京極ナツヒの誘因(ナツヒシリーズA)


1 :フレアス :2007/06/27(水) 22:22:37 ID:o3teV7LF




                   京極ナツヒの誘因(ナツヒシリーズA) 






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  それでは本編・ナツヒシリーズAの始まりです。


2 :フレアス :2007/06/27(水) 22:26:12 ID:o3teV7LF







 オカルト美少年榎津の不可解極まりない世界設定説明台詞がようやく脳裏から過ぎ去った後だが、世界事象周期体系に絡む次から次へと休む暇なく降りかかる災難は息継ぎをしないで俺だけに襲いかかる習慣を手に入れたようだ。



 「またか」
 俺は、自分の下駄箱の中身を見て、そう呟く。

 手紙が8通入っていた。しかもその形状から女ものと分かる。つまり、ラブレターとかファンレターとかいう類だ。しかし全て俺自身に宛てたものではない。昨日は4通、明日は焼却炉を経由して帰らなければならないようだ。



             榎津カオル様へ――――――


 …俺はちなみに改名はしていない。
 どうやら、本来の受取人と一緒に話しているところを差出し投稿人に目撃され、俺に渡した方が直接当人に手渡しして、確実に読んでくれると踏んだのだろう。俺をキューピッド代わりに利用するとは…いまいましい。



 「ご迷惑をおかけしますね」

 本来の受取人はニヒルな微笑を蓄え、金色の前髪をサラリと掻き分けた。

 「別に、構わないけどな。で、…どうしてるんだ、それ」
 「一応目は通していますが、ソレと分かれば捨てるしかないですね。今はそれどころではありませんし、ためても老後には役に立ちません」
 「だよな」
 だよな、じゃないか。普通、ダメもとでコンタクトとるよね。

 「あなたも気持ちは察してくれるでしょう?」

 その腐女子受けしそうな微笑が皮肉なのか嫉妬なのか、はっきりしてくれ。



 …中善寺メクルさん、なぜあなたは俺にあんなものよこしたんですか。


3 :フレアス :2007/06/27(水) 22:30:59 ID:o3teV7LF

第2話     恋のメクルめく冒険









 一時限目後の休み時間――――


 「そういえば、チョン。昨日の…」 
 「ああ、いいんだ。ナツヒ関連の情報は、もういいんだよ」

 せっかく第二の級友である藤森が何らかの情報を口にしようとしたが、全ての悪い噂が自分に降りかかるのではないかと俺は密かに息巻いていた。昨日、ナツヒが放課後になっても部室に現れなかったからだ。まもなく何かしら事件が起こっていても不思議ではないが、この時、自分の耳に入らなければ何も事件が起こらないことと同義だと勘違いしていた。


 「いや、違うよ。何か事件が起こったみたい」
 事件? ますます聞きたくない。

 「ああ、聞いた聞いた。カマイタチの仕業っていう霰(あられ)もない噂だな」と級友の降幡。
 「カマイタチ?」

 「んー、なんか昨日の下校時間くらいかな、集団でランニングしていた柔道部のメンバーの3人の道着がいきなり刃物で切られたらしいね」

 物騒だな。この辺り、治安悪かったかな。

 「…通り魔なのに、ムサイ体育会系を狙うとはかなりの染み込んだ汗フェチとみた。しかも被害者はムサイ男。ただでさえムサ苦しい季節だってのに…もしかしてそれが動機か? 一応あれはフェロモンだしな」と降幡。
 「そこなんだよねぇ。一般的に狙われるとするなら一人で帰宅途中の女の子だけど。よりによって反撃に一番合いそうな人たちを選ぶとは…変わってるよね」と藤森。
 「そうだよな。なんでいきなり難関に挑むかなぁ。段階踏みやがれ」と降幡。
 「…もうすぐ夏だし、怪談話の一つや二つないと風情がないし、もしかしたらホンモノだったりして…」

 まさかナツヒが絡んでるんじゃないだろうな、この件に。冗談じゃないぜ、引っ越して
からというもの、対人運に恵まれてるのか、恵まれてないのか判定の難しいところだ。



 「あー、そうだ。チョン、ようやく名前が分かったぜ、例の超美女の」と降幡。
 「え? だれだれ?」と藤森。
 「中善寺メクル。一年2組。出席番号は…31番だな」と降幡。
 「ああ、知ってる。凄いらしいね。平野さんと一緒にテレビ出演のスカウトされてたらしいし」と藤森が合わせる。
 「らしいな。…しかもデータはさらに興味深いところまで到達した!」
 「へえへえ」と心ここにあらずの俺。

 「そのバスト、揺れ具合から察するに、なんとGカップ以上! 異議申し立ては却下である」
 「憶測だろ」と俺が軽く反論する。
 「俺のチラ見的高精度な観察だ。間違いない。…マイ・データスキャンによると、Fカップ以上の美女学生は全校生徒のうち約30名。そのうち超美女としてランクされるのは12名」
 「12名もいるの? あきれるね」と藤森。

 「まあ、待て。このクラスの柴崎ルリやチョンの妹である京極ナツヒもその超美女に含まれるのだが……やはりその中でもトップに君臨するのが中善寺メクルさん、その人だ。あの背中にゾクゾクっとくる天然系の萌えボイス、誘っていると勘違いせざるを得ないウルルンでキュルルンな瞳、男ならすがりつきたくなる程よい肉付きのスラリと伸びた長い足、それからあどけない顔してそのカップといったら…、わ、わんだっふるっ。Hカップはあるんじゃないか、あれは…たまらん。たまらんぞっ」

 「そうなのか、そうであってほしいものだな」と、心ない俺。

 「な、何を冷めているんだ、チョン。おいっ、せっかくお前が知りたいって顔するから教えてやってんのに…。その年で、あんな超必殺美人に飽きたらお前っ、し、死ぬぞっ。これはせっかく神が与えてくれた聖なる導きに決まっているっ」

 お前が勝手にデータだけでヌカ喜びしたいだけだろうが…。藤森も呆れきっているだろうが、…その辺でやめとけ。


 「…さてさて、ではでは、どうやって女神様と付き合うのか作戦を練ろうではないか。同志よ」
 「でも、クラス遠いなぁ。話かけるキッカケと言えば…なんだろうね」と仕方なく合わせる藤森。

 「それなんだよ、藤森。…部活動は何しているんだろうと調べたところ、どこにも所属してないらしい。…あっけない結果だ。まあ、アイドル業者も黙っちゃいないから色々と忙しくなるはずだろうし。……チョン、お前何か知ってるか?」
 「さあ」

 実は、お前たちが受けた入部面接で不合格の烙印を押されたへんちくりんな非公式の団体にそのお人は所属しているんだよ。…言ってもトラブルが増えるだけだし、ここはダンマリを決め込むか。


4 :フレアス :2007/07/08(日) 19:11:19 ID:ommLQ4ze






 4時限目終了。一年8組にて――――


 昼休みに入るチャイムが鳴るとすぐ、俺の席に爽快な足取りで平野さんが現れ、「チョルチョル、ちょっと見世物になっちゃうけど、なんくるないさー。ぼへみあんちょっちゅねー。ナマステナマステぇ」と謎のオマジナイを言い残し、手を合わせながら申し訳なさそうに去っていく。なにかしたのか、平野次期放送部部長候補。




 その一分後、「チョンくぅーん」という聞き覚えのある愛くるしい声が右耳から聞こえてきた。



 「これっ! 作ってみましたァ。良かったら、もそもそっと食べてくださいネっ」


 と、ファンシーな包み袋を俺の机に置いていってくれるのは学校一の美女であった。恥ずかしさも相まってか、マリーゴールドなロングヘアを揺らしながら彼女はすぐに自分の教室に戻っていってしまった。俺は彼女のシャンプーの残り香も合わさって意識が夢幻的スピリチュアルなZ次元にふっ飛びそうになる。

 一年8組の空気は一時凍結し、どよめきの後、徐々に拍手が沸き起こる。スタンディングオベーションしている輩までいた。

 その時、俺と一緒にいた降幡は、自分にこれが届けられたのだと勘違いし、ロボットパントマイムを披露した後、目を半開きのまま失神した。

 包み袋の中は、ランチボックスだった。愛らしいカルガモとその子供たちが蓋にデザインされている。

 …な、なんでだ。しかし、食べないといけない気がする。じろじろ見られているが仕方ない。一口食べると、おおーっ、と冷やかし混じりの歓声が起こる。ドッキリか? おい、降幡、起きろっ。いつまで失神してるんだ。


 さらにその騒ぎを聞きつけたのか、すぐ箸を持った赤毛のツインロングテール女が無言で俺の机の前に現れ、可愛らしい弁当箱の中身を瞬く間に半分減らして、口の中をぱんぱんに膨らませながら、
「こにょ、ふにゃん、ほうれひ、らるしゅ!」
と意味不明語を口走り、去りやがった。この食い逃げやろう。








 ―――その日の放課後。部室から少し離れた廊下に団員数名が談合していた。



 「どーすんの? あれがきっかけで、メクルちゃん、完全に恋愛スイッチ入っちゃったわよ」

 どうやら噂はスイッチを入れるきっかけを作ったナツヒにも届いているらしい。というか天使の差し入れ弁当を勝手に食いにきた時点でバレてるか。

 しかし恋は盲目というが、言われもなく好きになられることに少し恐怖を覚え始めていた。まだはっきりとした返答はしていないな。今日、言うべきか。
 
 「そうよ。はっきり断っちゃいなさい! 男でしょ!」
 確かに断りたいのは山々なんだが、断ったら最重要構成員がいなくなってしまうかもしれんぞ。


 「それは断固抗議致しますわ! 人の恋路を邪魔するなんて、凡夫のすることっ! ああ、許せない! でも、この背徳的高鳴りは何? ねぇ、愛しのセヴァスチャン」と平野さんはわざわざ声色を妖艶な貴婦人モードに切り替えて、流し目で恍惚と言い放つ。ここは放送部じゃないし、冗談で本職の声優の演習をする場合でもないんですよ、平野さん。

 「でも相手はあのメクルちゃんよ。こんな不渡り手形みたいな奴に渡ったら、株価大暴落必至だわ。…因果律でも狂ってしまったのかしら」

 実にその通りだ。今はナツヒの罵倒がかえって励ましに聞こえる。しかし断りづらいではないか、実際は。

 「あんまり言いたくはないんだが、はっきりと断るのはどうかと思うぞ」
と、俺は双子の妹ナツヒに向かって思わせぶりに言ってみた。

 「き、キモイわ。なにモテ男ヅラしてんのよっ! もう一度そんな顔してみなさい、アンタなんか、ヌラリヒョンみたいなヘモグロビン漬けにしてやるんだから!」

 それを言うならホルマリン漬けだろ。しかも想像したらかなりエグイぞ。


 「でも…確かにショックでメクルちゃんが抜けるかもしれないわね。榎津君、何か良い案ない?」
 「そうですね。友人関係の維持が最善だと思われますが…ここは当人同士二人きりで話し合ってみては?」

 ナツヒは考えを一巡させたようだ。

 「それしかないようね。…今日、部室空けとくから、メクルちゃんと話し合い場を設けなさい。きちんと白黒つけて友情を芽生えさせなさいよ!」

 白黒付けた上に、友情までか。ナツヒらしい要望だが、そうなることに越したことはない。果たして男女間に友情はあるのか。…あるよな。とりあえず本人に聞くのが一番の解決策だろう。

 「けど、いい雰囲気になっちゃったら即刻死刑よ!」


5 :フレアス :2007/07/20(金) 22:15:03 ID:P3x7nJmL






 
 ―――放課後の部室。どんよりと重い空のせいで、部室は薄暗い。どうやってさりげなく話しを切り出そうか考えあぐねていると、部室のドアが開いた。


 「遅くなってごめんなさぁい。ちょっと着替えで手間取っちゃって…。あれぇ、チョン君ひとり?」
 「ええ、まぁ」


 ちょっと照れ気味にゆっくり近寄ってくる超美女は右手に正規カバンと、ビニル製手提げ袋を持っている。

 「学校の水泳って、その、あんまり好きじゃないなかったりするんですけど」
 「…そうだよね。こんな冷えた日に入ると下手すると風邪ひくかもしれない」
 「そうでしょ? でも、それ以外でも…あんまり好きじゃないかも」
 「…そ、そうなんですか」
 「うん、あんまり」


 理由はいわずもがな、胸が特盛りな美女故にスクール水着姿を大抵の男共にじろじろ見られるからに決まっているからだろうが、俺もそのうちの見る側の一人に入るかもしれないから、理由は表立って訊けない。


 現在、窓際に俺と超美女が取り残されている。約2分間の沈黙。


 「遅いですねぇ。今日はみんな居残りなのかな?」 
 「そ、そうみたいだね」


 
 やはり緊張するな。こんな萌えオーラ包まれた美少女に言い寄られ、部屋で二人きりで話すのだから仕方ないが、明らかに自分の中でわだかまりがあるのが分かる。いっそのこと嫌われた方が気が楽でいいような気がしてきた。…あ、こっちを見てる。何か話しかけないと…。



 「…あのー、中善寺さん」
 「なんですかァ。え、なんですか? なんですかァ?」

 待ってましたとばかりに嬉しそうに聞き返してくるメクルちゃん。内心、俺もにや
けているんだが、気を緩めてはならん。ナツヒは確実にどこかで見張っている…はずだ。

 「すごくおいしかったよ。卵焼き…とか…、ありがとう」
 と月並みな言葉だが、昼ごはんを作ってくれたことに素直に感謝し、ファンシーな包みに入ったランチボックスを中善寺さんに返却した。混乱し且つ緊張しながら食べたし、ナツヒが半分食べてしまったので、何が入ってたのか全然覚えてないんだが。

 「ああっ。ええっ? …そ、そうでしょう?」

 しまった。卵焼き入ってなかったか。

 「もちろん全部おいしかったんだけど…はは。ほんとに」
 「うん。…チョンくん、一人暮らししてるって聞いて、大変そうだからぁ。もし良かったら、毎日でも…いいよ」

 ちょっと待ってください。何があなたをそうさせるんですか。今、心臓飛び出そうになりましたよ。

 「いや、そんな手間のかかることはさせらないよ。料理するの嫌いじゃないし」と言い
ながら、昼は購買部で済ませているのだが。
 「ううん。どうせおうちに帰っても暇だし。栄養が偏るのはよくないし」
 「じゃ、じゃあ……その」

 ホントはもうちょっとだけ、中善寺さんの手作りのお弁当をゆっくり味わってみたい
気満々なんだけど、それだと当初の目的が違ってしまう。
 
 「…なんですかぁ?」と胸部がとんでもなく前に飛び出している美少女が言いながら、俺の顔を下から覗き見て無防備に少し近寄ってくる。
俺は、「いや、どうしてこんなことになったのかなぁって…」という言葉を飲み込んで、
萌え的金縛りになりかけながらも、変な雰囲気にならないようにさりげなく左足を半歩引きながら、貧弱な愛想笑いを浮かべつつ窓の外に視線を移した。

 それから一息間があっただろうか…。

 「…私ね、あの告白文、あれ、いたずらのつもりでチョン君の下駄箱に置いたの」
 「え?」
 ええっ、なんですと。いきなり本題を切り出しましたけど。

 「最初はいたずらのつもりだったんだけどぉ、何か悶々と考えているうちに本気になっちゃってぇ。…てへっ」

 なんですか、その魅惑殺人的な舌出しは。降幡ならフラフープしながら冥府行きですよ。…え? 今何が本気になったって言ったんですか?

 「え…、と、いたずらっていうのは?」
 「うん…チョン君が放送部にいた時のことなんだけど、マカッちとお昼の放送してたじゃない?」
 「ああ。…あの寸劇ね」

 放送部にいたころは週に2日(月曜、金曜)は、何か題目を決めて、声優ばりの寸劇を昼休みに放送していた。監督、脚本、演出、主演は平野さんがその殆どを担っている。

 「ふ、…あ、『フロンチェスコと夕顔』ってタイトルの劇があったでしょ?」

 …なんかちょっと大人びたヤラシイ感じの寸劇だったな。確か俺が男役で、平野さんは女役で。内容が過激だったので、後で顧問から教育的指導を受けたのだが。

 「男役の人の声が、素敵で、スマートで男らしくて。マカッちに聞いたら、貴方の名前を言われて」

 そういうこと…でいいのか。でもあれ地の声じゃないんだけどな。メクルちゃんも声が個性的だから、放送部入ってくれたら…あ、俺、辞めてたんだ。

 「ほんとは放送部辞めて欲しくなかったけど、御兄妹で新しい部を立ち上げるらしいってマカッちから聞いたの。でも、どんな部か知らなくて」

 そう、俺は今も何をする部団体なのか具体的に知らされていない。

 「チョン君のこと、どんな人なの? って、マカっちに聞いたら、妹想いの良いお兄さんで、声の素養があるって」
 「そうですか」

 平野さんには、さっそく謝礼の金一封大袋を進呈しなければなるまい。

 「それでぇ、『メクルが告白みたいなことしたら、どんな男でも言いなりになるよ』ってマカッちに言われて。だから、とりあえずあの手紙を置いたの」

 なるほど。元々、俺に放送部を辞めさせない為にあの手紙を…。
 でも、言いなりになるのは認めるが、とりあえず告白の手紙を置くのは違うな。…そうか、平野さんが甘言を呈していたのか。愛憎劇大好きだからな、あのオペラオタクは。


 「それで、妹さんがあの有名な…」
 言葉を濁すのも無理はない。高校生活2ヶ月しか経ってないがアイツの奇行は校内でも目に余るものがあるからな。

 「でも、チョン君が後ろでフォローしてて。あんなに痛い目に遭っているのに、全然めげないで支えている姿に、この人だ、って確信したの!」

 そんな台詞を本人に面と向かって言わないでください。でもその決意表明を、少し上を向いてガッツポーズを取りながらするのは大いに可です。


 「お願いしますっ。か、かか彼氏になってくださいぃ、よかったら…」


 ついにきた! しかもなんて直接的な告白。 しかし少し垂れた彼女の双眸は潤んでいるが真剣そのもので、通常ここで断るのは、宇宙一の奇天烈野郎の名を欲しいままにするだろうが…。あまりにも現実離れした話で、告白を断ろうとしている俺は冷めているのか。


 「いや、え、いや。そーれは、なんかマズ」
 「ええっ、なんでなんですかァ?」

 なんでもなんです。許してください。…その時だった――――





    がちゃ。


 「あ」

 ドアが開き、その前にはウォーターブルーの隣人無表情少女、関戸レインがいた。すると部室にツカツカと進入し、パイプ椅子を部屋の中央に置き、こちらに向かって座り、例の緑色のモバイルを取り出し、起動した。…おい。関戸には何も言ってなかったのか。腰を据えて観戦モードに入っているぞ。


 「チョン君、なんでなんですか?」
 続けるのかよ。…どうする? 関戸の前だぞ。オッケーとか言ったら、何か不可解なことになるかもしれん。断ったら、メクルちゃんが団を脱退してしまうかもしれない。いや、関戸にとってこの状況自体、何かしら勘に触るものかもしれないな。


 「関戸、悪いけどちょっと外してくれないか?」

 すると関戸は黙って、部屋の隅を指差した。なんのつもりだ、それは。その方向を向くと、掃除用具入れがあるだけで…。ん? …くそっ。…そういうことか。




 「ナツヒぃ。出てきたらどうなんだ」



 次の瞬間、用具入れの中からバンっと勢い余って飛び出してきたのは、やっぱり奴で、俺と中善寺さんには目もくれず、

 「さあ、レイン。一緒に帰りましょー。今日はこの私が、『河豚の気まぐれシフォン』
でもメラっさおごったげるわ。遠慮しなくていいのよ。部費は団長である私の裁量次第なんだから。なんなら、『さかさま人形付のアップルケーキ』も付けちゃうわ。年に一度のなっちゃんタイムサービス発動中よー!」と見事に考え抜いたと思われる独り言を言ってのけ、無反応の関戸を小脇に抱えて、競歩で出て行った。なんか言い訳でもしていけよ。


 「チョン君、なんでなんですかァ?」
 まだ続けるのかい、中善寺さん。

 平野マカに言われた『メクルちゃんなら、どんな男でも落とせる』発言を信じて疑わないようだ。まさに納得できるのだが、今は関戸レインと京極ナツヒという強力なツーバックの理性(ストッパー)が脳内で暴れまわっていらっしゃる。まったく自分の運命を恨むよ。こんな願ってもない兆載一遇のチャンスが目の前に転がっているのに。

 「明日もお弁当作ってきて欲しいなー、なんて…」
 「はいっ、もちろんです。心をこめてっ」

 なんとか返答はごまかせたようだ。これがイエスの意味に取られてなければいいが。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
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