彩溢るる世界


1 :空宮 彼方 :2008/05/19(月) 15:51:00 ID:onQHtFrH

懲りずにまたファンタジー始めました。
こんにちは、空宮彼方(ソラミヤカナタ)です。
今回のテーマは「家族愛」「兄弟愛」などです。
詰まらないかもしれませんが、暇だったら読んでやってください。
では、よろしくお願いします。


2 :空宮 彼方 :2008/05/19(月) 16:04:32 ID:onQHtFrH

死を、覚悟した。
背から止めどなく流れる生命の象徴。どのくらい流れたかなんて、考えたくもないくらいは失った。
そのせいか、それともこの息が凍るほどの気温のせいか。ひどい悪寒がし、目の前が霞んでいる。
ああ、死ぬのかな。と、漠然と思った。
死ぬ前には走馬灯と言うものが見えるのだ、と、昔自分と同じような生活をしている奴が言っていた。
そいつもそれからしばらくして死んでしまったが、果たして走馬灯とやらは見えたのだろうか、と詮のないことを考える。
だけど、どちらにしても自分には見えないな、と思う。

生を受けて、もう10年は経つだろうか。毎日が、ただ生きることに必死だった。日々の積み重ねなどという立派なものではなく、ただの浪費。
思い出などなく、自分と言う存在が生きてきた道を振り返っても、何も残っていない。
それはつまり、今自分が死ぬことは、そのまま自分と言う存在の消滅に繋がると言うこと。

自分が生まれた意味なんて、なかった。

そんな思いのまま目を閉じようとすると、急に体が何か温かなものに抱えられるのを感じた。
驚いたが、もはや指一本動かす力もなく、なんとか瞼だけをこじ開ける。
霞み、ぼやける視界に映りこんだのは、鮮やかな若葉の色と、透き通った夜空の色。
―その色を見た瞬間、「俺」と言う存在が産声を上げたのだと、今になると思う。
二人に会ったとき、初めて「俺」という存在が生まれたのだと。


3 :空宮 彼方 :2008/05/19(月) 16:28:51 ID:onQHtFrH

パチ、と、自分でも驚くくらいの唐突さで目が覚めた。
さっきまで見ていた夢の余韻か、少々背中を流れている冷たい汗が不快だった。
視界に入るのは、今日の就寝場所となった、今自分が枕にしている根の主である木が精一杯に茂らせている葉と、その向こうに広がっている夜空。
どちらも自分が1番好きな色だ、と思うと、意識しないままに口元が緩む。

随分と久しい夢を見た、と思う。あまり、良い意味での「久しい」ではなかったが。
まだ自分が「自分」ですらなかったとき。この身を表す名すら無かった。
ただただ、生きるのみの存在だった、あのころの夢。

もう、4年も前のこと。

横になったままだった体を起し、そのまま上を見続ける。正確には、己の最も好きな色を湛える葉と空を。
この2つの色だけは、どれだけ見ていても飽きないのだ。自分にとって、「唯一絶対」の2人の持つ色だから。


「―どうした?光(コウ)」
不意に横から聞こえてきた涼やかな声に驚きそちらを向くと、今自分の頭上を覆う葉よりもずっと鮮やかで、綺麗な翠が自分を覗き込んでいた。
普段、冷静で落ち着いているその瞳には、「心配」と「気遣い」の色が浮かんでいる。

「慧(ケイ)兄さん・・・。ごめん、起しちゃったね」
「いや、大丈夫だ。・・・どうした?」

自分にとって唯一絶対の1人で、己よりも4つ年上のこの兄代わりは、他人には無関心であるのに、自分ともう一人に対しては少々過保護の傾向がある。
だが、無用な心配などかけたくはないので、そっと笑って言葉をつむぐ。
「心配」されるのは心地いいが、少々くすぐったくもあるのだ。4年よりも前の生活では、そういった暖かな感情とは無縁だったから。

「何でもないよ。たまたま目が覚めちゃったから、星を見てただけ。俺、星好きだし」

半分嘘、半分本当のことを言う。大抵の人ならここで引き下がるだろう。
だが、慧は光から離れようとはしない。それどころか、目に浮かべる感情に僅かに怒りを混ぜ、静かに言った。

「―隠すな。・・・前の夢、か?」

ピクっと、光の肩が僅かに震えた。思わずの反応にしまった、と思うが、後の祭り。
その反応を見逃さなかった慧は無言で立ち上がり、光の隣に腰を下ろす。
隣に座った慧の、首筋が隠れる程度まで伸ばされた黒曜の髪に、星の光が反射して煌めいた。
しばし兄を見詰めていた光だが、そっと自分の頭を撫でる慧の手にはっとする。


4 :空宮 彼方 :2008/05/24(土) 15:35:12 ID:onQHtFrH

「け、慧兄さん?」
「・・・大丈夫だ」
「え?」
「俺たちが、いる」
「!」
「お前は、1人じゃない・・・だろう、澪(ミオ)」
「もちろんよ」

後ろから聞こえてきた声に「え?」と思う暇もなく、背中からそっと手を回される。
驚いて振り向くと、すぐ近くに、頭上に広がる夜空を切り取って嵌め込んだかのような澄み切った紺碧と、雪の照り返した光を集めたかのような柔らかな銀があった。

「澪姉さん!起きてたの?」
「ついさっきね。・・・また、あの夢を見たのね?」

疑問形を取っていても、そこに含まれているのは確認。
光にとってのもう1人の唯一絶対であり、慧と同じく4つ年上の姉代わりは、長い銀の髪をサラリと揺らしながら、ほぼ断定に近い口調で光に問いかけた。
口には出していないが、慧も同じ問いかけを含む静かな眼光を光へと注ぐ。

他の人間ならともかく、唯一絶対と自らが定めたこの2人の追及から逃れることは、光にとっては不可能に近い。
それが、光自身への心配、気遣いからくるものとくれば尚更だ。
光がこのようにして問いかける2人の追及をかわし、隠そうとした思いを実際に隠しきれたことは、未だなかった。
今回もまた、その例に漏れることなく、光は見た夢の内容やその夢を見てどう思ったか等を洗いざらい喋らされていたのだった。

その話を聞くにつれ、慧と澪の表情は段々険しくなっているのだが、自分の思いを吐き出すことで、徐々に気持ちが楽になっていくのを感じた光は、話すことに夢中で気づかない。
全てを話し終えたころには2人の眉間に深いしわが刻まれていたりしたのだが、やはり光は気づかなかった。

溜め込んだものを吐き出した光は、ようやく気持ちが楽になったのか、コクリコクリと船をこぎ始めた。
そのことに気づいた2人は顔に浮かべた厳しい表情を消し、微笑みながらそっと光を横たえる。
光の意識が眠りの世界へと溶ける寸前、今にもくっ付きそうな瞼の隙間から見えたのは、慈愛に満ちた2人の表情。

―ああ、幸せだな。

暖かで、泣きたくなるほど優しい感情に包まれながら、今度こそ光は眠りへと落ちていった。


5 :空宮 彼方 :2008/05/31(土) 13:15:58 ID:onQHtFrH

SIDE〜KEI〜

すうすうと、今度は穏やかな寝息を立てている光を見ながら、慧はそっと息を吐いた。
そのまま優しい手つきで、肩より少し上くらいまで伸ばされたつややかな鷲色の髪を撫でる。

光の気配で目を覚まし、起きていた光の目を見たとき、すうっと肝が冷えるのを感じた。
普段は鮮烈なまでに強い意思をを宿し、それでいて優しい色をしている光の夕焼けの瞳が、まるで焦点が合っていないかのようにぼやけていたから。

その瞳を、慧と澪は嫌と言うほど見てきていた。
今から、4年前―出会ったときの光が、この瞳をしていたのだから。

「まだ、抜け出せてはいないのか・・・」
独り言のつもりで、ポツリと呟く。
が、傍らにいた澪には聞こえていたようで、こちらも小さくため息をついていた。
「この4年で、光も大分良くなったよね。明るくなったし、笑ってもくれる。私達のことを『兄さん』『姉さん』って呼んでもくれている。でも・・・」
「光はまだ、『あの場所』にどこかで縛られている」


4年前、慧と澪は旅の途中で、大き目の都市に足を運んだ。
人々が笑いながら生活し、汗を流して働いている。
少し規模は大きいものの、どこにでもあるような「普通」の都市だと思っていた。

―この都市の「裏側」を見るまでは。

「待ちやがれ!」
聞こえてきた怒鳴り声に、ほぼ反射のようにそちらを向いた。
長い鷲色の髪の子供が、袋を抱えながら男から逃げている。
ああ、ひったくりか盗みのどちらかか、と普通に思った。

都市が大きくなればなるほど、人々の間には貧富の差が大きく出る。
まるで働かなくとも生きていける大人もいれば、1日中汗水たらして働いてようやく食いつなげると言う子供もいる。
その中には当然、盗みによってしか生計を立てられない者もいるのだ。
だから、これはあくまでも「普通」に分類していい程度の光景だった。

「くそっ!待てって言ってんだろうが!!」

その追っている男が、懐から出したナイフを子供の背中に投げつけるまでは。

「「なっ!!??」」
思わず、と言った感じで声を上げた二人に、周りにいた住人達は特に動揺もしていないように話しかけてきた。

「お2人さんは、旅人かい?」
慧はそちらを向くこともしない。
慧は元々人間嫌いの気があり、初対面の人と話すことは皆無に等しい。
そのことを良くわかっている澪は、慧が対応することにな初めから期待せず、自分で対応した。
「そうですけど・・・、あの、今子供に向かってナイフを」
「いいのさ!あいつらは人間じゃないんだから!」
「はあ!?」

当然、とばかりに言い放たれた言葉に、大声を上げた澪ばかりでなく、我関せずとばかりに傍観体制をとっていた慧までも眉をひそめる。
今までの光景を見ただけでもかなり不愉快である。
だが、どうやら更に不快極まりない事情があるようだ。

「だって!どう見たって子供じゃないですか!」
「あんた達は、旅人だから知らないんだねぇ・・・。
いいかい、あいつらはね、『要らない』んだよ」
「要らないって、どういうことですか!」
「だって、あいつらは親から捨てられた『捨てられ子』だからね。この都市では、捨てられ子には何したって罪には問われないのさ」
「はあ!?何ですかそれ!!」
「何怒ってんのさ。当然だろう?あいつらの親は自分で産んだ子供を捨てた、ロクデナシなんだよ。だったら、そのロクデナシの血を残さないようにするのは当然さ」
「そんな!子供に罪はないじゃない!!」
「子供だって、その親の血を引いてんだ。どこで同じになるか分かったもんじゃないよ。
現にさっきの捨てられ子だって、あんな盗みなんかしちゃって。やっぱりあいつらは生きててもしょうがな」

もう、限界だった。

「黙れ」
住人の話に怒り、つい手まで出そうとしていた澪は、後ろから聞こえてきた冷やりとした感情の見えぬ声に振り返った。
そこには、凍てついた翡翠の瞳を憤怒で爛爛と輝かせている慧の姿。
「慧」
「澪、さっきの子供を追う。ナイフが刺さっていた。・・・これ以上は、不愉快だ」
「・・・そうね、わかった」

慧の眼光に射抜かれ、固まって動けなくなっている住人達には一瞥もくれずに歩き出した慧に続き、澪も歩く。
澪と慧の頭には、あんな不愉快な住人達の姿はもうなく、あの走り抜けていった鷲色しか残っていなかった。


6 :空宮 彼方 :2008/07/23(水) 12:13:21 ID:onQHtFrH

あの鷲色は、背中にナイフが刺さっているのも関わらずあっという間に走り去ってしまったから、見つけられるかどうか少々不安だった。
だが、その心配も杞憂に終わった。―――違うところに、多大な不安を残す形で。

鷲色が走り去っていった方向に向かってほんの数分。
慧と澪の普通よりも優れた嗅覚を、微かな鉄の臭いが刺激した。
歩調を速め、その臭いの元へとたどり着くと、そこにあったのは、刃の中央くらいまで血に染まったナイフと、決して少ないとは言えない量の血痕。

「ここで、ナイフを抜いたのか」

ナイフが体に刺さったのだから、そうするのが普通の反応である。
だが、あの鷲色の細い体に、長くはないが短くもないこのナイフの中央付近までが刺さったのだ。
抜いた際の、そして抜いた後の出血量は半端ないであろうことは、容易に想像がついた。

「慧、急がないと間に合わない・・・!」
「ああ」

幸か不幸か、抜いた後の出血によって、鷲色がどの方向に逃げていったかはすぐに分かったから、点々と残る血痕を辿って走り出す。
その血痕の多さに、鷲色の身が更に心配になり、二人とも声もなくスピードを速めた。

――数分後、見つけた鷲色を見て、慧と澪は息が止まりそうになった。
鷲色は、うつ伏せになって血の海に沈んでいた。
長い髪はその大半に血が染み込んで黒ずみ、ナイフが刺さったと思われる背からはまだ僅かに血が流れている。
思わず固まった慧たちだが、すぐに正気に戻って鷲色に駆け寄り、傷に障らないようにそっと抱き起こす。
真冬にも関わらず薄い服しか身に纏っていない鷲色の体は、大量の出血も伴ってか、まるで氷のように冷たかった。


7 :空宮 彼方 :2008/07/23(水) 13:52:35 ID:onQHtFrH

その冷たさに慧は思わず眉をひそめたが、鷲色の瞼が震えていることに気づき、そちらへと意識を移す。

本当に僅かしか開いていない瞼の隙間から見えたのは、まるで夕焼けのように鮮やかで澄んだ橙。

その美しさにしばし魅入った慧だが、震える唇が何か言葉を紡ごうとしていることに気づき、口元に耳を近づけた。
そして、近づけてさえ途切れ途切れにしか聞こえない声を拾うことに成功した慧は、僅かに目を瞠り、次いで瞳に哀れむような、それでいて慈愛のこもった光を宿す。
そのまま無言で背中の傷の止血をした慧は、冷えすぎるほど冷えている体を自らの上着で包み、そっと抱え上げた。

そんな慧の行動に、慧の少し後ろで鷲色を心配そうに見詰めていた澪は驚いて声をかける。
他人と触れ合うことを極度に嫌う慧のこと。
止血を終えたらそのまま澪に任せると思っていたのに、先ほどのような緊急事態でもないのに関わらず、自分から他人を抱き上げるとは。

「慧?」
「・・・連れていく」

そのまま、自分達がこの都市に着いてからとった宿に向かって歩き出す。
すぐに追いつき、慧の隣に並んだ澪は、慧にそっと話しかけた。

「・・・珍しいね?」
「・・・」

澪に指摘されないでも、慧は自分の行動の異常さを理解している。
普段、他人と触れ合うどころか言葉を交わすことさえ厭う自分。
旅の連れ合いとして、何より幼馴染として、そんな自分の性質を良く理解している澪からしてみれば、こんな自分の行動はあり得ないとさえ思えるだろう。自分自身でも、らしくないと思っている。

だが。
この鷲色の、あの瞳を見てしまったから、言葉を聴いてしまったから。
どうしても、放って置くなど出来なくなった。
自分の性質を無視してでも、「助けたい」と思ってしまったから。

「・・・さっき、この子が言ったことが、聞こえたか?」
「?ううん。私のところまでは、聞こえなかった。瞳が綺麗な橙だってことはわかったけど」
「・・・自分も、苦しいくせに。目を開けることすら辛かっただろうに。それ以前に、周りがあんな大人しかいないような状況だったくせに、この子は、言ったんだ」
「・・・なんて?」
「『お兄さん、苦しいの?目が、痛そうだよ』」
「!」
「『綺麗な瞳なのに、すごく痛そうだよ。後ろの、お姉さんも』・・・この子は、こう言ったんだ」
自分が一番、痛くて苦しいくせに。

そうポツリと言って、慧は更に歩調を速めた。


8 :空宮 彼方 :2008/12/22(月) 20:56:03 ID:onQHtFrH

宿に着いて、何事かと目を瞠らせる店主に幾らか金を余計に払い黙らせた後、すぐに鷲色の手当てをする。
改めて見た鷲色の体は、痛々しいほど華奢だった。
満足に栄養が摂取出来ていないためか、手足は少し力を込めただけで折れてしまいそうなほど細い。
更にその体のあちこちには、古いものから比較的新しいものまで、様々な傷跡が残っていた。


背中の傷と、新しくまだ治りきってはいない身体中の傷を丁寧に慎重に手当てする。
血が染みこみ、既に色を変えてしまっていた髪の大半は、申し訳ないと思いつつも切ってしまった。
そうして清潔な服に着替えさせ、氷のように凍えた体を暖めるために部屋の暖炉に火を焚き、その細い体を寝台に横たえてから、3時間。


鷲色は、未だに目を覚まさない。


青白い顔で眠り続ける鷲色を見ながら、すぐそばで様子を見ていた澪はポツリと呟いた。
その小さな声に、壁に背を預けて佇んでいた慧は静かに視線を向ける。

「慧は、この子、どう思う?」
「・・・」
「ちゃんとこの傷が治っても、この町にいたんじゃ何も変わらない。かといって、こんな小さな子が1人じゃ、町から出ることもままならない」
「・・・俺は」

そこで初めて慧は言葉を発した。
そっと振り向いた澪が見たのは、静かで凪いでいて、それでいて決意を秘めた翡翠の瞳。

「この子を、連れて行こうと思う。
―――まあ、この子が了承してくれたらの話だが」

「・・・理由、聞いてもいい?旅は危険を伴うことも多い。この子にとっても、私達にとっても、危険が増えるはずよ?」
「・・・これは、俺のエゴだ」

そう言った慧は、僅かに視線をずらす。
その先にいるのは、昏々と眠り続ける鷲色の姿。

「あんな、状況にいて。周りは自分を助けてなんてくれない、危害を加える大人ばかりで。
それでもこの子の瞳は、濁っていなかった。澄んだままだった。
―――あの瞳を、濁らせたくない。このまま終わらせたくない。そう思った。だから、これは、俺のエゴだ。
この子の意思を一切無視して、自分の思いだけでこの子を連れて行こうとする、エゴだ」

そこで言葉を切った慧は、それでも鷲色から視線をはずそうとしない。
人に興味関心を持つことが殆ど無い、普段の慧からはかけ離れた様子であった。


9 :空宮 彼方 :2009/03/22(日) 14:13:56 ID:onQHtFrH

―――鷲色を運び込んでから一夜が明けた。
未だに鷲色は眠り続けているが、その顔色は昨日に比べて良くなってきている。
流石に血色よく、とまでは行かないものの、寒さや失血により紙のように白かった頬は、一応の色を取り戻し始めていた。
今は、慧が鷲色の傍らについていた。最初は澪が、夜半からは交代した慧が、ずっと鷲色から離れないでいる。

二人とも、何故こんなにも鷲色が気にかかるのか、自分でも分かっていない。
二人は基本的に淡白な性質である。自分と、自分に近しい者がいれば後はどうでも良いと言う様な性格だ。
もちろん、赤の他人である鷲色をここまで気にかける義理も無ければ、元々気にかけるような性格でもない。
むしろ、このような厄介事以外の何者でもないことなど、自分から避けて当然であったはずだった。
それは自分でも良くわかっている。
だが、それでも。

何故か二人は、鷲色の傍を離れようとは思わなかった。

慧は昨夜よりも穏やかな顔で眠っている鷲色の枕元に座り、その顔を見て若干ほっとする。
そのまま、枕上に広がっている柔らかそうな鷲色の髪をさらりと撫でた。


「・・・・ん・・・」


僅かに、鷲色の口から声が漏れた。
そのことにハッとして、慧は鷲色の顔を見詰める。

微かに鷲色の瞼が震え、ゆっくりと目が開いていく。
まだ焦点があってはいないのだろうぼんやりとした瞳は、昨日見たのと同じ、夕焼けに似た、澄んだ橙色。

「・・・目が、覚めたか?」

静かに穏やかに、慧は鷲色に声をかける。
のろのろと慧の方に顔を向けた鷲色は、己のすぐ傍に座っている姿を目にした途端、その瞳に僅かな、しかし確かな「怯え」を走らせた。

「・・・っあ」

鷲色はすぐさま跳ね起きようとする。が、傷が痛んだのだろう、すぐに動きを止めた。
その様子に慌てたのは慧である。昨日のあの出血量や鷲色の体の状態を知っているだけに、この鷲色の行動に顔の色を失くした。

「っ!あまり動くな。傷に障る」

そういって鷲色の体を横たえようと、体に手を添えようとした。
だが、慧の手が鷲色の体に触れるかというところで、鷲色は身を強張らせ、小さな、震えた声でこういった。

「ご、めん・・なさ・・・!」

慧は驚いて手を止める。困惑した様子で鷲色を見るが、当の本人はそんな慧の様子に気づくことも無く、こう続けた。

「め、いわくかけて・・・ご、めん・・なさい・・・。す、すぐに、でていく、から・・・。も、う、めいわく、かけない・・から・・・。だ、だから・・・」

―――なぐらないで。なにもしないで。

酷く、酷く怯えて、鷲色はそういった。
驚いて固まる慧を尻目に、鷲色は「ごめんなさい」「なぐらないで」「なにもしないで」を繰り返す。
体は酷く震え、自分の身を守るように自身を抱きしめている。

その様子は、鷲色が今までどんな目に遭ってきたかを象徴しているようだった。

「・・・慧」

いつの間に起きたのか、自分の後ろにそっと立った澪が、小さな、困ったような声で話しかけてくる。
近くにいた鷲色にも、その声と気配が分かったらしい。より一層体を震わせ、小さく縮こまった。
たまらなくなった慧は、未だに震え続けている鷲色を優しく、けれど確かな力でそっと抱きしめた。
大きく体を跳ねさせた鷲色は、その腕の中から逃れるように身を捩り暴れるものの、慧は無言のまま、決して力を弱めない。
背後の澪から驚いた気配が伝わってきたが、鷲色をこれ以上怯えさせないよう、声を出さないようにしてくれているのが有り難かった。

ただ自分を抱きしめたまま、何もしない慧を不思議に思ったのだろう。
鷲色は徐々に抵抗を弱め、やがて完全に暴れるのを止めると、酷く困惑した様子で慧をそっと見上げる。

その目に「怯え」の色が薄くなっていることにそっと微笑んだ慧は、自分でも驚く位優しい声で、こういった。

「大丈夫・・・大丈夫だから」
「俺は、俺たちは、何もしない」
「ここには、お前を傷つけるものは、何もいないから・・・」

驚きのためだろう、見開いた鷲色の目が、とても綺麗だった。


10 :空宮 彼方 :2009/03/28(土) 14:08:48 ID:onQHtFrH

慧は、硬直してしまった鷲色の体を、背中の傷に障らないようにそっと横たえる。
今まで黙っていた澪は、いつの間にか慧がいる反対側に回り込んでおり、鷲色が寝ているベッドのベッドサイドにそっと腰掛けた。
キシリ、とベッドが僅かに軋む。
その音で我に返ったらしい鷲色は、思いのほか近くにいた澪にビクリと体を震わせた。
再び怯えの色を濃くした橙の瞳に、思わず慧は少しばかり剣呑な色を混ぜた瞳を澪に向ける。
一般人ならすぐさま怖気づくであろうその鋭い翡翠に気づいていないわけが無いにも関わらず、澪は何の頓着もしない。
幼少からの付き合いである澪には、その程度の睨みなど風が吹く程度にも感じない。
その心境を言い表すのなら、あらまたそんな顔して、といったところか。
そのことを充分以上に熟知している慧は、すぐにその剣呑な瞳を引っ込め、小さく小さく嘆息した。

そんな慧の様子を一切無視した澪は、恐怖に揺れる橙の瞳を少しだけ哀しげに見た後、驚くほど柔らかに微笑み、片手で鷲色の手を優しく握り、片手でその髪を撫でた。
澪が体に触れた瞬間、鷲色はビクリと大きく体を震わせたが、それでも澪は手を止めない。
優しく髪を梳き、手を握りながら、澪はそっと鷲色に語りかけた。

「怖かったよね・・・」

その言葉に、鷲色がただでさえ大きな瞳をさらに見開く。
身体中が硬直し、まるで息までも止めてしまったかのような様子だった。

「怖かったよね。痛かったよね。・・・よく、頑張ったね」

そう言って、澪は髪を梳き続ける。
いつの間にか、反対側に立っていた慧がベッドサイドの傍に座り、澪も見たことが無いほど優しく柔らかな眼差しで鷲色を見ている。

当の鷲色はというと、硬直からは溶けたようだが、呆然とした面持ちで慧と澪を交互に見比べていた。

「一人で、よく、頑張ったな・・・」

そう、小さく慧が言った言葉が引き金だったのか、鷲色の、澄んだ橙の瞳から次々と雫が零れはじめた。

そのことに少し目を見開いた慧と澪だが、鷲色の唇が僅かに動いているのを見て、静かに鷲色の言葉を待つ。

鷲色は、自分の目から涙が流れているのにも気づいていないような様子で、小さく、掠れた声で話し始めた。

「ず、っと・・・こ、わ、か・・・た・・」
「きづいたら、ずっと、ひとりで・・・まわり、だれも、いなくて・・・」
「だれも、おれのこと、いらないって・・・わか・・て・・・」
「どうしたら・・いいの、か・・・ぜん、ぜん、わからなく・・・て・・・!」

そこで、そっと慧が鷲色の口に手を当て、話を遮った。
鷲色が不思議そうに涙に濡れた瞳を慧に向ける。
それに気づいた慧は、柔らかい目でその瞳を見返し、優しく言葉を紡いだ。

「つらいなら、話さなくて大丈夫だ。・・・眠れ。今は、お前の体を休ませた方がいい」

そんな慧の言葉を引き継ぐように、澪も再び鷲色の髪を撫でながら言葉を発する。

「本当に、頑張ったね。だから、あなたの体は、今疲れきっているの。・・・休みましょう?そうしても、文句を言う人なんて誰もいないもの」

鷲色は、戸惑ったように二人の顔を見た。
だが、怪我を負い、疲労しきっている体は、休養を欲している。
段々と睡魔に委ね始めている鷲色がすっかり寝入るまで、二人はその傍を片時も離れなかった。


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produced by COLUN.