リーリアント 〜ただ翻弄されて〜


1 :副島王姫 :2007/10/10(水) 02:54:53 ID:oJrGY3oG

え〜と、18歳未満の方はブラウザのバックでお帰り下さい。ダメなら15歳で。
……すみません。過激な表現があるつもりはないのですが、覚めてからみるとさすがに恥ずかしくて。というか、まだ犯罪者になりたくないので。
はっきり言いますと、ベッドシーンがあります。多分、PTAの方が見たら大事かと。決して、お父さんお母さんの前で読まないで下さい。
別に、やおいとかじゃありませんが。この年齢制限が要らないとお思いの方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。
最後になりましたが、このような措置の遅れたこと、深くお詫びいたします。
あ、「リーリアント〜お節介な愛〜」は大丈夫です。あれはキスシーンぐらいしかありません。(一回ヤバめのギャグが・汗)


   序章

 はあ。またか。
 あたしは母さんから届いた手紙を見た。内容はあまり読めない。乱暴に封が開けられて、あちこち塗り潰されてるからだ。
 検閲ってやつらしい。かろうじて分かるのは、弟がまた風邪をひいたらしいこと。あたしの稼ぎが足りてるのかどうかも分からない。多分、向こうでも似たような状態だろう。
 仕方なく、手紙を読むのは諦めて外に出た。弟は小さな風邪でもよくこじらせるから、薬を送った方がいい。今から買って送れば、今日の最終便に間に合う。手紙をつける時間はないけど、どうせ塗り潰されるんだからメモでもいいだろう。
 慌ててて、うかつにも酔っ払った兵士に気がつかなかった。足を止めてまずいと思ったけど、兵士は目の前にいた。あちゃー。
「す、すいません」
 謝って離れてやりすごそうとしたけど、そうはいかなかった。別に、兵士が剣を抜いたわけでもない。ただ――そう、近くの壁に頭から突っ込んだのだ。
 言っておくが、あたしは何もしていない。断じて何もしていない。――したのは――
 あたしは、いきなり横から現れて鞘のついた大剣を兵士に叩き込んだ男を見た。年のころは十八、九。黒髪に青い目のけっこうな男前で、細い身体に立派な旅用の外套を纏っていた。多分、貴族。後ろに、この町のじゃない兵士がいる。
 ……どうしよう。騒ぎになっちゃったよ。
 さいわい、酔っ払いの兵士は気絶してた。そそくさと逃げようかとも思ったけど、その前に貴族の男があたしの腕を掴んだ。
「来い」
 彼が言うと、取り巻きの兵士があたしの周りを囲んだ。逃げられそうにないな……。
 仕方なく、あたしは男にひきずられるように、彼の後についていった。

「名前は?」
「リ、リリアです」
「年は?」
「……十八」
 軍の建物なんて入るの初めてだよ。割と小奇麗な部屋で、高そうな家具もある。あたしは、ふかふかのソファに座っていた。両脇に兵士。目の前――向かいにさっきの男。
 あまり興味なさそうな様子で、質問ばっかりしてきた。これってこの人の仕事なのかな? 聞きたくて聞いてるんじゃないみたい。あたしが何を言っても反応を見せずに、さっさと次の質問をしてくる。メモもとっていない。
「……分かった。もういい」
空が暗くなった頃、紅茶を啜って彼は、
「今すぐ仕事先に辞表を出して住まいを引き払え」
「……は?」
 あたしは、思わず声を出していた。辞表って……要するに、仕事やめろってこと? しかも部屋を引き払え?
「聞こえなかったか?」
 無表情に、事務的にあっさり言う彼に、あたしはしどろもどろに、
「……な、何で?……ですか?
 仕事やめろって……それじゃどうやって……」
「うるさい黙れ」
 うわ。初めて感情のある声だと思えば、なんてめんどくさそうな……。
「逆らうな。言うとおりにしろ」
 うわ横暴。
「あ、あなた一体何ですか? 何で私が仕事やめてここから出て……、さっきも言ったけど、家は私が仕送りしないと……弟だって熱を出して……」
「うるさい」
 彼は、ぴしゃりと言って紅茶を飲み干し、
「百セメト……でいいか?」
 は? 何その大金?
「お前の実家に月百セメト送る。ついでに、お前の村に医者を派遣する。それでいいな?わかったらさっさと仕事を辞めて来い。言うとおりにしないなら、このままさらうぞ」
「……え? あの、どういう……」
「分かった、もういい」
 嘆息して、彼は兵士に、
「こいつの部屋に行って、荷物を全部を持って来い。仕事先と大家に通告もしておけ。こいつのことは忘れろとな。近所の住人にもだ」
 兵士が出て行って、彼と、状況の分かっていないあたしが残された。
「お前はこっちだ」
 また彼はあたしを引きずって、別の部屋に連れ込む。居室のようだった。あたしをベッドの端に座らせると、その前に立ち塞がって、
「いいか」
 あたしを見下ろしながら、つまらなさそうに、でもぴしゃりとした口調で言う。
「お前はこれから、俺の目の届かない所へ行くな。俺の指示に従い、逆らうな。お前が言うことを聞いていれば、お前とお前の家族の生活は保障する。それで文句ないな?」
 それだけ言うと、あたしから興味をなくしたようにクロゼットの方へ行って、旅用の上着を脱ぎ始めた。
 ……いやあの……分からないことだらけなんですけど……。
 何なんだ? この人。
 室内着に着替えた彼は、それ以上あたしに構う様子は見せなかった。


   1、傲慢な王子

「……ん……」
「やっと起きたか」
 ごとごと揺れる振動が伝わってくる。目をこすって辺りを見ると、馬車の中……なのかな? 乗合馬車とはかなり違う。広い部屋に向かい合わせで長椅子があり、横には窓。あたしは椅子の片方に寝かされていた。向かい側には彼しかいない。
 窓の外は、もう昼近かった。
「だから寝ておけと言ったんだ」
 昨夜……確か……。
 あたしは、ぼんやりと思い出し――顔を引きつらせた。
「あなたのせいで眠れなかったんでしょ!」
 すました顔で外を見ている彼には、悪びれた様子もない。この横暴専制君主。
 こいつは……こいつは……あたしを部屋から出さず――部屋の横にお風呂とトイレがついてたけど、そっちに行くのも一苦労、挙句、寝る時一緒のベッドに押し込んだのだ。あたしが床で寝ると言って暴れると、いきなり手枷を持ってきてベッドにつないで……おかげであたしは空が白むまで眠れなかったわよ!
「うるさい黙れ」
 事も無げに言うと、彼は立って、馬車のドアを叩く。ドアが開いて、兵士が入ってきた。
 テーブルにお皿やパンを並べて兵士が去ると、
「さっさと食べろ」
 自分もパンをちぎりながら言う。
 昼の陽射し。
「どうした? 口に合わんか?」
「いや、そうじゃなくて……あなた……朝ごはん食べてないの?」
「お前が眠りこけていたんだろう。さっさと食え」
 ……なんだ……こいつ……
「ねぇ、まだ名前聞いてないけど……」
「リュシオス。お前はリュシーと呼べ」
「何してるの? やっぱり貴族……よね?」
「黙って食え」
 ……すましちゃって……
 彼――リュシオスは、名前以外は教えてくれなかった。

「ねぇ、リュシー」
 三日後、同じく馬車の向かい合わせに座って。
「リュシーってば」
 あたしは、無表情で何かのファイルに目を通しているリュシオスに声をかけていた。
「リュシオス」
 彼の目が、動く。
「分かった。リュシー」
 目はファイルに戻った。
この三日間で、いろいろと分かった。彼は名前しか教えてくれなかったけど、まあ、見てれば分かる。淋しがりやなんだ。一人で眠れないのも、あたしの姿が消えないようにしてるのも。強引にあたしを側に置いてるけど、別にそれ以上は何もしない。草食動物のような人だ。
 そして、かなり我侭で傲慢。周りの都合を気にしない。時々こいつは王様かと思う。頼むより命令することに慣れてるみたい。
 暫く、馬車の振動と彼がファイルをめくる音だけが響いた。
「リリア」
 外を見ていたあたしが振り向くと、リュシオスはファイルを畳んでいた。
「次の町に寄る。一緒に来い」
 まだ日は高かった。

「急いでるのかと思ったわ。宿以外降りないから」
「急いでいるが?」
 彼の後について町を歩きながら言うと、当然のように言ってくる。
「じゃあ、何か用事があるの?」
「うるさい黙れ」
 そういえば、今日は兵士がついてないな。
 大きな町だった。あたしがいた町の何倍も大きい。リュシオスは、慣れた様子で町を歩き(歩幅が大きいので合わせるのが大変だった)、下町を無視して閑静な方へ行く。うわ〜、高そうなお店ばっかり……。
「……リリア」
「何?」
「…………」
 呼んだだけかい。
 あたしが立ち止まると、店の入り口でこっちを振り返っていた。
「早く来い」
 小走りに店に入ると、洋装店だった。吊るし売りじゃない。念のため。彼に捕まった日に、かなり高そうな服を渡され、今着ているのもそれなのだが……。
 リュシオスと何やら話していたお店の人がこっちに来て、巻尺を当てて、
「ええ、大丈夫です」
「急いでくれ。間に合わせは宿に」
「畏まりました」
 会話は終ったようで、慣れた調子で手近なソファに座る。あたしの採寸が終ると、
「予定が詰まっている。ぐずぐずするな」
 言うなり、あたしの手を引っ張って店を出た。

「着替えろ」
 宿の部屋――溜息の出るような豪華な部屋だ――に入るなり、服を放ってきた。
「……重い服」
「礼装だ。間に合わせだがな。……ほら」
「な! ……ちょっと!」
 当然のようにあたしの後ろに回り込み、背中のファスナーを下ろし始める。
「一人では着られないぞ」
「だからって……」
「うるさい黙れ。下着は取らん」
 冷たいアイスブルーの瞳に何の感情も浮べず、さっさとあたしを着替えさせると、
「まずは歩き方だ」
 あたしから数歩距離をとって言う。
「……そう。止まるときは右足を斜め後ろに……そうだ」
 続いて礼の仕方に振り返り方に部屋への入り方、とにかく色々と細かいことばかり教えられる。
「……こんなの覚えてどうするの……」
「俺が知るか」
 思わず呟いたあたしの言葉に、リュシオスが言い、
「こんな形骸的なことばかり……いずれ放逐してやる」
「……王様になるような言い方ね」
「うるさい」
こころなしか、いつもの「うるさい」とは違うような気がした。

「……で、分かるか? リリア」
 礼儀作法の次は、歴史だった。外でリュシオスが買い込んできた本の一冊を開き、書いてあることにリュシオスが補足を加えていく。
「ん? この書き方は走りすぎだな……シオデンの行政が寛容な民族性を持ち、テシアの特殊性を容認したために……」
 歴史を暗記しているみたいだった。本のどこにも書いていないことも言うし、何を訊いても答える。多分、本が残っていないとあたしが思い出せないと思って用意しただけだろう。
 服は、さっきの礼装のまま。肩が凝るが、これに慣れないといけないと言って、着替えさせてくれない。
 やがて、時計の鐘が鳴った。
「よし、今日はもういい。風呂に入って休め」
 言うと、あたしの服をはだけさせ、目もくれずにテーブルにつく。寝巻き姿で戻ると、部屋の明かりを落とし、テーブルのランプだけで書類を読んでいた。
「……お風呂空いたよ」
「ああ。寝ろ」
「リュシーは?」
「これが終ったら寝る。先に寝ろ」
 羽根ペンを走らせながら言う。こっちには視線も向けない。
「……忙しいんだ……」
「それがどうした」
「あたしに構ったから……」
「うるさい黙れ」
 横になってからも、紙をめくる音と羽根ペンの音が止まなかった。

「よし、少し休め」
 馬車の中で、文学のレクチャーに一区切り付け、リュシオスが言う。
「疲れたか?」
「リュシー、昨夜寝た?」
「ああ。何ならお前の寝言、教えてやろうか?」
「それ、寝てないってことだよ」
「うるさい」
 と、彼は一瞬物憂げな顔をし、
「もう半分か……」
窓の外を見ながら言う。
「……え?」
「目的地まであと半分だ」
 顔は、もういつもの無表情に戻っていた。
 半分……そっか。
「みんな……どうしてるかな……」
「家族か?」
「うん」
「会わせてやれないが手紙ぐらいは届けてやる。時間をやるから書きたければ書け」
羊皮紙と羽根ペンを寄越しながら言ってくる。
「う〜ん……」
 何から書くべきか……
「ねぇ、今どこに向かってるの?」
「黙って書け」
 ん〜と、トルタの風邪の具合はどうですか?……もう知ってると思いますが、とんでもない男にさらわれました。我侭で傲慢な淋しがりやで、名前以外教えてくれなくて、いっつも無愛想な顔してて口癖は「うるさい黙れ」です……
「はい」
 色々、思いつく限りをてんでばらばらに書いてリュシオスに渡す。無論、下書き以下の落書きだ。
「封をしろ」
 中に目もくれず、当然のように言ってくる。
「見ないの?」
「何で俺がお前の家族宛の手紙を見るんだ?」
「だって、郷里の手紙は全部役所で……」
「一緒にするな」
「あ、珍しい」
「何がだ?」
「だって、リュシーが嫌そうにしてる」
 と、彼は、溜息をついて、
「そんなもの、これからいくらでも見せてやる」
 ちょっと、切ない表情だった。

 リュシーは、彼の言うとおり段々不機嫌になってきた。目的地まであと二日になった朝、あたしが起きると、見慣れない格好をしてふんぞり返っていた。男の人の礼装だろうか? 何やら、模様だか何だかが大きく刺繍されている。
「……何? その服」
「うるさい黙れ」
 言ってから、少し間をおいて、
「連中の目が多くなるからな。隙を見せられないんだ」
 ばつが悪そうに言い直す。
 今までは旅の貴族という格好だったけど、何だか籠の中の鳥みたい。外見ばかり立派で……。
「リリア」
 リュシーは、あたしを手招きして横に座らせる。
「どしたの?」
「黙れ」
 それから出発まで、彼は、あたしの肩に寄りかかっていた。

「……リリア……」
 いつもは、同じベッドにいれば触らないのに。
リュシーは、今夜珍しく、あたしから手を離さなかった。時々離しかけるけど、すぐに埋め合わせのように抱き寄せる。寝言で名前を言うのも、前はなかった。
「リリア……」
 そっと彼の顔に触れると、落ち着いたように寝息が小さくなった。
 リュシーの話では、明日の昼頃に目的地に着く予定だった。

「リーリアント」
「……え?」
 馬車が見たこともないような大きな町を通る中、不機嫌そうにリュシーが呟いた。
「お前の名前だ。リリアでは愛称ぐらいだからな。表向きはカズラールの養子ということにしてリーリアント・フォルデーク・カズラールだ。覚えておけ」
 リュシーは前から着てる立派な服で、あたしも礼装――間に合わせじゃないやつを着せられていた。もう昼。
「ここって王都?」
 かなり前から見えていた、大きなお城を見ながら言うと、リュシーが不機嫌そうに相槌を打つ。
 建物の多い場所を最初は通っていたが、やがて立派で静かな建物が秩序よく並んだ場所に変わっていく。馬車は、そんな中でも特に立派な建物に入っていった。

「ここ、リュシーの家なの?」
 いやもう、うちのボロ小屋が人の住む場所と思えなくなるほど立派なところだった。
「家出先だ。帰りたくないからな」
 言いながら、あたしの手を乱暴に握って馬車から降りる。
 初老の男の人が、待っていた。……ここってもしかして、玄関? いや、あの門からここまでだけでも……やめとこう。
「お待ちしておりました。リュシオス様」
 にっこり笑って言うと、あたしを見ながら、
「リーリアント様ですね。恐れながら貴女様の後見人となりますカズラールでございます。お見知りおきを」
「陛下は?」
 早く済ませたいと言う様に、リュシーが口を開いた。
「明日の朝に、とのことです。できれば今夜より城に……」
「行かんと伝えろ!」
 こんなに苛立ってるリュシーは初めてだった。彼に握られた手が、たまらなく痛かった。
 その夜は、昨夜以上にあたしを呼び、離そうとしなかった。

「手を出せ」
 言うなり、あたしの左手を掴み、強引に指輪をねじ込んだ。カズラールさんのお屋敷から馬車で出発して、どこかに向かう途中である。
「あれ、この模様……」
 指輪には、リュシーの服と同じ模様があった。リュシーは、拗ねたような顔をしている。
 リュシーは、口を開こうとしなかった。でも、諦めたように不機嫌に口を開く。
「俺の家族が出てくる。とんでもなく嫌な連中だ。お前は口をきくな。何を言われても黙って、俺の側にいろ。いいな?」
 それだけで、後は何も言わない。ガタゴトと、馬車が揺れる音だけが響いた。

「リュシオス・ゼル・フェルキンド・オーヴェ・ファイクリッド様、御帰城!」
 馬車を降りるなり門のところで上がった声に、あたしは弾かれたように彼を見た。
 着いた場所は、王城。この国の名前はファイクリッド。お城に……帰ってきたって……?
「リュシー?」
 彼はただ、あたしを抱き寄せただけだった。

 リュシーが家族を嫌いなのは、よく分かった。すぐに謁見の間に通されて、国王陛下と対面して、リュシーのお兄さんやお姉さんたちとも会ったけど……なんでこんなに嫌な人間がいるんだろう。
 あたしは、リュシーに言われたとおり、黙って聞いていた。リュシーは、国王陛下の誕生日の式典に呼ばれて、戻ってきたんだ。今日は、式典の前の挨拶に寄っただけで、まだここにいなくちゃならない。リュシーは、ここに長居するつもりはなくて、挨拶だけ済ませて帰ろうとしたけど……国王陛下が引き留めた。このお城にも、リュシーの部屋はあるらしい。リュシーは、そこで後で国王陛下と面会することになってしまった。
 何人もいる侍女を無視して、リュシーは乱暴に部屋のソファに座ると、溜息をついた。
 本当に、辛そう。
「リュシー……」
 あたしが彼の顔に触れようとして出した手を、リュシーは掴んで、
「しくじった」
 憂鬱そうに呟いた。
「やっぱり、ここの流儀じゃ向こうの方が上だしな。俺は十の時にここから逃げ出したから、慣れてもないし……」
「……リュシー」
「そんな顔しなくていい。お前はいるだけでいいんだ」
 彼の手が、あたしの顔に触れるか触れないかという時、ノックが響いた。
「リュシー、入るわよ」
「これはこれは。姉上。
 どうなさいました?」
 さっき会った、この国の王太子。リュシーの一番上のお姉さん。
「あら、ご挨拶ね。一年ぶりに帰ってきた弟に会っちゃ、いけないのかしら?」
 言って、彼女はあたしに視線を移し、
「初めまして。リリアちゃん。部下から聞いているわ。リュシーの愛人だそうね」
「恋人です。姉上」
「あら? そうだった?」
 痛っ!
 いきなりあたしの左手をひねるように持ち上げて、しげしげと見てから、
「やっぱり、物好きは母親譲りかしら? 王家の者という自覚と誇りはある?」
 言って彼女は、何人か女の人の名前を出した。血筋がどうとか、家柄がどうとか、結婚相手にどうかって言ってるみたいだった。リュシーは丁寧に断った。
「……俺は直系の中では一番末席だからな」
 お姉さんが帰った後に、リュシーが言う。
「俺が王位を継ぐことなんてないんだ。王位継承権なんてただの飾りだ。それでも、やっぱり王族以外からみると、魅力らしい。俺を娘婿にすれば、正統な直系王族の肩書が手に入るってんで、裏で金やら人やら動いてるんだ。
 道具だよ。他にも、外交とかに使えるらしい。人質とか。」
 自嘲気味な言い方。疲れてる。
 初めて会った時、いきなり無表情にあたしに無茶を言って困らせた人物とは思えない。
と、リュシーがあたしに微笑んだ。
「初めて会った時な」
 疲れた微笑み。でも、これが初めて見る彼の笑顔だった。
「ちょっと困らせてやるつもりだった。……まぁ、一目で気に入ったんだ。ちょっとからかって、お茶を濁して終るつもりだった。
 でも、俺が絡むよりも早く、お前が酔っ払いに絡まれて……気がついたら、お前を引っ張って連れて帰ってた。権力で拘束して……。こんな力、振りかざすのもまっぴらだったのに。
 もっと他の手段で、お前を口説いていたら後悔もなかったと思うんだけどな」
 言って、彼があたしの頭に手を置いたとき、外の空気が変わった。
「親父が来る」
 言うなり、リュシーはあたしを引き寄せると、いきなり唇を奪った。
「ごめん」
 顔を離すなりそう言うと、奥の部屋にあたしを押し込め、
「父上が帰られるまで出すな」
 側にいた侍女に言った。その言葉どおり、侍女が二人入ってきて、あたしは隣の部屋から聞こえる声を聞くしかなかった。
 リュシーが母親に似てきたと、王様は言った。お母さん、殺されてた。リュシーとお兄さん、お姉さんたちは母親が違って、リュシーと同じ両親の兄弟は、二番目のお姉さんだけだった。でも、そのお姉さんは、リュシーが十の頃に、お母さんと一緒に殺されたそうだ。
 何で、王様がこんなこと話してるか分からなかった。でも、じきに分かった。
あたしだ。あたしのことを言ってるんだ。
 リュシーがおとなしく城で言うことを聞くならそれでよし、そうでなかったら、あたしがリュシーのお母さんやお姉さんのようになるって、そう言ってるんだ。
 リュシーは、国王たちの道具。玩具。そしてあたしが、リュシーを縛り付ける枷。そう言ってるんだ。
 リュシーは、脅しを突っぱねた。毅然としていた。
 国王様が帰ってから、あたしを奥の部屋から出して、左手にねじ込んだ指輪を外して投げ捨て、抱き締めると、
「ごめん。連れて来るんじゃなかった」
 そう言って、またキスした。泣きながら。
無茶苦茶な男だと思ってたけど、こんなファーストキスだとは……正直言って思ってなかった。

それから、リュシーは方針を変えた。カズラールさんのお屋敷では、相変わらずあたしを離さなかったけど、もうお城に連れて行こうとはしなかった。行く前に、決まってキスして、愛してるって言って、……それだけだった。お城から帰るなりあたしを抱き締め、泣きながらあたしに謝って……。無茶苦茶な彼はいなかった。
ある日、丸一日帰ってこなかった。次の日の明け方帰ってくると、
「終った。帰ろう」
 そう言ってあたしを抱き締め、そのまま眠った。あたしをきつく抱き締めたまま。
 国王様の誕生日の、翌朝だった。


2 :副島王姫 :2007/10/10(水) 02:58:29 ID:oJrGY3oG




   2、愛に飢えた子供

 王都からは遠く離れたのどかな田舎。でも整った場所で、穏やかに時間が流れている。
 側の山から見下ろすと、眼下に領主様の城と城下町、豊かな田園と湖が見渡せる、なかなかいい場所だ。
「何考えてんのよ? あんたはぁッ!?」
 その領主様の城で。
 あたしは一人怒鳴っていた。
 ――しーん。
「上がったんなら行くぞ。さっきも言ったが時間がない」
「待ちなさいッ!」
 無表情な、事務的な声に、あたしが待ったをかけるが、リュシーは部屋の出入り口に向かい、
「早くしろ」
 あたしが追いかけないので、そこで振り返って待っている。
「すまして言うなぁ!
 あんた、自分が何したか分かってんの!?」
 冷たいアイスブルーの瞳に、あたしの姿が映る。
「何か問題があったか?」
「あったわよ!」
 こいつは……こいつは……さっき、乙女の風呂を覗いたんだぞ! あたしの! 一糸纏わぬ姿をっ!
 さっき、あたしは、こいつに促されてお風呂に入った。身体を洗ってたら、何を考えたかこいつはドアを開けたのだ。
「急な用事が入った。今から向かうから急いで上がってくれ」
 そう言うと、硬直するあたしを残し、無表情なまま、こいつは何事もなかったかのようにドアを閉めた。そして、さっきの会話と言うわけなのである。
 言っとくが、この城には女官さんも侍女もたくさんいる。本当に用事があっただけなら、伝えさせるとか、そうでなくても脱衣所から大きめの声を出すとか、いろいろある。
「分かった。後で聞く。時間がないんだ」
「ごまかすな!」
 あたしの側に来て腕を掴んで進もうとしたリュシーに、あたしが抵抗し、
「だいだいその無反応は何なのよ!? 照れるとか、鼻の下伸ばすとか、顔を背けるとか……もっと色々反応はあるでしょ!?
 何? あたしそんなに魅力ない? 裸見ても何も感じない? あんたそれでも男!?」
 リュシーは、少し思案して、
「リリア……お前、こう言っているのか?」
 むかつくほどすました無表情。
「俺にお前を犯せ、と?」
「言うか!」
「なら気をつけろ。そう聞こえるぞ。
 ほら、来い。時間がない」
 結局、時間がないを繰り返し、リュシーはあたしを引っ張って行った。……ちくしょう。ついにこいつ謝らなかった。

 ……まあ、いい領主様みたいだった。城下町の人には好かれてるし、いい政治してるみたいだし、今日みたいに小さな事故でも目に届くところなら駆けつけるし。
 馬車の馬がパニックを起こして暴走したらしい。軽症が二人、馬の被害と折れた標識ぐらいで重大事故ではなかった。
 馬車の御者と少し話して、あとは役人に任せると、それで終わり。今は、すました顔で城まで歩いている。
 二人とも、王都にいた頃の仰々しい格好ではなく、ちょっとかしこまった程度の服装だ。あたしも、高くはあるけどありがちな服で、リュシーも、初めて会ったときのような、まあ、旅用ではないが、そういう感じである。
「……どうした?」
 その、冷たいアイスブルーの双眸にあたしを映して訊いてくる。あたしが二歩ほど遅れたからだろう。
「……別に」
 あたしが追いつくと、何事もない無表情でまた歩き出す。その横顔を見ながら、あたしは胸中で嘆息した。
 王都を出てから、こいつは見る間に元に戻っていった。泣く事も、悲しげな表情を見せることもなくなり、初めて会った頃のようになっていった。
 それはいいのだ。あたしとて、いつまでもふさぎ込んでいて欲しくはない。だけど、王都で見せた笑顔まで消えてしまった。
 疲れた笑顔だった。それが良くなったということは、少なくとも普通の笑顔を期待していいだろう。だが、笑顔そのものをかき消して、元の無表情に戻ってどうする。王都にいた頃のほうが、表情豊かだったぞ。
 ……まぁ、また彼が辛い思いをしたり、苦しみを背負ったままでいるよりはましなのだが。
 でもなぁ、きれいさっぱりというのも……それとも、強がっているのだろうか?
「風呂に入りなおせ」
「いいわよ。別に」
 居室に戻るなりそんな会話を交わすと、あたしはベッドに座った。リュシーが浴室に入るのを待ってから、寝巻きに着替える。
 横になっていると、明かりが落ちた。お風呂から上がったリュシーが、ベッドに入るところだった。
「……おやすみ」
 言って、あっさりと目を閉じるリュシー。王都を出て落ち着いてから、ずっとこうだ。あたしを呼ぶことも、抱き締めることもない。
「……ねぇ、リュシー……」
 あたしが声をかけると、彼は目を開けた。あたしがそっと、頬を包むように手を当てると、それを振り払い、
「いい。必要ない」
 言って、目を閉じ、
「いてくれるだけでいい」
 寝息のような呼吸音を立て始めた。
 ――なんとなく、おもしろくない。
 あたしはリュシーに背中を向けて横になっていたが、目が冴えていた。暫くしてベッドを抜け出し、部屋からも抜け出す。
 バルコニーで夜風にあたった。見下ろす湖面に、月の光が反射して輝いていた。
 しばらく、静かに時間が過ぎる。だが、いきなり後ろから肩を掴まれた。
「……リリア……」
 ちょっと力が強い。リュシーは、半ば乱暴にあたしを抱き寄せ、目の前に顔を持ってくると、
「俺の目の届かないところへ行くな」
 一言一言の息遣いが分かるほど間近で、あたしの目をまっすぐ見据えながら言う。……強い意志を宿した瞳。
「リュシー?」
「返事」
「……え?」
「返事をしろ」
「……わ、わかった……」
 それを聞くなり、あたしの目から視線を外し、手を引っ張って部屋に戻る。
「寝ろ」
 さっきのように横になったが、すぐには目を閉じない。あたしが眠るのを待っていた。
 結局、少なくともあたしが寝るまで、リュシーは眠らなかった。

「リュシー」
 翌日の午前中。リュシーの執務室。
 簡素な部屋で、机以外に大して家具もない。あたしは、彼が机の向かい側に置いた座り心地のいい椅子に座っていた。
「リュシーってば。聞いてる?」
 黙って羊皮紙に羽根ペンを走らせるリュシー。顔も上げない。
「…………リュシオス」
 ぴた。リュシーの手が止まった。
 顔は動かないが、目は動いた。
 めっちゃ見てる。
「……悪かった。リュシー」
 あたしが言い直すと、また視線を書類に戻して手を動かし始める。
 しばらく一方的に話しかけたが、彼は何も言わない。
「……ねぇ、リュシー、
 このごろ、うるさい黙れって言わないね」
「ああ」
「いつから言ってないかな……」
「最後に言ったのはいつか、覚えていないが……」
 インクの乾いていない羊皮紙を脇に除けながら、言うリュシー。
「親父のところを出てからは言っていない」
 と、次の羊皮紙を広げたまま、動かない。顔を上げてまっすぐこっちを見ていた。
「リュシー?」
 動かない。ただ、じっとこっちを見てる。
「どうしたの?」
 沈黙。
 ただ、アイスブルーの瞳であたしを見つめていたが、おもむろに動く。
 席から立ってつかつかと側に来ると、あたしの頭を押さえて顔を寄せ――迷うことなく唇を重ねる。
 そして、何事もなかったように机に戻ると、羽根ペンを走らせ始める。
「……な、なに?」
「別に」
 王都以来、キスされたことなかったのだが……彼はそういう素振りを見せなかったし、あたしが素振りを見せると、決まって必要ない、しなくていいって言ってたし。
 でも……今までのとは違ってたな。何ていうか……王都では、すがるようにしてきたのに、さっきのは寧ろ傲慢さがあった。
「……どういう変化なの?」
「落ち着いたら話す」
 それっきり、彼は何も言わなかった。

「あんたいい加減にしなさいよ!」
 三日後。あたしは怒鳴っていた。彼の腕の中で。
「…………」
 無表情なアイスブルーの瞳であたしを見つめてから、あたしを解放してソファの向かい側に座るリュシー。
 なんとなく、ふてぶてしさがある。
このごろ、こいつの無茶苦茶さに拍車がかかったような気がした。傲慢で我侭で無遠慮になって……いや、元からだが……
 リュシーが、大きく溜息をつく。
「何だか……」
 ソファの背もたれに背中を預け、天井を見上げる視線を自分の手で遮って、呟くように言う。
「馬鹿らしくなった」
 手に視線を固定し、顔の目の前に持ってきて見つめる。
「俺は、親父の言いなりの道中で、兄貴の土地で、親父の権力でお前を手に入れたことを悔やんでいた。だから、いつも遠慮してた」
 と、手を放り出して、また天井を見て、
「馬鹿らしい」
 呟き、あたしの方に来る。
「リリア」
 顔を間近に持ってきて、
「俺は決めた。欲しいものは欲しい。好きなものは好き。そう生きる。もう遠慮しない」
 以前、彼は草食動物のようだと言った。でも、そんな雰囲気はもうない。ただ、傲慢で、我侭で、横暴だ。
「お前が好きだ。お前が欲しい。お前がいい」
 唇を重ねる合間に、彼は言った。

「……暇」
 また、リュシーの執務室。あたしはただ、彼が書類を処理しているのを見ていた。
 リュシーは、あたしの方に羊皮紙と予備の羽根ペンを寄越すと、
「家族に手紙でも書いたらどうだ? この頃書いてないだろう」
 顔を上げずに言う。
「よくご存知ですこと」
 言って、ペンを取るが、書こうとすると迷う。王都にいた頃は、手紙を書いていない。リュシーの落ち込んだ様子など書きたくもなかったからだ。リュシーが王位継承者だったことも書いてない。ただ、あたしを誘拐した無茶苦茶な貴族のぼんぼんとしか知らせてなかった。
 ……リュシーの領地がここってことは、この前書いたしな……。傲慢さが増したと書けば、今までの経過を知らない家族には、リュシーは更にわけがわからなくなる。
 ……やめた。
「……ねぇ」
 羽根ペンを置いて、リュシーの作業を眺めながら、
「そういえば、あたしはもう勉強しなくていいの?」
「あれは忘れろ。もう親父たちの流儀に合わせなくていい」
 言いながら、リュシーは羽根ペンを置いて本棚のほうへ行った。
「お前には大したことは求めない。そんなに暇ならこれでも見ていろ」
 リュシーが持ってきたのは、表紙に手書きで数字の書かれた本。開くと、手書きの文字が並んでいた。
 ……リュシーの字だ。
 どうやら、リュシーが統治の心得をまとめたものらしかった。リュシーの言葉で、書いてある。
「……リリア」
 読んでいると、顔を上げずにリュシーが言う。
「お前がして欲しいこと、して欲しくないことは言え。俺はお前に遠慮しない。欲しいままに生きる。……だが、お前の望みは分からないからな」
「……だったら、一人の時間とか設けてくれませんかね?」
「駄目だ」
 あたしが嫌味たっぷりに言うと、やっぱり間髪入れずにきっぱりと、
「お前を放したくない。他のことにしろ」
「だったら聞かなくても同じじゃない」
 リュシーの手が止まった。
「あたしに遠慮しないんだったら、好きにすれば? 好きなようにすればいいじゃない。
 襲いたきゃ襲えば?」
 がたん。
 リュシーが立った。
 立ち上がって、あたしの肩を掴むと、
「いいんだな?」
 あたしを見据え、襟元をはだけさせながら言う。見たこともない目。……怒ってるの? リュシーのタイが、滑り落ちる。
 あたしは返事をする間もなく、床に押し倒された。リュシーの本が落ちた。
 唇を唇でふさぎ、上着のボタンを外し、手を中に入れてまさぐってくる。
「ちょ……やめ……」
 あたしがやっと言うと、リュシーは、手を止め、唇を離し、あたしをただ組み伏せた。
 そのまま、あたしの顔を見つめる。
 ……あ、……リュシーの目……
 そして、あたしを解放して立たせると、あたしの服のボタンを留め直し本を拾い、また席に戻って書類に向かい合った。
 何も言わない。
 時間が来るまで、ただ沈黙だけが流れた。あたしの目を見ない。
 ――傷つけちゃった……かな……。
 床に落ちていたリュシーのタイを、あたしは拾った。
 ……見上げたリュシーのあの目……泣きそうだった。

 リュシーは、まだ口をきかなかった。
 その日の夜。あたしはベッドに横になって、浴室から響く音を聞いていた。いつもは、風呂に入れとか言うのに……彼が言うのを待っていて、かなり遅くなってしまった。リュシーだって早く寝ないと、明日も仕事がたくさんあるのに……。
 おやすみも、言ってくれないかな……。謝ってみようか……。謝って済むなら……。
 水音が止んだ。少し目を閉じていたら、頬に手が当てられた。……濡れた手だ。
 目を開けると、リュシーの顔が間近に迫っていた。そのまま唇を重ねる。リュシーの短い、濡れた黒い髪があたしの頬にかかる。
「……リリア」
 不安げな、声であたしを呼ぶ。
「リリア……」
 あたしは身を起こした。薄明かりに、一糸纏わぬリュシーの姿が浮かぶ。
「……リリア……」
 薄明かりの下、リュシーの目があたしを見つめる。
 あたしが手を伸ばしてリュシーの頬を包むと、弾かれたように彼の目が見開かれた。
「……大丈夫。そんな目しなくていいから」
 彼はただ、あたしに覆い被さってきた。

「……ねぇ、リュシー……」
「……何だ?」
「年、いくつ?」
「……十六」
 あたしは目を瞬かせた。こいつ……年下だったのか。しかも子供?
 リュシーは、ベッドから降りてガウンを着ると、棚の方へ行った。何か、鍵をいじるような音。ややあって、戻ってきた。
 指輪が二つ。
「……結婚してくれ」
 言いながら、あたしの左手に指輪を嵌め、もう一つをあたしの手に握らせる。
「……大丈夫。側にいる」
 彼の左手に、あたしの手で指輪を嵌めると、それを待っていたように口づけしてきた。
 薄明かりの下で、微笑みながら。

 翌朝。起きると、リュシーは既に着替えて机に向かっていた。羽根ペンを走らせている。
「…………」
 あたしは、自分の格好――昼間の服装をきっちり着ている――を見ながら立って、リュシーの前に行く。
「一つ、早急にはっきりさせたいことがあるんですけどね」
 リュシーが、感情のないアイスブルーの瞳でこっちを見る。
「最初にあった日――あの晩よ。あの時、あたしは寝巻き姿だったけど、次の日の朝っていうか昼にはあなたがくれた服を着てたわ。
 あれ、一緒にいた女性兵士が着替えさせたのよね?」
 目に、何の感慨も見せず、
「いや、俺だ」
 あっさりと、事も無げに言い放つ。
「どうかしたか?」
 こ、こ、こ……
「この変態!」
 あたしはリュシーのすました顔の下の首を絞めていた。
「最初っからそういうつもりだったのね! 何? 昨夜は純情そうな顔しといて? そんな顔して一体何人抱いてきたのよ?」
「……言いたい事がよく分からないが……」
 あたしの手を振り解き、一つ一つ確認するように、
「最初からそういうつもりだということが分からなかったか? 普通、その気もないのに女を――しかも嫌がる女を無理矢理同じベッドで寝かせたりしない。
 それから、寝た女はお前だけだ」
 感情のないアイスブルーの瞳であたしを暫く見てから、
「それより、父さんたちに手紙を書いてくれ。これに添える」
「……え? 国王様に? あたしが?」
「違う。お前の家族だ」
 言いながら、あたしにさっきまで書き込んでいた羊皮紙を見せる。立派な紙で、金の箔押し。正式な命令書みたいだ。
 あたしは、目を通し、顔を引きつらせた。中には、嫁にするからあたしを寄越せと書いてある。
「……あんたねぇ……」
 澄ました顔に指を突き付け、
「礼儀って言葉を知ってる?
 普通、命令書じゃないでしょ! 手紙で、お付き合いしてます結婚させて下さいっていうのが普通でしょ! 見下してどうするの?」
 あたしを見つめるアイスブルーの無表情な目。……こいつ分かってない。
「……いいわよ。もう」
 あたしは、彼の正面から横に回り込み、
「ほら、紙出して。書き方教えてあげるから。
常識ってもんを考えなさい」
 彼は、素直に手紙用の羊皮紙を出した。
 ……上に立つことばかり強制されて、虚勢ばかり教えられて、知らなかったんだろう。確かに子供だった。

 リュシーのスケジュールにも、謁見があった。あたしは、その時ばかりはドレスを着せられ、リュシーが座る椅子の隣にある、小さめの椅子に座っていた。……この椅子は、長いこと空席だったそうだ。
 何人か謁見者が来た後、最後の名前が読み上げられた。
「よう! 久しぶり!」
 神官らしかった。くだけた調子で入ってくると、リュシーが席を立って降りていく。振り返って促すので、あたしも続いた。
「ほう、聞いたとおりだな。おめでとう」
 無表情なまま、リュシーは応対していた。……別段、いつもと変わらないようだけど……。
 あたしに紹介する気がないらしく、一人で話を進めるリュシー。やがて、話は終ったらしい。
 帰るかと思ったら、あたしに近づき、
「本当にあんたに気を許してるな。こいつのこんな緩んだ顔は久しぶりだ」
 あたしがその意味を問うより早く、
「ヴァセッタ!」
 リュシーが慌ててあたしの前に入り、男に怒鳴りつける。
「おう、恐い恐い。
 また来る。今度は紹介してくれよ」
「王都を出る前からの知り合いだ」
 彼の姿が見えなくなってから、リュシーが言う。
「悪い奴じゃないんだが……見ての通りのお調子者だ。……有能なところも否めないな。
 あいつも必要になる」
「リュシーに?」
 あたしが聞くと、彼は、暫くためらってから、
「次の五月で十七になる。そうなったら、王位継承権を返上するつもりだ」
 え? 確かに、身分のある人は十七で成人だけど……
「そんなことして、大丈夫なの?」
「その為だ」
 リュシーは、溜息をついて、
「その為にあいつらの助けが要る。俺が元王族な方が都合のいい連中もいるんだ。そういう連中の助けを借りて、このふざけた因縁を断ち切らないといけない」
 珍しいな……リュシーが、助けとか言ってるの。
「そうすれば、お前とも……」
 と、彼はあたしの顎に手をかけ、
「俺には、お前も要る」
「……分かった」
 あたしは、自分から唇を寄せた。
「側にいる」
「おう、お熱いことで」
 いきなりな声に振り向けば、さっきの神官。……戻ってきたらしい。
「……ヴァセッタ……貴様……」
「おう、お前が怒るなんで珍しい。
 邪魔されてご立腹ですかな?」
「去ね!」
 今度こそ、男は帰っていった……と思う。
 リュシーは、忌まわしげに、急いであたしを連れて謁見の間を出た。機嫌直すのが大変だった。

 翌朝。向かい合わせで食事をしていたが、口数が少ない。
「リュシー? まだ機嫌悪いの?」
「うるさい」
 言ってから、息を呑み、
「……ごめん」
 落ち込んだ声で言う。
「……調子悪いね」
「あいつが来るといつもこうだ。散々人を引っ掻き回して……」
 舌打ちし、早々に食事を終える。
 何だか、思案げな顔をしていた。

「リリア。お前にだ」
 リュシーが、手紙を渡してくる。誰からだろう? 家族からじゃない。
 差出人は、アラン・ドルセ。宛名は……何これ
「ホル・ティート・レーンと読む。神聖語だ。未婚の妻という意味で……お前のことだ」
 そっか。リュシーが王位継承権を持ってる限り、あたしとは結婚できないから……
「俺が王位を棄てるには、程度の差はあれ神殿の庇護が必要になる。お前も、俺と一緒に神殿の保護を受けることになる。そういう意味で、お前のことは神殿にも話してある。
 ……今度、神聖言語を教える。儀式に使われるしな。
 ん? どうした?」
 リュシーは、硬直しているあたしの脇から手紙を読み、
「ヴァセッタの奴……!」
 また機嫌悪く悪態づき、あたしの手から手紙を取ると、ざっと目を通し、怒りを噛み殺した顔で、
「悪かった。これから用心する」
 言いながら手紙をぐしゃぐしゃにして放り投げた。

「やあやあお二人さん、元気かな? 仲良くしているかな?」
 ……忘れるはずもない。二日前リュシーを不機嫌にさせた張本人が、夕食が終ったばかりの部屋に来た。
「ヴァセッタ! 誰が入っていいと言った?」
「ワタクシです。王子殿下」
「黙れ!」
 リュシー、王子とか殿下とか言われるの、すごい嫌がるのに……。
「何をしに来た?」
「様子を見にでございま〜す」
 言いながら、あたしの手を取り、
「リリア、そいつに構うな!」
「初めまして。コレンティア。こいつ、我侭でしょ〜? ああ、喋らないで下さいね。こういう状況では、夫のリュシオスが紹介してくれないと会話しちゃいけないんですよ。神殿ってのは堅苦しくていけない……。ああ、コレンティアってのは花嫁って意味です。お名前は存じ上げておりますが、何分リュシオスの紹介がないと名前を呼ぶのも失礼にあたって。私めはヴァセッタ・トルメリア。しがない神官でございます。昔は王城に……」
 リュシーが、ヴァセッタの腕を掴んだ。
「離れろ!」
 突き飛ばすと、胸倉を掴み、
「人の妻にちょっかいを出すな。昨日の名前も筆跡も違う手紙……お前だな?」
「おうおう、怒ったか」
「質問に答えろ!」
「だって、俺の名前と筆跡じゃ、お前が用心するだろ? ちょっと人に頼んだのさ。なーに、軽いイタズラだよ。本気じゃないさ」
 がつっ!
「出て行け」
 殴ってからそれだけ言うと、リュシーは黙った。
 王城にいた時を除けば、一番怒ってる。
 ヴァセッタが出て行かないのを見て、リュシーは無言であたしを連れて部屋を出た。

 剣がうなる。
 城の中庭。リュシーは、ただ闇雲に剣を振り回していた。訓練とか言っていたが、誰も居ない。
「……あの人、リュシーのこと、リュシオスって呼んでたね。やっぱり、仲のいい人じゃないの?」
「俺をリュシーと呼んでいいのはお前だけだ」
 剣を動かす合間に、リュシーが言う。
「お前で三人目。後は母さんと姉さん……もういない」
「あれ? でも、王都で……」
「あの連中が勝手に呼ぶだけだ」
 剣を水平に動かし、何かを見定めるように左右に振る。
「許可した覚えはない」
 びんっ! 剣が、離れたところにある木に、真直ぐに突き立った。
「リリア」
 しばらくして、リュシーが言う。視線は、木に突き立った木に固定されたまま。
「お前は……お前こそは守る。だから安心しろ。
 俺はお前を巻き込んだ。だから、この命に代えても責任は果たす」
「ふざけないで!」
 あたしは怒鳴っていた。リュシーが驚いたように振り返る。
「あたしはリュシーに死んで欲しくない! 命に代えてもなんて言わないで! あたしはもう、リュシーがいないと……」
 そこまで言って、勢いを失って、あたしは足元を見た。
「リュシーが、あなたがいないと……あなたを失ってまで……」
「……ごめん」
 うろたえて、狼狽して、困っているような声だった。

「……悪かった」
 ぽつりと洩らす。
 ベッドの上で、あたしの胸に頭を乗せて。
「……お前を失えば、俺は悲しい。でも、逆は……考えてなかった。ごめん」
 あたしの服を握り締めて、
「母さんと姉さんが亡くなって……遺される悲しみは分かってたのに……」
 あたしの胸に顔を埋め、泣き始めた。
「……母さん……姉さん……」
 あたしがリュシーの頭を抱き締めると、手を伸ばして、あたしの唇に触れる。
「……俺から離れないでくれ。俺を置いていかないでくれ……
 ……もっと、お前に甘えさせてくれ……ずっと……」
「……大丈夫」
 あたしが言うと、彼は安心したように呼吸を落ち着けた。彼の目をなぞると、残っていた涙が指に触れた。

 翌日、いつものように執務室に二人でいると、ドアのノックの音。リュシーが出て、険しい顔で書簡を持って帰ってくる。
「親父からだ」
 言いながら開き、
「……どういうつもりだ?」
 顔をしかめる。
「何を考えているか分からん。お前との婚姻を認めるそうだ」
 書簡を放り出し、
「リリア。対応を協議するから、すまないが我慢してくれ。退屈だがな」
 言って、人を集め始める。
 でも、その後すぐに、リュシーの二番目のお兄さんが来るという知らせが来た。王様の使いらしい。

「これだ! あの連中ッ!」
 メモが入るなり、リュシーが声を荒げる。
 世界地図を引っ張り出し、テーブルに乱暴に広げた。急いで赤で印をつけ、
「……若で乗り切る気ですか」
「おそらく」
「何しろ直系の王族だ。不足はあるまい」
「ちっ!」
「……リュシー……?」
 あたしにちらりと目をやると、
「すまない。すこし休会だ」
 言って、あたしを連れて会議室から出た。

「レクゼリアとワーテンドルが陥ちた」
 苛立って、言うリュシー。
「これで、オーヴェルトの国力が強化された。見事に強豪国の仲間入りだ」
 私の顔を見て、
「大きな国が攻めてくる。多分勝てない」
 内容とは裏腹の、優しい声で言い直す。
「――それで」
 リュシーは嘆息し、
「俺を、ご機嫌取りに差し出そうという腹だ。連中はな」
 ぽんぽんと、あたしの頭を叩く。
「この前の書簡も、俺を懐柔する為だったんだ。多分、今度来る兄貴で圧力をかけて……俺に人質になることを納得させる。俺が国の為に身を犠牲にすれば、連中は安泰というわけだ」
 え? あたしはリュシーの顔を見上げた。
「……分かんない……」
 呟くと、相変わらず優しく、
「後で詳しく説明する。悪いが、会議の間我慢してくれ」
 そう言って、あたしの額に軽くキスした。

 つまり。
 勝てない国が攻めてくるから、リュシーを人質に差し出して、危険を回避しようということ。
 それを理解するのだけで、かなりの時間がかかった。
「人質って……」
「都合が悪くなればすぐに切り捨てられるな。連中にすればいい取引だ。元々俺が抜けても王室に損害はない」
 事も無げにリュシーが言う。
「でも、大事な人じゃないと人質とは……」
「正統直系の王族なら充分だ。オーヴェルトも納得する」
 言いながら、あたしの横に座り、
「大丈夫か? 少し休むか?」
 優しい声。
 ……こんな時に……
「何でそんなに落ち着いてるの?」
「…………さあな。分からない」
 リュシーは、少し悩んで、
「王族としての教育の賜物かもな。危機はこれが初めてじゃないし」
 無感動に言う。
 ……落ち着き払って……
「それに、受け入れる側は、人質には傀儡にし易いのを歓迎する。……子供とか」
 リュシーは、肩をすくめた。
「直系の、子供だ」

「無論、連中は重要視していないが、人質は強国の道具でもある。喉元にナイフを突き付けるとか、そういう使い方だけじゃない。例えば、人質を都合よく味方にして、傀儡として国を統治させる。
小国の反乱分子を全て潰して、内政が滅茶苦茶になっても、きちんと整備した後に傀儡を使えば問題ない。滅びた国の純正のパーツだ。敗国の不満も逸らせるし、吸収しなくても属領にできる。……吸収すると後が大変だからな」
あたしの周りを歩きながら、リュシーが淡々と続ける。マントが、動くたびにはためいた。
「小国側も、そういうリスクを受け入れるから、忠誠が示せるんだ。下手をすれば自分たちを皆殺しにできる手段を渡すわけだからな。まぁ、親族の情愛を利用ということも、ないことはないんだが……俺のケースには関係ない。オーヴェルトも、俺が冷遇されていることは知っている。だから、忠誠心だな。俺を差し出して、あなた様の国の属国になりますと言うんだ。
 無条件降伏や、戦ってからの敗戦よりはマシだ。連中は、もう負けるのを見越しているのさ。その上で、被害を最小に抑えるために俺を使いたいらしい。向こうが滅ぼすつもりなら、どの道皆殺しなのにな。おめでたいことだ」
「リュシーは……どうするの?」
「俺は弱い」
 リュシーは、立ち止まった。
「親父たちが本気になれば、俺を連行するぐらい造作もない。納得していようがいまいが、オーヴェルトに引き渡しさえすればいいからな。……生きていればいい。俺の身柄があればいいんだ」
 つかつかと窓辺に行くと、
「さて、兄貴がどんな条件を持ってくるか……。今人質になれば、幾分権利を保障するというところだろうが……果たしてどの程度か」
 辺りを見回し、
「……ここで生活できるのもあと僅かだな」
 そして、あたしを見据えると、
「例え連中が取引で、お前との婚姻を認めても、オーヴェルトが無効と判断すれば同じことだ。俺は、オーヴェルトの都合のいい相手と結婚させられるかもしれん」
「リュシー!」
「大丈夫だ」
 あたしの顔の高さまでもってきて、微笑む。
「お前に操を立てる。仮令この国を滅ぼすことになろうが、この身の破滅を招こうが、お前以外の女は抱かん」
 言って、そっとあたしを包み込んだ。
 リュシーのお兄さんが、国王の条件ではなく、オーヴェルトが示した人質の身分保障協定を持って来たのは、その翌日だった。

「ご親切なことだ」
 書面を広げて、リュシーが、言う。
「オーヴェルトの名の下に財産を保障する。ここも、オーヴェルトの治外法権か。……まあ、連中に渡るよりはいい」
 溜息をついて、あたしを見た。
「お前も、連れてこいとある」
 あたしの肩に手を置き、
「俺さえ行けば、お前ぐらい見逃してくれる」
「……あたし、一緒に行く」
 手を、一瞬引っ込め、
「駄目だ」
「卑怯なこと言わないで」
「駄目だ」
「一緒にいろって言ったのはリュシーよ! 離れるなって言ったのも!
 ずっと一緒よ! 離れないって約束した!」
「……でも……お前が……」
「リュシー一人で行かせられない!」
 ぼろぼろと、あたしの目から涙がこぼれた。でも、リュシーの目から、視線は外さなかった。
「リュシーは一人にしたら死んじゃうわよ!」
「…………」
 黙って、唇を重ねながら、あたしをベッドに押し倒した。ごめんとありがとうが、耳元で聞こえた。


3 :副島王姫 :2007/10/10(水) 03:02:33 ID:oJrGY3oG


   3、壊された傀儡

 あたしとリュシーを乗せた馬車は、王都ではなく港に向かった。……オーヴェルトの馬車。王族の衣装を着せられたリュシーが、あたしの前に座っている。馬車の中には、オーヴェルトの役人がいる。
「リーリアント殿下はこちらへ」
 港に着くと、女性に先導されて船に乗った。
 リュシーと引き離さされたのは、彼と会って以来初めてだった。

 あたしの方は、何もなかった。もともと、あたしは血筋もなくて、何も期待されていなかったから。
 ただ、女官と話すだけで時間が過ぎ、五日後に船は着いた。
「あら、リーリアント殿下。リュシオス殿下ですよ」
 慌ててそっちを見ると、港から出発する馬車で、若い女性と親しげに話しているリュシーがいた。
 良かった。――まだ何もされてなかった。
「さあ、リーリアント様?」
 リュシーが側にいたら、彼にすがり付いて泣いたのに。
 あたしは、平静を装って促されるまま別の馬車に乗った。

 リュシーに会えないまま、時間が過ぎる。
 一ヶ月が経った。あたしは、女官や貴族と意味のないお喋りで時間を過ごす。やれ恋だの政略結婚だの、そういう話題ばかりだった。話し相手は全部オーヴェルトの人間で、この建物には他の国の人質もいると思ったけど、会わなかった。
 何度か、リュシーの噂を聞く。誰と仲がいいとか、そんな話。一週間ごとに相手が変わっていた。
 でも、ぱたりと聞かなくなった。
 それから一ヶ月後――
「リュシー!?」
車椅子に乗せられて連れて来られたリュシーにあたしは駆け寄る。外傷はない。でも、それだけ。
頬はこけて、髪は伸び放題。今は意識がない。
「医者の話では、二週間もすれば回復するということです」
 ――それだけか……
 事務的な口調の兵士には構わず、あたしは彼を部屋に寝かせた。
「……リリア……?」
「リュシー!?」
 しばらくして聞こえた声に振り向けば、開いた、虚ろなアイスブルーの瞳でこっちを見ていた。
「リリア……来て……」
 あたしが言われるままに側に行くと、
「……俺は……生きてるのか……?」
「リュシー、大丈夫、大丈夫だから!」
「こっちに……」
 リュシーは、横になったまま、あたしを抱き締めた。
「リリア……リリア……」
 眠りに落ちるまで、そう、呪文のように繰り返しながら。

「リュシー?」
 翌朝。目を覚ました彼は、ぼんやりと宙を眺めていた。あたしの声にも反応しない。
 でも、一瞬、アイスブルーの瞳に意思が走り、
「リリア!」
 弾かれたように、あたしの腕を慌てて掴む。
「リリア……リリア!」
 あたしの腕を抱き締めて、
「……リリア」
 そこでまた虚ろになった。あたしの腕を放さないまま。
「……リュシー……」
 どうして……どうしてこんな……
 リュシーが何したっていうのよ……。

 一週間後。リュシーの外見はまともになった。幸い、食事は取ったから顔色も良くなったし、髪も整えた。……でも、髪質は滅茶苦茶だ。
 時々発作的にあたしを呼ぶが、それ以外は虚ろの一言。
 黙って抱き締めていると、声がした。
「リリア……すまない」
 慌てて顔を見ると、疲れた顔をしていた。
 物憂げな、でも優しい瞳。
「ごめん。心配かけた」
 言うと立って、あたしの肩に手を置く。
 アイスブルーの瞳には、意思があった。

 それから三日。リュシーは、何があったか話さなかった。時々、悲しそうな目であたしを見つめて……でも、何も言ってくれない。
 ベッドで上半身を起こして、本を読んでいたが、不意に、
「リリア。キスしたいからカーテン閉めてくれ」
 顔を上げて言ってくる。
 ……? 確かに、女官さんがいるけど……リュシーはそんな性格じゃ……それに声も、必要以上に大きかったし。
 怪訝に思いつつもカーテンを閉めると、
「ありがとう。こっちに」
 言って、本当に唇を重ねる。いつもより長かった。
「気分も良くなったし、久しぶりに一緒に寝よう。抱きたい」
 唇を離しながらまた言う。耳元で言うにしては大きな声。
「……合わせてくれ」
 顔を離しながら、どうにか聞こえるような小声で囁く。
「う、うん。リュシー」
 あたしが言うと、リュシーは小さく頷いて、
「愛してるよ」
 言って、あたしを抱き寄せた。

「おやすみなさいませ」
 夜。
 女官さんが二人とも出て行くと、リュシーは身体を起こした。
「カーテンはいつも閉めておけ。ただの布切れだが、ないよりマシだ」
 言うと、あたしの服を脱がせ始める。脱いだ衣類を、必要以上に遠くに放る。
「ごめん。我慢してくれ」
 あたしを一糸纏わぬ姿にすると、自分も脱いで、あたしをベッドに引きずり込んだ。
「抱いてる様子を見せないと、薬を盛られる」
「薬……?」
「興奮剤や催淫剤。ひいては麻薬。
 ……大丈夫だ。本当に抱いたりしない」
「でも……何で?」
「今話す。女官は夜しか離れないから、今しか話す時間がない」
 言いながら、ちらりと出入り口を見る。
「オーヴェルトはあの国を滅ぼすつもりだ。かなりの優先順位で。
 オーヴェルトは、最初に俺を傀儡にしようとしたが、向かないと判断したらしい。次に、俺に子を設けさせようと考えた。でも、お前に産ませるより、オーヴェルトの身分のある女に産ませた方が都合がいい。……それから見合いの連続だ。どうやら、手が早いと思われたらしいな。十六で結婚だし。一ヶ月が過ぎ、二ヵ月が過ぎたとき、徹底した女に出くわした」
 リュシーは、溜息をついた。ろくに動けない状況だから、彼の声だけが響く。
「まず、酒に溺れさせ、最初は興奮剤だった。次に催淫剤。それでも俺が思い通りにならないものだから、麻薬まで使い始めた。
 そしてあの夜――俺は浴びるように飲まされ、薬を盛られたうえであの女とベッドにいた」
 また溜息をついて、
「その状況で、俺がお前の名前を呟くだけで何もしなかったのが、よほどお気に召さなかったらしい。あとは気晴らしの拷問だ。どうやら、俺の利用価値が生命線になったようだな」
 あたしが何も言わないと、軽く口付けて、
「貞操は何とか守った。約束したからな」
「……馬鹿……」
 あたしが、微笑んだ彼の顔に手を当てて言うと、
「ごめん」
 言ってから、入り口を振り返る。
 有無を言わさず、あたしを枕に押し付けるように唇を重ねてきた。
 扉の、小さな音。
 ゆっくりとあたしを放すと、
「大丈夫だ」
 言って、起き上がる。
「今度はお前だ」
「……え?」
「俺のあまりの身持ちの固さに根を上げた。それで、お前なら大丈夫と踏んだ。
 俺がこうしてお前を抱かないと、また薬なりなんなりして……まあ、お前も被害を受けるな」
 と、端正な顔をしかめた。
「俺の子を産まないとなれば、お前は殺される。……最初からこういう事態を考えていたわけだ」
 どさ。疲れたように寝転がった。
「……唯一の救いは、相手がお前だということか……。
 でも、子供ができたらあの国は滅びる」
「護るの?」
「……どうした?」
 あたしは、彼の胸板に頭を置きながら、
「リュシー、王様たちのこと嫌いでしょ。どうしてそこまでするの?」
「……あの連中のためじゃない」
 あたしの耳を撫でながら、言う。
「あの国の……民のためだ。国が滅びて困るのは、あの連中より国民だからな」
「……変なところだけ王族っぽいんだから。そんなんだから利用されるのよ」
「……ごめん」
「でも、そんなリュシーが好き」
「……リリア」
「何?」
「愛してる」
「うん……ねえ、リュシー」
「どうした?」
 あたしは、リュシーの上で身を起こして、
「抱いていいよ」
 リュシーが、息を呑んだ。

「眠いなら寝ろ。夜が夜だからな」
 チェスの駒をいじりながら、リュシーが言う。
 あれから二日。夜は話ばかりしていたので、あまり眠っていなかった。話が終わってからも、内容を理解するので精一杯で眠れなかったし。
 いつもなら、リュシーは仕事ばかりしてたのに……人質になってからはやることもないみたい。
「……リリア。来い」
 側にあたしを座らせて、笑顔を向ける。
「……お前がいれば……俺は……」
 と、物音。
 鎧に身を包んだ、人影があった。兵士じゃない。
「リュシオス殿下。皇帝陛下がお目にかかりたいとのことです」
「……わかった。伺う。
 リリア。待っててくれ」

 リュシーが出て行ってから、あたしは一人で椅子に座っていた。女官さんと話す気にもならない。
 こんこん。音に振り向けば、四十ぐらいのおじさんがドアの枠を叩いていた。服装からして貴族だろう。
「あなたにお話があるんだが……いいかね? リーリアント君」

「リュシオス君がいないと淋しいね」
 気さくな調子で、男は言う。
 廊下を歩いていた。どこへ向かっているのか分からない。
「彼、大丈夫かい? 回復したって聞いたけど」
「え?」
「バネットの奴に閉じ込められてたんだろ? 噂になってる」
「そう……ですか。もう大丈夫です」
「話は聞いたよ。国元じゃあまり大事にされてなかったんだろ? お母さんとお姉さんもお気の毒に。
 何でそのリュシオス君が祖国を守ろうとするんだい?」
 あたしは足を止めた。
「つまり、こういうことですか? リュシーが国を売るよう、あたしから言えと」
「話が早い。そういうこと。
 君が言えば、ね。彼は君しか愛してないみたいだし。例のバネットのせいで有名だ」
「お断りします」
「おや、考える暇もなしかね」
 男は、肩をそびやかせた。
「リュシーは国民を守ると言っています。彼の意思なら、あたしも従います」
「愛は強し、かい? 若いね。
 まあいいや、なら戻ろう」

 帰ってきたリュシーは、不機嫌だった。
「……また懐柔だ」
 ややって、呟くように言う。
「うん、さっき……」
 あたしが、さっきの男のことを話すと、
「それだけじゃない」
 緊迫した声で呟く。
「……それだけじゃないんだ」

「お前を取引に使ってきた」
 夜。あたしを腕に抱いて、リュシーが言う。
「お前が惜しければ言うことを聞け、だそうだ」
 リュシーの手に、力が入った。
「……喪いたくない」
「駄目だよ。リュシー」
 あたしは、彼にしなだれかかりながら言う。
「あたしは、あなたの重荷になりたくない。あなたの意思を曲げさせたくない」
「……だが……」
 ……弱気になってる。
「駄目だよ。リュシー」
 あたしはまた言う。
 ――まだ戸惑ってる。
 彼の顔を覆って、唇を寄せた。
「明日、皇帝陛下にお断りして」
 一晩話したが、結局、彼はそうした。
 ――傲慢で我侭で、意味もなくふてぶてしかった彼が、懐かしかった。

 二日後。皇帝は何も言ってこない。時間だけが過ぎていた。
 リュシーは、まだ迷っている。
 と、聞き覚えのある音。振り向くと、またあの男。
「リーリアント君。ちょっといいかな?」
「俺も……」
「君は駄目だ。いいね?
 さ、リーリアント君」
「……リリア……」
「大丈夫。行って来る」

「え〜と、お気持ちは変わってないかな?」
「お断りしたはずです」
 また、どこか分からない廊下を歩きながら、男が言ってくる。今日は、兵士が二人ついてきていた。男は、ぶつぶつと、それじゃしょうがないと繰り返す。
「まあ、君に見せたいものがある。それを見れば君も意見が変わるだろう」
「変わりません」
 また肩を聳やかし、
「気丈なことで」
 と、側の部屋の扉を開けて中を覗き込み、
「うん、ここでいいや。入って」
 あたしが中に入ると、男は扉を背に立った。
「実はね、リリアちゃん。君に犠牲になってもらいたい」
 男は、上着を脱ぎ捨てた。
 兵士が、左右からあたしを抑える。
「あの王子様を殺さず壊せ、って言われてね。
 愛に飢えた子供だ。拠り所を壊すのが一番いい」
 ベルトが、外されて落ちる。
 兵士の手は、振り解けなかった。
「彼の拠り所は、君しかないね?」
 ……や、……やだ……助けて……
「リュシーーーーー!!」

「リリ……
 ……リリア!?」
 あたしに何か言いかけ、状況を認識するとリュシーは声を荒げた。
「あ……そんな……リリア! リリア!」
 あたしを抱き締めて、
「何とか言ってくれ! リリア! リリア!」
 と、あたしを離し、あたしをここまで連れてきた将軍に歩み寄ると、
「……皇帝陛下にお話したい」
 静謐な声で言う。
「殿下の件は、今朝から全て私の一存で判断するようになっております。お取次ぎは致しかねます」
「貴様!」
 将軍が手を挙げて制した。指し示した先では、兵士があたしの喉元に槍を突き付けている。
「どうなさいますか?」
「貴様らぁッ!!」
 兵士からあたしを取り戻すと、ただ叫んだ。
「リリア……畜生……畜生」
 将軍が去ってから、リュシーはただただ呟いた。

「リリア……少し食べろ。な?」
 口元にスプーンを持ってきて言う。
「…………」
 食器を置き、うなだれてから、
「……ごめん……」
 あたしをすがるように抱き締め、祈るように言う。
「……ごめん……リリア……」
 泣いていた。
「守れない……守れなかった……俺は……俺は……
 リリア……リリア……」
 暫く、あたしの顔を覗き込んで、
「寝ようか……」
 言って、あたしをベッドに寝かせる。
 小さな子がぬいぐるみでも抱き締めるように、ただただあたしを抱いていた。
「……抱いて」
 あたしが呟くと、急いで顔を上げ、
「リリア! 喋った? 今なんて……」
「抱いて」
 アイスブルーの目に一瞬宿った希望が、消える。
「リュシーなら良かった! なのに……なのに……
 リュシーが抱いて! リュシーならいい!」
「あ……あ……リリア……」
 怯えたようなアイスブルーの瞳に、恐怖を宿し、目を見開いていた。
 どれぐらいそんな時が流れたか。リュシーは、あたしをまた抱き締めると、
「……母さん……姉さん……」
 泣きながら、呟いた。

「皇帝陛下にご伝言願う。お誘いをお受けすると。それから、もう俺たちを放っておいてくれ!」
 将軍がやって来るなり、叩きつけるようにそう言うリュシー。
 満足そうに去っていく将軍を見送り、あたしの側に来る。
「ごめん。最初から俺が……。
 ……連れてくるんじゃ……なかった……」
 言って、うなだれてから、あたしに口付けし、
「お前だけだ。もう、お前しか考えない。他なんか構わない。
 俺自身も……いいんだ……もう」
 また涙を流す。
「リリア……リリア……ごめん……」

 目を覚ますと、白いドレスを着ていた。
「花嫁衣裳だ。まだ仮縫い。
妻にはしたが、式はまだだったからな」
 あたしを立たせながら、
「皇帝陛下が、挙式を許して下さった。来月。俺の誕生日だ」
 言って、唇を重ねる。
「お前が笑うまで待つ。お前が心を取り戻したら、またリュシーって呼んでくれ。……それまでは抱かない。お前に甘えない」
 髪を撫でると、
「待つからな……」

 リュシーの誕生日と同時に、作戦決行の日も近づいた。以前のように、あたしをどこへでも連れて歩き、でも、会議の席で、言われるままに頷くリュシー。父親が母親譲りと言った、端正な澄ました顔は、初めて会った頃と変わらない。
 でも、その、アイスブルーの、無表情な瞳。
 そこに、意思の光はなかった。



あとがき

ごめんなさい(逃走)


4 :副島王姫 :2007/10/13(土) 06:24:00 ID:oJrGY3oG

改稿原稿

 どうも、王姫です。
 ラストにつきましては、3人称は逃げだろうと判断し、無理矢理リリアの視点で書いたのですが、例の……「指紋」を機に吹っ切れ(我が君にこの愛を〜第2回アップ分、及び感想参照)、書いてみることにしました。……「オレンジ」並みに反応します。「指紋」については。趣味がバレた。(←元からバレバレだったと思いますが)

 やるだけやってみます。お付き合い下さい。

「リリ……」
 帰ってきたと、振り返ろうとし、リュシオスは目を見開く。
「……リリア!?」
 状況は――認識できた。ただ、声を荒げる。
「あ……そんな……リリア! リリア!」
 震える手と声で彼女を抱き締め、
「何とか言ってくれ! リリア! リリア!」
 と、突然、リリアを離した。そのまま、彼女をここまで連れてきた将軍に詰め寄る。
「……皇帝陛下にお話したい」
 静謐な、声。
「殿下の件は、今朝から全て私の一存で判断するようになっております。お取次ぎは致しかねます」
「貴様!」
 将軍が手を挙げて制した。指し示した先には――兵士に、喉元に槍を突きつけられたリリア。状況が分かっているのかいないのか、彼女に反応はない。
「どうなさいますか?」
「貴様らぁッ!!」
 慌てて兵士からリリアを取り戻すと、ただ叫んだ。
「リリア……畜生……畜生」
 将軍が去ってから、リュシオスはただ呟き続けた。起きているが意思の無い、妻を抱き締めて。


「……ごめん……」
 ――夜。
 もはや抱いている演技をする必要も無く、彼女をすがるように抱き締め、祈るように言う。
「……ごめん……リリア……」
 泣いていた。
「守れない……守れなかった……俺は……俺は……
 リリア……リリア……」
 虚ろな、彼女の顔を覗き込む。相変わらず、表現というものがない。
「寝ようか……」
 ぽつりと言って、彼女をベッドに寝かせる。彼も、いつもの――いや、かつてのように横になった。
 小さな子がぬいぐるみでも抱き締めるように、ただただ抱き締める。
「……抱いて」
 やがて聞こえたリリアの声に、リュシオスは急いで顔を上げた。
 久々に――遠くから聞こえた彼女の声。
「リリア! 喋った? 今なんて……」
「抱いて」
 アイスブルーの目に一瞬宿った希望が、消える。
「リュシーなら良かった! なのに……なのに……
 リュシーが抱いて! リュシーならいい!」
「あ……あ……リリア……」
 怯えたようなアイスブルーの瞳に、恐怖を宿し、目を見開いていた。
 あれほど愛したリリアが……。あれほど愛してくれた、包んでくれたリリアが――。
 その目は、もう彼の知るものではない。彼を安心させてくれない。彼を、甘えさせてくれない。
 傷ついた、――瞳。

 ――あ、あなた一体何ですか?――あなたのせいで眠れなかったんでしょ!――何してるの?――リュシーってば――宿以外降りないから――ちょっと!――王様になるような言い方ね――あたしに構ったから――それ、寝てないってことだよ――みんな……どうしてるかな――だって、リュシーが嫌そうにしてる――どしたの?――ここって王都?――ここ、リュシーの家なの?――あれ、この模様――リュシー?――リュシー……――


5 :副島王姫 :2007/10/13(土) 07:05:11 ID:oJrGY3oG

改稿原稿(再)

だあぁああっ! 間違えてキーを押してしまいました。(滝汗)
ぶち壊しなので、最初から。……つくづく、すみません。
……こんな所でミスるな。王姫の阿呆! やっぱり一度、死んで来い!

「リリ……」
 帰ってきたと、振り返ろうとし、リュシオスは目を見開く。
「……リリア!?」
 状況は――認識できた。ただ、声を荒げる。
「あ……そんな……リリア! リリア!」
 震える手と声で彼女を抱き締め、
「何とか言ってくれ! リリア! リリア!」
 と、突然、リリアを離した。そのまま、彼女をここまで連れてきた将軍に詰め寄る。
「……皇帝陛下にお話したい」
 静謐な、声。
「殿下の件は、今朝から全て私の一存で判断するようになっております。お取次ぎは致しかねます」
「貴様!」
 将軍が手を挙げて制した。指し示した先には――兵士に、喉元に槍を突きつけられたリリア。状況が分かっているのかいないのか、彼女に反応はない。
「どうなさいますか?」
「貴様らぁッ!!」
 慌てて兵士からリリアを取り戻すと、ただ叫んだ。
「リリア……畜生……畜生」
 将軍が去ってから、リュシオスはただ呟き続けた。起きているが意思の無い、妻を抱き締めて。


「……ごめん……」
 ――夜。
 もはや抱いている演技をする必要も無く、彼女をすがるように抱き締め、祈るように言う。
「……ごめん……リリア……」
 泣いていた。
「守れない……守れなかった……俺は……俺は……
 リリア……リリア……」
 虚ろな、彼女の顔を覗き込む。相変わらず、表現というものがない。
「寝ようか……」
 ぽつりと言って、彼女をベッドに寝かせる。彼も、いつもの――いや、かつてのように横になった。
 小さな子がぬいぐるみでも抱き締めるように、ただただ抱き締める。
「……抱いて」
 やがて聞こえたリリアの声に、リュシオスは急いで顔を上げた。
 久々に――遠くから聞こえた彼女の声。
「リリア! 喋った? 今なんて……」
「抱いて」
 アイスブルーの目に一瞬宿った希望が、消える。
「リュシーなら良かった! なのに……なのに……
 リュシーが抱いて! リュシーならいい!」
「あ……あ……リリア……」
 怯えたようなアイスブルーの瞳に、恐怖を宿し、目を見開いていた。
 あれほど愛したリリアが……。あれほど愛してくれた、包んでくれたリリアが――。

 傷ついた、――瞳。

 ――あ、あなた一体何ですか?――あなたのせいで眠れなかったんでしょ!――リュシーってば――宿以外降りないから――ちょっと!――王様になるような言い方ね――あたしに構ったから――それ、寝てないってことだよ――みんな……どうしてるかな――リュシーが嫌そうにしてる――どしたの?――ここって王都?――リュシー……――何考えてんのよ?――ごまかすな!――別に――ねぇ、リュシー――わ、わかった――リュシオス――うるさい黙れって――どういう変化なの?――あんたいい加減にしなさいよ!――よくご存知ですこと――襲いたきゃ襲えば?――そんな目しなくていい――年、いくつ?――大丈夫。側にいる――この変態!――礼儀って言葉を――リュシーに?――調子悪いね――ふざけないで!――大丈夫――……分かんない……――何でそんなに――どうするの?――一緒に行く――一人にしたら死んじゃうわよ!――大丈夫だから!――……馬鹿……――そんなリュシーが好き――駄目だよ。リュシー――

 その目は、もう彼の知るものではない。彼を、安心させてくれない。彼を、甘えさせてくれない。

 ――リュシー――大丈夫――愛してる――リュシー……――

 ――リュシー――

「……あ……ああ……」
 どれぐらいそんな時が流れたか。リュシオスは、ただ、恐怖を写した瞳を閉じ、彼女の身体を抱き締め、
「……母さん……姉さん……」
 泣きながら、呟いた。
 いくら強がっても。いくら責任を背負っても。
 彼は――十六の少年だった。

「陛下」
 将軍が報告に来た。うっすらと、笑みを浮べている。
「リュシオス殿下よりご伝言です。陛下のご提案を受け入れると」
「……ガレーン卿のご計画通り、ですね」
 ガレーン卿――そう呼ばれた男は、肩を聳やかせ、
「所詮は子供。扱い易いものです。……それに、まだあの小娘の生命もありますし。いくらでも利用できますよ」
「ああ、あと、もう一つご伝言が」
 将軍の言葉に、一同が注目し、
「放って置いてくれ、だそうです」
 誰からともなく、嘲笑が洩れた。

 オーヴェルト帝国がファイクリッド王国に宣戦布告したのは、その2ヵ月後。3ヶ月を待たず、フェルキンド・オーヴェルト公国が生まれた。ファイクリッドを裏切った、ファイクリッド最後の王族、リュシオス・ゼル・フェルキンド・オーヴェ・ファイクリッドの手によって、オーヴェルトの属国として。以後、フェルキンドは、ファイクリッドの名を取り戻せないまま、1300年にわたる服従の歴史に甘んじることになる。


――了。

失礼しました!(BY王姫) キーを押し間違えるとは……ごめんなさい。
ちょっと、リリアの回想がしつこかったかな?と反省。う〜みゅ、どうするか……。彼女の台詞、疑問符が多かったですね。
とにもかくにも、ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございます!


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.