この世界


1 :水髪 :2007/09/26(水) 13:34:31 ID:kmnkt3Wm

「こちらB-02。異常なし」
深夜の森に声が生まれた。
辺りは暗く、森の中ということも含めてほとんど視界が遮られている。
「ああ了解だ。まったく、団長も人使いが荒くなったもんだよ。こんな仕事熱心な
人だったか?」
声の持ち主は森の中、かすかに月光が届く木々の切れ目の下にいた。
純白の甲冑は暗闇の中でもよく見えた。その顔は平凡なそれだが、右頬に走る傷跡
が目立つ男だった。
背に剣のようなものを背負い、話をしながらも警戒を怠らないその瞳は鋭い。戦士
のそれだった。
男は複数の影とともにいた。数は男も含め六つ。その影が纏う物もまた甲冑。結果
、そこにあるものはまるで純白の防壁だ。
『さてな。教主様に絞られたんだろう。・・・あの人、気前はいいけど部下に当たるの
はやめてほしいな』
「ああ、道理で機嫌が悪かったんだな。今ごろ酒でも飲んでるだろ・・・早く戻って、
ご相伴に預かりたいねぇ」
『ははは。んじゃライン切るぞ。あと三十分ぐらいしたらまた繋ぐから、そしたら
交代しようや』
「出来るだけ早めにな。また居眠りしてたとか、そんなふざけた話は止めてくれよ


『努力する』
男が顔を上げる。身に付けていた手甲、そこに埋め込まれた青の石が光を失い、同
時に人の気配が一つ消えた。
「あと三十分ほどだそうだ」
立ち上がり、背負っていた物を抜き取る。刃は月光を妖しく反射した。
「俺は向こうを見てくる。お前とお前はついて来い。体動かしてたほうが楽だぞ」
指名された二人はかすかに緊張した面持ちでうなずく。
・・・確か、こいつらは新人だったはず。
少しばかり話をしよう。チームは信頼感が大切だ。同じ戦場の土を踏めるかはわか
らないが、相手の事を知っておくのは大切だ。
森を歩く。あまり深くまでいくと、自分たちを守るはずの結界に攻撃されてしまう
。自分はそんなマヌケは侵さないが、二人はうっかり死んでしまうかもしれない。
そんなことを考えながら、結界から遠すぎず近すぎず、元いた位置から五十メート
ルほどの位置。そこで足を止める。
「・・・・・・」
思わず息を張り詰めた。後ろの二人がそんな自分に戸惑っているが気にしない。
茂みの向こう、そこにいる何かを見据えるように視線を堅くする。
「・・・気をつけろ、なにかいるぞ」
サインで告げる。すると二人は己の得物をすばやく構えなおした。
・・・早いな。構えも悪くない。
なかなか腕の立つ人物が、今回は入ってきたようだ。まだ原石のようだが実力は十
分。
改めて視線を向こうへ据える。そこから、なにかの気配が感じられた。あまり大き
くはないようだが、決して油断はならない物だ。
こちらから飛び込むべきか、待ち伏せるべきか、仲間を呼ぶか。
男は悩んでいた。姿の確認できない相手には、誰しもが対処が遅れる。今回がそれ
だった。
気配が移動し始めた。それは音を立てることを気にせずに茂みを掻き分けてくる。
三人は後ろへ数歩下がる。この位置にいては、もし気配が敵の物の場合、飛び出し
て来られると姿を確認できずにお陀仏だろう。距離をとる必要がある。
瞬間―――
茂みから何かが現れた。反射で手に力がこもる。しかしそんなことで先走ったりは
しない。まずは相手を確認しなければならない。
が、自分はそうだとしても、他人までがおなじ行動を取るとは限らない。
男の右を駆け抜けていく姿があった。純白の影。先ほどの新人だ。
すでに振り上げられた細身の剣は、飛び出してきた何かに刃を向けていた。
「っの、馬鹿野郎!」
声を張り上げる。今まさにそれ―――小柄な少年に突き立てられようとしている刃
を間に入り込み得物で受け止める。
腕がしびれた。力強い剣撃だ。そんなことを思ったが、それを誉めるのは今ではな
い。
驚愕―――飛び出してきた物が少年だったという事実と、多分、初めてまともに剣
撃を止められたのだろう。その二つに驚いているようだった。
「相手をよく見ろ、本能で動くな馬鹿」
それだけを言うと、男は少年へと向き直った。まずは怪我がないか確認する。軽く
見た限り、植物に引っ掛けたような裂傷以外に、傷らしい傷はなかった。
この少年から先ほどの気配が感じられたとは思えないのだが、多分、結界を抜けて
きたという前提条件が危険な気配を漂わせていたのだろう。
偶然あの結界を抜けてくるとは。大した強運だ。
「よかった。怪我はないようだね」
優しく語り掛ける。声も作り声。右頬の傷跡のせいで、子供には怖がられがちであ
る男の精一杯の笑顔を浮かべ。実は子供好きであった。
少年はなにが起こったのかわからない、といった顔で見上げてくる。その黒瞳には
自分が映っている。少し悩んだが、少年の頭をなでてみた。
その動作に特に何も感じないのか、その表情は変化しなかったが、動きに変化が見
られた。緩慢な動作で右腕を持ち上げ、五指を広げるようにして―――
「!!」
直感。本能。そのどちらかに類する感情に従い、慌てて手を離し得物を構える。
構えは防御。先ほどもやったように刃に手を添え、自らを守るように掲げる。
少年が笑顔を浮かべる。
その一瞬後、少年の右腕になにか複雑で乱雑な文字が浮かび上がった気がした。
同時に自らが空に浮く感覚を覚える。聞こえる悲鳴は二つ。断末魔の叫びは、誰の
ものか容易に想像がついた。
「魔法・・・!? しかも無詠唱かよ!」
背中から落下。鈍い音とともに鈍痛が走る。
「おお、生きてる生きてる。すごいね今の対魔装甲って。ボクの一撃でも壊れない
んだ」
笑顔を浮かべたまま語る。その姿は先ほどのそれではない。見た目こそ変わらない
が、あのいやな気配を纏っていた。
「さっき壊した結界といいすごいね。結界ごときに傷を付けられたのは久々だよ」
裂傷をさすりながら言ってくる。まるで枝葉につけれたような傷跡は、見る間に塞
がり健康的な肌となった。
「それじゃもう一回。二回は耐えられるのかな? おじさん、死んだらダメだよ」
今度は左腕を掲げてくる。それに破壊の文字を見た男は、
「いやいや、子供ってこんな怖いもんだったか?」
笑顔で最期を迎えた。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.