乞食まみれ


1 :蛇健 :2007/10/26(金) 01:13:36 ID:kmnktHtJ

 白飯、鰹節、刺身蒟蒻、インスタントの味噌汁が4日続く。近頃は完全に運に見放されていて、例えば先日など、駅前で少しく小奇麗な長財布を拾ったのだけれども、札はおろか十円玉すらも入っておらず、なにをふざけているのか、期限切れの割引券が大量に入っているだけであった。まぁ他人の金を猫糞しようなんて悪党に天が味方する筈がないが、長財布を発見した僕は乞食のように喰らい付いたものだから、往来を行く主婦やサラリーマンに酷く冷たい目で見られたのが悲しかった。それに昨日など、諸の用事で列車に乗り隣町まで行ったのだけれど、列車内は混雑を極めていて、皆無我夢中で我先に我先にと席を陣取って、まぁ僕は自らの身体の柔らかさを利用し、席を確保することができたのだけれど、その瞬間、目と鼻の先に妊婦が苦しそうに揺れており、これはもう仕方がないな。譲り合いの精神、これだよ。と席を立ち、妊婦に座るよう薦めたのだが、果たしてその妊婦はただの肥満で、そこはもうお互い大人なのだから妊婦になりすまして席に腰掛ければ良いものを、じろりと僕を睨みつけ、失礼よ、とやけに大声で言ったものだから、他の乗客に、肥満を馬鹿にしたものだと勘違いされて露骨に疎外されてしまった。白い目で見られてしまった。駅員にさえも。まったくふざけた世の中である。なんとかこの危機を打開し、運を掴まなければ。天井の染みを眺めながら、考えた。外では子供の無邪気な騒ぎ声が聞こえる。喧しい。僕はいまから打開策を考えなければいけないのだ。打開策を。打開策を。
 
 「こんばんわ。ちょっといいかな。うん。すぐ済むから。うん。うん。何処へ行くの。うん。ちょっと鞄の中見せて貰ってもいいかな。うん」
 僕は高架下で、やや筋肉質の長身の警察官と、肥満気味の警察官二人組に職務質問を受けた。留置所、拘置所、裁判所、執行猶予、という言葉が頭で回転した。なぜなら鞄の中には非常に拙いモノが入っているのである。心臓が爆発しそうに動悸が激しくなって、背中に冷たい汗が流れ、一瞬、身体が宙に浮いた感じがして、走った。無我夢中に。捕まって堪るか。しかし40メートル先で乞食の足に引っ掛かり横転。乱暴な筋肉警官に取り押さえられ御用となった。乞食が酢烏賊を喰らいながら、「うしし。兄ちゃん、災難やったな、うしし、うひゃあ」と言って痙攣。僕の腕を押さえつけながら筋肉警官が、「大丈夫ですか、おっちゃん、大丈夫ですか」と声を掛けたが、なお痙攣している。肥満気味の警察官が漸く追いついて来たかと思うと、何を血迷ったか拳銃を手に取り、上空に向けて発砲。3発、発砲した。筋肉警官が「あ、畜生」などと言って負けじと上空に向けて発砲。4発、発砲した。どうなっているのだ。何を血迷っているのだ。と思いつつ、やや恐怖しながら、「あの、そこの乞食、痙攣、痙攣」と筋肉と肥満に言うと、「本官に文句があるのか、上等じゃ、こら」とか何とか言って乞食を射殺した。二人掛かりで顔面に向けて計5発。乞食の顔面は血まみれ、眼球が飛び出し大変なことになっている。そして肥満が僕のこめかみに銃口を押し付け、「おい、お前、鞄の中に何入ってんのじゃ、こら、見せんかい」と言うので、震える手で鞄を開けて中を見せると、筋肉がゲロを吐き、そうかと思うと叫びながら逃げ出して行った。肥満はと言うと、先ほどまでの自信に漲った顔はどこに消えたのか、青ざめ切って、「お母ちゃん、お母ちゃん」と震えている。何をそんなに驚くことがあるのか。しかし何が入っていたのか、ちと忘れてしまった。確認しよう、と僕は鞄の中を覗き込んだ。戦慄。鞄の中には先ほどの乞食の頭部、つまり首が入っていたのである。そして乞食の首は、ニンマリと笑っている。そして僕を睨みつけて。
 
 汗にまみれて起きると、もはや深夜であった。なんという悪夢。最悪だ。最悪の気分だ。と、僕は汗を拭きながら窓を開け、秋の涼しい風に当たった。気持ちが良い。しかしなんて気持ちの悪い夢だ。僕の精神になんらかの異常があるから、あのような意味の不明な夢を見るのだろう。恐らく、貧乏のし過ぎ、運が悪すぎて心身ともに腐敗。その腐敗は脳にまで浸透し、あのような恐ろしい夢を見るに至ったのだろう。あぁ気持ち悪い。と唾を吐くと、パトカーのサイレン音が聞こえ、同時に、若者の叫び声が街に響いた。また僕の知らぬところでドラマが展開している。あぁ、今の俺にはドラマなんてない。安飯を喰らって、寝て、起きて、安飯を喰らって、打開策を考えて、安飯を喰らって。そのループだ。
 煙草を買いに行かなければ。上着を羽織り、靴を履いて、玄関を飛び出した。


2 :蛇健 :2007/10/28(日) 20:35:46 ID:kmnktHtJ

 玄関を出ると思いの外、肌寒い風が吹き付けていた。ぶるる、とわざとらしく肩を震わせてアパートの階段を下りる。息を吐くと白く輝いた。手前の家の、泥棒避けに設置されたセンサー式の電球が僕に反応して点灯したのだ。眩しいなぁ畜生。
 少し歩くとコンビニがある。そこは24時間営業で、深夜の時間帯にはいつも頭の禿げた老人が勤務していて、毎日煙草を買いに行くものだから馴染みになっているから、僕が店内に入ると迷わずハイライトに手を掛けてくれる。しかし金の無い今日みたいな日は、ハイライトではなくエコーを買うので、「あ、すいません、エコーで」と言うのが少し恥ずかしい。無口な老人で、世間話などまったくしないので、「いやぁ、最近は不景気で」とか言って誤魔化せないのが辛い。不景気も何も、働かない僕が悪いだけだけれど。
 店内に入ると、朽ち果てた弁当箱やお握りなどが無残にも散乱している。足の踏み場も無いほどに。というか、店内は荒れに荒れていて、不気味な深緑色の汁があらゆるところに粘着している。誰かの痰である。恐らく強盗犯の。僕は急激に心配になった。というのは、老人がもはや殴り殺されているのではないか、と思ったからである。しかし事務所や便所を探しても彼の姿はなく、一体全体どうなってるんだ、と映画風に呟いた瞬間、ごそ、ごそごそ、ごそ、と音がした。倒れた棚の下から聞こえる。ここに埋もれているのか、と急いで棚をどけてやると、無残な老人の姿がそこにあった。
 


3 :蛇健 :2007/10/30(火) 19:54:31 ID:kmnktHtJ

 その瞬間、駐車場に車が猛スピードで入ってきたかと思うと誰かが叫び、もの凄い轟音と共にコンビニの窓ガラスが割れ店内のあらゆる商品が跳ねた。銃撃されたのである。僕は頭を低く、老人の傍に倒れ込んだ。暫くすると車はUターンし公道へと戻った。全て音だけでの確認であるが、車種は大型バンだと思われる。頭の中が真っ白になり、やがて音だけで安全を確認し、そっと起き上がろうと床に手をついた。瞬間、老人が目を見開き歯を剥き出しにした。僕の腕を齧ろうとしているのは瞳に浮かぶ狂気で分かった為、もう片方の手で激しく老人の頭を床に打ちつけ抵抗した。思いの他簡単に気絶してはくれたが、僕は二度の衝撃で精神錯乱状態となり、先ほどの銃撃野郎が居るかも知れないというのにコンビニを飛び出しひたすら叫びながら走った。


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