雲と風と拳


1 :land :2010/03/31(水) 09:39:00 ID:LDteV7te

【1】


―17世紀 内モンゴル・シリンゴル大草原―


蒼い空を、雲が流れていく。

草の上に大の字になって眠る男がいる。

ほぼ裸身、全身に刻まれた疵痕をさらしていた。

浅黒い肌に太い眉、

都会ならば人が避けて通ってもおかしくない風貌だ。

だが、眠る男の顔には、どこか少年のような無垢さが宿っていた。

傍らには、白い馬が体を休めている。

男の名前は、前田慶吾郎忠宗。

れっきとした日本の侍であり、前田慶次の実子である。

何故この男が内モンゴルまで流れてきたかは、いずれ語ることとなるが、

今は違う話をしよう。


2 :land :2010/03/31(水) 12:44:28 ID:WcuDWLo3WG

【2】


慶吾郎の白い馬が、ピクリと首をあげた。

風に、微かな血の香りが混ざる。

何かが近づいてくる。その予感を、馬は感じていた。

予感は正しかった。

高鼾の前田慶吾郎に向かい、

ひとりの男が早馬で駆け寄ってくる。

凶相の男だった。

何かに追い詰められている。そういった表情だ。

男は、馬を飛び降り、前田慶吾郎の前に立った。

瞳は血走り、草の上に眠る慶吾郎をにらみすえていた。

「ハ!!!」

一瞬の動きだった。

凶相の男の鋭い蹴り足が、閃いた。

的は、慶吾郎の顔面。蹴りは標的を的確とらえた。

慶吾郎の鼻孔から鮮血が吹き出した。

「…ってえなあ。」

鼻から血を流しながら、慶吾郎は立ち上がった。

面倒くさそうに顔をかき上げ、蹴りを放った男をまっすぐに見た。

「半年ぶりか。劉勝。」

男の名は、劉勝。崇山少林寺の拳術家である。

「探したぞ、前田慶吾郎。まさか蒙古の地にいようとはな。」

崇山少林寺において、

前田慶吾郎が劉勝と仕合い、完膚なきまでに叩きのめしたのは、

半年前のこと。

誇り高き拳術家は、以来、前田を追い続けていた。

「半年前の私と同じと思うな。」

劉勝は静かに呼気を吐き出し、構えをとった。

前田慶吾郎の口元が、子供のように笑んだ。


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