかの
ような口ぶりでそう告げると、


 「ちょっと待ちなさい!! お前の母親といい、何で勝手に決めるの!?」
 「お前の世話になる気なんて無い! 麻奈」
「っ・・あぅ、リンちゃんちょっと待ってよ・・・」
全く人の意見も訊かず、勝手に話を進められていることにいきりたって怒ると、
凛は重咲の手を掴んで、この部屋から出ようとするが、



「その格好でか?」
「え? っ!! っうぅ〜・・・」
 「痛いよ〜リンちゃん・・・」

刹火の一言で、現在の自分達の格好を思い出して、ハッとした凛が顔を真っ赤にして立ち止まる。



そう、凛と重咲は雫に風呂に入れられたときに、この家(元・民宿)の浴衣に着替えさせら
れていたので、そのままの格好で町を出歩くには、とても恥ずかしいものがある。


なので、凛はクルリと振り返ると、眉を吊り上げて、

『服と、私の刀を返しなさい〜〜〜〜〜!!』
っと、大声で刹火に向かって怒鳴るが、


「ん? あーそれは無理。 今2人の服は洗濯中で、乾燥機の中に入れて、
乾かしているところだから。 今はよくて生乾きってとこかな?」
「それに、キミらにはまだ色々と聞きたいことがあるから、返すわけにはいかないね」
お茶をすすりながら表情を一切変えず、淡々と答えた。


「なっ!?」
 「ぇえ!?」
そう告げた直後、2人がまた顔を赤らめたので、これはヤバイと思い、

「あっ、洗濯も母さんがやったから・・・」
実際は刹火が洗濯をしたのだが、この2人の反応から、おそらく今度は自分達の下着を
見られたのでは? という事を考えているに違いないと思い、すぐに言葉を付け足した。 


「・・、そ そぅですょね・・はは」
 「む、ムゥ・・・」
2人も若干疑惑の眼差しを向けてくるが、さっきのことがあったので、今度は強く言ってこない。

疑わしいとしても、これ以上この話題に触れるのは自分の首を絞めるようなものなので、
2人もとりあえず刹火の言葉を信用することにしたらしく、ゆっくりとその場に座り込む。


(ふう・・・)
「っで、話を戻すけど、家族の人に連絡入れなくていいの?」
一発触発の危機を脱した刹火は心の中で息をつくと、話題をかえようと先程の質問を振る。


「・・・保護者いないから問題ない。 ・・・いっておくけど1人暮らしって意味よ?」
すると意外なことに、今度は凛の方が積極的に刹火の質問に答え、重咲はうつむいている。


「そうか。 重咲さんは? 特にお父さんとか心配しないか?」
「・・・、私も大丈夫です。 みんなは旅行に行っていて、家には誰もいませんから・・・」
 とても悲しげな声でうつむいたまま、重咲も凛と同様、連絡を入れる相手がいないと答えた。


「・・・?」
 重咲さんをおいて? 何で? っと、訊ねようとしたが、重咲の愁いの表情を見て、
大体の事情を察し、ワケを訊く事は野暮だと思い、その言葉は飲み込んだ。


ちょうどその時、どこからともなく・・・、正確には萩裏家の台所からなのだが、
とても美味しそうなニオイが刹火達のいる部屋まで漂ってきて、

「刹ちゃ〜ん〜」
っという雫の呼び声が居間の方から聞こえてきた。

ぐぅ〜・・・。

ほぼ同時に2人の少女達の腹がなり、麻奈は「はわわっ!」と、顔を落として赤面し、
凛は首だけ背けて、刹火に表情に見られないようにしていたが、

「そんじゃま、準備が出来たようなので、そろそろ晩飯でも食べに行きますかねぇ」
「詳しい話はその時にでも聞かせてもらうよ」
(そういえば夜凪さんは空腹でぶっ倒れたんだったな・・・)

刹火は何も聞こえなかったというような素振りで、立ち上がると、2人を手招く。

「う、ま、まあせっかくだし・・・」
 (すごく美味しそうなニオイがする・・・。 お腹もすいてるし、
まだ服も乾いてないっていうから、出て行くのは食べてからでもいいか) 

「そ、そうだよね。 急に帰ちゃったら雫さんに悪いもんね」 
(うぅお腹なっちゃったよ〜 恥ずかしい。 でも、それ以上にお腹すいた〜)
湧き上がってくる食欲に負けた2人は咳払いして、はにかみながら刹火の後についてゆく。


4 :ヘタレ :2008/06/01(日) 17:55:10 ID:scVco7YJ



刹火に案内されて居間に着くと、2人の目の前には様々な料理が所狭しと、
食卓に並んでいた。


「うわ〜・・・美味しそう」
「ま、好きなところに座ってください」
「あ、はい・・」
麻奈は普通に美味しそうだと、目を輝かせて喜んでいるが、


「・・・確かに美味しそうだけど、統一感がまるで無い」
凛は少し眉をしかめて、ぽつりとケチをつけている。


凛のいう、統一感が無いとは、食卓の上に乗っている物が、端から・・・、
おかゆ、湯豆腐、味噌汁、ご飯、うどん、たこ焼き、カツ丼、カレー、サラダ、餃子、
ラーメーン、ピザ、から揚げ、サンドイッチ、ハンバーグ、ビビンバ、など等、
和・洋・中の様々な料理が皿に盛られていて、個々の量はそんなには無いのだが、
食べあわせとしてはかなりむちゃくちゃである。


が、それにはワケがあって、刹火はこの2人とは初対面であり、何が好みで、
何が嫌いかがわからなかったので、適当にこしらえて、もっと食べたいと、
要望があったものを、すぐに用意すればいいだろうと考えていたからで、
漂流していた重咲にはおかゆとか、消化にやさしい食べ物とかを多く用意しており、


「ま、遠慮せずに好きなのを食べなよ・・・。 もしここに食べたい物がなかったら、
すぐに用意するから、そこの料理本からでも選んでいってください」
 
「ぃ、ぃぇ、こんなにあれば十分です」
 「・・・」

目の前の品数の多さに戸惑っている重咲と、無言のまま食卓に並んでいる料理を、
みつめている凛に刹火が料理本をさしだしていると、

「そうよ、遠慮しちゃダメよ? さ、温かいうちにどうぞ」
っと、用意を終えた雫が台所からちょうど来たところで、2人にご飯を進める。

「あ、は、はい・・、い、いただきます」
「・・・?」
雫に促され、重咲は手を合わせてから箸をとり、
お茶碗に軽く盛られたご飯を口にしようとしたが、


「・・・? どうしたのリンちゃん」
凛が箸も持たずに雫と刹火の表情をみつめているので、重咲は手を止めて小声で訊ねる。


「どうして2人は食べないの? ひょっとして何か仕込んでるんじゃないの?」
真顔で2人の目を見据えて、詰問する凛に、


「ちょ、ちょっとリンちゃん、それは雫さんや萩裏さんにものすごく失礼だよ」
っと、凛を制し、ハラハラしながら刹火と雫の顔色を窺うと、

「ん」「フフっ」
2人は微かに笑い、


「ああ、それはお客様が優先だからだよ。 でもま、疑うのなら一緒に食べるけど?」
刹火は素の顔で、おもてなしする側としての、当然の行為である事だと答え、

「あら、リンちゃんたら・・・、大丈夫よ〜 リンちゃんは心配性ね」
っと、雫は凛の言動をとても楽しそうに軽く流して笑っている。 


どうやら2人も全然気にしていないようなので、「ほっ」と、重咲は息をつき、
再び箸を、今度は凛と一緒に手にして料理を口に運ぶ。

「はむ・・・!」
「『!』・・・美味しい」
2人は大きく目を見開いて、顔を上げ、雫の顔を見る。

「ウフフ、そう?」
「・・・うん。 このダシの味加減といい、食感もいい。 
それにこれなんか全然臭みがなくてすごく美味しい」 
っと、凛は口にした料理を片っ端からほめている。


「2人のお口にあってよかったわね。 刹ちゃん」
っと、2人の表情を見て、ニコニコ顔の雫が息子の肩をたたく。


「え・・?」
「ふぇ?」
箸を持った2人の手が止まり、視線が雫から刹火へと集中する。

「こ、これ、全部萩裏さんが・・・?」
「え゛、お、お前の手料理・・・」
これらの料理の作り手が雫ではなかったことに少々驚いているようだが、2人も、
どちらかというと、嫌悪感のようなものを抱いているような感じがする。


このくらいの年頃の少女達には、男の料理というものはどうも不評のようであるが、

「あら、こう見えても刹ちゃんは調理師免許とか栄養士の免許を持った、
プロの料理人なんだから、ほら」

っと、雫が刹火の認定書を2人に見せながら、男の料理=大雑把でガサツなイメージを、
プロの料理人というフレーズを、一言付け加えるだけであら不思議、


「はわわ、 そ、そうなんですか!? スゴイです」
「・・・ふ〜ん」
嫌悪感の混じった顔をしていた少女達の表情が一変し、
今度は尊敬やら、なるほど、と妙に納得していた。


大抵、素人の調理しているところとか、料理を見るとあまり美味しそうに見えないが、
猟師さんがとれたての魚をさばいているところを見ると、簡単な調理でも、何故か、
美味しそうに見えるのは、手際のよさとか、その場の雰囲気が関係しているのだろう。


今回の2人の場合は刹火がプロ料理人と知ったことで、よいイメージが浮かんだのだろう。

刹火の料理の腕前は超一流で、料理の盛り付けのセンスも完璧であり、
元々この家は民宿だったので、旅館の和室のような雰囲気がありながらも、
どこか、家庭的な温かい食卓が2人の食欲をいっそうと引き立てていた。


「それじゃあ、私達もいただきましょうか」
「ええ、いただきます」
重咲と凛が一通り料理に箸をつけたのを見て、雫と刹火も手を合わせて食べ始める。

・・・と、

「う?! ・・・・ん〜〜〜〜っ!!」
突然、凛が手にしていたスプーンを落とし、顔を赤くして、眉をしかめて身を震わせる。

「どうしたのリンちゃん!?」
「リンちゃん?」
「・・・大丈夫か? ん?」
(・・・ひょっとしてこれが原因か?)
凛のただならぬ様子に、雫と重咲が心配して訊ねている傍らでは、刹火は凛が悶えだす
直前に口にしていたものに目にやり、それが原因なのだろうと予想すると、


「はいよ」
っと、水の入ったガラスのコップを凛に手渡そうとしてさしだすと、
「んん〜!! ん〜」
凛は強引に刹火の手から奪い取って、口に運ぶと、一気に水を飲み干した。


そして、キッ!! と泣きそうな目で刹火のことを睨みつけて、

「『お〜ま〜え!!』 やっぱりこんな卑劣な罠を!! ・・・私が苦いものと、
辛いものが嫌いだってこと知ってて、こんな辛いものを仕込んでいたわね!!」
っと、食べかけのビビンバを指差して、何かよく解からない理不尽な事をいう凛。


「・・・」
(知らねーよ、んなんこと)

つい、素でそう言い返しそうになったが、刹火はあることに気づき、目を細める。

「・・・ん?」

刹火が気づいたこととは、さっきも述べたように、相手の好みがわからないので、
辛さを調節できるようにと、調味料をお好みで入れられるよう、小皿にもっていただけで、
最初は凛がそれを大量に入れすぎたのだろうと予想したのだが、よく見ると、
凛がそれをつかった形跡がなく、考えられるとするならば、下味にほんのちょっと入れた
香辛料であんなにも「辛い!!」と身悶えていたのか! と呆れかえり、言葉を失う。


すると・・・、

「ん!」
っと、凛がビビンバの入っている器を刹火の前に差し出してきた。
 
「ん? ・・・何か?」
「こ、今度は辛くないようにつくりなおせ・・・、
辛かったけど、とっても美味しかったから・・・」


意味が解からず訊ね返す刹火に対して、凛はぶっきらぼうに命令口調で言いつつも、
後半のほうは、刹火の料理の腕は認めたらしく、素直に料理の感想を小声で告げ、
つくりなおすよう要求してきた。


「ん・・ああ、わかった。 今度は夜凪さんの口に合う料理をつくってくるよ」

凛に称賛され、刹火は微かに笑むと、台所へと向かっていった。

 
「リンちゃん・・・、そんなこと萩裏さんにわるいよ」

「フフ、気にしなくていいわよ。 何だかんだいっても刹ちゃんは料理を作るのが
好きだから、麻奈ちゃんやリンちゃんに美味しいて言われて喜んでいるのよ」 
「だからリンちゃんみたいに、色々要望を述べられるほうが、
張り合いがあっていいのかもしれないわね」


凛の度重なる失礼な言動に何かと気を遣う重咲に対して、雫がそっと肩をたたきながら、
そんなの気にしなくていいわよと、笑顔でどこか嬉しそうにして、2人にお礼を言う。


その後も刹火は何品か凛にとって、辛いものや、苦い料理をつくりなおさせられたのだが、


「これでどうだ?」
「・・・うん。 美味しい」
「ま、これでも一応、料理人の端くれだからな」
一応、凛に味付けを確認してもらいながらつくっていたのだが、流石はプロの料理人と
自負するだけあって、一発で全ての料理を凛の口に合うようにつくりなおした。


で、結局、食卓の上に並べられた料理は凛がほぼ1人で食べきり、あまつさえ、
まだ物足りないとかいって、刹火は色々つくらされ、萩裏家(2人)で消費される
3日分の食料を、たった一食で食べつくされてしまった。


ちなみに凛にダメだしされた料理は、3人で責任を持って美味しく完食いたしました。


食後には刹火が用意したデザート(手作りのケーキ)を出し、その際、甘めにつくったので、
重咲にはブラックのコーヒーを、凛には角砂糖を3個ほど入れたのを差し出したのだが、
それでも凛には苦かったらしく、一口含んだコーヒー一気に噴出して、ムセかえって、

「あにこれ・・・にがぃ、 こんなの人間の飲み物じゃない!」

そう涙目で呟くと、角砂糖をコーヒーカップからはみ出すくらい入れて、飲み干していた。


刹火達からすれば「それの方が人間の飲み物じゃねぇよ!」っと、ツッコみたかったが、
そこはあえて飲み物だけに、その言葉は飲み込むことにした。  


ちなみに、凛がコーヒーを噴出す直前に刹火が気づいて、とっさに落下地点に布巾を
投げて、床にシミが付くのを防いでいたりしていたのは余談。


そしてケーキも重咲と雫のを差し引いた分、ほぼ1台を1人で食べつくしていたりする。


これにより、刹火は凛がものすごい大食漢で、甘いものが大好物である事も知った。


(つーか、よく食うなこいつ・・・、あんなに食べたのに体型がほとんど変わってないし)
(あきらかに自分の体積より食べているはずなのに・・・、それらはどこへ?)
(是非とも一度腹を裂いて中を見てみたいものだねぇ)

皆が食べ終わった食器を片している刹火が、思わず探究心をくすぐられていたりするくらい。


で、まあ食事中に2人から話を訊くと言っていたものの、凛の豪快な食べっぷりに気を
とられ、その後は追加の料理をつくったりして、結局刹火は話を訊く機会を逃し、なんだ
かんだで凛と重咲は、萩裏家のもてなしに大満足し、しばし、他愛の無い会話をして過ごした。


・・・が、時刻は9時を回り、流石にだらけ過ぎたなと思った刹火は、
「さてと、少し遅くなりましたが、それじゃあそろそろ本題に入らせてもらいますよ」

2人にそう告げると、細めていた目を大きく開き、いつになく真剣な表情になる。


「あ・・・、そ、そうでした。 は、はぃ」 
刹火の言わんとする事を即座に理解した重咲は、その真剣な眼差しと雰囲気に恐縮して、
背筋をピンと伸ばして座りなおし、少々硬い表情で身構える。


「そういえばご飯の前にそんなこと言ってたわね。 で何? 聞きたい事って?」
凛は表情だけキッリっと引き締めると、相変わらず下目遣いで刹火の事を睨む・・・、
とまでとはいわないが、どこか敵意を含んだ鋭い眼光を向けている。


「ええ、それじゃあ、まずは・・・」
「あっ! ちょっと待って! その前に2つ、条件がある」
刹火が何かを言おうとした直後、凛からちょっと待ったコールが入り、

「条件・・・? 何ですか?」
眉を少ししかめて、その条件の内容を訊ねると、

「・・・そうね。 こっちもお前に訊きたいことがある。 まずはそれに答えてからよ」
「その条件が呑めない、もしくはウソをついていると思ったら何も言わない」
「それと私達の持ち物を全部返して! それが条件よ」
っと、凛は2本の指を立てた右手を刹火に突き出して、条件の内容を言う。

 
先程一緒に晩ご飯を食べたことによって、重咲と凛とはそれなりに親しくはなれたようだ
が、その程度では凛の疑惑やら警戒心を、完全に取り払うことが出来なかったようだ。


(要するに、私達の敵じゃないって事を証明しろってことか)
「ああ、わかった。 キミらの持ち物は隣の部屋にあるから後で持ってくるとして、
訊きたいことって? 答えられる範囲内のことであれば何なりと」
凛のだした条件から刹火は、その意図や真意を読み取り「ああ」と軽く了承して、
口元に手をあてながら、微かに笑んでみせる。


「・・・、まずお前は一体何なの? ただの通りすがりの世話好きって、
ワケじゃなさそうだし、それに、妖獣と遭遇しても平然としていた、
お前が単に、おのん気バカなだけかもしれないけど」

「あと、お前はあいつらの仲間じゃないって言うけど、じゃあ、あの妖獣を連れていって
どうする気だったの? それから・・・まあ、まだあるけど、今の質問に答えて!」
っと、凛は眉をしかめて、刹火に質問攻めしてくる。


「あ〜そうだな、俺は代行屋なんだよ」
「代行・・・屋?」
凛はさらに眉をしかめて、疑惑の眼差しで刹火の言葉を反すうする。


「ああ、個人で細々とやっているから知名度はてんで無いけどね」
「ま、依頼があれば、独り身のお年寄りの話し相手やマッサージとか何でもやるよ」
っと、クスッと笑いながら、営業スマイルをつくってみせる。


「それが私の質問と、どう関係するのよ?」
刹火の回答の意味を理解できなかった凛は、眉をさらにしかめて率直に答えるよういう。


「色々やっていると、そういうのにも結構遭遇したりするんですよ」
刹火はこれまでの事を思い出したのか、少々うんざり気味に答える。


「・・・だから妖獣に襲われても平然としていられたとでも言いたいわけ? 
・・・だから私より強いって言いたいわけ? まぐれで全部かわしたからっていい気にならないで」

「・・・そこまで言ってないけど?」
(っていうか、あれは避けないと死ぬから)

刹火の言わんとすることはある程度凛に伝わったようだが、全ての攻撃が外されたことが、
よっぽど悔しかったのか、後半はその事を思い出し、腕組みして再び機嫌を損ねている。


「それと、あの化け物を連れて行こうとしたのは、情報を得るためだよ」
「なにぶん、こっちは今、この町で何が起こっているのかを全く知らないからね」
「あの化け物のほうが一番核心に近い存在だったろうからね。 それがねぇ・・・」
片手で髪をかきながら目を細め、小さくため息をつきながら凛から視線をはずす。


「ふん。 そうならそうと、さっさと言いなさい!」

「いや、説明しようとしたけど聞かなかったのはキミだろ?」

「む、むぅ〜・・・それは紛らわしいことしてたお前が悪い!」 
「すぐに説明すればよかったのにそうしなかったお前が・・・」

弁明され、自分が早とちりしていた事をようやく知った凛は、バツの悪そうな顔になるが、
自分の非は認めたくないらしく、全部お前が悪いという念のこもった視線を刹火に向け、


「って、あいつらが素直に答えると思う? 例え答えたとしてもあんな下っ端からじゃ
たいした情報は得られないわ。 それなら敵の親玉か、その目論みを知ってるのが動き出
すまで、襲ってくる連中を片っ端から狩っていくほうが効率がいいわ」

言ってるうちにそう思ったのか、凛が腕組みしながら、自分の行為の正当性を主張する。
凛も敵から企みを聞き出そうとしたが、たいした情報は得る事が出来なかったようである。


「ま、確かにたいした情報は得られないとは思うけど、それを判断するのは聞き出して
からでもいいわけだし、こうみえても尋問とか、わりと得意なんでねぇ」
「基本的には優しく接しているけど、その必要が無い場合は俺、結構冷酷な方なんだよね」
そう言いつつ、陰のある笑みを浮かべていると、

「ひっ・・あう・・ぅ」
「刹ちゃん、こわい顔になっているわよ」

刹火の中にある何か黒い部分を感じ取った重咲がびくっと反応して目をそらしたので、


「おっと、こほん・・・と、ま、それはそうと、夜凪さんの質問は以上ですか?」
軽く咳ばらいして笑顔をつくりなおし、凛に尋ねる。


「・・・、今のところはこのくらいでいい。 言ってることは本当だと思うけど、
お前、なんかうさんくさいからこれ以上訊いてても、何が本当かわからなくなってくる」
訊ねられた凛はまだ何か訊く事があったようだが、首をかしげたまま、無いと答える。


訊ねられたことには答えるが、訊かれたこと以外の余計なことはあまり言わないので、
どうやら敵か見方を判断する以前に、どこか気の置けない雰囲気を持った刹火のことを
どこまで信用していいのかがわからなくなり、一先ず相手の出方を見ることにしたらしい。


「・・・そうかそれじゃあ、」
「ぁ・あ、あの・・・」

「はい?」
凛の設問が終了したので、今度は刹火が2人に訊こうとしたとき、重咲が小さな声を発し、
右手を恐る恐る上げて、何か言いたげな顔を刹火に向けてきたので、

「え・・と何か?」
っと、重咲のほうに向きなおって訊ねると、

「あの、私もいい・・・ですか?」

「ええ・・・、どうぞ」

どうやら重咲も刹火に質問したいことがあるようで、不意の言葉に少々メンを食らったが、
すぐにきりかえて、重咲が話しやすいように、手で合図を送って話を促す。


「萩裏さんはその、あのヘンな獣・・? の事を調べてどうするつもりなのですか?」
 
重咲は口元に手をあてて、少々困惑気味に訊ねる。


重咲は当初、刹火が自分達から色々聞きだそうとしていたのは、心配してくれているから
なのか、それとも単なる興味本位で事情を知ろうとしていたのかな? と思っていたので、
もしそうなら、凛が刹火に話すことを拒否したと思うけど、自分も拒むつもりだった。


親切にしてもらった人達にとても失礼な行為だとはわかっているから、そんなことはした
くないけど、自分達と関わることで、危険な目に遭わせてしまうのはもっとイヤだったし、
面白半分でとか、野次馬根性で関わってくるのなら、なおさら答えたくはなかったのだが、
凛と刹火の会話を聞いているうちにそのどちらでもないと思い、その真意を知ろうとする。


「そうだな・・・、単にこの町の人達を守りたいから・・・、じゃダメですか?」
刹火は少し考えてから、微かに笑んで見せて、重咲の表情を窺いながら質問に答える。


「・・・守りたいから・・・」
重咲は少々困惑気味に刹火の言葉を繰り返し、

「どうして、・・・どうしてそう思えるんですか? 怖く・・・ないんですか?」
刹火の目をまっすぐ見て、何故そうしようとしているのか、その理由を強く訊ねる。


「そうですね、俺が世話になっている人は、この町に住む人達が傷つく事で悲しむから、
そうならないようにする事が俺にとっての恩返しみたいなものなので、それに・・・」

何かバツの悪い事を思い出したのか、腕組みしながら目を細め、苦笑いしながらそう答え、

「それに・・・?」
言いかけて、刹火が急に口ごもったので、その先を促すように重咲が訊ねる。


(この町には年がら年中色んなところから色んなのが来て、暴れたりするから、被害が出る
前に始末したり、住民にその存在を気づかれないように隠蔽とかよくやっているし、自分
自身がよくそういうのに絡まれたり、事件に巻き込まれたりしているから、もう慣れた・・・)
(とは、流石に2人には言えんしんな・・・。 余計な不安をあおる事になるだけだな) 

そう考え、言葉を濁したのだが、やはり何か納得のいく事を言わねばと、

「それに、化け物がいる町なんて皆が知ったらパニックになるし、変わり者を残して皆、
この町から逃げ出すだろうから、そうなるとウチみたいに個人で細々とやっているところ
なんかは、依頼人があっての商売なだけに、そうなるとたちまち干上がってしまうんでね」

小さく息をつき、肩をすくめながら客観的な意見を交えつつ、主観的な事を述べてみたりする。

すると・・・、

「この金の亡者め・・・」
っと、凛が小声でぼっそっと呟き、それをしっかりと聞き取っていた刹火が、
眉をしかめて「誰がだ」っと、言い返そうとしたとき、


「はっ!! さては私達を助けたのは恩を売りつけて、後でその他もろもろの
報酬とか言って、高額なを代金を無理やり請求するつもりなのね!!」
相変わらず早合点して、眉を吊り上げて、突飛な事を言い出す凛。


「ええ!!? 無理やりって・・ぃぅことは、ひょっとして、私達が気絶している間に、
撮った恥ずかしい写真とかをネタに?! そ、そんな、私達そんな大金払えません!!」


そして、今度は重咲までも凛の早とちりに乗っかってきて、はわわと大慌てしながら
顔を真っ赤にして、妙な妄想を爆発させていたりする。


「なっ?! こいつ・・・、やっぱり男は卑劣なのばかりだ!!」
「こんなことしてただで済むと思うな!! お前は一体何が目的なの?!」
重咲の妄想が火に油を注ぐがごとく、互いの相乗効果? によってさらに、
誤解が誤解をよんで、凛がいきりたつばかりで、当分鎮静化する気配が無い。


どうやら彼女達は疑心暗鬼の囚われの身となっているご様子だ。


「・・・」
(クッ、こいつらは・・・、きっと親とかに、人を見たら泥棒と思え! 
とかみたいな事を教えられてきたに違いない)
やれやれまたかよと、この妙なノリについていけない刹火が目をそらして、
母親の方に顔を向け、肩をすくめながら助けを求める視線を送るが、


「あらあら、ダメよ刹ちゃんそんなことしちゃ」
テーブルに片肘付いて頬に手を添え、困った子を見るかの様な目で刹火を見ていたりする。


「・・・母さんまでボケに回らなくていいです」

ものすごい形相で睨んでくる凛と、キャーキャー言いながら半泣き状態で恥らう重咲に、
この状況を息子がどう打破するのかと、内心では若干楽しそうに窺っている雫。 


雫としては、普段は全く手のかからない息子が、こうして頼ってくれるこの状況が
とても嬉しくてつい、もう少しだけ困っている姿を見ていたいようである。


(はぁ、ほんとに疲れる。 さっさと済ませて寝たい・・・、母さんは当てにならないな)
どうやら母は助けてくれる気はさらさらなさそうだと、その表情から読みとり、そう判断
して、この状況にどっと疲れがこみ上げてきたのか、刹火は額に手あてて、うなだれる。


5 :ヘタレ :2008/06/01(日) 17:58:50 ID:scVco7YJ



しかし、このままでは本当に話が進まずグダグダになってしまうので、
刹火は気を取り直して、根気強く2人の警戒心をとくことに努める。


「安心してください。 目的も何もさっきから言っているように、話を訊きたいだけで、ハナからそんな気はありませんよ。 んな事したら母さんに(全身を)粉砕されてしまう」

「そうなると血の雨がふりますよ? それにキミらを介抱したのは、単なる善意の行為
であって、相手の意向を無視した悪徳商法まがいな事はしませんよ」
「ま、しいて2人からもらうとするなら情報ですが、夜も遅い事ですしこれ以上騒がれると・・・」

刹火は苦笑いして、自分の隣に座っている雫に視線を送りながら言う。


「あ・・・」
「・・・っ」
それにより凛と重咲は常に笑顔の雫をみながら、少し前に自分の息子を粉砕していた事を
思い出し、今のところ雫は自分達に優しいようだが、何もされないという保証はどこにも
ないので、これ以上騒いで自分達も粛清さらたらヤバイと、冷静さを取り戻していた。


「そろそろこっちも質問していいです?」 

「・・・」
「・・・はい」

ようやく話し合いが出来そうな雰囲気になったので、刹火が訊ねると、
凛は苦々しい表情で沈黙し、重咲が代わりに小さな声で返事を返した。 
どうやら異論はないようだ。


「さてと、じゃあまずは、重咲さんはどうして川で流されていたのですか?」
っと、重咲の顔を窺いながら訊ねると、

「そ、それはその・・、ぁの・・」
っと、下を向いてゴニョゴニョと何か言いにくそうに口ごもる重咲に代わって凛が、

「私が突き落としたからよ」
っと、はっきり、まるで悪びれる事もなく堂々とした態度で言う。


「へ〜、そうだったんですか〜 って?! おい! ちょっと待て!」
凛がさらりとすごい事をごく普通のことのように口にしたので、一瞬、かるく流しかけた
刹火だったが、すぐに事に重大さ気づき、なんて事をしやがるんだという目で凛を見る。


「ち、違うんです。 リンちゃんは私の事を助けるために・・・」
凛を見る刹火の不信感で一杯の様子に、重咲が慌ててフォローを入れる。


重咲が口ごもっていた理由はこれだったのだ。
凛はあまり言い訳とかしないタチで、ありのままを端的に言うので、
そのために多くの人に誤解を招いてしまうので、刹火と雫に誤解させないように
どう説明したものかと、悩んでいたのだ。


何故そんなことになったのかというと、2人が川原を歩いていたら突然、10匹の魔物に
とり囲まれ、それから守るために戦っていたのだが、防衛戦に不慣れな凛は仕方なく、
重咲を川に蹴り落としたのだが、川の上流で流れがとても速く、その上、手加減した
とはいえ、凛の蹴りが強烈だったらしく、水没したと同時に気を失ってしまったとか。


で、凛は7匹の魔物に足止めをくらい、それは何とか始末したのだが、残りの3匹が
流れていった重咲を追っていき、そこで刹火と鉢合わせになったというわけなのだ。


凛と重咲が魔物に襲われたのはこれが初めてではないらしく、1週間くらい前から今日まで
に5回も襲撃をくらっているとかで、最初は重咲が1人で帰宅中に、1匹の魔物に連れさ
らわれそうになったところを凛に助けられ、2人は同じクラスだったこともあり、
親しくなり、その後、2人は共に行動するようになって、凛に守られてきたというのだ。


で、本来ならば今日から家族で旅行に出かけているはずだったのだが、魔物に襲われたと、
言ってもどうせ信じてもらえないと、誰にもいえなくて、家族にも危険が及ぶ事を恐れて、
急遽友達のところで泊まるとか言って、家出同然で行く当てもなく凛とさ迷っていたとか。


「・・・だから、あの時リンちゃんが助けてくれなかったら、私・・・っ」
「でも、襲ってくる獣の数もだんだん増えていくし、これ以上リンちゃんにも
迷惑けられないし私、・・・もうどうすればいいのかわからないです」

と、重咲は今にも泣き出しそうな表情で、とても不安に満ちた声で刹火に自分の近況を話してくれた。


「そうだったの、怖かったわね。 でももう大丈夫よ。 これからは私達が守るから・・・」
雫も悲しげな声と表情で、しかし重咲に安心させるように力強くそう言うと、体を引き寄せて抱擁する。


「ふん。 あんな雑魚、私だけで十分よ。 そのうち親玉も見つけ出して討伐してやるわよ」

どうやら敵に狙われているのが、自分だけであると自覚している重咲は、凛に迷惑をかけ
てしまっている事を気にして言っているのだが、凛は自分の腕を重咲に信用されていない
と勘違いして、不機嫌そうに眉をしかめつつも、自分の胸に手を添えて、自信満々に言う。


「リンちゃん・・・ありがとう」
「ふん」
雫に抱擁されている重咲が泣きながら、とても嬉しそうに凛に改めてお礼をいい、
凛は腕組みしながら彼女なりの照れ隠しか、顔をわずかにそむけて鼻をならす。


刹火は性格の全く違うこの2人がどうやって仲良くなったのかと、疑問を抱いていたが、
先ほどから会話を聞いているうちに、当初は重咲が守られる側で、凛は敵をおびき寄せる
ために利用するといった、お互いの利害関係だけの付き合いだったようだが、
一緒にいるうちに情がうつって、友情が芽生えたんだろうなと、結論付けた。


「・・・」

「ん? あによ? お前、私に何か言いたそうね。 
何か言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
と、不意に刹火の視線に気づいた凛が何かを感じ取り、刹火に食って掛かる。


守りきれなくなったからって、友達を川に突き落とすような奴が何を偉そうにと、
いうような目で見ていたのだが、そんな事を言って、また凛と乱闘になったらたまらない
ので、「いや特にはない」っと、笑顔をつくって、何のことやらと、とぼけながら言う。



その後も、刹火は2人に、「狙われる原因とかに心当たりはありませんか?」
というような質問をいくつかし、その結果、

「なるほど、結局キミらも相手が何者で、何の目的があって、
重咲さんを狙っているのかはわからないと・・・」
(ま、ハナからそんなに期待してなかったけどな)

っということがわかり、苦労したわりにはたいした情報が手に入らなかったので、
少々残念そうに肩をすくめながら刹火は呟く。


「あによ? 何か文句あるわけ? たいした事知ってなくて残念だったわね」
「いっとくけどもうお前に話すことも、話す気もないわよ!」
「り、リンちゃん・・・ごめんなさい。 私も本当に心当たりがないんです」

凛は刹火にがっかりされた事になんか苛立ちを覚え、悪態をつき、重咲は小さく頭を下げ、
うつむき加減になんでこんな事になってしまったのかと、うなだれている。



「そんなに気にしないでください。 わからないのなら、これから調べればいいので・・・」
っと、刹火は微かに笑みながら、あえて楽天的に言って励まそうとする。


とはいえ、全く何の情報もえられなかったというわけでもない。 
刹火は目を細めて、腕組みすると、現在自分が知りえた情報を頭の中で整理する。


(すでにこの町に何体か化け物が入り込んでいるってことか、しかしそんなに沢山の化け物
がいたら誰か気づくはずなのに、今のところその気配を感じないし、そんな話も聞かない)

(そういえばあいつらは誰かに頼まれたとか言っていたな、
ということはそいつが化け物を何らかの方法を用いて召喚させて、
この町に放しているのか? それとも結界か何かで・・・、それなら・・・)


刹火は腕組みしながら2,3分程、あれこれ考えていたが、
「はんっ!」
っと、微かに鼻を鳴らすと、思考する事をやめた。


別に考える事が面倒になったからではない、むやみに考え込むだけ無駄だからだ。

刹火は知りえた情報から瞬時にあらゆる状況を想定し、その対処法を考えていたが、
何かあった時にすぐに対応できるように、ちょっとした心構えができる程度で止めたのだ。

この町では常に想像を超えるような事が起こるので、下手に勘ぐって妙な先入観に囚われ
ないためにも、情報を得るたびに現状を素早く整理して、理解する程度で十分なのだ。


っとまあ、刹火が思考している間に、重咲も何か手がかりになるような事はないかと、
思考していて、ふとある事件のことを思い出し、思ったことを口にする。

「あ、あの、ひょっとしたら、私達の事を襲ってきたのは、最近女性ばかりが、
神隠しにあっているっていう事件と、何か関係がないでしょうか・・・?」
っと、自信なさげに重咲が言うと、

「むっ。 それだ!」
凛が急に大声をだして立ち上がり、「そいつを見つけ出してボコってやる!」とはりきって
言い、それに対して刹火が「それだ! って、どれだよ?」と、つっ込もうとしたら、


「そうかもしれないわね。 ニュースで神隠しにあった娘(こ)は、みんな若くて、
可愛いくて、何より胸の大きな女の子ばかりだったらしい事を言っていたわ」
「麻奈ちゃんはバッチリその条件に入っているから、狙われちゃったのね」
っと、雫も頬に手を添えながら、一緒になって襲撃犯がそれであるように言い出す。


「・・・」
(その情報が本当なら、確かに重咲さんは条件には入っているようだけど・・・)
刹火は腕組みしながら、どうもふに落ちないという顔をして、3人の会話を聞いている。


重咲は着やせするタイプのようで、雫は2人を風呂に入れた時に見たので、その体型を
知っているのは当然で、刹火の場合は重咲を助けたとき、全身ずぶ濡れだったので、
服が体に張り付いていて、その体型を知ったし、刹火自身、目測で質量等をほぼ正確に
言い当てる事ができるので、その点については納得している。


で、凛の場合は刹火の驚異的な洞察力をもってしても、男女の区別をつける事が
出来なかったわけなのだが、その原因は簡単に言うと、凛が幼児体型だったから・・・。


「そ、そんな可愛いだなんて・・・、確かに何人かから告白とかされた事がありますけど、
リンちゃんに比べたら、私なんて全然・・・リンちゃんなんかほぼ毎日で・・・」
っと、顔を真っ赤にして、両手と首を大きく振ると、けんそんしながら(?)否定し、


「・・・」
(確かに黙っていれば結構可愛いらしい顔だが、それは単に、からまれているだけなんじゃ
ないだろうか? 夜凪さんはかなり生意気な性格しているからな・・・)

刹火は凛のほうがモテると聞き、それは重咲の勘違いだろうと想ったが、口にはしない。


「それに着替えの時に友達から、クラスで、いえ、学年で一番大きいんじゃない?
 みたいなことを言われたこともありますけど、リンちゃ・・・あ、・・・」

(卑下しているようだけど、結構自慢してないか?)

重咲はけんそんしているようだが、刹火からしたら卑下自慢しているように感じられたが、
雫に体型をほめられて、混乱+恥じらっているようで、まるで自覚なしのようだった。 


だが、凛を引き合いに出した瞬間、何か触れてはならない事を口にしてしまったと、
すぐに冷静さを取り戻して、素早く口元を両手で押さえて、顔をそむけている。


「私が何だって? 麻奈」
凛は目を細めて重咲の事を睨んでいるが、刹火のときほどきつい表情になってはいない。


「・・・ん〜」
雫も少し困った顔をしてフォローのコメントに困っているようだった。


「つーか、ちょっといいか?」
っと、刹火が相変わらずこのグダグダな状況を制すための言葉を発した瞬間、

「あによ? お前も何か言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!!」
「ん?!」
重咲と雫の若干困惑した表情に妙な苛立ちと、不快感を覚えた凛の怒りの矛先が、
何故か刹火に向き、いきなり顔面目掛けて右ストレートを打ってきたが、


「うおっ?!」
「・・・ちっ」

「・・・だから何故俺が殴られないといけない!?」
「俺は夜凪さんにとってそんなに殴りやすい存在ですか?」
とっさに手を上げて、肘で防ぐと、すかさず凛の理不尽な行為に文句を言う。


「ふんっ! お前の顔が何か一番ムカついただけよ」
舌打ちしながら突き出した拳を戻すと、凛は腕組みしながらそっぽを向く。


相変わらず刹火には納得のいく打撃が決まらないので、凛さんはご機嫌斜めのご様子です。


「ったく! お前といるとヘンに疲れる。 ムカつく。 不快だ。 殺意しか芽生えない!」
「今すぐにでもお前をボコってやりたいけど、今は無駄な体力使いたくないから、
それができなくて歯がゆいよ・・・。 でも麻奈を狙う連中を片付けたら、次は・・・」 
凛は拳を強く握ると、心底悔しそうに全身を震わせていた。


「・・・それはこっちの台詞ですね」
やれやれと小さく息をつくと、いいかげんこのノリに慣れてきたのか、
刹火は目を細めるだけで、これといって動揺も、反応もしなくなっていた。


「で、刹ちゃんがさっき言いかけていたことは何かしら?」
凛の憂さ晴らしによって、流されたかと思われた刹火の言葉の、その先を促すように雫が訪ねる。


「ん? ああ、そのことなんですが、重咲さんを襲う連中と、
神隠しの犯を同一とみるのはどうかと思う・・・」
っと、呟くように自分の意見を述べると、

「・・・む」
「・・・え?」
「と、いうと?」

女性ばかりを狙う神隠し犯=今回の襲撃犯と断定した3人は、今更何を言い出すんだ
こいつ? という目で、それぞれ刹火のことをみているが、そう考えるのは下手な先入観
に囚われまいと、常にあれこれ思考をめぐらせ、可能性を求めた結果である。


「ま、類似点はいくつかあるみたいだけど・・・、仮にそうだとしても、
神隠しの犯人についても不明な事ばかりで、結局のところ何の進展もしていない」

「だから、そこは麻奈に・・・」

「それじゃ結局、重咲さんを囮に使うってことだろ?」 
「いくら自分の腕に自信があるからって、
友達に危ない事をさせるのはどうかと思いますよ?」


「むぅ・・・、じゃあお前は何かいい案があるっていうの?」
刹火に道義的にイタいところをつかれ、多少たじろいだが、そこまで言うのなら
何か納得のいく、いい案を出してみなさいという眼で、凛がそう言い返す。


「ま、ね。 けど、俺も不用意に手の内をみせる訳にはいかないから、
ま、それを教えるかどうかは、キミらしだいかな?」
クスっと微かに笑むと、刹火は自身ありげな眼差しを凛と重咲に向ける。


「私達しだい・・・?」
「そ、俺の事を信頼して、この一件に関しては任せてくれるのならね」
「信用の置けない者同士が一緒に行動しても、お互いにろくな事にはなりませんからね」
困惑気味に呟く重咲に対してそう答えると、刹火は2人の反応を窺っている。


「ふん、だったらお断りよ。 どうせろくな策なんてなさそうだし、仮にあったとしても、
それはつまり、お前に従うっていう事でしょ? これ以上お前の世話になる気はない」
凛はそうスッパリ言いきると、立ち上がってふすま開けて、部屋から出て行くかと思ったが、


ふと立ち止まって振り返り、
「・・・トイレはどこ?」
っと、誰に言うでもなく、独り言のように呟く声で訊ねられ、

「ん? ・・ああ、トイレね」
っと、刹火が若干遅れ気味に反応し、

「そこのつきあたりを左に曲がって・・・」
そう説明しながら雫が立ち上がると、凛の手を引いてトイレに案内しようとして、
「麻奈ちゃんは?」
っと、小声で訊ねると、

「え・・あ、はい」
2人が出て行ってしまうので、必然的に刹火と2人きりになってしまうので、
それに気まずさを感じてか、刹火の顔をチラッと見ると、立ち上がって一緒についていく。


「・・・はん」
1人残された刹火は小さく息をつき、食卓の上の湯飲みに手を伸ばし、ズズっとお茶を飲む。



雫がわざわざ2人をトイレまで案内するのにはちょっとしたワケがあって、この家は部屋
数が多く、迷いやすいのと、元々民宿だったので、公衆トイレのような造りのトイレと、
刹火がこの家の改装時に家庭用のトイレをいくつか造ったのはいいが、親子2人では全部
使わないので、使用頻度の少ない場所は封鎖しているので、間違ってそこに行かないよう
にするためと、もう1つ、雫も2人と息子抜きで話したいことがあったからである。


ちなみに雫が案内したトイレは、この家にもともとあった集団用のトイレ。

雫に案内された凛と重咲が、ようを済ませてトイレからでてくると、

「刹ちゃんのところに戻る前に、ちょっといいかしら?」
っと、妙にシリアスな感じの雫が2人に声をかけてきた。


「何?」と、ぶっきらぼうに訊き返す凛と、「え? は、はい」と、
不意に話しかけられ、若干うわずった声の重咲が雫に返事を返す。


「2人とも今晩はどうするつもりなの? ほら、もう夜も遅いでしょ?」
「お家に帰るのなら送っていくし、行くあてがないならウチにお泊りしない?」
2人に今後の動向を訊ねつつ、雫がそう提案する。


「・・・むぅ」
と、凛が腕組みしながら眉をしかめてうなっていると、

「・・・え・・、あっ、 その、これ以上ご迷惑をかけるわけには・・」
っと、凛に代わってしどろもどろしながらも、重咲がやんわりと断わる。


実際のところ、2人とも帰る場所も、行くあてもなかったりする。

重咲の場合は、家族に危険が及ばないようにしているので、今は誰もいないといっても、
家に戻る事はできず、凛の場合は重咲をかくまった事によって、敵に(借家を)襲撃されて、
今は住める状態ではなかったりするので、2人にとって、雫の申しではとても嬉しい事なの
だが、男嫌いな凛としては刹火と同じところにいる事が嫌なのだが、行くあてはないので、
重咲の事を考えるとこの申しでを蹴るのもためらわれ、すぐに返答ができなかったのだが、
重咲はこれ以上刹火と雫には迷惑をかけたくなかったので、速攻で断わってしまった。


「麻奈・・・いいの? 私はそれでも別にかまわないけど」
「う、うん リンちゃんや雫さんには申し訳ないけど・・・、でも私は・・・」

凛が重咲に再確認すると、重咲は小さくうなずいて、自分はここにいてはいけない
存在であるといいかけて、顔を伏せ、口を閉じた。

そんな事を口にしたら2人に余計に心配させてしまうと思ったからだ。

2人の言動や表情からそれぞれが危惧している事をさとった雫は、


「う〜ん・・・、別にウチは迷惑じゃないのよ?」
「それに私も刹ちゃんも自身はもちろん、2人のことも守れる力くらいはあるわよ?」
「そうね〜、じゃあ、ウチの子でも雇ってみない?」
頬に手を添えながらにっこと笑って、さらにそう提案すると、


「・・・え?」
(リンちゃん、どうしてそうなるの?)
「むむぅ?」
(そんな事訊かれても私にもわからないわよ)

「2人には刹ちゃんのことが頼りなく見えたかもしれないけど、ああみえて
ウチの子は仕事となると、きっちりしているから心配しなくても大丈夫よ?」

2人は困惑した表情になり、何故そういう流れに話が進むのかと、
顔を見合わせて小声で相談している間に、どんどん話を進めていく雫。


「え・・・、で、でも私達、その、誰かを雇ったりとかするお金は・・・」
「あら、そのてんについては問題ないわよ?」 
「ウチの場合は成功報酬が金品だけっていうわけじゃないから」
「・・・むぅ」

戸惑いつつも何とか断わろうとして、重咲は経済面に関する問題を口にするが、
そんな事は雫からしたらわかりきった返答なので、あっさりかわされてしまった。


ちなみに・・・、この雫の強引な進行に対して凛が真っ先に口を挟んできそうなのだが、
凛は雫の顔色をうかがいながら、腕組みして閉口してたたずんでいた。


何故凛がおとなしくしているのかというと、それは本能的にこの人(雫)には、
逆らわないほうがいいという威圧感のようなものを感じていたからなのだ。


と、まあ〜凛はこんな感じなので、あまり強くいえない重咲がごたついている間に、


「そうね・・・、この件が無事に解決できたら・・・」
腕組みして少し上を見ながら、雫はもう依頼の成功報酬の内容を考えていた。


「え・・・えぇ?!」
「・・・ふにゃ」
何だかんだで、雫に逆らう事が出来ないとうすうす感じはじめていた2人だが、
この後どんな要求を突きつけてくるのかと、不安げな表情で固唾をのんで、身構えていた。


「うん。 それじゃあ・・・ね」
何かいい案を思いついたのか、手をポンと叩いて、

「そ、それじゃあ・・・?」
「って・・・何が?」
2人はさらにこわばった表情になってその先を急かす。


「刹ちゃんとお友達になってあげて」
と、笑顔でいう雫。

「・・・はい?」
「・・・ふぇ?」
金品以外でも支払い可といわれていたので、まるで見当のつけようがなく、
必要以上に身構えていた2人は、不意の言葉に拍子抜けして、ふぬけた声を出していた。


「恥ずかしいというより、情けない話なんだけど、仕事にかまけ過ぎて、あの子、
お友達とか全然いないみたいなの。 だから2人みたいに可愛いお友達がいれば、ってね」


息子の不甲斐なさに肩をすくめて、ため息まじりに呟くようにいうと、
雫は2人の顔を交互にみつめて、その反応をうかがっていた。

「え? ・・あ・・う・・」
「・・・」
雫の提案に2人はどう答えていいものかと、しばし戸惑っていたのだが、


「雫、さっきからあいつ(刹火)に任せれば何とかなるって、
いってるように聞こえるけど、なんにも出来なかったらどうするつもりなの?」


っと、凛は雫が自分の息子のことを過大評価しているのではないかと指摘すると、

「そうね、刹ちゃんがダメだった場合は、下僕にでも何にでも好きにしちゃっていいわ」
「ふぇ?」
「え? はい? げぼ・・くって・・・」
相当な自信の表れか、それだけ信頼しているのかはわからないが雫は全く表情をかえずに、
今度はまったく考えずに即答し、極端な返答に再び困惑している2人に向かって、

「とにかく、2人のことは絶対に守るから・・・ね」
真剣な眼差しで力強くそういうと、再びほんわかとした笑顔を2人にみせる。



その頃・・・、刹火はというと、

「・・・」
居間の壁にかかっている時計を眺めながら、1人静かにお茶をすすっていたりする。

「さてあの2人はどうするかねぇ・・・、ま、母さんはかなり強引なところがあるからな」

3人が居間から出て行ってかれこれ10分以上経っていたが、戻ってくる気配がないので、
今頃、母が2人と今回の件についての交渉しているのだろうと、予測していたりする。

その気になれば耳を強化して、耳を澄ませばこの家のどこにいようとも、どんな微かな
音でさえも聞き漏らすことなく聞き取る事もできたが、そんな気は起きなかった。


まさか母が成功と失敗したときの内容まで相談なしに決めているとは、想ってもいない
ので、若干退屈そうにあくびと伸びをしながら、3人が戻ってくるのを待っていた。


その数分後、廊下から3人の足音が聞こえてきて、腕組みしながらムスッとした顔の凛と、
苦笑いを浮かべる重咲との間に、いつもの様に微笑を浮かべる雫が居間に戻ってきて、

「あら、刹ちゃん、可愛い女の子が戻ってきたのに、全然嬉しそうじゃないわね?」
「・・・」
何か言いたげな刹火の言葉を制すかのように、雫が口を開き、刹火に眼で合図を送る。


家主が案内したので2人が迷っていたという事はないと、容易に想像できたはずと思い、
にもかかわらず、トイレに行くといったきり、10分以上も戻ってこなかったので、
その事について、息子が2人に何か失礼な事を言わないようにと、釘を刺しているのだ。


刹火としては、母が2人と話し込んでいたから、遅かったのだろうと予想していたので、
2人にデリカシーのない失言をしないために、その事にふれる気はさらさらなかったのが、
妙に返答に困るような言われ方に、どう対応したらよいかと、目を細めて思考していると、


「あによ? 何か言いたい事があるならハッキリ言いなさいっていってるでしょ!!」

何か言いたげな顔をしているように見え、雫同様、凛には刹火が「長いトイレだったな〜」
的な事を言ってくるのではと思い、照れ隠しというか、とにかく、勘違いされた(?)という、
不快なこの気持ちを払いのけたくて、刹火の顔面目掛けて、右の拳を突き出す。


「・・・うわっ?!」

これで何度目か? というこの展開に、いい加減耐性がついていた刹火だったが、
凛の攻撃に首をわずかに動かしてかわしつつ、とりあえず驚いてみせる。

「・・・だから何でいきなり殴って来るんですか?」
「夜凪さんや重咲さんに対して特に言いたい事なんてないんですが・・・」

「・・・むぅ」
防がれるだろうと予想しつつも殴ってみたが、今度は刹火に軽々とかわされてしまった
ので、突き出した自分の拳を凛は、眉間にしわを寄せながらみつめている。


「って?」
「も〜刹ちゃん、メ! 2人は大切な刹ちゃんのお客様なんだから」
刹火がその様子を眺めていると、雫に手の甲で額を優しく小突かれ、

「大切な・・・? 俺の? って、もしかして母さん?」
ある程度はこうなるんじゃないか? と予想していたので雫の言う、お客様≠フ意味
する事を瞬時に理解していたのだが、確認をかねて、今気づいたかのように訊ねると、


「何? 刹ちゃん」
息子が問おうとしていることを察していたが、あえて分からないフリをして、
何かイタズラをたくらんでいる子供のような、意地悪な笑顔で逆に訊き返してくる。


「また勝手に依頼を請け負ったんですか?」
っと、両目を細めている刹火が、声をひそめて雫に訊ねると、

「ええ。 あら、ダメだったかしら?」
「ダメって・・・、ことはないんですがねぇ」

結局こうなってしまったかと、刹火は肩を落として「はぁ」と小さくため息をつきながら
2人の依頼人の方に視線を移すと、凛は「フン!」っと、腕組みしながらそっぽを向き、
重咲は刹火に「よろしくお願いします」とか、挨拶したほうがいいのだろうかと、咄嗟に
小さく会釈し、常にほんわかとした表情の雫は、確信犯のような笑みを一瞬浮かべていた。


とはいえ、ここまでは刹火の予想の範疇に収まっていたので、
内心では「ま、いっか」という程度の軽いノリで流せていたのだが、


「あ、ちなみに刹ちゃん、期限はこのお休みが終わるまでよ」
「・・・はい?」

思い出したかのように両手をポンと合わせながら、そう告げる雫のこの言葉に、
刹火の思考が一瞬停止した・・・というか、一応その言葉の意味は理解したのだが、
これまでにも似たような事があったので、刹火としては母親が2人の身を案じて自分に、
依頼するように勧めるだろうと予想していたのだが、そこから先のことは自分も交えて
色々協議しながら決めていくつもりでいたので、唖然としているのだが・・・、


「ほら、麻奈ちゃんのご両親は家族旅行中でいないから、今はつじつま合わせとかは
しなくていいけど、帰ってきたら大変でしょ? だからそれまでにはね・・・」
「それに2人の精神の衛生上、こんな現状がいつまでもっていうわけにもいかないしね」

刹火が自分の言っている事を理解できていないのでは? と、とりあえず補足する雫。


しばらく呆けていた刹火だったが、突然ククッ、と不敵な笑み(?) を浮かべ、

「ハン! ええ、やってやりますよ」
「俺だってこんな事で大切な休日を潰したくないですからね」
何だかフっきれた様子で、雫にだけ聞こえるようにそう宣言すると、


「とはいえ、今日は色々あって疲れたので、今後の事については明日にでも・・・、
俺はもう寝ますから、後の事はお願いしますよ、母さん?」
「はいな。 まだ10時なのに刹ちゃん、今日はお疲れねぇ。 お休みなさい」

急に冷静さを取り戻したのか、単にやる気がなくなったからなのかは定かではないが、
そう告げると刹火は立ち上がって、笑顔の雫に見送られながらフラフラと歩き出し、

「ああ、そうそう、これ、2人の荷物です」 
「え? あ・・」
「一応後の事は母さんに任せてありますが、何かあったらそれかでか、
2階の・・・、この部屋の真上が俺の部屋なので、起こしてください・・・、じゃ」
「・・・」

すれ違いざまに2人の所持品が入っている箱と、電話と天井を順に指差して、簡単な説明
をし終えると、刹火は2人が言葉を発する前に手をひらひらと振って、去っていった。


部屋に着くと、刹火は無意識のうちにいつものように自分の部屋のカギをかけてしまった。

「・・・疲れた」

一言呟くと、ベッドにうつ伏せで倒れ込み、目を閉じて眠りにつこうとする。

下の部屋からは微かにテレビの音に混じって、3人の話し声が聞こえてくる。
その気になれば聴覚を身体強化して聞き取れない事もなかったのだが、やはりしない。


まあ単に興味がないとか、理由は色々とあるが、何にしろ眠かったからに他ならない。


「・・・」
寝返りをうった刹火の脳裏にふと、あの2人・・・、特に夜凪 凛と、
うまくやっていけるのだろうか? という不安がよぎったが、


「・・・・・・・」
(それは明日の俺が何とかうまくやってくれるだろう・・・)
楽天的な考えにきりかえて、日頃の心身の疲れや、睡魔に負けて、熟睡してしまった。






・・・・・・・・・・どれぐらい寝たのだろうか?


「・・・う゛?」
急に胸が息苦しくなり、

「・・・・ろ! おき・・・!  なさい っ!」
何かに体を揺さぶられているような感覚(?)とともに、女の子の声が聞こえる気がする。


「・・・」
(誰だ・・? 俺の眠りを妨げているのは・・・) 
(母さん・・・か? でも・・、声がちが・・・)

ふと、違和感を覚え、同時に何か殺気のようなものを感じて、両目を開けると・・・、
刹火の腹に馬乗りの状態で凛が乗りかかっていて、逆手に持った刀を今にも振り
下ろそうと、まるで弓を引くかのごとく、大きく肘を後ろの引いた状態で構えていた。


「え゛?!」
「はあぁ―――!!」
これ以上にない絶好のマウンドポジションをえていた凛は、微かに笑むと、気合とともに、
大きく息を吐きながら、真下=刹火の顔面目掛けて、刀を容赦なく振り下ろす。


身動きがとれず、無防備状態の刹火はとっさに首を振って、何とか避けたが、凄まじい
振動とともに、ベッドが大きくきしみ、刀がシーツを巻き込んで深く突き刺さっていた。

「・・・っ、う・・・へぇ」
「・・・ちっ!」
「・・・夜凪さん・・・、キミは、俺を起こしたいのか、眠らせたいのかどっちなの?」
「ふんっ!  用があったら起こせって言ってたくせに、すぐに起きないお前が悪い」
「何回も部屋の戸をたたいたのに、それに・・お前、カギ掛けて寝てただろ・・・」


「ん? いつのもクセでカギ掛けて寝ていたか・・・、そいつはすんませんねぇ・・・」
「で、どうやって入ってき・・・」

自分のうっかりに頭をかきながら小さく会釈して謝りつつ、部屋の中が薄暗かったのと、
まだ若干寝ぼけていたので、凛との会話から現状を理解しきれていない刹火だったが、
妙に嫌な予感を感じて凛からそらせた眼には、無残に破壊された自分の部屋の戸がうつり、


「そんなのぶっ壊して入ったに決まってるでしょ? 」

「な・・っ・!?」
・・・絶句する。


ドアノブの辺りが特に悲惨で、まるで原形をとどめていない。
戸が閉まっている状態でも、廊下の間接照明の光が穴から部屋の中に差し込んでいて、
廊下の様子がぼんやりとではあるが、うかがえるほどの大きな穴が開いていたりする。


「お、おま・・・っ」
思わず声を荒げて怒鳴りそうになったが、あまりにも堂々とした態度で悪びれることなく、
言い放たれてしまったので、刹火は額にあてて肩を落としながら、大きくため息をつき、

(落ち着け俺。 こんなことで感情的になっているようじゃ後が持たない)

「・・・で、何のようですか?」
一呼吸おいてから微かに力の入った、硬い笑みを浮かべながら訊ねると、

「・・・」
ぐぅう〜〜〜〜!

っと、腕組みして無言で仁王立ちしている凛の腹の辺りから、昨日、川原で聞いた
音が聞こえてきて、部屋の戸の破壊および、寝込みを襲われた理由を悟る刹火。


(ネコのご飯のCMで、主人を起こしてくるネコと理由は一緒・・・ってか)
(手段を選ばないにも程があるぞ・・・? やっぱりこいつネコに似ているな・・・)


「・・すぐに朝食の用意をしますよ。 ひとまず着替えたいので下で待っていてください」

「・・・うん」

はははっ、愛想笑いしながらそう告げると、凛は微かに笑んでみせて、ベッドから
刀を抜き取ると、穴の開いた戸を閉めて、刹火の部屋から素直に去っていった。


「飯の事となるとききわけがいいな」

嵐が去り、若干呆け気味の刹火が、ふとベッドのそばに置いてあるデジタル時計に
目をやると、時刻は午前5時を30分程経過している事を示していた。


「え゛ぇ〜・・・まだ5時半かよ。 どうりでまだ暗いわけだな」
朝日が微かに昇り始めたばかで、まだ薄暗部屋に灯りをつけて、
改めて凛に荒らされた自分の部屋を見回し、その惨状を確認すると、


「はぁ〜っ、これじゃ戸の役割を果たしてないな、後でベッドと一緒に直さないとな」
「ちょっと甘く見すぎていたな・・・、本当にあの子達とうまくやっていけるのかねぇ〜」

と、まあ昨日まで楽天的だった自分の能天気さを呪いつつ、凛によって無残にも破壊され、
大きな穴の開いた戸と、その辺に散らばっている戸の残骸、への字をひっくり返したよう
に曲がっているベッドを見回し、少女達との今後の活動に一抹の不安を抱く刹火だったが、


「おっと、こんなところでいつまでも傷心に浸っている場合じゃないな・・・」
「速く行かないと、これ以上待たせたら何をしでかすかわかったものじゃないからな」

やれやれとため息をつきながら、タンスから着替えを取り出して素早く着替えると、これ
以上凛を暴走させぬためと、ご機嫌取りを兼ねた朝食作りに台所へ向かって駆けだした。


6 :ヘタレ :2008/08/17(日) 17:21:45 ID:scVco7YJ

脅威




朝。

「・・・・・・んっ」

昨日、気絶していたときに運ばれた和室で寝ていた重咲が、
妙に甘ったるいニオイと、微かに聞こえてくる話し声で目を覚ました。

「・・・あれ? ここは・・・、あ、・・・そうか」

いまひとつ馴染みのない部屋の雰囲気に、一瞬ここはどこ? 
と、戸惑うが、すぐに事情を思い出して小さくため息をつく。


上半身だけ起こして、眠気眼を手の甲でこすりながら、壁に掛けられた
時計に目を向けると、時刻は午前6時を5分ほど回っていた。


「・・・」

現在の時刻を確認すると、ふと視線をそらして、自分のすぐ横で寝ているであろう
凛の姿を捜すが、そこには抜け殻のようにしわくちゃに丸まった布団しかなかった。


「・・あれ? リンちゃんがいない」
「・・・あう・・、寝癖が・・・?」

何気なく頭に手を添えると、髪の毛が妙な方向に広がった状態で固定されているような
感じがするが、
鏡がなくて確認できていないのもあるが、頭が働いていないので、いまひとつピンとこない。


部屋の中を一通り見回してから、まだ寝ぼけている重咲はしばらく呆けてから立ち上がり、
妙に甘ったるいニオイと、妙な騒がしさとともに微かに聞こえてくる声に向かって歩き出す。


・・・ニオイと声がする部屋の前までたどりつくと、そこには刹火と凛の姿があったのだが、

「・・・」

テーブルというか、凛の姿も被い隠すぐらいの大量のホットケーキが、山のように積み上げられていた。


何故ホットケーキが大量に量産されているのかというと、凛を待たせず、手軽で簡単、
速くて大量に作れるものをと、考えた結果であるのだが、ひと山を一瞬で消滅させてゆく
凛の驚異的なスピードに対応していたら、いつの間にかそうなっていたのだ。


「ん。 ・・重咲さん、おはようございます」 

焼くのに必死になっていて、その姿を一切目視してはいなかったが、
重咲の気配に気づいた刹火が振り向きながら朝の挨拶をする。

「あ゛・・・、起こしてしまいましたか?」

振り返って重咲の姿を見た瞬間、0,5秒ほど固まっていたが、
刹火は目を細めてすぐに笑顔を作ると、小さく会釈した。

「はわ?! お、おはようございま・・・」

そっと部屋に入ったので、自分の存在は気づかれていないだろうなぁと思っていただけに、
刹火からの不意の朝の挨拶にビクっとして、うわずった声で返事をしている途中で、

「麻奈・・・、お前の髪、すごいことになってる」
「え? あぅ!」

凛からか容姿を指摘され、ハッとしてとっさに、
寝起きの顔と寝癖のついた髪を両手で覆いながら隠す。


「・・・、洗面所はそこの廊下を左に曲がったところにありますよ」
「洗面具とかは一通り用意してあるので、適当に使ってくださいね」


刹火は、すぐに視線をホットケーキが焼きあがってゆくホットプレートに戻して、
重咲が今、一番必要としているであろう、洗面所の場所を教える。


「うぅ・・・は、はい」
重咲は赤面しながら素早く洗面所へ向かって立ち去っていた。


「・・・」
(女の子は色々と大変だねぇ)

慌ただしく去っていく重咲の後姿を見送りながら、
刹火は小さく息をついて、ふと、凛のほうに視線を移すと・・・、

「ん゛・・!」 

「んっか、ほかわり!」

「・・・(ホットケーキを)どこへやった?」


つい先程まで山のように積み重ねられていたホットケーキは消え去っており、
ハチミツのついた頬を膨らませた凛が、カラになった皿を突き出して、
刹火にむかって口をもごもごさせながら、おかわりを要求してくる。


「・・・っ・・ん、これもカラになったからついでに」

凛はマグカップを両手で掴むと、口元におしつけて、適度に冷めたホットミルクで
口いっぱいにあったホットケーキを流し込むと、唖然としている刹火を気にも留めず、
カラになったハチミツ(容量:2000g)のビンと、つい先程飲み干した飲み物のおかわりも要求する。


「・・・はいな、今すぐに用意しますよ」
(カラって、(ハチミツの瓶は)まだ未開封だったのにな・・・、
ま、(ホットケーキが)あの量じゃ足りないか)

(材料が切れてしまったから作り直さないとな。 それにもう少してバターも切れそうだな)


刹火はやれやれと目を細めて呆れながらも、カラになったビンとマグカップを受け取って、
新たにホットケーキのキジを作り直しながら、かえの飲み物とハチミツとバターの用意をする。


一方、洗面所に向かった重咲は、鏡に映った自分の姿のあまりのひどさに思わず、
「はわぁあ〜〜〜〜!!」という小さな叫び声を出して、1人わめいていたりする。



・・・・・・・・・・・・約30分後。



再び焼きたてのホットケーキが凛の周囲を覆い尽くしはじめた頃・・・、

「ん・・・戻ってきましたね」

「?・・・何が? ・・・あ、麻奈」

ホットプレートでホットケーキを焼いている刹火が再び何かを気取って、
ぽつりと言葉を漏らすと、凛は何のことを言っているのだろうかと、
ふと廊下のほうに目をやると、その数秒後に頬を赤らめてモジモジしながら
重咲が気づかれないようにそろ〜と居間に戻ってくるところだった。


「さっきと比べたらずいぶんスッキリしてるわね」
「あうぅ・・・」

凛の言葉に重咲はさらに赤面して、大きな声でさっきの自分のことには触れないでと、
言いたげな目をして、顔を両手で覆いながら、上半身を大きく左右に振っている。


「・・・」
(それにしてもこいつ(刹火)・・・、妙に勘がいいというか・・・)
(姿も見えないうちから、そっと戻ってきた麻奈のことに気づいていた)


右往左往している重咲の様子をしり目に、凛は微かに表情を硬くして、
黙々とホットケーキを焼いている刹火の背中をみつめる。


「・・・何か?」

「なっ?! お、お前なんかに何の用もないわよ!」

不意に感じた視線の方向に刹火が振り向くと、吃驚した凛が赤い顔をして、
こっちを見るなっと喚きだすので、言うとおり無視して、


「重咲さんもいかがですか?」

刹火はさっきのことには一切触れず、目を細めたまま笑顔で朝食を進めるが、


「え・・、あ、あの〜、わ、私はいいです」

申し訳なさそうに恐縮しながら、口元に手を添えて断わられた。


「む? どうして?」
「こいつの料理の腕のよさだけは、昨日の晩ご飯で知ってるでしょ?」
「それをいらないだなんて麻奈はわがままだ」

「あ・・あう」

食い意地のはった少女の説教ぽい言葉に、困惑しながら申し訳なさそうに、
刹火と凛の顔を交互に見る重咲の姿は、少し可愛そうに見えた。


「・・・」

・・・原因はわかっている。

凛の周りにある大量のホットケーキに加えて、部屋中に充満しているこの甘ったるいニオイ。
正直作っているだけで、まだ一口も口にしていない刹火自身、見ているだけで腹いっぱいだった。


「えーと、別に気にしないでください。 何か別のモノの方がいいですか?」
「とりあえず何か飲み物でも用意しますので、何かリクエストがあればどうぞ」


重咲の心中が分かるからこそ、刹火は笑顔を保ったまま、気にしていないといった感じで、
とりあえず何か飲み物くらいは飲むだろうと思い、何が飲みたいかと訊ねる。


「え、あ・・・、じゃあリンちゃんと同じものを・・・」

「了解」

重咲からのとりあえず的な感じでのオーダーを受け、すぐさま台所に向かう刹火。


「・・・ホッ」

居心地の悪い妙な緊張感?から一時的に解放された重咲は、
小さく息をつきながら、そっと凛のそばに座る。


ちなみに・・・、大量にあったホットケーキは刹火が重咲との会話して、
作る手が止まっている間に、再び凛の腹の中に収納されていたりする。


「・・・?」


刹火が戻ってくるまで手持ち無沙汰になった重咲が、ふと、
もう1人いるはずの人の姿をまだ見ていない事に気づき、
どこにいるのだろうかと、辺りを見回していたら凛が訊ねてきた。


「何か探し物?」

「そ、そんなたいしたことじゃないんだけど、
その、雫さんはどうしたのかな〜って思って・・・」

「・・・そういえばまだ会ってないわね」

重咲の何気ない呟きに凛も今朝の事を思い返してから小さくうなずいた。

ふと居間の壁にかかっていた時計に目をやると、時刻は6時を40分ほど回っていた。

「あ、まだ少し早いから寝ているんじゃないの・・・かな?」
時計の時刻を見て、思いついたように手をポンと叩きながら、首をかしげて呟く重咲。


「んー、多分それは違う」

が、それはすぐに凛に否定されてしまった。

「え?」
「だって5時頃起きたときに、部屋中まわったけどあいつ(刹火)しかいなかった」

「・・・」
(リンちゃん・・・、5時は早すぎで迷惑だよ)

腕組みしながら断言する凛を横目に、重咲は目を細めて若干呆れつつも、温かい視線を送る。


「ん゛・・・お待たせしました」
(・・・もう無くなっている)


2人の会話が途切れたかどうかのタイミングで戻ってきた刹火が、
再び凛が魅せた、焼き粉消失イリュージョンに一瞬呆けかけたが、

そこは2度目だけに、多少の態勢がついていたので、
若干流すように重咲の前にマグカップをそっと差し出した。


「雫はどこへ行ったの?」

つい先ほどまで雫の話題が持ち上がっていたので、それとなく凛が訊ねが、

「ん? 母さんか、さ〜ね? たまに朝早くに1人でふら〜っと出かけるから」

「・・・」「・・・」

刹火からは素っ気無い答えが返ってくるだけで、それに対して2人は、
こんな朝早くにどこへ? といった表情でお互いに顔を見合わせていた。


「でもま、そのうちふら〜っと戻ってく・・・」
「ただいま〜」

言っている途中で玄関の方から戸が開く音ともに、雫の声がして、
居間へと歩み寄ってくる足音か廊下から微かに聞こえてくる。


「な」

ウワサをすれば何とやら、刹火は2人に短く言葉を投げかけると、廊下の方に視線を移す。

「あら? みんなもう起きていたの?」
「リンちゃんも麻奈ちゃんも早起きなのねぇ〜」 

廊下から笑顔の雫が、黒い何かを両腕で大事そうに抱きかかえながら居間に来て、
2人の少女の姿を見て、微かに驚きつつ、感心しながら言葉を漏らす。

「あっ、お、おはようございます」
「・・・」

廊下から雫の姿が見えるなり重咲は素早く立ち上がって、
大きく腰を曲げて、朝の挨拶をする。

一方で凛はというと、雫から目をそらして、相変わらず無愛想な顔をして、
ホットミルクをすすっていたりする・・・ので、

「はいな。 おはようございます。 麻奈ちゃん」

「リンちゃんも・・・、おはようございます」

重咲に朝の挨拶を返すと、雫は凛の正面に移動して、にっこり笑いながら挨拶をする。


「う゛・・・お、・・ぉはょぅ」

凛は若干照れているのか、それとも嫌々なのかはよく判らないが、
雫から視線をそらしてはいるが、小さな声で挨拶を返す。

どうやら雫に対しては下手に抵抗しても無駄という事を本能的にか、理解しているようだった。

「あら、あら、やっぱり私ちょっと嫌われちゃってるのかしら?」

凛のその様子を微笑ましく見つめる雫に、刹火が朝の挨拶をする。

「母さんおはようございます」

「はい刹ちゃん。 おはようございます」
「ふふ・・・、それにしてもこの時間帯に刹ちゃんが起きているだなんて珍しい」

「ま、色々ありましてね」
「速く起きないと危うく永眠させられるところだったので・・、で」

刹火は指で頬を掻きながら、雫の両腕に視線を移し、

「・・・ところで母さん、その両手に抱えているモノは何ですか?」
(生き・・物か?)

雫が大事そうに両腕で抱きかかえている黒い物体について質問する。


「え? あっ、そうそう、このコ≠ヘね、
ついさっき近くの河原で見つけたの」

と言いつつ雫は抱えていた黒い何を両手で掲げるように持ちかえる。


持ちかえた黒い何かは、尻尾が三本もはえている黒猫だった。

「三尾・・・の黒猫?」

黒猫(?)を刹火の目の前に掲げてみせながら、

「何だかこのコ、元気がなくてぐったりしていたから、連れて帰ってきたんだけど、
確か刹ちゃんって、獣医の資格も持っていたでしょ? 診てあげれないかしら?」


「・・ええま、一応診ますが、これが現存する普通の猫なら大丈夫ですが、」
「それ以外ならちょっと処置に手こずるかもしれませんね」

雫が手渡したとき・・・、

「三尾の黒猫? ひょっとして・・・黒羽?!」

突然凛がハッとして立ち上がり、身を乗り出してきた。


帰宅した雫から常に目をそらしていたので、凛には黒猫のことがよく見えていなかったから、
刹火の手に移ったことによって、その姿をはっきりと見ることができて、
とても親しい知人と意外な場所で再会を果たしたかのような顔して、黒猫の顔を覗き込んでいる。

「ん? え? この黒猫、夜凪さんの知り合い?」
(って、猫相手に知り合いかって質問するのも変な話か?)


突然ものすごい勢いで凛に詰め寄られたことで、たじろいだ刹火が、
思わず口にした妙な質問のことについて自問自答していると、


「うぅ・・、そ、その声は・・・・・・、凛・・・か?!」

凛の声に反応したのか、つい先ほどまで微動だにせず、ぐったりとしていた
黒猫の両目がゆっくりと開いていき、なんか人語らしきものを喋った?

「あら?」 「・・喋った?」

黒猫が人語を発したことに顔を見合わせて、驚きの言葉を漏らす雫と刹火ではあったが、
その台詞ほど表情には変化は見られず、2人とも妙に落ち着きはらっている。


その間にムクっと体を起こした黒猫は、刹火の腕から離れて、凛の腕の中に跳び移っていた。


「黒羽 ・・・どうしてここに?」
「おお凛よ、無事だったか? 心配したぞ!」


先程まで不愛想な表情だった人と、今、旧知(?)の黒猫と再会を果たし、
気恥ずかしさと嬉しさのまじった天真爛漫な笑みを浮かべる少女は本当に
同一人物だろうかと、疑わしく思うほどの凛と、人語を喋る黒猫はまるで
生き別れた親子の再会ように強く抱きつき合っている。


その様子を微笑ましく見つめている重咲が、

「こんな可愛い黒ネコさんと知り合いだったなんて、
リンちゃん凄い・・・うらやましい・・・」

相変わらず変なところで驚きの声を漏らして、羨ましがっていた。


「・・・」
(それにしても重咲さんは相変わらず驚くポイントがずれているな・・・)
(ああ・・・天然か?)

などと、重咲に対して失礼なことを思いながら、目を細めて冷静にこの状況を眺めている刹火だった。


・・・・・・・・・・・・・・・。


雫が河原で拾・・・もとい、保護した尾が3本はえている黒猫の名前は、黒羽(くろは)
といい、凛が幼い頃から家にいて、世話やきがかりというか、親代わりの存在らしい。

ただ、2人とも(正確には1人と1匹)自分たちのことをあまり話したがらないようなので、
なんか複雑な家庭なのだろうと勝手に想像しつつ、何故河原で倒れていたのかを訊ねると、


当初、黒羽は家を出て、1人暮らししている凛のことが気になって、
会いに来たらしいのだが、肝心の家は、重咲をかくまったときに化け物たちの
襲撃を受けて、とても住める状態ではなくなっていたらしく、


その惨状を目の当たりにして、凛の身に何かあったのではと気が気でなくて、見知らぬ土地で、
捜し回っているうちに道に迷って、お腹を空かせてバタンQ・・・ということらしい。

なんとも古めかしい表現というか、最近似たようなことがあったような・・・。

 
とにかくわかったことといえば、この黒羽という黒猫はウソかホントか、
300年以上生きているらしく、100年目で人語が話せるようになって、
その後は100年ごとに尻尾が1本づつはえてきたとか、・・・要するに化け猫である。


その言葉を口にしそうになったとき、凛と黒羽にすごい形相で睨まれて、
いまにも顔とかを引っ掻かれそうだったので、刹火は素直に自重した。


危害を加えられると分かっていて、あえて愚行に走るほど
刹火はバカにはなれないし、単純に痛いのは御免である。


まあそれだけ長く生きていた影響でか、食べ物も人間と同じものが食べられる
ようになったとかで、とりあえずこしらえられた刹火の料理にしたつづみを
打ちながら、かたじけないとか言って、黒羽はこれまでの経緯を説明してくれた。


ちなみに、毎回違うポイントに喰いついて驚く重咲だったが、今回は、
一般人が聞いたら驚くだろうな、というところで普通に驚いていたりする。



「・・・なるほど、それは大変でしたね」

「ふむ、こちらこそ凛ともども、奥方とそのご子息には世話になった、礼をいう」

互いの近況を一通り語り終えると、古風な口調で妙に品格のある黒羽が
両前足を揃えて、小さな頭を深々と下げながら、雫と刹火に礼を言い、


「いいえ。 いつもは2人っきりで暮らしていましたので、私も刹ちゃんも久しぶりに
賑やかな食事ができたので、お礼を言うのはこちらのほうです。 顔を上げてくださいな」

それに対して微かに首を振りながら、逆に母が猫にお礼を言っているという、
この妙な絵図らを横目で眺めつつ、皆が食べ終わった食器などを片付け始める刹火。

「あ、私も手伝います」
「ああ、いいですよ、せっかくの厚意なのですが、
重咲さんはお客様なので、そういうことは気にしないでください」

「あ・・はぃ」

片付けをしている姿を見て、すぐに手伝おうとしてくれた重咲に対して、
刹火は小さくかぶりを振って、笑顔で断ると、重咲はシュンとしてそっと引き下がった。



「それにしても・・・」
(神隠しに謎の化け物たち、それらと戦う小さな剣士さまに化け猫まで・・・、
この町は相変わらず賑やかというか、のんびりできないというか・・・)


「ふぅ・・・、せっかくの連休みだ、サクッと片付けてのんびりしますかねぇ」
(のんびりやろうと思ったけど、時間をかけると問題が雪だるま式に増えそうだ)


素早く食器やら調理器具を片付け終えると、刹火は大きく背伸びをして、
居間で黒羽と話し込んでいる3人から離れるようにこっそりと、1人で庭へと向かう。


「さてと、始めますかねぇ」

まるでこの言葉を合図にしたかのように、いつの間にか数十羽の小鳥や、
数十匹のネズミなどの小動物たちが一斉に刹火の周囲を囲むように集結する。


と同時に、つい先ほどまで穏やかな表情をしていた刹火から笑みは消え、
黒い瞳を大きく見開いて、集結した小動物たちを見渡しながら指示を出す。


「よし、そんじゃま、やることはわかっているな?」
「この街に潜む異物を徹底的に見つけ出せ・・・」

言葉を発するごとに言葉は沈んでいき、どこか冷酷さをおびていく。

「散!」

刹化の最後の合図に共鳴するように大きく一鳴きすると、小動物たちは一斉に散らばって行った。


「これでよし・・・後は待つだけだな」
「ん」

「ひゃっ!!」

ふと振り返ると、一度は断られたが、やはり手伝ったほうがいいかなとおもい返して
手伝いにきた重咲が、先ほどの刹化の奇行(?)を一部始終目の当たりにして、身を縮めて
怯えていて、本人は物陰に隠れているつもりなのだろうが、全然隠れられていない。


「はは、見られてしまいましたか、ま、だからと言ってどうということはありませんが、
こんな奇行を人に知られるのはさすがに気まずいですから、内緒にしといてくださいね」

「あ・・うう、・・・はぅ」

重咲にたいしてかけられた声は、さき程とはまた別人というか、
まだ知り合って間もないが、重咲の知っている刹火の声と、表情に戻っていた。

「・・・」

この状況をどうフォローしようかと、こめかみのあたりに人差し指を添えて、苦笑いしていると、

「あ、あの・・」

「はい?!」
裏返った大声で急に重咲から声をかけられ、一瞬びくっとして返事を返す刹火。


「あ、・・・すみません」
「いいえ。 で、何か?」

発した本人も驚くほど声が出ていたらしく、驚かせたことに対して、
赤面しながら謝ってくる重咲に対して、その先を促すと、


「あの、さっきのコたちって一体何だったのですか?」

重咲から当然されるだろうと予想できた質問がきた。


「え・・・あーアレね」

(さて、どう誤魔化すか、あれは本物の動物じゃないが、
そう答えると、そのあとの説明がめんどくさくなる)

(ここは適当に、苦労して芸を仕込んだとでも答えておくか?)

もちろん正直に答える気はなかったので、その質問に対してどう説明すべきかと考え、
後頭部に肩手を添えて、つじつま合わせの適当な返答を考える刹火だったが、


「そ、その、これから変なことを言うのは自覚していますが、
あのコたちは本物の動物じゃ、ない・・・というか・・・」

「「!」・・・?」

その直後の重咲の意外な一言で、刹火の思考が一瞬止まる。


「その、鳴き声とかはそっくりなのですが、
だだ、機械的に鳴いてるだけのような感じでしたから・・・」

「・・・」

重咲が求めている返答と、自分が答えようとしている返答に、
わずかな喰い違いがあることに気づいた刹火は目を細めて、
しどろもどろで何とか言葉しようとしている重咲の話に耳を傾ける。


「その、あの、うまく説明できないんですけど、私、時々なんですけど・・・、
あの、その、実は・・・動物とか植物たちの言葉がわかるんです」


「・・・「!」」

「だから・・その、あ、あっ、わ、私のほうこそ変なこと言ってますよね・・・」
「わ、忘れてください」

自分の意味不明な告白に僅かに目を見開いて驚いた刹火の反応をみて、
ふと我に返って、赤面しながら慌てて言葉を切る重咲。

「・・・」
(天然かと思っていたけど、ひょっとしたら重咲さんも何らかの能力者か・・・?)

異界との境界に最も近いこの町には多くの異世界人が出入りし、
その影響でこの地に住まう者たちの中には、不思議な力を得るものが稀にいる。


だから重咲のいう、生き物の声が聞こえるのはあながち不思議なことではない。

・・・などとは言えないので、

「へぇ〜 それはスゴイじゃないですかぁ〜」

温かい視線で見つめつつ、からかうような口調で重咲の言動に興味を示しているふりをする。


「か、からかわないでくださぃ・・・」

刹火の狙い通り、重咲は真っ赤になった顔を両手で隠しながら、この場から
逃げるように走り出して、さっきの質問を忘れさせることに成功した。


逃げ去っていく重咲の後ろ姿を意地悪な笑みを浮かべながら見送っていた刹火だったが、

「ふぅ・・・、また問題が増えたか」

急にまた素の表情になって、小さく息をついた。



・・・・・・・・・・・・・・。



ところかわって、居間にて・・・。


「・・・で、これからどうする気なのよ!?」

勝気満々で、せっかちな性格の凛が、正面に座って呑気に湯呑片手に、
お茶をすすっている刹火の間にあるテーブルに、両手を強く叩いて抗議していた。


現在の時刻は午後4時を少し回ったところである。


現在の時刻からさかのぼること約8時間前にて・・・。


「今はむやみに動き回っても疲れるだけですし、ま、とりあえず手は
打っておきましたから、敵の情報をつかみしだい連絡いたしますよ」

と、みんなの反対を押し切って凛が重咲を引き連れて、街へ飛び出そうとするのを止めて、
その後は食べ物でうまく釣って引き止めていたのだが、その間に何の情報も得られず、

全く何の進展もしないまま日が暮れそうになっているので、ついにしびれをきらせた
凛が刹火にたいして不満を爆発させているのであった。


とはいえ、それでも長いこと凛を引きとめられたほうだと、
密かに黒羽からは称賛されていたりする。


刹火ももちろん、敵の索敵が全く出来なかったというわけではない。


朝に放った小動物たちから随時、町の様子に関する報告を受けていたので、
敵の存在を察知して、位置を特定するところまでは何度もできたのだが、

当然現われて、1、2分も経たないうちに消えてしまうということが、
観測を始めてからこれまでに数十回も繰り返されていたので、
下手に動き回って、余計にみんなを混乱させるわけにもいかず、


唯一やっていたことを挙げれば、テレビを眺めながら、
神隠しに関するニュースをチェックするということぐらいである。


要は今まで何もせずに、ただただ様子見をしているだけなのだ。



「短気は損気ですよ。 果報は寝て待てって言うでしょ。
ま、後は奴らが動き出すのを待つだけですよ」

っとまあ、刹火の対応もこんな感じである。


「っ・・・」

さすがに我慢の限界を超えたのか、

「いい加減にしろ!! お前さっきから待て!≠ホっかで、何もしてないじゃない!!」
「私は何もせずにただ待ってるのが一番嫌いなの!」
もう一度大きくテーブルをたたくと、凛は半ば強引に重咲と、黒羽を引き連れて出て行ってしまった。


「待っているだけの女じゃないですよ! ・・・ってか」

何の進展もしないまま、半日近く過ぎ去ってしまったので、
リスクはあるが凛の(重咲をおとりに使って敵を誘きだす)作戦を
強く否定することもできず、凛たちが出ていった方向を眺めながら、
刹火は相変わらず呑気な言葉を漏らしていた。


「・・・出て行っちゃったわよ? いいのリンちゃんたちのこと」
小さく息をつきながら取り残された息子に、今後の動向を訊ねるが、


「ええ、心配はいりませんよ。 夜凪さんが付いていますから・・・」

「ま、彼女たちのことに関しても手はすでに打ってありますから・・・」

「それに、信頼のおけない者同士が一緒にいても、ロクなことにはならないですから」

「こう言っちゃなんですが、夜凪さんは俺のことを殴りたくてしょうがないようですし、
実際に何度か生命の危機を感じさせられているので、あまり彼女には背を見せられないんでね」

「力だけなら多分俺より上ですよ?」

「・・・・」

素っ気ない言い訳じみた言葉の羅列しか返ってこないので、呆れて目を細める雫。


「・・・というのは半分冗談で、小動物に似せて創った式神を今朝から町中に放って、
今まで検討して分かったことなのですが、敵はこの町の中には潜んでいませんね」


「!」

おふざけにしか聞こえなかった口調が急に、真剣みをおびはじめ、
はっきりと断言した刹火の言葉を合図に、雫の表情が大きく変化した。


「正確に言うとこの町の裏側・・・、とでもいいますか」

「つまり独自で創りだしたい異空の空間内・・・ってことね」

刹火の言葉を先読みして、確認する雫の声は冷徹さをおびていた。


「そうです。 最初はこの町のどこかに潜んでいるんじゃないかと思って、
索敵していたのですが、これといって目ぼしいものは見つかりませんでした」

「そこで夜凪さんの話をもとに思慮すると、敵の数は少なくとも数十・・・、ただ、
それ程の数がこの町に入り込んでいるにもかかわらず、誰も完全には把握しきれていない」


「ふ〜ん」

これまでの情報をもとに、組み立てて話しだす息子の推測を、
腕組みしながら冷静に聞き入る雫だったが、


「でもそれは、召喚系の術でも使って、一時的に使い魔を呼び出しているだけかも知れないわよ?」

いつもの様ないじわるではなく、客観的な意見を述べ、その反応をうかがい見る。

「ええ、初めはその方法も考えましたが、今日だけでも数十回は敵の存在を
感知しましたが、召喚係の術を使ったような反応は一つもありませんでした」


「あと、自分たちの情報が一切漏れないように結界か、感知能力を妨害する術、
または装置でも使っているのではと思って、町の中を隅々まで探索させたのですが、
それらしい場所も、ものもありませんでしたね」

「仮にそういったものがあれば、その周囲と、境目が俺には違和感として
感知するので、余計に場所の特定がしやすいのですが、それも特には・・・」


「ただ、敵の現れかたは全て唐突で、消えるのもほぼ一瞬」

「なので、その付近を探知系の式神に調べさせたら、出入りの瞬間のみ
空間をいじった様な反応と、形跡が微かにあったので、おそらくは・・・」

片手を口元にあてながら、実地検分と、推測をまじえた考えをまとめつつ、言葉にしていく刹火。


「へぇ〜なかなかやるじゃない」

一通り考えを聞き終えた雫は、ふむと小さくうなずき、感心しながら息子のことを褒めると、


「ま、それを調べるだけで半日近く費やしてしまったのですがね」

肩をすくめながら、自分の出来に納得がいかないといわんばかりに、小さく息をついている。


「それはしょうがないわよ。 ただでさえ大きな町だし、何よりこの町全体が特殊だもの」
「まともにこの町の内情を、そこまで正確に探知できる人はそうはいないわよ?」

「・・・、あまり褒められている気はしませんね」

「あら、どうして?」

素直に褒められているにもかかわらず、刹火は得意がることも、
照れることもなく、目を細めて息をついているので、その理由を訊ねると、


「母さんならこのくらい一瞬でしょ?」

「あら、それは言いすぎよ? こういう感覚は刹ちゃんのほうが鋭敏なんだから・・・」

この結論に至ることをまるで予期していたような雫の反応に、
母さんが手伝ってくれたら、この答えにもっと早く辿りつけたんじゃないのか? 
という疑念を抱いているようなので、一応、買い被り過ぎだと答えておく。


「で、刹ちゃんはこれからどうする気なの?」
小さく咳払いして、気を取り直すと、雫は改めて息子に今後の動向を訊ねるが、


「敵がこの町のどこかに独自の空間を創り出して、そこから自由に出入り
しているということは推測できましたが、問題はそこへの入り方ですね」

「ま、それは重咲さんを狙って現れた奴らが出入りする瞬間を狙うのもよし、
最悪は敵にマーキングして、その道を見つけることもできますからね」

相変わらず目を細めて、一応の方針を口にはするのだが、


「あら、それじゃあリンちゃんが提案した方法と大して変わらないわね」

雫に痛い点を指摘されて、小さく唸る刹火。


「・・・っ、ま、そうですが、重咲さんに似せて創った式神をおとりに使う
という方法もありま・・・」

「でも全くひっかからなかったのね」

その手はもう使って、その結果を知っているから、黙ってリンちゃんたちが出ていくのを
見送ったのねと、先読みできた雫は刹火が言い切る前に、呆れ顔で結果を口にする。


「でも、この結果に至れたのは、刹ちゃんがしっかりと検証したからだもんね〜」

「・・・ま、というわけなので、俺はもう少し身を隠して機をうかがいますよ」

ははっと、苦笑いを浮かべながら、刹火は雫の意地悪な一言を受け流そうとする。


7 :ヘタレ :2009/01/05(月) 00:07:05 ID:m3knrFsJ




一方・・・、萩裏の家を出て行った凛たちはというと・・・、

「はぁ、はぁ、はぁ・・・うぅ〜」
「・・・っ」
「・・・」

周囲に気を配りながら、人気のない場所を目指して町の中を駆けていた。


ちなにみ、周囲に気を配りながら走らなければいけない理由に、
勢いで飛び出したまではよかったが、萩裏家の浴衣のままだったから・・・、
などという間抜けなものは含まれていない。


昨日洗濯されていた衣服は朝には乾いていたので、
午前中には2人とも浴衣から昨日の格好に戻っている。


容姿に関しては、重咲の格好は問題なしとして、凛は全身黒ずくめの格好で、
ただでさえ人目を引く上に、刀を帯刀しているので、変に注目を浴びるが、
そういうことに関して、凛は少々無頓着な方なので特に気にもかけていない。



なお、刀のことに関しては、凛はすぐに抜けないから邪魔だと嫌がったが、
雫たちにいわれ、刹火が用意した布袋を刀に被せられているので、
はたから見れば剣道場に通う健全(?)な少女に見えないこともないので、
誰かに通報されて、駆け付けた警官から逃げ回っている・・・というのでもない。


では何故走っているのかというと、萩裏の家を出てから、5分程歩いていたら
数日前から散々相手をしてきた敵≠フ気配を凛と黒羽が気取ったからである。


正確な数までは気取りきれていなかったけれど、大した数ではないと判断した凛は
敵を返り討ちにしようと、人気のない場所を探しながら、最初は適度に距離を置いて
歩いていたのだが、徐々に追手の数が増えていくことに気づき、移動速度が上がったのだ。


補足として、凛がその場で戦闘に入らなかったのは、重咲になるべく被害を
出さないように戦う場所を選んでほしいと頼まれていたからである。


また、敵も増援待ちか、どこかに誘導しようとしているのかはわからないが、
今のところは姿を隠して追い回してくるだけで、仕掛けてくる様子はない。


「凛よ、右後方からも増援が来ておるぞ」
「このままやみくもに逃げているばかりでは挟まれてしまうぞ」

「わかってる。 ・・・、それにしても何でこんな急に・・・」
「あいつの家にいたときは全然だったのに・・・、うんん、むしろ・・・」


土地勘のない黒羽には敵の位置を気取ることしかできないので、
その役に徹しつつ、どこか戦いに適している場所はないかと訊ねると、

凛は現状の異常さに眉をしかめて、原因と、ふと感じた違和感のワケを思考していた。


「はあ、はあ、はぁ・・・、リンちゃん・・ゎ・私、もう・・・、はぅぅ・・・」

重咲はもともと体が弱く、体力もさほどないにもかかわらず、半強制的にかれこれ
10分以上も凛に手をひかれて、ふらふらになりながらも走りまわっていたので、
足取りもおぼつかず、心身ともに限界を迎えつつあり、顔を真っ青にして今にも倒れそうだった。


とはいえ、この状況は凛と重咲にとっては、突然の出来事というほどのものでもなかったりする。


確かに数日前から重咲は化け物に付け回されるようになって、
今回のように必死で逃げ回ったりもしたけれど、そのつど凛に守られていたので、
あまり深くは考えたこともなかったが、そのときはどこにいても、
どこに隠れていても、四六時中化け物の存在に脅かされ、凛の家もぶっ壊されたりもした。


が・・・、萩裏の家にいたときだけはこれといって、
敵の存在を感じることはなかったし、何も起きなかった。


全くもって不本意ではあるが、常に化け物に襲撃されるという
この状況が、彼女たちにとっては本来あるべき状態であった。


では何故、萩裏家では何も起こらなかったのかという、それは萩裏の家を中心に、
その周囲に特殊な結界のようなものが、はりめぐらされていたからである。


なお、その特殊な結界は何かを寄せ付けないようにしたり、その空間内にいる
モノを閉じ込めたりするのもではないので、攻撃したり、防いだりは一切できないし、
独自の空間を維持するためのものでもないので、誰もが結界内への出入りが自由にできる。


では何のための結界かというと、隠ぺいや妨害行為のものといったところであろうか。

詳しく述べると、その空間内に居る、または在るモノならば、刹火や雫にはその存在を、
結界の内・外問わず、誰にも認識できないようにすることができるのだ。


この方法ならば2人の存在だけを消すだけでいいので、
町から一部の空間を隠すよりかは違和感を最小に抑えられるし、
2人が消えた地点を探し出すのは敵にとっては困難である。


つまり敵に2人の少女に関する情報を一切遮断していたのだ。


その上、この結界は高等な技術でつくられており、発生源の特定はもちろん、
結界の内と外の境目が分からないほどで、よっぽど鋭敏感覚な持ち主ではなければ、
気づくことはできないだろうし、かりに気づいたとしても、その用途がわからないようにできているので、
化け物たちには重咲たちが消えたあたりの地点があやふやになっているので、
仲間が殺られた地点からしか、2人を探し出せなくなっていたので、かく乱できていたのだが、


化け物ホイホイこと、重咲とただでさえ全身黒ずくめで目立つ凛の2名が、
結界の外に出てしまったことで、あっという間に敵に見つかっちゃいました〜
・・・というだけのことなのだが、凛たちはその事実を知らないので、


(・・・やっぱりあいつは敵の親玉だったんじゃ?)
などと凛は的外れなこと考えていたりする。


「あの親子はかなりの力≠持っておるようだった」
「ここはいったんひき返して彼らに協力を仰がぬか?」

と、黒羽は萩裏の家にひき返すように提案するが、凛はその選択肢を
選ぶことなく、ま逆の方向に突っ走って状況を悪化させていたりする。


「っ――! フぁ―っ ―――・・・・」

「しかし、このままでは麻奈の嬢が持たぬぞ?」
「・・・む〜ぅ・・ったくしょうがないわね!」

あからさまに限界に来ていた重咲はもう喋ることはおろか、呼吸も満足にできずに
ただ引きずられているような感じだったので、足手まといもいいところだった。


それを見かねて黒羽が指摘すると、凛は小さく唸って、
重咲の腕を引きよせると、素早く背中に背負い、

「黒羽も!」
「ウム」

黒羽の名を呼び、黒羽が小さくうなずいてしがみ付くと、一気に速度を上げて駈け出した。


もちろん萩裏の家とは逆の方向に・・・、しばらく走っていると・・・、


建設中の建物や、取り壊されかけの家が建ち並ぶだけの、
随分と殺風景で人気が全くない寂れた場所にたどり着いた。


そこはかつて、どこぞの金持ちが、巨大なデパートやらマンションを建てるために、
その周囲の家主たちを立ち退かせて、巨大なビルを建設していたのだが、完成直前に
不況の影響でか、倒産か何かの理由で破産となり、その後は手付かずとなった廃墟地帯であった。


「よし、ここなら・・・」

凛は重咲の条件に見合った場所を発見し、これでひと暴れできると微かに笑むと、
刀に被せてあった布を投げ捨てて、廃墟と化した町の一角へと入って行った。


中は工事の道具や機材などを置くための場所として、いくつかのスペースが設けられており、
意外と見晴らしがよく、戦う場としても、状況に応じて即、隠れる場として最適な場所であった。

凛は布を被った未完成の建設物という名の巨大な壁を背にして、
そこに重咲と黒羽を下すと、3歩ほど前に出ると抜刀状態で、

「いい加減逃げ回るのには飽き飽きしていたところだし、相手になってあげるわ・・・」
『さっさと出てきなさい!』

気合十分に追手の気配がする方向を睨みながら挑発する。


「くくくっ・・・」
『ぎぎぎぃーーー・・・』
≪・・・面白い≫
[フッ]
【・・・】

凛の挑発に応じるかのようにして、辺りがざわつきはじめ、
その無謀さを嘲笑う無数の声が、静まりかえった廃墟地をさらに不気味な場所にする。


そして、物陰に隠れていた連中が徐々にその姿を現しだしたのだが、
その姿はどれも現存する生命体とはどこか違っていて、違和感だらけの者たちだった。


具体的にあげると、両手がカマキリのカマみたいに長く折れ曲がっていて、
全身が紫色の毛におおわれた、手なが猿だったり、昨日襲ってきた馬とバグを
かけあわせたような化け物だったり、バッタの後ろ脚のように異常に足が発達したウサギだったりと、
この場にいるほとんどが、昆虫の特徴をもった謎の獣たちであった。


「ふ〜ん・・・。 たったの3〜40匹程度で私と戦りあおうだなんて、ナメてるんじゃない?」

相変わらずの下眼使いで、凛は周囲を取り囲む敵の数を大雑把に数え、その数に物怖じすることなく、
いつもの強気な態度で、むしろ物足りないと言わんばかりに、敵を挑発する。

「・・・」
「・・・リンちゃん」
ことの成行きを無言で窺う黒羽と、凛の背中を心配そうに見つめる重咲。  


≪人猿が・・・、エラそうに・・・≫
「コロス・・・粉々にして・・・」
【・・・邪魔者、排除する】
[ガガガッ・・・・!!]

互いの事情により、お預け状態だった戦闘だが、凛の挑発により、周囲が一気に殺伐とした空気に包まれ、
今まさに獰猛な獣たちがその力を振るわんと、一斉に身構えて、前方の敵から一気に突っ込んでくる。


「ふん! 殺れるものなら、やってみろ!!」

大きく啖呵をきると凛も迷わず敵陣へと突っ込んでゆく。

「邪魔ぁ――!」

気合とともに、走りながら片手で持った刀を水平に振り抜き、正面の魔物たち3体を一撃で斬り捨てると、

「があ?!」
≪ぐぱっ!!≫
[ぎゃああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!]

断末魔を上げながら、青白い炎へと変化して、燃え尽きてゆく残骸を背にして、

「はっ!」

助走でえた勢いをそのまま跳躍力に変え、5mほどの高さまで跳びあがる。


「くそっ! キマルたちが殺られた!!」
≪来るぞ〜〜〜上だ!!≫ 
≪叩き落とせ!!≫
【ガルルルゥウ〜〜〜〜〜〜!!!】

その下でざわめつく魔物たち。


「はああああぁっ―――――!!!」

凛は前宙しながら敵陣のど真ん中に向けて、勢いよく刀を振るい、刀から発せられた衝撃波で敵を薙ぎ払い、
それによってできた空間に着地すると、間髪入れずに円を描くように
刀を水平に振るって、内側から半径2m内にいる魔物たちを粉々に粉砕する。

【ギャパ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄!!!】
「ギョガ・・・」
≪ブ・・・ベ・・・っ≫
[グ・・・ふっ]

なまじ数が多くて統制がとれていないのか、戦場が狭すぎて身動きがとりづらいのかは定かではないが、
ほとんど魔物たちは凛を眼で追いながら現状をただ叫ぶだけで、
その動きについていけず、何も出来ぬまま次々と切り捨てられてゆく。

ちなみに戦闘が開始されてからおよそ、20秒で凛はすでに半数近く撃破していたりする。


「・・・凄い。 やっぱりリンちゃんは凄い」

これまでにも何度も見てきた凛の流れるように素早い動きに、重咲は初めて目の当たり
にしたかのように目を丸くして、取り囲む魔物たちの隙間から見えるその頼もしい背中を見つめ、


「うむ・・・流石だ。 腕は落ちていないようだな」
(だが・・・、疲労していたと聞くが、本気の凛のあの攻撃をあの小僧(刹火)が全てかわしたとは、とても信じられん・・・)

黒羽は、凛の動きに感嘆しながら、刹火の実力を推し量ろうとする。


「ふん。 数は多くてもこの程度の集まりじゃ、手ごたえが全くないわね」
(・・・、まるで動きがトロい、あいつ(刹火)だったらこの程度のスピードじゃ、一発も入らなかった)

小さく息をつくと、凛はつまらなさそうに刀を地面に突き立てて、それに肘を乗せて軽く寄りかかる。


【ガガ・・・】
「くっ・・・うぅっ・・・」
≪な、何だこいつは・・・?! 聞いてないぞ!!≫

圧倒的な強さを目の当たりにして退く魔物たち、元々凛が強すぎるので、
波状攻撃で徐々に体力を減らしてゆくのが、魔物側の作戦だったのだが、

しばしの休息でコンディションが完全に整っていることを予期していなかったようで、
どうやらこれだけの数がいれば、負けることはないだろうと、凛のことをナメくさっていた。


「さっきの勢いはどうしたの? 言っとくけど1匹たりとも逃がさないわよ?」
っと、何に言うでもなく不機嫌そうに呟く凛。


連戦の影響で疲労こんぱいだった凛の昨日の実力は、
本来のものではなかったにしても、そのときは全力を出していた。


それでも戦意のない刹火には、納得のいく攻撃が一発も入らなかった。
それは負けず嫌いの凛にとって、歳の近い異性に負けたことと同義であった。


そんな戦いの後で、こんな雑魚たちとのしょぼい戦闘では、
あまりにもギャップがあり過ぎて、少々拍子抜けしている凛であった。


「さてと・・・、どうせお前らからじゃ、たいしてことも聞けないだろうし、さっさと・・・!」
「・・・ぬぬ!?」
地面に突き立てた刀をゆっくりと引き抜いて、戦意喪失しかけの魔物たちを始末しようと、
足を一歩踏み出したとき、凛と黒羽が同時に突然現れた1つの大きな力に気づき、その方向に視線を向ける。


先ほどまで、追っかけまわされていたので多少の緊張感があったものの、
凛が強すぎて魔物たちがちょっとかわいそうに見えるほどで、重咲でも安心して
この場にいられたのだが、凛と黒羽の表情が一変したことで、妙な緊張感が周囲に広がる。


「え? どうしたんですか?! 黒羽さん、リンちゃん・・・?」

戦場の空気が変化したことに気づいた重咲は黒羽と凛を交互に見ながら、その視線の先を追った。


凛と黒羽が気取った気配の先には、空中を漂う異常に長い白いマフラーの様な布が・・・。

「え・・・? 布?」

「誰?」

状況が理解できぬまま、空に浮かぶ布を見上げながら、首を傾げる重咲だったが、
凛はそれに向かって真剣に問いかけている。


・・・すると、

「フォフォフォ・・・、回収に向かわせた使い魔たちを殺っているのは貴女ですか?」
「どれほどの凶暴な方かと畏怖していたのですが、どうやら杞憂だったようですね」

空中を浮遊している布から、甲高い声がして、そこから素顔がわからぬほどペインティングし、
黒をベースに奇抜な色の服で全身着飾ったピエロ?が姿を現した。


(こいつ・・・今までの連中とは違う! ・・・どうやら当りのようね)
「ふん! 麻奈のことを狙ってるのはお前? どういうつもり?」


これまで襲撃してきた魔物たちと雰囲気というか、格の違いを感じ取った凛は、
微かに笑みを浮かべ、刹火の詳細不明な作戦なんかより、自分のやり方が手っ取り早くて、
やはり正しかったんだと、ちょっとした優越感に浸っていたりする。


「フォフォフォ、いきなりお前とはずいぶん不躾な方ですね」
「ふん! だってお前のこと何て知らないんだからお前で十分でしょ」

浮遊しているピエロの含み笑いとその口調に若干イラついた凛が、腰に両手をあてて下眼使いで挑発する。


「まあいいわ、お前が何者で、何が目的なんて別に興味ないし・・・、さっさとまとめて始末してあげるわ」
凛はゆっくりと目を閉じて、浮遊しているピエロ・その他に聞こえるように呟くと、
柄を両手でしっかりと握り直して、殺気のこもった視線を再び向ける。


「そのお顔は怖いですね〜。 おっとこれは失礼しました・・・」
「初めまして、私は黒蝶(こくちょう)と申します。
以後、お見知り置きを・・・っと言いたいところなのですが・・・」

黒蝶と名乗ったピエロが、被っていた紫のハットを軽快に片手で取って、
深々とお辞儀しながら挨拶をしたかと思った瞬間!

「?!」
「む!」
「ぇ?」

黒蝶の口調に冷淡さが含まれ、その変化に気づいた凛と黒羽と重咲に妙な緊張が走る。

「・・・邪魔なので消えてください!」

そう続けて呟きながら黒蝶が天に向かって大きく指を鳴らすと、主にコンクリート製の
地面や壁から土が盛り上がってきて、それがマネキンの人形のように形成されてゆく。


「!!」
「こ、これは!?」
「な、何ですか・・・これは・・・!?」

突如大量に発生した土人形に取り囲まれ、凛は周囲を見回して警戒し、
重咲は黒羽を抱きかかえて、未知の脅威と不安にその身を焦がす。


「ふん! いくら数があってもたかが泥人形じゃない!」

「こんなもの! はっ!」

凛が刀を振るうと、風圧だけで4,5体くらいの土人形が粉々に粉砕されて、元の土の塊に戻される。

「フォフォフォ、おや、おや、やりますね」
黒蝶は相変わらず不気味な笑いかたでニヤけつつも、凛の言動を観察し、さらに不敵な笑みを浮かべる。


「・・・ふん。 バカにしてる?」

様子見の一撃で得た情報に、この土人形たちは戦闘にさして影響を
及ぼさないと判断した凛は、再び不敵な笑みを浮かべるが、

「・・・むむ、おかしい」
「え?」
重咲の腕の中で黒羽がうなり声を出す。

「・・・」
(あまりに容易すぎる。 それにまるで反応が薄い、何か罠が・・・、それとも他に狙いが・・・?)

逆に黒羽は黒蝶からはこれといって焦りなどが感じ取れず、それが返って不気味に思え、
不穏な空気を感じ取って、一抹の懸念を抱いたので、


「凛よ、いったん下がれ!」
凛を自分たちのもとへと呼び戻そうとする。


「大丈夫よ黒羽、こんな奴らすぐに・・・」

しかしその呼びかけを無視して、凛がさらに敵陣へと突っ込もうとしたとき、

「フッ!」
黒蝶が微かに笑みながら、今度は小さく指をパチンと鳴らしたかとおもう瞬間に、

「・・・え?!」

凛の周囲の土人形たちが一斉に発光して、次の瞬間には大爆発を起こした!!

「ギャアアア―――――――――!!!」
≪うわあぁあぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!?≫
【ギョギョ〜〜〜〜〜〜〜!!】
[ガボオオオオオォ――――――!!!]

物凄い爆発音とともに発生した炎が、凛、および、周囲にいた魔物やら建物、絶叫など、
あらゆるものを一瞬にしてのみ込んで、その衝撃が辺り一面に伝わり、全てを振動させて、
ひび割れや崩壊などを招き、それによって舞い上がった黒煙や粉塵などが全ての視界を奪い去る。


『凛!!?』
「リンちゃ――――ん!!!」

爆破の影響を直接受ける範囲外に位置していた重咲と黒羽は、爆風の衝撃と地響きで一瞬よろめいて倒れたが、
幸いその程度で済み、すぐに起き上がると、何も見えない黒煙に向かって、凛の名を呼び叫ぶ。

その直後、

「げほ・・・っ 熱いわね!!」

黒煙の中から若干焦げた・・・? 元々黒い格好なので、判断しづらいのだが、
凛が重咲たちの前に飛び出してきた。


「リンちゃ〜ん!!」
「おおっ!! 無事だったか!」

相変わらずの凛の仏頂面をみて、安どの表情を浮かべながら向かいいれる重咲と黒羽、
しかし凛は2人のことを無視して、さっきまで自分がいた場所に視線を向ける。


すると、周囲には多少なりともまだ煙などが舞っていたが、何がどうなったのかを
見ることができ、3人は改めて先ほどの爆破の威力に戦慄を覚える。


「く・・・っ、何なのよ・・・」
「・・・あ・・・あぅ」
「何という威力だ・・・、それに自分の使い魔まで巻き添えにするとはなんて奴だ」

先ほどの爆発でどうなったかというと、凛たちの目の前にあった工事現場の機材はもちろん、
建屋や草木などの全てを焼き払い、爆破を起こした周辺を瓦礫の山で覆われた盆地へとつくり変えていた。


「おやおや・・・あれを避けるとはお見事ですね」

一通り惨状を確認した頃、ゆっくりと拍手をしながら不敵に笑う黒蝶が凛を賞賛するが、
その眼はかわせるように手加減してあげたと言いたげで、3人の恐怖に満ちた表情を眺めて楽しもうとしていた。

「っ!」
「ぬぅ・・・」
「ひっ・・」

凛たちは一斉に声がした方角の空を見上げて、睨み返したり、眉をしかめたり、
恐怖に身を震わせて視線をそらすなど、それぞれが様々な反応を示して、硬直する。


「凛よ、うかつに離れるでないぞ! 奴らの狙いは麻奈嬢だ!」
「この嬢の傍にいれば奴とて、下手に爆発もできまい」
「ちっ! わかってるっ!!」
「ぇ? あ・・・え?!」

先の爆発で肝を冷やしたのか、凛は今度は黒羽の指示に素直に従い、重咲を背にして刀を構える。

「フォフォフォ、無駄ですよ・・・はっ! 捕縛のクサリ≠諱I」

凛たちの策をみて、黒蝶はせせら笑いを浮かべながら、服の中から長方形で手のひらサイズの、
ちょっと大きな銀色の鉄の輪を取り出し、道具の名を呟きながら凛たちにむけてその手を振ると、
たった一つの輪からいくつも輪が出現して、それがクサリへと姿を変え、
まるで鞭のようにあらゆる方向にしなって不規則な動きで凛たちに向って伸びてくる。


「ふん! これが何だっていうの・・・よ!」

すっ飛んでくるクサリに向かって凛は刀を素早く振るい、弾き飛ばして軌道を完全に変える。

「ふん!」

が、

「・・・目標を捕捉しなさい!」

黒蝶がクサリに向かってそう囁くと、クサリがまるで意志を持っている
かのように軌道を変えて再び凛に向かって突き進む。

「凛っ!!」

「ふぇ!?」

「ぁあっ!?」

刀を振るったことで体が開き、体勢を崩しかけているところを狙われ、思わずふ抜けた声を出す凛。


初手の攻撃を簡単に防げたことで、それによって油断が生じ、体を戻すのが遅れたのだが、
それでも凛の反応を超える速さで、クサリが折り返してきたので、どうすることも出来ず、
クサリが腕から体へと巻きついていき、あっという間に身体の自由を奪い去った。


「フォフォフォ、この捕縛のクサリはですね、
*伸縮自在で、使用者の意のままに操ることができるのですよ」
「そして標的を設定すると、それを捕獲するまでどこまでも追っかけるのですよ」

そう言いながら・・・、


「しまっ・・・はぅ?!」


黒蝶はクサリで束縛した凛を引っ張り、重咲から無理やり引き離す。


*この場でいう伸縮自在というのは、クサリ自体が伸び縮みするのでは無く、
クサリの輪の数が一つから無限に増えていくことを指しています。



「いかん!!」
「リンちゃん!!」

黒蝶に上空へと引っ張り上げられていく凛の姿に、焦りの声を漏らすが、どうすることも出来ない黒羽と重咲。


「くっ・・・こ のぉ!!」

引っ張り上げられた瞬間、クサリがしなって刀を持つ方の腕が抜け、
凛は必死に刀で何度もクサリに斬りつけて断ちきろうと抵抗したが・・・。

「フォフォフォ、無駄ですよ」
「このクサリはそう簡単に断ちきれるほど、やわではありませんから・・・」

凛の必死の抵抗を滑稽に思い、あざけ笑いながら自分の持ち物自慢をする黒蝶。 


「うるさ・・・は・・っ!? ・・・うぅ」

黒蝶の言葉に苛立ちながら、睨みつけてやろうとしたとき、
凛はようやく自分が置かれている状況を理解して、・・・絶句する。


凛の周囲には、黒蝶によって新たにつくりだされた20体近くの土人形が浮遊していたから。

否、正確にはそれらが配置された場所まで、引きずり込まれたのだ。


その威力は先の爆破で経験積み。

宙吊り状態で拘束されているから、体の自由はほぼない。

逃げ場がなければ、防御もまともにできない。 

むしろ、この一連の流れのために、ワザと最初の爆破を避けやすくしていたのかもしれない。

それに気づいた時には何もかもが手遅れだった。


「まずは・・・、一匹。 それではさようなら〜・・・・ご機嫌よう」

「・・・ひっ、・・・あぁ」

凛の中で恐怖が支配しはじめ、徐々に引きつっていくその表情を眺めながら、
黒蝶は意地悪な笑みを浮かべ、ゆっくりと指をパチンと鳴らす。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.