柳井真理は決して「感情がない人間」などではないと僕は今でも思っている。
彼女は自分の生への罪を常に感じ、かつそれを心に秘めながら、孤独の中で十七年の間を必死に生きてきた。
僕は四ヶ月と少しの間彼女のそばにいたつもりだが、果たしてそれが本当に彼女の心を満たしえたのか確信できずにいる。
いわば彼女はやり場のない哀しみを無理に僕へぶつけてきたに過ぎないのだ。
彼女はこう言った。
「私は三度死んだの。一度目は三歳の時、二度目は七歳で、三度目は十五の夏」
「ねえ秋山くん、わたしと付き合ってくれない」
それはまったく唐突なことだった。
11月の霜の降りた朝、2年2組の教室で、極めて事務的に柳井真理はそう言った。
柳井は黒い大きな目で僕をじっと見ている。
そこには恥じらいや張りつめた様子など何もなく、あまりにも無表情すぎてかえってこちらが慌ててしまうほどだ。
「どうして……」
僕は乾いた唇をかすかに動かした。
黒板の上の丸時計が、カ、カ、カ……と妙に大きな音をたてて針を進めている。
午前7時30分。
教室には僕と柳井の二人だけだ。
「どうしてって、理由なんているの」
柳井はわずかに目線を落とし、唇を噛んだ。
漆黒の長い髪が、差し込む朝日に照らされて鈍く光る。
「……ねえ、だめ?」
「いいけど」
僕はとっさに答えていた。
柳井がぱちっとまばたきを一つする。
それから、少しの間何かを考え込むように首をかしげたあと、また僕をじっと見た。
「ありがとう」
それだけ言って、彼女は窓側一番後ろの自分の席に戻っていった。
僕の頭は少々混乱している。
ありがとうとお礼を言いながらもやはり顔色一つ変わらない柳井。
どう見たって僕のことなど好きでも嫌いでも何でもなさそうな柳井。
そして僕は、どうしてあんな返事をしたのだろう。