鮮やかなモノクロ:黒蝶


1 :麻中 幹 :2006/07/12(水) 23:23:34 ID:ommLPesL

若い下級隊員が2人、軍舎内の廊下を歩いていた。
手には数枚の先日の民族抗争に関する報告書の束。
規定の軍の制服はきっちりと着込まれているものの、若干慣れていないようだ。
わざわざ服を整える辺り、本人達の意思が伺える。

しかしそれも当然と言えば当然だった。
彼らは上官に会いに行くのだ。
緊張のためか暫く2人は無言だった。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・おい」
一方が緊張の面持ちで話を切り出す。
「あぁ・・・・・・・。俺たち初めて会うよな」
彼らの所属する三番隊の隊長に。
お互いが何を言いたいかは既に心得ていた。
「見掛けはするけどな」

隊民間用特殊部隊―――と彼らは皮肉と畏怖を込めて呼ばれる。
その頂点には総督がいて、副官を従えている。
更に下に軍議会員4名。
その下に各隊が7隊。
隊には隊長・服隊長を除いて、各三十人がランク分けされて所属している。
勿論、ランクは戦闘能力、策謀、と能力の高さに合わせて振り分けられる。
彼らはA,B,Cランクの内Bランクで、本来なら隊長を目にすることはない。
隊長は、各隊Aランク10名のうち五位以上の地位でないと出席できない議会にしか顔を出さない。

そう、本来は。
「一風・・・・・・変わってるんだよなぁうちの隊長」
「食堂に顔を出す
第一線に身を投じる
掃除に参加する―――――とか?」 
「はっきりいって意味不明・・・・・って言ったら軍法会議ものだと思うか」
「極めつけは、入隊後、半年足らずで隊長にまでなった挙句、入隊テストでは珍しい知能テストで最下位通過ってことだよな」
「おい、聞けよ」
「そのくせ優秀で今までどの作戦も、怪我人出してないなんて、既に伝説化してるし」
現在の副隊長――前隊長にいたっては、大人しく副隊長に納まっている挙句、何処か隊長を崇拝しているって話ぜ。すげえよなぁあの人過去には『血の色が緑色』とか言われるぐらい非道だったのに。
「おい、聞けって」

既に話を聞いていない片方の男も、既に崇拝的な感情を隊長に抱いていた。
3番隊はいまや人気が高く、隊の一部どころか一般にまで及んで宗教的なものがあった。


それら全てにおいて彼らの隊長に起因する。
並外れた容姿と言動、そしてカリスマ性を持っていた。
10代半ばにしか見えない外見でも、20代〜40代の人間を束ねられる実力があった。


「おい、ついたぞ」
連れの言葉に、散々隊長に関し喋っていた男も口を噤んだ。
隊長室前、他と何ら差のない作りに、二人は身を硬くする。
ノックをすると中から了承の声が聞こえる。
それが副隊長のものであるのを若干残念に思いながらも扉を開けて中に入る。




「誰が非道だって?」
副隊長第一声。
「・・・・・血の色が緑色・・・・って本当に?」
これは隊長。
「なわけないでしょう、いい加減にしてくださいよ」
「いや、とんだ人間を副隊長に持ったものだと思ってさ」

何故それを、と下級隊員は尋ねる事も出来ずに、上官2人を前に固まっている。
目の前で和やかに話されているためか、隊員の心臓は早鐘を打っている。




「あ、そうそう意味不明なんだってな」



その言葉が出た瞬間、隊員2名は本能のままに行動した。
「「すいませんでしたぁ!!!」」
正しい敬語がどうのなど、細かい事を考える間もなかったのは言うまででもない。



その後盛大に笑い転げた隊長が、その日のうちに何故か料理長にお叱りを受けたが


隊員はそれを目にしても二度と意味不明などとは口走らなかった。


2 :麻中 幹 :2006/07/13(木) 22:25:21 ID:ommLPesL

01 : 予兆

「何読んでんすか」
そう言って目の前の人間の手元をのぞきこむのは、3番隊副隊長の橘だ。
若干16歳。
ちなみに橘、は名字で無く名前だ。
名字なんてうかつに喋ると暗殺されそうな家系なので知っている人間はいない。
一部ではその橘と言う名前も偽名だと噂がある。
「・・・・またその資料っすか」
話し掛けても返事が返ってこないのはいつもの事だ。
応える必要が無いと思ったらとことん反応を示さないのは隊長の悪い癖だった。
その隊長はなぜだか此処数日間決まって同じ資料、もしくは関連資料に目を通したりしている。
あげく報告書まで持ち出して、内容を覚えてしまうほどの勢いで読み込んでいる。
(また一事件かな)
初めこそ呆れ果てたが、こんな後は大抵何かやらかす。
隊長が、と言うより世間一般が。
それなまさに動物が地震を感知するかのごとく。
「・・・・・・本能で生きてるって事か」
「誰が動物的だって」
「っ!? 聞いてたんですか!?」
反応が返ってくるのは初めてだ・・・・・て言うか耳ざとい。
しかも文句だけを都合よく聞き分けてるときた。
その所為か、さっきの一言だけで久しぶりの会話が終わってしまったようだ。

いつもならこれで放っておくのもひとつの手段だが、奈何せん、今日はまだ食事もとってない。
どうやって宥めすかそうかと考えをめぐらしていたが、悪口には敏感に反応するようだ。
これが判明したのは幸いだったが、何が一番嫌がるかがわからない。

最も逆鱗に触れてきらわれるのはもっと嫌だ。

「・・・・・隊長。隊長ご飯食べましょう」
これはさっきから何回も言っているが効果が無い。
因みに、「隊長が食べるまでは俺も食べません」的な自己犠牲作戦も無意味だと確証済みだ。
「また怒られますよ」料理長には何故か弱いようだが実質的にはどうも隊長の格が上。
やはり直接本人が反応する言葉を捜すしかない。
身長は男性にしては低い方でも気にしている様子はまるでなし。
そもそも顔が中世的なので男性と言う点も実はあやしい。「軍なんて男社会にいるんだから男だろう」という大雑把な考えは既に一般理論並に浸透している。
仇名は様々だが、知っている可能性が低すぎる。
たとえば
「Schneewittchen・・・・・・」
幾らなんでもこれは知らないはず。


ガタッ。



え?

「食事はするから二度とそれを口にするな」

え?ビンゴ??

――――Schneewittchen
白雪姫の意味だ。
髪が黒く、肌が白く、男社会における唯一の女性・・・のような顔。

どうやら嫌らしい。
しかも相変わらず何処でそんな情報を捕まえて来るんだか。


前を見ると既に隊長は足早に部屋を出て行っている。
残されたのは自分と机の上の膨大な書類だけだ。
そのどれもが《民族浄化》に関する物だ。
きっと、また一波ある。
予感ではなくそれは、核心だった。


ただ、数日後に起こる事件では、橘の確信は空振りだった。


3 :麻中 幹 :2006/07/27(木) 04:18:08 ID:ommLPesL

02 : 無感触

一週間。
一週間、待った。
自分は意外と気が短い、これは新しい発見だ。

隊長が熱心に資料を見ていた事は、橘にとっては予兆だった。
何よりも絶対の信頼を寄せ今時珍しい忠誠を誓ったのは随分前のことだ。
隊長がまだ隊長になる前から、橘は隊長がどんな時でも正しいと信じていた。

《何かを読み漁る=事件が起きる》

それはまるで算数よりも簡単な事だった。
何を考えているか判らない事なんて日常茶飯事で、表情が乏しいわけではないのに喜怒哀楽の表現が顔に出なかったり、いつ寝てるんだという生活習慣だったり、かと思えばいつ起きてくれるんだと泣きそうになった時もあった。
存在自体が意味不明な人で、行動なんてもっと意味が分からなかったりするのに、不思議と絶対に間違わない。

そう信じて待ちつづけて一週間。
そろそろ何か起こってくれてもいいんじゃないか・・・・・・・?
 

「と、自分は思っているわけですよ隊長」
「阿呆」
「ちょっ・・・!!なんですかそれ!!」

間。

「・・・・・・隊長」
思わず握り拳が震える。
だからどうしてあんたはそうやっていつも人の話をばっさり切り捨てるんだ。
そう言えたらどんなに良いか。
次の日にはおそらく職が無いが。

「・・・・・・・。行くぞ」
「は?」
「事件を待ってたんだろ」
「はぁ?」
「変死体が発見された」
そんな要件の中でも特に核心部分だけを伝えられても判るわけが無い。
しかも前ふりが無い。
大分慣れたが。
「・・・・・・警察の仕事じゃないですか」
「それが全部うちに回って来るんだ最近」
「職務怠慢」
「俺らが言えることじゃないな」
「あんただけだろそれ」

無視。
おい。



ため息を一つついて話を戻す。
此処は自分が折れるしかない。
「誰の?」
「一般民」
残念だが特殊部族でもなんでもないぞ。

全部読まれてる事にはもうため息しか出ない。
「お前は最近ため息ばかりだな」
お前のせいだコノくそ隊長。

それでも、隊長を好きな自分がいる。


ため息以外に気持ちの行き場が無い。


4 :東堂 ツトム :2006/08/16(水) 22:08:28 ID:ommLPesL

03 : 深淵の浅き

三番隊は今日はいつにもまして平穏な一日だった。
担当事件もなく、回ってくる仕事もない。
それが実は、統括すべき隊長と副隊長が忙しいために、職務が滞っている事の裏返しである。

薄暗い暗室に2人は居る。
正方形の無機質な部屋で、奥には小さなロッカーの扉のような物がぎっしり並んでいる。
使われているのは少ないが、それはいい事だろう。
何故なら其処は死体安置室だからだ。
今しがた2人も、一体の真新しい死体を収めた直後だった。
あまり長居をしたい場所でもなかったが、誰にも聞かれる心配はまずしなくていいため、明かりもつけないで薄ら寒い中、立ち話をしていた。
暫く静寂に包まれた中、背の高い方が切り出す。
「内臓に数ヶ所あった斑点はなんだと思いますか?」
「肝臓や食堂にあったものは転移したと考えていいだろうな、胃の可能性もあるがおそらく肺だろう」
「・・・・・・・中毒患者っすかねぇ」
「皮膚には斑点が出てきていないのが厄介だな」
「新しいドラックかなぁ・・・・・・。まじめそうな顔立ちでしたよね」
「何か一発でわかる検査法があれば・・・」
「一般市民にまで出回ってると面どくさいっすよぉ」
「薬のサンプルが欲しいな」

「・・・・。」
「・・・・。」

「じゃあそういうことっすか?」
「お前、今の会話で解ったのか・・・・・・・?」
「・・・・・・俺はルート調べて隊長が遺体の薬物の研究でしょ?」
「・・・・・。」


発見された遺体は、外傷がなく、かといって病気のあともなかった。
外見でいえば健康体そのもので死んでいるより寝ているような感じだった。
自己や他殺の可能性は考えられないが、自然死など有り得なかった。

解剖してみれば、予想通りとは言えないが、内臓に斑点がありどうも肺辺りから転移したらしく、既に体中にあった。
肺からの転移なら、おそらく気体状のドラッグ、体中に広がるほど男は常用していた。
身につけているのはまとめ買い1000円のものばかりで、薬を大金で買ったわけではなさそうだ。
第一常用なんてできるわけがない。
取得手段はおそらく単純なもの。
また、死因はドラッグである事は明らかで、前例に同様の死に方の人間が居ない事から新種である。
また斑点が出ていることから、体内に薬は残っている事が予想される。

薬のサンプルが手に入れば一番いいが、それは橘がやる。
遺体から、反応薬や中和薬を調べる事を隊長である自分がやればいい。
おそらくすぐに終わるし、事件に王手はかかるだろう。
ただ、漠然とした不安がある。
事件の後ろが見えてこないことだ。

まだ、唯の序盤である。


5 :麻中 幹 :2006/08/16(水) 22:15:35 ID:ommLPesL







その日のうち



2体目の死体が発見された





死体は首を絞められた痕があり その上で背中を十数か所にわたり刺されていた
傷の深さは浅い物から5センチ以上の深いものまで様々であり 
刺し方の<クセ>が多種あることから複数の人間に刺されたと思われる


内臓には食道に斑点があっり 固体上の薬物摂取と思われる


6 :東堂 ツトム :2006/09/01(金) 21:59:54 ID:ommLPesL

「厄介だな」
橘は今しがたの報告に対して、苦い顔をするしかなかった。
薬物は、嗅いで摂取するものだと思っていたが、とうやら食べてもいいらしい。
調べる範囲が広がってしまった。

国に対しての違反だろうが、おとり捜査、のような事をしている。
世俗的なことには疎かったが、何故だか『こういう』人間にはすぐに馴染めた。
正確には『紛れる』事ができた。
今、手元には数種の薬物が転がり込んでいる。
大金で売りつけてくる奴や、始めはただで渡す奴、様々なタイプがいた。
大金で売ってきた場合、昏倒させ、部下に引き取らせた。
周りに怪しまれる場合も無いわけではないが、大抵の場合、<売る側>が<売られる側>のグループの餌になったと考えてもらえる。
好意的とも取れるが、今居る場所はそういう場所なのだ。
ただで渡す奴はできるだけ巻き上げた後で、特徴を教え、やはり部下に捕らえさせる。
手に入れた薬の多くを、隊長に回し薬物調査をする。
勿論、売人のふりをして<買う人間>も牢獄送り(もしくは罰金)にする。
因みに払われた代金はそのまま経費に昇格する。

(イイなぁこの仕事)


暗い路地裏で、狭い空を見上げて橘は考えた。
あまり横は見たくなかった。
人間の売買がされているからだ。
成熟した女が客を捕まえて自分を売るのはまだいい。
酷い時は少年や少女、もしくは人間の、保存容器に入れられた臓器も売られていた。
今の法律でそれらを取り締まる事は出来ない。
また、そんな権限が自分たちの組織にも無い事は十分承知だ。


「お兄さん、買ってくれない」
左から声がかかる。
話し方からして、売春だ。
断ろうとして振り向いた、顔を見ずに言ってもよかったのに。
橘は横を見てひどく驚いた。
声をかけてきたのはやせ細った青年で、表情でわかるが、進んで仕事をやっている訳ではない。
おそらく、子供の頃に連れ去られてからずっと仕事を強要されているのだろう。
しかし、彼は男性でもう成人している年頃だ。足せて線の細い印象だが筋肉がついているのは見て取れる。


「・・・・・逃げないのか?」
橘は唐突過ぎた問いを青年に向けた。
意味が通じたのだろう、青年は微笑んだ。
「逃げた奴も居るよ。そいつは最後まで誇りを売り物にしなかった。
大人相手に身体じゃなくて別の取引を持ちかけたのさ、頭がよかったから。
彼女はいろんな事を知っていたし」
綺麗な奴だった、と懐かしんで青年はいった。
綺麗の意味にどんな意味を含めたか、橘にはわからなかった。

「俺にはもう、逃げる意味も無い」
当の昔に身体は売ったと青年は静かにに言った。

初対面のはずなのに青年は何故か、喋りすぎていた。

「それに仲間を励ますのは俺の役目だ。
みんな家族を抱えてる、血はつながってないけどね。
それに、希望がある」
<約束>の事を青年は話してくれた。
綺麗なあいつと約束をした、と。
20歳になったら一緒にお酒を飲むこと。そして子供が生まれたら、自分たちの名前は絶対に付けないこと。
「今まで幸せだと思っていたわけじゃないからね」

約束の意味が、橘には理解できた。
自分と彼の境遇はあまりにも違いすぎた。
自分を幸せだと、橘は子供の頃一度も思ったことが無い。
けれども、自分はそれでもぬるま湯に居たのだ。

それが顔に出たのか。青年は苦笑して言った。
「嫌な話を聞かせた?・・・・お詫びにいい事を教えてあげるからさ」



後になって考える。
青年はこのことを教えるために、わざと自分に声を掛けたのではないだろうか。
だから、あんなに喋ったのではないだろうか。

青年は<華酔(カスイ)>と名乗った。商売用以外にもう名前を覚えていないんだ、と。
色の抜けた茶髪に、濃い緑色の目をしていた。
手首や鎖骨といった骨が浮き出ていて、そこには必ずほくろのある若い男性だった。


7 :麻中 幹 :2006/09/18(月) 23:24:53 ID:ommLPesL

「副隊長より!!」
伝令を持ってきた若い隊員はよほど急いだのか息を切らせていた。
手には何処かの薬局の袋があり、それを届に来たのだろう事は簡単に推測できた。 

<Happy Kingdom>

中身の錠剤にはそう刻まれていた。
「・・・・・。これでほんとにあってるのか?」
「は?・・・いえ失礼しました。確かにそのはずですが。副隊長からもこれで間違いないと。」
それにしては随分・・・・・
「子供向けの名前のような」



「おい、何処だ此処は」
同時刻、橘は華酔と名乗る青年に連れられて、孤児院の施設まで来ていた。
孤児院といっても孤児専用の病院。
始めのうちは橘もこの青年が育った場所なのだとしか思わなかったが
「おい、何だ此処は」
さすがに足元の電気しかついてないような地下に案内されれば別だ。
何があるかも予想がつかない上に、目の前の男は先ほどから返事をしない。
自分たちの足音が響く中、時折微かに声が漏れ聞こえる。
それが余計に不安を煽った。
聞こえてくる声は大人の物と、甲高い子供の物。
どちらも異常な響と雰囲気を持っていた。


「此処は、俺の仕事場」
歩きながら、青年は静かに喋りだした。
「孤児病院は表向き。
孤児院なら金持ちが尋ねてきても不自然は無いし、子供を連れ帰っても不自然じゃない。
ついでに言えば、病院にベットがいくらあったって、ね」
「それは・・・」
「捨てられてくる子供で顔がいいのは商品。それ以外は臓器商品」
橘からは後ろ頭しか見えなかったが、声の調子では青年は無表情のなだろう。


自分を連れてきた目的は判らなかったが、今は黙って青年の話を聞く事にした。


聞こえてくる声はどれも大人と、悲鳴のような子供の声。


8 :麻中 幹 :2006/10/17(火) 19:57:07 ID:ommLPesL

長く暗い廊下が続く。
その割には人通りも少なくはなく、すれ違うたびに視線を向けれられる。
仕事上・立場上、敵意や殺気、畏怖、といった類の視線はよくあることだ。
が、先ほどからのこの視線は意味を組みきれず居心地が悪い

「俺、怪しまれたりしてないのか」
どんな組織でも、よそ者ははじかれる。
下手をすると見ただけで同類か否かわかるような人間だっているのだ。
俗に<気配>とでも言うが。
「あぁ大丈夫だろ。君なら」
妙に引っ掛かる言い方をした青年に、眉をひそめて問い返す。
「キミなら?それって・・・・・・俺買い手に見えるってことか?」
「イヤそっちじゃなくて」
そっちじゃなくて
そっちじゃなくて
そっちじゃないあっちって言うと



売り子?




「え」
「嫌?」


まさか本物の売り子を前にして嫌とも言えず。

(・・・・・・・・隊長)
暫く合ってない上司に思わず祈ったが。
その上司も実は、ちょっと自分がソウイウコトに無知だから、って下ネタでからかわれたのを思い出して、泣きたくなった。

「俺、どうなんの?」
「もうちょっとで僕の部屋だからそこまで来てもらえれば」
「・・・・・・それまでは?」
「頑張って声をかけられないように願って」
掛けられた時が怖いので黙って言う事を聞く事にした。

ただ、その前に
「なに企んでんだ?」
「・・・・」
「言葉使いも一人称もさっきからコロコロ変わってるぜ」
青年は足を止めてきつい目を向けてきた。
経験上からだが、五感すべてで相手を探り、口は強気に笑って言う。


「あんた一体何物だ?」


9 :麻中 幹 :2007/01/19(金) 22:06:05 ID:ommLPesL

体の中身を晒された男の前で、いくつもの試験管が並んでいる。
作業の手は今とまっていて、その場に居る2人は何か話し込んでいるようだった。
「子供?それはどういうことですか」
伝令を伝えてきた男はそう返してきた。
「おそらくこのドラックは子供向けに作られたものだ。推測に過ぎないんだが、十代前後かそれ以前の年齢の」
「そんな・・・その年齢ではお金も払えないし。夜の町をふらついて売人に捕まることも無いでしょう。説が突飛過ぎるんじゃぁ無いですか?」
「根本的な目的そのものを捉え違えているんだろう」
何を考えてか、それとも思い出してか。隊長は何処かを焦点の合わない目で見た。


「麻薬ではない?」
「どっちかと言うと、って話なだけだけど。幻覚作用だったり、思考をぼやけさせたり」
「それを麻薬って言うんだが」
「僕たちはそう呼ばないんだよ。商業柄、って言っていいと思う」
ベット一つの簡素な一室で、男2人が鍵を掛けて閉じこもっていた。
廊下を歩いてくる途中で、部屋から声が漏れる事は分かっていたからできるだけ声を潜めて。
「・・・・・じゃぁなんて呼ぶんだ?」
合言葉か通称か。はたまた俗語か。
可能性は様々だったが、呼称ならともかく暗号じみているなら厄介だ。
根絶やしにするのに都合が悪い。
「僕らはこれを・・・・・・・・・・・・・・・<媚薬>って呼んでる」



「・・・・・・・・・・えーっと。どんな暗号なんだ?」
駄目だ口が引きつる。
「暗号じゃなくて」
「まさか」
「そのままの目的で使ってるんだ」
そのままの目的と言うと思い浮かぶうのは一つしかないが。
「だから、攫われたりした子供の最初の客の時に使うんだ。その方が暴れないですむし。
因みに僕はこの三代前の型を使った。副作用がすごかったから一回だけ。
まぁ大半の子供が一回抱かれたら諦めちゃうんだけどね」
さらっと、青年は声を発したが、そんな簡単な事ではなかっただろう。
それともここではそれが日常過ぎるのか。
「理解できない」
「僕には君が理解できない。
何故、僕の正体を疑いながら鍵の掛かった部屋に2人っきりになれるんだ?
そもそも問い詰めたのは一度きりでその後は何も言わない。
君こそいったい何物なんだ?」
二人は暫くお互いから目を反らさなかった。
どちらも相手の感情をさぐったが、どちらも感情と言える物を持ち合わせない目をしていた。

「俺が誰かは関係無いから助けてくれって言ったのはお前だ。
お前はただ、あの人の敵でなければいい」
大事なのは隊長。ただ大事なのは隊長だけだ。
俺が唯一崇拝にも似た劣情を持つ。
「もしも俺の敵なら、絶対にそれを俺に悟られるな」



怯えるでもなく、その言葉を受け止めるでもなく華酔は尋ねた。
「僕の正体を明かしたら もしも僕らが敵じゃなかったら


君は助けてくれる?」


10 :麻中 幹 :2007/03/07(水) 18:56:57 ID:ommLPesG

バカな事を聞いたね
と言って華酔は自嘲して目をそらした。
橘にしてみれば、目の前のような人間は少なくないことは知っているし
いちいち構っている状況でもなかった。
結局は人独りの人生が救われる事に意味を感じられないのだ。
自分は所詮そんな人間だ、と感傷に浸る程度。


ジリリリリリ――――!!
沈黙が続いた頃、コンクリートの室内に非情ベルが鳴響いた。
数泊置いて壁の向こうで混乱の声。
橘は眉をよせた。
「火事か?」
「慌てないか普通?・・・まぁいい。非難した方がいいだろう」
非難?そもそも何のベルだ、と橘が口にするよりも早かった。
「これに乗じて外に出られる」
実は一度中に入ると正式な客以外出られないんだ、と。
「お前は外に出てたじゃ」
「あぁ、客の家で仕事だったから」
今更、と言う事なのだが。とにかく開いた口はふさがらなかった。

扉を開けると、とにかく煙がすごかった。火事だ――と錯覚しそうになったが煙の色は白く、煤も舞っていない様だった。別に刺激臭がするわけでもなく、白色のついた空気と言う感じだ。それでもベルとの相乗効果で混乱は高まっているようだった。言わせて貰えばただの音と発煙弾を数発のレベルだ。人為的なものだろう。
「誰がやってるんだ」
思わず口に付いて出たが,華酔には伝わったのだろう。
「少なくとも非情ベルの作動は中からじゃないと無理だと思う。結構アナログな造りだから直接探知したりしないと火災ベルは発動しないし」
階段を上りながら会話は続いた。何よりもまず外へ出ることにしたのだ。
「火災ベル,ねぇ。外部からは」
「探知と警報は別だよ。中枢にアクセスすれば警報だけ鳴らせる」
「詳しいな。じゃぁIT技術を持っていれば」
「そもそも警報の情報とパスワードを知ってないと無理だと思う」
ここでドアの前についたが、鉄のドアは既に硬く閉じられていた。
このドアの向こうにもう一つドアが有るのだが、そちらも既に閉じられているようだ。
「あー、客が全員出たことが確認されたのかな。売り子は極力外に出したくないみたいだ」
「『本物の火事』なら焼け死ぬぞ」
孤児院ってものは上手く出来ている、としか言いようが無い。子供独り死んでも関係は無いのだから。
橘にも分かっている、人が死んだところで変わることは何も無い。
「大丈夫だよ、俺たちの作った通路もあるから」
「作った?大体お前やけに詳しくないか?」

前だけを見てかすいは淡々と言う。
「教えてもらったんだ。
通路は友達が逃げる時に使った。正直裏ぎられたんだ」

外を知らない俺は,どうしても一緒に行けなかったんだ。
一人だけ逃げたあいつが、羨ましくて妬ましかった。


11 :麻中 幹 :2007/04/14(土) 09:55:43 ID:ommLPesG

着いた場所は何の変哲もない場所だった。
これまで通ってきた廊下と同じ造り。
目線を上げると、まさか、と思うような排気口。



「あぁそういうことだから・・・・頼む。・・・・ありがとう」
「何処に電話を?隊長」
不定期な車の震動が体を揺らす。
街並みを走ってはいるが、賑やかな昼下がりを走る車,にしてはごつい軍用車だった。
外面は全体的に迷彩柄のトラック。その二台のなかで隊長は電話をかけていた。
隣にいる人間はみんなライフルのような銃器を担いでいたが、独り華奢で低身長の隊長だけはコードが何本か付いたノートパソコンが膝の上にあるだけの様だった。
「知り合いに頼み事をしてたんだ。この事件が終わればあいつの助けが要るから」
早く終わらせよう。・・・・・・今まで長かった。
小さく呟いた声を聞いた物は首を傾げた。
最初の薬物付けの遺体が発見されてまだ3日と経っていないのに、なぜ。



狭い場所を橘と華酔は這っている。特に橘としては今にも肩が突っかかって進めなくなりそうだった。
不意に前方から鈍い音がした。途端に光が入ってくる。まぶしくて目を細めると空が垣間見えた。
「此処には、何度も来た」
排気口の通路の横壁が真四角に行き成り外れて、何処か別の建物の裏手に出られた。
建物の密集しているところかとも思ったが、どうやら閉鎖になった一般道路に出たらしい。
空を見上げて顎下を撫ぜる風を感じながら、橘は話を聞いた。
「でも通路の外に出たのは今日が始めて。こんなものだったかなぁ。
















中から見てる景色はとても綺麗だったのに」


















.


12 :麻中 幹 :2007/05/21(月) 14:00:31 ID:ommLPesG

11:後悔

「行こう」
何時までも此処に居ても仕方ない。
少し呆けた顔の華酔に声をかける。何処へ、とはあまり考えなかった。
隊長なら何とかしてくれるだろう。
薬物の元が分かったのだから事件は進展するはずだ。

「・・・・・・・・あぁそうだね行こうか」
とりあえず施設の表玄関まで行けば、警報が鳴ったのだし消防車なり警察なりが来ているはずだ。それに保護してもらえばいい。
そう橘は考えた、さっきまでが嘘のように明るく笑う華酔に違和感を感じながら。




「橘」
赤い車体が見えるかと思っていたが、そこには消防車もなく警察もおらず、似合わない迷彩の車が止まっていた。
同じように迷彩柄の服の中で独りだけカッターにズボンのラフな軽装の―――
「隊長!!」
どうして此処に、実は薬の目的は、この施設本当は
言うべき事が多すぎてどれから言おうか一瞬迷った間に、隊長が先に口を開いた。
「久しぶり、華酔」
「・・・・・・・お知り合い・・・なんですか?」
まさか隊長それはいくらなんでも違法な上に道徳的に駄目ですよ。
「・・・いや、橘が想像してるのとは違うと思うが」
「・・・・逃げたんだよね、隊長って呼ばれてるの?」
華酔が何処か不穏な笑顔で口を挟んできた。
「ちょっと待て。『逃げた』って―――」
「君の『隊長』は買い手じゃなくて売り子だったんだよ」
「え?」
「・・・・・・・・・お前を置いて逃げるんじゃなかったな」
悲しんでる、というよりは何処か怒っているように隊長は言った。
「この2.3日前に、死体が見つかった。薬物作用、そして〈複数の人間が殺した跡〉があった」
何故そんな事を今、しかしそう考えたのは橘だけで、華酔は予想していたように微笑んでいた。
「お前だろ、殺されたのはお前の〈客〉だ」
「ちょっと待ってください!!いきなりそんなっ
それに今あなたが〈複数の人間〉って言ったばかりじゃないですか!!」
目線は華酔にあわせたままの隊長は怒っているのではなく悲しんでいるのだと気付いた。
後悔していて、自分に対しての怒りだった。
「・・・・違和感を、あいつと居て違和感を感じなかったか」
「えっ・・・・はぁ・・・まぁ」
「華酔・・・お前今は何人いるんだ」



華酔は相変わらず微笑んでいて
「さぁ、もう数えてないけど」



「あいつは多重人格なんだ」


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.