街角の店


1 :月陰 :2007/10/13(土) 15:38:06 ID:n3oJYLtH


        *序章*

 とある街の街角に、レンガ造りの古い、小さなお店がありました。
 そのお店の前を大人たちは通っていきますが、誰も見向きはせずに、ある人はただひたすらずっと前を見て、またある人は、ずっと足元を見て歩いていきました。

 そのお店の前に、6歳ぐらいの人形を胸に抱いた小さな女の子が立ち止まりました。
 しかし、そのお店の前を歩いていた大人たちは、歩くのに邪魔な障害物が増えたと女の子の存在を嫌がるかの様な目で見て過ぎ去っていくか、或いは、ただ好奇心だけの親切心のない心で女の子を目の端で捕らえて過ぎ去っていくか、もしくは、完全に無視して過ぎ去っていきました。
 周りの大人たちは、どんな行動にしろ、なぜ小さな女の子が、こんな、ビルが多く人も多く出入りし、治安があまりよろしくない場所にいるのかを不思議に思ったり心配したりする人は……、一人も居ませんでした。

 そんな中、女の子はレンガ造りの古い、小さなお店の前に出ている看板を必死で読もうとしています。
 しかし、所詮子供。
 読める文字はたかが知れています。そのため、女の子はそこが、噂で聞いたお店か、未だに半信半疑の様子で、看板を読むのを諦めた様子で、真っ暗な店の中をうかがおうとしました。

 その様子を店の中から見ていた17歳ほどにみえる黒髪の少女が見ていました。しかし、女の子は気づいていません。
 それもそのはず、暗い店の中には、入り口から入ってすぐに並んでいるたくさんの本棚、そして本棚の上、店の床、挙句の果てにその奥にある店の中で1番店らしいカウンター席の上にまで所狭しと本が積まれています。これでは、いくら店の外から店の中を覗こうとしても、覗けるわけがありませんでした。
 しかし、一方、店の中から店の外を見ていた少女は本棚と本棚の隙間や、天井まで高く積みあがった本と本との隙間から漏れてくる外の光を中心として見える外の風景を、さも面白くなさそうに、そして店の外で中の様子を窺っている少女の姿を、鋭い眼光――まるで獲物を見つめる狼のような目だ――で見ていました。

 しばらくの間、静かにその様子を見ていた少女は、今まで自分が座っていた店の奥にあるカウンター席でいきなり奇妙な叫び声をあげました。
 そして、店の外から中を窺っていた女の子がやがて意を決したように店の扉に手をかけ開けるのは、まったくの同時でした。


2 :月陰 :2007/10/13(土) 15:48:04 ID:n3oJYLtH

*1*


ガラッ。チリリーン。
「ぬぉー!暇!!」

 店の奥にあるカウンター席で座っていた少女が叫ぶ。少女は腰ほどまである長く艶やかな黒髪を頭の高い位置で結び、その結んだ髪が振り回される位に激しく頭を振り回し店の天井を仰ぐ。
 店の扉から恐る恐るといった体で胸の前で人形を抱きしめながら入ってきた小さな女の子は、店の奥にいる少女の姿は見えないながらも、その苛立ちを含んだ大きな声に尻餅をついてしまう。

どすん。

「……お?誰かいるのか?」
「ふぇっ……っく、うぇ……ぅ……。」
「えっ?……あれ?……って、ちょっ!!」

 小さな人形を抱きしめている女の子は泣き始めた。
 なぜならば、店の奥のカウンター席に座っている少女の声と、それに驚いてついてしまったこれまた小さなお尻の痛みがあまりにも心と体に恐怖を与えたからだ。
 一方、黒髪の適度に身長の高い少女はうろたえ始めた。
 なぜならば、久しぶりにやってきたお客様(だと思われる存在)が、店に入ってきた瞬間に、急に泣き出し始めた(しかも大分自分のせいだと思われる)からだ。

 カウンター席に座っていた少女はいきなり立ち上がり、店の扉の前に座り込んでしまった小さな女の子へ近づいていく。
 少女の泣き声がいっそう酷くなった。

「うぇっ……、ふぇーっ!」
「えっ!?ちょっと、これって私のせい?私のせい??もぅ、どうすりゃいいのよ……。」
「あれ?何やってるんですか、皐月。」

 唐突に、今まで店の中には人形を抱いた女の子と黒髪の少女の二人だけだったところへ、第三者の声が入る。
 いつの間にか、店の扉の前ににしゃがみこんでいた黒髪の少女(この少年は皐月と呼んでいた)に近づいていた。まったくと言って良いほどに物音や気配がしていなかったという事に、黒髪の少女はともかく、今まで泣いていた女の子はきょとんとした目で、いきなり現れた栗色の髪の毛の少年を見上げる。
 まるで魔術師のようだ。

「何でこの子は泣いているんですか?皐月。」
「知らないよ。いきなり泣き出したんだ。ただ、この子がお客さんかもしれないっていうのは確かだね。何せ、あんたお得意のアレは、まだ、このお店にかかっているんだろう?」
「はい。繋っている筈ですね。まだ僕が生きていますから。」
「それじゃあ……。」

 黒髪の少女と栗色の髪の少年は人形を抱いた女の子に目線を合わせ、しかし口では小さな声で囁く様に話し始める。
話の中心となっている女の子は今ではほとんどの涙が乾いており、ただ目尻に少し涙を残しつつ、ぼぉっ、としたような目で、目の前で話す二人を見ている。

 二人の会話が終わったのか、栗色の髪の少年の方が、人形を抱いた女の子に話しかけ始める。

「君はこの店が何のためにあるのか知ってる?」

 急に話しかけられた女の子は、最初は戸惑いながらも、話し始める。

「人のネガイを叶えてくれるんだって、聞いたの。タイカさえ払えば、何でも、叶えてくれるって……。」
「うん。あながち間違ってないね。どうやって知ったのかは知らないけど、君の言うとおり、この店は“人”の“ネガイ”を何でも叶えられる店。叶えるためには“対価”が必要だけど、その対価さえ払えば何でも叶えてあげる。ただ、その対価はネガイによって難しさは変わるけどね。」

 少年は女の子の話したことにそって、話し始める。淡々と、しかし小さい子でも理解しやすく。

「君は何をネガイに来たの?」

 女の子は少年の話したことについてどう思ったのか、さっきまで涙にぬらしていた瞳に、別の、強い感情を入れ、口を開く。

「樹紗のお母さんを生き返らせて……。」


3 :月陰 :2007/10/14(日) 19:11:32 ID:n3oJYLtH

*2*

「樹紗のお母さんを生き返らせて。」

 小さな女の子は小さいながらも、瞳には強い感情を、そして、声の響きには大きな不安を持たせて、その言葉を紡ぐ。
 その、言葉に対して、少年も女の子に負けず劣らずな瞳と声の響き――しかし、その中に含まれている感情は、まったく別のものだ――で言葉を紡ぎ始める。

「……、君は少し“ネガイ”について勘違いをしているかもしれないね。少し込み入った話になるかもしれないから奥のカウンター席へどうぞ。」
「あ、はい。」

 女の子は少年に案内されながら、店の奥へと進んでいく。
 その時に、今まで傍観者を決め込んでいた黒髪の少女が少年の脇に擦り寄りつつ、出来るだけ小さく口を開いた。

(今回、結構難しそうだけど、大丈夫なの?)
(今の状態じゃあどうなるか分からないですけど、このネガイの場合は皐月の言う“大丈夫”という意味ではなくなるでしょう。)
(……、じゃあどうするのよ。)

 少女は不機嫌そうに少年を見つめ、少年は何かを少し考える“風”をする。

(ネガイの方向さえ少し変えれば大丈夫なんじゃないかなぁ……?)
(そんなもんで良いの?)
(さぁ?答えを出すのはあの子次第。)

 少女は生真面目そうに少年に問い、少年は自由気ままのままだ。

(今回のネガイは案外簡単に承諾しているのね。)
(まぁ、気まぐれで……。)

 少年は口は笑っているが目は笑っていない、そんな笑顔を貼り付けたまま店の奥へと小さな女の子とともに消えていく。
 少女もその後を追った。


4 :月陰 :2007/10/20(土) 23:33:43 ID:n3oJYLtH

*3*


 栗色の髪の毛の少年は自分の座っているカウンター席の向かい側に小さな女の子を座らせる。さっきまでその少年が話していた少女は、当然のように店の奥にある扉の向こうへ行き、紅茶を淹れてきて、それぞれに配り始める。
 少女が配る間の沈黙を、少年が一瞬にして破る。

「それではまず、貴方のお名前を。」
「……お母さんが、人の名前を尋ねるときは、まず自分からだって言ってた。」

 小さな女の子は俯きつつ、小さな声で異論を唱える。
 少年は、一瞬、目を瞬かせたと思うと、また貼り付けたような笑みに戻して言葉を紡ぐ。

「ははっ、そうですね。貴方がまだ若いからといって甘く見てしまったようです。それではまず、こちらの紹介を。僕の名前は日向、高瀬 日向<たかせ ひゅうが>です。そして、こっちのお姉さんが……。」

 そう言いながら、隣で一人だけ緑茶をすすっていた黒髪の少女は口を開く。見た目だけで言うと、今紹介をしていた栗色の髪の毛の少年、日向と、今紹介をしようとしている黒髪の少女は、現世離れをしているように感じる。

「誰がお姉さんじゃ。一応お前よりは年下だよ。……、まぁ、いいけど……。あたしは皐月、小鳥遊 皐月<たかなし めい>。」
「……、別名・怪力婆……。」

 日向がボソッと付け加える。その瞬間、皐月が日向を睨みつける。

「え?いや、だって本当のことでしょ?僕より握力も腕力も高いし……。いたっ、えっ、何で足を踏んでるの?ちょっ、その状態でこすり付けるような動きをしないで!潰れる!足が潰れる!!」
「不必要な事は言わんでよし。」
「……はい。」

 いきなりその場の雰囲気が変わる。さっきまではとても暗い雰囲気だったのが、一変して明るい雰囲気へと変わる。
 ここで、日向が気づいたように、視線を皐月から小さな女の子へと移す。

「それで?君の名前は?」
「樹紗、日生 樹紗<ひなせ きさ>。」

 小さな女の子、樹紗は、日向に尋ねられたことだけを答える。

「そっか、樹紗ちゃんっていうんだ。可愛い名前だね。うん。それでね、さっき説明したとおり、この店は、お客さんから貰う対価と同等のネガイを叶える店。ネガイの種類もイロイロとあるけど、とりあえず、ほとんど叶えられます。それで、君のネガイをもう一回聴きます。君のネガイは何ですか?」
「樹紗のお母さんを生き返らせて。」
「だよね……。」

ふぅ……。

 日向のモノとも、皐月のモノとも言えない二人の溜息が、静まり返った店の中へ響く。

「さっき、ネガイの種類としてはイロイロ叶えられますって言ったけどね、実は、1種類だけ、叶えられないネガイがあるんだ。それはね……。」

『死んだ者を生き返らせる。』

 日向と皐月の声が混ざり、そこから皐月へと、説明がバトンタッチされる。

「基本的に、死んだ人を生き返らせることは出来ないこともないんだろうけど、やれないんだ。やろうとしても、途中で何故か失敗する。それくらい、人間の命、生き物の命は不思議なものでね。どれくらい試してみても、成功した例は一度も無い。だから、命を作ることも戻すことも出来ないんだ。」
「……。」
「あんたがどうしてもと言うなら、今、この場で、試してやっても良いよ。もちろんあんたからはその分の対価を貰ってね。ただ、命を戻すんだから、その分の対価はその命の分と同じくらいの対価となる。そう、たとえば、あんたの命、とかね。」

 その一言で、その場の空気が一瞬にして凍りつく。その中でゆっくりと紅茶をすすっているのは、日向だ。その日向が、口を開く。

「僕らは、人に願われたらその分の対価を貰って、そのネガイどおりに叶える行動をする。ただ、結果がどうなるかは知らないけどね。もちろん、ネガイを叶えられて、幸せになる人も、不幸になる人もいる。君はどうする?それでも僕たちに、そのネガイを、願う?」
「ねが、う……。」
「その対価として、君の命を貰うとしても?」

 日向は、この場では残酷、とも言える笑みを浮かべて、樹紗の瞳を見つめる。
 まるで、その瞳の中に隠された本当の“ネガイ”を覗こうとするが如く……。
 樹紗は気づいてか、気づかずなのか、不意に目線を下げて、日向の目から逃げるように目をそむける。

「……。」
「考えるなら、早く考えてね。僕たちにもそんなに時間が無いから。ただね、君が今、何のために生きているのか、それを考えて。折角、君のお母さんが自分の命まで使って守った君の命だよ?そんなに簡単に扱わないほうが良いんじゃないかなぁ……?」
「! なんでその事!?」
「……、僕はネガイを叶えるものでもあり、人のネガイの理由を追求する者だからね。君のそのネガイの理由はもちろん知ってるよ。君はちょうど1週間前に母親をなくした。君が道路の向こう側に何かを見つけて、それを捕まえるために道路へ飛び出してしまった。君のお母さんは、そんな君をかばうようにして道路に飛び込み、自分の命を捨ててまで君を守った。ちがう?」

 日向は樹紗にむかって言葉を紡いでいく。
 ただひたすらに、聴く者によっては、残酷としか言えない笑みと、そして、あまりにも感情を含まない人形のような声で、淡々と……。
 そして、樹紗は顔を上げる。 

「……、そう、よ。樹紗がいけなかったの!樹紗がお母さんを死なせたの。殺したの!だから樹紗はお母さんを生き返らせなきゃいけない。だって、もう一人は嫌だもの。生まれてきて、気づいたらお母さんと二人暮しをしていた。お父さんなんて知らない。聞いた事もない。お母さんがだけがいればよかったの!そしたら、もう何もいらない。この世界も、樹紗の命もっ!」

パシンッ。

 店の中に乾いた音が響く。


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