京極ナツヒの誘導(ナツヒシリーズ@)


1 :フレアス :2007/05/05(土) 20:55:47 ID:o3teoFnG




            京極ナツヒの誘導(ナツヒシリーズ@)







 プロローグ




 20XX年、6月の上旬――――――


 紫陽花(あじさい)が雨景色を彩り一年のうちで最も過ごしやすい日本的気候であろう一ヶ月間が始まりを告げたとき、俺は軽く人生の岐路に立たされていた。



 「あなたは、ひとり暮らしに向いているの。だからさっさと出て行きなさい」


 急な要求を高校一年になったばかりの俺に押し付けてきたのは、左腕に『超★主婦』と油性マジックで書かれた赤い腕章をした実の母親だった。



 「なんだよ、今度は」

 あきれ返っているのは、俺だけではない。すぐ傍でソファに寝転がっている父親も「またはじまった」とばかりに溜息を吐きながら、首を横に振っている。



 「さぁ、忙しくなるわよ〜」


 母親は何かの書類を食卓に叩き付けた。賃貸住宅物件の契約書のようである。



 「可愛い我が子には旅をさせろっていうじゃない。…なに? 文句でもあるの? だったら今日をもって勘当してやるわ。荷物まとめて、どこへでも行けばいいのよっ!」


 なんなんだよ、この親は。さっき可愛いわが子って言ったじゃないか。大体、「勘当」なんて台詞は石頭の父親が言うものだろ。しかし…このトラブルメイキングママのことは今に始まったことではないし、ここは一旦、漬物石の下にしまい、また別のサブジェクトで記述するとしよう。



 その一週間後には、俺は一人で呑気に晩御飯を自炊していた。やけに引越しの手筈がいいなと思ったら、3週間前には水面下で下準備を進めていたようである。


 「なんだかんだ言いながらも…」


 俺は自炊や掃除など得意な方であり、必要なものは親がそろえてくれたので、特にそれほど問題はなかった。いや、むしろ少し楽しくなってきたかもしれない。


 これが親心というヤツか…と、初めて親に対して尊敬の念を抱いた俺は、まだ世間知らずな少年であり、これからこの世のものとは思えない事象へと引きずり込まれていくことなど、露ほども予知できなかった。


2 :フレアス :2007/05/06(日) 21:18:25 ID:PmQHVeon

第1話  Someday with the Rain



 翌日、梅雨入りである。


 下校時、傘を差しながらの片手自転車運転でかなり広範囲に濡れてしまった制服の感触をよそに、少し水の浮いたアルミ製の階段を駆け上がった。

 するとハイツ(アパートとマンションの中間の軽量鉄骨構造の集合住宅)の二階の一番奥が俺の部屋の区画なのだが、そのドアの前に同じ高校の制服を着た小柄な女子がいたように見えた。

 何をしているんだろう、と思い恐る恐るその女子に近づいた。よく見たら、お隣さんだった。まさか同じ学校の生徒が一人暮らし用のハイツで隣同士になるなんて思わなかったので、自分に用があるのではないかと勘繰ってしまったのだ。


 その少女は水色のショートボブを緩やかに横に振りつつ、雨滴を落としていた。


 そしてこちらをチラッと見て202号室に入り、俺も少し間を空けて自室である201
号室に入った。まあ、こんな偶然もなくはないだろう。学年も違うかもしれないし。

 

 部屋には、まだダンボールが数個無造作に置いてある。新生活までもう少しだ。さ、何から片付けよう。食器と衣服かな。食器は一応お客さん用の分も考えて、3人分くらいかな。下着は最低10個ずつは必要だが、私服は上下5つずつで十分だろ、今の季節。ほとんど制服で過ごすんだし。




 ―――それから30分程経っただろうか。ノックがした。誰だろう。



 「げっ」

 ドアを開けると、どこかで見たことのある少女が突っ立っていた。さっきみたお隣さんなのか、そうでないのか区別がつかなかったのはカエルの着ぐるみを着ていたせいである。水色の髪でようやく判別できた。お隣は…サーカス団か劇団の一員なのか? 春先はもう過ぎたというのに。


 「これはツマラナイもの」


 無味乾燥にたどたどしくそう言う彼女の白く、か細い腕の先には、こげ茶色の包み紙に覆われた粗品らしきものがあった。挨拶回りというやつか。

 「おお、わざわざありがとうございます」
 
 その格好で、普通に対応されると調子狂うな。何か話しかけようか。学校同じですよね? とか。

 「……」

  小柄な女子高生がオートロックも監視カメラもないセキュリティー中程度の住まいを選んだのは多少の事情あるだろうが、もしなにか遭ったときにお隣同士の助けが最低限必要になる場合のための社交辞令なのだ、これは。プライベートなことは口を出さない方がいい。個人情報はとにかく高く売れる時代なのだ。怖がるといけないし。いや…どっちかっていうとこっちが怖がっているのだが。


「あ、ちょっと待って」

 俺は、昨日両親が置いていった3日間はもちそうな大きさのお菓子の袋詰めを差し出す。

「僕も3日前にここに引っ越してきたばかりで」

「…ありがとうございます」と言って受け取りつつもそのカエルの着ぐるみから覗く白い小さな顔は無表情だった。

 これで貸し借りなしだ。タダより怖いものはない。


 アマガエルの着ぐるみコスプレ少女は自分の名も告げず、トコトコと隣の202号室のドアの前に移動し、開けて入ろうとした。が、カエルの頭の部分がドアにひっかかって、ガンっと音を立ててぶつかった。俺はそれを見なかったことにして、自宅のドアを閉めた。

 ただ…目は死んでいたが、顔はなかなか可愛かったかもしれない。しかしながらコスプレで挨拶回りは、インパクトはあるものの風評芳しくない。今度、会ったら注意喚起しておいた方がいいのかな。…別にいいか。


 「もう6時か」
 
 少し落ち着いたところで、晩御飯の準備に取り掛かる。一人暮らしなので当然だ。ご飯と味噌汁と一品。今日はいきなりのカレーだが、梅雨時または夏場のカレーの常温放置は厳禁である。



 「ひとりぐらし」

 どうせ大学に入っても、社会人になってもこれを繰り返すのだから早く慣れた方がいい。男には珍しいことだが、俺は家事が好きな方なので一人暮らしが苦になりにくいというのも理由の一つかもしれない。午後6時には帰宅。毎日ではないけど買出しと料理に1時間。そして宿題や勉強に2時間。2時間ほどテレビなどの自由時間。1時間は風呂や掃除など。午後12時就寝、午前7時30分起床。学校までは自転車で15分ほどか。土日を自由に使うため、月曜日と金曜日は洗濯の日、木曜日は掃除の日とあらかじめ決めた。実家はこのハイツから自転車で20分のところにあり、いつでも帰れる距離にあることが安心でありスリルはない。…まあこんなに順当にはいかないだろうけども、予定は立てとかないと。

 節約したとしても家賃、食費、光熱費などで月10万円ほどかかる。そう考えると親の負担が大きい。母親には『高校生活の3年間弱、一人暮らししなさい』とは言われてないが、とりあえず一年間だと約180万ほどかかるらしいので感謝の言葉以外思い浮かばない。ノーパソも買って貰ったし、言うことなしかな。


 …そうだ。少女からもらった包みをまだ開けていなかった。がさごそと、包みを紐解くと、淡い緑色(エメラルドグリーンと言えばいいのか)で縁取られた約10×15センチ四方のディスプレイが現れた。ボタンらしきものも数個ある。携帯電話にしては大きい。携帯ゲーム機か、電子手帳かな? 挨拶回りにしては高価だな。
 
 毒電波でも受信するのかなと妄想しながら、ぽちぽちボタンを押す。結局、妙な携帯モバイルの電源すら入れられずに就寝時刻が訪れた。壊れているのかな。



 新品の羽毛布団に身を沈め、静寂に心をやつせば、雨がしとしとに降っているのに気づく。……アイツがいないと、やっぱり静かだな。


3 :フレアス :2007/05/06(日) 21:28:57 ID:PmQHVeon





(↓下のアドレスを左クリックすると、共有動画サイトに飛び、あくまで仮のオープニングテーマが無料で視聴できます。できなければアドレスに貼り付けて移動して下さい。右クリックで新しいウィンドウを開けば、なおベスト。聴かなくても話は繋がります。音が出るので音量注意! 土曜の晩あたりは重いです。削除されていたらスミマセン。怪しいリンクだと思ったらクリックや移動しないで下さい。)

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(↓フルバージョンopの予備T)
http://www.youtube.com/watch?v=T_FqKD6i6ag&;mode=related&search=

(↓フルバージョンopの予備U)
http://www.youtube.com/watch?v=1vTqv8naUdY&;NR


4 :フレアス :2007/05/11(金) 20:39:04 ID:o3teVAsF






 ―――翌朝。


 かけ布団をひっぺ返し、学生服に着替え、黒カバンを片手にドアを開ける。201号室の前で、表札は付けるのか付けないかと考えていた。カエルの着ぐるみを着ていたお隣は付けているのか見たところ、202号室に表札は無かった。


 俺は見慣れない道を自転車でひた走り、学校前の信号で一時停止した。母校は旧校舎と新校舎に分かれてあるのだが、校門前から見ると、旧校舎しか見えないので、ボロいイメージを受ける。




 なんだかんだで6時限終了のチャイムが鳴る。午後3時15分。部活の時間がきた。えーと、南棟の2階だったか。一応、俺は放送部という誰にも文句の言われようもない部に所属しているのだが、ある人物の命令で、部のかけ持ちをしなければならないのだ。



 「ここか」


 古いドアの真ん中に、足首をグネッたような、もしくは勢いあり過ぎのウナギのような筆調べで、『GAIA☆SOS団』と書かれていたポスター紙を見つける。

 その文字はいたずら書きではない。母親によれば、元は『SOS団』というこれまた良く分からない集団だったらしいのだが、さらに輪をかけて何をするか分からない団体銘柄になっている。

 …嫌だ。脳内会議がコンマ一秒より早い速度で『去って良し』で可決された。さあ、放送部に戻ろう。そう、気の合う仲間が待っている青春の5ページほどを…すでに描き終えたあの、健全優良児的内申点を保障された部活動へ。



 「とりゃーっ」

 と、横から若葉的微風圧とともに元気ありすぎの子虎のような声が迫ってくる瞬間、わが身に驚天動地が巻き起こる。いつものことなので反射的に防御と受身を取ったのだが、それでも軽く頭をリノリウムの廊下に打ちつけた。


 「なに通り過ぎようとしてるのよ」

 俺に飛び蹴りを躊躇なく入れられるのにはワケがある。元気無尽蔵の灼熱色をした二つ括りの髪の少女は、何を隠そう…。


 「さあ、入るのよ。約束は今日までだったわね」



            京極ナツヒ。暴力女、その1。そして双子の妹。もしくは姉。
 
 

 わが家の色んな意味で突き抜けっぱなしのトップランナーである。何故かは知らないが、右手に指先無しの赤い皮手袋を装着して、皮繊維結合力限界まで、ぎゅぎゅぎゅっと握りこぶしを作り、脅迫的アピールをしている。


 「アンタが言い出したことでしょう? 四の五の言わず最後までやり遂げなさい!」


 それは半分冗談(もう半分は同情)で言ったんだよ。ナツヒがあまりにもひねくれた顔して学校通ってたから、「愉快な仲間たちの徒党でも組んで、適当に遊べばいいじゃないか」って確かに言ったが、そんなに深い意味に取らなくても。


 「アンタは、昔からレールに乗った人生が大好物だったわね。でもね、これからは、この私が、アンタの人生の教育係になってあげるわ。大体、アンタはねェ………」


 それから唾飛ばされながら母親そっくりの脱線人生についての小言マシンガンを10分間ほど聞かされた。


 この部活活動へのナツヒの暴力的勧誘は、5月頭から続いている。部はもちろん同好会ですらなかったらしいのだが、最近上から特例がおりたらしい。どうも裏で母親が関与しているらしいのだが、詳しいことは知りたくもない。

 実はひとり暮らしをする際、ナツヒと一悶着あり、「どうして私は一人暮らしできないのよ」という具合に、当然絡んできたのだ。そんなこんなで、ナツヒの提示する条件を飲んで、というわけ。その一つが、『何らかの団への入団』。


 「命令よ。3日以内に団員を3名以上かき集めなさい」

 無茶な命令ができる免罪符でも持っているのか、お前は。

 「この部室で、3日後の放課後、入団面接を行うわ。いい? できるだけ面白い人間を連れてくるのよ! いえ、人間でなくてもいいわ」

 カッと両目を見開き、煌々爛々とコロナ並みに輝かせるナツヒの目力に目を背け、「わかった。わかった」と適当に答える。人数だけは了承しよう。質は知らん。しかし、入団希望者自体が稀有だと推測できるのに、振るい落としにかかるとは…優良企業じゃないんだぞ。

 「ところで、お前は団員とやらは集めないのか?」
 
 すると、ナツヒの顔は『ふん、馬鹿ね』と言わんばかりの失笑で表している。

「びっくりするわよ」

 サプライズですか。ここで言えばいいものを。

 「ふふん。…ところで、部活のかけもちは道徳上マズイわよね。退部届けは代わりに出しといたから。アンタは自分の仕事に専心しなさい!」

 …なんだと。ひとの所属する放送部に三行半を叩き付けたわけか。そんな勝手なことが、まかり通るわけがないだろうが。



 しかし意に反し、文化部実行委員会の言い分は「不可ですね。一度、退部されますと再入部できません。そういう規定だからです」であった。

 兄妹だから言い分が通ってしまったこともあるだろう。「…って、兄が言ってたわ」とでも言ったんだろ。放送部の皆さんにどんな別れ文句を言っておこうか。まあ、時々顔見せくらいはしよう。…と、俺がナツヒの言いなりになるのは家庭の事情っぽいワケがある。


 血縁関係であり、何をしでかすか分からない性格の持ち主を放っておくのは正しいのだろうかというのが父親の意見なのだ。「頼むぞ」という短い父の言葉に並々ならぬ信念と懇願の意志が込められていたが、こっちの人生もすり減らすことになるのは御免こうむりたい。その新規立ち上げの部活を「すごく面白いことをする団の旗揚げよ! ついてきなさい!」と二週間ばかり前にO型特有のインセンティブな人格で爆弾娘から投下宣言されたのだが、それでは単にお遊びサークルにならないのか。だからといって「まともなことばかり言って建前取り繕っているだけの下らない人間なんかに用はないの!」と全方位に電波飛ばしまくっている家族の一人を放ってはおけない。自分の名誉のためでもあるのだ。この発言により、いずれ放送部は辞めるであろうことは心の隅で思っていた。兄妹じゃなきゃ、避けるべき人間像なんだが。やれやれ。
 

 「さァ、この下らない世界を我が団が隅々残らず、片っ端から、地球の自転の向きごと変えてやるわよっ。だから三下一号、メキメキっと働きなさいっ」

 ナツヒ、その台詞はせめて身内だけに耳打ちするか、演劇の舞台上でやってくれないか。内容もそこそこ危ないし、気合入り過ぎの声量だから、人がわらわら集まり始めているぞ。


5 :フレアス :2007/05/14(月) 21:14:56 ID:o3teV7Lc





 ――――ハイツ自宅前。201号室。



 ふぅ…疲れたな。一人暮らしを容認した理由の一つにナツヒと一緒の屋根の下にいないという感覚を味わってみたかったというのもある。ただ、あんな条件がもれなくついてくるとは…。


 今日の晩飯は、カレーの残りと味噌汁とポトフだ。なんか、料理作ってるときに幸せ感じるって、男としてどうなんだろうと思った。


 さあ、宿題、宿題っと。静かだ。…なんか捗(はかど)るな、ウルサイのが二人もいないと。いやぁ、最高だ。あの小言母娘がいないんだ。早速、充実し始めているぞ。さすがは一人暮らし効果。自分だけの領域があるというのもいい。いきなり部屋に押しかけられて居合い技やプロレス技を打ち込まれる日々にオサラバなんだ!


 …おかしな隣人にもらったおかしな小型のモバイルが部屋内にあることすら忘れ、0時には就寝。


6 :フレアス :2007/05/14(月) 21:21:22 ID:o3teV7Lc




 ―――翌日の昼休み。



 俺は愚直にも団員とやら集めるため、放送部に向かった。「うん、いいよ」、と快い二つ返事をしてくれたのは平野マカという同学年の生徒で、「そうよ、そういう人を放ってはおけないよね」と家族を病人扱いされているかもしれない彼女の発言を気にしつつも、放課後、第二の候補の友人たちにどういう顔で話を切り出したらいいか表情筋の有無を確認した。




 ―――その日の放課後。一年8組の教室内。



 「ええっ。冗談だろ」というのはわざと変な顔しておどける降幡(ふるはた)という同級生。

 「いやはやチョン、あんな爆走妹君持っちまって、耐えられないぜ。実際」

 チョンというのは俺のあだ名らしい。本名知れば、肯けるだろう。

 「…ご愁傷さまですね」というのは藤森。第二の級友である。

 「昨日なんか、校門前でナンパしてきそうな二人の男に流麗なローリングソバットをやけに嬉しそうに炸裂させていたのを目撃しましたしね。あれは中々、まったく面識ない他人に有無を言わさずできる技ではないですよ」

 ナツヒはいつも俺を護身術の練習台にしていたからな。武芸事は多少慣れ親しんではいるんだよ。しかし赤の他人に、それが及ぶとなると第106回目の家族会議を開かねばなるまいな。


 「いや、条件によっちゃー、そうでもないね。ツラはいいから、黙ってるんなら入団してやっていいぜ」

 それは不可能だ、降幡。アイツの口を塞ぐ前に、こちらが死人に口なし状態になってしまう。

 「困ってそうだし、カタチだけでもいいじゃないですか、ちょっと面白そう」

 さすが、友よ、藤森。

 「ああ見えて、ナツヒさんは結構な人気ぶりだからね、高嶺の花として」

 そう、喋った瞬間にトリカブトのような毒にしかならない植物に見えるからね。毒も少しだと薬になるらしいが、アイツの場合は少しでも危ない。ここは話を切り替えて…

 「言い忘れてた。…平野さんも面談してくれるそうだ。一緒に行こう」
 「えっ。平野さんですか?」と慌てたのは、やや童顔の藤森である。
 「どうかしたのか」
 「え。ちょっとした追っかけやってるんですよ」

 ひっ。それは、ヒクぞ。かなり。

 「だってあの人、プロの若手声優候補の筆頭なんですよ。 チョンは同じ部活なんだから知ってると思ってたけど」

 部活入って2ヶ月も経ってないし、そんなこと知らなくてもいいだろう。

 「でも昼休み定時放送のナレーションやってる声、気にならない? 僕は才能ある人に惹かれるんだよね」と嬉しそうに言う藤森を見て、降幡と俺は十数センチ首を引いた。

 で、そのあと俺もナレーションを入れていたんだが、俺の声は届いているのか疑わしい。

 「ああ、なんか猫なで声の、猫かぶってる声だろ。馬鹿だなぁ、声だけに惚れるなよ」と降幡が級友藤森をオタクの世界から脱却させようとの意気込み。

 「いや、顔もそこそこ良いんだ。性格も良いよ、たぶん」

 それは否定しない。たぶん、平野さんは放送部ではマドンナだ。自分の七色の声が好きな変わり者だが。

 「そういうことならしょうがねーか」とあまり納得いってない降幡。
 
 そんな不純な動機であの鬼面接官から合格印を獲得できるほど甘くないと思うが、まさか本気であのいかがわしい名前の団体に入団する気じゃないだろうな。まあ、とりあえず集まったんだ。

 平野さんは、自らナツヒに面談に行ったそうだ。話が早い。が、藤森は残念そうにしていた。


 


 ――――面接後。



 「却下よ。なんで、あんな中途半端なバカとオタク連れてくんのよ! わいてるのかしら? まさか、一人暮らしの不摂生で頭の栄養素足りてないんじゃないでしょうね」

 普通に脳みそ足りてないんじゃない発言よりマシな言い方だ。彼女なりの配慮とみなそう。しかしバカもオタクも中途半端じゃなきゃいいのか? 


「平野さんは通したわ。でも放送部とかけもちでね」

 なんで俺は裏工作されてまで放送部を辞めさせられたのか、極力丁寧に説明してもらいたいものだ。…しかし平野さんもいい人過ぎるな。いや、変なのか。


 「まあ、そうね。…あと一人は呼んでもらわないと困るわ」
 「もう3人は連れてきたし、合格は平野さんひとりで十分だろ」
 「いいえ。平野さんは、ずっと前から私が目を付けてた逸材なの。だからあんたのノルマには加算されないわ。当然よ」

 それは運が悪い。俺にとっても、平野さんにとっても。

 「最低あと一人よ! わかった?」

 細木○子に占ってもらいたい。コイツの脳内には地球外の甲殻類か環虫類生物を飼っているのかどうかと、その運命の一人ってのがどこにいるのかを。




 しかし、こう曇りのち雨が続くと、降るのか降らないのかはっきりしてもらいたい気分になることもある。帰り際、食材の買出しをして、家路に着く。


 あー、やめやめ。なんでナツヒのために、そこまでしなきゃいけないんだ……という不満も料理をし始めるとどこ吹く風で、今日の献立は、ししゃもとマーボーナスだ! といき込んでみる。おっと、今日は『滝本キラの殺気丸出しクッキング』の日ではないか。マストで録画っと。


7 :フレアス :2007/05/17(木) 21:39:21 ID:P3x7nJn3






  ――――翌朝。


 下駄箱に向かう途中、馬鹿っぽい走り方の降幡が、やはり馬鹿っぽいジェスチャーで、エロ馬鹿ぶり披露してくれた。

 「よっ、聞いたか、チョン」
 「なんだよ」
 「とんでもない美人を発見したぞ」
 「その美女検索エンジンを、勉学に一割でも回せないのか」
 「ばかやろう。半端じゃねェぞ」
と義侠映画っぽく凄みながら、降幡は舞台に立っているわけでもないのに小躍りしている。なんで朝からこんなに酔えるんだ。

 「見ただけで、卒倒しそうになった。ていうか、した」
 「んな奴いねえよ」
 「いるんだよ! ボンといえば、きゅっで、それから…ぱァんっ!」

 いるかもしれんが、とりあえず黙れ、このナンパ野郎。

 「ヤバイんだ。それが。ヤヴァいの。マジやばですわ」

 ナツヒなら、この青春真っ盛り譫妄ペプシ君を下駄箱の上段に頭だけ沈めてくれるはずだが、今は近くにいない。

 「そのヤバイのが、いったいどうしたんだ」
 「その、なんだ。女神オブ女神? いや、ある意味フルーティ・ゴッデス(果実の女神)だな…、いや例えるなら…」
 「さっきから何語使ってるかわからん」
 「ふふふ、しょうがねえな。…とりあえず、よしみで教えといてやる。名前は確か…、ちゅう、なんとかだったな。近影写真(ポラ)も出回ってるようだから、抑えたら見せてやるぜっ」

 お前のデータは、脳みそと同じで欠損だらけだ。今コイツに必要なのは、バケツ水か、漢字ドリルだろう。

 「そうそう…一年2組らしい。俺らのいる8組からは遠いよな」
 「それは気の毒だ」
 「しかしそんなもん気にしてられないんだな、これが。…では、そういうことで。…さあ、リサーチリサーチ」と気が済んだのか、降幡はポケットに手を入れたまま、小躍りしながら去っていった。


 友達やめようかな、と思った瞬間、自分の下駄箱の区画からフワリと舞い降りたのは天使の羽ではなく、香しい匂い付の紙片だった。




  『好きです。今日の午後5時、西棟A-B間の4階の渡り廊下で待ってます。


                        一年2組 中善寺メクル』




 ら、ラブれ…。ラブレター?! この電子メールの時代に? 

 怪しい以前に血の気が引いた。こんなことを仕掛けるのは、奴しかいまい。
 
 どうする? 罠をかいくぐり、奴をおちょくるのか。兄として引っかかったフリをしてやるのか。こんな真似をする暇があったら、団員集めろよ。いや、これには裏の裏があるに違いない。でも待てよ、降幡も一枚噛んでいるのか、あの馬鹿っぷりが演技だとしたら、演劇部に推薦してやる。







 ―――――西棟A側渡り廊下4階、午後5時。



 …確かにいるな。遠めからでも、分かるぞ。オロオロしているが、彼女には黄金の後光が差している。しかしなんなんだ、この胸の高鳴りと嫌悪感が同時にやってくる感覚は。ナツヒはどこに隠れていやがる。ったく、冗談じゃないぜ。こんな手の込んだ悪戯仕掛けやがって。

 この時間帯に、この4階の渡り廊下に用があるのは、化学の教師か用務員しかいない。

 どう話しかける? 中善寺さんとやらは、どこまでこっちを知っているのだ。どこまでナツヒに演技をしろ言われているのだ。わからん、見当がつかない。



 緊張を押し殺し、光明が差す女生徒に近づく。近づくほどに柔らかな光に包まれる。うわっ、凄い美人だ。髪型、目鼻立ち、スタイル、人懐っこそうな顔、半端ではない。見てくれだけで威圧される。風圧さえ感じる。会いたかった超有名人に近づいた時に起こる超絶スローモーションのようなものだ。降幡の言っていることは強ちウソではなかった。



 「あのー、中善寺さんですか」
 うわー。ベタすぎじゃないか。何言ってるんだ、俺。

 「…はい」

 「ナツヒはどこに隠れてるんですか?」
 ダメだ。そんなこと言っては身も蓋もない。


 「へ? 誰のことです?」


 中善寺さんは、琥珀色のフェミニンなロングヘアを横に小刻みに揺らしている。もじもじしているようだ。そしていきなり、ハッとした様子で、こう言った。


 「も、もももしかしーて、きょー、京極、ごくっ、超巳(ちょうじ)さんでーすかぁ?」

 「はい、そうです。僕が京極チョウジです」


 うわ。中一の英作文和訳程度の受け答えしかできないくらい完膚なきまでに彼女の美貌に叩きのめされようといる。今まで培ってきた日本語力はいったい何の為だったのだ。


 「あ、やっぱり。…は、はい。はじめまして、私、中善寺メクルといいます」


 そして少し安心したのか頭を垂れ、前で手を組んだ。なんて可愛らしい仕草と声をしているんだ。この奥ゆかしさをナツヒにも小さじ一杯分くらい分けてやりたいね。


 「あの、驚かないできいてくださぁい。……わ、わわたし、貴方のことが、す」


 「あー、やっと見つけた。何やってんのよ! こんなとこで、あ、メクルちゃん」
 「ふへ? 誰ですかぁ? はっ…」

 いきなり現れた赤い皮手袋を装着した茜色のツインテール少女が馴れ馴れしく下の名前で呼ぶのだから驚くのも無理はない。

 「へえ。…あんた、結構目の付け所いいわね、丁度捜してたのよ。紹介するわ、この学校で一番のちょー美少女、中善寺メクルちゃん。それから…こいつは、私の双子の兄でチョンよ」

 「チョン? チョン? チョン?」
 今、中善寺さんはなんで、俺たち兄妹の顔を交互に見ながら3回疑問形で聞き返したんだ。

 「で、快諾かしら?」

 なんのことだ。

 「…もちろん、SOS団入団の話よ。勧誘してたんでしょ?」
 「ああ…いや、それを今、言おうとしてたんだ」

 しかし、なんてタイミングで飛び出してくるんだ、この赤眼のビックリ悪魔が。いや、これも計算の内か。


 「明日の放課後、南棟2階の、真ん中あたりで待ってて。第一回ミーティングを開催するわ。約束よ、メクルちゃん」

 中善寺さんがキョトンとしているのは自然の応対なのか、演技なのか。

 「私は、京極ナツヒ。団長よ。はい、これ」とナツヒは抱えていた入部届けを絶世の美女に渡す。


 中善寺さんは何事もなかったかのように、笑顔を振りまき俺たちを見送ってくれた。



 「でもチョン、これはワタシの手柄だから、もう一人、明日までに連れてきなさいよ」

 はいはい。言うと思ってましたよ。






 ――――帰宅中。

 …ダメだ。彼女らのやりとりが演技なのかどうかとか、もうどうでもいい。もう精神リセットのクッキングタイムしかない。とりあえず、今夜は残りカレーを片してしまえばいい。明日の分の肉じゃがでも作っておくか。

 



 しかしその日の夜、とんでもない切り口から事件は起こった。


8 :フレアス :2007/05/20(日) 14:17:48 ID:ommLQ4ze






 ―――――午後10時45分。ハイツの201号室。

 俺は用事を全て終わらせ、部屋でテレビをぽかんと見ていた。よくあるゲリラ的に告白してカップルになる、もしくは別れ話を持ち出し、それを視聴者は文字通り外野から覗き見する、クイズ形式も織り交ぜた下世話なバラエティ番組だった。たまたまテレビを大音量で聞いていたのがマズかったかもしれない。このところ色んなことがありすぎて頭を整理しきれない状況だったのだ。



  こんこん。


 ん? なんか音がしたな。


 「そう、災難は忘れたころにやってくる。…正解」とテレビの中の大阪弁の司会者がパネラーに向かって叫ぶ。



 ごんごん。


 ノックか。こんな時間に何の用だ。



 「それでは登場してもらいましょう、…気になるあなたの運命の相手はこちら!」

 その台詞をテレビ司会者が言い終えた瞬間、ノックがゴキンゴキンと強い打撃音に変わる。


 「なにっ!!」
 ようやく訪問者に気づいた俺は、玄関を見た。ドアが、いびつに変形している。それでもとてつもなく大きな打撃音は止まず、しまいには蝶つがいが外れ、ドアが部屋側にバタンと大きな音を立てて倒れた。


 「え。ええええ」
 どうする、なんか武器ないか?…そう、強盗だ、とその時は思った。冷静に考えたら、こんなに正々堂々とドアぶち破る強盗なんていないんだが。



 「おいっ! だれだ!」



 俺の裏返った声の後に現れたのは、薄紫色の髪をした制服姿の女の子だった。


 「な」

 誰だ、こいつ。…いや、髪の色が水色に変化したり薄紫色に戻ったりしている。髪型と顔だけ見れば…202号室の隣人じゃないか! おい、マジでふざけんなよ。何した、俺が。そそれに…そんな小さな体でどこからそんなバカヂカラが…。どうする、殺されるぞ。

 が、隣人少女は玄関から三歩くらい歩いて前のめりにバタリと倒れこんでしまった。それから、か細い声が聞こえた。



 「返して」


 「返して。私のキヲク」


 「あの人の記憶、あいした…」



 あの人? 記憶? あい?  

 返せって…もしかして、挨拶回りでくれた品物を返せと言っているのか。で、人んちのドアをぶち壊すのか。

 「…かえ…」


 俺は部屋を見回す。…これか。部屋の隅でオブジェと化していたエメラルドグリーンの縁取りの奇妙なモバイル。その元凶たる小型の精密機器を俺はとんでも訪問者の手元にそっと忍ばせた。…これは引越しする必要があるかもな。


 ひっ。…少し、そのモバイルが光った気がした。そして髪色は水色に落ち着く。


 「ごめんなさい」
 うつぶせに倒れている少女からまともな呂律で発せられた気迫のない語調にこちらも心拍数を平均値に戻しつつある。

 「いや、いいよ」
 と俺が少女に対し最大限の干渉の言葉を発した後、少女はしばらくしてふらりと立ち上がろうとしたが、またパタリと倒れた。


 「ドア直すから。誰も呼ばないで」


 え。…何言ってんだ、こいつは。

 すると突然、モバイルが変形し、少女の体に吸い込まれたと思ったら、いきなり暴風みたいな音をたて、みるみるドアが復元していく。初めから何もなかったかのように。


 すげえ。なんだ、今の。

 何事もなかったかのように、玄関ドアが再生している。魔法か。巻き戻し映像ではなく、分子レベルから組み直した感じがしたが。



 異能で異様な異常の雰囲気が一段落して、突っ伏して倒れている少女を見れば、そのか細い白い手には駄菓子の包装紙を握っていた。


 「何か、食べたい」


 これって…まさか。三日ほど前に挨拶回りのお返しとして俺が渡した菓子の詰め合わせの包装紙じゃないのか? こんなジャンクフードで食いつないでいたのか、…まさかな。とりあえず、この物乞い少女に味噌汁と肉じゃがでも食べさせるか。






 「おいしい」

 それはどうも。…それにしてももぐもぐとおいしそうに食べるのはいいが、育ち盛りとはいえ、ちょっと食べるスピードと箸を動かすスピードが異常に速い気がする。

 「助かった。ありがとう」
 というお腹が満たされた少女はどこまでも無表情で無感情だった。


 「なにか、あったのかな?」
 俺は神妙な顔で、突然訪問少女にきいてみた。

 「これを返して欲しかった」
 と少女は言って、持っているモバイルに目を落とす。

 「分かった、返そう。電源すら入らないんだ」
 じゃあ、なんでわざわざコスプレまでして、挨拶回りみたいに俺に寄こしたんだ。あの時、「これ、ツマラナイものですが」って…、いや少しニュアンスが違ったか。


 「どうしてこれを?」
 「…データ交換」

 なんだ、この子は。電源が入らないんだって。

 「両親はいないの?」
 「とても遠い場所」
 「お金がないの?」
 「ある」
 「じゃあなんで」
 「それが手元に無くなったら、記憶が」

 無くなったのか。この奇妙なモバイルが手元に無くなったら、インターフォンで家主を呼び出すことも、お金を使う方法も、料理の仕方も忘れちまったってのか。で、混乱して、ドアをぶちやぶるか。…気がしれん。



 それから2分ほどお互い黙っていた。

 気づけば、Hard knocking girlの紫水晶(アメジスト)のように冷えきった眼が、こちらの目に何やら訴えている。

 「え。なに? なんだ?」

 そしてその小さな口をだらしなく開けっぱなしにしたかと思うと、身体ごとフワっとこちらに飛び出してきた。



  かぷ



 少女が真正面からいきなり抱きついてきて、俺の首元に噛みつきやがったのだ。

 「ひげっ」

 しかし、甘噛みだったので安心した。って、突っ込みどころはそこではない。


 「は、何してんだ、おまえ!」
 「はふ。失われた記憶を補完している」

 なんで、俺の中にコイツの記憶があるのか意味不明だが、ここは流そう。


 「あたたかいな」と言って、その甘噛み少女は、本格的に抱き締めてきた。


 そりゃそうだ、人間だからな。しかしコイツの体、痩せ細って、冷え切ってやがる。って、正体不明の少女と俺は何してんだろ。



 「もう大丈夫なんだな」
 コクリと頷く、少女な隣人。落ち着いてみれば、素直でいい子かもな。ちょっと何考えてるか分からないところがあるが…。

 「帰れるかな?」

 帰るったって隣だが。

 「お詫びがしたい」

 ふっ。思いっきり抱きつかれた状態で、なんだコノ展開は。でも、待てよ。ドアをぶち壊したり、瞬時に復元したり、電波量加減ではナツヒの上をいくかもしれん。コイツ完全に、何かあるぞ。少なくとも人間じゃない。けれど、それなりに常識も備わっているようだ。あの変な緑色のモバイルが少女の傍にある限りは。

「なんでも?」
「なんでも」

 じゃあ、あれだ。アレしかない。


9 :フレアス :2007/05/23(水) 21:24:17 ID:o3teoFnG








   ――――翌日の放課後。SOS団、部室にて。



 「おい、やめろ!」


 面接時、水色の髪の少女は二つ括りの赤い髪の少女に向かって、だらしなく口をポカンと開けていた。このモーションは噛み付く前兆だ! しかし俺が二人の間に割って入り、なんとかその場は収まった。

 「この子、お腹が空くと人の肌にカブリつく癖があるんだ」

 「ふーん。…で、なんでそんなこと知ってるの?」
 「聞いたんだよ。言えない過去とか、不意に漏らしたくときってあるだろ」
 「ふーん。でもなんで私には何にも喋らないの?」
 「内気で気まぐれさんらしいぞ」
 「ふーん」


 ナツヒが水色のショートボブの薄幸の美少女を、まじまじ眺め回すこと10分。その間、首を傾げたり自分のおさげの赤毛を触ったり、口を尖らせてたりしていた。
 
 「合格ね」

 「合格か」

 マジで? それにしてはなんか気に喰わない顔してるな。何か引っかかるなら言えばいいだろ。


 「あんた、あの子とどうやって知り合ったの?」
 「…」

 どうする。同じアパートの隣の部屋なんだ…、なんてこと言えば、何かと鬱陶しいぞ。

 「学校だよ」
 「じゃあ、あの子、何組の子よ」
 「さあ。校舎外で声かけたから」
 「あんたねぇ、メクルちゃんの時もそうだったように、勧誘にかこつけてナンパみたいなことしてたんじゃないでしょうね? あのアホ降幡みたいに」

 していないが、そう思われても仕方がない。あの降幡と一緒にするな、と言ってみても、クラス内ではつるんでいるのだから説得力に欠ける。

 「団旗に懸けて、してないね。もちろん中善寺さんの時も」

 団旗なんて、まだないけどね。

 「ふーん。…まさか、アンタが女の子連れて来るなんて思わなかったから、男女比狂っちゃったじゃないの」
 「…そりゃ悪かったな」
 「まあいいわ。なかなか変わった子だし。でも…あんな子、少なくとも同じ学年で見たことないわ。何者かしら」

 その何者か分からん奴を、入団許可したお前は何者だ。

 「…まっ、いいわ。アンタにひっかかるような女なんて絶対にいないだろうし」

 そうだ。そういうことにしといてくれ。





 「自己紹介はじめ!」と言って、ナツヒはメガホンを持ちながらパイプ椅子にふんぞり返っている。





 「一年1組、関戸(せきど)レイン。好きな食べ物は、肉じゃが」




 「はじめまして。一年5組所属、榎津(えのきづ)カオルです。以後お見知りおきを。趣味はピアノです。…よろしく」




 「はじめましてぇ。えー。えー、と。そうだ。一年2組、中善寺メクルといいます。よろしくお願いします。はい」




 「無礼講上等! 一年2組、平野マカで〜す! ちぇいっ。 気兼ねなく、マカマカって呼んでね。マカッちでも可! ていうかさあ、やけに美形揃いよね! この変な集団! メクルっぽとは、親友だっ!」




 「ん、一年8組、京極ちょ、ふっげ」
 突然、ナツヒがメガホンの角を俺の口に押し付けてきた。

 「アンタはしなくていいの! 馬鹿?」
 馬鹿じゃねえよ!



 「一年7組特攻委員長、京極ナツヒよ! わたしのことは『超☆団長』って呼びなさいっ! いい? 命令は絶対だかんね!」

 誰も呼ばねぇよ。 …ほら、白けてんじゃないか。団員いきなり減っちまうぞ。


 「ふん、なかなかいい響きね」

 幻聴でも聞こえてるのか。…そして、もうどうにも止まらない赤い血潮女は団長専用の机に仁王立ちし、こう言い放った。



 「いいかしら? 耳掃除するなら、今のうちにしておきなさいっ。この団の正式名称を発表するわ」


 そして、深呼吸したあとこう言い放った。



 「地球的規模で、すごく、面白いことを、する、団! 略して『GAIA☆SOS団』よ! …どうかしら? かなりシンプルかつインパクトあると思うんだけど」


 そんなこと溜めて言うことじゃないぞ。内容があるようでない。極まった夢遊病者的思
考回路を大々的に暴露してどうするんだ、わが妹よ。


 「GAIA(ガイア)というのはガイア理論のことですね。…面白そうだ」と初顔合わせの榎津という青年が補足する。 
 「でしょでしょ? 才能でしょ?」


 説明しよう。ガイア理論というのは、地球上のあらゆる生物が干渉し合い、地球規模で一つの生命体と見なすいう似非科学的な理論で、ある学者によると生態学の究極理論であるそうだが、詰まるところ何の科学的根拠のない妄想めいた理論ということで、あのナツヒがその着想に至るのは、俄然納得いくのだが賛同者がいるというのはどういう了見だ。



 「…いいわよ。上出来だわ」
 ナツヒはメンバーを見渡しながら悦に入る。しかし、層々たるメンバーだな。俺以外は全員キャラ濃そうだ。

 「でもまだだわ」

 言うと思った。

 「榎津君、関戸さん。あと2人くらいは団員を増やしたいの。一人ずつお願いできるかしら。とくに急がなくていいから」

 「承りました」
 「了解」




 「本日、時の記念日つまり6月10日をもって、我が『GAIA☆SOS団』の発足を声高らかに宣言するわ! さて…今日のところは解散ね! おつかれ!」

 とりあえず団員顔合わせというところだろう。関戸のやつ、「了解」って言ってたけど、人間じゃない奴を連れてきそうで、少しばかり怖いんだが。



 絵的に青春凝縮図である6人の男女が同時下校する予定だったが、下駄箱手前あたりで
「ふぐへっ」と肺からな呻きをひねり出したのはやっぱり俺で、それは誰かが俺の襟首の後ろをがっしり掴んだまま進行方向と真逆に噴射口から飛び出すロケットのように走り出したからだ。誰なのかは言うべくもない。


 「一年1組よ! 職員室に名簿があるはずだわ」

 職員室に着く頃、俺の上靴のかかと部分は多少磨り減っていたのだが、その原因を作った好奇心放り出し女のハングリー精神は一割ほど増していた。

 職員室に入り、一年1組の生徒名簿を見る。『出席番号22番、関戸レイン』と記載されている。転入、編入ではない。入学式から休みなくしっかり出席している。

 「問題なかったようだな」
 「おっかしいわねー」
 「何を期待してたんだ?」
 「…なによっ、今にみてなさいっ…」

 ふん、と舌を打ち鳴らし、赤毛の少女は踵を返し、たったと帰ってしまった。


 関戸レイン、つまり水色隣人少女が何者なのかは、その正体は俺も知るところではない。ちょっと変わってるから、ナツヒが喜ぶかもしれないと思い、連れて来たのだが、早計だったか。ま、問題ないだろ。

 しかし…冗談じゃないよ、男女6人が同時下校できるなんてそうあるもんじゃないのに。ナツヒの憐憫の情を抑えがたい言動のために「ま、いっか」という台詞何回吐くんだろ、人生において。…ま、いっか。


 このまま帰ると…ちょっと待てよ。関戸レインはお隣に住んでるんだよね。つまり通学路は一緒になる確率はかなり高いわけだ。この3年間、一緒に登下校というまさかのシュチュエーションが幾度あるのかという瑣末なことを考えながら、自転車をのらりくらりと走らせ、ハイツの駐輪場にマイ足を停めると、階段を上った。


 すると階段を上りきったところで、誰かの気配がした。水色な関戸が202号室の自宅の前でジッとこちらを見ていたのだ。…なんだよ、その鹿の剥製でも見つめるような目は。

 「ヤぁ、関戸さ…」

 バタン。202号室の住人がそのドアを閉めた音である。なんなんだよ、アイツ。何か言えよ。


 もし仮にだ、急いで自転車漕いで、徒歩の関戸に追いついても「どうする乗ってくか?」なんて聞けるもんじゃねえよ。そこで頷かれでもしてみろ。これは、まずいです、お姉さん。青春してます。高校時代に自転車に男女二人乗りなんて、一番ないよ。で、そんなとこナツヒに見つかってみろ。京極家に眠るといわれる祭儀に用いる為の神器やら封魔具やら、武器になりそうなもんならなんでも背中に突き刺さっちまう…っていう無理めな妄想はやっぱり空しい。


 やっぱり、料理はいい。和みのひと時だ。今日は昨日の残りの肉じゃがに、アスパラガスのバター添えだ。


10 :フレアス :2007/06/02(土) 20:31:42 ID:P3x7nJkm








 ――――翌日。6月11日。晴れときどき曇り。放課後――――



 活動日一日目からとんでもない展開が待っていた。少しは落ち着かせてくれ。



 今、部室内にいるのは、俺、ナツヒ、平野さん、榎津、関戸の5人。


 関戸は部屋の隅でパイプ椅子を広げ、例のモバイルのディスプレイをじっとり眺めている。金髪美青年の榎津と声高な平野さんは談笑し、団長のナツヒは団長机でなにやら書きなぐっていたのだが、時々、ナツヒの視線が俺の下半身を追っているのは何故だ。

 「なんだ、俺の尻に興味でもあるのか」
 「…あるとしたらどうなのよ」
 「うげ」
 「死ねば。マジに受け取るなんて寒いわ。その……ズボンのポケットからはみ出してのって、何? いやにお洒落な紙よね?」

 ポケット? チラシか糸くずか?

 「ん」

 ぐわっ。これは中善寺さんの告白的置手紙。げ、激やば。昨日貰った時、そのまんまポケットにしまったままだったのだ。色んなことがありすぎて(ナツヒがこれに関わっているのかも不明のまま)、すっかりど忘れ。…俺の狼狽した顔を奴が見逃すわけがない。見れば、やっぱり怪しいって顔から弱み握ったって顔に変化しつつある。…って絶対、次の展開は…。

 「はっははは」


 「マカマカ!」
 「はいなっ。りーりーりー」

 飲み込み早すぎですよ、平野さん。一塁飛び出して、盗塁狙ってるんじゃないんですから。って、こないだまで同じ部にいたのに、なんで敵に回るんですか!

 「榎津君」
 「なんでしょう」
 「チョンが持ってる変な紙を奪うのよ! 拒絶は許さないわ!」
 「気は進みませんが、団長がお気に召すのなら」

 ちょっと半笑いで裏切んな、榎津! 平野さんも面白ければそれでいいんですか。



 「まちなさい、チョーン!」

 待てと言われて待つ馬鹿がいるか。…いっや。やばい。やばいんだ。ふぉっ。これだけは。速い。くそ、なんて手数だ。
 

 俺はナツヒとの戦闘経験則をフルに活用し、3人相手に大立ち回りを繰り広げたあと、部室の入り口のドアの前まで到達したが、誰かが入り口を塞いでいた。


 「あれぇ、チョンくん。ご機嫌はいかがですかぁ?」

 麗しの中善寺さん、挨拶は後でいいですから今は左か右に避けてください。それと来るタイミングをずらして下さい。しかし中善寺さんは避けるどころかぶつかってくる始末で、あらっ? 


 「足軽、討ち取ったり!」
 
 強奪3人組は、三者三様の面持ちでその匂い付きのペーパーを凝視していた。すると平野さんはあっけらかんと笑い出し、榎津は「ほう」という顔をして、ナツヒは怒っているのだろうが、人の弱みに付け込むときの嬉々とする表情も混じって不動明王が笑った感じの顔になっている。


 「告白文じゃない? これ、どういうこと?」
 「それはな、…頼まれたんだ。中善寺さんから」
 「そう。それなら納得できるわ。で、誰に渡すつもりだったの?」

 本人がいるのに言えるかよ。

 「…個人情報の保護だ」

 そうですよね? 中善寺さん?


 「あっ! それ、私のです!」と、駆け寄ってくる超絶美女は、次の瞬間になにやら悟ったようだ。

 「えー、なんで、チョン君は見せびらかしてるんですかァ? もしかしてぇ、公言してたんですかァ? 私たちのことぉ」

 そ、そんな透き通る瞳で期待しないでください。今の事態と合併症を引き起こして貧血を起こしてしまうじゃないですか。…って、これ全部演技じゃないんですか?

 ナツヒは何やら考え込んでいる。

 「これ今日もらったものじゃないわね。5時に渡り廊下4階って……ああ、あの時ね…。迂闊だわ」







 「血迷ったの、メクルちゃん」
 「なっ…なにがですかぁ」
 「と…とにかく、チョンはダメ」
 「なんでなんですかぁ。高校生になったんだから恋くらいしちゃってもいいじゃないですかぁ」

 中善寺さんの顔色は、場の悪さから、ベビーピンクからコーラルピンク、コーラルピンクからストロベリー色に、果ては山梨産のサクランボより濃いチェリー色になり、自らの蒸気でぷんすかぷんすかという可愛らしい擬音を発している。ほんとに申し訳ない。

 「メクルっぽ、落ち着いてよ〜」
 「いつもいつもいつも、顔とか胸ばっかりに目がいって、ちやほやされるのはもううんざりなのです! 同じ女の子だからって勝手に私の胸揉まないでくださいっ! もぉーっ!!」
 「まだそんなことしてないじゃない。…っていうか、なんでコイツなのよ。榎津君がいるじゃないの」

 確かに至極最もな応答だ。容姿端麗、冷静沈着の美青年の榎津とはお似合いのカップルだぜ。

 「だから! だから!」
 「どうか落ち着いてください」
 「外見じゃないのです!!」

 外見も考慮するべきだろ、やっぱり。それは、外見が完全な人間の言える思考回路なのかな。

 「何の才能もない、平均バカを具現化したらこんな感じになるわ。将来見えないわよ」
 「そんなんじゃないのですっ!!」

 榎津と平野さんが、空前絶後の様相で取り乱した中善寺さんの素早いフォローに回る。ついでに俺の精神面のフォローも頼む。

 「どうしてぇ! わかってくれないのですかぁ!」

 そりゃ、説明してくれないと分からないよね。でも今は、落ち着かせる必要がある。

 「わたしはっ! わ、わたしはっ! わわわ、わっしょい! はっ…」

 その時、中善寺さんと目が合った。ひえええと叫びながら気を失った。もちろん、俺が気絶したわけではない。平野さんが「後はまかして」と言わんばかりにニカっと笑い、ふにゃりと気絶した中善寺さんを背負って部室を飛び出して行った。


 たぶん全校生徒の半分を敵に回すと思うが、ここは丁重に断らせて頂こう。身分相応はわきまえているつもりだ。完全に釣り合うがわけない。月とすっぽんどころじゃない。太陽系全域と草亀に張り付いた藻くらい、格としての開きがある。もしその、付き合うことになったら多種多様な弊害も考えられ、今、思いつくだけでも十個ほど思い浮かぶ。正直、付き合ったらどうとか、考えたくない。想像もできない。もし想像できたならすぐさまエロ降幡化し、喜び死にするだろう。

 それより、どうして俺なのか。絶対にあり得ない発想だ。ナツヒの言う通り、俺の外見は平均値、とくに才能もない。中身か? 俺の中身なんて知らないはずだぞ、まだ殆ど意思疎通がないのに。天然だからとか、妙な思い込みの可能性もあるな。まだ男女の駆け引きが、高校生レベルに達してなくて相手は誰でもいいから恋をしてみたかったからとか。誰かに捏造された擬似の俺に恋してるとか。…わからん。



 「ったく、冗談じゃないわ。何やってんのよ! チョン!」

 元はといえば、お前が勘繰るだからだろっ! 

 「今日明日は活動休止だわ。メクルちゃんの様子見にいくわよ。…チョンは、ここに残って活動内容でも考えてて」


 なんだよ、全部ナツヒが仕組んだ罠じゃなかったのかよ。まさか、ホントの告白文だったのか?
 

 さらに、生まれもって洗練された端整な顔の美青年榎津が去り際に、会話を試みてくる。

 「いい機会じゃないですか。付き合ってみてはどうです?」
 「付き合うってもな、まだ大して会話してないし…唐突だろう。いくらなんでも」
 「えらく美人ですしね」
 「…なんだ、もしかして嫉妬してるのか?」
 「そうかもしれませんね。だとすれば、全力で阻ませてもらいますよ」
 「ほぅ、ストレートだな。もっと理性があるかと思っていたが。冗談ならもっとマシな…」
 「いえ、本心ですよ。ただ、中善寺さんに個人的な興味があるわけではないのです。公的な使命なのですよ」

 なに言ってんだ、この電波青年は。

 「あなたには、関戸さんと結びついてもらわなければならないのです。公文書的理由も存在します」
 「…なんだそれ」
 「明日、少しばかり話をしたいのですが?」
 「…」
 
 俺は男と逢引する趣味は持ち合わせていない。

 「関戸さんのことを知りたくはないですか?」

 何……コイツ、関戸を知っているのか。だったら、こいつも変な力を持っている、ということか?

 「…知り合いなのか?」
 「詳しい話は、明日の放課後のこの場所で。できるだけ早い方がいいのですがね」
 「敵意はないんだろうな」
 「ありません」
 「信じられん」
 「…そうですよね、関戸さん?」

 左を向くと、鮮やかな水色の髪の関戸が僅かに首を縦に動かし、「敵意はない」と一言言って、電源が落ちたように停止した。

 仕方ない。関戸を団に誘ったのは俺だからな。彼女が何者なのか、身元を把握する必要がある。それに不敵な笑みを浮かべるこの金髪青年もな。


11 :フレアス :2007/06/11(月) 22:06:13 ID:o3teV7LF



  




    ――――翌日の放課後。



 黒雲が垂れ込め、雨はさらさらと降り続いていた。部室内も、薄暗い。雨音が強くなってきたのか、他称美青年榎津は窓を閉めた。



 「物語はようやく本題を迎えるようです。語り部であり、この世界の中心である貴方には伝えておかなければならないでしょう。ここからは、少々ダークサイドですよ」


 榎津はなにやら得意げに、まくし立て始めた。第一印象は、好青年だったが、これからはオカルト好青年に称号変更だな。



 「関戸さんはご存知ですよね」

 隣人であり、団員だな。

 「何か特殊な力をお目にかかりませんでしたか?」

 ああ。俺の一人住まいの自宅のドアをべこべこに折り曲げ、壊し、瞬時に復元したな。

 「実は、私も関戸さんには到底及びませんが、そのような能力があるのです」

 そんな確証のないことはどうでもいい。

 「で、関戸とはどういう関係が?」
 「言ってみれば、上司と部下の関係です」
 「…もうひとつ質問いいか?」
 「はい」
 「どうして、関戸も同席させるんだ」
 「たぶん、僕のことは末端過ぎてよく知らないから大丈夫ですよ。知らないふりをしているだけかもしれませんが、いずれにせよ味方です」

 だとしても、同席させるのはどうかと思うぞ。関戸は関戸で、語り手の榎津には目もくれず、部屋の隅で緑色のモバイルの画面をじっと眺めているが、いきなり妙な力を使ってこないとも限らない。……何なんだ、こいつら。仲間のわりに全然連携取れてないように見受けられるが。


 「どうして関戸と榎津は同列ではないんだ? 同学年だろう?」
 「関戸さんは違う星の人なんです」
 「どういう意味だ」
 「そのまま…受け取ってくださって構いません」

 …どう受け取れというんだ。まさか宇宙人なんてことないだろうから、飛びぬけて高い奇妙な能力を持っているというところか。



 「改めて自己紹介をさせていただきます。…僕の名前は榎津カオル。この学校以外に、とある『財団』に属しています。その財団はやや特殊でして、僕らのような異能を持ったモノの情報収集を主な生業としています」
 「なるほど、だいたい分かった…じゃあ、そういうことで」
 「いえ、まだ話は佳境に入っていません」

 佳境も何も、君たちが変人だってことはよく分かった。これ以上深入りしたくないのだが。

 「団長、いえ…ナツヒさん、でしたか」
 何…、その名を呼ぶな。災いの言霊だ。

 「彼女と、それとあなた自身のことです」
 ナツヒはまだしも、俺は断じて変人じゃない。

 「あなたも異能者になる可能性が高いのです。血統、もしくは家系が主な原因で」

 そういや、俺と父親以外はみんな変だな、ウチの家族は。だからといって、そんな大それたものではない。


 「京極家は、ご高名な『神降し』の血筋を継いでいるのだそうですね。そして、あなたの母親もまた特殊だ」

 父方の京極家は確かに祖父が斎宮の神官のような神職に就いている。『神降し』とは神を自身に降臨させ、お告げやら神の業やらを施すことなのだが、それも時代と共に中身の薄れた伝統の儀式の一環であり、形式的、表層的なものに留まっていたと思うのだが。…母方の血筋はよく知らない。そんなことまで知っている…『財団』…諜報機関の一種か、そんなものが日本にあるとは。


 「じゃあ、今のところ俺たち兄妹は妙な力は使えないわけだな」

 「そうですね…あなたはまだ能力が完全には開花していない…と言った方が正確でしょうか」

 …それは単に身体能力的、肉体的発展途上、と受け取ることにしよう。

 「しかしナツヒさんは…その能力発生の痕跡を3年程前に財団は確認済みです」

 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。

 「ナツヒさんは、この世界を…」
 「言うな。何も言うなっ」

 ナツヒがどんな能力を持っているのかは知らないが、聞いてはならない気がした。年中夢遊病のアイツが奇妙な力に目覚めたのだとしたら、世界がグニャングニャンになってしまう。

 「なるほど…結構。では違う話題に…」
 「いや、続けてくれ」

 それでも身内として知っておく必要はあるか。聞きたくはないのだが、何か事前に対処できるかもしれない…希望薄だが。

 「そうですか? でも安心して下さい…ナツヒさんは、自分が異能力者だとは気づいていません」
 「で、どんな力なんだ?」
 「今のところ分かっているのは…『あらゆる生命体に異能を与える、またはそれらを呼び寄せる能力』です」

 なに? 普通の人間を、異能を持つ者にしてしまい、それらを呼び寄せてしまうのか。

 「それが本当なら、危険極まりないな」
 「ええ、まさしく。それこそ自由意志で操ることができれば世界が滅ぶ時ですが、聞いて下さい。その能力は母親譲りなんです」
 「母親? 俺の?」
 「はい。貴方のお母様は、元々途方もない力を持っていました。しかしナツヒさんとあなたがこの世に生を受けたと同時にその能力は消え去り、僕たち当財団側も胸を撫で下ろしていたものです」
 「…」
 「しかし…」
 「ナツヒがその能力を受け継いだのか」
 「ええ」

 しかし何も証拠がない。仮にそれが本当だとして、この榎津もナツヒに異能者にさせられ、呼び寄せられたのかもしれない。じゃあ、関戸も…お前もなのか。


 「お察しのとおり、僕はナツヒさんに特異な能力を与えられ、この学校にやってきました」
 「ちょこっと待て」
 「はい」
 「じゃあなにか、ナツヒはランダムに異様な能力をどこの馬の骨か分からない輩に振り撒いているのか? しかもさっきの話じゃ、意識して与えることはできないみたいじゃないか」
 「…そういう人間がいて欲しいと願った。すると世界の何処かで異能力者が誕生し、ナツヒさんに周りに集まってくるという仕組みです。しかも…ナツヒさん当人はまさか自分が能力を与えたなんて思わない。初めからそういう特殊な人間がいたんだ、とそう思うわけです」

 はた迷惑極まりない能力だ。しかしそれを本人に伝えても、信じるかどうかは微妙なとこだ。それにしても、あの母親の不可解さには神がかり的なものがあったが、まさか異能を振り撒く人間だったとは…信じようにもまだ信じられないが。

 「関戸もなのか?」
 「いえ。関戸さんはナツヒさん経由の異能ではないのかもしれません」
 「じゃあ関戸は、どこからその能力を?」
 「さあ」
 「さあ…? 分からないのか?」
 「…いえ、関戸さんについてはいまだ不明瞭な部分がありますので、断言は避けたいのです。いずれご本人から説明があるでしょう」
 

 今、説明してくれるんじゃないのか。今日は、関戸の正体と知りたくてわざわざ赴いたというのに、諜報機関に属する榎津も詳しいことは知らない、とは。敵意はないようだが、どうも怪しい。関戸は物質を復元する能力を持っているようだが、それ以上は分からない。


 「関戸自身は知っているのか。自分の出生を」
 「ええ。…たぶんね」

 関戸の話によれば親は遠くにいて、天涯孤独の身らしいじゃないか。可愛そうだという他ないが、誰も正体を知らないというのは少々近寄り難い一因になる。


12 :フレアス :2007/06/19(火) 22:26:31 ID:P3x7nJn3







 「どうやら、本降りになってきたようですね」

 水の雫は、その数を増やし、徐々に落下スピードを上げる。部屋の隅には相変わらず、関戸が無言でモバイルと格闘している。



 「聖書はご存知ですか?」

 なんだ、いきなり。

 「旧約と新約があるのですが、神がその姿に似せてアダムとリリスを造ったり、アダムがその肋骨からイヴを造ったり、…イエスが全ての人間の罪を贖うために死刑になってしまうという、アレです」
 「ああ、それくらいは知っているけど」
 「そうですか。では…もし、アダムやイヴ、リリスやルシファー、イエスやマリアのような人間を現存して欲しいと思った人がナツヒさんなら……。自らの肋骨から人間を作ったり、人の夢を食べて悪魔を産んだり、人の精神に入り込んで自身が代わりに罪を贖ったりする異能を持つ人間が…現存するのなら、どう思われますか?」
 「異常事態だな。…そうとしか言えないだろ」
 「…もちろん、例え話です。ですが、そのような生命体がいつ何処で現れるか分かりません。だからこそナツヒさんの言動を観察、もしくは推察洞察し、世界を変えてしまう危険性を最小限に抑える必要があるのです」
 「そりゃご苦労なこった」

 勝手にやってろ。どうせデタラメだ。でも関戸のあの物質を復元する能力の説明がつかないな。聖書を引用したのも、関戸の正体や能力についてのヒントなのか? ナツヒが関戸レインを異能者にしたのではないのだとすると、一体誰が? いや、元々関戸だけが異能者で、この榎津も関戸に操られている可能性もあるな。だとしたら、この状況ちょっとヤバくないか? 何かの陰謀で、この場で俺が誘拐される可能性もある。…うーん、さすがにそれはないか。俺を誘拐するチャンスなら、今までにいくらでもあったはずだ。


 「この世界には、様々な価値観を持つ生命体が共生している、いえ、一見そのように見えます。しかし、相容れない考え方を持つ何かの存在もあると思うのです。例えば、地球環境を著しく損壊させた人類を恨む何か…、単純に地球を乗っ取りたい種の存在…。ナツヒさんの『異能付加能力』を利用することによって、現在、生態系の頂点に君臨する人類がまさに今、その何かにとって変わろうとしているのなら、それは僕がただの人間であっても、知ってしまった功罪もあり、是が非でも阻止しようと奔走するはずです。ましてや僕は、超能力者ですからね。その能力故に色んなことが分かってしまうのです。時には、知りたくもないこともね」

 「そんな大仰な妄想はどうでもいい。…で、最後の自己紹介は何なんだ」

 自分を超能力者だと言い張るギリシャ神話のアポロンの如き美青年の長い睫が憂いを帯びて、静かに目蓋を閉じ、少ししてから流し目でこちらを見てきた。

 「おっと、…それは聞かなかったことしてください。それとも、もう僕に対する変人扱いは覆らないのですか?」
 「とっくにな」

 「それではそのついでに、ナツヒさんの、…あの方の妄想について少しお話しておきたいのです」
 「あいつの妄想は、お前のといい勝負だな。アイツ、…『この世界と違う世界が同一空間に存在するから』とかなんとか言って、その世界と繋がった『扉』を探しに自転車漕ぎまくって、なぜかこの近辺の怪しげな場所を俺とうろついてた時期があったからな」
 「…なるほど。興味深いですね」
 「…しかしこの世界が奴にとってツマラナイからって、無意識に異能者作って、自分の都合のいいように変えちまおうって…そんな馬鹿な話が…」
 「ふむ…。ツマラナイ…ですか。あなたはどう思います? この世界を」
 「え? …仕方ないだろ、現実なんだから」
 「…何を以って、面白くない、ツマラナイと言っているのか、ナツヒさんから何か聞いていませんか?」
 「…そういや、『この世のどこかに異世界が隠されているから、その世界とそっくりまるごと、とっかえちゃいたいわけ』って、大真面目な顔でいつか言ってたっけな。その詭弁だって、ただの退屈しのぎの一環だよ。深くとったら終わりだぞ」
 「…だといいのですが」
 「自分に合う世界をただ探しているだけだと思うけどね、あの赤毛は。もう少し視野を広げて世界を見たらまた違ってくると思うんだけど」
 「…まだ僕たちは学生ですからね、それは仕方ないことだと思います…しかし、ナツヒさんは常人並には常識を持ってらっしゃると思いますよ。ただ、何かこの世界に決定的な不満や問題意識を持っているようです。それが分かれば策を練ることができるのですが…」
 「推測でものを言うなよ」

 なんだよ、決定的な不満や問題意識って。まさか中二病的、終末的思想じゃないだろうな。





 「ふふ。僕としたことが肝心なことを言い忘れていました。…あなたと関戸さんの運命についてです」


 息抜きに占いでもしてくれるのか。…関戸も何か反応しろよ。じっとモバイルのディスプレイに視線を落としてないで。



 「あなたと関戸レインさんは、必ず結ばれ、子を成します」


 他人ごとだからって、当人たちがいる前で、しれっと断言しやがったな、この金髪ヤサ男。

 「しかしそれはあくまで僕の願望であり、至上命題または最優先事項とでも言っておきましょう。よって、中善寺さんのことは諦めていただきたいのですが…」

 「…あきれ返っていいのか? 昨日、公文書的理由があるとか言ってただろう」
 「まあ、最後まで聞いてください」
 「そうは言ってもな。そんな突拍子もない与太話を延々と自慢気に朗読されてもさすがに滅入るだけだ。…ちょっとくらい冗談でも言ってくれれば、菓子折りでも投げてやるんだけど…」


 「冗談」
 「ふざけるなよ」
 …って、やけに女の子っぽい声だなっと思ったら関戸が言ったのかよ。いきなり会話に入ってくるな。いや、…もしかしてホントに菓子が欲しいから言っただけなのか?



 「やはり…今日はこれくらいにしましょう。グロッキーのようですから。ご静聴、痛み入ります。もし…気持ちに余裕があるのでしたら、僕の特殊能力でもご披露しますが」
 「結構だ」

 「…それはそうと、僕の部下が3日後、到着するそうです。楽しみにしててください。それでは」

 まさかそいつを新入団員にするつもりなのか? 普通の人間じゃあないとなると、ナツヒがまた調子に乗ってしまうぞ。


 「あ」

 関戸がこちらをじっと見ている。榎津よ……、この状況で関戸と俺を部室に置いてけぼりにするのか。どうしてくれるんだよ、この空気。





 このあと、関戸と初めて下校することになる。透明なビニル製の傘を差しながら関戸が先に歩き、俺が後をついていく。

 …しかしとんでもないヤツとこうも関わりまくるとは、ついてないと言うべきなのか。結局、電波ジャック的榎津は何が言いたかったのか…。俺と関戸は結ばれる運命で、おまけにナツヒが世界を滅ぼす可能性がある? …まったくふざけた演説だな。でも、目の前を歩いているか弱い少女が、ひん曲がったドアを瞬時に復元してしまうという素敵な魔法を実演してくれたんだから、信じるしかないのか。…んな、アホな、魔法って。もしかして超自然現象の存在の有無について葛藤しているのか、俺は。


 間がもたないので、俺が関戸に話しかけてみた。

 「関戸さん」
 「関戸でいい」
 「…そう? …じゃ、…関戸」
 「なに?」
 「ちゃんと食べてる?」
 「ええ」
 「そりゃ良かった。またドア壊されても困るしな」
 「そう」
 「榎津の話、聞いてたか?」
 「ええ」
 「本当の話なのか?」
 「…一部は虚偽、または判定不能」
 「そうだよな」

 「……………そう」

 「…そうだよね」

 なんだ、今の間は。その時、関戸はこちらに体ごと振り返る。

 「私は過去におきざ…」

 その瞬間に大型のトラックが通り過ぎさま、歩道横の水溜りの雨粒を弾き飛ばし、見事に俺の鞄にかかる。

 「なんだ? も一回言ってくれ」

 「もし、私がもう一度あのような暴走状態になれば、私はあなたの前から消失するか、自壊する。既にプログラム済み」

 …それはいくらなんでも端折り過ぎじゃないのか。自壊って、自殺だろ。お前もクリスチャンじゃないのかよ。



 「傷つけたくない、あなただけは。…信じて」



 その強い語気を帯びた言葉を最後に、結局そのまま無言でそれぞれ帰宅した。それから3日間はお互い口を利くことはなかった。


13 :フレアス :2007/06/19(火) 22:29:38 ID:P3x7nJn3






 (私のキヲクモバイルを見たいのなら、You Tube 的サイトのSearchエンジンに『雪、無音、窓辺にて』もしくは『snow silence at the window』と入力し、Searchボタンをクリック、その数個ある検索結果から選んで。〜関戸レイン談〜)






                           第1話    完


14 :フレアス :2007/06/19(火) 22:32:55 ID:P3x7nJn3

次回予告





 「榎津、財団ってのはナツヒに異能を与えられた奴の集団なのか?」
 「いえ、全てではないですが、団結してナツヒさんが異世界への扉をノックしないよう頑張っています。……それはそうと、どうするんですか? あのラブリーで刹那な想いのこもったお便りを」
 「決まってるじゃないか…せっかくの好意を無駄にはできまい。ここはやはり男らしくだな…」
 「チョン、いつまでも調子に乗ってると、舌じゃないとこもチョン切るわよっ」
 「え? なんだ、そのシザーハンズはっ。 …せ、関戸、助けてくれっ」
 「あなたは大丈夫」
 「何が大丈夫なんだ、関戸っ。二十字以上で根拠を言えっ。……じ、次回、『京極ナツヒの誘因  第2話 恋のメクルめく冒険』…なんか俺にとっても冒険な気が…」
 「そこの画面の前の君、…次回も観ないと、死刑なんだからっ」
 「視聴率あっが〜れ↑」


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