最小スプリンター


1 :MK :2007/09/06(木) 13:13:39 ID:nmz3oAQ7

お前、マジで俊さんの弟なの?


昔からずっと言われてきた言葉。気にしてないけど、いいもんじゃない。


白い壁がまだ新しさを物語る校舎を、俺はずっと見上げていた。桜の花びらが風に揺られて舞い上がる。綺麗な校舎と桜は絵に描いたような美しさだ。

「おーい、虎太郎〜!」

遠くで陸が俺の名前を呼んでいる。恥ずかしいから、俺としてはあまり大声で呼ばないでほしいけど陸は容赦なく叫んだ。

「何やってんの?あれ、怒ってる?」
「大声で俺の名前呼ぶなっつってんだろ。恥ずかしいんだよ」
「何で?俺は虎太郎って名前スキだけどなぁ…いいよな、瑞島虎太郎。カッコイ〜よな…」
「おい、それ以上言ったら…」
「あ、虎太郎。早くしねーと部活始まるよ。いこうぜ」
「ちょっ…人の話聞いてんのか……」

陸はそのまま走っていってしまった。制服を着ていても、相変わらずキレイな走りをする。
遠くで手を振る陸の元へ俺も走った。


2 :MK :2007/09/06(木) 13:16:12 ID:nmz3oAQ7

才能

桜の木の下に荷物をおろした。あらかじめ着ておいたTシャツとハーパンになり、制服を脱ぎ捨ててグラウンドに走った。

「遅い」

グラウンドでは、陸上部の先輩達と新入部員が並ぶ列の横にいた監督・満川隆雄が目を光らせて俺達を待っていた。

「すいません!」

俺達は同時に謝った。初日から遅刻、というものをやってしまったのだ。なぜか頭上で満川が笑っているのが聞こえる。

「…まぁいい。列に入れ」
「はい!」

俺達は列の一番端っこに並んだ。当然のことながら、先輩の冷たい視線が突き刺さってくる。それと同時に、俺を指差してにやけながらヒソヒソ話す声も聞こえる。

「じゃ、一番はじのお前から」
「えっ…」

満川が俺の肩を叩いた。一斉に視線が俺に向いた。息をすい、少し背伸びして俺は口を開いた。

「瑞島虎太郎です!長距離やってました。お願いします!」
「え…?瑞島って…」
「お前、まさか瑞島俊二さんの弟!?まさか…」
「そうです」
「えぇ!?」

一瞬にしてざわめいた。俺はいつもと違って胸を張ってみる。我ながらよくやったと思う。まぁ、高校生になってまで恥じるのは嫌だしね。

「…マジかよ!スッゲーなぁ!」
「俊二さん…て、あの俊二だろ!?」
「あの俊二さんに決まってんじゃん!長距離も短距離も高跳びも出来る俊二さんだろ!」
「うわぁ…いいな〜」

この反応にはもう慣れっこだ。それより、次に予想される言葉が嫌だ。

「…それにしちゃあ、小さくね?」
「なぁ…俊二さんは180以上あんのに…」
「おい!聞こえるぞ」

もう聞こえてるっつの。
俺はそう思いながらも笑顔で言った。

「兄は182pあります」
「うわ、いいな」
「で、お前は?」
「…152p」
「えっ…」

先輩達が口を塞いだ。目が笑っているから、堪えているのだろう。
笑うがいいさ。

「はいはい、次!」
「あ、はい!宇摘陸です!400mやってました」
「宇摘?どっかで聞いたような…」
「宇摘は日本代表で世界陸上に出た宇摘誠選手の息子だ」
「あぁ!あの宇摘!?スッゲー!後でサイン持ってきて!」
「あー、いっすよ〜」

陸の父は陸上の元日本代表。世界大会で400mを走った人だ。メダルは逃したけど、後に生まれた陸は父の才能を受け継いだ。

陸のあとも紹介が続き、一年の初仕事が始まった。ライン引き、スタブロ(スターティングブロック)出し、他にも給水用ポットを出したり色々やった。

「なぁ、お前俊二さんの弟ってマジ?」

すると急に一年部員の仲平がたずねてきた。俺が頷くと目を光らせた。

「俊二さんも長距離だよな!羨ましい〜、才能受け継いだわけね」
「いや…俺速くない」

聞こえないようにボソッと言ってみた。しかし仲平は信用してない。

「またまた〜♪期待してるぜ、瑞島っ」

こんなことはよくある。だから俺はいつもみたいに苦笑して、その場から離れた。


俺の兄…瑞島俊二は、どこへ言っても有名な陸上選手だ。実際俺の通う南浦高校は県外の高校だけど、知っている人は数多くいる。
俊兄は、全国で優勝経験が何度かある。
何度か、じゃなくて何度も、かもしれない。
どっちでもいい。すごいことには変わりないんだ。
そんで俺は、その兄を持ちながら結果を残せない期待はずれのランナー。県大会予選で、毎回ビリ。とうとう最後は補欠にもならなかったという、恥ずかしい奴だ。
俺は俊兄の話はよくされる。そして才能あっていいな、とか見ないうちに言われる。ホント、俊兄は嫌なヤツだよ。

「虎太郎〜俺楽しみになってきた♪」
「そっか…頑張れよ」
「お前もなっ!」
「俺は笑われるだけだ」
「何で!?大丈夫だよ」

陸はいいよな。父親から才能を受け継いだんだから。
陸はすごい。400mは多分、陸上競技の中で一番キツイ種目だ。それを陸は、楽しそうに走る。才能だけじゃなくて実力もあるから憎いけど、楽しそうな顔見てると、うらめない。しかもノーテンキでマイペースだから、うらんでも気付かないしね。俺と陸は小学校から一緒で、わりと気が合うのだ。

「一年!集合!」
「はい!」

俺は監督の元へ全力で走った。この後のことなんて、全く想像しないまま…。


3 :MK :2007/09/06(木) 13:52:57 ID:nmz3oAQ7

昔、俊兄が言っていた。

俺は走るのがスキだ。途中は辛くても、ゴールすれば忘れちまう。
なぁ虎太郎。俺はいつか、世界と戦えるくらいのランナーになりたいんだ。

陸上を始めたばかりの俺が、走るのが辛くなって泣いていたとき…
俊兄は俺に言った。そん時はマジで俊兄が神様に見えた。俺がまだ甲高い声を出していた、純粋な頃の話だけど。


4 :MK :2007/09/06(木) 13:54:09 ID:nmz3oAQ7

実力

「えー、今から一年にそれぞれやっていた種目を競技してもらう」
「え?」

一年が監督の元に走っていくと、いきなりそんなことを言われた。訳がわからない俺のとなりで陸は目を輝かせている。

「監督!走っていーんですか!?」
「そうだ。初心者の奴は取りあえずタイム測定をニ・三年に教わってくれ。他の奴は、アップをしろ」
「一年!各種目にわかれろ!」

監督の唐突な指示に一年部員は戸惑っていたが、そのあとすぐに部長の遠藤さんが指示をし、動き始めた。

俺は何人かの同じ種目の奴らと一緒にグラウンドに言った。ついさっき引いたばかりのラインを踏まないようにまたいだ。

「瑞島ぁ、やっぱお前一番だろ?手ぇ抜けよ」

ストレッチをしながら問いかけてきたのは羽柴だった。

「そうだよ。どうせ大会でいー思いできんだし、ここは俺達のためを思ってさ!」

そして、となりから高山が。

「あ…いや、俺速くないよ?」
「まーた言ってるな?」

仲平がきた。彼も長距離選手だった。

「マジだって…」
「お前って、自信ないの?それとも俺達を騙してんの?」
「どっちも違う。俺は遅いんだって…」

三人は苦笑している。
俺はどうして信用されないんだろうか。なんて説得力のない男なんだろ、俺は。


トラックを軽く回った。受験の前まで俊兄と一緒に走っていたから、わりときつくない。でも、俺は遅いことに変わりはない。

「準備できたかぁ〜?一年」

三年の山岸さんがきた。ストップウォッチを回しながら、にやけている。その目が俺を見た。

「瑞島、しっかり走れよ。遠慮なんかするな」

山岸さんは親指を立てて、ウインクなんかしてきた。俺は吹き出しそうになったけど、今はそれどころじゃない。周りの一年が文句を言っている。

「瑞島、気楽によろしく」
「はい、いくぞ〜位置について」

全員が一気に構えた。俺の心臓が速くなる。

「……スタート!」

一斉に走り出した。みんな、飛ばしている。俺はとりあえず中間にいた。
いつもはコンクリートを走っていたから、砂を蹴るのは久々だ。俺は好きな歌を頭の中で歌った。気を紛らわせるためだ。

いつの間にか、俺は抜かされてもう列から置いていかれてしまっている。呼吸が乱れた。足がすくむ。いつものように、ペースは落ちていった……



「おい、瑞島」

ゴール寸前で、誰かに腕を掴まれた。山岸さんだった。

「遠慮すんなって言ったよな、俺…」
「…してません」
「はぁ!?」

腕を握る手が強くなって、俺は思わず振り払ってしまった。

「瑞島、お前、マジで言ってたのか?」
「遅いって…本当だったのかよ」

仲平達がきた。俺は俯くしかなかった。
なんで、俊兄が速いから俺が速いって思い込むんだよ。俊兄じゃなくて、俺を見ろよ。文句言うなら俺の言葉信じろよな。勝手なことばっかり…
怒りが込み上げてきたけど、すぐにおさまった。結局俺は、期待はずれのランナーでしかない。俊兄にはなれない。

俺は、何のために走るんだろう。

「瑞島!」
「はい」

満川が手招きをしている。急いで走った。

「…お前、スプリント、やったことあるか?」
「…え?」

いきなりなんだ?そう思ったけど、一応答えてみた。

「…一度もないです」
「そうか」

満川は少し考えるようにして、それから決意したようにこっちを見た。

「お前、スプリンターにならないか?」


5 :MK :2007/09/06(木) 13:57:20 ID:nmz3oAQ7

「ただいま…」
「おー!おかえり」

家に帰ると、俊兄が丁度風呂から出てきた所だった。長身に、濡れた短髪のかみの俊兄はカッコイイなー…と思った。

「ぶっ…虎太郎、お前なんかめちゃくちゃ疲れてねえ?」
「え…?」
「…そんなこと考える余裕もないくらいに、か」

俊兄は笑って俺の頭を撫でた。頭を撫でるのは昔からのくせで、俺が小さいのもあって俊兄はいつも撫でてくる。

「俊兄、ソレやめてって言ってんじゃん」
「あ、わりぃ」

俊兄は笑いながらソファーの上でストレッチを始めた。風呂上がりにはストレッチ、というのが俊兄の口癖でもある。そして、それが始まると同時にうちのテレビは世界陸上を録画したビデオに映り変わる。俊兄は真面目に見ているようで、実はそうじゃない。誰かの走りを目標にするんじゃなくて、自分が世界王者の記録を超えるにはどうすればいいか、というものを掴むために見ているんだ。

「虎太郎」

急に俊兄が俺の名前を呼んだ。

「風呂出たら今日のこと教えてよ」
「…あー、うん」

俊兄はにっこり笑って、またテレビに視線を戻した。

今日こと…か。俊兄に言ったら、どんな反応するかな。

俺は部屋に荷物を置いて風呂場へいった。



「スプリンターって…」
「今見てた限りじゃ、お前は長距離向きじゃない。短距離の足を持ってる」
「え…」

そんなこと急に言われても、俺は茫然と突っ立っているしかない。当たり前だろう。中学の三年間、ずっと走り続けていたのだから。短距離なんてやったことない。なのにいきなり初日から“お前は長距離向きじゃない”とか言われちゃショックでかいよ。

…ん?待てよ。何で満川は、長距離走ってる俺を見て短距離の足を持ってるってわかったんだ?

「瑞島、お前、走るのは好きか?」
「え?まぁ…好きです」
「そうか。なら、無理に短距離をやれとは言わない。でもこれだけは言うが、“瑞島俊二の後継ぎ”だと思われたくなかったら移った方がいいぞ」

瑞島俊二の後継ぎ…なにそれ。思われたくないに決まってんじゃんか。

「お前なら、この三ヶ月練習すれば夏の大会にいい結果を残せる」

いい結果…

「どうだ、やるか?」

満川の顔は微笑んでいる。俺は口を開いた。

「やります」



…スプリンター。

「…虎太郎!」

はっとして目を開けた。ここはどこだ?
…風呂だ。お湯に浸かっていたら気持ちよくて寝てしまってたみたいだ。それも、部活中に話した満川との会話が頭に鮮明に思いだされながら。

「いつまで浸かってるの。早く出なさい」
「…はい」

母さんに怒られた。俺は立ち上がった。頭がクラクラするし、目がチカチカする。と思った瞬間、天井が見えた。そして頭に鈍い痛みがきた。


「おーい、おはよう」

気がつくと、ソファーの上にいた。俊兄が俺の額に手をあてた。

「…よし、冷えたな」

そう言うと、俺の目を見た。視線がぶつかる。すると俊兄は吹き出した。

「ぶっ…お前、ホントおもしれぇ」

俊兄は必死に堪えようとしているが、全然堪えきれてない。そこへ母さんが来て、俊兄の頭を叩いた。イテッ、と言いながらも俊兄はまだ笑う。ホント、笑うの得意だな。

「頭打って気絶したのに…笑い事じゃないでしょ」
「え?俺気絶したの?」
「そうだよ。ぶっ…ヤベ…とまんねぇ」
「俊!早く夕飯食べなさい。明日も早いんでしょ?」
「はーい」

俊兄は嬉しそうにキッチンのそばのテーブルに走った。

「虎太郎、ご飯持ってこようか?」
「あ、平気。腹減ったし俊兄と食べる」
「そう……虎太郎」
「なに?」
「何かあったらお母さんに言ってね。特に、俊のことは…」
「大丈夫だよ、もう高校生なんだから」

俺は俊兄のとなりに座って、飯をニ杯食べた。俊兄が、よく食う奴は大きくなれるぞと言って頭を軽く叩いてきた。そうだといいけど。

「虎太郎、食ったら俺の部屋来いよ」
「あ…うん」
「風呂で考えてたこと聞いてやる」
「え!?」

俊兄は笑って部屋に向かってった。何でわかるんだろう。俊兄には勝てないよ。
俺も俊兄の後を追うように、部屋にいった。


6 :MK :2007/09/06(木) 14:04:19 ID:nmz3oAQ7

ラスト・ランナー

俊兄の部屋は久しぶりだ。中一以来かな。

「座れよ」

よそよそしく立っている俺に言い、俊兄はベッドに寝転んだ。

「あー気持ちぃ。寝たい。マジ眠い」
「…俊兄明日も早いんだろ。寝れば」
「やだね、お前の話聞くからな」

ニヤリと笑った俊兄を見た俺は、首をすくめた。

「…で、今日はどーだった?関東トップクラスの陸上部はどーよ」
「…関東トップクラスってなに?」
「え?知らないの?マジで!?南浦は関東常連の陸上部だろ!」
「知らない……え?俊兄は何で知ってんの?」
「俺、南浦の奴と戦ったことあるもん。俺が行ってた宇都宮高校は全国区だったけど、俺の先輩がスプリントで南浦の選手に負けたことあるんだ。…てゆーか、お前そんとき応援来てたよな?」

スプリント。俊兄の口から出ると、なんかすげぇや。心臓がバクバクしたけど、冷静に言った。

「俺、南浦とか全然キョーミなかったから…見てなかった」
「全然キョーミなかったのに入ったのか?」
「陸が行くってうるさかったからさ…」
「陸か…あいつはすげぇよな。スゲーのに、めちゃ天然だし」

俊兄は急に、スパイクを取り出した。いつも訳のわからない微妙なタイミングで違うことをやりだす俊兄の顔は、ホントに全国レベルの走りをするのか、と思える表情になる。

「…はい、虎太郎」
「なに?」
「俺の平行ピン。お前にやるよ」
「…なんで!?」

俊兄はニッコリ笑った。三つ歳の離れた兄が笑う顔は好きだ。落ち着ける。

「お前、なんか変だからさ、また文句言われてへこんでんのかなって思ったからなんだけど…違ったか?」
「…違ってる」
「あれ、はずしたか」
「…スプリンターってどんな気分?」
「え?」

俊兄がベッドから下りた。俺は視線を平行ピンから俊兄に移した。

「俺さ、監督にスプリンターにならないかって言われて、やりますって言ったんだ」
「…満川先生か」
「知ってんの?」
「うん。あの人有名だよ。選手のいーとこ全部見抜いちゃうんだよな」
「俊兄、スプリンターっていいと思う?」
「そりゃ楽しいぞ。スタブロ蹴って走り出すとこなんか最高」
「ホントに!?」
「うん。でもな…条件があんだ」
「条件?」

条件って、長距離は体力がなきゃだめとか…そういうものか?

「経験と才能だ」

経験と…才能!?

「俺はそう思うな」

俊兄は立ち上がり、窓を開けた。暗い春の夜の風は、何とも言えない心地よさがある。俺は黙っていた。経験は積むうちになんとかなる気がするけど、才能というものはそうじゃない。俺それだけはよーく知ってるもん。

「…よし、走るか!」
「え?」
「着替えて、走るぞ。夜空に広がる星の下を走るのもいいもんだよ」
「星なんかないじゃん」
「…ムード壊すなよぅ」

窓を覗いて空を見上げた俺に、俊兄は唇を尖らせた。なんか、マジですごい人なのか疑っちまうよ。そう思っている間に、俊兄に引っ張られた。

「母さん、ちょっと走ってくる」
「えぇ!?もう8時よ!?」
「ごめんね。すぐ帰ってくるから」

俊兄は優しくいって、玄関を出た。

「うわ、なんか寒いな。やめる?」

自分で言い出したにもかかわらず、俊兄は弱気なことを言い出した。俊兄は寒さに弱いから、きっとそんなことを言ったのだろう。しかし俺は首を横に振った。

「走ればあったかくなるよ」
「…そーだな!行くか」

俊兄は勢いよく飛びだした。俺も後を追った。

「ねぇ、何で走ろうと思ったの?」
「んー?」

俊兄はどんどん先に行く。いつもは走っているときに話しかけても聞こえてないけど、今日は耳に届いたみたいだ。

「スプリントやるんだろ?ラストラン、一緒に走ってやろうと思った」
「あ…そっか」

俊兄は気を使ってくれたのか。ホント、嫌なくらいイイ兄貴だよ。なんか泣けてくるじゃん。…泣かないけどさ。

「ありがと」

返事はない。俊兄はすでにランナーの態勢に入っていた。集中してるから、俺は後ろから静かに着いていこうと思った。

春の夜空のしたを、兄と走る。ランナーとしての最後の走りが一番気持ちよかった。


7 :MK :2007/09/07(金) 12:36:09 ID:nmz3oAQ7

本当の才能

午後の授業はかなり眠くなる。暖かい季節はあまり好まない。ぼーっとするからだ。

「瑞島!」

はっ、とした。部活の時間なのに、目が虚ろになっていたようだ。二年の眞中さんが俺を何度も呼んでいたらしい。

「ぼーっとしやがって、タイム計ったのか!?」
「あ…すいません!」

眞中さんはマジで怒ってるっぽい。あーそうだ。昨日俊兄と走り終えたのが10時くらいで、2時間も走ったあげく母さんの1時間の説教で寝るのが1時くらいになったんだった。だから眠いんだ……って、そんなことどーでもいいか。

「ちゃんと計れよな。…ったく」

たった50mのタイムでも真面目に走ってる眞中さんは偉いと思う。他の先輩はちょっと流し気味なのに…。

「瑞島ー!手あげて!」
「あ…おっけー!」

スタートの方を見ると、池垣さんがいた。
あ、スタートした。
ストップウォッチを押す。あっという間に池垣さんはゴールした。

「…速いっすね〜」
「ん?」
「あ…5秒台っすよ!」
「5秒…え?マジで?えーっ、凄くない!?初めて出したよ!」
「あ…さっきも5秒だったんすけど…」
「ん?そーだっけ?ま、いいや。じゃーね」

池垣さんは南浦で一番速いスプリンターだ。いつも100mを走っている。
しかしそれにしては、緊張感がない。走っているときは物凄いオーラみたいなのが漂ってくるけど、走る前と走った後は笑い転げていたり、たまに鬼ごっこやろうぜとか言い出して満川監督に怒られている。でも、速いんだよなぁ。

「瑞島、監督が呼んでるぞ。代わるよ」
「あ、さんきゅ」

一年の笹本にストップウォッチを渡して、監督・満川の元に走った。

「おう瑞島。今日からはいつもと違う練習だ。取りあえず、半ダッシュやれ。池垣!」
「はいっ?」
「お前は瑞島と走れ」
「はい!…あっれぇ!瑞島、お前長距離じゃなかったっけ?」
「こっちに移りました」
「こいつはこっち向きなんだ。池垣、お前が指導してやれよ」
「はいっす!」

池垣は敬礼をして、俺に笑いかけた。

「…お願いします!」
「わ、そんな偉いこと言われると困る。気楽にやろーぜ」

ニッと笑った池垣さんがめちゃくちゃ俺を見下ろす。そんなに俺、小さいのか?


「えーと…クラウチングはわかるか?」
「はい」
「じゃ、走るか!」

池垣さんは入れてと言って割り込み、少しジャンプしている。俺は一礼してストレッチした。

「瑞島、こっちなの?」
「あ、ハイ」
「監督のご指名だって」
「…おぉ、マジか」

そういえば、満川は見抜くって俊兄言ってたな。

「行きますよー」

池垣さんが座ったので、俺もクラウチングで構えた。

「位置について…用意」

ピッと笛が鳴った。池垣さんはもう前にいる。負けたくない…なぜかそう思った。

「おぉ…スゲー」

最後は池垣さんに少し近付いた。といっても、1秒以上は差がついたと思うけど。

「池垣さん、5秒2…瑞島は…6秒!」

6秒!?初めて出したタイムだ。これって、結構速くない?俺、池垣さんと1秒も差なかったよ…なんか…なんか…スゲー気持ちー!

「なんかお前速くねぇ?」
「あ…池垣さん本気でしたか?」
「本気だよ!マジじゃなきゃこんなタイムでねえって」

あ…そっか。だよな。え…俺マジでスプリンターになれるのか?“俊兄の弟”じゃなくて、俺を見てもらえるのか?
俊兄が言ってたな。スプリントは経験と才能だって。俺は…スプリントの才能があるのかな。

「瑞島」

池垣さんはニッコリ笑った。

「お前スゲー。お互い頑張ろうな」
「…はいっ!」

誰かに頑張ろうなんて言われたの初めてだ。いつも笑われるか、冷たい目で見られるかだった。

俊兄に少しだけ、近づけたかもな。


8 :MK :2007/09/08(土) 18:49:33 ID:nmz3oAQ7

夏に向かって

早朝、窓の外を見ると曇っていた。最近天気が悪い。梅雨の時期が来たのだ。

「おはよ、虎太郎」
「あれ…俊兄だ」

俺はのんびり朝食を食べる俊兄がいることにびっくりした。いつも俺が起きる時間には、もういなくなってるからな。

「俊兄、朝練は?」
「休み」
「…珍しいね」
「…だよなぁ、もうちっと寝ときゃよかった」

俊兄はため息をついた。家にいるとき、こうやって会話をすると俊兄は普通の高校生だ。昔は色んな話したな。同じクラスの奴がムカついたから殴ったとか、好きな子ができたとか、世界陸上みて日本人は足おせえなとか…俊兄の話を俺が聞いて笑うだけだったけどさ、俺は好きだったよ。そんな俊兄が。有名人の俊兄も普通に話すんだなって、安心したこともあったしね。

「虎太郎、最近どう?ちゃんと走ってんの?」
「うん。11秒台で走れるようになった」
「…お前はやっぱおもしろいな」

俊兄は嬉しそうに笑った。俺はなんだか誇らしくなってきた。


俺が南浦高陸上部に所属して早二ヶ月…スプリンターとして100mを走っている。練習を積んだおかげで、この間11秒台が出た。そんときはスタートから最高で、気持ちよくてにやけちまった。でも満川に怒られた。

「じゃ、行ってくる」
「あれ、もう行くの?」
「おう、駅まで走ってくからさ」
「…そっか」

俊兄は手を振った。俺の兄貴は、才能があって努力も怠らない。見習わなきゃなぁ。

決意した。俺も走っていこう!



「…どうした?」

南浦に着いたときには、朝練の半分が過ぎていた。監督と遠藤さんが俺の汗びっしょりな姿を見てア然としている。

「あの…走って…きたんで……遅れ…ました」

二人はまだ驚いている。池垣さんが後ろで笑っているのが聞こえた。そこを眞中さんにどつかれている。陸はトラックで大声を張り上げていた。

「…とにかく着替えろ。風邪ひくぞ」
「はい…」

俺は馬鹿だ。俊兄が走っていくからって、なんで走ろうと思ったんだろう。わざわざバスにも乗らず、駅から遠い南浦を走ってきた。馬鹿だな。忘れてたよ。俺はランナーとしては遅いんだっけな。俊兄とは月とスッポンなの、頭になかった。

「ぶっ…瑞島、お前、なに頑張ってんだよ」

池垣さんが茶化しにきた。

「いいんだけど…偉いんだけどさ、お前ランナーじゃないよ。走んなくていーの。朝練間に合うならいいけど…ぶっふふふ…」
「笑わないで下さい」
「あ、そんな口きくなら俺に勝ってみろよ」
「ムリっすよー!」

池垣さんは笑う。笑いすぎじゃないか?ホント朝っぱらからテンション高いな。緊張感、全然ないんだな。また監督に怒られるよ、池垣さん。

「瑞島、準備出来たか?」

眞中さんが真剣に聞いてくる。

「ヨユーだよ。なっ、瑞島。走ってきたもんな」
「あ…まぁ…」

池垣さんはまだ馬鹿にしてくる。そりゃ馬鹿だけどさ。

「もー!お前はいちいちちょっかい出すな!」
「いーじゃん!俺マジこいつ気に入ったんだもん。カワイイし」

カワイイ…って、俺は女の子か?あぁ、もう何でもいいや…。
池垣さんは眞中さんに怒られている。俺は二人をほっといて、100mの練習にいった。

100mを競技する選手は、遠藤さん、松永さんが三年、眞中さん、池垣さんが二年で、俺と笹本と木内が一年。遠藤さんは200mも走れる選手だ。

「瑞島、速くなったな」
「え…」

眞中さんが言った。真面目で厳しいこの人が、俺を褒めるなんて意外だ。

「夏…いけるよ」
「眞中さんも、頑張って下さい」
「ありがとう」

眞中さんが微笑むと、急に雨が降ってきた。だんだん強さを増している。監督が中断を指示した。

「虎太郎〜雨やむかなぁ?」

陸が膨れている。陸はくせっ毛だし、じめじめしするから、ということで雨が嫌いだ。それに陸上が出来なくなるからよけいに嫌なんだろう。

「こら雨ー!早くやめよぉー!」
「陸!うるさいっ」

そんなんでやむわけないだろ。全く陸は子供だ。

「なぁなぁ、鬼ごっこしようぜ!」
「はぁ?どこでやるんだよ」
「雨に打たれながら鬼ごっこすんだよ。気持ちくない!?」

でた、池垣さん。全然雨とか気にしてない。周りの先輩や同級生達は呆れていて、一年は苦笑中。ただ一人、手を挙げた奴がいた。

「ハイッ!俺やります」

陸だ。あの馬鹿、何考えてやがる。175cmの身体で鬼ごっことかいうな。

「池垣、何考えてんだ。馬鹿か。ほんっとガキの塊だな」
「なんで、鬼ごっこ楽しいじゃん」
「はいはい、池垣。やめなさい。風邪ひくから」

監督が止めた。ちぇー、といって池垣さんは少し跳び始めた。

「お前ら、聞いてくれ!」

監督が呼びかけた。一斉に全員が満川を見た。

「もうすぐこのチーム初の本番の大会がくる!全員よく頑張っているな。その調子でケガせずやっていこう!そして…目指すは全国だ!」
「はいっ!」

なんか、マジで関東常連のチームにきちまったみたいだ。陸に騙されたな…強いの?と聞いても、わかんないとか言ってたのに。ま、いいか。
もうすぐ大会がくる。初めてのスプリント競技、俺は前とは違って、楽しみになってきた。


9 :MK :2007/09/08(土) 19:00:14 ID:nmz3oAQ7

こんにちは、MKです。
投稿してから気付いたミスがあります。瑞島俊二は『大学生』なのですが、『高校生』と書いてしまいました。申し訳ございません。


10 :MK :2007/09/16(日) 00:58:11 ID:nmz3oAQ7

合同練習

だいぶ暑くなってきた。初夏というやつだろうか。日差しが強くて、少し走るだけでも汗がすごい。

「夏だあー!」

用具の準備をしていたとき、陸が叫んだ。
陸の大好きな季節が来た。なんか、すっごく気持ちよさそうに背伸びしたから俺までしたくなった。

「虎太郎、夏だよ、夏!インハイだよ、インハイ」
「わかったよ、さっきから何回言ってんだ」

陸は無邪気に笑う。インハイ…インターハイを目標にする奴がなんかカッコイイな。俊兄もよく夏だ、インハイだ、って言ってたな。俺は予選突破出来るかが心配だよ…

「おっすイチネン、今日も頑張ってんねえ」
「あ、ハヨッス!池垣先輩、眞中先輩!」
「お〜宇摘ちゃんは元気いいねぇ」

池垣さんと眞中さんがやってきた。二人はなにげに仲がいい。池垣さんと陸はノーテンキで緊張感ゼロのコンビで、なかなかおもしろい。

インターハイに向けて、俺達はちゃくちゃくと目標を定めていってる。

「あ、そーだ。今日浦高くんだよね?透也」
「そーだ、忘れてた…」
「瑞島、大至急パイプ椅子持ってこい!」
「あ…はい!」

浦和高…確か監督がそんなこと言ってたな。同じ県内で、ライバル校の浦高。合同練習だ。
俺はパイプ椅子を池垣さんに渡して、なんで慌てていたのかたずねた。

「あんな…浦高てのは、すんげー、ハンパネー、がモットーなのよ。練習のきつさが俺ら以上。練習のきつさってゆーか、監督の怖さ、か」
「監督の怖さ?」
「そ。監督チョー怖ぇ。月延監督ってゆー人ね、ヤバイよ。ちょっとでも膝に手ついてみろ………コラァァァ!ってあの顔がスゲーうけるから」
「え?」
「ばか!雅貴!なに言ってんだ、ざけんなよ」

眞中透也さんが、池垣雅貴さんを叩きまくる。

「ジョーダンだよ、冗談。とーやはホントかたいなぁ…てか、ビビってるっしょ?」
「びびってねえ。誰がびびっかよ」
「あ、そ。俺ゼンゼン怖くねえもん。しかもこいつびびらしてどーすんの?あ、マジで顔ウケるから見とけよ」

眞中さんがバシッと頭を叩く。いてぇ、と池垣さんは泣きそうな声をあげた。

「俺、透也のが怖い」
「ったく、お前はもっと自分に責任を持て。あ、ほら遠藤さん達来たぞ」

全員が挨拶をした。いつの間にか部員全員が揃っていた。
後に監督が来て、挨拶をすませたあと浦高が来るまでアップをしていろとのことだった。


「あれ、浦高じゃね?」
「あ、ウラコーきた!」

数十分後、浦高らしきバスがうちの高校の門をくぐってきた。まさしく浦高だ。
…と、バスから人がおりてきた。どんどん下りてくる浦高陸上部の人達は、みんなデカイ。俊兄みたいな人がいっぱいだ。困った。俺はこの中で一番小さいスプリンターになってしまう。

「瑞島、どーした?変な顔してんなぁ」
「あ…いえ」

身長なんか関係ない。俺は走ればいいんだ。速く速く、走り抜けばいいんだ。

「あ、月延監督だ!瑞島、あれが例の鬼監督だよ」

眞中さんが痛そうな顔をした。あれが月延監督か。意外と小さいし、若そうだ。でも、うちの監督よりは年上って感じ。見た目はすげぇな。もろ怖いって顔してるよ。

「南浦高の遠藤です。よろしくお願いします」

遠藤さんが代表で挨拶し、後から全員が挨拶した。月延監督は表情を変えずによろしくと一礼した。

「…こわ〜」
「ホント雰囲気あるよなぁ」

先輩達がマジで青くなってる。その様子を見ていたら、誰かとぶつかった。俺はとんでもなく無防備に突っ立っていたから、その衝撃で地面に倒れこんでしまった。

「…わりぃ、大丈夫?」

手を差し延べてきた男を見た。知らない顔だ。俺は浦高の人とぶつかったんだ。…いや、ぶつかったんじゃない。ぶつかられたんだ。

「おい仁科、だめじゃん。見えないからってぶつかっちゃあ」
「あ、すいません。ごめんね、大丈夫?」
「ねえ、何て名前?」

俺は手を払った。こいつら、遊んでやがる。言いたくねぇ…俺の名前言ったら、俊兄の弟だってばれちまう…。

「おーい、うちの大事な部員に何してくれんの?」
「あ、池垣久しぶり。なに、こいつ大事なの?」
「萩原じゃん。こいつはね、瑞島ってゆーんだよ」
「瑞島?…って、もしかして瑞島俊二さんの弟なの?」
「そうでぇす」

あ、池垣さん…なんてことを…。今言ってほしくなかった言葉No.1だったのに。ほんと、かなわないよ…この人にはね。

「マジで?」
「マジ。あんま馬鹿にすっとね、ヤバイよ。ショック受けるよ」
「ちょ…池垣さん!」
「大丈夫だよ、ほら」

池垣さんが見る方に視線を向けてみると、浦高の萩原雄太さんが固まっている。よかった…ホント池垣さんは怖いよ。

「なっ♪……て、瑞島、なにいじけてんのさ」
「…弟だってこと、浦高の人に知られたくなかったんです。馬鹿にされるから…」
「…ぶっ、瑞島、お前まだそんなこと言ってんの?」
「そんなことって…!」
「お前はもう前と違うじゃん」

池垣さんは笑った。

「スプリンターじゃん。記録あんじゃん。自信持たなきゃ」

…そうだ。俺は、スプリンターだ。速くなったんだ。俊兄の弟として恥ずかしくない陸上部員に近付いているんだ。
忘れてた。昔の俺から抜け出すために頑張ってきたんだ。馬鹿にされたままじゃ嫌なんだ。

「練習始めるぞ!」

満川監督の声で、全員が返事をした。
いよいよ南浦高と浦和高の合同練習が始まろうとしていた。


11 :MK :2007/09/17(月) 13:53:32 ID:nmz3oAQ7

浦高のプライド

午後1時。昼休みとなった。
練習は想像以上に厳しいものだった。先輩達は嫌々いいながらもこなしていて、陸は泣きそうになりながらも400mを走るときは楽しそうにしていた。一方俺は、一人の男にずっと付きまとわれていた。

「瑞島ー!こっちで飯食わない?」
「あー遠慮しときます」
「何で!来いよ瑞島!」

浦高陸上部一年・仁科秀介が、俺を呼ぶ。練習前からやたらと付きまとってくる、俺としては非常に困った存在。

「虎太郎、いこーよ。浦高の人と話せるじゃん」
「やだよ!陸はいーけど俺はやだ!あの仁科って奴、ヘンだよ」
「だーめ。虎太郎は昔からフレンドリーなとこないよな」
「お前も英語使えるよーになったんだな」
「おう!」
「…じゃなくて!いかねえぞ、俺はっ」


…とか言いつつ、俺は仁科に引っ張られて浦高の人と昼休みを過ごすことになってしまった。

「瑞島ってさ、俊二さんの弟なんだろ?いいよなぁ…」
「瑞島はスプリント初めてどのくらい?」
「なぁ瑞島!」

しつこい。仁科は俺に飯の余裕も与えない勢いで問いかけてくる。浦高はやっかいだな。ヘンな奴にあっちまったよ。

「…なぁ、仁科。お前どーせ“瑞島俊二の弟”だからってよってきてんだろ?」
「うん。そーだけど、なに?」

うわ、なんてあっさりとしたやつだ。てゆーか、俺に遠慮とかないわけ?なんだよコイツ…無神経ってのはこういう奴のことを言うんだ。

「つーか、それ以外に寄る理由ないじゃん。お前別に速くないし」
「お前よりは、だろ」
「俺より遅いやつは速くないの決定なんだ」

なんて無神経なんだろ。苛々する。まぁ文句言えないんだよ。仁科は午前中に10秒台を二回出した。他の高一に比べても明らかに身体つきが違う。100mは経験と才能だって俊兄が言ってたけど、その両方を持っている。

「やっぱ俊二さんてすごい?速い?100mでは何秒で走るの?」
「…10秒台で走れるよ。でも専門は長距離だから、リレーとかそっちで出るって感じだし…」
「ふーん…ハイジャンもやるんだろ?」
「やるって言うか、やれる。でも最近見てない」
「そっかぁ。俊二さんスゲーな」

すげぇよ。俊兄はすごい。普段は大学生やってるけど、ユニフォーム着ちゃうと別人。俺ですら、惚れそうだもん。

「スゲー俊二さんの弟が…お前か」
「うん…」

俺はスゲー俊兄の弟で、スプリントの経験はまだ浅くて、それでも11秒台で走れるようになった。これでいいんだよな。
一人で納得した俺の横で、仁科は立ち上がった。

「どうした?」
「昼休みオワリ」
「え?」

時計を見た。昼休みから20分しかたっていない。練習開始は午後2時からだった。

「なに言ってんだよ。まだおわりじゃない……」
「俺はおわりなんだ」

仁科はきっぱり言った。Tシャツを着替えて、タオルを肩にかけて、ゆっくり一歩を踏み出した。

「浦高のプライドって知ってる?しらないかー?」
「え?プライド?」
「俺タチのモットーは“すんげー、ハンパネー”だ」

あ、池垣さんが言ってたな。本当だったんだ。
仁科は後ろ姿のまま言った。

「練習量じゃ多分うちが県内一だよ。俺達は練習量だけはってプライドがあんだ。その練習が大会にも繋がるわけ」

仁科は振り向いて手を振ってきた。俊兄くらいの背に、鍛えた筋肉。今きづいた。コイツ、無神経とかそういうのをこえた自信を持っている。身体から表情から伝わってくる。すげぇな。心底そう思った。

「俺、負けないよ」
「ん?」

立ち上がった。見下ろされるけど、気にしている場合じゃないさ。
俺は自信がない。背だってない。だけど、走るのは好きだ。それだけは、誰にも負けたくない。たとえ俊兄にだってだ。

「俺は、いつかお前に追いついて、そんで…抜かしてやる。覚悟してろ」

今はそれでいい。好きなだけでいい。でもいつか、仁科に…10秒台で走る奴に追いついてみせる。
なぜかそう思える…いや、そう思いたい俺がいた。

仁科は笑った。


12 :ハナ :2007/09/21(金) 17:54:01 ID:nmz3oAQ7

願わくは10秒台

ムカつく。今思い出してもすっげームカつく。

「うわ、すっげー怖い顔」

夕飯をガツガツ食う俺を見て、俊兄が驚いているようだ。茶碗を持ったまま俺をずっと見てきた。

「虎太郎、お前最近機嫌悪くない?」
「悪くない」
「悪いだろ。話し掛けてもシカトするくせに」

生意気小僧、と俊兄は俺の額を弾いた。もろにくらった額を押さえこんだら、むせてしまった。俊兄はめちゃめちゃ笑ってる。

「虎太郎、大人しくしなさい。俊も、ちょっかいだすのいい加減にやめなさいよ」
「だって可愛い弟なんだもん」
「カワイーってゆうな!俊兄のバカ!宇宙人!」
「虎太郎、落ち着け。何怒ってんの」

俺は狂ったように叫んだ。さすが俊兄、大人だ。冷静に俺を見て、その目が俺を我に返らせた。

「ごめん…」
「いーけど。早く飯食えよ、キレーにな」

テーブルはやばかった。俺が食い散らかした後が…。この先は言えない。


俺の機嫌が悪かった理由…それは、一週間前の浦高との合同練習。俺が会った、一年の仁科のことだ。

お前に負けない。

あの後、笑った仁科は俺に『無理だね』と言った。そして、午後練も10秒台出して、11秒台の俺を思いっきり笑った。しかもあの野郎、チビっていいやがった。最後にアドレス教えてと言われて、もちろん無視したよ。でも陸が教えちまった。陸もけっこうな敵だ。そんなこんなで、メールが来たと思ったら…どう、速くなった?まぁお前には無理だ、なんて言った。ムカつく。マジで許せない。

「虎太郎、風呂は?先入っていい?」
「いいよ」
「おし、じゃぁ出たら教えろよ。機嫌悪かった理由」
「あーはいはい」

俊兄は最近聞きたがる。俺の話を、だ。全く、父親みたいだよな。息子の成長を確かめる親、みたいな…。ま、そんな俊兄が俺は好きさ。
と、いきなり携帯が鳴った。開くと仁科からの電話だった。

「…もしもし」
「久しぶり。俊二さん元気?」
「…元気じゃない」
「おー元気か。よかったぜ」

なんでいきなり俊二の話なんだよ。俺が元気か聞かないなんて、ホントにもう…。

「今度俊二さんに会いたい。だめ?」
「だめ」
「よし、じゃぁ空いてる日聞いといて」
「お前なぁ…」
「あ、そうだ。お前に会いたいって奴がいるんだけど、明日放課後空いてる?」
「何言ってんだ。部活だよ、部活。仁科だって部活あるだろ?」
「俺達は休みだよ」
「何だよ、県内一の練習量じゃなかったのか?」
「休むことも練習の内なんだよ。ジョーシキだ」

くそ、勝てねぇ…。
俺は本当に部活があると行って電話を切った。

「虎太郎〜!おりてきて〜」

俊兄の声がした。風呂上がりのストレッチが始まったか。携帯の電源を切って、俺は下へおりていった。

「俊兄、俺もやる」
「ん?どーした、いきなり」
「負けたくない奴がいるんだ。だからやる」
「…そいつが機嫌悪い原因?」

俊兄はニヤッと笑った。俺ってわかりやすいのかな。頷くと、嬉しそうに笑った。

「そっかぁ、お前もライバルが出来たかぁ」
「ライバルって言うか…なんか……すげぇ速い奴なんだ。100mを10秒台で走る奴なんだ」
「へぇ、そんな強者が近くにいたんだねぇ」
「仁科って言うんだ。知ってる?」
「…しらないな」

俊兄はテレビに目を向けた。5000mの決勝、一位でゴールする誰だか知らない選手のことを見ている。

「ね、スプリントはないの?100mは?」
「あるよ。見たいか?」
「うん」

俊兄は早送りして、100mの決勝でとめた。
決勝はすごい。一瞬にして静寂が会場を包む。ピストルが鳴ると、なんかほんとに胸を撃たれたような痛みがくる。その瞬間を、兄は体感してるのかな。俺も体感してみたいよ。

「速いよな。9秒って、人間じゃないよ」

俊兄が声を出す。俺は、胸がズキズキした。
俊兄は、近い将来ここで走る。そんで金メダル持って、テレビの前で笑いまくるんだろうな。
仁科はどうだ。10秒台のあいつは、将来ここで走りたいのかな。走りたいだろうな。…やっぱり俺は、負けたくない。俺もここで走りたい。

俊兄に、近付きたい。

窓を開けた。あぁ、夏だ。そういえば、インカレっていつやるんだろう。…あ、星だ。

「虎太郎、俺、もうすぐここに立つよ」
「うん…」

俊兄がまず、ここに立つ。立てるかもわからない。なのに、俺はここに立つなんて簡単に言えないよな。
叶う望みもない“世界”という願いは、遥か遠くの空へ消えていった気がした。


13 :MK :2007/09/21(金) 18:28:36 ID:nmz3oAQ7

再会?

朝練終了後、携帯をのぞくとメールが来ていた。仁科からのものだった。昨日の電話で、会いたい奴がいるという話の内容だった。
仁科は、放課後迎えに行くと言っている。俺は部活だと言い張ったのに全く受け止めてくれない。“来るな”とメールを送ったら、返してこなかった。ひでえよ。

「集合!」

遠藤さんの声が聞こえて、携帯を投げすてた。

「えー、今日は俺が出張だから放課後はなしだ。もうすぐ大会あるし、ケガ人が出たら困るからな。ゆっくり休め」

は?なに?今、何て言ったんだ。放課後はなし。なんで…なんでだよ!

「監督!俺、練習したいです!」
「え?」
「こら、瑞島!」

俺は遠藤さんの腕を払って、繰り返し言った。

「練習したいです!やらせて下さい!」
「だめだ。ケガ人が出たらどうするんだ。お前が責任とれるのか?無理だろ、瑞島」
「ケガなんてしませんよ!大丈夫ですっ」

周りの部員はぽかんとしてる。俺はどうしても嫌だった。仁科に会いたくないからだ。
急に誰かが後ろから俺を抱きしめた……いや、押さえ付けた。

「…!」
「すんません、監督。コイツちっちゃいくせに頑固で」

この声は池垣さんだ。ちっちゃいってゆうな。もう、本当に最悪だっ。

「瑞島、ちゃんと監督の指示聞かなきゃだめだろ?いー子にしなさい」

なんか、池垣さん笑ってないか?もしかして、練習ないの喜んでる?そんな、ひどいよ。

「遠藤さん、終わりにしましょ」
「…あ、あぁ。よし、解散!全員休むように!ありがとうございました」

ありがとうございました、と言えずに池垣さんの腕の中でもがいていた。俺が自由になったのは、眞中さんが池垣さんの頭を叩いてからだった。

「雅貴、お前気持ちわるい」
「いてぇ、後ろからなんてヒキョーだっ」
「瑞島を放せ。放さないならもう一発いくぞ」

池垣さんは残念そうに俺を放した。好かれてるのか、それとも茶化されてんのかわからない。池垣さんは不思議な人だ。



「あれ、瑞島、部活は?」
「…ねえよ」

神様ってひどい。どうして仁科に会わなきゃいけねんだ。俺は仁科の顔をじっと見た。やつはニヤニヤしてる。もう面倒くさいから、俺に会いたいとか言う奴に会おうと思った。

「言っとくけど、男だからな。会いたい奴は」
「わかってる。お前、女だったら会わせないだろ」
「あたり。よくわかってんじゃん」

お前の性格はわかりやすいからな。
仁科についていくこと10分。喫茶店みたいなところに入った。

「おす、前川」

仁科と同じ制服を着た男がいた。仁科はそいつに向かって手を振っている。

「コイツが瑞島俊二さんの弟」
「…瑞島虎太郎っす」

俺は自分の名前を名乗った。すると前川という男は立ち上がって、俺をじっと見た。

「前川晋也です。…俺のこと覚えてる?」
「え?」

前川晋也?覚えてる?
いきなり言われてもわかんないんだけど、どっかで見たことある顔かもしれない。

「栃木の大会で一緒に走ったよね?」
「栃木……あっ」

中学二年の春、栃木出身の中学生を集めて大会があった。そのときだ。名前は知らなかったけど、3000で一緒に走った奴がいた。そんで終わってから話したんだ…瑞島俊二の弟って。

「思いだした?」
「うん、わかった」

最初になぜわからなかったんだろう。…あ、背が伸びたんだ。俺と同じくらいだったのに、異常に伸びたんだ。

「今も長距離?」
「うん。瑞島は短距離やってんだな」
「…うん」
「瑞島、長距離やってたの?」
「うん。移動した」

ふーん、と言いながら仁科は座った。俺達も座った。

「なーんか、話終わっちゃったね」
「うん…」

しばらく沈黙した。俺は言葉を探した。
よく考えれば、三人とも陸上部だ。仁科は10秒台のスプリンター。前川は、今はどうかわからないけど中学では速かった。
なんか、走りたくなった。

「走ろう!」
「は?」
「え?」
「近くに公園あるし、そこで走ろうよ!」

俺は立ち上がり結構大声で喋っちまって、周りの人に見られた。恥ずかしくて座った瞬間、二人は頷いてくれた。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.