日常の中の気付かぬ世界


1 :黒い翠鳥 :2008/04/18(金) 22:21:48 ID:WmknrAnA

はじめまして、こんにちは。
自分は黒い翠鳥と申します。

しがない腕で書かれた物語ではありますが、御用とお急ぎでない方はちょっと手を止めてご覧頂けたら幸いです。

それでは、黒い翠鳥の綴る物語、始まりとさせていただきます。


2 :黒い翠鳥 :2008/04/18(金) 22:36:48 ID:WmknrAnA

まだ登校する生徒も少ない早朝の童森(どうもり)市立星観高校。

その屋上に異形の影が一つ。
頭は猿、胴は狸、手足は虎、尾は蛇。
古(いにしえ)に鵺(ぬえ)と呼ばれた妖怪の姿をした者。

異形の者の名は災魔───災いを成す魔物。
その名の通り、人に災いを成す事で生きる存在。

災魔の足もとに灰色の光が溢れる。
光は幾何学模様を描きながら周囲へと広がっていく。
それは災魔が災いを成すために使う、理操術と呼ばれる力。
幾何学模様は二呼吸もする間に、学校の敷地全体へと広がる。

───っとその時、ドンっ!! と言う音と共に屋上の扉が勢いよく開けられた。

同時に何本もの鎖がそこから伸び、先端の三角形をした突起が灰色の幾何学模様に突き刺さる。
幾何学模様を形成していた光は鎖の触れた部分から消失し、そこから幾何学模様全体が消えていく。

災魔が扉の方を向くと、そこには小柄な少女の姿があった。

「………見つけた………災魔………」

蒼き衣と幾重にも取り巻いた鎖を纏い、少女は扉の奥から屋上へと歩み出る。
異形の怪物に臆すことなく向かってくる少女に対し、災魔が咆哮を上げた。

「ヒュイイイィィィィッ!!!」

鵺の名の元になったトラツグミのような鋭く細い声が辺りに響く。
その咆哮は衝撃波となり、コンクリートの床を砕きながら少女に襲い掛かった。

だが、その咆哮は少女に届く前に消失する。
少女の眼前で交差した二本の鎖が不可視の障壁を生み出し、咆哮を完全に打ち消したのだ。

「………この程度なら………私だけで……十分………」

少女はそう呟くと、ゆっくりと片手を上げる。
同時に少女の周囲に六つの水球が出現した。

「………六球海・六槍…」

声と共に六つの水球は形を変え、六つの槍と化す。

しかし、その前に災魔はコンクリートで出来た床を駆け、少女に襲いかかっていた。
水球が槍へと変わった時には、既にその爪が振り上げてられている。
少女の次の一手より、災魔の一撃の方が早い。
触れれば鋼鉄でさえ引き裂かれるような爪が、少女に向かって振り下ろされる。

だが………攻撃が少女に届く直前、その爪が止まった。

……いや、止められた。
少女の纏った鎖によって。

振り下ろされた災魔の爪に鎖が絡みつき、いかなる原理か空中に固定されている。
爪だけではない。
既にその四肢に鎖が絡みつき、災魔の動きを完全に封じていた。

「………捕まえた………」

少女は鎖に囚われた災魔を見据えると───

「………全海掃射!」

───怪物目掛けて腕を振り下ろす。

澄んだ声と共に、周囲に浮遊していた槍が至近距離の災魔を目掛けて一斉に放たれた。
高速で打ち出された水の槍は六本全てが正確に災魔に突き刺さる。
同時に災魔を繋ぎとめている鎖四本を残して、少女は大きく横に跳んで距離を取る。

続けて───

「……蒸気爆破…」

水の槍が爆発した。
その衝撃に災魔の体が、四肢が、尾が捕縛していた鎖ごと砕かれる。
槍を構成していた水が一瞬で気化し、発生した強大な圧力が炸裂したのだ。

「ヒョオオォォォゥゥゥゥ!」

頭だけになった災魔の声が響く。
だが、これで終わりでは無かった。
災魔の周囲に黒い霧のようなものが集まっていく。

「………失敗……核を外した……再生する…」

爆発に巻き込まれない位置で災魔を見ていた少女は小さく呟く。
災魔の本体は、体内を自由に移動する核であり、その体は仮初のものでしかない。
故に核を壊さない限り、いくら体を破壊しても災魔は再生する。

「………次は……もっと…威力を上げる……十六球海・八槍四剣…」

そう言って少女は再び片手を上げた。
先ほどと同じ水の槍が八本。
二つの水球が合わさり、槍の倍の質量を持った剣が四本。
その全てが既に再生の終わったらしい災魔に向けられている。

「………四槍……射出!」

内四つの水の槍が放たれた。
水の槍は高速で、しかも正確に災魔に襲い掛かる。

しかし、先と違って災魔も鎖に囚われている訳ではない。
それが命中する寸前に後ろに跳び、屋上の端へ移動する。
水の槍が寸前まで災魔のいた空間に突き刺さる。

「………逃さない……四槍・四剣…射出!」

だが、それを予測していた少女は、災魔の跳躍に合わせて残りの水の武器を放つ。
着地に合わせて着弾した槍が災魔の体を貫き、僅かに遅れて剣が突き刺さる。
ここで蒸気爆破を使えば、高確率で相手を核を破壊できるだろう。

「……蒸気爆……!?」

だが、言いかけて少女は言葉を止めた。

少女は見た。
災魔が自身の尾を体から切り離したのを。

蛇の尾は校庭に落下し、体は再び黒い霧となって空中に霧散する。
体の方が消えたと言う事は、核は尾の方に移動していたと言う事。
これでは爆破しても意味が無い。

少女は屋上の端まで駆け寄り災魔の気配を探ったが、既に気配の欠片も無くなっていた。
校庭に朝錬の生徒が十数名いるだけだ。

「………誰かに寄生した……探知出来ない…」

災魔は人に寄生する事で己の身を隠す。
その間は気配を完全に消し、見つける事は至難の業である。

少女は諦めて、体の力を抜いた。

「………纏衣解除…」

呟くと少女の纏っていた鎖も蒼き衣も光る粒子となって消え去り、水色の制服姿となった。
そしてポケットから携帯電話を取り出し、とある相手へと掛ける。

「………ごめん……災魔を逃した……引き続き警戒する……そっちも……気をつけて……」

それだけ言って少女は電話を切った。

「………次は逃さない」

呟いて、自身の破壊者たる証、『纏衣の呪布』を握る。

風に、長い紺碧の髪が揺れていた。





これは、異形の怪物『災魔』と、破壊者と呼ばれる者たちの…

日常に在って、決して気付く事の出来ない戦い…

そして、それを知り、気付いた者達の物語……


3 :黒い翠鳥 :2008/04/22(火) 19:41:12 ID:WmknrAnA

非日常の始まり

そろそろ涼しくも感じられるようになってきた十月の初めの朝。
青年は学校へと続く坂道を、欠伸とともに上っているところだった。

青年の通う学校の名は童森市立星観高校、通称星高。
童森市、若葉山の中腹にある学校だった。

さして高い山ではないのだが、延々と坂を登り続けるのは運動部でもない青年には少々きついらしい。
既にうっすらとかいている汗を拭い、青年・陰宮 竜樹(かげみや りゅうき)はまだ先にある母校を見上げた。

「何でこんな所に校舎を建てたかな…全く」

そう愚痴ってみるが、この高校に進学を希望したのは自分なので文句は言えない。
しかしながら半年近くこの坂道を登り続けているのにいまだに慣れる事ができないのだ。
まだしばらく続く道のりを眺めながら、竜樹は「はぁ…」と溜息をついた。

丁度そんな事をしていた時……

「うっす! 竜樹。なんか沈んでんな!」

後ろから声をかけられ、軽く肩を叩かれた。
竜樹が振り返ると、そこに星高の制服を着た男子が立っている。

「咲人か…おはよう…」

竜樹の気の抜けた返答に、男子生徒はやれやれと言う風に肩を揺らす。

男子生徒の名は舞波 咲人(まいなみ さきと)。
やや熱血気味な竜樹の友人で、中学からの付き合いがある。
家が武術の道場をしているそうで、咲人自身もかなりの手練なのだそうだ。
確か徒手空拳を主とする武術だったとは思うが、詳しくは知らない。

「何か悩み事か? オレでよければ相談に乗るぞ!」

「あ、いや。そう言うんじゃなくてな…」

そう言いながら竜樹はまだしばらく上らねばならない坂道に視線を移す。

「…この坂…もう少し何とかならないかなと思ってな…」

「あ、それ、オレも思うぜ」

咲人が笑いながら答えたのを見て、竜樹は到着まで結構な距離のある母校の方に目を向けた。

道の両脇に並ぶ木々の先に見える学校。
長い歴史を持つ古い校舎と最近建てられた白い壁の新しい校舎。
その二つが並んで道の先に見えるのは、竜樹がいつも見ている光景だった。

だが、その視線が新校舎の屋上に移ったとき、竜樹は首を傾げた。
そこにおかしな所は無い。
しかし、何かが違う気がするのだ。

何が違うのかは自分でもよく分らない。
ただ、目に見えない何かがいるような…
否、見えてはいるのだが、頭がそれを認識できていない…
それ故違いが分らない。
そんな言葉では言い表せないような妙な違和感があるのだ。

それを見つけようと竜樹が屋上を凝視していると…

「……樹、おい、竜樹!」

「おう!?」

「『おう!?』じゃねぇって…どうしたんだ? ぼさっとして…」

さっきから呼ばれていたのに気がつかなかった。
無言で学校の方を凝視していた光景はかなり変に映っていただろう。

「あー…すまんすまん。ちょっと校舎の屋上が……あれ?」

再び校舎の方を見たとき、既に先ほどの違和感は消失していた。
あるのはいつも通りの校舎だけだ。

「どうした?」

「あ、いや、すまん。気のせいだったみたいだ…何でも無い」

「そうか? ならいいが…」

昨日は寝るのが遅かったから疲れがとれていなかったのかも知れない…
それで変な感じがしたんだろう。

竜樹はそう結論付けると再び坂を登りだした。

この時感じた奇妙な違和感…
これが後に竜樹が出会うことになる非日常の始まりだったのだが、この時はまだ彼は気づいていなかった。


4 :黒い翠鳥 :2008/04/25(金) 21:41:17 ID:WmknrAnA

幼馴染

その日の昼休み。

昼食を食べ終えた竜樹は机にうつ伏していた。
四時間目にあったマラソンのせいで体力が限界に来ていたのだ。

元々運動は得意ではない。

今日の昼食がたまたまパンで良かった。
いつも通り弁当だったら食べる気力も起きなかったかも知れない。
そんな事を考えていた時だ。

「………大丈夫?」

そんな声が横から聞こえてきた。
竜樹がそちらの方を見ると、そこには小柄な少女が机に手をついて竜樹を覗き込んでいた。

腰元まで延びた長い髪をひと房だけ結んでいるその少女は一見すると中学生、下手をすると小学生にも見える。
だが、星高の制服と今年の一年の証である赤いリボンが竜樹と同学年である事を物語っていた。
その控え目な背丈は竜樹の肩にも届いておらず、恐らく140センチ無いだろう。

「雫か…全然大丈夫じゃねぇ…」

それが誰なのかを確認した竜樹は再び机にうつ伏した。

少女の名は海月 雫(うみづき しずく)。
家が竜樹と隣同士であり、幼い頃より何かと縁のあった少女である。
雫の両親が共働きなせいで、小さい頃はよく竜樹の家に遊びに来ていた。
誕生日が竜樹より半年早いためか、何かとお姉さんぶっているのだが、見た目とのギャップもあって竜樹としては複雑な気分である。

「一時間近く延々と走り続ければ誰だってへばるっての…」

「………それは……普段運動しないから…」

否定はしない。
そう言えば雫も同じだけ走っていたと思うが、特に疲れた様子など見せていなかったような気がする。
この小柄な体のどこにそれだけの体力があるのだろうか?

「………疲れたんだったら……お姉さんに……お・ま・か・せ……」

そう言うと雫は自分のカバンから水筒を取り出し、蓋になっているコップに中身の液体を注ぎ始めた。

「………特製のミックスジュース……疲れが取れる…」

そう言って渡されたコップの中には緑とオレンジを混ぜたような色の液体が注がれている。
竜樹が一気に飲み干すと、意外に美味しかった。
雫がおかわりを注いでくれたのでもう一杯飲み干す。

「ふぅ、美味しかったよ。サンキュー」

「………お粗末さまでした…」

そう言って雫はコップを元に戻し、水筒を片付けた。

何か元気が出た気がする。
それがジュースの効果かは分らないが…

「大分疲れが取れた気がするよ。ありがとな」

「………それは何より……じゃぁ…私は図書室行くから……」

そう言って場を離れようとした雫だったが、途中で何かに気付いたように立ち止り───

「ん?どうした?」

「………あのコップ……さっき私も使った…」

そう言ってこちらを向き、笑顔で───

「………間接キス…」

「な!?」

それだけ言って教室から出て行ってしまった。

雫にとっては、からかっているだけと言うのは竜樹も知っている。
だが、彼女でもないのにそう言うからかい方は止めてほしい。
教室にはまだ人だって残っているのだし………


5 :黒い翠鳥 :2008/04/29(火) 19:16:30 ID:WmknrAnA

発明家

雫との件でクラスメイトにも色々とからかわれた後、竜樹は視聴覚室の方へと足を延ばしていた。

最初は図書室へ行こうかと思っていたのだが、よく考えたら雫も図書室へ行くと言っていた。
またからかわれでもしたら堪らない。
そんな訳で視聴覚室のパソコンでインターネットをしていたのだが、お気に入りのサイトの更新も無く、基本的に暇を持て余していた。

そして、一通り巡回も済んで一息ついた所に…

「何をそんなに暇そうにしているのだ、マイ・フレンド・竜樹」

そう声をかけられた。

竜樹の前にマイ・フレンドなんて付ける奴は一人しかいない。
そう思いながらそちらを向くと、案の定その人物が隣の椅子に腰掛け、片手でパソコンを操作している。

いつの間に来ていたのだろうか、全く気が付かなかった。

「冬至…そんなに暇そうに見えるのか? …まぁ、実際暇だが…」

古柳 冬至(ふるやなぎ とうじ)。それが隣の人物の名だ。
竜樹と同じ刻高の一年なのだが、常に白衣を着ているため異常に目立つ。
背が高く顔立ちも整っているため、黒縁の眼鏡をもう少しセンスのいいやつにすれば結構もてるんじゃないだろうか。

……いや、そうでも無いか。
冬至の性格…特撮ヒーロー好きで発明好きで変人ってのは学校中に知れ渡っているからな…
時々友人の竜樹も同じように見られるのは勘弁して欲しい。

学校の成績は今一つなのだが、それは古典や地理・歴史等の教科が足を引っ張っているせいであって、理数系の教科の成績は群を抜いている。
趣味の発明をするための知識はすぐに覚えられるそうだ。

あと、結構早起きだったりする。
朝の特撮ヒーロー番組を見逃さないためらしい。

「俺が暇なのはいいが…お前は何をやってるんだ?」

冬至はさっきから竜樹の方を向きながら片手でパソコンのキーボードを叩いていた。
しかもかなり早い。
よく画面を見ないでそんな芸当ができるものだ。

「ふむ、吾輩も暇だったのでな。ちょっと某国の軍事コンピュータにハッキングを…」

「本当に何やってんだ!!」

「……冗談にきまっておろう」

お前が言うと冗談に聞こえないんだが…

「単に今作っている発明品用の制御プログラムを書いているだけだ。マイ・フレンドの期待に添えられるような物ではないぞ」

別に何かを期待していた訳では無いのだが…

それはまぁいいとして、また何か作っているようだな…
前回は確か万能皮むき機だったか?
便利といえば便利だったが…
ジャガイモや人参の皮がきれいにむけるしな。

「一体今度は何を作るつもりなんだ?」

「うむ、今度は全自動洗濯機だ」

「…お前にしては普通だな」

また妙な品でも作っているのかと思ったが、案外普通の生活家電だ。
まぁ、普通は全自動洗濯機なんて作れはしないが…

「知広からの頼まれ物だ。家の洗濯機の調子が悪いようなのでな」

そう言えば知広ちゃんがそんな事を言っていた気がする。

ちなみに知広ちゃんは冬至がよく行く喫茶店の娘さんで、確か今中学二年だったと思う。
竜樹も冬至や雫といっしょに行くことが多いので、それなりに面識があるのだ。

「ところでマイ・フレンド、ひとつ相談なのだが…」

「……何だ?」

次回の発明のモニターをやってくれとかか?
どんな物を作るかによっては引き受けてもいいが…

「今作っている全自動洗濯機、実はもう本体は完成しているのだ。あとはこの追加プログラムを入力して微調整をするだけだ」

そうか…それで?

「今日の五時半までには完成するのでな、それから知広の所へ持っていこうと思うのだが…なにぶん吾輩一人では少々荷が重いと思うのだよ」

確か冬至は星高の付属寮に入っていたはずだ。
多分洗濯機はそこにあるのだろうから、そこから知広ちゃんの家までとなると……結構あるな。
なるほど、洗濯機の重量の意味も含めて、確かに荷が重そうだ。

「……要するに運搬を手伝えと…」

「話が早くて助かる。なに、タダとは言わん。『ざしきわらし』で夕食くらい奢らせてもらおう」

『ざしきわらし』と言うのは知広ちゃんのいる喫茶店の名前だ。

まぁ、それなら引き受けてもいいだろう。
あそこの料理はうまいからな。

「スペシャルカレーと食後にチョコパフェを付けてくれたらいいぞ」

「了解した。交渉成立だな」

その後、冬至と先週の特撮戦隊物の話をしていたら昼休みが終わりを告げた。
後で母さんに『夕食は冬至と外で食べる』ってメールしておかなきゃな…


6 :黒い翠鳥 :2008/05/02(金) 00:00:57 ID:WmknrAnA

違和感

昼休みも終わって五時間目、数学の授業での事。

竜樹が妙な違和感を感じたのは黒板に書かれた問題を解き終わり、ふと顔を上げたときの事だった。
それは朝に学校の屋上を見上げた時に感じたものに近い…

普段の光景との違いは目に見えている。
だが、違う所が頭で理解できていない。
それ故に違いが分らない。
それでも、視覚からもたらされる映像と頭の中で理解している現状に違う所があると竜樹の第六感が告げている。
それ程表現し難い違和感が竜樹を襲ったのだ。

最初は四時間目のマラソンの疲労が今頃になって出てきて、それで変な感じがしているのかと思った。
少し経てばこの違和感も収まるだろう。
朝もすぐに消えたし…

そう判断した竜樹は気を紛らわすべく、黒板に書かれた解説をノートに写していった。

しかし、その違和感は授業時間を半分過ぎても消えることはなく、むしろ強くなっていく。
特に右前方の席を見たときに違和感が強い。
流石に鬱陶しく思った竜樹が、違和感の正体を探ろうとするまでにそれ程時間はかからなかった。

竜樹の席は前から四番目の右から三番目。
それより前の右方向。
そこに違和感の正体がある。

「とりあえず、机の周りから注意してみるか…」

どこかの席の周りにあるとは限らないが、方向の見当しかついていない以上、一つ一つ探っていくしかない。

まずは一番右の列…
一番前の席に集中すると、若干違和感が和らいだ。
どうやらここでは無いらしい…
違和感が和らいだのは集中したために他の所に気が回らなくなったためだろう。

二番目の席は…
ここも違うようだ。

同じく三番目の席も特に違和感を感じるところは無い。

「この列は違うのか…」

次は二列目の一番目…

「ここも違う…」

そう言いながら視線を二番目の机に移した時だった。

「!?」

一瞬強烈な違和感を感じて目を閉じてしまった。
それと同時に強い頭痛が襲ってくる。

「な…何だ…今のは…」

頭を押さえながら目を開けた竜樹はそこで固まってしまった。
頭痛はだんだんと治まり、そこに見えるものを脳が認識していく…
竜樹はすぐにそれを受け入れられなかった。

五時間目の数学の時間…その席の人物は、皆と一緒に授業を受けていると思っていた。
もし、その席に誰もいなければ、その席を見た瞬間に気がつくだろう。
だが、竜樹は今の今まで気付かなかった…
そちらの方は…その席は何度も見たはずなのに…

右から二列目の二番目の席…
そこに、その席に座っているはずの生徒───海月 雫の姿は無かった…


7 :黒い翠鳥 :2008/05/08(木) 20:48:10 ID:WmknrAnA

雫の行方

六時間目の日本史の授業が終わり、HRが済んでも雫は戻って来なかった。
すでに部活のない人は帰り始めている時間帯。
五時間目に感じた違和感はもう無くなっている。

「昼休みまではいたよな…」

雫の机の横には、雫の学生鞄がかけたままになっている。
あの中に入っている水筒のジュースを竜樹は昼休みに貰ったのだ。

はじめは体調でも崩して保健室に行っているのかと思った。
それで五・六時間目の間の休憩のときに保健室を覗いてみたのだが、どうやら雫は来ていないらしい。
鞄はあるから帰った訳ではなさそうだ。

他に雫の行きそうな所に心当たりはない。
雫の性格からしてさぼりと言う可能性は低そうだが…

それに、竜樹には一つ分らない事がある。
五時間目の始め、雫がいない事に気付かなかった事だ。

竜樹が気付いたのは授業も中盤を過ぎてから。
しかし、今思い返してみると、五時間目の始めから雫はいなかったように思えるのだ。
休憩時間、咲人に雫が何所へ行ったか知らないか? と聞いてみたのだが…

『そう言えば居ねぇな、五時間目には席に居たが……どこ行ったんだ?』

との回答だった。

『五時間目には席に居た』

咲人は確かにそう言った。
五時間目前半の竜樹と同じように、雫は席で授業を受けていたと思っているのだ。

だが、五時間目に雫の姿は席には無かった。
これは一体どう言う事なんだろうか…
雫に直接聞いてみれば何か分かるだろうか…

竜樹が丁度そんな事を考えていた時だ。

「おーい、竜樹! 帰りにゲーセンでも寄ってかねぇか?」

咲人にそう誘われた。
個人的には行きたいが、今日は冬至との約束がある。
一度引き受けた以上、ドタキャンする訳にもいかないしな。

「悪い、今日は先約があるんだ。」

「そうか…それじゃ、仕方ねぇな」

そう言うと咲人はちょっと考えてから…

「……雫とデートか?」

「!?」

な、何でそうなる…
…って言うか雫と俺はそんな関係じゃないんだが…
仲がいいのは認めるが、あいつはただの友達。せいぜいが幼馴染ってとこだ。

「先約と聞いてもしかしたら…って思ったんだが、当たってたか?」

「外れだよ…冬至の発明品の運搬手伝うことになってる」

「そうか…頑張れよ!」

洗濯機だから重そうだとは思うが、二人で運べば何とかなるだろう。

まぁ冬至の事だ。
無理だと判断してたらもっと人を集めているだろうし、こう言う時のための発明品もあるだろう。

「ところでさ、雫とは何かあんのか?」

「は?」

どう言う意味だ?

「いや、お前さぁ、六時間目の間ずっと雫の方みてたじゃねぇか。それでさっきはデートでもあって気になってんのかなって思ったんだが、それが違うとなると何でかなって思ってな」

六時間目にも雫は席にいなかった。
それでも咲人は、竜樹が雫を見ていたと言ったのだ。
やはり、咲人は六時間目にも雫は席にいたと思っている。
たぶん、雫がいなかったと言っても変に思われるだけだろう。

「…いや、ちょっと雫の謎について考えていてな…」

「………? ……私がどうかした?」

「…何であんなに発育が悪いのか……って、雫!?」

適当に誤魔化そうとした竜樹は驚いた。
咲人とは反対の方向に、いつの間にか雫が立っていたのだ。
いつ戻ってきたんだ!?

「………何の話してたの?」

「竜樹が日本史の授業中ずっとお前を見てたからさ、今日あたりデートにでも誘うつもりだったんじゃねぇかって思って尋問してたトコだ」

「………そうなの?」

いや、咲人…そんな言い方は止めてくれ…
からかうネタにされるのは目に見えている。

「………ごめん………今日は部活あるから……デートできない…」

いや、そんなつもりは全く無かったんだが…

「………今度……お姉さんから誘ってあげる………」

雫はそう言ってニコッと笑うと、自分の鞄を取って教室から出て行ってしまった。
そう言えば雫って何部だったか?

「良かったじゃねぇか、竜樹! 今度お誘いがあるってさ!」

「……ああ…楽しみにしてるよ……」

もう、そう言う事にしておこう。
この話はさっさと終わらせたいし…

そう言えば雫が何所へ行っていたのか……聞きそびれてしまったな……


8 :黒い翠鳥 :2008/05/22(木) 21:21:45 ID:WmknrAnA

看板娘

「いらっしゃいませ」

竜樹と冬至が喫茶店の扉を開けると、元気な女の子の声が飛び込んできた。

「失礼するぞ、知広」

「こんにちは、知広ちゃん」

「あ、冬至さん、陰宮さん。こんにちは、なのです」

竜樹達が挨拶した女の子の名前は深川 知広(ふかがわ ちひろ)。
地味な服装でいる事が多く、素朴な感じのする少女である。
情報収集が趣味という面があり、以前雫に『知りたい事は知広に聞くと良い』と言われた。

多分竜樹より頭がいいだろう。
まだ中学二年生なのに…

ここ、喫茶店『ざしきわらし』でウエイトレスをしており、看板娘としてお客にはなかなか人気がある。
一応言っておくとアルバイトという訳では無い。
この喫茶店は知広の父親の個人経営なので、家業の手伝いだ。

挨拶の後、冬至がそのままカウンター席に座ったので、竜樹も隣に座る。

「マスター、先日吾輩が頼まれていた品、先ほど運搬まで終わったぞ」

「いつもすまないね。言ってくれれば取りに行ったんだが…」

「いや、この程度は問題ない。それよりも、前のと同じ位置で良かったかな?」

今、冬至が話しているのが知広ちゃんのお父さん、深川 雄蔵(ふかがわ ゆうぞう)さんだ。
結構気さくな人で、初対面の人でも話しやすい雰囲気を持っているためか、交友関係が広い。

話の内容は先ほど竜樹達が運んできた洗濯機の事だろう。
今日の昼休みに冬至に頼まれたやつである。

放課後、竜樹は冬至と共に寮から洗濯機を深川家に運んだ後、喫茶店『ざしきわらし』にやって来た。
『ざしきわらし』は深川家の南側の一部を使って作られているため、家から外に出る必要なく行けるのだが、流石に部外者がそこを使うのは気が引けたので、外を回ってきたのだ。

まぁ、そんな事はどうでもいいか…

「陰宮さん、メニューをどうぞ」

そう言われて竜樹は知広からメニューを受け取ると、冬至の方を見た。
話はいつの間にか特撮の巨大ヒーローの話になっている。
この手の話は冬至だけではなく雄蔵さんも好きなのだ。

「陰宮さん、御注文がお決まりになりましたら、お呼び下さいなのです」

「あ、もう決まってる。スペシャルカレーとチョコパフェ。パフェは食後で」

「スペシャルカレーと食後にチョコレートパフェですね。少々お待ちくださいなのです」

オーダーを繰り返す知広ちゃん。

「お〜い、冬至。お前はどうするんだ?」

「………やはり、吾輩としては最新のCGを使った………っと、どうしたのだ? マイ・フレンド」

「いや、注文どうするんだ?」

既に、かなり話に夢中になっていたらしい。
たぶん放っておいたら食事もせずに閉店まで話しているんじゃないだろうか。

「吾輩は、そうだな……今日は獣王戦隊ランチにするとしよう」

「好きだな…それ…」

獣王戦隊ランチと言うのは、雄蔵さんが開発した『ざしきわらし』オリジナルランチの事だ。
日曜朝に放送している、獣王戦隊ヒャクレンジャーと言う特撮戦隊物の主人公達の好物を元に作ったランチらしい。
ちなみに、歴代の戦隊の分、全てあるそうだ。

「獣王戦隊ランチですね。少々お待ちくださいなのです」

そう言うと、そのままカウンターの中に入って雄蔵さんにオーダーを伝える知広ちゃん。
丁度その時、竜樹は知広の右腕、袖の下に何かが巻かれている事に気がついた。
白くて細くて長い布状の物が、ぐるぐるに巻かれている。

あれは──包帯だろうか。

「なぁ、冬至。知広ちゃん、腕を怪我したのか?」

「いや、そんな話は聞いておらぬが?」

「そうか、なら俺の勘違いか」

もし本当に怪我をしたのであっても、知広ちゃんや雄蔵さんと仲が良い冬至が知らないとなると、大した事はないのだろう。
第一、大した事のある怪我だったら、店に出てきてはいないだろうし。

もしかしたら、何かのファッションなのかも知れない。
竜樹はその方面には疎く、よく分からないのだ。

「ところで、マイ・フレンド。最近の戦隊の傾向についてなのだが……」

「ん? あぁ、そうだなぁ…」

そんな事を考えていたら、いきなり冬至が特撮の話を振って来た。
どうやら、雄蔵さんが調理の方に入ったため、話の矛先が竜樹に向いたらしい。
料理が出来るまで、退屈はしないだろう。
そう考えて、竜樹は冬至との昼休みの会話の続きを楽しむことにした。

半分くらいは冬至が一方的に話してたんだけどな。


9 :黒い翠鳥 :2008/06/06(金) 22:28:56 ID:WmknrAnA

邂逅

その日の夜。
竜樹が『ざしきわらし』での食事を終え、冬至と別れて帰路についていた時の事である。

「たまには運動がてら、ちょっと寄り道でも……と思ったんだが、不味かったかな?」

現在竜樹がいるのは、市内にある大きな公園だった。

すでに日はとっくの昔に落ち、あたりはすっかり真っ暗になっている。
食後に冬至や雄蔵さんと長話をしていたせいか、ずいぶんと遅くなってしまった。
その上、公園に寄り道して周囲を一周する遊歩道を歩いて来たのだ。
おかげですっかりいい時間である。

「素直にさっさと帰るべきだったか……」

家には遅くなるかもと連絡しているから、あまり心配はかけていないと思うのだけれど。

そろそろ帰ろう……
そう思って公園を出ようとした時だった。
視界の端に、公園の中で輝く奇妙な光を捉えたのは。

最初は公園の街灯が何かに反射しているのかと思った。
だが、そうではない。
光は地面に沿って輝き、その光の色は見たことも無い灰色だった。

「なんだ…ありゃ…」

近づいてみると光の線は二重になっており、その中に電子部品を思わせる幾何学模様が走っていた。
その湾曲した二重線は、公園を囲むように円形に伸びている。
先ほど遊歩道を歩いていた時には、こんな物は無かったはずだ。

しかも光を発している物体が見当たらない。
その光は直接地面で輝き、不思議な模様を形作っていた。

「何か…魔法陣みたいだな…」

そう思った瞬間だった。
最初は二重線の中にのみ描かれていた幾何学模様が、公園の中心に向かって広がっていったのだ。

この公園、その中心に何かがある。
普段の竜樹なら得体のしれない何かに恐れ、この公園に近づかなくなっていただろう。
だが次の瞬間、竜樹はその模様の中へ足を踏み入れていた。

行ってみたいと思ったのだ。
その模様の中心へと。
それが好奇心だったのか、他の何かだったのかは分らない。
ただ、竜樹は歩き出していた。

足元には神秘的な模様が輝いている。
これが灰色でなければ美しい光景だっただろう。

ここの公園は相当な敷地面積があり、中心まではかなり距離がある。
しかも途中に二か所ほど、区域を分けるための防風林があるため、ここから中心の様子はわからない。

夜の静かな公園に、自分の足音だけが響き渡る。
しかし、一つ目の防風林を越えたところで、竜樹は別の音を聞いた。
それは何か金属同士がぶつかる様な音。

「あっちか…」

その音は公園の中心から聞こえてくる。
竜樹はその方向へ向かって足を速めた。

響き渡る金属音はだんだん大きく、はっきりと聞こえるようになってくる。
既に得体の知れない物への恐怖感よりも好奇心の方が勝っていた。
竜樹はそんなに好奇心旺盛なタイプでは無い。
ただ、今は何かが竜樹の好奇心を後押ししているような感覚があるのだ。

そんな不思議な感覚に押されて二つ目の防風林を抜けた先で…

「な、なんだ…これは…」

竜樹は立ち竦んでしまった。
すぐに何が起こっているのか理解できなかった。
それは竜樹が過ごしてきた日常とは無縁のものだったから。

目の前で二つの影がぶつかり合う。
ぶつかった衝撃で火花が飛び散り、重く鈍い金属音が響き渡る。
二つの影が、お互いを破壊せんと衝突する。
その二つは戦いを繰り広げていたのだ。

いったい何が…

一つは四足の大型の動物。
茶褐色の胴に黄色の地に黒の横縞を持つ四肢…
頭は猿のようにも見え、尾の先には蛇の頭が覗いている。
昔、妖怪図鑑でこの怪物のイラストを見たことがある。
その空想上の怪物の名は…

「鵺…?」

そしてその怪物の爪を、纏った鎖で受け流し、透き通った剣を振るうのは人の影。
紺碧の軌跡を残して舞う長い髪。
蒼き衣に身を包んだ小柄な少女。

「…誰だ?」

いや、誰? じゃない…
竜樹は知っている。
間違えるはずが無い。

それは幼き頃からの縁を持つ隣の家の少女…

「何で……雫が……」

竜樹が目にしたのは…怪物と戦う、幼馴染の少女・海月 雫の姿だった。


10 :黒い翠鳥 :2008/06/30(月) 21:36:07 ID:WmknrAnA

戦う少女

「………捕縛して……鱗鎖!」

『私』の声とイメージを読み取り、纏った鎖の内の四本が異形の怪物に向かって迫る。
だけど怪物は襲い来る鎖の間をすり抜け、刹那の間に接近してきた。

すれ違い様に放たれる鋭い爪の一撃を、残る四本の鎖で受け流す。
同時に私は手にした剣を振るうけど、その刃は怪物の牙に阻まれる。
そのまま怪物は勢いを落とさず走り抜け、再び距離を取って私と対峙する。

怪物の名は『災魔』───災いを成す魔物。
平凡な日常を脅かす、私達『破壊者』の敵。

そしてこの災魔は恐らく、私が今朝学校の屋上で取り逃がした相手。
二度も逃がす訳にはいかない。

強いイメージを込めて私は鎖を続け様に放つけど、全て紙一重でかわされる。
災魔の速度に、鎖のスピードが追い付かない。

この災魔、朝の時よりも速くなってる。

「………でも……それなら……」

先に機動力を落とせばいいだけ!

「………十二球海・三十六矢…」

私は理操術を使って十二個の水の玉を生成して、それを三十以上の水の矢に変化させる。

理操術───それは理(ことわり)を操る術(すべ)。
災魔が災いを成すために使う力を、破壊者は災魔と戦うために使う。

災魔の速度の軌跡を予測し、水の矢のスピードを考慮して狙いを定める。

全部当たらなくてもいい。
一本でも当たれば蒸気爆破を使い、機動力を落とすだけのダメージを与えられる。

その位のダメージではすぐに回復してしまうだろうけど、その僅かな時間があればいい。
私の鎖で捕まえるには十分な時間。

「………今…全海掃射!」

狙いを中心に、三十六本の矢を拡散して放つ。

狙いは───的中!

災魔は予測した通りの場所にいる。
これなら、回避することは不可能。

「ヒュイイィィィッ!」

「!?」

災魔が吼える。
だけどそれは、水の矢に穿たれた悲鳴ではない。

咆哮は衝撃を伴い、水の矢を薙ぎ払って迫り来る。
私は瞬時に鎖を交差させて不可視の障壁を作り出す。
衝撃と障壁がぶつかり合い、その余波は大地を砕いて砂ぼこりを巻き上げる。

危なかった。
私の攻撃に対して、回避じゃなく追撃───しかも反撃まで仕掛けてきた。
避けようとしていれば確実に当たっていたのに。

やっぱり、朝戦った時よりも強い。

「……だけど……このくらいの攻撃なら………」

「ヒュイイイィィィィッ!!!」

「……え!?」

次の手を打とうとした時に、災魔が再び吠えた。
直後、更に強い衝撃が鎖を揺るがす。

鎖がギシギシと音をたて、不可視の障壁に波紋が広がる。
先ほどより明らかに高い威力を持つ咆哮。
でも、今度はその余波が地面を砕くことはない。
その衝撃の全てが、鎖と不可視の障壁に与えられている。

「………まさか……咆哮を収束!?」

あの災魔は周囲に広がるはずの咆哮の衝撃を、一点へ集中させる事でその威力を高めている。
効果範囲は極端に狭まるけど、その分威力は段違い。
普通の咆哮なら何発でも防げる自信はあるけど、これはちょっと不味いかもしれない。

「ヒュイイイィィィィッ!!!」

三度目の咆哮。
収束咆哮が、再び鎖を揺るがす。

数回の収束咆哮で砕けるほど、私の鎖は柔じゃない。
けど、このままじゃ、私も攻撃に移れない。
下手をすると、このまま押し切られる危険もある。

………次に災魔が吼えた時、仕掛ける!

私は纏った八本の鎖の内、二本の標準を災魔に向けた。

狙いは災魔が攻撃する瞬間。
たとえ災魔でも、その瞬間には確実に隙が生まれる。
これ程の威力の攻撃ならば尚更だ。

収束咆哮を六本の鎖で受け切り、その隙を突いて二本の鎖で捕縛。
そのまま引き付けるか、鎖を伝って一気に接近し、剣を突き刺す。

この剣は先ほどの矢と同じく、理操術で生み出した水で構成されている。
これだけの質量の蒸気爆破なら、十分災魔の核を破壊できるだけの威力がある。

「ヒュイイィィィッ…」

四度目の咆哮。

「…今!」

そのタイミングに合わせて、私は鎖を放つ。
同時に、目の前で交差する鎖に収束咆哮を防ぐための強固なイメージを与える。
十分な防御力と、十分な速度を持って、私は災魔の収束咆哮を迎え撃つ。

だけど───衝撃は来なかった。

「…え!?」

気付いた時にはもう遅い。
災魔の姿が、目の前から掻き消えた。

目標を失った鎖が、空しく宙を切る。

読まれていた。
私が攻撃の隙を狙ってくることを。

四度目の咆哮はフェイント。
災魔の隙を狙うはずが、逆に隙を作ってしまったのは私の方。

その一瞬で、災魔は私の死角に入った。
後ろから迫る強力な殺気。
回り込まれた!

既に展開し終えた鎖を、防御に回す時間はない。

「…くっ!」

気配だけを頼りに、振り向き様に水の剣で追撃を試みる。

剣と爪。
お互いの武器が衝突する。

災魔はもう、目の前に迫っていた。

水の剣が弾き飛ばされる。
力負けした。
剣を掴んでいた両手がしびれる。
でも、今はそんな事を気にしていられる余裕はない。

刹那の後に迫りくる災魔の牙。
もう私には、それを防ぐ武器はない。

上半身を噛み砕こうとするその牙を、体を無理やり後ろに反らす事で回避する。
だけど、かわし切れない。
災魔の牙が、私の蒼い衣ごと皮膚を引き裂く。

理操術によって鋼鉄以上の強度を持つはずの蒼い衣が、普通の布のように破られてしまった。
傷は浅い。
でも、そんなの慰めにもならない。

無茶な体勢で避けようとしたため、私は後ろ向きに倒れてしまった。
これだともう、次の攻撃が避けられなくなる。

傷から流れ出た鮮血が、衣の蒼を変色させていった。


11 :黒い翠鳥 :2008/07/14(月) 22:09:31 ID:WmknrAnA

衝動

「……な、何なんだよ…一体!」

怪物と幼馴染。
大地を高速で駆けまわる巨体の怪物と、鎖と水を自在に操る小さな少女。
その戦いを目の当たりにして、竜樹はその場を動く事が出来なかった。

巻き込まれれば命に関わるのは確実なのに、足が凍りついたように動かない。
逃げる事が出来ない。

竜樹には今の戦闘でどんな駆け引きがあったのかは分からない。
だけど、結果だけは分かる。

鎖が怪物を捕える事は無く、雫は怪物の牙に倒れた。
衣服を引き裂かれ露になった腹部は、見る間に鮮血に染まっていく。
そして、雫の振るっていた剣は怪物の爪に弾かれ─────今、竜樹の目の前に突き刺さっていた。

このままだと───

「…雫が…殺される…?」

これは夢なのではないか?
そんな事まで考えてしまった。

幼馴染が怪物と戦い、殺されそうになっている。
竜樹の見た光景が、あまりにも現実離れしていたから。
だが、握ったこぶしの感触が、これが現実である事を教えていた。

再び怪物の口が開かれる。

これが閉じられた時どうなるか、竜樹にだって容易に想像がつく。
雫にはもう、それを防ぐ物は無い。

───待っているのは、死の一文字。

心臓の鼓動が速くなる。

……嫌だ…

額から流れた汗が頬を伝う。

……嫌だ…

目を背けそうになる。

……嫌だ!!!

だがその感情が、他の全ての考えを押し流す。

……雫を……殺されてたまるか!!!!!

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!」

刹那の間の思考。
気付いた時には既に走り出していた。

同時に、目の前にあった剣を引き抜く。
ズッシリとした重みが腕に伝わる。
恐怖を感情でねじ伏せ、ただ怪物に向かって駆ける。

「ヒョオゥ?」

「…え!?…竜樹!?」

怪物と雫も竜樹に気付いた。
だが関係ない。

雫を殺されたくない───

───その為に、怪物を殺す!

冷静な判断など全くできない。
自身の危険など、まるで考えていない。

竜樹はただ、その刹那の感情だけで振り上げた剣を───

「どりゃああぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

己の力の全てを込めて──振り下ろす!!!

「ヒョオォゥゥゥ!!」

「っ───!?」

刃が怪物の前足に食い込んだ。
その手応えが、握り締めた両手に伝わる。

「ヒョオウゥゥゥゥッ!!!」

堪らず怪物が悲鳴を上げる。

ただの力任せの一撃だ。
だけど、効いている!

「もう一発っ!!」

これで終わりではない。
まだ、怪物は死んでいない。
それでは、雫は助からない。

次の一撃を放つ為、剣を再び持ち上げようとする。

その時───

「…危ない! …逃げて!」

「え……?」

どんっ───と、鈍い音がした。

腹に強烈な衝撃。
それと同時に目の前から怪物が消えた。

見えるのは空──
竜樹は宙を舞っていた。
怪物の尾が竜樹の腹を薙ぎ払い、上へ放り投げたのだが、今の竜樹の知るところでは無い。

どれほどの力で放られたのか、数秒の上昇の後、一瞬景色が停止した。
そして、今度は重力に引かれて落ちてゆく。
視界の隅に見える地面はかなり遠い。

この高さから落ちたら───

景色がスローモーションになる。
地面がゆっくりと近付いて来る。
さっきの衝撃のせいか、体が動かない。
動いたとしても空中では何も出来ないだろうが。

そして竜樹はそのまま地面へと───

「全く、無茶するのです」

───衝突する寸前に、誰かに受け止められた。

直後に連続して響く爆発音。
その中に混じる怪物の咆哮。
そして、聞き覚えのある人の声。

竜樹は自分を受け止めてくれた人物に顔を向ける。

「大丈夫ですか? 陰宮さん」

その人は、竜樹が知っている少女───
ほほ笑む知広ちゃんの顔を見ながら、竜樹の意識は深い闇に落ちて行った。


12 :黒い翠鳥 :2008/08/05(火) 08:21:36 ID:WmknrAnA

二人の正体

見慣れない天井。
それが目を覚ました竜樹が見た最初の光景だった。

肩まで掛けられた布団の感触。
どうやら寝台に寝かされているらしい。

「俺は…一体…」

いまいちはっきりしない頭で考える。

確か…『ざしきわらし』からの帰りに公園に寄って…
そこで雫と怪物が戦ってて…

「そうだ、雫は!?」

上半身を起き上がらせると腹部にズキリと痛みが走った。
自分が宙へ跳ね上げられた時と同じ個所が痛む。
やっぱり……あれは夢じゃない。

「……! …竜樹!」

傍で竜樹を呼ぶ声。
その方を見ると、涙を浮かべた雫が立っている。

「………よかった……私……竜樹が死んじゃうかもって……」

安堵して気が緩んだのか、雫の両目から涙がこぼれ落ちる。

「俺よりも……雫、お前は大丈夫なのか?」

あれが夢でないなら、雫は怪物の攻撃を受けて血を流していたはずだ。
結構な量、出血していたんじゃないだろうか。

「………大丈夫……見た目が……派手だっただけ………もう治った……」

「そう……か……」

すぐに治るような怪我じゃないと思うんだが。
もしや、それほどの時間、自分は眠っていたんだろうか………

「あ、陰宮さん。お目覚めですか?」

雫とは別の方向から、雫とは別の声が聞こえてきた。

「まだ起き上がらない方がいいのです。陰宮さんの怪我はまだ完全に治ってないですから」

知広ちゃんだった。
自分が気を失う直前に見た、自分を助けてくれた少女。

「先ずはお礼を言うのです。海月さんを助けていただいて、ありがとうございました」

雫を助けた……って、あぁ、あの無我夢中で怪物に切りかかっていった時のことか。

「お礼を言われる事じゃないよ……むしろ助けられたのは俺の方だし」

結局竜樹は雫を助けられてはいない。
ただ勝手に飛び出して行って、そのままやられてしまった。

「そんな事は無いのです。陰宮さんがそうしなければ、私達はあと一歩間に合わなかったですから」

そうは言われても、意識が無かったので分からないが、その後も色々と迷惑をかけただろう。

それに、『私達』って事は、あの時他にも誰か居たということだ。
その人にもお礼を言っておかないと………

「結局、あの怪物………どうなったんだ?」

「残念ながら仕留め損ねました。逃げられてしまったのです」

「そうか……」

……あんな怪物がまだどっかに……と続けようとして、竜樹は思った。

目にもとまらぬ俊足を持ち、大地さえ砕く咆哮を放つ異形の怪物。
その怪物に、引けを取らぬ戦いをしていた人間がいる。
空中の鎖を操り、水の玉を生み出し、それを武器に変える。
人智を超えた力を使って戦う人間が………

その人間が、今自分の傍にいる。

『仕留め損ねました』

そう言った知広ちゃんも恐らく同類だろう。

怪物の方ばかりに気が向いて意識していなかったが、今、気付いてしまった。
気付いてしまえば、湧き上がるのは得体の知れないものへの恐怖。
あの怪物に感じたのと同じ感情。

最初に見たそれが幼馴染だったのは唯一の救いだろうか。
おかげで何とか理性を繋ぎ止めていられる。

「なぁ、知広ちゃん。色々分らない事だらけなんだが、とりあえず一つ聞いていいか?」

「はい、何ですか?」

「雫、知広ちゃん。あの怪物と戦う君たちは………一体何者なんだ?」

そう言うと知広ちゃんは、にっこり笑って───

「そんなに恐がらなくてもいいのです。ちょっと特別な力を持ってしまっただけの、普通の人間なのです」

なるべく冷静を装って言ったつもりだったが、きっちりと見抜かれていたらしい。
嫌な顔をされなかったのはありがたかった……
内心はどう思われたのかは分からないが。

「私達は………『破壊者』と呼ばれているのです」


13 :黒い翠鳥 :2008/09/06(土) 22:37:04 ID:WmknrAnA

怪物の名

「破壊者………」

「はい。災魔と戦う人間を、そう呼ぶのです」

「……災魔? あぁ、あの鵺みたいな怪物の事か」

知広ちゃん達が戦っていた相手だから、間違ってないよな。

「『災魔』とか『破壊者』とか、俺何も分からないんだけど、教えてもらえないか?」

正直なところ、聞くのはちょっと怖い。
だけど、何も知らないで怯えているよりはずっといいだろう。

「わかりました。元より、いずれは説明するつもりだったのです」

知広ちゃんがそう言うと、雫がホワイトボードを運んできた。
どっから持って来たんだ? それ……

「では最初に、災魔について説明するのです」

災魔──雫が戦っていた怪物。

知広ちゃんの後ろでは雫がホワイトボードに何やら描いている。
これは…俺が見た災魔をデフォルメしたものか……
雫って結構、絵が上手いんだな。

最後に、絵の横に『災魔』と言う字が加えられる。

「災魔とは読んで字の如く、災いを起こす魔物の事を言います」

「魔物?」

何か現代の科学文明に似合わぬ単語が出てきたぞ。
思いっきりファンタジーの世界だな……
まぁ、既に日常とはかけ離れた状況にはなっているが。

「その姿は動物っぽかったり人間っぽかったりと、いろんな種類がいます。ですが、どの災魔も『理想術』と言う力を使って、人間に不幸をもたらす性質があるのです」

「あれ一体だけって訳じゃないんだな。ところで、人間を不幸に……って、例えばどんな事をするんだ?」

「小さい事でしたら『道端で転ぶ』とかですけど、大きいものになると『火山を噴火させる』ぐらいの自然災害まで起こせる危険性はあるのです」

それは怖いな………

だけど、何となくは理解できた。
要するに、悪さをする妖怪みたいな奴なんだな。
そう言えば昨日の災魔とやらも鵺っぽかった。
まぁ、妖怪も科学文明とは縁のなさそうな存在だけど………

「なぁ、俺は今まで災魔なんて怪物、話にすら聞いた事が無かったんだが、そんな怪物がいれば、いくらなんでも噂くらい立つんじゃないか?」

あんなに目立つ奴だ、目撃証言くらい出て来そうな気がする。
自分が出会った以上、その存在を否定する気はないが、何となく納得がいかない。

「それは、現れても誰も気がつかないからなのです。誰も気付かなければ誰にも知られず、噂にもなりようが無いのです」

「誰も気がつかないって……」

いくらなんでもそれは無いんじゃないか?
あんなのが現れれば誰だって気がつくだろう。
咆哮まで上げていたし……

「それも、災魔の能力の一つなのです。『認識妨害』と言うのですが、災魔自身や災魔の起こしたことを他の人に分からなくさせる力があるのです」

「えっと……災魔は目の前にいても気づかないし、何かやっても、何が起こったのかすら分からない。それは災魔がそう言う能力を持っているから……って事でいいのか?」

「はい、災魔が起こした不幸は別ですけどね」

まるで、魔法みたいな力だな。

「ちなみに、『認識妨害』は『破壊者』、つまり私や海月さんも使えるのです。災魔と戦うときなんかに使っています」

「あ、そっか。でないと大変だもんな」

破壊者は災魔と戦う。
もしその時、破壊者が認識妨害とやらを使えなければ………

認識妨害で災魔には気付く事は出来ない。
でも、破壊者の事は気付く訳で……
何もない所で鎖やら水で出来た武器やらを振り回す人たちが目撃されることに……

なるほど、警察沙汰になりそうな光景だな。
かなり凄そうな能力だけど、実は基本技っぽい。

「ところで、俺は公園で災魔と雫が戦っているのに気付いたんだが、あの時は認識妨害とやらを使ってなかったのか?」

「いえ、使っていました。あの戦いは、普通の人は誰も気付かなかったはずです」

「じゃぁ、何で………」

「それは、陰宮さんが理解者だからなのです」

理解者………また新しい言葉が出てきた……

「たまに居るのです。認識妨害が聞かない人が。その人達を『正しく認識し、理解する者』と言う意味で、理解者と呼ぶのです」

成程、災魔がいる事を理解できるから理解者か。
そんなのになった覚えはないが、災魔に気付くことができた以上、自分はそうなのだろう。

「ちなみに、普通の人が理解者に成るとき、基本的には本人の意思は無関係です」

成りたくないと思っても、成るときには成ってしまうのか。
成ってしまったら、病気みたいなものと割り切るしかないんだろうか……

「他の理解者や破壊者が近くにいると成りやすいみたいなのです。年齢的には十代半ばから後半にかけてがほとんどらしいですよ」

だったら俺は、元から成る確率が高かった訳だ。
知広ちゃんと、何より雫がいた訳だし。

「もう一つ聞きたいんだが、何で災魔とやらは人を不幸にするんだ? 」

何故そんな事をするのか理由が分らない。
それで災魔に何のメリットがあるのだろうか?

「それは人の持つ『命の炎』と呼ばれるエネルギーを得るためなのです」

「『命の炎』?」

字面で何となく、どんなものか予想できる気がするが。

「『命の炎』とは、生物が生命を継続させるために必要なエネルギーで、魂と肉体をつなぐ役目があると言われています」

「えっと…つまり?」

「漫画とかゲームによくある、『気』とか『オーラ』とか『生命力』みたいなものと思ってもらえれば問題ないのです。使い過ぎると命にかかわりますが、食事をして睡眠を取れば回復するのです」

それは俺的には非常に分かりやすくて助かるな。
本当にそんな物があるとは思わなかったが。

「そして、人は感情が起こると、体の中の命の炎が溢れ出して、その一部が外に出ていきます。災魔はその『外に出ていく命の炎』を吸収する事で、自分のエネルギーにする事ができるのです」

「災魔の食事みたいなもんか?」

「はい。災魔は自分で命の炎を作り出せないので、そうやって命の炎を蓄えていくのです。不幸にするのは、それが一番効率がいいからだと思います。負の感情は、強くなりやすいですから」

何となくは分かった。

「要するに、災魔は負の感情を餌にしていて、それを手に入れるために人を不幸にするんだな」

「はい。ちょっと強引な解釈のような気もしますが、間違ってはないのです」

やっぱ、悪性妖怪だ………

「では、そろそろ災魔については終わりにして、私達の事について説明するのです」

『私達の事』って事はつまり、『破壊者』についてか………

あんまり長くならない事を期待しておくよ。
正直、全部覚えられるか不安なんだ………


14 :黒い翠鳥 :2008/09/17(水) 08:24:51 ID:WmknrAnA

破壊者

「私たちは『災いを破壊する者』、通称『破壊者』と呼ばれています。『纏衣の呪布』と『理操術』を使って災魔と戦う理解者。それが『破壊者』なのです」

破壊者とはまた物騒な名前だと思ったが、災魔を破壊するから破壊者か。
安直と言えば安直なのだろうか。

「知広ちゃん、また分からない言葉が増えたんだが、『纏衣の呪布』と『理操術』ってのは何だ?」

「では、ひとつずつ説明していくのです」

そう言うと知広ちゃんは右腕の袖をまくる。
その下から出てきたのは細くて長い、白色の布らしき物。

「これが『纏衣の呪布』です。性能は………わかりやすく言うと、変身アイテムなのです」

「変身アイテム?」

その包帯みたいなのがか?

「はい。『纏衣解放』と言うキーワードを唱えることで、戦闘服にチェンジして、武器を出せるようになるのです」

どうせならもっと何かいい物が無かったんだろうか。

「………竜樹………」

「ん? どうした?」

「………見てて……」

言いながら自分の胸に右手を当てる雫。

「………纏衣解放!」

その言葉と共に雫の周囲に光の線が走った。
その光は、公園で見た魔法陣と同じ幾何学模様を描いていく。

ただ、この魔法陣は空中に立体的に描かれており、その色は紺碧……雫の髪と同じ色。
そして、光の線の中に輝く粒子が出現し、雫の服を形造っていく。
直後、光の線が一層輝きを増し、弾けた。

「………纏衣完了…」

そこにいるのは戦闘服を纏った雫の姿。

動きやすく作られたドレスといった感じだが、その胸には金属製の胸当てのようなものがある。
純白の手袋の甲には金に縁取られた透き通るような青い宝石。
頭上では銀色の光沢を放つティアラが控えめに輝いている。

蒼を基調として作られたその服には見覚えがある。
雫が災魔と戦っていた時に着ていた服だ。
まぁ、戦闘服だから当然か?

「………どう? ………似合ってる?」

まるでファッションショーのように一回転する雫。

「う〜んと……おしゃま?」

あ、ふくれた。

「冗談だ。可愛いぞ」

あ、赤くなった。
照れたかな?

そう言えば、知広ちゃんがさっき、武器が出せるようになると言っていた。
雫の武器って、やっぱりあの鎖と水の剣なんだろうか。

「知広ちゃんも変身すると、この服を着て鎖とか水の剣とか使うようになるのか?」

雫はともかく、知広ちゃんにはあんまり似合わないような気がする。

「いいえ、衣服も武器も個人個人で違うのです。せっかくですから、私の戦闘服もお見せしましょうか?」

「お、いいのか?」

どんな武器と戦闘服か楽しみだ、と思うのは、やっぱり俺が男だからだろうか。

「それでは行きます。纏衣解放!」

雫の時と同じように、知広の周囲を光の幾何学模様が走る。
違うのはその色が橙色であるという点か。

同じように光が弾け、輝く粒子で作られたそれは…
黒のアンダースーツに、白と橙色を基調としたジャケットとズボン。
手には指先が露出しているタイプの黒い革手袋。
確かフィンガーレスグローブとか言うやつだ。
肩には七色の刺繍が施された白いストールが掛けられている。

「結構かっこいいな」

雫とは全然違うタイプだが、知広ちゃんにはよく似合っている。
何か、どっかの防衛組織の制服って感じがする。

「ちなみに、この戦闘服の事を『纏衣』と言うのです。『纏衣』は見た目よりずっと頑丈なのですよ。私の『纏衣』でも鋼鉄の甲冑より防御力があるのです」

それは凄いな。
カッターとかでも切れそうなあの服が、鋼鉄以上の硬度かよ。
どうなってんだ? 一体。

「あ、そう言えば、武器はどんなのなんだ?」

「はい、これです」

そう言って渡されたのは、知広ちゃんが纏っていたストール。

「………これ?」

「はい。肩掛の纏衣武装、『レインボー・ファントム』です」

どう見たって武器に見えないんだが。
これで叩くのか?

「幻影を見せたり、姿を消したりする事ができる能力があるのです」

幻影を見せたり、姿を消したり、か………
かく乱には持って来いな能力だな。
と、言うことは、直接戦闘を行うための武器じゃなくて、戦闘を補助するための武器な訳だ。

「実際のところ、私は戦闘はあまり得意ではないのです。他にも武器はあるので戦えない事は無いのですが、戦闘では主にサポートをさせて貰っているのです」

武器からしてサポート系だしな。

「話が逸れてしまいましたが、説明に戻るのです。理操術の説明がまだでしたね」

「ああ。そー言えば、『理操術』って災魔の説明の時にも出てきたよな」

確か、災魔が人に不幸をもたらすために使う力だったはずだ。

「そうです。私達も災魔と同じ力を使うのです。災魔と戦うために」

そう言いながら、知広ちゃんは再びストールを羽織る。

「理操術とは、理(ことわり)を操る術(すべ)。『命の炎』を使ってこの世界の道理たる『存在情報』を書き換えることで、物理法則すら捻じ曲げた事象を起こすことができるのです」

「………えっと、つまりどう言う事だ?」

もう少しわかりやすく頼む。

「そうですね………ちょっと強引な説明になるのですが、この世界のあらゆる物質は、突き詰めれば『存在情報』という物でできているのです。丁度、コンピューターのプログラムが1と0で作られているように。それを書き換える事で、好きな現象を起こす力。それが理操術なのです」

「………すまん。やっぱりよくわからん」

知広ちゃん、俺は君ほど頭は良くないです……

「………理操術は………実践した方が分かりやすい……と思う………」

「それもそうですね」

そう言って竜樹の前に立つ雫。
そのまま右手を竜樹の前に差し出す。

「陰宮さん。海月さんの手の上には空気しかありませんよね」

「そうだな」

説明は知広ちゃんがするのか……

「これは、そこに『空気がある』と言う存在情報しか無いからなのです。この『空気』の部分を『水』に書き換えると………」

雫の手の上に、紺碧の魔法陣が描かれる。
するとそこに、見る間に水の玉が生み出された。

「このように、水が出来るのです。そして、この水に『燃える』と言う存在情報を加えると………」

水の玉が一気に燃え上がった。
…って言うか、熱くないのか!?

「更に質量・体積・形状などの存在情報を書き換えると………」

水の玉が膨れ上がり、一本の剣を形作る。

この剣は知っている。
雫が、災魔と戦っていた時に使っていた剣だ。
あれは纏衣武装じゃなくて理操術だったのか。
まぁ、だから何だ、なんだけど。

「形も性質も自由自在なのです。この力を、私たちは『理操術』と呼んでいるのです。もっとも、書き換えた存在情報はすぐに元に戻ってしまうのですけどね」

知広ちゃんの言葉通り、雫の手の上にあった水の剣は、あっという間に消滅してしまった。
元の空気に戻ったのだろう。

「まるで魔法だな……と言うか、魔法としか思えん…」

「そう思ってもらっても構いませんよ。古くは『神の奇跡』なんて呼ばれ方もされていたらしいですから」

それでいいなら、そう思っておこう。

「ところで、変身したり『理操術』を使ったときに出てきた魔法陣なんだけど、知広ちゃんの時と雫の時で色が違ってたけど、何か意味があるのか?」

「あの色は、私たちの命の炎の色なのです。理操術は命の炎がエネルギー源ですから」

命の炎って、ゲームとかで言うマジックポイントとか精神ポイントとかでもあるのか。
もしくは理操術がヒットポイント消費して出すタイプの技か。

「ちなみに、理操術を構築する魔法陣の事を『存在操作術式』と言います。単に術式と略される事が多いですけどね」

『存在操作術式』ねぇ………
その色が命の炎の色って事は、知広ちゃんの命は橙色で、雫の命は紺碧なのか………
俺のは何色だろうか。

「そう言えば、公園で灰色の存在操作術式……だっけ? を見たんだが、あれは誰の理操術なんだ?」

「公園の………あ、『集命領域』の事ですね」

「『集命領域』?」

あの理操術の名前か…

「術式内に人を集める効果のある理操術です。災魔が不幸を起こすとき、少しでも人の数が多い方が効率がいいですから」

そうか、あの時の『好奇心を後押ししているような感覚』はこれだったのか。
今になって思えば、あの時は良くそんな事考えられたな…って思ったが、納得がいった。
おかげで今、こんな事になっている訳だが。

「…って事は、あの灰色の術式は災魔のか」

「はい。災魔は色々な命の炎を吸収して蓄えるため、色が混ざって灰色になるらしいですよ」

そうなんだ………

「………竜樹……」

「ん? 何だ?」

呼ばれて竜樹がそちらを向くと、雫がホワイトボードに何か書き終えた所だった。

「………今回の総括…」

そう言って見せられたホワイトボードに書かれていたのは……

まとめ
・ 災魔 = モンスター
・ 命の炎 = 気
・ 理操術 = 魔法
・ 纏衣の呪布 = 武器 変身アイテム
・ 破壊者 =モンスターハンター

「………」

ある意味分かり易い気がしないでもない。
でも、こんな理解のしかたで良いんだろうか。

………まぁ、わかればいいか。

「そうだ、ちょっと質問があるんだが、いいか?」

「かまいませんよ? 何ですか?」

丁度いいので、ずっと疑問に思っていた事を聞いてみる事にしようか。

「災魔と戦うのって、かなり危ない事なんだよな」

現に、雫は災魔との戦いで追い詰められていた。
そんな時、必ず助けが入るとは限らないはずだ。

「はい。はっきり言って命がけなのです。これで亡くなった人の話も聞いています」

「じゃぁ何で、知広ちゃんや雫みたいな学生が、そんな危険な事をしてるんだ?」

言っては悪いかもしれないが、中・高校生やるような事じゃ無い。

「………それは……災魔と戦えるのが……私達だけだから…」

最初に答えたのは雫だった。

災魔と戦えるのが、雫達だけ?

「陰宮さん、災魔と戦うためには理解者でなければならないのは分かりますよね」

それは分かる。
相手の存在が理解できないんじゃ、戦うどころじゃないからな。

「ですが、例え理解者に成ったとしても、ずっとそのままと言う訳にはいかないのです。早い人は二十歳前、遅い人でも二十代後半には普通の人に戻ってしまいます」

「そうなのか?」

理解者になったら元に戻らないのかと思ってた。

「そして、もう一つ。災魔と戦う事を自身で決意した人間であること。無理強いする訳にはいけませんし、信念も覚悟も無い人が一緒に戦っても足手まといになるだけですから」

確かにそれなら戦う事の出来る人はごく僅かだろう。
俺だって戦いたいとは思わない。

「この二つの条件を満たすのは、この地域では私たちを含めて四人だけです」

たった四人………
地域と言うのがどれくらいの範囲を指しているのかは分らない。
だけど、決して十分な人数ではないだろう。
雫たちはたった四人で、人智を超えた化け物と戦っていたのか………

「なぁ、二人は何で災魔と戦おうと思ったんだ?」

無我夢中でとは言え、災魔と対峙した竜樹には分かる。
その覚悟は、生半可な物ではないだろう。

「災魔を放って置くといずれ取り返しのつかない災害を引き起こしかねませんから。そうなれば何十万人単位で被害が起こることは想像に難くないのです。そして、その中には私たちの家族や友人、大切な人たちも含まれます。」

「………私達に……それを止める力があるなら………私は戦う………私にも……失いたくない人がいるから………」


15 :黒い翠鳥 :2008/12/06(土) 21:31:45 ID:WmknrAnA

三人目


「あんまり長くなっても陰宮さんが覚えられないと思うので、これ位にしておくのです。お腹も減っていると思いますから、食事を作って来ますね」

そう言って知広ちゃんは部屋から出ていってしまった。

正直ありがたい。
すでに頭の中はいっぱいいっぱいだ。

ちなみに、ここは何処かと思っていたら、なんと『ざしきわらし』の地下室なのだそうだ。
他にも様々な施設があるらしい。
いち喫茶店の地下にこんなものがあるとは夢にも思わなかった。

今、部屋に残っているのは竜樹と雫の二人だけ。
雫はまだ、纏衣(てんい)とか言う例の蒼い衣のままだ。

「なぁ、今何時だ?」

「………あの時から……日付が変わって……午後四時………竜樹は……二十時間寝てた……」

あの時ってのは、俺が災魔にやられて昏睡(こんすい)した時だろう。
結構やばいダメージを食らったと思ったんだが、二十時間でこれだけ治ってるって事は、大したこと無かったんだろうか。

「………竜樹……ありがと……」

何でかわからないが、いきなり雫に礼を言われた。

「何の事だ?」

「………お陰で……私は生きてる……」

ああ、自分が災魔に切りかかった時の事か。
あの時は無我夢中で、何を考えていたかいまいち覚えていない。
よくもまぁ、あんな真似が出来たものだ。
普段なら絶対足が(すく)んで動かないだろう。

「俺にはなんにも出来なかったけどな。結果は雫や知広ちゃんに迷惑をかけただけだったし」

「……! ………そんな事……無い!」

その真剣な瞳には、うっすらと涙が溜まっている。

「………私は……嬉しかった…………もうダメだって……思ったときに……竜樹が来てくれた……」

「……雫……」

「………私のために……大怪我してまで…………ごめんね…………この怪我……絶対私が治すから……」

そう言って、雫は俺のお腹に手を当てる。

「………『天満月(あまみつつき)』……」

雫の掌が淡く輝き、紺碧(こんぺき)の光が走った。
紺碧に輝く魔法陣……存在操作術式(そんざいそうさじゅつしき)が俺の腹の上で構築される。
その効果は雫の言葉から考えて回復魔法みたいなものだろうか。

そうか……大したことないと思えたのは、雫がこうやって治療してくれていたからなのか……

「何か、気持ちいいな……これ」

暖かくて、なんだか安心する。

「………そう……良かった…」

そう言って笑った雫の笑顔に、俺もつられて笑う。
いつの間にか、破壊者への……雫たちへの恐怖は無くなっていた。

「いい雰囲気なところ悪いが、少々失礼させてもらっても良いかな?」

突然、どこかからそんな声が聞こえた。
この聞き覚えのある声の主は……

「冬至!?」

「うむ。マイ・フレンド・竜樹、目が覚めたようだな。無事で何よりだ」

いつの間にか入口の所に立っていた冬至は、いつもの白衣姿で寝台の傍まで歩いてくる。

「それと、雫嬢。治療するのは良いが、少しばかり休息を取ってはどうだ? 昨日から寝ていないのであろう?」

「え? そうなのか?」

もしかして、俺が目覚めるまでずっと治療していてくれたのか?

「………大丈夫……私……徹夜には強い……」

「そう言う問題ではあるまい」

そう言って溜息を吐く冬至。

「昨日戦闘をした上に、ずっと休まずにやっていたのだろう? 雫嬢の命の炎の量はかなり多いゆえ、この程度では尽きぬであろうが、それでも体力や精神力が持つとは思えぬ」

「………でも……」

「マイ・フレンド、お主からも何か言ってやってくれ」

そうだな。
雫の気遣いは嬉しいが、それが原因で倒れたりしたら目も当てられない。

「雫、とりあえず一度休んだほうがいい。俺の方は大丈夫だからさ」

「………でも……まだ治ってない……」

「これくらい平気だって。それより、雫だって疲れてるだろ? 無理して体を壊したりして欲しくないんだよ」

「……………わかった……竜樹がそう言うなら……」

しぶしぶといった感じだが、了承してくれたようだ。

「………冬至君……私……隣の部屋で寝てるから……何かあったら……連絡して……」

「了解した」

雫は纏衣解除をして元の服装に戻ると──

「………おやすみ……竜樹……」

それだけ言って、部屋から出て行った。

「すまぬな、マイ・フレンド。せっかく雫嬢と二人っきりだったのに邪魔をしてしまって」

構わないさ。
冬至だって雫を思っての事だろうし。

「それと、マイ・フレンド。その怪我、吾輩が治療しても良いのだが、そうすると雫嬢に嫉妬されそうなのでな。すまぬがもう少し我慢してもらえぬか?」

「わかった。別に、急に動かしたりしなければ、ほとんど痛みも無いしな」

これも雫のおかげなのだろう。

「ところで冬至……お前も『破壊者(はかいしゃ)』なのか?」

「うむ、そうだ」

治療できるって事は理想術が使えるって事だから、多分そうだろうとは思ったけど──
正直言わせてもらって、知り合いばっかりだな……破壊者。
この地区には四人いるって言ってたけど、残りの一人も知り合いなんじゃないのか?

「ところで、マイ・フレンド。明日は何か予定が入っているかな?」

「明日か? 別に何もないぞ」

平日だから学校があるくらいか……
そう言えば今日はここでずっと寝ていたらしいが、家とか学校への連絡はどうなってるんだろう?

「何も無いなら丁度良い。実は竜樹(マイ・フレンド)に会ってもらわねばならん相手がいるのでな。」

「会わないといけない相手? 残り一人の破壊者とか?」

「いや、その人も紹介するが、本命では無いな」

違うのか。

「会ってもらいたいのは……神族……この地の土地神だ」

へ? 神様ですか?


16 :黒い翠鳥 :2008/12/18(木) 09:06:37 ID:WmknrAnA

認識干渉

「俺に神様に会えって? って言うか、神様って存在するものなのか?」

俺は寝台で横になったまま、冬至に問い返した。

まぁ、俺も近くの神社に祭られている神様に奉祀(ほうし)する四季の祭りには毎回参加しているが……
ただ、本気で神の存在を信じていた訳では無い。

「うむ。だが、神と言っても神話に語られるような創造主のようなものを想像していたのなら、それは誤りであるがな」

「どう言う意味だ?」

「吾輩の言った神族とは、人より優れた身体を持ち、理操術を操るが故に古き時代の人々に神として(まつ)られた人外の知的存在の事だ」

……さっぱり分らんのだが……

「まぁ、神という名の種族の者たちだと思ってもらえればいい。強大な能力を持つがゆえに(あが)められた『ドゥルクレア』と言う世界の者たちだ」

「『ドゥルクレア』?」

「ぶっちゃけて言うならば、異世界だ」

……本当にぶっちゃけたな……ってか、神様の次は異世界ですか……

「まっ、百聞は一見にしかず。一度会ってみて、どんな者か評価すれば良い」

「そうさせてもらうよ。正直、話を聞いてもピンと来ないからな」

あんまり先入観は無い方がいいだろうし、これ以上は聞かないでおこう。
どうせ聞いても分かんないだろうけど。

「あ、そうだ。それとは関係無いんだが、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいか?」

「うむ、何だ?」

「俺が今までここで寝ていたのって、家とかにはどうやって伝えてあるんだ?」

そのまま、「怪物にやられて寝込んでいます」って言う訳にはいかないだろう。
いくらなんでも信じてもらえないだろうし。

まさか、何も言ってないって事は無いよな。
捜索届とか出されてたら後が面倒な気がするぞ。

「その事か。それについては『認識干渉(にんしきかんしょう)』を使わせてもらった」

「認識干渉?」

災魔の説明の時にあったな……
いや、あれは認識妨害(にんしきぼうがい)だったっけか?

「うむ、認識干渉はその名の通り、人の認識に干渉する理操術を言ってな、認識妨害も認識干渉の一種だ。理解者には無力化されるが」

「いまいち良く分からんが……理解者なら効かんのだな。それで、認識干渉とやらを使って何をしたんだ?」

竜樹(マイ・フレンド)の家族に『竜樹はいつも通り』だと思い込ませたのだ。故に家の者はマイ・フレンドがいつも通り帰宅し、いつも通りの生活をして今朝、いつも通り学校に登校したと思っている」

それは便利だな。
秘密の用事で抜け出しても言い訳を考える必要が無い。

「あと、学校にも仕掛けておいた故、今日竜樹(マイ・フレンド)は出席扱いになっている」

それは有難いな。
一応皆勤だったし。
そう言えば学校で思い出したが、今の説明には心当たりがある。

「もしかして、その認識干渉とやら、昨日の五・六時間目に雫が使ってなかったか?」

「よく分かったな。災魔が現れた故、雫嬢が倒しに行ったので使っていたはずだが」

やっぱり、五時間目の前半に雫が居ない事に気付かなかったのも、咲人が雫は机にいたと言ったのもこの認識干渉のせいか。
クラスの全員が『雫は自分の席で授業を受けている』と思い込まされていたのだろう。

で、俺が雫が居ない事に気付いたのは、俺が理解者だったから……
……って事は、俺が理解者に成ったのってその時か。
多分、あの頭痛がした時なんだろうな……

「だが、それがどうかしたのか? 竜樹(マイ・フレンド)。」

「あ、いや、大した事じゃない。その時間に雫がいなかったから、ちょっと聞いてみただけだ」

「そうか。では、他に何か質問はあるかな?」

「いや、別にもう無いな」

「了解した。それでは吾輩も上に戻るとしよう。伝えたい事は伝えたのでな。吾輩は『ざしきわらし』の店内にいる故、何かあったら携帯ででも呼んでくれればよい」

そう言って冬至は部屋から出て行こうとして……

「おっと、失礼。一つ伝え忘れていた」

すぐにまた戻ってきた。

「まだ何かあるのか?」

「いや、怪我が完治するまではこの部屋にいると良い……と伝え忘れただけだ。明日中には治療が終わる予定ではあるが、何かあった時に対処が取り易いのでな。まぁ、何も無いとは思うが」

「そうか。じゃぁ、そうさせてもらうよ」

そう言えば、もう俺は動けるんだろうか?
さっき起きた時の痛みを考えると、走ったりは出来そうにないが。

「それだけだ。では、吾輩は失礼する。」

俺も知広ちゃんが食事を持ってきてくれるまで、もうすこし寝ているとしよう。
どうせ起きててもする事はないだろうし。

「あ、そうそう、隣の部屋で雫嬢が寝ているが、一人が寂しくなったからと言って夜這(よば)いをかけたりしてはいかんぞ」

「かけねぇよ!!」

それだけ言って冬至は今度こそ本当に部屋から出て行ってしまった。
冬至……お前は俺を何だと思ってんだ?


17 :黒い翠鳥 :2009/01/01(木) 00:51:44 ID:WmknrAnA

侵入者?

翌日の朝。
枕元(まくらもと)に置いておいた携帯を取りながら、俺は寝台から起き上がった。

電気をつけて携帯で時間を確認すると、午前四時半の表示。
昨日寝っぱなしだったせいか、ずいぶんと早くに目が覚めてしまった。
窓が無いので外の様子は分からないけど、多分日の出もまだだろう。

「少し寝なおすか…」

そう言って再び寝台に倒れ込む。
別にそれほど眠くは無いけど、起きていてもする事がない。

目覚まし時計代わりにしている携帯のアラームが鳴るまであと一時間半。
それまでは寝ていよう。
そう思ってゴロンと寝返りを打った時だった。

布団とは違う何かが、俺の左手に触れた。

「ん? なんだこりゃ?」

何かを布団の中に入れた覚えはない。
不思議に思って触ってみると、それはほのかに温かく、ふにふにとした柔らかい感触が気持ちいい。

「………ん……あっ………」

……今何か聞いたことのある声が聞こえたような……

もう一度触ってみる事にする。

──ふにふに──

「………ん……えっち……」

……なんか確認するのがすごく恐ろしくなってきた。

だが、ずっとこのままな訳にもいかないだろう。
そう思って恐る恐る布団を()ぎ取ってみると……

「…………」

「………あ……竜樹……おはよ……」

布団の中に雫がいた。
丸まった姿勢で、上目づかいにこちらを見ている。
どうやら、位置からして先ほど触っていたのは雫の二の腕だったようだ。
ほっとしたような、残念なような……

「……雫……何やってんだ?」

「………んと……()い寝?」

「いや、疑問符付きで言われても……」

隣の部屋で寝てたんじゃなかったのか?
いつの間に来たんだ?
何で布団の中にいる!?
それ以前に、年頃の女の子が男の寝ている布団に(もぐ)り込むなよ!

とりあえず言いたい事は山ほどあるんだが……

「………んと……お礼……」

「お礼?」

いったい何のだ?

「………一昨日……助けてくれた……」

「あぁ、災魔の時のね」

別にいいんだけどな。
大した事はできなかったし、雫だって徹夜してまで俺を治療してくれたんだから。

「………可愛いお姉さんが……一緒に添い寝………嬉しくない?」

「そりゃぁ、俺だって男だしな。嬉しくないって言ったら嘘になる。……って言うか、自分で可愛いとか言わない。それに、お姉さんって……同い年だろ」

まぁ、可愛いけどさぁ。
あと、素朴な疑問なんだが、添い寝とは寄り添って寝ることであって、布団の中に潜り込むのは添い寝とは違うんじゃないだろうか?

……どっちでもいい事だけどね。

「………そう………ムラムラ……する?」

「……女の子がそんな事言わないの」

なんかすっごく恥ずかしい気分になってきた。

「……じゃ、俺、起きるから」

「………まだ……四時半……」

それは分かっている。
分かってはいるが、雫と一緒に寝るってのはどうも……
それなりに仲はいいとは思うんだが、別に付き合っている訳ではないんだし。
それに冬至辺りに見られたら何て言われるか……

「ずっと寝てたからな、ちょっと体を動かしたい気分なんだ」

「………ん……なら……私も付き合う……」

とりあえず寝台を降りる。
次いで雫も降りようとするが……

「……っきゃ!」

「どうした?」

雫が再び寝台にダイブしていた。
どうやら俺が降りた時に布団が崩れて、それに足を取られたみたいだ。

そう言えば雫、昨日は普段着のまま寝てたんだな。
寝慣れない服装だからか、かなり着崩れている。
まぁ、それでも色気は無いんだよなぁ。

……って、今はそんな事を考えている時じゃ無い。
倒れたのが柔らかい場所で良かった。

「大丈夫か?」

「………うん……」

手を伸ばすと、雫は素直にそれを取る。
同時に、雫の頬辺りが色付いたのは気のせいか。
そのまま抱き起そう上半身に手を()えたところで……

「あれ? 陰宮さん。もう起きて……」

パジャマ姿の知広ちゃんが部屋に入ってきた。
……ドアの開く音がしなかったんだが、もしかして開きっぱなしだった?

こんな時間にドアが開いていて、しかも光が漏れていたから見に来たってところか。
だが、知広ちゃんは俺達の姿を見るなり、固まってしまった。

「知広ちゃん? どうした?」

言ってから気が付いた。

今の自分の状況を客観的に見てみよう……

寝台の上の男と女。
乱れた雫の衣服。
雫の上半身を抱きかかえるような姿勢。
赤くなっている雫。

つまりはこれから雫と事に及ぼうとしているようにも見えなくもない訳で……

「ちょ、ちょうど部屋の前を、と、通りかかったらですね、と、扉が開いて、い、いたので……」

知広ちゃんはかなり動揺しているようで、声がどもっている。

「え、えっと……その……すみません! お邪魔しましたっ!」

「ちょ、ちょっと! 知広ちゃん!?」

そんな俺の声は届かず、知広ちゃんは走ってどこかへ行ってしまった。

「誤解だぞ……」

今から追いかけて行って誤解を解くべきだろうか。
だが、俺はここが『ざしきわらし』の地下室だと言う事しか知らない。
加えて知広ちゃんが何処に行ったのかも分からない。

下手に追いかけて迷ったり、入っちゃいけない部屋とかに入っちゃったら不味いだろう。
なんかここ、色々あるみたいな事言ってたし。
まぁ、誤解を解く機会はいくらでもあるか。

「………竜樹……」

おっと、しまった。
雫を抱き起こそうとしている最中だった。
そう思って腕に力を込めた時……

「………押し倒す?」

「しねぇって!!!」

みんな揃いも揃って俺の事を何だと思ってるのだ……


18 :黒い翠鳥 :2009/01/14(水) 15:40:03 ID:WmknrAnA

巫女と神様

なんだかんだで現在午前十時。
俺達は刻流(こくりゅう)山の山道を登っていた。

本当なら学校にいなければいけない時間だが、冬至曰く、認識干渉で誤魔化しているので問題ないとの事。
でも、授業に出ていない事には変わりないんだよな……
後で誰かにノートでも見せてもらった方がいいかも知れない。

まぁ、それはそれとして今登っている刻流山は若葉山の隣に位置する山で、標高は百五十メートルと若葉山より少し高い。
目的の場所は山頂近くにあるんだが、これが結構遠かったりする。
山道が整備されて登り易いのが救いか。

「祭りの時に登るのは苦にならないんだが、普通に登ると大変なのは何でだろうな」

「祭りは夜店が並ぶ故、楽しみながら登るからではないか? まぁ、竜樹(マイ・フレンド)が祭り好きと言うのもあるであろうが」

そう返したのは冬至だ。
知広ちゃんと雫も一緒に来ている。

俺達が目指しているのは天乃花(あまのはな)神社と言う神社。
年に四度、四季の祭りが催されるため、地元の人間ならまず知らない人はいない。
もちろん俺も、毎回その祭りを楽しみにしている。

「天乃花神社で祭っているのって、確か天乃花森姫(あまのはなのもりひめ)って神様だったよな」

「うむ、この地を鎮守(ちんじゅ)する神族、天乃花森姫に会ってもらう。なに、神族と破壊者は共生関係。神族だから偉いという訳ではない故、あまり気を張ることもあるまい」

「親しみやすい方ですからすぐに仲良くなれると思うのです」

「親しみやすい神様か……」

知広ちゃんの言葉を聞きながら道の先を見ると、神社はすでにあと少しの所まで来ている。

ちなみに、今朝の誤解はまだ解けていない。
なかなかいい機会が無かったからな……などと考えていると、神社の大鳥居の下に人影があるのが見えた。
巫女服を纏った黒髪の女性が佇んでいる。

「………あ……(ゆう)さん……」

雫も気が付いたようだ。
『悠』さんって名前なのか。

「出迎えとは有り難いな。丁度竜樹(マイ・フレンド)に紹介しておかねばと思っていた所だ」

「理解者関係でか?」

「うむ、彼女も破壊者なのだ」

破壊者、災魔と戦う者。
彼女がその四人目。
昨日、最後の一人も知り合いなんじゃないかって思ったけど、流石に違ったか。

巫女服を着ているからには天乃花神社の巫女さんなのだろう。
衣装のせいか、どことなく神秘的な感じがする。

そして、五分もしないうちに俺たちは大鳥居の前まで到着した。

「四市名(じょう)、御苦労様である。天花嬢は社の方に?」

「はい、新しい理解者の方にお会いする準備はできていますよ」

冬至とそんな会話をした後、巫女さんは俺の方を向いてほほ笑んだ。

貴方(あなた)が新しい理解者ね。はじめまして、私はこの神社で巫女をしています四市名(よしな) (ゆう)です」

そう言って頭を下げる巫女さん。
長く伸びた奇麗な黒髪を先の方で結っており、印象としては、凛とした感じがする女性だ。

「あ、はじめまして。陰宮 竜樹です」

後で冬至に聞いた話だが、四市名さんは俺より一つ上。
高校二年生なのだそうだ。
流石に学校が違うそうなので面識は無い。
ただ、何かこの人、どこかで見たことがある様な気がするんだが……

「陰宮さん、私の顔に何か?」

いつの間にか四市名さんの顔を凝視していたらしい。

「あ、いえ。何でも無いです」

「そうですか? では、森姫様がお待ちです。どうぞこちらへ」

そう言うと四市名さんは俺達を先導して、社の方へ歩いて行く。
後ろをついて行くと、雫が寄って来た。
その顔が、ちょっとだけむくれているように見えるのは気のせいか……

「しかし、祭り以外でここに来るのも久しぶりだな」

祭りを除けば……初詣(はつもうで)以来かな。
やっぱり雰囲気が違う。
祭りの時には鳥居の近くまで屋台が並び、祭壇(さいだん)では巫女さんが神楽(かぐら)を……

「あっ!」

「………!? ………どうしたの?」 

「あ、いや、何でも無い」

思い出した。
そう言えば前回の祭りで神楽を踊っていた巫女さんだ。
天乃花神社の祭りでは、毎度季節の恵みに感謝を捧げ、巫女さんが神楽を奉納(ほうのう)する。
その美しい舞を見る為に、遠くから訪れる人もいる位だ。

そんな事を考えながら、丁度境内を半分まで入った時だった。

「へぇ〜、君が新しい理解者君か」

どこからか、そんな声が聞こえてきた。

辺りを見回してみるが、俺達以外には誰もいない。
木が多いから、陰に隠れちゃってるんだろうか。

「あ〜、違う違う。上だよ上」

「上?」

見上げてみると、その人物はいきなり俺の目の前に降ってきた。

「うわ!」

「あ、ごめん、驚かせたかな」

どうやら木の上から声をかけていたようだ。

それは一人の女性だった。
見た感じ、四市名よりも少し上くらいの歳だろうか。
茶色い髪を短く切りそろえ、その爽やかな笑顔は活発的な印象を受ける。
綺麗や可愛いよりもカッコいいって感じだな。

そして一際(ひときわ)俺の目を引いたのが、その人が持ている本だった。
普通の本では無い。
百科事典より二回りくらい大きな本が、肩から下げられた専用のホルダーに納まっている。

「も……森姫様! 社の中で待っておられる手筈では!?」

「ごめん、悠。じっと待っているのって結構退屈でさぁ」

四市名さんも驚いている。
ここでこの人が出てくるのは予定外だったらしい。
……と言うか、今、四市名さんが言った名前は……

「えっと…あなたが天乃花森姫様?」

「お、自己紹介もまだなのによく分かったね。そう、ボクが天乃花森姫。みんなは天乃花から取って天花(てんか)って呼んでくれてるから、それで呼んでくれると嬉しいかな」

「はぁ…そうですか」

「あ、あと、『様』なんて付けなくていいよ。別に偉いってわけじゃないし、そんなの付けられるとくすぐったくて参るからさ」

なるほど、確かに親しみやすいかもしれない。
そう言えば『様』はいらないって言われたけど、四市名さんは『森姫様』って呼んでいたよな……
巫女だからかな?

「ところで、君の名前も教えて欲しいんだけど、いいかな?」

「あ、はい。陰宮 竜樹と言います」

「竜樹君か。よろしく!」

俺の手を取り、笑顔で握手する天乃花森姫……天花さん。
なんか……全然、神様って感じがしないな。
見た目が人間と全く変わらないってのが原因かもしれないけど。

「あー、今、全然神っぽくないなーとか思ったでしょ」

「あ、いえ、そんな事は……」

思ったけど……

「ボクって全然神々しくないからさ、いつも新しく来る理解者君にはそう思われちゃうんだよね」

「はぁ……」

「天花嬢、こんな所で長話もなんである故、社の方に入らぬか? 『契約』の方もせねばならぬし」

「あ、そうだね。ごめんね、竜樹君。気が効かなくて」

俺は別に構いませんが……
それよりも今、冬至が言った単語の意味の方が気になる。

「なぁ、冬至。今言った『契約』って何だ?」

「うむ、そう言えばマイ・フレンドに言い忘れていたな」

ちょっとだけ『しまったな……』って顔で答える冬至。
もしかして、結構重要な事ですか?

「『契約』とは『破壊者の契約』の事なのです」

「『破壊者の契約』?」

「はい、私達の『纏衣の呪布』は神族の力の一部を人に扱えるようにしたものなのです。それを自分用に調整してもらう事で、纏衣を纏えるようになり、破壊者になる。その調整の事を『破壊者の契約』と言うのです」

「……って事は、要するに破壊者になるための儀式みたいなもんか?」

「そんな感じですね」

どんなものかちょっと興味がある。
だけど……それ以上に気になる事が……

「……冬至、さっき『契約をせねばならぬ』って言わなかったか? ……つまり、『契約』をする事は決定事項なのか?」

……悪いが、俺は破壊者になる気なんて無いんだが……


19 :黒い翠鳥 :2009/02/02(月) 21:17:34 ID:WmknrAnA

契約

「粗茶ですが…」

「あ、どうも」

俺は四市名さんからお茶を受け取りながら、『破壊者の契約』とやらの準備をしている天花さんの方に目を向けた。

(うぐいす)色の命の炎で描かれた複雑な幾何学模様(きかがくもよう)が、球状の存在操作術式を構築(こうちく)している。
完成までは特に俺がやる事は無いらしいので、他のメンバーと一緒にお茶を頂いた。

「なぁ、冬至。今の内にハッキリと言っておくが、俺は破壊者になる気は無いぞ」

正直に言って俺には災魔と戦う自信も、信念も、覚悟も無い。
そんな事じゃ、例え破壊者になっても知広ちゃん曰く足手まといになるだけだろう。

「まぁ、そうであろうな」

「………その方が……いい……」

「強制はしないのです」

三者三様に即答された。

だいたい予想していたのだろう。
別に俺を破壊者にしたかった訳じゃないのか。
むしろ雫はならない方がいいって言っているし。

「だが、どちらにせよ、『契約』はしてもらう必要があるのである。破壊者になる為ではなく、自分の身を守るためにな」

「自分の身を……守るため?」

このままでは何かまずい事でもあるのだろうか。

「陰宮さん。災魔が認識妨害で相手に自分の存在を隠し、人を不幸にして力を得るという話は昨日しましたよね」

「あぁ、覚えてる」

「災魔は認識妨害が効く相手を直接襲ったりはしません。あくまで理操術を使って間接的に災いを起こすのです」

「まぁ、怪物に襲われたなんて話、聞いた事ないしな」

だけど、それが『契約』とどう繋がるのだろうか。

「その理由は、襲っても相手がそれを理解できないため、命の炎が手に入らないからなのです」

後で聞いた話なのだが、認識妨害中に相手を傷つけても、相手はそれを受け入れてしまう。
初めからこうだったと思ってしまうそうなのだ。
災魔は感情によってあふれてきた命の炎を餌にする。
つまり、認識妨害で感情が起きなければ、襲っても無駄足なのだ。

だったら認識妨害を解いてから襲えばいい───と言う訳にもいかないらしい。
認識妨害を解けば、当然自分の存在を相手に知られる事になる。
それは、『災魔と言う怪物の存在そのものが気付かれていない』と言う戦略的優位性(アドバンテージ)を失うという事だ。
メリットよりもリスクの方が(はる)かに大きい。

「ですが、理解者は別なのです。認識妨害が効きませんから、直接襲っても感情が起きます。災魔にとってはご馳走なのです。死の恐怖は最上級の負の感情ですし」

「あとは、危険要因を排除(はいじょ)しておくという意味もあるようなのである。理解者は破壊者になる可能性もある故にな」

「……もしかして、俺って結構危険な状況にいるのか?」

二人がうなずく。

「……マジかよ……そう言う危ない事は先に言って欲しいんだが……」

「すまぬ、竜樹(マイ・フレンド)。だが、悪戯(いたずら)に不安要素を増やすのはどうかと思ったのでな。『契約』までは吾輩達がついている故、そうそう危険な事にはならないと思ったのだ」

冬至はそう言って頭を掻いた。
確かに今のところ危険な目には合っていない。
運が良かったのか、冬至たちの護衛のおかげか……

「しかし、いつまでも私達が一緒にいる訳にも行きません。ですから、陰宮さんには最低でも災魔から逃げられるくらいにはなってもらう必要があるのです」

知広ちゃんが説明を続ける。

「そのためには『契約』をするのが一番早いのです。もっとも、正式な契約と違って、防御関係の力しかもらえないのですが」

その力で逃げきるか時間を稼ぎ、その間に破壊者が駆け付けるという訳らしい。
攻撃するための力を貰えないのは……まぁ、悪用されやすいし、破壊者もいるから必要ないという事だろう。

「まぁ、『契約』しないといけない理由は理解したよ」

生身で災魔から逃げられるとは到底思えないしな。

「お待たせ。『契約』の準備が出来たよ」

丁度、天花さんから声がかかる。
必要な術式の構築が終わったようだ。

さて、『破壊者の契約』とやらを体験してみる事にしますか。

「あ、そうそう。ボク、ちょっと元の姿に戻るけど、気にしないでね、竜樹君」

「元の姿……ですか?」

「そう。この姿は一応、人化体(じんかたい)……簡単に言うと人間モードなんだ」

なるほど、人と変わらない姿だなと思っていたら、そう言う姿になっていたからなのか。
……と言う事は、本来の天花さんはもしかしたら人間とは全然違う姿なのかもしれない。

「それじゃ、いくよ。『神衣』解放!!!」

声とともに天花さんの手がホルダーに納まっていた本に触れる。
すると、ホルダーに納まっていた本が勝手に飛び出し、天花さんの前でページが捲れていった。
ページがめくれる度に、そこから鶯色の幾何学模様が飛び出し、術式を構成していく。

その最後のページが開かれたとき、本は鶯色の光の粒子になって弾け、天花さんを覆い尽くす。
そして、術式が中央に向かって集束し、それに巻き込まれるように光の粒子も消えていった。

そこには本来の姿に戻った天花さんがたたずんでいる。
その姿は……

「……何と言いますか……あんまり変わってませんね……」

服は変わっている。
なんか神様っぽい(おごそ)かな衣服になっている。
あと、本を持って無い。

だけど、天花さん自身は変わって無い。
どこか見えない部分が変わっているのかも知れないが……

「あはは。まぁ、ボクは『深き黒森の一族』って言う、元々人に近い姿の神族だからね。もっと人間離れした姿を期待してたんなら、極神体(きょくしんたい)って言う戦闘モードもあるけど、見せてあげようか?」

「あ、いえ、別にいいです」

あるんだ……戦闘モード。

「それじゃぁ、『破壊者の契約』を始めてもいいかな?」

「はい、お願いします」

「わかった。じゃ、ちょっとコレ持ってこの中に入って」

渡された纏衣の呪布を持って、術式の中に入る。

「じゃぁ、いくよ。」

そう言うと、俺の周りの術式が、一気に輝きを増した。

「その呪は、理を操る術……万物を知る、英知の証……」

視界が、鶯色で(おお)い尽くされる。

「……中略(ちゅうりゃく)……」

「中略!?」

「天乃花森姫の名において、汝の纏いし衣を授けん」

周囲を覆っていた術式が、纏衣の呪布に収束していく。
辺りに満ちていた鶯色の光はゆっくりと消失し、纏衣の呪布だけが残った。

「はい、これで終了」

「あ、もう終わりですか」

結構早いな。
……と言うか、途中の『中略』が、すっごく気になるんですが……

「今のでその纏衣の呪布を、竜樹君用に調整したんだ。後は纏衣解放すれば理操術を使えるようになるよ。使い方は……雫ちゃん、教えてあげてくれる?」

「………ん……わかった………お姉さんが……手取り……足取り……腰取り………教えて……あ・げ・る……」

「いや、腰は取らんでいいだろ……」

からかわずに教えてくれると有難いんだけどな……


20 :黒い翠鳥 :2009/02/17(火) 08:13:25 ID:WmknrAnA

超甲星エルクシオン

竜樹君との契約が終わった後、ボク(天花)は冬至君と一緒にお茶を飲んでいた。
いや〜、やっぱり悠の入れるお茶はおいしいなぁ。

竜樹君は境内で纏衣の呪布の使い方を特訓中。
さっきから社の中にまで声が聞こえてくる。

「なかなか、苦戦しているみたいね」

「まぁ、大丈夫であろう」

冬至君がお茶菓子を突きながら答えてくる。

竜樹(マイ・フレンド)の想像力はなかなかの物だぞ。まぁ、小難しい理論を説明するよりは合っていると思うのである」

纏衣の呪布を使うのに必要なのは想像力だ。
使いたい理操術をイメージすれば、それを纏衣の呪布が読み取って術式を構築してくれる。
もちろん、術式が難しいほど、強く確かなイメージが必要になってくるけど。

「冬至君がそう言うのなら、大丈夫ね」

「うむ。問題あるまい」

そう言った後、冬至君は自分の湯呑を手に取る。
昔の戦隊物の絵柄が入ったやつだ。
本当にこういうの好きだよね……冬至君って。

「あ、そうそう。一つ、天花嬢の耳に入れておきたい話があるのだ」

「……? なにかあったの?」

「うむ。一昨日の午前七時半頃、雫嬢が災魔と交戦したのは知っているであろう」

「うん。逃げられたって聞いたけどね」

「そして同日午後八時、同じく雫嬢が災魔と交戦。残された理操術の『術紋(じゅつもん)』から、先の災魔と同個体(どうこたい)と判明した」

『術紋』と言うのは理操術の指紋みたいな物だ。
術式の特定の場所を調べる事で、誰の使った理操術なのかわかるのだ。

「それも知ってる。また逃げられちゃったんだよね。朝の時の戦力とかを考えたら、雫ちゃんなら絶対倒せると思ったんだけどなぁ……」

「それが……強くなっていたのだよ」

「……え?」

そんな筈は───

だって、災魔の強さは基本的に持っている命の炎の量で決まっちゃう。
でも、災魔は自分で命の炎を生み出すことが出来ない。
だからそれは、どこかで災いを起こしてきたって事。
半日で強くなったからには、それなりの規模の災いを起こす必要がある。

「でも、ボクの鎮守してる土地ではそんな災害、無かったよ」

どこか遠くへ行ってから災いを起こして───って、わざわざ戻ってくる必要が無い。
だとしたら、他に可能性は……

「どこか命の炎が溜まってる所から手に入れて来たとか……」

遊園地や観光名所など、喜や楽で溢れてきた命の炎が溜まっている場所もある。
たまにそれを狙って災魔が現れたりするんだけど。

「それならばむしろ良かったのであるがな。残念ながらそういった所にあの災魔が現れた形跡は無いのである」

災いを起こした訳でも、自然に集まったものを手に入れた訳でもない。
じゃぁ、どうやてその災魔は……

「あと、可能性として考えられるのは……誰かがあの災魔に命の炎を与えたと言った所であろうか」

「え? な、何の目的で?」

「……分からぬ。もとより可能性と言った程度の話であるしな。だが、もしそうならかなりの量を与えた事になる。そんな事が出来るのは、神族か……」

「災魔の最上級の存在……『始祖(しそ)災魔(さいま)』」

「…………うむ……」

始祖の災魔───

ボクがそう言ったとき、冬至君の表情が一瞬だけ変わった。
とても深い……憎悪(ぞうお)の表情に……

「場合によっては、マイ・プロフェッサーの力を借りねばならぬかもしれぬ」

「まだ、『この世界』にいるのかな? じっとしてる事、少ないのに」

「高確率でいない気がするのである。一応、ダメ元で連絡してみるが」

異界の渡り手(ワールド・ジャンパー)』なんて呼ばれてるくらいだしね。

「そう言えば冬至君、やっぱりお義母さんとは呼ばないんだ?」

「……まぁ、確かに吾輩の里親ではあるが……やっぱり何か抵抗があるのである。見た目も吾輩と大して変わらぬしな」

そう言って頭をかく冬至君。

「それに、吾輩のキャラ(・・・・・・)的には『教授』(マイ・プロフェッサー)の方が合っているであろう。吾輩の技術の基礎はマイ・プロフェッサーから教わったものであるしな」

「そっか……でも……あっ!!」

「ん? どうされた? 天花嬢」

「災魔の気配……商店街の南口の近く……大した強さじゃないと思うけど……」

その時、ボクの『植物情報網(プラント・ネットワーク)』が、災魔の気配を感知していた。

ボクは『深き黒森の一族』。
草木を操る神族、植物神。

植物同士を理操術でリンクさせる事で、ボクはこの土地中の様々な気配を感知できるのだ!
まぁ、穴も結構多いんだけど……

「では吾輩が出撃しよう。商店街の南口付近であるな」

「いつもゴメンね。ボクが戦えればいいんだけど……」

「そんな無茶な事は言わないでいただきたいのである」

冬至君の意見はもっともだ。

実際、ボクでは災魔に勝つことは出来ない。
断わっておくけど、ボクが弱いって訳じゃない。
特に極神体になれば、冬至君達四人を相手にしても勝てる自信はある。
でも、災魔は別だ。

災魔の持つ特殊な理想術───『神無の世界』
それはボク達神族の力を無力化する力がある。
たとえそれが極神体であったとしても。
災魔は、私達神族にとって天敵なのだ。

ただし、同じ神族の力でも、神族以外の命の炎を使って作った理操術は無力化できないみたい。
破壊者が使う『纏衣の呪布』自体は神族の力だけど、その力が災魔に有効なのはこのためだ。

「さて、商店街までとなると少々遠いな。『ランド・パンサー』で行くとしようか」

冬至君は左手でベルトのバックルを掴むと、右腕を顔の横に持ってくる。

「ソウルパワー・フルチャージ! イグニッション!!」

銀色のバックルを引き抜き、円を描くように回しながら、それを右腕に装着する。

「超・甲・変・身! 『エルクシオン』!!!」

叫びながらポーズを決めるとバックルが変形する。
同時に銀色の術式が冬至君の周囲に展開した。
理操術は周囲の存在情報を書き換え、戦うための鎧を作り出す。

フル・フェース・ヘルメットに金と銀で彩られた全身を覆う装甲。
メタルヒーローって言われる特撮ヒーローの姿。

冬至君のバックル───正式名称は『クリエート』って言うそうだ。
それは、人工の纏衣の呪布。
冬至君が作った対災魔用兵器───抗魔装甲(こうまそうこう)

ちなみに、冬至君はこの姿の時、『超甲星エルクシオン』を名乗って特撮ヒーローになりきっている。
だからエリクシオンって呼んであげると喜ぶんだ。
気分ってのは感情に繋がり易いから、破壊者にとっては結構重要なんだよね。
理操術のエネルギー源は命の炎だしね。

「それじゃぁ、災魔の方をよろしくね。エルクシオン!」

「うむ。吾輩に任されよ! 来い! 『ランド・パンサー』!!」

冬至君が叫ぶと、クリエートが再び動き出す。
近くに作られた術式の中に光の粒子が集まり、新しい存在を作っていく。
それが終わったとき、そこにあったのは一台のバイク。
しかも無駄に派手な装飾がある、よく特撮ヒーローものに出てくるようなやつだ……

「とうっ!」

冬至君は無駄にジャンプしてバイク(ランド・パンサー)に乗ると……

「では、天花嬢。行ってくるのである!」

それだけ言い残してバイクで走って行ってしまった。

さてと……それじゃぁボクは……

「冬至君……バイクに乗るのは外に出てからにしようよ……」

ちょっとだけ愚痴(ぐち)を言いながら、床に残されたタイヤの跡の補修(ほしゅう)を始めるのだった。


21 :黒い翠鳥 :2009/03/01(日) 21:03:32 ID:WmknrAnA

雫の護衛

「はぁ〜、疲れた〜」

もう日も沈みかけた夕刻。
基本的な理操術の訓練を終えた(竜樹)は、ようやく家に帰ってきた。

二晩ほど戻らなかったので親に何か言われるかと思ったが、とりたてて何事もなく、いつも通りの日常の一コマが展開されただけだった。
冬至の言う、認識干渉とやらはしっかり効いているようだ。

「理操術って凄いんだな…」

そう言いながら二階に上がり、自分の部屋に入る。
当然の事ながら、部屋には誰もいない。

俺は荷物を部屋の隅に放り投げると、そのまま寝台へ仰向けに倒れ込んだ。
途端に今まで蓄積されていた疲れが一気に襲ってくる。

「うおぉぉぉ……疲れたぁぁぁ〜〜〜」

体がと言うより精神的に疲れた。
思ったより『強く確かなイメージ』ってのは難しい。
漠然としたイメージだけでは纏衣の呪布は読み取ってくれないのだ。

例えば、早く走る理操術を使いたいなら早く走る姿をイメージするんじゃ効果は薄い。
筋肉を強く働かせるイメージや、地面を強く蹴ると言った少しでも具体的なイメージの方が有効らしい。
しかも、それを使うのは災魔に襲われた時なんだから、周りの事や災魔の様子も意識しながらやらないといけない。

あと、命の炎を使うと妙にだるくなる。
理解者になりたてで命の炎の量が少ないかららしいけど。

「身が持たないよなぁ……全く」

もちろん今日一日でマスター出来る訳も無く、明日からも放課後に特訓するそうだ。
そしてもうひとつ。
明日からは『理解者ではなくなる為の訓練』もしないといけない。

理解者である以上、災魔に襲われる可能性は決して低くは無い。
では、それを最も減らす方法は何か?

答えは簡単だ。
理解者でなくなれば良い。
災魔は理解者を襲うのだから当然と言えば当然だ。

ただ、言葉で言うのは簡単だが、順調に行っても一カ月以上の期間がかかるらしい。
望んで得た事じゃ無いのに、失うためには相当苦労しなければいけないとは、難儀なものである。

「まぁ、結局は出来なきゃ俺の身がヤバイんだが……」

「………がんばっ………お姉さんが……優しく……教えたげる……」

「お手柔らかに頼むよ……って、へ?」

ちょっと待て、俺。
この部屋には俺以外誰も居ないはずだ。
今俺は誰と話していたんだ?

いや、誰かは分かる。
こんなしゃべり方をするのは俺の周りには雫以外には居ない。
しかし、一体何所から?

「雫? どこに居るんだ?」

「………こっち……」

声のする方向を見ると、いつの間にか開けられた窓が一つ。
その外側、一階の屋根の上に雫が立っていた。

「そんな所で何やってんだ? ……って言うか、危ないだろ……」

「………一度……やってみたかった………幼馴染(おさななじみ)定番(ていばん)……窓越(まどご)しに……会話………」

「いや、それ多分違うと思うぞ」

窓越しは窓越しだが、絶対にこう言う物では無かったはずだ。
それにしても、窓越しの会話って漫画とかではよくあるシチュエーションだが、実際にこれをやっている幼馴染っているのだろうか。

「取り合えず入れ。そんな所よりは中の方がいいだろ」

「………うん……お邪魔……する………」

そう言うと雫は窓に片手をかけ、それを支点にしてヒョイっと飛び込んできた。

「………幼馴染の定番……その二……窓から出入り………」

「いや、それはもう良いから……」

なんか疲れが倍増した気がする……

「それで、何か用か? それとも暇だったから遊びに来たか?」

中学生の頃から少なくなったが、両親が共働きの雫は、暇な時よく俺の所に遊びに来ていた。
流石に窓から入られた事は無かったが……

「………ん……用の方……理解者関係……」

雫は部屋の隅に放ってあったクッションを引っ張ってくると、その上にちょこんと座る。

「………お泊りに……来た……」

「……はい!?」

いきなり何故ですか!?
まぁ、理解者関係と言っていたから怪しい理由では無いと思うが……
それでも、年頃の女子が思春期真っただ中の男子の家に宿泊とはどうかと。
別に何もする気は無いけどさぁ……

「………竜樹……今……災魔が来たら……逃げ切れる?」

「今、災魔が襲って来たらか?」

「………うん……竜樹……『契約』したばかり……だし………訓練……した後……命の炎……少ない………」

ああ、なるほど、そう言う事か。

理解者はいつ災魔に狙われるか分からない。
家の中とて安全とは限らないのだ。
ぶっちゃけ、今襲われたら死ねる。
理操術だってまともに使えないのに。

まだ俺は、誰かに守ってもらわないといけない程度のレベルなのだ。
雫は、その為に来てくれた。

それを断るわけにはいかない。
……って言うか、断ったら俺の身がヤバイ!

「確かに雫に守って貰えるなら心強いけど……食事とか寝る場所とかはどうするんだ? まぁ、寝る場所は俺のベッドを使えばいいか。雫が嫌じゃなければ……だが」

「………一緒に寝るの?」

「いや、俺は床にでも寝るって…」

「………そう……残念………」

いや、残念がるなよ。

「………でも……大丈夫………冬至君謹製(きんせい)……携帯寝袋(けいたいねぶくろ)……持って来た………食事とかは………家に戻る………」

パッと見手ぶらに見えるんだが、何処に持ってるんだろうか。

「ところで、ふと思ったんだが……雫ん家、隣なんだからわざわざ泊まりに来なくても大丈夫なんじゃないか?」

破壊者って災魔の気配を感知できるんだよな、確か。
理操術の訓練の時に知広ちゃんが言ってた気がする。
理解者でも訓練すれば出来るらしい。

「………無理……じゃない………でも……寝てる時とか……気付かない……かも……だから……近くの方が……いい………」

それから雫は急に悲しそうな表情になって……

「………それとも……竜樹……私と居るの……嫌?」

「うっ……」

何か捨てられた子犬の様な目になっている。
こんなの見せられたら嫌とは言えないじゃないか……
まぁ元よりそんな気は無いが。

「嫌じゃねぇって……何でそうなるかな……」

「………じゃ……一緒に居ても……いい?」

「当たり前だ。せっかく雫が付きっきりで守ってくれるって言うんだからな。むしろ俺が頭下げて頼まなきゃならん事だ。よろしく頼むよ……」

「………ん……お姉さんに……お・ま・か・せ………」

雫の顔が急に笑顔になった。
何かそれを見ているだけでホッとした気分になってくる。

そんなこんなをしていると、下から母親の呼ぶ声が聞こえた。
どうやら夕食の時間になっていたようだ。

「………早く……行った方がいい………私も……夕食……済ませとく………」

「ああ。そうさせてもらうよ」

そう言って部屋を出ようとして、俺はドアの手前で一度足を止めた。
そして雫の方を振り返りながら……

「わざわざ俺なんかの為に……ありがとな……雫…」

「……………ん………」

それだけ言って下に降りて行った。


22 :黒い翠鳥 :2009/03/25(水) 22:32:50 ID:WmknrAnA

二股?

雫が(竜樹)の部屋に泊まるようになってから一週間が過ぎた。

その間に刻流里市に現れた災魔は合計三匹。
俺もその内の一匹に遭遇(そうぐう)した。
一緒に付いて来てくれていた雫のおかげで事無きを得たが、俺一人だったらヤバかったかもしれない。

まぁ、それも遭遇したのが訓練の後だったからの話。
理操術の訓練の方は割と順調で、命の炎さえ満タンなら、災魔から十分逃げ切れる自信はある。
これは昨日、天花さんが太鼓判(たいこばん)を押してくれた。

その為、訓練の時間までは一人で自由に動ける。
昨日までは護衛として破壊者の誰かが常に(そば)に居てくれたのだ。
おかげで命拾(いのちびろ)いしたこともあったし……
いくら感謝しても足りないな、こりゃ。

特に雫と一緒にいた時間が長いだろう。
家でも一緒だったしな。

ちなみに、雫は今部活に出ている。
今までは護衛の為に部活を休んだって言ってたからな……
いまだに何部なのかは知らないんだけど。

そんな訳で、久々に一人で街を歩んだが、う〜ん……なんか隣が寂しいな。
前回この辺に来た時は雫と一緒だった。
その時の顔が心なしか嬉しそうだったんだが、あれは何だったんだろうな……

そんな事を考えていた時、視界の端に見知った人物が映る。
少し先のスーパーから出てきたセーラー服の女の子。
『ざしきわらし』の看板娘、知広ちゃんだ。

「おーい、知広ちゃん。こんにちは」

「あ、陰宮さん。こんにちはなのです」

「夕食の買い物か?」

「あ、はい。それと、お店の食材が少し足りなくなりそうなのでついでに」

学校の帰りらしい知広ちゃんの両手には、(かばん)とスーパーの袋が握られていた。
結構な量が入っているみたいで、袋がパンパンになっている。

「それ、重そうだな。俺も丁度『ざしきわらし』に行く途中だったし、俺が持つよ」

そう言って知広ちゃんからスーパーの袋を取り上げる。
ざしきわらし云々(うんぬん)(うそ)だけど、特に何所(どこ)へ行くとも決めてなかったし、それもいいだろう。

「それは竜樹さんに悪いのです。自分で持ちますから」

「気にするなって。知広ちゃんには世話になりっぱなしだからな。たまには年上らしい事をさせてくれよ」

「……そう言う事でしたら、お願いするのです」

「任しとけって!」

それから俺たちは並んで『ざしきわらし』に向かう。

「そう言えば、知広ちゃんって料理上手いよな」

「そうですか?」

ふと、袋の中の食材を見ながら思った事を口にする。

災魔と破壊者の話を聞いた日、初めて知広ちゃんの料理を食べた。
その後も理操術の訓練の時に、何度か軽食やおやつを作って来てくれた事があった。
どれも美味(うま)かった。

「店に出しても十分通用する味だと思うけどな」

俺なんてカレー位しかまともに作れないのにな……

「そう言ってもらえると嬉しいのです。でも、どうしてもオリジナルよりは味が落ちるのですよね……」

「オリジナル?」

「はい。そうですね……例えば昨日持って来たケーキなのですが……」

ああ、昨日は知広ちゃんがモンブランを作って来てくれて、みんなで食べたんだよな。
あれも美味(おい)しかったよ。

「あれ、実は時雨堂(しぐれどう)のモンブランをそのまま再現しただけなのです。そこから手を加えるのは苦手なのでして」

ちなみに時雨堂ってのは隣町にある有名な洋菓子店(ようがしてん)だ。

「再現しただけねぇ……」

でも、そんなもんなんじゃないのかな。
本を見ながら作れば本の料理は再現できるけど、そこから(さら)美味(おい)しくしようってのは中々難しいと思う。

「再現できるだけでも十分だと思うけどな。レシピが分からないと大変だろ」

それともどこかでレシピを手に入れたんだろうか?

「そうでもないのです。食べてみれば大体の作り方は分かりますから」

え?

「流石に一つ食べただけで完全にってのは無理ですけどね。十個くらい食べれば九分九厘(くぶくりん)いけるのです」

それって凄い才能じゃないのか?
でも漫画とかでは結構……
いや、流石に漫画の中だけの話だよな……

色々考えてしまったが、その考えはすぐに中断を余儀(よぎ)なくされる。

「うっす! 竜樹。こんなトコで何してんだ?」

いきなり後ろから声を掛けられたのだ。
振り返るとそこには友人が一人、笑顔で立っている。

咲人(さきと)か。俺は今から『ざしきわらし』に行くところ。そう言うお前は何してんだ?」

「オレか? オレは暇だからその辺をブラブラってな」

別に俺に用があるとかって訳じゃないのか。
たまたま見かけたから声をかけてみただけって所だな。

「えっと……陰宮さん、この方は?」

「あぁ、俺の友達の……」

「『舞波(まいなみ) 咲人(さきと)』だ。よろしく、(じょう)ちゃん」

そう言って笑顔を見せる咲人。

「舞波……もしかして、夏芽(なつめ)ちゃんのお兄さんですか?」

「お、夏芽の友達か? ああ。妹が世話んなってるな」

夏芽ちゃんってのは咲人の二歳違いの妹だ。
そう言えば知広ちゃんと同い年だったな。

「あ、私は深川 知広っていいます。家は『ざしきわらし』って喫茶店をやっているので、来て頂けると嬉しいのです」

「へぇ、あそこの嬢ちゃんか。今度寄らせてもらうゼ」

宣伝活動(せんでんかつどう)も忘れない知広ちゃんであった。

「ところで、竜樹」

「何だ?」

「いつの間に仲良くなったかは知らねぇケド、二股(ふたまた)は感心しないぞ」

「は?」

いきなり何を言いだしますか、コイツは……

「お前には雫がいるだろ。しかもここ最近、いつもベッタリ一緒だったじゃねぇか。それなのに雫が部活に行ってる隙に、嬢ちゃんと一緒に嬢ちゃん家に行くんだろ。何か(やま)しい事でもあるんじゃないか?」

「何もねぇって! 前に世話になった礼に荷物持ちを買って出ただけだ!」

「どーだか。何か下心でもあるんじゃねぇのか? 人気の無いところへ着いたらいきなりガバッ! っとか」

「そうなのですか!? (おく)(おおかみ)なのですか!? やっぱり陰宮さんも男の人……けだものなのです」

「だぁ! 何でそうなる! ……ってか、知広ちゃんも乗らない!!」

冗談で言っているのは分かる。
言動が思いっきりわざとらしいし。
でも何か、すっごく馬鹿にされてる気分になるのは何故だろうな。

「おっと、これ以上竜樹が怒らねぇ内に、オレはオサラバすっかな。じゃあな、竜樹&深川の嬢ちゃん」

咲人はそう言うと、二、三度手を振って俺達とは逆方向へ去って行った。
あいつは何がしたかったんだ?

「面白い方ですね」

「そうか? まぁ、悪い奴じゃぁないが……」

「それは分かるのです。命の炎の色が()んでいましたから」

「へぇ。そう言うの、わかるんだ」

「はい。統計学(とうけいがく)ですから、絶対と言う訳ではないのですが」

俺はまだ、命の炎を直接見る事は出来ないから咲人の命の炎が何色なのかはわらない。
ただ、知広ちゃんの話では、澄んだ山吹色(やまぶきいろ)をしているらしい。
咲人が理操術を使えれば、魔法陣の色として見えるんだけどな……

「!? 陰宮さん!」

突然、知広ちゃんが叫んだ。
その表情が瞬時に(けわ)しくなる。

「っ! この気配は!」

僅かに遅れて、俺はその理由を知る。

気配を……感じた。
いくつもの異なる色を混ぜ合わせたような灰色の気配。
無機的(むきてき)でありながら、並の人間を(はる)かに上回る命の炎の存在感。

それは災いをもたらす者……災魔の出現を伝える気配だった。


23 :黒い翠鳥 :2009/04/15(水) 09:18:14 ID:WmknrAnA

星蛍

「「纏衣解放(てんいかいほう)!!」」

(竜樹)達の声が同時に響く。
俺の常盤色(ときわいろ)と、知広ちゃんの橙色(だいだいいろ)の存在操作術式が、瞬時に纏衣を構築していく。

俺が纏うのは緑と黒を基調とした胸当てと同色の(すね)当て。
左手の肩から手の甲までが金属に覆われ、小型ながら盾らしきものが装備されている。
そして額には、竜を象った額当て。

戦うための衣を纏い、気配を感じた方向に目を向けた。

「ヒュイィィィィィィィ!!」

視線の先で、災魔が吠える。

その姿……頭は(さる)、胴は(たぬき)、手足は(とら)、尾は(へび)
こいつを俺は知っている。
前に雫と戦っていた……俺が初めて出会った災魔。

災魔はこちらをしっかりと見据(みす)え、低く(うな)っている。
どう見た所で、その狙いは……

「陰宮さん、おそらくあの災魔の標的は私達なのです。ですから、私がこの場で食い止めている間に出来るだけここから離れてください。
災魔と戦うのは破壊者の役目なのです。」

「あ、あぁ。分かった」

正直、俺と知広ちゃんの戦力には雲泥(うんでい)の差がある。
助けにならないのなら、足手纏いにならないようにするのが正解だろう。

「だけど知広ちゃんは一人で大丈夫なのか? 確か戦闘は苦手なんじゃ………」

纏衣の呪布の説明を聞いた時に、そんな事を言っていた記憶がある。
自分は主に後方支援(サポート)担当だと。

だけど、そんな心配をよそに、知広ちゃんはにこりと笑うと……

「大丈夫なのです。確かに他の破壊者の方と比べると見劣りするかもしれませんが………それでも陰宮さんよりはずっと強いのです。
冬至さん達が来るまでの時間稼ぎくらい、問題ありません」

そう答えて、知広ちゃんは前へ出る。

「まずは、『散命領域(さんめいりょういき)!』」

知広ちゃんの足もとに橙色の術式が輝き、それが周囲に向かって広がっていく。

この理操術は、災魔の使う『集命領域(しゅうめいりょういき)』と正反対の効力を持つ。
つまり、術式の中から人を払う力があるのだ。
災魔と破壊者の戦いに一般人を巻き込まないようにする為と、仲間に災魔の出現を知らせる役目がある。

破壊者の戦いでは、まずこの理操術を使うのが定石(じょうせき)なのだそうだ。

「来なさい! 貴方(あなた)の相手は私なのです!」

「ヒュイイィィィィィ!」

それに応じるように災魔が雄叫(おたけ)びをあげた。
同時にその四肢(しし)が大地を蹴り、知広ちゃんに向かって駆け出して来る。
その速度は、以前見たときよりも更に増している。

「龍の火炎弾!!」

対して知広ちゃんは、災魔を迎撃するために理操術を発動させた。
(いく)つもの炎の塊が生み出され、それが災魔めがけて連続して放たれる。

「キュイイィィィィィッ!!」

迫る火球に対して、災魔が吠える。
衝撃波が、いとも簡単に火球を打ち消した。
この程度の炎では足止めにもならない。

「でしたら、白輪の……」

「キュイィ!!!」

知広ちゃんはすぐに別の理操術を使おうとしたけど、もう間に合わない。
それよりも早く、災魔が飛びかかる。

「知広ちゃん!」

災魔の爪が、無防備な知広ちゃんに向かって振り下ろされ……

「ヒョオゥ!?」

「え!?」

……そのまま知広ちゃんの体をすり抜け、地面に突き刺さった。

そして、そこに居たはずの知広ちゃんの姿が蜃気楼(しんきろう)のように消え去る。

「何処を狙っているのですか?」

声を追って振り向くと、知広ちゃんは近くの民家の屋根の上にいた。

「どうしました? 私はここなのです」

「ヒョォ!! ヒュイイイィィィィィィィッ!!!」

挑発された災魔が、そこに向けて収束咆哮を放つ。
だが結果は同じ。
収束咆哮は知広ちゃんの体をすり抜け、そこにあった姿が()き消える。
そしてその時、知広ちゃんの姿は災魔の背後にあった。

「無駄なのです」

そう言った知広ちゃんのストールが、静かに風になびいた。

知広ちゃんの操るストールの纏衣武装『レインボー・ファントム』。
それは光を操作し、幻影を作り出す。
さっきから災魔が攻撃していたのは『レインボー・ファントム』によって作り出された幻だった。
しかも、自分の声を再生する理操術を中に組み込む事で、より本物との区別をつき難くしている。

「ヒュイィィッ!!」

自分の背後にいる破壊者に気付いた災魔は、振り返り様に爪を振るい、破壊者を切り裂こうとする。

だけど、それもまた幻。
その爪は幻をすり抜け…………ガキンと言う金属音と共に、幻の中の何かにぶつかった。

直後、その何かが爆発した。

「ヒョオオォォォゥゥッ!!!」

瞬時にして炎が燃え上がり、爆風と爆音が周囲を震わす。
その爆発が災魔の前足の片方を吹き飛ばした。

「どうですか? 冬至さん謹製(きんせい)空中機雷(くうちゅうきらい)坑魔兵装(こうまへいそう)星蛍(ほしぼたる)』の威力は」

本物か幻かは分らないが、少し離れた位置に知広ちゃんが立っている。

訓練の中で冬至から聞いた。
坑魔兵装───それは抗魔装甲と対を成す、もう一つの対災魔用兵器。
冬至が作った擬似的(ぎじてき)な纏衣武装。

知広ちゃんに足りない攻撃力を補うためのもう一つの武器。
空中に浮遊し、知広ちゃんの意思一つでいつでも爆破可能な爆弾。
それが、空中機雷の坑魔兵装。
名を……星蛍(ほしぼたる)

ちなみに、坑魔兵装と抗魔装甲は基本的に同じ物だ
武器か防具かで冬至が適当に分けているらしい。
アバウトだなぁ……

「ヒュイイィィィィィ!!」

足の一つを破壊された災魔が唸る。
災魔の本体は、体の中を自在に移動する核であり、その体は理操術で作られた仮初めのものでしかない。
だから全身を粉々にしたとしても、その核を壊さない限り再生する。
この程度のダメージじゃ、足はすぐ元に戻ってしまうだろう。

だけど、災魔が体を再生させるためには、命の炎を使って体の存在情報(そんざいじょうほう)再度構築(さいどこうちく)し直さなければならない。
この災魔がどれくらい命の炎を持っているのかは分からないけど、いずれは命の炎が底をつき、再生も行動も不可能になる。
災魔だって不死身ではないのだ。

黒い霧のような物が集まり、災魔の前足を形作る。
再生を終えた災魔は、すぐさま知広ちゃんを狙って飛びかかる。
だが、その爪も牙も、知広ちゃんの幻影を()でるだけ。
その度に星蛍の爆発が、災魔の体を削っていく。

「そんな単純な攻撃では、当たらないのです」

相手の攻撃を幻影で華麗にかわし、星蛍の配置された空間へと誘導する。
そんな知広ちゃんの戦いぶりに、俺はいつの間にか見惚(みほ)れていた。

「キュイイイィィィィッ!!」

だから……忘れてしまっていた……

「陰宮さん! 危ない!!」

「へ?」

俺は逃げなければ(・・・・・・)ならなかった(・・・・・・)事を……

「キュゥイイイィィィィィィィィィィッ!!!」

災魔の狙いがは、いつの間にか俺になっていた。
それに気付いた時、既に目の前には、振り上げられた災魔の爪があった。


24 :黒い翠鳥 :2009/05/15(金) 10:20:10 ID:WmknrAnA

振り向かずに往け

災魔の爪が振り下ろされる。
鋼鉄以上の強度を誇る纏衣でさえ、布きれのように引き裂く獣の刃。
触れればまず無事では済まない。

だけど、(竜樹)はとっさに何をする事もできず────

「陰宮さん!!!」

────横から突き飛ばされた。

僅かに遅れて、俺が居たはずの空間を災魔の爪が通過する。
その直後、災魔の眼前で爆発が起こった。
爆発に巻き込まれた災魔は、四肢を砕かれながら後方へ吹き飛ばされる。

一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。

「大丈夫ですか?」

隣に、知広ちゃんが俺を(かば)うようにして倒れていた。
ここで、やっと理解した。
災魔の爪が振り下ろされた瞬間、知広ちゃんは俺を押し倒す事で強引に回避をさせたのだ。

そして、至近距離から星蛍を使った。
俺に届かないように自分の体を間に挟んで…………

「俺は大丈夫……だけど……」

知広ちゃんは……痛々しかった……
至近距離で放たれた星蛍は、知広ちゃんの背を焼き、大きな火傷を作っている。

「私は平気なのです。このくらい、理想術ですぐ治せますから」

そう言って知広ちゃんは立ち上がる。

「それよりも、陰宮さんは早くここから離れてください」

「で……でも……」

こんな状態の知広ちゃんを置いて、自分だけ逃げるのか?
万全の状態ならばそれが正解だろう。
だけど、今は……

「陰宮さんがいても、戦力にはならないのです。それに、陰宮さんが居れば、私は陰宮さんを守りながら闘わなくてはなりません」

その通りだった……
最初に言われた通り、俺が早くこの場所から離れていれば、知広ちゃんは災魔だけに集中する事が出来た。
俺を守る必要もなく、火傷も負わずに済んだだろう。

「でしたらどうする事が最良なのか、分かっていただけると思うのです」

「………わかった。けど、知広ちゃん、大丈夫なのか?」

「はい、陰宮さんも見ていたはずなのです。私は一度も、災魔の攻撃を受けていませんから」

そう言うと知広ちゃんは、起き上った俺の体を散命領域の外の方へと向け、軽く背中に手を当てた。

「行ってください。このまま振り返らずに全力で………後ほど、勝利の朗報(ろうほう)をお届けするのです」

「ああ………待っている………」

そのまま俺は、戦いの領域の外へと────走り出した。



         ◇            ◇            ◇            ◇



陰宮さんが走り去るのを見届けて、(知広)は再び災魔へと視線を向けた。
丁度、災魔の方も四肢の再生が終わったようです。

「ヒュイイィィィィィ!」

災魔は(うな)りを上げると、散命領域の外へと向って駆け出します。
攻撃の当たらない私を無視して、陰宮さんの方を追うつもりですか。

でも……

「行かせないのです!」

直後、災魔を襲う星蛍の爆発。

そのパターンは既に予測済みなのです。
その通り道には、核を砕くのに十分な星蛍を仕掛けてあります。
これで……

「キュイイイィィィィッ!!」

「っ!!」

その爆発から、健在な災魔の姿が現れました。

「……防御力を、上げてきたのですか」

再生するときに、存在情報(そんざいじょうほう)を書き換えていたようですね。
でも、その為にはかなりの命の炎を使ったはずです。
その気配の大きさから考えて、再生可能な回数は片手で足りるでしょう。

「でしたら、こちらも威力を上げます!」

星蛍にそれだけ命の炎を使う分、背中の治療が(おろそ)かになりますが、仕方ありません。
先ほどの三倍以上の命の炎を込めた星蛍を、レインボー・ファントムで不可視に変える。
威力を上げた分、数が減ってしまったのが難点ですが、これを散命領域のいたる所に配置。

ここはもう見えない地雷原────私の領域です。

当然、私の姿もレインボー・ファントムで消し去り、同時に複数の幻影を作ってかく乱する事も忘れません。

「ヒュイィ……」

しばらく、私と災魔はにらみ合っていました。
星蛍を警戒しているのでしょうか、仕掛けてくる様子がありません。

それならそれで、一向に構いません。
星蛍は微速(びそく)ながら動かす事が出来ます。
これで包囲網を狭めれば……

「キュイイィィィィィッ!!」

突然、災魔が吠えました。
収束咆哮では無い、広範囲に衝撃波を広げる咆哮。
でも、大した威力ではないのです。
理想術を使わなくても、纏衣だけで十分に防ぎきれる威力。

何のつもりですか?
星蛍の誘爆を狙った?
それとも、攻撃が当たらない事に業を煮やして、全体攻撃を仕掛けてきた?

どちらにしても、攻撃力が低すぎる……

「……!! まさか!?」

気付くよりも一瞬早く、災魔が動いた。
不可視のはずの星蛍を巧みにかわしながら、幻影に惑わされる事なく近づいてくる。

防御……いえ、回避を!
駄目、間に合わない!!

「ヒュイィ!!」

「きゃぁっ!!」

災魔の突進によって弾き飛ばされた私は、近くの建物の壁に叩きつけられた。
コンクリートの壁が、人型にめり込む。
纏衣を着ていなかったら、多分即死でした。

「…っくぅ………」

全身を走る痛みをこらえながら、立ち上がる。
すぐに、災魔が再び吠えた。

これで確信した。
あの咆哮は攻撃じゃない。
反射した音から障害物の距離と方向を測定し、視覚で捉えられない物の位置を把握する────
あれは……ソナーなのです。

気付くのが遅すぎました。
全身の痛みで、体が言う事を聞いてくれません。
回復する時間なんて、与えてなどくれないでしょう。
逃げることすら、今の私にはできません。

でも、私だって破壊者なのです!
レインボー・ファントムが無力でも、私には冬至さんの作った星蛍があります。
まだ、諦めるには早いのです!

いま、私に出来る最大威力の星蛍を精製(せいせい)……
これを攻撃に合わせてカウンターで爆発させれば、災魔の核まで届くはずです。

問題は、私もその爆発に巻き込まれてしまう事ですが……
耐えれば……耐え抜けばいいだけです!
私は、まだ生を諦めてはいませんから!!

さぁ、勝負なのです!!!


25 :黒い翠鳥 :2009/06/16(火) 13:17:55 ID:WmknrAnA

選択した後悔

……走る……

………走る………

…………走る…………

全力で、振り返らずに……ただひたすらに逃げる。
自分を守る為に傷ついた、少女に背を向けて。

いいのか?
本当にいいのか?

「……クッ!」

間違ってはいない。
これが、最良の選択のはずだ。
何度も、自分に言い聞かせる。

心配する必要は無い。
知広ちゃんは……強い。
(竜樹)なんかよりずっと……

あの子が負けるはずが無い。
何度も何度も、繰り返す。

それでも、不安は収まらない。
それは、あの背中を見てしまったからか……

自分のせいで負ってしまった火傷は、軽いものではなかったはずだ。
もしそれが、致命的な事態に繋がったとしたら……
一度考えてしまうと、負の思考の連鎖は止まらない。

走り出して直後に一度だけ、それ以降聞こえなくなった星蛍の爆発音。
それが余計に、不安を掻き立てる。

間違えるな……走れ……全力で……振り返らずに!
俺が戻ったところでどうなる!
ただの足手纏いにしかならないじゃないか!

遠くから声が響いてくる。
それは、知広ちゃんと戦っていた災魔の咆哮。
嫌な予感が、全身を駆け巡る。

いや、駄目だ!
間違えるな!

俺が戻ったって、何もできやしない。
破壊者でない俺には、災魔と戦う力なんて無い。
そう望んだのは、破壊者にならない事を選んだのは、俺自身の筈だ!!

「くっそぉぉぉぉ!!!」

叫ぶ───己の無力を嘆いて。

叫ぶ───己の浅はかさを呪って。

叫ぶ───抑えきれない不安から逃げる為に。

『私達に…それを止める力があるのなら……私は戦う………私にも…失いたくない人がいるから……』

不意に思い出された言葉。

なぜ、災魔と戦うのか。
それを聞いた俺に返された、雫の答え。

俺にだって、大切な人がいる。
知広ちゃんだって、失いたくない人の一人だ。
だけど、俺には災魔を倒す力は……災魔を止める力は……

「……っ!!」

踏み締めた右足が、強引に体を静止させる。
それを軸にして、ねじるように体を反転。
舗装されたアスファルトの大地を蹴り、今までと逆向きに走り出す。

「忘れてんじゃねぇぞ! 竜樹!!」

自分に向って叫ぶ。

「確かに俺は破壊者じゃない! でもな!」

加速する。
体が軽い。

「正式な契約じゃなくても、俺だって『破壊者の契約』をしたんだ!」

纏衣が──その証が、イメージを──想いを現実に映し出す。

「俺にだって纏衣が──守るための力があるじゃないか!」

想いを速さに変えて、もと来た道を駆ける。

戻ったところで、何も出来ないかも知れない。
もしかしたら、後悔する事になるかもしれない。
でも───戻らずに後悔するよりはずっといい!

再び響く咆哮。
視界の遥か先に映る災魔の姿。
知広ちゃんの姿は見えない。
レインボー・ファントムで姿を消しているのか?

災魔の視線の先に、人型に陥没したコンクリートの壁が見える。
嫌な予感が、全身を駆け巡る。

災魔が、壁の人型に飛びかかろうとする仕草を取った。
間違いない。
あそこに知広ちゃんがいる!

「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

声を上げながら更に加速!
散命領域に侵入し、災魔との距離が一気に縮まる。

災魔が人型の窪みに飛びかかった瞬間、俺も最後の一歩を蹴る。
そのまま、空中の災魔に向かって………

薄翼(はくよく)旋風(つむじかぜ)!!!」

命の炎を思いっきり込めた理操術を───叩き込む!!

「ヒョオォゥ!!」

災魔の横っ腹で発動した理想術が、巨大な力の塊となって災魔を弾き飛ばす!
短い叫び声を上げながら、災魔は向かいの建物の塀に高速で突っ込んでいく。
それでもなお止まらず、そのまま塀を砕いて建物の中に消えて行った。

思いのほか威力があったんで俺自身驚いたが、今はそんな時じゃない。

「知広ちゃん。えっと、そこにいるんだよな」

俺が視線を向けた一見何も無い空間に、知広ちゃんの姿が現れる。
立っているだけでやっとと言った感じで、それでもその瞳は力強く俺を見据えていた。

「………どうして、戻って来たのですか?」

半分、(とが)めるような視線。
でも、俺は臆さず応えられる。

戻ってきた理由を──この選択を選んだ理由(わけ)を。

「何か、嫌な予感がしてね。もし、そのまま逃げていたら、きっと後悔するような気がしたんだ」

そのまま、災魔の突っ込んでいった建物の方を向く。

「だったら、どっちにしろ後悔するかもしれないなら、やれる事全部、やってから後悔したいと思ってね」

『薄翼の旋風』は本来、相手との距離を取ったり、体勢を崩したりする為に使う理想術だ。
それ自体にダメージを与える効果は無い。
壁にぶつけた程度で倒せる相手なら、知広ちゃんがとっくに倒している。

「ヒュイイィィィィィ!」

予想通り、無傷の体で現れる災魔。

「確かに俺は破壊者じゃない。でも、俺だって理想術は使える。盾代わり位にはなれるはずだ」

正直、俺に出来るのは時間稼ぎが精々だろう。

だったら、とことん時間を稼いでやる!
知広ちゃんの傷が癒えるまで。
その星蛍が、災魔を倒すまで!

「俺の盾は、絶対に君を守り抜く。だから、今は回復に専念して。知広ちゃんには、あいつを倒してもらわないといけないからね!」

「……はい!」

そう答えた知広ちゃんの体を、橙色の存在操作術式が包み込む。
あれは確か、『天満月(あまみつつき)』って言う回復の理想術。

「ヒュイィィ!」

災魔が短く唸り、姿勢を低くする。
飛びかかる前の予備動作。

対して俺は、左腕に装着された小さな盾を構える。
今、俺の持つ最堅の盾で迎え撃つ為に。

「キュイイィィィィィ!」

災魔が飛びかかる。
その爪に、鋼鉄すら切り裂く破壊力を宿して。

でも、これから先には、一歩たりとも通さない!!

「『黒鱗盾(こくりんそう)!!』」

その言葉とイメージを元に、纏衣が命の炎を燃料にして、俺の望む術式を組み上げる。
黒い半透明の盾が俺の眼前を覆い、災魔の爪を阻む。
金属通しがぶつかる様な音が響き、鍔迫り合いの如く俺と災魔はお互いに激しくせり合う。

「…ッ…」

襲いかかる巨大な重圧。
目の前に迫る、人知を超えた怪物の恐怖。
それが、一瞬ごとに俺の精神を──命の炎を削っていく。

だけど負ける訳にはいかない。
知広ちゃんが災魔を倒すまで、俺は絶対に倒れない!!



         ◇            ◇            ◇            ◇



『黒鱗盾』に守られながら、(知広)は『天満月』の術式を紡ぐ。

全く、陰宮さんも無茶をするのです。
危うく最大火力の星蛍に巻き込んでしまうところでした。

でも、おかげで助かったと言ってもいいでしょう。
あの方法で私が生き残れる確率は、かなり低かった筈ですから。

今、陰宮さんは私の目の前で、災魔との戦っています。

『絶対に君を守り抜く』

その言葉通り、幾度となく繰り出される災魔の爪は、決して私の所に届く事なく『黒鱗盾』に阻まれていした。

陰宮さんにとって、災魔と正面から戦うのは初めての筈です。
経験した事の無い命のやり取り。
怖くないはずは無いのです。
それでも、彼は戦っています。

なら、私がそれに応える方法はひとつです。
陰宮さんが守ってくれている間に、確実にあの災魔を倒せるようになっておくこと。
その為にはせめて、まともに体が動かせる位には回復しておかなければ話にならないのです。

でも、時間的な余裕はそうありません。
『黒鱗盾』は確かに強力な理操術なのです。
あれを破壊するのは私でも骨が折れるでしょう。

ですが、それほどの理操術…………理解者になってまだ間もない陰宮さんがどれだけ維持出来るのでしょうか。
あの盾は、長くは持たない筈です……

今の状態で、最も短時間で準備できる作戦は……

武器になりそうなのは先ほど周囲一帯に配置した星蛍。
相討ち覚悟で精製した最大火力の星蛍もまだ手元にあります。
これを同時に爆発させれば災魔の核を破壊するには十分です。
もちろん、私たちが巻き込まれないように、ある程度離れた位置で爆発させる必要があります。

「陰宮さん!」

そう言って、ある理操術を展開した右手で陰宮さんの背に触れます。

思考共有(しこうきょうゆう)

その名の通り、私の思っている事をそのまま陰宮さんに伝えることのできる理操術です。

伝えたのは災魔を倒す作戦。
星蛍を一か所に集め、そこに災魔を『薄翼の旋風』で弾き飛ばし、一斉起爆。
単純ですが、すぐにでも実行可能な策です。

ですから、あと少しだけ頑張ってください。
それはちゃんと伝わったようで、陰宮さんは一瞬だけこちらを向くと力強くうなずいてくれました。

戦闘中の余所見は危険なのです。

周囲一帯に配置された星蛍を、全速で一か所に移動させます。
手元の星蛍は、思いっきりぶん投げてそこに近づけました。
元々そんなに早く移動させる事は出来ないのですが、今回はいつも以上に遅く感じます。

そんな焦れったい時間が過ぎ、星蛍の配置が終わったのは時間にして僅か四・五十秒後の事でした。
その時間が、私にはずっとずっと長く感じられました。
陰宮さんの『黒鱗盾』は…………大丈夫、まだ健在なのです。

丁度災魔が陰宮さんから距離を取り、様子を窺っているようでした。
あと必要なのは、『薄翼の旋風』を確実に決められる一瞬の隙。
それを生み出す方法を『思考共有』で伝えます。
勝負は、次に災魔が飛びかかって来たとき!

「キュイイィィィィィ!」

姿勢を低くした災魔が、全身のバネを使って一気にこちらに飛びかかってきました。
そのまま陰宮さんめがけて爪を振り下ろし……

「ヒョオゥ!?」

その爪が、陰宮さんをすり抜けます。
それは、レインボー・ファントムの幻なのです!

攻撃を外した事でできた無防備な一瞬。
その一瞬に肉薄し、『薄翼の旋風』を……

「!!?」

その瞬間、全身を駆け巡る強烈な痛み。
急な全力での動作に体が悲鳴を上げていました。
体が、完全には回復していなかったのです。

焦り過ぎました。
いくら短期決戦の必要があったからと言って……
それは、致命的な隙を作る事を知っていた筈なのに。

その痛みで、全てが遅れました。
『薄翼の旋風』の展開は間に合わず、災魔もすでに次の攻撃態勢に……

振り下ろされる災魔の爪。
防御も、回避も間に合わない。
その時私は、覚悟していました。
破壊者として戦う以上、常に隣に存在する『死』と言う可能性を……

でも、その爪が私に届く事はありませんでした。
災魔の爪が、私の目の前で止まったのです。
まるで、見えない何かに遮られるように。

「ヒュオゥ!?」

災魔が不思議そうな顔をした、その瞬間でした。

「『薄翼の旋風!!!』」

災魔の体が吹き飛ばされ、星蛍を仕掛けた場所に突っ込んでいきます。

「知広ちゃん、今だ!」

「!!」

その声で、私は我に返りました。
今、私がやらなければいけない事は……

「星蛍、一斉起爆です!」

その瞬間、災魔の体は星蛍の引き起こした紅蓮の大爆発の中に飲み込まれていきました。


26 :黒い翠鳥 :2009/07/14(火) 20:59:37 ID:WmknrAnA

決意とヒーロー

爆発の煙が晴れた時、そこには何も無かった。
あった物は全て、星蛍の一斉起爆によって砕かれ、消し飛ばされていた。

「………勝った……のか?」

「……はい、もうあの災魔の気配はありません」

(竜樹)の問いに、知広ちゃんが静かに答えた。

既にレインボー・ファントムの幻影は解かれ、俺の姿は知広ちゃんの前に現れている。
さっき透明なまま話しかけたらかなり驚かれたんだが……自分でかけたのに忘れてたのか?

「はぁ〜〜〜、疲れた〜〜〜」

そう言って倒れるように地べたに座り込む。
正直なところ、まだ手の震えが止まらない。
怖かった……足が(すく)まなかったのが不思議なくらい。

でも、勝ったんだ……
俺も、知広ちゃんも生きている。

知広ちゃん達は、こんな闘いをずっと続けてきたのか……

「なぁ、知広ちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「なんですか?」

「破壊者になるには、どうすればいいんだ?」

座ったまま知広ちゃんを見上げ、俺はそう言った。

「………どういう心境(しんきょう)の変化なのですか? 前は破壊者になる気は無いと……」

「後悔しちゃったんだよ。戦いを、知広ちゃん一人に任せて逃げた事をさ……」

もしかしたら俺が戻らなくても知広ちゃんは災魔を倒していたかもしれない。
でも、そうでない可能性だってあった。
知広ちゃんが災魔に敗れるという未来もあり得たのだ。

今回に限った事じゃない。
これからずっと続いて行く戦いにも、常にその可能性は付きまとう。

それでも知広ちゃん達は、大切な人達を守る為に戦い続けてきた。
だったら、俺が破壊者になって知広ちゃん達を守る……なんておこがましい事は言わない。
だけど、そんな知広ちゃん達を置いて、自分だけ逃げたくは無い。

「もう後悔はしたくない。俺にだって、守りたい人がいる。その為に、戦う力が欲しい!」

もしかしたら、俺にも守れるかも知れないのだ。
ずっと、俺を守ってくれていた破壊者達を。

「陰宮さん……その場の勢いで言っていませんか?」

「そうかもな。いつかこう言った事を後悔する時が来るかもしれない。でも、言わずに後悔するよりはずっといい」

「……………」

知広ちゃんは無言で俺を見つめていたが、やがてニコリと顔を緩ませ………

「分かりました。ですが、今は気分が昂っているからそう思っているのです。一度冷静に考えて、それでも気が変わらなければ、明日、もう一度聞かせて下さい」

「あぁ、そうするよ。でも、思いは変わらないと思うけどね」

そう、この決意は変わらない。
そして、俺も知広ちゃんにほほ笑み返そうとした…………その時だった。

「「!?」」

感じ取ってしまった。
知広ちゃんも気付いただろう。
灰色の────災魔の気配を。

「そんな、あれでもまだ倒せなかったのか!?」」

「いえ、これは……」

気配の方向に黒い霧が集まり、災魔の姿を形作る。
柄の無い(つち)のような体と、目も鼻も無い頭のてっぺんにある巨大な口。
蛇のようにも見えるその全身には無数の毛が生えている。

さっきの鵺のような災魔とは全然違う。
えっと…………野槌(のづち)ですか? コレ……

「……って、二匹目かよ!」

やばい。
さっきの戦いで結構命の炎を消費している。
知広ちゃんだってまだ完全に回復した訳じゃない。

もしこの災魔がさっきの災魔と同レベルの力を持っていたら……

俺は立ち上がり、知広ちゃんを庇うように前えへ出る。
今、災魔を倒せるのは知広ちゃんだけなのだ。
『黒鱗盾』の存在操作術式を展開する。

黒い半透明の盾が、災魔を(さえぎ)るように俺の左腕に出現した。
鎌首を持ち上げ、襲いかかる隙を窺っている災魔。
相手がどんな力を持っているのかは分からないけど、さっき誓ったばかりだ!

「知広ちゃんが戦えるようになるまでは、俺が指一本触れさせない!」

折角(せっかく)だが、竜樹(マイ・フレンド)。それは吾輩の役目なのである」

「え?」

突然、俺の前に何かが舞い降りた。
災魔と俺達との間に降り立ったそれは、金と銀の装甲に包まれたメタルヒーロー。

「右手に勇気! 左手に希望! 愛と正義をこの身に纏い、災いの魔物打ち砕く! 闇を貫く銀の閃光───超甲星! エルクシオン!!! 只今参上!」

シャキン!! と言う効果音と共にポーズを決め、災魔に向かって名乗りを上げた。
同時に炸裂する五色のバックファイヤー。

うゎ、危な!
今、目の前で爆発したぞ!?

「エルクシオン! 来てくれたのですね!」

「うむ。ヒーローはヒロインのピンチには必ず()け付けるのである!」

えっと、すみません。
俺だけ話について行けてないんですけど……

「なぁ、知広ちゃん。こいつ、冬至だよね」

俺の事、マイ・フレンドって呼んだし。

「そうですよ。 あ、でも、変身してる時はエルクシオンって呼んであげて欲しいのです」

ノリがいいんだね、知広ちゃん。
ついでに知広ちゃんは冬至のヒロインですか。そうですか。

「ブオ〜〜〜」

突然現れた妙な(やから)に、災魔が威嚇(いかく)の声を上げる。
野槌が鳴くのかは知らないが、コイツはこんな風に鳴くんだ……

「ナックル・オン」

エルクシオンの右腕に白銀のガントレットが装着される。

「ファースト・ブーストォ!!」

全身に装備されたブースターが展開し、そのから炎が()れる。
それを推進力にして、一気に災魔に肉薄(にくはく)する。
野槌のような災魔もその巨大な口を持って襲いかかるが、加速したエルクシオンの速度には追いつけず、むなしく空を切るだけだった。

「クロック・ブレイカー!!!」

エルクシオンの拳が、災魔に炸裂(さくれつ)する。
ダメージは大した事は無い。
災魔なら五秒とたたずに復元してしまうような小さな傷。

しかし、それが再生する事は無かった。
いや、再生する時間が与えられなかった。
災魔の動きが、展開された術式の中で停止する。
エルクシオンの攻撃が炸裂した瞬間から、災魔の時間が破壊されたのだ。

「来い! ランドパンサー! カノンモード!」

突然どこからか一台のバイクが走って来た。
それは空中に踊り上がると、五人組のヒーローが怪人に止めをさす時に使うようなバズーカ砲へと変形する。
五人がかりで使うような巨大なバズーカ砲をエルクシオンは軽々と持ち上げ、災魔へとその標準を合わせた。

「愛と正義を力に変えて、未来を照らす光となす! 今、必殺の──シャイニング・E・ブラスター!!!」

バズーカ砲から五色の光線が混ざり合うように放たれる。
それは理操術に(とら)われた災魔に命中し大爆発を引き起こした。
紅蓮の炎が燃え上がり、辺りを真っ赤に染め、災魔の体を……核を焼き尽くす。

「バースト・エンド!!!」

再度起こる大爆発。
その爆発に背を向け、ポーズを決めるエルクシオン。
何かカッコいい……

そして炎が消えたとき、災魔の気配は完全に消失していた。

「大丈夫か? 知広にマイ・フレンド」

「ああ」

「大丈夫なのです」

次の災魔が現れる気配は無い。
どうやら、これでやっと終わったらしい。

二匹目が出てきた時にはどうしようかと思ったが、何とか今無事に生きている。
戦いの場に戻ってきたことを後悔せずに済みそうだ。

「ありがとう、冬至。おかげで命拾いしたよ」

「ノンノン。吾輩の名はエルクシオンだ」

……やっぱ、そう呼ばないと駄目なのか?

「ありがとう、エルクシオン。おかげで助かった」

「なぁに、知広とマイ・フレンドが無事で良か……っ!?」

突然、エルクシオンが明後日の方を振り返った。

「どうした? 冬……エルクシオン」

俺もその方向を見るが、遠くにある背の低いビルと銭湯の煙突位しか見えるものは無い。
特に変なところは見当たらないけど……

「ちょっと野暮用(やぼよう)を思い出したのである。吾輩はこれにて失礼!」

そう言うとエルクシオンはブースターを()かせながら飛び去ってしまった。
何だったんだろう……
まぁ、とりあえずは一件落着か。

それよりも、今凄く気になっている事がある。
この戦いで建物とか結構破壊されちゃったんだけど、どうすればいいんだろう……コレ……



         ◇            ◇            ◇            ◇



「あーぁ。やられちゃったか、あの災魔。結構な量の命の炎を分けてあげたんだけどなぁ」

竜樹達のいる場所から遠く離れたビルの上で、少年は一人呟いた。
その視線は二匹の災魔が倒された場所に向いている。
ここからその位置まで1km以上離れていると言うのに。

「一人くらい削れるかなって思ったけど。結構強い『守護者(ガーディアン)』が居るみたいだ」

自分より(はる)かに弱いとはいえ、それなりの強さの災魔だった筈だ。

特にあの鎧を着た奴。
後詰めに一匹目よりも(・・・・・・)強い災魔(・・・・)を仕込んでおいたのに、それをあっさりと倒されてしまった。
(あなど)ってたら、痛い目を見そうだ。

「もう少し情報を集めた方がいいかな……あっ」

鎧を着た奴がこっちを振り返った。

「ありゃ、気づかれちゃったか」

気配は押さえてたんだけどな……
悠長(ゆうちょう)に構えていたら、すぐにやって来るだろう。

ここで一戦交えるのも悪くは無いけど……

「こっちもまだ本調子じゃないし、今日は引こうかな」

そう言った少年の背中から、薄い結晶のような羽が現れる。

「じゃ、次に会える時を楽しみにしているよ」

決して相手には届かない言葉を残しながら、少年は青い空の中へ飛び去って行った。


27 :黒い翠鳥 :2009/08/15(土) 15:09:33 ID:WmknrAnA

エピローグ

「うむ……やはりマイ・プロフェッサーとの連絡は取れぬか」

喫茶店『ざしきわらし』の地下。
その一室でパソコンを操作していた吾輩(冬至)は、ふとキーボードを叩いていた手を止めた。

「お疲れさま。どうでした?」

「予想通りであるな。『久神(ひさがみ)機関』に問い合わせたのだが、行方不明との事である」

知広が運んできたコーヒーを手に取り、口をつける。
うん、美味い。

「大方、どこかの世界で厄介事にでも首を突っ込んでいるのであろう。まぁ、マイ・プロフェッサーなら心配するだけ無駄と言う物だ。」

「確かにそうなのです」

マイ・プロフェッサーをどうこう出来る存在など、そうそうおらぬ。
かの、『雪白のレグナス』でもなければ……

「ところで、マイ・フレンドの方はどうであるか?」

「先ほど天花さんの所へ向われました。海月さんが付いて行かれましたから、道中の危険は無いと思うのです」

あの戦いから三日。
今日、マイ・フレンドは完全な『破壊者の契約』を行い、はれて破壊者となる。

結局、心変わりはしなかった。
予想通りと言えば予想通りである。
それほど長く一緒の時を過ごしてきた訳では無いが、伊達(だて)に吾輩もマイ・フレンドと呼んではいない。

面倒くさがりに見えて、意外に意志が強い。
特に、友の為ならば尚更………
マイ・フレンドはそう言う奴なのである。

「破壊者として言うならば、マイ・フレンドが戦力に加わってくれるのは頼もしい限りである」

「そうですね。先日の戦いでは危ない所を助けてもらいましたし。あの時の陰宮さんは格好良かったのです」

「なんだ、惚れたのであるか?」

吾輩、嫉妬(しっと)なのである。

「まさか。冬至さんの方が格好良かったですよ。それより『破壊者として』と言う事は、本音の方はどうなのですか?」

「できれば……マイ・フレンドには戦いを知らぬまま理解者でなくなって欲しかったのである」

本来この世界に足を踏み入れるのは、吾輩だけで十分だった(はず)だ。

「吾輩が……『久神(ひさがみ)使徒(しと)』が居ながら、マイ・フレンドを巻き込んでしまう事になるとは情けない」

「……そうですね。私がもっと強ければ、陰宮さんが戦う必要もなかったのです」

「あ、いや、知広が気にする必要は無いのである」

少々不味い話題だったであるか。

「それより、マイ・フレンドが破壊者になると言うのであれば、吾輩も全力で答えるべきであろう。気になる事もあるしな」

「私達の戦いを監視していた相手の事ですか?」

「うむ。結局逃げられてしまい姿すらまともに確認できなかったが、痕跡(こんせき)は残っていたのである」

もしかしたら、(ぬえ)の姿をした災魔に命の炎を与えたのもそいつかも知れない。

正体も目的も不明。
だけど、この件だけで終わりとは思えないのである。
何か、嫌な予感がする。

「分かりました。それなら私が調べてみるのです。戦力では(おと)るかもしれませんが、情報収集力では負けないのです。『久神の使徒』は、冬至さんだけではありませんから」

「ありがたいであるな。吾輩は情報収集において知広の右に出るものを知らぬ。これ以上頼りになる者はおらぬな」

「ふふ。おだてても何もでませんよ?」

事実を言ったまでである。
吾輩に調べられて知広に調べられない情報など無い。

「ただ、無理はしないで欲しいのである。今回の相手……もしかしたら『始祖(しそ)の災魔』かもしれないからな」

あの災魔に与えられた命の炎の量を考えれば、その可能性は決して低くない。
もしそうだったら、知広では力不足だ。

「その場合、知広は一切手を出すな。『始祖の災魔』は俺がぶっ壊す(・・・・・・)!!」

「……冬至さん。『吾輩キャラ』が崩れているのです」

「な!?」

これは俺……いや、吾輩としたことが……
吾輩は吾輩であって、吾輩なのである…………うむ、大丈夫なのである。

「すまぬ、知広。少々取り乱したのである」

「全くなのです。名前を言っただけで『素』が出るのでは、キャラを作っている意味が無いのです」

ごもっともである。
これでは『素』の自分を封印している意味がない。

「まぁ、私は『素』の冬至さんの方が好きなので、二人っきりの時はそのままでいてくれた方がいいのですが……」

「…………検討しておくのである」

面と向かって言われると恥ずかしいであるな。

「あ、そろそろ三時ですね。もうすぐクッキーが焼きあがるので、一緒に食べましょう」

「お店の方はいいのであるか?」

「まだお父さんだけで大丈夫なのです。それでは、焼け具合を見て来るのです」

そう言って出て行った知広から、吾輩は再びパソコンに視線を戻した。

まだまだやるべき事は沢山ある。
大変だが、マイ・フレンドや知広の事を思えば苦にはならないのである。

とりあえずは新型抗魔兵装の基礎理論を仕上げておく事にしよう。
今日は、泊まり込みになりそうなのである。

         ◇            ◇            ◇            ◇

日常の中の気づかぬ世界。

第一章──END

第二章に続く────


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